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じゅきに あんkn@狩板

1 :今イ`:2002/09/03 13:58:23
笑え。

本家スレ「じゅきに あんkn」
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1030964092/l50

201 :名無し娘。:2003/12/26(金) 02:44
ふむふむ。続きが気になる…

202 :名無し娘。:2004/01/07(水) 10:19
一気読みしました。おもしろい!
作者さん頑張ってください!

203 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:10
雪はまだ降っている。
でも、この気温じゃ積もることは無い。雪は道に触れた瞬間、白い雪が透明に変わり、
そのまま解けていく。
路肩に少しだけ積もる雪も、雪というよりシャーベット状の塊に過ぎなかった。

204 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:13
仙台を出てしばらくすると、舗装道路は穴だらけに変わった。
陥没だらけの道路は何年も直された気配もなく、その数をどんどん増やすいっぽうで、
あたしたちを乗せたトラックは、その穴を避けながら走るため、道を右へ左へと蛇行し、
斜めに大きく傾き、時には上下に激しく揺れた。
初めは体が跳ね上がるたびにキャーキャー騒いでいたんだけど、それも直ぐに静まり、
荷台にしがみついてひたすら下を見て耐えるしかなかった。

トラックどころか、車になんか乗る機会のほとんどなかったあたしとか紺野のは、
1時間もしないうちに完全に乗り物酔いをしてしまい、何度ももどしていた。
小川があたしの背中を擦ってくれるんだけど、そんなことで良くなるわけが無くって、
それを逆に煩わしく思ったあたしは、つい小川の手を振り払ってしまった。

「あたしはいいいから、紺野を見てあげて」

手を振り払われた瞬間、小川は一瞬ビクッ体を硬直させたけど、それでもまだ心配げに
あたしを見ている小川に、さすがにあたしもバツが悪くなった。

りんねさんが膝の間から顔を持ち上げ、あたしを一瞥した。

205 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:15
この道路は、まるでこの国のようだ。
出来た当時は立派で快適だったのに、此処に穴がひとつ開き、あそこに穴がひとつ開き…
修復が出来るうちは、まだ良かったんだけど、修理が出来なくなると後は荒れるに任せるだけ。
修理できなくなった理由は色々あるけど、一番の理由はソ連が崩壊したこと。
でも、前兆はその前からあった。
そのきっかけが今の親王様の即位だと、石黒さんが言っていた。

「血がね…」

戦後GHQの占領の後、分割されたあたしの国はソ連の配下に置かれ、ソ連の一地方になるのを待つだけだった。
それを阻止し、独立へと導いたのが直樹親王様だった。
直樹親王様は将門様の血を今に受け継ぐといわれている。それは独立を進めているときも独立後も何度も議論となったけど、
1965年に成田大学の教授を中心とするグループによって、真実と確認された。
本当はそんなことはどうでもよかったのかもしれない。
あの時代、直樹親王様は見事なまでに国民をまとめあげ、導いてくれた。
それは将門様の血だけではなく、実力があったからだ。

206 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:20

「でも、ひとみ親王様も将門様と血が繋がっているって言ってたっしょ」
「学校の先生がね」
「違うの?」
「違わないかもしれない」
「どっちよー」
「彼女が選ばれたのは、将門との繋がりなんかじゃなくって、ロシア皇室の血が流れているということが重要なんだよ」
「知ってる。ニコライ2世の子孫だって」
「ニコライの娘タチアナが、ヘッセン大公が娘エリザベートが死んだときに棺に入れたという白いモーニング・ジュエリーと
同じものをヘッセン大公から貰い、それを彼女が受け継いでいるって話でしょ?」
「うん」
「まあ、そんな話も眉唾もんなんだけど、ソビエト崩壊直後のあの時期に作り話にしろ、将門とロマノフ家の血を受け継ぐ
ものを日本の親王として戴冠させたロシア人もしたたかなもんさ」
「どうして?だって直樹親王様には子供がいなかったんだから、少しでも血の繋がりのあるものが継ぐのが当たり前じゃない」
「だからさ…」
「だから?」
「探しているのよ」
「なにを?」
「隠し子をね」
「隠し子!?」
「そう隠し子よ。西にいるといわれている隠し子を探すのを手伝ってくれるんなら、西につれてってあげる」


西で、前の親王様の隠し子を探すこと。
それが、あたしを西に連れて行く条件だった。
顔も名前もわからないどころか、本当に居るのかどうかもわからない人を探すなんてできるのだろうか?
でも、別にあたしが探し出さなくてもいいんだ。ただ手伝えばいいだけなんだもん。

207 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:22
前の親王様が崩御されたとき、既にソビエトは崩壊していた。
バルト三国がロシアと袂を分かち、ロシアの内外とも混沌としているとき、親王様は崩御なされた。
ロシアが日本に影響力を与えたいと考えるのは、すごく当たり前だったんだろうし、
ついでにそのころソビエト国内で台頭してきたロマノフ王朝時代への懐古主義者たちの目を逸らし、
しかも将門様とも血の繋がった女の子…
そう考えると、余りにもできすぎた話なのかもしれない。

「でも、その隠し子を探し出したからって、日本がよくなるの?」
「それはわからない。でも、一人一人がどうすれば国が良くなるかを考えればきっと良くなると思うんだ。
あたしたちは、そのきっかけとしての強烈なシンボルがほしいの。国民をひとつにするぐらい強烈な
シンボルとしての指導者がほしいの」
「だったら、石黒さんがなればいいじゃないですか」
「あたしに将門の血が流れていれば、迷わずそうしたわよ。でも、あたしにはその血は流れていない。
この国の人はね、将門が好きなのよ。朝廷に反抗して東国を打ち立てた将門がね。
そして、ソ連の手に落ちるのを阻止して、西より先に日本国として独立を宣言した直樹親王が好きなのよ、
未だにね。だから、直樹親王の血を持つ親王が必要なのよ。ロシアのクォーターじゃなくってね」


こんな国がどうなろうとも、あたしにとってはどうでもいい。どっちにしたって、ここにはあたしの幸せは
ないんだし、この国が変わるのを待っていたら、あたしおばあちゃんになっちゃう。

トラックは揺れ続け、あたしはもう胃液すら吐くことができないまま嘔吐を続けている。
いつの間にかトラックの帆に雨粒が打ちつけられ、重い音を立てていた。

雪は雨に変わっていた。

208 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:26

∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇

209 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:28
あけおめです。
レスありがとうございました。すごく励みになります。
いつも更新遅くてすみません。のんびりとお待ちください。

210 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:31
それと少しだけお断りを・・・
この物語はフィクションですので、史実と異なることが多々多々多々ありますが
あまり気にしないでください・・・

211 :名無し娘。:2004/01/09(金) 01:11
更新お疲れ様です。
親王様の正体はちょっと意外でした。

212 :名無し娘。:2004/01/09(金) 01:35
更新乙です。
うぁー、想像もしてなかった展開でビクーリ。
そういう背景世界の作りこみというか好きです。
マターリがんがってください。

213 :名無し娘。:2004/01/27(火) 08:11
ちょいと保全

214 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:44
トラックの荷台が、あたしの体から体温を奪っていく。
いつの間にねむってしまったんだろう。体には饐えた臭いのする毛布が掛けられていた。
トラックの中はまだ暗く、相変わらず酷くゆれていた。
何人もの体臭をしみこませたボロ雑巾のような毛布は、ごみ山を思い出させる。
いやな臭いだ。いい思い出なんかひとつもありゃしない。
でもひょっとしたら、この臭いはもうあたしの体に染み付いていて、二度と取れなくなっているのかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられず、慌てて毛布の臭いと自分の右腕の臭いを嗅ぎ比べてみた。
よしっ!まだ大丈夫…あたしの感覚がおかしくなっていなければ、まだ大丈夫…大丈夫なんだ。
自分のそう言い聞かせること自体悲しいことだけど、そうしないではいられないんだ。

215 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:46
滑り落ちる毛布を片手で押さえ半身を起こすと、同じような格好でねむっている紺野が目に入ってきた。
相変わらずあの大きなザックを大事そうに抱えている。

「安倍さん、起きたんですか?」

小川が車の騒音に負けないくらいの大きな声を出した。

「バカ、紺野まだ眠ってるっしょ」
「すんません」

トラックはまだ走り続けていた。
こんな振動している中で、よく寝ていられたよと自分ながら関心してしまう。

「今どこら辺なの?」
「さっき茨城県に入ったそうです」
「そう…ねえ…今何時?」
「あ〜時計無いんで…」
「そう…」

立ち上がると足元がふらついた。右に2〜3歩よろけて幌に手をつきながら運転席の後ろまで
たどり着くと、小さな窓をスライドさせた。

216 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:48
運転をしてたのは圭織だった。
ミラー越しに彼女の顔が見える。
すぐ後ろの窓を開けたのに、目線すら動かさない。

「なんだ、起きてたんだ」
石黒さんが不自然な格好で、あたしに顔を向けた。
「いえ、今まで寝てました」
「そう…で、どうしたの?」
「あっ…え〜と、今何時かと思って」
「あ〜1時を過ぎたところだね」

仙台を出て、もう12時間が過ぎようとしている。それなのに、まだ成田にたどり着かないなんて、なんてことなの?
仙台から成田まで10時間もあれば着くって、圭織も言ってたのに…

「ずっと、運転しっぱなし?」
「2回ほど休憩したけど?あんたら寝てたから気づかなかったんだね」
やっぱり。だから遅れてるんだ。あたしたちが寝ているのをいいことに、どっかでお茶でも飲んでたんだ。
「後どのぐらいで成田なの?」
「朝だね。まあとりあえず、暗いうちに岩井からは遠ざかりたいからね」

217 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:48

岩井には皇居がある。親王様が仙台にいるとはいえ、警備はすごく厳しい。
皇居から半径10キロぐらいは、限られた人しか入ることすらできないらしい。
あたしたちは、その外側を通ろうとしているんだけど、それでも今までの何倍もの警察がいることには違いなかった。
だから、暗いうちに通り抜けてしまいたかった。まだ1時だから、夜が明けるまでには時間がある。
でも、あたしとしては一刻も早く通り抜けてしまいたかった。

218 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:50
トラックが突然大きく揺れた。
あたしは、はじけ飛ばされそうになったけど、なんとか右手で窓枠を掴んだ。

「ちょっと〜圭織、気をつけて運転してよ。転んで頭でも打ったら死んじゃうかもしれないじゃない」
「そう…ごめんね」

圭織はすまなそうな顔をするでもなく、ミラー越しにあたしをチラッとみるとすぐ運転に戻ってしまった。

「ねえ、ちょっと〜聞いてんの?」
「紺野は大丈夫?」
「紺野じゃなくってさ!…大丈夫みたいだけど」

振り返ると、紺野が目を覚ましていた。
傍らに小川がいた。何を話してるんだろう、楽しそうに微笑みあっている。

「紺野起きたの?まだ先は長いから寝てなさい。ほら、小川も寝れるときに寝とかないと」
「ぷっ」
「なんですか?石黒さん。何がおかしいんですか?」
「いや別に」

そう言い終わって前を向いても石黒さんは笑っていた。
なによ!何が言いたいのさ。ちょっと年上だからって大人ぶっちゃってさ。

219 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:51
「あんたってさ、自分が中心にいないと気がすまない性質なんだね」
「そんなことないよ。ちゃんとさ、みんなのこと考えているし」
「まあ、あんたはそう思ってやってるのかもしれないけどね」
「どういう意味よ。もう、ひっどい、ホント失礼しちゃうんだから。あたしはねぇ、ホン〜トみんなのこと考えてるんだから」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「なによ〜、なんか文句ある?」
「別に〜」

「あ、安倍さんは本当にやさしいんですよ。あたしに闇市でどういう風に売れば高く売れるか
教えてくれたし、どうやって安く買うかとか、ホントちゃんと教えてくれたし…
ま、マフラーだって買ってくれたし…」

小川がいつの間にか、あたしの横にいた。
いつもの大きな声をさらに大きくし、鼻の穴を大きくして、息を荒立てている。

220 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:53
「何興奮してるんだべさ、小川は」
「別に興奮なんかしてないっすよ。ただ石黒さんが安倍さんのこと悪く言うから、怒ってるだけっすよ」
「あ、ありがとう…」
「そんなお礼なんてとんでもない。石黒さんが悪いんですから」
「どうもすみませんね」

前を見たままだ。

ヘッドライトに照らされる道は、もうずいぶん前から畦道に変わっていた。
トラックが漸く通れるほどの細い道は、わだちが列車のレールみたいに続いていた。
森が道を覆っている。森のトンネルというよりは、魔物の口の中を走っているみたいだった。
圭織は、あたしたちをその奥へと連れて行こうとしている。行き着く先は魔物の胃袋なのかもしれない。
ここで飛び降りれば、まだ間に合うのかもしれない。
この先に待っているのは暗闇ばかりだ。絶対そうなんだ。
でも、あの角を廻れば、幸せが待っているかもしれない。
ここは地獄だ。どこに行こうと、ここにいるよりはマシ…なんだ。

たぶん…

「石黒さん、すんません、おしっこいきたいんすけど」
「え〜まこっちゃん我慢できないの?」
「ちょっと難しいです」
「ん〜どうする?圭織」
「後30分待てない?」
「ん〜待てないかも知れないっす」

金属音を響かせながら、トラックはゆっくりと止まった。

221 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:54
エンジンが止まっても、まだ体がトラックの揺れを持続させていた。
外に出ようと幌を開けようとしたら、りんねさんに止められた。
彼女はポケットから小さな懐中電灯を取り出すと、銃を肩に掛けなおした。
銃は軍人がよく持っているタイプのものだった。どこでそんな物騒なものを調達してきたのか、
このほかに3丁ほど銃があった。
手に持つ小さいのが2つに、りんねさんが持っているような長いものが2つ…
3つはわかるんだけど、あとひとつは誰が使うというんだろう?

あたしはいやだ。
あんなものがあるから、世の中がおかしくなるんだ。
小川の時だって、小川が銃を持っていなければ、あんな危険な目に会うこともなかったんだ。
そっか、小川がまた銃を持つんだ。

222 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:56
りんねさんが幌をめくり周りの安全を確認すると、トラックから降りていった。

「いいよ、降りても」

その言葉を待っていたかのように小川がトラックを飛び降りていった。

「遠くに行かないでね」

りんねさんが小川に声を掛けるが、小川の返事は既に森の奥から聞こえてきた。
あたしはトラックを降りると、紺野の手を取って降ろしてあげた。

真っ暗で何も見えない。
漆黒の闇はそんなに珍しいことじゃないけど、ここは少しおっかない気がした。

「まこっちゃん、ひとりで森の中に行っちゃたんですか?」
「そうみたいね。紺野一緒に行く?」
「ん…あたしは別に…」
「何言ってるのよ。一緒に行くの。ほら、懐中電灯借りて来て」
「あっはい」

紺野がりんねさんから懐中電灯を借りると、紺野を先に森の中に入っていった。

223 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:57

「足元気をつけてください」

道を外れると地面は一段低くなっていた。
思ったより落ち葉が少なかった。足の裏は直接湿った地面を踏みしめた。

「紺野、その辺でちょっと待ってて」

こんな真っ暗なんだから、そんなに奥に行く必要はなかった。
あたしは紺野から少し離れたところにしゃがむと用を足した。
しゃがんでいる間、紺野が持つ明かりばかりを見ていた。

銃じゃなくって、懐中電灯ぐらいもっと用意しなさいよ。
でも、自分がしているところを明かりで照らすのもかっこ悪いか…

224 :名無し娘。:2004/01/29(木) 00:59

「安倍さ〜ん」

立ち上がって身を整えていると不意に声を掛けられた。

「ひゃぁあ〜!…もう〜小川びっくりするべさ。なっち心臓が止まったかと思ったよ」

危うくあたしは自分がぬらした地面に腰を下ろすところだった。
小川は何をやってもタイミングの悪い子だ。彼女が悪いのかそれともそういう運命の元に生まれてきたのか、
兎に角いやなタイミングであたしの嫌がることを次から次へとやってのけてくれる。
本当はわざとやっているんじゃないかと疑いたくなるけど、小川にそんな器用なことができわけがなく、
嫌な思いばかり募っていく気がした。

「安倍さ〜ん」
「なによ、もう!なんだべさ」


「うぅ〜安倍さ〜ん…ごめんなさい」
泣いている?

「何言って…あっ!」

225 :名無し娘。:2004/01/29(木) 01:01
気づくのが遅かった。小川の声の所為で油断したのがいけなかった。
小川は羽交い絞めにされていた。暗闇でよく見えないけど、180cmを超える男のようだ。
その両脇から二つの影が飛び出した時、あたしはもう一度しゃがみこむぐらいしかできなかった。
二人の男があたしの体を持ち上げようとしていた。

叫ばなきゃ!

声を出そうとするんだけど、喉がうまく開かない。ヒューヒューという音だけが出てくる。
一人があたしの口を押さえようとした。
あたしは首を振りながら、紺野の明かりを探した。

「こ、紺野!助けて!」

なんとか声を絞り出すと、紺野が明かりをこちらに向けてあたしの姿を探しているのが見えた。

「圭織!」

口はふさがれてしまったが、それでも叫ぶのを止めなかった。
すぐ横で、小川も同じように叫んでいる。
助けて!助けて圭織!助けて石黒さん!
あたしの足を抱えていた男が紺野の方に走っていくと、紺野はあたしたちを置いて逃げ出す姿が見えた。

「紺野〜!」

紺野の明かりが見えなくなった。
あたしたちが森の奥へと連れて行かれたからだ。

「なっち!小川!」

圭織の叫び声と銃声が聞こえる。
それも徐々に遠くなっていく。

226 :名無し娘。:2004/01/29(木) 20:57
更新Z

うぁっ!こんなとこで終わるなんて…
どうなるんだろう…ワクワク

227 :名無し娘。:2004/02/01(日) 17:18
質問です。3つに分かれているんですか?

228 :名無し娘。:2004/02/03(火) 23:56
いつも読んでいただいてありがとうございます。

質問の件ですが >>163 で3分割と書かれている点のことでしょうか?
答えはYesです。東と西と+αです。書き間違えではないです。
もっとも、もうひとつの国については、当分出てくる予定はありません。
たぶん西での話で少しだけ出てくる予定ですが、あまり本編とは係わりないかもしれません。
ばいぽーら(二極性)だから当然東西じゃねーのかと思われるかもしれませんが、
安倍の中ではもうひとつの国はあまり関係なく、今が地獄で西が天国ということで・・・。

日本列島の光と影、安倍の中の陰と陽、登場人物それぞれのばいぽーらが書ければと思っております。

229 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:13

古いこのぼろ屋には不釣合いなほど重厚な扉が押し開けられた。
部屋の中は真っ暗だった。窓ひとつないのだろうか。
それより何?この臭いは。
酷いというのをとっくに通り過ぎて吐きそうになる。ごみ山ですらこんな臭いはしなかった。
汚物に頭ごと突っ込んだ方がマシだと思う。
背中を押されて一歩部屋に踏み込むと、その臭いの酷さが増した気がした。
それにすごく蒸し暑い。蒸した毛布でも体に掛けられたのかと勘違いするほど濃厚だ。
空気と言うより、腐ったスープの中にでも迷い込んだようだ。

230 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:14


そして…

人だ

231 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:15

そんなに大きくない部屋に数え切れない人が犇めき合っていた。
扉から差し込む光に目だけが無数に浮かび上がった。
それを見たんだろう、後ろで小川が悲鳴を上げた。
どの瞳も焦点が合っていない。あたしたちを見ているようで、どこも見ていなかった。
ただこちらを向いているだけの目玉が、こんなにも不気味なものなんだと初めて知った。

「突っ立ってないで、さっさと入らんか」

また小川が短い悲鳴を上げると、あたしは小川に押されて部屋の中に転がりこんだ。
床に倒れこんだんじゃない。人の上に圧し掛かってしまった。

「ごめんなさい」

誤って立ち上がろうとするが、足を置く場所すらない状態だった。
みんな小さく丸まっているのに、背中と背中はくっつき合い。腕と腕は密着していた。
何とか片足を床につけると、座っている誰かに押し上げられて何と片足立ちすることができた。
もう一方の足を下ろす場所を探していると、後ろで無常にも扉が閉じられてしまった。

232 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:15

真っ暗

何も見えない。
あたしは片足立ちしたまま、どうすることもなく立っていると足を押された。
「あっち」「あっち行くんだよ」
誰かの足を踏み、誰かのひざの上に乗り上げ、よつんばになりながら、押されるがままに部屋の隅へと辿り着いた。
あたしのすぐ後を同じように押された小川がやってきた。
小川の腕を引っ張っり引き寄せた。

「すんません、 あっ」

あたしの目の前に立ったはずの小川が突然消えた。
腕を持ったままだったんで、あたしは腕を床まで引っ張られ片足を突いた。

233 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:16

「どうしたの?」
「いった〜」
「大丈夫?どうしたのよ」
「いや〜、なんか穴ぼこに片足おっこちちゃったんすよ」
「穴?」
「はい」

部屋の片隅に穴が開いていた。足でその穴を確認すると幅30センチぐらいのちょっとだ円形の形をしていた。
穴の周りは濡れていた。何かヌルっとした物を踏んだ。
兎に角此処しか場所がないようだった。二人でここに立っているしかないようだ。
小川があたしの腕にしがみつく。乳房が直接あたしの腕に押し付けられていた。
あたしたちは裸だった。あたしたちだけじゃない。ここにいる人たち全員が多分何も身に着けていないと思う。
万が一ここを脱走しても、裸のままじゃどこにもいけない。
恥ずかしいのを我慢したって、外はまだ裸でいるには寒すぎる。

234 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:16

あたしたちは此処に来るなり衣類を剥ぎ取られた。
犯される!と思ったが銃をつきつけられたままじゃ、抵抗することもできなかった。
でも、幸いと言うか犯されることはなかった。
その代わり血を採られ、いろんな検査を受けた。健康かどうかを確認するためらしい。
小川がそう教えてくれた。

健康であれば飼い主の予備の臓器として、健康でなければ玩具として
あたしたちは売られていくんだそうだ。

「父がそういったことに…ちょっと関わっていたから…」

小川の生い立ちはともかく、その知識が犯されるとか、殺されるとかという最悪の状態だけは回避することができた。
でも、それも時間を遅らせただけに過ぎない。
「チャンスを待ちましょう」という小川の言葉を信じたわけじゃないけど、その方が少しはマシだと思った。

235 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:17

何がマシなんだよ。最悪だよ。
何でいつもあたしはこんなに不幸なことに巻き込まれてしまうんだろう。
今回だって、小川が勝手に森の奥に行かなければこんな目に会うことはなかったんだよ。
大体なんであんなところで止まろうとしたのよ。まったく!
それに紺野なんかあたしを助けもせず、とっとと逃げちゃっているし…

…どうしよう。圭織助けに来てくれないかも。
捕まった中に紺野がいたなら、圭織も石黒さんも助けに来るんだろうけどさ…
なんたって、紺野のバックには大金が詰まってるんだし…そうよ、大体なんで紺野はお金出さないのよ。
紺野がバックの中のお金を出してくれれば、電車でも乗って今頃は成田についていたのに!
そうしてれば、捕まるなんてことなかったべさ。
ホントにホントにホントにいったい何なのよ!あたしが何したって言うのよ!

236 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:18

「安倍さん、此処座れますよ」

小川が例の穴をまたいで、濡れた床の上に座っていた。
でも、小川が座ってしまうとあたしが座る場所は無かった。

「あのさ〜小川が…」あの濡れた上に座るのはいやだ。
「座ってていいよ」「あっ、でも詰めますから」
「いいよ。疲れたら代わってもらうから」

壁にもたれたまま、部屋の中を見渡してみる。見渡してみるといっても、真っ暗でほとんど見えないんだけど。
それでも、入り口から漏れる明かりと慣れてきた目を凝らすと、なんとなく様子が分かってきた。
部屋の大きさは8畳ぐらいかな?そこに少なくとも40人ぐらいが膝を抱えて座っている。
というか蹲っている。

237 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:19

あたし達はこの部屋に入る前に番号を言い渡されていた。あたしが93番で小川が328番だった。
あたし達は此処でその番号を呼ばれるのをひたすら待つしかないらしい。
番号の若いあたしの方が、小川より先に呼ばれると言うことなんだろうか?
この建物を出たときが唯一のチャンスだ。あたし一人でも、逃げ出さなくっちゃいけない。
裸でも形振りかまっていられない。でも、たぶん外に連れ出されるときは服ぐらい着さしてくれるよ。服を着てから逃げ出せばいいんだ。そのぐらいの時間はあるよ…きっと。

部屋に入ってからどのぐらい経ったんだろう。何度も吐きそうになるぐらいくさい臭いにも随分なれた。
汗が目に入った。手のひらで何度か目をこするっても、しばらくするとまた汗が目に入ってくる。
この部屋は暑い。これだけ人がいれば当たり前かな。背中の壁の冷たさが心地よいぐらいだ。
こんな状態でいつまでここにいなきゃいけないんだろう?
早く出してくれなきゃ、気が狂っちゃいそうだ。

238 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:19

「ちょっと、そこ」

誰かが小川を押しのけた。小川はあたしにしがみつくように立ちあがった。
小川が立ち上がると、その人はそこにしゃがみこんだ。
あの穴はトイレだった。その人は用を足すと、また人を掻き分けて闇の中に消えていった。
それから、何度も此処に人がやってきては戻っていった。時々あたしの足に生暖かいものが掛かる。
足の裏で踏んだぬるっとしたものは…考えたくない。
此処が新入りの場所らしい。誰かが入ってくるまで、あたし達は此処から移動できないんだ。
誰か…

「小川交代して」

もう、立っていられなかった。
どのくらいの時間がたったのか、わからなくなってしまった。
あたしがこの部屋に入ってから、1時間が過ぎたのか3時間なのか、それとももう1日以上経っているのか、わからない。
でも、もう限界だった。
片足で立ったり、壁にもたれかかったりしていたけど、もう限界だ。
床が汚れていることなんかもう気にしちゃいられない。
あたしは小川の腕を掴んで引き上げると、穴をまたぐような格好で床に座り込んだ。
お腹もすいてきた。食事はどうなっているんだろうか?ずっと何も貰えないのだろうか?

239 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:20

「あ、あの〜」
思い切って、隣に座っている人に話しかけてみたけど、返事は無かった。
「あの〜食事ってどうなってるんですか?」
やはり返事は無かった。その人は膝の間に顔をうずめたままだった。
「あの〜」
「うるさいな」
「あの〜食事は」
「そのうち貰えるよ」
「そのうちって…一日一食ぐらい…」
「一日?一日ってなんだよ。こんな真っ暗の中でいつ日が暮れて、いつ日にちが替わったなんて
わかんねーだろうが。それにそんなものになんか意味あるのかよ」

「うるさい」「だまれ」

あたしの周りから呟くような小声がいくつも聞こえてきた。
なんなのよ、もう!こんなところにもう居たくない。

240 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:20

あたしは、大地も空気も凍らすほど寒い北国の短い夏に生まれた。
なつみという名前は、この寒い大地で人々の心を夏のように暖かく包み込み、
美しく輝かせる朗らかな子になるようにとつけられたんだ。
あたしの名前をつけたのはお母さんだった。

「本当にきれいになるということは、周りにいる人みんなを美しく輝かせないといけないんだよ」
お母さんは口癖のように、あたしにそう話していた。
「そんなことなっちには無理だよ」
「大丈夫、なつみならできるわ」

あたしにはできなかった。
自分すら輝いていないのに、他人を輝かせることなんかできない。
それに、他人よりまず自分の幸せがほしかった
…だけなのに

241 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:21

お母さん
お母さんが生きていれば…

…お母さんが生きていれば、あたしはまだお母さんと室蘭に暮らしていたんだ。

なんで死んじゃったの?
なつみはこんな暗いところで、泣いているんだよ。
太陽は自分が熱く燃えているから人を暖かく包むことができるのに、
あたしの中の炎はここで消えようとしているんだよ。

助けてよ
なんで、助けてくれないの?

助けて

「安倍さん、少しだけ替わってもらえませんか?」

助けて

「ちょっとまってよ」
「もう、倒れそうなんですよ、ちょっとだけでいいですから」
「うっさいわね。あと5分待ちなさいよ」

「安倍さん…」

242 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:22

もう…もういや!
あたしは立ち上がり、扉に向かって走り出した。
人の上に乗り上げ、よつんばになりながらも必死に出口に向かった。
罵声が飛び交うけど、そんなことかまっていられない。
話せばわかってくれるはず。
あたしがこんなところにいるのは、名認可の間違いだっていうことを。

「ちょっと!ちょっと開けてよ。ねえ、開けてよ」

激しく扉をたたいた。
扉は硬くて、あたしの拳はどんどん痛みを増していた。
でも、誰も来てくれなかった。扉は開こうとしなかった。

「お願いだから、お願いだから話だけでも…」

聞いてください。
そう言おうとしたんだけど、途中であたしは誰かに思いっきり引っ張られて床に転んだ。

「いった〜何」

その瞬間わき腹を思いっきり蹴られた。その後はもうなすがままだった。
あたしはお腹を蹴られないように必死で丸まった。

243 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:24

途中からは覚えていない。気づいたときには、さっきいたトイレの場所に横になっていた。
体中が痛い。腕を動かすことすら大変だった。向きを変えようと体をねじったら、わき腹に激痛が走った。
あばらが折れているかもしれない。そっと痛むところを手でなぞってみる。
折れてはいないけど、ひびが入っているかもしれない。左目も腫れてしまって目が開かなかった。

「安倍さん」

小川が耳元であたしを呼んだ。

「う・・・・」

声を出そうとしたけど、うめき声しか出なかった。

「ごめんなさい、助けられなくって」

小川の声もどこかおかしかった。顔を上げて、目の前の小川の顔を見た。
ああ、なんてことなの。小川の顔もこんな暗闇でも分かるぐらい腫れあがっていた。

244 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:25

「安倍さん穴に落とされそうになったんです。なんとかそれだけは止めたんですけど
…すみません」

泣かないと決めていたのに…

「ごめん…」

声にはならなかった。
手を伸ばして小川の顔をなぞると、あたしに負けないぐらいあちこちが腫れていた。
指にまで熱が伝わる。

「なんで…」

なんであたしなんか助けようとしたんだろう。
もし逆の立場だったら、あたしは小川をかばったんだろうか…

「ありがとう」

小川の手を捜してあたしの手が暗闇を彷徨った。
小川があたしの手をしっかりと掴んだ。

「いんですよ〜、そんなこと」

相変わらず間の抜けた小川の声に、涙がまたあふれ出てきた。

245 :名無し娘。:2004/02/14(土) 21:48
>>223
あ〜「足もと、気をつけてください」ですね。「足、元気をつけて」と自分で読んでしまった

246 :名無し娘。:2004/02/15(日) 02:53
更新Zです。
す、すっげえリアルですね…
じわじわと迫ってくる描写に圧倒されますた。

247 :名無し娘。:2004/02/15(日) 21:28
大量更新乙です。
うーん、臨場感ありますね。これからも楽しみにしてます。

248 :名無し娘。:2004/03/02(火) 22:56
それから幾つ夢を見たんだろう。
現実から逃れるには、夢の中の住人になるしかなかった。
目を開けていても、現実は何も変わらなかった。
小川があたしに凭れ掛かっている。小川もまたほとんどの時間を夢の中で過ごしていた。

249 :名無し娘。:2004/03/02(火) 22:56

あたしたちは少しずつ場所を移動して、今は、最初に居たトイレとは反対の壁際に移ることができた。
場所が変わったものの、相変わらず床はぬれたままだった。
どういったタイミングで行われるのか分からないんだけど、時々扉が開いて、部屋に向けて放水が行われているためだった。
初めは部屋を掃除するため?と思ったんだけど、これが唯一の水分補給だった。
放水される水に弾き飛ばされながらも、水に向かって裸の女性たちが群がっていく姿は、
恐ろしいというより滑稽だった。現に放水をしている男は、どいつも馬鹿みたいに大笑いをしていた。いつホースを投げ出して、腹を抱えて笑い出してもおかしくないぐらい大きな口をあけて笑っていた。
でも、あたしたちは必死だった。滑稽だろうと馬鹿にされようと、貴重な水を少しでもたくさん飲むために、
他人を押しのけて水に向かっていった。

250 :名無し娘。:2004/03/02(火) 22:59

醜い水の奪い合いの後は、必ず場所の奪い合いが始まる。
それは時には大きな乱闘騒ぎになる。しかもこの乱闘はほとんど無言で行われるんだ。
大声を出して騒ぎを起こしていると、再び扉が開き放水が始まった。
この放水の意味することを、あたしは1度だけ経験させられた。
なんてことはない、単に食事を抜かれるだけだ。餓死しそうなぐらい食事を抜かれるだけだった。
だから、やる側もやられる側も決して声を出さない。暗闇の中でただひたすら殴り合っていた。

251 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:01

あたしは乱闘には参加しなかった。
カッコつけているわけじゃなくって、そんなことに体力を消耗させることが馬鹿馬鹿しいと思うから、
乱闘が始まると小川と一緒に壁際へと移動していた。
でも、なんといってもこの狭い部屋の中では、ときには乱闘に巻き込まれることもあるけど、
そんな時でも、とにかく壁伝いに逃げ回っていた。
そうやって、少しずつ良い場所へと移動していた。

252 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:01

あたしが此処に来てから12人が部屋から出て行き、5人が死んで、8人が入ってきた。
病気で2人死に、2人がリンチで殺され、1人がトイレの穴に身を投げて死んでしまった。
この時は最悪だった。あの穴は結構深く、多分10メートル以上あると思うんだけど、
そこに身を投げても、下に溜まっているものがクッションになっていて、即死するわけじゃない。
死ぬつもりで飛び込んだくせに、体が沈みきるまでの間、大声で助けを求めていた。
「呪ってやる」それが最後の言葉だった。
その言葉の矛先は、彼女を捕まえた連中にではなく、こんなことが許されるこの国にでもなく。
彼女を助けなかったあたしたちに向けられていた。
「呪ってやる」
できるものなら、やってみなさいよ。逆にあたしたちがここで地獄を味合わせてあげるんだから。

「あたしが呪ってやる」

でも、誰を?
誰を呪えばいいんだろう…

253 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:02

寒い

どこからか、隙間風が通り抜けた。
人が減ったことで、部屋に少しはゆとりが出来たのは嬉しいんだけど、その分部屋の温度は下がってしまった。
放水されても、ぬれた髪を拭くタオルもなかったし、冷えた体を温めるストーブもなかった。
ぬれた体を手で拭い、寒さに震えているしかないんだ。
そんな状態だから、いつも部屋のどこかで咳き込む声が聞こえていた。
体が壊れるのが先か、精神が壊れるのが先か、それともここから抜け出すのが先か分からないけど、
もう、段々何もわからなくなっている。
なにも考えないことだけが、自分を正常に保っていられる気がしていた。
でも、そのうちきっと自分が誰なのかどころか、今本当に生きているのかさえわからなくなってしまうんだろう。
そんな状態になってからじゃ、助かったって意味がない

254 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:04

早く、早く助けに来てほしい。
圭織は一体何をやってるんだろう?
もうこんなにも時間が経っているのに、何で助けに来てくれないんだろう?
石黒さん…
石黒さんが助けに行かないように言ってるんじゃないのだろうか。
石黒さん、あたしのこと嫌っていたもんね。
紺野やりんねさんじゃあ、石黒さんに逆らうことできなさそうだし、圭織だって結局石黒さんの仲間だし…

あ〜もう誰でもいいから、助けに来て!
あたしをここから連れ出して!

255 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:04
突然扉が開いた。
思わず身を縮めてしまった。

此処では、誰もしゃべらない。しゃべる気力もないし、此処でしゃべることなんかなんにもなかった。
でも、自分でも気づかないうちに、大声で独り言を言っていたかもしれない。
あたしだけじゃない。時々訳もわからず叫んでいる人や大声で独り言を言っている人がいた。
特に、こんなに鬱状態のときは、あたし自身がそうなっていてもおかしくはなかった。

周りを確認したけど、誰もあたしに注目をしていなかった。
みんな扉の方をじっと見つめていた。

256 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:05

「3番、68番、129番出ろ」

あたしの番号はなかった。

呼ばれた人は喜ぶ訳でもなく、ゆっくりと立ち上がるとのろのろと扉に向かっていく。

「68番、いないのか?」

返事はなかった。
自殺した人か殺された人か、いずれにしても生きてこの部屋を出ることができなかった人の番号なんだろう。
2人が連れ出されると、扉はまた硬く閉まった。

257 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:05

"ああ〜"

声にはなっていないけど、ここにいる全員が深いため息をついていた。
空気が一気に重くなっていく。
そして、全員が息を止めているじゃないかと思うぐらい静かな静寂。

今度扉が開くのは、いつのことなんだろう?
それまで、またここで待っているしかないんだ。
あの扉が閉じた瞬間、死にたくなるほどの絶望感にさいなまれる。
それは、なにもあたしだけのことじゃなかった。
無情にもこの部屋にまた取り残されたことを知ると、誰もが気が変になってしまう。
自殺した娘も、この瞬間だった。
狂ったように叫びながら、頭をなんどもなんども壁にぶつけ、部屋中を転げ周り、
みんなに殴られ、蹴られ、踏みつけられた挙句、自らトイレに身を投げたのだ。

258 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:06

「駄目だ。もう駄目だ」

始まった。
小声で囁くような独り言が聞こえてくる。

「助けて、もうイヤ」

それは一箇所からじゃない。部屋のあちこちで始まり、その声は徐々に大きくなっていく。
いつものことだけど、いつまで経ってもなれない。言葉にしたって、何も変わるわけじゃないのに、
それでも言葉にしてみないと、やってられないんだ。
何かのきっかけで誰かが大声をあげると、あの無言の乱闘が始まりを告げるんだ。

259 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:07

「小川、移動するよ」

小川は無言のままだった。

「小川…」

立ち上がって小川の腕を引っ張ったんだけど、腕に力が全然入ってなくって、大きなぬいぐるみの
腕でも引っ張っているような気がした。

「小川…いこっ」
「もうダメもうダメもうダメもうダメもうダメもうダメ…」

膝の間にうずめた頭から、小川の独り言が聞こえ始めた。
小川の独り言を聞くのは、これが初めてだった。

「ちょっと小川、しっかりしなさいってば」
「もうダメもうダメダメダメダメダメダメ  ダメ!!!!!!」


あたしの手を振り払うと、小川は出口に向かって突進していった。

260 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:07

「小川ダメだって」

小声で囁くような声は、無言の乱闘を超えて小川の元には届かなかった。
たとえ届いたからって、小川の暴走が止まったわけじゃないし。
そんなんで、大声を張り上げていたら、あの乱闘の格好の餌食になってしまう。
小川は扉を2〜3度叩いたところで、次の獲物となって乱闘へと引きずり込まれていった。

助けないと…いけない…?
小川がいないと、もし圭織に助けられた時に、そのまま置いていかれるかもしれない。
この部屋中の人を解放して、あたしだけここに閉じ込めたまま去ってしまう…気がする。

「小川…」

小川は乱闘の中心で、まだ、みんなにボコボコに蹴られているみたいだ。
このまま、まともに助けに行ったら、代わりにあたしがやられてしまいそうだし…

261 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:07

しょうがないか…
あたしは部屋の隅に座っている新入りのところまで壁伝いに移動すると、その子を無理やり立たせた。
この子が入ってきてから、何日か過ぎている。その間に2回ほど食事がばら撒かれたけど、
たぶんこの子は食べていないはずだ。新入りに食事をあげるほど、あたしたちは甘くなかった。
かなり弱っているはずだった。現にあたしが引っ張りあげると、抵抗することも無く、
簡単に立ち上がった。
この時期に1回目の酷い落ち込みを殆どの人が経験している。
現実を思い知り、ひたすら声を殺して泣いてすごしているこの時期は、抵抗する気力さえなく、
なすがままに、こうやって立ち上がってしまうんだ。
後は思いっきり乱闘に向かって、この子を突き出すだけだ。
右手で腕を掴んで、左手で思いっきり胸を押すと、面白いほど簡単にはじけ飛んでいった。

262 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:11

小川の足を引っ張って引きずり出した。

「あひがほうご'@($!J%)

歯が何本か折れているようだった。手のひらで顔を触るとあちこちが腫れていた。
血も出ているようだ。あたしの手のひらが汚れた。

「これで借り貸しなしだからね」

小川を引きずりながら、あたしは前から狙っていた出口側の角に移動した。
この場所は出口から死角になる場所だから、移動しなくても放水を直に浴びることは無かった。
水を飲むために体を濡らすのは、まだ体力があるうちだけで、そろそろ辛くなっていたし、
今の小川の状態を考えると、少しでも体力を温存するために、放水が直に当たらないように避けたかった。
濡れた床を舐めてれば、何とかしのぐことはできそうだ。放水は結構頻繁に行われるし、
のどが渇けば、乱闘を始めれば良いだけのことだ。
放水後にもぬれていないこの場所は特等席だ。

乱闘はまだ続いている。中心にいるのは、小川の代わりにあたしが放り込んだ子だ。

263 :名無し娘。:2004/03/02(火) 23:15
すみません、ちょっとこの後のところで、つじつまの合わないところが見つかったので
今日は此処までです。

264 :名無し娘。:2004/03/08(月) 00:13
すんまへんが全面書き換えておりますので、もうちっとかかります

265 :名無し娘。:2004/03/08(月) 00:13
しまったageてしもうた!予定外・・・

266 :名無し娘。:2004/03/08(月) 03:14
期待しております

267 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:18

朝が来た。
部屋の中は相変わらず真っ暗で、光といえば扉の隙間から漏れてくる仄かが明かりだけで、
昼なんだか夜なんだか、それだけじゃわかんないけど、外からわずかに聞こえてくる小鳥のさえずりが、
朝を告げている。
そんなことに意味を持っていたのは、もう随分昔になってしまった。

268 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:19

部屋の真ん中に、ひとつの死体が転がっていた。
あたしのところから2メートルも離れていないところだ。
ちゃんと見えているわけじゃない。いくら慣れたからといっても、ここではそんなにしっかり見えるわけじゃなかった。
でも、それは確実にそこにあった。

それが誰なのかは、あたしが一番知っている。
あたしが背中を押した子に間違いなかった。
あたしが殺したわけじゃない。ちょっとだけ、小川の代わりをして貰っただけなのに。
殺したのはここにいる連中だ。あたしじゃない。
あの子だって、逃げようと思えば、逃げられたはずなのに…
誰も助けようとしなかったなんて…

269 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:19

大体、小川がいけないんだ。
まさか小川が乱闘の原因を作るなんて、考えもしなかった。
そういえば、だいぶ前から小川の声を聞いていなかった。
小川もそれなりにストレスを募らせていたんだ。そんなこと考えてもみなかった。
最後に言葉を交わしたのはいつだったんだろう?
「もうダメだ」といった小川の声は、本当に小川だったんだろうか?
今思うと、小川の声にしてはしゃがれていて、老婆のような声のようだった。
いや、記憶違いなのだろうか?昨日はあたしもどうかしていたし。
それとも、あたしが覚えている小川の声の方が間違っていて、本当はあんな声だったのかもしれない。
どちらにしても、あたしは小川を助けることができたんだ。これで借りは返せた。
あたしが、あの子を代わりに差し出さなかったら、小川があそこで転がっていたんだ。
今、小川はあたしの横で眠っている。手をかざすと、鼻息が手にかかった。


あ〜あ、早く死体なげてほしいな。
なんで、いつものようにトイレの穴に落とさないんだろう?

270 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:20
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

271 :名無し娘。:2004/03/10(水) 23:22
こないだの続きです。修正というか、書き直したというか、結局元に近い形になってしまった・・・

272 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:44

扉…

   開いたの?

あたしの番号は…

今…何て言ったの?


あたし・・・

 だれか…

273 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:45

暗くなった。

またか

なんで…?

93…番
2番だっけ?

あたし…
生きてる…の?



 眠い…

274 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:45



「なっち」

何?

「なっち」

眠い


 乱闘?


眠いのに…

痛い!

275 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:46

「なっち、あなたなっちでしょ?」

なっち?
…誰?

276 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:47

「なっちなんでしょ!あたしよ、圭織よ」

だれ?圭織?

もう、止めてよ!
体揺らさないでよ。

なっち…
なっち?

277 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:47


あたしだ!
あたしを誰かが呼んだんだ!

「大丈夫?しっかりして」
「か…おり?」

「なっち、なっちなのね。暗いから良く見えないけど、なっちなのね?」
「圭織なの?」

278 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:48

なんか、喉が張り付いていて、上手く声が出せなかった。
何度か咳払いしてみたけど、ぜんぜん変わらない。

「そう、圭織よ。大丈夫?」
「ねえ、あたしの声おかしくない?」
「えっ?声?…ちょっと変かも…それより大丈夫?」

やっぱり何かおかしいんだ。
ずっと声を出していなかったから、喉の筋肉が声の出し方を忘れちゃっているんだ。

「ねえ、小川は?」
「横にいるよ」

やだな、なんかおばあちゃんみたいな声になっている。
そういえば、こないだ聞いた小川の声もこんな感じだった気がする。

279 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:48

「違うじゃない。小川はどこよ…ねえ聞いてる?」
「じゃあ知らない。だって真っ暗なんだし…」

圭織の声が鼓膜にキンキン響いてる。
何でそんなに大きな声出してるんだろう?ここで、新入りがそんな声出して騒いでたら
いけないんだから。

280 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:49

「なっち、ちょっとここにいてね。小川探してくるから」
「探してどうするの?」
「此処から逃げるのよ」
「それより、圭織の番号は何番なの?」
「番号?」
「番号教えてもらったでしょ?」
「え…13番だけど…」
「ふ〜ん、変な番号」

13番なんてフケツな番号…フキツだったかな?
でも、そんな番号が呼ばれるとは思えない。あたしのほうが圭織より絶対先にばれるんだから。
あっ…でも、圭織のほうが体丈夫だから、内臓とかあたしより高く売れるかも…

「ねえ、ちょっと大丈夫?」
「なにが?」

端が絡まってるって感じじゃないんだけど、声を出そうとすると、
なんかのどの奥がちくちくと痛い。

「いい、ちょっとここで待っててね」

そう言うと、圭織はあたしの肩をポンと叩いて、どっかに行ってしまった。
だから、新入りがそんなことしていると、殺されちゃうんだから。
あたし知らないよ。助けになんか行かないんだから。

281 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:50

「小川?」「うるさい」
「小川?」「邪魔」「あっち行け」

あ〜あ、始まっちゃうよ。
馬鹿だな、圭織。あ〜ほら、みんな動き始めた。
あたしは部屋の角っちょに移動した。いつものように、角に背中を押し当てて、
なるべく小さく丸まって、乱闘に間違って引き込まれないように気配をひたすら殺していよっと。

282 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:50

なんか圭織が頑張っているもたい。乱闘はいつまで経っても終わらなかった。
それに、普段なら誰かがやられる子の口を押さえているから、無言でことが進んでいるのに、
なんか悲鳴とか聞こえてくる。
あ〜あ、ほら、放水が始まっちゃった。これで圭織は間違いなく殺されちゃうな。
でも、あたし水がほしかったし、喉おかしいからうがいとかしたかったし、ちょうどいいかも。


放水が終わって、いつもの沈黙と暗闇が戻ってきた。
喉はまだおかしい。水を飲んだんだけど、信じられないぐらい喉が痛かった。
もう、なんでこんな環境に入れてるんだろう。こんなとこ長くいたら、内臓とか痛めちゃうっしょ。
そんなんで商品価値が落ちちゃったら、購入する人が減っちゃうじゃん。馬鹿じゃないの?

283 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:51

「なっち」

また、圭織だ。
このまま圭織に関わってたら、碌なことがなさそうだ。
あたしは頭を膝の間に入れて、聞こえないふりをしてやり過ごそうとした。

「なっち」

ばれた。
まだ、入ってきて間もないから、そんなにこの暗闇にも慣れてないと思ったんだけど、ちょっと甘かった。
仕方なく顔を上げる。
あたしの横に何かが置かれた。多分小川だ。

「なによ?」
「小川探してきたよ」
「ふ〜ん」
「かなり弱ってるみたい、小川」
「ふ〜ん」
「ふ〜んじゃ無くって…」
「圭織うるさい。さわいだら、また、やられちゃうよ」
「いい?今から此処を逃げ出すよ」

あたしが警告しても、圭織は喋るのをやめなかった。
こんな人と同類と思われたら、間違いなくあたしまでターゲットにされてしまう。

284 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:52

「ちょっと分かってる?此処を抜け出すの」
「はぁ?」
「彩っぺ達がこの周りで、あたし達が行動するのを待っているわ」
「はぁ?行動するって…だって、圭織捕まっちゃってるじゃん」

いくら軍隊で鍛えているからって、銃をいっぱい持っている人相手に素手でかなう訳ない。
捕まったショックで、頭がおかしくなっちゃったんだろうか?

285 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:58

「大丈夫、武器ならあるの」
「はあ?だって裸じゃん」
「男と違って女は隠す場所があるから…」

なに馬鹿みたいなこと言ってるんだろう?
此処から逃げることなんか考えないで、おとなしく座っていてほしい。

「なっち、入り口に移動するから、小川をお願いね」
「え〜、なんであたしが…」
「お・ね・が・い」

圭織があたしの顔に、なんか尖がったものをペタペタと突きつけた。
ナイフ…なの?
どこに隠していたのか知らないけど、圭織は素手じゃなかった。

286 :名無し娘。:2004/03/22(月) 22:58

「ホント…に…助けに来たの?」
「そうだよ」
「でも、だって、どうやって?」
「ナイフがあるの。外にあやっぺがいる。後は行き当たりばったり」
「説明になってないじゃん」
「いいから、やるよ」

「うるさい」「だまれ」「またやられたいのか」

また、周りが蠢き始めた。
あたしたちを襲うつもりだ。

287 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:00

「あなた達、あたしら、今からここから抜け出すけど、ついて来たい人はついて来なさい。
でも、山を降りるまでは自分の力で降りてきてね。 なっち行くよ」

圭織は立ち上がると、扉へと移動し始めた。

「やめろ」「いらんことしないでよ」
「馬鹿か?」「静かにしてくれ」

「言い忘れたけど、邪魔しないでね。さっきみたいに叩きのめすわよ」

288 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:00

本当に逃げるんだ。
成功するかどうかは兎も角、圭織は本気でやろうとしているんだ・
どうしよう。成功するならいいけど、失敗したら殺されちゃう。
外の男達に殺されなくっても、この部屋にいる連中に殺されちゃう。

「なっち、早く。小川も」

「はい」

隣で眠っていると思った小川が弱弱しく立ち上がろうとして、あたしに躓いて転んだ。

「なっち」

わかってるってば、助ければいいんしょ?
なんであたしが小川を助けなきゃいけないんだか。

「小川捕まって」
「すんません」

小川に肩を貸しながら、立ち上がるとよろよろと壁伝いに圭織のところに移動した。

289 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:01

「どうするの?」

小川はかなり体力が消耗していた。
前に紺野が仙台で倒れたけど、それより、弱っている気がする。
自分の足で立っているのがやっとって感じだった。
足が前に行ってない。あたしが殆ど引きずっている感じだった。

「ちょっと圭織、小川やばいよ。こんなんじゃ絶対無理っしょ。
小川はとりあえず置いていった方がいいんじゃない?」
「だめ」

圭織は昔から頑固だった。
軍隊に入ることも、親に結構止められていたのに勝手に入ってしまった。
軍隊は、圭織にはお似合いだと思った。
いつも自分が正しいと信じて疑わない正義の味方には、お国の兵隊さんがお似合いだと思った。
あたしは、そこが嫌いだった。そんなんだから、友達が少ないんだよ。

もっとも、あたしもそんなに威張れるほど友達がいたわけじゃなかった。
同じ年代の子は、村にいっぱいいた。でも、結局友達といえる子はいなかった。

290 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:01


「開けろ!」


圭織が扉を思いっきり叩き始めた。
それは、新入りが行う典型的なパターンのひとつに思えた。
周りのみんなも、またかという顔をしているに違いない。
「うるさい」という声が、またそこら中から上がっていた。

「あなたたちこそ、うっさいわよ。黙って座ってなさい」

圭織の一言で、部屋が静まり返った。
扉を叩く音だけが響いている。

「開けなさいよ、ちょっと」

何分かそんなことを続けていると、扉の鍵を開ける音がした。

291 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:02

「なっち、ちょっと下がっていて」

扉が開いた。
いつものように放水用のホースを持った男が立っていた。
顎鬚を生やした背の低い中年男だ。連中の中で一番いやらしい顔をした男だ。
現に時々、扉近くにいる女の子をどこかに連れて行く姿を見ている。

「またか…懲りない」

男の言葉はそこで止まった。圭織が男に襲い掛かったからだ。

「ちょっと待っててね」

振り返った圭織の胸から顔にかけて、血しぶきが広がっていた。
右手にキリのような金属物が光っていた。

292 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:03

眩しい。
隣の部屋から流れ込んでくる明かりが、目をつぶりたくなるような明るさに思えた。
目が弱っているんだ。今は昼間なんだろうか?昼だったら、外に出ても眩しくて何も見えないかもしれない。

「圭織?」

開いたままの扉は異様だった。
それはここにいる人たちも、同じ様に感じているみたいだった。
みんな膝を抱えて座ったまま、そわそわしている。

「ひっ!」

突然扉から人が入ってきた。
全員が、一斉に部屋の奥に逃げていく。
あたしも少し遅れて、奥へと這って行った。

293 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:05

「なっち、いくわよ」
「圭織?」
「そうよ」

圭織の手に機関銃が握られていた。
さっきより、顔が赤く染められている。

「あなたたちも、ついておいで!…小川」

圭織が小川の手を引っ張り立たせている。

「圭織、大丈夫なの?」
「後4〜5分ぐらいならね」
「どういうこと?」
「すぐ、応援が来るわ。それからじゃあ、この。建物から出られない。
それまでに、少なくともこの建物から出ないと。
━━━━ だから急いで」

294 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:06

飛び上がると、あたしは躓きながらも扉の外にはいでた。

「うっ!」

扉のすぐ横に、例の男が横たわっていた。
喉元から血がいっぱい流れだしていて、床に血だまりを作っていた。

「なっち、小川をお願い」
「う…うん」

小川があたしに倒れこんできた。

「小川しっかりしてよ。重い」

小川の体を支えると、足元がふらついた。
やっぱりだめ、重すぎる。
小川の体は痩せ細っていて、見た目はそんなに重くは無いんだけど、
支えているあたしの腕や足も、小川に負けないぐらい痩せ細っていた。
こうやって歩くこと自体、久しぶりだし。眩しくて前が良く見えないし、最悪だ。

295 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:06

「圭織、待ってよ」

突然銃声が聞こえた。
パパパンという乾いた音が、続いている。
本当に大丈夫なんだろうか?
立ち止まって様子を見ていると、部屋から飛び出してきた人が次々と外に出て行く。

「あっちょっと!」

圭織の声の後に、女性の悲鳴が幾つも続いた。
やっぱりダメなんだ。
あたしは小川をその場に置くと、部屋の中に戻ることにした。

296 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:07

「ちょっと、安倍なつみ!どこ行くの?」
「えっ?」

振り向くと、石黒さんがいた。

297 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:07

「あんた、逃げようって言うんじゃないよね」
「だって…」
「だってじゃない。第一なんで小川をここにおいて行くのよ」
「したっけ裸だし…着る物を…」
「したっけじゃない!いいから逃げるよ」

石黒さんは小川をおぶると、あたしを一睨みして、顎で先に行くように促してきた。
そんなこといったって、銃声がまだ聞こえているのに…
次の扉から顔だけ出すと、何人かが床で呻いていた。
明らかに、もう死んでいる子もいる。

「ほら」

石黒さんにお尻を蹴飛ばされた勢いで、次の部屋に飛び出してしまった。
あたしの横を何人も走り抜けて行っているんだから、それほど危ないわけじゃないんだろうけど、
それでも、腰が引けてしまう。

298 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:08

次の扉を開けると、外だった。
少し寒い。でも、運がいい。夜だった。
目を凝らすまでも無く、辺りの様子を見ることができる。
ここは山の中らしかった。緩やかな坂に雑木林が広がっていた。
そのところどころで、火花が見える。
圭織が銃撃戦を広げているんだろう。銃声が絶え間なく続いている。
圭織そんなに銃なんか持っていないのに、大丈夫なんだろうか?
それより、どこをどう逃げればいいんだろう。
飛び出した人たちは散り散りに逃げていくけど…

「こっちよ」

石黒さんが小川を負ぶったまま走り出した。
恐る恐る一歩踏出してみる。枯葉の下には、尖った小石が幾つも転がっている。
こんなところを裸足で駆け抜けたら、足の裏が傷だらけになってしまう。

299 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:08

「何してるの!そんなところに突っ立ってたら狙われるよ」

あたしは部屋の明かりをバックにしていた。
この暗闇の中で、呑気にターゲットになっている自分に驚いた。

数十メートル先の林に石黒さんの姿が見える。
あたしは急いでその後を追った。上手く走れない。
裸足だからって言うだけじゃない。ずっと狭い部屋にいた所為か、すぐに腿の筋肉が悲鳴を上げた。
膝がカクンと折れそうになる。暗闇の中で小枝が顔を鞭のように叩いていく。

「ちょっと、待ってくださいよ」

そんな声が聞こえないのか、石黒さんの姿がどんどん小さくなっていく。
このままじゃ、林の邪魔されて、すぐ姿を見失ってしまう。

300 :名無し娘。:2004/03/22(月) 23:08

突然、後ろで大きな爆発音がした。
小屋から炎が昇るのが見えた。

あたしは立ち止まり、しばらくその炎に目を奪われていた。
こんなに大きな炎を見たのは初めてだった。風に揺られて舞う火の粉が、暗い夜空へと舞い上がっていく。
綺麗だった。
あの炎の中で人が燃えていることは分かっていたけど、
それでも、足を止めるには十分すぎるほどの魅力を感じていた。

「こっちよ。早く」

石黒さんの声で、我に返った。
振り返って、石黒さんの姿を探したけど、見当たらない。
どうしよう。殺されちゃう。

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