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【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】
- 1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
- ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。
- 201 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:54
-
どれくらい過ぎたろうと再び腕時計に目をやった。
そろそろ……一時になる頃だ。
のっそりと上げた腕でインターフォンを押そうとした。
――ん?
扉の向こうに微かな気配を感じた。
その瞬間、大きく開かれた扉に、危うく叩かれそうになるところだった。
開かれた扉の向こうで仁王立ちの裕子がぽつりと言った。
「近所迷惑やん。入りっ」
「あっ、おう」
さっさと室内へ消えていく裕子について部屋へと上がり込んだ。
- 202 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:54
-
さてどうしようかとリビングまでついて行くと、ローテーブルの上に数本の空き缶が転がっているのが眼に入る。
キッチンから姿を現した裕子は、転がっているのと同じ缶を手にしていた。
冷蔵庫から取り出してきた缶ビールを勢いよく開けた裕子の手から、冷えた泡を吹いた缶を奪い取ってやった。
「なにす――」
五百ミリの缶を一気に傾けてゴクゴクと飲み下していく。
捲し立てようと口を開いていた裕子が呆けたように俺を見ている前で、空けてしまった缶を握りつぶして勢いよくテーブルに置いた。
「っはぁ〜……悪かった。なにもしてないけど。怒らせたのは謝る。でも今日は話がしたかったんだ」
「……聞かん」
キッチンへ消えていく裕子の後を追うと、新たに取り出したんだろう缶ビール。
もう一度奪い取った。何度でもやってやる。
「あんなぁ……」
「聞けっ! 今日は……なぁ」
自分に勢いをつけるようにか、それともこの苛立ちを抑えるためにか、奪い取った缶を開けて一息に飲み干していく。
- 203 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:55
-
改めて口を開こうとしたとき、すっと伸びてきた裕子の手が俺の胸に当てられた。
意図が読めなかった俺がもう一度口を開くよりも早く、押し当てられた手に力がこもるのが解った。
バランスを崩して後ろに倒れ込むところ、なんとか頭を打つまいと力を込めたが、尻と背中を痛打した直後、頭の後ろでベコリと音が聞こえた。
「っつぅ〜」
痛みを自覚しながらも、音の正体が空き缶だったと気がついた瞬間、上から裕子が“降ってきた”。
細い方だとはいえ倒れ込むように覆い被されて、意図せずに口から呻きが漏れた。
「ぐふっ……っつう〜。なん――」
『なんだってんだよ』、そう言おうと開いた口は、最後まで音を出し切ることなく塞がれた。
淡いブラウンで彩られた裕子の唇で。
- 204 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:55
-
「んむっ……」
たっぷり一分ほども熱い吐息すら漏らす間もないほどに唇を重ね、言葉を交わすよりも濃密に舌を絡め合って意思を伝えあう。
やがて唇を離し、俺の上で馬乗りになるように身体を起こした裕子は、すぅっと目を細め唇を舐めて薄く笑った。
「アホぉ」
色とりどりの気持ちが入った虹のような罵りだった。
「でも好きやで」
なんて甘美な告白なのか……その言葉は痺れるように俺の中へ浸みてきた。
- 205 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:57
-
好きだと言い返そうと開きかけた口を、そっと塞いだ裕子は伸ばした両手でゆっくりと俺のシャツを脱がしていく。
脱がせたシャツを放り投げた裕子は、半立ちのままで後ずさると半ば硬くなったモノを、意図して刺激するように俺のズボンを膝まで引き下ろした。
俺の腿の上、不自由な体勢でワンピースタイプの服を脱ぎ、下着姿になった裕子は鼻にシワを寄せるような“らしさ”で笑った。
「こういうん、して欲しかったんやろ……」
熱く脈打つモノを握った裕子は、細い指を艶めかしく動かしながら滑るようにトランクスの中へ潜り込ませてきた。
そっと撫でるように触れたと思うと、ふいに締め付けるように握られる。
「っ、そうだけど……いやしかし」
「好きやないよ。でもして欲しいんやろ? 風俗行かなならんほど」
「いや、だからそれは――」
「解ってるわ」
そう笑った裕子は身体を倒してキスをしてきた。
- 206 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:57
-
唇を重ねながらも、トランクスの中の手は動き続け、次第に固さを増していくモノを刺激し続けた。
キスを終えて離れる唇は絡んだ唾液が糸を引き、いやらしく光っていた。
やがてトランクスも引き下ろされ、顕わになったモノは先端に先走る汁が洩れ出していて、裕子はクスッと笑いそれをを塗り広げるように動かした。
「他でやられるくらいならアタシがするわ」
「だからやってないし、やらね――ぅ」
言いながらも俺の上から降りた裕子の、艶やかな唇からチロリと出した舌で亀頭の先端を刺激した。
チョロチョロと掠めるような舌先を感じるたびに、ぞくりとした快感が背筋に抜けていく。
「ふふっ…なんか可愛らしいやん」
「うるせっ、誰のせい、うぁ……」
くわえ込むようにして軽く歯をたてられ、言い終えることも出来ずに小さくうめいた。
含んだ口の中でねっとりと動く舌の感触に、痺れるような感覚が広がっていく。
顔を上げて包み込むように握った手を上下に動かすが、もう一つなめらかにはいかない。
- 207 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:58
-
「んー……ちょっと足りひんなぁ」
過剰な昂奮がアルコールに力を貸しているのか、多少怪しい呂律で呟いた裕子がすぼめた口から唾液を垂らした。
上下に動かした手の動きの滑らかさに納得したように、裕子は喉をならして笑った。
手の動きは休まることなく、その上でカリから先をアイスでも舐めるように舌を這わせてくる。
「くぅっ」
「気持ちいいんや? ふうん……こんなんは?」
俺の反応を楽しむように一度離した口でそう言うと、今度は口一杯に飲み込むみたいに硬くなったモノを包み込んでいく。
「んんっ……」
喉の奥まで触れるほど深くくわえ込んだそれを、頭を動かして刺激し始めた。
ジュプジュプと音を立てて大きく揺れる髪に触れながら、こみ上げてくる快感に時折うめくような声を上げさせられる。
不意に激しく吸い込むように刺激をされ、同時に口内で舌が暴れる。
- 208 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:58
-
「うぁ…ヤバイ……」
「――っと」
唐突にイチモツへの刺激がやみ、細い指でキュッと締め上げられ、行き場のなくなった解放感が抑え込まれた。
「まだアカンよ」
「っ……なんてこと――」
「こんなんどう?」
からかうみたいに笑うと、再び俺のモノにいたずらなキスをして、裏筋をなぞるように舌を這わせてきた。
一度抑え込まれた快感が、徐々にぶり返してくるのが解る。
モノ全体を這いまわっていた舌がカリから亀頭へ上がってきて、もう一度キスをしてから軽く噛むように口内へ収まっていく。
ねっとりと熱い感覚に包まれ、次第に上下への動きが早まっていく。
- 209 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:59
-
「ゆ、裕子……」
「んっ……ふぅ、んんっ」
鼻をならすように甘くとろけた目で見つめられる。
それがなにかの合図のようだと霞のかかった頭で考えた、そのとき。
まったく違う部分での電気が走るような感覚。
背筋が痺れるような快感と同時に、抑えられていた精を一気にはき出した。
後ろの穴に中指を差し込んだ裕子が微笑みながら、くわえ込んだ口の中に熱く白濁した液体を受け止めていく。
「ぅ……」
「んふぅ…、んんむ……」
溜まっていた全てをはき出し終えると、裕子は喉を鳴らしてそれを飲み下した。
最後の一絞りまでを俺のモノから吸い出して、顔を上げるとペロリと一つ舌なめずり。
- 210 :『Lip』:2006/10/06(金) 21:59
-
惚けたような僅かな時間の後、一つ深い息をついて口を開いた。
「お、お前……どこでそんなことを」
「んん? んっふふ……あっちゃんに聞いた」
「……お前ら」
「気持ちよかったん?」
「…………」
「ほれ、素直に言うてみ?」
「……良かった」
言うと同時に裕子に抱きついて、一息に押し倒す。
突然のことに声も出せずに組み敷かれた裕子に覆い被さるようにして唇を重ねた。
一気に空けたビールのアルコールと、先ほどの行為でドロドロになった頭で、ただ互いに求め合い舌を絡ませる。
一つに熔けてしまいそうな唇を離すと、すぐに裕子に触れたくて目蓋へ、額へとキスを落としていく。
唇が耳元へ移り、赤く熱を持った耳朶を冷ますように軽く息を吹きかけて、唇で挟み込んだ。
「んあっ、ふっ……耳、ち、ちょっと待ってっ」
「んま? まふぁなひ」
- 211 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:00
-
待つつもりもなければ、待てるような理性など残っていなかった。
耳朶から舌を滑らせて小さな穴に潜り込ませると、きゅっと首を縮め、直後にビクビクと身体を反らせた。
腰を抱いていた手を伸ばしていくと、下着越しにも解るほどにハッキリと濡れていた。
確かめるように下着をくぐらせた手で、湿った恥毛をかきわけて、グッショリと濡れた秘所へ指を這わせる。
「んんっ、はあぁっ!あ、あっ、ああんっ!」
柔らかなヒダをなぞりながら、ゆっくりと奥へ入り込んでいく指を、小刻みに動かしてやる。
「ふぁぁっ! くっ! あんっ、あっ、んんぅ、や、ああっっ!」
指の動きを強くすると、それにあわせて裕子の声のトーンが跳ね上がる。
その声にのせられるように、より奥へ、大きく、早く動かしていく。
「ああああっ! やっ、あ、あかん、もうぅぁ! はああん! あああっ、いいっ、イクぅっ! あああ〜っ!!」
- 212 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:01
-
存分に昂ぶっていた裕子の身体は、思ったよりも早く絶頂を迎えて、それでいてより深い刺激を求めるように腰を上げ、紅潮した身体を震わせた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
脱力したようにグッタリとした裕子から指を抜き、荒い呼吸を繰り返す力の入っていない身体を俯せにして腰を持ち上げる。
太ももまでグショグショにするほどいやらしく濡れた秘所が灯りの下に晒され、我慢しきれなくなったモノを一息に挿入した。
「んくぅっ!」
奥まで突き入れると、呻くような声、グッタリしていた背中に力が入るのが解る。
膣内の感触を楽しむように、小さく腰を回すと、焦れたような声を上げながら肘で支えた背中を反り返らせる。
間近に見るその背はなめらかで、朱みを帯びた肌にしっとりと汗が浮かんで妙に艶めかしく感じる。
- 213 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:01
-
まだそのままになっていたブラのホックに指をかけ、パチンと外してやる。
ブラを脱がせながら、支えるように伸ばした手で裕子の胸の柔らかさを満喫するように揉みしだく。
「んんっ、いぃ、気持ち、いい……もっと、っ、強く……」
求められるままに強く、硬くしこった乳首を指で刺激しながら揉み続ける。
「んぅあっ、くうッ! ふうぅ、あっ、あぁぁっ!」
敏感に反応するあえぎにあわせてゆっくりと腰を引き、同じようにゆっくりと差し入れる。
膣内の肉襞が絡みつくように締め付けてくる。
腰を引くときには逃がすまいとするかのように。
押し込むときにはより深く導くように。
「はぁ、あっ、はぅん、ふあぁぁっ、くぅ、ぁあああん」
キュッと締めてくる快感に耐えながら、それでも焦らすようにゆっくりと、ゆっくりと腰を動かしていく。
- 214 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:02
-
「う…ああぁ…ゆっくり、せぇへんで…もっとぉ…もうちょっ…んんぅっ…は、速く…強く、して」
「ダメ」
「そっ、そんなっ…あはぁん! はん、やんっ!」
「して欲しい?」
「あっ、あぁぁっ……し、して、ぇ、ほしい……」
「……っ、ふ、どうするかなぁ」
「ああぁ、んっ、お、お願いぃ、やから…してぇ……」
もとよりこちらも堪えきれなくなりだしていた。
が、“お願い”に乗じて「解ったよ」などと優位に立った立場を崩さないようにささやいた。
柔らかな腰を両手で掴み、引いた腰を叩きつけるように激しく押しつけた。
「あぁぁ、うっあぁぁ、や、ふうっ、くっ、はあんっ! あぁぁぁぁぁぁん!!」
- 215 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:02
-
パンパンと音がするほど深く、強く、出し入れされるモノから。
そしてそれに呼応して大きくなる裕子のあえぎが身体中を満たしていく。
「もう、っくぅ、いく、イク、イッちゃうぅぅぅぅぅ!」
「っっ……お、俺も、もう、すぐ……」
「い、一緒に、一緒にっ、いいいっ、ああ、あああっ!」
激しく動かしていた腰を、リズムを合わせるように微妙に変化をつける。
次第に重なってくる呼吸が互いの限界が近いことを教えてくれた。
僅かに変えた姿勢で、突き上げるように腰を打ちつけると、それが合図だったように、同時に限界を迎えた。
「ああぅ、あんっあんっあっ・・・い、いいっ、いい、やっ、うぁ、あああぁぁぁぁぁあああぁあぁあああーーーっ!」
ひときわ高く、大きなあえぎと同時に、引き抜いたモノから白濁した精を裕子の尻にぶちまけた。
裕子の身体に手を回しながら崩れるように落ちていく感覚に包まれていく……
- 216 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:02
-
…………
- 217 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:03
-
ベッドで目が覚めた俺は、隣の存在に気がついて昨日のことを思い返した。
そうか、結局ベッドに移って……なんだかな、ドロドロだな。
隣で規則正しい呼吸を繰り返す裕子の髪に手を伸ばしてみた。
派手にいじっているにしては艶のある細い髪は、見かけや言動よりも繊細なんだってことを教えてくれる。
少しだけ上体を起こして彼女の顔をのぞき込む。
だいぶ派手に飲んだせいもあるんだろう、よく寝てるようだった。
「裕子……結婚しよう」
寝ている彼女に練習がてら呟いてみた。
なにか伝わりきらない気がして、改めて考えてみる。
「一緒の墓に……」
縁起でもない。こういう言い方は好かないだろう。
「名字変えてみない? ……なんかうまくねぇな」
いざ考えてみると、うまい言葉なんて浮かばないもんだってことがよく解る。
「俺もハナたちと一緒に暮らしたいな」
ペット扱いされちまいそうだ……。
- 218 :『Lip』:2006/10/06(金) 22:03
-
「いっそありきたりだが、裕子の作ったみそ汁が……いや、ダメだ。料理は俺が作った方が――」
「ぷっ――」
一瞬、裕子の剥き出しになった細い肩が揺れたように思えた。
そっと手を伸ばして肩に触れると、微妙に、不規則にふるえているような……
「ぷはっ、あっはははっ……あ、アンタ…オモロすぎるわぁ」
シーツを胸元まで引き上げて、起きあがった裕子は爆笑しながら指先で目元を拭っていた。
涙ぐむほど笑われるとは……なんてこったい。
「後な、みそ汁ぐらい作れるわっ」
「いや、知ってるけど。俺が作った方がうまいだろ」
「否定はせぇへんけど……にしても」
「あ?」
「一区切りつくまで待って」
薄く微笑みながら、引き締めた口元がゆっくりと言葉を紡いだ。
すぐに“それ”がなにを指すのか思い至った俺は、呆れているとみえるように笑った。
「なるほど。そりゃあしゃーないわな。ゆっくり待つとするか」
「もう、そう先のことやない思うから」
「……かもな」
「ん。でも、ありがと」
そう言った裕子は、喜びの中に寂しさの微粒子を含ませた笑顔で、俺に口づけてくれた。
確かにそれは少し寂しいけれど、俺たちがそうなるのはそう先のことじゃないかもしれないと思った。
end.
- 219 :名無し娘。:2006/10/06(金) 22:07
-
続きさらしてみた。
これも前に書いたものの焼き直しだけどねえ。
あ、先に言っとこ。この後は「ないよ」ですw
さて、ストックが無くなってきたな。
ストックが無くなる前になんか新しいの書くかな。
ではでは。
- 220 :名無し娘。:2006/10/07(土) 08:09
- 全部さらしてくれ
- 221 :名無し娘。:2006/10/07(土) 09:39
- なぜ中澤なんだ
- 222 :名無し娘。:2006/10/07(土) 11:01
-
おふぁようごずぁいます・・ゴシゴシ(-_\)ゴシゴシ(/_-)
>>220
他の更新とバランス取りながらあげるですー。
>>221
なぜ……?
結構好き。歳が歳なだけにエロを書くことに抵抗が少なかった。
一番推しじゃないんで練習がてらw
- 223 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:54
-
微エロ、エロ、エロと続いたんで、そうじゃないものを。
100%エロ無し、キッズ長編。
ピュアな感じで。
- 224 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 20:55
-
1
二人が出会ったのは梨沙子が小学校へ入学する年。
孝之が小学校の六年になる年でした。
幼かった梨沙子にとって、隣家に越してきた五つも年上の男の子。
当初、梨沙子にとってその男の子は、とても微妙な存在でした。
引っ越しの挨拶にと梨沙子の家を訪れた夫婦、その背に隠れた少年。
その姿を、彼と同じように、親の背中から垣間見た梨沙子は思いました。
少し不機嫌そうに俯いたその少年は、自分とは合わないのではないかと。
その表情は子供心に自分の“味方”ではない、そんな印象を梨沙子に抱かせたのでした。
- 225 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:56
-
ですが親同士の親交が深まるにつれ、そんな二人が一緒にいる時間も増えていきます。
出会ってから二ヶ月が過ぎた頃、いまだ微妙な二人の感情にも気づかない両家の親たちに、留守を任される機会がありました。
梨沙子の面倒を見るように言いつけられた孝之も、大人しく言うことを聞くように言いつけられた梨沙子も。
互いに言葉少なく、ぎこちなさを残したままで過ぎていく春の夕暮れ時でした。
二人は菅谷家の居間、同じ空間にいながらも、距離を置いて座りほとんど会話を交わすこともなく時間を過ごしていました。
春とはいえど、傾いた陽が落ちるのは早いもので、梨沙子はガラスの向こうに沈んでいく夕陽を見ながら小さく溜息をもらしました。
孝之も同じように、時折梨沙子の様子をみては、また目線を逸らし溜息をついていました。
- 226 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:56
-
どちらも同じように、気まずい時間を過ごしていたその時、不意に孝之の耳に飛び込んできた梨沙子の声。
「きゃあ!」
おそらく、二人きりになってから初めて聞いたその声は小さな悲鳴でした。
孝之は転がり落ちそうな勢いで椅子から立ち上がり、慌てて梨沙子に問い掛けます。
「ど、どうしたの?」
「だれか、いたの……」
か細い声で庭先を指差す梨沙子に、孝之は走り出し居間を出て行ってしまいました。
独りが心細くなった梨沙子が、どうしたものだろうかと考え出す、ほんの少し前に、孝之は戻ってきました。
その手に玄関にさしてあったであろう大ぶりの傘を持って。
「ボ、ボクがみてくる」
- 227 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:57
-
今まで敬遠し、敬遠されていると思っていた孝之の意外な言葉に、梨沙子は驚きつつも表現しがたい気持ちが浮かんでくるのでした。
そして、その言葉と行動によって、今まで二人の間に感じていた壁が崩れていくような、そんな感覚を覚えながら梨沙子が口を開きます。
「でも…あぶないよぉ」
「だ、だいじょぶだよ。りさこちゃんはかくれてて!」
そう言って梨沙子をキッチンの方へ押しやり、孝之は庭先へ続くガラス戸に手を掛け大きく深呼吸を一つ。
ちらりと後ろに離れた梨沙子を見やり、勢いよくガラス戸を引き開け叫びました。
「だれだっ!」
その声に応えるように庭の隅でガサガサと音がします。
震える腕に力を込めて、握りしめた傘を音のした方へ向けてゆっくりと孝之は近づいていきます。
すっかり陽の落ちた薄暗い庭を、音の出所へジリジリと近づく孝之のシャツが後ろへ引かれました。
振り返った先で梨沙子と目が合い、口を開きかけはしたものの、服の裾を握る梨沙子の不安そうな表情に何も言えず、再び音の聞こえた方へ向き直る孝之。
- 228 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:57
-
その時でした。
先程までよりも大きな音が聞こえた、そう二人が気がついた瞬間、暗闇から影が飛びかかってきたのです。
悲鳴も上げられず倒れ込んだ二人。
しばらくして、混乱から立ち直った梨沙子がそっと目を開くと、そこには孝之のシャツの胸元しか映りませんでした。
そして梨沙子は気がつきました。
庭に倒れたはずの自分が、なんの衝撃も受けなかったことに。
理路整然と導かれる結論ではありませんでした。
けれどなんとなく、梨沙子は理解したのです。
「あっ!」
そう思い至った時、慌てて這いずるように梨沙子の下から身を起こした孝之。
- 229 :名無し娘。:2006/10/10(火) 20:57
-
遅れて起きあがった梨沙子の眼前に、差し出されたのはまだ小さな茶虎柄の猫。
「あ…」
「これだったみたい」
「……かわいーね」
「え? うん、そーだね」
子猫を抱きかかえ笑う孝之の腕が、泥に汚れてうっすら血が滲んでいるのを見つけた梨沙子。
難しいことは解りませんでしたが、それでも梨沙子はなんとなく思ったのです。
“守ってもらった”んだって。
それ以来、二人の関係に小さな変化が生じます。
その変化は、子猫が成長するのと同じように、二人にとって大きなものになっていくのにさほどの時間はかかりませんでした。
- 230 :名無し娘。:2006/10/10(火) 21:03
-
こんな感じで……うぎゃ!?
最初以外名前欄変えんの忘れたorz
次から気をつけよう。
で、こんな感じで結構続きますけどいいかな?
『夏だね』の倍くらい。
キライじゃない人だけでもお付き合いくださいませ。
- 231 :名無し娘。:2006/10/10(火) 21:21
- >>222
他の更新って他にも小説を書いてるの?
- 232 :名無し娘。:2006/10/10(火) 21:28
- 早っ!?
>>231
小説っていうか……狩狩で書いてますよ。
そのイメージだとエロはどうかなあと思ったので、名無しで立てたんだけど。
読んでくれる人にしてみれば気にするようなことでもないのかな。
- 233 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:03
-
2
翌年、梨沙子は二年生になり、孝之は中学生になりました。
あの日を境に一緒に通うようになった学校でしたが、同じ学校に通うわけではなくなり、通学路を共に歩く時間はごく短いものになってしまいました。
半年以上の間一緒に歩いた通学路は、その道程の半ばで梨沙子の小学校と、孝之の中学校を隔ててしまいます。
それでも孝之は、時間の許す限り梨沙子を小学校まで送り届け、その後走って自分の中学校へ通いました。
幼い梨沙子は、孝之が小学校まで来てくれることを不思議だと思ってはいましたが、そうしてくれることが嬉しかったのです。
だから下校時には、どうやっても先に授業の終わってしまう自分を寂しく思い、なにかにつけて時間を引き延ばします。
出来るだけ長く学校に居残り、教師に帰るように言われると、ゆっくりと中学校へ分岐するT字路までの道程を歩くのでした。
- 234 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:04
-
母親に持たされている携帯電話で時間を確認した梨沙子は、T字路の見えるところまで来て立ち止まりました。
意味もなくメールのチェックをしたり、登録されている数少ないアドレスを眺めたりします。
梨沙子は知っていたのです。
孝之がどれくらいの時間になるとこの道を通るのかを。
勿論、最初はそんなこと知りませんでした。
ほんのちょっとした偶然。
それは梨沙子が学校に、忘れ物を取りに戻った日のことでした。
- 235 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:04
-
傾きかけている日射しの中、小学校へ戻り、体操着の収められた巾着袋を取って、再び家路についたその途中。
沈んでいく太陽に急かされるように足早になる帰り道でした。
その途中、見通しのいい通りの遥か先に見える曲がり角の陰から、見知った横顔が姿を現したのです。
遠目ながらも間違いないと確信を持てた梨沙子は、駆け足でその姿を追いかけました。
段々と荒くなってくる呼吸の中で、少しずつ近づく後ろ姿に励まされて走る梨沙子。
その距離が十数メートルにまで近づいた時、前を歩く孝之が不意に振り返りました。
「あれ? りさちゃん」
孝之の声が聞こえました。
梨沙子は目一杯まで頑張っていた脚を徐々に緩め、最後には歩きになって、やっと孝之に追いつけました。
- 236 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:04
-
「はあっ、はあっ……ケホッ」
「そんなに急いで…どうしたの? 大丈夫?」
かがみ込むようにして様子を窺う孝之に、大丈夫、と言おうとした梨沙子でしたが、乱れた呼吸が邪魔をします。
額にうっすらと汗を浮かべながら、一つ大きく深呼吸をして、言葉の代わりにニッコリと笑ってみせたのでした。
その笑顔をみた孝之も、同じように笑ってみせて、それに梨沙子は「えへへ」と声に出して返しました。
「落ちついた? もう平気?」
「うん。もうだいじょーぶ」
「せっかくだから一緒にかえろうか」
いざ追いつきはしたけれど、自分から言い出せずにいた梨沙子はとても嬉しく思ったのです。
「うん♪」
「よしっ、いこう」
- 237 :『小さな恋の……』:2006/10/10(火) 23:05
-
あまり離れないように、数歩後ろを歩く梨沙子を気遣いながら歩く孝之。
その少し後ろから見える孝之の顔を見ながら、梨沙子は笑顔でとてとてと歩くのでした。
そして、それ以来、梨沙子はなるべくこの時間にあわせて帰ってくるようになったのです。
最初の一週間ほどは、なかなか時間があわず、すれ違っては肩を落として帰宅していました。
けれどいつからか、おおまかな時間が解ってくるようになったのです。
早い時は曲がり角で、すぐ目の前を。
遅い時でも十分〜二十分程で、あの曲がり角から孝之が帰ってくると解りました。
ですが、梨沙子は一つだけ、知らなかった……気がつかなかったことがあります。
それは、最初の一日。
その日以降、孝之も同じように“時間”を探していたのだということを。
自分よりも早く帰るなら、それは構わない……というか、仕方がないと思っていた孝之でした。
けれど、自分と同じくらいになってしまうなら、少し日の傾きかけた帰り道を行くのなら。
ならば自分が送って行かなければと、そう孝之が考えたことを、梨沙子は知りませんでした。
二人は、お互いの幼い考え、淡い気持ちも気がつかずに、今日も二人で数歩分の距離を保って歩くのでした。
- 238 :名無し娘。:2006/10/10(火) 23:07
-
ちょっと時間が空いたんでもう一話分。
一日二話なら二週間くらいで終わるなあ。
毎日くればだけど。
ではでは。
- 239 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:58
-
3
ある日のことでした。
いつもの場所、いつもの時間。
携帯で時間を確認した梨沙子は困ったように周囲を見廻していました。
しばらくそうしていた梨沙子が再び携帯に目を遣って……そして「うん」と小さく、自分を励ますように呟いて歩き出しました。
件のT字路を、家の方向でも、小学校の方向でもない方へと向かって。
「わぁ……」
きょろきょろと辺りを見ながら、しばらく歩いた梨沙子が小さな感嘆の声をあげました。
初めて歩く道、新鮮な光景の中を一人で歩くことの昂揚感。
そんなワクワクしつつもドキドキした気持ちで歩いていた梨沙子は、分岐路で聞いた道を中学校へ向かって歩いている……つもりでした。
ですが、ふわふわとした昂揚感のままに歩いてきた梨沙子は、自分が目印を見失ったことに気がついていませんでした。
- 240 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:58
-
「……?」
そろそろ中学校が見えてもいい頃だと思っていたのに、いつの間にか目の前には公園が見えていたのです。
それは、青々とした木々に囲まれた、そう大きくはない公園でした。
けれど、小さな梨沙子の目には、初めてくるその公園はとても大きく素敵な場所だと映ったのです。
公園の入り口になっている林道めいた小道から、その素敵な世界へ目を遣った梨沙子があるものに気がつきました。
「あーっ、わんちゃん!」
それは首輪をしていない小さな白毛の犬でした。
きっとこの公園に居着いているらしいその子犬は、野良犬にしては人懐こい様子で、近寄る梨沙子から逃げようともしません。
「おいで? わんちゃん」
しゃがみ込んだ梨沙子の側に寄ってきた子犬。
その子犬に、少しおっかなびっくり手を伸ばした梨沙子。
伸ばした手をペロペロとなめる子犬を、梨沙子は空いてる方の手で撫でていました。
- 241 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:58
-
「かぁいぃね〜」
両手を脇に添えるように子犬を抱き上げると、ジタバタと暴れながら、その小さな身体からは思いも寄らないほどの大きな声で泣き出しました。
ビックリした梨沙子は、相応に大きな悲鳴を上げて子犬を解放しました。
「うあぁ、ごめんね、わんちゃん」
その時、梨沙子から数メートル離れた辺りで、木々の下生えがガサガサと音を立てました。
子犬がそちらに向かって走っていくのと同時に、その数倍……それこそ梨沙子ほどもある白い犬が姿を現しました。
- 242 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 20:59
-
「……ぁ、うぅ」
怖くなった梨沙子はゆっくり立ち上がると、そのままの姿勢で後退りました。
少し離れた位置にいる犬も、離れずに距離を詰めてきます。
その口からは大きな牙がのぞき、低い唸り声をたてながら少しずつ近づいてくるのでした。
怖さに耐えきれなくなった梨沙子は大きな悲鳴を上げ、振り向いて走り出しました。
後ろでは「ハァハァ」と犬の荒い息と砂を蹴る足音が聞こえます。
梨沙子は公園の出口へ、後ろも振り向かずに必死で走りました。
後ろの音はどんどんと近づいてきて、もうものの数歩分で掴まえられてしまうほどです。
梨沙子は『あぁ、自分は食べられちゃうんだ』と思い、走りながらも、つい眼を閉じてしまいました。
- 243 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:00
-
その瞬間、梨沙子の小さな身体に衝撃が加わりました。
梨沙子は自分の脚がふわりと浮くのを感じ、転んじゃうんだと思ったのです。
ところが、ふわりと浮いた梨沙子の身体は、腰の辺りを軸にくるっと廻ったと思うと、その勢いを殺すようにぽんと地に降り立ちました。
それでも恐怖からぎゅっと閉じていた眼を開けられずにいた梨沙子の肩に、ぽんと置かれた温かい感触。
「りさちゃん」
掛けられた声にふっと目を開けると、梨沙子の頭上に孝之の顔があったのです。
何がなんだか解らないでいる梨沙子の腰を抱き上げるようにして立たせる孝之。
「もういっちゃったから、大丈夫だよ」
「たかちゃん……?」
スカートに付いた砂をぽんぽんと払い落としながら、笑顔でそう教えた孝之の顔を、不思議そうに見つめる梨沙子。
辺りを見ると、いつの間にかさっきの犬は何処かへ行ってしまっているようでした。
- 244 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:00
-
「どこもケガなんかしてない?」
「……うん」
「どうしてこんなとこに……。一人できちゃ危ないよ?」
「あのね、たかちゃんが……」
そこまで言いかけて梨沙子が気がつきました。
孝之の左手に赤い絵の具のようなものが流れていることに。
「たかちゃん。……ち?」
「……ん? あっ…大丈夫だよ、そんなに深く噛まれたんじゃないから」
「でも、たかちゃんっ」
「ん、……こうしてれば平気だから。帰ろう? お母さん達心配するよ」
ポケットから引っぱり出したハンカチをグルグルと巻き付けて、少ししかめた表情を笑顔に戻して孝之が言います。
- 245 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:01
-
ぽろぽろと涙を零している梨沙子の頭を、孝之は怪我していない方の手でそっと撫でました。
そして膝をついて梨沙子と目線を合わせて、頭を撫でながらゆっくりと孝之が話し出しました。
「大丈夫だから。ね? 泣かないで。……このことは誰にもいっちゃダメだよ?」
「だって…、だってぇ……」
「お願いだから。誰にもいわないって……約束」
差し出された小指を、くしゃくしゃに泣きながらもジッと見つめる梨沙子。
目の前の小指がふにふにと動き、「ね?」と念を押すように孝之が言うと、梨沙子はおずおずと自分の小指を絡めました。
「よしっ、指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。……二人だけの約束だよ?」
「……ぅん」
泣きながら約束した梨沙子にそっと手を差し出す孝之が「帰ろっか」と優しく言います。
まだぼろぼろと涙を流している梨沙子はどうしたらいいのか解らないようにその手を見ていました。
孝之は、差し出したその手で、ぽんぽんと梨沙子の頭を優しく叩き、そして梨沙子の手を握って、再び促しました。
「さ、帰ろう」
「……ん…ぅん」
- 246 :『小さな恋の……』:2006/10/11(水) 21:01
-
家の前までついた二人は、玄関先で立ち話をしていた母親達に見咎められ、怪我について問い質されました。
孝之は「これは自分のせいだ」と言い、梨沙子は心の中で約束、約束と唱えながら、涙を滲ませた目でじっとそれを見ていました。
母親に連れられて近所の病院へ向かう孝之の背中をジッと見つめている梨沙子に、梨沙子の母親が問い掛けました。
「りーちゃん? 孝之くんの言ったことは本当なのかしら?」
「………」
梨沙子は意地になったように小さくなる背を見つめながら口を引き結んでいました。
そうしていないと声をあげて泣き出してしまいそうだったから。
「そっか。解りました。……孝之くんとずっと仲良くしてもらうのよ?」
梨沙子の母親は、そう言いながらぽんぽんと梨沙子の背を叩き、家へ連れ入りました。
一週間が過ぎて、包帯の解かれた孝之の左手に、小さく残った傷跡。
梨沙子はその傷跡と、そして二人の約束を、ずっと忘れないでいるんだと心に決めたのです。
- 247 :名無し娘。:2006/10/11(水) 21:02
-
ちょびちょび進めていこ。
また明日……か明後日に。
ではでは。
- 248 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:54
-
4
それは日射しも暖かなとある日曜のことでした。
梨沙子が孝之の家のチャイムを独特のリズムで鳴らし、来訪者が誰だか解っている孝之が玄関を開ける。
すでにこれは、二人の……というよりも孝之の家では誰もが馴染んでしまったこと。
でしたが、いつものことであるはずの孝之は少し驚いた顔で、出迎えられた梨沙子は満面の笑みで、孝之の顔を見て言いました。
「こーえんいこっ」
「こーえん? あぁ、うん、いいけど」
「たかちゃんは持ってない?」
「あるよ。僕も?」
「うん。おしえて♪」
そう楽しそうに話す梨沙子は、Tシャツの上に半袖の上着を羽織り、下はショートパンツ姿に……ローラースケート。
- 249 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:55
-
孝之は困ったように梨沙子の姿を見やり、そしてポツリと呟きました。
「それ、履いて行くの?」
「うん♪」
「……そっか。じゃあちょっと待っててね」
「うん♪」
とても楽しそうに話す梨沙子に、なにも言えなくなった孝之は、仕方なさそうにそう言い残して家の中に姿を消しました。
梨沙子がしばらく玄関の前で待っていると、ガチャリと玄関が開き、孝之が戻ってきました。
その手には、使い込まれたローラースケートと幾つかのプロテクターを持ち、先程までのTシャツ姿の上にGジャンを羽織って。
「これだけ付けて行こうね」
「りーの?」
「そう、念のためね」
目の前のそれを見て、小首を傾げて自分を指差しながら言う梨沙子。
そんな梨沙子に、真面目な表情を作った孝之が言います。
- 250 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:55
-
「う〜……」
「ヤならやめる?」
少し不満げに眉根を寄せて、差し出されたプロテクターを見つめました。
けれど孝之にそう言われ、どうするかを量りにかけたように考え、やがてポツリと言いました。
「…つける」
「うん。じゃあ手だして?」
すっと差し出された細い腕の、肘の部分へあてがわれるプロテクター。
そしてかがみ込んだ孝之が膝へ付けるプロテクター。
それをされるがままに見ながら、梨沙子はこう思い、感じました。
こんなの付けなくてもいいのに、と少しだけ不満に。
でも、孝之に心配されて、世話を焼かれるのはほわほわとする。
そんなくすぐったいような不思議な気持ちで、どうしてか自然と笑顔が浮かんできました。
- 251 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:55
-
「はい。出来たよ。……? りさちゃん?」
「ふぁぃ!? あ、うん」
「なに?」
「なんでもなーいよぉ」
「ふーん……」
孝之は、そんな梨沙子の様子を見上げて、訝しく思いながらも無理矢理に納得した風で呟きました。
そして屈んだままの姿勢で、自分のローラースケートを履いていた孝之が、なにかに気がついたように口を開きました。
「これ……おろしたて?」
「おろ…? ……うん、きれーでしょ」
「もしかして、初めて?」
「うん」
当たり前だよと言わんがばかりの梨沙子の口調に、何かを考えるように立ち上がる孝之。
履き替えた自分の靴を玄関に放り込み、ドアを閉めると、その様子を見つめている梨沙子を尻目に、カチャカチャと数歩移動して道路へ出ました。
- 252 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:56
-
「ここまで来れる?」
もと来た方を振り返り、そう言いながら手を差し伸べる孝之。
梨沙子は少し考えて、「う〜」と困惑したような声をもらして歩き出しました。
「うわ、わわっ……やあっ」
奇妙な声をあげながら、それはそれはぎこちない、おっかなびっくりバランスを取りながらの動作。
孝之は笑いを堪えながらも、梨沙子の方へ近づいて、パタパタともがくように動くその手を取りました。
- 253 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:56
-
「っ……うぁ、ふぅ」
「あんまり大丈夫じゃないね」
「だ、だからおしえてっていったのに……」
孝之に支えられながらも、拗ねた風にアヒル口の梨沙子。
「とりあえず、この辺じゃあ危ないから公園まで行こっか。動かないでね」
「うん。えっ? あっ、わわわわっ」
返事を返しながらも、『動かないで』という言葉の意味が解らなかった梨沙子が、おかしく思った時でした。
少し荒れた地面を跳ねるように転がり出すスケート。
孝之の手に引かれ自分の意志とは別のところで移動を始める梨沙子は、ただ小さな悲鳴を上げながら一所懸命にバランスを取ります。
次第にそんな状況にも慣れ、後ろ手に梨沙子の手を取り、時折振り返る孝之を見つめていて。
手から伝わる温かさと、流れる空気を感じて、「えへへ」と小さく笑みを浮かべるのでした。
- 254 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:57
-
5
孝之に手を引かれ、梨沙子はニコニコとその背を見ていました。
なにがこんなに嬉しくさせるのか、自分でも解ってなどいないままで公園への道程を楽しんでいたのです。
「はい。到着っ」
「え? うわっ、あ゙ぁっ!?」
前を行く孝之が、不意に止まってそう言いました。
が、梨沙子は気がつかず──気づいても止まり方を知らなかったのですが──、勢いそのままに孝之の肩へぶつかってしまったのです。
「っ!?」
支えようと踏ん張りかけた孝之でしたが、力を込めても無情に廻るローラーが邪魔をしました。
「う〜……」
「っ、てぇ……」
辛うじて大転倒とはならなかったものの、思いっ切り尻もちをつき、繋いでいた手に引っ張られた梨沙子が、その上に倒れ込みました。
- 255 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:58
-
「あぃた〜……」
「りさちゃん……?」
「はぁい?」
「重いからどかない?」
「えぇ!? りー、おもくないもん!」
孝之の言葉に飛び跳ねるようにして脇に降りた梨沙子が言いました。
まっ白な頬を少しばかり朱に染めて言う梨沙子に、身体を起こしながら孝之が笑いかけました。
「そうだね。りさちゃん細いもんなぁ……ほらっ」
先に立ち上がった孝之の両手が梨沙子の脇に添えられて、小さなかけ声に合わせてひょいと持ち上げられました。
「……う〜〜っ、おろしてぇ」
「うわっ!? ははっ、ごめんごめん」
一瞬何をされたのか解らなかった梨沙子が、顔を真っ赤にしてバタバタすると、孝之はすとんと足から梨沙子を下ろしてあげました。
- 256 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:58
-
子供だとからかわれたように感じた梨沙子は頬を膨らませて背を向けてしまいました。
「たかちゃん、きらいっ」
そんな梨沙子を微笑ましく思いながらも、機嫌を直そうと四苦八苦する孝之でした。
やがて梨沙子にも笑顔が戻り、丁寧なスケートのレッスンが始まります。
初めはバランスを取ることだけで精一杯だった梨沙子も、意外な勘の良さをみせ、次第に上達していきます。
時に転びそうになると、すぐ横で教えている孝之が手を差し伸べて支えます。
あまりにゆっくりで、これはと思う時には転び方すらも教えるように、手を出さずにいることもありました。
そんな時、黙って口をとがらせ「なんで?」という目で見る梨沙子に、孝之は「転ぶことも覚えなきゃ」と言うのです。
なお不満顔の梨沙子へ「それくらいなら、子供じゃないなら痛くないでしょ?」と重ねて。
すると梨沙子は、口を尖らせたままで「うん」と頷くのでした。
そんなレッスンも二時間ほども過ぎた頃、孝之が飲み物を買いに梨沙子の元を離れました。
両手にオレンジジュースの缶を握り、元いた場所へ戻ってきた孝之でしたが、梨沙子の姿が見あたりません。
「りさちゃん……?」
きょろきょろと辺りを見廻した孝之は、きた道とは反対の方向に滑っていく梨沙子の背中を見つけました。
- 257 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 19:59
-
後を追おうと動き出し掛けて、ある事に気がついた孝之は握っていた缶を置くことも忘れ、全力で滑り出しました。
「りさちゃんっ!」
近づく勢いはそのままに、大きな声で呼びかけると、上体だけで振り向いた梨沙子が手を振ってきました。
足は止まっていましたが、ゆっくりと回り続けるローラーはそのままに。
「たかちゃーん。みてみてっ♪」
「っ……止まって!」
「? ……え? わっ!?」
そこで梨沙子はやっと気がつきました。
自分がなだらかな下り道にいたことに。
そしてその勾配が徐々に急になっていることに。
「ふわわっ……た、たかちゃん」
「りさちゃん!」
段々と上がっていくスピードと、坂の向こうに見える光景に身をすくませ、転ぶことも出来ず孝之の名を呼ぶ梨沙子。
孝之は手に持っていた缶を放り出して、坂の向こうを往来する車のことを考え、必死に後を追いました。
- 258 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 20:00
-
目前に迫る道路に、恐怖感で一杯になった梨沙子が眼を閉じ、身体を硬くした数秒の後。
車にはねられたと感じた大きな衝撃。
梨沙子が気がつき目を開けた時、そこは道路から僅か一メートル程の場所でした。
「たか、ちゃ──っつ」
隣で倒れている孝之に気づき、手を伸ばそうとした時、上腕に鈍い痛みを感じて動きを止めました。
「はっ! りさちゃん!?」
遅れて気がついた孝之が梨沙子を見ると、痛みを堪えるように表情を歪ませ、ブラウンの瞳一杯に涙を浮かべて。
それでもなぜだか笑顔を作ろうとしている梨沙子がいました。
「りさちゃん、どっか痛い? 大丈夫?」
「ちょっとだけ、いたい。けど……こどもじゃないからへーきだもん」
額にうっすらと汗を浮かせながら、無理に作った笑顔で話す梨沙子。
そんな梨沙子を見た孝之は、理由も解らないままに泣き出してしまいそうになりました。
それは悔い、憤り、哀しみ、哀れみ、様々な感情の表れでした。
- 259 :『小さな恋の……』:2006/10/13(金) 20:00
-
ともすれば溢れてしまいそうになる涙を、ぐいと拭って梨沙子に背を向け屈んで言いました。
「のって。家に帰って、それから病院に行こう」
「えぇっ、だって……」
「いいからっ、早く!」
「……うん」
ごにょごにょ言い続ける梨沙子を背負って、梨沙子の家に着いた二人を見て、梨沙子の母は驚きながらも、手早く行動しました。
休日診療のしてもらえる病院へタクシーで向かう途中、詳しい話を聞いた梨沙子の母は、二人を叱りもしませんでした。
病院で診察を終え、帰りのタクシーの中で、梨沙子は叱られ孝之は謝られていました。
二人は、その扱いや心境こそ違いましたが、同じように右腕を吊り、同じようにしょんぼりしていたのです。
梨沙子の母は、困ったように梨沙子を見て。
申し訳なさそうに孝之を見て。
小さく溜息をついて言いました。
「とにかくヒビだけで済んでよかったわ……」
夕暮れを走るタクシーの中、二人はただ俯いているだけでした。
- 260 :名無し娘。:2006/10/13(金) 20:01
-
今日はこの辺で。
あ、まだデビュー前なんですよ。
ではでは。
- 261 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:36
-
6
いつものように二人で下校してきたある日、両親が不在だった孝之は梨沙子の家に呼ばれしました。
菅谷家のリビングで、孝之は見るでもなくTVの画面を見つめています。
その番組に特に興味を惹かれなかった梨沙子は、ソファーの端に座る孝之に背中を預け、足を肘掛けに投げ出して漫画を手にしていました。
孝之は右の肩から背中辺りで、梨沙子の背中を支えながらも、じっとTVの画面へ向いたままでいます。
一方の梨沙子は背中越しに孝之の温もりを感じ、飼い主の膝に乗った子猫のように満足げにページをめくるのでした。
「はい。おやつでも如何かしら?」
そんなところへ、キッチンから梨沙子の母がトレイを手にして声を掛けました。
- 262 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:36
-
「わぁい。いただきまぁす」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、テーブルに置かれるショートケーキとジュースに目を遣りながら、ほっとしたように笑う孝之。
跳ねるように起きあがり、ケーキに手を伸ばそうとした梨沙子は、その動きを母親に止められました。
「りーちゃんはちょっと待ってね」
「え〜っ!?」
おあずけをくって、不服さを身体一杯に表す梨沙子に、母親が一言囁きました。
「見せたいものがあるから、あっちにいらっしゃい」
「なぁに……?」
「孝之くんは食べててね」
手を引かれて歩いていく梨沙子を見送って、ケーキとジュースを見ながら、孝之は考えました。
きっとすぐに戻ってくるんだろうから、手を付けないで待っていようと。
- 263 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:37
-
孝之がそう決めて、座り直した時でした。
一人で戻ってきた梨沙子は満面の笑みを浮かべて、ぽすっと音を立てて孝之の隣りに腰を下ろします。
とても嬉しそうに笑っているけれど、特になにも話そうとしない梨沙子に、孝之が困ったように笑いながら折れてあげるのでした。
「……なにかいいことあったの?」
「あのねー……まだ、なぁんでもないの♪」
「……そう?」
「うん♪」
にこにこと笑みを浮かべながらケーキを頬張る梨沙子は、その報せによるものなのか、それとも内緒にしているということ自体なのか、ただ楽しげにしています。
釈然としないものを感じながらも、“まだ”というなら、きっとそのうち教えてくれるだろうと納得しておく孝之でした。
- 264 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:37
-
その週末のことです。
いつもならば楽しげに「あしたはどこいく?」とか聞いてくるか、少し淋しげな表情で「あしたはおでかけするんだって」とか言う梨沙子。
それが、今日の彼女は孝之の知っているどの梨沙子とも違うようでした。
「あのねー、あしたはおでかけするからあそべないの」
「そうなんだ?」
そう言いながらも、その表情は一緒にいる前の日のように楽しげに笑っていました。
いつもと違う調子に戸惑いながらも、孝之はなるべく普通に接しようとするのでした。
「でも、りーのかわりにてれびみててね」
「え?」
「おひるのやつ。もーにんぐむすめの」
「あぁ……うん」
そう返事をしながら、孝之は思い出します。
そういえば何度か一緒に観たことがあったかなと。
孝之自身は、特別にいつも観ているわけではありませんでしたが、梨沙子といるその時間にはよく一緒に観たものでした。
- 265 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:37
-
そして日曜日。
律儀に約束を果たす為、TVを観ていた孝之は、画面に釘付けになったまま言葉を失っていました。
いつも隣で笑っていた梨沙子。
べそをかいては孝之にすがっていた梨沙子。
そんな“りさちゃん”が画面の中にいる、その不思議な光景と、なんとも表現しがたい感情に混乱していたのです。
画面に映るのは右手を吊ったあの頃の、VTRであろうもので、硬い表情のままぎこちなくインタビューを受けている梨沙子。
そしていかにも生放送らしく、オーディションに受かって驚き喜ぶ表情を映し出したりしていました。
そしてまとめるような話が流れた後、梨沙子は二万七千九百五十八人の中の、たった十五人の一人に選ばれ残ったのだと、ナレーターの声が告げていました。
不意に鳴った着信音に我に返り取りあげた携帯に、またなぜだか微妙な心持ちになる孝之でした。
急かすように鳴る携帯に出ると、がやがやとざわめきの聞こえる電話口から、少し興奮しているような元気な声が響いてきました。
『たかちゃん、みてたっ?』
「……うん」
『ねーねー、びっくりした?』
「え? ……うん」
自慢げにしっぽを振る子犬のような梨沙子の声。
そんな梨沙子に曖昧な返事を返しながら、孝之は思い出していました。
あれはそういうことだったのか、と。
- 266 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:38
-
何気なくTVを見ていた時に、いつものように寄り掛かっていた梨沙子が身をよじるようにして孝之に聞きました。
「たかちゃん、すき?」
「え?」
孝之は、一瞬なにを言われたのか解らず、小さな驚きの声をあげました。
それが画面に映っている女の子のグループを指していると気がついた孝之は、何の気無しに答えたのです。
「う〜ん、そうだね」
「そーなんだ」
「うん、そうかも」
特別に好きなわけではない孝之でしたが、ただ会話の流れから単純にそう言っただけでした。
梨沙子はなにか考えるようにアヒル口に指をあて、それから笑顔でこう言ったのです。
「ならりーもなる」
「え?」
「りーもミニモニ。みたくなる」
「え〜?」
「なに?」
懐疑的な孝之の反応に、梨沙子は少し頬を膨らませて問い返しました。
「ん〜、なったらすごいね」
「えへへぇ」
なにを想像したのか、やけに嬉しそうに笑う梨沙子の顔が印象に残った孝之でした。
- 267 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:38
-
『──ゃん、きーてる?』
電話の向こうで大きくなった声に、はっとした孝之が慌てて聞き返しました。
「え? なに?」
『もお! あのね、なんかよばれてるの』
「あ、うん」
『じゃあまたね』
「あっ!」
『んー?』
「あの……おめでとね」
『ん? うん♪』
余程急かされていたのか嬉しそうにそう言い残して、慌てて電話は切られました。
孝之は切れた電話を見つめ、その向こうの梨沙子の笑顔を思って呟きました。
「おめでと……」
梨沙子がそうなりたいと思って、そうなれたのだから、それはとても祝福すべきことだと孝之は思いました。
そして、祝ってあげるつもりでそう呟いたのに、どうしてだか笑えずにいる自分をおかしく思うのでした。
- 268 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:39
-
7
互いに意図してではなく会う機会の減った二人に、某かの変化を求めるように時間は過ぎていきます。
それは夏休みに入っても変わらず、梨沙子は母親に連れられて頻繁に出かけていき、孝之は仲の良い学友と遊ぶ以外には、特にすることもなく家にいることが多くなりました。
そんな八月のある日、孝之はなにをするでもなくベッドに横たわり、小さなきっかけに思いをやっていました。
孝之が、梨沙子のことを初めてブラウン管越しに見たあの日。
あれ以来、二人の関係が微妙に変わってきたと孝之は感じていました。
なにがどうとは言い切れなかったものの、それは孝之の中に、確かに根付いた感情だったのです。
自分である必要はない
きっと、言葉にすればそんなことだったのかもしれません。
あの留守番の夜以来、仲の良い妹のように、常に孝之のそばにいた梨沙子。
常に梨沙子の一番近くにいて、危うい無邪気さを庇護し、必要とされていた孝之。
- 269 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:39
-
そんな梨沙子が……“りさちゃん”が、数千人もの人を前に舞台に立った。
例えそれが、グループ全体の為にある舞台であるとしても、その中に梨沙子の名を叫ぶ声が耳についたのだから。
自分の知らない世界に入り、多くの人達に求められるような存在になれば、その役目など幾らでも代わりが出来るだろう。
そう考え、一つの結論にたどり着いた孝之なのでした。
- 270 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:40
-
「孝之っ、梨沙子ちゃん来てるわよ!」
母親の呼ぶ声に、小さく舌打ちをしながら部屋を出て階段を下りていく孝之。
心のどこかが波立ち、苛立っていることに、自分でも気がついてはいませんでした。
「なに?」
「……たかちゃん?」
「……?」
それがなにとは解らないけれど、小さな違和感を感じた梨沙子の声は、いつもの元気に開いた花のような声ではありませんでした。
自身の変化には気がつかない孝之も、梨沙子のその声の調子に、わずかに眉根を寄せて答えにならない答えを返しました。
「…………」
「どうしたの?」
何も言わず、困ったように見上げる梨沙子に、改めて問いかける孝之。
その声からは、梨沙子が感じたいつもの孝之とは異なる“色”が薄れていたようでした。
- 271 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:40
-
「たかちゃん……ん〜ん、なんでもない」
「……? なに?」
「いいのっ。なんでもないっ」
「いいならいいんだけどさ……上がる?」
「…うん」
互いに互いの変化に気がつきながら、自身の変化に気づかずに、自身の中で異なる角度から歪んだ形に納得してしまいました。
もし気がついたとしても、それがどのような“形”をもたらすのか、二人には解らないことだったのですから。
「たかちゃん、あのね……」
「んん?」
孝之の部屋に通され、ベッドの上で脚を投げ出すように座り込んだ梨沙子は、改めて切り出すように口を開きました。
学習机の椅子に、逆向きに座り、背もたれに手を乗せて体重を預けていた孝之は相槌を打つように声を漏らしました。
- 272 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:41
-
「えっとぉ……」
「なに、どうしたの?」
何か考えながら話し、言葉を探している様子の梨沙子に、小さく笑いながら孝之が問い返しました。
笑われたことに対して、少しばかり口をとがらせはしましたが、それでも気を取り直してさらに言葉を探している様子の梨沙子。
「あ、ぇっとねー、えーが……」
「えーが? 映画?」
「うん」
「行くの?」
「うんっ」
「お母さんと?」
「そうだけどぉ……」
「もしかして?」
- 273 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:41
-
思いついたように自分を指さす孝之に、さも嬉しそうにぶんぶんと力一杯に頷く梨沙子。
それを微笑ましく見ながら、孝之が言葉を続けました。
「別にいいけど、いつ?」
「あしたからなの」
「ふ〜ん……」
「いっしょにきてくれる?」
「いいよ」
「あー……えへへ、ありがと♪」
そうしてしばらく話した後、笑顔で帰っていった梨沙子を見送ってから、孝之はあることに気がつきました。
「あっ、なんの映画か聞かなかった……」
口に出して呟いてから、軽く笑って思うのでした。
きっと夏休みによくあるような、子供向けのアニメとか何かだろうと。
もし自分の好みではなかったにしても、それを観て梨沙子が喜ぶのならそれはそれでいいな、と。
- 274 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:42
-
8
視界に映る光景から目を逸らさずにいながら、意識はまったく別の所にある。
そんなアンバランスな自分と、なんともいえない居心地の悪さに戸惑う自分。
そんな自分に困惑しながらも、目の前で一生懸命な梨沙子に同調するような気持ちも感じている。
自分の心の歯車に、小さなズレが生じているのを解っていながら、それを表現させられる程に子供ではなく、やりすごせる程に大人でもない孝之。
有り体にいえば、孝之は迷っていたのです。
梨沙子に対する自分のポジション、立ち位置、距離感に。
お互いの……というよりも、梨沙子の立つ位置が変わったと認識したことによって、自分はどうしたらいいのか。
今までの距離を保つ為にいるべきなのか、相応の距離で接するべきなのか。
ブラウン管越しに梨沙子を見ては一方に傾き、隣に座る梨沙子を見ては一方に傾く。
不安定な天秤にのせられた気持ちの持っていきように迷っていたのです。
- 275 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:42
-
「孝之くん?」
「え? あ、はい」
心ここにあらずだった孝之にかけられた声。
隣の席に座っていた梨沙子の母は、柔和な笑顔で孝之を見ていました。
「退屈じゃない? ごめんなさいね、梨沙子が我が侭言ったみたいで……」
「そんなこと…ないです」
「本当に? だったらいいんだけど……」
「あ…ほら、なかなかこんなトコ、見られないですから」
「……ありがとうね」
「え?」
「うちの子、孝之くんに迷惑ばかりかけてるでしょ」
「いえ、そんな……全然」
「ありがとうございます」
そう改めて言われた孝之は妙に気恥ずかしくなり、あらぬ方へ視線を逸らしたのでした。
- 276 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:43
- そんな孝之を微笑ましく見つめて、そして一度梨沙子の様子を横目で見て、梨沙子の母は言葉を続けました。
「どういうつもりでこんなことしようとしたのか、私には分からないんだけど……。
私達よりよっぽど孝之くんと一緒がいいみたいでね。これからもあの子のこと、よろしくね」
「っ――。そんなこと…ないです。……あっ、トイレ行ってきます」
一瞬、言葉に詰まるのを、顔を逸らして隠してそう言いながら、逃げるように孝之が立ち上がりました。
梨沙子の母は、そんな孝之に我が子を見るような優しげな視線を送りながら、小さくため息をついたのでした。
孝之は出入り口付近で手が空いてそうなスタッフに声をかけると、足早にその空間から離れました。
人気のない通路を教えられたとおりに歩き、用を足して手を洗っているとき、ふと鏡に映った自分の表情に気がついたのです。
「……なんて顔してんだろう」
梨沙子の母と交わした会話で、一時、現実の中に過去がクロスオーバーしたものの、それは“ひととき”のことでしかなく。
いざ一人でこの場にいると、改めて“現実”というものを実感させられている。
それが今、表情に表れてしまっていると、そう感じた孝之でした。
それはきっと、今の梨沙子との距離のように、日頃の孝之とはかけ離れた生気の無い表情でした。
- 277 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:43
-
「こんなんじゃダメだなあ……」
そう呟くと、なにかを振り払うように流れ出る水に手を差し出し、バシャバシャと顔を洗うのでした。
ひとしきりそうした孝之は「ふう」と一息つき、濡れた顔をぬぐってその場を後にしました。
そうして元いた空間に静かに入り込んだとき、ふいに横合いから腕を掴まれました。
「ちょっと待って。関係者以外は立ち入り禁止だよ」
「あ、僕は――」
「ん? あぁ、誰かの連れかい?」
「っ――、りさ…菅谷梨沙子の……」
「お兄さん?」
「いえ、家族じゃ……」
「家族、じゃないの? じゃあなんでいるの? ……まぁ、いいか。あまり動き回らないようにね」
「……はい」
それだけ話して去っていった男の背を見るでもなしに見ながら、まるで言われたとおりにしているかのように孝之はその場に立ちつくしていました。
ただ、音が聞こえてきそうなほど強く握った拳だけが小さく震えていました。
その感情を、なんと表現するのか孝之は知りません。
ですが、自分がどうしたいのか、それだけは解っていた……解ってしまったのです。
- 278 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:44
-
孝之は歩き出しました。
その、まだ幼いといえる顔立ちには不釣り合いなほどに感情を失った表情のままで。
撮影は休憩に入ったらしく、元いたスチールの椅子には、梨沙子の母と、そして梨沙子本人が座って談笑しています。
「あの……」
「たかちゃん♪ ねぇねぇ、みててくれた?」
梨沙子の母に話しかけようとした孝之の腕に、飛びつくようにすがりつきながら梨沙子が言いました。
孝之は、ほんの僅かな瞬間、苦しげな顔になりますが、無理矢理に笑顔を作って梨沙子に応対しました。
「あ、あぁ。うん、見てたよ」
「がんばったの。すっごいがんばったよ?」
「……うん。そうだね。ビックリした」
「孝之くん?」
訝しげに梨沙子の母が問い掛けました。
- 279 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:45
- その声に救われたように、微かな安堵をにじませて孝之が口を開きました。
「ごめんね。……あの、ちょっと用事を思い出して、先に帰ります」
「ええっ!」
「孝之くん……大丈夫? 顔色が――」
「平気です。ごめんなさい」
「たかちゃん……?」
「ごめんね、りさちゃん」
「たかちゃん…へーき?」
「うん。ごめんね、りさちゃん」
- 280 :『小さな恋の……』:2006/10/15(日) 19:46
-
精一杯の努力で、梨沙子にだけは悟られないように、複雑な感情を押し殺して。
心から自分の情けなさを詫びる孝之は、痛々しくもみえそうな笑顔で話します。
「んーん……」
「ホントにごめんなさい。じゃあ……さよなら」
ハの字にした眉で心配そうな梨沙子に、届くか届かないか……掠れそうな声で告げた言葉でした。
自分でも意識しないところでの言葉でした。
早足にならないように、意識して歩みを抑えて辿り着いた重々しい扉。
強く押し開いた扉の向こうで、甲高い声が聞こえました。
するりと身体を滑らせた孝之は、扉の前で座り込むように転んでいる女の子の姿に気がつきました。
「ごめんなさい」
そう口にして、座り込んでいる女の子に手を差し伸べ立ち上がらせた孝之。
それを驚いた顔のままで見返す女の子に、もう一度「ごめんね」と謝罪して、孝之は歩きだしました。
まるで逃げるように。
- 281 :名無し娘。:2006/10/15(日) 19:49
-
りしゃこデビュー!
したところで、今日はこの辺で。
企画のせいなのか、年齢のせいなのか、読んでる人がいない感じ(^^;;;
長編は終わってみなきゃ解らないからな、とか思われてると考えておこうw
ではでは。
- 282 :名無し娘。:2006/10/16(月) 15:55
- やっぱ匿名さんなの?
- 283 :名無し娘。:2006/10/16(月) 20:19
-
>>282
読んでる人いたw って、あまりに直球な。
えっと、ねえ。そうですけど、まあ、このままで行きましょう。
さ、続き続き(^^;;;
- 284 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:19
-
9
「もうへーき?」
数分に及んだ沈黙を破ったのは、不安や恐れ、そして微かな望みで彩られた梨沙子の言葉でした。
組んだ腕に頭をのせて、昼前だというのにベッドに横たわった孝之。
少し離れた大きなクッションに座り込んで、話すきっかけを探していた梨沙子。
きっかけを与えたのは、うるさく鳴いていた蝉が窓に跳ねた音でした。
「……うん」
孝之の言葉は短く、梨沙子はまた接ぐべき言葉を探します。
「えっと……」
「…………」
「…………」
「……それだけ?」
天井を見つめたままで孝之が言いました。
- 285 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:20
-
「そおだけど……」
『でも、そうじゃないもん』と、続けたかった梨沙子でしたが、孝之から感じる異質なものに、その言葉を口にすることが出来ませんでした。
梨沙子には解っていませんでしたが、それはほんの僅かな拒絶。
その“拒絶”は梨沙子の前に見えない硬質な壁を作っていました。
二人は互いに意識していません。
拒絶していることも、されていることも。
壁を作っていることも、作られていることも。
だから二人は、考え、迷い、決められずにいるのでした。
「りさちゃん」
「はあい?」
二度目の沈黙――より重い沈黙――を破ったのは、大きな惑いと小さな苛立ちに染まった孝之の言葉でした。
- 286 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:20
-
逃げるように目線を逸らしていた姿勢のままで、迷った末に言葉を洩らします。
「ごめんね」
「……なあ――」
「もう少し寝たいんだ」
「――っ」
返事すら遮られて届いた言葉は、いつもの孝之からは考えられないような言葉でした。
泣きたくなるような気持ちになった梨沙子は、その理由を体調が悪いからだと自分に納得させるのでした。
それは無意識下での自衛行為。
自身にとって最優先されるといっても過言ではない相手から、自身が拒絶されるという信じたくない事態に対しての精神的防衛でした。
「…………」
「……あのね」
「…………」
「あの……じゃあね」
気がつかないうちに“壁”に手をかけた梨沙子は、言葉という形を作りきることが出来ず、力尽きて滑り落ちるように“壁”から手を離してしまいました。
弱々しく現実化された言葉は逃避でしかなく、今の梨沙子では越えられないと、無形の理解が成された瞬間。
最後まで目を合わせることなく、梨沙子は立ち上がり、部屋を出ようとし。
ドアを閉める瞬間、なにか言葉をかけようとしかけた梨沙子は、躊躇し、そして……ドアを閉めたのでした。
- 287 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:21
-
その夜のことでした。
食事を終え、部屋に戻ろうとした孝之は、父親に呼び止められ食卓に戻りました。
「あのな孝之」
「うん?」
父は何故だかすまなさそうに、いつになく言葉を選んでいるようでした。
「今の学校はどうだ?」
「どう…って、別に。普通だけど」
「お、おう。そうか?」
「うん……?」
「あのな、実は……すまんが転勤が決まってな」
「え?」
「しばらく九州に行かなきゃならないんだ」
「きゅうしゅう……」
「ああ、単身赴任も考えたんだがな。だけど……」
- 288 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:21
-
父親の言葉を耳にしながら、孝之は呆然としたまま、ただ一つのことを考えていました。
この家を離れる。
それは自分にとって庇護すべき対象から離れるということを意味していました。
りさちゃん……
「……孝之?」
「……いつ?」
「え? ああ、孝之の学校のこともあるからな。この夏休みが終わる前にはと考えているんだ」
あと一週間……二週間くらいしか
「孝之……すまんが解ってもらえんか」
「……とつ」
「うん?」
「一つだけ、お願いがあるんだけど……」
「なんだ? 言ってみろ」
「りさちゃんには言わないで」
「うん? ああ、解った」
それで話は終わり、孝之は自室に戻りました。
力なくベッドに倒れ込み、ただひたすらに考えるのでした。
- 289 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:21
-
10
夏休みだというのに、いえ、だからこそなのか“仕事”で留守がちな梨沙子。
その梨沙子に、幾度か一緒についてきてほしいと孝之は声をかけられていました。
ですがあれ以来、どうしても一緒にとは思えずにいた孝之だったのです。
気持ちの整理がついていないということも勿論でしたが、引っ越しの為の荷造りにも追われていたからでした。
正確には、そう理由をつけて梨沙子と顔を合わせることから逃げていたのかもしれません。
自分で告げる、そう言いはしたものの、それをどう、どのように切り出せばいいのかも解らずにいて。
自分が梨沙子になにを話したいのかも解らないでいる孝之でした。
一日は流れるように過ぎ、幼い二人に残された時間は、あっという間に失われていきました。
そして終わりがすぐそこまできているある日。
片づいていく荷物のように、自分の心にも整理をつけたと思った孝之は、とうとう意を決したのでした。
梨沙子の家の玄関に立ち、チャイムを鳴らしてしばし待っています。
- 290 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:22
-
カチャっと鳴るドアの向こうに梨沙子の母の柔和な笑顔が見えました。
「あら……」
梨沙子の母の温かい笑顔の中に、寂しさが混じるのを感じた孝之は、それを悲しく思いながら、少しだけ嬉しいとも思いました。
そして嬉しいと感じてしまった自分を嫌悪して、小さく首を振り口を開くのでした。
「梨沙子、呼んできましょうか」
「あ、いえっ、あの……梨沙子ちゃんに言って欲しいんです」
「……なんて?」
「公園で待ってるって」
「……それだけでいいの?」
「……はい」
「解ったわ。梨沙子のこと……、ううん。孝之くん、ありがとうね」
全て解っているかのように、悲しげに微笑んでいるその姿に、なにも言えず、深々とお辞儀をして孝之はその場を離れました。
- 291 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:22
-
真夏の陽差しが降り注ぐ公園の中、僅かに木々がかかり日陰になっているブランコに、浅く腰を下ろして孝之は待っていました。
十分、二十分と時間は過ぎ、もしかして来てはくれないのかなと孝之が考え出した頃。
陽炎にかすむ公園の入り口から、真っ白い人影が近づいてきます。
地を蹴るように立ち上がり、近づいてくる人影に目を凝らしていると、それは真白な薄手のワンピースに身を包み、それに負けないくらいに透き通るような肌の梨沙子でした。
とてとてと歩いてくる梨沙子から、いつもの元気さは見られず、心なしか表情にも陰があるように感じた孝之は自分から口を開きました。
「りさちゃん……」
「……おはなしってなあに?」
「あっ、うん……座って」
「……うん」
- 292 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:22
-
二人で並んでブランコに座り、梨沙子は下を向いたままで。
孝之はそんな梨沙子に目を遣りながら、言葉を探すように話し出しました。
「なんか元気ない?」
「そんなことないもん」
「そう? そっか」
「うん」
沈黙。
それは話の取っかかりとしてはあまりに不十分な会話。
お互いに、表現しきれない感情に振り回されたままの、ぎこちないやりとりでした。
「あのさ……みんな優しくしてくれる?」
「……?」
孝之の言葉に顔を上げた梨沙子は、アヒルのような口のまま、表情自体は疑問符そのものの沈黙を浮かべていました。
- 293 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:23
-
言葉が足りなかったと悟った孝之は、少し考えて言葉を継ぎます。
「ほら……事務所? の人達とか、一緒の子達とか、さ」
「あー……うん。みんなやさしー。たまにおこられるけど」
幾分和らいだ表情で、照れたように話す梨沙子と、聞かされたその内容に孝之は安心したように頬を緩ませました。
すると梨沙子はニッコリと笑顔になり、さっきよりも一つ弾んだ声で言葉を続けます。
「たかちゃん、わらったぁ」
「え?」
「あのねー、なんか……んーっと。……えへへ♪」
うまく言葉を見つけられない自分に、話す代わりに照れ笑いの梨沙子。
けれど、梨沙子の話したかったことは孝之にも伝わっていたのです。
あの日以来、ろくに笑顔も見せずにいた自分と、そんな自分の態度に傷つき塞いでいた梨沙子。
- 294 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:23
-
「ごめんね」
だから孝之は謝るのでした。
近頃の自分と、これから話さなければならない言葉の分まで。
「ん〜ん。りーね、わらってるたかちゃんのほーがいいの」
一点の曇りも感じさせない無邪気さで言う梨沙子に、孝之はもう一度、心の中で、そして改めて口に出して謝るのでした。
「りさちゃん……ごめん」
「……んー?」
繰り返される謝罪の言葉に梨沙子は困ったように首をかしげます。
- 295 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:24
-
そんな梨沙子から目を逸らさないように努めて、孝之は話し出しました。
「うちね……また引っ越さなきゃいけないんだ」
「……?」
「わかるかな……九州に行かなきゃならないんだって」
「…………」
「お父さんの仕事なんだって」
「たかちゃんもいっちゃうの?」
「……うん。ボクだけ残るなんて許してもらえないし、お母さんも行かないわけにはいかないんだって」
「…………」
孝之の言葉を理解した梨沙子は真白な顔を蒼白くして、呆然と足下を見つめていました。
- 296 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:24
-
「りさちゃん……?」
「……いっちゃうんだ?」
「仕方ないんだ」
「――いいもんっ」
不意に叫んだ梨沙子が立ち上がりました。
同じように立ち上がった孝之を、その小さな両手で突き飛ばして走っていきました。
追いかけたかった孝之でしたが、突き飛ばされ座り込んだ膝がいうことをききません。
その瞬間に見せられた、孝之が初めて見る梨沙子のあんな表情に。
ぼろぼろと涙をこぼし、少しの怒りすら入り交じった大きな悲しみに包まれた表情。
力なく座り込んだ孝之は、ただ届かない呟きをもらすのでした。
「ごめんね……」
- 297 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:25
-
11
それは夏も盛り。
暑い日が続いていた所へ、程良い潤いをもたらす雨降りな一日のことでした。
夜半から降り続いている雨に、夏の陽差しも隠れ、ただいるだけで汗がふきだすような、日々の暑さを忘れられる、そんな一日の始まりだったのです。
あの日、走り去っていった梨沙子を、追うこともできず別れてしまったあの日。
あれから二日がすぎた今日、いよいよ引っ越しの当日になっても、いまだ顔をあわすこともできないでいる二人。
- 298 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:25
-
もしも二人の感情を一望できるとしたら。
それはきっと、とても簡単なことだったのかもしれません。
孝之はただ、梨沙子を守りたかっただけで。
梨沙子はただ、孝之が笑う、その側にいたかっただけで。
それは子供じみた自己満足ともとれる思いなのかもしれません。
けれど、子供だからこそ持ちうる、とても純粋で、真っ直ぐな気持ちだったのです。
しとしとと降る雨の中、必要に迫られる分だけはと、運び出される荷物を横目で見ながら、孝之は隣家の様子を気にしていました。
短い期間でこそありましたが、孝之と梨沙子、子供同士が仲良くなったおかげで、相応に交流を持った両家の親達は、菅谷家でその時を待っています。
開け放たれたカーテンのガラス越しに、時折こちらへ視線を向けてくる親達には気づかないフリで、孝之は静かな時間の中、濁流のように渦を巻く思考に身を任せていました。
- 299 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:25
-
屋外からでは気がつかないほど、薄く隙間を空けたカーテンの向こうを、とがらせた唇でじっと見下ろしている梨沙子。
そのブラウンの瞳は雨に濡れるガラス越しに、悄然と座り込んでいる孝之の姿を見つめていました。
梨沙子にだって、それが仕方のないことだとは解っていたのです。
あの後、泣いて家に帰った梨沙子は、事情を問いただす母親に、しゃくり上げながらもおぼつかない説明をし。
そして母親から聞かされていたのです。
父親の仕事の都合で引っ越すけれど、またあの家に戻ってくるんだよ、と。
ただ、それがどれほどの期間になるのか、それは行ってみなければ解らない。
だから父親だけではなく、母親も、孝之もついて行くことになったんだと。
そうは聞かされたけれど、梨沙子には、その何年かの間、孝之が側にいないという事実を受け入れることができずにいたのです。
孝之が側にいる、それが当たり前すぎて……。
- 300 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:26
-
そうしていると、階下から梨沙子を呼ぶ声が聞こえます。
「りーちゃん、下りてらっしゃい。孝之くん、行っちゃうのよっ」
二度、そう繰り返された声に、梨沙子は怒ったように言うのです。
「いかないっ! いっちゃえばいいんだもんっ!!」
僅かな沈黙の後、聞こえてくる足音にふり返る梨沙子はドアを開けた母親と目が合いました。
歯を食いしばって唇をとがらせる梨沙子に、優しく笑いかけながら梨沙子の母は口を開きました。
「孝之くん、行っちゃうわよ?」
「っ……」
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