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【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】

1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。

301 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:26

「喧嘩したままでいいの?」
「…………」
「いつかまた会う時に、笑って会えなくなっちゃうわよ?」
「――っ!」
「いいの?」
「……しらないもん」

その言葉を聞いた梨沙子の母は、深い息をついて部屋を出て行きました。

302 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:27

やがて、微かに聞こえる雨音に、車のエンジン音が混ざりだして。
それが隣家の車だと気づいた梨沙子は、先ほどまでしていたように、そっと表の様子を窺いました。
一台の車を囲むようにして、孝之の両親と梨沙子の両親。
そして孝之の姿がありました。
なごやかに、それでいてどこか寂しげに話をしている両親達から、少し離れた位置に立つ孝之は、肩を落として梨沙子の家を見やっている。
そんな風に梨沙子の目に映っていました。

303 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:27

 ズキッ

304 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:27

どこか、身体の奥で、締め付けるような、切り裂くような痛みを覚えました。
その時、不意に視線を上げた孝之と目があったと、梨沙子は思ったのです。
それは間違いではなく、カーテン越しに梨沙子の姿を浮かべた孝之は、小さく手を振り、「さよなら」と、そう口にしていました。
それは梨沙子の表層で、本心の現れを邪魔をするように残っていたしこりを瞬く間に押し流してしまうのに充分な事実でした。
食い縛った梨沙子の口元から零れる嗚咽、それは紛れもない本心の発露。
涙で滲んで見える窓に、飛びつくようにはねのけたカーテンの下で、孝之の乗った車のドアが閉められました。
その孝之に一言だけでも告げたいと窓を押し開けた時、車内の孝之がついと顔を上げたのです。

305 :『小さな恋の……』:2006/10/16(月) 20:28

孝之はなにかを訴えかけるように梨沙子を見つめていました。
開いた窓に手をかけたままの姿勢で、ぼろぼろと零れていく涙にのせて、一言。
聞こえるはずもない言葉を、梨沙子はただ一言だけを口にしたのです。

「ばいばい…」

その瞬間、ぐにゃぐにゃと霞む視界に梨沙子は見たのです。
哀しげにしていた孝之が優しく笑うのを。
動き出した車の窓越しに、「じゃあね」と、そう口にしたのを。
梨沙子は泣きながら手を振りました。
車が見えなくなるまで……
いえ、離れていく車が、その視界から消えても、手を振っていました。
いつかまた、梨沙子の側に孝之の姿が ある時を待つ為に。

306 :名無し娘。:2006/10/16(月) 20:30

はいどーも。
梨沙子、低学年時代でした。
えー、終わりませんよ。まだ。
もーしばらく続きます。

ではでは。

307 :名無し娘。:2006/10/20(金) 22:55
乙です。続きがめっちゃ気になります。

308 :名無し娘。:2006/10/21(土) 20:45

>>307
それはどうもです。
四日、五日か。ぼちぼちいきます。

309 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:45

 12

ここ数週間……いえ、正しくはを一ヶ月は数える間、梨沙子はあるものを待っていました。
学校へ行く前、帰ってきたとき。
仕事へ行く前、帰ってきたとき。
ことあるごとに真っ黒く口を開けた郵便箱をのぞき込んでは小さなため息をつき。
時にはアヒルのように口をとがらせて、その場にはいない大切な人へ抗議する。
そんな姿を呆れながらも微笑ましく見ていた母親のため息から、逃げるように梨沙子は自室へ入っていきました。
“あの日”から三年の時が流れ、その間に「一人の時間も欲しいでしょ」と、与えられた自分だけの部屋。
その部屋で、梨沙子はため息の理由に目をやるのでした。
その視線はまだ新しい机の一角。
簡単ながらも鍵のかけられる引き出しに注がれていました。
梨沙子は思い出します。
あれ以来、ともすれば沈みがちだった自分に一通の手紙が届いたあの日を。

310 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:46

それは「じゃあね」と、一言を残して孝之が去ってから、一ヶ月と少しが過ぎた頃でした。
朝、学校へ行き、終業後の数時間を忙しなくも撮影するための時間に充てられたその日。
撮影終わりに合わせ、車で迎えにきてくれた母の様子に、いつもと違う何かを感じた梨沙子は、後部座席からのぞき込むように話しかけました。

「おかーさん?」
「なあに」

訝しげにかけられた声に、ハンドルを握る母がちらりと視線を返してきます。

「なんかうれしそう」
「……いやだ、そう?」
「うん」
「う〜ん、おうちまで黙ってようと思ったんだけどね」
「?」
「そこにあるバッグ、開けてごらんなさい」
「これ?」

助手席におかれていた母のバッグ。
それへ手を伸ばし、自分の脇に置いた梨沙子は、そっとバッグの口を開き中を見てみます。

311 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:46

「なぁに?」
「薄いブルーの封筒」

言われたそれを取り上げた梨沙子へ、母が言葉を注ぎます。

「それ、よく見てごらんなさいな」

取り上げたそれをひらひらと揺らめかせながら、ふと目についたのは表に書かれた『菅谷梨沙子様』の文字。
自身の名前で、送られてきたそれは。
親しい幾人かの友人から貰った年賀状、そんな程度しか経験がなかった梨沙子にとって、それは不思議な感覚の品でした。

「えっと……」
「裏側、よっく見てみなさい」

困ったようにそれを見つめていた梨沙子に、母が出す助け船。

312 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:48

「ん……あっ――」

慌てて――それでも汚くならないように気をつけて――封を開けたその封筒には、見知った名前がしっかりと記してあったのです。
カサカサと音をさせて、言葉もなく食い入るように手紙を読んでいる梨沙子に、母のくすくすと笑う声など耳に入りませんでした。
その手紙は、梨沙子にも読めるように、必要最低限の漢字以外は平仮名で、簡単な言葉で、意外なくらいに綺麗な字で綴られていて。
そして何よりも、二枚に収められたその手紙は、他の誰でもなく梨沙子のためだけに書かれた手紙だったのです。
言葉もなく、ただ先へ先へと読み進めて。
読み終えたそれに読み飛ばしや読み間違いがないか、確かめるように二度ゆっくりと読んだ梨沙子は、思いだしたように「ほぅ」とため息を一つ。

313 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:48

「えへ……えへへ♪」

きっとそれは……そうやって手紙を書くという行為は、孝之にしても数少ないことだったに違いないと、梨沙子にすらそう感じさせる手紙でした。
二人の仲の良さからはあり得ないほどにかしこまった調子で、引っ越し先でやっと落ち着いたこと、そして自身の近況が大半を占める一枚目。
そして梨沙子の様子を心配するように問いかけられていた二枚目。
孝之がいなくなって、梨沙子の中で大きかったその存在の分、ぽっかり空いてしまった心の中へ染み渡るように入り込んできた言葉たち。
今は遠く離れてしまった場所で、それでも自分を心配してくれていると感じさせてくれる孝之の言葉たち。
日々過ぎていく時間の中で生まれる、心の隙間を埋めてくれる大切な手紙でした。

314 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:48

それ以来、毎月のように、拙いながらも一生懸命な手紙を書く梨沙子の元へ、一通また一通と増えていく手紙。
梨沙子自身は意識していないけれど、大切な宝物のように引き出しにしまわれる手紙。
返事に携帯電話のメールアドレスも書いたのに、それでも届くのは手で書き記された手紙で、それが余計に孝之の気持ちを伝えてくれるように感じていたのです。

そんな大切な、唯一の交流でもある手紙。
それが今年に入ってから何かあったかのように届かなくなっていました。
もちろん、梨沙子に心当たりなどあるはずもなく、何度も書いた手紙すら、本当に届いているのかと疑わしくなってくるほどに。
毎日毎日郵便箱を確かめては、届かない手紙に肩を落としていたのです。

315 :『小さな恋の……』:2006/10/21(土) 20:49

そうして過ごしていたある秋の朝。
半ば惰性のように郵便箱を開いた梨沙子が、一つの郵便物に気がつきました。

薄いブルーの封筒。

ドキドキしながらも、宛名を、そして差出人を確かめて、安心したように深い息をつきました。
そっと開いた封筒の中に、いつもと同じ手紙が一枚。
手紙を書けなかったことを詫びる孝之の言葉に、梨沙子は心の中で「ホントだよぅ」などと呟いては微笑むのでした。
そして短い文章の最後に、ぽつりと添えられていた言葉。
ぱちぱちとまばたきをし、そこに書いてあることを確かめるように、じっと見つめる梨沙子。

 『近いうちに、そっちへ戻ることになりそうです。』

一足早くやってきた夏の向日葵のような、晴れやかで明るい笑顔を浮かべた梨沙子は、もう一度その言葉を噛み締めるように目を通しました。
そしてバタバタと慌ただしい足音とともに家の中へ、大切な報せを手に駆け込んでいくのでした。

316 :名無し娘。:2006/10/21(土) 20:50

少ないですが、ひとまず。
調子よければまた……明日にでも。
ではでは。

317 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:10

 13

「おつかれさまでした」
「はい。お疲れ様」

そんな挨拶をして、送ってくれたマネージャーの車を降りた梨沙子は、荷物で乱雑になった鞄に差し入れた手で家の鍵を探ります。
ごそごそと手を動かしながら「ん〜」っと漏らした声に、かすかな喧騒が重なりました。
なんだろう? そう思いながら、やっと探り当てた鍵で玄関を開けると、小さな違和感を感じたのです。

「あれ? クツ……あぁっ!」

蹴り飛ばすようにして脱いだ靴もそのままに、ドタドタと上がり込んだ梨沙子はリビングのドアに手をかけ一つ息をつきました。
まるで初めて舞台に上がったときのように、緊張とも昂奮ともつかないまま高鳴る胸を押さえて。
それを意識しないように、精一杯に装った日常で「ただいまぁ」とドアを開きました。
リビングには出前でも取ったらしい、ザルに盛られた蕎麦や天ぷらがあり、引越祝いの食事を兼ねた場となっているようです。

318 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:10

「おかえり、りーちゃん。ほら、お隣の――」
「久しぶりね、梨沙子ちゃん。またよろしくね」
「大きくなったねえ。頑張ってるみたいで」

三年の時間などなかったかのように親しげに話しかけてくれるのは、しっかりと覚えていた……孝之の両親で。
二人に、ぺこりとお辞儀をした梨沙子は、そっと目を動かしていました。
その場にいて、和やかに談笑していたのは、梨沙子の両親と、そして孝之の両親……だけでした。

「孝之くんはおうちにいるんですって。お部屋を片付けてるのね」

梨沙子の様子に気がついた母が、横から笑いながらそう言いました。

「まったくねえ、少しぐらい顔出せばいいのに……孝之ったら」
「…………」
「孝之くん、お腹すかないのかしら」
「いやぁ、放っておけばいいんですよ」
「でも……あ、そうそう」

どうにも微妙なその場の空気に、梨沙子は立ち去ることも座ることもできずにいたところ、梨沙子の母が思い出したように立ち上がり、キッチンへと入っていきました。
すぐに戻ってきたその手には、小さなお盆に店屋物らしい器とペットボトルのお茶が二つずつ用意されていました。

319 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:11

「これ、まだ温かいから、持って行ってあげたらいいわね」
「ホントに、構わないのに……すいませんね」
「いいえ。久しぶりで気恥ずかしいんじゃないかしらね。さっ、行きましょ、りーちゃん」
「え? あっ、うん」

そう母に誘われて、梨沙子はその場を後にしました。
さっさと歩いていく母の背を見ながら、梨沙子は色々なことを考えてしまうのです。
孝之が戻ってきてくれたということ。
孝之が一人だけで家に残っているということ。
孝之の父のどこか複雑に見えた表情。
母がこうしてくれていること。
いずれの疑問も、今の梨沙子にとってはまだ答えを出すには難しいことでした。

320 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:11

「さ、りーちゃん。行ってらっしゃい」
「え?」

我に返ってみれば、母は開いた隣家の玄関を背で押さえ、梨沙子に入れと促していました。

「えっと……」
「お母さんは忙しいから。一人で行ってらっしゃいな」
「あ〜……うん」
「色々話してらっしゃい。あっ、ケンカなんかしちゃだめよ」

クスクスと笑いながら言う母に、からかわれてると思った梨沙子は口をとがらせて言い返すのでした。

「しないもんっ。ケンカなんか」
「はいはい」
「もうっ、おかーさんキライっ」
「じゃあね。……頑張りなさい」

口をとがらせたままの梨沙子がお盆を受け取ると、入れ替わるように立ち位置を変えた母が扉を閉める直前にぽつりと言い残していきました。

321 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:12

何を頑張るんだろう。
そう考えながら、靴を脱いで「おじゃましまぁす」と、ささやくような声で言いました。
前と同じだったら二階の奥が孝之の部屋だと、梨沙子はお盆を傾けないように注意してそろりと歩き出します。
まだまだ片付け終えていないらしい家の中を、きょろきょろと見回しながらもたどり着いた階段。
落としちゃいけないと、より慎重に、足音を忍ばせるように一歩一歩上っていくと、奥の部屋のドアに見慣れたものが掛けられていました。

 『たかゆき』

ポップな字体の平仮名で、そう飾られたプレートは昔のままで、あまりに昔のまますぎて、思わず声を殺したままで笑いだしてしまう梨沙子でした。
ひとしきり笑った梨沙子は、手にしていたお盆を脇に置き、わずかに背筋を伸ばし、その表情までもやや硬くして、そっと一つ、ドアをたたきます。
数秒、中は静まりかえっているようで、それでいて返事もありません。
さっきよりも、ほんの少し強く二回。

322 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:12

「はい?」

数秒で返ってきた声に、梨沙子は小さく身を震わせました。
それは、記憶の中のものよりも、ほんの少しだけ低くなっているように感じられたけれど、間違いなく……。
自分が間違えるはずがないと、そう自信を持って言えそうなほどに、耳に残った声でした。

「お母さん? 入っていいよ」

重ねられる声は、自分へ向けられてはいないけれど、自分に対してのもので。
ドキドキしてくる自分にも気がつかないままで、梨沙子は口を開くのでした。

「たかちゃん……」

323 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:12

 14

開かれたドアはただそれだけを意味するものではない。
ただそれが持つ別の意味まで理解はできないでいる、大人というにはほど遠い自分に確たる形を持たない歯痒さを感じる梨沙子でした。

「りさ、こ、ちゃん……」

ドアの向こうから姿を現した孝之は、三年の月日をすごしたことを感じさせました。
大きく伸びた身長も、少し低く変わった声も、子供らしさが抜けてきた表情も、その全てが会えずにいた時間を感じさせていて。
それでも……やはり梨沙子にとって、今目の前にいるのは孝之であり“たかちゃん”でした。

「たかちゃんっ」

飛び込むように埋めた距離、背中に廻した腕で強く抱きつく梨沙子は、孝之の胸に顔を押しつけて、ただ同じ言葉を繰り返すのでした。

「たかちゃん……たかちゃん、たかちゃん……」

324 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:13

次第に小さくなっていく言葉は掠れながら潤んでいき、孝之は困惑の度を深めてやり場なく腕を宙にさまよわせていました。
涙に消された梨沙子の声に、さまよわせていた手をふわりとウェーブのかかった髪に落とす孝之。
そっと……零れる涙を拭うような優しさで髪を撫でる手は、溢れてしまった梨沙子の気持ちを落ち着かせるだけの温かさを持っていました。

「……コドモじゃないんだからっ」

久しぶりに会って、その上泣いてしまったことに感じた気恥ずかしさは、思いと逆の力を梨沙子の声に含ませます。
もっとこうしていたいと心の奥で思っていながら、すがりついていた身体を離してしまう裏腹な行動。
それを理解しているのか孝之は真面目な顔で「ごめんね」とだけ、潤んだ瞳で見上げてくる梨沙子に言うのでした。

「電話も教えてくれないで、手紙だって……」
「ごめん」
「イッパイ書いたのに……」
「ごめん」
「んんーぅ」

ふてくされるようにのどを鳴らして、同じ言葉を繰り返す孝之の胸を、小さな握り拳でパシパシ叩く梨沙子。
されるがままの孝之は、困ったような顔をして、やはり「ごめん」と繰り返しました。

325 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:13

「たかちゃん、あやまってばっか」
「……そうだね」

その言葉に憮然と返した孝之に、クスクス笑い出した梨沙子。
そんな梨沙子を見て、ため息を一つもらした孝之もくすぐったそうに笑いました。
二人の抑えた笑い声だけが広がる部屋の中で、唐突に小さな異音が割り込みました。

「……ぐう?」
「…………」

言葉で発するならそんな音だと、そう口にした孝之と、その言葉に黙り込み俯いて顔を真っ赤にする梨沙子。
孝之は笑いを噛み殺しながら「なにかあるか見てくる」と言い残して部屋を出ようと動き出しました。
横をすり抜ける袖口を、きゅっと掴む梨沙子に動きを止められた孝之が「うん?」と問いかけるように梨沙子を見ます。

326 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:14

「あるの」
「あるの?」

赤面したままの顔を隠すように俯いたままで、ぼそぼそと口にした梨沙子の言葉を、意味がわからずに繰り返した孝之。
梨沙子はこくんと頷き、部屋のドアを開けると、脇に置いてあったお盆を指さしました。

「あぁ」

そこに置いてあるものを見つけた孝之は、二つある丼物にそっと手を置くと納得したように頷いてくすりと笑いました。

「まだ少しあったかいや。食べよっか」
「……うん」
「あっ、そこ座って」
「……うん」

唯一片づいているベッドを指さして、まだ恥ずかしそうにしている梨沙子を座らせました。
その前に段ボールをテーブル代わりにしてお盆を置くと、孝之はその反対側の床へ直接座り込みます。

327 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:14

「あっ……」

それを見咎めた梨沙子は小さな声を漏らし、軽く小首をかしげ、コホンと漫画のような咳払いを一つ。
それから孝之に視線を向けて、自分の隣をポンポンと叩いてみせました。

「…………」

それが何を意味しているのか理解していながらも、腰を上げようとしないでいる孝之。
座り込んだままで丼物を食べ始めようとする孝之を見て、「んんーっ」と催促をするように喉を鳴らした梨沙子は、強くパンパンと自身の横を叩きました。

328 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 01:14

「……はいはい」

諦めたように苦笑しながら立ち上がった孝之が隣に腰を下ろすのを待って、ようやく梨沙子は満足げな笑顔を浮かべました。
それは孝之の苦笑をより強い物にすると同時に、より柔らかな物にさせる笑顔でした。

「えへへ♪」

十センチほどの距離に腰を下ろした孝之に、背中を預けるように半ばまで寄りかかった梨沙子は照れくさくも嬉しそうに笑います。

「……食べよ」
「うん♪」

満足げに箸を動かす梨沙子と、梨沙子が楽でいられるように少しだけ窮屈そうに箸を動かす孝之。
それは梨沙子にとって、三年の空白を埋めてくれる、温かくて心地よい時間だったのです。

329 :名無し娘。:2006/10/22(日) 01:15

なんか寝そびれたんでもう一回(^^;)
次は……まぁ近いうちに。
ではでは。

330 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 20:58

 15

『Berryz工房 様』

そう扉の脇に書かれた部屋の中、ほぼ同世代といえる数名の娘たちと、梨沙子は何をするでもない時間を過ごしていました。
それは夕方……もうじきに夜ともいえる時間の中でのこと。

梨沙子が加わって活動しているグループ、Berryz工房のメンバーのうち、すでに迎えがきて帰った二人。
そして迎えがこられずに、マネージャー送られて帰って行った二人。
残っているのは夏焼雅と須藤茉麻の二人、そして梨沙子だけでした。
窓際の壁にもたれた雅は携帯をいじり、ドアに近いところで横になった茉麻はそこにあった雑誌をパラパラとめくっています。
梨沙子はテーブルに突っ伏すようにして手の先にある携帯の時刻表示を見ていました。

331 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 20:59

やがて梨沙子は「はふぅ」と、今日何度目かになるため息をつきました。
それを耳にした雅が、違う色のため息を一つ漏らし、パクンと携帯を折りたたんで梨沙子に話しかけました。

「今日は遅いね。お母さん」
「んー……」

話しかけられた梨沙子は、テーブルに突っ伏したままで、気のない返事を返します。

「いつもだったら一番早いのにね」
「……うん」

本腰を入れて相手をしてあげようとしているにもかかわらず、まったく乗ってこない梨沙子に、話しかけた雅の方が継ぐべき言葉を探す有様。

332 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 20:59

そんな時、ぽっかり空いた間をすくい上げるように、入り口横の壁に備え付けられた内線が鳴り響きました。
雅は救われたように、梨沙子はすることもなしに、電子音の元を見やると、立ち上がった茉麻が受話器を耳に当てているところでした。
幾度か「はい」と頷いていた茉麻が、耳から受話器を離し「りーさこ」と手招きをします。
淡いブラウンの瞳を見開き“あたし?”という意思表明をした梨沙子に、茉麻が大きく頷いてみせました。

「なぁに?」
「よくわかんない。受付? の人だって」

互いの位置を入れ替えるように、受話器を受け取り話し出す梨沙子と、元いた場所に座り込む茉麻。
茉麻は何気なく、雅は興味を押し殺しながら、二人はそれぞれの反応で梨沙子を見ていました。

「ちょっといってくるね」

話し終えたらしい梨沙子が一言。
それだけ言うなり足早に部屋を出て行ってしまいました。

「なに?」
「さあ?」

残された二人は返事をする間もなく、ただ呆れと疑念で閉ざされたドアを見つめて。
それから互いに目を移し、そんな意味もない言葉を交わしあうのでした。

333 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:00

一方の梨沙子は、そんな二人のことなど念頭にないように、早足から徐々に小走りになって一階の受付へ向かうエレベーターに飛び乗りました。
数字を減らしていくエレベーターの中で、梨沙子は聞かされた話を反芻していました。
心の中を懐疑と期待で揺らしながら、一階に着くなり飛び出した梨沙子は、危うくぶつかりそうになった人に詫びながらも辺りを見回すのでした。

お目当ての物は見つけられず、受付で自分の名前と先ほどのやりとりを口にした梨沙子に、受付の女性が一方を指し示しました。
その先へと視線を延ばしていくと、警備員の制服の向こうにある姿に気がついたのでした。
慌ててそちらへ走り出し掛けた梨沙子は、思い出したようにその足を止め、受付の女性に深々とお辞儀をします。
それを微笑ましく見つめる視線に送られて、先ほど見つけたその姿へと走り出しました。

「あのぉ……」

厳めしく立っていた警備員の背中に、そう声を掛けると、一から事情を説明する梨沙子。
真顔で頷きながら、そんな梨沙子の話を聞き終えた警備員は、納得したように深く頷くと、その横で緊張したまま座っていた姿に謝罪し離れていきました。

334 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:00

「ふう……」
「ありがとう」

一息ついた梨沙子に、少し下から掛けられる声。
その声は梨沙子の表情をとても柔らかな物に変えてくれる力を持った声でした。
はにかむように微笑んだ梨沙子は、口を開き掛けて思い出します。

「あっ、えっと……たかちゃん?」

その短い言葉で梨沙子の問いかけを理解した孝之が思い出すように口を開きました。

「あのね、りさちゃんのお母さんが急に出かけなきゃならなくなったんだって。
 ちょうどっていうのかな、ボクが帰ってきたところで出くわして……あ、座れば?」

じっと見つめたまま立っている梨沙子に、座るように促して孝之は続けました。

335 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:00

「それで、家の人、他にいなくなっちゃうし、りさちゃんは待ってるだろうしって。
 仕方なかったんだろうね。その場にいたボクに行ってくれないかって。初めて一人でタクシー乗ったよ」

話を締めくくるためにか、冗談めかして言いながら、孝之が笑いました。
なんだか訳もわからないままに、ただ嬉しくてたまらなくなった梨沙子は、その表現の仕方に困り、口をとがらせるのです。

「あっと……やっぱボクじゃマズかった?」
「ううん。そんなことないっ。すっごい嬉しい♪」

困ったようにそう聞く孝之に、ぶんぶんと音がしそうなほど強く首を振り、にっこりと微笑んで梨沙子は言いました。
それまでぎこちなかった孝之の表情が、幾分柔らかく、梨沙子にとっての孝之らしい表情へ変わったように感じたのです。
そうやって見下ろす孝之に不自然を感じた梨沙子は、やっと自分が立ったままでいることに気がつきました。
もう一度、その光景を目に焼き付けるように見て、いぶかしげな孝之の表情にクスリと笑った梨沙子は、横の空いているイスにぽすっと腰を下ろすのでした。

「……えへへ♪」
「なに?」
「なんでもなぁいー♪」

訳が解らないでいる孝之に、そう歌うように話しかける梨沙子は、ただ、なによりも満ち足りた表情を浮かべていました。

336 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:01

 16

「じゃあ帰る?」

しばらくロビーで話し込んだ、その会話の合間に孝之が言いました。

「うんっ」

仕事の後の疲れもみせず、元気に立ち上がった梨沙子が応じます。
後に続いて立ち上がった孝之が、後ろで手を組んでリズムでもとるように身体を揺らしている梨沙子を見て、ふと気がついたように口を開きました。

「りさちゃん……いつも手ぶら?」
「え? ……あっ、あはは……置いてきちゃった」

言われて初めて気がついたようで、組んでいた手をぷらぷらと振り、耳朶を赤く染めながら、ごまかすように笑う梨沙子。
そんな梨沙子に笑いかけながら「待ってるから取ってきなよ」、そう言おうと口を開きかけた孝之がピクッと身体を硬くしました。

337 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:02

「いこっ♪」

満面の笑みで、当たり前のように、孝之の手を取って梨沙子が言います。
想像していなかった事態に何も言えず、立ちつくしている孝之をグイっと引っ張るように梨沙子が歩き出します。
諦めて力を抜き、引かれるままに後をついて歩く孝之の手を強く握りながら、梨沙子は楽しげにきた道をたどって歩きました。

元いた楽屋の前までたどり着き、立ち止まって待っている意思を表す孝之を、意に介さないように手を握ったままで開けたドアをくぐる梨沙子。

「ただいま、みや」
「おかえり〜」

そんな梨沙子に引きずられるままに、室内に入っていってしまった孝之が見たのは、一人くつろいでいた少女の姿でした。
一瞬、硬直する二人と、何もおかしなことなどないと自分のカバンを探す梨沙子。
孝之は、繋がれていた手をそっとほどいて、後ずさるようにドアに背中を預け、少女を視界から外しました。

「りさこ……その人、誰?」
「んー? たかちゃん」
「たかちゃん……って?」

338 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:03

はいたままの靴を浮かせながら、見つけたカバンににじり寄り、うまくバランスを取りながらグッと手を伸ばした梨沙子。
少女は抑えた声で「りさこ、ちょっと」と呼びかけながら、伸ばされた梨沙子の細い腕を掴みました。
微妙なバランスで保たれていた梨沙子の姿勢は、ひとたまりもなく崩され「あうっ」と一声を残して少女に引き寄せられました。

抑えた声で交わされる会話を否応なく耳にした孝之は、その少女が梨沙子と同じグループの子、夏焼雅という名前だったことを思い出していました。
そんなことを考えながらも所在なく立ちつくしていた孝之は、ドアに手をかけ廊下へ出ようと動き出します。
重々しい作りだけれど、意外と軽く引けるドアを開き、後ろを気にしながらも廊下へと踏み出したときでした。
ふいに感じた柔らかい衝撃に一歩押し戻された孝之は、廊下に尻もちをついた女の子に気がついたのです。

「ごめんなさい」

そう謝罪をして差し伸べた手は、何ものに触れることもなく、ただ二つの視線を繋ぐだけでしかなくて。
交差した視線は、互いに違う色の疑念に満たされていました。

「あの……大丈夫?」

伸ばした手はそのままに、少し心配げに眉を寄せて問いかける孝之の視線の先で、少女は膝をハの字にして呆けたように座り込んでいました。

339 :『小さな恋の……』:2006/10/22(日) 21:03

「あの、ごめんなさい。ほんとに……平気ですか?」
「え? あぁ、はい」

やっと我に返ったという反応を見せた少女は、今になって気がついたように孝之の手を取りました。
グッと力を込めた右手で少女を立ち上がらせながら、「ごめんなさい」と、もう一度詫びた孝之は、少女をすり抜けるように廊下へ出ます。
孝之と入れ違いに、部屋へ入ろうとした少女は、不思議な物でも見るような表情で小さくペコリとお辞儀をしてドアを閉めました。

孝之は上着のポケットに手を差し入れ、向かいの壁に寄りかかるように背もたれて、大きく深呼吸をしました。
一連の出来事へのとまどいを全身に感じて、様々なことが散り散りに浮かんでは消える思考を繰り返すのでした。
そんな孝之がようやく落ち着いた頃、目の前のドアが開いて不安げな表情の梨沙子が姿を現します。
が、目の前の孝之に気づくなり、にっこりと笑顔になってトテトテと歩み寄り、手を差し出して梨沙子が言いました。

「帰ろっ」
「……うん」

孝之は自身の日常にない体験に困惑しながらも、そんな梨沙子に笑顔を作って見せ、先に立ってここまできた道を思いだしながら歩き出します。
数歩歩いた孝之は、ポケットに入れた手、その張った肘の辺りに微かな“重さ”を感じて僅かに視線を巡らせると、白く細い指が上着を掴んでいました。
そのほんの僅かな“重さ”を大切に感じながら、それでもまだぎこちなさを残してしまう自分を認識もしている孝之でした。

340 :名無し娘。:2006/10/22(日) 21:04

進んでるような、そうでもないような。
ぼちぼちと。
ではまた。

341 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:53

 17

それはとある日曜日のことでした。
その日の梨沙子は、学校も、仕事も休みだというのに、日常通りに……いえ、それよりも早くベッドから抜け出していました。
シパシパと眠い眼でまばたきを繰り返し、ぼんやりと、完全には起きていない頭で、顔を洗わなきゃと洗面所へ向かいます。

濡れた顔をふわふわのタオルで拭き終え、幾分はっきりとしてきた意識の中で、鏡に映る自分の顔に笑いかけてみました。
仕事の面で写真を撮られる機会が多い梨沙子は、ファインダーで覗かれているときのように幾通りもの笑顔を形作るのです。
こぼれるような笑顔、花が咲いたような笑顔、愁いを含んだ笑顔……様々な笑顔を鏡越しに見ながら考えます。

「んー……やっぱかっこよくない」

ぼやくように呟いて、早く起きた用件を片づけるため、とことこと歩いていきました。
途中で心配げに話しかけてくる母親と、ケンカでもするようなやりとりをしながらも、ようやっとそれを終えた頃には時計の針は十時を廻った頃。

「あ〜ん、時間ないよぅ……」
「はい、着替え」

342 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:55

助け船のように母親が差し出したお気に入りの洋服たちに慌ただしく着替え、鏡の前でくるりと回っては、どこかおかしなところはないか確認する梨沙子。
そんな様子を見て、おかしそうに笑いながら「大丈夫、可愛いわよ」と言う母親に、梨沙子がはにかむような笑顔を浮かべたときでした。
軽やかな電子音が鳴り渡り、来客を告げます。

「さ、行くんでしょ、りーちゃん」

母親に手を引かれ玄関へ出ると、そこには孝之の母親が笑顔で手を振っていました。

「あら、梨沙子ちゃん。また可愛いわねぇ」
「すいません、お邪魔しちゃって……よろしくお願いします」
「いいのよぉ、うちのも喜ぶでしょ」

おろしたてのスニーカーを履き、少し大きめのキャップをまぶかにかぶった梨沙子は、孝之の母に連れられて自宅を後にしました。
数十分の間、電車に揺られる往き道で、大きめのバスケットを大事そうに抱えた梨沙子はとても楽しげに脚を揺らしていました。

343 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:56

電車を降りて、数分歩くと見えてくる大きな建物は、今日、梨沙子が楽しみにしていた場所でした。
自分の通う小学校とはだいぶ違うその建物は、梨沙子の目にとても新鮮に映るのでした。

「うわぁ」

周囲を見回しながら孝之の母について歩く梨沙子は、喧騒に混ざり合うような音に気がつきました。
近づくにつれ明瞭になるそれは、磨かれたフロアを噛むゴムの音であり、リズムを刻むようなボールの音でした。
孝之の母が差し出したスリッパに履き替え、体育館に入った梨沙子は周囲の温度が上がったと思うほどの熱気を感じます。
色もデザインも違う二つのユニフォームが交差するバスケットコートの中で、梨沙子はベンチに座り声を出している孝之を見つけました。

「たかちゃん……」
「ありゃ。ま、一年だから当然かしらね」
「出ないのかなぁ」
「ん〜、ちょっといい勝負してるみたいだから、ないかもねぇ」
「……ん」
「ほら、練習試合だって聞いたけど、どっちもえらく本気みたいだしね」

その言葉に梨沙子が注意を向けると、確かにどちらの選手達も激しく当たりあっているようで。
肩や脚、肘、時に頭まで、一つのボールを奪い合うために身体を張る選手達に孝之の姿を重ねてしまう梨沙子は、思わず呟かずにいられませんでした。

「たかちゃん、出ない方がいいよぉ」
「ぷっ……ふふ、そうかもね。孝之ってば、こんな中じゃちっちゃい方みたいだしねぇ」

344 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:56

そんな時、コートから転がり出たボールに飛びついた選手が苦痛に顔をゆがめ、仲間に支えられベンチに座ります。
それと入れ替わるように一つ二つと頷いた孝之が立ち上がりながらジャージを脱いだのです。

「おや、出るみたいね。頑張んなっ!」

大きな声を上げ手を振る孝之の母に遠慮するように、その横で小さく手を振る梨沙子。
まず母親に気がついた孝之は困ったように眉をしかめ、それから隣に立つ梨沙子にも気がついたようでした。
何も言わず、ただ軽く手をあげただけの孝之でしたが、梨沙子はそんな仕草すらも一瞬たりとも目を離さないように見つめるのでした。

再開された試合の展開の速さに目を奪われていると、気がついてみれば孝之はシュートすることもなく、パスを回し、相手を抑えるだけで時間は過ぎていきます。
そんな状況に梨沙子が歯がみして見つめていると、味方の放ったシュートのこぼれ球に飛びついた選手の手から、弾かれたボールが転々と転がります。
近くにいるのは孝之と、違うユニフォームの選手が一人。
同時に動き出したように見えたけれど、一瞬早く孝之の手がボールに届き、梨沙子が「やった」と小さな声を出したそのとき。
追いかけていた相手選手が止まれずに激突し、孝之はバランスを崩してコートにたたきつけられてしまいました。
その瞬間、コートを叩く鈍い音に梨沙子の悲鳴にも近い声が重なりました。

345 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:57

 18

思わず目を覆った梨沙子の肩に、温かい手がそっと置かれ「大丈夫よ」と声が聞こえます。
覆った指の隙間からそっと伺い見ると、ふらふらと立ち上がった孝之が自身の身体を確かめるようにさすっているところでした。
かまわず再開される試合に、梨沙子は顔の前で祈るように手を組んで「もういいよぅ」と呟いていました。
別に大活躍なんてしなくたっていい。
ただ怪我なんてしないでくれればいい。
梨沙子はそれだけを祈っているのでした。
試合も終了間際、こぼれ落ちたボールに飛びついたのは孝之でした。
梨沙子は先ほどの光景が繰り返されるような気がして、目を伏せてしまいそうになった時、隣で孝之の母が「三点っ?」と口にしたのが聞こえとどまりました。

346 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:57

そのとき梨沙子は見たのです。

羽でも生えたようにふわりと跳んだ孝之の手から、柔らかに放たれたボールが美しい放物線を描くのを。
そして、そのボールがほんの微かな音とともにフープをくぐり抜けて落ちていくのを。

魔法のような数秒の後、歓声と、同数のため息に彩られて得点板が同じ数字に換えられました。
そこから十数秒、梨沙子の中で止まっていた時間を動かす笛の音が鳴り響きました。

347 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:57

放心したようでいる梨沙子に話してるのか、それとも独り言なのか、孝之の母が言いました。

「ライン、かかっちゃってたんだ……三点だったらヒーローだったのにねぇ。ったく、ツメが甘いわぁ」

梨沙子は何も言いませんでした。
ただ思うのです。
初めて会って、二ヶ月ほどが過ぎたあの日。
あれ以来、梨沙子にとって孝之は、何物にも代え難い“ヒーロー”で、そしてそれがずっと続けばいいと。
改めて口に出すのは照れくさいけれど、それは二人に共通する……二人だけの“想い”であればいいと。

348 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:58

「きてたんだ」

そんな想いに包まれた梨沙子の後ろからかけられた声。

「お疲れ。出番あってよかったねぇ」
「まぁ、ね」
「じゃ、母さんは先に帰ってるから。あんたちゃんと梨沙子ちゃん送ってくのよ」
「は? 解ってるよ」

孝之の母親が帰っていく、振り向いた梨沙子のすぐ目の前で、蒼黒いジャージに身を包んだ孝之が立っていました。
訳も解らないままに気恥ずかしくなった梨沙子は、抱えていたバスケットを孝之に押しつけるようにして距離を取るのでした。

349 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:59

「りさちゃん? これは……?」
「お弁当……」

孝之の確かめるような声に、梨沙子は目を合わさずに帽子の陰で頷きました。

「そっか。ありがとう。じゃあもっと静かな……教室で食べよっか」

もう一度頷いた梨沙子は、先を歩く孝之について歩くのでした。
心なしか梨沙子にとってはシックにすら感じる校舎の中を歩いていくと、「ここだよ」と招き入れられた教室。

「へえー……」
「うん? なんか違う? そうかなぁ……小学校ってどんなだったかな」

驚いたような声を上げた梨沙子に、孝之が椅子を引き、笑いながら言いました。

350 :『小さな恋の……』:2006/10/27(金) 23:59

「さ、座って」
「うん」

孝之の様子をうかがいながら、少し緊張した様子の梨沙子。
一つの机を挟んで向かい合うように座ったその席に、梨沙子の抱えていたバスケットケースが広げられていきます。
温かいレモンティーの入った小振りのポットや、丁寧に蓋をされた三つのパック、少し大きめに包まれたアルミホイル。

「すごいね、りさちゃん。全部一人で作ったの?」
「うん。あの……」
「開けてもいい?」
「……うん。あっ、あのね、少しカタチが崩れちゃったの」
「そう? どれ……」

言いながらも次々と開けられるパックは、小さめのハンバーグ、鶏の唐揚げ、それに卵焼き。
それとは別にサクランボと、一口サイズに飾り切られたバナナが詰められていました。
そしてホイルに包まれた中には少し小さめのおにぎりが四つ。

351 :『小さな恋の……』:2006/10/28(土) 00:00

「べつに。おかしくないよ?」
「そっかな?」

全てを開けて、当たり前のように言ってくれた孝之に、やっと少し柔らかくなった表情で梨沙子が問い返しました。

「うん、全然。食べてもいい?」
「うん。あっ――」

梨沙子は何か言い訳をするよりも早く、孝之は摘んだ唐揚げを口に放り込みます。
もぐもぐと嚥下するのを緊張した面持ちで待ちながら、梨沙子はそれを食い入るように見つめていました。

352 :『小さな恋の……』:2006/10/28(土) 00:00

「ん……」
「ど、どぉ?」
「んぐ……ん。おいしい」
「ホントっ!?」
「うん。ビックリした。普通においしいよ」
「そう? えへへ、おいしい?」
「ん……うん、これ、ハンバーグも。ちょっと形が崩れてるだけで、ちゃんと火も通ってるし、味もいいよ?」
「よかったぁ〜」

安心して力が抜けたように背もたれに寄りかかる梨沙子に、孝之が笑いながらも姿勢を改めて言いました。

「どうもありがとう。大変だったでしょ」

その言葉に、梨沙子も身体を起こして背筋を伸ばし、改まった口調で言います。

「……ちょっと。お母さんに教わりながらだけど」
「ははっ、食べよ」
「うん」

広い静かな教室で、梨沙子の手料理を笑いながら食べる。
それは梨沙子にとって、苦労をした時間などなんでもないと、そう感じさせてくれるほどに楽しく過ごせる。
幼い頃よりも減ってしまったその時間は、とても貴重で大切な時間でした。

353 :名無し娘。:2006/10/28(土) 00:02

ほい、今日はこの辺で。
二話分くらい、手を入れ終えたらまた。
ではでは。

354 :名無し娘。:2006/10/29(日) 22:43
終わりが見えないね

355 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:39
続きまってます♪♪

356 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:42

久しぶりにレスがついてちょっとドキドキ。
>>354
見えませんか。……見えませんね(^^;)
急になにか思いつかない限り、27までです。
余計なトコ端折っちゃえば半分くらいになるかもですけど、それも面倒だったので。

さ、いきましょう。

>>355
↑って書いてリロードしたら(^^;)
どもです。続き、いきまーす。

357 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:43

 19

初めてTV局へ迎えにきたあの日以来、梨沙子の両親が忙しいせいもあってか、孝之は幾度か代わりを務めさせられていました。
そして今日も、梨沙子を迎えに行くために、いつまでたっても慣れずにいるタクシーに一人揺られていました。
孝之本人にしてみれば土曜でもあり、学校も部活動だけだったため、その役を引き受けることも厭うものではありません。
それでも初めて行く場所となると、なんとなく少しばかり緊張したように落ち着けずにいるのも事実だったのです。
指定した場所についてタクシーを降りると、そこは自分の人生にはまず関わりのないであろうはずだった場所。

孝之は自動ドアをくぐり、受付らしい場所で名前と用件を告げると「そちらの階段から三階の突き当たりになります」と聞かされました。
思っていたよりもすんなりと通され、拍子抜けしながらも、階段を使い三階まであがっていきます。
すぐに廊下に出ると両側に一つずつの部屋、そして突き当たりに少し大きな磨りガラスのドアがありました。
様子を窺いながらも孝之が近づいていくと、違うと思っていたはずの世界で聞き慣れた音を感じたのです。
そのドアの前までくると、磨りガラス越しでも何をしているのかに気がつきました。
まさか来る場所が違うのではと疑ってしまいながらも、孝之は軽くノックをしてドアを開き、そっと顔を出してみます。

358 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:43

覗いた室内は、まるでミニバスの練習場のように、不慣れなドリブルやパスの音が響く空間でした。
そのとき、孝之の存在にいち早く気づいた梨沙子が、ぎこちないドリブルをやめて駆け足で近寄ってきました。

「たかちゃんっ」
「早くきすぎた……?」
「そうだけど、ちょうどよかったの」

要領をえない梨沙子の話を聞いて、頭に疑問符を浮かべる孝之に細身の女性が近づいてきました。

「あなたが孝之君?」
「はい。えっと……?」
「ダンスのせんせぇ」

わけが解らないながらも、とりあえず頭を下げた孝之。
その孝之の上に、ダンスの先生だという女性の「待ってたのよ」という声が降りてきました。

359 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:44

「え?」

不思議そうに顔を上げた孝之に、先生が最初から話し始めたのです。
梨沙子たちBerryz工房、その新曲のダンスレッスンをしていたこと。
大雑把な振り付けの方向性はプロデューサーから申し渡されていること。
それに沿ってこれまでの時間で、一通りの流れは教え終えたこと。
ただ一部分だけ、どうも見た感じのぎこちなさが消えない部分があること。

「でも、だからって……」
「いいのよ。別にプロみたいな動きが見たいって言うわけじゃないんだから」
「たかちゃんうまいんです」
「りさちゃんっ」
「お兄さんなんでしょ? 手伝ってちょうだいよ」

とても乗り気にはなれないながらも、やらずにはいられない状況になっていることを理解した孝之は、諦めたように渋々了承したのです。
なによりも、一列に並んだメンバーに混ざって、嬉しそうな表情を浮かべている梨沙子のためにも。

360 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:44

ダンスの先生から「バスケットの先生です」と、メンバーに紹介された孝之はますます困惑の度合いを深くしました。
何度か迎えに来ていることから数名のメンバーには顔も覚えられているというのにと。

「とりあえず、一通りの動きを、この子たちに見せてあげてもらえる?」

言われると同時に受け取ったボール。
一つ、二つと弾ませてみると、床は似たような作りになっているのか、体育館でドリブルをしているような軽快な音が響きました。
ごく当たり前にドリブルをしながら、思い出したように孝之は言いました。

「あ、誰か受けてくれませんか? パス……」
「はい、はぁい」

すぐに出てきたのは梨沙子で、それを見た孝之は嬉しいような困ったような、微妙な表情を浮かべながらも軽い手つきでパスを出しました。
梨沙子は「うぁ」っと慌ててボールを受け取ると、孝之を真似るようにしてパスを返します。

361 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45

そうして数度、パスを繰り返した後、孝之が梨沙子に話しかけました。

「ちょっと腕を前に伸ばしてみて」
「……? こぉ?」
「そう。それで両方の指先をつけて」
「うん」
「そう。で、横向いてみてくれる?」
「はぁい」

素直に従った梨沙子が、腕で輪を作るようにして横を向くと、軽くドリブルをしながら数歩下がった孝之がふわりとボールを放ったのです。
柔らかな曲線を描いたボールは、どこに触れることもなく梨沙子の腕をくぐり抜けていきました。
同時に周囲から小さなざわめきのような感嘆の声が上がりました。
素人目に上手いと思わせれば、その後は難なく進んでいきます。
いくつかの小さな問題を除いて。

362 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45

「せんせぇ、せんせぇ。こうでいいんですかぁ?」
「あ〜っと……嗣永さんはもう少し手首を使った方が」
「ええ〜? こぉですかぁ?」
「そうじゃなくて……こう」

飲み込みは悪くなさそうなのに、と感じていた嗣永桃子が案外そうではなく、妙に手を煩わせる部分があるということ。

363 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45

「あの……」
「はい? 須藤さん、解らないところ、ありますか?」
「あっ、いえ……」
「……何か解らなかったら言ってくださいね」

近くをうろうろしていて、ふいに話しかけてきたと思えば特に何を言うでもない、困った状態の須藤茉麻であったり。

364 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:46

「せんせっ、りさことはどんな関係なんですか?」
「夏焼さん、集中してもらえませんか」
「キスとかしちゃったりして」
「集中してないとケガしますから」

おそらく一番会った回数が多く、孝之から見ればもっとも大人びていると思っていた夏焼雅が、子供のような好奇心を見せていたり。

365 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:46

そしてなによりも……

「出来てる?」
「…………」
「……りさちゃん」
「…………」

中では一番教えやすいだろうと思っていた梨沙子が、なにを思ってか一番扱いづらくなっていることでした。
話しかけてみれば、ちらりと目を合わせ、怒ったようにそっぽを向かれてしまったりする有様で。
こうした方がと手を伸ばせば、ついと離れてしまったり。
理由のわからない孝之にしてみれば、困惑する以外にどうしようもない。そんな状況でした。
そうして一時間と少しが過ぎた頃、なんとか形になったと判断したらしいダンスの先生から休憩が告げられたのでした。

366 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:47

 20

迎えに来ただけだというにもかかわらず、とんでもない仕事を押しつけられ、あげくに更に待たされている。
そんな状況を、仕方がないと思いつつも、小さくため息をついてしまえば、現実としての疲労感のようなものに満たされる。
自分のさせれたこと、梨沙子の仕事、改めて湧き上がる複雑な思いを抱えたままで腰を下ろしていました。
一階の隅にあるごく小さな喫茶店で、ストレートのアイスティを口にしながら、そんな気分で梨沙子が降りてくるのを待っている孝之でした。

アイスティの氷が音も立てなくなるほど小さくなる、それくらいの時間が過ぎた頃でした。
近づく足音に気がついた孝之が、腰を上げて振り向くと、そこには待ち人ではない、幾分ふっくらとしたぎこちない笑顔の須藤茉麻が立っていました。

「あっ、えっと……須藤さん」

勘違いをした気まずさから先に口を開いた孝之に、それほど変わらない身体をペコリと折り曲げて会釈をする茉麻。

367 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:47

なにも言わず、かといって立ち去るでもない様子の茉麻に、また孝之の方から声をかけました。

「レッスン、終わったの?」
「はい。みんなもう帰りました」
「え?」
「あっ、りさこはまだ上にいますけど」

勘違いをした孝之に、言葉が足りなかったと慌てて付け足した茉麻。
そんな茉麻の言葉に安心した孝之は、へたり込むように腰を下ろして力のないため息を漏らしました。

「そっか。ハァ……」
「あの……」
「……え? あ、なに?」
「前から聞いてみようと思ってたんですけど……」
「な、なにを? あ、座れば?」
「あ、はい。ええと……前に会ってますよね?」

孝之の向かいの席に座り、改めて言葉を選ぶようにして茉麻が口を開きました。

368 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:48

「っと……少し前に、あの……事務所に迎えに行ったとき?」
「あ、そおゆうんじゃなくて」
「え?」
「あれ、違ったのかな? ぶつかったの……」

眉間にシワを寄せて、難しい顔で呟いた茉麻の言葉に、孝之は記憶の中にあるその“シーン”を探しました。
一生懸命に記憶を探っていると、合間に「ごめんなさない、勘違いかも」などと呟く茉麻の声に「ちょっと待って」と短く答える孝之。
その最中にも、関わりのありそうな記憶を探す中で、不意に一つの光景が浮かんできました。

「あっ! 初めてTV局にに迎えに行ったときに……?」
「あ〜っ、やっぱりそーだった」
「ぶつかった……うん」
「間違いじゃなかったですね」
「そうか……須藤さんだった」
「あははっ、ホントはまだあるんです」
「まだ? 他に?」
「わたしもそのときぶつかってから思い出したんですけど、その前に……」
「ごめん、解らないや」

369 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:48

返答に困って謝る孝之をおかしそうに笑いながら、茉麻が思い出すように話し出しました。

「三年くらい前になるかなあ……映画に出ることあって。あのミニモニ。のですけど」
「……三年前」
「わたし、ちょっとトイレ行って、戻ってきたときに、同じように……」
「……ぶつかった」
「そうだったでしょ」
「あのとき……そっか。三年もあれば背も伸びて……」
「そのときはもっとちっちゃかったです」

自分の体型を言われてるかのように、拗ねた表情で言う茉麻に、孝之が「あ、違うよ」と弁明しようとしたときでした。
茉麻が現れたのと同じように、孝之の後ろから、ほっそりとした少年のような服装にキャップを被った女の子。
「あっ、りさこ」と、茉麻が手を振ったことで気がついた孝之が振り返りました。

370 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:49

「りさちゃん。遅かったね」
「……帰ろ、たかちゃん」

キャップの陰で、心なしか不機嫌そうなままの梨沙子が短く言いました。

「あぁ、うん」
「あっ、じゃあまた」

立ち上がった孝之に、何気なく言葉をかけた茉麻が、同じように立ち上がり会釈をしました。

「じゃあ」
「またね、まあ」

“また”があるかも解らない孝之はそれだけを、梨沙子も手短に別れを告げると、孝之の腕をとり引っ張るように歩き出しました。

茉麻と別れ、建物の外に出て、ちょうど通りがかった空車のタクシーに孝之が空いた手をあげます。
腕を絡ませたままの無理な姿勢でタクシーに乗る梨沙子と、それに引きずられるようになる孝之。
おかしいと思いながら孝之が行き先を告げると、タクシーは滑るように走り出しました。

371 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:49

微かに外の喧騒が入ってくる車内で、低く小さな声で、梨沙子がささやくように話し出しました。

「まあとなに話してたの?」
「いや。別に大したこと話してないけど」
「そお」
「どうかしたの? 今日、なんかヘンみたいだけど」
「なんでもないっ」
「なにかした? ボク」
「いいっ」
「いいって……怒ってるでしょ」
「怒ってないもん」
「…………」

どうにも手のつけようがない梨沙子の態度に、困ってしまい言葉をなくしている孝之。
梨沙子は窓の方へ顔を向けたままで、それを見つめている孝之には気がつきませんでした。
同じように、梨沙子の表情も、心の内も見えない孝之は、梨沙子の気持ちが理解できませんでした。
二人はまだ気がつかなかったのです。
相手の変化にも。
自分の変化にも。

372 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:50

こんなとこで。
なんとなく、見えてきたっぽいでしょうか。
気のせいかもしれませんw

ではまた。

373 :名無し娘。:2006/11/03(金) 15:06
まだまだ、波乱が起きそうですね…

374 :名無し娘。:2006/11/05(日) 00:54

>>373
一山ないとって部分もありますしねー。

さて、少しいきますー。

375 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:55

 21

二人が再会して数ヶ月。
長いようで短かった休みも終わり、夏という季節も終わろうとしているある日のことでした。
孝之の家へ遊びにきた梨沙子は、孝之の母に迎え入れられて一人で階段を上がっていきます。
後ろ手に小さな袋を揺らして、ニコニコと笑顔を浮かべながら階段を上がりきった梨沙子は、小さく一つ息を継いで扉を叩きました。

「はい?」
「りさこだよ」

いつものように受け答えをし、ノブに手をかけたとき、室内から慌てたような声が返ってきました。

「ち、ちょっと待って――」

376 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:55

初めてといっていい反応に梨沙子は小さく首をかしげながらも、言われたとおり、ノブを握った手を浮かせ室内の様子に耳を澄ませていました。
なにかバタバタと物音がした後、数秒の間をおいて「どうぞ」と孝之の声。

「お邪魔しまぁす」
「いらっしゃい。どうしたの?」

なにごともなかったように。
しかも、さも『なにか用があるのか』と言われたように感じた梨沙子は僅かに口をとがらせます。
それはしばらく前から引きずっている、心のどこかに刺さった小さな棘と結びつくことを解っている梨沙子でした。
ですが“棘”が痛む理由がハッキリしないでいる梨沙子にとって、その痛みを消すことも、おかしな苛立ちを孝之にぶつけることもできずにいました。

377 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:56

「んーん。ちょっと」

どこか歪さを内包したままで、梨沙子は笑顔を作って曖昧な言葉を返します。
孝之はほんの少し眉をひそめてそれを見ていましたが、梨沙子の視線は別のところへ注がれていました。

「なにしてた?」
「……テレビ見てたけど」

梨沙子の視線から質問の意図を察した孝之は短く答えます。
視線の先にテレビがあり、お互いに探るような会話をしていると解っている。
それは今、現在の二人の空気を端的に表す一幕でした。

378 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:56

「ふうん……」
「なに?」

問い返す言葉に梨沙子はなにも言わず、逆になにかを問いかけるように孝之を見つめていました。
居心地悪く身じろぎをした孝之が、もう一度「なに?」と口を開くと、梨沙子はひょいとあごを反らせて視線を外して言いました。

「なぁんでもなぁい」
「りさちゃん……なんか怒ってる?」
「別に……怒ってないよ?」
「そう? なんか、さ」
「たかちゃん、りさこになんかしたの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「なら、なんにもないよっ」

そう笑いながら言った梨沙子が立ち上がり、ベッドに腰掛けている孝之に近寄ると、飛び乗るように隣に座り込みました。

379 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:57

ギシリときしんで大きく揺れたベッドの上で、孝之が幾分赤らめた顔で慌てて抗議の声を上げました。

「ち、ちょっと。りさちゃん!?」
「えいっ!」

抗議の声も無視して、身体を寄せるように押し当てる梨沙子は無邪気な子供のままで、グイグイと孝之をベッドから押し出していきます。
先ほどまでの態度との差異に困惑したままの孝之は、逃げるようにベッドから降りるとカーペットに座り込んで梨沙子へ向き直りました。

「りさちゃ――」

口を開いた孝之は驚いたように言葉を止め、その視線の先では、梨沙子が勝ち誇ったような笑顔でマットレスの隙間に手を差し込んでいました。

「なにしてんのっ」
「みやとももが言ってた。男の子はこーゆーとこに大事なもの隠してるんだって」
「まっ――」

孝之の制止を遮って動いた手に、確かに触れた硬質な感覚に、梨沙子はビックリした顔になって「あっ」と、小さな声を上げました。

380 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00

「ホントにあった……」

それをそっと引き出していく梨沙子を止めることも出来ず、孝之は顔を赤くしたままで困ったように見ていました。
やがて完全に引き出されたそれを手にしたままで、梨沙子は眉を寄せて「これ、買ったの?」と、問いかけました。

「あ……うん」

梨沙子の手にあるそれは『Wスタンバイ!ダブルユー&ベリーズ工房!』と書かれたDVDのパッケージ。
お互いに微妙な気まずさを抱えながら言葉を探していました。
そんな静けさを先に崩したのは梨沙子の方でした。
DVDを放りだしてベッドから降り、四つんばいでごそごそと動き、部屋の隅に置いておいた袋を取って、同じ姿勢のままで孝之の側へ戻ってきて。
手にした袋を差し出して「これ」と一言だけ、照れくさそうに言いました。
その袋を受け取った孝之は「ボクに?」と自分を指さして聞きます。
梨沙子はなにも言わず、コクンと頷くだけでした。
孝之が袋を開いて中身を取り出した時、二人の間に流れる空気は、消えかけた先ほどの気まずさが戻ってきたかのようなものでした。

381 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00

「……あげる」

俯いたままでぼそっと呟いた梨沙子の声に、孝之はカシカシと頭をかきながら「ありがとう」と、短く洩らしたのです。
喉を鳴らすように「んー」と梨沙子がカーペットに付いた両手を軸に、ずいっと二人の距離を縮めます。

「あのね……それあげるし、また持ってくるから……買ったりしなくていいよ?」
「あ〜……うん、ありがとう」
「えへへ……」
「ん……」

梨沙子ははにかむように笑いながら、昔よくしていたように、孝之の肩に背中を預け力を抜いて脚を投げ出しました。
孝之は肩に掛かる多さを感じながら、昔を懐かしむように、それでいて今を、先を見つめるような目で梨沙子を見つめていました。

「たかちゃん?」
「うん?」
「エッチな本とか出てくるのかと思った」
「…………」
「えへへ♪」

半ば自棄になったような行動がいい目を出したせいか、やけに嬉しそうに笑う梨沙子。
その身体から伝わる振動に、何ともいえない気持ちでいる孝之。
その孝之の手には、先ほどと同じDVD、そしてそれとは違うDVD、二つのDVDのパッケージがのせられていました。

382 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00

 22

季節は流れ、暖かさの名残を残す秋を過ぎ、冬の寒さが街を包みだす頃。
曖昧で微妙な距離でいた梨沙子と孝之の二人にも、着実に変化を促す事柄が起こっていました。
それは二人と、その周囲の人間にとって一つの事件といってもよいものだったかもしれません。
その出来事から十日以上も経っていながら、いまだに状況が変わらないでいるということからも。
事件は日常の中で起きました。

何度か繰り返されたことだとはいえ、なかなか慣れない空気の中で孝之の感情は困惑から憤慨へ変わりはじめていました。
孝之にとって三度目となるTV局の控え室は、慣れているはずのメンバー数名にとっても、そうはない張りつめた空気に変わってきていたのです。

383 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:01

「りさちゃんっ」

その場にいる誰も――梨沙子ですらも――が聞いたことのない種類の孝之の声が響きました。
名を呼ばれた当人は、一瞬ビクリと身体を震わせたものの、それまでの言動を取り下げる気はないというように顔をそらしました。

「りさちゃん……夏焼さんと須藤さんに謝るべきだと思うよ」
「なんでっ? わたし悪くないもん!」

子供の真っ直ぐさで孝之を睨みながら頑なな答えを返す梨沙子は苛立ちを隠そうともしません。

「いや、別に私たちは……ねえ?」
「うん。それより、梨沙子……」

雅と茉麻は自身に向けられた梨沙子の苛立ちには、それほど動揺することもなく、よくあることのように感じていました。
しかし梨沙子に対して孝之の表情が変わったことに気がつき、どう言葉を挟んでいいのかを図りかねるように言葉を濁していました。

384 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:01

「まあはそうなるとイヤなんでしょ?」
「え? わたしは……」
「なんでなんにもいわないの?」

不意に向けられた苛立ちに動揺した茉麻は言葉に詰まり、それが余計に梨沙子を苛立たせるのでした。
一歩詰め寄る梨沙子と、驚いて後ずさる茉麻。雅が梨沙子を止めようとした、そのときでした。
後ろから梨沙子の腕を掴む少し大きな手。

「りさちゃん!」
「離してっ」

振り払おうと暴れる梨沙子の腕をしっかりと掴んだままで、孝之が口を開こうとしたときでした。
雅の後ろにいた茉麻が進み出てきて、話し出しました。

「あの……梨沙子の気にしすぎだから、その……」
「……たかちゃんのこと庇うんだ」

どう話したらいいのか、迷いながら言葉を選ぶ茉麻に、驚いたように梨沙子が言葉を返しました。

385 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:02

掠れた声で、自分の想像が確かなものになったという驚きの声。
それが結びついてしまったとき、梨沙子の中でなにかが弾けました。

「なんでっ!」

激昂したように茉麻に詰め寄る梨沙子は、その声音とは裏腹に泣き出してしまいそうな表情でした。
横にいた雅は、その梨沙子の顔をみてどうしたらいいのか解らずにいて、止めに入ることすらできずにいます。
今にも押し倒してしまいそうな梨沙子を止めたのは、一度離れたはずの力強い手でした。

「やめなよっ」
「離してっ」
「いい加減にしろっ!」

386 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:02

その場に響いた大きな声。
ですがそれよりも、それに隠れた打擲の残響……実際には残るはずもないそれを、その場にいる誰もが感じていました。
その場の空気を壊したのは、残響を頬に残す梨沙子本人でした。
打たれた頬を押さえ、俯き、歯を食いしばって、小さく、ささやくように洩れだした言葉。

「たかちゃん……」

もっとも自分の味方であるはずの孝之に、裏切られたと感じた梨沙子の声は、哀しいほどに弱く空気を揺らしました。
その場にいる誰もが、なにかを言わなければと口を開くよりも早く。
再び開いた梨沙子の口から、絞り出されるようにこぼれ落ちた言葉は、一番近くにいた孝之にしか聞こえないほど微かなものでした。

387 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:03

「もう…いいもん」

388 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:04

それはあの時に聞いた言葉と同じように孝之の耳を揺らし、あの時の言葉以上に胸に響きました。
部屋を飛び出す梨沙子の背中を呆けたように見つめる孝之の耳に飛び込んでくる声。

「梨沙子っ」

それが誰の声だったのか孝之には解りませんでした。
強く唇を噛み締め、胸の疼きを自覚しながら、梨沙子の頬を打った手を見つめます。
そうしながらも熱い痺れのような感覚が残った手を力一杯握りしめました。
微かに痛む手と、強く痛む心を意識しながら、フラフラと歩き出すのでした。

389 :名無し娘。:2006/11/05(日) 01:05

今日はこの辺で。
いやいや、油断すると数日なんてあっという間ですねぇ。

また近いうちに。

390 :373:2006/11/05(日) 18:55
な、なにが原因なんだ…!?

391 :名無し娘。:2006/11/12(日) 18:50

>>390
いや大したことでは。
レスありがとーございます。

気がついてみれば一週間(汗)
さ、さっくりいこう。

392 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:51

 23

「もしもし、孝之くん?」

その電話が繋がったのは、完全に日は落ち、あてもなく歩くことに孝之が疲れを覚え始めた頃のことでした。
受話器に向かって梨沙子の母は、困惑したような、今までにかけたことのない声で孝之の名を呼んでいました。

『…はい』
「今どこにいるの? 今さっきりーちゃん帰ってきたんだけど……」
『ごめんなさい。ボクのせいです』
「……また梨沙子がわがまま言ったのかしら」
『そうじゃ、ないんですけど』
「う〜ん……」

要領を得ない孝之の言葉に、どう話をしたらいいのか迷いながら言葉を選ぶ声。
そのときぼそりと孝之が呟くように話し出したのです。

393 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:51

『叩いちゃったんです……ボクが、りさちゃんを』
「……あら。まあ……そう」
『ごめんなさい』
「ん。理由、聞いてもいいのかしら? 孝之くんは訳もなく叩いたりはしないものね」
『…………』
「話せない?」
『そうじゃないです。そうじゃなくて……ボクにもよく解らないから。ただきっとボクが悪いんだと思うから』
「そう。んー……解ったわ。ありがとう。ともかくりーちゃんは戻ってるから。気にしないで帰ってね」
『……はい』
「気をつけて」

そう締めくくって切った電話から、ついと浮かせた手をあごにやり、少し考える素振りで二階へ向かいました。

394 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:52

一人で戻ってくるなり二階の自室に閉じこもった梨沙子の部屋の前で、困ったように「ふ〜ん」とうなり声を一つあげ、閉ざされた扉をノックしました。
返事が返ってこないままで開かれた扉の向こうに、掛け布団の盛り上がったベッドが一つ。

「りーちゃん?」

母親が声をかけると、微かに身じろぎしたようで、布団の盛り上がりが小さく揺れました。
近づいたベッドの端に腰掛けた母親が、顔も出さない梨沙子をそっと布団の上から撫でながら、ごく当たり前の声でゆっくりと話し出します。

「ご飯食べない?」

返事はなく、身じろぎすらもありませんでした。
母は小さなため息を洩らすと、仕方なくあまりに真っ直ぐな言葉を口にすることを選びました。

「孝之くん、帰ってくるわよ」

小さな反応が手のひらから伝わり、やっぱりと、確信するのでした。
ふいをつくように力を込めて引きはがした布団。
その中で、小さく丸まっていた梨沙子は赤い目をしていました。

395 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:52

「ケンカでもしたの?」

少しの間をおいて、枕に埋められた梨沙子の頭が小さく横に振られました。

「ん〜、じゃあ孝之くんがなにかしたの?」

すると先程よりも長く、しばらく考えていたような間をおいて、同じように否定の動き。

「なら悪いのはりーちゃんなの?」

その言葉を聞いた梨沙子は、弾けるように起きあがって大きな声を上げました。

「わたしが悪いんじゃないもんっ!」
「……ならどうしちゃったの。せっかく迎えに行ってくれた孝之くんに悪いでしょ」
「っ……一人で帰ってくるからいい」
「そういうことじゃないでしょ。なんでそうなったの?」
「たかちゃんが……」
「孝之くんが?」
「まあと、嬉しそうな顔して話してるんだもん」

梨沙子はそれが、さもあってはならないことだというように話しました。
薄いブラウンの瞳を潤ませながら、置き去られた子犬のように見上げて訴えるのです。

396 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:53

「まあって、茉麻ちゃん? ふうん、りーちゃんはそれが嫌だったのね」
「……なんかヤダ」

座り込んだ膝の上で、強く握った小さな手の甲に透明な滴が一つ落ちました。
噛み締めた口元から、堪えきれなくなった嗚咽が洩れてきます。
そっと抱きしめた母の胸で、梨沙子は堰を壊したように涙を流すのでした。
静かな部屋の中で、泣きじゃくる梨沙子の背を撫でながら、母はゆっくりと優しく呟きます。

「初めて孝之くんと会ったのは、六歳? 七歳だったかしらね。二人とも腫れ物に触るみたいだって思ったものだったわ。
 それがいつの間にか、すっかり仲良しになっちゃって。孝之くんはりーちゃんを護る騎士さんみたいに見えてたのね。
 でも……」

ゆっくりと、あやすように口に出していたのはそこまででした。
「あなたにとって、いつからかそうじゃなかったのね。それとも始めからだったのかな」
そう心の中で続けた母が、少し嗚咽が治まりかけた梨沙子の身体を解放し、頬を濡らす涙を指先で拭いました。

「そんなに泣いちゃうほど、なにが悲しいのかな?」

唇をとがらせて、ぶんぶんと首を振る梨沙子。

397 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:54

そんな梨沙子の手に、自分の手を重ねて、一言一言を、しっかりと理解させようとするように話し続けました。

「茉麻ちゃんが、孝之くんと、仲良く話すのは嫌なのよね」

梨沙子は言葉の意味を噛み締めるように考えるだけの時間をおいて、それから小さくこくりと頷きました。

「じゃあ孝之くんと、仲良く話してる茉麻ちゃんは、嫌いなの?」
「…………」
「ん?」
「……そんなことない。でもっ」
「でも?」
「……なんか、前から知ってるみたい」
「あら、そうなの? いつからなのかしらねえ」
「……知らない」

それは知らないのではなく“知りたくない”ということなのよと、母はそう心の中で呟きました。
けれど口にしたのは別のこと。子供の成長を嬉しくも面映ゆくも感じながら、諭すような口調で。

「りーちゃん。孝之くんが茉麻ちゃんと話すのはいけないことなのかしら」
「だって……」
「孝之くんはりーちゃんの“もの”じゃないのよ」
「…………」

398 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:54

「一つだけ、教えてあげる」
「…………」
「誰かに何かをして欲しいって思うのは悪いことではないわ。でもね、そう思うだけなのは駄目なのよ?
 そうして欲しいんだったら自分から行動しないと……自分でどう思ってるのか、ちゃんと伝えないとね」

それが今の梨沙子にとって、まだ難しいことだとは解っていました。
ですが、聞かされた言葉を噛みくだくように、自分の中で昇華させようとする梨沙子の様子に、ふっと微笑んで母は立ち上がりました。
最後にまだ考え込んでいる梨沙子の頭にぽんと手を乗せて、表情そのままの優しい声で言いました。

「よ〜く考えてね。りーちゃんにとって、とても大事なことだから」

そう言い残して部屋を出た母にも気がつかないほど、深く、自分の中へ沈み込むように、梨沙子は考えていました。
自分にとって大事なことというものがなんなのか。

須藤茉麻のことを。
Berryz工房であるということを。

孝之のことを。
孝之のしてくれたことを。

深く、深く……孝之のことを。

399 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:55

 24

それは新曲のレコーディングをするスタジオでのことでした。
あの一件以来、雅と茉麻――特に茉麻――との仲がぎごちなくなり、メンバーといる時間を極力避けるようにしていた梨沙子。
今日、このスタジオでもそうでした。
収録しているメンバー以外が集まっている控え室から離れ、数台の自販機が並ぶ空間でポツンと一人でベンチに腰を下ろしていました。

「……りーさこっ」

不意にかけられた声に俯いていた顔を上げると、そこには笑顔を見せる夏焼雅の姿がありました。
突然かけられた声に動揺して、返事もせずに顔を背けてしまった梨沙子に、怒りも呆れもせず雅は並んで座り込みます。
身体ごと座り位置をずらして距離を取ろうとした梨沙子に、はしゃいだ声で「逃げるなー」と、雅が手を伸ばしました。

「んんーっ」
「あっ、こらぁ」

駄々っ子のようにその手から逃れようともがく梨沙子を、しっかりと抱きしめ捕まえた雅が、その耳元へ顔を寄せて言いました。

「梨沙子っ」

400 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:55

その声にピクリと反応し動きを止めた梨沙子に、雅はトーンを落とし、それでも明るく、しっかりと自分の感情を伝えられるだけの声で話します。

「みんな心配してるぞ。別にまぁは怒ってなんかないんだよ? 私もね」
「だってっ……、だって……」
「ごめん、って謝っちゃえばいいんだよ。そしたらみんな笑って「またか」ってなるからさぁ」
「…………」
「ヤダ?」

沈黙をそういうことだと感じたのか、雅が困ったように問いかけると、梨沙子はぶんぶんと強く首を振りました。

「そうじゃないもんっ。ただ……」
「ただ?」
「…………」
「なあに? 教えてくれたらなんかできるかもしれないじゃん」
「………ゃんが……」
「ん?」
「たかちゃん……」
「あー……そっか。やっぱそういうことなんだ」

一言だけ洩らした梨沙子に、雅は納得したらしく一人頷くのでした。
そんな雅を、泣き出しそうな顔を上げた梨沙子が訝しげに見つめています。

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