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【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】

1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。

2 :名無し娘。:2006/09/17(日) 20:01
一個目。
さしみ賞のお題にのって、ベリもので。

3 :『ごはさん?』:2006/09/17(日) 20:02

どうにも気怠さを感じ、部活を休んだ帰り道、身体がやけに重く感じて、足を引きずるようにだらしなく歩いていた。
駅から家まで十数分の距離が、とてつもなく面倒くさい距離に思える。

「チクショウ……だるい」

ついついボヤいていると、そのボヤきに反応したみたいに後ろからけたたましいクラクションが鳴らされる。
振り向いてみれば、どこぞのオバさんが運転する軽自動車が迫ってくる。
コンクリートの壁に触れそうに身を寄せながら、なおもボヤく。

「うっせえつーの。こんな狭い道、車で通んじゃねーよ」

聞こえないだろうと思っていても、通り過ぎる車に向かって吐き捨てる。
あぁ、かからなかった原チャのエンジンが恨めしい。
とぼとぼ歩きながら曲がった角で危うく躓きかけた。

「うおっ!?」

曲がってすぐの足元になにかがあった――とっさに視界に入った――せいだ。
俺のその声に気がついたんだろう、そのなにか……というか、誰かが振り向いた。

4 :『ごはさん?』:2006/09/17(日) 20:03

「あ〜!」
「…………」

見上げてくるその顔に、その印象的な声に、覚えがあった……いやいや、覚えなんてもんじゃなく。
妙にクリクリした目で見上げてきやがるその視線。
少し小首をかしげたその仕草。
小柄な身体から出る、少し舌っ足らずな……ぶっちゃけちょっとヘンな喋り方をする甘い声。

「……萌え」
「はい?」
「あっ、違うぞ。別にそんなことはないっ」
「なに言ってんのかワカンナイよぉ」

危ない危ない。
思いっきり迂闊なことを口走りかけてたようだ。
変わらない姿勢で見上げてくるその顔は「ん? なあに?」って、さもなにを言ったのか問いたださずにはおれない。
そんな愛らしくも小憎たらしい表情だった。

「なにしてんだ? 桃子」

そいつ、嗣永桃子はしゃがみ込んだままで、あっとなにかに気づかされたって顔つき。
それからおもむろに、困ってますって表情でえへへと笑う。

5 :『ごはさん?』:2006/09/17(日) 20:03

「チェーンはずれちゃった♪」

おう、実はそんなことは見れば解っていたけどな。
ただ話をそらすキッカケにしただけのことだ。

「そうか。じゃあな」

そう一言で切り捨てて歩き出そうとする俺を、何故だか制服の裾が引き留める。
引き留められるままに脚を止め、振り返ってみれば、中腰になった桃子がなにか言いたげに裾を掴んでいる。

ニッコリ笑う桃子。
笑い返す俺。

「じゃあな」
「ああ〜ん。待って」

真顔に戻り歩き出そうとした俺を、今度はあの甘えた声が引き留める。

「なんだよ?」
「もう、わかってるくせにぃ」

いや、そりゃあ解ってるが。
解っていればなんだというのか。俺は調子が良くないのだ。
だから面倒なことはしたくない。

6 :『ごはさん?』:2006/09/17(日) 20:04

「ねえねえ、直して」

面倒なことはしたく……

「直して。ね?」

面倒な……

「お願ぁい♪」
「しょうがねぇな……」

こういうこともある。
なんだ、あれだ、ほれ……惚れた弱みってもんだ。

そうでなくたって困ったことにコイツは……人気者なのだ。
なんてったって“アイドル”だし。
中学に入ったときからクラスでも――少数の女子から毛嫌いされてたとも聞くが――アイドルだったようだ。
要するに“倍率”が高いのである。
……いやいや、悪い虫がついたりしたらいけないから。
うん。そういうことだ。

チャカチャカと油だらけのチェーンを直しながら自分を慰めてみる。
慰める? 違う違う。いや、どうなんだろう。

7 :『ごはさん?』:2006/09/17(日) 20:05

「直った?」
「俺様にかかればこれくらい」
「さっすが〜。ありがとっ。乗ってく?」

直ったばかりのチャリに跨った桃子が、様子を窺うようにペダルに足をかけながら聞いてくる。
ひらりと舞ったスカートの中で、あと一息のところで見えなかったのが悔やまれてならん。
いや違くて。そうじゃねーや。
乗ってく、だったな。うん。当然だ。それくらいの代償がないとやってられん。
“むっちりフトモモ”とか“ピンクのパンティ”とか、語りかけてくる心の声を無視して、そう思うことにする。

「おう」
「よーし、行くよぉ。桃子ぱわー!」

景気よく“桃子パワー”とやらでこぎ出したチャリは、とても頼りなさげにフラフラと進む。
「うわぁ」だの「きゃあ」だのと、まったく甘くない声をあげている桃子に、チャリを止めるように話しかけた。

「下手くそ。俺が前乗るから桃子は後ろっ」
「はぁい。……ごめんね?」

うむ、上目遣い萌え。甘い声万歳。
……今度は声に出さないように気をつけた。

8 :名無し娘。:2006/09/17(日) 20:05
まだ続きますけどひとまずここまでで。

9 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:40

そもそもコイツとはいつもこうだった。
四軒隣に住む嗣永家はとは、近隣に近い世代の子供がいないせいもあって、なかなかに付き合いが深かった。家族同士、俺も桃子も。
が、それは物心着く前、桃子が小学校にあがる頃までの話だっかな。
よくあるだろう。ガキのつまらん理由で桃子を避けるようになったんだ。
向こうは気にする様子もなく、顔を見れば今のような調子だったけれど、一度避けるようになった俺はといえば、いまだにこのザマだ。
今や桃子は中三になり、俺は高二。向こうは芸能生活、こっちは部活。すっかり接点が無くなったもんだ。

くっそう、こんなに可愛くなる前に、仲直りしておけば良かった。
こうまで可愛くて、ましてやアイドルなんかになっちまった桃子に、今頃愛想よくしたら……ヘンな下心があるみたいじゃないか。
……いや、下心もあるけど。
同じ下心でも、それとこれとは違う話なんだが、周りはそうは思わないだろう。きっと思わない。
ましてや桃子にそうだと思われたら、そんなコッパズカシイことだけは勘弁だった。

「あぁ〜っ、行き過ぎたぁ」

むぅ!?
昔を思いだしていたからか、それとも気怠さからか、気がつけば桃子の家を通り過ぎていた。
慌てて方向を変えたチャリを嗣永家の前で停めた。
チャリを敷地内に押し込む桃子をなんとなしに眺めていた。ただ怠くてボーッとしてる、ともいうけど。

10 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:40

「……?」

人の顔をジッと見つめて、探るような目つき。

「あの…さ、もしかしてぇ、どっか具合よくないの?」

今頃気がついたのか。この六月に不似合いな俺の汗を見て、やっと気がついたらしい。
しかしアレだ、気づいてくれて良かった。気づかれないのも寂しいだろう。

「たいしたことはないんだけどな。ちょっと」
「あ〜……、あっ、寄ってかなぁい? 何年かぶりでしょ。休んでいけば。お母さんも顔みたいだろうし、ね?」
「……んっ――」

俺が口を開いたそのとき、角を曲がってチャリが近づいてきた。

「あれ? 嗣永?」

道を空けようと動きかけた俺の脚がピタリと止まる。

11 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:41

「あぁ、高橋くん。あれ? お家、こっちの方?」
「あっ、うん。まだずっと先だけどね。嗣永、ここなの?」

どうやらクラスメイトらしい。……なんかムカつく。
変わらぬ笑顔で喋ってる桃子を見てるのもシャクだし、とっとと帰ることにした。
話の邪魔をするなんて思われるのもなんだからな。くっそう、思いっきり邪魔してやりたい。

「じゃあな」
「え? あ、あっ、またね」

チクショウ、なんか俺、格好悪い。黙って帰ればいいのに、つい一声かけちまった。
歩く背中に二人の楽しげな話し声が聞こえてくる。
やべー、ちょっとクラクラする。
たった四軒分歩くのがいやにシンドイ帰り道だった。

12 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:42

翌日。
俺は学校を休む羽目になった。
どうやら見事に風邪をひいてたらしい。目が覚めてもベッドから起きあがることすらできなかった。
朝になり、下りてこない俺を叩き起こすため、母親が二階にあがってきた。
そこまでは覚えていた。
が、今は……どうなってんだ、こりゃ。
一つ深呼吸をして、ようやっと身体を起こしてみる。
妙に重々しい。うん、弱ってるんだな、きっと。
カーテンが閉まったままの窓を見れば、どうやら夕方……日が沈んでいく頃合いだろうことは解る。
部屋も暗いしな、違いない。
そして半ばまで身体を起こしたせいで、胸元に落ちてきている濡れタオル。

おぉ、我が母よ、普通に看病してくれていたのだな。

などと思ったのは僅かな時間だった。
そりゃあ身体も重く、起きあがれないわけだ。
膝のあたりにでっかい荷物がのっかっているんだからなぁ。
……いやいやいや、ありえないから。
思わず「クソばばぁ、なにしてやがる」なんて一瞬吐き捨てそうになるほど、ありえないから。

13 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:43

まあその荷物の可愛らしいことこの上ないんだなこれが。
つまりあれだ「なにしてんだ、桃子」ってことだよ。うん。
俺の膝、関節のチョイ上に両手を重ね、ちっちゃい頭がコテンとのっかっている。
こっち向いてる顔。特徴的な瞳は閉じられたままだ。
おー、マツゲ長いなぁ。やっぱ可愛いぜ、コンチキショウ。

「あっ」

俺が凝視してる気配でも感じたのか、マツゲが小刻みに揺れ、薄めの唇から小さな吐息が洩れた。
パチパチと二度、三度、まばたきをした桃子の焦点がこっちに合わせられるのが解った。

「よっ」
「ん。ん? あっ!?」

慌てて身を起こした桃子。

「――寝ちゃってた?」
「誰に聞いてんだよ」
「あ、えへへ。寝ちゃった」

ほんの少し首を傾げ照れ隠しの笑顔を見せる。
……グッて掴んでガッとチュー……いやいや、イカンイカン。

14 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:43

「聞いていいか?」
「はぁい?」
「なんでいんの? あ、先に電気つけてくれる」
「うん。ちょっと待ってね」

立ち上がった桃子が壁際のスイッチに近づき、電気をつける……と思ったら、向こうを向いたままでなにやらごそごそ。
目を凝らして見ていると、どうやら髪の乱れを気にしているらしい。
特に気になるほどのことはないだろう、なんて思うけれど、前髪は命だとか聞いた覚えもある。
チカチカと軽い明滅をしたあと明るくなった部屋で、振り返った桃子がベッドの脇に腰を下ろした。

「“よしっ、オッケー”ってなんの話だ?」
「な、なんでもないのっ。……あはは」

まぁ前髪が、なんだろうな。面白可愛いヤツだ。

「で、なんで俺の部屋に?」
「あ、あのぉ、昨日さぁ、なんか具合悪そうだったんで。……きちゃいましたぁ♪」
「……ほう」

きちゃいました、じゃねぇっつーの。
なに言ってんだ……襲うぞこのヤロー、メチャクチャ可愛いじゃんか。

15 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:44

「お母さまがあがってちょうだいって。あっ、お粥あるんだよ? 食べられる?」
「ああ、うん」

胸の前でパチンと手を叩いて、思いだしたとアピール。
頷いた俺を確認すると、立ち上がって階下へ降りていった。
……えらくミニなスカートだった。
扉へ向き直った時の動きでヒラッて……ヒラッて。
思わず眼を閉じて、脳内でリピート。あぁ……「なんて萌え心を刺激するのか」。

「もえ?」
「うおっ!?」

いつの間に戻ったのか、ペタンと女の子座りをしている桃子が俺の顔の前で手を振っていた。

「やっだぁ、そんな驚くことないのにぃ」
「い、い、いつからいた? ってか、なにを聞いた!?」
「いつからって……もえご……? なんとかって辺りから?」

慌ててドモリながら聞いた俺に、桃子は人差し指を口元にあて、少し考える素振りでそう言った。
なんでだ? どうして? いつ妄想を口走っていたのか!?
次からはよくよく注意しようと心に誓った。
桃子を見つめると、お盆にのせたお粥の器を手にしてレンゲでかき混ぜながらフーフーしてやがる。
少しつきだした唇……あ、危ない危ない。また墜ちていくところだった。

16 :『ごはさん?』:2006/09/18(月) 13:45

「はい、アーン♪」
「っ……」
「恥ずかしがってもダメだからね。食べさせたげるんだから。アーン♪」

レンゲが差し出される。
桃子は恥ずかしがっていると勘違いしているようだ。
違うぞ、違うのだ。萌え死にしそうなだけだ。
あれ? 余計悪いかな?

「し、仕方ないな……」

緩みまくりそうな頬を、必死の努力で立て直して、平静と、やむを得ない風を装ってゆっくり口を開けた。
ニコニコしながらレンゲを口の中に放り込む桃子は、声も出ていないのに口が開いている。
……うむ。予想以上に美味い。なんだ、桃子のヤツ料理なんてできたのか。
いや、お粥なんてたいしたもんじゃあないが、この微妙なコメの固さ、舌触り……うむ。
身悶えしそうになりながら、やっとこお粥を食い終えると、目の前に薬が差し出される。

「飲んでね。それでぇ、しっかり寝てぇ、ちゃ〜んと良くなってね」
「ああ。……帰るのか?」

出された薬を飲み下し、その間に立ち上がった桃子につい聞いてしまった。
桃子はえらく楽しそうにニッコリと笑う。

「ンフッ、フフフ♪ まだいて欲しい?」
「いや、別に」
「なぁんだ、ざんね〜ん。じゃあ帰るね」
「あっ……うむ」

部屋を出ていき際、小さく手を振って足音が遠ざかっていった。
くぅ、いてくれって言えば良かったのに……こっちの方が残念だ。

17 :名無し娘。:2006/09/18(月) 13:46
も一回続きます。
次回でこの話はおしまい。

18 :名無し娘。:2006/09/18(月) 21:48
ドラマというよりアニメっぽいね

19 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:50

翌日。
よく寝たせいか、それとも桃子のお粥が効いたのか、俺の体調はほぼ完調していた。
あぁ、余談だが、後からあのお粥は母さんが作ったものだと判明し、えらくガッカリしたもんだった。
その朝、軽くなった身体で学校へ行き、部活に出ようとしたところで少し考えた。
部室にいたマネージャーに、まだ体調が良くないと話して帰途につく。もちろんウソだ。

数年ぶりに嗣永家へ顔を出すと、やたらとおばさんに喜ばれた。
よく解らんが、好かれていたんだっけかな。
桃子はまだ帰ってないらしいけど、それでもあがっていってと勧めてくれるおばさんに、ことづけだけを頼んで嗣永家を後にした。

ジャングルジムのテッペンで、沈む夕日を見ていた。
いつの間にか街灯に明かりがともっていた。
小さな人影が近づいてくる。後ろ手にキョロキョロと。相変わらず可愛い仕草だ。

「桃子」
「やっほ。もう元気になった?」

口の両端をクイっとあげた、少しクセのある笑顔。
その笑顔めがけて「とうっ」と、一息に距離を縮めた。

20 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:50

「っ――、危ないっ、もぉ……ビックリするでしょ」

ジャングルジムの上から飛び降りた俺に、ドキドキしたって様子で胸に手を……ム、ムネに、手をあてている桃子。
……あ、そこで気がついた。

「なに持ってんの?」
「あっ! ヤダヤダ、せっかく驚かせようと思って隠してきたのにぃ。……はい、コレ」
「花火?」
「うん。ほら、調子悪いのに無理させちゃったかなぁ、と、思ってぇ」
「一緒にやるのか?」
「キライ?」
「そうじゃなくって……」

そう言いながら、俺が隠しておいた荷物を取り出す。

「花火……?」
「おう」
「昨日、きてくれたんで、礼にな」

二人で同時に吹き出した。

21 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:51

ひとしきり笑いあった後、俺はもう一言だけ付け加えた。

「三年も経ったんだってな。CDデビューして。その祝いも兼ねてな」
「えーっ!? なんでなんで? 覚えててくれたのっ?」
「まぁな」

すまん。ウソだ。部活の後輩が話してたのを聞いただけです。
八月で三周年だって、盗み聞きました。ごめんなさい。

「えへへ……嬉しいなぁ♪」

さっき笑いすぎたせいか、それとももしかして嬉し泣きなのか、桃子がちょっと涙目を拭って「やろ?」と言った。
二人で持ってきた花火を広げ、どれをやる、これをやる、いやそっちだどうだ話し合い。
結局手頃なものを片っ端からやっていくことになった。

22 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:52

普通に手で持つポッキーのような花火。
ナイアガラとか書いてある、まさに滝みたいに広がりながら色を変えていく花火。
ロケット花火をいたずらに俺に向けてくる桃子。
……予想よりも早く発射され、危うく直撃を食らいそうになった。
細身だけれど地面に突き刺して、派手な燦めきを見せる花火。
どれもキレイで、たまにはこんなのもいいな、なんて思いながらも、俺は桃子を見つめていた。
色とりどりの光に照らされる桃子の横顔。
光で陰影がついたりして、鮮やかな光の向こうで表情を変える桃子。

改めて思う。
あぁ、やっぱコイツのこと好きだ、と。
学校のアイドルで、世間でもアイドルな嗣永桃子だけど。
俺だけの桃子にしたい。そう思ってしまう。

今なら言っちまっても大丈夫な気がする。
なんとなく……もしかしたら、うんって言ってくれたり、する? か? かもしれない。

23 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:52

 『私もぉ、好きだったよ』

とか言ってくれるかもしれない。
そんなこと言われちまったら、俺、どうしよう。

桃子のしゃがみ込んだ小さな背中。ミニスカートの丈の短さ……いや、だから違うっつーの。
背中までかかるくらいに伸びてきた黒い髪。艶があってとてもキレイだった。触りてぇ……イカン。
これ以上、おかしな気持ちが涌き上がる前に、言ってしまおう。そう思った。

「も、桃子っ」
「んん?」

向こうを向いたままで桃子が返事をする。
俺はゴクリと喉を鳴らし、緊張しきって裏返らないように度胸を決める。

24 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:53

「……桃子」

なんでこんなにドキドキするのか、そう思うくらいの感覚。
言え。言ってしまえ。頭の中でそう訴える声が聞こえる。

「桃子……好きだっ!!」

25 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:54

眼を閉じて祈るような思いで一息に言い切った。
が、その言葉を口にした瞬間、まったく同じタイミングで……派手な音が重なっていた。
ドンッドンッと、打ち上げられた花火の音。聞こえた……か?
そう疑ったとき、桃子が立ち上がって、ゆっくり俺の方へ振り向いた。
俺を見つめる桃子。聞こえてた、のか?

「ねえ……」

ドキドキする、胸が痛いぞ、おい。

26 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:55

「見てたっ? すごかったね〜。普通に売ってる花火であんなのあるんだね♪」

あぁ……なんてこった、ガッカリだ。
必死の告白だったのに……。
“だめだこりゃ”って気分で肩を落とす。
けれど桃子が楽しそうだから、それでいいか。そうも思う。
あ、俺ってイイヤツじゃん……ハァ。

27 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:55

とても楽しそうに花火を消化していく桃子。
もうどうにでもなれとヤケになっている俺。
違いはあれどキャッキャとはしゃぐ桃子は可愛かった。……泣きそうだ。

次々とバケツを埋めていく花火。
さすがに残りも少なくなる。

「線香花火、残ったね〜」
「残ったな。しんみりするからやめるか」
「……いいじゃん。しようよ」
「そうか? ならやるか」

28 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:56

線香花火に手を伸ばした桃子が一本を俺に、一本を自分で。

「どっちが長く持つか比べっこしよっか」
「はっ? 別にそんなん――」
「負けたらなんでも言うこと聞くの♪」
「……ほう、その勝負、受けた」

いや、別に邪なことを考えてるわけじゃないぞ。
純粋に口唇を……いや違う。
純粋にこの想いを……

29 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:56

「さぁ、ショーブだ!」
「うむかかってこい」

この勝負にかけた気持ちが、俺の身体に微動だにすることを許さなかった。
桃子はニコニコと笑っている。勝てる……勝つのだ!

30 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:57

「静かだね」
「…………」

31 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:58

「これならちゃあんと聞こえるよ? もう一回言ってみて♥」
「なっ――あぁっ!?」

32 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:58

ポトリと落ちた。もちろん俺のが。
桃子はニコニコと笑っている。
俺はガックリと肩を落とす。嬉しいけど。
嬉しいけど、なんか違う。
悔しい……でも嬉しい。
あぁ、もういいや、これで。そう思う夏の夜だった。

33 :『ごはさん?』:2006/09/19(火) 17:59

 おしまい

34 :名無し娘。:2006/09/19(火) 18:04
古い漫画のどこかに元ネタあり。

この話はこんなところで。
またそのうちなにか。

>>18
おー、そう言われれば。その方が合ってる気がしますね。なるほど。
ま、ドラマっぽく感じるようなものも、そのうち。……多分。

では。

35 :名無し娘。:2006/09/20(水) 08:54
どことなく飼育テイスト

36 :名無し娘。:2006/09/28(木) 20:00
>>35
飼育でも書いてたせいかな。
なんとなく影響は受けてるのかもしれない。

さて。
次いってみよう。

37 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:01

今、俺は自室で至福の時を迎えようとしている……。
目の前にはなめらかな絹のような背を向けた女の子がしゃがみこんでいる。
勿論、俺には後ろ姿しか見えてはいないけど、なぜだかとても可愛い女の子だってことは知っている。
この娘と俺は、いわゆる相思相愛ってヤツで。
どちらともなく、今か今かと“その時”を待っている……ハズだった。

俺は彼女の艶やかな肩に、そっと手を伸ばした。
伸ばした腕の分まで、離れていた二人の距離がグッと縮まる。
逆らうことのない彼女の様子に、勢いづけられた俺は、後ろから彼女を抱きしめ首筋に顔をうずめた。
彼女の甘い香りを胸一杯に吸い込み、優しく髪を撫でる。
僅かに身動ぎした彼女。
抱きしめていた腕を解き、熱いキスを交わすべく、ゆっくりと彼女を振り向かせていく。
頬、鼻、あごと綺麗なシルエットが見えてくる。

その表情が眼に入ろうとした瞬間……

38 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:02

 バシッ!

彼女の小さな柔らかい手が俺の頬を叩いた。

「うわっ!?」

39 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:02

 ──夢…?

ちょっとイイ夢だったのにな、なんて考えた時、頬に鈍い痛みがあるのに気がついた。

「っつ〜、なんだこりゃ?」
「なにが“なんだこりゃ”だよ。やっと起きたと思ったら、いきなりニヤニヤして」
「あぁっ?」

40 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:04

目を開いて最初に飛び込んできたのは、ベッドの横に仁王立ちしたひとみ──幼なじみの吉澤ひとみ──の姿だった。
そして気がつく……両頬の熱さ。

 ──ほほう、ビンタをくれたのはコイツか…いや、往復ビンタ、だな

触れた両頬の熱さに、心の中でそう確認した俺。
それからやっと、ひとみの後ろのガラス戸が開いているコトに気がついた。

 ──またベランダ越しに入ってきやがったのか……

「お前……何故ココにいる? イヤちょっと待て…それより、何故そんな起こし方をする?」

頬をさすりながら、きっと意味を成さないであろう質問を口にする。
聞かれた当人は、さも当たり前のコトであるらしく、ごく普通に言ってのけた。

「だってさ…ヒロ、起きねーからじゃん」
「っ……で?」

やはり意味を成さなかった質問と、その返答によって込み上げるモノをグッと堪え、軌道修正して短く問うた。

「はっ?」
「“はっ?”じゃねぇよ。なんで休みだってのにこんな早くに起こしたんだ?」

惰眠を貪るつもりでいた俺は、不機嫌さを隠そうともせずに聞いた。
言いながらベッドサイドに置かれている目覚まし──八時と表示されている──を指差す。

41 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:04

「おー……梨華ちゃんのお母さんが朝ご飯一緒にどうってさ。『たまにはきちんと三食食べないとダメよ』ってさ」

ひとみのヤツは途中から、梨華の母親を真似ながらそう言ってきた。

「はぁ……解った。すぐ行く」
「よしよし」
「…………」
「…………」
「なにしてんだよ?」
「はっ?」
「着替えんから先に行ってろよ」
「あ〜、はいはい。……なに恥ずかしがってんだか」
「うっせぇ」

吐き出す言葉と同時に投げつけた枕。

42 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:05

 ボフッ!!

が、枕はその目的を果たすことなく受け止められ、逆に俺の顔へクリーンヒットした。

「甘い、ぜんっぜん甘いっ!」
「くっ……」

ひとみのヤツは見事なフォロスルーでそう告げて、大股でノシノシと俺の部屋を出て行った。

「くそぅ……おばさんに世話になってなきゃグーで殴ってるとこだな」

そう呟いてみても、そんなことできるワケなんてないことも解っている。
両親を事故で失い、この家と幾ばくかの保険金だけしか無くなった自分。
そんな俺がまともに人間らしい生活を送れているのは、両隣に住む幼なじみとその家族のお陰なんだから。
まぁ、それだけが理由ではないにしろだ……。

43 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:05

「ふぅ」

溜息と共にベッドから抜けだし、手早く着替えを済ませ階下へ降りる。
顔を洗い終え、歯を磨いている最中、呼び鈴が鳴り玄関のドアが開く音が聞こえた。
洗面所から上半身だけ出して覗いてみると、もう一人の幼なじみが玄関から入ってくるトコロだった。

「……ひふぁ? ふぉんどはふぁひ?」
「もう…待ってるから済ませちゃって」

歯ブラシをくわえたまま出迎えた俺に、呆れたように笑いながら梨華──石川梨華──が言った。

「……ん」

サッサと歯磨きを済ませ、洗面所を出ると、先程と同じようにあがりもせず玄関で待っている梨華に同じ問いを発した。

「おはよう、梨華。で? 今度はなに?」
「おはよ、ヒロちゃん。朝ご飯、冷めちゃうよ?」

絹糸を爪弾くような声で柔らかく微笑む。
困ったことにこの幼なじみは、自分で意識してのことでは全くないらしいのに、時折、俺のツボを激しく刺激する。

44 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:06

「あ〜……」
「?」

言い淀んだ俺に、口は開かず小首を傾げて「どうしたの」って仕草をみせる梨華。

 ──くぅ〜……綺麗になったなぁ

改めてみるこの幼なじみは、月日を追うごとに女らしくキレイに成長している。
が、感じたままを素直に口に出来るほどに大人でも子供でもない自分には、面と向かってそれを口にすることができなかった。

「あぁ、梨華も手伝ったんだって?」
「うん。よっちゃん達も一緒に食べるから」
「そっか……大丈夫なのかね?」
「え〜、なにが?」
「ちゃんと食べられるモンでるの?」
「失礼ねっ、大丈夫だもん!」

すぐムキになるところなんか、からかい甲斐があって面白かったりする。
先に立って歩き出しながらボソッと一言付け足す。

「はいはい……胃薬あったかな」
「もぉ〜っ!!」

後ろで文句を言い並べてる梨華に手を振り玄関を出た。
右隣の石川家で並んでるであろう、久しぶりの家庭の味を想像しながら。

45 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:07

ひとみとそのお母さん、そして梨華とそのお母さん、そして俺。
5人で囲む食卓は、文字通り──いや、それ以上か──姦しい場で。

「ごちそうさまでした」

家族の団らんにアテられながらも、温かい朝食は心まで満たしてくれたようで。
空になった食器を手に、席を立とうとした俺を、梨華のお母さんが押し止めた。

「あぁ、そんなことしなくていいから。座ってなさい」
「あっ、でも……わっ!?」

そう言われてもと動き出そうとする俺の肩を、後ろから掴んで無理矢理に座らせる手。

「いいから、座ってなさい。女の仕事よ」

ひとみのお母さんがそう言い、俺を椅子に押し込めた。
口よりも先に身体を動かす、まったくもって似たもの親子だった……どちらも。
同じように片づけに立ち上がる梨華の背中を見ながらそんな事を思った。

46 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:08

「お前は手伝わないのかよ」

向かいの席でオヤジのように新聞なんぞ広げているひとみに聞いてみた。
テレビ欄ぐらいしか読まないクセに、やけに真剣に見入っているひとみは、新聞越しに返事を返してきた。

「おー! コレ、見てみ」
「人の話聞いてねぇだろ……」
「ほら、コレ!」

ガサガサと音を立てながら、自分の読んでいた面をこっちへ向けて広げてきた。
ふん、地方紙だけあって地元に根付いた記事が……

「ドコ見てんだってば……ココだよ! ココ!!」
「あん?」

47 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:08

ひとみの指差した場所は、俺が目にした記事の下……

「今日、明日と祭りがあるんだってさ」
「あぁ……割と近所だな」
「どうよ?」
「どうって……なにがだよ」
「梨華ちゃんも一緒にさ」

腹が満たされたからなのか、ひとみのヤツは妙にご機嫌みたいで、ニコニコしながら話している。

「ん〜、梨華も好きそうだよな。良いんじゃねーの、行ってくれば」
「ちっげぇーよ。なに他人事みたいに言ってんの」
「なんだよ」
「ヒロも行くんだよ」
「……はっ、なんで俺が」
「はぁっ? かよわい乙女二人のボディガードに決まってんじゃん」
「一人じゃねーの?」
「ナニ聞いてんだよ、二人だって言ってんじゃん」
「かよわい乙女なんだろ?」
「そう」

48 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:09

それを確認して少し考える素振り。
ゆっくりとキッチンで洗い物をしている梨華の後ろ姿を指差した。

「一人」
「うん」

指差す方向を目で追いながら、ひとみが頷く。
伸ばした指をスーっと移動させ、ひとみの前で動きを止める。

「……だけじゃん」

 スパンッ!

顔が下を向くほどの勢いで頭をはたかれた。

49 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:09

「ぐっ……このメスゴリラめ」

小さな声で聞こえないように呟いた。
が、野生の聴覚は聞き逃さなかったらしい。

 ゴンッ!

「ぐぁっ……」

頭を抑えて、しばし沈黙せざるを得ない程の痛みを堪える。
頭頂部に手をやり、ひとしきり悶絶した後、絞り出すように声を出した。

「お、お前…握り拳で……っ〜」
「オホホホホ、乙女を侮辱した罰ですわ」

なにかのTVででも見やがったんだろう、妙な笑いと共に小馬鹿にするような態度。

50 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:10

なにか言い返してやろうと顔を上げた時、梨華が手を拭いながらキッチンから戻ってきた。

「またやってるの? 相変わらず仲良いんだから」
「ふん」

その言葉に鼻を鳴らして不平を訴えるひとみを無視して、俺は抗議の声を上げた。

「どこ見ればそうなるんだよ。一方的な暴力だろ?」

そんな俺の声を僅か三ヶ月ばかり年長のこの幼なじみは、柔和な笑顔でサラリと聞き流し自分の話を続ける。

「それで? なんの話してたの?」
「あっ、そうそう、コレ見てよ梨華ちゃん」

51 :『夏だね』:2006/09/28(木) 20:10

喜々として先程の新聞を広げ梨華に説明を始めるひとみ。
俺はこの場の風向きの悪さを悟っていち早い撤退を決めた。

「さて、腹ごなしに散歩でもしてくっかな」
「あっ、おい!」

席を立った俺に、ひとみの言葉が追いかけてきたが、完全に黙秘を決め込むことにした。

「じゃあ、ごちそうさまでした〜!」

キッチンに残っている石川家・吉澤家、両家のおばさんに挨拶をして逃走モードに移る。

「話を聞け〜っ!」

次第に大きくなるひとみの声を背中で弾き返し、俺は石川家を後にした。

52 :名無し娘。:2006/09/28(木) 20:13
ひとまずこんなところで。

あ、書き忘れてました。
アンリアルで一昔前に流行ったベタないしよしキャラ設定。
最後の方にチョイエロ描写あり。
気にくわない方はスルーしてください。

今回ももらえるレスは喜んで。

ではでは。

53 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:11

昼も近くなり日射しは強さを増してきて。
次第に上がる太陽と気温を避けるように公園の芝の上、日陰になってる極上のポジションに寝そべっていた。
心地よい眠りに誘われはじめた頃、そろそろ厄介な話題も過ぎ去っただろうと腰をあげ家路についた。

「おかえり、ヒロくん」

玄関の前でポケットから鍵を引っ張り出し、鍵穴に差し込んだ時、後ろから声をかけられた。
振り返るまでもなく誰だかは解っていたが、動作を止め向き直って挨拶をする。

「ただいま。どうしたんですか?」
「うん、少しいいかしら?」

梨華のお母さんは俺の家を指差しながらそう言った。
あまり無い事態に疑問を抱きながらも、俺は玄関の扉を開き道を譲った。

「あ……はい、どうぞ」

54 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:11

「はい、煎れたのが俺ですから味の保証はできないですけど」

リビングのソファーに座るおばさんにお茶を出し、俺も向かいに座った。
おばさんは室内を見渡しながら、娘と同じ柔和な笑顔で微笑み、感心したようなニュアンスで口を開いた。

「久しぶりにきたけど綺麗にしてるのね」
「あぁ、ほとんど使ってないですから……」
「ヒロくんの叔父様や叔母様は……?」
「全然こないですよ。大学入る時、こっちに戻ってきてから一度も。
 向こうも厄介払いができたと思ってるんです、きっと」
「そんな事言うもんじゃないわ……」

自分の境遇を自嘲気味に話す俺に、おばさんは困惑した表情で言葉を探すようにしていた。

55 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:11

「それはともかく。こっちに戻ってきて本当に良かったですよ……。
 アレ以来、去年までの四年間は結構忍耐を試される時間でしたもん。
 ほら、今朝みたいに……おばさんの手料理はおいしいし、梨華はいい娘だし」

両親を事故で亡くして、中学生だった俺は関西の叔父に引き取られた。
俺への愛情からなどではなく、成人するまので保険金の管理を任されるからだと知ったのは引き取られて間もない頃だった。
イヤな記憶を振り払うように──話を変える為にも──明るい声でそう言いながら笑った。
おばさんは少しだけ笑顔になって口を開く。

「忍耐力はともかく、お世辞は上手くなったかしら」
「本心なんですけどね」

ワザとふて腐れてみせる。
おばさんは全て解っているようにそれを受け止めてくれて二人で笑った。

56 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:13

「でもね、うちも吉澤さんの家も、ヒロくんが戻ってきてくれて喜んでるのよ」

ひとしきり笑った後、優しげな表情に戻ったおばさん。
その娘によく似た柔らかな笑顔で改まって口を開いた。

「そうなんですか? それこそお世辞でも嬉しいです」
「ううん、本当に。ほら、うちも吉澤さんの家も、単身赴任でしょ。
 頼れる男手があるっていうのは心強いわって、話してるのよ?」
「またそんな……」

望外な言われように照れ臭くなって所在なくカシカシと頭を掻く。
そんな俺を見ておばさんは、さも楽しそうな微笑みを浮かべながら話を続けた。

「うちの梨華もひとみちゃんもそう」
「え?」

57 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:13

「梨華は……ほら、あの通りの子でしょ。ヒロくんが居なくなってしばらくは落ち込んじゃってね。
 こっちの大学を受けて、戻ってくるって知った時の喜びようったらなかったのよ」
「そうなんですか? 全然知らなかったな……」
「梨華だけじゃないの。ひとみちゃんもね」
「あいつが? まさかそんな……」
「ううん。梨華みたいにそんな“素振り”をみせたりはしないんだけどね。
 ヒロくんがいなくなってから、しばらくは元気が無くってね……全然らしくなかったのよ?」
「ハハハ……嘘みたいですね」
「お母さんも心配しちゃってね……」
「…………」

まさかあのひとみのヤツが?
会うたびに憎まれ口を叩き合ってるアイツが?

58 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:14

物思いに沈みそうになった俺を、おばさんの声が引き戻す。

「……あっ、いけないっ! そんな話をしに来たんじゃなかったの」
「はい?」
「ヒロくんも行くんでしょ? お祭り」
「……はい?」

話しの流れに危険な兆候を感じた。
相変わらず柔らかな笑顔で話しかけてくるおばさん。
娘同様、自分では意識していないだろうけど……押しの強さとプレッシャーを感じさせる。

「ひとみちゃんと梨華が話してたわよ。三人でお祭りに行くんだって」
「そ…うですか」

ひとみのヤツめ、搦め手から攻めてきやがった。
いつの間にそんな知恵をつけたんだ。
そんな疑念を浮かべている間も、おばさんの話しは続いていた。

59 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:14

「よろしくね。ひとみちゃんはともかく、梨華の方は心配でしょうがないでしょ?
 しっかりしてるようで不器用な子だから……ヒロくんが一緒だったら安心だわ」
「はぁ」
「これ。少ないけど使ってちょうだい」

そう言っておばさんは俺の手になにかを握らせた。
開いた手の上には数枚の紙幣。

「ちょ、ちょっと待って、こんなの貰えませんよ」
「いいからいいから。迷惑料の先払いよ。じゃあ、お願いね」
「あっ、おばさ……ん」

そそくさと席を立ち、にこやかに手を振って出て行ってしまった。

60 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:15

掌の紙幣を見つめて考える。

 ──さて、どうしたもんだ?

その時だった。

「へっへっへ……見たぞ」
「!?」

庭先を振り返るとそこには、ガラス戸を滑らせてさもご機嫌そうにニヤニヤ笑うひとみが立っていた。
この時の俺には、ひとみの後ろに黒く細長い、先端の尖ったシッポすら見えたような気がした。

 ──どうにも選択の余地は無くなったな

61 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:15

「……分かった。行く。 行きゃあいいんだろ?」
「よし……じゃあ、後で迎えにくるわ」

そう言って出ていったひとみの後ろ姿を見送りながら、なにかが引っかかっていた。

 ──なんだろう?

去り際のひとみの笑顔。
その直前までみせていたモノとは別種の笑顔。
口調とは裏腹に、珍しく“女”なんだってことを意識させるような、そんな笑顔だった。

 ──あんな顔もできるんだな……

62 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:16

夕方になり迎えに来た二人と一緒に、二駅分ほど電車に揺られて。
日頃と比べて、ややテンション高めの二人の会話を聞き流しながら少し不満な気持ちを抱えていた。
目的の駅で降り、前を歩く二人に抱えていた不満をぶつけてみた。

「なぁ、なんで普通の格好なんだ? 浴衣じゃないの?」
「え? あ、うん……」
「なに、期待してた? もしかして」
「期待ってーか…な。せっかくだし……お前はともかく梨華はそうかなって思った」

なにか口ごもっている梨華と、俺のことを茶化そうとニヤつくひとみに、思ったことを素直に言ってみた。

63 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:16

「うちは着る気もないけどね。梨華ちゃんは着たがってたんだけどさ……」
「ホラ、急に決まったでしょ? お母さんに探してもらってたんだけど見つからなくって……。
 よっちゃんはそのままでイイじゃんってすっごい急かすし……だから諦めたの」
「そうなのか……ちょっと残念かも」
「ヒロちゃんが喜んでくれるんだったら、見つかるまで待ってれば良かったな」

はにかむように俯いて、か細い声で呟く梨華。
夏というフィルターのせいか、普段よりその魅力を増していて。
そんな梨華に気の利いた言葉でもかけてやろうとした時、声量のある声が割りこんできた。

「まぁしゃーないっしょ……ホラあそこじゃん?」

64 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:17

駅前の大通りから一本外れて。今、俺たちの歩いている少し小さな道。
この少し先に、如何にも“それ”らしい風景の入り口が見える。

「あぁ、そうみたいだな」
「よっしゃー、行くべ!」

そう言うなりひとみは、梨華の手を取り走り出した。
こっちを気にしながら引っ張られていく梨華に、苦笑しながら手をヒラヒラと動かして見送った。

「ノリノリだな…」

呟いてから自分の役目を思い出し、二人を見失わないように足を速めた。

65 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:17

二人は祭りの入り口──道路の曲がりっぱな──で、早くも露店に惹きつけられていた。
さして急ぐこともなく追いついてみると、どうやら祭りは一本の道を歩行者天国にして作られてるらしい。
道の両側には多くの露店がぎっしりと並んでいて、その終わりまでは相応の長さがあるように見えた。
おそらく遠くに見えるその終着点は神社なのだろう、それらしい建物の陰が微かに見えた。

色とりどりの華やかな色彩で、温かな光を放つ提灯。
雑多な食べ物の香りや、夏の薫りが入り交じった空気。
そして心を浮き立たせる調子の良い祭り囃子が聞こえる。

 ──なんか懐かしい感じだな

ふと気がつくと、梨華とひとみが俺を待つように見つめていた。

66 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:18

「お? どした?」
「どしたじゃねーっての。財布クン」
「え? 財布クン……?」
「そーだよ、梨華ちゃん。今日はコイツのオゴリだからね。ジャンジャンいこう!」
「ぐっ……」
「え? だって、あたし、自分で出すよ?」

心配げに俺を見ながらそう聞いてくる梨華。
その後ろで悪魔の微笑みを浮かべたひとみの表情に、俺は力なく頷いた。

「……まかせとけ」
「……そ、そう」
「よ〜し、いっくぞ〜」

気遣わしそうに俺を見る梨華を、ひとみの手が引っ張っていった。
数歩遅れて後をついて歩くと、通りに入ってまだ数メートル。
威勢の良い露店のオヤジさんに梨華が捕まった。

67 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:18

「よっ、そこの綺麗なおねえちゃん、チョコバナナ食べてきなよ」
「え?」
「おねえちゃん綺麗だからなぁ、チョコ大目の特別製だっ。そっちのあんちゃんもどうだい?」

とまどいながらも頬を染めている梨華に、手応えを感じたんだろう、オヤジさんが続けた。

が……?

 ──あんちゃん?

この距離で、俺へ向けての言葉ではないことは明らかだろう。
となると……

「……ぷっ」

先に堪えきれなくなったのは梨華。

「ぷっ、あはははっ」

続けて吹き出した俺を睨みつけるひとみ。
ひとみはその凍てついた怒気をまとった目線を露店のオヤジさんに向けた。

68 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:19

「オッちゃん……あんちゃんってアタシのこと?」
「あ…あ〜……」

オヤジさんも気づいたらしく、イヤな汗を浮かべながら必死に言葉を探しているようだった。

「なるほど、そうか。オッちゃんいい人だね。チョコバナナ三本もごちそうしてくれるんだ?」
「うっ……」

横で嗜めるようにひとみの手を叩く梨華に構いもせず、容赦なくオヤジさんを追い込むひとみ。
仕方がないので助け船を出してやろうと割りこんだ。

「いいッスよ、おじさん。三本買いますから」

そう言って財布に手をかけた俺がキッカケになったようで。
オヤジさんは一つ手を叩き、なんとか取り戻した威勢の良さで言い放った。

「悪かったのはこっちだ! 仕方ねぇや、持ってってくれい!!」
「お〜、オッちゃん太っ腹♪」

さも愉快そうに言い、チョコバナナを受け取り歩き出すひとみ。
俺と梨華はオヤジさんに礼を言って、遠慮がちにチョコバナナを受け取り、ひとみの後を追った。

「よっちゃんったら……」
「鬼だな、アイツ……」

69 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:19

立ち止まっているひとみに、追いついた俺と梨華。

「ヒロ、これね」

いつの間にたいらげたのか、ヤツの手にはチョコバナナではなくアメリカンドッグが握られていた。
渋い顔で会計を済ませ、再び後を追う。

「お前、喰うの早ぇよ!」
「んんんぁ?」

くぐもった返事と共に振り返ったひとみ。
その口にはアメリカンドッグがくわえられていた。

70 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:20

「……お前さ、仮にも女なんだから、んなモンくわえて歩くなよ」
「んんん、んっ」
「ナニ言ってんのか分かんねぇって」
「……ぷはぁ。ヒロ……なに? 変な想像してんの?」
「あぁ?」
「そんなんして欲しい?」
「……アホウ」

 スパァン!

「つぅ…だから叩くなっつーの。それにお前、梨華の前でそんな話すんなよ」
「……あれ? 梨華ちゃんは?」
「へ? あれ?」

言われて辺りを見回すが、それらしき姿は見えなくなっていた。
イヤな予感が沸々と沸き上がってくる。

71 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:20

「……人混みに流された?」
「……そうかも。ひとみ、あっち探してくれるか? 俺は向こう行くから」

入り口側を指差してひとみに言い、人混みの隙間を縫うように奥へ奥へと進んでいった。
どれくらい進んだんだろう、人も露店も疎らになってきて、自由に動きがとれそうな空間に出た。

 ──イヤな予感的中かよ……

その多少広がった空間の木陰で、高校生くらいの男3人の向こうに梨華の姿を見つけた。

72 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:21

「やっ、離して……」
「イイじゃんよ、一緒に遊ぼうぜぇ」
「そうそう」
「連れがいるんですっ! もう、やだったら!」

 ──な…ナンパかよ……しょうがねえなぁ

放っておく事が出来るはずもなく、溜息を一つついてガキどもの間を割って入った。

「はいはい、ごめんね……どこまで行っちゃってんだよ、探したぞ」

突然現れた俺を見て安心したのか、梨華は嬉しそうな顔をして腕を絡めてくる。

73 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:21

「ヒロちゃん……」
「なにやってんだよ…大丈夫か?」
「…うん」
「んだよてめぇは!」

小声で囁きあう俺達にガキの一人が突っかかってきた。
面倒はゴメンだったので、極力穏便に抜け出そうと試みることにした。

「悪いね、連れなんだよ。遊び相手だったら他を探してよ」
「あっ!? てめぇがヨソ行ってこいや!」

 ──…七面倒くさいガキどもだな

「ホント、ごめん。勘弁してよ」

キレそうになるのをグッと堪えて低姿勢で、後ろにいる梨華を庇うようにガキどもの間を抜け出ようとした。

74 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:22

「いやっ!」

輪を抜けたと思った瞬間、ガキどものうち一人が梨華の腕を掴んだらしく、後ろから梨華の悲鳴が聞こえた。
キレ気味に振り返った俺はそのガキの腕を掴み、自然と低く、抑えめになる声を意識しながら言った。

「放っておいてくれって言ってんじゃん?」

掴んだ腕にありったけの力を込めると、苦鳴と共に梨華の腕は解放されて。
ガキどもと向き合うような形になった俺の後ろに梨華を回り込ませた。
周囲に見える人達は概ね無関心──野次馬もいるかもしれないが──を決め込んでいるらしい。
当然ながら、あえて助けてくれようとする人間もいないようだった。
仕方がないと覚悟を決めて、俺はガキどもの様子を窺いながら梨華に小声で指示を出した。

75 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:23

「多分、もうすぐひとみもこっちに来ると思うから。だから来た方に向かって走れな」
「!? ……ヒロちゃんは? どうするの?」
「梨華が逃げたら後から行くよ。ホラ、俺って平和主義だからさ。
 時間稼ぎに話しかけて、ぱ〜と逃げちゃうから。な?」
「でも……」
「なにごちゃごちゃやってんだよっ!」

 ──あ〜、うっせえな、もう

逡巡している梨華の背中に手をやり、来た方向へと思いっ切り押しやった。

「行けって」
「あっ、待てよ!」

俺の横を抜けて、梨華を追おうとするガキの腕を掴んで引き寄せた。

76 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:23

「そっちはダメだよ。こっちに付き合ってくれ」
「んだぁ、こら!」
「まぁまぁ、落ち着いて話しあおうじゃないか」
「ナメたこと言ってんじゃねぇぞ、コラぁ!」

 ──ダメそうだな、コリャ……

一人で勝手に激昂してるアホウに呆れながらも、いよいよヤバイかなと覚悟を決めた瞬間だった。

「っらぁ!」
「うわっ、と! …あっ……」

完全にキレてるガキが殴りかかってきたのをすんでの所で交わした。
までは良かったんだが、つい反射的に殴り返してしまった。

「わ、悪い、つい……」

などと言ってももう遅かった。

77 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:24

そこから先は、もうグチャグチャで。
一対一だったらボコボコにもしてやれそうなもんだが、人数が多い上に場所も悪い分こっちも殴られていて。
やっとこ一人をノシてやった頃、聞き慣れた声が近づいてくる気がした。

「ヒロ!」
「ヒロちゃんっ」

今度ははっきりと。
声のした方を振り向くと、ひとみと、それに少し遅れて梨華が駆け寄ってくるのが眼に入った。

「なにしに……」

そっちに気を取られた、その一瞬がまずかった。
後頭部に鈍い痛みを感じ、何かが割れるような音、そして目の前でフラッシュでも焚かれたように視力を失った。

 ──おっ…痛ってぇ……

そう思った時には視界は暗くなり、海の底にでも沈んでいくような感覚に包まれて。
踏ん張ってお返しをくれてやろうとする意志に反して、身体はゆっくりと崩れ落ちていった。

78 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:25

 …………

79 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:25

なにか頬に当たる冷たい感触で目が覚めた。
薄く、僅かに開いた目に、暗く、静かな空間が広がっていた。
指先に感じる埃っぽい感触…どうやら地に横たわっているらしい。
少しずつ戻ってくる五感……シトシトと地を濡らす雨音が聞こえる。

 ──雨…?

頬に落ちた雨粒を拭おうと、身動ぎをした。
その時になってやっと、頭から背中にかけて感じる柔らかな感触に気がついた。

80 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:25

「良かったぁ……」

鈴を振るような声が耳をくすぐる。
薄く開いていた目をゆっくりと開き、焦点を合わせていきながら声の主を探す。
微かに視線を動かしただけで視界に捉えた声の主へ、なるべく優しく聞こえるように声をかけた。

「梨華……? なんで泣いてんの?」
「だって…あたしのせいで……」

俺の顔を見つめる逆向きの梨華の表情、その手にしっかりと握られている濡れタオル。
ポロポロと溢れる雫が俺の頬に落ちてくる。

81 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:26

掠れがちになる声で、軽口だと解るように呟く。

「冷たい、からさ…もう泣くなよ」
「もし目を覚ましてくれなかったらどうしようって……」
「相変わらず心配性だな…んなわけないだろ?」
「うん…うん。でも……」

唇を噛み締めて、涙を堪えようとする梨華。
そっと手を伸ばし、指先で涙を拭い、宥めるように頭を撫でた。

82 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:26

「大丈夫だから……な?」

そう改めて言い、そのことを証明しようと上体に力を込めた。
起こしかけた身体を柔らかく、けれど確たる意志を込めて押し止める手。

「もう少し…あと少しだけ……」
「…………」

その乞い願うような声色に力を奪われ、俺はそっと上体をおろした。
殴られて熱を持った口元、頬、それらを刺激しないように、そっと掠めていく梨華の少し冷たい指先。
その癒されるような心地よい感覚に目を瞑り、しばらく静かな時間だけが過ぎていった。

83 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:27

 …………

84 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:27

ジャリっと地を擦るスニーカーの音。
同時に聞こえてくる耳に馴染んだ少し低い声。

「雨…やんだよ」

目を開き僅かに首を回して、いつもの威勢を欠片も感じさせない声の主を見つめる。

「…そうだな」

何処へ行っていたのか、ひとみは雨に濡れ、覇気のない表情をしていた。

85 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:28

「いつまで甘えてんだよ。もう帰るでしょ?」
「よっちゃん……」

出てくる言葉こそひとみらしいモノではあるけれど、その言葉からは“らしさ”が全く失われていた。

「よっ…っと」

軋むような痛みを堪え上体を起こした。
膝に手をつき腰を押さえ、手を貸そうとしてくれる梨華に首を振りゆっくりと立ち上がった。

「大丈夫…なのか?」

さっきまでと変わらぬ、感情が死んでしまっているような声のひとみ。

86 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:28

「あんなクソガキどもに殴られたって大したことねぇよ」
「っ……なに偉そうに…ボコボコじゃん」

ほんの僅かに“色”を取り戻した声音で笑い、近づいてくるひとみは「ほらっ」と一言付け足し手を差し伸べてきた。

「あ?」

差し伸べられた手を見て小さく漏れた言葉。
返ってくるのはあり得ない返事。

「バカっ!」

投げかけられた罵声に一歩踏み出して文句を言ってやろうとした時、グッと手を握られ引っ張られた。

87 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:30

握られた手を担ぐように廻され、無理矢理に肩を借りる形になる。
意外な展開に困惑し、離れようと身動ぎした途端、脇腹に激痛が走った。

「うがっ!?」
「よっちゃん!」

後ろに立っていた梨華が、俺の脇でひとみの手をはたいた。
俺の脇腹を痛打した肘をグッと押し退けるようにして。

88 :『夏だね』:2006/09/30(土) 23:31

「ったく。梨華ちゃんそっちね……動くな! 大人しくしてる!」
「そうだよぅ。無理しないで」

ひとみの言葉を受けて、反対側に廻った梨華の肩に担がれた。

「…………」

なんとも情けない姿の自分と、身体の痛みに、自然と渋い表情になる。

「たまには素直に言うこと聞くのもいいっしょ」
「そうだよ、ヒロちゃん。ね?」
「……あぁ」

雨上がりの夏の夜。
なんともいえない気持ちと、どうにもできない状況のままに家路についた。
雲間に見える月の光は様々な感情が映し出されているようだった。

89 :名無し娘。:2006/09/30(土) 23:33

はい。今日はここまで。
半分ぐらいはきたかな?

誰も読んでないのかもしれないけど、読んでる人にはまた近いうちにってことで。

では。

90 :名無し娘。:2006/10/01(日) 13:28
これで半分かよ

91 :名無し娘。:2006/10/01(日) 17:34
おお!読んでる人いた!!

>>90
むだに長いのは“味”です。
でも実際、全部で50KBほどだからそう長くないんじゃないかと思う。

92 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:35

昼もとうに過ぎ去った頃、鈍く痛む身体を叱咤して無理矢理にベッドから這いだした。
窓から差し込む日射しは、昨晩の雨などなかったことのように眩く輝いている。

「暑っ……」

開け放してあった窓を閉め、ベランダ側のカーテンを開ける。

「…………」

ひとみの部屋は窓もカーテンも閉め切られていて、いるのかどうかも解らなかった。

 ──んーでもなぁ……

ぼちぼちいい時間だなぁ、などと考えながら一階の洗面所へ入ろうとして少し考える。
そのまま着ているものを脱いでシャワーを浴びることにした。

93 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:35

至る所に残るすり傷に染みるのを我慢しながらシャワーを浴びる。
髪をかき回すと後頭部に派手な瘤と小さな裂傷の手触り。
こんなもんで済んで良かったとするべきなんだろうか。
そう思いながらもシャワーを浴び続けていると、どうも誰かに呼ばれているような気がしてきた。
そそくさと泡を落とし、タオルを巻いて廊下へ出ると、リビングを覗いているひとみの後ろ姿が見えた。

「なにしてんだ?」
「なんだ居たん……!?」

言いかけて硬直したまま、口をパクパクさせているひとみ。

「なんだよ」
「ドアホっ! 服くらい着てから出てこい!」

そう言い捨ててリビングへ逃げ込んでしまった。
昨日とはえらく違う反応に、逆にこっちが驚いた。

 ――アイツでも恥ずかしかったりするのかね

そんな事を思いながら、新しいタオルで身体を拭いながら二階へ上がり、ジーンズとTシャツを着込み、濡れた髪のままリビングへと戻った。

94 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:35

「で? どーしたんだよ」
「いや、大丈夫かなって思ってさ」
「は? そんな事でお前がくるなんて珍しいな。全然、大丈夫だよ」
「梨華ちゃんがさ……へこんじゃってんだよ」
「なんで?」
「昨日のは自分のせいだからって。お祭りなんか行かなきゃよかったんだってさ」
「……ったく。なんでそんな風に考えるのかな。梨華、家にいるのか?」
「うん。部屋にいると思う」
「そっか……じゃあ、今日も行くからって。そう言っておいてくれよ」
「……行くの? あそこに」
「行こうや。昨日は全然楽しめてないだろ? 花火は無理だろうけどさ…」
「あっ」
「ん?」

なにか思い出したように小さく声を上げたひとみ。
それを聞きつけて話をとめた。

95 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:36

「花火、雨で順延だって……」
「……今日か」
「だろうね」
「決まりだな。梨華に話しといてくれよ。後で迎えに行くからなって。
 変な事に気を遣って、行かないなんて言ったら無理矢理にでも連れ出すぞってな」
「……おしっ! 解った、言っとく」
「じゃあそーゆーことで」
「うん、じゃあ」

そう言って嬉しそうな顔で出ていったひとみ。
同じように梨華も喜んでくれれば良いなと、そう思った。

96 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:36

夕方、段々と陽が傾いてきた頃、石川家に迎えに出た。
玄関を開けて現れたのは梨華のお母さんで、すぐに呼んでくるからと告げられその場で待たされた。
去り際に小さな声で「ありがとうね」と言ってくれたのがおばさんらしい気遣いだなと思った。
昨晩の不甲斐なさに、礼を言われるほど役に立ったんだろうかと考えている時、玄関が小さく軋み開いた。

「おぁ……」

思わず小さく歓声が漏れてしまった。
開いた玄関から出てきたのは、昨日のありふれた洋服姿とは違う、ごく淡いピンク地にアジサイがあしらわれた浴衣に身を包んだ梨華。
あまりに艶やかで、しっとりとして……俺は言葉を無くしてしまった。

97 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:37

「……どう…かなぁ?」
「…………」
「ヒロちゃん」
「おっ、あ……ん?」
「似合わない…かな?」

綺麗に結い上げられた髪が小さく揺れ、俯き加減の梨華が、遠慮がちに聞いてきた。

「あ〜……良いんじゃない」
「…………」

嬉しそうな顔をしつつも、微妙な表情をしている梨華。

98 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:37

自分でも言葉が足りないのは解っていた。
気恥ずかしさを押し殺して、感じたとおりを素直に言葉に出してみた。

「いや、すっげぇ似合ってる。驚いた……綺麗だ」
「……ありがとぉ」

言葉の途中で嬉しそうに上げた顔を、真っ赤に染めて再び俯いてしまった。
言ったこっちも赤面しそうなんだけどな……。

「あ……ひとみは?」
「え? あ、おうちの方じゃない? うちにはきてないから」
「そっか。じゃあ行こうか」
「うん」

99 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:38

2人で俺の家の前を通り越し、ひとみの家へ行くと、やはり出てきたのはひとみのお母さんで。
梨華の時と同じように玄関先で待たされた。

「遅いな……なにしてんだアイツ」
「う〜ん…」

なかなか出てこないひとみに焦れたように話をしていると、玄関のドア越しに争うような話し声が聞こえてきた。
なにごとだろうと梨華と視線を交わした時、玄関のドアが開いた。

「大丈夫だから。さっさと行っておいで」

おばさんの声と同時に背中を押されたひとみが、バランスを崩し俺の方に倒れ込んできた。

「わっ」
「おぉっと!?」

100 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:38

思わず受け止めたひとみの格好。
初めて見ると言ってもいいだろう女らしいひとみの姿。

「浴衣…なんだ」
「すっごく似合ってるよ。よっちゃん」
「…ち、違ぇーよ。ヤダって言ったんだけど、お母さんが……」
「……なにも聞いてないぞ」
「あ……」
「全然大丈夫だよ? よっちゃん綺麗なんだもん」
「…………」

感想を求めるように俺の方を窺ってくるひとみ。
その視線は意外なほどに女の子だった。

101 :『夏だね』:2006/10/01(日) 17:39

淡いブルーにホタルが舞い踊っている鮮やかな浴衣姿……。
日頃のひとみからは想像も出来ないほどに…綺麗だった。

「おう…ビックリした。似合うんだなぁ……ひとみも女なんだな」
「うるさいよ、バカっ!」

言うと同時に腹を叩かれた。
……握り拳だった。

「ってて…。コレは変わらないんだな。ったく……さて、行くか」

そう笑いながら二人の背を押し、昨日と同じ祭りの会場へ向かった。
前を歩く二人の足元から、カランコロンと聞こえてくる夏のハーモニーが小気味良く俺の耳に流れ込んできた。

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