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【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】
- 1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
- ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。
- 200 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:53
-
…………
- 201 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:54
-
どれくらい過ぎたろうと再び腕時計に目をやった。
そろそろ……一時になる頃だ。
のっそりと上げた腕でインターフォンを押そうとした。
――ん?
扉の向こうに微かな気配を感じた。
その瞬間、大きく開かれた扉に、危うく叩かれそうになるところだった。
開かれた扉の向こうで仁王立ちの裕子がぽつりと言った。
「近所迷惑やん。入りっ」
「あっ、おう」
さっさと室内へ消えていく裕子について部屋へと上がり込んだ。
- 202 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:54
-
さてどうしようかとリビングまでついて行くと、ローテーブルの上に数本の空き缶が転がっているのが眼に入る。
キッチンから姿を現した裕子は、転がっているのと同じ缶を手にしていた。
冷蔵庫から取り出してきた缶ビールを勢いよく開けた裕子の手から、冷えた泡を吹いた缶を奪い取ってやった。
「なにす――」
五百ミリの缶を一気に傾けてゴクゴクと飲み下していく。
捲し立てようと口を開いていた裕子が呆けたように俺を見ている前で、空けてしまった缶を握りつぶして勢いよくテーブルに置いた。
「っはぁ〜……悪かった。なにもしてないけど。怒らせたのは謝る。でも今日は話がしたかったんだ」
「……聞かん」
キッチンへ消えていく裕子の後を追うと、新たに取り出したんだろう缶ビール。
もう一度奪い取った。何度でもやってやる。
「あんなぁ……」
「聞けっ! 今日は……なぁ」
自分に勢いをつけるようにか、それともこの苛立ちを抑えるためにか、奪い取った缶を開けて一息に飲み干していく。
- 203 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:55
-
改めて口を開こうとしたとき、すっと伸びてきた裕子の手が俺の胸に当てられた。
意図が読めなかった俺がもう一度口を開くよりも早く、押し当てられた手に力がこもるのが解った。
バランスを崩して後ろに倒れ込むところ、なんとか頭を打つまいと力を込めたが、尻と背中を痛打した直後、頭の後ろでベコリと音が聞こえた。
「っつぅ〜」
痛みを自覚しながらも、音の正体が空き缶だったと気がついた瞬間、上から裕子が“降ってきた”。
細い方だとはいえ倒れ込むように覆い被されて、意図せずに口から呻きが漏れた。
「ぐふっ……っつう〜。なん――」
『なんだってんだよ』、そう言おうと開いた口は、最後まで音を出し切ることなく塞がれた。
淡いブラウンで彩られた裕子の唇で。
- 204 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:55
-
「んむっ……」
たっぷり一分ほども熱い吐息すら漏らす間もないほどに唇を重ね、言葉を交わすよりも濃密に舌を絡め合って意思を伝えあう。
やがて唇を離し、俺の上で馬乗りになるように身体を起こした裕子は、すぅっと目を細め唇を舐めて薄く笑った。
「アホぉ」
色とりどりの気持ちが入った虹のような罵りだった。
「でも好きやで」
なんて甘美な告白なのか……その言葉は痺れるように俺の中へ浸みてきた。
- 205 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:57
-
好きだと言い返そうと開きかけた口を、そっと塞いだ裕子は伸ばした両手でゆっくりと俺のシャツを脱がしていく。
脱がせたシャツを放り投げた裕子は、半立ちのままで後ずさると半ば硬くなったモノを、意図して刺激するように俺のズボンを膝まで引き下ろした。
俺の腿の上、不自由な体勢でワンピースタイプの服を脱ぎ、下着姿になった裕子は鼻にシワを寄せるような“らしさ”で笑った。
「こういうん、して欲しかったんやろ……」
熱く脈打つモノを握った裕子は、細い指を艶めかしく動かしながら滑るようにトランクスの中へ潜り込ませてきた。
そっと撫でるように触れたと思うと、ふいに締め付けるように握られる。
「っ、そうだけど……いやしかし」
「好きやないよ。でもして欲しいんやろ? 風俗行かなならんほど」
「いや、だからそれは――」
「解ってるわ」
そう笑った裕子は身体を倒してキスをしてきた。
- 206 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:57
-
唇を重ねながらも、トランクスの中の手は動き続け、次第に固さを増していくモノを刺激し続けた。
キスを終えて離れる唇は絡んだ唾液が糸を引き、いやらしく光っていた。
やがてトランクスも引き下ろされ、顕わになったモノは先端に先走る汁が洩れ出していて、裕子はクスッと笑いそれをを塗り広げるように動かした。
「他でやられるくらいならアタシがするわ」
「だからやってないし、やらね――ぅ」
言いながらも俺の上から降りた裕子の、艶やかな唇からチロリと出した舌で亀頭の先端を刺激した。
チョロチョロと掠めるような舌先を感じるたびに、ぞくりとした快感が背筋に抜けていく。
「ふふっ…なんか可愛らしいやん」
「うるせっ、誰のせい、うぁ……」
くわえ込むようにして軽く歯をたてられ、言い終えることも出来ずに小さくうめいた。
含んだ口の中でねっとりと動く舌の感触に、痺れるような感覚が広がっていく。
顔を上げて包み込むように握った手を上下に動かすが、もう一つなめらかにはいかない。
- 207 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:58
-
「んー……ちょっと足りひんなぁ」
過剰な昂奮がアルコールに力を貸しているのか、多少怪しい呂律で呟いた裕子がすぼめた口から唾液を垂らした。
上下に動かした手の動きの滑らかさに納得したように、裕子は喉をならして笑った。
手の動きは休まることなく、その上でカリから先をアイスでも舐めるように舌を這わせてくる。
「くぅっ」
「気持ちいいんや? ふうん……こんなんは?」
俺の反応を楽しむように一度離した口でそう言うと、今度は口一杯に飲み込むみたいに硬くなったモノを包み込んでいく。
「んんっ……」
喉の奥まで触れるほど深くくわえ込んだそれを、頭を動かして刺激し始めた。
ジュプジュプと音を立てて大きく揺れる髪に触れながら、こみ上げてくる快感に時折うめくような声を上げさせられる。
不意に激しく吸い込むように刺激をされ、同時に口内で舌が暴れる。
- 208 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:58
-
「うぁ…ヤバイ……」
「――っと」
唐突にイチモツへの刺激がやみ、細い指でキュッと締め上げられ、行き場のなくなった解放感が抑え込まれた。
「まだアカンよ」
「っ……なんてこと――」
「こんなんどう?」
からかうみたいに笑うと、再び俺のモノにいたずらなキスをして、裏筋をなぞるように舌を這わせてきた。
一度抑え込まれた快感が、徐々にぶり返してくるのが解る。
モノ全体を這いまわっていた舌がカリから亀頭へ上がってきて、もう一度キスをしてから軽く噛むように口内へ収まっていく。
ねっとりと熱い感覚に包まれ、次第に上下への動きが早まっていく。
- 209 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:59
-
「ゆ、裕子……」
「んっ……ふぅ、んんっ」
鼻をならすように甘くとろけた目で見つめられる。
それがなにかの合図のようだと霞のかかった頭で考えた、そのとき。
まったく違う部分での電気が走るような感覚。
背筋が痺れるような快感と同時に、抑えられていた精を一気にはき出した。
後ろの穴に中指を差し込んだ裕子が微笑みながら、くわえ込んだ口の中に熱く白濁した液体を受け止めていく。
「ぅ……」
「んふぅ…、んんむ……」
溜まっていた全てをはき出し終えると、裕子は喉を鳴らしてそれを飲み下した。
最後の一絞りまでを俺のモノから吸い出して、顔を上げるとペロリと一つ舌なめずり。
- 210 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:59
-
惚けたような僅かな時間の後、一つ深い息をついて口を開いた。
「お、お前……どこでそんなことを」
「んん? んっふふ……あっちゃんに聞いた」
「……お前ら」
「気持ちよかったん?」
「…………」
「ほれ、素直に言うてみ?」
「……良かった」
言うと同時に裕子に抱きついて、一息に押し倒す。
突然のことに声も出せずに組み敷かれた裕子に覆い被さるようにして唇を重ねた。
一気に空けたビールのアルコールと、先ほどの行為でドロドロになった頭で、ただ互いに求め合い舌を絡ませる。
一つに熔けてしまいそうな唇を離すと、すぐに裕子に触れたくて目蓋へ、額へとキスを落としていく。
唇が耳元へ移り、赤く熱を持った耳朶を冷ますように軽く息を吹きかけて、唇で挟み込んだ。
「んあっ、ふっ……耳、ち、ちょっと待ってっ」
「んま? まふぁなひ」
- 211 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:00
-
待つつもりもなければ、待てるような理性など残っていなかった。
耳朶から舌を滑らせて小さな穴に潜り込ませると、きゅっと首を縮め、直後にビクビクと身体を反らせた。
腰を抱いていた手を伸ばしていくと、下着越しにも解るほどにハッキリと濡れていた。
確かめるように下着をくぐらせた手で、湿った恥毛をかきわけて、グッショリと濡れた秘所へ指を這わせる。
「んんっ、はあぁっ!あ、あっ、ああんっ!」
柔らかなヒダをなぞりながら、ゆっくりと奥へ入り込んでいく指を、小刻みに動かしてやる。
「ふぁぁっ! くっ! あんっ、あっ、んんぅ、や、ああっっ!」
指の動きを強くすると、それにあわせて裕子の声のトーンが跳ね上がる。
その声にのせられるように、より奥へ、大きく、早く動かしていく。
「ああああっ! やっ、あ、あかん、もうぅぁ! はああん! あああっ、いいっ、イクぅっ! あああ〜っ!!」
- 212 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:01
-
存分に昂ぶっていた裕子の身体は、思ったよりも早く絶頂を迎えて、それでいてより深い刺激を求めるように腰を上げ、紅潮した身体を震わせた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
脱力したようにグッタリとした裕子から指を抜き、荒い呼吸を繰り返す力の入っていない身体を俯せにして腰を持ち上げる。
太ももまでグショグショにするほどいやらしく濡れた秘所が灯りの下に晒され、我慢しきれなくなったモノを一息に挿入した。
「んくぅっ!」
奥まで突き入れると、呻くような声、グッタリしていた背中に力が入るのが解る。
膣内の感触を楽しむように、小さく腰を回すと、焦れたような声を上げながら肘で支えた背中を反り返らせる。
間近に見るその背はなめらかで、朱みを帯びた肌にしっとりと汗が浮かんで妙に艶めかしく感じる。
- 213 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:01
-
まだそのままになっていたブラのホックに指をかけ、パチンと外してやる。
ブラを脱がせながら、支えるように伸ばした手で裕子の胸の柔らかさを満喫するように揉みしだく。
「んんっ、いぃ、気持ち、いい……もっと、っ、強く……」
求められるままに強く、硬くしこった乳首を指で刺激しながら揉み続ける。
「んぅあっ、くうッ! ふうぅ、あっ、あぁぁっ!」
敏感に反応するあえぎにあわせてゆっくりと腰を引き、同じようにゆっくりと差し入れる。
膣内の肉襞が絡みつくように締め付けてくる。
腰を引くときには逃がすまいとするかのように。
押し込むときにはより深く導くように。
「はぁ、あっ、はぅん、ふあぁぁっ、くぅ、ぁあああん」
キュッと締めてくる快感に耐えながら、それでも焦らすようにゆっくりと、ゆっくりと腰を動かしていく。
- 214 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:02
-
「う…ああぁ…ゆっくり、せぇへんで…もっとぉ…もうちょっ…んんぅっ…は、速く…強く、して」
「ダメ」
「そっ、そんなっ…あはぁん! はん、やんっ!」
「して欲しい?」
「あっ、あぁぁっ……し、して、ぇ、ほしい……」
「……っ、ふ、どうするかなぁ」
「ああぁ、んっ、お、お願いぃ、やから…してぇ……」
もとよりこちらも堪えきれなくなりだしていた。
が、“お願い”に乗じて「解ったよ」などと優位に立った立場を崩さないようにささやいた。
柔らかな腰を両手で掴み、引いた腰を叩きつけるように激しく押しつけた。
「あぁぁ、うっあぁぁ、や、ふうっ、くっ、はあんっ! あぁぁぁぁぁぁん!!」
- 215 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:02
-
パンパンと音がするほど深く、強く、出し入れされるモノから。
そしてそれに呼応して大きくなる裕子のあえぎが身体中を満たしていく。
「もう、っくぅ、いく、イク、イッちゃうぅぅぅぅぅ!」
「っっ……お、俺も、もう、すぐ……」
「い、一緒に、一緒にっ、いいいっ、ああ、あああっ!」
激しく動かしていた腰を、リズムを合わせるように微妙に変化をつける。
次第に重なってくる呼吸が互いの限界が近いことを教えてくれた。
僅かに変えた姿勢で、突き上げるように腰を打ちつけると、それが合図だったように、同時に限界を迎えた。
「ああぅ、あんっあんっあっ・・・い、いいっ、いい、やっ、うぁ、あああぁぁぁぁぁあああぁあぁあああーーーっ!」
ひときわ高く、大きなあえぎと同時に、引き抜いたモノから白濁した精を裕子の尻にぶちまけた。
裕子の身体に手を回しながら崩れるように落ちていく感覚に包まれていく……
- 216 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:02
-
…………
- 217 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:03
-
ベッドで目が覚めた俺は、隣の存在に気がついて昨日のことを思い返した。
そうか、結局ベッドに移って……なんだかな、ドロドロだな。
隣で規則正しい呼吸を繰り返す裕子の髪に手を伸ばしてみた。
派手にいじっているにしては艶のある細い髪は、見かけや言動よりも繊細なんだってことを教えてくれる。
少しだけ上体を起こして彼女の顔をのぞき込む。
だいぶ派手に飲んだせいもあるんだろう、よく寝てるようだった。
「裕子……結婚しよう」
寝ている彼女に練習がてら呟いてみた。
なにか伝わりきらない気がして、改めて考えてみる。
「一緒の墓に……」
縁起でもない。こういう言い方は好かないだろう。
「名字変えてみない? ……なんかうまくねぇな」
いざ考えてみると、うまい言葉なんて浮かばないもんだってことがよく解る。
「俺もハナたちと一緒に暮らしたいな」
ペット扱いされちまいそうだ……。
- 218 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:03
-
「いっそありきたりだが、裕子の作ったみそ汁が……いや、ダメだ。料理は俺が作った方が――」
「ぷっ――」
一瞬、裕子の剥き出しになった細い肩が揺れたように思えた。
そっと手を伸ばして肩に触れると、微妙に、不規則にふるえているような……
「ぷはっ、あっはははっ……あ、アンタ…オモロすぎるわぁ」
シーツを胸元まで引き上げて、起きあがった裕子は爆笑しながら指先で目元を拭っていた。
涙ぐむほど笑われるとは……なんてこったい。
「後な、みそ汁ぐらい作れるわっ」
「いや、知ってるけど。俺が作った方がうまいだろ」
「否定はせぇへんけど……にしても」
「あ?」
「一区切りつくまで待って」
薄く微笑みながら、引き締めた口元がゆっくりと言葉を紡いだ。
すぐに“それ”がなにを指すのか思い至った俺は、呆れているとみえるように笑った。
「なるほど。そりゃあしゃーないわな。ゆっくり待つとするか」
「もう、そう先のことやない思うから」
「……かもな」
「ん。でも、ありがと」
そう言った裕子は、喜びの中に寂しさの微粒子を含ませた笑顔で、俺に口づけてくれた。
確かにそれは少し寂しいけれど、俺たちがそうなるのはそう先のことじゃないかもしれないと思った。
end.
- 219 :名無し娘。:2006/10/06(金) 22:07
-
続きさらしてみた。
これも前に書いたものの焼き直しだけどねえ。
あ、先に言っとこ。この後は「ないよ」ですw
さて、ストックが無くなってきたな。
ストックが無くなる前になんか新しいの書くかな。
ではでは。
- 220 :名無し娘。:2006/10/07(土) 08:09
- 全部さらしてくれ
- 221 :名無し娘。:2006/10/07(土) 09:39
- なぜ中澤なんだ
- 222 :名無し娘。:2006/10/07(土) 11:01
-
おふぁようごずぁいます・・ゴシゴシ(-_\)ゴシゴシ(/_-)
>>220
他の更新とバランス取りながらあげるですー。
>>221
なぜ……?
結構好き。歳が歳なだけにエロを書くことに抵抗が少なかった。
一番推しじゃないんで練習がてらw
- 223 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:54
-
微エロ、エロ、エロと続いたんで、そうじゃないものを。
100%エロ無し、キッズ長編。
ピュアな感じで。
- 224 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 20:55
-
1
二人が出会ったのは梨沙子が小学校へ入学する年。
孝之が小学校の六年になる年でした。
幼かった梨沙子にとって、隣家に越してきた五つも年上の男の子。
当初、梨沙子にとってその男の子は、とても微妙な存在でした。
引っ越しの挨拶にと梨沙子の家を訪れた夫婦、その背に隠れた少年。
その姿を、彼と同じように、親の背中から垣間見た梨沙子は思いました。
少し不機嫌そうに俯いたその少年は、自分とは合わないのではないかと。
その表情は子供心に自分の“味方”ではない、そんな印象を梨沙子に抱かせたのでした。
- 225 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:56
-
ですが親同士の親交が深まるにつれ、そんな二人が一緒にいる時間も増えていきます。
出会ってから二ヶ月が過ぎた頃、いまだ微妙な二人の感情にも気づかない両家の親たちに、留守を任される機会がありました。
梨沙子の面倒を見るように言いつけられた孝之も、大人しく言うことを聞くように言いつけられた梨沙子も。
互いに言葉少なく、ぎこちなさを残したままで過ぎていく春の夕暮れ時でした。
二人は菅谷家の居間、同じ空間にいながらも、距離を置いて座りほとんど会話を交わすこともなく時間を過ごしていました。
春とはいえど、傾いた陽が落ちるのは早いもので、梨沙子はガラスの向こうに沈んでいく夕陽を見ながら小さく溜息をもらしました。
孝之も同じように、時折梨沙子の様子をみては、また目線を逸らし溜息をついていました。
- 226 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:56
-
どちらも同じように、気まずい時間を過ごしていたその時、不意に孝之の耳に飛び込んできた梨沙子の声。
「きゃあ!」
おそらく、二人きりになってから初めて聞いたその声は小さな悲鳴でした。
孝之は転がり落ちそうな勢いで椅子から立ち上がり、慌てて梨沙子に問い掛けます。
「ど、どうしたの?」
「だれか、いたの……」
か細い声で庭先を指差す梨沙子に、孝之は走り出し居間を出て行ってしまいました。
独りが心細くなった梨沙子が、どうしたものだろうかと考え出す、ほんの少し前に、孝之は戻ってきました。
その手に玄関にさしてあったであろう大ぶりの傘を持って。
「ボ、ボクがみてくる」
- 227 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:57
-
今まで敬遠し、敬遠されていると思っていた孝之の意外な言葉に、梨沙子は驚きつつも表現しがたい気持ちが浮かんでくるのでした。
そして、その言葉と行動によって、今まで二人の間に感じていた壁が崩れていくような、そんな感覚を覚えながら梨沙子が口を開きます。
「でも…あぶないよぉ」
「だ、だいじょぶだよ。りさこちゃんはかくれてて!」
そう言って梨沙子をキッチンの方へ押しやり、孝之は庭先へ続くガラス戸に手を掛け大きく深呼吸を一つ。
ちらりと後ろに離れた梨沙子を見やり、勢いよくガラス戸を引き開け叫びました。
「だれだっ!」
その声に応えるように庭の隅でガサガサと音がします。
震える腕に力を込めて、握りしめた傘を音のした方へ向けてゆっくりと孝之は近づいていきます。
すっかり陽の落ちた薄暗い庭を、音の出所へジリジリと近づく孝之のシャツが後ろへ引かれました。
振り返った先で梨沙子と目が合い、口を開きかけはしたものの、服の裾を握る梨沙子の不安そうな表情に何も言えず、再び音の聞こえた方へ向き直る孝之。
- 228 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:57
-
その時でした。
先程までよりも大きな音が聞こえた、そう二人が気がついた瞬間、暗闇から影が飛びかかってきたのです。
悲鳴も上げられず倒れ込んだ二人。
しばらくして、混乱から立ち直った梨沙子がそっと目を開くと、そこには孝之のシャツの胸元しか映りませんでした。
そして梨沙子は気がつきました。
庭に倒れたはずの自分が、なんの衝撃も受けなかったことに。
理路整然と導かれる結論ではありませんでした。
けれどなんとなく、梨沙子は理解したのです。
「あっ!」
そう思い至った時、慌てて這いずるように梨沙子の下から身を起こした孝之。
- 229 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:57
-
遅れて起きあがった梨沙子の眼前に、差し出されたのはまだ小さな茶虎柄の猫。
「あ…」
「これだったみたい」
「……かわいーね」
「え? うん、そーだね」
子猫を抱きかかえ笑う孝之の腕が、泥に汚れてうっすら血が滲んでいるのを見つけた梨沙子。
難しいことは解りませんでしたが、それでも梨沙子はなんとなく思ったのです。
“守ってもらった”んだって。
それ以来、二人の関係に小さな変化が生じます。
その変化は、子猫が成長するのと同じように、二人にとって大きなものになっていくのにさほどの時間はかかりませんでした。
- 230 :名無し娘。:2006/10/10(火) 21:03
-
こんな感じで……うぎゃ!?
最初以外名前欄変えんの忘れたorz
次から気をつけよう。
で、こんな感じで結構続きますけどいいかな?
『夏だね』の倍くらい。
キライじゃない人だけでもお付き合いくださいませ。
- 231 :名無し娘。:2006/10/10(火) 21:21
- >>222
他の更新って他にも小説を書いてるの?
- 232 :名無し娘。:2006/10/10(火) 21:28
- 早っ!?
>>231
小説っていうか……狩狩で書いてますよ。
そのイメージだとエロはどうかなあと思ったので、名無しで立てたんだけど。
読んでくれる人にしてみれば気にするようなことでもないのかな。
- 233 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:03
-
2
翌年、梨沙子は二年生になり、孝之は中学生になりました。
あの日を境に一緒に通うようになった学校でしたが、同じ学校に通うわけではなくなり、通学路を共に歩く時間はごく短いものになってしまいました。
半年以上の間一緒に歩いた通学路は、その道程の半ばで梨沙子の小学校と、孝之の中学校を隔ててしまいます。
それでも孝之は、時間の許す限り梨沙子を小学校まで送り届け、その後走って自分の中学校へ通いました。
幼い梨沙子は、孝之が小学校まで来てくれることを不思議だと思ってはいましたが、そうしてくれることが嬉しかったのです。
だから下校時には、どうやっても先に授業の終わってしまう自分を寂しく思い、なにかにつけて時間を引き延ばします。
出来るだけ長く学校に居残り、教師に帰るように言われると、ゆっくりと中学校へ分岐するT字路までの道程を歩くのでした。
- 234 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:04
-
母親に持たされている携帯電話で時間を確認した梨沙子は、T字路の見えるところまで来て立ち止まりました。
意味もなくメールのチェックをしたり、登録されている数少ないアドレスを眺めたりします。
梨沙子は知っていたのです。
孝之がどれくらいの時間になるとこの道を通るのかを。
勿論、最初はそんなこと知りませんでした。
ほんのちょっとした偶然。
それは梨沙子が学校に、忘れ物を取りに戻った日のことでした。
- 235 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:04
-
傾きかけている日射しの中、小学校へ戻り、体操着の収められた巾着袋を取って、再び家路についたその途中。
沈んでいく太陽に急かされるように足早になる帰り道でした。
その途中、見通しのいい通りの遥か先に見える曲がり角の陰から、見知った横顔が姿を現したのです。
遠目ながらも間違いないと確信を持てた梨沙子は、駆け足でその姿を追いかけました。
段々と荒くなってくる呼吸の中で、少しずつ近づく後ろ姿に励まされて走る梨沙子。
その距離が十数メートルにまで近づいた時、前を歩く孝之が不意に振り返りました。
「あれ? りさちゃん」
孝之の声が聞こえました。
梨沙子は目一杯まで頑張っていた脚を徐々に緩め、最後には歩きになって、やっと孝之に追いつけました。
- 236 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:04
-
「はあっ、はあっ……ケホッ」
「そんなに急いで…どうしたの? 大丈夫?」
かがみ込むようにして様子を窺う孝之に、大丈夫、と言おうとした梨沙子でしたが、乱れた呼吸が邪魔をします。
額にうっすらと汗を浮かべながら、一つ大きく深呼吸をして、言葉の代わりにニッコリと笑ってみせたのでした。
その笑顔をみた孝之も、同じように笑ってみせて、それに梨沙子は「えへへ」と声に出して返しました。
「落ちついた? もう平気?」
「うん。もうだいじょーぶ」
「せっかくだから一緒にかえろうか」
いざ追いつきはしたけれど、自分から言い出せずにいた梨沙子はとても嬉しく思ったのです。
「うん♪」
「よしっ、いこう」
- 237 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:05
-
あまり離れないように、数歩後ろを歩く梨沙子を気遣いながら歩く孝之。
その少し後ろから見える孝之の顔を見ながら、梨沙子は笑顔でとてとてと歩くのでした。
そして、それ以来、梨沙子はなるべくこの時間にあわせて帰ってくるようになったのです。
最初の一週間ほどは、なかなか時間があわず、すれ違っては肩を落として帰宅していました。
けれどいつからか、おおまかな時間が解ってくるようになったのです。
早い時は曲がり角で、すぐ目の前を。
遅い時でも十分〜二十分程で、あの曲がり角から孝之が帰ってくると解りました。
ですが、梨沙子は一つだけ、知らなかった……気がつかなかったことがあります。
それは、最初の一日。
その日以降、孝之も同じように“時間”を探していたのだということを。
自分よりも早く帰るなら、それは構わない……というか、仕方がないと思っていた孝之でした。
けれど、自分と同じくらいになってしまうなら、少し日の傾きかけた帰り道を行くのなら。
ならば自分が送って行かなければと、そう孝之が考えたことを、梨沙子は知りませんでした。
二人は、お互いの幼い考え、淡い気持ちも気がつかずに、今日も二人で数歩分の距離を保って歩くのでした。
- 238 :名無し娘。:2006/10/10(火) 23:07
-
ちょっと時間が空いたんでもう一話分。
一日二話なら二週間くらいで終わるなあ。
毎日くればだけど。
ではでは。
- 239 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:58
-
3
ある日のことでした。
いつもの場所、いつもの時間。
携帯で時間を確認した梨沙子は困ったように周囲を見廻していました。
しばらくそうしていた梨沙子が再び携帯に目を遣って……そして「うん」と小さく、自分を励ますように呟いて歩き出しました。
件のT字路を、家の方向でも、小学校の方向でもない方へと向かって。
「わぁ……」
きょろきょろと辺りを見ながら、しばらく歩いた梨沙子が小さな感嘆の声をあげました。
初めて歩く道、新鮮な光景の中を一人で歩くことの昂揚感。
そんなワクワクしつつもドキドキした気持ちで歩いていた梨沙子は、分岐路で聞いた道を中学校へ向かって歩いている……つもりでした。
ですが、ふわふわとした昂揚感のままに歩いてきた梨沙子は、自分が目印を見失ったことに気がついていませんでした。
- 240 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:58
-
「……?」
そろそろ中学校が見えてもいい頃だと思っていたのに、いつの間にか目の前には公園が見えていたのです。
それは、青々とした木々に囲まれた、そう大きくはない公園でした。
けれど、小さな梨沙子の目には、初めてくるその公園はとても大きく素敵な場所だと映ったのです。
公園の入り口になっている林道めいた小道から、その素敵な世界へ目を遣った梨沙子があるものに気がつきました。
「あーっ、わんちゃん!」
それは首輪をしていない小さな白毛の犬でした。
きっとこの公園に居着いているらしいその子犬は、野良犬にしては人懐こい様子で、近寄る梨沙子から逃げようともしません。
「おいで? わんちゃん」
しゃがみ込んだ梨沙子の側に寄ってきた子犬。
その子犬に、少しおっかなびっくり手を伸ばした梨沙子。
伸ばした手をペロペロとなめる子犬を、梨沙子は空いてる方の手で撫でていました。
- 241 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:58
-
「かぁいぃね〜」
両手を脇に添えるように子犬を抱き上げると、ジタバタと暴れながら、その小さな身体からは思いも寄らないほどの大きな声で泣き出しました。
ビックリした梨沙子は、相応に大きな悲鳴を上げて子犬を解放しました。
「うあぁ、ごめんね、わんちゃん」
その時、梨沙子から数メートル離れた辺りで、木々の下生えがガサガサと音を立てました。
子犬がそちらに向かって走っていくのと同時に、その数倍……それこそ梨沙子ほどもある白い犬が姿を現しました。
- 242 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:59
-
「……ぁ、うぅ」
怖くなった梨沙子はゆっくり立ち上がると、そのままの姿勢で後退りました。
少し離れた位置にいる犬も、離れずに距離を詰めてきます。
その口からは大きな牙がのぞき、低い唸り声をたてながら少しずつ近づいてくるのでした。
怖さに耐えきれなくなった梨沙子は大きな悲鳴を上げ、振り向いて走り出しました。
後ろでは「ハァハァ」と犬の荒い息と砂を蹴る足音が聞こえます。
梨沙子は公園の出口へ、後ろも振り向かずに必死で走りました。
後ろの音はどんどんと近づいてきて、もうものの数歩分で掴まえられてしまうほどです。
梨沙子は『あぁ、自分は食べられちゃうんだ』と思い、走りながらも、つい眼を閉じてしまいました。
- 243 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:00
-
その瞬間、梨沙子の小さな身体に衝撃が加わりました。
梨沙子は自分の脚がふわりと浮くのを感じ、転んじゃうんだと思ったのです。
ところが、ふわりと浮いた梨沙子の身体は、腰の辺りを軸にくるっと廻ったと思うと、その勢いを殺すようにぽんと地に降り立ちました。
それでも恐怖からぎゅっと閉じていた眼を開けられずにいた梨沙子の肩に、ぽんと置かれた温かい感触。
「りさちゃん」
掛けられた声にふっと目を開けると、梨沙子の頭上に孝之の顔があったのです。
何がなんだか解らないでいる梨沙子の腰を抱き上げるようにして立たせる孝之。
「もういっちゃったから、大丈夫だよ」
「たかちゃん……?」
スカートに付いた砂をぽんぽんと払い落としながら、笑顔でそう教えた孝之の顔を、不思議そうに見つめる梨沙子。
辺りを見ると、いつの間にかさっきの犬は何処かへ行ってしまっているようでした。
- 244 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:00
-
「どこもケガなんかしてない?」
「……うん」
「どうしてこんなとこに……。一人できちゃ危ないよ?」
「あのね、たかちゃんが……」
そこまで言いかけて梨沙子が気がつきました。
孝之の左手に赤い絵の具のようなものが流れていることに。
「たかちゃん。……ち?」
「……ん? あっ…大丈夫だよ、そんなに深く噛まれたんじゃないから」
「でも、たかちゃんっ」
「ん、……こうしてれば平気だから。帰ろう? お母さん達心配するよ」
ポケットから引っぱり出したハンカチをグルグルと巻き付けて、少ししかめた表情を笑顔に戻して孝之が言います。
- 245 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:01
-
ぽろぽろと涙を零している梨沙子の頭を、孝之は怪我していない方の手でそっと撫でました。
そして膝をついて梨沙子と目線を合わせて、頭を撫でながらゆっくりと孝之が話し出しました。
「大丈夫だから。ね? 泣かないで。……このことは誰にもいっちゃダメだよ?」
「だって…、だってぇ……」
「お願いだから。誰にもいわないって……約束」
差し出された小指を、くしゃくしゃに泣きながらもジッと見つめる梨沙子。
目の前の小指がふにふにと動き、「ね?」と念を押すように孝之が言うと、梨沙子はおずおずと自分の小指を絡めました。
「よしっ、指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。……二人だけの約束だよ?」
「……ぅん」
泣きながら約束した梨沙子にそっと手を差し出す孝之が「帰ろっか」と優しく言います。
まだぼろぼろと涙を流している梨沙子はどうしたらいいのか解らないようにその手を見ていました。
孝之は、差し出したその手で、ぽんぽんと梨沙子の頭を優しく叩き、そして梨沙子の手を握って、再び促しました。
「さ、帰ろう」
「……ん…ぅん」
- 246 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:01
-
家の前までついた二人は、玄関先で立ち話をしていた母親達に見咎められ、怪我について問い質されました。
孝之は「これは自分のせいだ」と言い、梨沙子は心の中で約束、約束と唱えながら、涙を滲ませた目でじっとそれを見ていました。
母親に連れられて近所の病院へ向かう孝之の背中をジッと見つめている梨沙子に、梨沙子の母親が問い掛けました。
「りーちゃん? 孝之くんの言ったことは本当なのかしら?」
「………」
梨沙子は意地になったように小さくなる背を見つめながら口を引き結んでいました。
そうしていないと声をあげて泣き出してしまいそうだったから。
「そっか。解りました。……孝之くんとずっと仲良くしてもらうのよ?」
梨沙子の母親は、そう言いながらぽんぽんと梨沙子の背を叩き、家へ連れ入りました。
一週間が過ぎて、包帯の解かれた孝之の左手に、小さく残った傷跡。
梨沙子はその傷跡と、そして二人の約束を、ずっと忘れないでいるんだと心に決めたのです。
- 247 :名無し娘。:2006/10/11(水) 21:02
-
ちょびちょび進めていこ。
また明日……か明後日に。
ではでは。
- 248 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:54
-
4
それは日射しも暖かなとある日曜のことでした。
梨沙子が孝之の家のチャイムを独特のリズムで鳴らし、来訪者が誰だか解っている孝之が玄関を開ける。
すでにこれは、二人の……というよりも孝之の家では誰もが馴染んでしまったこと。
でしたが、いつものことであるはずの孝之は少し驚いた顔で、出迎えられた梨沙子は満面の笑みで、孝之の顔を見て言いました。
「こーえんいこっ」
「こーえん? あぁ、うん、いいけど」
「たかちゃんは持ってない?」
「あるよ。僕も?」
「うん。おしえて♪」
そう楽しそうに話す梨沙子は、Tシャツの上に半袖の上着を羽織り、下はショートパンツ姿に……ローラースケート。
- 249 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:55
-
孝之は困ったように梨沙子の姿を見やり、そしてポツリと呟きました。
「それ、履いて行くの?」
「うん♪」
「……そっか。じゃあちょっと待っててね」
「うん♪」
とても楽しそうに話す梨沙子に、なにも言えなくなった孝之は、仕方なさそうにそう言い残して家の中に姿を消しました。
梨沙子がしばらく玄関の前で待っていると、ガチャリと玄関が開き、孝之が戻ってきました。
その手には、使い込まれたローラースケートと幾つかのプロテクターを持ち、先程までのTシャツ姿の上にGジャンを羽織って。
「これだけ付けて行こうね」
「りーの?」
「そう、念のためね」
目の前のそれを見て、小首を傾げて自分を指差しながら言う梨沙子。
そんな梨沙子に、真面目な表情を作った孝之が言います。
- 250 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:55
-
「う〜……」
「ヤならやめる?」
少し不満げに眉根を寄せて、差し出されたプロテクターを見つめました。
けれど孝之にそう言われ、どうするかを量りにかけたように考え、やがてポツリと言いました。
「…つける」
「うん。じゃあ手だして?」
すっと差し出された細い腕の、肘の部分へあてがわれるプロテクター。
そしてかがみ込んだ孝之が膝へ付けるプロテクター。
それをされるがままに見ながら、梨沙子はこう思い、感じました。
こんなの付けなくてもいいのに、と少しだけ不満に。
でも、孝之に心配されて、世話を焼かれるのはほわほわとする。
そんなくすぐったいような不思議な気持ちで、どうしてか自然と笑顔が浮かんできました。
- 251 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:55
-
「はい。出来たよ。……? りさちゃん?」
「ふぁぃ!? あ、うん」
「なに?」
「なんでもなーいよぉ」
「ふーん……」
孝之は、そんな梨沙子の様子を見上げて、訝しく思いながらも無理矢理に納得した風で呟きました。
そして屈んだままの姿勢で、自分のローラースケートを履いていた孝之が、なにかに気がついたように口を開きました。
「これ……おろしたて?」
「おろ…? ……うん、きれーでしょ」
「もしかして、初めて?」
「うん」
当たり前だよと言わんがばかりの梨沙子の口調に、何かを考えるように立ち上がる孝之。
履き替えた自分の靴を玄関に放り込み、ドアを閉めると、その様子を見つめている梨沙子を尻目に、カチャカチャと数歩移動して道路へ出ました。
- 252 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:56
-
「ここまで来れる?」
もと来た方を振り返り、そう言いながら手を差し伸べる孝之。
梨沙子は少し考えて、「う〜」と困惑したような声をもらして歩き出しました。
「うわ、わわっ……やあっ」
奇妙な声をあげながら、それはそれはぎこちない、おっかなびっくりバランスを取りながらの動作。
孝之は笑いを堪えながらも、梨沙子の方へ近づいて、パタパタともがくように動くその手を取りました。
- 253 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:56
-
「っ……うぁ、ふぅ」
「あんまり大丈夫じゃないね」
「だ、だからおしえてっていったのに……」
孝之に支えられながらも、拗ねた風にアヒル口の梨沙子。
「とりあえず、この辺じゃあ危ないから公園まで行こっか。動かないでね」
「うん。えっ? あっ、わわわわっ」
返事を返しながらも、『動かないで』という言葉の意味が解らなかった梨沙子が、おかしく思った時でした。
少し荒れた地面を跳ねるように転がり出すスケート。
孝之の手に引かれ自分の意志とは別のところで移動を始める梨沙子は、ただ小さな悲鳴を上げながら一所懸命にバランスを取ります。
次第にそんな状況にも慣れ、後ろ手に梨沙子の手を取り、時折振り返る孝之を見つめていて。
手から伝わる温かさと、流れる空気を感じて、「えへへ」と小さく笑みを浮かべるのでした。
- 254 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:57
-
5
孝之に手を引かれ、梨沙子はニコニコとその背を見ていました。
なにがこんなに嬉しくさせるのか、自分でも解ってなどいないままで公園への道程を楽しんでいたのです。
「はい。到着っ」
「え? うわっ、あ゙ぁっ!?」
前を行く孝之が、不意に止まってそう言いました。
が、梨沙子は気がつかず──気づいても止まり方を知らなかったのですが──、勢いそのままに孝之の肩へぶつかってしまったのです。
「っ!?」
支えようと踏ん張りかけた孝之でしたが、力を込めても無情に廻るローラーが邪魔をしました。
「う〜……」
「っ、てぇ……」
辛うじて大転倒とはならなかったものの、思いっ切り尻もちをつき、繋いでいた手に引っ張られた梨沙子が、その上に倒れ込みました。
- 255 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:58
-
「あぃた〜……」
「りさちゃん……?」
「はぁい?」
「重いからどかない?」
「えぇ!? りー、おもくないもん!」
孝之の言葉に飛び跳ねるようにして脇に降りた梨沙子が言いました。
まっ白な頬を少しばかり朱に染めて言う梨沙子に、身体を起こしながら孝之が笑いかけました。
「そうだね。りさちゃん細いもんなぁ……ほらっ」
先に立ち上がった孝之の両手が梨沙子の脇に添えられて、小さなかけ声に合わせてひょいと持ち上げられました。
「……う〜〜っ、おろしてぇ」
「うわっ!? ははっ、ごめんごめん」
一瞬何をされたのか解らなかった梨沙子が、顔を真っ赤にしてバタバタすると、孝之はすとんと足から梨沙子を下ろしてあげました。
- 256 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:58
-
子供だとからかわれたように感じた梨沙子は頬を膨らませて背を向けてしまいました。
「たかちゃん、きらいっ」
そんな梨沙子を微笑ましく思いながらも、機嫌を直そうと四苦八苦する孝之でした。
やがて梨沙子にも笑顔が戻り、丁寧なスケートのレッスンが始まります。
初めはバランスを取ることだけで精一杯だった梨沙子も、意外な勘の良さをみせ、次第に上達していきます。
時に転びそうになると、すぐ横で教えている孝之が手を差し伸べて支えます。
あまりにゆっくりで、これはと思う時には転び方すらも教えるように、手を出さずにいることもありました。
そんな時、黙って口をとがらせ「なんで?」という目で見る梨沙子に、孝之は「転ぶことも覚えなきゃ」と言うのです。
なお不満顔の梨沙子へ「それくらいなら、子供じゃないなら痛くないでしょ?」と重ねて。
すると梨沙子は、口を尖らせたままで「うん」と頷くのでした。
そんなレッスンも二時間ほども過ぎた頃、孝之が飲み物を買いに梨沙子の元を離れました。
両手にオレンジジュースの缶を握り、元いた場所へ戻ってきた孝之でしたが、梨沙子の姿が見あたりません。
「りさちゃん……?」
きょろきょろと辺りを見廻した孝之は、きた道とは反対の方向に滑っていく梨沙子の背中を見つけました。
- 257 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:59
-
後を追おうと動き出し掛けて、ある事に気がついた孝之は握っていた缶を置くことも忘れ、全力で滑り出しました。
「りさちゃんっ!」
近づく勢いはそのままに、大きな声で呼びかけると、上体だけで振り向いた梨沙子が手を振ってきました。
足は止まっていましたが、ゆっくりと回り続けるローラーはそのままに。
「たかちゃーん。みてみてっ♪」
「っ……止まって!」
「? ……え? わっ!?」
そこで梨沙子はやっと気がつきました。
自分がなだらかな下り道にいたことに。
そしてその勾配が徐々に急になっていることに。
「ふわわっ……た、たかちゃん」
「りさちゃん!」
段々と上がっていくスピードと、坂の向こうに見える光景に身をすくませ、転ぶことも出来ず孝之の名を呼ぶ梨沙子。
孝之は手に持っていた缶を放り出して、坂の向こうを往来する車のことを考え、必死に後を追いました。
- 258 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 20:00
-
目前に迫る道路に、恐怖感で一杯になった梨沙子が眼を閉じ、身体を硬くした数秒の後。
車にはねられたと感じた大きな衝撃。
梨沙子が気がつき目を開けた時、そこは道路から僅か一メートル程の場所でした。
「たか、ちゃ──っつ」
隣で倒れている孝之に気づき、手を伸ばそうとした時、上腕に鈍い痛みを感じて動きを止めました。
「はっ! りさちゃん!?」
遅れて気がついた孝之が梨沙子を見ると、痛みを堪えるように表情を歪ませ、ブラウンの瞳一杯に涙を浮かべて。
それでもなぜだか笑顔を作ろうとしている梨沙子がいました。
「りさちゃん、どっか痛い? 大丈夫?」
「ちょっとだけ、いたい。けど……こどもじゃないからへーきだもん」
額にうっすらと汗を浮かせながら、無理に作った笑顔で話す梨沙子。
そんな梨沙子を見た孝之は、理由も解らないままに泣き出してしまいそうになりました。
それは悔い、憤り、哀しみ、哀れみ、様々な感情の表れでした。
- 259 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 20:00
-
ともすれば溢れてしまいそうになる涙を、ぐいと拭って梨沙子に背を向け屈んで言いました。
「のって。家に帰って、それから病院に行こう」
「えぇっ、だって……」
「いいからっ、早く!」
「……うん」
ごにょごにょ言い続ける梨沙子を背負って、梨沙子の家に着いた二人を見て、梨沙子の母は驚きながらも、手早く行動しました。
休日診療のしてもらえる病院へタクシーで向かう途中、詳しい話を聞いた梨沙子の母は、二人を叱りもしませんでした。
病院で診察を終え、帰りのタクシーの中で、梨沙子は叱られ孝之は謝られていました。
二人は、その扱いや心境こそ違いましたが、同じように右腕を吊り、同じようにしょんぼりしていたのです。
梨沙子の母は、困ったように梨沙子を見て。
申し訳なさそうに孝之を見て。
小さく溜息をついて言いました。
「とにかくヒビだけで済んでよかったわ……」
夕暮れを走るタクシーの中、二人はただ俯いているだけでした。
- 260 :名無し娘。:2006/10/13(金) 20:01
-
今日はこの辺で。
あ、まだデビュー前なんですよ。
ではでは。
- 261 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:36
-
6
いつものように二人で下校してきたある日、両親が不在だった孝之は梨沙子の家に呼ばれしました。
菅谷家のリビングで、孝之は見るでもなくTVの画面を見つめています。
その番組に特に興味を惹かれなかった梨沙子は、ソファーの端に座る孝之に背中を預け、足を肘掛けに投げ出して漫画を手にしていました。
孝之は右の肩から背中辺りで、梨沙子の背中を支えながらも、じっとTVの画面へ向いたままでいます。
一方の梨沙子は背中越しに孝之の温もりを感じ、飼い主の膝に乗った子猫のように満足げにページをめくるのでした。
「はい。おやつでも如何かしら?」
そんなところへ、キッチンから梨沙子の母がトレイを手にして声を掛けました。
- 262 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:36
-
「わぁい。いただきまぁす」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、テーブルに置かれるショートケーキとジュースに目を遣りながら、ほっとしたように笑う孝之。
跳ねるように起きあがり、ケーキに手を伸ばそうとした梨沙子は、その動きを母親に止められました。
「りーちゃんはちょっと待ってね」
「え〜っ!?」
おあずけをくって、不服さを身体一杯に表す梨沙子に、母親が一言囁きました。
「見せたいものがあるから、あっちにいらっしゃい」
「なぁに……?」
「孝之くんは食べててね」
手を引かれて歩いていく梨沙子を見送って、ケーキとジュースを見ながら、孝之は考えました。
きっとすぐに戻ってくるんだろうから、手を付けないで待っていようと。
- 263 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:37
-
孝之がそう決めて、座り直した時でした。
一人で戻ってきた梨沙子は満面の笑みを浮かべて、ぽすっと音を立てて孝之の隣りに腰を下ろします。
とても嬉しそうに笑っているけれど、特になにも話そうとしない梨沙子に、孝之が困ったように笑いながら折れてあげるのでした。
「……なにかいいことあったの?」
「あのねー……まだ、なぁんでもないの♪」
「……そう?」
「うん♪」
にこにこと笑みを浮かべながらケーキを頬張る梨沙子は、その報せによるものなのか、それとも内緒にしているということ自体なのか、ただ楽しげにしています。
釈然としないものを感じながらも、“まだ”というなら、きっとそのうち教えてくれるだろうと納得しておく孝之でした。
- 264 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:37
-
その週末のことです。
いつもならば楽しげに「あしたはどこいく?」とか聞いてくるか、少し淋しげな表情で「あしたはおでかけするんだって」とか言う梨沙子。
それが、今日の彼女は孝之の知っているどの梨沙子とも違うようでした。
「あのねー、あしたはおでかけするからあそべないの」
「そうなんだ?」
そう言いながらも、その表情は一緒にいる前の日のように楽しげに笑っていました。
いつもと違う調子に戸惑いながらも、孝之はなるべく普通に接しようとするのでした。
「でも、りーのかわりにてれびみててね」
「え?」
「おひるのやつ。もーにんぐむすめの」
「あぁ……うん」
そう返事をしながら、孝之は思い出します。
そういえば何度か一緒に観たことがあったかなと。
孝之自身は、特別にいつも観ているわけではありませんでしたが、梨沙子といるその時間にはよく一緒に観たものでした。
- 265 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:37
-
そして日曜日。
律儀に約束を果たす為、TVを観ていた孝之は、画面に釘付けになったまま言葉を失っていました。
いつも隣で笑っていた梨沙子。
べそをかいては孝之にすがっていた梨沙子。
そんな“りさちゃん”が画面の中にいる、その不思議な光景と、なんとも表現しがたい感情に混乱していたのです。
画面に映るのは右手を吊ったあの頃の、VTRであろうもので、硬い表情のままぎこちなくインタビューを受けている梨沙子。
そしていかにも生放送らしく、オーディションに受かって驚き喜ぶ表情を映し出したりしていました。
そしてまとめるような話が流れた後、梨沙子は二万七千九百五十八人の中の、たった十五人の一人に選ばれ残ったのだと、ナレーターの声が告げていました。
不意に鳴った着信音に我に返り取りあげた携帯に、またなぜだか微妙な心持ちになる孝之でした。
急かすように鳴る携帯に出ると、がやがやとざわめきの聞こえる電話口から、少し興奮しているような元気な声が響いてきました。
『たかちゃん、みてたっ?』
「……うん」
『ねーねー、びっくりした?』
「え? ……うん」
自慢げにしっぽを振る子犬のような梨沙子の声。
そんな梨沙子に曖昧な返事を返しながら、孝之は思い出していました。
あれはそういうことだったのか、と。
- 266 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:38
-
何気なくTVを見ていた時に、いつものように寄り掛かっていた梨沙子が身をよじるようにして孝之に聞きました。
「たかちゃん、すき?」
「え?」
孝之は、一瞬なにを言われたのか解らず、小さな驚きの声をあげました。
それが画面に映っている女の子のグループを指していると気がついた孝之は、何の気無しに答えたのです。
「う〜ん、そうだね」
「そーなんだ」
「うん、そうかも」
特別に好きなわけではない孝之でしたが、ただ会話の流れから単純にそう言っただけでした。
梨沙子はなにか考えるようにアヒル口に指をあて、それから笑顔でこう言ったのです。
「ならりーもなる」
「え?」
「りーもミニモニ。みたくなる」
「え〜?」
「なに?」
懐疑的な孝之の反応に、梨沙子は少し頬を膨らませて問い返しました。
「ん〜、なったらすごいね」
「えへへぇ」
なにを想像したのか、やけに嬉しそうに笑う梨沙子の顔が印象に残った孝之でした。
- 267 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:38
-
『──ゃん、きーてる?』
電話の向こうで大きくなった声に、はっとした孝之が慌てて聞き返しました。
「え? なに?」
『もお! あのね、なんかよばれてるの』
「あ、うん」
『じゃあまたね』
「あっ!」
『んー?』
「あの……おめでとね」
『ん? うん♪』
余程急かされていたのか嬉しそうにそう言い残して、慌てて電話は切られました。
孝之は切れた電話を見つめ、その向こうの梨沙子の笑顔を思って呟きました。
「おめでと……」
梨沙子がそうなりたいと思って、そうなれたのだから、それはとても祝福すべきことだと孝之は思いました。
そして、祝ってあげるつもりでそう呟いたのに、どうしてだか笑えずにいる自分をおかしく思うのでした。
- 268 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:39
-
7
互いに意図してではなく会う機会の減った二人に、某かの変化を求めるように時間は過ぎていきます。
それは夏休みに入っても変わらず、梨沙子は母親に連れられて頻繁に出かけていき、孝之は仲の良い学友と遊ぶ以外には、特にすることもなく家にいることが多くなりました。
そんな八月のある日、孝之はなにをするでもなくベッドに横たわり、小さなきっかけに思いをやっていました。
孝之が、梨沙子のことを初めてブラウン管越しに見たあの日。
あれ以来、二人の関係が微妙に変わってきたと孝之は感じていました。
なにがどうとは言い切れなかったものの、それは孝之の中に、確かに根付いた感情だったのです。
自分である必要はない
きっと、言葉にすればそんなことだったのかもしれません。
あの留守番の夜以来、仲の良い妹のように、常に孝之のそばにいた梨沙子。
常に梨沙子の一番近くにいて、危うい無邪気さを庇護し、必要とされていた孝之。
- 269 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:39
-
そんな梨沙子が……“りさちゃん”が、数千人もの人を前に舞台に立った。
例えそれが、グループ全体の為にある舞台であるとしても、その中に梨沙子の名を叫ぶ声が耳についたのだから。
自分の知らない世界に入り、多くの人達に求められるような存在になれば、その役目など幾らでも代わりが出来るだろう。
そう考え、一つの結論にたどり着いた孝之なのでした。
- 270 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:40
-
「孝之っ、梨沙子ちゃん来てるわよ!」
母親の呼ぶ声に、小さく舌打ちをしながら部屋を出て階段を下りていく孝之。
心のどこかが波立ち、苛立っていることに、自分でも気がついてはいませんでした。
「なに?」
「……たかちゃん?」
「……?」
それがなにとは解らないけれど、小さな違和感を感じた梨沙子の声は、いつもの元気に開いた花のような声ではありませんでした。
自身の変化には気がつかない孝之も、梨沙子のその声の調子に、わずかに眉根を寄せて答えにならない答えを返しました。
「…………」
「どうしたの?」
何も言わず、困ったように見上げる梨沙子に、改めて問いかける孝之。
その声からは、梨沙子が感じたいつもの孝之とは異なる“色”が薄れていたようでした。
- 271 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:40
-
「たかちゃん……ん〜ん、なんでもない」
「……? なに?」
「いいのっ。なんでもないっ」
「いいならいいんだけどさ……上がる?」
「…うん」
互いに互いの変化に気がつきながら、自身の変化に気づかずに、自身の中で異なる角度から歪んだ形に納得してしまいました。
もし気がついたとしても、それがどのような“形”をもたらすのか、二人には解らないことだったのですから。
「たかちゃん、あのね……」
「んん?」
孝之の部屋に通され、ベッドの上で脚を投げ出すように座り込んだ梨沙子は、改めて切り出すように口を開きました。
学習机の椅子に、逆向きに座り、背もたれに手を乗せて体重を預けていた孝之は相槌を打つように声を漏らしました。
- 272 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:41
-
「えっとぉ……」
「なに、どうしたの?」
何か考えながら話し、言葉を探している様子の梨沙子に、小さく笑いながら孝之が問い返しました。
笑われたことに対して、少しばかり口をとがらせはしましたが、それでも気を取り直してさらに言葉を探している様子の梨沙子。
「あ、ぇっとねー、えーが……」
「えーが? 映画?」
「うん」
「行くの?」
「うんっ」
「お母さんと?」
「そうだけどぉ……」
「もしかして?」
- 273 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:41
-
思いついたように自分を指さす孝之に、さも嬉しそうにぶんぶんと力一杯に頷く梨沙子。
それを微笑ましく見ながら、孝之が言葉を続けました。
「別にいいけど、いつ?」
「あしたからなの」
「ふ〜ん……」
「いっしょにきてくれる?」
「いいよ」
「あー……えへへ、ありがと♪」
そうしてしばらく話した後、笑顔で帰っていった梨沙子を見送ってから、孝之はあることに気がつきました。
「あっ、なんの映画か聞かなかった……」
口に出して呟いてから、軽く笑って思うのでした。
きっと夏休みによくあるような、子供向けのアニメとか何かだろうと。
もし自分の好みではなかったにしても、それを観て梨沙子が喜ぶのならそれはそれでいいな、と。
- 274 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:42
-
8
視界に映る光景から目を逸らさずにいながら、意識はまったく別の所にある。
そんなアンバランスな自分と、なんともいえない居心地の悪さに戸惑う自分。
そんな自分に困惑しながらも、目の前で一生懸命な梨沙子に同調するような気持ちも感じている。
自分の心の歯車に、小さなズレが生じているのを解っていながら、それを表現させられる程に子供ではなく、やりすごせる程に大人でもない孝之。
有り体にいえば、孝之は迷っていたのです。
梨沙子に対する自分のポジション、立ち位置、距離感に。
お互いの……というよりも、梨沙子の立つ位置が変わったと認識したことによって、自分はどうしたらいいのか。
今までの距離を保つ為にいるべきなのか、相応の距離で接するべきなのか。
ブラウン管越しに梨沙子を見ては一方に傾き、隣に座る梨沙子を見ては一方に傾く。
不安定な天秤にのせられた気持ちの持っていきように迷っていたのです。
- 275 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:42
-
「孝之くん?」
「え? あ、はい」
心ここにあらずだった孝之にかけられた声。
隣の席に座っていた梨沙子の母は、柔和な笑顔で孝之を見ていました。
「退屈じゃない? ごめんなさいね、梨沙子が我が侭言ったみたいで……」
「そんなこと…ないです」
「本当に? だったらいいんだけど……」
「あ…ほら、なかなかこんなトコ、見られないですから」
「……ありがとうね」
「え?」
「うちの子、孝之くんに迷惑ばかりかけてるでしょ」
「いえ、そんな……全然」
「ありがとうございます」
そう改めて言われた孝之は妙に気恥ずかしくなり、あらぬ方へ視線を逸らしたのでした。
- 276 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:43
- そんな孝之を微笑ましく見つめて、そして一度梨沙子の様子を横目で見て、梨沙子の母は言葉を続けました。
「どういうつもりでこんなことしようとしたのか、私には分からないんだけど……。
私達よりよっぽど孝之くんと一緒がいいみたいでね。これからもあの子のこと、よろしくね」
「っ――。そんなこと…ないです。……あっ、トイレ行ってきます」
一瞬、言葉に詰まるのを、顔を逸らして隠してそう言いながら、逃げるように孝之が立ち上がりました。
梨沙子の母は、そんな孝之に我が子を見るような優しげな視線を送りながら、小さくため息をついたのでした。
孝之は出入り口付近で手が空いてそうなスタッフに声をかけると、足早にその空間から離れました。
人気のない通路を教えられたとおりに歩き、用を足して手を洗っているとき、ふと鏡に映った自分の表情に気がついたのです。
「……なんて顔してんだろう」
梨沙子の母と交わした会話で、一時、現実の中に過去がクロスオーバーしたものの、それは“ひととき”のことでしかなく。
いざ一人でこの場にいると、改めて“現実”というものを実感させられている。
それが今、表情に表れてしまっていると、そう感じた孝之でした。
それはきっと、今の梨沙子との距離のように、日頃の孝之とはかけ離れた生気の無い表情でした。
- 277 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:43
-
「こんなんじゃダメだなあ……」
そう呟くと、なにかを振り払うように流れ出る水に手を差し出し、バシャバシャと顔を洗うのでした。
ひとしきりそうした孝之は「ふう」と一息つき、濡れた顔をぬぐってその場を後にしました。
そうして元いた空間に静かに入り込んだとき、ふいに横合いから腕を掴まれました。
「ちょっと待って。関係者以外は立ち入り禁止だよ」
「あ、僕は――」
「ん? あぁ、誰かの連れかい?」
「っ――、りさ…菅谷梨沙子の……」
「お兄さん?」
「いえ、家族じゃ……」
「家族、じゃないの? じゃあなんでいるの? ……まぁ、いいか。あまり動き回らないようにね」
「……はい」
それだけ話して去っていった男の背を見るでもなしに見ながら、まるで言われたとおりにしているかのように孝之はその場に立ちつくしていました。
ただ、音が聞こえてきそうなほど強く握った拳だけが小さく震えていました。
その感情を、なんと表現するのか孝之は知りません。
ですが、自分がどうしたいのか、それだけは解っていた……解ってしまったのです。
- 278 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:44
-
孝之は歩き出しました。
その、まだ幼いといえる顔立ちには不釣り合いなほどに感情を失った表情のままで。
撮影は休憩に入ったらしく、元いたスチールの椅子には、梨沙子の母と、そして梨沙子本人が座って談笑しています。
「あの……」
「たかちゃん♪ ねぇねぇ、みててくれた?」
梨沙子の母に話しかけようとした孝之の腕に、飛びつくようにすがりつきながら梨沙子が言いました。
孝之は、ほんの僅かな瞬間、苦しげな顔になりますが、無理矢理に笑顔を作って梨沙子に応対しました。
「あ、あぁ。うん、見てたよ」
「がんばったの。すっごいがんばったよ?」
「……うん。そうだね。ビックリした」
「孝之くん?」
訝しげに梨沙子の母が問い掛けました。
- 279 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:45
- その声に救われたように、微かな安堵をにじませて孝之が口を開きました。
「ごめんね。……あの、ちょっと用事を思い出して、先に帰ります」
「ええっ!」
「孝之くん……大丈夫? 顔色が――」
「平気です。ごめんなさい」
「たかちゃん……?」
「ごめんね、りさちゃん」
「たかちゃん…へーき?」
「うん。ごめんね、りさちゃん」
- 280 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:46
-
精一杯の努力で、梨沙子にだけは悟られないように、複雑な感情を押し殺して。
心から自分の情けなさを詫びる孝之は、痛々しくもみえそうな笑顔で話します。
「んーん……」
「ホントにごめんなさい。じゃあ……さよなら」
ハの字にした眉で心配そうな梨沙子に、届くか届かないか……掠れそうな声で告げた言葉でした。
自分でも意識しないところでの言葉でした。
早足にならないように、意識して歩みを抑えて辿り着いた重々しい扉。
強く押し開いた扉の向こうで、甲高い声が聞こえました。
するりと身体を滑らせた孝之は、扉の前で座り込むように転んでいる女の子の姿に気がつきました。
「ごめんなさい」
そう口にして、座り込んでいる女の子に手を差し伸べ立ち上がらせた孝之。
それを驚いた顔のままで見返す女の子に、もう一度「ごめんね」と謝罪して、孝之は歩きだしました。
まるで逃げるように。
- 281 :名無し娘。:2006/10/15(日) 19:49
-
りしゃこデビュー!
したところで、今日はこの辺で。
企画のせいなのか、年齢のせいなのか、読んでる人がいない感じ(^^;;;
長編は終わってみなきゃ解らないからな、とか思われてると考えておこうw
ではでは。
- 282 :名無し娘。:2006/10/16(月) 15:55
- やっぱ匿名さんなの?
- 283 :名無し娘。:2006/10/16(月) 20:19
-
>>282
読んでる人いたw って、あまりに直球な。
えっと、ねえ。そうですけど、まあ、このままで行きましょう。
さ、続き続き(^^;;;
- 284 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:19
-
9
「もうへーき?」
数分に及んだ沈黙を破ったのは、不安や恐れ、そして微かな望みで彩られた梨沙子の言葉でした。
組んだ腕に頭をのせて、昼前だというのにベッドに横たわった孝之。
少し離れた大きなクッションに座り込んで、話すきっかけを探していた梨沙子。
きっかけを与えたのは、うるさく鳴いていた蝉が窓に跳ねた音でした。
「……うん」
孝之の言葉は短く、梨沙子はまた接ぐべき言葉を探します。
「えっと……」
「…………」
「…………」
「……それだけ?」
天井を見つめたままで孝之が言いました。
- 285 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:20
-
「そおだけど……」
『でも、そうじゃないもん』と、続けたかった梨沙子でしたが、孝之から感じる異質なものに、その言葉を口にすることが出来ませんでした。
梨沙子には解っていませんでしたが、それはほんの僅かな拒絶。
その“拒絶”は梨沙子の前に見えない硬質な壁を作っていました。
二人は互いに意識していません。
拒絶していることも、されていることも。
壁を作っていることも、作られていることも。
だから二人は、考え、迷い、決められずにいるのでした。
「りさちゃん」
「はあい?」
二度目の沈黙――より重い沈黙――を破ったのは、大きな惑いと小さな苛立ちに染まった孝之の言葉でした。
- 286 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:20
-
逃げるように目線を逸らしていた姿勢のままで、迷った末に言葉を洩らします。
「ごめんね」
「……なあ――」
「もう少し寝たいんだ」
「――っ」
返事すら遮られて届いた言葉は、いつもの孝之からは考えられないような言葉でした。
泣きたくなるような気持ちになった梨沙子は、その理由を体調が悪いからだと自分に納得させるのでした。
それは無意識下での自衛行為。
自身にとって最優先されるといっても過言ではない相手から、自身が拒絶されるという信じたくない事態に対しての精神的防衛でした。
「…………」
「……あのね」
「…………」
「あの……じゃあね」
気がつかないうちに“壁”に手をかけた梨沙子は、言葉という形を作りきることが出来ず、力尽きて滑り落ちるように“壁”から手を離してしまいました。
弱々しく現実化された言葉は逃避でしかなく、今の梨沙子では越えられないと、無形の理解が成された瞬間。
最後まで目を合わせることなく、梨沙子は立ち上がり、部屋を出ようとし。
ドアを閉める瞬間、なにか言葉をかけようとしかけた梨沙子は、躊躇し、そして……ドアを閉めたのでした。
- 287 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:21
-
その夜のことでした。
食事を終え、部屋に戻ろうとした孝之は、父親に呼び止められ食卓に戻りました。
「あのな孝之」
「うん?」
父は何故だかすまなさそうに、いつになく言葉を選んでいるようでした。
「今の学校はどうだ?」
「どう…って、別に。普通だけど」
「お、おう。そうか?」
「うん……?」
「あのな、実は……すまんが転勤が決まってな」
「え?」
「しばらく九州に行かなきゃならないんだ」
「きゅうしゅう……」
「ああ、単身赴任も考えたんだがな。だけど……」
- 288 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:21
-
父親の言葉を耳にしながら、孝之は呆然としたまま、ただ一つのことを考えていました。
この家を離れる。
それは自分にとって庇護すべき対象から離れるということを意味していました。
りさちゃん……
「……孝之?」
「……いつ?」
「え? ああ、孝之の学校のこともあるからな。この夏休みが終わる前にはと考えているんだ」
あと一週間……二週間くらいしか
「孝之……すまんが解ってもらえんか」
「……とつ」
「うん?」
「一つだけ、お願いがあるんだけど……」
「なんだ? 言ってみろ」
「りさちゃんには言わないで」
「うん? ああ、解った」
それで話は終わり、孝之は自室に戻りました。
力なくベッドに倒れ込み、ただひたすらに考えるのでした。
- 289 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:21
-
10
夏休みだというのに、いえ、だからこそなのか“仕事”で留守がちな梨沙子。
その梨沙子に、幾度か一緒についてきてほしいと孝之は声をかけられていました。
ですがあれ以来、どうしても一緒にとは思えずにいた孝之だったのです。
気持ちの整理がついていないということも勿論でしたが、引っ越しの為の荷造りにも追われていたからでした。
正確には、そう理由をつけて梨沙子と顔を合わせることから逃げていたのかもしれません。
自分で告げる、そう言いはしたものの、それをどう、どのように切り出せばいいのかも解らずにいて。
自分が梨沙子になにを話したいのかも解らないでいる孝之でした。
一日は流れるように過ぎ、幼い二人に残された時間は、あっという間に失われていきました。
そして終わりがすぐそこまできているある日。
片づいていく荷物のように、自分の心にも整理をつけたと思った孝之は、とうとう意を決したのでした。
梨沙子の家の玄関に立ち、チャイムを鳴らしてしばし待っています。
- 290 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:22
-
カチャっと鳴るドアの向こうに梨沙子の母の柔和な笑顔が見えました。
「あら……」
梨沙子の母の温かい笑顔の中に、寂しさが混じるのを感じた孝之は、それを悲しく思いながら、少しだけ嬉しいとも思いました。
そして嬉しいと感じてしまった自分を嫌悪して、小さく首を振り口を開くのでした。
「梨沙子、呼んできましょうか」
「あ、いえっ、あの……梨沙子ちゃんに言って欲しいんです」
「……なんて?」
「公園で待ってるって」
「……それだけでいいの?」
「……はい」
「解ったわ。梨沙子のこと……、ううん。孝之くん、ありがとうね」
全て解っているかのように、悲しげに微笑んでいるその姿に、なにも言えず、深々とお辞儀をして孝之はその場を離れました。
- 291 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:22
-
真夏の陽差しが降り注ぐ公園の中、僅かに木々がかかり日陰になっているブランコに、浅く腰を下ろして孝之は待っていました。
十分、二十分と時間は過ぎ、もしかして来てはくれないのかなと孝之が考え出した頃。
陽炎にかすむ公園の入り口から、真っ白い人影が近づいてきます。
地を蹴るように立ち上がり、近づいてくる人影に目を凝らしていると、それは真白な薄手のワンピースに身を包み、それに負けないくらいに透き通るような肌の梨沙子でした。
とてとてと歩いてくる梨沙子から、いつもの元気さは見られず、心なしか表情にも陰があるように感じた孝之は自分から口を開きました。
「りさちゃん……」
「……おはなしってなあに?」
「あっ、うん……座って」
「……うん」
- 292 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:22
-
二人で並んでブランコに座り、梨沙子は下を向いたままで。
孝之はそんな梨沙子に目を遣りながら、言葉を探すように話し出しました。
「なんか元気ない?」
「そんなことないもん」
「そう? そっか」
「うん」
沈黙。
それは話の取っかかりとしてはあまりに不十分な会話。
お互いに、表現しきれない感情に振り回されたままの、ぎこちないやりとりでした。
「あのさ……みんな優しくしてくれる?」
「……?」
孝之の言葉に顔を上げた梨沙子は、アヒルのような口のまま、表情自体は疑問符そのものの沈黙を浮かべていました。
- 293 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:23
-
言葉が足りなかったと悟った孝之は、少し考えて言葉を継ぎます。
「ほら……事務所? の人達とか、一緒の子達とか、さ」
「あー……うん。みんなやさしー。たまにおこられるけど」
幾分和らいだ表情で、照れたように話す梨沙子と、聞かされたその内容に孝之は安心したように頬を緩ませました。
すると梨沙子はニッコリと笑顔になり、さっきよりも一つ弾んだ声で言葉を続けます。
「たかちゃん、わらったぁ」
「え?」
「あのねー、なんか……んーっと。……えへへ♪」
うまく言葉を見つけられない自分に、話す代わりに照れ笑いの梨沙子。
けれど、梨沙子の話したかったことは孝之にも伝わっていたのです。
あの日以来、ろくに笑顔も見せずにいた自分と、そんな自分の態度に傷つき塞いでいた梨沙子。
- 294 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:23
-
「ごめんね」
だから孝之は謝るのでした。
近頃の自分と、これから話さなければならない言葉の分まで。
「ん〜ん。りーね、わらってるたかちゃんのほーがいいの」
一点の曇りも感じさせない無邪気さで言う梨沙子に、孝之はもう一度、心の中で、そして改めて口に出して謝るのでした。
「りさちゃん……ごめん」
「……んー?」
繰り返される謝罪の言葉に梨沙子は困ったように首をかしげます。
- 295 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:24
-
そんな梨沙子から目を逸らさないように努めて、孝之は話し出しました。
「うちね……また引っ越さなきゃいけないんだ」
「……?」
「わかるかな……九州に行かなきゃならないんだって」
「…………」
「お父さんの仕事なんだって」
「たかちゃんもいっちゃうの?」
「……うん。ボクだけ残るなんて許してもらえないし、お母さんも行かないわけにはいかないんだって」
「…………」
孝之の言葉を理解した梨沙子は真白な顔を蒼白くして、呆然と足下を見つめていました。
- 296 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:24
-
「りさちゃん……?」
「……いっちゃうんだ?」
「仕方ないんだ」
「――いいもんっ」
不意に叫んだ梨沙子が立ち上がりました。
同じように立ち上がった孝之を、その小さな両手で突き飛ばして走っていきました。
追いかけたかった孝之でしたが、突き飛ばされ座り込んだ膝がいうことをききません。
その瞬間に見せられた、孝之が初めて見る梨沙子のあんな表情に。
ぼろぼろと涙をこぼし、少しの怒りすら入り交じった大きな悲しみに包まれた表情。
力なく座り込んだ孝之は、ただ届かない呟きをもらすのでした。
「ごめんね……」
- 297 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:25
-
11
それは夏も盛り。
暑い日が続いていた所へ、程良い潤いをもたらす雨降りな一日のことでした。
夜半から降り続いている雨に、夏の陽差しも隠れ、ただいるだけで汗がふきだすような、日々の暑さを忘れられる、そんな一日の始まりだったのです。
あの日、走り去っていった梨沙子を、追うこともできず別れてしまったあの日。
あれから二日がすぎた今日、いよいよ引っ越しの当日になっても、いまだ顔をあわすこともできないでいる二人。
- 298 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:25
-
もしも二人の感情を一望できるとしたら。
それはきっと、とても簡単なことだったのかもしれません。
孝之はただ、梨沙子を守りたかっただけで。
梨沙子はただ、孝之が笑う、その側にいたかっただけで。
それは子供じみた自己満足ともとれる思いなのかもしれません。
けれど、子供だからこそ持ちうる、とても純粋で、真っ直ぐな気持ちだったのです。
しとしとと降る雨の中、必要に迫られる分だけはと、運び出される荷物を横目で見ながら、孝之は隣家の様子を気にしていました。
短い期間でこそありましたが、孝之と梨沙子、子供同士が仲良くなったおかげで、相応に交流を持った両家の親達は、菅谷家でその時を待っています。
開け放たれたカーテンのガラス越しに、時折こちらへ視線を向けてくる親達には気づかないフリで、孝之は静かな時間の中、濁流のように渦を巻く思考に身を任せていました。
- 299 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:25
-
屋外からでは気がつかないほど、薄く隙間を空けたカーテンの向こうを、とがらせた唇でじっと見下ろしている梨沙子。
そのブラウンの瞳は雨に濡れるガラス越しに、悄然と座り込んでいる孝之の姿を見つめていました。
梨沙子にだって、それが仕方のないことだとは解っていたのです。
あの後、泣いて家に帰った梨沙子は、事情を問いただす母親に、しゃくり上げながらもおぼつかない説明をし。
そして母親から聞かされていたのです。
父親の仕事の都合で引っ越すけれど、またあの家に戻ってくるんだよ、と。
ただ、それがどれほどの期間になるのか、それは行ってみなければ解らない。
だから父親だけではなく、母親も、孝之もついて行くことになったんだと。
そうは聞かされたけれど、梨沙子には、その何年かの間、孝之が側にいないという事実を受け入れることができずにいたのです。
孝之が側にいる、それが当たり前すぎて……。
- 300 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:26
-
そうしていると、階下から梨沙子を呼ぶ声が聞こえます。
「りーちゃん、下りてらっしゃい。孝之くん、行っちゃうのよっ」
二度、そう繰り返された声に、梨沙子は怒ったように言うのです。
「いかないっ! いっちゃえばいいんだもんっ!!」
僅かな沈黙の後、聞こえてくる足音にふり返る梨沙子はドアを開けた母親と目が合いました。
歯を食いしばって唇をとがらせる梨沙子に、優しく笑いかけながら梨沙子の母は口を開きました。
「孝之くん、行っちゃうわよ?」
「っ……」
- 301 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:26
-
「喧嘩したままでいいの?」
「…………」
「いつかまた会う時に、笑って会えなくなっちゃうわよ?」
「――っ!」
「いいの?」
「……しらないもん」
その言葉を聞いた梨沙子の母は、深い息をついて部屋を出て行きました。
- 302 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:27
-
やがて、微かに聞こえる雨音に、車のエンジン音が混ざりだして。
それが隣家の車だと気づいた梨沙子は、先ほどまでしていたように、そっと表の様子を窺いました。
一台の車を囲むようにして、孝之の両親と梨沙子の両親。
そして孝之の姿がありました。
なごやかに、それでいてどこか寂しげに話をしている両親達から、少し離れた位置に立つ孝之は、肩を落として梨沙子の家を見やっている。
そんな風に梨沙子の目に映っていました。
- 303 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:27
-
ズキッ
- 304 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:27
-
どこか、身体の奥で、締め付けるような、切り裂くような痛みを覚えました。
その時、不意に視線を上げた孝之と目があったと、梨沙子は思ったのです。
それは間違いではなく、カーテン越しに梨沙子の姿を浮かべた孝之は、小さく手を振り、「さよなら」と、そう口にしていました。
それは梨沙子の表層で、本心の現れを邪魔をするように残っていたしこりを瞬く間に押し流してしまうのに充分な事実でした。
食い縛った梨沙子の口元から零れる嗚咽、それは紛れもない本心の発露。
涙で滲んで見える窓に、飛びつくようにはねのけたカーテンの下で、孝之の乗った車のドアが閉められました。
その孝之に一言だけでも告げたいと窓を押し開けた時、車内の孝之がついと顔を上げたのです。
- 305 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:28
-
孝之はなにかを訴えかけるように梨沙子を見つめていました。
開いた窓に手をかけたままの姿勢で、ぼろぼろと零れていく涙にのせて、一言。
聞こえるはずもない言葉を、梨沙子はただ一言だけを口にしたのです。
「ばいばい…」
その瞬間、ぐにゃぐにゃと霞む視界に梨沙子は見たのです。
哀しげにしていた孝之が優しく笑うのを。
動き出した車の窓越しに、「じゃあね」と、そう口にしたのを。
梨沙子は泣きながら手を振りました。
車が見えなくなるまで……
いえ、離れていく車が、その視界から消えても、手を振っていました。
いつかまた、梨沙子の側に孝之の姿が ある時を待つ為に。
- 306 :名無し娘。:2006/10/16(月) 20:30
-
はいどーも。
梨沙子、低学年時代でした。
えー、終わりませんよ。まだ。
もーしばらく続きます。
ではでは。
- 307 :名無し娘。:2006/10/20(金) 22:55
- 乙です。続きがめっちゃ気になります。
- 308 :名無し娘。:2006/10/21(土) 20:45
-
>>307
それはどうもです。
四日、五日か。ぼちぼちいきます。
- 309 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:45
-
12
ここ数週間……いえ、正しくはを一ヶ月は数える間、梨沙子はあるものを待っていました。
学校へ行く前、帰ってきたとき。
仕事へ行く前、帰ってきたとき。
ことあるごとに真っ黒く口を開けた郵便箱をのぞき込んでは小さなため息をつき。
時にはアヒルのように口をとがらせて、その場にはいない大切な人へ抗議する。
そんな姿を呆れながらも微笑ましく見ていた母親のため息から、逃げるように梨沙子は自室へ入っていきました。
“あの日”から三年の時が流れ、その間に「一人の時間も欲しいでしょ」と、与えられた自分だけの部屋。
その部屋で、梨沙子はため息の理由に目をやるのでした。
その視線はまだ新しい机の一角。
簡単ながらも鍵のかけられる引き出しに注がれていました。
梨沙子は思い出します。
あれ以来、ともすれば沈みがちだった自分に一通の手紙が届いたあの日を。
- 310 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:46
-
それは「じゃあね」と、一言を残して孝之が去ってから、一ヶ月と少しが過ぎた頃でした。
朝、学校へ行き、終業後の数時間を忙しなくも撮影するための時間に充てられたその日。
撮影終わりに合わせ、車で迎えにきてくれた母の様子に、いつもと違う何かを感じた梨沙子は、後部座席からのぞき込むように話しかけました。
「おかーさん?」
「なあに」
訝しげにかけられた声に、ハンドルを握る母がちらりと視線を返してきます。
「なんかうれしそう」
「……いやだ、そう?」
「うん」
「う〜ん、おうちまで黙ってようと思ったんだけどね」
「?」
「そこにあるバッグ、開けてごらんなさい」
「これ?」
助手席におかれていた母のバッグ。
それへ手を伸ばし、自分の脇に置いた梨沙子は、そっとバッグの口を開き中を見てみます。
- 311 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:46
-
「なぁに?」
「薄いブルーの封筒」
言われたそれを取り上げた梨沙子へ、母が言葉を注ぎます。
「それ、よく見てごらんなさいな」
取り上げたそれをひらひらと揺らめかせながら、ふと目についたのは表に書かれた『菅谷梨沙子様』の文字。
自身の名前で、送られてきたそれは。
親しい幾人かの友人から貰った年賀状、そんな程度しか経験がなかった梨沙子にとって、それは不思議な感覚の品でした。
「えっと……」
「裏側、よっく見てみなさい」
困ったようにそれを見つめていた梨沙子に、母が出す助け船。
- 312 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:48
-
「ん……あっ――」
慌てて――それでも汚くならないように気をつけて――封を開けたその封筒には、見知った名前がしっかりと記してあったのです。
カサカサと音をさせて、言葉もなく食い入るように手紙を読んでいる梨沙子に、母のくすくすと笑う声など耳に入りませんでした。
その手紙は、梨沙子にも読めるように、必要最低限の漢字以外は平仮名で、簡単な言葉で、意外なくらいに綺麗な字で綴られていて。
そして何よりも、二枚に収められたその手紙は、他の誰でもなく梨沙子のためだけに書かれた手紙だったのです。
言葉もなく、ただ先へ先へと読み進めて。
読み終えたそれに読み飛ばしや読み間違いがないか、確かめるように二度ゆっくりと読んだ梨沙子は、思いだしたように「ほぅ」とため息を一つ。
- 313 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:48
-
「えへ……えへへ♪」
きっとそれは……そうやって手紙を書くという行為は、孝之にしても数少ないことだったに違いないと、梨沙子にすらそう感じさせる手紙でした。
二人の仲の良さからはあり得ないほどにかしこまった調子で、引っ越し先でやっと落ち着いたこと、そして自身の近況が大半を占める一枚目。
そして梨沙子の様子を心配するように問いかけられていた二枚目。
孝之がいなくなって、梨沙子の中で大きかったその存在の分、ぽっかり空いてしまった心の中へ染み渡るように入り込んできた言葉たち。
今は遠く離れてしまった場所で、それでも自分を心配してくれていると感じさせてくれる孝之の言葉たち。
日々過ぎていく時間の中で生まれる、心の隙間を埋めてくれる大切な手紙でした。
- 314 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:48
-
それ以来、毎月のように、拙いながらも一生懸命な手紙を書く梨沙子の元へ、一通また一通と増えていく手紙。
梨沙子自身は意識していないけれど、大切な宝物のように引き出しにしまわれる手紙。
返事に携帯電話のメールアドレスも書いたのに、それでも届くのは手で書き記された手紙で、それが余計に孝之の気持ちを伝えてくれるように感じていたのです。
そんな大切な、唯一の交流でもある手紙。
それが今年に入ってから何かあったかのように届かなくなっていました。
もちろん、梨沙子に心当たりなどあるはずもなく、何度も書いた手紙すら、本当に届いているのかと疑わしくなってくるほどに。
毎日毎日郵便箱を確かめては、届かない手紙に肩を落としていたのです。
- 315 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:49
-
そうして過ごしていたある秋の朝。
半ば惰性のように郵便箱を開いた梨沙子が、一つの郵便物に気がつきました。
薄いブルーの封筒。
ドキドキしながらも、宛名を、そして差出人を確かめて、安心したように深い息をつきました。
そっと開いた封筒の中に、いつもと同じ手紙が一枚。
手紙を書けなかったことを詫びる孝之の言葉に、梨沙子は心の中で「ホントだよぅ」などと呟いては微笑むのでした。
そして短い文章の最後に、ぽつりと添えられていた言葉。
ぱちぱちとまばたきをし、そこに書いてあることを確かめるように、じっと見つめる梨沙子。
『近いうちに、そっちへ戻ることになりそうです。』
一足早くやってきた夏の向日葵のような、晴れやかで明るい笑顔を浮かべた梨沙子は、もう一度その言葉を噛み締めるように目を通しました。
そしてバタバタと慌ただしい足音とともに家の中へ、大切な報せを手に駆け込んでいくのでした。
- 316 :名無し娘。:2006/10/21(土) 20:50
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少ないですが、ひとまず。
調子よければまた……明日にでも。
ではでは。
- 317 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:10
-
13
「おつかれさまでした」
「はい。お疲れ様」
そんな挨拶をして、送ってくれたマネージャーの車を降りた梨沙子は、荷物で乱雑になった鞄に差し入れた手で家の鍵を探ります。
ごそごそと手を動かしながら「ん〜」っと漏らした声に、かすかな喧騒が重なりました。
なんだろう? そう思いながら、やっと探り当てた鍵で玄関を開けると、小さな違和感を感じたのです。
「あれ? クツ……あぁっ!」
蹴り飛ばすようにして脱いだ靴もそのままに、ドタドタと上がり込んだ梨沙子はリビングのドアに手をかけ一つ息をつきました。
まるで初めて舞台に上がったときのように、緊張とも昂奮ともつかないまま高鳴る胸を押さえて。
それを意識しないように、精一杯に装った日常で「ただいまぁ」とドアを開きました。
リビングには出前でも取ったらしい、ザルに盛られた蕎麦や天ぷらがあり、引越祝いの食事を兼ねた場となっているようです。
- 318 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:10
-
「おかえり、りーちゃん。ほら、お隣の――」
「久しぶりね、梨沙子ちゃん。またよろしくね」
「大きくなったねえ。頑張ってるみたいで」
三年の時間などなかったかのように親しげに話しかけてくれるのは、しっかりと覚えていた……孝之の両親で。
二人に、ぺこりとお辞儀をした梨沙子は、そっと目を動かしていました。
その場にいて、和やかに談笑していたのは、梨沙子の両親と、そして孝之の両親……だけでした。
「孝之くんはおうちにいるんですって。お部屋を片付けてるのね」
梨沙子の様子に気がついた母が、横から笑いながらそう言いました。
「まったくねえ、少しぐらい顔出せばいいのに……孝之ったら」
「…………」
「孝之くん、お腹すかないのかしら」
「いやぁ、放っておけばいいんですよ」
「でも……あ、そうそう」
どうにも微妙なその場の空気に、梨沙子は立ち去ることも座ることもできずにいたところ、梨沙子の母が思い出したように立ち上がり、キッチンへと入っていきました。
すぐに戻ってきたその手には、小さなお盆に店屋物らしい器とペットボトルのお茶が二つずつ用意されていました。
- 319 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:11
-
「これ、まだ温かいから、持って行ってあげたらいいわね」
「ホントに、構わないのに……すいませんね」
「いいえ。久しぶりで気恥ずかしいんじゃないかしらね。さっ、行きましょ、りーちゃん」
「え? あっ、うん」
そう母に誘われて、梨沙子はその場を後にしました。
さっさと歩いていく母の背を見ながら、梨沙子は色々なことを考えてしまうのです。
孝之が戻ってきてくれたということ。
孝之が一人だけで家に残っているということ。
孝之の父のどこか複雑に見えた表情。
母がこうしてくれていること。
いずれの疑問も、今の梨沙子にとってはまだ答えを出すには難しいことでした。
- 320 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:11
-
「さ、りーちゃん。行ってらっしゃい」
「え?」
我に返ってみれば、母は開いた隣家の玄関を背で押さえ、梨沙子に入れと促していました。
「えっと……」
「お母さんは忙しいから。一人で行ってらっしゃいな」
「あ〜……うん」
「色々話してらっしゃい。あっ、ケンカなんかしちゃだめよ」
クスクスと笑いながら言う母に、からかわれてると思った梨沙子は口をとがらせて言い返すのでした。
「しないもんっ。ケンカなんか」
「はいはい」
「もうっ、おかーさんキライっ」
「じゃあね。……頑張りなさい」
口をとがらせたままの梨沙子がお盆を受け取ると、入れ替わるように立ち位置を変えた母が扉を閉める直前にぽつりと言い残していきました。
- 321 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:12
-
何を頑張るんだろう。
そう考えながら、靴を脱いで「おじゃましまぁす」と、ささやくような声で言いました。
前と同じだったら二階の奥が孝之の部屋だと、梨沙子はお盆を傾けないように注意してそろりと歩き出します。
まだまだ片付け終えていないらしい家の中を、きょろきょろと見回しながらもたどり着いた階段。
落としちゃいけないと、より慎重に、足音を忍ばせるように一歩一歩上っていくと、奥の部屋のドアに見慣れたものが掛けられていました。
『たかゆき』
ポップな字体の平仮名で、そう飾られたプレートは昔のままで、あまりに昔のまますぎて、思わず声を殺したままで笑いだしてしまう梨沙子でした。
ひとしきり笑った梨沙子は、手にしていたお盆を脇に置き、わずかに背筋を伸ばし、その表情までもやや硬くして、そっと一つ、ドアをたたきます。
数秒、中は静まりかえっているようで、それでいて返事もありません。
さっきよりも、ほんの少し強く二回。
- 322 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:12
-
「はい?」
数秒で返ってきた声に、梨沙子は小さく身を震わせました。
それは、記憶の中のものよりも、ほんの少しだけ低くなっているように感じられたけれど、間違いなく……。
自分が間違えるはずがないと、そう自信を持って言えそうなほどに、耳に残った声でした。
「お母さん? 入っていいよ」
重ねられる声は、自分へ向けられてはいないけれど、自分に対してのもので。
ドキドキしてくる自分にも気がつかないままで、梨沙子は口を開くのでした。
「たかちゃん……」
- 323 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:12
-
14
開かれたドアはただそれだけを意味するものではない。
ただそれが持つ別の意味まで理解はできないでいる、大人というにはほど遠い自分に確たる形を持たない歯痒さを感じる梨沙子でした。
「りさ、こ、ちゃん……」
ドアの向こうから姿を現した孝之は、三年の月日をすごしたことを感じさせました。
大きく伸びた身長も、少し低く変わった声も、子供らしさが抜けてきた表情も、その全てが会えずにいた時間を感じさせていて。
それでも……やはり梨沙子にとって、今目の前にいるのは孝之であり“たかちゃん”でした。
「たかちゃんっ」
飛び込むように埋めた距離、背中に廻した腕で強く抱きつく梨沙子は、孝之の胸に顔を押しつけて、ただ同じ言葉を繰り返すのでした。
「たかちゃん……たかちゃん、たかちゃん……」
- 324 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:13
-
次第に小さくなっていく言葉は掠れながら潤んでいき、孝之は困惑の度を深めてやり場なく腕を宙にさまよわせていました。
涙に消された梨沙子の声に、さまよわせていた手をふわりとウェーブのかかった髪に落とす孝之。
そっと……零れる涙を拭うような優しさで髪を撫でる手は、溢れてしまった梨沙子の気持ちを落ち着かせるだけの温かさを持っていました。
「……コドモじゃないんだからっ」
久しぶりに会って、その上泣いてしまったことに感じた気恥ずかしさは、思いと逆の力を梨沙子の声に含ませます。
もっとこうしていたいと心の奥で思っていながら、すがりついていた身体を離してしまう裏腹な行動。
それを理解しているのか孝之は真面目な顔で「ごめんね」とだけ、潤んだ瞳で見上げてくる梨沙子に言うのでした。
「電話も教えてくれないで、手紙だって……」
「ごめん」
「イッパイ書いたのに……」
「ごめん」
「んんーぅ」
ふてくされるようにのどを鳴らして、同じ言葉を繰り返す孝之の胸を、小さな握り拳でパシパシ叩く梨沙子。
されるがままの孝之は、困ったような顔をして、やはり「ごめん」と繰り返しました。
- 325 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:13
-
「たかちゃん、あやまってばっか」
「……そうだね」
その言葉に憮然と返した孝之に、クスクス笑い出した梨沙子。
そんな梨沙子を見て、ため息を一つもらした孝之もくすぐったそうに笑いました。
二人の抑えた笑い声だけが広がる部屋の中で、唐突に小さな異音が割り込みました。
「……ぐう?」
「…………」
言葉で発するならそんな音だと、そう口にした孝之と、その言葉に黙り込み俯いて顔を真っ赤にする梨沙子。
孝之は笑いを噛み殺しながら「なにかあるか見てくる」と言い残して部屋を出ようと動き出しました。
横をすり抜ける袖口を、きゅっと掴む梨沙子に動きを止められた孝之が「うん?」と問いかけるように梨沙子を見ます。
- 326 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:14
-
「あるの」
「あるの?」
赤面したままの顔を隠すように俯いたままで、ぼそぼそと口にした梨沙子の言葉を、意味がわからずに繰り返した孝之。
梨沙子はこくんと頷き、部屋のドアを開けると、脇に置いてあったお盆を指さしました。
「あぁ」
そこに置いてあるものを見つけた孝之は、二つある丼物にそっと手を置くと納得したように頷いてくすりと笑いました。
「まだ少しあったかいや。食べよっか」
「……うん」
「あっ、そこ座って」
「……うん」
唯一片づいているベッドを指さして、まだ恥ずかしそうにしている梨沙子を座らせました。
その前に段ボールをテーブル代わりにしてお盆を置くと、孝之はその反対側の床へ直接座り込みます。
- 327 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:14
-
「あっ……」
それを見咎めた梨沙子は小さな声を漏らし、軽く小首をかしげ、コホンと漫画のような咳払いを一つ。
それから孝之に視線を向けて、自分の隣をポンポンと叩いてみせました。
「…………」
それが何を意味しているのか理解していながらも、腰を上げようとしないでいる孝之。
座り込んだままで丼物を食べ始めようとする孝之を見て、「んんーっ」と催促をするように喉を鳴らした梨沙子は、強くパンパンと自身の横を叩きました。
- 328 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:14
-
「……はいはい」
諦めたように苦笑しながら立ち上がった孝之が隣に腰を下ろすのを待って、ようやく梨沙子は満足げな笑顔を浮かべました。
それは孝之の苦笑をより強い物にすると同時に、より柔らかな物にさせる笑顔でした。
「えへへ♪」
十センチほどの距離に腰を下ろした孝之に、背中を預けるように半ばまで寄りかかった梨沙子は照れくさくも嬉しそうに笑います。
「……食べよ」
「うん♪」
満足げに箸を動かす梨沙子と、梨沙子が楽でいられるように少しだけ窮屈そうに箸を動かす孝之。
それは梨沙子にとって、三年の空白を埋めてくれる、温かくて心地よい時間だったのです。
- 329 :名無し娘。:2006/10/22(日) 01:15
-
なんか寝そびれたんでもう一回(^^;)
次は……まぁ近いうちに。
ではでは。
- 330 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 20:58
-
15
『Berryz工房 様』
そう扉の脇に書かれた部屋の中、ほぼ同世代といえる数名の娘たちと、梨沙子は何をするでもない時間を過ごしていました。
それは夕方……もうじきに夜ともいえる時間の中でのこと。
梨沙子が加わって活動しているグループ、Berryz工房のメンバーのうち、すでに迎えがきて帰った二人。
そして迎えがこられずに、マネージャー送られて帰って行った二人。
残っているのは夏焼雅と須藤茉麻の二人、そして梨沙子だけでした。
窓際の壁にもたれた雅は携帯をいじり、ドアに近いところで横になった茉麻はそこにあった雑誌をパラパラとめくっています。
梨沙子はテーブルに突っ伏すようにして手の先にある携帯の時刻表示を見ていました。
- 331 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 20:59
-
やがて梨沙子は「はふぅ」と、今日何度目かになるため息をつきました。
それを耳にした雅が、違う色のため息を一つ漏らし、パクンと携帯を折りたたんで梨沙子に話しかけました。
「今日は遅いね。お母さん」
「んー……」
話しかけられた梨沙子は、テーブルに突っ伏したままで、気のない返事を返します。
「いつもだったら一番早いのにね」
「……うん」
本腰を入れて相手をしてあげようとしているにもかかわらず、まったく乗ってこない梨沙子に、話しかけた雅の方が継ぐべき言葉を探す有様。
- 332 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 20:59
-
そんな時、ぽっかり空いた間をすくい上げるように、入り口横の壁に備え付けられた内線が鳴り響きました。
雅は救われたように、梨沙子はすることもなしに、電子音の元を見やると、立ち上がった茉麻が受話器を耳に当てているところでした。
幾度か「はい」と頷いていた茉麻が、耳から受話器を離し「りーさこ」と手招きをします。
淡いブラウンの瞳を見開き“あたし?”という意思表明をした梨沙子に、茉麻が大きく頷いてみせました。
「なぁに?」
「よくわかんない。受付? の人だって」
互いの位置を入れ替えるように、受話器を受け取り話し出す梨沙子と、元いた場所に座り込む茉麻。
茉麻は何気なく、雅は興味を押し殺しながら、二人はそれぞれの反応で梨沙子を見ていました。
「ちょっといってくるね」
話し終えたらしい梨沙子が一言。
それだけ言うなり足早に部屋を出て行ってしまいました。
「なに?」
「さあ?」
残された二人は返事をする間もなく、ただ呆れと疑念で閉ざされたドアを見つめて。
それから互いに目を移し、そんな意味もない言葉を交わしあうのでした。
- 333 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:00
-
一方の梨沙子は、そんな二人のことなど念頭にないように、早足から徐々に小走りになって一階の受付へ向かうエレベーターに飛び乗りました。
数字を減らしていくエレベーターの中で、梨沙子は聞かされた話を反芻していました。
心の中を懐疑と期待で揺らしながら、一階に着くなり飛び出した梨沙子は、危うくぶつかりそうになった人に詫びながらも辺りを見回すのでした。
お目当ての物は見つけられず、受付で自分の名前と先ほどのやりとりを口にした梨沙子に、受付の女性が一方を指し示しました。
その先へと視線を延ばしていくと、警備員の制服の向こうにある姿に気がついたのでした。
慌ててそちらへ走り出し掛けた梨沙子は、思い出したようにその足を止め、受付の女性に深々とお辞儀をします。
それを微笑ましく見つめる視線に送られて、先ほど見つけたその姿へと走り出しました。
「あのぉ……」
厳めしく立っていた警備員の背中に、そう声を掛けると、一から事情を説明する梨沙子。
真顔で頷きながら、そんな梨沙子の話を聞き終えた警備員は、納得したように深く頷くと、その横で緊張したまま座っていた姿に謝罪し離れていきました。
- 334 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:00
-
「ふう……」
「ありがとう」
一息ついた梨沙子に、少し下から掛けられる声。
その声は梨沙子の表情をとても柔らかな物に変えてくれる力を持った声でした。
はにかむように微笑んだ梨沙子は、口を開き掛けて思い出します。
「あっ、えっと……たかちゃん?」
その短い言葉で梨沙子の問いかけを理解した孝之が思い出すように口を開きました。
「あのね、りさちゃんのお母さんが急に出かけなきゃならなくなったんだって。
ちょうどっていうのかな、ボクが帰ってきたところで出くわして……あ、座れば?」
じっと見つめたまま立っている梨沙子に、座るように促して孝之は続けました。
- 335 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:00
-
「それで、家の人、他にいなくなっちゃうし、りさちゃんは待ってるだろうしって。
仕方なかったんだろうね。その場にいたボクに行ってくれないかって。初めて一人でタクシー乗ったよ」
話を締めくくるためにか、冗談めかして言いながら、孝之が笑いました。
なんだか訳もわからないままに、ただ嬉しくてたまらなくなった梨沙子は、その表現の仕方に困り、口をとがらせるのです。
「あっと……やっぱボクじゃマズかった?」
「ううん。そんなことないっ。すっごい嬉しい♪」
困ったようにそう聞く孝之に、ぶんぶんと音がしそうなほど強く首を振り、にっこりと微笑んで梨沙子は言いました。
それまでぎこちなかった孝之の表情が、幾分柔らかく、梨沙子にとっての孝之らしい表情へ変わったように感じたのです。
そうやって見下ろす孝之に不自然を感じた梨沙子は、やっと自分が立ったままでいることに気がつきました。
もう一度、その光景を目に焼き付けるように見て、いぶかしげな孝之の表情にクスリと笑った梨沙子は、横の空いているイスにぽすっと腰を下ろすのでした。
「……えへへ♪」
「なに?」
「なんでもなぁいー♪」
訳が解らないでいる孝之に、そう歌うように話しかける梨沙子は、ただ、なによりも満ち足りた表情を浮かべていました。
- 336 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:01
-
16
「じゃあ帰る?」
しばらくロビーで話し込んだ、その会話の合間に孝之が言いました。
「うんっ」
仕事の後の疲れもみせず、元気に立ち上がった梨沙子が応じます。
後に続いて立ち上がった孝之が、後ろで手を組んでリズムでもとるように身体を揺らしている梨沙子を見て、ふと気がついたように口を開きました。
「りさちゃん……いつも手ぶら?」
「え? ……あっ、あはは……置いてきちゃった」
言われて初めて気がついたようで、組んでいた手をぷらぷらと振り、耳朶を赤く染めながら、ごまかすように笑う梨沙子。
そんな梨沙子に笑いかけながら「待ってるから取ってきなよ」、そう言おうと口を開きかけた孝之がピクッと身体を硬くしました。
- 337 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:02
-
「いこっ♪」
満面の笑みで、当たり前のように、孝之の手を取って梨沙子が言います。
想像していなかった事態に何も言えず、立ちつくしている孝之をグイっと引っ張るように梨沙子が歩き出します。
諦めて力を抜き、引かれるままに後をついて歩く孝之の手を強く握りながら、梨沙子は楽しげにきた道をたどって歩きました。
元いた楽屋の前までたどり着き、立ち止まって待っている意思を表す孝之を、意に介さないように手を握ったままで開けたドアをくぐる梨沙子。
「ただいま、みや」
「おかえり〜」
そんな梨沙子に引きずられるままに、室内に入っていってしまった孝之が見たのは、一人くつろいでいた少女の姿でした。
一瞬、硬直する二人と、何もおかしなことなどないと自分のカバンを探す梨沙子。
孝之は、繋がれていた手をそっとほどいて、後ずさるようにドアに背中を預け、少女を視界から外しました。
「りさこ……その人、誰?」
「んー? たかちゃん」
「たかちゃん……って?」
- 338 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:03
-
はいたままの靴を浮かせながら、見つけたカバンににじり寄り、うまくバランスを取りながらグッと手を伸ばした梨沙子。
少女は抑えた声で「りさこ、ちょっと」と呼びかけながら、伸ばされた梨沙子の細い腕を掴みました。
微妙なバランスで保たれていた梨沙子の姿勢は、ひとたまりもなく崩され「あうっ」と一声を残して少女に引き寄せられました。
抑えた声で交わされる会話を否応なく耳にした孝之は、その少女が梨沙子と同じグループの子、夏焼雅という名前だったことを思い出していました。
そんなことを考えながらも所在なく立ちつくしていた孝之は、ドアに手をかけ廊下へ出ようと動き出します。
重々しい作りだけれど、意外と軽く引けるドアを開き、後ろを気にしながらも廊下へと踏み出したときでした。
ふいに感じた柔らかい衝撃に一歩押し戻された孝之は、廊下に尻もちをついた女の子に気がついたのです。
「ごめんなさい」
そう謝罪をして差し伸べた手は、何ものに触れることもなく、ただ二つの視線を繋ぐだけでしかなくて。
交差した視線は、互いに違う色の疑念に満たされていました。
「あの……大丈夫?」
伸ばした手はそのままに、少し心配げに眉を寄せて問いかける孝之の視線の先で、少女は膝をハの字にして呆けたように座り込んでいました。
- 339 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:03
-
「あの、ごめんなさい。ほんとに……平気ですか?」
「え? あぁ、はい」
やっと我に返ったという反応を見せた少女は、今になって気がついたように孝之の手を取りました。
グッと力を込めた右手で少女を立ち上がらせながら、「ごめんなさい」と、もう一度詫びた孝之は、少女をすり抜けるように廊下へ出ます。
孝之と入れ違いに、部屋へ入ろうとした少女は、不思議な物でも見るような表情で小さくペコリとお辞儀をしてドアを閉めました。
孝之は上着のポケットに手を差し入れ、向かいの壁に寄りかかるように背もたれて、大きく深呼吸をしました。
一連の出来事へのとまどいを全身に感じて、様々なことが散り散りに浮かんでは消える思考を繰り返すのでした。
そんな孝之がようやく落ち着いた頃、目の前のドアが開いて不安げな表情の梨沙子が姿を現します。
が、目の前の孝之に気づくなり、にっこりと笑顔になってトテトテと歩み寄り、手を差し出して梨沙子が言いました。
「帰ろっ」
「……うん」
孝之は自身の日常にない体験に困惑しながらも、そんな梨沙子に笑顔を作って見せ、先に立ってここまできた道を思いだしながら歩き出します。
数歩歩いた孝之は、ポケットに入れた手、その張った肘の辺りに微かな“重さ”を感じて僅かに視線を巡らせると、白く細い指が上着を掴んでいました。
そのほんの僅かな“重さ”を大切に感じながら、それでもまだぎこちなさを残してしまう自分を認識もしている孝之でした。
- 340 :名無し娘。:2006/10/22(日) 21:04
-
進んでるような、そうでもないような。
ぼちぼちと。
ではまた。
- 341 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:53
-
17
それはとある日曜日のことでした。
その日の梨沙子は、学校も、仕事も休みだというのに、日常通りに……いえ、それよりも早くベッドから抜け出していました。
シパシパと眠い眼でまばたきを繰り返し、ぼんやりと、完全には起きていない頭で、顔を洗わなきゃと洗面所へ向かいます。
濡れた顔をふわふわのタオルで拭き終え、幾分はっきりとしてきた意識の中で、鏡に映る自分の顔に笑いかけてみました。
仕事の面で写真を撮られる機会が多い梨沙子は、ファインダーで覗かれているときのように幾通りもの笑顔を形作るのです。
こぼれるような笑顔、花が咲いたような笑顔、愁いを含んだ笑顔……様々な笑顔を鏡越しに見ながら考えます。
「んー……やっぱかっこよくない」
ぼやくように呟いて、早く起きた用件を片づけるため、とことこと歩いていきました。
途中で心配げに話しかけてくる母親と、ケンカでもするようなやりとりをしながらも、ようやっとそれを終えた頃には時計の針は十時を廻った頃。
「あ〜ん、時間ないよぅ……」
「はい、着替え」
- 342 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:55
-
助け船のように母親が差し出したお気に入りの洋服たちに慌ただしく着替え、鏡の前でくるりと回っては、どこかおかしなところはないか確認する梨沙子。
そんな様子を見て、おかしそうに笑いながら「大丈夫、可愛いわよ」と言う母親に、梨沙子がはにかむような笑顔を浮かべたときでした。
軽やかな電子音が鳴り渡り、来客を告げます。
「さ、行くんでしょ、りーちゃん」
母親に手を引かれ玄関へ出ると、そこには孝之の母親が笑顔で手を振っていました。
「あら、梨沙子ちゃん。また可愛いわねぇ」
「すいません、お邪魔しちゃって……よろしくお願いします」
「いいのよぉ、うちのも喜ぶでしょ」
おろしたてのスニーカーを履き、少し大きめのキャップをまぶかにかぶった梨沙子は、孝之の母に連れられて自宅を後にしました。
数十分の間、電車に揺られる往き道で、大きめのバスケットを大事そうに抱えた梨沙子はとても楽しげに脚を揺らしていました。
- 343 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:56
-
電車を降りて、数分歩くと見えてくる大きな建物は、今日、梨沙子が楽しみにしていた場所でした。
自分の通う小学校とはだいぶ違うその建物は、梨沙子の目にとても新鮮に映るのでした。
「うわぁ」
周囲を見回しながら孝之の母について歩く梨沙子は、喧騒に混ざり合うような音に気がつきました。
近づくにつれ明瞭になるそれは、磨かれたフロアを噛むゴムの音であり、リズムを刻むようなボールの音でした。
孝之の母が差し出したスリッパに履き替え、体育館に入った梨沙子は周囲の温度が上がったと思うほどの熱気を感じます。
色もデザインも違う二つのユニフォームが交差するバスケットコートの中で、梨沙子はベンチに座り声を出している孝之を見つけました。
「たかちゃん……」
「ありゃ。ま、一年だから当然かしらね」
「出ないのかなぁ」
「ん〜、ちょっといい勝負してるみたいだから、ないかもねぇ」
「……ん」
「ほら、練習試合だって聞いたけど、どっちもえらく本気みたいだしね」
その言葉に梨沙子が注意を向けると、確かにどちらの選手達も激しく当たりあっているようで。
肩や脚、肘、時に頭まで、一つのボールを奪い合うために身体を張る選手達に孝之の姿を重ねてしまう梨沙子は、思わず呟かずにいられませんでした。
「たかちゃん、出ない方がいいよぉ」
「ぷっ……ふふ、そうかもね。孝之ってば、こんな中じゃちっちゃい方みたいだしねぇ」
- 344 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:56
-
そんな時、コートから転がり出たボールに飛びついた選手が苦痛に顔をゆがめ、仲間に支えられベンチに座ります。
それと入れ替わるように一つ二つと頷いた孝之が立ち上がりながらジャージを脱いだのです。
「おや、出るみたいね。頑張んなっ!」
大きな声を上げ手を振る孝之の母に遠慮するように、その横で小さく手を振る梨沙子。
まず母親に気がついた孝之は困ったように眉をしかめ、それから隣に立つ梨沙子にも気がついたようでした。
何も言わず、ただ軽く手をあげただけの孝之でしたが、梨沙子はそんな仕草すらも一瞬たりとも目を離さないように見つめるのでした。
再開された試合の展開の速さに目を奪われていると、気がついてみれば孝之はシュートすることもなく、パスを回し、相手を抑えるだけで時間は過ぎていきます。
そんな状況に梨沙子が歯がみして見つめていると、味方の放ったシュートのこぼれ球に飛びついた選手の手から、弾かれたボールが転々と転がります。
近くにいるのは孝之と、違うユニフォームの選手が一人。
同時に動き出したように見えたけれど、一瞬早く孝之の手がボールに届き、梨沙子が「やった」と小さな声を出したそのとき。
追いかけていた相手選手が止まれずに激突し、孝之はバランスを崩してコートにたたきつけられてしまいました。
その瞬間、コートを叩く鈍い音に梨沙子の悲鳴にも近い声が重なりました。
- 345 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:57
-
18
思わず目を覆った梨沙子の肩に、温かい手がそっと置かれ「大丈夫よ」と声が聞こえます。
覆った指の隙間からそっと伺い見ると、ふらふらと立ち上がった孝之が自身の身体を確かめるようにさすっているところでした。
かまわず再開される試合に、梨沙子は顔の前で祈るように手を組んで「もういいよぅ」と呟いていました。
別に大活躍なんてしなくたっていい。
ただ怪我なんてしないでくれればいい。
梨沙子はそれだけを祈っているのでした。
試合も終了間際、こぼれ落ちたボールに飛びついたのは孝之でした。
梨沙子は先ほどの光景が繰り返されるような気がして、目を伏せてしまいそうになった時、隣で孝之の母が「三点っ?」と口にしたのが聞こえとどまりました。
- 346 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:57
-
そのとき梨沙子は見たのです。
羽でも生えたようにふわりと跳んだ孝之の手から、柔らかに放たれたボールが美しい放物線を描くのを。
そして、そのボールがほんの微かな音とともにフープをくぐり抜けて落ちていくのを。
魔法のような数秒の後、歓声と、同数のため息に彩られて得点板が同じ数字に換えられました。
そこから十数秒、梨沙子の中で止まっていた時間を動かす笛の音が鳴り響きました。
- 347 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:57
-
放心したようでいる梨沙子に話してるのか、それとも独り言なのか、孝之の母が言いました。
「ライン、かかっちゃってたんだ……三点だったらヒーローだったのにねぇ。ったく、ツメが甘いわぁ」
梨沙子は何も言いませんでした。
ただ思うのです。
初めて会って、二ヶ月ほどが過ぎたあの日。
あれ以来、梨沙子にとって孝之は、何物にも代え難い“ヒーロー”で、そしてそれがずっと続けばいいと。
改めて口に出すのは照れくさいけれど、それは二人に共通する……二人だけの“想い”であればいいと。
- 348 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:58
-
「きてたんだ」
そんな想いに包まれた梨沙子の後ろからかけられた声。
「お疲れ。出番あってよかったねぇ」
「まぁ、ね」
「じゃ、母さんは先に帰ってるから。あんたちゃんと梨沙子ちゃん送ってくのよ」
「は? 解ってるよ」
孝之の母親が帰っていく、振り向いた梨沙子のすぐ目の前で、蒼黒いジャージに身を包んだ孝之が立っていました。
訳も解らないままに気恥ずかしくなった梨沙子は、抱えていたバスケットを孝之に押しつけるようにして距離を取るのでした。
- 349 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:59
-
「りさちゃん? これは……?」
「お弁当……」
孝之の確かめるような声に、梨沙子は目を合わさずに帽子の陰で頷きました。
「そっか。ありがとう。じゃあもっと静かな……教室で食べよっか」
もう一度頷いた梨沙子は、先を歩く孝之について歩くのでした。
心なしか梨沙子にとってはシックにすら感じる校舎の中を歩いていくと、「ここだよ」と招き入れられた教室。
「へえー……」
「うん? なんか違う? そうかなぁ……小学校ってどんなだったかな」
驚いたような声を上げた梨沙子に、孝之が椅子を引き、笑いながら言いました。
- 350 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:59
-
「さ、座って」
「うん」
孝之の様子をうかがいながら、少し緊張した様子の梨沙子。
一つの机を挟んで向かい合うように座ったその席に、梨沙子の抱えていたバスケットケースが広げられていきます。
温かいレモンティーの入った小振りのポットや、丁寧に蓋をされた三つのパック、少し大きめに包まれたアルミホイル。
「すごいね、りさちゃん。全部一人で作ったの?」
「うん。あの……」
「開けてもいい?」
「……うん。あっ、あのね、少しカタチが崩れちゃったの」
「そう? どれ……」
言いながらも次々と開けられるパックは、小さめのハンバーグ、鶏の唐揚げ、それに卵焼き。
それとは別にサクランボと、一口サイズに飾り切られたバナナが詰められていました。
そしてホイルに包まれた中には少し小さめのおにぎりが四つ。
- 351 :『小さな恋の……』:2006/10/28(土) 00:00
-
「べつに。おかしくないよ?」
「そっかな?」
全てを開けて、当たり前のように言ってくれた孝之に、やっと少し柔らかくなった表情で梨沙子が問い返しました。
「うん、全然。食べてもいい?」
「うん。あっ――」
梨沙子は何か言い訳をするよりも早く、孝之は摘んだ唐揚げを口に放り込みます。
もぐもぐと嚥下するのを緊張した面持ちで待ちながら、梨沙子はそれを食い入るように見つめていました。
- 352 :『小さな恋の……』:2006/10/28(土) 00:00
-
「ん……」
「ど、どぉ?」
「んぐ……ん。おいしい」
「ホントっ!?」
「うん。ビックリした。普通においしいよ」
「そう? えへへ、おいしい?」
「ん……うん、これ、ハンバーグも。ちょっと形が崩れてるだけで、ちゃんと火も通ってるし、味もいいよ?」
「よかったぁ〜」
安心して力が抜けたように背もたれに寄りかかる梨沙子に、孝之が笑いながらも姿勢を改めて言いました。
「どうもありがとう。大変だったでしょ」
その言葉に、梨沙子も身体を起こして背筋を伸ばし、改まった口調で言います。
「……ちょっと。お母さんに教わりながらだけど」
「ははっ、食べよ」
「うん」
広い静かな教室で、梨沙子の手料理を笑いながら食べる。
それは梨沙子にとって、苦労をした時間などなんでもないと、そう感じさせてくれるほどに楽しく過ごせる。
幼い頃よりも減ってしまったその時間は、とても貴重で大切な時間でした。
- 353 :名無し娘。:2006/10/28(土) 00:02
-
ほい、今日はこの辺で。
二話分くらい、手を入れ終えたらまた。
ではでは。
- 354 :名無し娘。:2006/10/29(日) 22:43
- 終わりが見えないね
- 355 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:39
- 続きまってます♪♪
- 356 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:42
-
久しぶりにレスがついてちょっとドキドキ。
>>354
見えませんか。……見えませんね(^^;)
急になにか思いつかない限り、27までです。
余計なトコ端折っちゃえば半分くらいになるかもですけど、それも面倒だったので。
さ、いきましょう。
>>355
↑って書いてリロードしたら(^^;)
どもです。続き、いきまーす。
- 357 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:43
-
19
初めてTV局へ迎えにきたあの日以来、梨沙子の両親が忙しいせいもあってか、孝之は幾度か代わりを務めさせられていました。
そして今日も、梨沙子を迎えに行くために、いつまでたっても慣れずにいるタクシーに一人揺られていました。
孝之本人にしてみれば土曜でもあり、学校も部活動だけだったため、その役を引き受けることも厭うものではありません。
それでも初めて行く場所となると、なんとなく少しばかり緊張したように落ち着けずにいるのも事実だったのです。
指定した場所についてタクシーを降りると、そこは自分の人生にはまず関わりのないであろうはずだった場所。
孝之は自動ドアをくぐり、受付らしい場所で名前と用件を告げると「そちらの階段から三階の突き当たりになります」と聞かされました。
思っていたよりもすんなりと通され、拍子抜けしながらも、階段を使い三階まであがっていきます。
すぐに廊下に出ると両側に一つずつの部屋、そして突き当たりに少し大きな磨りガラスのドアがありました。
様子を窺いながらも孝之が近づいていくと、違うと思っていたはずの世界で聞き慣れた音を感じたのです。
そのドアの前までくると、磨りガラス越しでも何をしているのかに気がつきました。
まさか来る場所が違うのではと疑ってしまいながらも、孝之は軽くノックをしてドアを開き、そっと顔を出してみます。
- 358 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:43
-
覗いた室内は、まるでミニバスの練習場のように、不慣れなドリブルやパスの音が響く空間でした。
そのとき、孝之の存在にいち早く気づいた梨沙子が、ぎこちないドリブルをやめて駆け足で近寄ってきました。
「たかちゃんっ」
「早くきすぎた……?」
「そうだけど、ちょうどよかったの」
要領をえない梨沙子の話を聞いて、頭に疑問符を浮かべる孝之に細身の女性が近づいてきました。
「あなたが孝之君?」
「はい。えっと……?」
「ダンスのせんせぇ」
わけが解らないながらも、とりあえず頭を下げた孝之。
その孝之の上に、ダンスの先生だという女性の「待ってたのよ」という声が降りてきました。
- 359 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:44
-
「え?」
不思議そうに顔を上げた孝之に、先生が最初から話し始めたのです。
梨沙子たちBerryz工房、その新曲のダンスレッスンをしていたこと。
大雑把な振り付けの方向性はプロデューサーから申し渡されていること。
それに沿ってこれまでの時間で、一通りの流れは教え終えたこと。
ただ一部分だけ、どうも見た感じのぎこちなさが消えない部分があること。
「でも、だからって……」
「いいのよ。別にプロみたいな動きが見たいって言うわけじゃないんだから」
「たかちゃんうまいんです」
「りさちゃんっ」
「お兄さんなんでしょ? 手伝ってちょうだいよ」
とても乗り気にはなれないながらも、やらずにはいられない状況になっていることを理解した孝之は、諦めたように渋々了承したのです。
なによりも、一列に並んだメンバーに混ざって、嬉しそうな表情を浮かべている梨沙子のためにも。
- 360 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:44
-
ダンスの先生から「バスケットの先生です」と、メンバーに紹介された孝之はますます困惑の度合いを深くしました。
何度か迎えに来ていることから数名のメンバーには顔も覚えられているというのにと。
「とりあえず、一通りの動きを、この子たちに見せてあげてもらえる?」
言われると同時に受け取ったボール。
一つ、二つと弾ませてみると、床は似たような作りになっているのか、体育館でドリブルをしているような軽快な音が響きました。
ごく当たり前にドリブルをしながら、思い出したように孝之は言いました。
「あ、誰か受けてくれませんか? パス……」
「はい、はぁい」
すぐに出てきたのは梨沙子で、それを見た孝之は嬉しいような困ったような、微妙な表情を浮かべながらも軽い手つきでパスを出しました。
梨沙子は「うぁ」っと慌ててボールを受け取ると、孝之を真似るようにしてパスを返します。
- 361 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45
-
そうして数度、パスを繰り返した後、孝之が梨沙子に話しかけました。
「ちょっと腕を前に伸ばしてみて」
「……? こぉ?」
「そう。それで両方の指先をつけて」
「うん」
「そう。で、横向いてみてくれる?」
「はぁい」
素直に従った梨沙子が、腕で輪を作るようにして横を向くと、軽くドリブルをしながら数歩下がった孝之がふわりとボールを放ったのです。
柔らかな曲線を描いたボールは、どこに触れることもなく梨沙子の腕をくぐり抜けていきました。
同時に周囲から小さなざわめきのような感嘆の声が上がりました。
素人目に上手いと思わせれば、その後は難なく進んでいきます。
いくつかの小さな問題を除いて。
- 362 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45
-
「せんせぇ、せんせぇ。こうでいいんですかぁ?」
「あ〜っと……嗣永さんはもう少し手首を使った方が」
「ええ〜? こぉですかぁ?」
「そうじゃなくて……こう」
飲み込みは悪くなさそうなのに、と感じていた嗣永桃子が案外そうではなく、妙に手を煩わせる部分があるということ。
- 363 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45
-
「あの……」
「はい? 須藤さん、解らないところ、ありますか?」
「あっ、いえ……」
「……何か解らなかったら言ってくださいね」
近くをうろうろしていて、ふいに話しかけてきたと思えば特に何を言うでもない、困った状態の須藤茉麻であったり。
- 364 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:46
-
「せんせっ、りさことはどんな関係なんですか?」
「夏焼さん、集中してもらえませんか」
「キスとかしちゃったりして」
「集中してないとケガしますから」
おそらく一番会った回数が多く、孝之から見ればもっとも大人びていると思っていた夏焼雅が、子供のような好奇心を見せていたり。
- 365 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:46
-
そしてなによりも……
「出来てる?」
「…………」
「……りさちゃん」
「…………」
中では一番教えやすいだろうと思っていた梨沙子が、なにを思ってか一番扱いづらくなっていることでした。
話しかけてみれば、ちらりと目を合わせ、怒ったようにそっぽを向かれてしまったりする有様で。
こうした方がと手を伸ばせば、ついと離れてしまったり。
理由のわからない孝之にしてみれば、困惑する以外にどうしようもない。そんな状況でした。
そうして一時間と少しが過ぎた頃、なんとか形になったと判断したらしいダンスの先生から休憩が告げられたのでした。
- 366 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:47
-
20
迎えに来ただけだというにもかかわらず、とんでもない仕事を押しつけられ、あげくに更に待たされている。
そんな状況を、仕方がないと思いつつも、小さくため息をついてしまえば、現実としての疲労感のようなものに満たされる。
自分のさせれたこと、梨沙子の仕事、改めて湧き上がる複雑な思いを抱えたままで腰を下ろしていました。
一階の隅にあるごく小さな喫茶店で、ストレートのアイスティを口にしながら、そんな気分で梨沙子が降りてくるのを待っている孝之でした。
アイスティの氷が音も立てなくなるほど小さくなる、それくらいの時間が過ぎた頃でした。
近づく足音に気がついた孝之が、腰を上げて振り向くと、そこには待ち人ではない、幾分ふっくらとしたぎこちない笑顔の須藤茉麻が立っていました。
「あっ、えっと……須藤さん」
勘違いをした気まずさから先に口を開いた孝之に、それほど変わらない身体をペコリと折り曲げて会釈をする茉麻。
- 367 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:47
-
なにも言わず、かといって立ち去るでもない様子の茉麻に、また孝之の方から声をかけました。
「レッスン、終わったの?」
「はい。みんなもう帰りました」
「え?」
「あっ、りさこはまだ上にいますけど」
勘違いをした孝之に、言葉が足りなかったと慌てて付け足した茉麻。
そんな茉麻の言葉に安心した孝之は、へたり込むように腰を下ろして力のないため息を漏らしました。
「そっか。ハァ……」
「あの……」
「……え? あ、なに?」
「前から聞いてみようと思ってたんですけど……」
「な、なにを? あ、座れば?」
「あ、はい。ええと……前に会ってますよね?」
孝之の向かいの席に座り、改めて言葉を選ぶようにして茉麻が口を開きました。
- 368 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:48
-
「っと……少し前に、あの……事務所に迎えに行ったとき?」
「あ、そおゆうんじゃなくて」
「え?」
「あれ、違ったのかな? ぶつかったの……」
眉間にシワを寄せて、難しい顔で呟いた茉麻の言葉に、孝之は記憶の中にあるその“シーン”を探しました。
一生懸命に記憶を探っていると、合間に「ごめんなさない、勘違いかも」などと呟く茉麻の声に「ちょっと待って」と短く答える孝之。
その最中にも、関わりのありそうな記憶を探す中で、不意に一つの光景が浮かんできました。
「あっ! 初めてTV局にに迎えに行ったときに……?」
「あ〜っ、やっぱりそーだった」
「ぶつかった……うん」
「間違いじゃなかったですね」
「そうか……須藤さんだった」
「あははっ、ホントはまだあるんです」
「まだ? 他に?」
「わたしもそのときぶつかってから思い出したんですけど、その前に……」
「ごめん、解らないや」
- 369 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:48
-
返答に困って謝る孝之をおかしそうに笑いながら、茉麻が思い出すように話し出しました。
「三年くらい前になるかなあ……映画に出ることあって。あのミニモニ。のですけど」
「……三年前」
「わたし、ちょっとトイレ行って、戻ってきたときに、同じように……」
「……ぶつかった」
「そうだったでしょ」
「あのとき……そっか。三年もあれば背も伸びて……」
「そのときはもっとちっちゃかったです」
自分の体型を言われてるかのように、拗ねた表情で言う茉麻に、孝之が「あ、違うよ」と弁明しようとしたときでした。
茉麻が現れたのと同じように、孝之の後ろから、ほっそりとした少年のような服装にキャップを被った女の子。
「あっ、りさこ」と、茉麻が手を振ったことで気がついた孝之が振り返りました。
- 370 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:49
-
「りさちゃん。遅かったね」
「……帰ろ、たかちゃん」
キャップの陰で、心なしか不機嫌そうなままの梨沙子が短く言いました。
「あぁ、うん」
「あっ、じゃあまた」
立ち上がった孝之に、何気なく言葉をかけた茉麻が、同じように立ち上がり会釈をしました。
「じゃあ」
「またね、まあ」
“また”があるかも解らない孝之はそれだけを、梨沙子も手短に別れを告げると、孝之の腕をとり引っ張るように歩き出しました。
茉麻と別れ、建物の外に出て、ちょうど通りがかった空車のタクシーに孝之が空いた手をあげます。
腕を絡ませたままの無理な姿勢でタクシーに乗る梨沙子と、それに引きずられるようになる孝之。
おかしいと思いながら孝之が行き先を告げると、タクシーは滑るように走り出しました。
- 371 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:49
-
微かに外の喧騒が入ってくる車内で、低く小さな声で、梨沙子がささやくように話し出しました。
「まあとなに話してたの?」
「いや。別に大したこと話してないけど」
「そお」
「どうかしたの? 今日、なんかヘンみたいだけど」
「なんでもないっ」
「なにかした? ボク」
「いいっ」
「いいって……怒ってるでしょ」
「怒ってないもん」
「…………」
どうにも手のつけようがない梨沙子の態度に、困ってしまい言葉をなくしている孝之。
梨沙子は窓の方へ顔を向けたままで、それを見つめている孝之には気がつきませんでした。
同じように、梨沙子の表情も、心の内も見えない孝之は、梨沙子の気持ちが理解できませんでした。
二人はまだ気がつかなかったのです。
相手の変化にも。
自分の変化にも。
- 372 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:50
-
こんなとこで。
なんとなく、見えてきたっぽいでしょうか。
気のせいかもしれませんw
ではまた。
- 373 :名無し娘。:2006/11/03(金) 15:06
- まだまだ、波乱が起きそうですね…
- 374 :名無し娘。:2006/11/05(日) 00:54
-
>>373
一山ないとって部分もありますしねー。
さて、少しいきますー。
- 375 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:55
-
21
二人が再会して数ヶ月。
長いようで短かった休みも終わり、夏という季節も終わろうとしているある日のことでした。
孝之の家へ遊びにきた梨沙子は、孝之の母に迎え入れられて一人で階段を上がっていきます。
後ろ手に小さな袋を揺らして、ニコニコと笑顔を浮かべながら階段を上がりきった梨沙子は、小さく一つ息を継いで扉を叩きました。
「はい?」
「りさこだよ」
いつものように受け答えをし、ノブに手をかけたとき、室内から慌てたような声が返ってきました。
「ち、ちょっと待って――」
- 376 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:55
-
初めてといっていい反応に梨沙子は小さく首をかしげながらも、言われたとおり、ノブを握った手を浮かせ室内の様子に耳を澄ませていました。
なにかバタバタと物音がした後、数秒の間をおいて「どうぞ」と孝之の声。
「お邪魔しまぁす」
「いらっしゃい。どうしたの?」
なにごともなかったように。
しかも、さも『なにか用があるのか』と言われたように感じた梨沙子は僅かに口をとがらせます。
それはしばらく前から引きずっている、心のどこかに刺さった小さな棘と結びつくことを解っている梨沙子でした。
ですが“棘”が痛む理由がハッキリしないでいる梨沙子にとって、その痛みを消すことも、おかしな苛立ちを孝之にぶつけることもできずにいました。
- 377 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:56
-
「んーん。ちょっと」
どこか歪さを内包したままで、梨沙子は笑顔を作って曖昧な言葉を返します。
孝之はほんの少し眉をひそめてそれを見ていましたが、梨沙子の視線は別のところへ注がれていました。
「なにしてた?」
「……テレビ見てたけど」
梨沙子の視線から質問の意図を察した孝之は短く答えます。
視線の先にテレビがあり、お互いに探るような会話をしていると解っている。
それは今、現在の二人の空気を端的に表す一幕でした。
- 378 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:56
-
「ふうん……」
「なに?」
問い返す言葉に梨沙子はなにも言わず、逆になにかを問いかけるように孝之を見つめていました。
居心地悪く身じろぎをした孝之が、もう一度「なに?」と口を開くと、梨沙子はひょいとあごを反らせて視線を外して言いました。
「なぁんでもなぁい」
「りさちゃん……なんか怒ってる?」
「別に……怒ってないよ?」
「そう? なんか、さ」
「たかちゃん、りさこになんかしたの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「なら、なんにもないよっ」
そう笑いながら言った梨沙子が立ち上がり、ベッドに腰掛けている孝之に近寄ると、飛び乗るように隣に座り込みました。
- 379 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:57
-
ギシリときしんで大きく揺れたベッドの上で、孝之が幾分赤らめた顔で慌てて抗議の声を上げました。
「ち、ちょっと。りさちゃん!?」
「えいっ!」
抗議の声も無視して、身体を寄せるように押し当てる梨沙子は無邪気な子供のままで、グイグイと孝之をベッドから押し出していきます。
先ほどまでの態度との差異に困惑したままの孝之は、逃げるようにベッドから降りるとカーペットに座り込んで梨沙子へ向き直りました。
「りさちゃ――」
口を開いた孝之は驚いたように言葉を止め、その視線の先では、梨沙子が勝ち誇ったような笑顔でマットレスの隙間に手を差し込んでいました。
「なにしてんのっ」
「みやとももが言ってた。男の子はこーゆーとこに大事なもの隠してるんだって」
「まっ――」
孝之の制止を遮って動いた手に、確かに触れた硬質な感覚に、梨沙子はビックリした顔になって「あっ」と、小さな声を上げました。
- 380 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00
-
「ホントにあった……」
それをそっと引き出していく梨沙子を止めることも出来ず、孝之は顔を赤くしたままで困ったように見ていました。
やがて完全に引き出されたそれを手にしたままで、梨沙子は眉を寄せて「これ、買ったの?」と、問いかけました。
「あ……うん」
梨沙子の手にあるそれは『Wスタンバイ!ダブルユー&ベリーズ工房!』と書かれたDVDのパッケージ。
お互いに微妙な気まずさを抱えながら言葉を探していました。
そんな静けさを先に崩したのは梨沙子の方でした。
DVDを放りだしてベッドから降り、四つんばいでごそごそと動き、部屋の隅に置いておいた袋を取って、同じ姿勢のままで孝之の側へ戻ってきて。
手にした袋を差し出して「これ」と一言だけ、照れくさそうに言いました。
その袋を受け取った孝之は「ボクに?」と自分を指さして聞きます。
梨沙子はなにも言わず、コクンと頷くだけでした。
孝之が袋を開いて中身を取り出した時、二人の間に流れる空気は、消えかけた先ほどの気まずさが戻ってきたかのようなものでした。
- 381 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00
-
「……あげる」
俯いたままでぼそっと呟いた梨沙子の声に、孝之はカシカシと頭をかきながら「ありがとう」と、短く洩らしたのです。
喉を鳴らすように「んー」と梨沙子がカーペットに付いた両手を軸に、ずいっと二人の距離を縮めます。
「あのね……それあげるし、また持ってくるから……買ったりしなくていいよ?」
「あ〜……うん、ありがとう」
「えへへ……」
「ん……」
梨沙子ははにかむように笑いながら、昔よくしていたように、孝之の肩に背中を預け力を抜いて脚を投げ出しました。
孝之は肩に掛かる多さを感じながら、昔を懐かしむように、それでいて今を、先を見つめるような目で梨沙子を見つめていました。
「たかちゃん?」
「うん?」
「エッチな本とか出てくるのかと思った」
「…………」
「えへへ♪」
半ば自棄になったような行動がいい目を出したせいか、やけに嬉しそうに笑う梨沙子。
その身体から伝わる振動に、何ともいえない気持ちでいる孝之。
その孝之の手には、先ほどと同じDVD、そしてそれとは違うDVD、二つのDVDのパッケージがのせられていました。
- 382 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00
-
22
季節は流れ、暖かさの名残を残す秋を過ぎ、冬の寒さが街を包みだす頃。
曖昧で微妙な距離でいた梨沙子と孝之の二人にも、着実に変化を促す事柄が起こっていました。
それは二人と、その周囲の人間にとって一つの事件といってもよいものだったかもしれません。
その出来事から十日以上も経っていながら、いまだに状況が変わらないでいるということからも。
事件は日常の中で起きました。
何度か繰り返されたことだとはいえ、なかなか慣れない空気の中で孝之の感情は困惑から憤慨へ変わりはじめていました。
孝之にとって三度目となるTV局の控え室は、慣れているはずのメンバー数名にとっても、そうはない張りつめた空気に変わってきていたのです。
- 383 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:01
-
「りさちゃんっ」
その場にいる誰も――梨沙子ですらも――が聞いたことのない種類の孝之の声が響きました。
名を呼ばれた当人は、一瞬ビクリと身体を震わせたものの、それまでの言動を取り下げる気はないというように顔をそらしました。
「りさちゃん……夏焼さんと須藤さんに謝るべきだと思うよ」
「なんでっ? わたし悪くないもん!」
子供の真っ直ぐさで孝之を睨みながら頑なな答えを返す梨沙子は苛立ちを隠そうともしません。
「いや、別に私たちは……ねえ?」
「うん。それより、梨沙子……」
雅と茉麻は自身に向けられた梨沙子の苛立ちには、それほど動揺することもなく、よくあることのように感じていました。
しかし梨沙子に対して孝之の表情が変わったことに気がつき、どう言葉を挟んでいいのかを図りかねるように言葉を濁していました。
- 384 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:01
-
「まあはそうなるとイヤなんでしょ?」
「え? わたしは……」
「なんでなんにもいわないの?」
不意に向けられた苛立ちに動揺した茉麻は言葉に詰まり、それが余計に梨沙子を苛立たせるのでした。
一歩詰め寄る梨沙子と、驚いて後ずさる茉麻。雅が梨沙子を止めようとした、そのときでした。
後ろから梨沙子の腕を掴む少し大きな手。
「りさちゃん!」
「離してっ」
振り払おうと暴れる梨沙子の腕をしっかりと掴んだままで、孝之が口を開こうとしたときでした。
雅の後ろにいた茉麻が進み出てきて、話し出しました。
「あの……梨沙子の気にしすぎだから、その……」
「……たかちゃんのこと庇うんだ」
どう話したらいいのか、迷いながら言葉を選ぶ茉麻に、驚いたように梨沙子が言葉を返しました。
- 385 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:02
-
掠れた声で、自分の想像が確かなものになったという驚きの声。
それが結びついてしまったとき、梨沙子の中でなにかが弾けました。
「なんでっ!」
激昂したように茉麻に詰め寄る梨沙子は、その声音とは裏腹に泣き出してしまいそうな表情でした。
横にいた雅は、その梨沙子の顔をみてどうしたらいいのか解らずにいて、止めに入ることすらできずにいます。
今にも押し倒してしまいそうな梨沙子を止めたのは、一度離れたはずの力強い手でした。
「やめなよっ」
「離してっ」
「いい加減にしろっ!」
- 386 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:02
-
その場に響いた大きな声。
ですがそれよりも、それに隠れた打擲の残響……実際には残るはずもないそれを、その場にいる誰もが感じていました。
その場の空気を壊したのは、残響を頬に残す梨沙子本人でした。
打たれた頬を押さえ、俯き、歯を食いしばって、小さく、ささやくように洩れだした言葉。
「たかちゃん……」
もっとも自分の味方であるはずの孝之に、裏切られたと感じた梨沙子の声は、哀しいほどに弱く空気を揺らしました。
その場にいる誰もが、なにかを言わなければと口を開くよりも早く。
再び開いた梨沙子の口から、絞り出されるようにこぼれ落ちた言葉は、一番近くにいた孝之にしか聞こえないほど微かなものでした。
- 387 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:03
-
「もう…いいもん」
- 388 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:04
-
それはあの時に聞いた言葉と同じように孝之の耳を揺らし、あの時の言葉以上に胸に響きました。
部屋を飛び出す梨沙子の背中を呆けたように見つめる孝之の耳に飛び込んでくる声。
「梨沙子っ」
それが誰の声だったのか孝之には解りませんでした。
強く唇を噛み締め、胸の疼きを自覚しながら、梨沙子の頬を打った手を見つめます。
そうしながらも熱い痺れのような感覚が残った手を力一杯握りしめました。
微かに痛む手と、強く痛む心を意識しながら、フラフラと歩き出すのでした。
- 389 :名無し娘。:2006/11/05(日) 01:05
-
今日はこの辺で。
いやいや、油断すると数日なんてあっという間ですねぇ。
また近いうちに。
- 390 :373:2006/11/05(日) 18:55
- な、なにが原因なんだ…!?
- 391 :名無し娘。:2006/11/12(日) 18:50
-
>>390
いや大したことでは。
レスありがとーございます。
気がついてみれば一週間(汗)
さ、さっくりいこう。
- 392 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:51
-
23
「もしもし、孝之くん?」
その電話が繋がったのは、完全に日は落ち、あてもなく歩くことに孝之が疲れを覚え始めた頃のことでした。
受話器に向かって梨沙子の母は、困惑したような、今までにかけたことのない声で孝之の名を呼んでいました。
『…はい』
「今どこにいるの? 今さっきりーちゃん帰ってきたんだけど……」
『ごめんなさい。ボクのせいです』
「……また梨沙子がわがまま言ったのかしら」
『そうじゃ、ないんですけど』
「う〜ん……」
要領を得ない孝之の言葉に、どう話をしたらいいのか迷いながら言葉を選ぶ声。
そのときぼそりと孝之が呟くように話し出したのです。
- 393 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:51
-
『叩いちゃったんです……ボクが、りさちゃんを』
「……あら。まあ……そう」
『ごめんなさい』
「ん。理由、聞いてもいいのかしら? 孝之くんは訳もなく叩いたりはしないものね」
『…………』
「話せない?」
『そうじゃないです。そうじゃなくて……ボクにもよく解らないから。ただきっとボクが悪いんだと思うから』
「そう。んー……解ったわ。ありがとう。ともかくりーちゃんは戻ってるから。気にしないで帰ってね」
『……はい』
「気をつけて」
そう締めくくって切った電話から、ついと浮かせた手をあごにやり、少し考える素振りで二階へ向かいました。
- 394 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:52
-
一人で戻ってくるなり二階の自室に閉じこもった梨沙子の部屋の前で、困ったように「ふ〜ん」とうなり声を一つあげ、閉ざされた扉をノックしました。
返事が返ってこないままで開かれた扉の向こうに、掛け布団の盛り上がったベッドが一つ。
「りーちゃん?」
母親が声をかけると、微かに身じろぎしたようで、布団の盛り上がりが小さく揺れました。
近づいたベッドの端に腰掛けた母親が、顔も出さない梨沙子をそっと布団の上から撫でながら、ごく当たり前の声でゆっくりと話し出します。
「ご飯食べない?」
返事はなく、身じろぎすらもありませんでした。
母は小さなため息を洩らすと、仕方なくあまりに真っ直ぐな言葉を口にすることを選びました。
「孝之くん、帰ってくるわよ」
小さな反応が手のひらから伝わり、やっぱりと、確信するのでした。
ふいをつくように力を込めて引きはがした布団。
その中で、小さく丸まっていた梨沙子は赤い目をしていました。
- 395 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:52
-
「ケンカでもしたの?」
少しの間をおいて、枕に埋められた梨沙子の頭が小さく横に振られました。
「ん〜、じゃあ孝之くんがなにかしたの?」
すると先程よりも長く、しばらく考えていたような間をおいて、同じように否定の動き。
「なら悪いのはりーちゃんなの?」
その言葉を聞いた梨沙子は、弾けるように起きあがって大きな声を上げました。
「わたしが悪いんじゃないもんっ!」
「……ならどうしちゃったの。せっかく迎えに行ってくれた孝之くんに悪いでしょ」
「っ……一人で帰ってくるからいい」
「そういうことじゃないでしょ。なんでそうなったの?」
「たかちゃんが……」
「孝之くんが?」
「まあと、嬉しそうな顔して話してるんだもん」
梨沙子はそれが、さもあってはならないことだというように話しました。
薄いブラウンの瞳を潤ませながら、置き去られた子犬のように見上げて訴えるのです。
- 396 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:53
-
「まあって、茉麻ちゃん? ふうん、りーちゃんはそれが嫌だったのね」
「……なんかヤダ」
座り込んだ膝の上で、強く握った小さな手の甲に透明な滴が一つ落ちました。
噛み締めた口元から、堪えきれなくなった嗚咽が洩れてきます。
そっと抱きしめた母の胸で、梨沙子は堰を壊したように涙を流すのでした。
静かな部屋の中で、泣きじゃくる梨沙子の背を撫でながら、母はゆっくりと優しく呟きます。
「初めて孝之くんと会ったのは、六歳? 七歳だったかしらね。二人とも腫れ物に触るみたいだって思ったものだったわ。
それがいつの間にか、すっかり仲良しになっちゃって。孝之くんはりーちゃんを護る騎士さんみたいに見えてたのね。
でも……」
ゆっくりと、あやすように口に出していたのはそこまででした。
「あなたにとって、いつからかそうじゃなかったのね。それとも始めからだったのかな」
そう心の中で続けた母が、少し嗚咽が治まりかけた梨沙子の身体を解放し、頬を濡らす涙を指先で拭いました。
「そんなに泣いちゃうほど、なにが悲しいのかな?」
唇をとがらせて、ぶんぶんと首を振る梨沙子。
- 397 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:54
-
そんな梨沙子の手に、自分の手を重ねて、一言一言を、しっかりと理解させようとするように話し続けました。
「茉麻ちゃんが、孝之くんと、仲良く話すのは嫌なのよね」
梨沙子は言葉の意味を噛み締めるように考えるだけの時間をおいて、それから小さくこくりと頷きました。
「じゃあ孝之くんと、仲良く話してる茉麻ちゃんは、嫌いなの?」
「…………」
「ん?」
「……そんなことない。でもっ」
「でも?」
「……なんか、前から知ってるみたい」
「あら、そうなの? いつからなのかしらねえ」
「……知らない」
それは知らないのではなく“知りたくない”ということなのよと、母はそう心の中で呟きました。
けれど口にしたのは別のこと。子供の成長を嬉しくも面映ゆくも感じながら、諭すような口調で。
「りーちゃん。孝之くんが茉麻ちゃんと話すのはいけないことなのかしら」
「だって……」
「孝之くんはりーちゃんの“もの”じゃないのよ」
「…………」
- 398 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:54
-
「一つだけ、教えてあげる」
「…………」
「誰かに何かをして欲しいって思うのは悪いことではないわ。でもね、そう思うだけなのは駄目なのよ?
そうして欲しいんだったら自分から行動しないと……自分でどう思ってるのか、ちゃんと伝えないとね」
それが今の梨沙子にとって、まだ難しいことだとは解っていました。
ですが、聞かされた言葉を噛みくだくように、自分の中で昇華させようとする梨沙子の様子に、ふっと微笑んで母は立ち上がりました。
最後にまだ考え込んでいる梨沙子の頭にぽんと手を乗せて、表情そのままの優しい声で言いました。
「よ〜く考えてね。りーちゃんにとって、とても大事なことだから」
そう言い残して部屋を出た母にも気がつかないほど、深く、自分の中へ沈み込むように、梨沙子は考えていました。
自分にとって大事なことというものがなんなのか。
須藤茉麻のことを。
Berryz工房であるということを。
孝之のことを。
孝之のしてくれたことを。
深く、深く……孝之のことを。
- 399 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:55
-
24
それは新曲のレコーディングをするスタジオでのことでした。
あの一件以来、雅と茉麻――特に茉麻――との仲がぎごちなくなり、メンバーといる時間を極力避けるようにしていた梨沙子。
今日、このスタジオでもそうでした。
収録しているメンバー以外が集まっている控え室から離れ、数台の自販機が並ぶ空間でポツンと一人でベンチに腰を下ろしていました。
「……りーさこっ」
不意にかけられた声に俯いていた顔を上げると、そこには笑顔を見せる夏焼雅の姿がありました。
突然かけられた声に動揺して、返事もせずに顔を背けてしまった梨沙子に、怒りも呆れもせず雅は並んで座り込みます。
身体ごと座り位置をずらして距離を取ろうとした梨沙子に、はしゃいだ声で「逃げるなー」と、雅が手を伸ばしました。
「んんーっ」
「あっ、こらぁ」
駄々っ子のようにその手から逃れようともがく梨沙子を、しっかりと抱きしめ捕まえた雅が、その耳元へ顔を寄せて言いました。
「梨沙子っ」
- 400 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:55
-
その声にピクリと反応し動きを止めた梨沙子に、雅はトーンを落とし、それでも明るく、しっかりと自分の感情を伝えられるだけの声で話します。
「みんな心配してるぞ。別にまぁは怒ってなんかないんだよ? 私もね」
「だってっ……、だって……」
「ごめん、って謝っちゃえばいいんだよ。そしたらみんな笑って「またか」ってなるからさぁ」
「…………」
「ヤダ?」
沈黙をそういうことだと感じたのか、雅が困ったように問いかけると、梨沙子はぶんぶんと強く首を振りました。
「そうじゃないもんっ。ただ……」
「ただ?」
「…………」
「なあに? 教えてくれたらなんかできるかもしれないじゃん」
「………ゃんが……」
「ん?」
「たかちゃん……」
「あー……そっか。やっぱそういうことなんだ」
一言だけ洩らした梨沙子に、雅は納得したらしく一人頷くのでした。
そんな雅を、泣き出しそうな顔を上げた梨沙子が訝しげに見つめています。
- 401 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:56
-
見つめられていることに気がついた雅が、笑顔を浮かべてこう言いました。
「好きなんでしょ。たかちゃん? ってあの人の事」
「……よくワカンナイ」
「それでまぁにあんななったんだ」
「…………」
「取られちゃう、って?」
「…………」
「あのさ、まぁのアレはさぁ……梨沙子とは違うと思うよ?」
「……なにが?」
潤ませた目で、口をとがらせた梨沙子。
そんな梨沙子を宥めるように、くしゃりと頭を撫でて雅は続けました。
「なんてゆーんだろ、好きとかって、そういうんじゃなくってさ。
んー……あっ、久しぶりに会った親戚のお兄さんみたいな?」
「だって……親戚じゃないよ」
「そうだけど。でも、そんな感じなんだってば」
「…………」
「絶対。間違いないって。雅さんのゆーことを信じなさいっ。ね?」
「…………」
「だからさぁ、今すぐになんて言わないけど、ちゃんとすっきりさせちゃお?」
「…………」
ハッキリとした答えこそ口にしなかった梨沙子でしたが、雅はその表情の中に変化を読み取ったらしく、笑顔で「うん」と頷きました。
- 402 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:57
-
それから「んー」と、おもむろに立ち上がって一つノビをして。
「もうすぐ梨沙子の番だからね。レコーディング」
そう言ってポンポンと梨沙子の肩を叩きました。
梨沙子が「わかった」と返すと、控え室に向かって歩き出し、思いだしたように振り向いて「約束だぞぉ」と笑って歩いていきました。
梨沙子はそれを見送って、考え込むような、迷うような複雑な表情をしていました。
「……はぁ」
どうにもならない気持ちをため息に一つ零して、梨沙子は立ち上がって歩き出しました。
幾度か叱られながらレコーディングを終え、結局気持ちの整理がつかないままで、その日の仕事を終えた梨沙子は帰路につきました。
- 403 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:57
-
家の近くで用意されたタクシーを降り、精神的に疲労してきている身体で家の玄関前までたどり着いた、その時でした。
「あっ……」
「っ……」
それは偶然の悪戯でした。
あれ以来、どちらともなく避けるようになってしまっていた二人が、両家の門前ではち合わせるように会ってしまったのです。
外出するときも、帰宅するときも、様子を窺うように気をつけていた梨沙子。
それとなく気にはしていたけれど、あえて訪ねることもできずにいた孝之。
先に気がついたのは梨沙子の方でした。
けれど、ハッとして逃げる間もなく孝之に気づかれ、そのぎこちない表情に梨沙子は身体をすくませました。
玄関のノブに手をかけたまま、動きを止めた梨沙子の目に映った、久しぶりに見る孝之の姿。
孝之の方でも、互いに認識したと感じこそしたものの、かける言葉が見つからず、迷いから視線を流しました。
その小さな仕草が梨沙子にとって、初めてされた“拒絶”のように感じられたのでした。
孝之が流した視線を戻したとき、その視線が合うことから逃げるように……いえ、まさに梨沙子は“逃げた”のでした。
背中に孝之の存在を感じながらも、それから隠れるために扉をくぐる梨沙子。
そんな梨沙子を見つめていた孝之は、どこか哀しげな色を滲ませながらも、救われたというかのような表情で立ちつくしていました。
- 404 :名無し娘。:2006/11/12(日) 18:59
-
今日はここまで。
もう一、二回の更新で終わりまーす。
ではでは。
- 405 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:13
-
25
「はい、もしもし」
「え? はい……」
「でも――、……はい。……わかりました」
それはごく短い、けれどそれぞれに――少なくとも幾人かにとって――分岐となる瞬間でした。
何年かが過ぎて、それぞれが大人となって、ふとなにかの拍子に思い起こす。
そんな出来事の発端でした。
- 406 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14
-
収録を終えたTV局の一角。
人気のない休憩所で、踵まで椅子にのせ、膝を抱えて身体を揺らしている梨沙子。
あの門前での邂逅から数日を経て、それでも何一つ変わらず、進めずにいる自分にため息を洩らす梨沙子でした。
考えて、考えて、自分なりに答え……とまではいかずとも、“気持ち”の向きは解ってきた。
そうであっても、いざそれを行動に移すとなると、なかなかそれもできずにいる。
自分の中で、自分の考え方から行き詰まってしまう。そんな現状を、膝を抱えて小さくなるその姿が現していました。
「やっぱりこんなトコにいた」
カーペットの敷かれた床しか映っていなかった視界に、小さなスニーカーが入ってきました。
変わらぬ姿勢でチラリと目だけを動かしてみれば、華奢な身体の頼もしい姿。
「…………」
言葉を選べずに、プイと逃げるように顔をそらした梨沙子。
そんな梨沙子の膝を抱え込んだ白い腕に、日に焼けた健康的な腕が絡みます。
- 407 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14
-
「わわっ!?」
「わわじゃない。なに人のこと無視してんの。おいでっ」
「なんでよぉ」
「はあっ? なんでもなにもないっ。いいからくるのっ!」
短いやりとりの間に、椅子から引き剥がされるように立ち上がらされた梨沙子。
そしてその梨沙子よりも頭一つほども小さい少年のような少女。
「なにすんのぉ、しみちゃん」
「うるさい。もう……うじうじうっとおしいよ、梨沙子」
「むーっ」
「子供じゃないんだから、ちゃんとしなさいっ」
「子供だもん」
「――、ならおねえさんズの言うこと聞けー」
「しみちゃんしかいないじゃん」
「……ふっふっふ。いいから行くのっ!」
年長者として余裕の笑み――少なくとも本人はそのつもりの――を浮かべ、佐紀は梨沙子の腕を取り歩き出しました。
振り解こうと思えばできなくもない状況でしたが、“負い目”がある梨沙子は進んで歩きはしないまでも、逆らうこともできません。
知らない人から見れば、はしゃぐ妹に渋々手を引かれる姉といった光景。
- 408 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14
-
さして長くもない道のりを歩き終えた二人は、『Berryz工房様』と記された控え室の扉を開けました。
「連れてきたよー」
「おかえりー」
二人を迎えた元気な声は、これ以上ないほど明るい笑顔の千奈美から発せられたものでした。
「ちぃ…くまいちゃん……」
「ほら、まぁさん」
「あっ、あー……っと」
友理奈に引き寄せられるように梨沙子の視界に入った茉麻は、どうしたらいいのか困っているらしく少し引きつった笑顔を浮かべていました。
微妙な距離をたもったままで、どちらも踏み出せずにいる二人に、佐紀がフォローするように「ほらっ」と梨沙子を押し出しました。
- 409 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:16
-
「あんっ」
不意に背中を押された梨沙子は、一歩、二歩とバランスを立て直し、気がついて顔を上げてみれば、至近に茉麻のへらっとした笑顔があります。
周囲から無言の声を感じて俯きながら、梨沙子は赤ん坊が初めて話すときのように、「うー」、「あー」と、一生懸命に言葉を口にしようとしていました。
佐紀たち三人も、そして茉麻も、そのことを理解して、急かすこともなく、慌てることもなく、じっと梨沙子の言葉を待っているのでした。
しばらくしてクッと顔を上げた梨沙子が眉根を寄せて、妙に力が入りすぎて頬を僅かに赤らめながら口を開きかけたそのときでした。
スッと持ち上げられた柔らかな手が、ぽんぽんと軽く二度、梨沙子の頭を撫でるように叩いたのです。
視線を合わせ「へへへっ」と笑う茉麻に、釣られたように力が抜けた梨沙子は、それまでが嘘のようにその言葉を口にしたのでした。
「ご、ごめんなさい、まぁ」
へにゃりと情けなく下げられた眉尻で、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして謝った梨沙子。
それを見ていた茉麻は、「もおー」と一言嘆息して、力一杯梨沙子を抱きしめました。
「むぐぅ」
「あーもう、全然怒ってないってばっ」
ちょっと生意気な、けれどどうしようもなく可愛らしい妹のような梨沙子を。
少しがっちりした、けれど温かく柔らかな腕の中で、小さくうめく梨沙子を抱きしめる茉麻。
そんな二人の周りで佐紀も、千奈美も、友理奈も、茉麻と同じように笑っていました。
- 410 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:17
-
26
「さっ、じゃあ行かなきゃ」
以前のように戻った騒がしい時間が過ぎ、一息ついた頃、佐紀がそう言いだしました。
久しぶりに和やかな空気に包まれたままで、訳が分からずにいる梨沙子に茉麻が声をかけます。
「じゃあ私行くね。りさこ、行こっか」
「行くって、どこ行くの?」
「んふふふっ。くれば解るよ」
隣に座っていた茉麻が先に立ち上がり、追うように腰を上げた梨沙子が、そこで気がつきました。
「あれ? しみちゃんたちは?」
「あたしたちはイーの。まあさと一緒にいってらっしゃーい」
「なにー? なんでなんで?」
「いいから。いくでしょ、りさこ。仲直りしたんだもんね?」
「え? あ、うん」
- 411 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:17
-
どこか引っかかるままで、それでもまだ強くは出られない梨沙子は、訝しく思ったままで茉麻の後について控え室を出ました。
前を歩く茉麻に手を引かれながら、カーペット敷きの長い廊下をてくてく歩いていく梨沙子。
「まぁ? どこいくの?」
「んー。どーこだ?」
「わかんないからきーてるんだもん」
「えーとね……いーとこ」
はぐらかし続ける茉麻に、どうやっても教えてくれる気なんかないようだと気がついた梨沙子は、仕方がなく黙って後をついて歩くことにしました。
エレベーターホールを通り過ぎ、静かな階段を一フロア降りて、全く同じ造りの廊下を同じように歩いていく二人。
「ねえ、まぁ?」
「なにー?」
振り向くこともなく返ってくる、少し間延びした返事。
- 412 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:18
-
「この階なの? なんにもないんじゃないの?」
「もう着いたよ」
「ええ?」
立ち止まった茉麻、そして梨沙子の前には、自分たちが出てきたのと同じ扉がありました。
ただ一つ、違うことは、誰と書いてあるはずのネーム部分が空白になっていることだけ。
訳が解らないながらも、少し緊張したように黙っている梨沙子をよそに、まったく変わらない様子の茉麻が扉を二つノックしました。
「はーい」
「きたよー」
中から聞こえてきた声は、梨沙子にも聞き覚えのある、耳に馴染んだ独特の声でした。
静かに開いた扉からひょっこり覗いた顔は、梨沙子の予想通り、悪戯な表情を浮かべた嗣永桃子の笑顔。
- 413 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:18
-
「遅いよー。なにしてたのさ」
その桃子の後ろから、これも同じように親しい顔、夏焼雅が不平を訴えながら顔を出しました。
茉麻は気にした風もなく笑いながら「まあまあ」とだけ口にして、後ろの梨沙子をちらりと一度流し見て、すぐ二人に向き直って話し出します。
「平気?」
「うん」
茉麻と雅、二人の短いやりとりの後、部屋から出てきた桃子が、梨沙子の腰に手を伸ばし、抱くように引き寄せます。
梨沙子は桃子に引かれながら、すれ違った雅がニッコリと笑顔で「しっかり」とささやいたのを耳にしました。
なにがだろうと、そう思いながら、梨沙子は桃子の小さな手に背中を押され、部屋の中へと足を踏み入れるのでした。
- 414 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:19
-
それを見送った茉麻が、扉の向かいの壁に背中をあずけ、ほうと小さなため息を一つ。
すると隣に、同じようにして背中をあずけてきた雅が、真っ直ぐに扉を見つめたままで、静かに口を開きました。
「もしかしてさ、ホントは……ちょっとくらい好きだった?」
「えー? ……そうじゃないけど」
「けど、なぁに?」
茉麻を挟むように、やはり同じように壁にもたれた桃子が問いかけます。
両隣の二人は、少し考える茉麻の言葉を黙って待っていました。
「なんだろ? んー……あ、あれだ。ちょっとイイなって。うん、それくらいは思ったかな」
それは二人にとって、いかにも茉麻らしい口調、茉麻らしい言い様でした。
少し身体を起こして茉麻越しに視線を交わした二人は、ほぼ同時くしゃりと笑いを浮かべ、全く同時に茉麻に腕を絡めます。
「彼の友達とか紹介したげよっか?」
「……いらない。なんかヤダ。ももの彼の友達とか」
からかうみたいな桃子の言葉に、からかわれていると解ってからかい返す茉麻の言葉。
デコボコな三つの影は、同じ色の笑い声で歩き出すのでした。
- 415 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:19
-
27
背中を押されよろめきながら部屋へ入った梨沙子は、後ろで閉ざされた扉の音で反射的に振り返りました。
そこにはすでに三人の姿はなく、一瞬、イタズラでもされて閉じこめられた、などとつまらない考えが梨沙子の頭をよぎりました。
扉を睨むように見つめてから、そのノブに手を伸ばそうとした梨沙子の動きがピタリと止まります。
なにかを感じたのか、静かに、恐る恐る身体の向きを変えていく梨沙子の視界に映る光景。
薄暗い部屋の中、窓から差し込む夕日が逆光になり、黒い影として視界に映った人物。
それは梨沙子にとって、どこか見慣れていて、それでいてしばらく目にしてなかったシルエットでした。
「……たか、ちゃん?」
- 416 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:20
-
視界を埋め尽くす朱に向かって洩らした言葉は、そのまま夕日に吸い込まれ、消えてしまいそうに小さな音でしかありませんでした。
梨沙子の口から、まさに“洩れて”しまっただけの名前は、窓辺に背もたれた人影までは届くはずもないほど小さな、声にもならない声でした。
「りさちゃん」
が、朱を背負って窓辺に背もたれたその人影は、聞こえないわけがないとでもいうように、当たり前に声を返してきたのです。
梨沙子の視界を染めていた朱が、不意に弱く、一瞬電気が消えたように焦点を失いました。
窓辺に立つ人影は梨沙子の様子に気づいたらしく、カーテンを引いて静かに向き直りました。
段々と慣れてきた梨沙子の目に、ただの影から色を持つようになった人物が認識されます。
「たかちゃん……」
- 417 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:20
-
それは間違えようもない見慣れた面差し。
間違うはずなんてない大切な存在だったのです。
ですがそれでも、思ってもいなかった状況に、梨沙子は解らなくなっていました。
相手の心も、自分の心も。
「な、なんで……いるの?」
「夏焼さんが電話してきた。りさちゃんのお母さんに聞いたんだって」
「みやが? ……なん、て」
「ここへきてくださいって。りさちゃんが……」
- 418 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:21
-
続きがある、けれどそこで止まった言葉。
大人になりかけている梨沙子がそれに気がつき、子供のままでいようとする梨沙子が口を開くのでした。
「わたしが……?」
「りさちゃんが……りさちゃんのことを大事に思うんだったら、きてくれないですか? って」
そのことに気がつき始めている孝之は、言い淀んだ言葉を声にしました。
梨沙子は解りませんでした。それがどういうことなのか。
梨沙子は解っていたのです。ずっと大事にされていたことを。
- 419 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:22
-
「たかちゃんはぁ……あ、ううん。あの……ごめんなさい」
「え? ……あっ……うん」
梨沙子にとって、やり直す術はそこからでした。
以前と変わらない孝之と、以前と変わらない自分。
「ボクは……ずっとりさちゃんのことを守ってあげたかったんだ。ずっと昔、そう決めたんだ」
「え……?」
ふいに方向を変えた孝之の話は、梨沙子にとって唐突すぎて、けれどそれはずっと感じていた思いで、ずっと積み重ねてきた記憶でした。
そんな梨沙子を見つめたまま、孝之は方向を変えた話を続けます。
- 420 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:22
-
「いつだって、ずっとそう思ってたし、そうありたいってやってきたつもりだったんだよ?」
「……うん」
「だけど……当たり前だけど、ボクも、りさちゃんも、少しずつ大人になっていく……」
「えっ?」
「ボクじゃ、ここにいるりさちゃんを守ってあげることなんてできないんだよね」
「そんなの――」
「だからっ。……違う。だけどボクは、引っ越していった先で……りさちゃんが頑張ってるって知るたびに苦しかった」
梨沙子は驚いて言葉を失していました。
初めて見る孝之に。初めて見る哀しげな表情に。
「ボクじゃダメだって……そう思って、仕方がないって、そう思ったのに」
「そんなことないもん……」
孝之の言葉尻に重なるように、梨沙子がポツリと呟きました。
今にも溢れてしまいそうなほど瞳を潤ませて、ぐっと歯を食いしばって。
- 421 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:24
-
「りさちゃん……?」
「たかちゃんはそんなことない」
食いしばった口元から、絞り出すように、涙を零してしまわないように。
梨沙子は自身の精一杯で孝之の言葉を否定しました。
- 422 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:25
-
「りーのこと守ってくれるの、たかちゃんだもん」
孝之はただジッと見つめていました。
真っ白な頬を紅潮させて話し続ける梨沙子を、その仕草の一つまで見落とすまいと。
「りーはたかちゃんがいいんだもんっ」
孝之はジッと見ていました。
言い終えると同時に口元へ伝いあごの先から落ちたキラキラ光る雫を。
- 423 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:26
-
「ボクは……ずっと、りさちゃんを……りさちゃんが傷つかないようにしたかった」
「……うん」
「無理なのかもしれないけど、りさちゃんを守りたいんだ」
「うん」
「ボクで、いいの?」
孝之はそう問いかけながら、掌を上に向け、梨沙子へと差し出しました。
その差し伸べられた手を、そしてその表情を見た梨沙子は、固まっていた身体からフッと力を抜いて動きました。
「たかちゃんじゃなきゃヤなの」
差し伸べられた手さえすり抜けて、孝之の胸の中へ。
カーテン越しに差し込む夕日の中で、一つの影を、少し大きなもう一つの影がそっと包み込みました。
- 424 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:27
-
……
- 425 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:28
-
きっといつか、何年かが過ぎて、それぞれが大人になって、ふとなにかの拍子に思い起こす。
そしてクスリと微笑んで、隣にいる大切な手に自分の手を重ねる。
そんな大切で、温かな記憶になる時間。
二人が紡いできた時間は、ずっと色褪せずに残る、二人だけの小さな恋の……
- 426 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:28
-
end.
- 427 :名無し娘。:2006/11/19(日) 19:32
-
気がついてみれば一ヶ月以上すぎてましたね。
もっとさくさく載せるつもりだったのに。
最後まで読んでくれた方、いましたらお疲れさまでした。
また夢物語の方にも書きながら、そのうちになにか載せます。
残り少ないストックの中から(笑)
- 428 :名無し娘。:2006/11/22(水) 12:47
- 飼育的だな
- 429 :名無し娘。:2006/11/23(木) 23:42
-
>>428
ですか。そういう意識はないですが、やはりそうなのか。
飼育だとどこで載せるにも微妙な感じだったので(^^;)
あ、次に載せるのはエロっぽい予定で。
- 430 :名無し娘。:2006/11/24(金) 01:59
- どんどんうpしてよ
- 431 :名無し娘。:2006/11/24(金) 23:47
-
>>430
どんどん言われても(^^;)
じゃあとりあえず古い話を。
2003年頃に書いたヤツを、ほぼそのまま丸投げで。
今読み返してみたら、激しくリアルとは噛み合わないけど、その辺はご勘弁をw
- 432 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:48
-
おいらの赤い糸は誰に繋がってるんだろう。
今までコレがそうなのかなって思ったことはあったけれどきっと違うンだよね。
その人の事を……おいらは本当に信じられるんだろうか?
今はもうよく解らなくなってきてるんだ……。
- 433 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49
-
…………
- 434 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49
-
─1─
二月の寒さなどからは縁遠く、逆に人数が多いせいで暑いくらいの楽屋の中で、おいらはみんなから少し離れたところに陣取ってまったりとした時間を過ごしていた。
楽屋の中は相変わらず年少組の騒いでいる声が響いていて少しうるさいくらいだった。
そんな喧騒に包まれた室内でなにするでもなくメンバーを眺めながら思っていた。
みんなはそっち方面はどうしてるんだろうって。
カオリは、よく知らないけどいるらしい。
なっちは、色々あったみたいだけどね、今は幸せみたいで羨ましいような気もするよ。
圭ちゃん……いないでしょ。
梨華ちゃんは携帯で写真見せてもらったけど綺麗な顔してたなぁ…順調にやってるらしいね。
よっすぃ〜……どうなんだろう、そう言う話しないよなぁ。
辻ちゃんに加護ちゃんか……まぁいないだろうし、あんま気になんないな。
五期メンの娘達とはそんな話全然しないしなぁ。
ごっつぁんはなんか内緒にしてるし、裕ちゃんは相変わらず程良い距離感でやってるみたいだしなぁ。
- 435 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49
-
などと考えていたそんな時、乱暴なノックの音が響……く程に静かではなかったから、誰も気がつかないみたい。
まったりと何もしていなかったおいらだから気がついたのかな?
でもノックした側もそんな事は承知らしくって、誰からも返事がないままに扉を開けて室内へ入ってきた。
「お疲れさん〜」
ココまでハッキリとは届かなかったけれど、聞こえなくてもなんて言ったか解る……裕ちゃん。
一番扉に近い位置に座っていた梨華ちゃんが、気がついて走り寄っていった。
サッ!
スカッ!
キャハハハ!
梨華ちゃん抱きつこうとしたけど、さすがに裕ちゃんも慣れたもんだね。
よけるの上手いわ……あっ、梨華ちゃんなんか文句言ってる。
よく聞こえないけど何となく解るな。
どうせ「なんでよけるんですかぁ〜」とか「中澤さんヒドイですぅ〜」とか言ってるんだろーね。
- 436 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:50
-
あっ! あ〜……危ないよ裕ちゃん。
ドスッ!
ドンッ!
痛そ〜、辻ちゃん加護ちゃんの体当たりはね〜、よっすぃーくらいしか受け止めきれないからなぁ。
裕ちゃん華奢だからね、壁まで押し込まれちゃったよ。
こうなると……あ〜、笑いながら怒ってる……お説教タイムの始まりだね。
おっ? 二人とも素直に謝って……る訳ないよね。
やっぱりか、怒ってる怒ってる。
頭は下げても「三十路〜」とか「おばちゃん〜」とか余計な事付け足したんだろうね。
あっ! 二人して逃げた!
- 437 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:50
-
なんかブツブツ言いながらこっちくるよ。
しまった……目ぇあっちゃった。
「ヤグチぃ〜〜♪」
うわっ! 来たっ!!
ギュッ!!
「なにすんだよ〜! 離せってば、このバカ裕子!!」
「ええやん、久しぶりなんやし。チューもしたろか?」
あ〜っ! その口ぃ、ホントにしようとしてる!
「あ〜、もうっ! うっとおしい!」
ガシッ!
「むぅぅ、やぐふぃ、はにふんへん」
へへへ、両手で頬挟んでるからまともに喋れないんだ。
よく解んないけど「ヤグチ、なにすんねん」かな?
「諦めた?」
そう聞いたらコクンコクンって頷いてる裕ちゃん。
なんかちょっと可愛いし……離してやるか。
- 438 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:51
-
「はぁ〜、ヤグチ酷いことすなや〜。せっかく裕ちゃんが誕生日祝ったろう思うたのに」
「え? ナニナニ? ナニしてくれるの? でも……プレゼントはもう貰ったじゃん」
そう聞いたら、なんだか何かを企んでるみたいに怪しげにニヤって笑いながら裕ちゃんが言った。
「大人のお店行こか。静かな良いトコ知ってんねん。今日まだ仕事残ってるん?」
「後、取材が一本残ってるけど…一時間くらいかなぁ…変なトコじゃないの?」
「心外やなぁ、ホンマにいいトコなんよ」
「ん〜……じゃあ行く」
「そか。したら一時間半位したらまた来るわ。支度しといてな」
そう言って出口へ向かって歩いていく裕ちゃん。
あっ、高橋にも絡んでる……ほんっと中年オヤジみたいだよねぇ。
そうこうして裕ちゃんが出ていったのを見届けて、そろそろかなと支度を始めた。
- 439 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:51
-
順調に取材も終わり、再び楽屋に戻ってきた時には、既に他のメンバーの大半は帰ってしまっていたらしい。
荷物を片づけながら時間を確認していたら、キッチリ一時間と三十分後に迎えに来た裕ちゃん。
そうして携帯やらを詰め込んだバッグを持って、裕ちゃんと一緒にタクシーに乗って目的のお店へ向かった。
夜の街を走るタクシーに揺られながら裕ちゃんとの会話を楽しんでいた。
しばらく走ってから、裕ちゃんが運転手さんに何か話し掛けて、そこから数分で車が止まった。
「ココ」
「ココって……どこ?」
タクシーを降りはしたものの、周りを見回してもそれっぽい店なんて見あたらない。
「おいで」
そんな空気を察したのか、一言だけ話してサッサと歩いていく裕ちゃん。
遅れないように後を着いていこうと歩き出したけど、遅れるもなにもなかった。
すぐそこの路地を入ったら、地下へと下りる階段があって、下りた先はもうお店だった。
「ここぉ?」
「そぉ。なんで? 不満なん?」
「そうじゃないけどさ、いい店なの? ホントにぃ?」
「そう言ってるやん、グダグダ言わんと入りぃ」
カチャ
裕ちゃんはそう言って、大きく開いた扉へおいらのことを押し込んだ。
- 440 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:52
-
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうにいるキチッとしたバーテンダーの格好の男の人が声を掛けてきた。
一瞬どうすればいいのか迷ってる間に、後ろから裕ちゃんが顔を出して話し出した。
「こんばんわ〜、くお〜ん、平気?」
「あぁ、いらっしゃいませ。二名様で宜しいですか?」
従業員さんはカウンターから出てきながらそう言った。
裕ちゃん常連さんなのか……一人で飲んだくれたりしてるのかな。
「うん、そう」
「どうしましょう? テーブルの方が宜しいですか?」
「え〜っと、どっちがええ、ヤグチ?」
「え? そんなこと聞かれてもさ……任せるよ」
「したらカウンターで」
「はい、ではこちらへどうぞ」
通されたカウンター席は、六人が座れる程度。
今はカウンターには誰もいないし、三卓ある四人掛けのテーブル席も二卓に女の人が二人と男の人が二人座っているだけだった。
- 441 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:53
-
座り心地を確かめるように身じろぎをして、従業員の人が離れるのを待ってから、少し気になったことを裕ちゃんに聞いてみた。
「ねぇねぇ、さっきのくお〜んってナニさ?」
「ん? さっきのおにーちゃん、くおん言うコ」
「名前……? そんなにきてるの? それに"コ"って……確かに若そうだけどさ」
「それほどちょくちょくきてるわけやないよ。ちょっとあってな。
歳……そういえば知らへんわ。なんとなくパッと見で呼んでた。
後で聞いてみよか……それよりココ、いい雰囲気やろ?」
「あ、うん、そりゃいい感じだけどさ」
くおんって従業員さんの事は後で追求するとして……。
そう、お店の雰囲気は間違いなくいい感じだった。
表はなんの飾りっ気もなくシンプルな感じだったけれど、内装は品がいい感じで。
……なんて言うんだろう、瀟洒な感じで選び込まれているようなイメージだし、照明も明るすぎず暗すぎずでちょうどいい感じ。
静かにBGMとして流れているジャズが、雰囲気を一層心地よいモノにしている感じだった。
「そうやろ? ならそれでええやん」
「高いんじゃないの?」
「ん〜……普通とちゃうかなぁ」
そんな話をしていたとき、さっきのくおんって従業員さんが近寄ってきた。
- 442 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:54
-
「オーダーの方はどういたしましょう?」
裕ちゃんはこっちを見て少し笑いながら言った。
「この娘に似合うカクテル作ったって」
「!?」
「この娘二十歳になったばっかりやねん。だから今日はお祝いなんよ」
「そうですか……だったらあまりアルコールの強くないモノが良いですね。
では、中澤さんは今日は何をお持ちしましょうか?」
「アタシはビール。あ、後アタシに似合うカクテルもお願いしとこ。
料理はいつも通り、お任せで軽めの幾つか持ってきてくれればええわ」
「はい、承りました」
そう言ってさっきと同じように廻ってカウンターの中へ戻っていった。
二人になってからやっと堪えていた言葉を笑いと共に解放した。
「裕ちゃんってば、なに対抗してんのさ」
「ええやん、TVで言うてたから…圭ちゃんに先越されてちょっと悔しかってん」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「うっさいっ」
「もう……嬉しいけどさ」
「なんや〜、そうならそうと早く言うてや」
「はいはい、ありがとうございます〜」
そんな子供じみた会話をしている間に、飲み物が運ばれてきた。
- 443 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:54
-
「失礼いたします」
おいらの前に置かれたのは、下から上へと柔らかい曲線の細長いグラスに入れられたオレンジ色のカクテル。
裕ちゃんの前に置かれたのは、注文通りのキンキンに冷えて表面に薄く氷の幕が張られているグラスビールと、同じようなサイズで、やや上が広がったグラスに入れられたビールみたいに見えるカクテル。
「うぅ〜、ちょっと怖いなぁ」
「平気やって、あのコこういうん上手やから。さ、乾杯」
「うん、乾杯」
チンッ
二人で軽くグラスを合わせて、おいらは舐めるように味をみて、裕ちゃんはグラスビールを喉を鳴らして一気に飲み干していた。
「はぁ〜、メッチャ美味いわぁ。で? どう?」
「うん、美味しい♪ なんかね、オレンジジュースみたいなんだけど。
それだけじゃなくて、少し……なんだろうココナッツみたいな味する。
そんなにお酒お酒してないみたいだし、全然平気みたい」
「ほ〜、ヤグチいけるクチやなぁ」
「それは?」
裕ちゃんの、もう一つのグラスを指しながらそう聞いてみた。
- 444 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:55
-
「コレ? ちょっと待ってな」
そう断ってから裕ちゃんは、さっきのビールとは違って、さすがに味をみるように少しだけ口に含んでいた。
って……クィーってなんでそんなに飲んでるの?
「裕ちゃん? 大丈夫なの?」
「ん……あんまりビールと変わらんみたいやけど……ちょっと甘みやらあるみたいやけど」
そう言いながら置いたグラスは、半ばまで減っていた。
「失礼いたします」
いつの間にか従業員さんが両手にお皿を持ってうちらの前に立っていた。
カウンターに置かれた二枚のお皿の片方はパスタが、もう片方はごく普通の乾き物って言うのかな、ポテチとあまり見たことのないナッツが盛られていた。
「くおん、ヤグチに出したコレはなんていうん? 美味かったて」
裕ちゃんがそう聞くと、従業員の…くおんさん? は柔和そうな笑顔を浮かべて聞き返してきた。
- 445 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56
-
「お気に召していただけましたか」
「うん、美味しかったです」
「ありがとうございます、お客様にお出ししたのは『マリブ・ビーチ』といいます。
ココナッツのリキュールをフレッシュオレンジジュースで割ったものですね」
「ふ〜ん、ひょっとしたら名前とカケたん?」
「ええ、せっかくですから…そんなチョイスにしてみました」
「な〜んだ、ヤグチの事知ってたんだ」
「そら知ってるやろ」
「はい、まぁ……多少は」
「ふ〜ん」
「トコロでこっちのはなに? ビールとはちゃうん?」
「中澤さんにお出しした方は『シャンディー・ガフ』といいます。
ビールにジンジャエールをあわせたものですね」
「なんでやねんな〜、もぉ、えらい差別してへん?」
「すいません。うちではビールしかお飲みではなかったので」
「ま、美味いからええねんけどな……あっ、アタシ次は他のん持ってきてくれる?」
「はい、では」
そう言って振り向いたくおんさんを、裕ちゃんが引き留めた。
「あっ、くお〜ん」
「はい?」
「アンタ幾つやった?」
「幾つ? 歳ですか?」
「他になにがあるん?」
「今年で二十五になりますけど」
「そっか、ありがと」
「はい、では」
- 446 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56
-
少し不思議そうに微苦笑しながらカウンターの中へ戻っていく背中を見て、さっき疑問に思ったことを思い出した。
思い出した疑問を口に出そうとした時、裕ちゃんがニヤニヤしながら一言。
「だって」
「別にヤグチは聞いてくれなんて言ってないじゃん」
「はいはい」
「なんだよっ」
「なんでもあらへんよ〜」
裕ちゃんは惚けた調子でそんなことを言いながら、そっぽ向いてグラスに口をつけている。
ちょっとムカついたし、タイミングが悪いけど、思い出した疑問を口に出してみた。
「ねぇ、裕ちゃん。くおんって変わってるけど……名前なの?」
「ん? 名字。久しく遠いって書いて久遠やて。
名前は真実の真て字で久遠真(シン)や言うてたかな。なに、やっぱ気になるんか?」
「え〜? べ、別に全然そんなんじゃないよ」
「ふ〜ん、なんや、まだ引っかかってるん?」
「……そうじゃないけど」
「ふ〜ん」
「……なんだよぉ」
「ふ〜ん……」
「なんでもないって言ってんじゃんかよっ」
「まぁ、ええやん。飲も〜や。で、食べよ〜や」
「あ〜、もうジャンジャン飲んじゃうよ」
- 447 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56
-
そうして店に入ってから一時間位。
裕ちゃんは少し酔っぱらってきてるみたいで、話し方がスローになってきていた。
ペース早いんじゃないかな……おいらが一杯空けるまでに『カンパリビアー』だの『ビアヨーグルト』だっけかな、色々飲んでるんだもん。
そんな裕ちゃんの話に適当に相槌をうちながら、なにするでもなく店内を眺めていたら、久遠って従業員が二人の女の人に捕まっているトコロが目についた。
ナニを話してるのかまでは聞こえなかったけれど、女の人は腕絡めたりして……なんか誘ってるみたいな感じがしてて、久遠って人は仕事だからなのか解らないけど笑顔でその人を上手くあしらいながら話しているみたいだった。
そんなシーンを見つめていた時、テーブルに座っていた男の人が、こっちに近づいてきた。
「ねぇねぇ、中澤と矢口でしょ? TVで見てるよ」
うわっ、いかにもって感じ。
裕ちゃんより少し下ぐらいに見える、ちょっとしつこそうな……誤魔化そうとしても駄目なんだろうなって思ってたら、裕ちゃんが目だけでおいらに「黙ってろ」って合図してから口を開いた。
「そうですけど」
「あぁ、やっぱり!? ファンなんだよー」
「そうですかぁ、ありがとうございます〜」
「今日は仕事だったの?」
「えぇ、仕事が終わってリラックスしてた所なんですよ」
暗にプライベートだからあっち行けよって言ってるんだよね。
でも、解ってないんだろうな……っていうか、無視してるのか。
「よかったら一緒させて貰ってもいいかなぁ」
「あ〜、ちょっと大事な話してるんで……」
「うっそ? なになに大事な話って」
「いえ、ですからちょっと……」
あ、裕ちゃん、顔がちょっと怒ってるよ……。
このままじゃマズイかなって思い始めたときだった。
女の人達の席で捕まっていたはずの久遠さんが、いつ現れたのか男達の後ろに立っていた。
- 448 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:57
-
「お客様、お席にお戻りいただけませんか?」
「あっ? まぁ良いじゃん、こっちの話だよ」
うっわ、タチ悪ぅ。
なんか言ってやった方がいいかなとか思ったんだけど……でも、こういう場合は任せちゃった方がいいのかな。
裕ちゃんも黙って見てるみたいだしなぁ。
「すいません、他のお客様の迷惑になりますので」
「あっ? いつ迷惑になったんだよ。ほっとけよ」
いいところ(?)を邪魔されたとでも思ったんだろう、ちょっとキレ気味の男共。
久遠さんは、よく見ていなければ気がつかないほど微かにため息を吐いて、さっきまでよりも更に丁寧な口調で言葉を続けた。
「……申し訳ありませんがお帰り願えますか」
「おいおい、ふざけんなよっ……」
「……失礼します」
あっ、実力行使なの?
手掴んで引き寄せた……お〜っ? 外見からはそうは見えないけど、結構力強いのかな。
あっという間に二人表に引っ張り出しちゃった……。
三人が出ていって何分か経つけど……大丈夫なのかな。
「ねぇねぇ裕ちゃん、戻ってこないけど平気なのかな?」
裕ちゃんは平気な顔して飲み続けている。
- 449 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:57
-
「なんや、気にしてるんか?」
「そりゃ、だってヤグチ達のせいじゃん? 気にもなるよ」
「平気に決まってるやん。あれでも伊達にくおん一人でこんな店やってるんとちゃうで」
「ええっ? ココってあの人一人でやってんの?」
「せやで。オーナーは別にいるらしいけどな、出てきてるん見たこと無いしな」
「ふ〜ん……」
「ほれ、戻ってきたやん」
裕ちゃんが店の入り口を指差したのを目で追うと、久遠さんが一人で戻って来たところだった。
全然平気な顔して入ってきて、こっちに近づいてきた。
「ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした」
「あ、こっちこそ……なんかすいません」
「気にせんといて、あんなんドコにでもおるしね」
二人でそう言うと、久遠さんは深く頭を下げてカウンターへ戻っていった。
しばらく二人で今さっきの事を話していると、久遠さんがグラスを二つ持ってこちらへやってきた。
「先程はすいませんでした」
そういってグラスをそれぞれの前に置いて頭を下げていた。
- 450 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:58
-
「くお〜ん、そんなん気にする仲ちゃうやん」
どんな仲なんだよっ、とか心の中で突っ込んだけれど……。
そんな裕ちゃんのセリフに柔らかく微笑みながら久遠さんは言葉を続けた。
「ありがとうございます。けれど、もう作ってしまったので…よろしかったら飲んでやってください」
「ありがと、遠慮無くいただくわ」
「裕ちゃんっ!」
「ええんやって、こういうんは飲んでやった方がな。なぁ?」
「そうですね。お嫌でなければ飲んでいただいた方が嬉しいですよ」
「そうなんだ……じゃあ」
せっかく貰ったんだからと思って、グラスに口を付けながら頷いた。
「コレはさっきまでのと違うんですね。似た味だけど大分酸っぱいし……」
「はい、ベースは同じモノですが、オレンジを酸味の強いモノに換えて、グレナデンを沈めてみました。
お好みでマドラーで混ぜてお飲みください」
久遠さんの言うとおり、グラスにはかき混ぜるための細長い金属製の棒が付いていて、グラスの底には少し黒みがかった赤が揺らめいていた。
言われたように少し混ぜてみて一口。
「あっ……さっきのより美味しいかも」
「それはよかった…ありがとうございます」
「くお〜ん?」
「はい」
「なんでアタシのはビールに戻ってるん?」
「お好みだと思いましたから。同じビールでも、より濃厚なモノにしてみました」
「まぁ、美味いからいいんやけどね」
「ありがとうございます。ではごゆっくりどうぞ」
少し苦笑しながらそう言ってカウンターの中に戻っていった。
- 451 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:59
-
「ええなぁ、ヤグチは色々して貰って…」
いい歳してそんな事で情けない顔するなよ……って言ってやろうと思ったけど、きっと"歳"って部分で逆鱗に触れると思ったので言い方を換えることにした。
それに本心からの言葉じゃないことも解っていたから。
「ヤグチの為に連れてきたんでしょ? いいじゃんかよぉ」
「喜んでる?」
「うん、すっごく」
素直にそう返事をしたら、裕ちゃんはとても嬉しそうな顔をしてくれた。
「そっか。……飲みや」
「うん」
そうして傾けていったグラス。
裕ちゃんと交わした様々な話。
柔らかく耳に響くメロディ。
いつしか裕ちゃんの声が遠く聞こえるようになって……ヤグチには、その声すらも心地良いBGMであるかのようにしか届かなくなっていて……何かに吸い込まれるように、少しずつ意識が薄れていった……。
- 452 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:59
-
…………
- 453 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:00
-
「ヤグチ〜? お〜いちっこいの、寝ちゃアカンよぉ? 起きぃや?」
グラスを拭いていた俺の耳に、そんな少しとろんとした声が聞こえてきた。
声のした方へ視線を向けると、中澤さんが右隣に座ってカウンターに突っ伏している娘を揺すりながら声を掛けているところだった。
確かあの二人が入ってきたのは……十一時を廻っていたはず。
三時間弱か……。
「中澤さん? 大丈夫ですか?」
「ん〜、アカンみたいやなぁ。起きひんわ」
「起きませんか……」
仰るとおり、中澤さんは結構な量を飲んでいながらも、それなりの酔い加減で止まっているようだったが、隣に座っている彼女はスースーと寝息すらたてて健やかな眠りについている。
「じき閉める時間になりますけど……」
「あ〜……せやね。うん、タクシー呼んでなんとか連れて帰るしかないやろ。
連れてきたのはアタシやし、飲ませてたのもアタシやからね」
「それは勿論、タクシーも呼べますけど……」
「ん?」
「もう少し待っていただければお送りできますよ?」
「あ〜、そういえば……アタシも二度目の時やったっけ? 送ってもらったんやったもんね」
中澤さんは酔ってあやふやになりがちな記憶を辿りながら苦笑いを浮かべていた。
そう、初めてきたときは連れが送っていったけれど、二度目には一人できて……今寝ている彼女のような状態だったのを、苦労して送っていったんだった。
そのお陰で妙に気に入られたみたいだったけれど……。
- 454 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01
-
「ええ、散々ハタかれましたから、よく覚えてますよ」
「悪かった思うてるからこうやってきてるやんか……」
軽く笑いながらそう言った俺に、バツの悪そうな表情で切り返してきた。
「はい、ありがとうございます。で、どうしましょうか?」
「う〜ん……じゃあお世話になってまおかなぁ」
「全然構いませんよ。じゃあ、少しだけ待っててください」
最後に残ったお客──まぁ、この二人だけだけど──のグラスや食器を下げて、洗浄機に放り込んで洗っている間に火の元の確認する。
洗い終えた食器やグラスの水滴を振るい、乾いたタオルで研いて終了っと。
「さてと……じゃあ車、外までもってきますんで」
「ん、すまんね……しかし起きひんなぁ、この娘は」
「あはは、良いですよ。寝かせておいてあげましょうよ」
そう言い残して車をとりに店を出た。
- 455 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01
-
…………
- 456 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01
-
「しっかし寝顔も可愛いなぁ。まったくこんな寝顔見せられたら男はたまらんやろね。
女のアタシでもウズウズしてくるっちゅーねん」
くおんが車を取りに行っている間、黙々とヤグチの寝顔を見ていた。
あんまり可愛いんでイタズラしたくなってくるわ……ちょっとだけな。
ツンツン
頬を軽く指先でつついてみる……ノーリアクション。
相変わらずスヤスヤと寝息をたてるのみやね。
プニュ
頬を指で押す……。
「うぅん……」
おっ? 微かなリアクション、うっとおしそうに顔をフルフルと振るったわ。
そんなんも可愛いわぁ……んー……チューしたろ。
唇を少し突き出して、そっとヤグチの口に近づいていく。
……カチャ
「……なにしてるんですか?」
扉を開けたくおんが、呆れたような顔をして聞いてきた。
- 457 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:02
-
「ちっ! いいところやったのに……」
「なにがいいところだったのにですか……行きますよ?」
「はいはい」
「っと……荷物はコレだけですよね?」
「そうやけど」
「じゃあ、ソレ持って貰えますか? あ、後カギお願いします」
くおんはそう言ってヤグチの荷物を指差した後、この店の入り口のモノらしいカギを手渡してきた。
「ヤグチ起こさんでいいん?」
「いいですよ、運びますから」
手慣れた様子でカウンターに突っ伏しているヤグチを抱え上げるくおん。
お〜、これは『お姫様抱っこ』ちゅうヤツやね、ヤグチ起きてたらどんな顔するか……想像すると笑ってまいそうやわ。
「重くないん?」
「いえ、全然。この娘…矢口さんメチャメチャ軽いですよ」
「ほほぅ……まるでアタシは重かったような口振りやんか」
くおんがサァッと顔色を変えた。
「あ…いえいえ、とんでもありませんよ。ただ中澤さんは背中に背負ってたもので」
「感覚がちゃうと?」
「はい」
「なんでアタシん時はおんぶやったん?」
「……それは中澤さんが自分で」
アカン、全然覚えてへんし、酔っててそんなに頭まわらへんわ。
そうやったんか……自分のマンションまで車で送ってもらったんしか覚えてへんわ。
- 458 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:02
-
「……許したる」
「……ありがとうございます」
笑いを堪えながらそう言ったくおん。
くっそー、なんか癪に障るわぁ……でもしゃあないわ。
「さぁ、行きましょう」
「せやね」
くおんに先だって扉を開け、表から扉を押さえて待つ。
「どうも。じゃあカギ閉めておいてください」
「オッケー」
ドアを開け放してあった車の後部座席にヤグチを横たわらせて、くおんは運転席に乗り込んだ。
アタシもヤグチが転がってシートから落ちひんようにと、ヤグチの頭を膝に乗せるようにして後ろに乗り込む。
「ふぅ……さて、どうします? 矢口さんの家までですか?
っても知らないですけどね。それとも中澤さんのマンションにしますか?」
「んー……アタシんトコでええやろ」
「ですか」
「アタシんトコは覚えてるん?」
「ええ、大体は。取りあえず車出しますから、違ってたら教えてください」
そう言って走り出す車。
- 459 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:03
-
「しかしアレやね。くおん、店出るとだいぶ口調が変わるんやね」
「あ、それは間違ってますね。店に入ると口調を変えるし、態度も変えるんですよ」
そう、くおんは店にいる時はいかにもな話しぶりなんやけど、店から出ると結構軽い口調になる。
まぁ、軽いいうてもウチのお子ちゃま組みたいにオバちゃん扱いはせえへんけど。
「そっか、ある意味プロなんやね」
「ある意味ってどういう意味ですか」
「まぁ、いいやんか。それより素のくおんから見てヤグチはどう?」
「はぁっ!? なにがどうなんです?」
「この娘可愛いやろ?」
「まぁ、そりゃあ……」
「そうやろ? ヤグチ可愛いやろ、ええ娘やしな。アタシはこの娘んことメッチャ好きなんよ」
「はぁ」
「でもな、この娘アカンねん」
「なにがです?」
「男が」
「はぁ?」
「そないに深い仲やなかったらしいねんけどな、裏切られるみたいなことがあってなぁ。
それ以来、口には出さへんけど付き合うような仲になるのは避けてるんよ」
「そんな事、なんで俺に? 酔った勢いだったら怒りますよ?」
「酔ってなきゃなかなか出来んわ、こんな話。でも勢いちゃうんよ。
くおんはアレが認めてるしなぁ、アタシもアンタやったらって大丈夫なんちゃうかなって思えるんよ」
「アレって高樹さんですか? そりゃあの人には公私ともに世話になってますけど。
ふむ……中澤さんから見て、俺は信用出来る男なんですかね?」
バックミラー越しにこっちを見ながら、アタシの真意を探るように聞いてきた。
- 460 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:03
-
「出来る……と思う。せやからこんな話してるんやん」
「理由、教えてもらえます?」
「んー、臭いかなぁ」
「どういう?」
「アイツと同じような臭いがするわ」
「……似てるとは思わないですけどね」
「勿論、似てへんよ。でも……なんとなくなぁ」
「まぁ、それはいいですけど。でも俺にどうしろって言うんです?」
「別にどうしろなんて言わへんけどなぁ……ただ一度デートしてみん?」
「はい? ……矢口さん、は知るわけないですよね」
「当たり前やんか」
「のせられるのはいい気分じゃないですけど……」
「けど?」
「こんな可愛い娘とデートできるのは魅力的ですね」
「せやろ? 段取りはアタシがするから、明日携帯に電話入れるわ」
「ホントに大事なんですね、この娘の事。そんなに心配するなんて」
「アンタは…そうやって人の表情読む……まぁ、ええわ。
せやね、すっごい大事やよ。アタシが男やったら一生離さへんくらいに」
「なるほど、肝に銘じておきます」
そんな話をしているうちにマンションまで着いたようやった。
くおんに部屋の前までヤグチを運んでもらって、携帯の番号を聞き別れた。
- 461 :名無し娘。:2006/11/25(土) 00:05
-
ひとまずここまでです。
視点変更されてる部分が見苦しいとか、そういった苦情は却下させていただくのです(^^;)
古い話なのでw
ちなみにこのペースで全三回。
エロっぽいのは最後だけw
ではまた。
- 462 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:25
-
─2─
中澤さん達二人が店にきた翌日、夕方になって店へ寄って「臨時休業」と張り紙をして、中で所用を済ませていた。
「ったく、今日になって急にそんな事言われてもなぁ……」
仕込みをするはずだった食材を冷凍庫へ放り込みながらブツブツ言っていた。
そう、昼過ぎになって急にオーナーから呼び出しを受けたんだった。
なんでも「今日は店はいいからきなさい」だそうだ。
全然よくないでしょうが……と思いながらもサクサク片づけていく。
「一見すると好々爺然としているんだけど、迫力あって怖いんだよなぁ……顔も広いしなぁ」
ブツブツ言い続けながら片付けを終わらせて時間を確認する。
「まだ時間あるな、どっか寄って時間潰していくか」
そう呟いて表へ出るドアを開けた時だった。
カチャ
「キャッ!?」
「は?」っと思った時点で体に何かがぶつかってきた。
胸の辺りに倒れ込んできた何かを反射的に支えてから気がついた。
- 463 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:25
-
「な、何してるの?」
「あ……こんばんわ」
俺の胸に首筋から背中までもたれるように倒れかかっている彼女がそう言った。
いやいや、こんばんわじゃなく……心の中でそんなツッコミを入れながらも、口では違う言葉を出しながら体を起こしてあげた。
「大丈夫?」
「あっ、はい、ごめんなさいっ! ……ありがとうございます」
飛び退くように離れた彼女、矢口さん。
「どうしたの、こんなトコロで。もしかして飲みに……きた訳じゃあないよね?」
「あの、きたら張り紙がしてあって…『臨時休業』って。「あ〜お休みなのか」って。
せっかくきたのにお休みなんじゃ、どうしようって思って……扉に寄りかかって考えてたら」
「寄り掛かっていたドアが開いちゃったんだ?」
「はい」
笑いながら後を続けた俺に、少し顔を赤くしながら頷いた矢口さん。
「で…今日はなんでまた?」
「あの、今日裕ちゃんから聞いて……ヤグチ昨日は面倒掛けちゃったって」
「あぁ、その事でわざわざ? 全然大したことじゃないから気にしなくてもいいのに。
気持ちよさそうに寝てたから、起こすの可哀想だったし……全然軽かったしね」
「え? 軽かったって?」
「はい?」
「久遠さんが運んでくれたんですか?」
「え? 一応そうだけど?」
「………」
- 464 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:26
-
無言になって何かを考え込んでいる、矢口さん。
その姿を見て、そしてさっきの会話を思い返して閃いた。
「中澤さんになんか吹き込まれたね?」
「そ、そうみたいです」
おそらく話を聞かされた時の中澤さんの表情でも思い出しているんだろう。
矢口さんは少し悔しげで、少し怒っているような表情でそう言った。
「取りあえず中入ります? 立ち話もなんだし」
「えっと…いいんですか?」
「構わないよ、別に」
「あ〜、じゃあ少しだけ」
「はい、どうぞ」
彼女を中に通して適当なトコロに座るように言って、自分は飲み物の用意をするためにカウンターの中へ入った。
「寒かったでしょ? コーヒー、紅茶、日本茶、ココア……もしくはアルコール? さて何がいい?」
「あ、アルコールは……別にすぐ帰りますからいいですよぉ、お構いなく〜」
「……紅茶で良いかな」
変に遠慮なんかさせない為に、こっちから決めうった。
矢口さんはこっちの意図を汲み取ってくれたらしく、あっさりと答えた。
「え〜、じゃあ取りあえずそれで」
「はいよ、スグできるから」
数分後、温かな香気をたち上らせるカップ二つをテーブルに置いて、彼女と向かい合う席に腰掛けた。
- 465 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:26
-
「どうぞ、暖まるよ」
「すいません、ありがとうございます」
矢口さんは小さく頭を下げてそう言いながら、紅茶に口をつけた。
それを確認してから自分のカップに手を伸ばす。
「んっ〜!? なんかすっごい美味しいんですけど」
「そう? ありがとう。値段は安いんだけどね、割といいでしょ?」
「へぇ〜……」
なにか変な納得の仕方をしている矢口さん。
紅茶の事じゃなく……なんだろうって感じだったから、そのままに問い質してみた。
「ん? どうしたの?」
「あの…今頃アレですけど、喋り方が」
「あぁ、気になる? 仕事じゃない時はこんなだけど」
「違います、違います! 全然、気になるとかそういうんじゃなくて。
ただなんとなく、昨日のイメージしかないから、少しビックリしただけで」
「ん〜、矢口さんはさ、普段からそう? 口調。それとも中澤さんと話してる時の方が普通かな?」
「それは裕ちゃんと話してる方がいつもの自分ですけど」
「じゃあそうやって話してくれた方が楽でいいんだけど」
「あー…そう、ですか? じゃあそうします、ヤグチも楽だし」
「そうして。 で、中澤さんにナニ吹き込まれたの?」
「あ、そうだ! あの……酔って久遠さんにすっごい絡んだって。
なんかバシバシ叩いたり……キ、キスしようとしたって」
「………」
少し恥ずかしそうに話す矢口さんの言葉を黙って聞きながら考えた。
- 466 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:26
-
「事実じゃないの?」
「それは事実だけど……」
「あ〜んっ! やっぱり? ごめんなさぁ〜い!」
早とちりして謝ってくる矢口さん。
いや、事実は事実なんだけど……。
「ちょっと待ってって。 事実だけどね、違うんだってば」
「え?」
「それ、中澤さんの事実ね」
「はぁ!? なにそれ?」
「今言ったの、全部中澤さんがやった事だよ」
その俺の言葉を聞いて、矢口さんは俯いて小刻みに震えながらナニかを呟いた。
「え?」
「あんの、アホ裕子めぇ〜!」
「あ、あはは……仲いいんだ」
「う〜ん……まぁ仲はいいんだけどさ」
「ちょっと羨ましいね」
「え〜っ!? なんで?」
「いやさ、そんな仕事仲間でもある仲のいい友達がいるってさ」
「そっかぁ……あれ? そういえば今日はどうして休みなの?」
「ん? 今日は……って、アレ? 今……あっ!? ヤバイ!」
いけねっ……ゆっくりしすぎた。
もう約束してた時間まで間がなくなっていた。
- 467 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:27
-
「えっ? えっ? どうしたの?」
「オーナーに呼ばれてたの忘れてた!」
「そうなの? ごめんなさい、ヤグチのせいで」
「いやいや、そんな事ないって。楽しかったから」
空いたカップを片づけて、矢口さんと出口へ歩きながらの会話。
「でも、ホントごめんなさい、ただ謝りにきただけだったのに」
「だからそんな事ないって。送っていく時間無いからアレだけど、またきてよ」
「あ、うん。また寄らせてもらいます」
「お待ちしてます」
最後に、仕事モードの表情と口調でそう言って別れた。
約束の場所に向かってハンドルを握りながら、自分でも意外なくらい楽しい時間だったと感じていた。
昨日の中澤さんの言葉を思い出しながら、あの娘なら全然のせられるのもいいな、などと考える自分に苦笑した。
- 468 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:27
-
…………
- 469 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:28
-
裕ちゃんと飲みにきてから約一週間、今おいらは日も沈む前だっていうのに、また久遠さんのお店にきていた。
あまり人に見られたくないって事もあって、階段を下りたところでしゃがんで携帯を睨んでいた。
「裕ちゃんまだかなぁ……早めに来るって言ってたのになにやってんだよ、もぉ」
裕ちゃんに無理矢理約束させられてココにきたっていうのに、肝心の裕ちゃん自身がなかなか現れない。
裕ちゃんとの待ち合わせの時間は、既に二十分も前だった。
そして後十分で久遠さんとの待ち合わせの時間になる。
早めにきて何するのか教えてくれるって言ったのに……。
「まったくアホ裕子め」
思わず口に出して呟いたとき、階段の上から笑い声が聞こえてきて、つられるように上を見上げた。
「どうしたの? またそんなこと言って」
逆光の中でハッキリ見えなかったけど、階段を下りてきたのは久遠さんだった。
「あ、なんでもない……なんでもなくないや」
「ハハハ、なにそれ? 一人?」
「そう、裕ちゃんまだこないんだも〜ん」
「だってあの人言い出しっぺじゃないの?」
「そう」
「電話してみれば?」
「うん、そうする」
- 470 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:28
-
Pi、Pi
手に持っていた携帯で裕ちゃんにコールする。
ワンコール鳴り終わるよりも早く繋がった。
「裕ちゃん? なにしてんのさ? もう久遠さんもきてるんだよ?」
『あ〜、ヤグチ? 悪いんやけど裕ちゃん今日行けなくなってもうてん』
「……はぁっ!?」
ナニを言われているのか解らなくて、ちょっと考えてから自分でも思ってもみないほど大きな声を出してしまった。
横目で久遠さんを見てみると、少し驚いたけどこっちの内容を気にしているような表情をしていた。
「なんでだよっ!? ってか、なに言ってんのさ! どうすんだよぉ!」
『急に仕事入ってな、今移動中なんよ。だから今日は二人で時間潰してや』
「んなこと言われたって……」
『せっかくのオフなんやし、くおんにエスコートして貰えばええやん、な?』
「そんな簡単に……」
『だってほら、くおんも呼び出してしもてんから……アタシが行けなくなった言うてバイバイなんていく?』
「そりゃあ……」
『いかへんやろ? だから悪いんやけど…そーゆー事で、頼むわ』
「…解ったよ、もう……」
『じゃあ楽しんできてや』
そう言って電話を切られてしまった。
チラッと横を見ると、久遠さんが「どうだった?」って顔してこっちを見ていた。
- 471 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:29
-
「あの…裕ちゃんこられなくなったって」
「あ〜っと…仕事とかかな?」
「そうだって」
「そっかぁ。じゃあどうしようか?」
「どうって?」
「矢口さんはなんて言われてココにきたの?」
そう聞いてきた久遠さんは、なんか楽しそうな表情をしているように見える。
「さぁ? こっちにきてからのお楽しみだって言われたけど。久遠さんは?」
「酒屋に行きたいから教えてくれって」
「はぁ?」
「普通のトコじゃ買えないようなビールとか見たいんだって言われた」
「ふーん」
「相手がワタクシメでは御不満でしょうが、せっかくですからお出掛けいたしましょうか、御嬢様?」
戯けて芝居がかったお辞儀をして手を差し出しながら久遠さんが言う。
裕ちゃんにもああ言われたし、おいらもせっかくのオフなんだから遊びに行きたい。
「じゃあ、お相手してくださいます?」
畏まった口調で言いながら、差し出されていた久遠さんの手に自分の手を重ねた。
「喜んで」
真剣な表情でそう言って、軽くおいらの手を握り立ち上がった久遠さん。
- 472 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:29
-
「でもドコへ行くの?」
「ドコがいいかな……海行こっか?」
「マジっすかぁ!? 二月だよ?」
「冬の海、いいよ? 空気乾いてるからあんまりベタベタしないし」
「そう? ……じゃあ行ってみようかな」
「よしっ! じゃあ行こう」
そう言って久遠さんは、軽く握っていた手にホンの少しだけ力を込めておいらを導くように歩き出した。
車を走らせながら久遠さんは沢山話をしてくれた。
車の中っていう小さな空間に入った途端、口が重くなってきたおいらの分まで。
裕ちゃんがお店にくるときの話とか、普段はどんなお客がくるとか。
こんなお客はイヤだったって話は、話し方が面白かったせいもあって声を上げて笑ったり。
女性客の話をしていた時には、何故か少しムカっとした……。
時折こっちの仕事の話なんかもしたけれど、興味深げに頷いてくれたり、とても楽しそうに聞いてくれたのが嫌みに感じさせないで嬉しかった。
そんな話をしている間に、車はいつの間にか横浜を抜けて江ノ島へと近づいてきていた。
- 473 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:29
-
…………
- 474 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:30
-
手近な駐車場に車を止めて、海までの僅かな距離を二人で歩いていた。
少し道が混んでいたせいと、途中で食事をしていた為にかなり日が傾いてきていた。
「ん〜っ! なっつかし〜! 昔はよくきたんだ」
矢口さんは俺の前を歩きながら軽く伸びをして話し出した。
「へぇ〜、この辺りに住んでたの?」
「うん、こっから電車でちょっとのトコ」
「じゃあほとんど地元なんだ?」
「そーだね、モーニングになるまではこの辺もきてたから」
「そっか……じゃあどうなんだろう? きてよかったのかな? それとも他のトコの方がよかった?」
そう言いながら、少し足を速めて彼女の隣に出て、その横顔を見ながら並んで歩く。
「あぁ、全然いいよ。久しぶりだし、嬉しい」
「ならよかった」
「おぉ〜、砂浜ぁ……相変わらずキレイじゃないけどいいよね、砂の感触がさ」
「自分で誘っておいてアレだけど……見事に人がいないね」
「アハハッ、そうだね。でもその方がありがたいから……」
夕日に照らされてそう話す彼女の表情は、今まで見たどの矢口真里とも違って……多分、これが本当の彼女なんだと思わせる何かを感じさせてくれた。
「ま、矢口さんはさぁ……」
「……いいよ、別に。呼びたいように呼んでくれて」
くっ……少し苦笑しながらそう言う矢口さんは凄くチャーミングで……。
「真里」って呼ぼうとしたけれど、一瞬躊躇して呼びなおしたのがバレたみたいだった。
- 475 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:32
-
「ん〜…じゃあ俺の事も中澤さんみたいに「くお〜ん」でいいから」
「キャハハハ、似てる似てる、裕ちゃんそんなんだったよ」
「真里はさぁ……」
「うん」
「あ〜……っと」
「な〜にさっ?」
「いや、ごめん、いいや」
面と向かうとなかなか聞けないもんだな。
特に情報源が中澤さんなだけに、まず間違いなく真実なんだろうから。
昔の男の事なんかなぁ……。
「なんだよぉ、気になるじゃんか」
「うん、ホントに、なんでもないわ」
「なんだかなぁ〜、もう……」
「悪い、頼むから気にしないで」
「ふ〜ん、まぁいっか……」
そう言った真里は、俺の顔を見て子供のような笑顔を作り「追い掛けっこねっ」と言うなり不意に波打ち際をなぞるように走りだした。
「はっ?」
理解しかねた俺の返事に、一瞬振り返って真里は言った。
「あそこの岩場までに追いつかなかったら、なんかオゴってね〜」
「え? あっ、待てっ!」
別に奢りたくなかった訳じゃなく、ただ逃げていく真里をこの手に掴まえたかった。
その為だけに十数メートルの差を全力で詰めに掛かった。
- 476 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:33
-
数十秒。
振り返った真里は表情を変え、走るスピードを上げたようだった。
でも、もう手を伸ばせば届くほどに詰まっていた距離は開くことはなかった。
目的とした岩場まであと僅かだったけれど、彼女の腕に伸びた俺の手が、この三流ドラマのワンシーンめいた一幕の終わりを告げる合図になった。
「はぁ、はぁ……もぉ〜! なんだよっ! 普通本気で走るかなぁ」
「ふぅ……悪いね、勝ち負け関係なく掴まえたかったんだ」
そう言って真里の腕を掴んでいた手に力入れて引き寄せた。
「っ!?」
突然抱きしめられた真里は、俺の腕の中で小さな驚きの声を漏らした。
一瞬の空白の後、真里は腕の中で身動ぎしながら抗議の声を上げた。
「なんで…なにすんだよぉ」
抵抗する力にではなく、真里の口から発せられた声の弱さに驚いて、少し身体を離して窺ったその表情に、言うつもりはなかった言葉が口からこぼれた。
「あっ…ごめん」
「……なんで」
「なんでって……好きじゃなきゃこんな事しないだろ」
「………」
「俺じゃあ駄目かな?」
「駄目とか…そんなんじゃないけど」
「けど?」
真里が何か言おうとして口を開きかけたその時、俺のポケットの中で携帯が着信を告げた。
- 477 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:34
-
「……出れば?」
促されるままにポケットから携帯を取り出して液晶に表示されている発信者を確認した。
──最悪だ……。
そこに表示されている名前は店の常連であり、俺の事を妙に……というかやたらと気に入ってくれている少し年上の女のものだった。
「………」
「どうしたの? 出ないの?」
俺の躊躇いを見透かしたように更に促してくる。
「いや、別に出なくても構わないような相手だから……」
「………」
「出られない理由があるんだ?」
「違うって、そうじゃないけど……」
「けど? あっ…」
──切れた。
「見せて」
真里は手の平を上に向けてこっちへ差し出しながら、冷え切った声でそういった。
- 478 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:34
-
「出られない理由がないんだったら、見せてくれてもいいじゃんか」
真里の表情に本気を感じた俺は、少し躊躇した後、己の携帯をそっと真里の手の上に置いた。
手の平に置かれた携帯を開き、一つボタンを押して液晶を見る真里。
そのなんの感情も窺えない表情に、俺は焦って口を開いた。
「違うんだよ。ちょっと聞いて……」
パンッ!
俺は最後まで言い終えることすら許されなかった。
「最悪……」
真里は感情を押し殺した表情のままで、小さく吐き捨てるように呟いて、俺に携帯を放り投げ、踵を返して道路の方へ歩き出した。
叩かれた頬に触れることもせずに、しばらく呆然と立ち尽くしていた俺は、不意に我に返って真里が歩いた方へと走り出した。
砂浜を抜け道路に出て、真里の後ろ姿を……見つけた。
その後ろ姿を追い掛けるべく走り出そうとしたとき……。
真里にとっては最高の──俺にとっては最悪の──タイミングでタクシーが通りかかった。
走り寄ろうとする俺に気がついた真里。
しかし一瞥をくれただけでタクシーへ乗り込んでしまった。
「待てって! 真里っ!!」
ほんの少しの間、走り出したタクシーを追い掛けてはみたが、走り出したタクシーに追いつくはずもない。
そして当然のように、走り出したタクシーが止まるはずもなかった。
走り去るタクシーを見送りながら、全てのタイミングの悪さを呪った。
「ハァ、ハァ…くそっ……ほんっと、最悪だよ」
- 479 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:34
-
…………
- 480 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:35
-
丁度いいタイミングで通りかかったタクシーはを止め、開いたドアに滑り込んで行き先を告げた。
おいらの乗せてドアを閉めたタクシーは、走り出して間もなく運転手さんがバックミラー越しに聞いてきた。
「お客さん、止めますか?」
運転手さんは気を利かせたつもりなのか、そう言ってくれる。
でも……。
「いえ、構いませんから」
微かに久遠の声が聞こえた。
でも……。
次第に海から離れていく車。
その分ドンドン久遠からも遠ざかっていく。
そんな車の中で、おいらは誰に対してのモノなのか分からない悪態を吐いていた。
「一瞬でもあんな気持ちになったヤグチがバカだったんだよ…。
そんな簡単に信用なんて出来るわけないんだよ……もぉいいんだから」
それでも最後まで追い掛けてきた久遠の姿は、不思議と脳裏から離れずに残っていた。
- 481 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:35
-
…………
- 482 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:36
-
急な仕事が入ったとヤグチに嘘をついて、結局何することもなく出掛け時間を潰して帰ってきた。
お風呂から上がってソファーでくつろぎながら、ビールを開けたその時だった。
トゥルルルル♪
「なんやねんもぉ……」
良いところを邪魔されたインターフォンの音に悪態を吐いた。
手に持っているプルトップを開いた缶ビールをチラッと見ながら「チッ!」っと舌打ちを一つ。
トゥルルルル♪
「あ〜、もう! うっさいっちゅーねん! 今行くわ!」
一つボタンを押して、エントランスとの回線を繋いだ。
「はい、どちら様?」
「裕ちゃん? 今いい?」
「ん〜? ……ヤグチかぁ? どないしたん……今開けるから、上がっといで」
ヤグチ……どないしたんやろ、上手くいかんかったんかなぁ。
ピンポーン♪
そんな事を考えている間に玄関のチャイムが鳴った。
覗き窓からヤグチの姿を確認してドアを開いた。
「いらっしゃい、一人か?」
「うん、裕ちゃん仕事は終わったの?」
「あっ、うん。もう終わってな……一杯やろうと思ってたんよ」
「そっか……」
うっわ……なんかメッチャ暗いやん……なんか怒ってるみたいやし。
まさか嘘ついたんバレたりしてるんかな。
- 483 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:36
-
「まぁ、座りや」
「うん」
ヤグチをソファーに座らせて、ヤグチでも飲めそうな来客用にと冷蔵庫に入れてあったカクテルをグラスに注いで持ってくる。
「飲むやろ?」
「あ、うん。ありがと」
グラスを手に取り、一口飲むのを見てから自分でもビールで口を湿らせてから言葉を継いだ。
「で、どないしたん? ってか今日はどしてたん? 楽しかってん?」
まわりくどいこと無しに真っ直ぐ切り込んでみた……のはええんやけど。
あいたたたぁ〜……やっぱりなんかあったみたいやん……おもいっきり表情固くなってるわ。
「江ノ島行った…割と楽しかったよ……途中までは」
「冬の海かい、いいやんかいいやんか……で、途中までってどーゆー事?」
「抱きしめられた……好きだって」
おいおい、くおんのヤツそこまで進んだんかい。
なかなかやるなぁ……でもなんでこうなってるん?
- 484 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:37
-
「ほぉ〜、それはそれは。で、なんでそんなに怒ってるん?」
「怒ってなんかないじゃん!」
「思いっきり怒ってるんやんか」
「うっ……」
「抱きしめられた事に怒ってるんとちゃうんやろ? したらなに?」
「………」
「喋り〜や、裕ちゃんの責任みたいなトコもあるんやし」
「抱きしめられて好きだって言われたけど……急にそんな事言われても信じられないよっ。
なんかそのすぐ後に女から電話掛かってきたし……」
「くおんの彼女やってん?」
「知らない。アイツ電話出なかったもん」
「出なかったんじゃ彼女かどうかも解らへんやんか」
「だって焦って誤魔化そうとしたし」
「なんなんやろね〜……」
「ホントだよ」
やっと納得してくれたとでも思ったのか、微妙に噛み合わない相槌を打ってくるヤグチ。
「ちゃうわ。アンタがなんなんやろねやっちゅーねん」
「はあっ!? なんでヤグチなんだよっ」
「なんでって……ホントに解ってへんの?」
「だからなにがさっ!」
「アンタの態度」
「ヤグチの態度がなんなんだよっ」
「恋人の浮気に怒ってるようにしか見えへんよ?」
「なっ……」
お〜お〜……顔赤くなって……素直な娘やね。
やっぱくおん次第って事なんかなぁ。
- 485 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:38
-
「まぁ、それはええわ。で、その後どうなったん?」
「……ひっぱたいちゃった」
「ほぉほぉ?」
「で、丁度通りかかったタクシーひろって帰ってきた」
「くおんは?」
「途中まで走って追っかけてきたけど……」
「まぁ、追いつくわけないわなぁ。で?」
「携帯に何度も電話入ったけど……」
「出なかったんやろなぁ」
「……うん」
丁度話の区切りになった時、アタシの携帯が着信を知らせていた。
「はいはい〜」
発信者は……くおん。
タイミングいいやっちゃなぁ〜。
Pi
「もしもし」
『あ、中澤さん。久遠です』
「ほい、お疲れさ〜ん」
『すいませんけど……お願いがあるんです』
「なんやろ? まぁ、大体解るけどな」
大体誰と話しているか分かったみたいで、ヤグチが自分を指差して手をブンブン振っている。
『……ひょっとして、もう聞いてます?』
「あぁ、聞いた。今おるし」
あっ、すまん、言ってもうたわ。
声出さずに怒っても全然堪えへんで……まぁ、声出しても同じやけどね。
- 486 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:38
-
『替わって……は、もらえないんでしょうね』
「すまんなぁ、イヤやって」
『でしょうね。彼女の次のオフとか解りませんか?』
「ん……ちょっと待ってな」
電話口を押さえてヤグチに向かって問いかける。
「ヤグチ〜、アンタ次のオフいつやったっけ?」
「なんで言うかなぁ……再来週の水曜だったかな。それがどうしたの?」
「解った」
再び電話に向かって話す。
「再来週の水曜らしいわ」
『じゃあ、その日。今日と同じ場所で、朝から待ってるって伝えてください。
きてくれるまでずっと、意地でも待ってるって……絶対に裏切らないって信じさせてみせるって』
「ほぉ〜、それは大したもんやね。解った。伝えておくわ」
Pi
「くおんから伝言」
「なんだよぉ」
「次のオフん時、今日と同じ場所で朝からずっと待ってるんやて。
なんでも信用できるって証明するらしいで? ……どーするヤグチ〜?」
「……し、知らないよっ!」
「そっか……まぁ、ええわ。裕ちゃんもう寝るけど、ヤグチは泊まってくか?」
「……帰る。急にきてごめんね」
「そっか。一人でしっかり考えや」
「……バイバイ」
神妙な顔をして帰っていくヤグチを見送りながら思った。
自分の勘は間違ってなかったみたいやって。
- 487 :名無し娘。:2006/11/25(土) 23:40
-
世界バレー見終わってからとか思ってたらウトウトしてた。
第四セット途中までしか覚えてないやorz
明日の夜、時間があったら終わらせよっと。
- 488 :名無し娘。:2006/11/26(日) 16:05
- 大量更新キタコレ
読み切れねーよ
- 489 :名無し娘。:2006/11/26(日) 18:10
-
>>488
誰かがどんどん言うからw
さて。
予定外に早く帰ってきたので世界バレー前に終わらせよー。
- 490 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:11
-
─3─
けたたましい目覚ましの音で眠りを妨げられた。
ベッドの上から手だけを伸ばして目覚まし時計のボタンを叩き、デジタル時計に表示されている時間を確認してから溜息を一つ。
「はぁ……休みだったんだっけ」
呟いて上体を起こし、ベッドの脇に畳んであったシャツを羽織った。
ハッキリと覚醒してきて……不意に思い出す一つの言葉、押しつけられた約束。
『ずっと待ってる』
「誰も行くなんて言ってないじゃんかよ」
言葉に出して、そして少し考えた。
行かないよ…せっかくの休みなんだもん……買い物でもしに行こっと。
仕事の時間に合わせてあった時計のせいで、朝早く起きてしまった。
まだ出掛けるには少しばかり早い時間だった。
歯ブラシを銜えながら、今日、コレからのことを考える。
うん、まずはゆっくりと熱めのシャワーを浴びて身体を目覚めさせよう。
シャワーを終えてドライヤーで髪を乾かしてからシリアルとフルーツで軽く朝食を摂った。
『ずっと待ってる』
出掛けるために着替えをしながらも頭の中でしつこく響いて離れないアイツの言葉。
人づて――裕ちゃんに聞かされた――だけで、言葉を聞いたわけでもないのに、しっかりと久遠の声で響く言葉。
「フンッ! さっ、買い物行こう……」
吹っ切るように着替えをし、簡単なメイクを済ませて、サングラスをかけ、帽子を深くかぶって部屋を出る。
- 491 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:11
-
「うわっ……寒っ」
二月の寒風に吹きつけられて思わず顔をしかめながら、自分を納得させるように呟いて歩き出した。
一瞬脳裏に浮かんだ、海岸に立って待っているアイツの姿を振り払うように。
「…待ってるわけないよ、こんな寒いのに朝から待ってるだなんて」
表通りでタクシーをひろって、何度か足を運んだ事のある渋谷のめぼしいショップを廻る。
春物の洋服、アクセサリー、バッグや化粧品等、様々な店を行ききしてしばらく時間を潰していた。
昼過ぎになって、少し遅めの昼食がてらお茶でもしようと手近なお店に飛び込んだ。
窓際の席に陣取って、温かいミルクティーに口をつけながら、見るともなく窓の外の風景を見ていた。
相変わらず強い風が吹く中を、雑多な人達が歩いている。
サラリーマンらしき人がコートの前をしっかりとあわせながら歩いているのが何かと重なる。
「ホント、寒いよね今日……」
そう口に出してから風を避ける何ものもないような場所だったら尚のことだろうと思った。
そうやってボーっとしていると、また頭に浮かんできてしまう海岸の風景と約束の言葉。
『ずっと待ってる』
「気分が乗らないなぁ、もういいや……帰ろ」
お会計を済ませて、家へ帰るためにタクシーをひろった。
道が混んでいるようで、なかなか車が進まない事もあって無性にイライラとした気分だった。
段々と陽が傾き始める頃になってやっとマンションの前まで着いた。
運転手さんに料金を払って、開いたドアをくぐって表に出ようとした時……。
- 492 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:12
-
「あぁ〜、もうっ! 気になって仕方ないじゃんか!」
ドアを閉めたそうな顔をして、こっちの様子を窺っていた運転手さん。
もう一度シートに座り直しながら運転手さんに早口で告げた。
「すいません、江ノ島までお願いします」
怪訝そうな表情をしていた運転手さんに「なるべく急いでお願いします」とだけ言葉を重ねた。
そう言ったっきり黙り込んで、眼を閉じて頭の中で呪文のように。
──居るわけない、待っているわけない、どうせ……。
自分に信じ込ませようとするかのように繰り返す。
心の何処かで自分の思いを疑いながらも……。
車が海へと近づくにつれて、段々と強まってくる潮の香りと一つの思い。
「あ、ココでいいです」
運転手さんにそう告げて、この前タクシーをひろったのと同じところで車を降りた。
海から吹きつけてくる風は、タクシーに乗る前の風よりも遥かに冷たかった。
少し歩くとあの日の岩場が見えてくる。
「こんなに寒いんだもん、いるわけないよね」
海岸沿いの道路から見える範囲には人影すらなかった。
せっかく此処まできたんだから、ちゃんと待ってなどいないことを確認して、気分を楽にしてから帰ろうと砂浜に足を踏み入れた。
日の沈みかけてきた砂浜を、岩場を廻るようにゆっくり歩いていく。
少しずつ岩場の海側全てが見渡せる位置に近づくにつれ、鼓動が早くなってくるのを感じる。
後、僅かで……
「……ホラ、やっぱいないじゃんか。そんな事だと思ってたんだ」
心に溢れてきた安堵とも怒りとも――それとも別の何かなのか――判別のつかない気持ちを声に込めて吐き出した。
- 493 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:13
-
「いらっしゃいませ」
踵を返して帰ろうと思ったとき、どこからかそんな声が聞こえた。
初めて聞いた時と同じ声、同じ口調……久遠の声。
岩場を見まわすけれど、何処にもそれらしい人影は見えなかった。
「よっ!」
そんな掛け声と、一瞬遅れて砂を踏みつける音がおいらのすぐ後ろで聞こえた。
慌てて振り返ると……そこには久遠が立っていた。
「なっ……どっ……」
「どうしたの?」
突然現れた久遠の姿。
上手く声が出なかったおいらに向かって、あまりにも普通に話す久遠の顔を見ていたら、何故か少し落ち着いた気持ちになってきた。
「何時から待ってたの?」
「中澤さんに聞かなかった? 朝からだけど?」
「なにしてんだよっ。ヤグチくるなんて言ってないじゃん」
「でもきたじゃない」
「………」
「まぁ、取りあえずありがとう。で、俺は考えました。あの時の事。自分の事。
勿論真里の事を中心に。どうすれば信用してもらえるのかって事」
「………」
「まずコレ見てもらえる?」
そう言って久遠が取り出したのは自分の携帯。
幾つかの操作をして、その液晶に表示されているものをおいらに見せてくれた。
- 494 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:13
-
「なに? 着信履歴? あっ……」
「日付、覚えてるでしょ?」
その着信は、あの日の…あの時掛かってきた着信の履歴だった。
「で……次はコレね」
着信拒否設定の画面……さっきのアドレスが登録されている。
「こ、これがどうしたのさ……」
「あの日からそのままなんだ。まだあるからさ、もうちょっと付き合ってよ」
今度は……メールの送信履歴?
「読んで」
色々とありがとうございました。
好きな人が出来ましたので……。
久遠
「好きな人……って?」
小さく問いかけたおいらに、久遠はこっちを指差しながら呟いた。
「言ったじゃない。他に誰がいるの?」
「………」
目を合わせていられなくて俯いてしまった。
ヤバイよぉ、なんかちょっと泣きそう……。
- 495 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:14
-
そんなおいらに久遠は更に言葉を重ねてくる。
「でね……俺信用ないでしょ? だからさ、仕事替えてもいいと思ってるんだ」
その久遠の言葉に驚いて顔を上げた。
そんな事お構いなしに、飄々とした表情のままで話を続ける久遠。
「今の仕事って……まぁ、さっきみたいなこともあるわけだしさ」
「だって好きでやってるんじゃないの?」
「そりゃ好きだけど?」
「ならなんでそんな簡単に辞めてもいいなんて言えるんだよっ」
責めるように叩きつけたおいらの言葉に、さも当然のような表情で久遠が答えた。
「どっちかしか手に入らないなら……仕方がないかなってさ」
「………」
「だからさ、もうコレも要らないかなってね」
ヒュッ!
「えっ!?」
空を切るような音と同時に、綺麗に放物線を描いて海へ飛んでいったモノ。
ポチャン
- 496 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:15
-
波の音に紛れるように小さく聞こえた何かが水面を叩いた音。
今、久遠が投げて海にしずんでいったモノ……さっき久遠が手にしていたモノ。
そして今は久遠の手から消えてしまったモノ……さっき何度も見せられた携帯。
あの時ヤグチを無性に苛立たせた携帯。
久遠の仕事関係や友人のアドレスもメモリーされているであろう携帯。
「バイバーイ」
携帯の沈んでいった水面に、笑顔で手を振ってみせる久遠。
「バイバーイって……バカ! 自分でなにやったか解ってんの!?」
「これで多少は信じてくれるかな?」
「っ……」
自分の中でなにかが切れるのが解った。
そしてそれが…何がどうとか考える前に身体が動いていた。
- 497 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:15
-
ジャブ…ジャバ
携帯が沈んだ辺りめがけて海へ足を踏み入れた。
久遠じゃない……久遠じゃなかった……バカなのはおいらだったんだ。
「あっ、おいっ……」
「バカッ! うっさいっ!!」
久遠の制止の声も振り切ってザブザブと海へ入っていく。
腰の辺りまで海に入った時だった……足が地を離れて、気が付いたら後ろから腰を抱かれて持ち上げられていた。
「なにしてんだよっ! このクソ寒いのに!!」
「離せよぉ、拾いに行くんだからぁ……」
「よせって! あんなんどうとでもなるよっ!」
「ダメだよぉ…ダメ……拾わなきゃ……」
おいらは無我夢中でもがいたけれど、抱き上げる久遠の力に逆らえるハズもなくって。
久遠に腰を抱かれた状態のままで浜へ引き戻されてしまった。
二人して砂の上に座り込んで……久遠は何かを囁きながら、しゃくりあげるおいらの頬を撫でてくれていた。
- 498 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:15
-
…………
- 499 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:16
-
泣きながら「ごめんね」とばかり繰り返す真里を、少しでも寒さから守ろうとするように、膝の上に乗せた姿勢のまま抱きしめながら、俺は「真里のせいじゃない、大丈夫だから」と呟きながら涙に濡れる頬を拭うように撫でていた。
しばらくそうしていたけれど、陽の落ちてきた海岸の──ましてや二人とも身体の半ばまで濡れていたこともあって──その寒さは耐え難くなってきていて。
自分はまだしも真里に風邪でもひかせてしまってはと、彼女の肩を抱くように立ち上がらせ、車へ向かって歩き出した。
暖房を全開にして車を走らせながら、黙って俯いたまま助手席に座る真里に話しかけた。
「どっか手近な休めるトコ入るよ? イヤかもしれないけど我慢してな」
横目で真里の反応を窺っていると、返事こそ聞こえなかったけれど小さく頷いた事だけは確認できた。
走り出して数分で、道沿いに見えたラブホテル。
選択の余地はなく滑り込み、一瞬考えて、余計な飾り立ての為されていない、少しでも落ち着ける雰囲気の部屋を選んだ。
- 500 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:16
-
鍵を開けて部屋に入り、暖房と風呂のチェックをしてから、ドアの前で呆然と立ちつくしている真里に促した。
「先に風呂入っちゃいな? 服、乾かしておくから」
「っ……。うん、解った」
真里は何かを言いかけたみたいだったけれど、小さく頷いて素直に浴室に入っていった。
その間に自分でも濡れた服を脱いでバスローブを羽織り、暖房の風が直接当たるソファーに洋服を広げておいた。
「ふぅ……」
そうしているうちにバスルームから微かに水音が聞こえてきた。
俺はバスルームのドアを少しだけ開けて中を覗き、その奥のドア一枚隔てた空間でシャワーを浴びているであろう真里に声を掛けた。
「濡れた服…乾かしておくからさ。出たら取りあえずバスローブ着てな」
真里の服……腰まで海に浸かったのだから当たり前だけれど、パンツやパンティーはおろかシャツやジャケット、ブラまでも濡れていた。
「そっか、俺が腰まで濡れたんだものなぁ」
俺の胸くらいまでしかない真里は更に濡れていて当然だった。
さっきしたのと同じようにソファーに濡れた服を並べていく。
そんな作業を終えた頃、バスルームから真里の呼び声が漏れ聞こえてきた。
「……?」
- 501 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:17
-
バスルームのドアを少し開け、中を見ないように顔を出しながら真里に問いかけようとしたその時だった。
「ねぇ……」
さっきとは声の聞こえ方が違っていた。
余計な遮蔽物の無い、生々しい声。
そっと視線を上げていくと、浴室のドアが開いていて……そのドアの陰に隠れるように真里が立っていた。
「あのさ……入ってきなよ。久遠も…さ」
「あ〜っと、でもなぁ」
「ヤグチなら大丈夫だからさ。もしコレで久遠だけ風邪でもひいちゃったら、その方がヤグチはイヤだよ」
あまり余計な感情を悟られたくないかのように、少し早口で、でもハッキリと一息に喋る真里。
「……そっか、解った」
信用してもらえた……そう思っていいのかな。
でも調子乗って余計なコトして、またひっぱたかれて終わりにはしたくないからなぁ。
そんな事を考えながら、羽織っていたバスローブを脱いでそっと浴室のドアを開けた。
- 502 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:17
-
…………
- 503 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:17
-
──入ってきなよ。
自分でそうは言ったものの、さすがに恥ずかしくなって、バスタブに体を沈めて久遠が入ってくるのを待っていた。
そっとドアが開いて顔を覗かせる久遠が言った。
「失礼しま〜す」
「……プッ…アハハハッ、なにそれ? ……キャハハハッ」
「え〜っ? なにって言われてもなぁ」
「"失礼しま〜す"って……アハハハッ……おっかしいの、もぉ」
「やっと笑ったなぁ」
笑い続けるおいらの側に椅子を持ってきて座り込んで、真っ直ぐに視線を合わせながら久遠はそう言った。
「あっ、うん」
「店で見てた時に思ったんだけどさ、笑った顔がすっごいいいなって」
「そ、そうかな?」
「うん、全然いい。さっきまでしてたような顔も悪くないけどさ、かなり胸が痛かったからなぁ」
そう言いながら苦笑いを浮かべている久遠に、おいらは少し照れて笑いながら頷いた。
「うん、ありがとっ」
「うっし! 身体洗っちゃる。出なよ」
「え〜っ!? いいよっ! もう洗ったし…そんなの恥ずかしいじゃん!」
「今頃なに言ってんの。より綺麗に洗ってあげるから、出ろっ!」
「イヤッ!」
「なら力ずくでも……」
- 504 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:18
-
にやりって表現がピッタリの笑顔を作って、そんな事を言う久遠。
うわっ……目がマジだよぉ。
「あっ、待った! 解ったから。出る、出ますから、ちょっと待って。
出るから……ちょっとの間そっち向いててよ」
「……オッケー」
向こうを向いたのを確認してから、そっとバスタブから体を上げて、少し久遠から離れたところに椅子を置いて背中を向けて座った。
「いーよ?」
沈黙……返事がない。
そっと首だけ廻して後ろに居るはずの久遠に声を掛ける。
「久遠?」
そこにはなんかビックリしたような、呆然としているような、そんな顔をした久遠がさっきと同じ姿勢のままで座っていた。
- 505 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:19
-
「お〜い? なんとか言えよぉ、恥ずかしいじゃんかよぉ」
「おっ、あ、うん……可愛いなぁ」
「バッ、バカッ! もぉ〜、なんか余計恥ずかしいよぉ」
「ははは……さて、スポンジ・ブラシ・タオルどれが良い?」
「……タオル以外だったらどっちでもいい、かな」
「じゃあ素手で…」
スパァン!
「いった〜……そんなマジでひっぱたかなくても……」
「すっごいいやらしい顔してるんだもん!」
「ごめんなさい、じゃあスポンジでよろしいでしょうか?」
「……いいよ」
「では、背中から流させていただきます」
「うん、あんま見ないでね」
背中に当たるスポンジの感触がこそばゆいような、気持ちいいような、そんな微妙な感触。
肩口から真っ直ぐに腰まで滑っていくスポンジの感触。
- 506 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:20
-
スゥー
ゾクっとして……なんか泡に包まれたスポンジの当たり具合が……
「あんっ」
「ん?」
「……なんでもない」
サワサワ
「んっ……あ、あのさ」
「ん? なに?」
「もうちょっと力入れてくれない?」
「そう? あんまり力入れてやると、肌によくないかと思って」
「だ、大丈夫だから、ね?」
「ん、解った」
ゴシゴシ、サワ、ゴシゴシ
なんか力の入れ具合が……時々こう……明らかにワザとやってるなって思えるような微妙な力加減に変わるときがあって、ちょっと変な気持ちになっちゃいそうな時だった。
スルッ、ムニュ♪
「キャ!?」
「あっ……」
スポンジが脇に落ちていて、久遠の手がおいらの……む、胸を包みこむように触っていた。
さっきまでの事もあって無言で後ろを向いて睨みつけた。
- 507 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:20
-
「いや、違うんだ! じ、事故……そう事故で……」
「あっち向いて」
「え? あ、はい」
久遠が後ろを向いている間に、シャワーで泡を流した。
「今度はヤグチが洗ってあげるよ」
「え?」
振り向こうとした久遠の顔を両手で挟んで強引に向こうを向かせる。
「こっち向くな!」
「……はい」
さっき久遠が落としたスポンジを手にとって、更に泡立てて背中を擦った。
ゴシッ、ゴシッ
「っ……いっ……あ、あのさ、ヤグチさん?」
「なによぉ?」
ゴシッ、ゴシッ
「ち、ちょっと痛いんですけど?」
「そお?」
「あのね、ほら、もうちょっと優しく……」
「……うるさいなぁ、もう」
- 508 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:21
-
背中から脇へ、スポンジを軽く滑らせ……
「あ、ごっめ〜ん、手が滑っちゃった」
スルッ、ギュ
「ぐっ……」
「あっ…おっき……」
「ワザと……やった?」
久遠は振り向いておいらの表情を見ながらそう言い、更に言葉を続けた。
「聞くまでもない顔してるなぁ……」
「………」
「自分でやっといて赤面しないでくれる?」
「……あの、だってコレ」
「でさ、何時まで握ってんの?」
「イヤぁ〜ん!」
言われるまで気がつかなかったけど……そう、ソレを掴んだままだった。
跳ねるように立ち上がって、久遠に背を向けてしゃがみ込んだ。
「こっちのがイヤンだよ……お返しのお返しね」
ニュル
「あっ、ち、ちょっと……」
しゃがみ込んでいるおいらの後ろから、久遠の泡まみれの手が伸びてきた。
- 509 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:21
-
…………
- 510 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:22
-
人の大事なモノを散々握ってくれた──微妙に良かったけど──お礼に、両手一杯に泡立てて真里の身体に手を滑らせた。
「あっ、ち、ちょっと……」
「いいからいいから」
そんなことを言いながら、腰の後ろから滑らせ始めた手をお腹、そして胸へと廻していく。
「あ…んっ」
「ちょっと気持ちいい?」
「う、ん……」
ニュル
なんかソープみたいだな、っとか考えながら、大きくはないけれど形のいい、可愛らしい胸を包み込むように揉み、撫でた。
「あ、んんぅ…ちょっと、やん」
ニュルン
泡のせいで──勿論肌も綺麗でスベスベなんだけど──凄く、多少の力を入れて滑らせてもなめらかに胸の先端を刺激しながら動かせる。
「んぁっ、ぅん」
「こっち向いて?」
「ん、う…ん」
- 511 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:25
-
立て続けに与えられる刺激に、少しとろんとした反応だったけれど、首だけ廻らせてこちらに顔を向けた真里の唇に己の口を重ね合わせた。
チュ
「んっ」
チュプ
重ねた唇から漏れる淫靡な音がバスルームに響く中、互いの存在を求めるかのように舌を絡ませあった。
「っ、ぅん」
唇を合わせたままで胸を刺激していた手をゆっくりと下ろしていく。
クチュ
「ひっ、あぁ…んっ、くぅ」
「なんか全然準備OKみたいだね、もうすっかり……」
正直に応えてくれている真里の身体に、嬉しくてそんな軽口をつく。
- 512 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:26
-
「やっ、そんな…こと、シャワーのせい……あぁっん!」
「だってホラ……」
そのシャワーの水とは違うモノで湿っているトコロを刺激していた手を、一時離して真里に見えるように持ち上げた。
「あっ…だってぇ、久遠が…」
最後まで言わせることなく、再びその手を下に滑らせて更に敏感な部分を指先で転がした。
「ああぁっ、んっ…はぁ、ん〜ぁん」
椅子から崩れ落ちそうになっている真里の、腰に手を回して立ち上がらせバスタブの縁に腰掛けさせる。
「……ん…え?」
縁に腰掛けさせた真里の背中に手を廻して支えながら、長く深く、お互いを感じあうようなキスをした。
唇から首筋、首筋から胸元、そして柔らかなふくらみにキスをし、固くなっている先端を刺激するように舌先を這わせる。
「はぁ、ん…ああぁっっ」
ゆっくりと場所を変えていく唇、柔らかなふくらみを過ぎキュッと締まったウエストを通って更に下へと滑らせて。
「ひゃうっ! …くっ、あぁ、ん…あああぁぁ〜〜っ!」
濡れて妖しく輝きを放っている赤い小さなふくらみを刺激した途端に、一つ跳ね上がった声と共にビクビクと体を震わせる真里。
- 513 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:26
-
「もしかして、軽く達しちゃった?」
「はぁ……んっ」
問い掛けも聞こえているのかは解らなかったけれど、反応を見ればソレと解る程に真里はとろけてきているようだった。
あまり力の入っていない真里の身体を支えながら、バスタブの縁に手を掛けさせて後ろから自分の先端をあてがう。
「ん…あっ……こ、ここでしちゃうのぉ?」
「イヤ?」
「そ、そうじゃ……ん…ないけど……」
「もう我慢できない……」
耳元で囁きながらゆっくりと、少しずつ真里の中へと自分のモノを刺し入れていく。
ググッ
「くぅぁ……あっ…うあぁぁ、はぁん」
奥まで押し込んだところで一度動きを止めてみた。
無理な体勢ながらこっちを向いて、切なげな表情で口を開く真里。
「…はぁ、ん……く、くお、ん?」
「ん、なに?」
「あ、あの……」
求められている事が何なのか、解っていながら聞き返す。
そして聞き返しながら、腰を退く。
ズリュ
「あっ、うぅん…くぅん……」
抜けそうになる手前で、もう一度動きを止める。
- 514 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:27
-
「あっ…ねぇ、くおん〜……」
「動いて欲しいの?」
「ん……」
「言うのは恥ずかしいの?」
「っ…うん」
焦らしてあげようと思っていたのに、その表情が無性に可愛くて仕方がない。
「じゃあ頷くだけでもいいよ? 動いて欲しい?」
少し躊躇した後、こっちを向いた姿勢のままで、首だけでコクンと小さく頷いてくれた。
もうそれだけで充分だった…奥まで、深く、一息に突き上げた。
ズブブッ
「ああぁぁぁんぁ〜〜っ!」
一定のリズムを刻むように前後に、そして微妙に真里の内側を刺激するように、小さく円を描くように動く。
「あんっ…いいっ…ひっ、ああううっ…ああああぁぁぁあっ!!」
そうして動きながらも目の前にある艶やかな背中へと舌を這わせていた。
「あぁ……ひゃ…あっ、んん〜」
- 515 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:27
-
舌で背中を刺激し、両手は胸を優しく揉みしだきながら、身体を合わせていく。
奥へ達するときにだけ、より深く繋がるように、一番深い部分を貫くように、押し込むように動いた。
「あぁっ、そ、それ……い、いいっ、ああぁあああぁっ」
不意に真里の締め付けてくる力が跳ね上がった。
「くっ、ちょっと……」
「はぁん、あぁぁ〜〜っ……く、くおんも…いいの?」
「ああ、真里の…すごくね、うぁっ」
休むことなく動き続けながらも次第に真里の締め付けは強くなって。
おそらく意図してのことではないんだろうけれど、時に弱くなったり、不意に強く締め付けてきたり…。
とにかく絶妙によかった……相性がいいのかもしれない等と考えてる間にも互いの快感の度合いは増すばかりで。
「はあはあ…す、すご……くおん、うぁぁっ……」
「くぅっ!」
バスルームの中には二人の繋がりあったトコロがたてる淫靡な音。
そして二人の夢中になって愛し合う声が反響していた。
そして、それは次第に頂点に高まりつつあって……。
「はっ…んっ…ああっ…、もぉ…お、おかしくなっちゃうよぉ」
「良いよ、おかしくなっても……俺も、もう…すぐ」
その時真里の身体がガクガクと震え、その声が一際高く跳ね上がった。
「い、いいっああぁあああぁっ…イクッ…ああぁっいい、いっちゃう〜っ!!」
「うあっ!」
その直後、ビクビクと小刻みに痙攣している真里の可愛いお尻に熱くこみ上げてきたモノを吐き出した……。
- 516 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:28
-
…………
- 517 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:28
-
行為の余韻を楽しんだ後、身体を洗いあって、二人でバスタブに身を沈め、ゆっくりと暖まってからバスルームを出て。
今は心まで満ち足りた、心地よい疲労感に包まれて二人ともベッドでくつろいでいた。
部屋の中はかなり暖かくなっていた事もあって、おいらは一人で寝ているときのように裸で横たわって布団で顔まで隠し、右手だけを暖かな空気に曝していた。
久遠と繋がった右手だけは――。
久遠はおいらの横に座って、そっと手を握りながらこっちを見ていた。
少し気恥ずかしくて目を逸らしたままだったけれど、おいらの方から口を開いてみた。
なかなか恥ずかしくて聞けないことだけど……思い切って。
「ねぇ久遠?」
「ん? なに?」
話しかけられるのを待っていたかのような久遠の反応に、少し勇気づけられて言葉を続ける。
「あのさ、久遠ってさ、迷信とか占いとか……そんなの信じる人?」
「そうだな……いい事だけ信じるかな」
笑ってそんなありふれた答えを返してくる。
それじゃあ解んないじゃんかよぉ……ちぇっ!
――もう少し頑張ってみようかな。
- 518 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:29
-
「笑うなよぉ?」
「笑う? ん〜、解った、笑わない。続けて」
「あ、〜……」
「あ?」
「赤い糸って信じる?」
「……」
沈黙……そして。
「少し前から信じるようになったかな」
「えっ…?」
「ちょっと目ぇ瞑っててくれない?」
「な、なんでだよぉ?」
「いいから、少しだけ」
「解ったよ…これでいい?」
渋々目を閉じてジッとしていると、久遠がなにかコソコソと動き回っているような気配がしていた。
少し前からってどういう意味だろう……そうだって思っていいのかなぁ?
こうやって目を閉じていると自分の殻の中をグルグルと回り続けてばかりいるような気になる。
だから声を出すんだ。
自分の殻を破るために、信じられるその人を感じるために。
「ねぇ…すっごい気になるよぉ〜、ナニやってんだよぉ?」
「もうチョイね……もうチョイ、もうチョイ」
そんな事を言い続けている久遠。
しばらくそうしていると、自分の手…いや、指先に、ホンの微かになにか触れているような感触があった。
肌を掠めるような、こそばゆい感触。
- 519 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:30
-
「ちょっとぉ!? なにしてんの? 目ぇ開けるよ?」
「待ってって、後…三十秒」
「なんかくすぐったいんだってば」
「はい、いいよ、OK!」
ゆっくりと恐る恐る目を開けた。
まず視界に入ったのは久遠の悪戯っ子のような笑顔。
そして感じる、たわいもない、それでいて充分な充足感。
「見たかったのは俺の顔じゃないっしょ?」
「……解ってるよっ」
照れ隠しにワザと強くそういって目を逸らした。
逸らした先にあった久遠の手に……糸?
そう、何処から持ってきたのか――何処かからほぐしたのか――赤い糸が軽く括られていた。
その糸を目で追っていくと、おいらの指に軽く結われていた。
そっと顔を上げて、もう一度久遠の顔を真っ直ぐに見つめる。
久遠は、まるで子供が親にするような、「どう?」って……誇らしげで無邪気な笑顔をして見つめ返していた。
心に満ち溢れてくる温かい感情。
『あぁ…この人は大丈夫なんだ』って、そう思える。
確認するように顔のトコまで持ち上げた手、そこで気がついた。
大したことじゃないような気もするけど小さな疑問が口をついて出る。
「ねぇ、なんで薬指なの? 普通小指じゃない?」
「伝説って言ってたろ? こういうのもあるんだよ」
- 520 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:31
-
そう言って久遠が話してくれたのは、世に言う「赤い糸の伝説」の元になるギリシアの昔話。
伝説の登場人物を、今のおいら達に準えて、面白可笑しく、それでいて真剣に話してくれた。
そして薬指を選んだ理由、エジプトの昔話。
薬指にするエンゲージリングの由来にもなっているって話。
心で繋がる結びつきの話。
おいらはどちらも詳しく聞いたのは初めてだったから驚くことばかりで……。
でも最後まで聞き終えたとき、疑いは消え去り自然と言葉が零れていた。
一生を捧げるほどの結びつき。
「ヤグチってヤキモチ焼きだよ?」
「お手柔らかにお願いします」
苦笑いしながら言う久遠の顔を見ていたら、おいらもつられるように自然に笑みがこぼれてきた。
「バカっ!」
「今はこんなに細くて短い糸だけど…」
そう言って久遠は軽く手を挙げて、互いの繋がりがハッキリと見えるようにしながら言葉を続けた。
「きっと強くて丈夫な、何処まででも…何処にいても大丈夫って、そう思える糸になるようにするから」
「……うん、よろしくお願いしますっ」
――ゆっくりと2人で、素敵な糸を紡いでいこうねっ♪
- 521 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:31
-
end.
- 522 :名無し娘。:2006/11/26(日) 18:44
-
忘れてた。
一つ自己弁護しとこうw
これを考えたのは、その昔、やぐのプリクラ疑惑が出た頃でした。
娘。を辞める頃にもチョロッと書いたけど……今はもう書けないかな、やぐではw
- 523 :名無し娘。:2006/11/26(日) 20:32
- エロエロキタコレ
- 524 :名無し娘。:2006/11/27(月) 13:03
- 古い時代の設定っていうがいいね
- 525 :名無し娘。:2006/11/29(水) 22:52
-
さらしてからタイムリー(?)に記事が出て、なんか苦笑いな今日この頃。
>>523
あんたも好きねえ、とか書いた本人がどの口で言うのかと(ry
>>524
今のやぐであんなの書けないんで、ほぼ丸投げしたのが幸いしたんでしょうかw
さて。
一番最初にさらしたヤツの続き、いきまーす。
- 526 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:53
-
「ああっ! ったくうっとおしい。このクソ蚊めっ!」
茂みにしゃがみ込んだ俺は、人様の耳元で独特の音を響かせる厄介者を追い払う作業に追われていた。
なかなかすばしっこいこやつめは、スルリスルリと嘲笑うように俺の手から逃げていく。
「くそうっ! なんで俺がこんなこと……」
ブツブツぼやいてみてもはじまらない。
が、ぼやかずにもいられない。このやり場のない怒りをどうしてくれよう。
そもそもこんなことになったのは、あの一通の手紙が原因だった……。
- 527 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:53
-
…………
- 528 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:53
-
部活を終えての帰り道、最近変えた帰宅ルートの終わり近くにある嗣永家。
その門前に、制服姿のちっこい背中を見つけた。
ハデな音を立てながらチャリをフルブレーキで止めると、驚いて振り返った桃子と目があった。
「よっ」
「おかえりー」
「家の前でなんしてんだ?」
「んー、ちょっと」
「桃子……?」
あきらかになにか隠してる。そんな素振り。
ってゆーか背中に廻ってる手になにか持ってんだろ。
「なに隠してんだ?」
「な、なんでもないよ?」
えらく芝居がかったセリフだった。
ものすごくあやしい。
「おにーさんに見せてごらん?」
「なんか笑顔がコワイんですけどー」
「うっせー。ごまかさないで、ホレ、見せろ」
- 529 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:54
-
すっげー渋々といった風に差し出された桃子の手には、薄いブルーの封筒と同色の便箋が二枚。
俺の顔色を窺うように少しアゴを引いて伏せ気味に、チラ見してくる桃子。
「なんの手紙?」
「その……。読んでみて」
「いいのか?」
コクンと頷かれて二枚の便箋を手に取った。
……ん……ほう………………くっ。
心拍数が上がってきてるのが解る。
桃子の前じゃなければ、こんな紙切れ破いて捨てちまうトコだったろう。
「ラブレターだな。クラスメイトかなんかか?」
「うん」
「ん? そういえば……高橋って名前覚えてんなあ」
「あ、一回会ってる。少し前に、ここで」
「……アイツか」
思いだした。
チャリでここを通りかかったとかぬかしてた、ちょっとさわやか系のアイツか。
あの野郎……。
- 530 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:55
-
「で、どうすんだ。これ」
「どうって……?」
「いや、ほら……」
「こういう手紙って、何度かもらってるんだけどぉ。いつも知らない子だから友達に断ってもらってたの。
でも、これって知ってる人、っていうかクラスの子だし、それもなんか悪いじゃん?」
「行くのか?」
「……ついてきて、くれたりしないかなぁ、なんて?」
ヤバイ。
またこの目は……この少し下から見上げてくる“お願い”目線。
「な、なんでだよ」
「だってぇー……」
くっ、マズイ。
またのせられっちまうじゃねーか。
なんとか流れを変えないと。
- 531 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:56
-
「まさか付き合うのか?」
「違うよぉ、そうじゃないから。……ね?」
……可愛いな、くそっ。
「おねがい♪」
だからといって、そういつもいつも……
「ただいてくれればいいから。きてほしいの」
いつもいつも……
「ダメぇ?」
「し、しょーがねえな」
「ンフ♪ やっぱ優しいんだっ」
桃子の目線に勝てない自分が恨めしい。
結局押し切られた……というか流されたのだった。
- 532 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:56
-
…………
- 533 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:57
-
そしてこのざまだ。
どうせだったら隠れてないで、素直に彼氏だと言って姿を現せば良かったとも思わないでもない。
が、しかしだぞ?
もしもヘンに不機嫌になって、そんな風評を流されでもしたら、それは桃子のためにならないだろう。
うむ、仕方がないのだ。
などと考えている間に状況に変化が生じたようだ。
少し離れたベンチに座る桃子が立ち上がり、一歩二歩と動いた。
その向こうへ目をやると……例のさわやか君が走ってきたところだった。
一言二言交わしたらしい二人がベンチに腰を下ろし、なにかポツポツと話してるようだ。
くそう、話の内容が気になるけど、これ以上近づくのはマズイ気がする。
もしもの時だけしか俺の出番はない予定なんだからな。
遠目に見える二人は、和やかに会話を交わしているようだ。
桃子のヤツ、そんな笑顔でいなくてもいいだろうに……。
しばらくそんな二人を見つめていた俺は、急に今の自分を客観的に見てしまった。
――あれ? なんか俺、ストーカーみてーじゃん
勿論、桃子に頼まれてのことであって、自身で望んでいていることではない。
けれどこれは、状況的になんの言い訳もなく、ストーカーそのものだった。
- 534 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:57
-
「バカらしい」
一つ呟いて立ち上がろうと腰を上げたそのときだった。
桃子の声が聞こえた。
さっきまではほとんど聞こえなかったハズの声が。
木の陰から見た桃子は、さのさわやか君に肩を抱かれながら、困ったような笑顔を作っていた。
「なっ――」
出しかけた声を危ういところで飲み込んで、あらかじめ交わしていた約束を思いだした。
もしなにかあった場合、いかにも通りかかった風に姿を現す、そんな手筈になっていた。
今はまだ“もし”でも“なにか”でもないのかもしれないが、そんなことはもう知ったことじゃない。
心の中に次々と浮かび上がってくる言葉を押さえながら、努めて冷静に隠れ場所から出て行く。
- 535 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:58
-
「桃子ぉー」
今きたばかりだというように、さりげなく冷静に。
その声で俺に気がついた二人は、元の距離感を取り戻して普通を装う。
くそったれめ、見てたんだよこっちは……ああ、ムカムカする。
「なに? デートか?」
「違うよぉ、全然そんなのじゃないから」
もうすっかり普段の桃子に戻った声で、いつもの笑顔を見せる。
「おばさんが呼んでるってさ。携帯繋がらないって言ってたぞ」
「あれ? そう?」
そしてなにも言わずに――言えずにか――いるさわやか君に向き直って、少し申し訳なさそうに話しだした。
「じ、じゃあ、ゴメンね。私、そういうことだから、ね。また学校で」
「あっ……うん。……わかった」
「ほれ、桃子。行くぞ」
「うん。じゃあ」
- 536 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:59
-
なにごとも無かったように先に歩く俺の後で小さな足音が聞こえる。
桃子は黙ってついてくる。俺もなにも言わない。
今、振り向いて口を開いたら、余計なことを口にしてしまいそうだからだ。
やっぱり行かなきゃよかったんじゃないかとか、あんな笑顔みせやがってとか。
あのさわやか君の方がいいんじゃねえの? とか、肩なんか抱かれやがって、とか。
無性にイライラするし、ヤになるくらいザワザワする。
あのまま放っておいたらキスとかされちまったんじゃないだろうか。
――キス? 桃子が?
ふと浮かんだ考えにますます腹立たしくなる。
一応、デートらしいデートもしていないとはいえ、付き合ってる……ハズの俺でもしてないのに。
あのさわやか君が桃子のくちびるを……桃子のくちびるを……
ぷにぷにしてんだろうなあ……キスじゃなくてもいいから触りたいな。
人差し指でそっとつついてみたりして……ぷにゅ、なーんてなっ、チクショウめ。
――あー、キスしてぇ!
- 537 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:59
-
「キス、したいの?」
「当たり前じ――、はぁっ!?」
後からかけられた笑うようなリズムの声に返事をしかけて、ハッと気がついて振り返った。
少し恥ずかしげに口元へ手を添えた桃子が、急に振り返った俺をビックリした顔で見つめている。
「い、今なんて?」
「だーかーらぁー、キス……、したいの? って」
「な、な、な……なん」
「今、言ったじゃん?」
クスクスと微笑みながら問いかけるように語尾が上がる独特の話し方。
どうやらまたやっちまったらしい……ちゃんと付き合うようになってからは注意してたのに。
あのさわやか君に苛ついてた分、そっち方面への注意がおろそかになってたらしい。
- 538 :『さいさん』:2006/11/29(水) 22:59
-
「し、したいって言ったらさせてくれんのか?」
「えぇー? どーしよっかなあ……そんなにしたいの?」
「そ、いや、別に、そーでもないけどさ」
「えー? どっちよお」
「し、そんな、別にっ!」
「そっかぁ……」
そう言って桃子は後ろ手に組んで歩き出した。
――しまった!! ついヘンな意地はって……うあぁぁぁ!!
- 539 :『さいさん』:2006/11/29(水) 23:00
-
素直に言えばよかった。
今のタイミングだったらアリだったのかもしれないのに……
せっかくのチャンスを逃がした自分を悔やんでいると、桃子が俺の横をすり抜けて追い越していく。
なにか話すべきかと差し伸べた左手が空を切る。
俺の手を避けるようにクルリとターンした桃子が真正面に向き合って、つま先立ちで……
「今日のお礼だよ」
一瞬肩へ置かれた桃子の手が、また背中で組まれて、なにかリズムを取るように小さく揺れながらそう言った。
そう言った、くちびる。
くちびるが……やわらかかった。
「一々聞かなくってもいいからぁ。今度はそっちから……ね♥」
俺はゆるゆるになりそうな頬を精一杯引き締めて、「おう」と小さく返事を返した。
心の中ではガッツポーズをしながら大声を上げて吠えまくってたのは言うまでもない。
- 540 :名無し娘。:2006/11/29(水) 23:01
-
おしまい
- 541 :名無し娘。:2006/11/29(水) 23:02
-
ぐはっ!
最後で名前欄間違えたorz
さて、次はなににすっかなあ。
- 542 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:20
-
それはとても久しぶりの事だった。
浴びるように酒を飲み、酩酊に近い状態。
ふわついた足どりで歩む帰路は、アルコールの力を借りてもなお、冷たい風が頬に痛くすらある。
そんな冬の夜の事だった。
おそらく酔ってさえいなければ通らないような道だったであろう。
かえって回り道になる、公園を横切るように抜けていく道程。
酔いに任せた気まぐれで足を向けた公園内。
薄汚れた電灯が数本、相応の広さを誇る空間を照らし出してはいたが、その明かりは儚いまでに微弱だった。
そんな薄暗い公園の中を、遊具の間を縫うようにゆったりとした足どりで進んでいた時。
不意に感じた痛みに顔をしかめて足元を見ると、なにかを踏んだ拍子に足首を少しばかり捻ったようだった。
- 543 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:21
-
ぼやきつつも暗がりで目を凝らして見る。
酔眼を細め、バランスを崩した原因に焦点をあわせていくと、それは小ぶりなスニーカーだった。
のみならず。
そのスニーカーには足首がついていた。
無論、猟奇的な殺人事件などであろうはずもなく、視線を移せば足首から上もついていたのだが。
死んでたりしないよな?
と、誰に問うでもなく口にのぼった言葉に想像は膨らみ小さく身震いをした。
足先を踏まれても身動ぎ一つせずに倒れている人影。
アルコールのまわった頭でなんとすべきか考えた。
- 544 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:22
-
1. とりあえず警察でも呼んでやるか。>>546
2. どうするにせよ、まずは様子をみてみないとな。>>551
3. 放置に決まっている。厄介ごとはごめんだ。>>558
- 545 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:22
-
…………
- 546 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:23
-
携帯を切ってから待つこと数分。
キコキコと耳に障る音を響かせて自転車に乗ってやってきた警官。
「あんたが通報した人? で……これ? どれどれ」
おっとりした口調だが面倒事であることを隠そうともしない警官がそう俺に確認すると、よいしょと膝を屈めて確認作業に入った。
詳細に調べるまでもなく、ただ単に泥酔して潰れているだけだったらしい。
「ダメだねぇ、こりゃ……完全に潰れてるよ。知り合いじゃないんだった?」
改めて違うと告げると、小さく溜息をつきながら立ち上がった警官は困ったように口を開いた。
「派出所まで運ぶから。あんたその自転車おしてついてきてくれんかね」
一応、簡単な調書を取るし。
そう付け足した警官の言葉は、要請ではなく命令だと酔った頭ながらに考えた。
が、しかし、逆らうのはどうにもうまくない。
頭の中で、余計なことしなきゃ良かったとぼやきながら自転車へ近づいていった。
- 547 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:23
-
担いでいた人間を派出所の奥へ押し込み、腰を叩きながら戻ってきた警官。
一通りの事を聞き終えると探るような口調で聞いてきた。
「あんた…あれ、誰だか知らなかったのかね?」
なにを聞かれているのか解らなかった。
いや、言葉面通りにとるならば、答えは“知らない”、先程から告げていることだった。
聞かれている事の真意が解らず眉を顰めていると、警官は少し顔を近づけてきながら囁いた。
「あれな…TVで見たことないか? 藤本美貴とかいう芸能人だな。娘がファンなんだよ」
一瞬考えて、その名前と顔が結びついた。
暗い上にパンツルック、相当に着込んだらしく体型もうかがえなかった。
おまけにしっかり巻き付けたマフラーにサングラスと帽子。
解らなくても無理はなかろう、そう思いながら、心の何処かで惜しいことをしたと感じていた。
その“惜しい”が、どう、何が惜しいのかハッキリしないままにそう感じていた。
- 548 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:24
-
その表情をどう受け取ったものか。
警官はさっきまでとは違い、やや馴れ馴れしいとも思える口調で話し出した。
「あの藤本美貴がな、ああも泥酔してるとはねぇ。こりゃあ……な」
適当に相槌などうっていると、グッと身を寄せてきた警官が首に腕を廻すようにしながら囁いた。
「……一緒にやっちまうか」
警官のあまりに信じがたい発言にしばし硬直状態だった。
が、その意味を理解したその時、凄まじい勢いで頭に血が上るのが解った。
- 549 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:24
-
1. 甘美な誘惑に逆らえるはずもなく、便乗させてもらおう。>>560
2. そんな極悪な行為に走れるわけがないと、激発する。>>569
3. とりあえず乗ったフリだけして、それから考えよう。>>572
- 550 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:25
-
…………
- 551 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:25
-
まさかとは思うものの、恐る恐る鼻先に手を伸ばしてみると、掌に感じる微かな息遣い。
一つ安堵の息をはいて揺り起こそうと試みた。
揺すっても叩いても、全く返ってこないリアクションに、先程から湧き上がっていた疑念を確かめる事にした。
コートの裾を少々捲り上げ、ゆったりとしたパンツの上に手を伸ばした。
予想は的中したようだった。
その感触は男の尻とは比べものにならない柔らかな弾力を伝えてきた。
ついついモゾモゾと動きそうになる手に、グッと自制して一つ溜息をついた。
はてさて、どうしたものかと考える。
男だったら蹴っ飛ばしてでも起こしてやれば、後は放置で構わなかろうものだった。
が、女を蹴り飛ばせるタイプではないと自覚していた。
少し考えて、仕方がないと溜息を一つ。
俯せの両脇に手を突っ込み、今起きてはくれるなよと祈りながらグッと力を込めた。
何とか自身の体に寄り掛からせてバランスを取ると、極めて小さくなった相互の距離に鼻腔をくすぐる甘い匂いが刺激的だった。
邪念を振り払おうと小さく首を振り一息に身体を捻って、驚くほど華奢な身体を背負った。
家まで残り数分だったハズの距離が長く、短く感じた不可思議な冬の夜だった。
- 552 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:25
-
普通に歩けば数分の距離だが、軽いとはいえ人一人、そして相当に廻っていたアルコールは著しく身体に負担を強いた。
背中に荷物をしょったまま、不自由な姿勢で四苦八苦しつつも鍵を開け部屋に入る。
やっとの思いで彼女をベッドに放り込み暖房を強めにつけて寝室を出る。
キッチンで冷蔵庫から引っぱり出したミネラルウォーターを一口飲み、酔いを覚ますためのシャワーを浴びに向かった。
熱いシャワーで汗を流し、締めに冷水を浴びて意識を覚醒させ、腰にタオルを巻いて頭を拭きながらバスルームを出た。
そのままでキッチンへ足を向けかけて、ふと気がつく。
封を開けたままでリビングに置きっぱなしになっているミネラルウォーター。
それでいいやとボトルを取りに向かった。
テーブルに置いてあったボトルに手を伸ばしかけたその時。
カチャっと静かな音と共に寝室の扉が開きさっきの女が姿を現した。
「………」
無言で見つめ合うこと数秒。
女の肩が大きく動いた。
どうやら息を吸い込んでいるらしい。
動きピタリと止まった瞬間、弾けるように動いた身体は数歩分の距離を詰め、ぶつかるように空間を埋めた。
- 553 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:26
-
「んむぅー!」
手で塞いだ口元がモゴモゴと動き、間に合わなかったら絶叫に近い声量で叫ばれていたであろう事を感じさせた。
暴れる女を必死に抑えようと苦心しながらも口から手は離せない。
そんな状態は二人のバランスを崩すのには十分だったらしい。
後ろに傾く女に巻き込まれるように寝室側へ倒れ込んだ。
それでも口から手を離さずにいられたのは僥倖だったろうか。
「んんんー! んむー!!」
なにか訴えかける女に、一から事情を説明していく。
最初はモゴモゴ言い通しで、話など聞く状態ではないようだったが、幾度か繰り返すうちに少しずつ納得してきたらしい。
険しい顔で眉間によっていた皺が消え、懐疑的だった表情は恥ずかしげなものになっていた。
納得したかどうか、大声を出さないかどうか問い、コクコクと頷くのを確認してゆっくりと手を離していく。
「ぷはっ…はぁー……」
- 554 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:26
-
大きく深呼吸してのし掛かるような姿勢であることに気がつき飛び跳ねるように身体を離して、慌てて釈明した。
女はそれに耳を傾け「気にしてんの?」と笑いながら言った。
二人で寝室のカーペットの上に座り込み、少し落ちついた状態になってやっと気がついた。
部屋に運び込んだ女が誰だったのかということに。
女を指差し口を開けはしたがなにを言うべきか迷う間に、女の方が先に口を開いた。
「あっ! もしかして今気がついた? えっへっへ……気がつかれないんじゃ悲しいもんねー」
そう、この目の前にいる女は、国民的アイドルグループとか言われる……言われた? モーニング娘。の藤本美貴だった。
目の前に座っている藤本は、いつの間にか帽子もサングラスもマフラーも取り払っていて。
コートも脱ぎ、たっぷりとしていたセーターも脱いでいた。
酔っているとはいえこんなに無防備でいいんだろうかと余計な心配をしてしまった。
「あぁ…暑いんだもん」
俺の表情を読んだのか、そう話す口調はいまだ酒気をたっぷりと帯びていると解るものだ。
待っていてと一言残し、冷蔵庫から冷えたペットボトルを持ってきて手渡すと、彼女は嬉しそうにキャップを捻った。
- 555 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:26
-
傾けられたボトルはみるみるうちに澄んだ液体を彼女の中に落とし込む。
その姿の無防備さ。
クっと上がった顎から喉元に続くラインは吸い寄せられんばかりに美しかった。
満足げにボトルを置いた彼女は薄く微笑み、その口から僅かに溢れた水が胸元へと伝っていた。
セーターの下は薄いシャツで、少しはだけた胸元へ伝う液体は淫靡ですらあった。
それに目線を遣った藤本は、顔を上げるとクククと小さく喉を鳴らすように笑った。
その笑いはまるで……
- 556 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:27
-
1. まさか……誘ってるのか?>>578
2. まさか襲われるんじゃ?>>585
- 557 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:27
-
…………
- 558 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:28
-
酔っぱらってはいるものの、明日の仕事にも差し障りがあるといけない。
そう考え、足音を殺して、そっと後ずさりして公園に背を向けた。
翌日。
何事もなく仕事を終え、帰宅した俺は、何気なくつけたTVに釘付けになった。
『──にある公園でTV等で活躍中の──さんが死体となって発見されました』
ニュース原稿を読むアナウンサーは沈痛な表情を作り、淡々と書かれいる内容を口にしていた。
俺は自分の選択を後悔する日々がしばらくの間は続くだろうと、頭の片隅で冷静な声が響くのを聞いたような気がした。
end.>>542
- 559 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:28
-
…………
- 560 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:28
-
警官は派出所の入り口をロックして、奥へと進み掛けた所で手招きをしてきた。
警官は喜色満面の笑みを浮かべ、さも楽しげに行動に移った。
手錠とロープで四肢の自由を奪い、しっかりと留められていたコートの前を開き、高級感溢れるセーターをたくしあげた。
「さすがに芸能人ってのはブラまで高そうだな」
制服の背中越しに覗き見えたキャミからのぞくそれは、今までのどの経験よりも淫靡なものを感じさせる。
半ばまで捲り上げられたセーターに隠れている、そんな微妙な状態が、感じたことのない感覚を刺激していた。
電灯の明かりを映して繊維がキラキラと光り、小さいけれど形の良さそうな双丘を強調するように見える。
「この完全に脱がさないってのがたまんねぇんだよ……」
独り言のように呟く背中に心の中で同意しつつ続きを促した。
傍らに置いてあったハサミに手を伸ばし、キャミの肩紐部分を切り裂きブラが露わにされた。
ゆっくりと指先をブラの隙間へ差し込み、それに逆らおうとする胸の弾力さえ楽しむようにジワジワと顕わになっていく白い乳房。
一瞬、動きが止まったかと思うと、クイっと浮かせて一気にブラがずり上げられた。
「ほぉ〜……」
- 561 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:28
-
完全にさらけ出された胸元に違和感を感じたのか、藤本は小さく震えると同時に天井を向いたままでうっすらと目を開いた。
二、三度瞬きすると拘束された手足を動かそうと身動ぎをして、やっと己の置かれた異質な状況に気がついたらしい。
「な、なに? あんた達…ここ……っ!?」
「お目覚めか? まぁ、マグロじゃ面白くねぇからな」
蛍光灯の光に照らし出された乳房に手を伸ばしながらいやらしく警官が呟いた。
急激に覚醒した中、自身の状況に戸惑いながらも、その行為による嫌悪感をむき出しに声を上げた。
「ち、ちょっと…イヤ、なにしてんのよっ! や、やめて……触んなよっ!」
そう叫んでやっと警官の後ろにある存在に気がついたらしい。
僅かな希望に縋るように、懇願するような目で助けを請うた。
「あ、あんたっ……助け──」
「バカか? この状況でここにいる人間が助けてくれるとでも思ってんのか?」
何かを言おうとするよりも早く警官が口を開いた。
出来るものならばその目で睨み殺そうとせんばかりの双眸を警官に向け、藤本は悔しげに歯を食いしばっていた。
が、警官にはより喜悦を呼び起こす要因らしく、その目を見ながら行為を再開した。
- 562 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:29
-
「っ!? ……ヤ、イヤぁ……あんた警察でしょ! なんでこんな──」
「警察が全部正義の味方だとは限らないだよ……いやいや、日本は治安が乱れてきてるんだな」
からかうように茶化した台詞を吐いたその口で、淡い色の乳首にむしゃぶりついた。
唾液に濡れる胸を、なんとかしていやらしく蠢く口元から離そうと力を込める。
が、それすらもまた楽しみであるらしく、逃れようと身動ぎする身体のいたる所へと指先を、そして舌先を這わせた。
「やっ、…ふざけんなよっ!」
「うるせぇ!」
口と同時に手が動いていた。
容赦のない力任せの平手打ちに、藤本は側頭部を畳に打ち付けグッタリとなった。
かろうじて意識は残っているらしく、小さな呻き声が洩れ聞こえていた。
「喘ぎ以外の声は認めねぇんだよ」
警官は満足そうに呟き、ゆったりとしたパンツと同時にパンティーまでも引き下ろした。
半ば無意識に脚を閉じ拒もうとしたようだったが、ロープで開き気味に固定された両脚ではそれも出来ず。
ただ無意味に力が込められたことだけをキレイに張った両の太股が教えていた。
隠されるべき秘部は蛍光灯の光に照らしだされ、欲望の元へさらけ出されていた。
- 563 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:29
-
「ご開帳〜ってトコだ。じっくり拝ませてもらうぜ」
いやらしい笑みを浮かべる警官の指は、薄目の恥毛を撫でるように動き、その秘部の形をなぞりだす。
むき出しにされた感覚と生身が触れる感覚。
それは激しい拒絶を呼び起こしたようだった。
「──っ! っ! 誰かぁ!!」
大きく一声、それに続けて声を上げようとした藤本に、なんの躊躇もなく、握り拳を振り下ろすことで応える警官。
ガッっと鈍い音が聞こえ、乱れた長い髪に隠れた口元かららしき血が畳に散った。
「ダメだって言ったろうが……ちっ! さっさとやっちまうか」
言うやテーブルに置かれたコップに手を伸ばし、その中の透明な液体を口に含んだ。
どうやら呼び出されるまで飲んでいたであろうカップ酒らしい。
当然のように濡れてもいない秘部に霧吹きのように吹きかけ、指先で膣内へ湿り気を塗り広げた。
制服の下だけを手早く脱いで、いきり立っている己の男根を握り秘部に押し当てる。
「……い、いやぁ……」
小さな嗚咽に隠れて聞こえる藤本の声からは、すでに抵抗するだけの力は失われているように感じられた。
押し当てられた男根を拒むように閉じられた秘部を、割って入ろうとするその行為に対する拒絶感、嫌悪感からの声。
- 564 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:29
-
「う、あぁぁっ! 痛っ、痛い! やめて、お願いだか──」
無理矢理に挿入された異物は、藤本には痛みのみしかもたらさない。
「おぉ…さすがになかなか」
「やだっ、やめてぇ……うぅっ」
ほとんど濡れてなどいないために、警官が腰を前後するたびに膣壁が擦られているのだろう。
切れ上がった瞳からポロポロと涙をこぼしながらそう哀願していた。
既に行為に没頭しだしている警官は、そんなことには頓着せずに腰を振り続けている。
「いやだぁ…い、痛っ…痛いよぉ……」
押し入れられた嫌悪すべき異物が与える感覚に、洩れ落ちる言葉すら弱まっていく。
そんな反応に拘ることなく、己の欲望にまみれたペニスを深く差し入れては引き、差し入れては引きを繰り返していた。
「うっ……しかし思ったよりも使い込んじゃいねぇようだな。すげぇ締めつけだぜ。……お?」
いたぶるように投げつける言葉を吐きだした表情が、不意に更なる喜びをまとったものに変化した。
無理矢理に、力任せに近かった腰の動きが少しずつ滑らかなものになっていく。
- 565 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:30
-
「ハッハッハ…くっ……締めつけてるだけじゃなく、濡れてきてるようだな。
アイドルの藤本美貴様が、こんな冴えないオヤジにぶち込まれてグショグショになるのか!」
「うっ…うぅ…やっ…っ……」
藤本は屈辱感に打ちのめされ、さりとて抵抗することも、顔を隠すことすら出来ないままで。
ただ突き入れられるペニスに迂闊な声など漏らさぬよう歯を食いしばり顔を背け、ただこの地獄のような時間を耐えていた。
「あぁ、あまり締めつけるもんだからそろそろ限界だぜ」
抵抗の緩くなった腰の動きを一層早め、喘ぐように藤本の耳元で囁いた。
少しでも離れようと、より顔を背けた藤本は、自身の体内で蠢く汚物に微妙な変化を感じたらしい。
膣内で出される、そう思ったのだろう。
なにか叫ぼうとした瞬間、警官の腰が大きく退かれ、正面を向いた藤本の顔面に、白濁した液体を吐き出した。
「うあっ!」
とっさに眼を閉じた藤本の瞼に、柔らかな唇に、なめらかな頬に、緩く波打った髪に。
欲望の全てを吐きかけた警官は満足そうに腰をおろし大きく息を吐いた。
- 566 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:30
-
「さて、お前さんの番だ。好きなようにやっちまいな」
その言葉に誘われるようにフラフラと近づくと、藤本は放心したようにグッタリと動かなくなっていた。
胸元から膝まで、白い肌をさらけ出したままで。
ただ自身を襲った現実から目を背けるように顔だけを長い髪で隠したままで。
蛍光灯の光の下で、改めてみるその身体は欲望を呼び起こし理性を奪うのに十分だった。
収まりのつかなくなっていたペニスを引き出すや、なんの前振りもなく藤本を貫いた。
「うあぁ、あっ…んんっ」
一つの悪夢が過ぎ去り、気の抜けていた藤本の口から洩れた声。
それまでの屈辱や痛みからの声とは音色の違う声だった。
荒い息を吐きながら、貪るように乳房を揉みしだき乳首を口にし腰を振っている行為に反応した声。
「やっ、くぅ…あぁ、ん……はぁ」
嫌悪の中にも甘さが混じり、屈辱の底に喜びが隠れていた。
腰に手を遣り突き上げるように押し入れられるペニスに、湧き出す愛液は畳を濡らし、紅色の乳首は硬さを増してその存在を主張していた。
「ああぁん、やっ、んぅ…ひぁ!」
- 567 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:31
-
突き上げる速度は勢いを増し、藤本の身体は拘束された限度の中で跳ねるような反応をしていた。
漏らすまいとしていた甘い声は堪え難いところまできているようで、食いしばる口を割り、狭い空間に響いた。
「いっ…いい、いや、ああぁー…んぅ、あっ」
次第に激しい腰の動きに同調するように小さく腰を動かす自身の身体を恨めしく思いながらもそれを止めることが出来ずにいるようだった。
「あぁ、あぁん、くぅっ……もう、だ……だめぇぇぇ!!」
藤本はは膣内に熱いほとばしりを感じながら、ビクビクと細かく震え、畳の上に腰を落とした。
秘部から白濁した濃厚な性をしたたらせ、悦びとも苦しみともつかない表情を浮かべていた。
end.>>542
- 568 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:31
-
…………
- 569 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:31
-
今まで大人しくしていたところへもってきての激しい反発に、警官は驚きの表情で見かえしている。
時をおくにしたがって、当初の驚きから立ち直ると、居直るように猛々しい表情を見せだしてきた。
「手を出す気がないんならすっこんでろ。とっとと家に帰って全て忘れて寝ちまえよ」
歯をむき出しにして凄んでみせるようにそう言うと、その存在などなかったかのように奥へ向かって動き始めた。
その人を人とも思わない態度に、意志とは別の所で身体が動き、警官の肩口を掴んだ。
「あっ? なんだ、まだいたのか。……ヤメロ? 帰んなよ、あんちゃん」
まるでハエでも追い払うような手振りだった。
その直後、警官の身体は入り口へ叩きつけられていた。
戸口にグッタリと倒れ込む警官を一瞥して奥へと続く戸を開けた。
- 570 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:32
-
奥へと踏み込もうとしかけたところで、まだ酔い潰れていると思った藤本と目があった。
申し訳程度に敷かれた布団の上で上体を起こし、自身の置かれた状況が掴めず困惑したように両手を己の身体に廻していた。
簡単に要点だけに絞って事情を説明し終えると、話の途中から固く強張った頬がほんの少しだけ柔らかみを帯びたようだった。
早く此処から連れ出して無事に送り届けようと差し伸べた手は、不意にその動きを止めた。
そして全く同じタイミングで、差し伸べられた手を取ろうとしていた彼女の表情が疑念に歪んだ。
彼女の目に映る光景。
それは頽れる男と、その陰から覗く狂気に歪んだ制服の手元から立ちのぼる薄い煙だった。
彼女の耳に聞こえる音。
それは小さな呻きと醜い哄笑だった。
そして、それはさして長くもなかった俺の人生が終わりゆく時だった。
end.>>542
- 571 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:32
-
…………
- 572 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:32
-
警官は派出所の入り口をロックして、奥へと進み掛けた所で手招きをしてきた。
その表情は、これからの行為で頭が一杯のようで、己の欲望に見にくく歪んで見えた。
俺が参加する、しないに関わらず、やる気だったのだろう、すでに藤本の身体は自由に動く余地などほとんど無いように見えた。
警官は手錠とロープで四肢の自由を奪って、しっかりと留められていたコートの前を開き、高級感溢れるセーターをたくしあげた。
「さすがに芸能人ってのはブラまで高そうだな」
制服の背中越しに覗き見えたキャミからのぞくそれが、目の前にいる警官の本気さをハッキリと悟らせた。
半ば捲り上げられたセーターに隠れている、そんな微妙な状態が、警官の薄汚い心根に対する憤りを駆り立てた。
電灯の明かりを映して繊維がキラキラと光り、整った双丘を強調するように見える。
「この完全に脱がさないってのがたまんねぇんだよ……」
半ば独り言のように呟く背中を心の中で罵倒しつつも今は機会を窺うべきだと言い聞かせる。
傍らに置いてあったハサミに手を伸ばし、キャミの肩紐部分を切り裂きブラが露わにされた。
ゆっくりと指先をブラの隙間へ差し込み、それに逆らおうとする胸の弾力さえ楽しむようにジワジワと顕わになっていく白い乳房。
一瞬、動きが止まったかと思うと、クイっと浮かせて一気にブラがずり上げられた。
「ほぉ〜……」
- 573 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:32
-
完全にさらけ出された胸元に違和感を感じたのか、小さく震えたと同時に天井を向いたままでうっすらと目を開いた。
二、三度瞬きすると拘束された手足を動かそうと身動ぎをしてやっと異質な状況に気がついたらしい。
「な、なに? あんたたち…ここ……どこっ!?」
「お目覚めか? まぁ、マグロじゃ面白くねぇからな」
蛍光灯の光に照らし出された乳房に手を伸ばしながらいやらしく警官が呟いた。
急激に覚醒した中、自身の状況に戸惑いながらも、その行為による嫌悪感をむき出しに声を上げた。
「ち、ちょっと…イヤ、なにしてんのっ! やっ、……触んな!」
そう叫んでやっと警官の後ろにある存在に気がついたらしい。
僅かな希望に縋るように、懇願するような目で助けを請うた。
「あ、あっ……助け──」
「バカか? この状況でここにいる人間が助けてくれるとでも思ってんのか?」
何かを言おうとするよりも早く警官が口を開いた。
「ヤダ…イヤぁ……くっ」
「へへへっ、お前も参加していいんだぞ」
振り向いてそう話す表情、口調。
それに触れた瞬間、込み上げてきた感情に機を窺うも何もなくなっていた。
- 574 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:33
-
藤本に向き直った警官の髪を掴み仰け反らせるように容赦なく引き寄せる。
「ぎゃっ!」
突然の痛みに悲鳴をあげる警官の喉元に手を伸ばし、爪が食い込むほどの力を込めて締め上げた。
驚きと苦しさに歪む顔に、一言「鍵」とだけ告げて空いた手を差しだした。
「グッ…、っ……」
絶え絶えの呼吸に顔色を青くしながら、締め付けられている喉元にその動作を制限されながらも微かに頷いた。
それを確認すると同時に、差しだした方の手を急かすようにクイクイと動かすと、すぐさまその掌に小さな金属製の鍵がのせられる。
その鍵を一瞥し、本物であろうと確認すると、締め上げていた方の腕を強く振るい警官を畳に叩きつけてやった。
「カハッ! ゲッ──」
苦しみから解放され、酸素を求め喘ぐ警官を横目に藤本の両手を拘束していた手錠を素早く外した。
そして振り返り、まだこちらに背を向け喘ぎ続ける警官の左腕を捻りあげた。
「ぐぁ!? 痛っ──」
力任せに畳へ叩きつけて手錠を掛け、背中に押しつけ自由を奪いながら右腕を取る。
拘束されると理解した警官が暴れ出そうとするよりも早く、金属的な音を響かせながら手錠はその役割を果たした。
手近にあったタオルを猿ぐつわにして騒がれる心配もなくす。
そして自由を奪われた警官の耳元に一言二言トドメ代わりに口外出来ないであろう旨を囁いて、藤本の元へ歩み寄った。
- 575 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:33
-
脚を縛り付けていたロープを自分でほどいた藤本は部屋の隅で座り込んでいた。
身を守ろうとするように、それとも震えを止めようとするかのように両手で身体を抱き、じっと一連のやりとりを見ていたようだった。
強い疑念と怯えの目を向ける藤本に、少し離れたままでこれまでの事情を一から話した。
一通り話し終えると、少しだけばつの悪そうな顔をしながら携帯を取り出して「良い?」と目で問うてきた。
手振りで「どうぞ」と促すと、微かに表情を緩めて何処かへ電話をかけ出した。
部屋の外へ出てから待つこと数分。
「あの…助けてもらったんですよね」
携帯をしまった藤本は、なにをどう話すか迷う素振りをみせながら口を開いた。
一瞬考えて頷くと、藤本は何故かおかしそうに笑った。
「あっ、ごめんなさい……どうもありがとうございましたっ」
笑いだしたことに対するものだろう、一つ詫びると少し間をおいて、ふてくされているような礼をされた。
微妙に泳いでいる目や、その表情をみるに、それが今の精一杯の気持ちなのだということが窺えてきた。
しばらくどちらも口を開かないままでいると、バッグの中にしまわれていた携帯が鳴った。
会話の内容に耳を澄ましていると、どうやら迎えが近くまできたらしい。
- 576 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:33
-
「あっ…アタシ行かなくちゃ」
同じタイミングで立ち上がると、少しだけ見あげるようにしてそう言った。
何か言わなければならないと思っているようで、口を薄く開いたまま、もどかしげな顔を見せた。
流した視線の先の何かが目にとまったんだろう。
隅にあったデスクでこちらに背を向けてなにやらしていた藤本は、振り向きざま睨むような目で言った。
「暇があったら電話して」
それは噛み付くような口調で。
困惑して紙片を受け取ると、くしゃっと笑って言葉を足した。
「ねっ!」
紙片に目を落としてしっかりと頷いて見せた
すると藤本はニッと歯をみせて笑顔を作り、一言残して走り出した。
「またねっ!」
またね……か。
意外な事態にこの先を想像しながら、長い夜を終わらせるために歩き出した。
end.>>542
- 577 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:34
-
…………
- 578 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:34
-
誘われているかのような妖しくみえる微笑。
呆然とそれを見ていると、四つん這いでジリジリとにじり寄ってくるその胸元は大きく開いて谷間とそれを包み込むブラが見え隠れしている。
「ンフフ…」
その指先が膝元に届き、ゆっくりと這い上がってきた。
滑らかな指先は休むことなく、やがて胸から喉元、そしてアゴから唇に達し形をなぞるように動く。
「……しよっか」
いまだ抜けきらないアルコールのせいか、それともこの妖しい魅力のせいなのか。
弾けるようにその手を掴み、一気に引き寄せて唇をあわせた。
「んんっ、ぅ……」
貪るように舌を絡ませ呼吸すら忘れて互いの口内を責め合った。
先に限界に達したのは藤本の方で。
ツーっと淫らに光る糸をひき離れた口で荒い息を吐いた。
「はっ、はぁ…ふぅ」
- 579 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:34
-
息が整いだした頃、フッと笑った藤本は、クルリと向きを変え、ベッドの方へと這いだした。
その姿はパンツルックではあったものの、コートに隠されていない、丸みのあるヒップラインを認識させる。
そしてそれを解って強調するように艶めかしい動きで離れていく。
そのヒップに誘われるように後を這い進み、藤本の上体がベッドへ届いたところでその脚を掴んだ。
「あっ…」
藤本はベッドの縁に背持たれるように振り向き、掴んでいる手ごと招き寄せるみたいに脚を縮める。
脚から手をあげていき、その細い腰をぐっと抱き寄せ首筋に何度もキスを落とす。
「や、んっ……ふふっ」
甘い香りに微かに混ざる汗の匂いに鼻をすり寄せキスを続けると、藤本はくすぐったそうに身を捩り吐息混じりの声で笑った。
キスを続けながらシャツのボタンに手を掛け一つ一つ外していく。
露わになったブラを目で楽しみながらも、そのふくらみの頂上を指先で掻くように刺激をする。
その指先に感じる感覚に合わせてビクリビクリを小さく跳ねる身体が、より一層の刺激を求めようとする動きが艶めかしさを醸し出していた。
吸い込まれるように胸元へ這わせた唇は、布一枚越しに探り当てた突起を舌で、唇で、歯で弄ぶ。
「んぅ、くぅ…はぁ、あぁん」
口で引きちぎるみたいにブラをずらしていきながら、柔らかなヒップを包み込むパンツを少しずつおろしていく。
指先に感じる滑らかな肌の感触と、シルクの感触。
- 580 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:35
-
ほぼ同時に、外気に触れてその存在を主張するようにツンと上を向いた乳首を歯をたてた。
「──っ!」
背を反りかえる大きな反応と、声にならない声を上げ、一瞬の間をおいてベッドに沈んでいく身体をなぞるように下へとすべりおりた。
薄いグレーのパンティに僅かな染みを見つけ、そっとなぞるように指先を埋めていく。
ゆっくり侵入していく指と静々大きくなる染みとは対照的に、藤本は息を乱し断続的に身体を震わす。
「はぁ、はぁん、んぅぅ」
その声に急かされるようにパンティを引き下ろそうとする、小さな吐息をつきながら藤本は上体を起こした。
「……美貴だけ?」
薄く微笑みながらの台詞に、あぁと気がつき腰に巻いてあったタオルを取り払った。
のし掛かるみたいに抱きつかれ、歯のぶつかりそうな勢いでキスをされた。
お返しの濃厚な熱いキスの後、スッと身体を滑らせた藤本は既に硬く存在を主張していたペニスを口に含んだ。
熱く熔けそうな口内でより硬度を増していくペニスを刺激しながら嬉しそうな笑顔を見せる。
自身の口内で脈打つペニスを、唾液と、先から出る粘液でねっとりと濡らすと右の手でしごきながら舌先で突き、舐め回す。
- 581 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:35
-
想像以上の快感に身を捩りながらも、身体を持ち上げるともつれあうように組み敷き、白い背中をみせる藤本美貴を後ろから貫いた。
「っ! あぁああっ、んっ」
見た目の感じよりも肉付きの良いヒップをしっかりと掴み、奥の奥まで一気につき入れる。
「ひぁっ! んんぅぅ…っ、くぅん」
その身体で侵入してくるペニスを感じながら、なにか堪えるような声を上げる。
少し引き、間髪入れずにまた奥へと突き刺す。
互いに酒気の残る身体を熱を共有するほどに触れ合わせて夢中に絡み合う。
「やっ、も…もっとぉ、突いて…ああぁん」
絡め取り放すまいと蠢く肉襞を感じながら、出し入れを繰り返すピストン運動はその激しさを増していく。
時折キュッと締めつける動きに小さく呻きながらも、パンパンと音が響くほどに挿し入れる。
「ひゃぅ! あぅっん、アタる…そこ、はぁっん、そう、そこ…イイのぉ」
僅かに角度を変えて身体の芯へ、それこそ貫かんばかりに突き上げると、より快楽を得る敏感な点を突いたようで。
今までよりも一つオクターブの上がった声を響かせる。
- 582 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:35
-
丹念に、それでも時折意図的にツボを逸らして幾度も突き上げると、堪えきれないように髪を振り乱して首を振り、合わせるように腰を動かしてくる。
次第に互いの快楽が同調するような感覚と共に昂ぶっていく。
「はぁ、はぁ、んぅあ、っ……ああぁぁん、もう…いきそっ、う」
それは言葉だけでなく。
反り返る身体で、にじむ汗で、乱れる髪で。
そしてなによりも熔かすほど熱く、締めつけを増す肉壷で限界が近いことを物語っていた。
「あっ、あっ、くぅっ…い、くぅ……あぁぁぁ〜っ!!」
一際高く絶叫に近いの声と、時が止まったように全身を張り詰めさせる藤本。
一瞬遅れて込み上げた快感の全てを、その白く汗ばむ背中に解き放った。
力尽きたようにベッドへ崩れ落ちる藤本の横へ、大きく息を吐きながら倒れ込む。
心地良い酩酊感と開放感に身を任せ、眼を閉じて深く沈んでいった。
- 583 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:36
-
閉じた瞼越しに感じる陽の光に目を覚ました。
気怠さを自覚しながら上体を起こし大きく一息ついた。
昨晩のことを思い返し、夢か現か混濁した意識の中、ベッドサイドの小さなテーブルの上に目がとまった。
小さなメモが一枚。
手にしてみるそれには携帯らしき番号とメッセージが一行。
気が向いたらでてあげる!
夢じゃなかった。
そう思い自然と笑みが浮かんできた。
どうやら一つの出会いを逃さずにいたらしい。
end.>>542
- 584 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:36
-
…………
- 585 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:36
-
己の中の眠っている何を見抜かれたかのように僅かに後退った。
その不思議な笑みと妖しさを秘めた強い目に飲まれ身体が動かなかった。
不意に立ち上がった藤本の予想外に華奢な手に引かれて寝室へ、そしてベッドの上に押し倒される。
そのすらりとした脚をふわりと包み込んでいたパンツを脱ぎ捨て、露わになった下半身にはシャツの隙間から黒いパンティが覗けた。
ペットボトルの水を口に含んだ藤本が薄く微笑みながらその濡れた唇を押しあてて。
舌で割られた口内に流れ込んでくる水と、艶めかしく動く舌にむせ返るような感覚を覚えた。
軽く咳き込む身体の上で藤本美貴は、流麗な身体のラインを強調するように腰を引きながら髪をかき上げる仕草。
「……もうこんなになってる」
クスクスと喉で笑いながら、タオル越しに硬くなりだしているペニスの上で艶めかしく腰をふっている。
たまらずその身体に手を伸ばすが、触れる直前に細い腕でそっと払い除けられた。
「触りたいの? まだダメだよ」
妖しい目で笑いながら、払った手を掴みバンザイの姿勢でベッドに押しつけられた。
そして自らシャツのボタンへ手を掛け、一つ、また一つと焦らすようにゆっくりと外していく。
少しずつ見えてくる白い素肌と、対極の黒いブラ。
視覚での興奮はますます血液を一点に集めていく。
脱いだシャツをゆらゆらと動かし、目隠しをするようにそのまま顔の上に落とした。
- 586 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:37
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白色の甘く芳しいブラインド越しに見えていた世界が唐突に黒く陰る。
何かを言おうと開きかけた口元をポニュっと柔らかく温かい感触が遮った。
血液を下半身へ集める圧迫感は、その柔らかさの中に小さな“しこり”を感じさせる。
陰りの正体に気がつき、不自由な唇で“しこり”をくわえ、ついばみ、舌を伸ばした。
「うぅん…ふふっ……あんっ」
しばらくそんな行為を楽しむと、不意に苦しくも心地良い圧迫感が消える。
すると「うぁ」っと声が上がるほどの、背筋がむず痒くなるような快感が走った。
乳首の辺りにヌメッとしたものが這い回る。
硬くなった先端を避けるように円を描くそれは、なんとも言い難いもどかしさだった。
「あははっ…ビクンビクンって、おもしろーい」
からかうように笑う藤本の声はその行為で自身も感じているかのような喜悦に満ちていた。
爪の先で引っ掻かれると、堪えようとしても堪えきれない反応をしてしまう。
カリッ、カリッと不規則に続く刺激に呻いていると、なんの前触れもなくカチカチに硬くなった己自身が自由にされた。
「もうすっごいことんなっちゃってるじゃん……」
- 587 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:37
-
熱く脈打つそれに、ひやりとした手が触れる感触。
そっと撫でるように、根本から這い上がっていく。
カリで一瞬止まった手は、猫の首元へするような柔らかさで愛でるように動く。
先端から洩れ出す汁を塗り広げるようにしごかれ、たまらずまた声を上げる。
「ふ〜ん…気持ちいいんだ」
声を上げた途端に藤本はそう呟くと、同時に手の動きも止まった。
ジリジリと焦らされシャツを払い除け起きあがろうとすると、クスクスと笑う細い腕に阻まれる。
「ちゃんとシテあげるから…ジッとしてて」
不思議な魔力を秘めた声だった。
あれほど焦れていた気分が押さえ付けられたようで、黙って大人しく体を沈めた。
が、続きは乾いた手の感覚ではなく、生温く淫靡な感覚だった。
思わず跳ねるように上体が起き、そそり立つペニスをくわえ込んだ藤本がその視界に入った。
身体なんてものは現金なもので、あの藤本が己のペニスをくわえている。
その意識が一回り大きく膨らませたらしい。
「わっ…まだ大きくなるんだ……」
- 588 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:37
-
藤本は少し荒い息を吐きながらそう言うと、再び先端をくわえ込みながら空いた手で袋を優しく包んだ。
柔らかく揉むように動いたかと思うと、急に締めつけるように強く握る。
そうしながらも休むことなく口は動き続け、クチュクチュと音を立てながら出し入れしては舌でねっとりと舐め回す。
その度にビクッと身体を震わし声を上げてしまった。
その刺激に対する反応は、より一層藤本をも刺激するらしく。
互いの反応が相乗効果となり、どんどんと昂ぶっていく。
「あぁっ…もう我慢出来ないっ」
不意に全ての行為を止めて膝立ちになった藤本は、そう言いながら黒いパンティに手を掛けた。
脱ぎ捨てられたパンティは淫らに湿り気を帯び、ベッドの脇へ放られた。
暖かみのある照明の下でグッショリと濡れ張り付いた茂みと、とテラテラといやらしく光る秘部が露わになる。
身体を跨ぐように再び膝立ちの姿勢に戻ると、ゆっくりと腰を下ろし始めた。
「あっ…熱い……」
ぬぷっと音が聞こえてきそうな感覚と共に亀頭が秘部へと埋まっていく。
「うっ、あぁぁ……はぁ」
パンパンに張り詰めたペニスを奥深くまで飲み込んでいく藤本は、自分の身体を抱きしめながら押し寄せる快楽に身を震わせている。
- 589 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:38
-
先端が最深部へ到達するまで腰を沈めると耐えかねたのか、小さく腰を引きながら倒れ込んできた。
「はぁ…ん、はぁ、はぁ……」
一つの波が過ぎ、やや落ちついた様子になった藤本美貴は、ほぅっと溜息をついて耳元で囁いてきた。
「アタシが動くから…ね」
そう囁くとやり場のないままで投げ出していた両手を取り、それでバランスを取るようにしてゆっくりと腰を動かしはじめた。
「ん、んんっ、はぁん、くぅぅ」
腰を前後に揺するたび、切なげな声をあげフルフルと揺れる胸に舌を伸ばそうとするが、意図してなのかそうでないのか、際どいところで届かない。
快楽を貪ることに夢中になっているかのように眼を閉じ、一心に腰を振り続ける藤本美貴はその動きを激しくしていく。
「ああぁん、んっ、んん、いいっ、はあんっ!」
激しい腰の動きに合わせるように秘壷はその圧力を強め、ペニス全体をギュっと締めつける。
激しい動きと締めつけに、たまらず達しそうになると、それを感じ取ったのか、動きが緩やかになった。
「──っ、はぁ…ま、まだ……まだダメ!」
クッと腰を上げたかと思うと、片手で強くペニスの根本を握りしめた。
小さな苦鳴を漏らすのも構わず、込み上げた欲望を押し戻そうとするように強く握られ、昂ぶりを抑えつけられた。
- 590 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:38
-
「うふふ…もうちょっとガンバってね」
一旦落ちついたのを確認し、再び腰を下ろし、その感覚楽しむようにペニスを膣内へくわえ込んだ。
「んんっ、うぅっ、ふぅっん…んぅ、っぅうん」
吐き出せなかった欲望を抱え込んだペニスを奥深くで味わうと、ブルっと一つ震えゆっくり腰を揺すりだした。
「ん、きっ、気持ち、いいっ! あぅぅ、あっ、あぁぁぁ!」
夢中に腰を揺すりながらも更なる快楽を求めようと握りあっていた手を自分の胸へと誘った。
小さいけれど形の良い柔らかな胸をほぐすように揉むと、激しくと催促するかのように手を動かされた。
藤本の腰を振るタイミングに合わせて、腰を突き上げてやると一層強い反応が返ってくる。
「ひっっ! ああぅ! あっ! んっ! あっ! も、もう…」
重ねられる快感は藤本の身体を急速に限界へ近づけていく。
それと同じように、一度止められた昂ぶりがこみ上げてくるのが判る。
「だめ、あはぁっ! もぉダメッ …い、いくぅぅぁっ!」
大きく跳ねた声と身体を震わせる藤本。
その体内に熱い液体を撒き散らしながら意識は落ちていく。
最後に感じたものは、どうしようもないほどの満足感と、自分の上に崩れ落ち抱きついてくる柔らかな身体だった。
- 591 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:38
-
閉じた瞼越しに感じる陽の光に目を覚ました。
異常な気怠さを自覚しながら上体を起こし大きく一息ついた。
昨晩のことを思い返し、夢か現か混濁した意識の中、ベッドサイドの小さなテーブルの上に目がとまった。
小さなメモが一枚。
手にしてみるそれにはメッセージが一行。
またドコかで遇ったら……ね
夢じゃなかった。
そう思い自然と笑みが浮かんできた。
何故だかまた逢えるだろうという確信めいたものがあった。
end.>>542
- 592 :『ゲーム』:2006/12/07(木) 20:39
-
GAME OVER
- 593 :名無し娘。:2006/12/08(金) 01:10
- いいねこれ
>>542の人気に嫉妬
- 594 :名無し娘。:2006/12/08(金) 14:42
- 上手いこと作るもんだな
- 595 :名無し娘。:2006/12/08(金) 18:47
- まあ
いやらしい
- 596 :名無し娘。:2006/12/08(金) 21:30
-
昨日書き忘れたことを書こうかな……なーんて思ったら。
早々とレスされててビックリ(^^;;;
これも実はリメイクというか、リファインというか。
だいぶ前に違うヒロインで書いたのを、ハロプロで近しいイメージの人に変えてみました。
名前と、台詞をちょこちょこいじって、バランス崩さない程度に手を入れただけで。
そのときはhtmlだったからリンクはるのが簡単だったんだけどなぁ。
「あ、ここでもできるじゃん」、なんて思ったけど、レスナンバーで指定するのはドキドキしましたw
最初に計算したけど、一個でもズレてたらなんだかワカンなくなるもんねえ。
その昔、プロットたてたときには分岐や文章量で倍ぐらい考えてたんだけど、途中で疲れてきたし飽きた。
>>593
いいっすか? そりゃあいい。
542くらい人気になればいいなあ。いいのかな?
>>594
実は書いたのは二年くらい前だとか。
>>595
さかんにエロが足りない言うてる人に言ってあげてください。
ではまたそのうち。
- 597 :名無し娘。:2006/12/15(金) 22:45
-
>>432の後日談のせまーす。
『OFF』が出てから書いたんだった……気がする。
ショートショート的な。
この後、もう一本、微妙な時期にも書いたんだったと思いだした。
あー結構好きだったんだなぁw
- 598 :写真集@やぐち:2006/12/15(金) 22:47
-
店を開ける前、準備中の空いた時間にふとした誘惑に駆られて買った本を取り出してみた。
なにかの番組で見たネタを思い出し、妙に期待しながらページを開いた。
………
……ふむぅ
……ほうほう
おぉ……
「……おん?」
これはなかなか……?
「久遠?」
「……え?」
「こんな暗くしたままでなにブツブツ言ってんの?」
「うわっ!?」
肩越しに聞こえた声に現実に引き戻され、それと同時に開いていた本を閉じて背中に隠すようにして振り向いた。
- 599 :写真集@やぐち:2006/12/15(金) 22:47
-
「そんな驚かなくてもいいじゃん」
「ど、ど、ど──」
「どもりすぎだってば。なに、なに隠したの?」
「いや、なんでもない。仕事上の事で…ってコラ、なんでもないって──」
「嘘つけ〜、おいらの知らないトコでエッチな本見てたんだろっ…寄こせっ♪」
「──危ないから、よせって…ホントに、うわっ──」
「きゃあ!」
無理矢理にでも本を奪おうと、乗りかかるような姿勢になった真里。
そんな状態で支えきれずにバランスを崩して2人もろとも転がり落ちた。
こんな時、自分的に一瞬がスローモーションに感じる。
その瞬間、まず真里を庇うように転がり落ちるトコロは褒められて然るべきじゃあないだろうか。
「いってー……」
「ご、ごめん…大丈夫?」
「俺は平気だけど……そっち──」
「そっか、なら良かった」
「は?」
- 600 :写真集@やぐち:2006/12/15(金) 22:48
-
狭い空間で痛打した後頭部を押さえながら視線だけを廻らすと、ニンマリした顔つきの真里が起きあがったところだった。
その手に今しがたまで俺が眺めていた本を手にして。
「へぇ〜♪ くお〜ん、こーゆーの見るんだ。へぇ〜♪」
「いや、違う。そうじゃなくって──」
とっさに奪おうと手を出すが、その行動は予測済みだったらしく、伸ばした手の届かないトコロへかざされてしまう。
「なんか恥ずかしいよ〜」
「あのね──」
「でも、言ってくれればいくらでも持ってきたげるのにさ♪」
「いや…だから──」
「やん♪ 久遠の愛を感じちゃう♪」
「………」
自分の写真集を手に、妙なハイテンションっぷりを見せる真里を、倒れ込んだ姿勢のままで半ば呆れてみていた。
なんかクネクネ動いて可愛いようなおかしいような。
- 601 :写真集@やぐち:2006/12/15(金) 22:49
-
「で? で? どう? どうだった? おいらのナイスバディにクラクラしちゃったり?」
「いや……」
「なに?」
「ベトナムも良さそうなところだな──」
「はぁ? それだけ?」
「あっ」
「そうそう、大事なところでしょ」
「寄せて上げての特殊効果が──」
「もういいっ!」
最後まで言い終えるよりも早く、写真集の角で殴打された。
脳内に響く鈍い音に昏倒しそうになるのを堪え、二激目を振り下ろそうとする手を何とか掴んだ。
「嘘に決まってるじゃん」
「え?」
「すっげぇ可愛くって……綺麗で、魅力的で……こんな素敵な娘と一緒にいられるなんて……
改めて夢でもみてるみたいだって、そう思ったりしてさ」
「………」
「ん? どしたの?」
- 602 :写真集@やぐち:2006/12/15(金) 22:49
-
写真集を持って振り上げた手を掴まれた、不自然な姿勢のままで硬直したみたいに動かないでいる真里。
その表情ははにかむような、くすぐったいような。
耳まで赤く染めて、喜びを隠しきれずにいるような。
「だってそんな……」
語尾は小さくなり聞き取れないほどだったが、言いたいことは判る。
普段あまり言わないようなことを言っていると自覚はしていたから。
「改めて。あぁ、俺って真里のこと好きなんだなって」
頬を染めている真里の手をそっと下ろして両手を脇に揃えさせ、ギュッを抱きしめた。
小さな身体を包み込むようにして抱きしめて、その首筋に顔を埋めるように真里を感じる。
「もぉ…なんでそんな……久遠」
「ん?」
- 603 :写真集@やぐち:2006/12/15(金) 22:50
-
触れ合う身体から伝わる言葉は甘い吐息のような囁きで。
「……おいらも大好きだよ」
その言葉はそっと身体に染み込んで、全体に震えるような喜びをもたらす力を含んでいた。
「……あっ…ん、く、久遠」
「悪ぃ…本能のなせるワザってヤツで」
余計なところにまで力がいったらしく、真里にも気づかれていた。
「や、ちょっと…こんなトコで!?」
「我慢出来ない…」
「ん…仕事、でしょ…あっ」
「少し遅らせるからイイ」
「やだ…く、くお…ん……あん」
開店時間、ちょっと遅らせても構わないな。
そう思いながら行為に没頭していった。
- 604 :名無し娘。:2006/12/15(金) 22:51
-
あぁ、こんなの書いてたなぁって懐古うpでした。
- 605 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:56
-
「いらっしゃ――、なんだ……」
もう閉めようと思っていた頃、開いたドアに反応した言葉を半端で収めて、あえてぶっきらぼうな言葉に置き換えた。
ドアの隙間からのぞき込んだ顔が、消えたと思ったら滑り込むように入って来た小さな姿。
それがいつもよりも……小さく見えたのは気のせいだろうか。
「なんだってなんだよ…」
「いや、こんな時間にこっちに来るの、あんまりないなって、な」
言いながら看板の照明を落とすスイッチを叩き、カウンターを回り込んでフロアに出る。
「そうだっけ…」
「そうだよ」
挨拶なんか不要な間柄のコイツに、ひらひらと手を振りながら座るように促す。
ドアを背に動こうとせずいる小さな身体の後ろに手を伸ばして鍵を一捻りした。
「いいの? 閉めちゃって」
「いいさ。ちょうど閉めようと思ってたんだから」
「………」
「いつまで立ってんの? 座れよ」
「あ…うん」
手近な椅子に腰を下ろしたのを確認して、カウンターに戻った。
「なんか飲むだろ?」
「……アルコールならなんでもいい、って言ったら怒る?」
「怒りゃあしないけどな、でも却下」
「なんだよ、それ……」
- 606 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:56
-
ロックアイスを落としたグラスにウーロン茶、そしてキンキンに冷やしたタンブラーにビールを注ぐ。
それを両手に近づいていくと、苦笑しながら「自分は飲むのかよ」って文句を言われた。
普段の半分にも満たない、力のない声だった。
「俺はいいんだよ。ほれ、飲め」
「ん…あんがと」
手渡したグラスに口をつけるのを見ながら、バレないように小さくため息をついた。
「で、どうかした?」
「別に…。どうかしなきゃ来ちゃイケないのかよぉ」
「ならそんな景気の悪い顔すんな」
「別にっ、そんなことないってば」
「ふ〜ん」
「………」
「………」
更に言葉を続けようとしたようだったが、それを飲み込むように俯きグラスを見つめていた。
「で、実際なに……別れ話かなぁ?」
「っ!? ……知ってたんじゃん」
それほど意外でも無さそうに、それでも上げた顔に少しだけ驚きの色が見えた。
「ある人から聞いてな」
「全部?」
「全部見たし、全部読んだ」
「……信じる?」
「……どう思う?」
「そんなの……」
- 607 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:57
-
卑怯だなと理解していながらの台詞だった。
案の定、下唇を噛み黙り込まれてしまった。
「信じるよ」
「そう…そっか……」
打ち拉がれたように頭を垂れたその姿に、用意していた言葉を放りだした。
「バッカ…記事じゃないからな」
「え……?」
「此処に来たってコトは、そういうことだろ? なら信じるさ」
「久遠……」
今にも泣き出してしまいそうな表情。
「だから、そんな顔すんなって」
「……う、うん」
無理に作った笑顔。
- 608 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:58
-
「俺はさ、そっちの世界のことなんて知らないけどな……“らしく”ないって位は解るよ。
シンドイだろうって位は解る……」
「……ん」
「あんなコト望んでたんじゃないんだろ?」
「……うん」
「でも…ああするしかなかったんだ」
「…うん」
なにのことを、どれを指しているのかは解っているんだろう。
両手で覆った向こうから漏れてくる小さな肯定。
苦々しい思いをすり替えるようにビールを口に運んで立ち上がった。
「ならいいさ」
「…っ……な、なにが…い、いいんだよぉ」
後ろに回って見る背中は儚いほどに弱々しい。
そっと肩に手を置いて、このキモチが少しでも伝わればいいと、少しでもコイツが楽になればいいと、耳元に口を近づけた。
「やれるだけのことをすりゃあいいよ……ずっと応援してるから」
堪えるように鼻を鳴らして、無理にでも何か言おうとしているらしい、その小さな身体を抱きしめた。
「頑張れ…頑張れ」
「………」
「ずっと側にいるから…我慢ばっかしなくたっていいんだから」
「…ふっ、ぐ……ぅ……」
返事も出来ずに、ただ嗚咽を堪えている耳元で。
なにも出来ずにいる自分の想いを届ける為にささやき続けた。
「頑張れ……」
- 609 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:58
-
end.
- 610 :名無し娘。:2006/12/23(土) 21:00
-
表記通り、例の件での公式発表直後に書いた。
自分の書いたものとの整合性を何とかするためと言い訳をして、まだ大丈夫って言い聞かせた。
今でも応援はしてるけど、もう書けないかなぁ。
- 611 :名無し娘。:2007/01/10(水) 00:41
-
全二回か三回予定で紺野さん。
設定も書いたのも卒業前。
多分、さくら組(安倍さん卒業後)くらいの時期だった。
非狩狩の作者さんと共作したものを、氏の許可も得て、ちょいと手を入れて掲載。
- 612 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:41
-
「気持ちいい?」
作業を中断して、上目遣いで彼女が問う。
「うん、すごく……」
彼女を見下ろし、僕が答える。
僕の答えに、彼女は嬉しそうに微笑んで、作業を再開させた。
愛らしい、ぷっくりした薄桃色の唇に、僕の硬直した肉棒が、飲み込まれていく。
ベッドに腰を下ろした僕と、その目の前に座り込む彼女。
彼女は今、僕の股の間に頭を割り込ませている。
僕は彼女からフェラチオされていた。
彼女のほっぺたの内側が、僕の肉茎に張り付く。
彼女の熱くなった体温が、僕の体温と溶け合う。
彼女の唾液が絡む音が、僕の昂奮を加速させる。
彼女の頭の前後運動が、激しくなる。
いっそ淫猥とさえ思える水音が大きくなり、彼女は羞恥からか、その表情を歪めたようだった。
限界が近い。
「……イきそう……」
- 613 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:42
-
離れるように、という意味で言ったつもりだったが、彼女はさらに舌を激しくうごめかした。
「口に、出ちゃうよ……」
言った瞬間、彼女が舌先で、鈴口をチロチロと刺激する。
苦痛に耐えるように、僕の顔は歪む。
肉茎の根元を握る彼女の細くて、そのくせ柔らかい指が、唇の動きと連携して、激しく擦り上げる。
その刺激のあまりの強さに、僕は思わずのけぞってしまった。それまで堪えてきた発射欲を、解放した。
いや、させられた。
「イ、イクよっ」
彼女の口の中に、精液を放つ。そんなことをしたのは初めてのことだった。
口でされたことすらも、今日が初めてなのだ。
彼女は眉をひそめながらも、僕の精液を口内に受け止めている。
やがて射精の噴出が収まると、彼女は肉棒を口の中から解放した。
彼女の唾液でてらてらと光る自分の肉棒を見ると、若干の昂奮と同時に、どこか後ろめたい気分になる。
「ん〜ん〜」と喉を鳴らすような声に我に返ると、彼女が口元に手をやりおろおろしている。
口の中の精液をどうにかしようとしているんだと察して、ティッシュを数枚取って渡してやる。
涙目で僕を見上げて、何故か少し躊躇した後、ティッシュを受け取り、口の中の精液を吐き出した。
- 614 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:42
-
「大丈夫だった? ごめんね、口に出しちゃって」
彼女が離れなかったのだ、ということは判っているけれど、それでも僕は謝る。
さきほどの後ろめたさから来るもの…だったろうと思う。
彼女はぷるぷると首を横に振って言う。
「いいの、わたしがしてあげたかったんだから。それより…」
上目遣いで僕をうかがい、少し言い淀む。
「ごめんね、その、の、飲めなくて……」
まるで、飲めなかったということが悪いことのような言い様に、僕は、うっと、言葉に詰まる。
僕がイった後おろおろしていたのも、ティッシュをすぐに受け取らなかったのもそのためか……
「そんなこと──」
しなくてもいいのに、そう言おうとした。
だが、それに先んじて彼女が言葉を重ねた。
「今度は、ちゃんと飲むから……」
……何を言っても、無駄なんだなって、そう思う瞬間。
僕はただ、その言葉に頷くだけだった。
- 615 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:43
-
不意に、彼女の携帯が鳴った。
慌てた様子で、彼女が部屋の隅に置いてあった鞄を探る。
「マネージャーから……」
携帯を取り出した彼女が、僕の顔色をうかがうようにその相手を告げる。
軽く頷いてみせると彼女は「ごめんね」と口にしてから部屋を出て行った。
廊下からかすかに、話し声が聞こえる。
一人になってようやく、自分の肉棒の先から精液が垂れているのに気付いて、慌ててティッシュを取って処理した。
カーペットには落ちていないようだ。
脇に畳んでおいた、下着とハーフパンツを履いてしばらく待っていると、戻ってきた彼女の表情が暗いものに変わっていた。
「明日の予定がちょっと変更になったって」
休みになった、という雰囲気ではないようだ。
となれば……あぁ。
「早くなったの?」
「……うん」
彼女は申し訳なさそうに、俯く。
「それで、その……今日は……」
ここまで…ってことだ。
そんなに恐縮することじゃないのに。
- 616 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:44
-
「僕だけ気持ち良くしてもらっちゃったね」
「き、気持ち良かった?」
丸いほっぺた――“頬”と言うより、彼女には似合っている気がする――を、真っ赤に染めながら、彼女に尋ねられる。
褒められた、と思ったのか、少し嬉しそうだ。
彼女の態度に対して、僕はわざと軽そうな笑顔で、ともすれば無神経に受け取れる言葉を選ぶ。
「初めてとは思えないくらい、上手かったよ」
自分の声が、どことなくざらついているように感じる。
鼓膜を紙やすりで、擦られたような不快感。
しかし彼女はそれを感じ取ることはなかったらしい。
俯いたまま、ちらちらとこちらに目を向けて恥ずかしそうに口を開いた。
「ビ、ビデオ、とか見て……その、バ、バナナで……」
彼女は日頃の言動そのままの生真面目さで正直に答える。
「練習したんだ?」
そんな“行為”を練習していたという事実。
それをハッキリと言葉で指摘され、真っ赤になった顔を隠すように頷いた。
「お、男の人って、こういうの好きだって、聞いて、それで……よろ、喜んで、ほしくって」
そんなこと説明しなくても良いだろうに、とも思うのだが。
- 617 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:45
-
「ありがとう」
というもの、ちょっとずれた発言かもしれない。
けれど他に、この気持ちを伝える適切な言葉が思いつかなかった。
「あ、あの…」
何か言いたげに口を開いた彼女だったが、それに続く言葉はなんとなく想像が出来た。
だから僕は、あえてそれを遮る為だけの言葉を口にする。
「シャワー、浴びてきたら。もう寝ないと」
「あ。うん……」
弱々しい声で頷いた彼女は、ほんの少しの間、僕を見つめて部屋を出る…寸前、足を止め思いきったように振り向いた。
「ねえ、私のこと…」
躊躇いがちの小さな、でも精一杯の言葉。
「好き?」
「……好きだよ」
- 618 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:45
-
予想できた言葉だった。
その彼女の精一杯の言葉に、僕は笑顔を作って……作った笑顔で、当然のように答える。
「当たり前じゃない」
あさ美は安堵した笑顔を返して、バスルームへ向かった。
閉じられた扉の向こうで遠ざかっていく彼女の足音を意識した。
やがてそれが聞こえなくなると、僕は体をベッドに投げ出した。
深く、大きな溜息をつく。
あれはいつだったろう……
付き合い始めてしばらく経ったデートの日、彼女は僕の喜ぶ顔を見るのが好きだと言ってくれた。
そんな彼女の気持ちが、僕は心底嬉かったんだ。
嬉しかったはずなんだ……
それなのに……なんだろう、この胸に絡みつくものは。
靴の中に転がり込んだ小石のような感覚は。
何か違う
何かが、いつからか彼女から、紺野あさ美から向けられる感情は、あの時と違ってきている。
どこかそんな気がしてならなかった。
- 619 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:45
-
僕が起きた時にはすでに、あさ美は朝ご飯の支度を終えていた。
綺麗に整えられた髪と服装で、いつ出かけても大丈夫そうな姿で。
あさ美はウェーブのかかった自分の髪が嫌いらしく、綺麗なストレートになるまで、相当な時間がかかっても必ず手入れをする。
そのお陰で、ただでさえ時間が必要なんだから、ここまでしなくてもいいのにと思う。
「何時に起きたの? 別にこんなにしてくれなくてもいいのに……」
少し眠そうにも見えるあさ美にそう言った。
すると彼女は、笑顔で……さも何でもないことのように言う。
「私がしてあげたかったんだから、大丈夫。……食べたく、なかった?」
小さくなっていく言葉尻は肯定を求めるような色を感じさせた。
僕はそれに、形ばかりの笑顔を作り「そんなことないよ」と返してあげる。
最近、作り笑いがすっかり得意になってしまった自分に気がつきだしていた。
食事中は食べることに集中してしまうあさ美に付き合って、黙々とテーブルの上の料理を片付けていく。
ときおり箸を運ぶ手を休めてあさ美を見つめる。
食事をしている時の彼女の、幸せそうな、ふわりとした表情が好きだった。
あさ美のペースに合わせて食事をすると、三十分近く――時にはそれ以上――かかってしまうが、その間、会話はほとんどない。
だけど、嫌な沈黙ではないのは彼女のまとうその幸せそうな空気故だろうか。
- 620 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:46
-
食事の後片付けは僕がやる。
あさ美はこれもやりたがったのだが、これだけは譲らなかった。
準備の手際がいいのだが、片付けるとなると、なぜか手際が悪いと言うか、要領が悪いと言うか。
一度片付けを終えた後をのぞいいてみたが、食器棚の中が無理矢理押し込めたみたいになっていた。
神経質、とまではいかないと思うが、どちらかと言えば整理整頓にこだわる方なので、こればっかりはどうしても任せられなかった。
慌ただしい朝の時間。
仕事の時間が早まったってのに、ギリギリまでねばるように一緒にいたがったあさ美が、名残惜しげに出かけていった。
一方、講義までも時間があり、バイトも入っていない僕は、ベッドに腰を下ろし、このざらついた不快感の根を探し求めて記憶を辿った。
- 621 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:46
-
…………
- 622 :名無し娘。:2007/01/10(水) 00:47
-
ひとまずここまで。
つづきは近日中にでも。
- 623 :名無し娘。:2007/01/29(月) 20:25
- 更新まだーー
- 624 :名無し娘。:2007/02/26(月) 09:15
- 待ってる
- 625 :名無し娘。:2007/02/26(月) 20:49
-
>>622 で大嘘ぶっこきましてごめんなさい。
今度こそ、今週中くらいにはなんとかm(_ _)m
- 626 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:11
-
出会ったのはほんの小さな偶然だったっけ。
前々から“貸し”があったサークルの友人から「借りを返す」と誘われて、出向いていったコンサート。
なんでも相当にレアなチケットだとかで「本当なら返しすぎでお釣りが欲しいくらいだ」とかボヤいていたのを覚えている。
それがモーニング娘。だってことは会場に着いてから知ったんだった。
ましてや最前列だったなんて……
そう、僕等の席は、きっとファンならば垂涎ものだろう、メンバーが至近に見える最前列だった。
まるで興味がないワケじゃあなかったけれど、歌まではよく知らなくて、周囲の熱気に置いてけぼりをくらいながら始まったコンサート。
「あれ? こんなモンだっけ? 人数」
記憶に残っていた大所帯ぶりとはかけ離れている人数に、隣でノリノリになってる友人に問い掛けた。
「あぁ、だって今日は、さくらコンだからね──」
サクラコン……
それ以降、なにやら説明を続ける友人の話を聞き流して記憶を探った。
確かスポーツ紙かなにかで見た覚えがあった。
二つに分かれて別々になんとかかんとか……って。
まぁ、その時は気にしなかったことだし、今でも大した違いではなかっただろう。
なかなかついてはいけないノリではあったけれど、それなりに楽しめばいいことだったんだから。
- 627 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:13
-
ほんの二メートルあるかないかという距離、手を伸ばせば届くようなステージの上で、笑顔を振りまき歌い踊る彼女達は確かに輝いて見えた。
幾分かは少人数になっているとはいえ、個々のダンスにステップを踏みながらのフォーメーション。
なかなかブラウン管を通して観るのとは違う、小さな感動に目を瞠らされていた。
が、そんな最中、視界の隅に捉えた小さなアクシデント。
多分、なにかの間違いで接触でもしたんだろう、メンバーの娘が一人、尻もちをつくように転んでしまっていた。
幸い怪我なんかはなかったようで、すぐに立ち上がって曲に戻ったけれど、動揺しているのか、その動きがぎこちなく見えた。
そして……気のせいかもしれないけど、立ち上がった瞬間のその娘と目があったような気がしたんだ。
ファンなら大喜びで自慢して廻るんだろうか……まぁ、気のせいだと思うことにした。
曲が終わり、衣装替えでもするんだろう一度舞台袖に消えていく彼女達。
しばらく待つと、新しい衣装に身を包んで現れたメンバー。
煌びやかな照明を浴びて何事もなかったかのようにステージは進み出した。
僕もいつの間にかそんなことは忘れて舞台の上の彼女達に集中していった。
その最中、時折妙な感覚に囚われる……なんとはなしに見られているような感覚。
何気なく周囲を見廻してみても当然のように、誰に注視されているわけでもないようだった。
気にはなったけれど、こんな場所でそんなことを気にしても仕方がないと思いなおしてステージに目を向けた。
その後は何事もなく全てのステージが終わり、食事をして友人と別れて家に帰った。
それなりに良かったとは思ったけれど、多分もう見に行くこともないだろうと思った。
せいぜいTVの画面上や雑誌などで見かける程度でしかないだろうと、そう思っていた。
数日後、奇妙な電話を受けるまでは。
- 628 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:14
-
その日、バイトへ向かう為に家を出る、その少し前のことだった。
珍しく携帯の方ではなく固定電話が着信を告げた。
離れて暮らす息子に、やたらと世話を焼きたがる母さんからかなと思いながら取りあげた受話器。
「もしもし?」
『あ……』
「……?」
あ?
「もしもし? どちら様?」
『あ、あの…紺野です。紺野あさ美です』
「……誰?」
『えっと、あの…この前コンサートに来てくれましたよね?』
「……はい?」
『モーニング娘。の紺野あさ美です』
「……イタズラなら切りますよ」
『ま、待って待って…あの、わたし、違いますっ』
……なんなんだ
完全にイタズラ電話だと思い込んでいたんだ。
次の一言を聞くまでは。
- 629 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:15
-
「切るよ」
『あぁ、先輩、待っ──』
耳から離しかけた受話器から微かに届いた単語。
先輩?
「先輩? キミ、誰だって?」
『あ、あの…中学の時に一緒だったんです……』
中学?
「僕の後輩? 北海道の?」
『はいっ、そうなんです』
「で、誰だっけ? 紺野…さん?」
『はい』
そういえば一時期、学校で話題になっていた記憶がある。
確か二個下の学年でアイドルになった娘がいたって。
そうと知った時には、その娘は東京に出てしまったらしくて、そう長く続いた話題ではなかったと思うけど。
それがこの娘だって……?
- 630 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:16
-
「ええっと…」
『あの、この前コンサートに…最前列で──』
「ああっ! もしかして転んだ娘?」
『あっ、あぁ、やっぱり見られてた……恥ずかしいなぁ…あ、えっと、そうです』
「その時、僕と目があった?」
『は、はいっ、気がついてくれてたんですね』
「気のせいかなと思ったんだけど……」
『あの時…一番前にいるのに、なんか静かに見てる人がいるなって…』
「あっ、うん…」
『そう思って見たら……あれ? って……先輩? って気がついて』
「へぇ…」
『それで、ちらちら見てたら…他の娘とぶつかっちゃって』
「そっか。それで転んだんだ……」
『はい…』
「それは解ったけど……なんで? よくこの番号解ったね」
『あ、あの……こっちで知ってる人に会うことなんて無かったんで…友達に聞いて……』
「中学で、僕のこと知ってたの?」
『はいっ。それで……あの、もし良かったらなんですけど』
「うん」
『す、少しお話でも出来たらなって……』
この電話から数日後、僕達は初めて――というのもヘンな話だけど――会ったんだ。
- 631 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:17
-
どこにでもあるようなチェーンの珈琲ショップで待ち合わせ、人混みに紛れるようにして向かい合って座った。
腰を下ろしてから二十分は経って、一杯目の珈琲も空こうというのに、まだ彼女は「おはようございます」と「はい」しか話していない。
仕方なしに呼び出された側の僕から話を振っていった。
「あのさ…」
「はいっ」
反応はいいんだよな……
俯き加減だった顔を上げて、ほんの少し掠れた声で返事をされた。
「中学の時…だったよね。っと…野球部、マネージャー、じゃあないよね?」
「…ちがいます」
「僕は君のこと知ってた? あ、ごめん…」
「い、いえ…全然。覚えてなくて当たり前ですから」
「あ、じゃあ会ったことはあるんだ? ……ホント、ごめん」
「あ、あっ、謝らないでください」
全く覚えていないことを詫びると、彼女はブンブンと手を振って大袈裟にそれを押し止めた。
そして、また少し俯いてゆっくりと、言葉を選ぶようにぽつぽつと話し出した。
- 632 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:18
-
「わたし陸上部で…あの、中学の時…でも、全然大したことはなかったんですけど……」
「一年の時、ロードワークで校外を走ってたら転んじゃって…あの、よく転んだりするんです、わたし」
「あ、あの…それで、転んじゃって…どう転んだか覚えてないんですけど」
「なんでか、こう…けっこう血が出ちゃって、痛くて…『どうしよう』みたいになっちゃて」
「座り込んだままで、膝のところ…血が出てるあたりを押さえてて、少し泣きそうになってて……」
「その時に、後ろから話しかけてきてくれた人がいて……」
そこで彼女は上目遣いでちらっと僕を見た。
あぁと思って自分を指差すと、彼女は嬉しそうに、そのふにっとした頬を少しだけ赤らめて頷いた。
「僕…なにしたっけ?」
「あの…『どうしたの? 大丈夫?』って声をかけてくれて…」
「わたしの膝に気がついてくれて…『うちの学校の子だよね?』って」
「そ、それで……わたしのこと、その…おぶってくれて、保健室まで、連れていってくれて」
「けっこう、離れてたんですけど……全然なんでもないみたいに、学校までおぶってくれて……」
「その時、先輩は野球部の格好だったから……お礼しなきゃって思ってたんですけど…」
「グラウンドで何度も見かけてたんですけど、なんか…あの、恥ずかしくって……」
彼女はそこまで慌てるように言うと、一層深めに、顔を隠すみたいに俯いてモジモジしていた。
全く覚えていない僕もどうかとは思うけど、ともかく、やっと話が繋がった。
- 633 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:19
-
「そっか」
「はい…あ、えっと……あの時はありがとうございました」
「うん? あぁ、いいよ、そんな」
「ずっとお礼がしたくて…でも、わたし、こうなっちゃったから……」
「お礼って言われてもなぁ」
“こう”っていうのは、『モーニング娘。』のことを指しているんだろう。
よくは解らないけど、彼女の人柄の一端に触れた気はした。
それは、間違いなく好感を持たずにはいられないものでもあった。
そして困ったように僕の言葉を待っている表情を可愛らしいとも思った。
別にお礼をしてもらいたかったわけじゃなく、恩に着せてどうしようなんてことじゃあなかったんだけれど。
このままで別れたくなかった。
そう思った僕は一つの簡単な提案をしたんだ。
「じゃあ、今日のところはココでオゴってもらうってのでどう?」
「……え?」
「良かったらまた会いたいな」
「あ、あの……」
「やっぱケータイとか、むやみに教えちゃダメなの?」
「………」
「紺野さん?」
「……あ、はい。…はいっ! あ、大丈夫ですっ」
しばらく硬直したように、なにか考えたい他彼女は、僕が何を言いたいのか、やっと思い至ったみたいな返事を返してくれた。
それから彼女は慌てたように自分の鞄から携帯を取り出し、そっと自分の番号とメールアドレスを教えてくれて。
僕もお返しに自分の携帯番号とアドレスを教えたんだ。
- 634 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:20
-
そうして何度か会って、当時の話をしたり、段々と打ち解けて色々な話をした。
そうしてごく自然に互いに好きなんだって思うようになって。
ごく普通の女の子に言うように、僕の方からこう言ったんだ……
「キミのことが好きなんだ……ちゃんと…付き合ってもらえないかな」
その時の彼女の、照れながらも嬉しげな表情。
それに微かに聞き取れた「はい」って小さな声は忘れられないものだった。
- 635 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:22
-
そして……
そうだ、それから…あの日。
何度目かのデートで、彼女は二度目の遅刻をし、何度もすまなそうに謝っていたっけ。
走ってきた彼女は息を乱して、少し紅潮した顔で「ごめんなさい」って謝ってきた。
「仕事なんだから」って気にしないように言う僕を、今にも泣き出してしまいそうな目で見ていたっけ。
何度も何度もそんなやりとりを繰り返して、やっと何処に行こうかってところまで話が進んだ時。
少し恥ずかしそうに言った彼女の一言をよく覚えている。
「あの、じゃあとりあえず…オナカすきませんか?」
僕は笑いを噛み殺しながらも、その彼女の無邪気さ、純朴さを愛おしく思った。
「うん? そうだね。どこかいいところ知ってるって顔してる」
「はいっ。きっと美味しいって思ってもらえるんじゃないかと…思います」
少し活き活きとしすぎた自分に気がついて、語尾が小さくなっていった。
せっかく元に戻ったと思った頬は、また別の赤みがさしていて、僕の反応をうかがうように目線を向けていた。
「なら、せっかくだから連れていってもらうよ。行こっか」
「は、はいっ」
そして彼女…紺野あさ美に連れられて、乗せられたタクシーの止まった場所。
なかなか、普通の高校生の入るような構えの店でないことは、一目で解った。
「ここです」
そう笑顔で先に店へ入っていく彼女の後ろ姿に、小さく首を振りつつも後に続いた。
- 636 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:23
-
店員に案内されて着いた席で、彼女が数分の間、メニューを見つめて悩んだ末に数品の料理選んでくれた。
しばらくして運ばれてきた料理は、どれも文句つけようがない味わいだった。
「っ……ウマいね、これ」
「良かったぁ……」
思わず顔をほころばせ、口をついて出たありきたりな僕の感想。
それに彼女は胸に手を当てて安堵したように大袈裟なリアクションを見せた。
そういえば、今までにも時々……こんな風にほっとしたような表情を見せることがあった気がする。
「そんな大袈裟な」
「だって…やっと笑ってくれたから…」
意外な言葉を聞いた気がした。
それまでの時間も、ごく普通に笑っていたつもりでいたのに。
- 637 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:25
-
「そう? 笑ってなかった?」
「いえ、その……」
「なに? 教えてよ」
「やぁ、あの…笑ってくれてましたけど……」
「けど?」
「ちょっと違うっていうか……」
「違う? そうかなぁ」
「だから、えっと……。わたし、お礼がしたかったんですよぉ」
不意に話題が変わったようだけど、そうじゃあないらしい。
少しずつ慣れてきて解ったことだけど、彼女は時々話を前後に跳ばすことがある。
この場合もそうと判断して言葉の続きを待った。
「……」
「ずっと、ずっと、そう…思ってて。偶然先輩に会えて……」
もう一つ要領を得ないけれど、なんとなく解ったこともある。
もしかして、と思い、それをそのまま口にしてみたんだ。
「ん、嬉しいな。僕の為にあんなに真剣に選んでくれたんだものね」
それを聞いた彼女は、まるで、ぱぁっと花が開くような笑顔を見せてくれて。
そしてとても弾んだ声でこう言ってくれたんだ。
「わたし、先輩が喜んでくれて嬉しいです。そうやって笑いかけてくれるのが好きで……あっ」
つい口にしてしまった自分の言葉に照れて、また俯いて表情が見えなくなる。
僕はといえば、あまりに真っ直ぐな感情を向けられて嬉しいと思いながらも戸惑って。
戸惑いながらも…こうしてずっとこの娘の隣にいたいと思ったんだ。
- 638 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:26
-
…………
- 639 :名無し娘。:2007/03/02(金) 21:30
-
ひとまずここまで。
待っててくれた人、まだ見てたらありがとーです。
ここで、半分……にはちょっといかないか。
また残りはそのうち。
- 640 :名無し娘。:2007/03/08(木) 00:10
-
続きです。
- 641 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:11
-
そう……あの時、間違いなくそう思ったんだ。
それなのに、何故……今、こんなざらついた気持ちが浮かんでくるんだろう。
僕は彼女が好きで、彼女も僕のことを好いてくれている。
僕の気持ち、想いに間違いはない、そう言い切れるだけの自信がある。
彼女が僕のことを想ってくれてるのも、とてもハッキリと感じられるんだ。
それなのになんで……
答えのでないままのループを繰り返しそうな思考を無理矢理に断った。
そして再び記憶の中の何処かにあるだろう“それ”への糸を辿る作業を始める。
- 642 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:12
-
………………
- 643 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:13
-
「先輩の部屋に、遊びに行ってもいいですか?」
そう言われたのは一昨日のことだった。
その時は特に、不思議には思わなかった。
付き合っている男の部屋くらい見てみたいものだろう、と。
けれど、待ち合わせ場所に、五分前に着いた僕を待っていた紺野の、肩から下げた大きなトートバッグを見て、背筋にかすかな緊張が走った。
僕を見つけた紺野が、頬を赤くして、ぎこちなく笑った。
夕飯を作ってくれるという彼女と、近所のスーパーで一緒に、材料を買って家に帰った。
「あんまり、自信ないですけど」
という紺野の手料理だったが、慣れた手つきを見れば、それが謙遜だったことが解る。
素直に美味しい、と伝えると、ほっぺたを赤くしながら、嬉しそうにあの微笑みを浮かべてくれた。
食事を終えて、さすがに緊張のほぐれた紺野と、時が過ぎるのを忘れ、他愛もない話で盛り上がる。
彼女の仕事の事とか、僕の大学の事とか、中学時代の事とか。
喋りすぎて口の中が乾くなんてことを、僕は初めて経験した。
一息ついてコーヒーを飲んだ時、ふっと時計を見る。
外で会う時ならば、もう別れている時間だ。
- 644 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:14
-
「時間、大丈夫?」
うすうす感づいていながら、そんなことを聞いてしまう。
一拍、間を置いて、
「あ。はい?」
紺野の表情に、ほぐされたはずの緊張が戻ってくるのが解る。
「いや、こんな時間だけど……」
「は、え? あ、そうですね……」
時計の針を見て、呟き、俯く。
時間を忘れるほど楽しくて、気がつけばこんな時間に、という反応ではなかった。
となると、やっぱり、そういうことだろうか。
紺野は、“そういう覚悟”で来たのだろうか。
「あ、あの、先輩っ」
緊張に上ずった声で、俯いたままの紺野が僕を呼んだ。
「ん?」
「え、ぃや、あの……きょ、今日は……その」
緊張のせいで、肩が震えている。
流れる髪の隙間から見える耳が、真っ赤になっている。
震える声で、ごにょごにょと何か呟いているが、はっきり聞こえなくても、意味をなすことを喋れていない、と解る。
- 645 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:15
-
「紺野」
「へっ? は、あ、はい?」
突然、名前を呼ばれて、驚いて顔を上げる紺野。
つぶらな瞳が、見開かれている。
まるで自分のものじゃあないみたいに心臓が騒がしく鳴っている。
どうやら自分で思っている以上に、緊張しているみたいだ。
「……今日、泊まってかないか?」
紺野は時間が止まったように、僕の顔を呆然と見詰める。
そのまま十数秒。
冗談みたいな間を置いて、ぼおっと火が噴き出るように赤くなった。
「いや、かな?」
僕が聞くと、完熟トマトみたいに赤くなった顔を俯かせて、首を振った。
「あ、あの、今日は……えっと、その、つもり、でした……」
紺野のようにおとなしい子が、ここまでの決意をするのに、一体どれだけの勇気が必要だったか。
それを思うと、僕は胸が熱くなった。
そう想ってくれる気持ちを大切にしなければいけないんだと、そんなことを思った。
- 646 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:15
-
シャワーを終えて寝室に入る。豆球だけが点いていて、薄暗い橙色の光が、いつもとは違う陰影を浮かび上がらせていた。
ベッドの上で布団から顔半分だけ出した紺野が、こちらを見ている。
僕はベッドに近づくと、出来るだけ音を立てないように、静かに布団の中に入る。
一人分の体温で温められた布団の中に、ほんの少しの違和感……けして悪いものではない違和感を感じた。
隣にいる紺野の体が緊張からだろう、かちかちに強張っているのが判る。
怯えるように震えているのが、狭いベッドのおかげで、触れ合う肩から伝わってくる。
長袖のTシャツと、下はスウェットだろう。
家で使っているものだろうか、それとも新しく買ってきたものだろうか。
そんな、今この場ではどうでもいいことが気になった。
「紺野」
「は、はいっ」
僕の顔を見ず、天井に目を向けたままで、半ば布団に隠れた口がくぐもった返事をする。
「はじめちゃったら、止まらないと思うから。だから、止めるなら、今のうちだよ」
掴んでいた布団の端を握る手に、きゅうっと、力が込められた。
- 647 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:16
-
「先輩っ」
「ん?」
「あの……あの、私のこと、好き、ですか?」
「好きだよ」
僕は間を置かずに、紺野の言葉に答える。
決意してきた、とはいえ、やはり未知の体験に不安を感じているんだろう。
「だい、大丈夫、です。ちゃんと、その……ちゃんと、先輩の彼女に、なりたいんです」
「……解った」
こんなことしなくても、もう“ちゃんとした彼女”なんだけどな。
でも、紺野がそう思うのなら、その気持ちに応えるのが、“ちゃんとした彼”のやるべきことだろう。
僕が覆い被さると、ごくり、と紺野が喉を鳴らすのが解った。
緊張に見開かれた目が、真っ直ぐに僕をとらえている。
さらさらの前髪を撫でてやると、シャンプーの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
あ、と、紺野の唇から声が漏れる。
顔を近づけると、ぱちっと瞼を下ろした。
そうするのが当然、というような、機械的な動き。
緊張で震える紺野の唇に、出来るだけ優しく、くちづける。
触れた時以上にゆっくりと離れる。
閉じていた瞼を開けて、目の前に僕の顔を見つけると、何処を見て良いのか判らない様子で、視線を泳がせた。
- 648 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:17
-
今にも泣き出しそうな瞳が、落ち着きなく動いている。
緊張するな、と言う方が無理だけど……なんとか少しでも、落ち着かせてあげることは出来ないだろうか。
僕はいつものように彼女を呼ぼうとして、それを飲み込んだ。
そして、それが彼女を落ちつかせてあげられる呪文であればいい、そんな想いを込めて言葉を紡いだ。
「あさ美」
「……、……え?」
いきなり名前で呼ばれて、表情を無くす。
「せ、先輩、今、名前……」
ようやく理解できたのか、ぼんやりと僕を見つめて、声を漏らした。
僕はそれには答えず、彼女の涙目を見つめて、ありったけの優しさでささやいた。
「あさ美、僕のこと…怖い?」
一瞬、間を置いて、あさ美は首を横に振る。
「僕はあさ美が嫌がることはしないよ」
少し水分の残る髪を、優しく撫でてやる。
緊張で強張っていた表情が、見る見るうちに和らいでいく。
目の端から涙を一筋、溢れさせながらも、嬉しそうに、微笑んだ。
- 649 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:18
-
「ありがとうございます。あの、ご心配おかけしました、もう、大丈夫です」
その必要以上に丁寧な言い回しが、なんだか“らしくて”笑えてくる。
「あの、もう大丈夫ですから、その、──」
あさ美が言葉を続けようとするのを、僕はくちづけで遮った。
ん、と息を漏らすあさ美。
何度も何度も、唇をついばむようにキスを繰り返す。その度にあさ美は素直に反応して、ん、ん、と切なげな息を漏らした。
唇から伝わる感触に、硬さがなくなってきたところで、中断する。
ぽーっと、どこか焦点が定まらない瞳が、僕の顔を茫洋となぞっていく。
「キス……いっぱい……」
伝えようと出たものではなく、ぼんやりしたあさ美の意識から、言葉がこぼれた。
「言ったろ? はじめちゃったら、止まらないって」
「あ……はい」
僕はくちづけを再開する。
瞼を下ろして、それを受け止めるあさ美。
そろりと舌を伸ばして、あさ美の唇を舐めた。
僕の意図を察してくれたのか、合わさっていた唇を、おずおずと開いてくれた。
唇の隙間から、唾液に濡れた舌が、あさ美の口中へ滑り込む。
- 650 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:19
-
「んッ」
受け入れてくれたとはいえ、戸惑いがちに息を漏らす。
口の中を這い回る僕の舌を、あさ美はどう感じているだろうか。
少し不安に思いながらも、あさ美の口中を味わう。
それはとても柔らかくて、熱くて、甘い……気がする。
「ん、んんッ、んぅ」
あさ美の唾液が僕の舌に絡み付いて、淫らに音を立てる。
あさ美の漏らす吐息が、僕の口の中に入り、昂奮させる。
唇は繋がったまま、片手をあさ美の胸に向かわせた。
服の上から、手を乗せた。
余計なことはせず、ただ、乗せただけ。
「んんッ!」
ただそれだけだったけれど、あさ美は驚くほど敏感に反応した。
唇が、きゅっとすぼまり、口の中に入っていた僕の舌を締め付ける。
痛くはなかったけれど、反射的に唇から抜き取る。
「あ、ごめ、ごめんなさいっ」
「いや、大丈夫だけど……痛かった?」
「あ、ちがっ、じゃなくて、その……驚いちゃって……」
「じゃあ、いい?」
「あ……」
こくり、と真っ赤な顔で頷いた。
- 651 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:20
-
乗せただけの掌からでも、充分に伝わってくる感触。布一枚、隔てた感触。
ブラ、つけてない。
出来るだけ優しく、指ではなくて、掌で包むように愛撫する。
「あっ、はぅ……ん、ふぅッ」
自分の声に驚いたあさ美が、慌てた様子で、片手で口元を押える。
両手を使って、それぞれの乳房を刺激していると、その頂点で布を押し上げる突起の感触が、掌に伝わる。
僕はそれを確かめたくなって、Tシャツの裾に手をかける。
「あ、ちょ、待って」
「待てない」
「あの、自分で……」
「脱がせてあげたいんだよ」
そう言うと、有無を言わせず捲り上げる。
うう、と恥かしそうにうめいたけれど、それでも僕に従って両手をあげてくれた。
脱がせたTシャツをベッドの外に、落とす。
橙の弱々しい照明、その上、布団が影を作ってはっきりとは見えないけれど、服の上から見るよりも、ずっと大きく見える。
着やせするタイプみたいだ。
胸の大きさとは反して、引き締まったウエスト。
僕は堪えきれず、その下までも見たくなってしまう。
- 652 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:29
-
「下も、いいかな?」
あさ美の顔が、泣きそうに歪むのが見える。
けれど、それでも、小さく頷いてくれた。
ごくり、と自分の喉が鳴る音が、やけに大きく聞こえた。
スウェットに手をかけると、恥かしいだろうに、少し腰を浮かせるあさ美。
躊躇う間を与えないように、するりと一気に脱がせてしまい、Tシャツ同様、ベッドの下に落とした。
下も、何もつけていなかった。
薄暗くて、ほとんど見えないということは解っているはずだけど、それでも羞恥から目を固く閉じてしまうあさ美。
服の上から感じられた小さな突起を、今度は直接、摘んでやる。
「ふあぅっ!」
手で押えていたはずの口から、強い刺激を堪えられず、声を漏らした。
片方の乳首は摘んだり、指の腹で転がしたりしながら、もう片方の乳首に顔を近づける。
固く尖ったそこを、咥える。
「んあぁっ! や、あ、やあぁっ!」
口に含んだ乳首を、ねぶり、はじき、転がす。
声を押えることも出来なくなったあさ美が、もだえている隙に、空いた手を太腿の間へ移動させた。
- 653 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:30
-
ひゅ、とあさ美の息を飲む声。
脚を閉じようとしたようだけど、それを必死に堪えてくれているように小刻みな震え。
柔らかい恥毛の下は、何者をも受け入れたことのない、閉じ合わさった秘裂。
割れ目に沿って、指を動かす。
「ぃあッ! は、うあんッ、やああぁっ、ん!」
熱く湿った感覚はあるが、それは体温や汗によるところが大きい。
これではまだ、男性器どころか、指だって入らないだろう。
しゃぶりついていた乳首から離れて、乳房を包んでいた手も放し、布団の中に潜り込む。
「え? え?」
異変に気付いたあさ美が、戸惑いの声を漏らす。
脚の間に体を置いたけど、暗くて何も見えないのが残念だった。
手探りで、あさ美の秘裂を見つけて、今度は指だけではなく、舌を這わせた。
「やあぁっ、そ、そんなとこ、なめちゃ、ダメぇっ!」
悲鳴じみた声を上げて、秘所から引き剥がそうと、僕の頭を両手で押さえつける。
それにかまわず、舌先で秘裂を愛撫する。
- 654 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:31
-
「ひあぁっ! あうぅんッ、あ、はああッ! はあうッ!」
湧き上がる未知の刺激に、もだえるあさ美。
無意識のうちにだろうけど、放そうとしていたはずの手は、秘所へとより強く押し付けるようになっていた。
皮膚の奥に隠された粘膜や、その頂点で起き上がった秘核を舐めているうち、自分の唾液とは違う液体で、あさ美の秘所が濡れてくる。
「あ、あんッ! はぁぅ、ふぅッ、うんッ! ん、はあんッ!」
こんなにも素直に反応してくれるあさ美を見ていると、僕の我慢も限界だった。
唾液と愛液で潤った秘裂から口を離して優しくささやいた。
「ちょっと、待ってて」
乱れた呼吸で肩を揺らすあさ美が、少し不安げに、頷いた。
布団から出て、着ているものを手早く脱いでしまう。
僕の昂ぶりを示す肉棒が、力いっぱい持ち上がっていた。
裸になったところでベッドに戻ろうとして、思い出した。
- 655 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:32
-
雑貨が放り込んである棚の中を、慌てて探る。
奥の方に隠してあった小さな箱を取り出し、中身を、コンドームを引っ張り出した。
装着する僕の背中に、あさ美の視線を感じる。
着け終わると、なんとなく照れくさくなって、急いで布団の中に入った。
待っていてくれたあさ美の上に覆い被さると、再び緊張した目が、僕を見つめてくる。
それを紛らわせる為に、鼻の頭にくちづけると、あさ美は少し引きつりながらも、微笑みを返してくれた。
体を寄り添わせたまま、昂ぶった肉棒を、あさ美の秘裂に押し当てる。
薄いゴムを通して、熱く濡れた粘膜を感じる。
あさ美の唇が、きゅっと固く結ばれた。
一線を越える恐怖からか、かすかに震える唇を開け、おずおずと言葉を探すように話し出した。
「あ、あの、あの、わたし、あの、初めてで……」
まさか、気付いてないとでも思ったのか。
一瞬、そう思ったが、そんな雰囲気ではないようだ。
「あの、だから……わたしが痛がっても、その、最後まで、して、ください」
- 656 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:32
-
泣き出しそうな瞳に見つめられ、真剣な決意を受け止める。
その瞳も、言葉も……何に代えることも出来ないほどに愛らしいと思った。
「解った。じゃあ、ちょっと我慢して」
あさ美がこくり、と頷くのを見て、僕は腰を少しだけ、進めた。
肉棒によって広げられた秘壁が、侵入者を押し返そうと圧力を加えてくる。
「あ、くぅっ!」
まだ先端が沈んだだけだというのに、あさ美の表情が苦痛に歪んだ。
あさ美の襞壁は、僕の分身を押し返そうと抵抗する。
それでも僕は、奥へ奥へと進んでいく。
その度に彼女の痛みに耐える声が鼓膜を震わすけれど、それでも僕は止まらなかった。
止まりたくないのも正直な気持ちだったけれど、それ以上に、あさ美の気持ちに応えてあげたい、そう思ったから。
彼女の柔壁に侵入するうち、行き止まりかと思える壁に行き当たった。
「ぁうっ」
あさ美が、小さく、痛みにうめく。
異物の侵入を阻んでいた壁を突き破る為、僕は体重をかけて彼女の中へと押し込む。
- 657 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:35
-
「ひぅ、ぅうああああッ!!」
強固な防壁を突き破って、僕はあさ美の一番深いところに沈み込んだ。
薄いゴムを隔てて、あさ美に包み込まれる。
熱く、柔らかく、そして痛いくらいに締め付けてくる。
「あさ美……」
思わず彼女の名を呼ぶと、額に汗を浮かばせて、喘ぎながらこう言ってくれた。
「……ありがとう、ございます」
「あさ美のセリフじゃないよ……」
なんで、そんな辛そうにしながら、“ありがとう”なんだよ。
憤りにも近い戸惑いが、顔に出たのだろうか。
あさ美はいまだ辛そうな表情のまま、それでも喜びを包み込んだ笑顔を浮かべる。
「だって、ちゃんと、してくれました……」
僕はその言葉に、胸を締め付けられた……それこそ涙が出そうなほどに。
腰は出来るだけ動かさないようにしながら、抱きついて、くちづける。
重ねるだけの、愛情をたっぷり込めたくちづけ。
唇を離すと、汗で濡れたあさ美の表情が、少し固くなっているのが解った。
涙で濡れた目が、僕に訴えかけてくる。
最後まで――
僕はあさ美の背に腕を回して、体を密着させた。
- 658 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:36
-
「ひゃっ」
突然のことに、あさ美は気の抜けた声を漏らした。
あさ美の二つのふくらみが、僕の胸で潰される。
「動くよ?」
「あ……あ、はい」
あさ美の手が僕の背に回り密着感が増す。
僕はあさ美をいたわるように、ゆっくりと腰を前後に動かす。
「うっ、くうぅぅ」
体の中を往復するたび、あさ美は苦しげに息を吐く。
「大丈夫?」
「……大丈夫、です……」
僕のために必死で我慢してくれているあさ美を、とても愛しく思う。
ゆっくりと、ゆっくりとあさ美の中を往復する。
気持ち良すぎて、声が出そうなくらい感じてしまう。
「く、ぅう、ふぅっ……は、あぅっ……ぅぅうっ」
痛みに耐えるあさ美の声。
その声を聞きながらも、肉棒を包み込む熱い感覚に、あっという間に限界に引き上げられる。
「もう少し、だから、我慢して」
「だい、大丈夫っ……へいき、だからっ」
あさ美は背中に回した腕で、力いっぱい僕にしがみつく。
辛そうな呼吸で、言葉を吐き出す。
いつの間にか早くなっていた腰の動きで、肉棒の先端が、あさ美の奥を突いた。
そして、限界を超えた。
- 659 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:37
-
快感の結晶が、肉棒の中を迸る。
放出がなかなか納まらず、冗談みたいな量の精液が吐き出される。
ゴム一枚隔てているとはいえ、あさ美の中で果てた。
それだけのことに、ひどく昂奮している自分がいる。
最後の一滴まで搾り出すように、肉棒が大きく一度、痙攣すると、ようやく理性が帰ってきた。
耳元であさ美の荒い呼吸が聞こえる。
背中に回していた手の力を緩め、あさ美の顔を覗き込む。
涙と汗に濡れた顔が、僕と目が合った途端、ふにゃり、と笑った。
少し引きつってはいたけれど。
「ごめんね、痛い思いさせて」
「そんなこと、ないです……」
「でも……」
「……あの、痛かったです……けど」
こくり、と喉を鳴らして……
「けど、ちゃんと、彼女になれたって思うと、その、嬉しいんです」
あさ美が浮かべた笑顔には、何一つ余分なものなんか混ざっていなかった。
心の底から、嬉しい、と純粋に笑ってくれている。
- 660 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:37
-
僕はたまらず彼女を抱きしめ、自分の全てを伝えたいとささやいた。
「好きだよ」
「嬉しい……」
彼女の声が、鼓膜をくすぐった。
汗で乱れたウェーブのかかった前髪を整え、可愛らしいおでこにキスを落とした。
くすぐったそうに首をすくめる彼女にもう一度「好きだよ」とささやく。
込み上げてくる幸福感を閉じこめておきたいと、寄り添い抱きあって眠った。
- 661 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:43
-
…………
- 662 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:44
-
あれはとても……とても幸せな時間だったんだ。
どんどんと彼女のことを知っていって、彼女への想いを深めていって。
僕といる時の彼女は、いつも嬉しそうな表情を見せてくれていたんだ。
それなのに……
あれはいつだったろう。
もしかしたら、何かが違ってきたのはあれからだったかもしれない。
僕にとっては些細な出来事で、時が経てば泡のように消えてしまうに違いない。
その程度のことだったとしても、もしかしたら彼女にとっては……
あの生真面目で、不器用だけど一所懸命で、それでももう一つ自分に自信を持てない彼女なら……
- 663 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:45
-
…………
- 664 :名無し娘。:2007/03/08(木) 00:47
-
眠気MAX!
今日はこのあたりでおやすみなさい(+.+)(-.-)(_ _)…
- 665 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:16
-
新曲のリリースと幾つかの特番への出演。
そんなものが重なると、僕等の逢える機会は少なくなる。
それは仕方のないことで、ちゃんと心得てはいたし納得していた。
それでもどこかで我慢…というかで焦れてもいたのかもしれない。
連絡こそ取っていたけれど、久しぶりに逢えた彼女は、いつもにも増して輝いて見えた。
「少しは時間とれるようになった?」
「あ〜、うん。幾つか収録するのも残ってるけど」
「そっか。元気だった?」
「うん……なんか、何ヶ月も会えなかったみたいだよ」
「ん、それくらいに感じたよ……」
「え、あ、えっと…」
「だから、今日会えたの、すごい嬉しい」
「あ、え、あの……うん、ありがと」
いつまで経ってもこういった言葉に対する耐性をもてないでいる彼女は、頬を染め言葉に詰まりながら俯く。
そんな彼女を愛おしく想い、そっと指先を近づける。
「またこんなにしちゃって……」
「ひぁ! あっ、ちょ、ちょっと……」
朱に染まった頬…ほっぺたを突いた指先から逃れようと、身を捩りながら、小さく抗議の声。
僕はククっと喉をならして笑いながら「ごめん」って謝った。
- 666 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:17
-
「んん、もう…すぐそうやってからかうっ」
「ホント、ごめん」
「もういいっ」
そうやって許してはくれるけれど、ほんの少しだけ拗ねているのが窺える。
それがまたなんとも言えないんだけど……そうしつこくして怒らせたくも――泣かせたく、かな――ない。
「明日はゆっくりで平気なんだよね?」
「うん。お昼からだから…あの、泊まっても……いい?」
「イヤなわけないだろ?」
「よかったぁ」
食事は済ませたと申し訳なさそうに言う彼女に、僕はお腹が減ってないからと嘘をつく。
いや、正しくは嘘でもないのだけど……実際、一人で食事を摂るよりも、ただ彼女との時間が欲しかっただけで。
そうやって同じ時間を過ごしていると、もたげてくるのは“もっと”という想い。
隣り合って座っていれば肩を抱きたいと思い、肩抱いていればキスをしたいと思う。
どこかで足りないと感じていた時間を取り戻そうとするように、膨らんでいくジリジリとした感覚。
一度膨らみだした想いは、抑えることが出来ないほどに僕の中を埋めていく。
- 667 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:18
-
「えっ? うそうそ、そん、や……」
想いに任せて縮めた互いの距離と、腰に廻した手の強さに、あさ美は慌てたように身を逸らそうとした。
けれど、それはただバランスを崩すだけの意味しかなかった。
小さく悲鳴を上げて後ろへ倒れ込んだあさ美に、体重を掛けないように気をかけて身体を重ねた。
「いい?」
「あ、あの…だって、急に……ビックリしちゃ──、んんっ」
これだけ近い距離で見る柔らかな唇に、返事を待つだけの時間すら惜しくなって唇を重ねた。
触れ合った唇が言葉を紡ごうとする動きにあわせるように舌を絡ませた。
「んむぅ、っ…」
一度堰を切ってしまった欲望に突き動かされるように、腰に廻した手で服の上からブラのホックを外す。
空いている手は裾から服の中へとすべり込ませている。
「あ、やだっ──、あんっ……」
おなかの上で滑らせた手を緩んだブラの隙間へもぐり込ませ、彼女のイメージそのままのようなふっくらした胸に手を伸ばした。
唇、耳朶、首筋とキスを落としながらゆっくりと服をせり上げていく。
羞恥からだろうか、弱々しく拒むような身動ぎが、少しずつ、少しずつ消えていく。
- 668 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:19
-
〜♪
いよいよ行為に没頭していくその時に、場違いなリズムが部屋に響いた。
彼女は閉じていた目をうっすらと開き、眠りから覚めるように現実へと戻っていく。
「あっ……」
慌てたように――それでも拒絶と取られないようそっと――僕の胸に手をあてて、目線で行動を懇願される。
「…ごめんなさい」
そう言われてしまって、どうにもやるせない気持ちになり、身体を起こした。
「はぁ……」
「あの…」
「いいよ。出なよ」
申し訳なさそうになにか言いかけた彼女を促した。
「ごめんね」と一言呟いて乱れた服を直してから、急いで自分の鞄から携帯を取り出して部屋を出た。
しばらくして戻ってきた彼女は、とても沈んだ表情をしていて。
両手で携帯を握り、切り出す言葉を探しているように見えた。
「どうかした?」
「あの……」
「なに? 誰からだった?」
少し言葉が強くなってしまっていたのかもしれない。
彼女はどこか怖がるように、少し身を竦ませながらポツポツと口を開いた。
- 669 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:20
-
「あの…マネージャーからで……」
「もしかして?」
「あ、うん…明日、少し早くなったからって」
「…何時?」
「九時には来てくれって……」
知らず知らずに溜息がもれていた。
少しじゃないだろ、とは思いながらも言葉には出せずに、口をついて出たのは別のことだった。
「なら仕方ないよ」
「あの、ほんとにごめんなさ──」
「シャワー浴びた方がいいよ。早めに寝ないと」
意識して彼女の言葉を遮った。
情けなくもあり、大人げないとも思ったけれど……
彼女は少し寂しげに「うん」と一言だけ残してバスルームへ消えていった。
することもなくベッドへ横になり、眼を閉じていた。
しばらくするとドアの音と一緒に小さな声が聞こえる。
「寝ちゃった?」
「……ん、起きてるよ」
目を開けて首だけ動かしてみると、淡いピンクのスウェット姿の彼女が入ってきたところだった。
ベッドの上で身体をずらすように動かして一人分の場所を空ける。
彼女は静かに近づいてくると、そっとベッドに腰を下ろした。
- 670 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:21
-
「あの、ね……」
「大丈夫だよ。気にしてないから。寝ないと明日持たないだろ」
もう少し、場所を空けるフリをして視線を逸らせた。
「……うん」
呟くような声がして、部屋の電気が消される。
寂しそうなあさ美の声に、ちくり、と胸が痛む。
背中越しに彼女が横たわるのが、ベッドの沈み込む感覚で解った。
眠れもしないクセに、意地になったようにしばらく眼を閉じていると、シャツがクイっと引かれる。
「なに?」
「ね…こうしててもいい?」
僅かに向き直って問い返すと、ささやくような言葉と同時にそっと腕を絡ませてきた。
「ダメ?」
よほど機嫌を損ねたと感じているみたいだって思った。
そうさせるような態度を見せた自分に自己嫌悪気味になって、一つため息をついた。
「いいよ」
なるべく優しく聞こえるように注意してそう言ってあげた。
すると彼女は静かに眼を閉じて、まるで仔猫みたいに鼻先を僕の腕にすりよせてきた。
僕は彼女の髪をそっと撫でながら、いつの間にか眠りに落ちていったんだ……
- 671 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:22
-
………
- 672 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:23
-
「……ん?」
微かな気配にふと現実に立ち返らされて、目を凝らして部屋を見遣った。
いつの間にか眠ってしまってたんだろうか、部屋の中は暗く、窓から差し込む間接的な明かりだけが部屋を照らしていた。
夢…を、見ていたのかな
夢だったのかもしれないけれど、あれは確かに現実にあったことでもあった。
そう思いながら、上体を起こそうとしてやっと気がついた。
僕を現実に呼び戻した気配の正体に。
「………」
身体をベッドに預ける姿勢で床に座り込んで、そのまま寝てしまったんだろうか。
彼女は自分の腕を枕に、ベッドに突っ伏してすうすうと寝息をたてていた。
うっすらと笑顔を浮かべているように見えるその寝顔は、奇妙に思えるくらいに僕を落ちつかせてくれた。
「あさ美……」
不思議なほどに満ち足りた気持ちの僕は、夢でしていたようにそっと彼女の髪を撫でる。
幾度かそうしていると、綺麗に整えられた彼女の眉がピクリと動いて、睫毛が微かに揺れた。
慌てて手を浮かせると、かわいらしい唇が小さな吐息を柔らかく漏らして、ゆっくりと目を開いていく。
- 673 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:24
-
「ごめん。起こしちゃったね」
「………」
「おかえり」
「…ただいま」
半ば無意識に返事をしたんだろう。
ぼんやりとした意識を覚醒させるみたいに眼を閉じ、眉根を寄せて、そしてゆっくりと開く。
「あ…あれ?」
「おはよ」
「あっ、ごめんなさい」
幸せな空色だった気分が雨雲に侵食されていく。
そんな切なく淋しい感覚だった。
「なんで謝るの?」
「え? あ、あの……」
「謝られるようなこと、されてないよ?」
「あっ……」
「あのさ──」
〜♪
それが最悪のタイミングだったのか、それとも最悪の事態を救ってくれるタイミングだったのか。
ハッキリと決められないような時に鳴りだしたあさ美の携帯。
「っ……出なよ。マネージャーからかもよ?」
「あっ──、…うん」
何か言いかけたようだったあさ美が、躊躇うように身動ぎをして、それでも、仕方ないというように部屋を出て行った。
「はぁっ…また、なんで……」
足音が遠ざかるのを確認して、深く、重い息をはいた。
掴み損なった温かな時間を惜しむように、掌を見つめて……強く握り、ひらく。
- 674 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:24
-
僕は最近よく考えている。
いつかこの関係に限界がやってくるんじゃないだろうかと。
僕か、それとも彼女か……
どちらになのかは解らないし、その限界というものがどんな形でやってくるのかも解らない。
──けれど…
そう遠くない先に“それ”は待っているような、そんな気がしてならなかった。
そんな先の見えない思い囚われた心を引き戻すように、強く握っていた手に温かな感覚が重なる。
いつの間にか戻ってきたあさ美が、僕の手にその小さな手を重ねて話し出した。
「あの、ね……キライになった?」
「……え?」
「こんなこと言うの、おかしいのかもしれないけど……
嫌われたくないの……わたしのこと、好き?」
泣きそうなあさ美の表情。
すがるような、救いを求めるような、そんな表情。
「…好きだよ」
記憶の世界と現実の狭間にいた僕は、あさ美の言葉に無意識の言葉を返す。
そこでやっと問われた言葉の内容に気がついて、俯いていた顔を上げる。
- 675 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:26
-
「……嬉しい」
見慣れたはずの彼女の顔が、忘れかけていた表情を浮かべていた。
僕は息をするのも忘れて、その表情を見つめていた。
出会った頃より、ずっと大好きだよ――
そう言いたかったはずなのに、その言葉は出てきてくれなかった。
あの頃より大きくなった“好き”という気持ちと一緒に、僕の心の中に膨らんだものが、その言葉を、押し留めてしまった。
「あの、ねっ……」
「……え? なに?」
「ハ、ハズかしいの…そ、そんなにジッと見られると」
「あっ、ごめん」
「もぉ……」
柔らかなほっぺたを朱に染めて、困ったように俯きながら文句にもならない言葉を呟いている。
そんな彼女がさっき浮かべた表情は……
間違えるはずもない「僕の喜ぶ顔を見るのが好き」だって、そう言ってくれた、あの表情だった。
なぜまたあの表情を見せてくれたのか、僕には解らない。
きっと彼女自身もそんなこと意識してのことではないだろう。
それに、その笑顔を取り戻すよりも“終わり”が来る方が早いのかもしれない。
でも……
それでも。
僕はもう一度、あの表情を見たいと心から思うんだ。
もう一度……
……もう一度……
- 676 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:26
-
end.
- 677 :名無し娘。:2007/03/09(金) 22:37
-
途中いろいろあって時間がかかったけれど、まずこんな感じです。
容量は…まだなんか書けますね。
さてどうしようかな。
- 678 :名無し娘。:2007/03/16(金) 20:22
-
もう時期外れもいいとこですが来年まで寝かすのもなんなんで。
お正月に書いた話。
- 679 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:24
-
初詣
それはとても健やかな眠りであるように彼の目には映っていました。
彼は約束通りに彼女の家を訪ね、家人により通されたこの部屋で、その寝顔を見ていました。
履行されない約束など気にもしていないような、それは満ち足りた笑顔で。
意図してのものではなく、ついクスッと洩れてしまった笑みに視線の先で閉じられていた目蓋が反応しました。
細く長い睫毛が揺れて、二度三度と繰り返されるまばたきの間にブラウンの瞳がのぞきます。
やがてゆっくりと覚醒していく意識と共に、しっかりと見開かれた瞳が彼を掴まえました。
「たかちゃん……?」
寝起き故でしょう、少し掠れた声に、呼ばれた彼――孝之――は「うん?」と曖昧な声を返します。
どちらも幸せそうな笑顔を浮かべ、僅かな時間を見つめ合い、季節に不似合いの暖かな時間が過ぎていきました。
そんな満たされた時間から先に抜け出したのは、今し方まで寝ていたはずの少女――梨沙子――の方でした。
- 680 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:24
-
「たかちゃん!? なんでいるの!」
「え? りさちゃんのお母さんに――」
「っていうか、今何時!?」
「あ、三時くらい、かな?」
「……もう、バカぁ! 出てって! すぐ着替えるから」
慌ただしく――それでも寝間着姿を隠すために布団をかぶったままで――梨沙子に言われた孝之は、苦笑しながら腰を上げ部屋を出るのでした。
他人から見ればさも複雑に見えそうな、楽しそうな苦笑いを浮かべた孝之がドアの向かいに背もたれて数分。
そっと開かれたドアから顔を出した梨沙子は、そこにあるべき姿を確認すると、照れ隠しからだと誰にでも解るような口調で「待ってて」とすげない言葉を残し階下へと降りていきました。
そんな言葉と一緒に残された孝之も、全て弁えたように寝癖のついた髪を見送ってクスクスと笑い、言われたとおりにその場で待つのでした。
- 681 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:25
-
タンタンと軽い足取りで戻ってきた梨沙子はすっかり整えられた髪と、ほんの少しだけ、うっすらと化粧をした姿で。
それは雪のように白い肌を損なうことなく引き立たせ、同じように白を基調とした服装にとてもよく映えているものでした。
階段を上がりきった梨沙子が立ち止まり、なにか言いたげに――言って欲しげに――後ろ手を組んで少し上にある孝之の顔を見上げます。
孝之はそうされることが解っていたように、グッと親指を立てて芝居めかした調子で「格好いいじゃん」と声を掛けました。
言われた梨沙子は嬉しそうにニッと笑うと、「じゃあ行こっ」と跳ねるように孝之の腕を取るのでした。
- 682 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:26
-
並んで歩く二人はかなりに対照的で、かぶってるニット帽まで白で揃えられ、いまだ小学生である梨沙子と、マフラーから靴まで黒で染められた高校生の孝之。
二人をよく知る者からみればともかく、言葉にできる状況ではとても“合わない”二人でしたが。
けれど、そうして歩く姿は、とても小学生には見えない梨沙子のおかげもあって、互いに――少なくとも梨沙子にとって――納得できる印象を他者に与えられる二人なのでした。
そうして暗い道を並んで歩き、普段であれば動いていないはずの電車を数本乗り継いだ二人は想像以上の人並みに馴染んで、ごく当たり前のカップルのように見えたことでしょう。
皆が皆、同じ方向を目指して歩く人混みの中で、少し窮屈ではあったものの手を繋いで歩ける梨沙子は幸せそうな笑顔で。
多少の気恥ずかしさを残しながらも、離れてはいけないと理由づけられる孝之も、それを否とは思わずにされるがままで歩くのでした。
- 683 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:27
-
「やっぱすっごい混んでるね」
「だね。大丈夫? 今日疲れちゃったら大変なんじゃない?」
「だいじょーぶですぅ。もうすぐ中学生だし、コドモじゃないもん」
予定が詰まっていることを気遣う孝之に、冗談めかしながらも本心を織り込んだ言葉を返す梨沙子。
相応の時間と誤解や曲解、葛藤を経て、二人は互いのことを理解しだしていました。
それは“形”を成すよりも前から、紡がれてきた想いからのことで、そしてそれ故にすれ違うこともある二人で。
そんな二人……梨沙子にとって、こうして過ごせる時間そのものが大切でもあったのでした。
「はぐれちゃったら一人で帰れる?」
「え? ……帰っ、ちゃうの?」
「だってこんな状況ではぐれちゃったら……さ」
「か、帰れるよっ! 帰れるに決まってるじゃん」
「だよね? 子供じゃないんだもんね?」
「当たり前だよっ」
そうなると解っていて、それでもそんな梨沙子を見るためにからかう孝之と、からかわれていることは知っていながらも言わずにはいられない梨沙子。
- 684 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:28
-
この部分は以前と変わらず、些細なことで意地になる梨沙子に笑いかけながら、孝之は今でも変わらず、一つの気持ちをしっかりと抱えているのでした。
それは幼い頃の希望であり誓いでもあり、そして変化に気がつきだした二人の約束でもある気持ちでした。
孝之が心の奥に抱えているそれを改めて確認していると、そんな感慨ごと押し流すような人の流れに巻き込まれていました。
「わっ――」
危うく引き剥がされていきそうになった梨沙子を掴まえて、混み合う人の中でなんとか二人の距離を縮めると、予想以上に近い距離で梨沙子の顔が綻んでいました。
少し息を乱して赤みがさした頬で、恥ずかしげだけれどそれでも嬉しそうに笑う梨沙子。
あまりに至近なその瞳から、気恥ずかしさが孝之の身体を動かすのでした。
僅かな隙間から人混みに割り込み、ともすれば離れてしまいそうな梨沙子の手をしっかりと握り、頑なに前を向いたままで歩いていきます。
自分を振り返りもせずに歩いていく孝之へ、不平一つ洩らさずにただ幸せそうに握られた手を見ながら付いて歩く梨沙子でした。
- 685 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:30
-
そうして時間をかけてようやっと賽銭箱の前まで辿り着いた二人は、どちらからともなく一度視線を交わして、クスリと笑い合って今年一年の願をかけるのでした。
どちらもその願いを口に出すことはありません。
けれどその願いのうちの、少なくとも一つだけは、間違いなく叶うであろうことは疑いもしない二人でした。
けして長くない時間、並んで眼を閉じ手を合わせていた二人は、周囲の空気に急かされるようにその場を後にして歩き出します。
境内を奥へと進んでいき、なんの為のものなのかも理解していないままで買った破魔矢を手に、おみくじの内容に一喜一憂し、飲み慣れない甘酒を買ってみたりもする。
「どう?」
「…………」
「あははっ、聞かなくても解った」
「びみょー」
への字にした口元を開いてそう洩らした声色に孝之は声を上げて笑い、笑われた梨沙子はますます渋い表情を作ってみせるのでした。
- 686 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:31
-
笑いを収めた孝之が、「ミルクティでも買おうか」と、カップを受け取ろうとすると、手を引いた梨沙子が変わらぬ表情のままで言いました。
「いい。全部飲むから」
「ホントに? 僕が飲むよ?」
「いいのっ。もう大人なんだから」
「ふうん。そっか。ならいいけど」
「うん」
そして約束――主に梨沙子が希望した――通り、初日の出を見るのに適した場所へ移動するために、上ってきた長い石段へ差し掛かったとき、小さな混乱が起こったのです。
少し前方、石段の降り口辺りで人の流れが滞り、一度乱れた流れはちょっとした奔流めいていて、繋いでいたはずの手さえいつしか離れ、二人の距離が遠のいていきました。
人の流れに押され、孝之が落ちつけたのは石段の半ば、少しだけ広がった手すりを掴んだときでした。
すっかり離されてしまった梨沙子を探そうと、目一杯背伸びをしてみたり、手すりに手をかけて跳ねてみたりしても、流れていく人混みの中に梨沙子の姿は見つけられませんでした。
見失ってしまった梨沙子を心配し、下方に見つからないのならと人の流れに逆らって、幅の広い石段を横切るように上がっていきます。
- 687 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:32
-
きょろきょろと辺りへ目を配り、梨沙子の姿が見つからなければ更に石段を上がっていく。
そんなことを繰り返し、再び石段を上がりきり、人混みを抜けて奥の広場へと出て、見える限りに探して歩いても梨沙子は見つかりませんでした。
それならばと踵を返し、来た道を戻り少しでも見晴らしのいい場所を選んで石段の下へ目を凝らします。
雑多な人の中から白い人影を見つけては「違う」と呟き、下へ、下へと視線を流していきました。
その目がはるか遠く、石段の登り口まで差し掛かったとき、もしかしたらと思える真っ白な姿を見つけたのです。
慌てて走り出した孝之の脚は、すぐに人の壁に遮られ、心中と裏腹に遅々としたものに変わります。
けれどそんな中で、なんとか隙間を見つけては前へと急いで、うっすらと汗すらかきながらも階段を下りきったとき、そこにいたはずの真っ白い姿は消え失せていました。
息を乱した孝之が肩を落とし両手を膝にあてて深い息をついたとき、背中に当たる感覚に気がつきました。
- 688 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:33
-
振り向いたその先、遠慮がちに触れた手の持ち主は不安そうな表情で孝之を確認すると、大きく安堵の息を漏らして笑顔に変わります。
「り、りさちゃん! よかったぁ……」
「えへへ」
「っ、もう……はぁ」
「あのね」
「え?」
「ぐーって押されちゃってここまで来ちゃってね」
「うん」
「最初どーしようってすっごい怖かったんだけどね。でも絶対解ってたから」
「って……?」
「たかちゃんがね、絶対捜してくれるって、解ってたから。なるべく動かないで待ってたの」
「…………」
「やっぱりちゃんと見つけてくれた♪」
小さなバッグから出したハンカチで孝之の汗を拭い、そう笑う梨沙子は自分の言葉を何一つ疑うことなく信じていて。
言われた孝之はもう一度、深く長く息をついて、空いている梨沙子の手を取り笑いかけるのでした。
「うん。行こっか。もう日が出ちゃう」
「そーだね。行こっ」
- 689 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:34
-
二人が手を繋ぎ向かった場所は、梨沙子が仕入れてきた情報――人が少ない穴場だとの――通り、割合静かで、それでいて遠く東の方向に海が見える。
まさに初日の出を見るための穴場だと言えるような、そんな場所でした。
二人並んで手を繋いだままで、遠い海を見つめてなにも話さない時間を過ごします。
やがて暗い海の向こうに僅かな朱が差して、日常と変わらない、けれどどこか神々しい太陽が顔をのぞかせてきます。
「りさちゃんはさ、なにをお願いしたの?」
繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込めて、梨沙子の横顔を見つめる孝之が聞きました。
「んー? えっとね、色々。いっぱいお願いしたよ」
昇りゆく太陽を見つめながら梨沙子がそう返します。
「そっか。全部叶うといいね」
孝之は同じように朝日へ目をやり、欲張りな梨沙子を微笑ましく思いながらも心からそう言いました。
- 690 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:36
-
「でもね」
梨沙子が強く手を握りかえし、そう呟いたことでもう一度顔を廻らしたそのとき。
「もう一個は叶っちゃったから♥ きっと全部叶うもん」
すっと離れていく香りに気づき、そしてくちびるに触れたやわらかさに気づき、呆然としたままの孝之に梨沙子が言葉を継ぎました。
「今年からコドモじゃなくなるって言ったでしょ」
僅かに強がりの色が滲む気がしたその声。
それが気のせいではないということを、梨沙子の真っ赤な耳元が孝之に教えてくれていました。
形になった想いは梨沙子を成長させていました。
それがいつか孝之に追いつき、二人の想いが重なるまで、孝之はこうして驚かされるのだろうなと思うのでした。
形を変えていく二人の恋。
いつまでも続いていく物語。
小さな恋の……
- 691 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:37
-
end.
- 692 :名無し娘。:2007/03/16(金) 20:38
-
…あと40KBちょいか
- 693 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:50
-
今年も夏を迎えようとしている。
あたし達が、お互いを意識するようになったあの夏。
あの夏から一年がすぎて、あたし達はどうなるんだろう。
変わろうとしない関係に変化が生じるなにかはあるんだろうか。
それとも今年も夏がきて、そして何事もなかったように過ぎていくんだろうか。
そもそも変わることを望んでいる人間がいるのかどうかも解らない。
この関係がどうなっていくことを望んでいるんだろう……
あたしは……
- 694 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:51
-
また、夏がくる
- 695 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:52
-
「なぁにしてんだろ、あたし……」
夏を待ちきれないような暑さと、梅雨の名残のような居心地の悪さの中で、ジャングルジムの上に腰を落ち着けて沈みつつある大陽を見ていた。
ぱっとしない気候に比して、今この場所は、あたし、吉澤ひとみにとって結構心地よかったりする。
湿度は高い感じだけれど、吹き抜けていく風は夏の匂いがするし、なにより高い場所から何かを見下ろすのは悪くない。
だけど、あたし的に気分はおかしなくらいブルーだったりする。
その原因もよくよく考えてみれば、そうおかしなことじゃないんだけれど、でもそうじゃないような気もする。
「なんであんなトコ見ちゃうかな〜……」
なんてボヤいてみても、見てしまったものは仕方がないし、今ここにいるほどに動揺してしまったのも仕方がない。
動揺、してるって気がつかなかったくらいには動揺していたんだ。
そもそも、そんな動揺するようなシーンを見てしまったきっかけも自分にあって、他の誰になにを言うことでもなかった。
- 696 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:52
-
ただ時々しているように、ベランダ越しに幼なじみであるヒロの部屋に……中村博之の部屋に顔を出そうとしただけだった。
そのこと自体は、階段を下り家を出て、アイツの家へ入り階段を上る、などという手間を大幅に省いただけの行為。
アイツだって文句を言いながらも、それを気にするようなこともなかった、ハズだし。
実際、その時も驚かれはしたけれど苦笑いされただけだった……と思う。
二人とも。
そう、アイツと……もう一人、大切な幼なじみの石川梨華、梨華ちゃん。
いつものように、ひょいとベランダを渡ってヒロの部屋をのぞき込んだあたしを、二人ともがそういう表情で見ていた……んじゃないかな。
どこか気まずげに感じたのはきっと自分のせいだと、多少落ち着いた今なら解っていた。
なのにそのときのあたしは、ひどく動揺して大慌てで部屋に駆け戻った。
それどころか、いてもたってもいられなくなって、あげくにこんなところまできてボーっと空なんて眺めてる。
- 697 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:53
-
冷静になって考えてみれば、あれは梨華ちゃんらしい“世話焼き”の一つだったんだ。
ヒロに膝枕をしてやって、ニコニコしながら耳掃除なんかしてやってただけだ。
――うんそうだよ。ただそれだけじゃんか
ただヒロのヤツがくすぐったそうにニヤけた顔で、すっげー嬉しそうにしてただけで……
そんであたしは……なんであんなにショックだったんだろう。
アイツが梨華ちゃんのことを好きだってことなんて、戻ってきて直ぐに解ってたことじゃん。
アイツが久しぶりに戻ってきたとき、梨華ちゃんを見つめて呆けたような顔をしてたの、覚えてる。
戻ってきたアイツと、初めて三人で出かけたときに、少し前を歩いていた梨華ちゃんを見て言った「完璧に“女の子”になったなぁ」ってセリフだって。
あたしは当たり障りのない返事を返したけど、すっげぇドキっとしたんだ。
そういう風に改めて見る梨華ちゃんは、確かにこれ以上ないってくらい“女の子”だったんだから。
- 698 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:54
-
細くてやわらかい髪は綺麗に揺れていたし、細い身体は壊れちゃいそうに華奢だ。
そのくせ出るべきトコロは柔らかなカーブでその魅力を主張してる。
性格だって大人しくて控えめでも――もちろんそれ以外の面だってあるけど――いられるし、基本的にはやさしくって可愛らしく見える。
誰かといるときはいつも笑顔で、滅多なことじゃ声を荒げたりも――あたしには別だけど――しない。
ちょっと意地っ張りで色黒だけど、それだって男の目からみればアクセントみたいなもんだろうって思う。
つまりあたしとは正反対。
それがアイツの好みなんだ……
そんなこと解ってた。
なんで自分じゃないんだろうなんて考えること、それ自体が滑稽なくらいに違う。
そして梨華ちゃんだって……アイツのことを好きなんだし。
- 699 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:54
-
アイツが離れていってしまったときの彼女の鬱ぎ込みようはヒドかった。
まるで笑顔を忘れてしまったんじゃないかって、本気で思ってしまいそうなくらいだったんだから。
時が経つにつれて、いつからか笑顔を見せるようになったけれど、それだってアイツが戻ってきたときのモノとは比べようがない程度のモノだった。
そう、アイツが戻ってきて、梨華ちゃんはホントにいい笑顔を見せるようになった。
アイツがまたあの家に帰ってきて、幸せそうに笑うようになったんだ。
――敵わないよ……
そう思った。
そう思ったのに……去年の夏。
思い出すだけで顔が熱くなる。
- 700 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:55
-
――なんであんなことしちゃったかなぁ
祭りの熱に浮かされてたのかもしれない。
そう思おうとすると心が痛くなる。
それは自分の心に嘘をつこうとしてるからだって、気がついたのはいつだったろう。
あの日、最後までいっちゃってたら、うちらはどう変わっていたんだろう。
きっと梨華ちゃんを泣かせちゃって、アイツとだってウマクいく訳なんて無くって、最悪なことになってたかもしれない。
色々考えれば考えるほど、そういう“先”しか思い浮かばなかった。
三人が三人とも、幸せになるなんてことは……
そうなる未来なんて見えなかった。
- 701 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:04
-
「よっちゃん♪」
どうにも寂しい想像に花を咲かせそうになっていたあたしに、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
っていうか、あたしのことをそう呼ぶのはこの街に彼女しかいないわけだけれど。
「梨華ちゃん……」
目線を下に流していくと、いつも通りに柔らかな笑顔を浮かべた梨華ちゃんがあたしを見上げていた。
なんだかその笑顔は、近所の子供だとか妹の面倒をみる“お姉ちゃん”のように見えた。
「そんなトコでなにしてるのぉ?」
その声だって迷子になりかけている子供にかける声みたいだ。
よくあることだってのに、今はそれが妙に癪に障った。
「……なんだってイイじゃん」
解っていながらも目をそらし、ふてくされた声を投げ返す。
だからあたしは子供なんだろう。
そこまでは解ってる。直らないけど。
「別にいいんだけどさ……よいしょっ」
――よいしょ??
- 702 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:05
-
慌てて視線を戻すと、梨華ちゃんがゆっくりとよじ登ってこようとしている所だった。
運動苦手じゃないはずだけど、いかにも慣れてなさそうなぎこちなさで、ゆっくりと慎重に。
でも、なんだかやたらと嬉しそうに登ってくる。
「ち、ちょっと梨華ちゃん!?」
「――しょっと。……え?」
「え? じゃなくてさっ。なんで登ってくるの」
あたしの質問に笑顔だけを返して、梨華ちゃんはあたしの隣まで登ってきた。
その笑顔は、あたしが知り尽くしているはずの“幼なじみの梨華ちゃん”なのに、初めて見るような不思議な笑顔だった。
「ふぅ。……いいね、ココ」
「……」
なんだか混乱したままのあたしをよそに、梨華ちゃんは一人でしゃべり続けた。
「ここ…さ、私たちの家からだと少し遠いよね」
「……そーだね」
よく解らないけれど、……なんか遠回しに追いつめられてる気がする。
そのせいもあって、ぶっきらぼうになるあたしの言葉に、梨華ちゃんは少しイヤな微笑みをみせた。
- 703 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:05
-
「よっちゃんってば、時々ココきてるもんね」
「……そーだね」
そんな気がしたよ。
やっぱ知ってたのか……イヤな幼なじみだなぁ。
「“なにか”あると、ココにくるんでしょ?」
「……さあね」
「うふふっ」
「なんだよ」
「べっつにぃ〜」
ゆとりのある態度。
なんかムカつく。
「なにしにきたのさっ」
「ヒロちゃんがくるよりはいいんじゃないかなって思ったから」
「っ……」
「よっちゃんが逃げたから、ヒロちゃんってば追いかけていこうとしたんだよ?」
「ふんっ、別に逃げたんじゃないや」
「そう? どっちでもいいんだけど」
「……な、なんだよっ」
何か言いたげにあたしの顔をのぞき込むような仕草に、投げやりな言葉をぶつけてしまう。
それに対する返事みたいに、フフッて笑顔を浮かべた梨華ちゃんはゆっくりと口を開いた。
- 704 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:06
-
「ヒロちゃんがきたほうがよかった?」
「なっ――」
「よっちゃん、ヒロちゃんのこと好きだもんね」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「別に隠すことないのに。正直に言っちゃいなよ」
「そ、そっちこそどうなんだよっ。梨華ちゃんの方こそ、ヒロのこと好きなんでしょ!?」
「……うん。好きだよ」
――え…?
あまりにあっさりと聞かされた答え。
口にされないだろうと思っていた予想通りの答えは、予想以上にあたしの心に激しく響いていた。
「ひとみちゃん」
「え?」
同じように、あっさりと浮かび上がった呼び名。
確か小学校に上がった頃だったか、そう呼ばれることが照れくさくて、無理矢理に代えてもらった呼び名。
- 705 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:06
-
「わたし“も”ヒロちゃんのことは好き」
「……」
「ひとみちゃんもそうでしょ?」
「……」
ムスッと押し黙る。
それが答えだって解っている梨華ちゃんは、喉を鳴らすように笑うと話を続けた。
「もし……ううん。わたしがヒロちゃん好きで、だとするとひとみちゃんはどうする?」
「……どうって?」
「きっと、変に遠慮したり距離を置こうとかって考えるでしょ」
「っ……、なんでそう思うのさ」
そうかもしれない。
いや、きっとそうするだろう。
今までのように三人で、なんて無理に決まってるから。
だったら……
「ひとみちゃんならそうするよ」
「もしそうだとしたら……、だったらなに?」
梨華ちゃんがなにを言いたいのかよく解らない。
要点をついているようで要領をえない。
- 706 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:07
-
「それはいいの」
「はぁ?」
「でもね。ヒロちゃんが好きなのはひとみちゃんだから……」
急に一人で納得されて、その上でさらっととんでもない言葉を口にされた。
なにを言ってるのか耳には入ってきても理解できないくらいに。
「……え?」
「それくらい、一緒にいれば解るよ」
「ち、違うに決まってんじゃん! アイツは梨華ちゃんのことが――」
「ううん」
「っ……」
「わたしじゃないよ。わたしは……、そうだなぁ……“お隣のお姉さん”かな」
「……なんだよ、それ」
それはとても寂しそうな笑顔だった。
全然理解できない……なんなんだよ。
「だからね、わたしは今まで通りでいさせてほしいの。ただのお姉さん」
「……」
「ひとみちゃんと、ヒロちゃんの……お姉さん」
「……」
「いつか、ヒロちゃんがそのことに気がついて、二人が“恋人”になるまで」
「も、もしだよ。もし、そうだったら……その時梨華ちゃんはどうするのさ」
「……」
あたしの質問に答えは返ってこなかった。
胸が痛くなるほど儚げに笑った梨華ちゃんは、とても自然に目をそらしてなにも言わない。
- 707 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:08
-
「ふ、ふざけんなよっ!」
「ちょ、危ないよっ」
握った拳をぷるぷる震わせながら、ジャングルジムのてっぺんで立ち上がったあたしを抱き寄せるみたいに支える梨華ちゃん。
どうにも我慢できなくなった。
そんな結論はイヤだ。
あたしはそんなの望まない。
「三人でいりゃあいいじゃんかよっ」
「だって――」
「だってもなにもないっ! 梨華ちゃんはヒロも好きだけどあたしのことも好きだろっ!?」
「え? ……そりゃ――」
「あたしだって梨華ちゃんも、ヒロも……まぁ、好きだよ」
「ありがとう……」
「ヒロは……まぁ、この際アイツはどうでもいいや」
「よくないと思うんだけど……」
困ったように眉を寄せる梨華ちゃんに、あたしは不敵に――見えるように――笑い返した。
「あたしがヒロを好きだとして、梨華ちゃんがヒロを好きでもいいんだよ!」
「そんな……」
「イイのっ! 梨華ちゃんがヒロを好きでも、きっとあたしもヒロを好きかもしれない」
「……」
「あのバカがどっちかを選んだら、その時は……仕方ない」
「なんかおかしくない……?」
「イイんだって。あたし達は三人でいてイイの」
強引な、理屈にもならないような言い様で梨華ちゃんを言いくるめてやった。
- 708 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:09
-
「……お〜い」
あたしがなんとなく満足したとき、呆れたような、困ったような声音が割り込んできた。
「ヒロちゃん……」
驚いたように梨華ちゃんが呟いた。
「……やっと見つけた。んなとこでなんしてんだよ」
公園の入り口から、どう話し出したらいいのか迷ってるみたいなヒロの声。
あたしは降りていく動作の間に、梨華ちゃんの耳元に口を寄せてささやく。
ビックリした風な梨華ちゃんに、目で念をおして先に立ってジャングルジムを降りた。
「なにしにきたんだよ」
「なにって……あれだ、どうしてっかなってさ」
「どうもしないっつーの。女同士のナイショ話だよ」
「……そっか」
どうも“らしくない”ヒロに、どうしたもんかと考えていると、梨華ちゃんがやっと降りてきたところだった。
振り向いて、梨華ちゃんに唇の動きでもう一度念を押した。
梨華ちゃんは困っているようだったけれど、きっと大丈夫。
そう思ってあたしは動き出した。
「なにが“そっか”、だよ」
「あ〜……あぁ」
言葉を探すようにモゴモゴと動く口に自分の唇を押し当ててやった。
- 709 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:09
-
数秒。
- 710 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:10
-
硬直したままのヒロから離れて、その固まったままの身体を梨華ちゃんの方へ押しやった。
「わわっ!?」
転びそうになったヒロを支えて、なお迷っている梨華ちゃんへ、“やれっ!”と手で催促すると、梨華ちゃんは意を決したように頷いた。
梨華ちゃんとヒロのキスシーン。
腹をくくったせいか、不思議と心は傷を受けることもなく、おかしな満足感すら感じている気がした。
数秒後、耳まで赤くした梨華ちゃんが、逃げるみたいに小走りにあたしの隣にきて。
硬直していたヒロが口元に手をあてた姿勢でゆっくりとこっちへ向き直った。
「な、な……ぁ?」
なにか言おうとしてるけど、言葉になりきらずにパクパク動くだけの口。
思わず笑顔になって隣の梨華ちゃんを見ると、梨華ちゃんも笑いをこらえながらあたしを見ていた。
- 711 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:10
-
「あははっ」
「ふふふっ」
二人で見つめ合って笑いあう。
すっげー楽しい気分だった。
なんともいえない高揚感に、頭の中に浮かんだ感覚を、なんの飾り立てもしないままに口にしてみた。
「ね?」
「うん♪」
ただ一言だけ。
意味なんて持たない言葉は梨華ちゃんにも伝わったらしい。
それだけであたし達は、バカみたいに笑いあった。笑いあえた。
「な、なんなんだよ……」
あたし達へ釈然としない目を向けながら、憮然とした表情でボヤいてるヒロ。
それを見て、また笑いあうあたし達に、呆れたような苦笑いを浮かべたヒロは、しまいにはヤケになったみたいに「勝手に笑ってろ」なんて呟く。
- 712 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:12
-
先のコトなんてワカンない。
でも、あたしはこのままでいたいって思った。
二人も良いけど……三人でいたい。
変わるなら変わってもいい。
けど、無理に変化を求める必要なんてないんだ。
こんなちっぽけな悩みなんて、きっと時間が解決してくれる。
流れていく雲みたいに、少しずつ形を変えながら、時間っていう風に任せて進んでいこう。
そしていくつかの夏を経て、あのときこんなことを考えたんだって、そう話して三人で笑いあうんだ。
どんな風にか形を変えてるかもしれないけれど。
三人で。
三人で笑いあう。
そう決めた。
- 713 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:13
-
end.
- 714 :名無し娘。:2007/04/07(土) 23:16
-
梅雨もこないうちから夏を先取り
嘘ですごめんなさい
今書いたらこんなイメージでは書かないだろうし
さて次で終り…くらいかな
- 715 :名無し娘。:2007/05/06(日) 12:42
- マジすか
- 716 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:24
-
それは暮れのとある日、とある路上でのこと。
宗教に無関心な者にでも……もとい、無関心な者にこそと言うべきだろうか。
本来の意味から遠く離れてしまった――だからこそ大きな――イベントを間近に控えたその時期は、街中が煌びやかなイルミネーションで彩られている。
街を歩く人々もそれぞれのセンスを競うように華やかに、なにに遠慮することもなく着飾った姿で時を過ごす数日間。
しかしそんな時期でもそぐわない人間というのはいるもので。
駅の改札を出て歩く一人の少女を挟むようについて歩く二人組の男。
見るからに柄の悪そうな二人が、いかにも大人しげな少女にまとわりつく光景。
よくある光景だと言ってしまえばそれまでのこと。
けれど少々違うのは、挟まれている少女の方。
その少女はなかなかに特別な存在とも言える女の子だった。
派手ではないけれど背格好に似合った可愛らしい服装。
大きめの帽子を深めにかぶった眼鏡の奥の素顔。
それはいくつものメディアの向こう側にいる存在。
数百人、数千人、それ以上の人間を惹きつけることができる魅力を持った少女だった。
- 717 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:25
-
それこそ文字通り“キュート”なルックスを隠した帽子、眼鏡のおかげか、覗き込むように話しかけている男たちは気がつかない。
そもそも彼らにとっては、そこそこの外見でさえあれば誰でもよかったのだから。
が、そんな彼らだからこそ、少女が明らかに嫌がる姿勢を見せても引く気などあるわけもなく。
人目を引きたくない少女の控えめな拒絶が余計に男たちを調子づかせ、よりしつこくさせるという悪循環が続いていた。
世間というのは冷たいもので、迷惑がっているのが明瞭に解るその状況でも、誰一人として助けに入る人間などいもしない。
業を煮やしたのか次第に強引になっていく誘いに、少女もさすがに困り切ったようで、俯きがちな眼鏡越しの表情でもそれと解るほどに困惑を顕わにしていた。
少女がどれだけ脚を速めても、男たちはしつこくまとわりついて離れず、ついには少女の腕を掴んで引き留めようという手段へ移った。
握手程度の接触には慣れてはいるものの、腕を掴まれ引き留められるなどということは未経験な少女。
大いに動揺し、わたわたと慌て、さてどうするのが正しいのか感情と理性の狭間で揺れ、ハッキリとした言動には移れずにいた。
目立つことは避けたかったその少女が、ついには思い余ってなんとか走って逃げようかと考えたそのとき、思いもかけない救いの手が差し伸べられた。
「メリークリスマース♪」
- 718 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:25
-
赤地に白が彩られたその腕は、少女と男たちに向かって時期に見合うビラを差し出していた。
呆気にとられながらも目をやったビラには、少女――だけとも限らないが――の大好きなケーキがいくつもいくつもプリントされている。
が、それも食欲以外の欲求に囚われた男たちには関係のないことで、ケーキのチラシだろうがサンタクロースだろうが、今の彼らにとっては邪魔以外のなにものでもありはしなかった。
「んだよっ、ケーキなんかいらねえんだよコラッ! 消え――」
「メリークリスマースッ」
男の一人が気色ばみ定型ともとれる台詞を言い捨てようとするその途中、サンタクロースの明るい声が割り込んだ。
クリスマスケーキのビラを握った腕と一緒に。
明るい祝詞の中に憤りをちらつかせながら。
「あっ……」
- 719 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:26
-
突然のことに少女が上げた小さな声。
と同時に男の一人が苦悶の声を残しアスファルトに膝をつき崩れ落ちる。
空いた空間にはサンタの腕と、その拳の先で挟まれてしわくちゃになってしまったビラが一枚。
残された男が現実に気づいたとき、もう一度、サンタの明るい祝詞が響いた。
繰り返されるのは同じ光景。
その場に立っているのは少女とサンタのみ。
深めにかぶった赤い帽子と鼻から下がすっかり隠れる白い髭。
どこからどうみてもサンタクロースではあったけれど、相対する二組にとっては正反対の存在だった。
その夢が詰まった白い袋から少女にとっては救いを。
男たちにとっては戒めをプレゼントしたサンタクロース。
機先を制され半ば這いずるように逃げていく男たちに一瞥くれ、サンタがもう一度、今度は正真正銘言葉通りの口調で。
改めて差し出されたケーキのビラを勢いで受け取ってしまった少女を置いて、サンタは看板を手に立ち去っていった。
少女は逃げていった男たちの情けない背をチラリと見て、そして反対方向へ視線を廻らせ去っていったサンタの姿を見つけようとして数秒。
どこか角を曲がりでもしたのか街並みにサンタの姿はなく、手渡されたチラシへ目を落とし、もう一度顔を上げてはたと気がついた少女。
「サンタさん……だ」
クリスマスイブを翌日に控えたその日。
ぽかんと立ちつくす街の中で、その少女、鈴木愛理はポツリと呟きました。
- 720 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:27
-
…………
- 721 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:27
-
「もぉ、だからそーじゃないんだってばあ」
「はいはい、わかったから。よかったね、いい夢見れて」
「だからぁ……あー、もういいよぅ」
愛理は自分の話をすげなく聞き流す少女に、拗ねたように頬を膨らませて背を向ける。
背を向けられた少女は年長らしい寛容さをみせようと、ご機嫌をうかがうような笑顔で愛理の肩を抱き覗き込んだ。
「ごめんってば。信じるから。ね?」
「ウソ。舞美ちゃんぜったい信じてないー」
「信じたってば。ってゆーかビラ配り、ケーキ屋さんの宣伝でしょ」
プイと背けられた顔へ、二度までは続かない寛容さは舞美と呼ばれた少女の性格故か、それとも二人の関係からなのか。
ともかく、まさしく正論を突きつけられた愛理は、そんなことは承知している、けれど感情論としてそうではないのだと、そう話したいのに語彙がついてこず、言葉にもならない言葉で異議を唱えてみる。
「ふんだっ。舞美ちゃんはいーよね。なんか幸せらしいし」
「っ――、な、なんの話?」
「えりかちゃんと話してるの聞いちゃった」
「あっ、あれは別に、そんなんじゃない……んだよ?」
「うーそだあ」
- 722 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:28
-
「ウソじゃ……あれ? って、愛理……そーなの?」
「えぇ?」
「そっか、そーなんだ……」
言外に洩れていた心情に気づいた舞美は、ニコニコと笑いながら愛理を覗き込むように見つめてくる。
そんな風に見られた愛理は自身でも気づいていなかった心情を覗かれたようで、驚くほどの気恥ずかしさを感じ頬を朱らめてしまう。
それは舞美にとって核心をついたとの笑みをもたらせて、更に言葉を重ねさせる結果に繋がるのだった。
「それはズバリ、初恋ですねっ!?」
「知らないってばぁ」
「きゃー、かわいいっ」
そっぽを向いてしまった愛理にも構うことなく一人で盛り上がる舞美へ、気恥ずかしさと呆れがないまぜになったような口調で愛理が言う。
「舞美ちゃんしつこいっ」
「あっ、愛理ぃ。愛理ちゃんってばぁ」
ばっさりと言い捨てられながら、それでも嬉しそうについてくる舞美を構うこともなく、愛理は帰り支度をはじめるのだった。
- 723 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:34
-
…………
- 724 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:35
-
用意するからという車を迎えがくるからと断って出た事務所。
少しばかり大回りをした後で駅へと向かうその道すがら、先日と同じ通りに同じ姿を見かけた愛理はハッとして歩みを速めた。
件の赤い衣装は白を基調とされた今の街にとても印象的で、それでいて不思議なほどの融和を感じさせるものだった。
その背中へ後数歩まできた愛理が緊張した面持ちで、少し高鳴る胸へ手をやりながら控えめな声をかけた。
「あのっ……」
「はい?」
それは期待していた言葉でも、期待していた声音でもなく、振り返ったその帽子の下の顔つきは愛理が肩を落とすのに充分なもの。
声をかけられたサンタはそれが誰であるかなど気づきもせず、途惑ったように、それでいて仕事に忠実らしく手にしたビラを差し出した。
失望しながらも儀礼的に、昨日とは違うそれを受け取った愛理に、笑顔を浮かべたサンタが離れていった。
しばらくその背中を見ていた愛理が、受け取ったビラへ目を落として呟く。
「そんなうまく会えるわけないのかな」
昨日のビラに書いてあった店へ連絡すれば早いことくらいは愛理にも解っていた。
実際に電話で問い合わせもしたけれど、今のご時世電話一本で個人の詳細など教えてくれるわけもない。
実際に店を覗いてもみたけれど、さして大きくもないその店にサンタの姿は見えなかった。
やはり外を廻っているのだろうと、しかたなく昨日と同じ道を歩いていた愛理が見つけたのは違う店のサンタだった。
- 725 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:36
-
「クリスマスだからって……もう」
そう呟いて同じ色彩の違う背中を追った愛理の視線があるものを捉えた。
それに気がついた愛理は一瞬身体を強ばらせ、それでもすぐに手近な路地へ入り込んで。
そっと顔を出した先では先程のサンタが足を止め、数人の男に囲まれているところだった。
声こそは聞こえないけれどその状況、そこに昨日絡まれた二人の男たちが含まれていることで、なぜサンタが掴まったのか愛理はすぐに気がついた。
囲まれたサンタは手にしたビラを投げ捨てられ、違うと解ってなお腹立ちまぎれに小突かれ逃げ去っていく。
愛理は入り込んだ路地から今歩いてきた方向へ目を戻し、万が一にもあのサンタがいはしないかと確認し、そして路地を奥へと抜けて歩いた。
小走りに進みながらも周囲を見回し、やがて見つけた赤い衣装へ駆け寄って、その前へ回り込んだ愛理が「あ〜ん違う」と、下げた眉尻で焦りと共に洩らす。
訝しげなサンタへ構うことなく、愛理は立ち去ろうとし、思いとどまったように振り返りこう言った。
「サンタさん、おうち? お店? に帰った方がいいですよ」
愛理は残されたサンタの反応など気にもとめず走り出した。
- 726 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:36
-
そうして間違えること二人、いったいこの街に何人のサンタがいるのかと嘆息した愛理が歩みを止めたとき、視界の端にまたも赤い影が入り込んでくる。
今度こそと、そう感じ横断歩道を渡った愛理は、車道の向こう、愛理が通ってきたのとは違う道から件の男たちが姿を現すところを目にした。
脚を速める愛理、男たちはサンタの姿にも愛理にも気がついていないようで。
小走りに追いかけサンタの前に回り込んだ愛理は、帽子の下の顔を覗き込み「見つけた!」と小さく、けれど嬉々とした声を上げた。
「……?」
不思議そうに見つめるサンタへ、「昨日はありがとーございました」、などと場違いにもペコリと頭を下げる愛理。
それをへしかめた白眉で胡乱そう見たサンタは、たっぷり二呼吸分してからやっと表情を緩める。
「あー……絡まれてた娘」
「はい」
「わざわざそれを言いに?」
「えっとそうじゃなくって……あっ、きてください」
サンタの赤い衣装を引っ張って、小走りに歩を進める愛理。
引かれたサンタはわけも解らないままについて行くだけ。
- 727 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:37
-
人混みを押し退けるように縫って進む二人は多少の注目を浴びながら、その間にも愛理が状況を伝えようと口を開いた。
「昨日の人たちが探してるんです」
「昨日の……。ああ、別にあんな奴ら、構わないんだけど」
「五人も六人もいるんですよ?」
「それくらい……、いや、ちょっと微妙かも」
「ほらあ」
「だからってあんたがいてくれてもどうにもならんだろ」
「そこはちゃんと考えてますぅ。こっちです。一緒にきてっ」
強引に手を取って歩く愛理と、手にした看板を掲げもせずに大股で歩くサンタ。
そんなおかしな取り合わせはその速めた脚故にか、目的とした地までものの数分で辿り着く。
その頃になって遠くから怒鳴り声が追いかけてきたようでしたが、人混みに紛れて入り込んだビルの中、少しだけ弾ませた息を整えながら愛理がニッコリと笑った。
「もー平気ですよ」
「ここ……どこ?」
サンタの問いかけには答えず……というよりも、そもそも聞いてすらいなかった愛理はなにやら受付めいた幾分厳めしい窓口で会話を交わしている。
- 728 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:38
-
しばらくして振り返った愛理がニッコリと笑顔で、ひょいと挙げた両手で小さくVサインをし、「いこっ」とエレベーターホールへ歩き出した。
サンタはそれを見送り受付へと目をやって、視線を合わせようともしない相手に肩をすくめ、仕方なさげに後を追うだけだった。
エレベーターで何階かへ上がり、押し込まれた部屋の中、しばらく待っていてと座らされた椅子の上で、落ちつきなく部屋を見回す白い髯も赤い帽子もないサンタは落ち着かなさそうで。
帽子を指先で遊ばせながら見回した限り、なんのための部屋かも解らない部屋の中でどうしたものかと考えてた。
やがて壁に立てかけた看板を思いだし、店に戻ろうかと腰を上げかけたとき静かに扉が開く。
「どこ行ってたの? それよりここどこ?」
「ここ? えっとですね、このフロアは倉庫みたいな? とこなんですけど」
「倉庫? あ、そうじゃなくて。あー、ここ……」
「あ、そういう意味ですか。うちの会社のですけど」
「うちの? きみ、社会人なの?」
「しゃかいじ……? 一応、学校も行ってます」
要領を得ない会話に、バイトみたいなもんかと口の中で呟いて、サンタは一人で納得した素振り。
一方の愛理はそんなことは気にもせず、ニコニコと微笑みながらサンタの肘の辺りを軽く掴み関心をひいた。
- 729 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:47
-
「じゃん!」
着込んでいたコートをパッと開いたその中には、純粋な白と鮮やかな赤と、そして白にも近い肌色でした。
振り向いたサンタはその姿勢のままで表情ごと凍ったように硬直し、クスクスと微笑む愛理はどこまでも楽しそうに。
「お揃いでーす。着替えてみちゃいました」
脱いだコートを片手に持って、くるりと一つターンを決めた愛理を見つめるサンタクロース。
瞬きもせず、言葉も発しないサンタを不思議そうに見た愛理は、眉尻を下げ不安そうに口を開く。
「あれ……、似合ってませんか?」
覗き込むように傾げられた顔は肩に寄せられていて、その肩はきめ細かそうな肌が顕わになっている。
華奢な肩と愛らしいおへそと、そして細いけれど若々しく健康的な魅力がある太ももが露出されたサンタクロース。
キュートなサンタは困ったような、泣き出しそうな、やるせなくなるような表情で、大きなサンタの言葉を待っている。
その落ち着かない時間も長くは続かずに。
突然持ち上げられたサンタの腕がほっそりとした愛理の肩を掴む。
目を見開いた愛理がなにかを言おうとするよりも早く、その小さな身体は力強い腕に引かれ大きな胸に包まれた。
「ひゃっ!?」
- 730 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:48
-
情けない声をあげて抱きすくめられた愛理は訳が解らないままで、それでもずれた髭越しに見える表情には嫌悪は湧かず。
それどころか真剣なその表情が凛々しくすら見えて、二度しか会ったことがない人間に抱きしめられながらもそんなことを思える自分に驚く愛理。
が、抱きしめたサンタの側はそれだけでは終わらず。
薄くリップの塗られた愛らしいくちびるが塞がれ、嬌声からはほど遠いうめくような息が洩れ出す。
「んんぅー」
急き立てられるように身体を寄せるサンタから、話せるだけの間をおこうと身体を反らせたる愛理でしたが、退いた距離は瞬く間に埋められ、限界を超えたバランスに二人はもろとも倒れ込んでしまう。
頭こそ打たずに済んだものの小さなお尻と、そして背中から倒れ込んだ愛理が「うぅん」と息をつくような声を洩らし、瞬きしながら開いた目の前に、帽子をなくしたサンタの前髪が揺れていた。
- 731 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:48
-
「あっ……」
前髪の奥に見えた瞳の真剣さに、流されるように受け入れたくちびる。
最前までされていた、押しつけるだけのそれとは違う、様子を窺うようなくちびるは少しだけカサついていた。
冬だからかな、などとずれたことを考えながら、初めての“キス”を受け入れていた。
心にわき上がる不思議な気持ちと、深いキスを続ける息苦しさ。
寄せた眉根と酸素を求めるような吐息。
離れていったくちびるに、代わるように入ってくる酸素に喘ぎながら、胸元へ伸ばされたサンタの手に愛理はビクリと反応を返した。
「ち、ちょ――、んんっ……」
押し止めようとした言葉は言葉になりきらず。
ちょっとした悪戯心が引き起こした事態は、くすぐったいような、電気でも走るような刺激を愛理へもたらしその身体が小さく跳ねた。
自分の意思とは違うところで反応する身体を不思議に思いながら、震えるような甘い刺激に流されていく。
強引に押し上げられた衣装の下に淡いピンクのブラが垣間見え、その上を擦るように動く指が育ちきらない胸を刺激する。
ブラ越しの小さな胸を包み込む掌から伝わる熱が、そのまま流れ込んでいるように愛理の身体を熱くしていた。
- 732 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:49
-
「ぁ、……はぁ、んっ」
自分の口から出た声は、本人ですら初めて聞く艶をまとっていた。
鼻にかかった甘さを火照りと一緒に吐き出す、その吐息までも熱っぽさを帯びてきていた。
脇から腰へ、そして少女らしい幼さを残しつつも柔らかなラインを描くヒップへ。
胸元へ舌を這わせながら滑っていくサンタの指先は、愛理から理性という羽衣を一枚ずつ剥いでいくようだった。
「やぁ、……だ」
「やだ?」
意識の外で口にした声に、問い返したサンタの目が真っ直ぐに愛理を見つめていた。
霞がかった理性の中で、問われた言葉を考える。
内股を撫でる手の感覚が、泡になって浮かび上がる気持ちを愛理に教えていた。
「や……、じゃ、なぁ、……い」
- 733 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:49
-
答えを待つまでもなく、サンタの指先がミニの中へと這い上がっていて。
熱のこもるスカートの中、しっとりと濡れた部分をサンタの指が探り当てる。
「はあっ、ん」
下着の上から、その“形”が解ってしまうほどに擦りつけられる指から伝わる刺激。
その甘く強すぎる刺激がよりいっそう、可愛らしいヒップを包み込む薄い布地を濡らしていく。
乱れた息で喘ぐ愛理が気づいたとき、その一枚すらも手早く引き下ろされてしまった。
そんな状態で外気に触れた慣れない感覚が、愛理に僅かな理性を呼び戻させる。
「あっ――」
けれどその僅かに戻った理性も、産毛のように薄い恥毛のその下、きれいなピンク色の秘所をなぞる指先に吹き飛ばされる。
指先の動きに合わせて聞こえる湿り気のある音が、初めて感じる種類のとてつもない羞恥と、そんなわけがないと否定したくなる喜びを愛理に感じさせていた。
五感で恍惚を感じているその間にも休むことなく続けられる行為は、いつしか指先から舌先へ変わり、それまでよりも強い昂ぶりを与える。
ピチャピチャと淫靡な音をたてる舌先が小さな突起へ触れる。
- 734 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:50
-
「あっ、んんぅっ!」
目の前でフラッシュたかれたように視界が白く弾け、痺れるほどの快感が背筋から身体中へと広がった。
焦点の合わない視界の中で、サンタの“それ”が目にとまった愛理は「あぁ」と心の中で息をついた。
初めてがこんなところなのかなと、浮かんできた感情が、跳びかけた理性を繋ぎ止めた。
半ば無意識に差し上げられた細い腕が二つの身体へ割ってはいる。
「なんで? いいだろ?」
ここまできて、そう言いたげなサンタの声に、幼い中芽生えだしてる本能めいたものが刺激される。
その瞬間は年の差などなくなり、子供に甘くなる親のように、イヤとは言いきれない愛理がいた。
「あの……、やじゃないけど」
ほっそりした腕を交差させ胸を隠しながら、複雑な感情に揺れる愛理が口を開いた。
半ばまで身体を起こしたサンタが先を促すために言葉を返す。
「けど?」
- 735 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:51
-
「まだ卒業もしてないのに……」
「中学生でするのなんて、そんなめずらしいことじゃないだろ」
言葉と同時に身体を重ねようとしたサンタへ、慌てた愛理が早口で「違うの」と言った。
動きを止めたサンタへ、少し躊躇しながら、どこか恥ずかしげに愛理が言葉を重ねる。
「小学校……」
「え?」
「卒業してないの」
「……そう」
「うん」
「えっと……はっ!?」
「やっぱりまだ早いかなあ、なんて」
「……あぁ、そう、かもね」
ゆっくりと身体を離したサンタが、困り顔で頭をかきながら同意する。
愛理も同じように身体を起こして困り顔で、続く沈黙の中サンタがどうするかを待っていた。
- 736 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:51
-
「今さ」
「え?」
「小六?」
「そうだけど」
「来年中学生?」
「うん」
「そっか」
再びの沈黙。
小首を傾げる愛理へ、サンタが独り言のように呟いた。
「とりあえず、今度どっかデート行く?」
考えて、ようやく口にされた言葉は愛理を笑顔にするのに充分なものだった。
パァっと華が開くような笑顔になった愛理は、「うん」と元気な声を返し、それから口々に行きたい場所を並べ立てた。
疲れたように「どこでもいいよ」と呟くサンタへ、素敵な悪戯でも思いついたように言いました。
「まだちゃんと成長するんだから、待っててね」
- 737 :『はっぴーくりすます』:2007/05/06(日) 23:52
-
end.
- 738 :名無し娘。:2007/05/06(日) 23:58
-
もう時期外れもなにもあったもんじゃねーって感じですが。
まあ今更気にしてもしゃーない。
さしみ賞の裏でひっそりと幕を下ろす。
つもりで、キッズに始まりキッズに終わる。
けど、なんか微妙な数字で残りがあるなあ……終りますか。
>>715
レスありがとーございます。
そんな感じで。
ではでは。
- 739 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:12
-
二人で観ていたテレビ。
そのブラウン管の向こうでの出来事。
なごやかだったはずの空間に微妙な空気を持ってきた一幕。
初めて一緒に観るその番組は……ちょっとばかり笑えない内容になっていた。
「まいさぁ……」
「な、なによぉ」
「いくらなんでもこりゃあないんじゃないかい?」
「ど、どれのことかなー」
「どれって……どれもだけどさあ。ヒドイにもほどがあるでしょ」
「でもビリじゃなかったし」
「でも三点は十二分にヒドイじゃん?」
「こないだのは難しかったんだってば」
「前にもさ、なんだ。あれか県庁所在地だよ? 神奈川って……」
「……そ、ち、違うよ? あれはさ、ホラ、あれよ、テレビ的な。
ま、まぁしろーとにはワカンないでしょうけどね」
「まぁわかりませんけどね」
そう曰う彼女、里田まいは、えらく挙動不審で焦りの色を濃くしていることがありありと解る。
まぁ彼女にも彼女なりの心情があるんだろう。
いや、そんなところも可愛いとか思ってるんだけど。
そんな流れでふといつもの流れへ持っていくためのイタズラ。
- 740 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:12
-
「じゃあさ、例えばだけどね。ちょっと問題出してもいいかな?」
「い、いいよ。なんでもきなさい!」
そんなに力まなくてもいいんだけどさ。
あえて解んないだろう問題をだすことにする。
いやいや、別に意地悪じゃなくてね。
素直になるまいが見たいからなんだよ。
……ごめん、嘘です。
少しいじめてみたいってのもあります。ええ。
ちゃちゃっと自分の好きなとこからチョイスしてみよう。
「では歴史からの問題です」
「ヘキサゴンッ」
いや、別にそんな、番組とかじゃないから。
「大政奉還ってなーんだ?」
「たいせーほーかん……」
考えてる考えてる。
もしかして、惜しい答えくらいは出てきたりするのかな。
「キーボード……に関係ある?」
「ブー。キーボードって? パソコン? 楽器? ま、どっちも関係ありまっせーん」
なんの話だろうって苦笑い。
なにを連想したのかも、僕には解りませんよ。
「次いこうか」
「えーっ! 違うの? 違うんだ……」
いや、それなりに自信があったの? 今の答えって。
まぁ、あったのか。なんかぶつぶつ言ってるしねえ。
- 741 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:13
-
「問題」
「はーい……あっ、ヘキサゴン!」
ちょっと拗ねてるし。
後、ヘキサゴン言われても効果音とか出ないから。
「“誠”の一字が描かれた旗印と言えば?」
「……まこと?」
「そう」
「……ドラムを――」
「ブー。違います」
最後まで聞くまでもないと思い途中で遮らせてもらう。
なんだよドラムって……なんで楽器づいてるのかなあ。
ん? あ、でもちょっと解ったかも。
となると……?
「さ、じゃあ最後の問題です」
「ヘキサゴン」
……はいはい。
この際この反応はもう気にしないでいこう。
「寺田屋騒動。さてなんのこと?」
「なんかつんくさんの結婚のとき! とか、かな?」
「……ふはははっ、やっぱりそうくるんだ」
「な、なにがおかしいのよぉー。うちら大騒ぎだったんだよ、ホントに。全然知らなかったんだから」
テレビ上でならばともかく、僕が笑ったことには不満があるらしい彼女はその整った顔一杯に気恥ずかしさと不平を表した。
文句を言いながらも一生懸命に話してくれて、それでも恥ずかしがっているトコロなんかはやっぱり可愛らしい。
- 742 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:13
-
「いや、ごめん。まいはそれでいいと思うよ。僕は好きだから」
「そ、そう? なんかやだなぁ、もう」
「さ、それはともかく」
仕切り直した僕の言葉に、まいがピクリと反応をする。
ふむ、鋭いな。
ごそごそと取りだしたスケッチブックを目にしたまいは渋面を見せる。
「やっぱりだ。また描くの〜?」
「いいじゃん」
「できあがったの見たことないじゃんっ」
「……。さっ、準備して」
「え〜っ!」
ぶつぶつ文句を言いながらも彼女は身支度を始める。
かれこれ半年以上、付き合っているうちにいつの間にか生じた二人の強弱、というか上下関係というか。
意外と好きなんじゃないのかなんて考えまで浮かんでくるほどに、まいが強く拒んだ記憶が僕にはない。
などと黙考してる間に、まいは身支度を終えた。
まぁ身支度といっても……要は脱ぐだけの話だ。
フローリングの一部に敷いてある毛足の長い絨毯の上、用意した真っ白なシーツ一枚で身体を隠したまいが口を開いた。
「はぁ、もう。こっち向いてていいんでしょ?」
「うんうん、オッケー」
- 743 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:14
-
背中を向けたままでこちらへ視線を流したまいの言葉へ、満足感ありありの言葉を返す。
その身を半ばまで晒した彼女の身体は、ごくありきたりな蛍光灯の光ですら眩しく見せるようだった。
健康的な褐色の肌はなめらかに光を受けて、どれほど精妙な彫刻ですら表現し得ない生の艶めかしさを感じさせる。
身じろぎした肩から腰の美しい曲線とそれへかかる薄茶の髪。
意識なければ口元が緩むほどに創作意欲をそそられる。
「髪、前へ持ってってくれる?」
「ん……、こう?」
胸元でシーツを押さえた手に気をつけながら、空いた手を首筋へ伸ばし髪を梳きながら肩越しに胸元へ流していく。
その仕草も、梳かれる髪も、そして項の後れ毛までも、作り込まれた精緻さではないと主張するように婀娜っぽい。
「いーねー、その首筋。そそられるわあ」
「うるさいっ、もぅ……バカッ」
どっちがだよ、とはさすがに言わない。
別に僕だって威張れたもんじゃないし、ましてやつまらないことで彼女を傷つけるつもりもない。
「ホント、綺麗なんだよね〜」
「またそんなこと……」
いやホントに。
……黙ってると相当なもんなんだけどね。
これも前に言ってえらく拗ねられたことがあるから言わないけど。
- 744 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:14
-
「綺麗綺麗」
「全然心がこもってない」
マジメに言えば照れるくせに。
実際、その均整の取れたスタイルは非の打ち所がないだろうと思う。
勿論個人的な好みはあるだろうにしろだ。
身長だって低くはなく、締まった身体にマッチョではない柔軟な筋肉がバランスを良く見せている。
くびれたウエストの上下には女性らしい、やさしいふくらみが魅力的なカーブを描いている。
これは……色々なものをそそるワケだ。
鉛筆を置き、開けたばかりの真新しい絵筆に変えた。
筆先を指の腹で摘んで弾くと、サラサラと軽い感触が流れていく。
――これは使える
すいと上げた筆を払うように動かした。
「ひゃあっ!?」
奇声と共に反り返った背中がくるりと向きを変え、強い瞳が僕を睨み付けた。
「な、なにしたのっ、今ぁ」
なにをしたと、そう宣った口元で、彼女の背を撫でた絵筆をヒラヒラと揺らして見せた。
揺れる筆先を追って、半ば条件反射で目を左右に連動させたまいが、僕の手をパンと叩き絵筆を遠ざける。
- 745 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:15
-
「そうじゃないっ。なにをしたの、って訊いたのっ!」
「えっと……撫でましたけど」
「なんでっ」
「……」
「な・ん・でっ!」
拗ねた素振りで口をとがらせた僕へ、そんなもので騙されるもんかと、一語一語を強く問い糾してくる。
仕方がないと、ニヤリと笑った僕は「欲望に負けて」と正直に答えた。
ヒクリと頬を引きつらせたまいは、イヤな予感でもしたんだろう。
……いや、まぁ勘が鋭くなってきたね。
っていうか、もう何度目かの事なんだけど。
ジリジリとにじり寄る僕から逃れようと背を向けたまい。
逃がすまいと掴んだシーツを引き合う。
細い身体のどこにそんな力が、とは思うけれど、所詮は女の子。
引き寄せたシーツと、おまけ――いや、シーツの方が要らないんだけど――にまいが付いてきた。
「やっ、バカ、ちょっと……」
「有無は言わせない。ってか聞かない」
引き寄せた細い身体を掴まえて強引な体勢のままでキスをした。
これなら否も応も言えまい。
抗うまいが諦めるまで、離さないくちびるは段々と深く繋がっていく。
口内で暴れる舌に観念したのか、力が抜けてきたところでようやくまいのくちびるを解放してやった。
互いに酸素を求めて深い呼吸をしあった後、「最後まで描かないじゃん」と些細な抵抗をされた。
- 746 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:15
-
「……描くよ」
イヤらしく笑って見せて、まだ離さずにいた絵筆を掲げる。
またまたイヤな予感がしたんだろう、まいはえらく焦った表情で口を開く。
「な、……なにする気?」
「ひひっ♪」
「ウソでしょ?」
「そう思う?」
「……思わない」
「そういうこと」
逃げだそうとしたまいの腰にすかさず伸ばした腕を絡めて、俯せになった脚の上に身体を寄せる。
「待って! やだってば。絶対くすぐったぃ――ひゃっ!?」
首筋へ這わせた筆先にまいの言葉が途切れる。
やっぱくすぐったいだけなんだろうか?
そっと降ろしていく絵筆のタッチを微妙に変えて、肩胛骨から脇腹へのラインをトレースしていく。
- 747 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:16
-
「っ――」
ピクンと身じろぎして逃げたけれど、僅かに反応が違った気がする。
脇腹から方向転換して脇へ這い上がらせた筆の動きに合わせて、まいの身体が小刻みに揺れる。
くちびるから洩れ出す声が若干甘さを帯びている。
明確な理由は特定できないけれど、抗おうとする力――もしくは気持ち――が無くなったらしく、絨毯へ仰向けになって胸を手で覆い隠しているまい。
視線を落としてみれば、そっちは巻き付いたシーツが辛うじて隠して。
「ちょ――」
「隠さないで。こんなに素敵なんだから」
いわゆる甘いささやきとかいう感じ。
キャラではないけれど、この状況では通用することも経験則で知っていた。
ジッと見つめていれば、おずおずと力を抜いていくように腕が解かれていく。
「キレイだよね」
「そんなことないよぉ」
- 748 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:17
-
計らせてもらったわけじゃないから知らないけれど、一応Dカップらしい胸は口にしたとおり綺麗な――少し離れ気味だと本人談――形をしている。
やわらかな丘陵へそっと筆先を這わせる。
歯を食いしばっているのはくすぐったさを堪えてるのか、それとも羞恥なのか。どう見ても後者っぽいけど。
一度刺激に対して解き放たれてしまった“感覚”は押さえられないようで、丘の頂上のそれはさっきまでよりも自身の存在を誇示している。
「ふあっ、つっ……」
敏感なポッチを刺激され、意識とは別のところで洩れた声を飲み込んでいる。
しなやかな毛先はなめらかなお腹を滑り降り、シーツの隙間をくぐっていく。
絵筆と一緒に僕がもぐり込んでも、手にしたシーツを手放す気はないらしい。
薄暗闇の中で筆先がなめらかな肌とは違う感触を伝えてくる。
微かに熱のこもったシーツの中で深く息を吸い込むと、馴染んだ香りの中に夜の匂いがする。
遠回しに“そこ”をなぞっていくたびに、ビクンと反応を返すまいが愛らしい。
無色な色彩を拾っていた筆先が、赤みがかったピンクの小さく可愛らしい突起を撫でる。
ひときわ高くなる嬌声が、ただでさえ消えかけていた僕の理性を吹き飛ばしてしまった。
――もう我慢できない
- 749 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:17
-
………
……
…
- 750 :『Dessin』:2007/06/04(月) 22:18
-
「あれ?」
気怠い微睡みの中、まいの声が耳に舞い込む。
少し前まで隣でシーツにくるまっていたはずなのに、なにをしているんだろうと半睡のままで思う。
「これ……」
どれ?
これ?
あれ……ちょっと寒いなあ。
しぶしぶ開いた目を瞬くと、その先にすらりとした脚とシーツに覆われた魅惑的なヒップと。
そして八号のキャンバスに描かれた自分をしげしげと眺めてる嬉しげな顔だった。
end.
- 751 :名無し娘。:2007/06/04(月) 22:21
-
最後の最後で容量使いきりの書下し。
ピッタリで満足です(笑)
では、ありがとうございました♪
- 752 :名無し娘。:2007/06/05(火) 07:31
- まだ残ってるよ!
- 753 :名無し娘。:2007/06/09(土) 16:58
- この残量じゃもう書けないようっ
- 754 :名無し娘。:2007/07/01(日) 00:36
- 乙
- 755 :名無し娘。:2007/07/01(日) 13:17
- 続編どこー
- 756 :名無し娘。:2007/07/02(月) 00:36
- 続編? どの?
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