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じゅきに あんkn@狩板

1 :今イ`:2002/09/03 13:58:23
笑え。

本家スレ「じゅきに あんkn」
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1030964092/l50

2 :名無し娘。:2002/09/03 14:52:13
AAトナメのテンプレ用スレで宜しいですか?

3 :名無し娘。:2002/09/03 15:30:50
見事なまでに悲惨な>>1だ。。。


4 :名無し娘。:2002/09/03 17:00:58
>>1
これでどう笑えと?

5 :名無し娘。:2002/09/03 20:09:08
>>1のお母さん、主治医の先生、御家来、出番ですよ〜!

6 :名無し娘。:2002/09/04 23:36:55
なんでこんなに落ちてんだ?
なんか操作できんですかね?

7 :名無し娘。:2002/09/04 23:40:51
>>6
糞スレは無条件で最下層に行く様です。

8 :名無し娘。:2002/09/04 23:43:53
>>7
とも思いましたが、自力でわかりました。
それにしてもこんな最下層のカキコミを5分足らずで発見するアナタただものではないすね。

9 :名無し娘。:2002/09/05 00:23:33
>>8
狩ヒキーを甘く見てはいけません。(w

10 :名無し娘。:2002/09/10 11:54:59
すいません、このスレを使わせていただきます。
「たとえば君が小川編」をスタートさせたいと思います。

11 :名無し娘。:2002/09/10 12:05:03
 「たとえば君が小川編」

( -_-)<ただいま。

( 母 )<あの、お客さんがお見えになってます。

( -_-)<誰?

∬`▽´∬<こんばんわ。

( -_-)<小川麻琴さん・・・

12 :BLACK-RX:2002/09/11 14:38:55
( -_-)<一体どうしたというのか?

∬`▽´∬<ちょっといろいろあって・・・

( -_-)<よし、俺がしばらくかくまってやるぞ。

∬`▽´∬b<どうも。

13 :名無し娘。:2002/09/12 01:06:34
琴美キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!

14 :名無しまこちん:2002/09/13 19:35:44
( -_-)<家の中にいてもアレだからどこか遊びにでもいくか?

∬`▽´∬<えぇぇ!超うれすぃー

( -_-)<富士山でもいくか?

∬;`▽´∬< ふ、富士山は・・・

( -_-)<何か後ろめたいことでもあるのか?

∬;`▽´∬<い、いや・・・でも、明日仕事あるし・・・

( -_-)<帰るのに5時間もあれば充分だろ

∬T▽T∬<もう忘れて〜

15 :名無し娘。:2002/09/13 21:23:04
>>14
(・∀・)イイ!!

16 :名無し娘。:2002/09/13 22:54:05
あがらんの?

17 :_:2002/09/14 00:06:44


18 :名無しまこちん:2002/09/14 17:26:09
( -_-)<おまえがぐだぐだ言ってるから夜になってしまったではないか

∬;`▽´∬<わたしのせい・・・?

( -_-)<それじゃ、遊びにいくのはやめて風呂にでもいくか?

∬`▽´∬<うん!でも、家のお風呂こわれてるの?

( -_-)<べつに壊れちゃいないんだけどな

∬`▽´∬<じゃあ、なんでわざわざ?

( -_-)<理由を言う必要あるのか?

∬;`▽´∬<わ、私に何かするつもりね・・・

( -_-)<何もせんて・・・フフッ…

∬T▽T∬<い、いや〜

( -_-)<「いや〜」って何かして欲しいのか?

∬T▽T∬<そ、そうぢゃなくて〜

19 :名無しまこちん:2002/09/15 17:53:02
   風呂帰り…

( -_-)<ほらな、何もしなかっただろ?

∬`▽´∬<まこ、大っきいお風呂大好き!

( -_-)<何か飲むか?

∬´▽`∬<うん!オレンジジュースがいいな

( -_-)<じゃ、ちょっと向こう向いてて

∬;`▽´∬<ど、どうして・・・

( -_-)<だから、理由を言う必要あるのか?

∬;`▽´∬<(な、何かジュースに入れるつもりね・・・)

( -_-)<何も入れんて・・・

∬T▽T∬<(心が読めるの〜?)

20 :名無しまこちん:2002/09/15 17:59:20
   販売機の前で…

( -_-)<ほら、向こう向いて!

∬`▽´∬<わかりました・・・

ドカッ!ボカッ!ドスッ!・・・ガタガタコロン

( -_-)<ほらオレンジジュース飲め

∬;`▽´∬<こ、これ買ったの?

( -_-)<細かいこと言うな

∬T▽T∬<一緒にいるの恐いよ〜

21 :名無し娘。:2002/09/16 23:41:39


22 :名無しまこちん:2002/09/18 18:56:48
   そして、帰宅・・・

( 母 )<お帰りなさい。お風呂楽しかった?

∬`▽´∬<はい!とても気持ちよかったです

( -_-)<風呂が楽しいわけなかろう

( 母 )<ご飯できてるわよ

∬´▽`∬<うわぁ〜、ありがとうございますっ!

( -_-)<毎日食ってないのか?

∬;`▽´∬<いや・・・そういう意味じゃなくって・・・

( -_-)<なんだ?何かたくらんでいるのか?

∬T▽T∬<もう、この人いや〜


23 :名無しまこちん:2002/09/19 19:18:16

   食事中・・・

( 父 )<ただいま〜

( 母 )<あなた、おかえりなさい

∬`▽´∬<あ、こんばんは。お邪魔してます!

( -_-)<別に邪魔じゃないって

( 父 )<ん?このベッピンさんはどちらさんなのかな?

∬´▽`∬<えー、そんなぁ・・・初めまして、小川麻琴ですっ!

( -_-)<おやじもうまいこというよな

( 父 )<やっぱり可愛い女の子がいると食事がうまいよなあ

( -_-)<なんだ?いつもはまずいのか?失礼なやつだな

∬;`▽´∬<お、お父さんに向かってなんてことを・・・

( 父 )<こんな息子ですけど、よろしくお願いします

∬T▽T∬<自信がなぐなでぎまじだ。。。

24 :名無しまこちん:2002/09/20 20:35:25
   楽しい?時は過ぎて・・・

∬`▽´∬<お邪魔しました

( -_-)<泊まっていかないのか?

∬;`▽´∬<・・・んー、でも明日早いしさぁ・・・

( -_-)<何もしないのに

    ボカッ
( 母 )≡○-_-)・・・

∬;`▽´∬<じゃあ、今度はお友達連れてくるね(もう一人じゃ来れないわ・・・)

( 母)<そう?いつでもどうぞ。まこちゃんのお友達なら誰でも大歓迎やよー

( 父 )<あぁ、今度はお友達も連れてくるといいべさ

(#-_-)<いつでも好きなときに来ていいんだぞニィ

∬;`▽´∬<・・・・・・わ、わかりました・・・順番に連れてきます・・・

25 :名無しまこちん:2002/09/20 20:44:19
   家路につく麻琴

∬`▽´∬<おもしろい家族だったな・・・けっこう楽しかった♪

タッタッタッタッ…

( -_-)<おーい!

∬`▽´∬<・・・・・・えっ、何?

( -_-)<送っていくよ

∬`▽´∬<えっ、別に・・・平気だよ・・・

( -_-)<遠慮するなって

∬`▽´∬<ホントに大丈夫だよ・・・

( -_-)<でも、もう暗いし心配だから

∬´▽`∬<・・・うん、じゃあ駅までお願いね・・・

( -_-)<んじゃ、行こうか

26 :名無しまこちん:2002/09/20 20:44:39
   そして、駅に着いて

∬´▽`∬<今日はありがと、とっても楽しかったよ

( -_-)<あぁ、自分の家だと思っていつでも来いよな

∬´▽`∬<うん

( -_-)<気をつけて帰れよ

∬´▽`∬<うん

( -_-)<・・・着いたら電話しろよ

∬´▽`∬<うん。。。

( -_-)<・・・・・・仕事あまり無理すんなよ

∬´▽`∬<・・・はい

  そっと手を握る麻琴

(#-_-)<・・・・・・よ、よせよ

∬´▽`∬<へへっ・・・じゃ、また明日ね

27 :名無し娘。:2002/09/20 23:11:53
ニヤニヤ

28 :名無しまこちん:2002/09/21 18:12:45
   家に戻り1時間が経過・・・

( -_-)<・・・・・・あいつ、遅いな・・・

   さらに10分経過・・・

(;-_-)<何かあったのではなかろうか・・・

  プルルルルルルル…プルルルルルル…

( -_-)<もしもし、麻琴か?

∬`▽´∬<はい、麻琴です。今着きました

( -_-)<遅かったな。何かあったんじゃないかと心配してたところだ

∬´▽`∬<電車がちょっと遅れちゃって・・・心配してくれてありがとう

( -_-)<生存が確認できてよかった

∬;´▽`∬<ハハハハ・・・

29 :名無しまこちん:2002/09/21 18:12:47
( -_-)<柏崎は何かと危険なところらしいからな

∬´▽`∬<ええっ?もおぅ・・・

( -_-)<っていうのは冗談にきまってるだろ

∬´▽`∬<今日はどうもね、今度はうちにも遊びに来て

(;-_-)<・・・やはりそれはまだ早いんじゃないのか?

∬;´▽`∬<あ、遊びに来てって言っただけだよ・・・

( -_-)<・・・

∬´▽`∬<じゃ、もう遅いから・・・またね

( -_-)<おう

∬´▽`∬<ばいばい

  ガチャ・・・

( -_-)<ふっ、麻琴のやつ・・・

∬´▽`∬<変な人・・・くすっ


                              誰かがつづく

30 :名無し娘。:2002/09/26 22:59:39
‖.∀´)<よぉし!邪魔者は消えた・・・
 ↑>>29をこっそり見ていた保田。

31 :名無し娘。:2002/10/05 11:29:33
( -_-)<えーと、真琴?

∬∬´へ`)<・・・

( -_-)<じゃ、琴美?

∬∬;´へ`;)<・・・・・グス

( -_-)<あ、あさみ?

∬∬T▽T)<ヒーン

( -_-)<あぁ麻琴だ

∬∬´▽`)ъ

32 :名無し娘。:2002/10/19 00:09:15
マコ、復活キボンヌ

33 :名無し娘。:2002/10/19 02:26:24
マコ、復活シボンヌ

34 :名無し娘。:2002/11/05 02:15:01


35 :名無し娘。:2002/11/30 13:51:57
( -_-)<ヒバ・・・

    ゴン
∬`ヘ´∬≡○-_-)

(∬´▽`∬

36 :名無し娘。:2002/12/30 09:49:18
使わせて頂いて宜しいですか?
都合が悪ければ退散致します。

37 :名無し娘。:2003/01/08 17:14:51
>>36
一週間経って返事ないからいいんじゃない?

38 :名無し娘。:2003/04/13 18:05:03
さらに3ヶ月たったしな。
下層で死にスレ探してる香具師に紹介するか

39 :名無し娘。:2003/04/13 19:15:13
>>38
そんな奴居るか?
今は死にスレ探す前にスレ立てる奴ばっかりだぞ。

40 :名無し娘。:2003/04/19 22:07:14
じゃあ使わせていただきます

41 :名無し娘。 :2003/04/19 23:22:50


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




42 :名無し娘。:2003/04/19 23:23:11


山のあなたの空遠く、
 「幸」住むと人のいふ。

 ああ、われひとと尋めゆきて、
  涙さしぐみ、かへりきぬ。

 山のあなたになほ遠く、
  「幸」住むと人のいふ。


―カール=ブッセ/上田敏訳 「山のあなた」より―




43 :名無し娘。:2003/04/19 23:23:59



〜  ばいぽーら  〜




44 :名無し娘。:2003/04/19 23:25:18


1945年8月15日 正午
――― 玉砕放送


その放送を聞いた子供たちは歳を重ね、ある者は富と名声を手に入れ、
またある者は、ちいさな幸せを手に入れようともがきながらも懸命に生きた。
でも、その多くの者が己の寿命を全うすることなく、この世を去っていったという。



45 :名無し娘。:2003/04/19 23:26:37

放送を聞いたとき、日本中に落胆と悲しみが広がったのは間違いなかった。
しかし、そのとき既に多くの者が、次の時代を見つめて動き始めていた。
それが、この国民の強さであり、それを成し遂げるだけのパワーが人々から溢れ出していた。


そう、あの日が来るまでは…



46 :名無し娘。:2003/04/19 23:27:41


第一章 〜 西へ 〜




47 :名無し娘。:2003/04/19 23:28:25

雪深い山道を歩くのは慣れているはずなんだけど、ふるさとを離れて1ヶ月もが過ぎると
流石に疲れは溜まっていて、踏み出す足が鉛の様に重い。

人里を避けるように辿った山道は、もう既に丸一日が過ぎてる。なのに目の前に見えるのは雪深い山道だけ。
3重になっている軍用の皮靴も長い雪道には耐えられず、凍てつくような寒さがあたしの足を何処までもいじめる。
血液が送られなくなった足先は、すでに千切れ落ちてしまった気すらするのに…。



48 :名無し娘。:2003/04/19 23:30:26


「圭織、ちょっと待ってよ。紺野遅れてるんだから」

10メートル程先を、黙々とラッセルを続けている長身の少女が飯田圭織。
迷彩色の防寒帽から溢れ出た長い黒髪を風邪に靡かせるその姿は、雪女をも負かしてしまうほど綺麗。
でも、彼女のその見た目の綺麗で華奢な体型からは想像できないぐらい、圭織はすごい力を持っていた。
あたしたちは、その鍛えられた体に何度も救われてきたんだ。

「紺野、しっかり!」
「・・・はい」




49 :名無し娘。:2003/04/19 23:32:05

圭織は振り返り、檄を飛ばした。あたしの遥か後で、消えそうなほど小さな声の紺野あさ美が返事をした。
木々の間から見え隠れしている小さな体は、白い息を大量に吐きながら懸命あたし達について来ていた。
その小さな体からはみ出すほどの荷物を背負って。
圭織の言葉を借りるなら「彼女のこれまでの人生を詰め込んだもの」だそうだ。

でも、そう考えるとあまりにも小さな荷物。あんな小さな袋に全部入っちゃうぐらいの人生なんて…。
あたしの夢は、大きな家に住むこと。やさしい旦那様と可愛い子供たちに囲まれながら、陽だまりの中で
のんびりと暮らすこと。―――だから、あんなちいさなバックの中にあたしの人生なんか詰めきれない。
それに、あたしの人生は、まだなんにも始まっていないんだし。



50 :名無し娘。:2003/04/19 23:33:13

中に何が入っているのかは知らないけど、紺野はそれを片時もはなすことは無かった。
でも、その重さが彼女の体力を数倍も早く奪っているのは事実。
そんなんで体力奪っちゃって、もし死んじゃったら意味無いのに。
こんなに苦労して此処まで来たのに…。
紺野は何度も立ち止まりながら、黙々と歩き続けている。



51 :名無し娘。:2003/04/19 23:33:55


「休憩しようか」


圭織があたしの場所まで戻ってきて、荷物を降ろした。
白い息があたしの横で、激しく動いている。圭織も凄く疲れてるみたい。
だって、あたしらの分まで荷物を持ってるんだもん。40キロを超えているんだよ。
そんなもんを背負ったまま圭織は、此処まで歩いてきたんだ。圭織には感謝しなくっちゃ。

「今日中に、この山を越さないとやばいわよ」
「うん、わかってるよ〜。したっけさぁ…」

あたしは振り返り紺野を見た。
さっきよりはずいぶんと近づいていたけど、それでもまだ50メートル以上は離れていた。



52 :名無し娘。:2003/04/19 23:34:27

雪の表面を白い帯のような筋を従えて、風が山を駆け下りている。
その風で作られた風紋に、あたしたちが作った道が一本何処までも続いていた。
その頼りない道を、紺野が這うように進んできている。
今はまだ風は穏やかだけど、この天気がいつまでも続くとは限らない。
現にあたしたちの向かう先には、雲を携えた山が連なってる。
その雲が、いつあたしたちを取り込んでもおかしくはない。

急がなくちゃ…
気だけがあせる。



53 :名無し娘。:2003/04/19 23:34:56

紺野が漸く追いついた。あたしの横で雪の中に仰向けに寝転び、全身で息をしている。

「圭織とうちらじゃぁ体力が違うんよ。――このままじゃ紺野が…」
「わかってるよ。でも…」

圭織は、横になっている紺野の顔を見つめていた。紺野はまだ顔を上げる元気すらなく、雪の中に埋もれたままだった。
本当はあたしも、もう今日は歩きたくないんだ。でも、同じ年の圭織に弱音なんか吐きたくなかった。

「今日は此処で野営しようか。
 まだ先は長いし…」

圭織の言葉が終わらないうちに、あたしは荷物を放り投げると、雪の中につっぷした。
よかった。今日はもう歩かなくてすむんだ。
 


54 :名無し娘。:2003/04/24 22:31:10
  



55 :名無し娘。:2003/04/24 22:31:24


「お腹すいたね」

圭織がすまなそうに呟いた。固形燃料はとっくに底をつき、燃やすべき小枝も
けむい煙を大量に吐くだけで、一向に燃えようとしない。
あたし達は、お湯すら沸かせない状態で、凍ったように固いパンを無言で齧っていた。




56 :名無し娘。:2003/04/24 22:31:58

多分、今一番食料を必要としているのは圭織のはず。
圭織は至極当たり前のように、あたし達の何倍も動いている。
それは、あたしらが未熟だからなんだ。
弱くて、自分のことすら満足に出来ないあたしらの所為なんだ。
そのことに一言も文句を言わずに、あたし達を引っ張ってきた圭織に
あたしも紺野も、すまないという気持ちで一杯だった。

「圭織、なっちの分たべる?」
「何いってんの。それはなっちが食べなくてはいけないんだよ」

この凍りついたように固いパンが、最後の食料だった。
この山を越せば、食料が手に入るはず…。
少なくとも雪はなくなり、道端に草ぐらい生えているはず…。
でも、もしこの先も今までと変わらないのなら…。

あたしは頭を小さく振り、この先起こりうるかもしれない最悪の考えを振り払った。




57 :名無し娘。:2003/04/24 22:32:38

今年の凶作は史上最悪だった。エルニーニョだかなんだかの所為で天候は安定せず、寒い夏をすごした結果、
あたしの人生の中で最悪の大飢饉が発生し、みんな次々と倒れていった。
向かいのおじさんが倒れ、隣のおばあちゃんが亡くなり、薫や絵里、純生、耕平までが死んだころには、
村にまともに動ける人がほとんどいなくなった。



58 :名無し娘。:2003/04/24 22:33:21

それでも、政府の発表は例年並の出来で、一部で飢饉に陥っているものの、それは一時的なものだといってた。
そして、テレビは親皇様が飢えに苦しむ村人に、食料を配る映像を毎日のように流してた。
誰もが、いつかは自分たちの村にも、その食料は届くものだと信じていた。

あたしも村を出るまでは、その発表を信じていた。うわさでは、優秀な村人が多い村から食料が配られていて、
配給が遅れているのは、村が優秀ではないということ。
だから、あたしは優秀な村を求めて、村を飛び出したんだ。


…でも、そんなものが真っ赤な嘘だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。



59 :名無し娘。:2003/04/24 22:33:52

自分の村を出て、隣の村に行っても、その隣の村に行っても、状況は変わらなかった。
それどころか、あたしの村の方が海に接している分、いくらかマシ。

飢えた人たちは山や道に生えてる草を食べ、木の皮を剥ぎ、それでも飢えて死んでしまった自らの子まで
食べる親までいるといううわさだった。
当然、食料をめぐる争い、強盗、殺人は日常茶飯事で、そのあまりにもの数に、事実上、
警察はその機能を果たさなくなっていた。
ううん、その警察すら信用できなかった。
誰も信じられなかった。
誰も、誰も信じれない中で、あたしは圭織と出逢ったんだ。




60 :名無し娘。:2003/04/24 22:34:32


「安倍さん・・・」
「なに?」
「本当に西は、良い所なんですか?」

あたし達はテントの中で、紺野を中心に抱き合うように暖をとっていた。
外では唸るような声をあげながら風が走ってた。
テントがバタバタとハタめいて、あたしたちを脅かし続けている。



61 :名無し娘。:2003/04/24 22:35:35

「うん…、どうなんだろう?なっちも良く知らないんだよね。
 でも、うちらが教科書で習ったのとは、だいぶ違うと思うんだ…」

教科書で習ったこと…。それは、西の人たちは物欲に支配され、人間性を失い、自分のことしか考えられない人たち…。
人のためとか、国のために働くことを忘れ、堕落的な生活をしている人たちだった。テレビから流される西の映像は、
薬や性に溺れる若い人達で溢れかえっていた。その姿に、あたしたち東の人々は、同じ民族として屈辱と憎悪感を感じた。



62 :名無し娘。:2003/04/24 22:36:27

それでも、西への憧れはみんなが持っていた。もちろん、それを口にすることは決してなかった。
そんな事をすれば、その家…、ううん、六人組の皆に迷惑が掛かるから…。

六人組。

昔、向こう三軒両隣と言う言葉があった。隣組と呼ばれていたそれは、
ご近所で助け合って生きていこうという意味合いがあったんだって。
でも、今は…お互いを拘束し監視するためのものになっていた。

何かあれば、六人組の連帯責任。
犯罪者が出れば、六人組全員が強制労働の名のもと、どこかへ連れて行かれてしまう。

だから、お互いがお互いを監視し、何か問題が起きそうになれば、
公安に見つかる前に闇へと葬るという恐ろしいものへと変わっちゃっていたんだ。
現に、あたしの隣の家の人が、ある日忽然と消えてしまったことがあった。
あたしは、その頃まだ生きていた父親に、その理由をしつこく聞いたんだけど、一言うるさいと言われ
殴られただけだった。

あたしは、その時子供ながらに、あぁ聞いちゃいけないことってあるんだということを知り、
この国への不信感をまたひとつ、積み上げていったんだ。



63 :名無し娘。:2003/04/24 22:36:55


「教科書で、習ったとおりだよ」


寝ていたと思った圭織が、突然起き上がって言い放った。



64 :名無し娘。:2003/04/24 22:37:20

「圭織、西に行ったことあるの?」
「ないよ。でも、軍にいるといろいろと情報は入ってくるんだ」
「どんな感じなんですか?」


「自分勝手で、強欲で、無秩序な世界だよ。民族の誇りの欠片も持ち合わせていない、
最低な連中が巣食う最低な国さ」

圭織は眉間にしわを寄せ、嫌悪感をあらわにしていた。

「でも、圭織も西に行きたいんだよね」
「この国よりマシだから…。
 この国は、人が住む国じゃないよ。ううん、もう国にすらなってないよ」



65 :名無し娘。:2003/04/24 22:37:58

また、風がテントの上を走り抜けていった。
北海道だったら、その風で木々に積もった雪が舞い上がり、テントに雪が叩き付けられているんだろうけど、
この辺りの雪は水分が多くて重いから、風はただ積もった雪の上をなぞるだけだった。

もう、此処は北海道じゃないんだ。

当たり前だけど、改めて故郷を離れたことを実感していた。
北海道を離れるのは初めてだった。圭織は陸軍にいたから北海道を離れたことが有るんだろうけど、
そうでない一般の人は、自分の村の近辺しか行けなかった。



66 :名無し娘。:2003/04/24 22:38:31

旅行は許可制だった。
許可書を持たない者の旅行は違法だった。
だから、許可書を持たないあたしたちは山道を選びながら、人里を避けながら南下し続けているんだ。
この先には、仙台がある。そこに行けば食べ物だっていっぱいあるはずだし、暖かい部屋で寝ることも出来る。



67 :名無し娘。:2003/04/24 22:39:00


「あたしはどうしても西に行きたいです」

そう言う紺野の足先は凍傷が酷く、歩くことさえ困難になっている。
「紺野はどうして向こうに行きたいの?」
これまで何回も聞いた質問だった。
「どうしても行かないといけないんです」
いつもと同じ答えが返ってくる。
紺野はそれ以上の答えを言おうとしなかった。
ただ「どうしても」とだけしか…。



68 :名無し娘。:2003/04/24 22:39:58

あたしと紺野が出会ってからまだそんなに経っていないのに、紺野の衰退がはっきり分かる。
このままじゃ紺野…仙台までも無理かもしれない。
痩せこけた頬に張り付いた皮膚は妙にテカテカしている。
もともと紺野は目が大きいから…そこだけ妙に強調されちゃって、ちょっとだけ恐い。
人の事いえないんだろうな。もうずっとお風呂にはいっていないし、髪なんかぐちゃぐちゃだし、
肌だってぼろぼろ…。手なんかおばあちゃんみたいになっているし。

もう、長いこと鏡を見てないな。
恐くて見れないよ。鏡なんて…

風が唸り声を上げている。
山の彼方から、あたしたちを嘲笑っているんだ。
何処にも着きゃしないと笑っているんだ。

今のあたしたちは、ただ目を瞑って震えていることしかできなかった。



69 :名無し娘。:2003/05/02 02:29:47
面白くなりそう
更新楽しみにまってます

70 :名無し娘。:2003/05/11 11:05:54
終了?

71 :名無し娘。:2003/06/06 09:43:02
続かないの?

72 :名無し娘。:2003/06/28 22:36:26
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Keyboard/2348/fumei/uwan.swf

73 :名無し娘。:2003/07/17 21:32:23
保全

74 :名無し娘。 :2003/07/26 23:38:15

あたしの目の前に不意に手が現れた。圭織の手だ。
圭織が何も言わず、手をズイッと伸ばしてきたんだ。
あたしはその差し伸べられた手と、圭織の顔を交互に見つめた。

圭織は表情が豊かな方じゃない。
子供のころは、今とは逆にあたしより喜怒哀楽を素直に出す方だった。
でも軍隊に入り、あたしと再会した圭織は、いつも静かに笑っているだけだった。
その笑顔は、むかし学校で美術の時間に見た絵のように寂しそうだった。
なにかすっごく大事なものを失くしてしまって、それでも全てを受け入れざるを得ない自分を嘲るかのような寂しい微笑み。



75 :名無し娘。 :2003/07/26 23:38:55

あたしが躊躇して、そうやって圭織を見つめていると、また無言で手を伸ばしてきた。

「あ ありがとう」

そう言って圭織の腕につかまり上に登ると、視野が急に広がった。
尾根を越えたんだ。
後は下りだけだと思うと、力が抜けそうになる。
でも、山のすそ野はどこまでも続いている。坂が緩やかになった先もずっとずっと白い雪景色だけ…

「圭織、街は?」
「あっち」
「あっちて?なにもないべさ」
圭織が指差す先に街の姿なんか見えなかった。



76 :名無し娘。 :2003/07/26 23:39:24

「まだ見えないけど、もうすぐだから」
「もう直ぐって?」
「もう直ぐ…」
「もう直ぐじゃわかんないべさ。圭織はいつも…」「紺野行くよ!」
あたしが話してる途中なのに、圭織は大声で紺野に声を掛けると、さっさと崖を降りはじめた。

「もう!」

遥か下の方で紺野が雪の上を這っている。紺野の背負う緑色の大きなバックが紺野が一歩昇るたびに
ゆっさゆっさと揺れている。時々あたしを見上げる仕草までがじれったくなるぐらいゆっくりで、
青虫かなんかを思い出させる。
でも、しかないんだよね。ただでさえつかれきってるのに…
最後のパンを齧ってからもう2日も経っている。もうお腹が減りすぎて、空腹であることすら感じなくなってるし…。
この二日で口にしたのは、木の皮と雪だけ。
サルじゃないんだけどさ、そんなものでも口の中に入れて誤魔化していないと絶対死んじゃう気がしていた。
だから、あたしも圭織もやわらかそうな木の皮を見つけるたびに、木の皮を剥いでいた。



77 :名無し娘。:2003/07/27 02:54:05
戻ってキター!!  。・゜・(ノ∀`)・゜・。 アリガトウアリガトウ

78 :名無し娘。 :2003/08/11 21:28:06
>>77
やばい・・・読んでいる人がいたとは・・・えっと・・・お待ちください・・・

79 :名無し娘。 :2003/08/11 21:28:54
>>77
読んでいただいてありがとうございます。なんとかしま・・・す・・・

80 :名無し娘。:2003/08/13 00:32:27
いつまでもいつまでもマッテルヨー ヽ(´ー`)ノ

81 :名無し娘。:2003/08/13 00:52:20
今のところまだ良くわかんないけど
なんか自分のツボだなぁ  おもろいんで頑張ってね>作者さん

82 :名無し娘。 :2003/08/17 01:20:26

紺野は…

紺野は、あれから2度倒れた。
その度にあたしたちは歩みを止め、紺野の回復を待つしかなかった。
食料も何もないのに、回復するかどうかだってさ、わからないのに、
待つしかなかった。

こんな状況下じゃあ、経験の多い圭織の命令に逆らうことなんかできないし。
悔しいけど、あたしどうこうできるような状況じゃなかった。




83 :名無し娘。 :2003/08/17 01:20:59


紺野のザックに入ってるものは、お金。
見たわけじゃないんだけど、あの重さは絶対お金。
だから、紺野は何度倒れようが、あたしたちに荷物を触らせようとしないんだ。




84 :名無し娘。 :2003/08/17 01:30:11


早く死んじゃえ


・・・最近、その思いがどんどん膨らんでいく。
紺野さえいなければ、今頃仙台にたどり着いているはずだ。
それに、あの荷物の中身がお金なら、食料でも何でも好きなものが買える。
紺野さえ死んでしまえば…

そんなことを考える自分が嫌いだった。でも、その気持ちは、疲れが増すとともに膨らんでいって、
紺野を見るたびに、心のどっかで「死ね 死ね」と呟いている自分がいた。
それは紺野に対するあたしの態度にも、たぶん出てるんだと思う。
最近、紺野はあたしの目を見ようとしなくなっていた。



85 :名無し娘。 :2003/08/17 01:30:46

あんた、自分は気づいていないんだろうけど、ずいぶん残酷だね。

中学のときの友達の言葉。
そして、あたしの前に立つ圭織の瞳が放つ言葉。
圭織があたしを見ている。
傍らの岩に左手をつき、あたしを見上げている。

なによ!思っただけじゃん。
ちょっとだけ、紺野のことをさ…

あたしもめいっぱい力を込めて圭織を睨むけど、そんなことお構いなしに、圭織はまた黙々と降り始めた。
尾根の反対側を見ると、紺野がすぐ近くまで上ってきていた。

「紺野、行くよ」
「・・・」

返ってくる筈も無い返事を待たずに、あたしも尾根を下り始めた。




86 :名無し娘。:2003/08/19 00:05:00
マタキテタ━━\(T▽T)/━━ !!!!!
楽しみに待ってます

87 :名無し娘。 :2003/08/31 23:37:52

はじめに林の中に一軒の小屋を見つけたのは、あたしだった。
壁には修復された月日に応じて煤けた板が、其処彼処に宛がわれていて、
いかにもむかしっから使っている小屋に見えた。
トタンで作ってある煙突から煙が出ているところを見ると、
誰かが使っていることは間違いなかった。

「圭織どうする?」
「多分、マタギの小屋だと思うけど…用心したほうがいいと思うのよ」
そういうと、圭織は歩き出そうとしていた。
「待ってよ!あそこには絶対食料あるんだよ。何とか分けてもらうとかしないと」
「だめ、危険すぎる。マタギってことは、銃を持っているってことだよ」
「そうかもしれないけど、あたしたち何日食べ物を食べてないのよ。このままじゃ仙台までもたどり着かないよ」




88 :名無し娘。 :2003/08/31 23:38:01

圭織の言うこともわかる。最近じゃあ、この国で見知らぬ顔を見ることはほとんど無くなっていた。
そりゃあ、仙台とか成田なんかの大都市じゃあ、そんなことは無いんだろうけど、
こんな山奥じゃ圭織の言うとおり、やっぱ危険なんだろうな。
あたしも村にいたころは、見知らぬ人って言えば、軍人なんかのお国の人しかいなかったし、
「だから、その他の知らない人は犯罪者かなんかだから、関わっちゃだめですよ」って、学校の先生も言っていた。
でも、そんなこといってられない。だって、これ以上何も食べずに歩き続けることなんかできないし、
もう、頭ん中食べることしか考えられないし、こうなった原因を全て紺野の所為にしているあたしは、
もう何度も寝ている紺野の首に手を回していたし…。



89 :名無し娘。 :2003/08/31 23:38:24

「わかった。じゃあ、あたしが様子見てくればいいんでしょ」
そういって、あたしが立ち上がると圭織が腕を引っ張った。
「あたしが行くから、なっちは紺野と此処で待ってて」
圭織は背負っていたザックをおろすと「いい?1時間待って、あたしが戻ってこなかったら、先に行って」
と言い残し、小屋に向かって歩き出した。



90 :名無し娘。 :2003/08/31 23:38:48

此処から小屋までは20メートルぐらいあった。圭織は雪を踏みしめながら、ゆっくりと小屋に向かっていた。
雪といっても、ここら辺はずいぶんその量も少なくて、歩く妨げになるようなことはない。
小屋の周りに雪は無かったし、積み上げられた薪にも屋根の上にも雪は積もっていないけど、
それでも、歩くと"ぐぐぐっ"っと雪を踏みしめる音がする。その音があたしたちのところまで聞こえてくる度
ヒヤッと背筋が凍る思いがする。それは圭織も同じ思いなのかもしれない。圭織は一歩踏み出しては耳を澄まし、
ゆっくりゆっくりと小屋に近づいていた。

圭織は小屋にたどり着くと、すばやく窓の下へと身を隠した。
窓にはガラスがはまっていた。この小屋には似合わない代物だった。普通の家なら厚手のビニールを何枚も窓に張って、
その代わり窓にはまっていたガラスを、食料かなんかに換えてしまっているのが普通だった。

中に人いるんだろうか?食べ物を分けてくれるかな?
ごはんごはんごはんがありますように。ご飯がありますように。
あたしはいつの間にか、手を合わせて小屋に向かって拝んでいた。



91 :名無し娘。 :2003/08/31 23:39:21

圭織が一瞬顔をちょこんと上げて、小屋の中を覗いた。圭織はまた、その後壁に張り付くようにじっとしていた。
じれったいなぁ〜もう!
しばらく様子を伺っているんだろうけど、じれったい。もう、なんでいつもすぱっといかないんだろう?
もう一度、今度はゆっくり中を覗くと、漸くあたしたちを手招きした。

「誰もいないみたい」
「でも、煙出てるよ」
「うん、そうなんだけど…どうする」
「入っちゃおうよ。誰か戻ってきたら、そのときはそのときで…さ」

そういいながらも、あたしはすでに扉に向かっていた。
「ちょっと、待ってよ。誰もいないんだよ」
「だから?」



92 :名無し娘。 :2003/08/31 23:39:55

小屋に入ると、暖かい空気があたしを包んできた。それに、このたまんない匂い!
土間にあるかまどの上にかけられた鍋からだった。あたしは迷わずお鍋に一直線に向かった。
「ちょっと紺野、豚汁よ豚汁!」鍋蓋を開けると、湯気の中から具のいっぱい入った豚汁が現れた。
その声で、紺野は扉にぶつかりながら転がり込んできた。
「ねえ〜、ちょっとおいしいよ。マジで」
「本当ですか?私豚汁大好きなんですよ。私にも一口飲ませてください」
こんなにはっきりとした紺野の声を久々に聞いた気がする。
でも、本当においしかった。おなかがすいているからなのかもしれないけど、一気に体中に力が漲ってくる気がする。
紺野がおわんを持ってきた。それによそってあげると、紺野はあわてて豚汁をかきこんだ。
「あつっ!」「なぁ〜ん、はんかくさいね。熱いに決まってるっしょ。ゆっくり食べれ」
でも、そういうあたしも実は口の中は火傷だらけだった。



93 :名無し娘。 :2003/08/31 23:40:40

紺野もあたしも食べることに必死で、圭織がその場にいないのに気づいたのは、あたしが3杯目をよそうときだった。

「圭織?」

圭織は体半分小屋の中に入った格好で、外を見ていた。
手を黒光りする薄い扉に手を置き、右手を腰の辺りに回している。右手の先にあるのは銃だ。
あたしたちには見せることは無いど、その存在はすぐに気がついた。
どんな銃で何発弾丸があるのか知らないけど、圭織が銃を持っているというだけで、
なんか安心感が増す気がしていた。



94 :名無し娘。 :2003/08/31 23:41:34

「圭織」もう一度圭織を呼ぶと、ようやく振り返った。
「圭織も食べなよ」「あたしはいいから」
「良いからじゃなくって、圭織も食べなくっちゃいけないの!」
あたしは入り口まで行き、無理やり圭織を引っ張ってきた。
「この家の人にむ 無断で食べることは」
「なに言ってるの、そんな場合じゃないでしょ。食べれるときに食べなきゃだめって言ったのは圭織じゃない」
「そうだけど、これは泥棒だよ」「だから!」「あっ、あたしの…」
あたしたちの言い争いを完全に無視して、ひたすら豚汁を食べている紺野からお椀を取り上げて、
圭織の目の前に突き出した。
「圭織が倒れたら、あたしたち困るでしょ?だから…ね?」
それでも、圭織はお椀を受け取ろうとしなかった。お椀を見ていた視線はすぐに外れて、入り口へと向かった。
「見張りならあたしがやるから、圭織はそれを食べなよ」そういうと、圭織は漸く豚汁を手に取って食べ始めた。
その姿を確認したあたしは、入り口のところに、圭織のしていたように半分だけ外に体を出した格好で立った。



95 :名無し娘。 :2003/08/31 23:42:06

外は相変わらず寒い。風がびゅうびゅう吹いて木々を揺らしていた。
一度暖かい所に入っちゃうと、もう二度と外に出たくない気がする。

「飯田さん、他にも食べ物が一杯あるみたいですよ」振り返ると、紺野が部屋の中を物色していた。
「紺野だめよ」紺野の手には干し肉や乾パンが握られていた。
その紺野の後の棚の中には、まだ他にもたくさん食料が貯蔵されているみたいだった。
「いいから紺野、かばんの中に詰めちゃいなよ」「ダメ紺野。いくら困っていても、人間としてやってはいけない事が…」
「圭織、お金持ってんでしょ?誰か来たらお金払えばいいじゃない。第一人殺しをするわけじゃないんだべさ」
紺野が食料をザックに詰めようとするのを圭織が止める。
もういい加減にしてほしい。奇麗事言ってる場合じゃないのに!
あたしは圭織の後ろに周り、紺野の周りにこぼれる食料をかき集め、自分のザックへと運ぼうとした。



96 :名無し娘。 :2003/08/31 23:42:54


ガタガタッ


突然、半開きのままになっていた扉が開き、女の子が入ってきた。
年のころなら15、6だろうか、古ぼけた男物の着物を着たその子は「あっ」と短く声を上げたあと
口をぽかんとあげたまま固まってしまった。
「あ あのね、うちら怪しいものじゃ全然ないんだ。ちょっとね、おなかすいてたから…ごめんね、勝手に…」
明らかに女の子の目はおびえていた。何とかしなくっちゃと思ったあたしは、笑顔でゆっくりと近づいていった。
「ごめんね、これあなたたちの食べ物なんだよね」少女があたしの手を見た。手には干し肉とお餅が握られている。
そして、少女の手には…銃が…



97 :名無し娘。 :2003/08/31 23:43:25

あたしの視線が銃に釘付けになっていることに気づくと同時に、その銃が突然あたしの方に向けられようとしていた。
散弾銃というものかもしれない。軍が持っているものとは違ってるけど、人を殺すには十分なものだということは理解できた。
わけがわからないうちに、あたしはその銃の筒の部分を握っていた。
そしてその銃から轟音が鳴り響き壁に穴があくのが横目で確認できた。
紺野が悲鳴を上げている。
2発目が発射されると、筒の部分が熱くなった。それでも、この手を離せない。だって、離したら絶対殺されちゃう。
と突然あたしは背中から押されて、少女の上に乗るような形で土間に倒れた。圭織だ、圭織が後ろからあたしごと
押し倒したんだ。圭織は散弾銃を足で踏みつけながら、あたしと少女の間に入り、少女を取り押さえた。

「圭織、どいて!」

あたしは立ち上がると、散弾銃を拾い上げ、少女に向かって狙いを定めた。
銃なんか撃ったことなかったけど、あたしを殺そうとした人をこのまま許すわけにはいかなかった。



98 :名無し娘。 :2003/08/31 23:44:44

「どいて圭織!」

少女を抑えたままあたしを振り返る圭織の顔は、ものすごく恐かった。
圭織は少女を押さえつけているというより、あたしからかばっている気がする。

「弾でないわよ。その銃は2発撃ったら、弾を充填しないとだめなのよ」
「えっ?」

一瞬あたしの気が銃に反れた。その隙に圭織があたしの持っている銃先を思いっきり引っ張った。
「あっ」あまりに突然だったんで、あたしの手からすんなりと銃が離れていってしまった。



99 :名無し娘。 :2003/08/31 23:45:04

パン

圭織があたしの頬を打った。圭織は銃先を左手で握ったままあたしの前に仁王立ちしている。
床には少女がおびえた顔をして小さく丸まっていた。

「あなた今人を殺そうとしたのよ」「正当防衛よ!」
ふっと圭織は大きくため息をつくと右手で髪をかきあげた。
「なっち、あなたさっき人殺しをするわけじゃないからって言ってたわよね」
たしかに、言ったかもしれない。でも、この子はあたしに銃を向けようとしたんだから…
「だって…」「なっち…」

「じゃあ、どうすればよかったのよ。撃たれればよかったの?」
「そうじゃない。あなたは…」
わかってる。銃を向ける必要はなかったんだって…




100 :名無し娘。 :2003/08/31 23:48:55

「紺野、早く支度して、逃げるわよ」
圭織は突然紺野の方を振り返り、強い命令口調で言うと、自分のザックを拾い上げ、出発の準備を始めた。
「あ た…食べ物は」
「あたしのザックから寝袋を全部出して、詰めるだけ詰めて」
「あっ はい…」

紺野は圭織からザックを受け取り、中から寝袋を取り出すと、食料を詰め込み始めた。
あたしはそれをただボケーと眺めているだけだった。

「なっちも早く準備して」
「え…あっ」

とにかくここは逃げなくちゃ。あたしは荷物を拾い上げ背負い、床に落ちていたビスケットをポケットに押し込んだ。

「この子は、どうするの?」「連れて行くわ」「連れて行くって?」
「しょうがないでしょ。顔見られてるんだよ」



101 :名無し娘。 :2003/08/31 23:49:14

あたしや紺野が顔を見られてもそんなに影響はないかもしれないけど、脱走兵の圭織はそんなわけには行かない。
「でも、どうするのよ」「わかんないわよ。わかんないけど、連れて行くしかないのよ」
唯でさえ、紺野という不安を抱えているのに、いつあたしたちをまた襲うかわからないよな人を連れて行くのは
無謀でしかない。やはり…
「なっち、変な考えを起こさないでよね」
あたしは少女をじっと見詰めていたらしい。圭織があたしの肩を押して、入り口へ向かわせた。

「あなたには悪いんだけど、連れて行くから立って」

未だにしゃがみ込んでいる少女の腕を引っ張り上げる圭織を右目の隅で見ていた。
空はいつの間にか雲いっぱい広がって、薄暗くなっていた。
あたしは重い足をまた雪の上に下ろした。



102 :名無し娘。 :2003/08/31 23:51:11
>>86
いつもすみません。どうもマイペースなもんで、お待たせしております。
そのくせ、話がなかなか進まなくって、書いてるほうがいらいらしてきたりなんかしております。
気長にお待ちくださいませ。

103 :名無し娘。:2003/09/01 09:41:07
更新キテタワァ*・゜゚・:.。..。.:*・゜(n’∀’)η.*・゜゚・:.。..。.:*

おもろいです
自分の好きなタイプの小説なんで次回も期待してます

104 :名無し娘。 :2003/09/07 01:20:36

あたしたちはあれから夜通し歩いていた。一刻も早くあの小屋から離れなくちゃいけない。
銃声は山中に響き渡っていただろうし、山男たちの方が、あたしたちの何倍も速く歩けるだろうし。
でも、理由はそれだけじゃない。寝袋もテントもないから、夜中に寝るわけにいかなかった。
圭織は寝袋を出して食料を詰めろといったのに、紺野のバカはテントまでおいてきちゃってた。

「紺野、乾パン。…あの子にも」

あたしは圭織から受け取った乾パンの袋を紺野に渡した。紺野は袋から乾パンを鷲掴みにすると、
何度もポケットに押し込んでいた。
紺野はホントわかってない。そんなに食べても、まだ胃が受け付けるわけないのに。
あの小屋で食べたトン汁どころか、未だに乾パンですら水でふやかしてから少しずつ食べなきゃ
直ぐに吐いてしまうのに。



105 :名無し娘。 :2003/09/07 01:21:12

「はい、まこっちゃん」紺野が小川真琴に袋を渡すと、小川は口をあけたまま「ども」と頭をちょこんと下げた。
小川真琴はいつも口をあけたまま笑っている。あいつはあたしを殺そうとした。あたしはあいつを殺そうとした。
なのに、あたしにもその間の抜けた顔で笑いかけてくる。

「くち」

あたしは小川の上唇と下唇を摘むと、口を閉じさせた。それでも、小川はへらへらと笑っているだけだ。
あたしはあんたを許さないんだからね。


106 :名無し娘。 :2003/09/07 01:21:19

「まこっちゃん、こっち…」
紺野があたしの小川への視線に気づいたのか、小川を呼び寄せた。小川は少し広報にいる紺野を振り返り、
小走りで紺野の下に駆け寄った。
小川は紺野に比べて随分ふっくらした体系をしている。ううん、あれが本当の標準体型ってやつなんだろうな。
あの小屋にあった食料、こんな時代にあれだけの量の食料があるんだから当たり前なんだろうけど、羨ましい。
紺野のもあれぐらいだったらもっとかわいいんだろうな。でも、今は骨に皮が張り付いているだけみたいで
ぶきみな感じすらする。初めて紺野を見たときもやせていたけど、それでも今よりはましだった。
この食料だって、いつまで持つのかわからない。まだ街は遠いんだから。




107 :名無し娘。 :2003/09/07 01:56:59
ほんのちょいだけ更新です。
狩狩に引っ越すか飼育に行くか悩んでいます。
飼育に行くなら、はじめから貼りなおしですけど…

108 :名無し娘。:2003/09/07 04:34:51
更新乙っす
しかしなっち・・・・逆恨みも(ry

どっちに移ってもついて行きますよ>作者さん

109 :名無し娘。 :2003/09/09(火) 20:28
お引越し完了です。
>>108 さん、まいどです。

なつみさんは、ますます・・・

110 :名無し娘。:2003/09/09(火) 20:35
管理人さん、移転ありがとうございました。
よろしくお願いします。

111 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:08

仙台は、この国2番目の規模を誇る街だ。この街にたどり着いたとき、その規模と人の多さにびっくりした。
たしかに札幌は3番目に大きいと言われているけど、舗装された道路はメインの通りだけ出し、
その舗装道路だって、穴ぼこだらけで、まともに走れたものじゃなかった。
もっとも、行きかう車って言えば、軍用トラックや戦車だけていう寂しい状態だったんで、そんなに困ることはなかった。
市民の足といえば歩くのが基本で、ここみたいに乗り合いバスなんか走っていなかったし、
まして、個人が車を持っているなんて考えられなかった。だって、札幌にはガソリンスタンドなんかなかったし、
配給もされていなかったんだから、当たり前といえば当たり前だ。

112 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:08

駅前の大通りは幅50メートルもあり、そこをバスやら自転車が忙しなく行きかっている。
この道はテレビで何度も見たことがある。国の行事なんかの時パレードで使われる道だ。
両脇にはケヤキの木が植えられ、今はまだ枝しかないけど、春になれば緑のトンネルを形成するという話だ。
木がそのまま残っているのは信じられなかった。札幌では街路樹なんかは、いち早く切り倒されて、薪に変わっていた。
でも、ここではそれを固く禁じられていた。木を傷つけるだけで処刑されるという話だ。
ここはテレビでも映る、いわばこの国の顔のひとつだからだ。

113 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:09

その並木道を何キロか進むみ、高層マンションの群れを抜けると、突然舗装路が途絶えてしまう。
それまで続いた綺麗な街並みも忽然と消え、埃っぽいバラック小屋が建ち並んでいる。
仙台の人口の8割ぐらいがここで暮らしている人たちだ。
ぼろぼろの布をまとい、裸足のまま冷たい地面を踏みしめている人もたくさんいる。
その街の境界線に建っている小さなビルに、あたしたちは身を潜めていた。
1階の食堂を通り、奥の階段を上がっていくと突き当たりに食材の詰まったダンボールが並ぶ倉庫がある。
その奥の壁をスライドさせると、隠れ部屋が現れる仕組みだ。

114 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:10

あたしが壁を5回ノックすると、その壁が開かれた。
「お帰りなさい」小川のへらへら顔があたしを迎えた。あたしはそれを無視して部屋に入ると、
紺野を看病している圭織が振り向いた。
「お帰り。…薬あった?」「うん」あたしは紙袋の中から圭織に頼まれた薬を取り出した。
「それ、何の薬なの?」「…元気が出る薬」圭織は、その薬を蒸留水に溶かしこみ、注射器で紺野の腕に注射をした。

この部屋を用意したのも、あの薬を手配したのも圭織だった。軍にいたときのツテなんだそうだ。
圭織がどのぐらいお金を持っているのか知らないけど、あの薬も信じられないぐらい高いものだった。
そんなもの買わなくていいから、早く成田に行きたかった。でも、成田には圭織の知り合いはいないし、
西へ脱出するための資金もかなり不足していた。だから、ここでお金を稼がなければならなかった。
お金を稼ぐといっても、1階の食堂の手伝いと、この街のずっと奥にあるごみ山から拾ってくるものを売るぐらいしか
できないから、お金は全然貯まりそうにもなかった。
紺野は仙台にたどり着いてからずっと寝たままだし、圭織は軍から指名手配されているから、
そんなに表に出ることができないんで、あたしは毎日小川を連れてごみ山を漁っていた。

115 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:10

ごみ山は札幌にもあった。この街のごみ山と同じように臭くって、いつもどこかが燃えていて、
その山に大勢の人が群がって、ごみを漁っていた。
お金になるのは金属とビン、電化製品なんかも修理できるものであれば高く売ることができた。
あたしは室蘭を出ると、そのごみ山でやはりごみを漁っていた。初めは何が売れるのかどこを探せばいいのか
よくわからなくて、やたらめったらごみを掘り返して、今考えると笑っちゃうようなものを売ろうとしていた。
そんなときだった、紺野と出会ったのは。紺野はちっちゃいころからここで住んでいて、何もわかっていないあたしに
いろいろと教えてくれた。ごみの拾い方から闇市での売り方、あたしより年下の紺野が頼りの日々だった。
そしてなにより、憲兵の恐ろしさを教えてもらった。
紺野の背中には、無数の傷跡がある。憲兵に捕まったときにつけられた跡なんだそうだ。
でも、そのときに両親を殺されてしまったという傷が、一番紺野を苦しめていた。

116 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:11

仙台のごみ山でも、時々憲兵や警察による一斉取締りがある。警察はまだましだ。持っているお金を全部渡せば
逃してくれる。でも、憲兵はそのままどこかへ連れて行ってしまい。連れて行かれた人は二度とこの場に戻ってこない。
強制終了所に入れられるという話だけど、うわさでは連行される人たちの半分は憲兵に殺されてしまうらしい。
憲兵にとって、あたしたちは人間ではないんだ。運悪く声をかけられても、憲兵の顔を見てはいけなかった。
ひたすら下を見ながら「はい、先生様」と言っているしかなかった。
気をつけないといけないのは、それだけではなかった。人間の本能なんだろうか、女と見れば見境なく襲ってくる男ども
から如何に身を守るかが重要だった。もちろん、そうやって食料やわずかなお金を得てる人たちも多くいたけど、
そのまま、殺されることも少なくなかった。人間は弱い立場の者には、誰も残酷だ。朝が来るたびに、強姦されて殺された
女子供の死体で山ができるほどだった。

117 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:12

ここでは、死んだ人たちは一箇所にまとめられて焼かれる。朝死体を集めて火をつける。その火はいつもお昼過ぎまで
燃えている。燃え残った肉片を野良犬たちが食べていた。もっとも、人間はその野良犬を捕らえて食べていたから、
おあいこなんだけどね。
明日あたしがあの山の中で、他の人と一緒に焼かれないという保障はまったくなかったし、誰が焼かれようと
ほとんどのものが、身内でさえ悲しむことさえなかった。

そんな中で、薬まで使って看病を続ける圭織は、ここの人たちには理解不能のことだと思う。
でも、それには理由があった。あたしが紺野と出会ったころ、紺野は軍から脱走した圭織を匿っていたんだ。
圭織は銃で撃たれた肩が膿んで、そこに蛆が湧いた状態で紺野に助けられたらしい。その状態で助けようとした紺野も
変なやつだけど、その恩を忘れずに看病を続ける圭織も奇特な存在だ。あたしにはとても真似できない。
あたしならとっくに紺野を見捨てただろうし…そっか、圭織も紺野の荷物を狙ってるんだ。
紺野は寝たきりになっている今でさえ、荷物を離そうとしなかった。強引に奪ってもいいんだけど、
圭織がそんなことは許さないだろうし、下手するとあたしのほうが圭織に捨てられてしまう。

西に亡命するには、少なくともひとり100万円は必要なんだそうだ。今現金は200万ちょっとだから、
すぐにでも2人だったら亡命することはできる。紺野が死んじゃえば、すぐに亡命することができるんだけど、
お金は全部圭織のものだった。圭織は今どちらか一人を選ぶとしたら、紺野を選ぶに決まってる。
だから、あたしは紺野が死ぬことを祈りつつ、ここで毎日ごみを漁っているんだ。

118 :名無し娘。:2003/09/22(月) 07:10
引越し後初の更新乙です

119 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:08

闇市では、いろんなものが売っている。お金さえあれば、なんだって買える。
うどんやそばやボルシチとかなんかが、おいしそうに湯気を立てている。
テレビや自転車、ラジオに洗濯機、子供用のおもちゃから金庫なんかもある。
お金があればなんだって買える。

でも、あたしらが売ってるものは、そんなに多くない。ビンとか金属は業者に持っていくか、
仲介人に売ってしまうし、電化製品とか直せるなら高く売れるんだけど、
あたしには修理なんかできないから、修理できる仲介人に安く買い取られてしまう。
今日だって、結局店先に並べた品は、脚が一本無い椅子と、持つところが取れちゃってる珈琲カップに野球帽。
店って言ったって、地べたに新聞紙を広げただけのもの。
そんな店でも運が悪いとそこいらのチンピラ風情にしょば代を取られてしまう。

120 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:09

あたしはあまり人の来ないこの場所で、小川と肩を並べて今日もまた日が暮れるまで座っているんだ。
闇市にも階級がある。電化製品や自転車を扱う店が広場の中で一番市街に近い特等席、
その次が食料や飲み物、お酒を扱うお店。いつも人だかりで、おいしそうな匂いが漂う一番活気のあるところ。
周りには野良犬やら、どこからとも無く集まった子供たちが物欲しげにうろついている。
誰かが食べ物を溢そうものなら、犬とその子らが凄まじい争いを始める。
中にはそれを面白がって、わざと食べ物を地面にばら撒く大人までもいる。

あたしらの場所は、そこからずっと奥。
奥に行くにつれてお店は質素になり、置いてある品数が減り、人も少なくなっていく。
あたしらの両隣も同じようなものだ。左側のお店は割れかけた金魚鉢1個だけだし、
右側のお店には片方しかない靴が1足と家具を解体した板切れの束だけ。

121 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:09

「おねえちゃん、その椅子いくら?」
「500円」
中年の親父が、脚の無い椅子を指差していた。
「500円?いくらなんでも高すぎるだろ」
「そう思うなら買わなきゃいいっしょ」
「脚が無い椅子なんて、薪にしかならないだろうが」
「なにいってんの。1本ぐらい脚が無くったって、十分椅子の役目を果たせるでしょ」
「冗談!薪だよ薪。精々50円ってところだろ?」
「なら帰って」
あたしはこれを椅子として売ってるんだ。薪として売るなら解体してるし、薪としてなら男が言うように
50〜60円がいいところだろう。でも、この男は明らかにこれを椅子として買おうとしていた。
薪がほしいなら隣で売っているんだし。

122 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10

「なあ、あんた北海道出身だろ?」
男は突然あたしに顔を近づけると、小声でぼそりとつぶやいた。
「隠しちゃいるが、訛りが取れてねえ。北海道の連中がこんな所にいるのはおかしかねえか?」
「…300円」あたしは絞るような声で、値をさげた。気をつけてはいたんだけど、訛りが取れてなかった。
「200円だな」
「そんなんじゃ…売れない」あたしは顔を背けたまま、ささやかな反論を試みた。

「おい!こいつさ〜」

男は突然立ち上がり、大きな声を出した。あたしはあわてて男の手を引っ張った。
「200円でいいよ」「話しわかるじゃねえか、ねえちゃん」
男はポケットからボロボロになった100円札を2枚取り出した。あたしはその札を丹念に調べるてから、
椅子を男に手渡した。

123 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10

「ねえ、タバコ持ってる?」「なんだよ」「1本でいいからくれない?」
「しょうがねえな、ほら1本だけだぞ」
男が差し出したタバコケースから、あたしは素早く2本抜き取った。
「あっテメエ2本とったろ」「あ〜うっさいうっさい!あたしら2人なんだから、けちけちしないでよ」
そういって男を追い払うと、「コソドロ」という捨て台詞をはきながら男は去っていった。
なにもタバコがすいたいわけじゃない。こうやって少しずつ集めたタバコも、まとめれば結構な値段で売れたりする。
そのためには、少々の捨て台詞なんか気にしてられない。

「安倍さん、椅子売れましたね〜」

小川が間の抜けた声で、間の抜けて台詞を吐いた。
「小川が横から助け舟出さないから、200円でしか売れなかったじゃない」
「いや〜でも〜」「あんた何のためにここにいるのよ。もう、小川の所為だからね」
そういって小川を睨むと「どぉも〜すんませ〜ん」と言いながら、頭をぺこぺこ下げた。
あたしは小川のこういう態度が嫌いだった。何でもかんでも誤りさえすれば、
許されると思ってるに違いなかった。

124 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10

「ねえ、小川はなんで、ここにいるの?」
「いやぁ〜どもすんません」
「そうじゃなくって、なんで逃げ出さないの?あの山小屋に帰ろうとか思わないわけ?」
あたしたちは小川を無理やりこの街までつれてきたのに、小川は一度も不平を言うでもなく、
淡々とあたしらと生活をともにしていた。
ホントならこんなところで、あたしと一緒にゴミを漁ったり、わけのわからないものを売ってる必要なんて
全然無いのに、小川は毎日あたしの後をついてきた。
「戻っても、あまりいいことないし…」「でも、食料とか結構いっぱいあったじゃない」
「あれはオジキたちのだし、あたしはおこぼれしか貰えないから」
おこぼれだけでも、十分過ぎるほどの食事が得られるのなら、あたしならあそこに戻りたいと考えるだろう。

125 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:11

「小川ってさぁ、お父さんとかお母さんは?」
「お母さんは新潟にいるときに…」「ちょっと待って!小川って西の人なの?」
「はぁ…まあ…覚えてないんですけどね」「覚えていないって、ちょっと」
「あ、安倍さん、お客さんですよ」

小川のことは、あたしたちは何一つ知らなかった。
本当なら、紺野が小川から根掘り葉掘り聞き出すんだろうけど、紺野はずっと寝たままだから、今まで何も知らないでいた。
もちろん、あたしにも圭織にも聞き出す機会ならいくらでも会ったけど、圭織はあんなんだし、
あたしは…小川とあまり仲良くなるつもりは無かったし…
所詮彼女は、たまたま連れてくることになった荷物だからという考えがあったし、それに…

あたしは自分の性格がいやにある。
あれは事故だったんだ。不幸な偶然で、小川が悪いわけじゃないんだ。

そんなことはわかっている。わかってはいるんだけど、どうしても許せないんだ。
銃を向けたことを…

126 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:11

「安倍さん、やりましたよ。全部売れましたよ」小川の手には50円玉が握られていた。
「あ〜なんで50円なのよ」「でも、帽子穴開いてたし、カップも壊れてましたよ」
「そこを高く売りつけるのが、あなたの仕事でしょうが。あの2つで80円はいけると思ってたのに」
「すんません」

店での売り上げが250円、金属やビンが520円…
100万円なんて…

「あ〜あ」
「安倍さんどうしたんですか?」
「うるさいな」
ポケットにお金を突っ込むと立ち上がった。
「さっさと片付けなさいよ。おいてくよ」
「あっはい」

小川があわてて、新聞紙を掻き集め始めた。

127 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:12

「安倍さん、待ってくださいよ」
小川が新聞紙を抱えながら、追いかけてきた。
「ねえ、西ってどんなところ?」
「え〜、だから覚えてないんすよ、ホント」
「はぁ〜、ホント役に立たないんだから」

相変わらずこの街は煙の中にいた。空もなんだかいつも霧がかかっているようでスキっとしていない。
あの煙の向こうには、澄み切った青空が広がっているはずだ。
その空の下であたしは幸せを掴むんだ。
あたしは雑踏の中で、ポケットのお金を握り締めた。

128 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:14
更新です。週一で更新できればいいのですが・・・
まあぼちぼちと

129 :名無し娘。:2003/09/29(月) 00:58
乙です。
楽しみにしとります。

130 :名無し娘。:2003/09/30(火) 06:51
更新乙です
おもしろいです

131 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:08

肩をぶつけながら闇市をとぼとぼ家路へと歩いていると、広場に人だかりができているのが見えた。
広場の周りを囲んでいるコンクリートの塀で行くと、あたしは塀に膝を載せて見下ろした。
広場はその塀から2メートルぐらい下で、広さは…ちょうどバスケットコートぐらいの広さがある。
その広場に中央に一本の柱が立てられてて、その柱に一人の男の人が目隠しをされて縛り付けられていた。

「公開死刑ですね」

小川が驚くでも無く、いつもの調子で言う。あたしはその言い方とその内容に一瞬眉をひそめた。
小川の顔がどこか楽しげで、サーカスか何かで出し物を待っているように思えた。
でもそれは、小川に限ったことでなく、この広場を囲むほとんどの人が同じような顔で縛りつけられた男を見つめていた。
公開死刑が行われていることは知っている。札幌にいるときも2〜3回行われたけど、その現場を見るのは初めてだった。

132 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:11

「行こ」

あたしは小川に声をかけたけど、小川は全く聞いていない様子で広場を見つめたままだった。
「小川、帰るよ」
「何でですか?公開死刑は必ず見ないといけないって、学校で教わらなかったっすか?」
「それは…そうだけど…」

確かに学校で、そう教わったけど、見たくないものは見たくない。
もうこれ以上、人が死ぬ場所になんかいたくなかった。それが例え見ず知らずの人でもいやなものはいやだ。
ただでさえ、日常的に人が死んでいくのに、わざわざ殺してまでそんなものを見せようとすることが理解できなかったし、
それを目を輝かせて見ている神経もわからなかった。

最近はあまりにも簡単に人が人を殺しすぎる。怪しいからと言って人を殺し、
口減らしだといっては自分の子供の首を絞め、一切れのパンのために誰でも殺人者へと変わっていく。
こういった公開死刑も年々増えている。
人は人の死に慣れ、死体に慣れ、そんなことに何も感じなくなった人々は死体を増やし、
最後には自分もが死体になっていくんだ

133 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:13

広場では、男の罪状を役人が読み上げている。
その横では、短銃を持った男が退屈そうに立っている。いまから人の命を奪おうとする者の顔ではなく、
今晩の秘め事でも想像しているんじゃないのかと思うような、にやけた顔だ。

縛られた男は気絶しているのか、首をうな垂れたまま身動きひとつしていなかった。
読み上げられている罪状は真実なんだろうか?あの男は本当に殺されるようなことをしたんだろうか?
警察や公安が信じるに値しなくなってからもう随分経つ。彼らのご機嫌を損ねることがあれば、
いつだって誰だってあの広場の真ん中で縛り付けられてしまうんだ。
気をつけなくてはいけないのは、なにも彼らだけじゃない。

例えばあたしが適当に理由をつけて小川を警察に告発すれば、簡単に小川はあたしの目の前から消えるんだ。
でも、そんなの人間のやることじゃない。
人として… 人は…

「アイヌ ネノ アン アイヌ」

「えっ?なんですか安倍さん」

長たらしい前置きが終わり、執行人が死刑囚の前に移動した。

「行こ、小川」

あたしは小川の答えを待たずに、人垣の中へと潜り込んでいった。

134 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:16


――― ぱん


後ろで銃声が響くと、一瞬の静寂の後に拍手と万歳の声があがった。
この国は、いつからこんないやな国になってしまったんだろう。
あたしは、この国が嫌いだ。好きになんか、もうなれっこなかった。

135 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 22:28
>>133
すみません、ちょっと間違えてました。
公安じゃなくって憲兵ってことで・・・どっちでもいいか・・・

>>129 130 さん ありがとうございます。励みになります。

136 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:56

その日の帰り、暗い気持ちで隠れ家にたどり着くと、1階のお店の女主人石黒彩がちょうど、
ゴミ箱を抱えて出てくるところだった。
1階のお店は国民食堂になっていて、夜には合法の飲み屋をやっていた。最近は非合法の飲み屋が多い中
合法で飲み屋をやっていられるのは、ある意味特権階級…というより特殊な立場?なのかもしれない。
それは彼女の容姿にも現れている。鼻ピアス…この時代にそんなおしゃれをしている人なんていなかった。

「あっお帰り。今日はどうだった?」
「うん、なんかなぁ〜って感じ」
「そう…まあそんな日もあるよ。それより紺ちゃんのおかゆ作ったから、後で取りに来て」
そういうと彼女はゴミ箱を抱え直して、裏庭のほうに歩き始めた。
「ありがとうございます」
「いいって、奴さんには借りがあるしね」
顔だけこちらに向け、顎で2階を指した。圭織のことだ。石黒さんと圭織は昔軍で同じ隊にいたことがあるらしい。
「ほら、小川もボーとしてないで、ちゃんとお礼を言いなさいよ」
「ありがとうございます」
小川が頭をちょこんと下げると、石黒さんはゴミ箱を置き、こちらに向き直した。

137 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:57

「ねえ、あんた本当に安倍なつみなの?」
「そうですけど?」
何を今更っとキョトンとしながら、あたしがそう言うと、彼女はズカズカとあたしの前まで戻ってきて、
あたしの両頬を指で摘み横に引っ張った。

「イタイ イタイ イタイイタイ!なぁ〜にすんですか!」
「あっごめん」
「なっち、なにも悪いことしてないのに!」

「―――あ〜本当に"なっち"って言うんだ、自分のこと」

気をつけてはいるんだけど、未だにこの癖が直らない。"なっち"といっていたのは、両親が死ぬまで。
親が死に、あたしの幸福な人生が幕を閉じたときに、この言い方を封印するつもりだった。
でも、癖というものはなかなか直らないもんで、興奮すると自分でも気づかない間に"なっち"と言っていた。

138 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:57

「大きなお世話です。それより、なんでほっぺた引っ張るんですか?痛いじゃないですか!」
「ごめんごめん。なんかあんたいっつも不機嫌そうな顔してるんでさ」
「大きなお世話ですよ。なんで不機嫌じゃいけないんですか?」
「いやね、あたしが圭織から聞いていた"なっち"ていう子は、いつもニコニコ笑っていて、まるで天使みたいだって
聞いていたから…。あなた、なんかずっとそうやって怒ってて、笑った顔見せてくれないから、
笑った顔を天使の笑顔ってやつを一度見てみたいと思の」
「笑えるわけ無いじゃないわよ。こんな世の中で楽しいことなんか一つも無くって、毎日毎日必死に生きてるのに
笑ってられないわよ」
「そおなのかな…こんな時代だから、あなたには笑っていてほしいのにな」
「どうしてあたしだけ、そんなへらへら笑っていなきゃいけないんですか?」

「だって、あなた天使なんでしょ?」
「あたしは天使なんかじゃない」

笑っていられるなら、誰だって笑っていたいに決まってる。でも、この国じゃ誰も笑ってなんかいられない。
だから、あたしは西へ行くんだ。西がどんなところか、あたしは知らない。でも、ここより酷いところはない。
誰も笑っていない、誰も幸せになんかなれないこの国から、一刻も早く抜け出したかった。

139 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58

「小川、おかゆもらって来て」
「あ、はい」

あたしは小川も残して、店の勝手口のドアを開け、中へ入っていった。
ドアを抜けるとそこは厨房だ。10畳ぐらいの厨房で、コックのりんねが黙々と料理を作っていた。

「ただいま」

りんねと一瞬目が合ったんで挨拶をしたんだけど、彼女はわずかに首を動かしただけで、料理に戻ってしまった。
無愛想なところは圭織に似ている。石黒さんに言わせれば「彼女は大丈夫」とのことだけど、
いつ彼女が密告するかわかんないわけだし、用心に越したことは無い。
あたしは無理やり天使?の笑みを作り厨房を通り過ぎた。

140 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58

階段を上がり、隠れ部屋に戻ると、紺野が起き上がっていた。

「紺野、大丈夫なの」
「はい、随分よくなりました」

ベッドに腰掛、カーデガンをはおる姿は、まだ弱弱しい感じがする。
暗い蛍光灯の下の紺野は、あたしにはまだまだ青白い病人にしか見えなかった。

「本当に大丈夫なの?まだ寝ていたほうがいいんじゃない?」
「ありがとうございます。でも、飯田さんが打ってくれる注射のおかげで調子良いんです」

そういうと紺野はちょこっとだけ笑った。

141 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58

「なんか栄養のあるもの食べれば、1週間もしないでよくなるよ。もうすぐ小川がおかゆ持ってくるから」
「早く直ってもらわないと、薬も無いしね」「何言ってるんだべ、紺野は薬なんか無くてももう大丈夫だべ」
「そう願ってるよ…いい紺野、もう薬は無いからね」

「はい」紺野が笑顔で答える。
「圭織、なんでそんなに無愛想なのよ」

圭織が振り返った。無言であたしを見ている。表情も無くジッと見ているだけだった。
何かいいたいことがあるなら、言いなさいよ。

…あたしも何も言えないまま、圭織の顔を見つめていた。

142 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:53


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

143 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54

夜中に目が覚めた。
寒い夜には珍しくないことなんだけど、この部屋は目が覚めるほど寒くは無かった。
目が覚めたといっても、目を明けても何も見えない。
窓一つ無いこの部屋では、自分が目を開けているのかすらわからなくなりそうだ。
耳を澄ますと紺野の寝息が聞こえる。

144 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54

あたしは枕元にあるはずのマッチ箱を探すと、ろうそくに火をつけた。
部屋の電気を点けるまでもない。ただ、自分がここに独り取り残されてしまっていないかを確認できればいいんだ。
と言ってもこの時間に電気は来ていない。仙台では、夕方の5時から9時の4時間だけしか電気は使えない。
もっとも、それは札幌も同じような状態だったし、あたしの村に至っては、もう1年以上も電気は止まったままだった。

ろうそくで部屋の中を照らすと、紺野の姿が見えた。紺野は体調が戻るにつれ寝相が悪くなっているように思う。
今もベッドから落ちそうな状態になっており、掛け布団は既に床に落ちている。
その横に圭織がいるはずだけど、床に敷かれた布団には几帳面に半分だけ折られた掛け布団があるだけだった。
トイレ…とは考えられない。トイレなら部屋の隅に、わずかに囲われただけの便器があるけど、そこに圭織の姿は無かった。
なんか急に不安になり、急いで圭織の荷物を探すと、荷物は部屋の片隅にちょこんと置いてあり、
あたしたちを置いて逃げたんじゃないこと物語っていた。
時計を見ると、まだ夜中の2時を回ったころだった。今月に入って、夜中の12時以降は戒厳令が引かれているから、
独りで逃げたとしても、すぐに捕まってしまう。外で捕まれば一般の人だって殺されても文句は言えない。
まして、圭織は軍から脱走兵として顔写真が出回っているのだから外には出ていないと思った。
考えられるのは1階だった。石黒さんと話でもしているんだろうか?
何の話してるんだろう?あたしは気になったんで、下に降りることにした。

145 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54

壁をスライドさせ、倉庫の扉を開けると、1階に明かりが見えた。
話し声も聞こえる。そんなに大きな声じゃなくって、なんかひそひそと内緒話でもしてる感じ。
あたしは足音をしのばせながら階段を下り、ドアの隙間から食堂を覗き込むと、圭織と石黒さんが顔をくっつけるほど
近づきながら何か話をしていた。その顔は怒っているようにも見える。
彼女たちのテーブルの奥にもう一つの明かりが見えた。
ろうそくの光の下で軍服を着たままウォッカを飲んでいる男の人は、多分石黒さんの旦那さんだと思う。
この食堂が公認なのもお酒や食料が豊富に貯蔵されているのも、あの旦那さんの地位のおかげなんだそうだ。

146 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:55

この国では、生活に必要な最低限のものは、国民平等に支給されることになっている。
住居や米やおみそ、塩、たばこやお酒なんかの嗜好品などは、地位とかに関係なく平等に支給される。
もっとも、実際に支給されるのは引き換え券であり、券を交換しようにも田舎では配給所に何も無いことが多いんだけど…。
支給されたものは必要最低限だから、それ以上に必要なものは、自分等で買うことになる。
それを購入する場所が、この店のように政府公認のお店で、仕入れのほとんどは国からの購入になるんだけど、
その値段は自由市場の半分以下らしい。
非公認の場合は資本主義の原理に則り、需要と供給でその値段は決まる。
でも、非公認のお店の多くは、交換されることのない配給券をただ同然で田舎から入手して、
それで仕入れをしている店も多いらしい。

147 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:55

でも、軍人で、しかも結構の階級にいる人が、あたしたちみたいなわけわかんない者を匿ってくれる理由がわからなかった。
圭織も石黒さんも「絶対大丈夫から」というだけだった。
このまま立ち上がって圭織んとこまでいって「ねえ、何話してんのよ」と聞いてみたかった。
「なんで、あたしたちを匿ってくれるのよ」と聞いてみたかった。
でも、それを聞くことで、西へ行く道を断たれる気がした。
今大事なのは、西に行くことだ。西にこそあたしが求めるものが待っている。
あたしは圭織の姿をもう一度確認すると、また足音を忍ばせながら階段を上っていった。

148 :名無し娘。:2003/10/12(日) 07:19
更新おつかれ様。毎回見てるんで頑張ってください。

149 :名無し娘。 :2003/10/26(日) 16:42
今週もお休みです。来週ぐらいを目処にうpできたら、いいんですけどね・・・

150 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:38

朝なんて来なければいいのに

最近思うことのひとつ。
夢の中では、あたしはいつも自由。みんながあたしのことを解ってくれる。
今のあたしには、幸せは夢の中にだけに存在する現実だった。
目が覚めても、いいことなんかひとつもない。
それなのに、いつも朝になると目が覚めてしまう。
朝日なんて全然入らない真っ暗な部屋なのに、いつも同じような時間に目が覚めてしまう。

手探りでろうそくを点けると、あたしの幸せの灯りが消えてしまう。
そしてまた、ゴミ山へ向かう一日が始まるんだ。

151 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:39

圭織はいつの間にか部屋に戻っていた。
ひょっとしたら、ああやっていつも夜中に下に降りては、石黒さんと何か話をしているんだろうか。
あの姿は、どう見ても世間話をしている感じではなかった。
西へ向かう方法について話をしているんだろうか?なんかそれも違う気がする。
なんでって言われても困るんだけど、圭織は見たこと無いほど怖い顔だった。

「安倍さん、なんか今日顔がこわいですよ」
「うっさいわね、あんたとまた1日付き合わないといけないのかと思うと、こういう顔にもなるんです」
「そうなんですか」
「そこで納得しないの!もう、いいから行くわよ」

ズタ袋を拾い上げると、出口へと向かう。
この街に来て、まだ半月もたっていないのに、生まれたときからゴミ山で生活している気がする。
そして、この先も永遠にここにいる気がする。

152 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40

このゴミの山で、笑い声を聞くことはない。
こうやってゴミ山のてっぺんから見下ろすと、煙の中に何人もの人たちがゴミ山にへばり付いているのが見える。
そのほとんどが、まだ10歳にも満たない子供だというのに、ひとつの笑い声さえ聞いたことがなかった。

そういうあたしも、最後に心から笑ったのは、いつだったんだろう?
あたしは石黒さんがいうように、子供のころいつも笑っていた。
周りから「天使の笑顔」なんて言われていたときもある。
本当は天使なんかじゃなかったけど…

153 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40

小川はいつも笑っている。
口をぽか〜んと開けて、幸せそうに笑っている。
「何も考えてないっしょ」というと、「ちゃんと考えていますよ」と笑いながら返事を返してくる。
小川は何を考えているんだろう?

あたしもいつも笑っていた。
笑ってさえいれば何でも解決したし、誰でもあたしの言うことを聞いてくれた。
でも、あたしは腹の中でも笑っていた。

なんてこいつら馬鹿なんだろう?

…ずっとそう思っていたんだ。
物心ついたころから、あたしは大人をも馬鹿にしていたんだ。
笑顔なんかにだまされる馬鹿な大人って。

勉強ができたわけじゃない。でも、勉強できる子を馬鹿にしていた。
「すご〜い、なっちいっつも感心しちゃうよ」とあたしが笑顔で褒めると、男の子も女の子も途端にだらしなく
にやけた顔を晒す。あたしはその顔がものすごく嫌いだった。
みんなその顔がどんなに醜いか、分かっているのかしら?

馬鹿みたい。
あたしの表面しか見ていない馬鹿な人たち。

154 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40

天使の笑顔…天使の笑顔…か

本物の天使は笑わないんだよね。
愚かな人間の行為をジッと見守り続けている天使に、表情はないんだって。
表情が豊かで、いつも微笑んでいるのは、悪魔なんだって。

天使の微笑みの奥に潜む悪魔を、両親さえ見抜くことができなかった。
だから、あたしは悪魔を抱えたまま、ずっと生きてきた。
本当はあたしが悪魔なんだってばれないようにいつも笑っていた。

でも、そんなまやかしの微笑みすら、今はない。

155 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:41

子供たちのほとんどが、このゴミ山で暮らしている。
ゴミ山はいつもどこかが燃えている。だから、ほかに比べ少しだけ暖かくなっている。
雪も此処だけ、そんなに積もらない。
でも、小屋なんかたれれるほど平らな場所がないから、子供たちはゴミ山を少しだけ掘って
小さな隙間に重なるように仮眠をとってる。
食べるものもほとんど食べずに、なんか幽霊みたいにゆらゆらと歩きながらゴミを探している姿は
痛々しくて初めは見ていられなかった。
でも、それも慣れなのか、それともあたしが悪魔だからなのかわからないけど、
最近はそんなものは、目にすら入らなくなっていた。

156 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:41

今朝も何人もの子供たちが、ゴミ山で自らをゴミに変えていた。
ゴミ山を掘り返していると、時々そんな子らの住処だった穴を掘り返してしまうことがある。
さすがに、掘り返した瞬間は驚くけど、次の瞬間、その穴に何か残っていないか物色を始める自分がいる。
中には腐敗の始まっている死体もあるけど、そんなことは気にしないで、ポケットや死体の下などを当たり前のように
探している。

ふと我に返ると、気が狂いそうになることがある。

ゴミ山でのことだけじゃない。
ろくに食事すら食べていない状況なのに、この街では強姦が絶えない。
それはあたしぐらいの歳の女性だけでなく、小さな子供たちにまでその被害は及んでいる。
もっとも、それを商売にしている子供たちが多いのも事実なんだけど、朝方、道の両脇に転々と
転がっている死体の何割かは、明らかに暴行され殺されたものに違いなかった。
なんで、こんな状況下で、そんなことができるんだろう?それともこんな状況下だから、
子孫を残そうとするんだろうか。男も女もところ構わずしているような気がする。
あたしも何度襲われそうになったことだろう。
国が滅びると、人はどんどん動物へと変わっていく。
動物…動物じゃないね。悪魔だよ。あたしと同じ悪魔が増えているんだ。
そうじゃなければ、強姦した後に殺すなんてしないよ。

早く西に行きたい。
でも、とりあえず早く寝たい。
夢の中だけが、いまのあたしの現実。

157 :名無し娘。 :2003/11/24(月) 06:34
保全

158 :名無し娘。:2003/11/25(火) 09:54
一気に読んだ
ここの登場人物は味があっていいね

159 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:36

闇市の狭い通路を、何人もの子供たちが警官に小突かれながら連行されている。
どの子供も泥だらけで、靴なんかはいている子なんかいなかった。
一列に縄で繋がれた子供は、一人でも躓くと折り重なるように転んだ。
それでも、その紐を引っ張る馬の歩みが止まることはなかった。

160 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:37

その日は、朝から警官が多かった。
そのことは圭織から言われてたんで分かってた。
出かけるとき、珍しく圭織から声を掛けてきた。

「気をつけてね」
「気をつけてって、何を?」

いつも圭織は言葉が足らない。
大体いつも気をつけているつもりだし、今更何を言ってるのよ!と思った。
それとも、あたしが小川みたいに何も考えないで、のほほんとしていると思ってるの?
あたしは少し口をとがらせながら、振り返った。

「警察…今日辺りなんかやばいらしいから」
「やばいって?」
圭織が戸惑っている。口元が何かを言いかけようと何度も動いている。

「来月、親王…様が来るらしいの」
「ホント?あたし親王様って見た事ないんだよね」
「あのね、親王様が来るってことは、それだけ警察も増えるんだよ」
「大丈夫っしょ。やばかったらすぐ戻ってくるし」

161 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:37

親王様には見せたくない景色が、この街にはいっぱいある。だから、それを排除しちゃおうとしているんだ。
でも、だからといって、ゴミ拾いをやめるわけにはいかなかった。親王様が来るまで1ヶ月近くあるんだし、
そんな長い間、ゴミ拾いを止めていたら、生きていくことすらできなくなってしまう。
なんで、この街に来るのかわからないけど、いい迷惑なんだよ。
あんな飾りの…

162 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:38

今の親王様に替わったのは、今からもう10年も前の話だった。
先代の親王様が病に伏し、今際の際に決めた親王様というのが、当時まだ7〜8歳に過ぎない女の子だった。
お披露目だったのかよく覚えていないんだけど、成田の大通りから皇居のある岩井までの長いパレードを、
村の寄り合い所にあるテレビで見ていた記憶がある。
大きな車の後部座席に、一人寂しく座ってる姿が印象的だった。
手を振るでもなく、怯えたようにずっと下を向いていて、なんかすごく可哀想に思ったことを覚えている。

その彼女が親王様についてから、この国は崩壊していったんだ。
あたしとそんなに年も変わらない女の子に、国のことなんかわかるわけも無く。
先代の側近が次々と殺されるにつれ、治安はどんどん悪くなっていった。
あたしが子供のころは、こんなゴミ山は無かったし、そんな不衛生の場所で生活する人なんかいなかった。
もちろん、そのころにはまさかあたしがそのゴミ山で生計を立てるなんて思ってもいなかった。

163 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:38

この国は、戦後日本が3分割されたときから、親王様による君主制の下に国民の最低限の生活を国が保障し、
そのほかは自由に物を売買して良いということになっていた。
戦後の混乱時期に、国をひとつに纏め上げるための象徴としての君主制、そして社会主義と資本主義をブレンドした国。
それがこの国だった。戦後のこの地を治めていく上で、最高の選択だと教科書に書いてあった。
最低限の生活を保障されている国民は、それこそ自分のため、国のため、みんなが一つになって経済発展に邁進していた。
事実、戦後20年だけを見ると、復旧の早さは西や琉球王国を遥かにしのぐ勢いだったらしい。
でも、ベトナムで戦争が始まると、ソ連はこの国により強い影響を及ぼすようになり、
親王様を替え、社会主義…というよりソ連による占領の色を再び濃くしていった。

親王様といったって、二十歳に満たない女性ということと、その外見から、男の人には人気が高かった。
ロシアの王族の血を引くというクォーターの顔立ちは、男たちに言わせると天才的な美少女だった。
だから親王様のお言葉があると、翌日、村中の男たちが彼女のお言葉を呪文のように唱えていた。
でも、そのお言葉が彼女のものではなく、ソビエトの言葉に過ぎなかった。
そんなことは誰もわかっていることだったけど、もう、誰も口に出していうことはできなくなっていた。
口に出してしまうと、翌日の太陽を拝むことはできない…そう言われていたし、事実そうだった。

164 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:39

小川があたしの横で、悲しそうな顔で子供たちを見ている。
「あの子達、もう…」
もう此処へは戻ってこないんだ。
うわさでは、その日のうちに穴の中に生き埋めにされるという話だ。
浮浪者を殺すのに、弾のひとつを使うことすら惜しいということらしい。
あの子達は、何のために生まれてきたんだろう…

でも、あの列にあたしがいないのは単に運がよかっただけだ。
あたしの両隣のお店の子供たちは、あたしが店に戻ったときには既にいなかった。
店は破壊され、ただひたすら泣いているおばちゃんとそれを遠巻きから眺めている小川がいた。

165 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:39

小川は周りの子供を引き連れて逃げようとしたらしいが、子供たちは親から離れることを拒み、
結局、小川だけが逃げ延びてしまったのだ。

「安倍さん…あたし…」

小川はあたし姿を見つけると、涙をこぼし始めた。

「うん」

あたしはそっと小川の肩を抱きしめてやることしかできなかった。

166 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:41



スミマセン…ネタスレにはまってました…

167 : :2003/11/27(木) 05:11
>>166
ワラタ 更新お疲れ様

168 :名無し娘。:2003/11/29(土) 05:09
今回も面白かったよ

169 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:39

「あたし…あの子達助けてあげることができなかった…」

その晩、珍しく石黒さんの店で食事を取っていた。
四角いテーブルと不ぞろいの椅子がいくつも並んでいる。

「仕方ないよ」

あたしと小川はカウンターに座り、出されたビスケットを紅茶で流し込んでいた。

170 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:40

「どうして仕方ないんですか?」
「それは…」
それは此処で言うことはできない。奥のテーブルには、まだ一組お客さんが残っていたし、
りんねさんも石黒さんも近くにいる。

「第一あんたそんなにあの子達と親しい訳じゃないっしょ」
「それはそうなんですけど…」

小川があの子達と特に親しいわけではなかった。
目が会うと挨拶するぐらいだった。話をしている姿を見たこともなかった。
そんな他人より、自分のことを考えないと生きていけないのに…。

171 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:41

「小川の気持ちはわかるよ」
頬を伝う涙を掌で拭ってあげると、誇りまみれの頬がそこだけ少しきれいになっていた。

「でもさ、まず小川は自分のことを考えなくっちゃ」
「まこっちゃんは、誰かと違ってやさしいからね」
石黒さんが突然カウンター越しに、あたしたちの話に割り込んできた。

「なぁんですか?石黒さんは関係ないじゃないですか」
「関係なくはないよ。あたしはあんたらの宿主なんだからね」
「オーナーだからって、人の話に勝手に割り込んでこないでくださいよ。
大体あたしだって十分やさしいんです。こうやって小川の面倒も見てるし」

172 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43

あたしのどこが優しくないというの? 優しく…ないのかもしれない。
あたしは子供のころから、人の顔色ばかりを伺って生きてきた。
どうすれば、大人たちに褒められるかばかり考えてきた気がする。

ほら見て、なっちはこんなにおりこうさんでしょ?
ほら、このしぐさ、かわいいでしょ?
ほら、こんなにあなたのこと心配してあげているでしょ?

…全部が結局自分のため?…
でも…だから…

「あんたは、小川のことを何もわかっちゃいないんだよ」

そんな言葉が、あたしの体中を深く切り裂いていく。

「なぁ〜に言っちゃってるんだか。小川の気持ちぐらいわかります!」

石黒さんを睨もうと、少しカウンターに身を乗り出す。

173 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43

「あっありがとうございました。毎度ありがとうございます」

でも、石黒さんの視線は、あたしを通り過ぎて店の奥へと注がれていた。
片隅で食事をしていた二人組が帰るところだった。毛布で作ったコートを持ち、
ポケットからしわくちゃになったお金を取り出して数えている。
軍人なんだろうか?大柄で体格のいい男たちだ。栄養も行き届いているらしくて、顔つやもいい。

「また今度値上げするんだって?」客の一人があたしをちらりと見た後、石黒さんに声をかけていた。
「すいませんねぇ、仕入れがね…結構厳しいんですよ。」
「ほんとかよ?あるとこにはあるって聞くぜ。なぁ」
男がもう一人の男を振り返り同意を求めた。その男はああと短く答えて、帽子を深くかぶった。
「すみませんね。ほかは知らないですけど、うちは厳しいんですよ。でも、うちの料理人は一流ですから
味は保障しますよ」
「味なんて良いんだよ。量が大事なんだよ量が」「おい、いくぞ」
帽子をかぶった男が背を丸めながら外へ出て行くと、それに続く。
「量ふやせよ。俺たちは国のために働いてるんだから」
背中でドアを押しながら、石黒さんを指差しながら出て行った。

174 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43

「軍人がせこいこと言ってんじゃねえっつーの」
石黒さんは、男たちの皿を片付けながら毒ついた。

「あの人たち軍人なんですか?」
「まあね。ここいらに駐留してるいけすかない連中さ。
それより、なんだっけ?…まこっちゃんのことだっけ?」
「まあそんな感じの…」「あんたが優しくないって話だっけ?」「そっ…」

あたしが反論しようとすると、石黒さんが右手でそれを制止した。

「そんな話はともかく、ちょっと話があるんだけど」
「話って?」
「うん、まあ取り敢えず圭織たちを呼んできてよ。話はそれから…
まこっちゃん、呼んできてよ」
「はい」

175 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:44
みんな集めて何を話そうというのだろうか?
圭織が夜中になんかしていることと関係あるの?

「発電機止めてて来るね」

石黒さんがろうそくに火をともすと、あたしの前にひとつ置いてくれた。

「紅茶飲む?」
「うん」
「ミルク入れる?」
「ううん」

紅茶を入れてくれると、石黒さんは軽く手で挨拶し外へ出て行った。
しばらくすると、照明の光はゆっくりと勢いをなくし、闇の中に吸い込まれていく。
ろうそくの火が、それに替わり淡い炎を揺らめかせ始めた。
厨房ではまだ、りんねさんがお皿を洗う音が聞こえてきた。

176 : :2003/12/07(日) 02:44
おもしろい。一気に読んだ。期待期待。

177 :名無し?:2003/12/12(金) 21:49
蛇の生殺し状態の更新まち

178 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:20
圭織と紺野が降りてきた。
ずいぶん元気になってはいるが、やはり紺野の足元はまだ覚束ない。
先に降りた圭織が、紺野の手を引いてあげている。
紺野が降りたのを確認すると、2〜3段上から小川が飛び降りた。
暗い階段で足元も良く見えないのにって思った瞬間、案の定小川はバランスを崩して
紺野の横に無様に転がってしまった。

「えへへへ」
「もう、びっくりするじゃない」

紺野が大きな瞳をさらにでっかくしながら手を差し伸べると、小川はそれにつかまって立ち上がった。
3人は手をつないだまま一列に並んで店へと入ってきた。

179 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:20

「いつまで仲良く手つないでるの?」
「えっ?」

手を離すと交互に顔を見詰め合って、ニヤニヤしている。

「ばっかみたい」

腹が立つ、むかつく。
大事な話があるっていってるのに、なにニヤニヤしてるんだろう。

180 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21

「さてと…先ず何から話そっかな」

全員が席に着くと、石黒さんが口を開いた。
カウンターに右からあたし、小川、紺野、圭織と座り、石黒さんがあたしらと対面するように
カウンターの奥側に陣取っていた。

「まあ、とりあえずあんたらもなんか飲む?」
「ホットミルクを…」「あたしもおんなじ物で」
「圭織は?」
「ウォッカ」
「圭織飲み過ぎないでよ」

そういうと、後ろの棚からウォッカのビンを取り出してコップに注いだ。

181 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21

「はい、圭織。まこっちゃんたちのは、りんねに今暖めてもらってるから、もうちょっと待っててね」
「はい」

しばらくすると、りんねさんが厨房からホットミルクを二つ持ってきた。
彼女はいつも怒っている感じがする。圭織も口数が少ないけど、りんねさんは更に少ない。
でも、圭織と異なり、クールというか冷たい感じじゃなくって、何か熱いものを内に秘めている感じがする。

「ありがとうございます」

小川たちの言葉にも何も返さずに、そのまま奥の席にすわると、たばこに火をつけた。
その炎に顔が仄かに照らされている。

182 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21

「さてと、じゃあまずまこっちゃんからだよね」
「あたしですか?」
「そうよ。この話を聞くことがまこっちゃんの人生を左右するかもしれないんだからね。
…どうする?」
小川は直ぐには決めかねるのか、ミルクの入ったカップをじっと見つめている。
「どんな話ですか?」
「まこっちゃんは、無理やりっていうか…ここに連れてこられたでしょ?」
「う〜ん、そんな無理やりじゃないっすよ。それにあたし、安倍さんたちのこと好きですから」
「あんた馬鹿じゃないの?あたしらは小川のこと拉致したんだよ?」
言われた瞬間、顔が赤くなるのが自分でも解った。

「でも…好きなんだもん」
「馬鹿みたい…」

恥ずかしかった。別にあたしのことを好きだといってるわけじゃないことは解ってる。
小川は安倍さんたちと言ったんで、それは圭織や紺野のことで、本当はそこにあたしは含まれないのかもしれない。
でも、真直ぐあたしを見る小川に、それ以上厭味を言うことができなかった。
だから、あたしは俯いて馬鹿みたいと呟くしかなかった。

183 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:22

「まあまあ、それは兎も角、まこっちゃんって西に行きたい?」
「えっ…考えたことないです…」
「ん〜やっぱり…。ねえ、まこっちゃんってさぁ西の人だったんだよね」
「はい」
「ん〜、こっち来た時に再教育受けたんだよね」

「…ん…」

小川の表情が急に暗くなった。口をぎゅっと閉じ、俯いた瞳が激しく動いている。
やっぱり、と思った。小川は思い出したくないんだ。
再教育がどんなふうにやられているかというのは、噂で少しは聞いていた。

184 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:22

「まこっちゃん…」
石黒さんが小川の顔を覗き込むと、小川はその視線を避けるように顔を背けた。

「親王様!」

突然、石黒さんが声を張り上げると、小川は条件反射的に姿勢を正そうとした。

「…を裏切るようなことになるかもしれないんだけど…話聞く?」
「ちょっと待ってよ。そんな話なの?そんな危険な話聞きたくない」
「あんたたちには選択の余地はないの」
「なんでよ」
「西に行くんでしょ?」「いくわよ」
「じゃあ聞きなさい」

命令口調が気に入らないあたしは、口を尖らせながら小さな声で文句を言っていた。

185 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:23

「っで、まこっちゃんどうする?突然で悪いんだけどさ」
「ねえ、小川は別にあたしらに付き合って危ない橋を渡る必要なんてないし」
「西行くなら100万円用意しないといけないんだよ。小川には無理っしょ?」
「なっちは黙ってって」
「なによ〜。本当のことじゃない」
「まあ、いいから」

なんであたしが圭織と石黒さんの二人から窘められなくっちゃならないのか、全然解らない。
大体なんでそんな重要な話を、あたしに先にしてくれていないんだろう。

186 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:23

「小川は今夜席をはずしててくれないかな?もしあたしたちとさ、行動を共にしたいと思ったら
そのとき、話すから」
「あたし話し聞きます」
「いいの?親王様に逆らうことになるかもしれないのよ?」
「それは…」
「西に行きたい?」
「…わかりません。でも、みんなのお手伝いをしたいから、飯田さんや安倍さんやあさ美ちゃん
の役に立つなら…」

小川は本気でそんなこと思っているんだろうか?
自分が生きていくので精一杯という時代に、何を甘いことを言っているんだろうか?
そんなことじゃ生きてなんかいけないんだから。

「本当にいいの?」

圭織が尋ねると、小川は小さくうなづいた。

「じゃあ決まりね。…いい?」
「うん」
石黒さんが圭織に確認をすると、後ろのテーブルでタバコを吸っていたりんねさんを見た。
あたしは当然りんねさんは出て行くんだと思ったんだけど、りんねさんは自分のテーブルのろうそくを消すと、
カウンターの隅へと席を移した。

187 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:24

「まず、どっから話せばいいのかな?」
「お金のとこから」
「そうだね」
「お金って、西に行くためのお金?」
「そう、そのお金のこと。そのお金をね、全部あたしにくれないかなってね」
「冗談じゃないべさ!なんで石黒さんなんかにあげないといけないのよ。あれはあたしが西に行くためのお金なんだよ。
それをなんであげないといけないんだべさ。あたしがどんなに苦労して稼いだのかわかってる?」
「ほとんどが圭織のお金でしょ?」「それはそうだけど…」
「ただ貰うんじゃなくって、そのお金をくれるんだったら、あたしたちが西に連れて行ってあげるってこと」
「えっ?なんで?なんで石黒さんが?」
「今全部でいくらあるか知ってる?」

驚いているあたしらとは違い、全部石黒さんと話し合って決めた圭織は、いつもと同じように静かな物言いで
あたしに尋ねてきた。ムカツク。

188 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:24

「210万円ぐらい?」
圭織の200万円と、あたしが稼いだのが10万ぐらいあるはずだ。
「185万ちょいぐらい」「なんで?だって…」「紺野の治療費が結構かかったのよ」
「紺野!?」

あたしが悲鳴にも近い声で紺野を呼ぶと、紺野が圭織の影に隠れた。
10万あたしが稼いでいる間に、一体紺野にいくら使ったんだろう。一体あたしは何のために働いていたのよ。
大体、圭織は初めから石黒さんに頼むつもりだったに違いないんだ。あたしが苦労しながら働く姿を見て
笑ってたに違いないんだ。ムカツクムカツク!

「今あるお金では、2人が西に行くのでギリギリなの。だから、彩に頼もうと思うの」
「でね、いろいろと考えると、ちょっと足らないかな〜と思うの、お金が…
でね、ちょっと手伝ってもらいたいのよ」
「手伝いって?」
「うん、たいしたことないよ。ちょっとどけ…」


ちょっとだけ…なんてわけないんだろうなって、そのとき、すでに気付いていた。
でも、あたしにはどうにもできないってこともわかってた。
だから、あたしは石黒さんに手を貸すことに決めたんだ。

189 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:26
すみません、お待たせしました。更新です。

190 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:36
すみませんochi機能ないんですね…あげてしまってスミマセン…

191 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:37
supersageでちょこっと下がるんですね

192 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:52
さがれ〜

193 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:54
読んでいただいている方ありがとうございます。
また、更新遅くてすんません。

194 :名無し娘。:2003/12/15(月) 21:53
読んでるよー。おもしろいよー。

195 :名無し娘。:2003/12/15(月) 21:54
>>194
ありがとうございま〜す

196 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:32

親王様が仙台駅から姿を現すと、駅前の広場が歓声に包まれた。
歓声というより、爆音に全身が共振したと言った方がいいかもしれない。
兎に角、今まで生きていた中で一番おっきな音がしていた。
あたしの位置からは親王様の顔まではっきり見えないけど、そんなに大きくない女の子が、
10人以上の男の人たちに囲まれて、ゆっくりと階段を移動していた。
あちこちから「親王様万歳」の声があがっている。
ここに来ている男の人も女の人も子供も大人も金持ちも貧乏な人も、みんながただ一点を凝視している姿は、
ちょっと異常な感じがする。
横に居る紺野や小川も必死で親王様の姿を眼で追っていた。
この日まで待とうといったのはあたしだったけど、親王様の姿を見たいと言ったのはあたしだったけど、
駅から出てきた姿を見た瞬間から、あたしは興味を無くしてしまった。
あたしが見ているのは、囚われて囲われたひとりのかわいそうな女性、そしてターゲット…

197 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:32

「いくよ」

石黒さんが、あたしの耳元で囁いた。
あたしは前を見たまま人々のゆっくりと下がり、紺野の手を引いて人々の垣根から離れていった。
誰一人あたしたちが離れていくことなんか気に留めていない。
警官たちが監視をしているけど、それは列から飛び出してくるものや銃で狙っているものが居ないかを見てるんで
人ごみからただ離れていくものに注意を注ぐわけがなかった。

本当は今頃仙台を離れているはずだったんだけど、どうしても親王様をこの眼で一度見ておきたかった。
石黒さんが言うには、そのときになれば、いやというほど見られるらしいんだけど、あたしはこの時期だからこそ
見ておく必要があると思った。

198 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:33

「紺野どう思った?親王様」
「ん〜なんかすごいなぁ〜って思いました」
「すごいって?」
「ん〜分からないんですけど、なんかこう…なんか…」
「そう…小川は?」
「かわいいですよね。もう、すっごーいオーラが出てますよね」

これだけの人を熱狂させるんだから、それなりのオーラはあるんだ。
でも、彼女じゃ駄目なんだって、石黒さんは言っていた。
あたしには分からないけど、そういうものなんだと圭織も言っていた。
国を変えるには、彼女ではダメなんだって。

199 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:33

国を変えるなんて、あたしは考えたことはなかったし、そんなことができるとは思っていなかった。
第一、そんなの考えるだけで国賊として捕まるし…

でも、石黒さんはできると断言した。
今やらなきゃいけないんだって。

「手伝います、西に連れてってくれるなら」

そうは言ったものの、親王様に逆らうなんてあたしにできるわけ無いよ。
ただ少しだけ手伝うだけなんだ。脅されて無理やりやっているだけだから、きっと捕まっても許してくれるよ。
きっと…だから、もうちょっとだけ我慢しようと決めたんだ。
成田に向かう、そこで手配人に会って西に渡してもらう。
西にはあたしの幸せが待っている。自由な生活が待っているんだ。

空を見上げると、低く立ち込めた雲から白い雪が降ってきた。
あたしはコートの襟を立てて、足早に圭織の後を追っていった。
これが今年最後の雪だ。
この国で見る最後の雪が、あたしの掌へと舞い降りてきた。

200 :名無し娘。:2003/12/25(木) 02:25
更新乙です。誰なんでしょうね。気になりますね。

201 :名無し娘。:2003/12/26(金) 02:44
ふむふむ。続きが気になる…

202 :名無し娘。:2004/01/07(水) 10:19
一気読みしました。おもしろい!
作者さん頑張ってください!

203 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:10
雪はまだ降っている。
でも、この気温じゃ積もることは無い。雪は道に触れた瞬間、白い雪が透明に変わり、
そのまま解けていく。
路肩に少しだけ積もる雪も、雪というよりシャーベット状の塊に過ぎなかった。

204 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:13
仙台を出てしばらくすると、舗装道路は穴だらけに変わった。
陥没だらけの道路は何年も直された気配もなく、その数をどんどん増やすいっぽうで、
あたしたちを乗せたトラックは、その穴を避けながら走るため、道を右へ左へと蛇行し、
斜めに大きく傾き、時には上下に激しく揺れた。
初めは体が跳ね上がるたびにキャーキャー騒いでいたんだけど、それも直ぐに静まり、
荷台にしがみついてひたすら下を見て耐えるしかなかった。

トラックどころか、車になんか乗る機会のほとんどなかったあたしとか紺野のは、
1時間もしないうちに完全に乗り物酔いをしてしまい、何度ももどしていた。
小川があたしの背中を擦ってくれるんだけど、そんなことで良くなるわけが無くって、
それを逆に煩わしく思ったあたしは、つい小川の手を振り払ってしまった。

「あたしはいいいから、紺野を見てあげて」

手を振り払われた瞬間、小川は一瞬ビクッ体を硬直させたけど、それでもまだ心配げに
あたしを見ている小川に、さすがにあたしもバツが悪くなった。

りんねさんが膝の間から顔を持ち上げ、あたしを一瞥した。

205 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:15
この道路は、まるでこの国のようだ。
出来た当時は立派で快適だったのに、此処に穴がひとつ開き、あそこに穴がひとつ開き…
修復が出来るうちは、まだ良かったんだけど、修理が出来なくなると後は荒れるに任せるだけ。
修理できなくなった理由は色々あるけど、一番の理由はソ連が崩壊したこと。
でも、前兆はその前からあった。
そのきっかけが今の親王様の即位だと、石黒さんが言っていた。

「血がね…」

戦後GHQの占領の後、分割されたあたしの国はソ連の配下に置かれ、ソ連の一地方になるのを待つだけだった。
それを阻止し、独立へと導いたのが直樹親王様だった。
直樹親王様は将門様の血を今に受け継ぐといわれている。それは独立を進めているときも独立後も何度も議論となったけど、
1965年に成田大学の教授を中心とするグループによって、真実と確認された。
本当はそんなことはどうでもよかったのかもしれない。
あの時代、直樹親王様は見事なまでに国民をまとめあげ、導いてくれた。
それは将門様の血だけではなく、実力があったからだ。

206 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:20

「でも、ひとみ親王様も将門様と血が繋がっているって言ってたっしょ」
「学校の先生がね」
「違うの?」
「違わないかもしれない」
「どっちよー」
「彼女が選ばれたのは、将門との繋がりなんかじゃなくって、ロシア皇室の血が流れているということが重要なんだよ」
「知ってる。ニコライ2世の子孫だって」
「ニコライの娘タチアナが、ヘッセン大公が娘エリザベートが死んだときに棺に入れたという白いモーニング・ジュエリーと
同じものをヘッセン大公から貰い、それを彼女が受け継いでいるって話でしょ?」
「うん」
「まあ、そんな話も眉唾もんなんだけど、ソビエト崩壊直後のあの時期に作り話にしろ、将門とロマノフ家の血を受け継ぐ
ものを日本の親王として戴冠させたロシア人もしたたかなもんさ」
「どうして?だって直樹親王様には子供がいなかったんだから、少しでも血の繋がりのあるものが継ぐのが当たり前じゃない」
「だからさ…」
「だから?」
「探しているのよ」
「なにを?」
「隠し子をね」
「隠し子!?」
「そう隠し子よ。西にいるといわれている隠し子を探すのを手伝ってくれるんなら、西につれてってあげる」


西で、前の親王様の隠し子を探すこと。
それが、あたしを西に連れて行く条件だった。
顔も名前もわからないどころか、本当に居るのかどうかもわからない人を探すなんてできるのだろうか?
でも、別にあたしが探し出さなくてもいいんだ。ただ手伝えばいいだけなんだもん。

207 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:22
前の親王様が崩御されたとき、既にソビエトは崩壊していた。
バルト三国がロシアと袂を分かち、ロシアの内外とも混沌としているとき、親王様は崩御なされた。
ロシアが日本に影響力を与えたいと考えるのは、すごく当たり前だったんだろうし、
ついでにそのころソビエト国内で台頭してきたロマノフ王朝時代への懐古主義者たちの目を逸らし、
しかも将門様とも血の繋がった女の子…
そう考えると、余りにもできすぎた話なのかもしれない。

「でも、その隠し子を探し出したからって、日本がよくなるの?」
「それはわからない。でも、一人一人がどうすれば国が良くなるかを考えればきっと良くなると思うんだ。
あたしたちは、そのきっかけとしての強烈なシンボルがほしいの。国民をひとつにするぐらい強烈な
シンボルとしての指導者がほしいの」
「だったら、石黒さんがなればいいじゃないですか」
「あたしに将門の血が流れていれば、迷わずそうしたわよ。でも、あたしにはその血は流れていない。
この国の人はね、将門が好きなのよ。朝廷に反抗して東国を打ち立てた将門がね。
そして、ソ連の手に落ちるのを阻止して、西より先に日本国として独立を宣言した直樹親王が好きなのよ、
未だにね。だから、直樹親王の血を持つ親王が必要なのよ。ロシアのクォーターじゃなくってね」


こんな国がどうなろうとも、あたしにとってはどうでもいい。どっちにしたって、ここにはあたしの幸せは
ないんだし、この国が変わるのを待っていたら、あたしおばあちゃんになっちゃう。

トラックは揺れ続け、あたしはもう胃液すら吐くことができないまま嘔吐を続けている。
いつの間にかトラックの帆に雨粒が打ちつけられ、重い音を立てていた。

雪は雨に変わっていた。

208 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:26

∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇

209 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:28
あけおめです。
レスありがとうございました。すごく励みになります。
いつも更新遅くてすみません。のんびりとお待ちください。

210 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:31
それと少しだけお断りを・・・
この物語はフィクションですので、史実と異なることが多々多々多々ありますが
あまり気にしないでください・・・

211 :名無し娘。:2004/01/09(金) 01:11
更新お疲れ様です。
親王様の正体はちょっと意外でした。

212 :名無し娘。:2004/01/09(金) 01:35
更新乙です。
うぁー、想像もしてなかった展開でビクーリ。
そういう背景世界の作りこみというか好きです。
マターリがんがってください。

213 :名無し娘。:2004/01/27(火) 08:11
ちょいと保全

214 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:44
トラックの荷台が、あたしの体から体温を奪っていく。
いつの間にねむってしまったんだろう。体には饐えた臭いのする毛布が掛けられていた。
トラックの中はまだ暗く、相変わらず酷くゆれていた。
何人もの体臭をしみこませたボロ雑巾のような毛布は、ごみ山を思い出させる。
いやな臭いだ。いい思い出なんかひとつもありゃしない。
でもひょっとしたら、この臭いはもうあたしの体に染み付いていて、二度と取れなくなっているのかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられず、慌てて毛布の臭いと自分の右腕の臭いを嗅ぎ比べてみた。
よしっ!まだ大丈夫…あたしの感覚がおかしくなっていなければ、まだ大丈夫…大丈夫なんだ。
自分のそう言い聞かせること自体悲しいことだけど、そうしないではいられないんだ。

215 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:46
滑り落ちる毛布を片手で押さえ半身を起こすと、同じような格好でねむっている紺野が目に入ってきた。
相変わらずあの大きなザックを大事そうに抱えている。

「安倍さん、起きたんですか?」

小川が車の騒音に負けないくらいの大きな声を出した。

「バカ、紺野まだ眠ってるっしょ」
「すんません」

トラックはまだ走り続けていた。
こんな振動している中で、よく寝ていられたよと自分ながら関心してしまう。

「今どこら辺なの?」
「さっき茨城県に入ったそうです」
「そう…ねえ…今何時?」
「あ〜時計無いんで…」
「そう…」

立ち上がると足元がふらついた。右に2〜3歩よろけて幌に手をつきながら運転席の後ろまで
たどり着くと、小さな窓をスライドさせた。

216 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:48
運転をしてたのは圭織だった。
ミラー越しに彼女の顔が見える。
すぐ後ろの窓を開けたのに、目線すら動かさない。

「なんだ、起きてたんだ」
石黒さんが不自然な格好で、あたしに顔を向けた。
「いえ、今まで寝てました」
「そう…で、どうしたの?」
「あっ…え〜と、今何時かと思って」
「あ〜1時を過ぎたところだね」

仙台を出て、もう12時間が過ぎようとしている。それなのに、まだ成田にたどり着かないなんて、なんてことなの?
仙台から成田まで10時間もあれば着くって、圭織も言ってたのに…

「ずっと、運転しっぱなし?」
「2回ほど休憩したけど?あんたら寝てたから気づかなかったんだね」
やっぱり。だから遅れてるんだ。あたしたちが寝ているのをいいことに、どっかでお茶でも飲んでたんだ。
「後どのぐらいで成田なの?」
「朝だね。まあとりあえず、暗いうちに岩井からは遠ざかりたいからね」

217 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:48

岩井には皇居がある。親王様が仙台にいるとはいえ、警備はすごく厳しい。
皇居から半径10キロぐらいは、限られた人しか入ることすらできないらしい。
あたしたちは、その外側を通ろうとしているんだけど、それでも今までの何倍もの警察がいることには違いなかった。
だから、暗いうちに通り抜けてしまいたかった。まだ1時だから、夜が明けるまでには時間がある。
でも、あたしとしては一刻も早く通り抜けてしまいたかった。

218 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:50
トラックが突然大きく揺れた。
あたしは、はじけ飛ばされそうになったけど、なんとか右手で窓枠を掴んだ。

「ちょっと〜圭織、気をつけて運転してよ。転んで頭でも打ったら死んじゃうかもしれないじゃない」
「そう…ごめんね」

圭織はすまなそうな顔をするでもなく、ミラー越しにあたしをチラッとみるとすぐ運転に戻ってしまった。

「ねえ、ちょっと〜聞いてんの?」
「紺野は大丈夫?」
「紺野じゃなくってさ!…大丈夫みたいだけど」

振り返ると、紺野が目を覚ましていた。
傍らに小川がいた。何を話してるんだろう、楽しそうに微笑みあっている。

「紺野起きたの?まだ先は長いから寝てなさい。ほら、小川も寝れるときに寝とかないと」
「ぷっ」
「なんですか?石黒さん。何がおかしいんですか?」
「いや別に」

そう言い終わって前を向いても石黒さんは笑っていた。
なによ!何が言いたいのさ。ちょっと年上だからって大人ぶっちゃってさ。

219 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:51
「あんたってさ、自分が中心にいないと気がすまない性質なんだね」
「そんなことないよ。ちゃんとさ、みんなのこと考えているし」
「まあ、あんたはそう思ってやってるのかもしれないけどね」
「どういう意味よ。もう、ひっどい、ホント失礼しちゃうんだから。あたしはねぇ、ホン〜トみんなのこと考えてるんだから」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「なによ〜、なんか文句ある?」
「別に〜」

「あ、安倍さんは本当にやさしいんですよ。あたしに闇市でどういう風に売れば高く売れるか
教えてくれたし、どうやって安く買うかとか、ホントちゃんと教えてくれたし…
ま、マフラーだって買ってくれたし…」

小川がいつの間にか、あたしの横にいた。
いつもの大きな声をさらに大きくし、鼻の穴を大きくして、息を荒立てている。

220 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:53
「何興奮してるんだべさ、小川は」
「別に興奮なんかしてないっすよ。ただ石黒さんが安倍さんのこと悪く言うから、怒ってるだけっすよ」
「あ、ありがとう…」
「そんなお礼なんてとんでもない。石黒さんが悪いんですから」
「どうもすみませんね」

前を見たままだ。

ヘッドライトに照らされる道は、もうずいぶん前から畦道に変わっていた。
トラックが漸く通れるほどの細い道は、わだちが列車のレールみたいに続いていた。
森が道を覆っている。森のトンネルというよりは、魔物の口の中を走っているみたいだった。
圭織は、あたしたちをその奥へと連れて行こうとしている。行き着く先は魔物の胃袋なのかもしれない。
ここで飛び降りれば、まだ間に合うのかもしれない。
この先に待っているのは暗闇ばかりだ。絶対そうなんだ。
でも、あの角を廻れば、幸せが待っているかもしれない。
ここは地獄だ。どこに行こうと、ここにいるよりはマシ…なんだ。

たぶん…

「石黒さん、すんません、おしっこいきたいんすけど」
「え〜まこっちゃん我慢できないの?」
「ちょっと難しいです」
「ん〜どうする?圭織」
「後30分待てない?」
「ん〜待てないかも知れないっす」

金属音を響かせながら、トラックはゆっくりと止まった。

221 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:54
エンジンが止まっても、まだ体がトラックの揺れを持続させていた。
外に出ようと幌を開けようとしたら、りんねさんに止められた。
彼女はポケットから小さな懐中電灯を取り出すと、銃を肩に掛けなおした。
銃は軍人がよく持っているタイプのものだった。どこでそんな物騒なものを調達してきたのか、
このほかに3丁ほど銃があった。
手に持つ小さいのが2つに、りんねさんが持っているような長いものが2つ…
3つはわかるんだけど、あとひとつは誰が使うというんだろう?

あたしはいやだ。
あんなものがあるから、世の中がおかしくなるんだ。
小川の時だって、小川が銃を持っていなければ、あんな危険な目に会うこともなかったんだ。
そっか、小川がまた銃を持つんだ。

222 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:56
りんねさんが幌をめくり周りの安全を確認すると、トラックから降りていった。

「いいよ、降りても」

その言葉を待っていたかのように小川がトラックを飛び降りていった。

「遠くに行かないでね」

りんねさんが小川に声を掛けるが、小川の返事は既に森の奥から聞こえてきた。
あたしはトラックを降りると、紺野の手を取って降ろしてあげた。

真っ暗で何も見えない。
漆黒の闇はそんなに珍しいことじゃないけど、ここは少しおっかない気がした。

「まこっちゃん、ひとりで森の中に行っちゃたんですか?」
「そうみたいね。紺野一緒に行く?」
「ん…あたしは別に…」
「何言ってるのよ。一緒に行くの。ほら、懐中電灯借りて来て」
「あっはい」

紺野がりんねさんから懐中電灯を借りると、紺野を先に森の中に入っていった。

223 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:57

「足元気をつけてください」

道を外れると地面は一段低くなっていた。
思ったより落ち葉が少なかった。足の裏は直接湿った地面を踏みしめた。

「紺野、その辺でちょっと待ってて」

こんな真っ暗なんだから、そんなに奥に行く必要はなかった。
あたしは紺野から少し離れたところにしゃがむと用を足した。
しゃがんでいる間、紺野が持つ明かりばかりを見ていた。

銃じゃなくって、懐中電灯ぐらいもっと用意しなさいよ。
でも、自分がしているところを明かりで照らすのもかっこ悪いか…

224 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:59

「安倍さ〜ん」

立ち上がって身を整えていると不意に声を掛けられた。

「ひゃぁあ〜!…もう〜小川びっくりするべさ。なっち心臓が止まったかと思ったよ」

危うくあたしは自分がぬらした地面に腰を下ろすところだった。
小川は何をやってもタイミングの悪い子だ。彼女が悪いのかそれともそういう運命の元に生まれてきたのか、
兎に角いやなタイミングであたしの嫌がることを次から次へとやってのけてくれる。
本当はわざとやっているんじゃないかと疑いたくなるけど、小川にそんな器用なことができわけがなく、
嫌な思いばかり募っていく気がした。

「安倍さ〜ん」
「なによ、もう!なんだべさ」


「うぅ〜安倍さ〜ん…ごめんなさい」
泣いている?

「何言って…あっ!」

225 :名無し娘。:2004/01/29(木) 01:01
気づくのが遅かった。小川の声の所為で油断したのがいけなかった。
小川は羽交い絞めにされていた。暗闇でよく見えないけど、180cmを超える男のようだ。
その両脇から二つの影が飛び出した時、あたしはもう一度しゃがみこむぐらいしかできなかった。
二人の男があたしの体を持ち上げようとしていた。

叫ばなきゃ!

声を出そうとするんだけど、喉がうまく開かない。ヒューヒューという音だけが出てくる。
一人があたしの口を押さえようとした。
あたしは首を振りながら、紺野の明かりを探した。

「こ、紺野!助けて!」

なんとか声を絞り出すと、紺野が明かりをこちらに向けてあたしの姿を探しているのが見えた。

「圭織!」

口はふさがれてしまったが、それでも叫ぶのを止めなかった。
すぐ横で、小川も同じように叫んでいる。
助けて!助けて圭織!助けて石黒さん!
あたしの足を抱えていた男が紺野の方に走っていくと、紺野はあたしたちを置いて逃げ出す姿が見えた。

「紺野〜!」

紺野の明かりが見えなくなった。
あたしたちが森の奥へと連れて行かれたからだ。

「なっち!小川!」

圭織の叫び声と銃声が聞こえる。
それも徐々に遠くなっていく。

226 :名無し娘。:2004/01/29(木) 20:57
更新Z

うぁっ!こんなとこで終わるなんて…
どうなるんだろう…ワクワク

227 :名無し娘。:2004/02/01(日) 17:18
質問です。3つに分かれているんですか?

228 :名無し娘。:2004/02/03(火) 23:56
いつも読んでいただいてありがとうございます。

質問の件ですが >>163 で3分割と書かれている点のことでしょうか?
答えはYesです。東と西と+αです。書き間違えではないです。
もっとも、もうひとつの国については、当分出てくる予定はありません。
たぶん西での話で少しだけ出てくる予定ですが、あまり本編とは係わりないかもしれません。
ばいぽーら(二極性)だから当然東西じゃねーのかと思われるかもしれませんが、
安倍の中ではもうひとつの国はあまり関係なく、今が地獄で西が天国ということで・・・。

日本列島の光と影、安倍の中の陰と陽、登場人物それぞれのばいぽーらが書ければと思っております。

229 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:13

古いこのぼろ屋には不釣合いなほど重厚な扉が押し開けられた。
部屋の中は真っ暗だった。窓ひとつないのだろうか。
それより何?この臭いは。
酷いというのをとっくに通り過ぎて吐きそうになる。ごみ山ですらこんな臭いはしなかった。
汚物に頭ごと突っ込んだ方がマシだと思う。
背中を押されて一歩部屋に踏み込むと、その臭いの酷さが増した気がした。
それにすごく蒸し暑い。蒸した毛布でも体に掛けられたのかと勘違いするほど濃厚だ。
空気と言うより、腐ったスープの中にでも迷い込んだようだ。

230 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:14


そして…

人だ

231 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:15

そんなに大きくない部屋に数え切れない人が犇めき合っていた。
扉から差し込む光に目だけが無数に浮かび上がった。
それを見たんだろう、後ろで小川が悲鳴を上げた。
どの瞳も焦点が合っていない。あたしたちを見ているようで、どこも見ていなかった。
ただこちらを向いているだけの目玉が、こんなにも不気味なものなんだと初めて知った。

「突っ立ってないで、さっさと入らんか」

また小川が短い悲鳴を上げると、あたしは小川に押されて部屋の中に転がりこんだ。
床に倒れこんだんじゃない。人の上に圧し掛かってしまった。

「ごめんなさい」

誤って立ち上がろうとするが、足を置く場所すらない状態だった。
みんな小さく丸まっているのに、背中と背中はくっつき合い。腕と腕は密着していた。
何とか片足を床につけると、座っている誰かに押し上げられて何と片足立ちすることができた。
もう一方の足を下ろす場所を探していると、後ろで無常にも扉が閉じられてしまった。

232 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:15

真っ暗

何も見えない。
あたしは片足立ちしたまま、どうすることもなく立っていると足を押された。
「あっち」「あっち行くんだよ」
誰かの足を踏み、誰かのひざの上に乗り上げ、よつんばになりながら、押されるがままに部屋の隅へと辿り着いた。
あたしのすぐ後を同じように押された小川がやってきた。
小川の腕を引っ張っり引き寄せた。

「すんません、 あっ」

あたしの目の前に立ったはずの小川が突然消えた。
腕を持ったままだったんで、あたしは腕を床まで引っ張られ片足を突いた。

233 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:16

「どうしたの?」
「いった〜」
「大丈夫?どうしたのよ」
「いや〜、なんか穴ぼこに片足おっこちちゃったんすよ」
「穴?」
「はい」

部屋の片隅に穴が開いていた。足でその穴を確認すると幅30センチぐらいのちょっとだ円形の形をしていた。
穴の周りは濡れていた。何かヌルっとした物を踏んだ。
兎に角此処しか場所がないようだった。二人でここに立っているしかないようだ。
小川があたしの腕にしがみつく。乳房が直接あたしの腕に押し付けられていた。
あたしたちは裸だった。あたしたちだけじゃない。ここにいる人たち全員が多分何も身に着けていないと思う。
万が一ここを脱走しても、裸のままじゃどこにもいけない。
恥ずかしいのを我慢したって、外はまだ裸でいるには寒すぎる。

234 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:16

あたしたちは此処に来るなり衣類を剥ぎ取られた。
犯される!と思ったが銃をつきつけられたままじゃ、抵抗することもできなかった。
でも、幸いと言うか犯されることはなかった。
その代わり血を採られ、いろんな検査を受けた。健康かどうかを確認するためらしい。
小川がそう教えてくれた。

健康であれば飼い主の予備の臓器として、健康でなければ玩具として
あたしたちは売られていくんだそうだ。

「父がそういったことに…ちょっと関わっていたから…」

小川の生い立ちはともかく、その知識が犯されるとか、殺されるとかという最悪の状態だけは回避することができた。
でも、それも時間を遅らせただけに過ぎない。
「チャンスを待ちましょう」という小川の言葉を信じたわけじゃないけど、その方が少しはマシだと思った。

235 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:17

何がマシなんだよ。最悪だよ。
何でいつもあたしはこんなに不幸なことに巻き込まれてしまうんだろう。
今回だって、小川が勝手に森の奥に行かなければこんな目に会うことはなかったんだよ。
大体なんであんなところで止まろうとしたのよ。まったく!
それに紺野なんかあたしを助けもせず、とっとと逃げちゃっているし…

…どうしよう。圭織助けに来てくれないかも。
捕まった中に紺野がいたなら、圭織も石黒さんも助けに来るんだろうけどさ…
なんたって、紺野のバックには大金が詰まってるんだし…そうよ、大体なんで紺野はお金出さないのよ。
紺野がバックの中のお金を出してくれれば、電車でも乗って今頃は成田についていたのに!
そうしてれば、捕まるなんてことなかったべさ。
ホントにホントにホントにいったい何なのよ!あたしが何したって言うのよ!

236 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:18

「安倍さん、此処座れますよ」

小川が例の穴をまたいで、濡れた床の上に座っていた。
でも、小川が座ってしまうとあたしが座る場所は無かった。

「あのさ〜小川が…」あの濡れた上に座るのはいやだ。
「座ってていいよ」「あっ、でも詰めますから」
「いいよ。疲れたら代わってもらうから」

壁にもたれたまま、部屋の中を見渡してみる。見渡してみるといっても、真っ暗でほとんど見えないんだけど。
それでも、入り口から漏れる明かりと慣れてきた目を凝らすと、なんとなく様子が分かってきた。
部屋の大きさは8畳ぐらいかな?そこに少なくとも40人ぐらいが膝を抱えて座っている。
というか蹲っている。

237 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:19

あたし達はこの部屋に入る前に番号を言い渡されていた。あたしが93番で小川が328番だった。
あたし達は此処でその番号を呼ばれるのをひたすら待つしかないらしい。
番号の若いあたしの方が、小川より先に呼ばれると言うことなんだろうか?
この建物を出たときが唯一のチャンスだ。あたし一人でも、逃げ出さなくっちゃいけない。
裸でも形振りかまっていられない。でも、たぶん外に連れ出されるときは服ぐらい着さしてくれるよ。服を着てから逃げ出せばいいんだ。そのぐらいの時間はあるよ…きっと。

部屋に入ってからどのぐらい経ったんだろう。何度も吐きそうになるぐらいくさい臭いにも随分なれた。
汗が目に入った。手のひらで何度か目をこするっても、しばらくするとまた汗が目に入ってくる。
この部屋は暑い。これだけ人がいれば当たり前かな。背中の壁の冷たさが心地よいぐらいだ。
こんな状態でいつまでここにいなきゃいけないんだろう?
早く出してくれなきゃ、気が狂っちゃいそうだ。

238 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:19

「ちょっと、そこ」

誰かが小川を押しのけた。小川はあたしにしがみつくように立ちあがった。
小川が立ち上がると、その人はそこにしゃがみこんだ。
あの穴はトイレだった。その人は用を足すと、また人を掻き分けて闇の中に消えていった。
それから、何度も此処に人がやってきては戻っていった。時々あたしの足に生暖かいものが掛かる。
足の裏で踏んだぬるっとしたものは…考えたくない。
此処が新入りの場所らしい。誰かが入ってくるまで、あたし達は此処から移動できないんだ。
誰か…

「小川交代して」

もう、立っていられなかった。
どのくらいの時間がたったのか、わからなくなってしまった。
あたしがこの部屋に入ってから、1時間が過ぎたのか3時間なのか、それとももう1日以上経っているのか、わからない。
でも、もう限界だった。
片足で立ったり、壁にもたれかかったりしていたけど、もう限界だ。
床が汚れていることなんかもう気にしちゃいられない。
あたしは小川の腕を掴んで引き上げると、穴をまたぐような格好で床に座り込んだ。
お腹もすいてきた。食事はどうなっているんだろうか?ずっと何も貰えないのだろうか?

239 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:20

「あ、あの〜」
思い切って、隣に座っている人に話しかけてみたけど、返事は無かった。
「あの〜食事ってどうなってるんですか?」
やはり返事は無かった。その人は膝の間に顔をうずめたままだった。
「あの〜」
「うるさいな」
「あの〜食事は」
「そのうち貰えるよ」
「そのうちって…一日一食ぐらい…」
「一日?一日ってなんだよ。こんな真っ暗の中でいつ日が暮れて、いつ日にちが替わったなんて
わかんねーだろうが。それにそんなものになんか意味あるのかよ」

「うるさい」「だまれ」

あたしの周りから呟くような小声がいくつも聞こえてきた。
なんなのよ、もう!こんなところにもう居たくない。

240 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:20

あたしは、大地も空気も凍らすほど寒い北国の短い夏に生まれた。
なつみという名前は、この寒い大地で人々の心を夏のように暖かく包み込み、
美しく輝かせる朗らかな子になるようにとつけられたんだ。
あたしの名前をつけたのはお母さんだった。

「本当にきれいになるということは、周りにいる人みんなを美しく輝かせないといけないんだよ」
お母さんは口癖のように、あたしにそう話していた。
「そんなことなっちには無理だよ」
「大丈夫、なつみならできるわ」

あたしにはできなかった。
自分すら輝いていないのに、他人を輝かせることなんかできない。
それに、他人よりまず自分の幸せがほしかった
…だけなのに

241 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:21

お母さん
お母さんが生きていれば…

…お母さんが生きていれば、あたしはまだお母さんと室蘭に暮らしていたんだ。

なんで死んじゃったの?
なつみはこんな暗いところで、泣いているんだよ。
太陽は自分が熱く燃えているから人を暖かく包むことができるのに、
あたしの中の炎はここで消えようとしているんだよ。

助けてよ
なんで、助けてくれないの?

助けて

「安倍さん、少しだけ替わってもらえませんか?」

助けて

「ちょっとまってよ」
「もう、倒れそうなんですよ、ちょっとだけでいいですから」
「うっさいわね。あと5分待ちなさいよ」

「安倍さん…」

242 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:22

もう…もういや!
あたしは立ち上がり、扉に向かって走り出した。
人の上に乗り上げ、よつんばになりながらも必死に出口に向かった。
罵声が飛び交うけど、そんなことかまっていられない。
話せばわかってくれるはず。
あたしがこんなところにいるのは、名認可の間違いだっていうことを。

「ちょっと!ちょっと開けてよ。ねえ、開けてよ」

激しく扉をたたいた。
扉は硬くて、あたしの拳はどんどん痛みを増していた。
でも、誰も来てくれなかった。扉は開こうとしなかった。

「お願いだから、お願いだから話だけでも…」

聞いてください。
そう言おうとしたんだけど、途中であたしは誰かに思いっきり引っ張られて床に転んだ。

「いった〜何」

その瞬間わき腹を思いっきり蹴られた。その後はもうなすがままだった。
あたしはお腹を蹴られないように必死で丸まった。

243 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:24

途中からは覚えていない。気づいたときには、さっきいたトイレの場所に横になっていた。
体中が痛い。腕を動かすことすら大変だった。向きを変えようと体をねじったら、わき腹に激痛が走った。
あばらが折れているかもしれない。そっと痛むところを手でなぞってみる。
折れてはいないけど、ひびが入っているかもしれない。左目も腫れてしまって目が開かなかった。

「安倍さん」

小川が耳元であたしを呼んだ。

「う・・・・」

声を出そうとしたけど、うめき声しか出なかった。

「ごめんなさい、助けられなくって」

小川の声もどこかおかしかった。顔を上げて、目の前の小川の顔を見た。
ああ、なんてことなの。小川の顔もこんな暗闇でも分かるぐらい腫れあがっていた。

244 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:25

「安倍さん穴に落とされそうになったんです。なんとかそれだけは止めたんですけど
…すみません」

泣かないと決めていたのに…

「ごめん…」

声にはならなかった。
手を伸ばして小川の顔をなぞると、あたしに負けないぐらいあちこちが腫れていた。
指にまで熱が伝わる。

「なんで…」

なんであたしなんか助けようとしたんだろう。
もし逆の立場だったら、あたしは小川をかばったんだろうか…

「ありがとう」

小川の手を捜してあたしの手が暗闇を彷徨った。
小川があたしの手をしっかりと掴んだ。

「いんですよ〜、そんなこと」

相変わらず間の抜けた小川の声に、涙がまたあふれ出てきた。

245 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:48
>>223
あ〜「足もと、気をつけてください」ですね。「足、元気をつけて」と自分で読んでしまった

246 :名無し娘。:2004/02/15(日) 02:53
更新Zです。
す、すっげえリアルですね…
じわじわと迫ってくる描写に圧倒されますた。

247 :名無し娘。:2004/02/15(日) 21:28
大量更新乙です。
うーん、臨場感ありますね。これからも楽しみにしてます。

248 :名無し娘。:2004/03/02(火) 22:56
それから幾つ夢を見たんだろう。
現実から逃れるには、夢の中の住人になるしかなかった。
目を開けていても、現実は何も変わらなかった。
小川があたしに凭れ掛かっている。小川もまたほとんどの時間を夢の中で過ごしていた。

249 :名無し娘。:2004/03/02(火) 22:56

あたしたちは少しずつ場所を移動して、今は、最初に居たトイレとは反対の壁際に移ることができた。
場所が変わったものの、相変わらず床はぬれたままだった。
どういったタイミングで行われるのか分からないんだけど、時々扉が開いて、部屋に向けて放水が行われているためだった。
初めは部屋を掃除するため?と思ったんだけど、これが唯一の水分補給だった。
放水される水に弾き飛ばされながらも、水に向かって裸の女性たちが群がっていく姿は、
恐ろしいというより滑稽だった。現に放水をしている男は、どいつも馬鹿みたいに大笑いをしていた。いつホースを投げ出して、腹を抱えて笑い出してもおかしくないぐらい大きな口をあけて笑っていた。
でも、あたしたちは必死だった。滑稽だろうと馬鹿にされようと、貴重な水を少しでもたくさん飲むために、
他人を押しのけて水に向かっていった。

250 :名無し娘。:2004/03/02(火) 22:59

醜い水の奪い合いの後は、必ず場所の奪い合いが始まる。
それは時には大きな乱闘騒ぎになる。しかもこの乱闘はほとんど無言で行われるんだ。
大声を出して騒ぎを起こしていると、再び扉が開き放水が始まった。
この放水の意味することを、あたしは1度だけ経験させられた。
なんてことはない、単に食事を抜かれるだけだ。餓死しそうなぐらい食事を抜かれるだけだった。
だから、やる側もやられる側も決して声を出さない。暗闇の中でただひたすら殴り合っていた。

251 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:01

あたしは乱闘には参加しなかった。
カッコつけているわけじゃなくって、そんなことに体力を消耗させることが馬鹿馬鹿しいと思うから、
乱闘が始まると小川と一緒に壁際へと移動していた。
でも、なんといってもこの狭い部屋の中では、ときには乱闘に巻き込まれることもあるけど、
そんな時でも、とにかく壁伝いに逃げ回っていた。
そうやって、少しずつ良い場所へと移動していた。

252 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:01

あたしが此処に来てから12人が部屋から出て行き、5人が死んで、8人が入ってきた。
病気で2人死に、2人がリンチで殺され、1人がトイレの穴に身を投げて死んでしまった。
この時は最悪だった。あの穴は結構深く、多分10メートル以上あると思うんだけど、
そこに身を投げても、下に溜まっているものがクッションになっていて、即死するわけじゃない。
死ぬつもりで飛び込んだくせに、体が沈みきるまでの間、大声で助けを求めていた。
「呪ってやる」それが最後の言葉だった。
その言葉の矛先は、彼女を捕まえた連中にではなく、こんなことが許されるこの国にでもなく。
彼女を助けなかったあたしたちに向けられていた。
「呪ってやる」
できるものなら、やってみなさいよ。逆にあたしたちがここで地獄を味合わせてあげるんだから。

「あたしが呪ってやる」

でも、誰を?
誰を呪えばいいんだろう…

253 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:02

寒い

どこからか、隙間風が通り抜けた。
人が減ったことで、部屋に少しはゆとりが出来たのは嬉しいんだけど、その分部屋の温度は下がってしまった。
放水されても、ぬれた髪を拭くタオルもなかったし、冷えた体を温めるストーブもなかった。
ぬれた体を手で拭い、寒さに震えているしかないんだ。
そんな状態だから、いつも部屋のどこかで咳き込む声が聞こえていた。
体が壊れるのが先か、精神が壊れるのが先か、それともここから抜け出すのが先か分からないけど、
もう、段々何もわからなくなっている。
なにも考えないことだけが、自分を正常に保っていられる気がしていた。
でも、そのうちきっと自分が誰なのかどころか、今本当に生きているのかさえわからなくなってしまうんだろう。
そんな状態になってからじゃ、助かったって意味がない

254 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:04

早く、早く助けに来てほしい。
圭織は一体何をやってるんだろう?
もうこんなにも時間が経っているのに、何で助けに来てくれないんだろう?
石黒さん…
石黒さんが助けに行かないように言ってるんじゃないのだろうか。
石黒さん、あたしのこと嫌っていたもんね。
紺野やりんねさんじゃあ、石黒さんに逆らうことできなさそうだし、圭織だって結局石黒さんの仲間だし…

あ〜もう誰でもいいから、助けに来て!
あたしをここから連れ出して!

255 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:04
突然扉が開いた。
思わず身を縮めてしまった。

此処では、誰もしゃべらない。しゃべる気力もないし、此処でしゃべることなんかなんにもなかった。
でも、自分でも気づかないうちに、大声で独り言を言っていたかもしれない。
あたしだけじゃない。時々訳もわからず叫んでいる人や大声で独り言を言っている人がいた。
特に、こんなに鬱状態のときは、あたし自身がそうなっていてもおかしくはなかった。

周りを確認したけど、誰もあたしに注目をしていなかった。
みんな扉の方をじっと見つめていた。

256 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:05

「3番、68番、129番出ろ」

あたしの番号はなかった。

呼ばれた人は喜ぶ訳でもなく、ゆっくりと立ち上がるとのろのろと扉に向かっていく。

「68番、いないのか?」

返事はなかった。
自殺した人か殺された人か、いずれにしても生きてこの部屋を出ることができなかった人の番号なんだろう。
2人が連れ出されると、扉はまた硬く閉まった。

257 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:05

"ああ〜"

声にはなっていないけど、ここにいる全員が深いため息をついていた。
空気が一気に重くなっていく。
そして、全員が息を止めているじゃないかと思うぐらい静かな静寂。

今度扉が開くのは、いつのことなんだろう?
それまで、またここで待っているしかないんだ。
あの扉が閉じた瞬間、死にたくなるほどの絶望感にさいなまれる。
それは、なにもあたしだけのことじゃなかった。
無情にもこの部屋にまた取り残されたことを知ると、誰もが気が変になってしまう。
自殺した娘も、この瞬間だった。
狂ったように叫びながら、頭をなんどもなんども壁にぶつけ、部屋中を転げ周り、
みんなに殴られ、蹴られ、踏みつけられた挙句、自らトイレに身を投げたのだ。

258 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:06

「駄目だ。もう駄目だ」

始まった。
小声で囁くような独り言が聞こえてくる。

「助けて、もうイヤ」

それは一箇所からじゃない。部屋のあちこちで始まり、その声は徐々に大きくなっていく。
いつものことだけど、いつまで経ってもなれない。言葉にしたって、何も変わるわけじゃないのに、
それでも言葉にしてみないと、やってられないんだ。
何かのきっかけで誰かが大声をあげると、あの無言の乱闘が始まりを告げるんだ。

259 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:07

「小川、移動するよ」

小川は無言のままだった。

「小川…」

立ち上がって小川の腕を引っ張ったんだけど、腕に力が全然入ってなくって、大きなぬいぐるみの
腕でも引っ張っているような気がした。

「小川…いこっ」
「もうダメもうダメもうダメもうダメもうダメもうダメ…」

膝の間にうずめた頭から、小川の独り言が聞こえ始めた。
小川の独り言を聞くのは、これが初めてだった。

「ちょっと小川、しっかりしなさいってば」
「もうダメもうダメダメダメダメダメダメ  ダメ!!!!!!」


あたしの手を振り払うと、小川は出口に向かって突進していった。

260 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:07

「小川ダメだって」

小声で囁くような声は、無言の乱闘を超えて小川の元には届かなかった。
たとえ届いたからって、小川の暴走が止まったわけじゃないし。
そんなんで、大声を張り上げていたら、あの乱闘の格好の餌食になってしまう。
小川は扉を2〜3度叩いたところで、次の獲物となって乱闘へと引きずり込まれていった。

助けないと…いけない…?
小川がいないと、もし圭織に助けられた時に、そのまま置いていかれるかもしれない。
この部屋中の人を解放して、あたしだけここに閉じ込めたまま去ってしまう…気がする。

「小川…」

小川は乱闘の中心で、まだ、みんなにボコボコに蹴られているみたいだ。
このまま、まともに助けに行ったら、代わりにあたしがやられてしまいそうだし…

261 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:07

しょうがないか…
あたしは部屋の隅に座っている新入りのところまで壁伝いに移動すると、その子を無理やり立たせた。
この子が入ってきてから、何日か過ぎている。その間に2回ほど食事がばら撒かれたけど、
たぶんこの子は食べていないはずだ。新入りに食事をあげるほど、あたしたちは甘くなかった。
かなり弱っているはずだった。現にあたしが引っ張りあげると、抵抗することも無く、
簡単に立ち上がった。
この時期に1回目の酷い落ち込みを殆どの人が経験している。
現実を思い知り、ひたすら声を殺して泣いてすごしているこの時期は、抵抗する気力さえなく、
なすがままに、こうやって立ち上がってしまうんだ。
後は思いっきり乱闘に向かって、この子を突き出すだけだ。
右手で腕を掴んで、左手で思いっきり胸を押すと、面白いほど簡単にはじけ飛んでいった。

262 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:11

小川の足を引っ張って引きずり出した。

「あひがほうご'@($!J%)

歯が何本か折れているようだった。手のひらで顔を触るとあちこちが腫れていた。
血も出ているようだ。あたしの手のひらが汚れた。

「これで借り貸しなしだからね」

小川を引きずりながら、あたしは前から狙っていた出口側の角に移動した。
この場所は出口から死角になる場所だから、移動しなくても放水を直に浴びることは無かった。
水を飲むために体を濡らすのは、まだ体力があるうちだけで、そろそろ辛くなっていたし、
今の小川の状態を考えると、少しでも体力を温存するために、放水が直に当たらないように避けたかった。
濡れた床を舐めてれば、何とかしのぐことはできそうだ。放水は結構頻繁に行われるし、
のどが渇けば、乱闘を始めれば良いだけのことだ。
放水後にもぬれていないこの場所は特等席だ。

乱闘はまだ続いている。中心にいるのは、小川の代わりにあたしが放り込んだ子だ。

263 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:15
すみません、ちょっとこの後のところで、つじつまの合わないところが見つかったので
今日は此処までです。

264 :名無し娘。:2004/03/08(月) 00:13
すんまへんが全面書き換えておりますので、もうちっとかかります

265 :名無し娘。:2004/03/08(月) 00:13
しまったageてしもうた!予定外・・・

266 :名無し娘。:2004/03/08(月) 03:14
期待しております

267 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:18

朝が来た。
部屋の中は相変わらず真っ暗で、光といえば扉の隙間から漏れてくる仄かが明かりだけで、
昼なんだか夜なんだか、それだけじゃわかんないけど、外からわずかに聞こえてくる小鳥のさえずりが、
朝を告げている。
そんなことに意味を持っていたのは、もう随分昔になってしまった。

268 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:19

部屋の真ん中に、ひとつの死体が転がっていた。
あたしのところから2メートルも離れていないところだ。
ちゃんと見えているわけじゃない。いくら慣れたからといっても、ここではそんなにしっかり見えるわけじゃなかった。
でも、それは確実にそこにあった。

それが誰なのかは、あたしが一番知っている。
あたしが背中を押した子に間違いなかった。
あたしが殺したわけじゃない。ちょっとだけ、小川の代わりをして貰っただけなのに。
殺したのはここにいる連中だ。あたしじゃない。
あの子だって、逃げようと思えば、逃げられたはずなのに…
誰も助けようとしなかったなんて…

269 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:19

大体、小川がいけないんだ。
まさか小川が乱闘の原因を作るなんて、考えもしなかった。
そういえば、だいぶ前から小川の声を聞いていなかった。
小川もそれなりにストレスを募らせていたんだ。そんなこと考えてもみなかった。
最後に言葉を交わしたのはいつだったんだろう?
「もうダメだ」といった小川の声は、本当に小川だったんだろうか?
今思うと、小川の声にしてはしゃがれていて、老婆のような声のようだった。
いや、記憶違いなのだろうか?昨日はあたしもどうかしていたし。
それとも、あたしが覚えている小川の声の方が間違っていて、本当はあんな声だったのかもしれない。
どちらにしても、あたしは小川を助けることができたんだ。これで借りは返せた。
あたしが、あの子を代わりに差し出さなかったら、小川があそこで転がっていたんだ。
今、小川はあたしの横で眠っている。手をかざすと、鼻息が手にかかった。


あ〜あ、早く死体なげてほしいな。
なんで、いつものようにトイレの穴に落とさないんだろう?

270 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:20
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

271 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:22
こないだの続きです。修正というか、書き直したというか、結局元に近い形になってしまった・・・

272 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:44

扉…

   開いたの?

あたしの番号は…

今…何て言ったの?


あたし・・・

 だれか…

273 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:45

暗くなった。

またか

なんで…?

93…番
2番だっけ?

あたし…
生きてる…の?



 眠い…

274 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:45



「なっち」

何?

「なっち」

眠い


 乱闘?


眠いのに…

痛い!

275 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:46

「なっち、あなたなっちでしょ?」

なっち?
…誰?

276 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:47

「なっちなんでしょ!あたしよ、圭織よ」

だれ?圭織?

もう、止めてよ!
体揺らさないでよ。

なっち…
なっち?

277 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:47


あたしだ!
あたしを誰かが呼んだんだ!

「大丈夫?しっかりして」
「か…おり?」

「なっち、なっちなのね。暗いから良く見えないけど、なっちなのね?」
「圭織なの?」

278 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:48

なんか、喉が張り付いていて、上手く声が出せなかった。
何度か咳払いしてみたけど、ぜんぜん変わらない。

「そう、圭織よ。大丈夫?」
「ねえ、あたしの声おかしくない?」
「えっ?声?…ちょっと変かも…それより大丈夫?」

やっぱり何かおかしいんだ。
ずっと声を出していなかったから、喉の筋肉が声の出し方を忘れちゃっているんだ。

「ねえ、小川は?」
「横にいるよ」

やだな、なんかおばあちゃんみたいな声になっている。
そういえば、こないだ聞いた小川の声もこんな感じだった気がする。

279 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:48

「違うじゃない。小川はどこよ…ねえ聞いてる?」
「じゃあ知らない。だって真っ暗なんだし…」

圭織の声が鼓膜にキンキン響いてる。
何でそんなに大きな声出してるんだろう?ここで、新入りがそんな声出して騒いでたら
いけないんだから。

280 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:49

「なっち、ちょっとここにいてね。小川探してくるから」
「探してどうするの?」
「此処から逃げるのよ」
「それより、圭織の番号は何番なの?」
「番号?」
「番号教えてもらったでしょ?」
「え…13番だけど…」
「ふ〜ん、変な番号」

13番なんてフケツな番号…フキツだったかな?
でも、そんな番号が呼ばれるとは思えない。あたしのほうが圭織より絶対先にばれるんだから。
あっ…でも、圭織のほうが体丈夫だから、内臓とかあたしより高く売れるかも…

「ねえ、ちょっと大丈夫?」
「なにが?」

端が絡まってるって感じじゃないんだけど、声を出そうとすると、
なんかのどの奥がちくちくと痛い。

「いい、ちょっとここで待っててね」

そう言うと、圭織はあたしの肩をポンと叩いて、どっかに行ってしまった。
だから、新入りがそんなことしていると、殺されちゃうんだから。
あたし知らないよ。助けになんか行かないんだから。

281 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:50

「小川?」「うるさい」
「小川?」「邪魔」「あっち行け」

あ〜あ、始まっちゃうよ。
馬鹿だな、圭織。あ〜ほら、みんな動き始めた。
あたしは部屋の角っちょに移動した。いつものように、角に背中を押し当てて、
なるべく小さく丸まって、乱闘に間違って引き込まれないように気配をひたすら殺していよっと。

282 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:50

なんか圭織が頑張っているもたい。乱闘はいつまで経っても終わらなかった。
それに、普段なら誰かがやられる子の口を押さえているから、無言でことが進んでいるのに、
なんか悲鳴とか聞こえてくる。
あ〜あ、ほら、放水が始まっちゃった。これで圭織は間違いなく殺されちゃうな。
でも、あたし水がほしかったし、喉おかしいからうがいとかしたかったし、ちょうどいいかも。


放水が終わって、いつもの沈黙と暗闇が戻ってきた。
喉はまだおかしい。水を飲んだんだけど、信じられないぐらい喉が痛かった。
もう、なんでこんな環境に入れてるんだろう。こんなとこ長くいたら、内臓とか痛めちゃうっしょ。
そんなんで商品価値が落ちちゃったら、購入する人が減っちゃうじゃん。馬鹿じゃないの?

283 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:51

「なっち」

また、圭織だ。
このまま圭織に関わってたら、碌なことがなさそうだ。
あたしは頭を膝の間に入れて、聞こえないふりをしてやり過ごそうとした。

「なっち」

ばれた。
まだ、入ってきて間もないから、そんなにこの暗闇にも慣れてないと思ったんだけど、ちょっと甘かった。
仕方なく顔を上げる。
あたしの横に何かが置かれた。多分小川だ。

「なによ?」
「小川探してきたよ」
「ふ〜ん」
「かなり弱ってるみたい、小川」
「ふ〜ん」
「ふ〜んじゃ無くって…」
「圭織うるさい。さわいだら、また、やられちゃうよ」
「いい?今から此処を逃げ出すよ」

あたしが警告しても、圭織は喋るのをやめなかった。
こんな人と同類と思われたら、間違いなくあたしまでターゲットにされてしまう。

284 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:52

「ちょっと分かってる?此処を抜け出すの」
「はぁ?」
「彩っぺ達がこの周りで、あたし達が行動するのを待っているわ」
「はぁ?行動するって…だって、圭織捕まっちゃってるじゃん」

いくら軍隊で鍛えているからって、銃をいっぱい持っている人相手に素手でかなう訳ない。
捕まったショックで、頭がおかしくなっちゃったんだろうか?

285 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:58

「大丈夫、武器ならあるの」
「はあ?だって裸じゃん」
「男と違って女は隠す場所があるから…」

なに馬鹿みたいなこと言ってるんだろう?
此処から逃げることなんか考えないで、おとなしく座っていてほしい。

「なっち、入り口に移動するから、小川をお願いね」
「え〜、なんであたしが…」
「お・ね・が・い」

圭織があたしの顔に、なんか尖がったものをペタペタと突きつけた。
ナイフ…なの?
どこに隠していたのか知らないけど、圭織は素手じゃなかった。

286 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:58

「ホント…に…助けに来たの?」
「そうだよ」
「でも、だって、どうやって?」
「ナイフがあるの。外にあやっぺがいる。後は行き当たりばったり」
「説明になってないじゃん」
「いいから、やるよ」

「うるさい」「だまれ」「またやられたいのか」

また、周りが蠢き始めた。
あたしたちを襲うつもりだ。

287 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:00

「あなた達、あたしら、今からここから抜け出すけど、ついて来たい人はついて来なさい。
でも、山を降りるまでは自分の力で降りてきてね。 なっち行くよ」

圭織は立ち上がると、扉へと移動し始めた。

「やめろ」「いらんことしないでよ」
「馬鹿か?」「静かにしてくれ」

「言い忘れたけど、邪魔しないでね。さっきみたいに叩きのめすわよ」

288 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:00

本当に逃げるんだ。
成功するかどうかは兎も角、圭織は本気でやろうとしているんだ・
どうしよう。成功するならいいけど、失敗したら殺されちゃう。
外の男達に殺されなくっても、この部屋にいる連中に殺されちゃう。

「なっち、早く。小川も」

「はい」

隣で眠っていると思った小川が弱弱しく立ち上がろうとして、あたしに躓いて転んだ。

「なっち」

わかってるってば、助ければいいんしょ?
なんであたしが小川を助けなきゃいけないんだか。

「小川捕まって」
「すんません」

小川に肩を貸しながら、立ち上がるとよろよろと壁伝いに圭織のところに移動した。

289 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:01

「どうするの?」

小川はかなり体力が消耗していた。
前に紺野が仙台で倒れたけど、それより、弱っている気がする。
自分の足で立っているのがやっとって感じだった。
足が前に行ってない。あたしが殆ど引きずっている感じだった。

「ちょっと圭織、小川やばいよ。こんなんじゃ絶対無理っしょ。
小川はとりあえず置いていった方がいいんじゃない?」
「だめ」

圭織は昔から頑固だった。
軍隊に入ることも、親に結構止められていたのに勝手に入ってしまった。
軍隊は、圭織にはお似合いだと思った。
いつも自分が正しいと信じて疑わない正義の味方には、お国の兵隊さんがお似合いだと思った。
あたしは、そこが嫌いだった。そんなんだから、友達が少ないんだよ。

もっとも、あたしもそんなに威張れるほど友達がいたわけじゃなかった。
同じ年代の子は、村にいっぱいいた。でも、結局友達といえる子はいなかった。

290 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:01


「開けろ!」


圭織が扉を思いっきり叩き始めた。
それは、新入りが行う典型的なパターンのひとつに思えた。
周りのみんなも、またかという顔をしているに違いない。
「うるさい」という声が、またそこら中から上がっていた。

「あなたたちこそ、うっさいわよ。黙って座ってなさい」

圭織の一言で、部屋が静まり返った。
扉を叩く音だけが響いている。

「開けなさいよ、ちょっと」

何分かそんなことを続けていると、扉の鍵を開ける音がした。

291 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:02

「なっち、ちょっと下がっていて」

扉が開いた。
いつものように放水用のホースを持った男が立っていた。
顎鬚を生やした背の低い中年男だ。連中の中で一番いやらしい顔をした男だ。
現に時々、扉近くにいる女の子をどこかに連れて行く姿を見ている。

「またか…懲りない」

男の言葉はそこで止まった。圭織が男に襲い掛かったからだ。

「ちょっと待っててね」

振り返った圭織の胸から顔にかけて、血しぶきが広がっていた。
右手にキリのような金属物が光っていた。

292 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:03

眩しい。
隣の部屋から流れ込んでくる明かりが、目をつぶりたくなるような明るさに思えた。
目が弱っているんだ。今は昼間なんだろうか?昼だったら、外に出ても眩しくて何も見えないかもしれない。

「圭織?」

開いたままの扉は異様だった。
それはここにいる人たちも、同じ様に感じているみたいだった。
みんな膝を抱えて座ったまま、そわそわしている。

「ひっ!」

突然扉から人が入ってきた。
全員が、一斉に部屋の奥に逃げていく。
あたしも少し遅れて、奥へと這って行った。

293 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:05

「なっち、いくわよ」
「圭織?」
「そうよ」

圭織の手に機関銃が握られていた。
さっきより、顔が赤く染められている。

「あなたたちも、ついておいで!…小川」

圭織が小川の手を引っ張り立たせている。

「圭織、大丈夫なの?」
「後4〜5分ぐらいならね」
「どういうこと?」
「すぐ、応援が来るわ。それからじゃあ、この。建物から出られない。
それまでに、少なくともこの建物から出ないと。
━━━━ だから急いで」

294 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:06

飛び上がると、あたしは躓きながらも扉の外にはいでた。

「うっ!」

扉のすぐ横に、例の男が横たわっていた。
喉元から血がいっぱい流れだしていて、床に血だまりを作っていた。

「なっち、小川をお願い」
「う…うん」

小川があたしに倒れこんできた。

「小川しっかりしてよ。重い」

小川の体を支えると、足元がふらついた。
やっぱりだめ、重すぎる。
小川の体は痩せ細っていて、見た目はそんなに重くは無いんだけど、
支えているあたしの腕や足も、小川に負けないぐらい痩せ細っていた。
こうやって歩くこと自体、久しぶりだし。眩しくて前が良く見えないし、最悪だ。

295 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:06

「圭織、待ってよ」

突然銃声が聞こえた。
パパパンという乾いた音が、続いている。
本当に大丈夫なんだろうか?
立ち止まって様子を見ていると、部屋から飛び出してきた人が次々と外に出て行く。

「あっちょっと!」

圭織の声の後に、女性の悲鳴が幾つも続いた。
やっぱりダメなんだ。
あたしは小川をその場に置くと、部屋の中に戻ることにした。

296 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:07

「ちょっと、安倍なつみ!どこ行くの?」
「えっ?」

振り向くと、石黒さんがいた。

297 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:07

「あんた、逃げようって言うんじゃないよね」
「だって…」
「だってじゃない。第一なんで小川をここにおいて行くのよ」
「したっけ裸だし…着る物を…」
「したっけじゃない!いいから逃げるよ」

石黒さんは小川をおぶると、あたしを一睨みして、顎で先に行くように促してきた。
そんなこといったって、銃声がまだ聞こえているのに…
次の扉から顔だけ出すと、何人かが床で呻いていた。
明らかに、もう死んでいる子もいる。

「ほら」

石黒さんにお尻を蹴飛ばされた勢いで、次の部屋に飛び出してしまった。
あたしの横を何人も走り抜けて行っているんだから、それほど危ないわけじゃないんだろうけど、
それでも、腰が引けてしまう。

298 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:08

次の扉を開けると、外だった。
少し寒い。でも、運がいい。夜だった。
目を凝らすまでも無く、辺りの様子を見ることができる。
ここは山の中らしかった。緩やかな坂に雑木林が広がっていた。
そのところどころで、火花が見える。
圭織が銃撃戦を広げているんだろう。銃声が絶え間なく続いている。
圭織そんなに銃なんか持っていないのに、大丈夫なんだろうか?
それより、どこをどう逃げればいいんだろう。
飛び出した人たちは散り散りに逃げていくけど…

「こっちよ」

石黒さんが小川を負ぶったまま走り出した。
恐る恐る一歩踏出してみる。枯葉の下には、尖った小石が幾つも転がっている。
こんなところを裸足で駆け抜けたら、足の裏が傷だらけになってしまう。

299 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:08

「何してるの!そんなところに突っ立ってたら狙われるよ」

あたしは部屋の明かりをバックにしていた。
この暗闇の中で、呑気にターゲットになっている自分に驚いた。

数十メートル先の林に石黒さんの姿が見える。
あたしは急いでその後を追った。上手く走れない。
裸足だからって言うだけじゃない。ずっと狭い部屋にいた所為か、すぐに腿の筋肉が悲鳴を上げた。
膝がカクンと折れそうになる。暗闇の中で小枝が顔を鞭のように叩いていく。

「ちょっと、待ってくださいよ」

そんな声が聞こえないのか、石黒さんの姿がどんどん小さくなっていく。
このままじゃ、林の邪魔されて、すぐ姿を見失ってしまう。

300 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:08

突然、後ろで大きな爆発音がした。
小屋から炎が昇るのが見えた。

あたしは立ち止まり、しばらくその炎に目を奪われていた。
こんなに大きな炎を見たのは初めてだった。風に揺られて舞う火の粉が、暗い夜空へと舞い上がっていく。
綺麗だった。
あの炎の中で人が燃えていることは分かっていたけど、
それでも、足を止めるには十分すぎるほどの魅力を感じていた。

「こっちよ。早く」

石黒さんの声で、我に返った。
振り返って、石黒さんの姿を探したけど、見当たらない。
どうしよう。殺されちゃう。

301 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:09

「石黒さん!」
「こっち」
「どこですか?」
「こっちよ」

声は下の方から聞こえてくる。
兎に角、声がした方に夢中で走り出した。
息が続かない。吐きそうだ。もう何度転げ落ちただろう。
右足を捻挫してしまった。手のひらには幾つも小石が刺さっている。
助けて、助けて 助けて


「助けて!」

何かが、あたしの横をものすごい勢いで通っていった。
銃弾だ。
分かった瞬間、右手で木の幹を掴んだまま崩れ落ちてしまった。
もうもう立てない。気が遠くなりそうだ。
でも、でも後もう一歩だけ…

302 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:09

踏出した足が滑り、あたしは坂を転げ落ちた。

「いったぁ〜」
頭を思いっきり地面に打ち付けられた。口の中に血の味が広がった。

「安倍さん、こっちです。早く」

紺野だった。
あたしは道に飛び出していた。

「紺野」
「早くトラックに乗ってください」

紺野の指差す先に、仙台から乗ってきたトラックがあった。
後ちょっとだ。あたしは残る力を振り絞ってトラックに走りよった。

303 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:09

トラックには、あの部屋から逃げてきた女の人が何人も乗っていた。
その中に小川もいる。

「上がって」

りんねさんが手を差し伸べてきた。

「ありがとう…」

一瞬、戸惑ったけど、りんねさんの手を握り荷台に上がった。
あたしの後にも、何人かがトラックに乗ってきた。
山の中では銃声がまだ聞こえる。
圭織はまだ山の中なんだろうか?
荷台から顔を出すと、石黒さんの姿が見えた。山に向かって機関銃を乱射している。
その奥に、同じように銃を撃っている紺野の姿があった。
いつの間に銃なんか使えるようになったんだろうか?
結構様になっている。

304 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:10

まだ、圭織が山から下りてこない。石黒さんも山の中に消えていった。
銃声は随分疎らになっている。みんなどんどん死んでいっているんだ。
圭織が死んじゃっている可能性もある。

「きゃ!」

突然、トラックの幌に穴が開いた。
近くにいるんだ。りんねさんがトラックを飛び降りると、りんねさんも山の中に消えていった。
どうしよう。誰もいなくなっっちゃった。

「紺野!紺野!こっち!こっちでトラック守ってよ!」
「あっ、はい」

紺野が走ってくる。
紺野なんかじゃ頼りにならないけど、銃を持った人が誰もいないよりはましだ。

305 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:10

「ねえ、早く逃げようよ」

トラックの中では、そんな無責任な声も上がり始めた。

「ちょっと待っててよ」
「待てないよ。あんた達がこんなことしなければ、こんな危ない目にあうことはなったのに」
「何無責任なこといっているのよ」

みんな身勝手だけど、あたしだってそうしたいんだけど、そんなことしたら、
後で、石黒さんに殺される気がしていたし、さすがにあたしもみんなを置いて逃げたくはなかった。

306 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:11

雑木林の中から、突然石黒さんが現れた。
紺野が驚いて、石黒さんを撃ちそうになった。
やっぱり、役立たずなんだから。

そのちょっと後に、圭織が現れた。

「圭織!早く」

圭織の後ろを銃弾が追っかけてくる。
圭織は走りながら後ろに向けて、矢に雲に銃を乱射したけど、そんなものが当たるわけも無く
銃弾がなくなったのか、機関銃を投げてしまった。

307 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:11

「飯田さん、早く」

紺野が圭織のほうに走っていく。
林から男が二人飛び出してきた。
銃撃戦が始まった。あたしはトラックの奥に逃げ込んだ。
後ろの幌に穴が開く。何してんのよ!
車のエンジンがかかった。石黒さんだろうか?
「早く車を出して!」
あたしの声は運転席には届いていないのだろうか?
車は動き出さない。
突然、幌が開いて圭織が乗り込んできた。

「りんねは?」
「知らない。山の中に入ったままじゃないの?」

「ねぇ、りんね…OK」
圭織が運転席の後ろの窓を開けると、りんねさんの声が聞こえてきた。
後は紺野だけだった。

308 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:11

圭織が開ける幌の隙間から、紺野の姿が見える。
紺野はまだ、銃を撃ちながら、こちらに近づいてくるところだった。

「紺野早く!」

圭織はトラックの奥に置いてある機関銃を1丁取り上げると、勢い良くトラックから飛び出した。
裸に羽織った男物のジャケットが棚引いていた。
あのジャケットは、圭織が撃ち殺した死体から剥ぎ取ったものなんだろうか?


銃声が止んだ。
圭織は生きているんだろうか?
ちょっとだけ心配になって、後ろの幌を開けようとした時、圭織が紺野を連れて戻ってきた。

「あやっぺ、出して」
「OK!」

圭織の声で、トラックが動き出した。
助かった…
助かったんだ。
一気に力が抜けてしまった。

309 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:12

「安倍さん」

紺野が毛布を渡してくれた。

「ありがとう」

トラックが揺れている。
相変わらず揺れが激しくて、座っているとお尻が痛くなりそうだった。
でも、そんなことはなんでもなかった。
トラックの中には、毛布に包まった裸の女性達が、気が抜けたかのように眠っていた。
あたしも、少し寝よう。
次に目を覚ます時は、きっと目が眩むほどの陽射しが迎えてくれるだろう。
明るい光が、きっと。

310 :名無し娘。:2004/03/25(木) 20:39
玉砕放送 ←これは意図があっての表記?
誤字なら訂正しておかないと、馬鹿扱いされかねないよ

311 :名無し娘。:2004/03/25(木) 21:39
すみません。間違いです。玉音放送です。
キーボード打つ手が震えている・・・勘弁してください

312 :名無し娘。:2004/03/25(木) 23:57
>311
作者さんですか?
その程度の打ち間違えは誰にでもあることです
気にしてませんよ
あれだけ作りこんだ設定がどう動いていくか楽しみにしてるんです
気を落とさずに頑張ってください

313 :名無し娘。:2004/04/03(土) 20:14
飼育の緑で同名の話を発見しましたが、同じ作者さんですか?
向こうははじまったばかりだけどなかなか面白そう。

314 :名無し娘。:2004/04/22(木) 23:27
すみません、まったく書けていないです…
書いては全消去の繰り返しをしています。

突然小学生三年生の作文レベルになってしまいました _| ̄|○

315 :名無し娘。:2004/04/22(木) 23:30
小学生三年生 ←これは意図があってのことではありません。

小学生三年生ですから…

316 :名無し娘。:2004/04/23(金) 06:35
納得いくまでがんがれー

317 :名無し娘。 :2004/05/25(火) 22:32
そろそろ保

318 :名無し娘。 :2004/05/27(木) 23:31


319 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 09:36


320 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 22:59


321 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:02

「どう?」

今日10回目の台詞が、あたしに投げかけられた。

「どうって?」
「すごいでしょ」
「ん〜」
「なによ〜、すごいじゃない。見てみなさいよ、30階建てだよ」

保田の圭ちゃんが、自分のことを自慢するみたいに、自信満々で、成田の街並みを自慢して回っている。

322 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:04

目の前にそびえる迎賓ホテルは首が痛くなるほど高くて、すごいとは思うんだけど、
いい加減、圭ちゃんの自慢話にはうんざりしていた。

「でもね…」

ほら、また…

「西じゃあもっと高いビルが、いっぱい建ってるんだ。このぐらいの高さは当たり前なんだよね」

そりゃあ、買出しに出たときは、まっすぐ道を歩いてなかったっさ。
上とか横とかきょろきょろしてばかりいたさ。札幌も仙台も見てきたけど、こんなに人の多いのは
初めてだし、始めて見るよな物ばかりで、何を見てもびっくりしていて、圭ちゃんに「早く歩いてよ」と急かされてばかりいたさ。
でも、買出しを終えるころには、流石に初めほどは驚かなくなった。
それは圭ちゃんが悪いわけじゃないんだけど…まあ、ちょっとしつこいけど…
このコンクリートだらけの街に、少し疲れたのかもしれない。
地面という地面は、全部アスファルトに多い尽くされているし、圭ちゃんに「今日、お祭りなの?」と聞くほど、
人がいっぱい過ぎて、ちょっと気分も悪くなってもいた。
それに、成田に来てから初めての外出だったし、2週間じゃあ完全に回復なんかしてないし…。
小川なんか、顔の右半分が麻痺したままだったし、一緒に逃げ出した人達もまだ4,5人が、
圭ちゃんの家というか倉庫で治療している状態なんだ。

323 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:05

あそこには、結局1ヶ月以上も監禁されていた。
1ヶ月…
あたしはもっと長く感じられた。
あそこに監禁される前の記憶が無くなってしまった気がするほどインパクトが大きく、
あたしの記憶のほとんどがあの悪夢で占められた状態のままだ。

思い出したくも無い…ていうか、無かったことにしてしまいたい…。

うん、あれは無かったんだ。
小川が人売りに捕まったのを、あたしが助けに行ったというだけのこと。
小川がボケーってしてるから変な連中に捕まっちゃって、あたしが苦労して助けにいくことになっちゃったんだ。
そう言い聞かせてはみるものの、未だになんの前触れも無く体が震え、わけも無く涙があふれだすことも
少なくは無かった。

324 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:06

「ねえ、昇ってみる?」
「えっ?昇れるの?」
「展望室があるから、そこから成田一帯を見渡せるし、運がよければ富士山だって見られるかもしれないよ」
「富士山かぁ…」

あたしは、ずっと羊蹄山が富士山の事だと思っていた。
周りの大人も、あの山のことを富士山と呼んでいたし、本物の富士山なんて写真とかでしか見たことが無いんだから、
あたしにとっては写真だけの富士山が偽者で、羊蹄山こそが本物の富士山だった。
第一…

「なっち、富士山見たこと無いでしょ」
「そりゃ…だって北海道からじゃ見えないしょ」
「じゃあ、見に行こうよ。日本人なら富士山ぐらい見とかなきゃ」
「えー、圭織たち待ってるし…」
「いいから、ほら」

圭ちゃんは、もうどんどん坂を上り始めていた。

第一…あんな高いところ…

325 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:07

迎賓ホテルは小高い丘の上に建っていた。
丘というより、尾根の上と言った方がいいのかもしれない。
昔、成田山への参道があった道は、そういった尾根の上にあり、道の両側はすぐ崖になっていた。

坂を上りきると正面に成田の駅が見えてきた。この鉄道は仙台まで繋がっている。
昔は札幌まで繋がっていたという話だけど、あたしが物心付いたころには、既にいくつかに分断され、
利用者も許可を得た役人や軍人、じゃなければ金持ちの商人だけで、あたしみたいな一般人が乗る機会など無かった。
駅前の小さな広場の中央に、ひとみ親王と直樹親王様の銅像が並んでいる。
直樹親王がひとみ親王の右肩に左手を置き、右の手のひらを国民に向けている。
直樹親王がひとみ親王に「さあ、今度はお前がこの地を治めるんだ」といっているんだそうだ。

「あの像は成長するんだよ」
「成長するって?」
「毎年、ひとみの親ちゃんの成長に合わせて、作り変えてるんだよ」
「ふ〜ん」

今、自分はこの人に歯向かおうとしているんだ。
ひとみ親王と直樹親王に…

「いくよ」

あたしは、すこし後ろめたい気持ちで、像の後ろ側を早足で通り抜けた。

326 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:08

迎賓ホテルは、その広場の一角に建てられていた。
もちろん、泊まっているのはロシア人だけなんだろう。中にはそれらしい外人の姿と、
綺麗に身なりを整えたホテルの男性が立っていた。
この中に入っていってもいいのだろうか?
赤いじゅうたんにと金色に輝く窓枠に吸い込まれるように歩いていると、圭ちゃんに服を掴まれた。

「ちょっと、あんたどこに行くのよ」
「えっ?どこって入り口…」
「馬鹿。あんなところから入ったら、逮捕されちゃうよ」
「あっ、そっか…そっかそっか」

当たり前だ。同じ入り口から入れるわけ無い。
駅にだって入り口が2つあるんだから、迎賓ホテルの入り口がひとつなわけない。
あたしは圭ちゃんに引っ張られながら、ホテルの横の素っ気ない入り口へと向かった。

327 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:14

「あっちに見えるのが空港で、あれが国会議事堂…」

圭ちゃんがまた、この展望室から見える建物をひとつずつ得意げに説明を始めた。
展望室といっても、最上階じゃない。30階建ての20階で、その上に親王様が滞在される時に使う部屋とか、
すんごくえらい人達泊まる部屋があるんだそうだ。

あたしは別に高いところが恐いわけじゃないんだけど、こういった人工物は別だった。
室蘭にいたころは高い木のてっぺんまで登ったり、足を滑らしたら絶対生きていられないような崖の細道でも
全然平気なんだけど、誰がどんな風に作ったかわからない建物の窓際なんか、おっかなくって近寄れない。
ガラスにへばりつくように下を除いている圭ちゃんを見ているだけで、気が遠くになりそうだった。
あたしは一歩も二歩も下がって窓の外を眺めていた。

328 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:15

窓の向こうには成田の街並みが広がっている。
色とりどりな…とまでは行かないけど、札幌や仙台に比べると遥かに綺麗で、清潔な街並みが地平線の彼方まで広がっている。
左奥には、成田空港の管制塔が、ビルの上からちょこんと顔を出していた。
メイン通りは幅が50メートルもあって、両側には銀杏並木が続いていた。
銀杏は戦後に植えられたものだけど、今では1000円札にも印刷されるほどに立派で威厳があった。
並木道は空港を始点にし、成田山の横を通って松戸へ続いている。松戸まで辿り着くと
道はその向きを大きく変え、皇居のある岩井市まで続いているんだそうだ。

329 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:16

あたしたちの足元に狭い道が見える。ホテルの前の小さな道だ。
あの大通りに比べると、随分弱々しい感じのするくねくねと曲がっている。
それをずっと辿っていくと、そこに圭ちゃんが指差していた国会議事堂があった。
そして、その横には議事堂と同じぐらいの規模を持つ神田明神が建っていた。
戦後まで、そこには成田山新勝寺があった場所だ。寛空僧正が将門様の乱を収めるために建てたお寺。
謂わば朝廷の霊的本拠地であり、将門様にとっては敵の本拠地だったところなのに…。

「ねえ、なんであそこにでっかい神社があるか知ってる?」
「ん〜やっぱ将門様と縁の深いこの国に、憎き朝廷の本拠地があるのがいやだったからじゃないの?」
「うん、まあそれもそうなんだけど」
「ほら、西にあった神田明神が原爆で吹き飛んじゃったし、向こうでいつまで経っても建て直さなかったから」
「う〜ん、神田明神は西で建て直すって計画があったんだけど、先にこっちで建てちゃったからね」

330 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:17

「でも、何でそんなにまでして、あそこに建てたんだろうね」
「そうねえ…ねえ、成田ってさ、首都としてはあまりいい場所じゃないって知ってる?」
「ちょっと圭ちゃん!まずいよ、こんなところで」
「大丈夫だよ。ここいらじゃあ、そんなことで逮捕するほど警察も暇じゃないからね。ほら、あそこ」

そういって指差す先に、崩れかけた古いビルがあった。
5階建のビルは1/3ぐらい壁が崩れ、部屋の中をさらけ出していた。

「あそこは官僚の高級マンションがあったところだよ」
「国賊…」
「国賊ね…。あたしらも似たようなもんだけどね。で、あっち」

そのビルのずっと奥にも、同じように半壊しているビルがあった。

「あっちは、その"国賊"っていう連中のアジトだったってところ」
「報復されたんだね」
「力じゃこの国は変わらないよ。力はもっと大きな力に押し返されるだけなのにね」

331 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:18

「…で、なんだっけ?」
「なにいってんの。成田が首都に…」
「あっそうそう、成田ね…。えっと、なっちさぁ風水って聞いたことある?ほら、東北の方角は鬼門…縁起が悪いとかさ」
「うん、聞いたことある」
「その風水を利用して作られた都市っていうのが、京都とか平安京とか江戸なんかもそうなんだけど、この成田もそれに習って作ろうとしたんだけどね…」
「上手くいかなかったの?」
「うん」

風水は地の利を生かし、要所に神を置くことで結界を張り、霊的に都を守ろうとするものなんだそうだ。
北に高い山を従えて寒い北風を防いで、東に川があり、西に続く大きな道を従え、
南に平地が広がる地が風水的に良いと言われる場所なんだけど、成田はそんな地形にはなっていなかった。
だから人工的に神とか将軍とかを祀って結界を張る必要があった。
成田も東に八坂神社、西に宗像神社、北には八幡神社、そして南に諏訪神社があるといわれているんだそうだ。

332 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:22

「日本には西もこっちも神社なんて沢山あるんだ。どこかを始点に東西南北を辿れば、
何かしらの神社にぶち当たるのよ。
今あげたものは、昔からってわけじゃなくって、直樹親王が謂わばこじつけたようなものだと思うんだ。
でもね、本当に大事なのは東西南北、つまり四方じゃなくて、四隅の方なんだよ」
「四隅って?」
「方位で言えば、北東、北西、南西、南東だよ。都に結界を作る場合、四方に神を祀って四隅に大将軍を祀るの。
成田を中心に考えると、鬼門である北東には鹿島神社、裏鬼門の南西には木更津の八劔八幡神社があるの。
鹿島神社の御祭神の武甕槌命」(たけみかづちのみこと)は、天照大御神の命令によって日本の国を
一つにまとめることに成功した神なの。
で、八劔八幡神社の御祭神は素盞鳴命(すさのおのみこと)や日本武尊(やまとたけるのみこと)なのよ。どう?」

333 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:23

「どうって?」
「将門が好きそうなキャラでしょ?」
「ん〜そうなのかなぁ」
「そうなの。でも、それだけじゃないのよ。北西には将門の出身地の岩井市があるのよ。
ねっ?そう考えると、これらの中心に位置する成田が敵の本拠地であったわけないじゃない。
あたしが思うに、ここにあったのは平将門の本拠地だったのよ。寛空僧正が護摩を焚いたのは
別の場所で、戦が終わってからこの地を乗っ取って新勝寺を建てと思う方が、自然じゃない?」
「どうして自然なの?」
「敵の本拠地なのよ?将門乱っていうのは、謂わば将門と朝廷の霊的戦争だったのよ。
呪文のかけ合い、式神の飛ばし合いだったのよ。そんな、将門の本拠地に呪いがかかっていないわけ
ないじゃない。だから、将門を討ち取った後に、この地を不動明王で霊的に鎮圧させたとんだと思うの」

334 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:23

「ん〜なんか頭ごちゃごちゃ。でも、でもさ、もう一箇所…ん〜どっちだっけ?」
「南東?」
「そう、南東には神社とか無いべさ」
「それよ、それ。なぜ南東には神社が無いのか?答えは簡単、そこは海の中だからなのよ」
「なにそれ。馬鹿みたい。だったら、結界が張れないじゃない」
「南東の四隅に当たる箇所って、ちょうど九十九里浜のあの弧の中心点なのよ。
多分、将門もその海の中に何か建てようとしたんだと思うの」
「海の中に?」
「別に建物じゃなくってもいいのよ。何か要となる石造を沈めるだけでも良かったんだと思うの。
でも、将門はそれができなかった。できなかったから、結界は完成しなかったのよ。
知ってる?将門を倒した寛空僧正がどこからやってきたか?」
「お寺からじゃないの?」
「違う、そういう意味じゃなくって…、あ〜もう、いいわ、もうあんたには聞かない。
寛空僧正は海からやってきたのよ。ちゃんと成田までの道があるのに、わざわざ海からやってきたのは、
そこが結界の穴だったからなの」
「じゃあ、今は?今もそこは穴のままなの?」
「そう、だから成田は首都に向いてないのよ」

335 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:24

「長っ!説明長っ。富士山見えないし、あたしもう帰る」
「なによ〜、人がせっかく教えてあげたのに」
「だって、もう圭ちゃん話長いし、正直…将門様に興味ないし…」
「あっそんなこといってると、逮捕されるんだよ」
「逮捕されないっていったじゃん」
「逮捕されなくっても、将門様の祟りがあるわよ。あたしの家がある野毛平だって、朝廷との戦いで
死んでいった人の髪の毛が、野原のように風に靡いていたから野毛平になったんだから、
将門様の悪口言ってると…でるわよ。」
「大丈夫よ、ゼンゼン恐くないから」

336 :名無し娘。 :2004/05/30(日) 23:24

本当に恐くなんかなかった。昔なら、そう言われただけでキャーキャー大騒ぎしていたんだろうけど、
あれ以来、そんなことで大騒ぎをする気になれなかった。
一番恐いのは、お化けでもタタリでもなく、人間が一番恐いということを、嫌というほど経験させられたから。
人は必ず闇を抱えているんだ。だから、信じてはダメ。
極限状態になったら、他人なんか関係ない。自分だけなんだ。
人が死のうが助けを求めようが、かまってなんかいられない。

あたしが圭織や石黒さんと一緒にいるのは、彼女達を信じているからじゃない。
利用しているだけ。
誰だってそうだ。利用できるものを利用しているだけだ。

「なっち、帰らないの?」

あたしは学んだんだ。
上手く他人を利用できたものだけが、上手く生きていくことができるということを。

337 :名無し娘。:2004/05/31(月) 07:05
ヒサブリ更新乙
更に闇が深まったか・・

338 :名無し娘。 :2004/06/16(水) 18:58


339 :名無し娘。 :2004/06/19(土) 18:31


340 :名無し娘。:2004/06/20(日) 19:44


341 :名無し娘。 :2004/06/26(土) 18:31


342 :名無し募集中。。。:2004/06/26(土) 20:27


343 :名無し娘。 :2004/07/23(金) 18:27
これ、続き書いていいですか?

344 :名無し娘。:2004/07/24(土) 11:04
別にいいよ

345 :名無し娘。 :2004/08/03(火) 00:14
∬`▽´∬<じゃあ、お言葉に甘えて続き書かせてもらうよ

( -_-)<おい!

∬`▽´∬<・・・・・・えっ、何?

( -_-)<そっちかよ!小説の作者に怒られるだろ

∬`▽´∬<えっ、別に・・・平気だよ・・・ だって、あたしがその小説の作者なんだもん

346 :名無し娘。:2004/08/03(火) 11:24
お、そう来ましたか

347 :名無し娘。 :2004/08/04(水) 21:02
( -_-)<なあ、お前本当に小説の作者なのか?

∬`▽´∬<そうだよ

( -_-)<その割には >>105 で自分の名前間違えてるよな

∬;`◇´∬<・・・・

( -_-)<いや、そのぽかーんと開けた口は真似せんでもいいから

348 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

349 :名無し娘。:2004/08/06(金) 00:25
期待しますぞ

350 :名無し娘。:2004/09/20(月) 13:13
再開期待保全

351 :あぼーん:2004/09/22(水) 22:44
どっちをだよ!

352 :名無し娘。:2004/10/02(土) 00:04
深い朝霧の中へと体を沈めていくと、視界は白一色になった。
ぼんやりと見える街路樹もアスファルトも、霧の中でしっとりと濡れている。
自分の足音すら霧の中に吸収されてしまいそうだ。

朝方この場所は霧に包まれる。
小さな小川を底辺に、盆地となっているこの場所を走り抜けるのが最近のお気に入りだ。

353 :名無し娘。:2004/10/02(土) 00:04

外出禁止令のとけるこの時間に、外を出歩くものなどいない。
軍隊もその勤を終え、宿舎に戻っている時間だ。
まして、軍人でもないのに体を鍛えるために走るなんて滑稽でしかなかった。
今、走っているあたしでさえ、数ヶ月前まで考えることすらなかった。
何かに追われているわけでもなく、どこかに急いでいくわけでもなく、
どこにも寄らずに、ただ走ってもとの場所に戻るという発想すらなかった。
初めに圭織から話を聞いたとき、紺野と大笑いした。

でも、それがあちら側にたどり着くのに必要な体力をつけるためなら、
他の人に笑われようとも、毎日続けようと決めたんだ。

354 :名無し娘。:2004/10/02(土) 00:05

石黒さん達は、別にあたしたちの体力が上がるのをずっと待っているわけではなかった。
西に行くタイミングを待っているだけのことだ。その時がくれば、あたしたちの体力が
有ろうが無かろうが、西に向かっていくんだ。そして、体力が無い者は辿り着く前に死ぬしかないんだ。

霧を抜けた。

後ろから足音が聞こえてきた。
紺野と小川の足音だ。
あたしは振り向くことも無く、前を見て走り続けていく。

355 :名無し娘。:2004/10/02(土) 17:29
再開?マジなら嬉しいな

356 :名無し娘。:2004/10/09(土) 04:33
期待しる(・∀・)!!

357 :名無し娘。:2004/10/14(木) 17:33
小川編はフリだけ?

358 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:38
「ほら、パスパス」

矢口さんがフェンスの向こうで両手を上に向けて、あたしに催促をしている。
そんな足場の悪い所でぴょんぴょん飛び跳ねてたら、崖下におっこっちゃうのに。

「パスって…」

あたしは両手でしっかりと握り締めた小さな箱を眺めた。
いつだったか、一緒にピクニックに行く時にって、百均で買ったお弁当箱…

「大丈夫だって、ちゃんとキャッチするから」
「そういう問題じゃなくって…」
「大丈夫、爆発しないって」
「だって…本当に爆発しないの?」
「作った本人が言ってるんだから間違いないって」

359 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:39
潜めていた声が段々声が大きくなっていく。
矢口さんの後ろは急な崖になっている。その崖を5メートルぐらい降りたところに二本の線路がある。
山手線だ。
東京の中心街をぐるっと回っているこの線路の上を、昼間は3分間隔で電車が通っていく。
3分間隔で電車が走ってるのに、どの電車も満員だ。
そこに乗っている人たちは、どの人もなるべく他人と関わらないようにと感情を押し殺し、
自分の自分達の世界に浸っている。
ニコニコしてるだけで「何わらってるんだ?」って殺されてしまうんだから、当たり前なんだけれど、
あたしは何だが電車っていう乗り物を好きになれなかった。
別に和気藹々と見知らぬ同士が仲良くする必要は無いんだけど、あのなんとも気まずい雰囲気が好きになれない。
エレベーターの個室と同じだ。あんな状態でよく乗ってられるよ。

360 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:39

「ごっつぁん?ごっつぁんごっつぁん!なにボーっとしてんの、早く」
「ん〜」
「時間無いんだから」
「うん、分かってるよ」

夜中に生活する者たちと、昼に生活する者たちが入れ替わろうとするほんの短い時間、この街は静寂を取り戻す。
その時間は季節によっても違うし、日によっても違っている。
雨が降ればその時間は長くなるし、今日みたいな晴れて気温の高い日は短くなる。
この短い時間にさっさと仕事を終わらせないと、誰かに目撃される可能性が高くなる。

「う〜ん、じゃあ渡すよ」
「おいよ」

フェンスの網目に右足をかけてよじ登ると、何とかフェンスの上に手が届いた。

「いくよ」
「う、うん」

手を離すと、弁当箱は矢口さんに向かって落ちていった。

361 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:40

「うわっ!」
「えっ!」
「やばい!やばいやばいって、ごっつぁん逃げろ」
「えっ!なに?なに?どうしたの!?爆発すんの?」
「やばいって、マジやばいって、早く逃げて」
「そんな、やぐっつぁん置いて逃げれないよ」
「うっそ〜」

そう言うと満足そうに笑い始めた。
まだ心臓がバクバクしている。目尻に涙すら滲んでいた。

「もう!本当に心配したんだから」
「ごめん」
「もう」
「あっ、ホントごめん。マジ悪かった。ごめん」

頬を伝う涙を見て、矢口さんが慌ててる。両手を合わせて…っていってもお弁当箱を
挟んでだけど…何度も頭を下げている。

362 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:40

「絶対許さないんだから、本当にびっくりしたんだから」
「だから、ごめん。本当ごめん。おいらが悪かった」
「ん〜、帰る」
「あっ、ちょっちょっと待って、待ってよごっちん。ねっねっねっ、ひとりやだ、ひとりぃや。
ごっつぁん帰るなら、おいらも帰るから」
「帰っちゃったら、裕ちゃんに怒られるよ」
「でも、ひとりいやだ、恐い」

もう、半べそ状態だ。泣いてもいないのに目が腫れぼったくなっていて、
目も口も横に一文字になっている。
この状態になると、かなりやばい。
1時間ぐらいそばにいて慰めなていないと、矢口さん歩くこともできなくなってしまうんだ。

363 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:41

「ん〜じゃあパフェね」

「ほ・・ほんと?パフェね?」
「うん、池袋の金魚鉢パフェね」
「うんうん…えっ?だって…あれ…ごっつぁん甘いものそんなに好きじゃないくせに」
「いいの。食べたいの」

金魚鉢パフェは矢口さんの大好物だった。
パフェを食べている時の矢口さんの顔を見ていると、あたしまで幸せな気分になれるんだ。

「わかった。わかったから、ねっ?ねっ?早く来て」
「しょうがないなー」

フェンスに足をかけてよじ登っていく。
景色はそのたびに変わり、その分遠くまで線路が続く。
その奥っ側線路が暗闇から浮かび始めた。
もうすぐ夜が明ける。

「ごっつぁん、そんなところで止まってると見つかっちゃうって」
「あ〜ごめんごめん」

あたしはフェンスの上から飛び降りた。

364 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:41

みんな死んじゃえばいいんだ。
何もかもあたしがぶっ壊してやる。

365 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:41

矢口さんの仕掛けた爆弾は、双眼鏡の先300メートルのところにある。
重装備した警官が2,3人取り囲み、両方の土手の上に楯を持った警官が何人か並んでいる。
通報したのが6時だから、30分足らずでこの体制を組めるようになったのも、
矢口さんのお陰なのかもしれない。

「あ〜なんで柴田は来ないんだよ!村田なんかじゃ話にならんつーの」

矢口さんがだんだん荒れ始めている。
警官が来るまでは、超ハイテンションで楽しそうで鼻歌すら歌っていたのに
今は双眼鏡すらのぞこうとしないで、両足を投げ出して座っているだけだった。

これが上層部の計画なのか、矢口さんの趣味なのかあたしにはわからなかった。
でも、何度も続けているうちにあたしが分かったのは、これもひとつのテロなのかもしれないということだった。
まあ、どちらにしても、毎回矢口さんは楽しんでいることには違いなかった。
なんやかんやいっても、今回だって実は楽しんでいるんだ。
その証拠に、すでにストップウォッチを握り締めて、さっきから頻りにあたしに処理状況を確認している。

366 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:42

「ねえ、どうなの?村田の馬鹿まだもたもたしてるの?」
「うん、そうみたい」
「あいつは慎重すぎるよ。あれじゃあいつまでたっても柴田には追いつけやしないよ」

そんなことは村田にとって大きなお世話だ。
あっちは同一犯ということだけで、それ以外何もあたしらのことなんか知っちゃいない。
まあ、あたしらも同じようなものかもしれない。相手の名前と爆弾の解除時間しか分かっちゃいない。
でも、その名前と解除時間の長短から、矢口さんは彼女らの性格や趣味なんかを想像して、
双眼鏡の向こうのやり取りを勝手に想像して、勝手に物語を作って、勝手にライバルにしていた。

367 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:42

「楽しいゲーム」

矢口さんはそういった。
あたしがしているのは?

「あ〜面白かった」

面白いなんて思ったことはなかった。
腕に止まった蚊をたたき殺すのと何も変わらない。
何も変わらないんだ…

「ねえ、まだ解除できないの?もう30分たってるんだよ」
「まだみたい」
「馬鹿じゃないの?ちょっと貸して」

矢口さんが我慢しけれずにあたしの手から双眼鏡を奪った。

368 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:43

「あ〜もう!横で斉藤が邪魔してるよ。あ〜だめだって代わっちゃ。あいつにあたしの
繊細なボムが解除できるわけないじゃない。あ〜もう村田は…」

斉藤は解除を好まず、爆発させてとっとと終わらすタイプだった。
爆発させるといったって、その場で爆発させるわけじゃない。
処理する専用の車に放り込んで行うんだ。

「あっ、行け!村田!奪い返すんだ。…わっ、ひでー何も殴ること…あっ!だめ!
だめだって!あっやばいってまずいって!」


300メートル先で閃光が走り、その数秒後に爆発音があたしたちを通り過ぎていった。

369 :名無し娘。:2004/10/19(火) 23:47
( ゚Д゚) ハァ?

370 :名無し娘。:2004/10/20(水) 11:47
(゜凵K)ポカーン

371 :名無し娘。:2004/10/20(水) 20:31
氏ね
二度とくるな。ここはおまえの落書きをうpする場所じゃねえ

372 :名無し娘。:2004/10/20(水) 21:40
なんで人のスレに無断で書き込んでいるんだ氏ね

373 :名無し娘。:2004/10/22(金) 03:23
なぜよりによってここに・・・
氏にスレなら上の方にいくつもあるのに

374 :名無し娘。:2004/10/23(土) 15:40
んー、これは飼育で落ちちゃった方の続きなのかなとか思ったり

375 :名無し娘。:2004/10/25(月) 18:13
そういえば矢口と後藤が出てたっけ・・・>飼育の方

376 :名無し娘。:2004/11/04(木) 02:52
>>371
言い杉。

前スレと誘導だれか頼む。

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