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じゅきに あんkn@狩板
- 1 :今イ`:2002/09/03 13:58:23
- 笑え。
本家スレ「じゅきに あんkn」
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1030964092/l50
- 86 :名無し娘。:2003/08/19 00:05:00
- マタキテタ━━\(T▽T)/━━ !!!!!
楽しみに待ってます
- 87 :名無し娘。 :2003/08/31 23:37:52
-
はじめに林の中に一軒の小屋を見つけたのは、あたしだった。
壁には修復された月日に応じて煤けた板が、其処彼処に宛がわれていて、
いかにもむかしっから使っている小屋に見えた。
トタンで作ってある煙突から煙が出ているところを見ると、
誰かが使っていることは間違いなかった。
「圭織どうする?」
「多分、マタギの小屋だと思うけど…用心したほうがいいと思うのよ」
そういうと、圭織は歩き出そうとしていた。
「待ってよ!あそこには絶対食料あるんだよ。何とか分けてもらうとかしないと」
「だめ、危険すぎる。マタギってことは、銃を持っているってことだよ」
「そうかもしれないけど、あたしたち何日食べ物を食べてないのよ。このままじゃ仙台までもたどり着かないよ」
- 88 :名無し娘。 :2003/08/31 23:38:01
-
圭織の言うこともわかる。最近じゃあ、この国で見知らぬ顔を見ることはほとんど無くなっていた。
そりゃあ、仙台とか成田なんかの大都市じゃあ、そんなことは無いんだろうけど、
こんな山奥じゃ圭織の言うとおり、やっぱ危険なんだろうな。
あたしも村にいたころは、見知らぬ人って言えば、軍人なんかのお国の人しかいなかったし、
「だから、その他の知らない人は犯罪者かなんかだから、関わっちゃだめですよ」って、学校の先生も言っていた。
でも、そんなこといってられない。だって、これ以上何も食べずに歩き続けることなんかできないし、
もう、頭ん中食べることしか考えられないし、こうなった原因を全て紺野の所為にしているあたしは、
もう何度も寝ている紺野の首に手を回していたし…。
- 89 :名無し娘。 :2003/08/31 23:38:24
-
「わかった。じゃあ、あたしが様子見てくればいいんでしょ」
そういって、あたしが立ち上がると圭織が腕を引っ張った。
「あたしが行くから、なっちは紺野と此処で待ってて」
圭織は背負っていたザックをおろすと「いい?1時間待って、あたしが戻ってこなかったら、先に行って」
と言い残し、小屋に向かって歩き出した。
- 90 :名無し娘。 :2003/08/31 23:38:48
-
此処から小屋までは20メートルぐらいあった。圭織は雪を踏みしめながら、ゆっくりと小屋に向かっていた。
雪といっても、ここら辺はずいぶんその量も少なくて、歩く妨げになるようなことはない。
小屋の周りに雪は無かったし、積み上げられた薪にも屋根の上にも雪は積もっていないけど、
それでも、歩くと"ぐぐぐっ"っと雪を踏みしめる音がする。その音があたしたちのところまで聞こえてくる度
ヒヤッと背筋が凍る思いがする。それは圭織も同じ思いなのかもしれない。圭織は一歩踏み出しては耳を澄まし、
ゆっくりゆっくりと小屋に近づいていた。
圭織は小屋にたどり着くと、すばやく窓の下へと身を隠した。
窓にはガラスがはまっていた。この小屋には似合わない代物だった。普通の家なら厚手のビニールを何枚も窓に張って、
その代わり窓にはまっていたガラスを、食料かなんかに換えてしまっているのが普通だった。
中に人いるんだろうか?食べ物を分けてくれるかな?
ごはんごはんごはんがありますように。ご飯がありますように。
あたしはいつの間にか、手を合わせて小屋に向かって拝んでいた。
- 91 :名無し娘。 :2003/08/31 23:39:21
-
圭織が一瞬顔をちょこんと上げて、小屋の中を覗いた。圭織はまた、その後壁に張り付くようにじっとしていた。
じれったいなぁ〜もう!
しばらく様子を伺っているんだろうけど、じれったい。もう、なんでいつもすぱっといかないんだろう?
もう一度、今度はゆっくり中を覗くと、漸くあたしたちを手招きした。
「誰もいないみたい」
「でも、煙出てるよ」
「うん、そうなんだけど…どうする」
「入っちゃおうよ。誰か戻ってきたら、そのときはそのときで…さ」
そういいながらも、あたしはすでに扉に向かっていた。
「ちょっと、待ってよ。誰もいないんだよ」
「だから?」
- 92 :名無し娘。 :2003/08/31 23:39:55
-
小屋に入ると、暖かい空気があたしを包んできた。それに、このたまんない匂い!
土間にあるかまどの上にかけられた鍋からだった。あたしは迷わずお鍋に一直線に向かった。
「ちょっと紺野、豚汁よ豚汁!」鍋蓋を開けると、湯気の中から具のいっぱい入った豚汁が現れた。
その声で、紺野は扉にぶつかりながら転がり込んできた。
「ねえ〜、ちょっとおいしいよ。マジで」
「本当ですか?私豚汁大好きなんですよ。私にも一口飲ませてください」
こんなにはっきりとした紺野の声を久々に聞いた気がする。
でも、本当においしかった。おなかがすいているからなのかもしれないけど、一気に体中に力が漲ってくる気がする。
紺野がおわんを持ってきた。それによそってあげると、紺野はあわてて豚汁をかきこんだ。
「あつっ!」「なぁ〜ん、はんかくさいね。熱いに決まってるっしょ。ゆっくり食べれ」
でも、そういうあたしも実は口の中は火傷だらけだった。
- 93 :名無し娘。 :2003/08/31 23:40:40
-
紺野もあたしも食べることに必死で、圭織がその場にいないのに気づいたのは、あたしが3杯目をよそうときだった。
「圭織?」
圭織は体半分小屋の中に入った格好で、外を見ていた。
手を黒光りする薄い扉に手を置き、右手を腰の辺りに回している。右手の先にあるのは銃だ。
あたしたちには見せることは無いど、その存在はすぐに気がついた。
どんな銃で何発弾丸があるのか知らないけど、圭織が銃を持っているというだけで、
なんか安心感が増す気がしていた。
- 94 :名無し娘。 :2003/08/31 23:41:34
-
「圭織」もう一度圭織を呼ぶと、ようやく振り返った。
「圭織も食べなよ」「あたしはいいから」
「良いからじゃなくって、圭織も食べなくっちゃいけないの!」
あたしは入り口まで行き、無理やり圭織を引っ張ってきた。
「この家の人にむ 無断で食べることは」
「なに言ってるの、そんな場合じゃないでしょ。食べれるときに食べなきゃだめって言ったのは圭織じゃない」
「そうだけど、これは泥棒だよ」「だから!」「あっ、あたしの…」
あたしたちの言い争いを完全に無視して、ひたすら豚汁を食べている紺野からお椀を取り上げて、
圭織の目の前に突き出した。
「圭織が倒れたら、あたしたち困るでしょ?だから…ね?」
それでも、圭織はお椀を受け取ろうとしなかった。お椀を見ていた視線はすぐに外れて、入り口へと向かった。
「見張りならあたしがやるから、圭織はそれを食べなよ」そういうと、圭織は漸く豚汁を手に取って食べ始めた。
その姿を確認したあたしは、入り口のところに、圭織のしていたように半分だけ外に体を出した格好で立った。
- 95 :名無し娘。 :2003/08/31 23:42:06
-
外は相変わらず寒い。風がびゅうびゅう吹いて木々を揺らしていた。
一度暖かい所に入っちゃうと、もう二度と外に出たくない気がする。
「飯田さん、他にも食べ物が一杯あるみたいですよ」振り返ると、紺野が部屋の中を物色していた。
「紺野だめよ」紺野の手には干し肉や乾パンが握られていた。
その紺野の後の棚の中には、まだ他にもたくさん食料が貯蔵されているみたいだった。
「いいから紺野、かばんの中に詰めちゃいなよ」「ダメ紺野。いくら困っていても、人間としてやってはいけない事が…」
「圭織、お金持ってんでしょ?誰か来たらお金払えばいいじゃない。第一人殺しをするわけじゃないんだべさ」
紺野が食料をザックに詰めようとするのを圭織が止める。
もういい加減にしてほしい。奇麗事言ってる場合じゃないのに!
あたしは圭織の後ろに周り、紺野の周りにこぼれる食料をかき集め、自分のザックへと運ぼうとした。
- 96 :名無し娘。 :2003/08/31 23:42:54
-
ガタガタッ
突然、半開きのままになっていた扉が開き、女の子が入ってきた。
年のころなら15、6だろうか、古ぼけた男物の着物を着たその子は「あっ」と短く声を上げたあと
口をぽかんとあげたまま固まってしまった。
「あ あのね、うちら怪しいものじゃ全然ないんだ。ちょっとね、おなかすいてたから…ごめんね、勝手に…」
明らかに女の子の目はおびえていた。何とかしなくっちゃと思ったあたしは、笑顔でゆっくりと近づいていった。
「ごめんね、これあなたたちの食べ物なんだよね」少女があたしの手を見た。手には干し肉とお餅が握られている。
そして、少女の手には…銃が…
- 97 :名無し娘。 :2003/08/31 23:43:25
-
あたしの視線が銃に釘付けになっていることに気づくと同時に、その銃が突然あたしの方に向けられようとしていた。
散弾銃というものかもしれない。軍が持っているものとは違ってるけど、人を殺すには十分なものだということは理解できた。
わけがわからないうちに、あたしはその銃の筒の部分を握っていた。
そしてその銃から轟音が鳴り響き壁に穴があくのが横目で確認できた。
紺野が悲鳴を上げている。
2発目が発射されると、筒の部分が熱くなった。それでも、この手を離せない。だって、離したら絶対殺されちゃう。
と突然あたしは背中から押されて、少女の上に乗るような形で土間に倒れた。圭織だ、圭織が後ろからあたしごと
押し倒したんだ。圭織は散弾銃を足で踏みつけながら、あたしと少女の間に入り、少女を取り押さえた。
「圭織、どいて!」
あたしは立ち上がると、散弾銃を拾い上げ、少女に向かって狙いを定めた。
銃なんか撃ったことなかったけど、あたしを殺そうとした人をこのまま許すわけにはいかなかった。
- 98 :名無し娘。 :2003/08/31 23:44:44
-
「どいて圭織!」
少女を抑えたままあたしを振り返る圭織の顔は、ものすごく恐かった。
圭織は少女を押さえつけているというより、あたしからかばっている気がする。
「弾でないわよ。その銃は2発撃ったら、弾を充填しないとだめなのよ」
「えっ?」
一瞬あたしの気が銃に反れた。その隙に圭織があたしの持っている銃先を思いっきり引っ張った。
「あっ」あまりに突然だったんで、あたしの手からすんなりと銃が離れていってしまった。
- 99 :名無し娘。 :2003/08/31 23:45:04
-
パン
圭織があたしの頬を打った。圭織は銃先を左手で握ったままあたしの前に仁王立ちしている。
床には少女がおびえた顔をして小さく丸まっていた。
「あなた今人を殺そうとしたのよ」「正当防衛よ!」
ふっと圭織は大きくため息をつくと右手で髪をかきあげた。
「なっち、あなたさっき人殺しをするわけじゃないからって言ってたわよね」
たしかに、言ったかもしれない。でも、この子はあたしに銃を向けようとしたんだから…
「だって…」「なっち…」
「じゃあ、どうすればよかったのよ。撃たれればよかったの?」
「そうじゃない。あなたは…」
わかってる。銃を向ける必要はなかったんだって…
- 100 :名無し娘。 :2003/08/31 23:48:55
-
「紺野、早く支度して、逃げるわよ」
圭織は突然紺野の方を振り返り、強い命令口調で言うと、自分のザックを拾い上げ、出発の準備を始めた。
「あ た…食べ物は」
「あたしのザックから寝袋を全部出して、詰めるだけ詰めて」
「あっ はい…」
紺野は圭織からザックを受け取り、中から寝袋を取り出すと、食料を詰め込み始めた。
あたしはそれをただボケーと眺めているだけだった。
「なっちも早く準備して」
「え…あっ」
とにかくここは逃げなくちゃ。あたしは荷物を拾い上げ背負い、床に落ちていたビスケットをポケットに押し込んだ。
「この子は、どうするの?」「連れて行くわ」「連れて行くって?」
「しょうがないでしょ。顔見られてるんだよ」
- 101 :名無し娘。 :2003/08/31 23:49:14
-
あたしや紺野が顔を見られてもそんなに影響はないかもしれないけど、脱走兵の圭織はそんなわけには行かない。
「でも、どうするのよ」「わかんないわよ。わかんないけど、連れて行くしかないのよ」
唯でさえ、紺野という不安を抱えているのに、いつあたしたちをまた襲うかわからないよな人を連れて行くのは
無謀でしかない。やはり…
「なっち、変な考えを起こさないでよね」
あたしは少女をじっと見詰めていたらしい。圭織があたしの肩を押して、入り口へ向かわせた。
「あなたには悪いんだけど、連れて行くから立って」
未だにしゃがみ込んでいる少女の腕を引っ張り上げる圭織を右目の隅で見ていた。
空はいつの間にか雲いっぱい広がって、薄暗くなっていた。
あたしは重い足をまた雪の上に下ろした。
- 102 :名無し娘。 :2003/08/31 23:51:11
- >>86
いつもすみません。どうもマイペースなもんで、お待たせしております。
そのくせ、話がなかなか進まなくって、書いてるほうがいらいらしてきたりなんかしております。
気長にお待ちくださいませ。
- 103 :名無し娘。:2003/09/01 09:41:07
- 更新キテタワァ*・゜゚・:.。..。.:*・゜(n’∀’)η.*・゜゚・:.。..。.:*
おもろいです
自分の好きなタイプの小説なんで次回も期待してます
- 104 :名無し娘。 :2003/09/07 01:20:36
-
あたしたちはあれから夜通し歩いていた。一刻も早くあの小屋から離れなくちゃいけない。
銃声は山中に響き渡っていただろうし、山男たちの方が、あたしたちの何倍も速く歩けるだろうし。
でも、理由はそれだけじゃない。寝袋もテントもないから、夜中に寝るわけにいかなかった。
圭織は寝袋を出して食料を詰めろといったのに、紺野のバカはテントまでおいてきちゃってた。
「紺野、乾パン。…あの子にも」
あたしは圭織から受け取った乾パンの袋を紺野に渡した。紺野は袋から乾パンを鷲掴みにすると、
何度もポケットに押し込んでいた。
紺野はホントわかってない。そんなに食べても、まだ胃が受け付けるわけないのに。
あの小屋で食べたトン汁どころか、未だに乾パンですら水でふやかしてから少しずつ食べなきゃ
直ぐに吐いてしまうのに。
- 105 :名無し娘。 :2003/09/07 01:21:12
-
「はい、まこっちゃん」紺野が小川真琴に袋を渡すと、小川は口をあけたまま「ども」と頭をちょこんと下げた。
小川真琴はいつも口をあけたまま笑っている。あいつはあたしを殺そうとした。あたしはあいつを殺そうとした。
なのに、あたしにもその間の抜けた顔で笑いかけてくる。
「くち」
あたしは小川の上唇と下唇を摘むと、口を閉じさせた。それでも、小川はへらへらと笑っているだけだ。
あたしはあんたを許さないんだからね。
- 106 :名無し娘。 :2003/09/07 01:21:19
-
「まこっちゃん、こっち…」
紺野があたしの小川への視線に気づいたのか、小川を呼び寄せた。小川は少し広報にいる紺野を振り返り、
小走りで紺野の下に駆け寄った。
小川は紺野に比べて随分ふっくらした体系をしている。ううん、あれが本当の標準体型ってやつなんだろうな。
あの小屋にあった食料、こんな時代にあれだけの量の食料があるんだから当たり前なんだろうけど、羨ましい。
紺野のもあれぐらいだったらもっとかわいいんだろうな。でも、今は骨に皮が張り付いているだけみたいで
ぶきみな感じすらする。初めて紺野を見たときもやせていたけど、それでも今よりはましだった。
この食料だって、いつまで持つのかわからない。まだ街は遠いんだから。
- 107 :名無し娘。 :2003/09/07 01:56:59
- ほんのちょいだけ更新です。
狩狩に引っ越すか飼育に行くか悩んでいます。
飼育に行くなら、はじめから貼りなおしですけど…
- 108 :名無し娘。:2003/09/07 04:34:51
- 更新乙っす
しかしなっち・・・・逆恨みも(ry
どっちに移ってもついて行きますよ>作者さん
- 109 :名無し娘。 :2003/09/09(火) 20:28
- お引越し完了です。
>>108 さん、まいどです。
なつみさんは、ますます・・・
- 110 :名無し娘。:2003/09/09(火) 20:35
- 管理人さん、移転ありがとうございました。
よろしくお願いします。
- 111 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:08
-
仙台は、この国2番目の規模を誇る街だ。この街にたどり着いたとき、その規模と人の多さにびっくりした。
たしかに札幌は3番目に大きいと言われているけど、舗装された道路はメインの通りだけ出し、
その舗装道路だって、穴ぼこだらけで、まともに走れたものじゃなかった。
もっとも、行きかう車って言えば、軍用トラックや戦車だけていう寂しい状態だったんで、そんなに困ることはなかった。
市民の足といえば歩くのが基本で、ここみたいに乗り合いバスなんか走っていなかったし、
まして、個人が車を持っているなんて考えられなかった。だって、札幌にはガソリンスタンドなんかなかったし、
配給もされていなかったんだから、当たり前といえば当たり前だ。
- 112 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:08
-
駅前の大通りは幅50メートルもあり、そこをバスやら自転車が忙しなく行きかっている。
この道はテレビで何度も見たことがある。国の行事なんかの時パレードで使われる道だ。
両脇にはケヤキの木が植えられ、今はまだ枝しかないけど、春になれば緑のトンネルを形成するという話だ。
木がそのまま残っているのは信じられなかった。札幌では街路樹なんかは、いち早く切り倒されて、薪に変わっていた。
でも、ここではそれを固く禁じられていた。木を傷つけるだけで処刑されるという話だ。
ここはテレビでも映る、いわばこの国の顔のひとつだからだ。
- 113 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:09
-
その並木道を何キロか進むみ、高層マンションの群れを抜けると、突然舗装路が途絶えてしまう。
それまで続いた綺麗な街並みも忽然と消え、埃っぽいバラック小屋が建ち並んでいる。
仙台の人口の8割ぐらいがここで暮らしている人たちだ。
ぼろぼろの布をまとい、裸足のまま冷たい地面を踏みしめている人もたくさんいる。
その街の境界線に建っている小さなビルに、あたしたちは身を潜めていた。
1階の食堂を通り、奥の階段を上がっていくと突き当たりに食材の詰まったダンボールが並ぶ倉庫がある。
その奥の壁をスライドさせると、隠れ部屋が現れる仕組みだ。
- 114 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:10
-
あたしが壁を5回ノックすると、その壁が開かれた。
「お帰りなさい」小川のへらへら顔があたしを迎えた。あたしはそれを無視して部屋に入ると、
紺野を看病している圭織が振り向いた。
「お帰り。…薬あった?」「うん」あたしは紙袋の中から圭織に頼まれた薬を取り出した。
「それ、何の薬なの?」「…元気が出る薬」圭織は、その薬を蒸留水に溶かしこみ、注射器で紺野の腕に注射をした。
この部屋を用意したのも、あの薬を手配したのも圭織だった。軍にいたときのツテなんだそうだ。
圭織がどのぐらいお金を持っているのか知らないけど、あの薬も信じられないぐらい高いものだった。
そんなもの買わなくていいから、早く成田に行きたかった。でも、成田には圭織の知り合いはいないし、
西へ脱出するための資金もかなり不足していた。だから、ここでお金を稼がなければならなかった。
お金を稼ぐといっても、1階の食堂の手伝いと、この街のずっと奥にあるごみ山から拾ってくるものを売るぐらいしか
できないから、お金は全然貯まりそうにもなかった。
紺野は仙台にたどり着いてからずっと寝たままだし、圭織は軍から指名手配されているから、
そんなに表に出ることができないんで、あたしは毎日小川を連れてごみ山を漁っていた。
- 115 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:10
-
ごみ山は札幌にもあった。この街のごみ山と同じように臭くって、いつもどこかが燃えていて、
その山に大勢の人が群がって、ごみを漁っていた。
お金になるのは金属とビン、電化製品なんかも修理できるものであれば高く売ることができた。
あたしは室蘭を出ると、そのごみ山でやはりごみを漁っていた。初めは何が売れるのかどこを探せばいいのか
よくわからなくて、やたらめったらごみを掘り返して、今考えると笑っちゃうようなものを売ろうとしていた。
そんなときだった、紺野と出会ったのは。紺野はちっちゃいころからここで住んでいて、何もわかっていないあたしに
いろいろと教えてくれた。ごみの拾い方から闇市での売り方、あたしより年下の紺野が頼りの日々だった。
そしてなにより、憲兵の恐ろしさを教えてもらった。
紺野の背中には、無数の傷跡がある。憲兵に捕まったときにつけられた跡なんだそうだ。
でも、そのときに両親を殺されてしまったという傷が、一番紺野を苦しめていた。
- 116 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:11
-
仙台のごみ山でも、時々憲兵や警察による一斉取締りがある。警察はまだましだ。持っているお金を全部渡せば
逃してくれる。でも、憲兵はそのままどこかへ連れて行ってしまい。連れて行かれた人は二度とこの場に戻ってこない。
強制終了所に入れられるという話だけど、うわさでは連行される人たちの半分は憲兵に殺されてしまうらしい。
憲兵にとって、あたしたちは人間ではないんだ。運悪く声をかけられても、憲兵の顔を見てはいけなかった。
ひたすら下を見ながら「はい、先生様」と言っているしかなかった。
気をつけないといけないのは、それだけではなかった。人間の本能なんだろうか、女と見れば見境なく襲ってくる男ども
から如何に身を守るかが重要だった。もちろん、そうやって食料やわずかなお金を得てる人たちも多くいたけど、
そのまま、殺されることも少なくなかった。人間は弱い立場の者には、誰も残酷だ。朝が来るたびに、強姦されて殺された
女子供の死体で山ができるほどだった。
- 117 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:12
-
ここでは、死んだ人たちは一箇所にまとめられて焼かれる。朝死体を集めて火をつける。その火はいつもお昼過ぎまで
燃えている。燃え残った肉片を野良犬たちが食べていた。もっとも、人間はその野良犬を捕らえて食べていたから、
おあいこなんだけどね。
明日あたしがあの山の中で、他の人と一緒に焼かれないという保障はまったくなかったし、誰が焼かれようと
ほとんどのものが、身内でさえ悲しむことさえなかった。
そんな中で、薬まで使って看病を続ける圭織は、ここの人たちには理解不能のことだと思う。
でも、それには理由があった。あたしが紺野と出会ったころ、紺野は軍から脱走した圭織を匿っていたんだ。
圭織は銃で撃たれた肩が膿んで、そこに蛆が湧いた状態で紺野に助けられたらしい。その状態で助けようとした紺野も
変なやつだけど、その恩を忘れずに看病を続ける圭織も奇特な存在だ。あたしにはとても真似できない。
あたしならとっくに紺野を見捨てただろうし…そっか、圭織も紺野の荷物を狙ってるんだ。
紺野は寝たきりになっている今でさえ、荷物を離そうとしなかった。強引に奪ってもいいんだけど、
圭織がそんなことは許さないだろうし、下手するとあたしのほうが圭織に捨てられてしまう。
西に亡命するには、少なくともひとり100万円は必要なんだそうだ。今現金は200万ちょっとだから、
すぐにでも2人だったら亡命することはできる。紺野が死んじゃえば、すぐに亡命することができるんだけど、
お金は全部圭織のものだった。圭織は今どちらか一人を選ぶとしたら、紺野を選ぶに決まってる。
だから、あたしは紺野が死ぬことを祈りつつ、ここで毎日ごみを漁っているんだ。
- 118 :名無し娘。:2003/09/22(月) 07:10
- 引越し後初の更新乙です
- 119 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:08
-
闇市では、いろんなものが売っている。お金さえあれば、なんだって買える。
うどんやそばやボルシチとかなんかが、おいしそうに湯気を立てている。
テレビや自転車、ラジオに洗濯機、子供用のおもちゃから金庫なんかもある。
お金があればなんだって買える。
でも、あたしらが売ってるものは、そんなに多くない。ビンとか金属は業者に持っていくか、
仲介人に売ってしまうし、電化製品とか直せるなら高く売れるんだけど、
あたしには修理なんかできないから、修理できる仲介人に安く買い取られてしまう。
今日だって、結局店先に並べた品は、脚が一本無い椅子と、持つところが取れちゃってる珈琲カップに野球帽。
店って言ったって、地べたに新聞紙を広げただけのもの。
そんな店でも運が悪いとそこいらのチンピラ風情にしょば代を取られてしまう。
- 120 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:09
-
あたしはあまり人の来ないこの場所で、小川と肩を並べて今日もまた日が暮れるまで座っているんだ。
闇市にも階級がある。電化製品や自転車を扱う店が広場の中で一番市街に近い特等席、
その次が食料や飲み物、お酒を扱うお店。いつも人だかりで、おいしそうな匂いが漂う一番活気のあるところ。
周りには野良犬やら、どこからとも無く集まった子供たちが物欲しげにうろついている。
誰かが食べ物を溢そうものなら、犬とその子らが凄まじい争いを始める。
中にはそれを面白がって、わざと食べ物を地面にばら撒く大人までもいる。
あたしらの場所は、そこからずっと奥。
奥に行くにつれてお店は質素になり、置いてある品数が減り、人も少なくなっていく。
あたしらの両隣も同じようなものだ。左側のお店は割れかけた金魚鉢1個だけだし、
右側のお店には片方しかない靴が1足と家具を解体した板切れの束だけ。
- 121 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:09
-
「おねえちゃん、その椅子いくら?」
「500円」
中年の親父が、脚の無い椅子を指差していた。
「500円?いくらなんでも高すぎるだろ」
「そう思うなら買わなきゃいいっしょ」
「脚が無い椅子なんて、薪にしかならないだろうが」
「なにいってんの。1本ぐらい脚が無くったって、十分椅子の役目を果たせるでしょ」
「冗談!薪だよ薪。精々50円ってところだろ?」
「なら帰って」
あたしはこれを椅子として売ってるんだ。薪として売るなら解体してるし、薪としてなら男が言うように
50〜60円がいいところだろう。でも、この男は明らかにこれを椅子として買おうとしていた。
薪がほしいなら隣で売っているんだし。
- 122 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10
-
「なあ、あんた北海道出身だろ?」
男は突然あたしに顔を近づけると、小声でぼそりとつぶやいた。
「隠しちゃいるが、訛りが取れてねえ。北海道の連中がこんな所にいるのはおかしかねえか?」
「…300円」あたしは絞るような声で、値をさげた。気をつけてはいたんだけど、訛りが取れてなかった。
「200円だな」
「そんなんじゃ…売れない」あたしは顔を背けたまま、ささやかな反論を試みた。
「おい!こいつさ〜」
男は突然立ち上がり、大きな声を出した。あたしはあわてて男の手を引っ張った。
「200円でいいよ」「話しわかるじゃねえか、ねえちゃん」
男はポケットからボロボロになった100円札を2枚取り出した。あたしはその札を丹念に調べるてから、
椅子を男に手渡した。
- 123 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10
-
「ねえ、タバコ持ってる?」「なんだよ」「1本でいいからくれない?」
「しょうがねえな、ほら1本だけだぞ」
男が差し出したタバコケースから、あたしは素早く2本抜き取った。
「あっテメエ2本とったろ」「あ〜うっさいうっさい!あたしら2人なんだから、けちけちしないでよ」
そういって男を追い払うと、「コソドロ」という捨て台詞をはきながら男は去っていった。
なにもタバコがすいたいわけじゃない。こうやって少しずつ集めたタバコも、まとめれば結構な値段で売れたりする。
そのためには、少々の捨て台詞なんか気にしてられない。
「安倍さん、椅子売れましたね〜」
小川が間の抜けた声で、間の抜けて台詞を吐いた。
「小川が横から助け舟出さないから、200円でしか売れなかったじゃない」
「いや〜でも〜」「あんた何のためにここにいるのよ。もう、小川の所為だからね」
そういって小川を睨むと「どぉも〜すんませ〜ん」と言いながら、頭をぺこぺこ下げた。
あたしは小川のこういう態度が嫌いだった。何でもかんでも誤りさえすれば、
許されると思ってるに違いなかった。
- 124 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10
-
「ねえ、小川はなんで、ここにいるの?」
「いやぁ〜どもすんません」
「そうじゃなくって、なんで逃げ出さないの?あの山小屋に帰ろうとか思わないわけ?」
あたしたちは小川を無理やりこの街までつれてきたのに、小川は一度も不平を言うでもなく、
淡々とあたしらと生活をともにしていた。
ホントならこんなところで、あたしと一緒にゴミを漁ったり、わけのわからないものを売ってる必要なんて
全然無いのに、小川は毎日あたしの後をついてきた。
「戻っても、あまりいいことないし…」「でも、食料とか結構いっぱいあったじゃない」
「あれはオジキたちのだし、あたしはおこぼれしか貰えないから」
おこぼれだけでも、十分過ぎるほどの食事が得られるのなら、あたしならあそこに戻りたいと考えるだろう。
- 125 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:11
-
「小川ってさぁ、お父さんとかお母さんは?」
「お母さんは新潟にいるときに…」「ちょっと待って!小川って西の人なの?」
「はぁ…まあ…覚えてないんですけどね」「覚えていないって、ちょっと」
「あ、安倍さん、お客さんですよ」
小川のことは、あたしたちは何一つ知らなかった。
本当なら、紺野が小川から根掘り葉掘り聞き出すんだろうけど、紺野はずっと寝たままだから、今まで何も知らないでいた。
もちろん、あたしにも圭織にも聞き出す機会ならいくらでも会ったけど、圭織はあんなんだし、
あたしは…小川とあまり仲良くなるつもりは無かったし…
所詮彼女は、たまたま連れてくることになった荷物だからという考えがあったし、それに…
あたしは自分の性格がいやにある。
あれは事故だったんだ。不幸な偶然で、小川が悪いわけじゃないんだ。
そんなことはわかっている。わかってはいるんだけど、どうしても許せないんだ。
銃を向けたことを…
- 126 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:11
-
「安倍さん、やりましたよ。全部売れましたよ」小川の手には50円玉が握られていた。
「あ〜なんで50円なのよ」「でも、帽子穴開いてたし、カップも壊れてましたよ」
「そこを高く売りつけるのが、あなたの仕事でしょうが。あの2つで80円はいけると思ってたのに」
「すんません」
店での売り上げが250円、金属やビンが520円…
100万円なんて…
「あ〜あ」
「安倍さんどうしたんですか?」
「うるさいな」
ポケットにお金を突っ込むと立ち上がった。
「さっさと片付けなさいよ。おいてくよ」
「あっはい」
小川があわてて、新聞紙を掻き集め始めた。
- 127 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:12
-
「安倍さん、待ってくださいよ」
小川が新聞紙を抱えながら、追いかけてきた。
「ねえ、西ってどんなところ?」
「え〜、だから覚えてないんすよ、ホント」
「はぁ〜、ホント役に立たないんだから」
相変わらずこの街は煙の中にいた。空もなんだかいつも霧がかかっているようでスキっとしていない。
あの煙の向こうには、澄み切った青空が広がっているはずだ。
その空の下であたしは幸せを掴むんだ。
あたしは雑踏の中で、ポケットのお金を握り締めた。
- 128 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:14
- 更新です。週一で更新できればいいのですが・・・
まあぼちぼちと
- 129 :名無し娘。:2003/09/29(月) 00:58
- 乙です。
楽しみにしとります。
- 130 :名無し娘。:2003/09/30(火) 06:51
- 更新乙です
おもしろいです
- 131 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:08
-
肩をぶつけながら闇市をとぼとぼ家路へと歩いていると、広場に人だかりができているのが見えた。
広場の周りを囲んでいるコンクリートの塀で行くと、あたしは塀に膝を載せて見下ろした。
広場はその塀から2メートルぐらい下で、広さは…ちょうどバスケットコートぐらいの広さがある。
その広場に中央に一本の柱が立てられてて、その柱に一人の男の人が目隠しをされて縛り付けられていた。
「公開死刑ですね」
小川が驚くでも無く、いつもの調子で言う。あたしはその言い方とその内容に一瞬眉をひそめた。
小川の顔がどこか楽しげで、サーカスか何かで出し物を待っているように思えた。
でもそれは、小川に限ったことでなく、この広場を囲むほとんどの人が同じような顔で縛りつけられた男を見つめていた。
公開死刑が行われていることは知っている。札幌にいるときも2〜3回行われたけど、その現場を見るのは初めてだった。
- 132 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:11
-
「行こ」
あたしは小川に声をかけたけど、小川は全く聞いていない様子で広場を見つめたままだった。
「小川、帰るよ」
「何でですか?公開死刑は必ず見ないといけないって、学校で教わらなかったっすか?」
「それは…そうだけど…」
確かに学校で、そう教わったけど、見たくないものは見たくない。
もうこれ以上、人が死ぬ場所になんかいたくなかった。それが例え見ず知らずの人でもいやなものはいやだ。
ただでさえ、日常的に人が死んでいくのに、わざわざ殺してまでそんなものを見せようとすることが理解できなかったし、
それを目を輝かせて見ている神経もわからなかった。
最近はあまりにも簡単に人が人を殺しすぎる。怪しいからと言って人を殺し、
口減らしだといっては自分の子供の首を絞め、一切れのパンのために誰でも殺人者へと変わっていく。
こういった公開死刑も年々増えている。
人は人の死に慣れ、死体に慣れ、そんなことに何も感じなくなった人々は死体を増やし、
最後には自分もが死体になっていくんだ
- 133 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:13
-
広場では、男の罪状を役人が読み上げている。
その横では、短銃を持った男が退屈そうに立っている。いまから人の命を奪おうとする者の顔ではなく、
今晩の秘め事でも想像しているんじゃないのかと思うような、にやけた顔だ。
縛られた男は気絶しているのか、首をうな垂れたまま身動きひとつしていなかった。
読み上げられている罪状は真実なんだろうか?あの男は本当に殺されるようなことをしたんだろうか?
警察や公安が信じるに値しなくなってからもう随分経つ。彼らのご機嫌を損ねることがあれば、
いつだって誰だってあの広場の真ん中で縛り付けられてしまうんだ。
気をつけなくてはいけないのは、なにも彼らだけじゃない。
例えばあたしが適当に理由をつけて小川を警察に告発すれば、簡単に小川はあたしの目の前から消えるんだ。
でも、そんなの人間のやることじゃない。
人として… 人は…
「アイヌ ネノ アン アイヌ」
「えっ?なんですか安倍さん」
長たらしい前置きが終わり、執行人が死刑囚の前に移動した。
「行こ、小川」
あたしは小川の答えを待たずに、人垣の中へと潜り込んでいった。
- 134 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:16
-
――― ぱん
後ろで銃声が響くと、一瞬の静寂の後に拍手と万歳の声があがった。
この国は、いつからこんないやな国になってしまったんだろう。
あたしは、この国が嫌いだ。好きになんか、もうなれっこなかった。
- 135 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 22:28
- >>133
すみません、ちょっと間違えてました。
公安じゃなくって憲兵ってことで・・・どっちでもいいか・・・
>>129 130 さん ありがとうございます。励みになります。
- 136 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:56
-
その日の帰り、暗い気持ちで隠れ家にたどり着くと、1階のお店の女主人石黒彩がちょうど、
ゴミ箱を抱えて出てくるところだった。
1階のお店は国民食堂になっていて、夜には合法の飲み屋をやっていた。最近は非合法の飲み屋が多い中
合法で飲み屋をやっていられるのは、ある意味特権階級…というより特殊な立場?なのかもしれない。
それは彼女の容姿にも現れている。鼻ピアス…この時代にそんなおしゃれをしている人なんていなかった。
「あっお帰り。今日はどうだった?」
「うん、なんかなぁ〜って感じ」
「そう…まあそんな日もあるよ。それより紺ちゃんのおかゆ作ったから、後で取りに来て」
そういうと彼女はゴミ箱を抱え直して、裏庭のほうに歩き始めた。
「ありがとうございます」
「いいって、奴さんには借りがあるしね」
顔だけこちらに向け、顎で2階を指した。圭織のことだ。石黒さんと圭織は昔軍で同じ隊にいたことがあるらしい。
「ほら、小川もボーとしてないで、ちゃんとお礼を言いなさいよ」
「ありがとうございます」
小川が頭をちょこんと下げると、石黒さんはゴミ箱を置き、こちらに向き直した。
- 137 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:57
-
「ねえ、あんた本当に安倍なつみなの?」
「そうですけど?」
何を今更っとキョトンとしながら、あたしがそう言うと、彼女はズカズカとあたしの前まで戻ってきて、
あたしの両頬を指で摘み横に引っ張った。
「イタイ イタイ イタイイタイ!なぁ〜にすんですか!」
「あっごめん」
「なっち、なにも悪いことしてないのに!」
「―――あ〜本当に"なっち"って言うんだ、自分のこと」
気をつけてはいるんだけど、未だにこの癖が直らない。"なっち"といっていたのは、両親が死ぬまで。
親が死に、あたしの幸福な人生が幕を閉じたときに、この言い方を封印するつもりだった。
でも、癖というものはなかなか直らないもんで、興奮すると自分でも気づかない間に"なっち"と言っていた。
- 138 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:57
-
「大きなお世話です。それより、なんでほっぺた引っ張るんですか?痛いじゃないですか!」
「ごめんごめん。なんかあんたいっつも不機嫌そうな顔してるんでさ」
「大きなお世話ですよ。なんで不機嫌じゃいけないんですか?」
「いやね、あたしが圭織から聞いていた"なっち"ていう子は、いつもニコニコ笑っていて、まるで天使みたいだって
聞いていたから…。あなた、なんかずっとそうやって怒ってて、笑った顔見せてくれないから、
笑った顔を天使の笑顔ってやつを一度見てみたいと思の」
「笑えるわけ無いじゃないわよ。こんな世の中で楽しいことなんか一つも無くって、毎日毎日必死に生きてるのに
笑ってられないわよ」
「そおなのかな…こんな時代だから、あなたには笑っていてほしいのにな」
「どうしてあたしだけ、そんなへらへら笑っていなきゃいけないんですか?」
「だって、あなた天使なんでしょ?」
「あたしは天使なんかじゃない」
笑っていられるなら、誰だって笑っていたいに決まってる。でも、この国じゃ誰も笑ってなんかいられない。
だから、あたしは西へ行くんだ。西がどんなところか、あたしは知らない。でも、ここより酷いところはない。
誰も笑っていない、誰も幸せになんかなれないこの国から、一刻も早く抜け出したかった。
- 139 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58
-
「小川、おかゆもらって来て」
「あ、はい」
あたしは小川も残して、店の勝手口のドアを開け、中へ入っていった。
ドアを抜けるとそこは厨房だ。10畳ぐらいの厨房で、コックのりんねが黙々と料理を作っていた。
「ただいま」
りんねと一瞬目が合ったんで挨拶をしたんだけど、彼女はわずかに首を動かしただけで、料理に戻ってしまった。
無愛想なところは圭織に似ている。石黒さんに言わせれば「彼女は大丈夫」とのことだけど、
いつ彼女が密告するかわかんないわけだし、用心に越したことは無い。
あたしは無理やり天使?の笑みを作り厨房を通り過ぎた。
- 140 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58
-
階段を上がり、隠れ部屋に戻ると、紺野が起き上がっていた。
「紺野、大丈夫なの」
「はい、随分よくなりました」
ベッドに腰掛、カーデガンをはおる姿は、まだ弱弱しい感じがする。
暗い蛍光灯の下の紺野は、あたしにはまだまだ青白い病人にしか見えなかった。
「本当に大丈夫なの?まだ寝ていたほうがいいんじゃない?」
「ありがとうございます。でも、飯田さんが打ってくれる注射のおかげで調子良いんです」
そういうと紺野はちょこっとだけ笑った。
- 141 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58
-
「なんか栄養のあるもの食べれば、1週間もしないでよくなるよ。もうすぐ小川がおかゆ持ってくるから」
「早く直ってもらわないと、薬も無いしね」「何言ってるんだべ、紺野は薬なんか無くてももう大丈夫だべ」
「そう願ってるよ…いい紺野、もう薬は無いからね」
「はい」紺野が笑顔で答える。
「圭織、なんでそんなに無愛想なのよ」
圭織が振り返った。無言であたしを見ている。表情も無くジッと見ているだけだった。
何かいいたいことがあるなら、言いなさいよ。
…あたしも何も言えないまま、圭織の顔を見つめていた。
- 142 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:53
-
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
- 143 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54
-
夜中に目が覚めた。
寒い夜には珍しくないことなんだけど、この部屋は目が覚めるほど寒くは無かった。
目が覚めたといっても、目を明けても何も見えない。
窓一つ無いこの部屋では、自分が目を開けているのかすらわからなくなりそうだ。
耳を澄ますと紺野の寝息が聞こえる。
- 144 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54
-
あたしは枕元にあるはずのマッチ箱を探すと、ろうそくに火をつけた。
部屋の電気を点けるまでもない。ただ、自分がここに独り取り残されてしまっていないかを確認できればいいんだ。
と言ってもこの時間に電気は来ていない。仙台では、夕方の5時から9時の4時間だけしか電気は使えない。
もっとも、それは札幌も同じような状態だったし、あたしの村に至っては、もう1年以上も電気は止まったままだった。
ろうそくで部屋の中を照らすと、紺野の姿が見えた。紺野は体調が戻るにつれ寝相が悪くなっているように思う。
今もベッドから落ちそうな状態になっており、掛け布団は既に床に落ちている。
その横に圭織がいるはずだけど、床に敷かれた布団には几帳面に半分だけ折られた掛け布団があるだけだった。
トイレ…とは考えられない。トイレなら部屋の隅に、わずかに囲われただけの便器があるけど、そこに圭織の姿は無かった。
なんか急に不安になり、急いで圭織の荷物を探すと、荷物は部屋の片隅にちょこんと置いてあり、
あたしたちを置いて逃げたんじゃないこと物語っていた。
時計を見ると、まだ夜中の2時を回ったころだった。今月に入って、夜中の12時以降は戒厳令が引かれているから、
独りで逃げたとしても、すぐに捕まってしまう。外で捕まれば一般の人だって殺されても文句は言えない。
まして、圭織は軍から脱走兵として顔写真が出回っているのだから外には出ていないと思った。
考えられるのは1階だった。石黒さんと話でもしているんだろうか?
何の話してるんだろう?あたしは気になったんで、下に降りることにした。
- 145 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54
-
壁をスライドさせ、倉庫の扉を開けると、1階に明かりが見えた。
話し声も聞こえる。そんなに大きな声じゃなくって、なんかひそひそと内緒話でもしてる感じ。
あたしは足音をしのばせながら階段を下り、ドアの隙間から食堂を覗き込むと、圭織と石黒さんが顔をくっつけるほど
近づきながら何か話をしていた。その顔は怒っているようにも見える。
彼女たちのテーブルの奥にもう一つの明かりが見えた。
ろうそくの光の下で軍服を着たままウォッカを飲んでいる男の人は、多分石黒さんの旦那さんだと思う。
この食堂が公認なのもお酒や食料が豊富に貯蔵されているのも、あの旦那さんの地位のおかげなんだそうだ。
- 146 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:55
-
この国では、生活に必要な最低限のものは、国民平等に支給されることになっている。
住居や米やおみそ、塩、たばこやお酒なんかの嗜好品などは、地位とかに関係なく平等に支給される。
もっとも、実際に支給されるのは引き換え券であり、券を交換しようにも田舎では配給所に何も無いことが多いんだけど…。
支給されたものは必要最低限だから、それ以上に必要なものは、自分等で買うことになる。
それを購入する場所が、この店のように政府公認のお店で、仕入れのほとんどは国からの購入になるんだけど、
その値段は自由市場の半分以下らしい。
非公認の場合は資本主義の原理に則り、需要と供給でその値段は決まる。
でも、非公認のお店の多くは、交換されることのない配給券をただ同然で田舎から入手して、
それで仕入れをしている店も多いらしい。
- 147 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:55
-
でも、軍人で、しかも結構の階級にいる人が、あたしたちみたいなわけわかんない者を匿ってくれる理由がわからなかった。
圭織も石黒さんも「絶対大丈夫から」というだけだった。
このまま立ち上がって圭織んとこまでいって「ねえ、何話してんのよ」と聞いてみたかった。
「なんで、あたしたちを匿ってくれるのよ」と聞いてみたかった。
でも、それを聞くことで、西へ行く道を断たれる気がした。
今大事なのは、西に行くことだ。西にこそあたしが求めるものが待っている。
あたしは圭織の姿をもう一度確認すると、また足音を忍ばせながら階段を上っていった。
- 148 :名無し娘。:2003/10/12(日) 07:19
- 更新おつかれ様。毎回見てるんで頑張ってください。
- 149 :名無し娘。 :2003/10/26(日) 16:42
- 今週もお休みです。来週ぐらいを目処にうpできたら、いいんですけどね・・・
- 150 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:38
-
朝なんて来なければいいのに
最近思うことのひとつ。
夢の中では、あたしはいつも自由。みんながあたしのことを解ってくれる。
今のあたしには、幸せは夢の中にだけに存在する現実だった。
目が覚めても、いいことなんかひとつもない。
それなのに、いつも朝になると目が覚めてしまう。
朝日なんて全然入らない真っ暗な部屋なのに、いつも同じような時間に目が覚めてしまう。
手探りでろうそくを点けると、あたしの幸せの灯りが消えてしまう。
そしてまた、ゴミ山へ向かう一日が始まるんだ。
- 151 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:39
-
圭織はいつの間にか部屋に戻っていた。
ひょっとしたら、ああやっていつも夜中に下に降りては、石黒さんと何か話をしているんだろうか。
あの姿は、どう見ても世間話をしている感じではなかった。
西へ向かう方法について話をしているんだろうか?なんかそれも違う気がする。
なんでって言われても困るんだけど、圭織は見たこと無いほど怖い顔だった。
「安倍さん、なんか今日顔がこわいですよ」
「うっさいわね、あんたとまた1日付き合わないといけないのかと思うと、こういう顔にもなるんです」
「そうなんですか」
「そこで納得しないの!もう、いいから行くわよ」
ズタ袋を拾い上げると、出口へと向かう。
この街に来て、まだ半月もたっていないのに、生まれたときからゴミ山で生活している気がする。
そして、この先も永遠にここにいる気がする。
- 152 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40
-
このゴミの山で、笑い声を聞くことはない。
こうやってゴミ山のてっぺんから見下ろすと、煙の中に何人もの人たちがゴミ山にへばり付いているのが見える。
そのほとんどが、まだ10歳にも満たない子供だというのに、ひとつの笑い声さえ聞いたことがなかった。
そういうあたしも、最後に心から笑ったのは、いつだったんだろう?
あたしは石黒さんがいうように、子供のころいつも笑っていた。
周りから「天使の笑顔」なんて言われていたときもある。
本当は天使なんかじゃなかったけど…
- 153 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40
-
小川はいつも笑っている。
口をぽか〜んと開けて、幸せそうに笑っている。
「何も考えてないっしょ」というと、「ちゃんと考えていますよ」と笑いながら返事を返してくる。
小川は何を考えているんだろう?
あたしもいつも笑っていた。
笑ってさえいれば何でも解決したし、誰でもあたしの言うことを聞いてくれた。
でも、あたしは腹の中でも笑っていた。
なんてこいつら馬鹿なんだろう?
…ずっとそう思っていたんだ。
物心ついたころから、あたしは大人をも馬鹿にしていたんだ。
笑顔なんかにだまされる馬鹿な大人って。
勉強ができたわけじゃない。でも、勉強できる子を馬鹿にしていた。
「すご〜い、なっちいっつも感心しちゃうよ」とあたしが笑顔で褒めると、男の子も女の子も途端にだらしなく
にやけた顔を晒す。あたしはその顔がものすごく嫌いだった。
みんなその顔がどんなに醜いか、分かっているのかしら?
馬鹿みたい。
あたしの表面しか見ていない馬鹿な人たち。
- 154 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40
-
天使の笑顔…天使の笑顔…か
本物の天使は笑わないんだよね。
愚かな人間の行為をジッと見守り続けている天使に、表情はないんだって。
表情が豊かで、いつも微笑んでいるのは、悪魔なんだって。
天使の微笑みの奥に潜む悪魔を、両親さえ見抜くことができなかった。
だから、あたしは悪魔を抱えたまま、ずっと生きてきた。
本当はあたしが悪魔なんだってばれないようにいつも笑っていた。
でも、そんなまやかしの微笑みすら、今はない。
- 155 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:41
-
子供たちのほとんどが、このゴミ山で暮らしている。
ゴミ山はいつもどこかが燃えている。だから、ほかに比べ少しだけ暖かくなっている。
雪も此処だけ、そんなに積もらない。
でも、小屋なんかたれれるほど平らな場所がないから、子供たちはゴミ山を少しだけ掘って
小さな隙間に重なるように仮眠をとってる。
食べるものもほとんど食べずに、なんか幽霊みたいにゆらゆらと歩きながらゴミを探している姿は
痛々しくて初めは見ていられなかった。
でも、それも慣れなのか、それともあたしが悪魔だからなのかわからないけど、
最近はそんなものは、目にすら入らなくなっていた。
- 156 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:41
-
今朝も何人もの子供たちが、ゴミ山で自らをゴミに変えていた。
ゴミ山を掘り返していると、時々そんな子らの住処だった穴を掘り返してしまうことがある。
さすがに、掘り返した瞬間は驚くけど、次の瞬間、その穴に何か残っていないか物色を始める自分がいる。
中には腐敗の始まっている死体もあるけど、そんなことは気にしないで、ポケットや死体の下などを当たり前のように
探している。
ふと我に返ると、気が狂いそうになることがある。
ゴミ山でのことだけじゃない。
ろくに食事すら食べていない状況なのに、この街では強姦が絶えない。
それはあたしぐらいの歳の女性だけでなく、小さな子供たちにまでその被害は及んでいる。
もっとも、それを商売にしている子供たちが多いのも事実なんだけど、朝方、道の両脇に転々と
転がっている死体の何割かは、明らかに暴行され殺されたものに違いなかった。
なんで、こんな状況下で、そんなことができるんだろう?それともこんな状況下だから、
子孫を残そうとするんだろうか。男も女もところ構わずしているような気がする。
あたしも何度襲われそうになったことだろう。
国が滅びると、人はどんどん動物へと変わっていく。
動物…動物じゃないね。悪魔だよ。あたしと同じ悪魔が増えているんだ。
そうじゃなければ、強姦した後に殺すなんてしないよ。
早く西に行きたい。
でも、とりあえず早く寝たい。
夢の中だけが、いまのあたしの現実。
- 157 :名無し娘。 :2003/11/24(月) 06:34
- 保全
- 158 :名無し娘。:2003/11/25(火) 09:54
- 一気に読んだ
ここの登場人物は味があっていいね
- 159 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:36
-
闇市の狭い通路を、何人もの子供たちが警官に小突かれながら連行されている。
どの子供も泥だらけで、靴なんかはいている子なんかいなかった。
一列に縄で繋がれた子供は、一人でも躓くと折り重なるように転んだ。
それでも、その紐を引っ張る馬の歩みが止まることはなかった。
- 160 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:37
-
その日は、朝から警官が多かった。
そのことは圭織から言われてたんで分かってた。
出かけるとき、珍しく圭織から声を掛けてきた。
「気をつけてね」
「気をつけてって、何を?」
いつも圭織は言葉が足らない。
大体いつも気をつけているつもりだし、今更何を言ってるのよ!と思った。
それとも、あたしが小川みたいに何も考えないで、のほほんとしていると思ってるの?
あたしは少し口をとがらせながら、振り返った。
「警察…今日辺りなんかやばいらしいから」
「やばいって?」
圭織が戸惑っている。口元が何かを言いかけようと何度も動いている。
「来月、親王…様が来るらしいの」
「ホント?あたし親王様って見た事ないんだよね」
「あのね、親王様が来るってことは、それだけ警察も増えるんだよ」
「大丈夫っしょ。やばかったらすぐ戻ってくるし」
- 161 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:37
-
親王様には見せたくない景色が、この街にはいっぱいある。だから、それを排除しちゃおうとしているんだ。
でも、だからといって、ゴミ拾いをやめるわけにはいかなかった。親王様が来るまで1ヶ月近くあるんだし、
そんな長い間、ゴミ拾いを止めていたら、生きていくことすらできなくなってしまう。
なんで、この街に来るのかわからないけど、いい迷惑なんだよ。
あんな飾りの…
- 162 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:38
-
今の親王様に替わったのは、今からもう10年も前の話だった。
先代の親王様が病に伏し、今際の際に決めた親王様というのが、当時まだ7〜8歳に過ぎない女の子だった。
お披露目だったのかよく覚えていないんだけど、成田の大通りから皇居のある岩井までの長いパレードを、
村の寄り合い所にあるテレビで見ていた記憶がある。
大きな車の後部座席に、一人寂しく座ってる姿が印象的だった。
手を振るでもなく、怯えたようにずっと下を向いていて、なんかすごく可哀想に思ったことを覚えている。
その彼女が親王様についてから、この国は崩壊していったんだ。
あたしとそんなに年も変わらない女の子に、国のことなんかわかるわけも無く。
先代の側近が次々と殺されるにつれ、治安はどんどん悪くなっていった。
あたしが子供のころは、こんなゴミ山は無かったし、そんな不衛生の場所で生活する人なんかいなかった。
もちろん、そのころにはまさかあたしがそのゴミ山で生計を立てるなんて思ってもいなかった。
- 163 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:38
-
この国は、戦後日本が3分割されたときから、親王様による君主制の下に国民の最低限の生活を国が保障し、
そのほかは自由に物を売買して良いということになっていた。
戦後の混乱時期に、国をひとつに纏め上げるための象徴としての君主制、そして社会主義と資本主義をブレンドした国。
それがこの国だった。戦後のこの地を治めていく上で、最高の選択だと教科書に書いてあった。
最低限の生活を保障されている国民は、それこそ自分のため、国のため、みんなが一つになって経済発展に邁進していた。
事実、戦後20年だけを見ると、復旧の早さは西や琉球王国を遥かにしのぐ勢いだったらしい。
でも、ベトナムで戦争が始まると、ソ連はこの国により強い影響を及ぼすようになり、
親王様を替え、社会主義…というよりソ連による占領の色を再び濃くしていった。
親王様といったって、二十歳に満たない女性ということと、その外見から、男の人には人気が高かった。
ロシアの王族の血を引くというクォーターの顔立ちは、男たちに言わせると天才的な美少女だった。
だから親王様のお言葉があると、翌日、村中の男たちが彼女のお言葉を呪文のように唱えていた。
でも、そのお言葉が彼女のものではなく、ソビエトの言葉に過ぎなかった。
そんなことは誰もわかっていることだったけど、もう、誰も口に出していうことはできなくなっていた。
口に出してしまうと、翌日の太陽を拝むことはできない…そう言われていたし、事実そうだった。
- 164 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:39
-
小川があたしの横で、悲しそうな顔で子供たちを見ている。
「あの子達、もう…」
もう此処へは戻ってこないんだ。
うわさでは、その日のうちに穴の中に生き埋めにされるという話だ。
浮浪者を殺すのに、弾のひとつを使うことすら惜しいということらしい。
あの子達は、何のために生まれてきたんだろう…
でも、あの列にあたしがいないのは単に運がよかっただけだ。
あたしの両隣のお店の子供たちは、あたしが店に戻ったときには既にいなかった。
店は破壊され、ただひたすら泣いているおばちゃんとそれを遠巻きから眺めている小川がいた。
- 165 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:39
-
小川は周りの子供を引き連れて逃げようとしたらしいが、子供たちは親から離れることを拒み、
結局、小川だけが逃げ延びてしまったのだ。
「安倍さん…あたし…」
小川はあたし姿を見つけると、涙をこぼし始めた。
「うん」
あたしはそっと小川の肩を抱きしめてやることしかできなかった。
- 166 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:41
-
スミマセン…ネタスレにはまってました…
- 167 : :2003/11/27(木) 05:11
- >>166
ワラタ 更新お疲れ様
- 168 :名無し娘。:2003/11/29(土) 05:09
- 今回も面白かったよ
- 169 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:39
-
「あたし…あの子達助けてあげることができなかった…」
その晩、珍しく石黒さんの店で食事を取っていた。
四角いテーブルと不ぞろいの椅子がいくつも並んでいる。
「仕方ないよ」
あたしと小川はカウンターに座り、出されたビスケットを紅茶で流し込んでいた。
- 170 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:40
-
「どうして仕方ないんですか?」
「それは…」
それは此処で言うことはできない。奥のテーブルには、まだ一組お客さんが残っていたし、
りんねさんも石黒さんも近くにいる。
「第一あんたそんなにあの子達と親しい訳じゃないっしょ」
「それはそうなんですけど…」
小川があの子達と特に親しいわけではなかった。
目が会うと挨拶するぐらいだった。話をしている姿を見たこともなかった。
そんな他人より、自分のことを考えないと生きていけないのに…。
- 171 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:41
-
「小川の気持ちはわかるよ」
頬を伝う涙を掌で拭ってあげると、誇りまみれの頬がそこだけ少しきれいになっていた。
「でもさ、まず小川は自分のことを考えなくっちゃ」
「まこっちゃんは、誰かと違ってやさしいからね」
石黒さんが突然カウンター越しに、あたしたちの話に割り込んできた。
「なぁんですか?石黒さんは関係ないじゃないですか」
「関係なくはないよ。あたしはあんたらの宿主なんだからね」
「オーナーだからって、人の話に勝手に割り込んでこないでくださいよ。
大体あたしだって十分やさしいんです。こうやって小川の面倒も見てるし」
- 172 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43
-
あたしのどこが優しくないというの? 優しく…ないのかもしれない。
あたしは子供のころから、人の顔色ばかりを伺って生きてきた。
どうすれば、大人たちに褒められるかばかり考えてきた気がする。
ほら見て、なっちはこんなにおりこうさんでしょ?
ほら、このしぐさ、かわいいでしょ?
ほら、こんなにあなたのこと心配してあげているでしょ?
…全部が結局自分のため?…
でも…だから…
「あんたは、小川のことを何もわかっちゃいないんだよ」
そんな言葉が、あたしの体中を深く切り裂いていく。
「なぁ〜に言っちゃってるんだか。小川の気持ちぐらいわかります!」
石黒さんを睨もうと、少しカウンターに身を乗り出す。
- 173 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43
-
「あっありがとうございました。毎度ありがとうございます」
でも、石黒さんの視線は、あたしを通り過ぎて店の奥へと注がれていた。
片隅で食事をしていた二人組が帰るところだった。毛布で作ったコートを持ち、
ポケットからしわくちゃになったお金を取り出して数えている。
軍人なんだろうか?大柄で体格のいい男たちだ。栄養も行き届いているらしくて、顔つやもいい。
「また今度値上げするんだって?」客の一人があたしをちらりと見た後、石黒さんに声をかけていた。
「すいませんねぇ、仕入れがね…結構厳しいんですよ。」
「ほんとかよ?あるとこにはあるって聞くぜ。なぁ」
男がもう一人の男を振り返り同意を求めた。その男はああと短く答えて、帽子を深くかぶった。
「すみませんね。ほかは知らないですけど、うちは厳しいんですよ。でも、うちの料理人は一流ですから
味は保障しますよ」
「味なんて良いんだよ。量が大事なんだよ量が」「おい、いくぞ」
帽子をかぶった男が背を丸めながら外へ出て行くと、それに続く。
「量ふやせよ。俺たちは国のために働いてるんだから」
背中でドアを押しながら、石黒さんを指差しながら出て行った。
- 174 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43
-
「軍人がせこいこと言ってんじゃねえっつーの」
石黒さんは、男たちの皿を片付けながら毒ついた。
「あの人たち軍人なんですか?」
「まあね。ここいらに駐留してるいけすかない連中さ。
それより、なんだっけ?…まこっちゃんのことだっけ?」
「まあそんな感じの…」「あんたが優しくないって話だっけ?」「そっ…」
あたしが反論しようとすると、石黒さんが右手でそれを制止した。
「そんな話はともかく、ちょっと話があるんだけど」
「話って?」
「うん、まあ取り敢えず圭織たちを呼んできてよ。話はそれから…
まこっちゃん、呼んできてよ」
「はい」
- 175 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:44
- みんな集めて何を話そうというのだろうか?
圭織が夜中になんかしていることと関係あるの?
「発電機止めてて来るね」
石黒さんがろうそくに火をともすと、あたしの前にひとつ置いてくれた。
「紅茶飲む?」
「うん」
「ミルク入れる?」
「ううん」
紅茶を入れてくれると、石黒さんは軽く手で挨拶し外へ出て行った。
しばらくすると、照明の光はゆっくりと勢いをなくし、闇の中に吸い込まれていく。
ろうそくの火が、それに替わり淡い炎を揺らめかせ始めた。
厨房ではまだ、りんねさんがお皿を洗う音が聞こえてきた。
- 176 : :2003/12/07(日) 02:44
- おもしろい。一気に読んだ。期待期待。
- 177 :名無し?:2003/12/12(金) 21:49
- 蛇の生殺し状態の更新まち
- 178 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:20
- 圭織と紺野が降りてきた。
ずいぶん元気になってはいるが、やはり紺野の足元はまだ覚束ない。
先に降りた圭織が、紺野の手を引いてあげている。
紺野が降りたのを確認すると、2〜3段上から小川が飛び降りた。
暗い階段で足元も良く見えないのにって思った瞬間、案の定小川はバランスを崩して
紺野の横に無様に転がってしまった。
「えへへへ」
「もう、びっくりするじゃない」
紺野が大きな瞳をさらにでっかくしながら手を差し伸べると、小川はそれにつかまって立ち上がった。
3人は手をつないだまま一列に並んで店へと入ってきた。
- 179 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:20
-
「いつまで仲良く手つないでるの?」
「えっ?」
手を離すと交互に顔を見詰め合って、ニヤニヤしている。
「ばっかみたい」
腹が立つ、むかつく。
大事な話があるっていってるのに、なにニヤニヤしてるんだろう。
- 180 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21
-
「さてと…先ず何から話そっかな」
全員が席に着くと、石黒さんが口を開いた。
カウンターに右からあたし、小川、紺野、圭織と座り、石黒さんがあたしらと対面するように
カウンターの奥側に陣取っていた。
「まあ、とりあえずあんたらもなんか飲む?」
「ホットミルクを…」「あたしもおんなじ物で」
「圭織は?」
「ウォッカ」
「圭織飲み過ぎないでよ」
そういうと、後ろの棚からウォッカのビンを取り出してコップに注いだ。
- 181 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21
-
「はい、圭織。まこっちゃんたちのは、りんねに今暖めてもらってるから、もうちょっと待っててね」
「はい」
しばらくすると、りんねさんが厨房からホットミルクを二つ持ってきた。
彼女はいつも怒っている感じがする。圭織も口数が少ないけど、りんねさんは更に少ない。
でも、圭織と異なり、クールというか冷たい感じじゃなくって、何か熱いものを内に秘めている感じがする。
「ありがとうございます」
小川たちの言葉にも何も返さずに、そのまま奥の席にすわると、たばこに火をつけた。
その炎に顔が仄かに照らされている。
- 182 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21
-
「さてと、じゃあまずまこっちゃんからだよね」
「あたしですか?」
「そうよ。この話を聞くことがまこっちゃんの人生を左右するかもしれないんだからね。
…どうする?」
小川は直ぐには決めかねるのか、ミルクの入ったカップをじっと見つめている。
「どんな話ですか?」
「まこっちゃんは、無理やりっていうか…ここに連れてこられたでしょ?」
「う〜ん、そんな無理やりじゃないっすよ。それにあたし、安倍さんたちのこと好きですから」
「あんた馬鹿じゃないの?あたしらは小川のこと拉致したんだよ?」
言われた瞬間、顔が赤くなるのが自分でも解った。
「でも…好きなんだもん」
「馬鹿みたい…」
恥ずかしかった。別にあたしのことを好きだといってるわけじゃないことは解ってる。
小川は安倍さんたちと言ったんで、それは圭織や紺野のことで、本当はそこにあたしは含まれないのかもしれない。
でも、真直ぐあたしを見る小川に、それ以上厭味を言うことができなかった。
だから、あたしは俯いて馬鹿みたいと呟くしかなかった。
- 183 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:22
-
「まあまあ、それは兎も角、まこっちゃんって西に行きたい?」
「えっ…考えたことないです…」
「ん〜やっぱり…。ねえ、まこっちゃんってさぁ西の人だったんだよね」
「はい」
「ん〜、こっち来た時に再教育受けたんだよね」
「…ん…」
小川の表情が急に暗くなった。口をぎゅっと閉じ、俯いた瞳が激しく動いている。
やっぱり、と思った。小川は思い出したくないんだ。
再教育がどんなふうにやられているかというのは、噂で少しは聞いていた。
- 184 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:22
-
「まこっちゃん…」
石黒さんが小川の顔を覗き込むと、小川はその視線を避けるように顔を背けた。
「親王様!」
突然、石黒さんが声を張り上げると、小川は条件反射的に姿勢を正そうとした。
「…を裏切るようなことになるかもしれないんだけど…話聞く?」
「ちょっと待ってよ。そんな話なの?そんな危険な話聞きたくない」
「あんたたちには選択の余地はないの」
「なんでよ」
「西に行くんでしょ?」「いくわよ」
「じゃあ聞きなさい」
命令口調が気に入らないあたしは、口を尖らせながら小さな声で文句を言っていた。
- 185 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:23
-
「っで、まこっちゃんどうする?突然で悪いんだけどさ」
「ねえ、小川は別にあたしらに付き合って危ない橋を渡る必要なんてないし」
「西行くなら100万円用意しないといけないんだよ。小川には無理っしょ?」
「なっちは黙ってって」
「なによ〜。本当のことじゃない」
「まあ、いいから」
なんであたしが圭織と石黒さんの二人から窘められなくっちゃならないのか、全然解らない。
大体なんでそんな重要な話を、あたしに先にしてくれていないんだろう。
- 186 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:23
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「小川は今夜席をはずしててくれないかな?もしあたしたちとさ、行動を共にしたいと思ったら
そのとき、話すから」
「あたし話し聞きます」
「いいの?親王様に逆らうことになるかもしれないのよ?」
「それは…」
「西に行きたい?」
「…わかりません。でも、みんなのお手伝いをしたいから、飯田さんや安倍さんやあさ美ちゃん
の役に立つなら…」
小川は本気でそんなこと思っているんだろうか?
自分が生きていくので精一杯という時代に、何を甘いことを言っているんだろうか?
そんなことじゃ生きてなんかいけないんだから。
「本当にいいの?」
圭織が尋ねると、小川は小さくうなづいた。
「じゃあ決まりね。…いい?」
「うん」
石黒さんが圭織に確認をすると、後ろのテーブルでタバコを吸っていたりんねさんを見た。
あたしは当然りんねさんは出て行くんだと思ったんだけど、りんねさんは自分のテーブルのろうそくを消すと、
カウンターの隅へと席を移した。
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