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じゅきに あんkn@狩板
- 1 :今イ`:2002/09/03 13:58:23
- 笑え。
本家スレ「じゅきに あんkn」
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1030964092/l50
- 108 :名無し娘。:2003/09/07 04:34:51
- 更新乙っす
しかしなっち・・・・逆恨みも(ry
どっちに移ってもついて行きますよ>作者さん
- 109 :名無し娘。 :2003/09/09(火) 20:28
- お引越し完了です。
>>108 さん、まいどです。
なつみさんは、ますます・・・
- 110 :名無し娘。:2003/09/09(火) 20:35
- 管理人さん、移転ありがとうございました。
よろしくお願いします。
- 111 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:08
-
仙台は、この国2番目の規模を誇る街だ。この街にたどり着いたとき、その規模と人の多さにびっくりした。
たしかに札幌は3番目に大きいと言われているけど、舗装された道路はメインの通りだけ出し、
その舗装道路だって、穴ぼこだらけで、まともに走れたものじゃなかった。
もっとも、行きかう車って言えば、軍用トラックや戦車だけていう寂しい状態だったんで、そんなに困ることはなかった。
市民の足といえば歩くのが基本で、ここみたいに乗り合いバスなんか走っていなかったし、
まして、個人が車を持っているなんて考えられなかった。だって、札幌にはガソリンスタンドなんかなかったし、
配給もされていなかったんだから、当たり前といえば当たり前だ。
- 112 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:08
-
駅前の大通りは幅50メートルもあり、そこをバスやら自転車が忙しなく行きかっている。
この道はテレビで何度も見たことがある。国の行事なんかの時パレードで使われる道だ。
両脇にはケヤキの木が植えられ、今はまだ枝しかないけど、春になれば緑のトンネルを形成するという話だ。
木がそのまま残っているのは信じられなかった。札幌では街路樹なんかは、いち早く切り倒されて、薪に変わっていた。
でも、ここではそれを固く禁じられていた。木を傷つけるだけで処刑されるという話だ。
ここはテレビでも映る、いわばこの国の顔のひとつだからだ。
- 113 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:09
-
その並木道を何キロか進むみ、高層マンションの群れを抜けると、突然舗装路が途絶えてしまう。
それまで続いた綺麗な街並みも忽然と消え、埃っぽいバラック小屋が建ち並んでいる。
仙台の人口の8割ぐらいがここで暮らしている人たちだ。
ぼろぼろの布をまとい、裸足のまま冷たい地面を踏みしめている人もたくさんいる。
その街の境界線に建っている小さなビルに、あたしたちは身を潜めていた。
1階の食堂を通り、奥の階段を上がっていくと突き当たりに食材の詰まったダンボールが並ぶ倉庫がある。
その奥の壁をスライドさせると、隠れ部屋が現れる仕組みだ。
- 114 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:10
-
あたしが壁を5回ノックすると、その壁が開かれた。
「お帰りなさい」小川のへらへら顔があたしを迎えた。あたしはそれを無視して部屋に入ると、
紺野を看病している圭織が振り向いた。
「お帰り。…薬あった?」「うん」あたしは紙袋の中から圭織に頼まれた薬を取り出した。
「それ、何の薬なの?」「…元気が出る薬」圭織は、その薬を蒸留水に溶かしこみ、注射器で紺野の腕に注射をした。
この部屋を用意したのも、あの薬を手配したのも圭織だった。軍にいたときのツテなんだそうだ。
圭織がどのぐらいお金を持っているのか知らないけど、あの薬も信じられないぐらい高いものだった。
そんなもの買わなくていいから、早く成田に行きたかった。でも、成田には圭織の知り合いはいないし、
西へ脱出するための資金もかなり不足していた。だから、ここでお金を稼がなければならなかった。
お金を稼ぐといっても、1階の食堂の手伝いと、この街のずっと奥にあるごみ山から拾ってくるものを売るぐらいしか
できないから、お金は全然貯まりそうにもなかった。
紺野は仙台にたどり着いてからずっと寝たままだし、圭織は軍から指名手配されているから、
そんなに表に出ることができないんで、あたしは毎日小川を連れてごみ山を漁っていた。
- 115 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:10
-
ごみ山は札幌にもあった。この街のごみ山と同じように臭くって、いつもどこかが燃えていて、
その山に大勢の人が群がって、ごみを漁っていた。
お金になるのは金属とビン、電化製品なんかも修理できるものであれば高く売ることができた。
あたしは室蘭を出ると、そのごみ山でやはりごみを漁っていた。初めは何が売れるのかどこを探せばいいのか
よくわからなくて、やたらめったらごみを掘り返して、今考えると笑っちゃうようなものを売ろうとしていた。
そんなときだった、紺野と出会ったのは。紺野はちっちゃいころからここで住んでいて、何もわかっていないあたしに
いろいろと教えてくれた。ごみの拾い方から闇市での売り方、あたしより年下の紺野が頼りの日々だった。
そしてなにより、憲兵の恐ろしさを教えてもらった。
紺野の背中には、無数の傷跡がある。憲兵に捕まったときにつけられた跡なんだそうだ。
でも、そのときに両親を殺されてしまったという傷が、一番紺野を苦しめていた。
- 116 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:11
-
仙台のごみ山でも、時々憲兵や警察による一斉取締りがある。警察はまだましだ。持っているお金を全部渡せば
逃してくれる。でも、憲兵はそのままどこかへ連れて行ってしまい。連れて行かれた人は二度とこの場に戻ってこない。
強制終了所に入れられるという話だけど、うわさでは連行される人たちの半分は憲兵に殺されてしまうらしい。
憲兵にとって、あたしたちは人間ではないんだ。運悪く声をかけられても、憲兵の顔を見てはいけなかった。
ひたすら下を見ながら「はい、先生様」と言っているしかなかった。
気をつけないといけないのは、それだけではなかった。人間の本能なんだろうか、女と見れば見境なく襲ってくる男ども
から如何に身を守るかが重要だった。もちろん、そうやって食料やわずかなお金を得てる人たちも多くいたけど、
そのまま、殺されることも少なくなかった。人間は弱い立場の者には、誰も残酷だ。朝が来るたびに、強姦されて殺された
女子供の死体で山ができるほどだった。
- 117 :名無し娘。 :2003/09/21(日) 04:12
-
ここでは、死んだ人たちは一箇所にまとめられて焼かれる。朝死体を集めて火をつける。その火はいつもお昼過ぎまで
燃えている。燃え残った肉片を野良犬たちが食べていた。もっとも、人間はその野良犬を捕らえて食べていたから、
おあいこなんだけどね。
明日あたしがあの山の中で、他の人と一緒に焼かれないという保障はまったくなかったし、誰が焼かれようと
ほとんどのものが、身内でさえ悲しむことさえなかった。
そんな中で、薬まで使って看病を続ける圭織は、ここの人たちには理解不能のことだと思う。
でも、それには理由があった。あたしが紺野と出会ったころ、紺野は軍から脱走した圭織を匿っていたんだ。
圭織は銃で撃たれた肩が膿んで、そこに蛆が湧いた状態で紺野に助けられたらしい。その状態で助けようとした紺野も
変なやつだけど、その恩を忘れずに看病を続ける圭織も奇特な存在だ。あたしにはとても真似できない。
あたしならとっくに紺野を見捨てただろうし…そっか、圭織も紺野の荷物を狙ってるんだ。
紺野は寝たきりになっている今でさえ、荷物を離そうとしなかった。強引に奪ってもいいんだけど、
圭織がそんなことは許さないだろうし、下手するとあたしのほうが圭織に捨てられてしまう。
西に亡命するには、少なくともひとり100万円は必要なんだそうだ。今現金は200万ちょっとだから、
すぐにでも2人だったら亡命することはできる。紺野が死んじゃえば、すぐに亡命することができるんだけど、
お金は全部圭織のものだった。圭織は今どちらか一人を選ぶとしたら、紺野を選ぶに決まってる。
だから、あたしは紺野が死ぬことを祈りつつ、ここで毎日ごみを漁っているんだ。
- 118 :名無し娘。:2003/09/22(月) 07:10
- 引越し後初の更新乙です
- 119 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:08
-
闇市では、いろんなものが売っている。お金さえあれば、なんだって買える。
うどんやそばやボルシチとかなんかが、おいしそうに湯気を立てている。
テレビや自転車、ラジオに洗濯機、子供用のおもちゃから金庫なんかもある。
お金があればなんだって買える。
でも、あたしらが売ってるものは、そんなに多くない。ビンとか金属は業者に持っていくか、
仲介人に売ってしまうし、電化製品とか直せるなら高く売れるんだけど、
あたしには修理なんかできないから、修理できる仲介人に安く買い取られてしまう。
今日だって、結局店先に並べた品は、脚が一本無い椅子と、持つところが取れちゃってる珈琲カップに野球帽。
店って言ったって、地べたに新聞紙を広げただけのもの。
そんな店でも運が悪いとそこいらのチンピラ風情にしょば代を取られてしまう。
- 120 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:09
-
あたしはあまり人の来ないこの場所で、小川と肩を並べて今日もまた日が暮れるまで座っているんだ。
闇市にも階級がある。電化製品や自転車を扱う店が広場の中で一番市街に近い特等席、
その次が食料や飲み物、お酒を扱うお店。いつも人だかりで、おいしそうな匂いが漂う一番活気のあるところ。
周りには野良犬やら、どこからとも無く集まった子供たちが物欲しげにうろついている。
誰かが食べ物を溢そうものなら、犬とその子らが凄まじい争いを始める。
中にはそれを面白がって、わざと食べ物を地面にばら撒く大人までもいる。
あたしらの場所は、そこからずっと奥。
奥に行くにつれてお店は質素になり、置いてある品数が減り、人も少なくなっていく。
あたしらの両隣も同じようなものだ。左側のお店は割れかけた金魚鉢1個だけだし、
右側のお店には片方しかない靴が1足と家具を解体した板切れの束だけ。
- 121 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:09
-
「おねえちゃん、その椅子いくら?」
「500円」
中年の親父が、脚の無い椅子を指差していた。
「500円?いくらなんでも高すぎるだろ」
「そう思うなら買わなきゃいいっしょ」
「脚が無い椅子なんて、薪にしかならないだろうが」
「なにいってんの。1本ぐらい脚が無くったって、十分椅子の役目を果たせるでしょ」
「冗談!薪だよ薪。精々50円ってところだろ?」
「なら帰って」
あたしはこれを椅子として売ってるんだ。薪として売るなら解体してるし、薪としてなら男が言うように
50〜60円がいいところだろう。でも、この男は明らかにこれを椅子として買おうとしていた。
薪がほしいなら隣で売っているんだし。
- 122 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10
-
「なあ、あんた北海道出身だろ?」
男は突然あたしに顔を近づけると、小声でぼそりとつぶやいた。
「隠しちゃいるが、訛りが取れてねえ。北海道の連中がこんな所にいるのはおかしかねえか?」
「…300円」あたしは絞るような声で、値をさげた。気をつけてはいたんだけど、訛りが取れてなかった。
「200円だな」
「そんなんじゃ…売れない」あたしは顔を背けたまま、ささやかな反論を試みた。
「おい!こいつさ〜」
男は突然立ち上がり、大きな声を出した。あたしはあわてて男の手を引っ張った。
「200円でいいよ」「話しわかるじゃねえか、ねえちゃん」
男はポケットからボロボロになった100円札を2枚取り出した。あたしはその札を丹念に調べるてから、
椅子を男に手渡した。
- 123 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10
-
「ねえ、タバコ持ってる?」「なんだよ」「1本でいいからくれない?」
「しょうがねえな、ほら1本だけだぞ」
男が差し出したタバコケースから、あたしは素早く2本抜き取った。
「あっテメエ2本とったろ」「あ〜うっさいうっさい!あたしら2人なんだから、けちけちしないでよ」
そういって男を追い払うと、「コソドロ」という捨て台詞をはきながら男は去っていった。
なにもタバコがすいたいわけじゃない。こうやって少しずつ集めたタバコも、まとめれば結構な値段で売れたりする。
そのためには、少々の捨て台詞なんか気にしてられない。
「安倍さん、椅子売れましたね〜」
小川が間の抜けた声で、間の抜けて台詞を吐いた。
「小川が横から助け舟出さないから、200円でしか売れなかったじゃない」
「いや〜でも〜」「あんた何のためにここにいるのよ。もう、小川の所為だからね」
そういって小川を睨むと「どぉも〜すんませ〜ん」と言いながら、頭をぺこぺこ下げた。
あたしは小川のこういう態度が嫌いだった。何でもかんでも誤りさえすれば、
許されると思ってるに違いなかった。
- 124 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:10
-
「ねえ、小川はなんで、ここにいるの?」
「いやぁ〜どもすんません」
「そうじゃなくって、なんで逃げ出さないの?あの山小屋に帰ろうとか思わないわけ?」
あたしたちは小川を無理やりこの街までつれてきたのに、小川は一度も不平を言うでもなく、
淡々とあたしらと生活をともにしていた。
ホントならこんなところで、あたしと一緒にゴミを漁ったり、わけのわからないものを売ってる必要なんて
全然無いのに、小川は毎日あたしの後をついてきた。
「戻っても、あまりいいことないし…」「でも、食料とか結構いっぱいあったじゃない」
「あれはオジキたちのだし、あたしはおこぼれしか貰えないから」
おこぼれだけでも、十分過ぎるほどの食事が得られるのなら、あたしならあそこに戻りたいと考えるだろう。
- 125 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:11
-
「小川ってさぁ、お父さんとかお母さんは?」
「お母さんは新潟にいるときに…」「ちょっと待って!小川って西の人なの?」
「はぁ…まあ…覚えてないんですけどね」「覚えていないって、ちょっと」
「あ、安倍さん、お客さんですよ」
小川のことは、あたしたちは何一つ知らなかった。
本当なら、紺野が小川から根掘り葉掘り聞き出すんだろうけど、紺野はずっと寝たままだから、今まで何も知らないでいた。
もちろん、あたしにも圭織にも聞き出す機会ならいくらでも会ったけど、圭織はあんなんだし、
あたしは…小川とあまり仲良くなるつもりは無かったし…
所詮彼女は、たまたま連れてくることになった荷物だからという考えがあったし、それに…
あたしは自分の性格がいやにある。
あれは事故だったんだ。不幸な偶然で、小川が悪いわけじゃないんだ。
そんなことはわかっている。わかってはいるんだけど、どうしても許せないんだ。
銃を向けたことを…
- 126 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:11
-
「安倍さん、やりましたよ。全部売れましたよ」小川の手には50円玉が握られていた。
「あ〜なんで50円なのよ」「でも、帽子穴開いてたし、カップも壊れてましたよ」
「そこを高く売りつけるのが、あなたの仕事でしょうが。あの2つで80円はいけると思ってたのに」
「すんません」
店での売り上げが250円、金属やビンが520円…
100万円なんて…
「あ〜あ」
「安倍さんどうしたんですか?」
「うるさいな」
ポケットにお金を突っ込むと立ち上がった。
「さっさと片付けなさいよ。おいてくよ」
「あっはい」
小川があわてて、新聞紙を掻き集め始めた。
- 127 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:12
-
「安倍さん、待ってくださいよ」
小川が新聞紙を抱えながら、追いかけてきた。
「ねえ、西ってどんなところ?」
「え〜、だから覚えてないんすよ、ホント」
「はぁ〜、ホント役に立たないんだから」
相変わらずこの街は煙の中にいた。空もなんだかいつも霧がかかっているようでスキっとしていない。
あの煙の向こうには、澄み切った青空が広がっているはずだ。
その空の下であたしは幸せを掴むんだ。
あたしは雑踏の中で、ポケットのお金を握り締めた。
- 128 :名無し娘。 :2003/09/28(日) 14:14
- 更新です。週一で更新できればいいのですが・・・
まあぼちぼちと
- 129 :名無し娘。:2003/09/29(月) 00:58
- 乙です。
楽しみにしとります。
- 130 :名無し娘。:2003/09/30(火) 06:51
- 更新乙です
おもしろいです
- 131 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:08
-
肩をぶつけながら闇市をとぼとぼ家路へと歩いていると、広場に人だかりができているのが見えた。
広場の周りを囲んでいるコンクリートの塀で行くと、あたしは塀に膝を載せて見下ろした。
広場はその塀から2メートルぐらい下で、広さは…ちょうどバスケットコートぐらいの広さがある。
その広場に中央に一本の柱が立てられてて、その柱に一人の男の人が目隠しをされて縛り付けられていた。
「公開死刑ですね」
小川が驚くでも無く、いつもの調子で言う。あたしはその言い方とその内容に一瞬眉をひそめた。
小川の顔がどこか楽しげで、サーカスか何かで出し物を待っているように思えた。
でもそれは、小川に限ったことでなく、この広場を囲むほとんどの人が同じような顔で縛りつけられた男を見つめていた。
公開死刑が行われていることは知っている。札幌にいるときも2〜3回行われたけど、その現場を見るのは初めてだった。
- 132 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:11
-
「行こ」
あたしは小川に声をかけたけど、小川は全く聞いていない様子で広場を見つめたままだった。
「小川、帰るよ」
「何でですか?公開死刑は必ず見ないといけないって、学校で教わらなかったっすか?」
「それは…そうだけど…」
確かに学校で、そう教わったけど、見たくないものは見たくない。
もうこれ以上、人が死ぬ場所になんかいたくなかった。それが例え見ず知らずの人でもいやなものはいやだ。
ただでさえ、日常的に人が死んでいくのに、わざわざ殺してまでそんなものを見せようとすることが理解できなかったし、
それを目を輝かせて見ている神経もわからなかった。
最近はあまりにも簡単に人が人を殺しすぎる。怪しいからと言って人を殺し、
口減らしだといっては自分の子供の首を絞め、一切れのパンのために誰でも殺人者へと変わっていく。
こういった公開死刑も年々増えている。
人は人の死に慣れ、死体に慣れ、そんなことに何も感じなくなった人々は死体を増やし、
最後には自分もが死体になっていくんだ
- 133 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:13
-
広場では、男の罪状を役人が読み上げている。
その横では、短銃を持った男が退屈そうに立っている。いまから人の命を奪おうとする者の顔ではなく、
今晩の秘め事でも想像しているんじゃないのかと思うような、にやけた顔だ。
縛られた男は気絶しているのか、首をうな垂れたまま身動きひとつしていなかった。
読み上げられている罪状は真実なんだろうか?あの男は本当に殺されるようなことをしたんだろうか?
警察や公安が信じるに値しなくなってからもう随分経つ。彼らのご機嫌を損ねることがあれば、
いつだって誰だってあの広場の真ん中で縛り付けられてしまうんだ。
気をつけなくてはいけないのは、なにも彼らだけじゃない。
例えばあたしが適当に理由をつけて小川を警察に告発すれば、簡単に小川はあたしの目の前から消えるんだ。
でも、そんなの人間のやることじゃない。
人として… 人は…
「アイヌ ネノ アン アイヌ」
「えっ?なんですか安倍さん」
長たらしい前置きが終わり、執行人が死刑囚の前に移動した。
「行こ、小川」
あたしは小川の答えを待たずに、人垣の中へと潜り込んでいった。
- 134 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 18:16
-
――― ぱん
後ろで銃声が響くと、一瞬の静寂の後に拍手と万歳の声があがった。
この国は、いつからこんないやな国になってしまったんだろう。
あたしは、この国が嫌いだ。好きになんか、もうなれっこなかった。
- 135 :名無し娘。 :2003/10/04(土) 22:28
- >>133
すみません、ちょっと間違えてました。
公安じゃなくって憲兵ってことで・・・どっちでもいいか・・・
>>129 130 さん ありがとうございます。励みになります。
- 136 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:56
-
その日の帰り、暗い気持ちで隠れ家にたどり着くと、1階のお店の女主人石黒彩がちょうど、
ゴミ箱を抱えて出てくるところだった。
1階のお店は国民食堂になっていて、夜には合法の飲み屋をやっていた。最近は非合法の飲み屋が多い中
合法で飲み屋をやっていられるのは、ある意味特権階級…というより特殊な立場?なのかもしれない。
それは彼女の容姿にも現れている。鼻ピアス…この時代にそんなおしゃれをしている人なんていなかった。
「あっお帰り。今日はどうだった?」
「うん、なんかなぁ〜って感じ」
「そう…まあそんな日もあるよ。それより紺ちゃんのおかゆ作ったから、後で取りに来て」
そういうと彼女はゴミ箱を抱え直して、裏庭のほうに歩き始めた。
「ありがとうございます」
「いいって、奴さんには借りがあるしね」
顔だけこちらに向け、顎で2階を指した。圭織のことだ。石黒さんと圭織は昔軍で同じ隊にいたことがあるらしい。
「ほら、小川もボーとしてないで、ちゃんとお礼を言いなさいよ」
「ありがとうございます」
小川が頭をちょこんと下げると、石黒さんはゴミ箱を置き、こちらに向き直した。
- 137 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:57
-
「ねえ、あんた本当に安倍なつみなの?」
「そうですけど?」
何を今更っとキョトンとしながら、あたしがそう言うと、彼女はズカズカとあたしの前まで戻ってきて、
あたしの両頬を指で摘み横に引っ張った。
「イタイ イタイ イタイイタイ!なぁ〜にすんですか!」
「あっごめん」
「なっち、なにも悪いことしてないのに!」
「―――あ〜本当に"なっち"って言うんだ、自分のこと」
気をつけてはいるんだけど、未だにこの癖が直らない。"なっち"といっていたのは、両親が死ぬまで。
親が死に、あたしの幸福な人生が幕を閉じたときに、この言い方を封印するつもりだった。
でも、癖というものはなかなか直らないもんで、興奮すると自分でも気づかない間に"なっち"と言っていた。
- 138 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:57
-
「大きなお世話です。それより、なんでほっぺた引っ張るんですか?痛いじゃないですか!」
「ごめんごめん。なんかあんたいっつも不機嫌そうな顔してるんでさ」
「大きなお世話ですよ。なんで不機嫌じゃいけないんですか?」
「いやね、あたしが圭織から聞いていた"なっち"ていう子は、いつもニコニコ笑っていて、まるで天使みたいだって
聞いていたから…。あなた、なんかずっとそうやって怒ってて、笑った顔見せてくれないから、
笑った顔を天使の笑顔ってやつを一度見てみたいと思の」
「笑えるわけ無いじゃないわよ。こんな世の中で楽しいことなんか一つも無くって、毎日毎日必死に生きてるのに
笑ってられないわよ」
「そおなのかな…こんな時代だから、あなたには笑っていてほしいのにな」
「どうしてあたしだけ、そんなへらへら笑っていなきゃいけないんですか?」
「だって、あなた天使なんでしょ?」
「あたしは天使なんかじゃない」
笑っていられるなら、誰だって笑っていたいに決まってる。でも、この国じゃ誰も笑ってなんかいられない。
だから、あたしは西へ行くんだ。西がどんなところか、あたしは知らない。でも、ここより酷いところはない。
誰も笑っていない、誰も幸せになんかなれないこの国から、一刻も早く抜け出したかった。
- 139 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58
-
「小川、おかゆもらって来て」
「あ、はい」
あたしは小川も残して、店の勝手口のドアを開け、中へ入っていった。
ドアを抜けるとそこは厨房だ。10畳ぐらいの厨房で、コックのりんねが黙々と料理を作っていた。
「ただいま」
りんねと一瞬目が合ったんで挨拶をしたんだけど、彼女はわずかに首を動かしただけで、料理に戻ってしまった。
無愛想なところは圭織に似ている。石黒さんに言わせれば「彼女は大丈夫」とのことだけど、
いつ彼女が密告するかわかんないわけだし、用心に越したことは無い。
あたしは無理やり天使?の笑みを作り厨房を通り過ぎた。
- 140 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58
-
階段を上がり、隠れ部屋に戻ると、紺野が起き上がっていた。
「紺野、大丈夫なの」
「はい、随分よくなりました」
ベッドに腰掛、カーデガンをはおる姿は、まだ弱弱しい感じがする。
暗い蛍光灯の下の紺野は、あたしにはまだまだ青白い病人にしか見えなかった。
「本当に大丈夫なの?まだ寝ていたほうがいいんじゃない?」
「ありがとうございます。でも、飯田さんが打ってくれる注射のおかげで調子良いんです」
そういうと紺野はちょこっとだけ笑った。
- 141 :名無し娘。 :2003/10/08(水) 20:58
-
「なんか栄養のあるもの食べれば、1週間もしないでよくなるよ。もうすぐ小川がおかゆ持ってくるから」
「早く直ってもらわないと、薬も無いしね」「何言ってるんだべ、紺野は薬なんか無くてももう大丈夫だべ」
「そう願ってるよ…いい紺野、もう薬は無いからね」
「はい」紺野が笑顔で答える。
「圭織、なんでそんなに無愛想なのよ」
圭織が振り返った。無言であたしを見ている。表情も無くジッと見ているだけだった。
何かいいたいことがあるなら、言いなさいよ。
…あたしも何も言えないまま、圭織の顔を見つめていた。
- 142 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:53
-
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
- 143 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54
-
夜中に目が覚めた。
寒い夜には珍しくないことなんだけど、この部屋は目が覚めるほど寒くは無かった。
目が覚めたといっても、目を明けても何も見えない。
窓一つ無いこの部屋では、自分が目を開けているのかすらわからなくなりそうだ。
耳を澄ますと紺野の寝息が聞こえる。
- 144 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54
-
あたしは枕元にあるはずのマッチ箱を探すと、ろうそくに火をつけた。
部屋の電気を点けるまでもない。ただ、自分がここに独り取り残されてしまっていないかを確認できればいいんだ。
と言ってもこの時間に電気は来ていない。仙台では、夕方の5時から9時の4時間だけしか電気は使えない。
もっとも、それは札幌も同じような状態だったし、あたしの村に至っては、もう1年以上も電気は止まったままだった。
ろうそくで部屋の中を照らすと、紺野の姿が見えた。紺野は体調が戻るにつれ寝相が悪くなっているように思う。
今もベッドから落ちそうな状態になっており、掛け布団は既に床に落ちている。
その横に圭織がいるはずだけど、床に敷かれた布団には几帳面に半分だけ折られた掛け布団があるだけだった。
トイレ…とは考えられない。トイレなら部屋の隅に、わずかに囲われただけの便器があるけど、そこに圭織の姿は無かった。
なんか急に不安になり、急いで圭織の荷物を探すと、荷物は部屋の片隅にちょこんと置いてあり、
あたしたちを置いて逃げたんじゃないこと物語っていた。
時計を見ると、まだ夜中の2時を回ったころだった。今月に入って、夜中の12時以降は戒厳令が引かれているから、
独りで逃げたとしても、すぐに捕まってしまう。外で捕まれば一般の人だって殺されても文句は言えない。
まして、圭織は軍から脱走兵として顔写真が出回っているのだから外には出ていないと思った。
考えられるのは1階だった。石黒さんと話でもしているんだろうか?
何の話してるんだろう?あたしは気になったんで、下に降りることにした。
- 145 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:54
-
壁をスライドさせ、倉庫の扉を開けると、1階に明かりが見えた。
話し声も聞こえる。そんなに大きな声じゃなくって、なんかひそひそと内緒話でもしてる感じ。
あたしは足音をしのばせながら階段を下り、ドアの隙間から食堂を覗き込むと、圭織と石黒さんが顔をくっつけるほど
近づきながら何か話をしていた。その顔は怒っているようにも見える。
彼女たちのテーブルの奥にもう一つの明かりが見えた。
ろうそくの光の下で軍服を着たままウォッカを飲んでいる男の人は、多分石黒さんの旦那さんだと思う。
この食堂が公認なのもお酒や食料が豊富に貯蔵されているのも、あの旦那さんの地位のおかげなんだそうだ。
- 146 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:55
-
この国では、生活に必要な最低限のものは、国民平等に支給されることになっている。
住居や米やおみそ、塩、たばこやお酒なんかの嗜好品などは、地位とかに関係なく平等に支給される。
もっとも、実際に支給されるのは引き換え券であり、券を交換しようにも田舎では配給所に何も無いことが多いんだけど…。
支給されたものは必要最低限だから、それ以上に必要なものは、自分等で買うことになる。
それを購入する場所が、この店のように政府公認のお店で、仕入れのほとんどは国からの購入になるんだけど、
その値段は自由市場の半分以下らしい。
非公認の場合は資本主義の原理に則り、需要と供給でその値段は決まる。
でも、非公認のお店の多くは、交換されることのない配給券をただ同然で田舎から入手して、
それで仕入れをしている店も多いらしい。
- 147 :名無し娘。 :2003/10/12(日) 01:55
-
でも、軍人で、しかも結構の階級にいる人が、あたしたちみたいなわけわかんない者を匿ってくれる理由がわからなかった。
圭織も石黒さんも「絶対大丈夫から」というだけだった。
このまま立ち上がって圭織んとこまでいって「ねえ、何話してんのよ」と聞いてみたかった。
「なんで、あたしたちを匿ってくれるのよ」と聞いてみたかった。
でも、それを聞くことで、西へ行く道を断たれる気がした。
今大事なのは、西に行くことだ。西にこそあたしが求めるものが待っている。
あたしは圭織の姿をもう一度確認すると、また足音を忍ばせながら階段を上っていった。
- 148 :名無し娘。:2003/10/12(日) 07:19
- 更新おつかれ様。毎回見てるんで頑張ってください。
- 149 :名無し娘。 :2003/10/26(日) 16:42
- 今週もお休みです。来週ぐらいを目処にうpできたら、いいんですけどね・・・
- 150 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:38
-
朝なんて来なければいいのに
最近思うことのひとつ。
夢の中では、あたしはいつも自由。みんながあたしのことを解ってくれる。
今のあたしには、幸せは夢の中にだけに存在する現実だった。
目が覚めても、いいことなんかひとつもない。
それなのに、いつも朝になると目が覚めてしまう。
朝日なんて全然入らない真っ暗な部屋なのに、いつも同じような時間に目が覚めてしまう。
手探りでろうそくを点けると、あたしの幸せの灯りが消えてしまう。
そしてまた、ゴミ山へ向かう一日が始まるんだ。
- 151 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:39
-
圭織はいつの間にか部屋に戻っていた。
ひょっとしたら、ああやっていつも夜中に下に降りては、石黒さんと何か話をしているんだろうか。
あの姿は、どう見ても世間話をしている感じではなかった。
西へ向かう方法について話をしているんだろうか?なんかそれも違う気がする。
なんでって言われても困るんだけど、圭織は見たこと無いほど怖い顔だった。
「安倍さん、なんか今日顔がこわいですよ」
「うっさいわね、あんたとまた1日付き合わないといけないのかと思うと、こういう顔にもなるんです」
「そうなんですか」
「そこで納得しないの!もう、いいから行くわよ」
ズタ袋を拾い上げると、出口へと向かう。
この街に来て、まだ半月もたっていないのに、生まれたときからゴミ山で生活している気がする。
そして、この先も永遠にここにいる気がする。
- 152 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40
-
このゴミの山で、笑い声を聞くことはない。
こうやってゴミ山のてっぺんから見下ろすと、煙の中に何人もの人たちがゴミ山にへばり付いているのが見える。
そのほとんどが、まだ10歳にも満たない子供だというのに、ひとつの笑い声さえ聞いたことがなかった。
そういうあたしも、最後に心から笑ったのは、いつだったんだろう?
あたしは石黒さんがいうように、子供のころいつも笑っていた。
周りから「天使の笑顔」なんて言われていたときもある。
本当は天使なんかじゃなかったけど…
- 153 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40
-
小川はいつも笑っている。
口をぽか〜んと開けて、幸せそうに笑っている。
「何も考えてないっしょ」というと、「ちゃんと考えていますよ」と笑いながら返事を返してくる。
小川は何を考えているんだろう?
あたしもいつも笑っていた。
笑ってさえいれば何でも解決したし、誰でもあたしの言うことを聞いてくれた。
でも、あたしは腹の中でも笑っていた。
なんてこいつら馬鹿なんだろう?
…ずっとそう思っていたんだ。
物心ついたころから、あたしは大人をも馬鹿にしていたんだ。
笑顔なんかにだまされる馬鹿な大人って。
勉強ができたわけじゃない。でも、勉強できる子を馬鹿にしていた。
「すご〜い、なっちいっつも感心しちゃうよ」とあたしが笑顔で褒めると、男の子も女の子も途端にだらしなく
にやけた顔を晒す。あたしはその顔がものすごく嫌いだった。
みんなその顔がどんなに醜いか、分かっているのかしら?
馬鹿みたい。
あたしの表面しか見ていない馬鹿な人たち。
- 154 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:40
-
天使の笑顔…天使の笑顔…か
本物の天使は笑わないんだよね。
愚かな人間の行為をジッと見守り続けている天使に、表情はないんだって。
表情が豊かで、いつも微笑んでいるのは、悪魔なんだって。
天使の微笑みの奥に潜む悪魔を、両親さえ見抜くことができなかった。
だから、あたしは悪魔を抱えたまま、ずっと生きてきた。
本当はあたしが悪魔なんだってばれないようにいつも笑っていた。
でも、そんなまやかしの微笑みすら、今はない。
- 155 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:41
-
子供たちのほとんどが、このゴミ山で暮らしている。
ゴミ山はいつもどこかが燃えている。だから、ほかに比べ少しだけ暖かくなっている。
雪も此処だけ、そんなに積もらない。
でも、小屋なんかたれれるほど平らな場所がないから、子供たちはゴミ山を少しだけ掘って
小さな隙間に重なるように仮眠をとってる。
食べるものもほとんど食べずに、なんか幽霊みたいにゆらゆらと歩きながらゴミを探している姿は
痛々しくて初めは見ていられなかった。
でも、それも慣れなのか、それともあたしが悪魔だからなのかわからないけど、
最近はそんなものは、目にすら入らなくなっていた。
- 156 :名無し娘。 :2003/11/02(日) 23:41
-
今朝も何人もの子供たちが、ゴミ山で自らをゴミに変えていた。
ゴミ山を掘り返していると、時々そんな子らの住処だった穴を掘り返してしまうことがある。
さすがに、掘り返した瞬間は驚くけど、次の瞬間、その穴に何か残っていないか物色を始める自分がいる。
中には腐敗の始まっている死体もあるけど、そんなことは気にしないで、ポケットや死体の下などを当たり前のように
探している。
ふと我に返ると、気が狂いそうになることがある。
ゴミ山でのことだけじゃない。
ろくに食事すら食べていない状況なのに、この街では強姦が絶えない。
それはあたしぐらいの歳の女性だけでなく、小さな子供たちにまでその被害は及んでいる。
もっとも、それを商売にしている子供たちが多いのも事実なんだけど、朝方、道の両脇に転々と
転がっている死体の何割かは、明らかに暴行され殺されたものに違いなかった。
なんで、こんな状況下で、そんなことができるんだろう?それともこんな状況下だから、
子孫を残そうとするんだろうか。男も女もところ構わずしているような気がする。
あたしも何度襲われそうになったことだろう。
国が滅びると、人はどんどん動物へと変わっていく。
動物…動物じゃないね。悪魔だよ。あたしと同じ悪魔が増えているんだ。
そうじゃなければ、強姦した後に殺すなんてしないよ。
早く西に行きたい。
でも、とりあえず早く寝たい。
夢の中だけが、いまのあたしの現実。
- 157 :名無し娘。 :2003/11/24(月) 06:34
- 保全
- 158 :名無し娘。:2003/11/25(火) 09:54
- 一気に読んだ
ここの登場人物は味があっていいね
- 159 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:36
-
闇市の狭い通路を、何人もの子供たちが警官に小突かれながら連行されている。
どの子供も泥だらけで、靴なんかはいている子なんかいなかった。
一列に縄で繋がれた子供は、一人でも躓くと折り重なるように転んだ。
それでも、その紐を引っ張る馬の歩みが止まることはなかった。
- 160 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:37
-
その日は、朝から警官が多かった。
そのことは圭織から言われてたんで分かってた。
出かけるとき、珍しく圭織から声を掛けてきた。
「気をつけてね」
「気をつけてって、何を?」
いつも圭織は言葉が足らない。
大体いつも気をつけているつもりだし、今更何を言ってるのよ!と思った。
それとも、あたしが小川みたいに何も考えないで、のほほんとしていると思ってるの?
あたしは少し口をとがらせながら、振り返った。
「警察…今日辺りなんかやばいらしいから」
「やばいって?」
圭織が戸惑っている。口元が何かを言いかけようと何度も動いている。
「来月、親王…様が来るらしいの」
「ホント?あたし親王様って見た事ないんだよね」
「あのね、親王様が来るってことは、それだけ警察も増えるんだよ」
「大丈夫っしょ。やばかったらすぐ戻ってくるし」
- 161 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:37
-
親王様には見せたくない景色が、この街にはいっぱいある。だから、それを排除しちゃおうとしているんだ。
でも、だからといって、ゴミ拾いをやめるわけにはいかなかった。親王様が来るまで1ヶ月近くあるんだし、
そんな長い間、ゴミ拾いを止めていたら、生きていくことすらできなくなってしまう。
なんで、この街に来るのかわからないけど、いい迷惑なんだよ。
あんな飾りの…
- 162 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:38
-
今の親王様に替わったのは、今からもう10年も前の話だった。
先代の親王様が病に伏し、今際の際に決めた親王様というのが、当時まだ7〜8歳に過ぎない女の子だった。
お披露目だったのかよく覚えていないんだけど、成田の大通りから皇居のある岩井までの長いパレードを、
村の寄り合い所にあるテレビで見ていた記憶がある。
大きな車の後部座席に、一人寂しく座ってる姿が印象的だった。
手を振るでもなく、怯えたようにずっと下を向いていて、なんかすごく可哀想に思ったことを覚えている。
その彼女が親王様についてから、この国は崩壊していったんだ。
あたしとそんなに年も変わらない女の子に、国のことなんかわかるわけも無く。
先代の側近が次々と殺されるにつれ、治安はどんどん悪くなっていった。
あたしが子供のころは、こんなゴミ山は無かったし、そんな不衛生の場所で生活する人なんかいなかった。
もちろん、そのころにはまさかあたしがそのゴミ山で生計を立てるなんて思ってもいなかった。
- 163 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:38
-
この国は、戦後日本が3分割されたときから、親王様による君主制の下に国民の最低限の生活を国が保障し、
そのほかは自由に物を売買して良いということになっていた。
戦後の混乱時期に、国をひとつに纏め上げるための象徴としての君主制、そして社会主義と資本主義をブレンドした国。
それがこの国だった。戦後のこの地を治めていく上で、最高の選択だと教科書に書いてあった。
最低限の生活を保障されている国民は、それこそ自分のため、国のため、みんなが一つになって経済発展に邁進していた。
事実、戦後20年だけを見ると、復旧の早さは西や琉球王国を遥かにしのぐ勢いだったらしい。
でも、ベトナムで戦争が始まると、ソ連はこの国により強い影響を及ぼすようになり、
親王様を替え、社会主義…というよりソ連による占領の色を再び濃くしていった。
親王様といったって、二十歳に満たない女性ということと、その外見から、男の人には人気が高かった。
ロシアの王族の血を引くというクォーターの顔立ちは、男たちに言わせると天才的な美少女だった。
だから親王様のお言葉があると、翌日、村中の男たちが彼女のお言葉を呪文のように唱えていた。
でも、そのお言葉が彼女のものではなく、ソビエトの言葉に過ぎなかった。
そんなことは誰もわかっていることだったけど、もう、誰も口に出していうことはできなくなっていた。
口に出してしまうと、翌日の太陽を拝むことはできない…そう言われていたし、事実そうだった。
- 164 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:39
-
小川があたしの横で、悲しそうな顔で子供たちを見ている。
「あの子達、もう…」
もう此処へは戻ってこないんだ。
うわさでは、その日のうちに穴の中に生き埋めにされるという話だ。
浮浪者を殺すのに、弾のひとつを使うことすら惜しいということらしい。
あの子達は、何のために生まれてきたんだろう…
でも、あの列にあたしがいないのは単に運がよかっただけだ。
あたしの両隣のお店の子供たちは、あたしが店に戻ったときには既にいなかった。
店は破壊され、ただひたすら泣いているおばちゃんとそれを遠巻きから眺めている小川がいた。
- 165 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:39
-
小川は周りの子供を引き連れて逃げようとしたらしいが、子供たちは親から離れることを拒み、
結局、小川だけが逃げ延びてしまったのだ。
「安倍さん…あたし…」
小川はあたし姿を見つけると、涙をこぼし始めた。
「うん」
あたしはそっと小川の肩を抱きしめてやることしかできなかった。
- 166 :名無し娘。 :2003/11/26(水) 22:41
-
スミマセン…ネタスレにはまってました…
- 167 : :2003/11/27(木) 05:11
- >>166
ワラタ 更新お疲れ様
- 168 :名無し娘。:2003/11/29(土) 05:09
- 今回も面白かったよ
- 169 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:39
-
「あたし…あの子達助けてあげることができなかった…」
その晩、珍しく石黒さんの店で食事を取っていた。
四角いテーブルと不ぞろいの椅子がいくつも並んでいる。
「仕方ないよ」
あたしと小川はカウンターに座り、出されたビスケットを紅茶で流し込んでいた。
- 170 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:40
-
「どうして仕方ないんですか?」
「それは…」
それは此処で言うことはできない。奥のテーブルには、まだ一組お客さんが残っていたし、
りんねさんも石黒さんも近くにいる。
「第一あんたそんなにあの子達と親しい訳じゃないっしょ」
「それはそうなんですけど…」
小川があの子達と特に親しいわけではなかった。
目が会うと挨拶するぐらいだった。話をしている姿を見たこともなかった。
そんな他人より、自分のことを考えないと生きていけないのに…。
- 171 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:41
-
「小川の気持ちはわかるよ」
頬を伝う涙を掌で拭ってあげると、誇りまみれの頬がそこだけ少しきれいになっていた。
「でもさ、まず小川は自分のことを考えなくっちゃ」
「まこっちゃんは、誰かと違ってやさしいからね」
石黒さんが突然カウンター越しに、あたしたちの話に割り込んできた。
「なぁんですか?石黒さんは関係ないじゃないですか」
「関係なくはないよ。あたしはあんたらの宿主なんだからね」
「オーナーだからって、人の話に勝手に割り込んでこないでくださいよ。
大体あたしだって十分やさしいんです。こうやって小川の面倒も見てるし」
- 172 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43
-
あたしのどこが優しくないというの? 優しく…ないのかもしれない。
あたしは子供のころから、人の顔色ばかりを伺って生きてきた。
どうすれば、大人たちに褒められるかばかり考えてきた気がする。
ほら見て、なっちはこんなにおりこうさんでしょ?
ほら、このしぐさ、かわいいでしょ?
ほら、こんなにあなたのこと心配してあげているでしょ?
…全部が結局自分のため?…
でも…だから…
「あんたは、小川のことを何もわかっちゃいないんだよ」
そんな言葉が、あたしの体中を深く切り裂いていく。
「なぁ〜に言っちゃってるんだか。小川の気持ちぐらいわかります!」
石黒さんを睨もうと、少しカウンターに身を乗り出す。
- 173 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43
-
「あっありがとうございました。毎度ありがとうございます」
でも、石黒さんの視線は、あたしを通り過ぎて店の奥へと注がれていた。
片隅で食事をしていた二人組が帰るところだった。毛布で作ったコートを持ち、
ポケットからしわくちゃになったお金を取り出して数えている。
軍人なんだろうか?大柄で体格のいい男たちだ。栄養も行き届いているらしくて、顔つやもいい。
「また今度値上げするんだって?」客の一人があたしをちらりと見た後、石黒さんに声をかけていた。
「すいませんねぇ、仕入れがね…結構厳しいんですよ。」
「ほんとかよ?あるとこにはあるって聞くぜ。なぁ」
男がもう一人の男を振り返り同意を求めた。その男はああと短く答えて、帽子を深くかぶった。
「すみませんね。ほかは知らないですけど、うちは厳しいんですよ。でも、うちの料理人は一流ですから
味は保障しますよ」
「味なんて良いんだよ。量が大事なんだよ量が」「おい、いくぞ」
帽子をかぶった男が背を丸めながら外へ出て行くと、それに続く。
「量ふやせよ。俺たちは国のために働いてるんだから」
背中でドアを押しながら、石黒さんを指差しながら出て行った。
- 174 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:43
-
「軍人がせこいこと言ってんじゃねえっつーの」
石黒さんは、男たちの皿を片付けながら毒ついた。
「あの人たち軍人なんですか?」
「まあね。ここいらに駐留してるいけすかない連中さ。
それより、なんだっけ?…まこっちゃんのことだっけ?」
「まあそんな感じの…」「あんたが優しくないって話だっけ?」「そっ…」
あたしが反論しようとすると、石黒さんが右手でそれを制止した。
「そんな話はともかく、ちょっと話があるんだけど」
「話って?」
「うん、まあ取り敢えず圭織たちを呼んできてよ。話はそれから…
まこっちゃん、呼んできてよ」
「はい」
- 175 :名無し娘。 :2003/11/29(土) 17:44
- みんな集めて何を話そうというのだろうか?
圭織が夜中になんかしていることと関係あるの?
「発電機止めてて来るね」
石黒さんがろうそくに火をともすと、あたしの前にひとつ置いてくれた。
「紅茶飲む?」
「うん」
「ミルク入れる?」
「ううん」
紅茶を入れてくれると、石黒さんは軽く手で挨拶し外へ出て行った。
しばらくすると、照明の光はゆっくりと勢いをなくし、闇の中に吸い込まれていく。
ろうそくの火が、それに替わり淡い炎を揺らめかせ始めた。
厨房ではまだ、りんねさんがお皿を洗う音が聞こえてきた。
- 176 : :2003/12/07(日) 02:44
- おもしろい。一気に読んだ。期待期待。
- 177 :名無し?:2003/12/12(金) 21:49
- 蛇の生殺し状態の更新まち
- 178 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:20
- 圭織と紺野が降りてきた。
ずいぶん元気になってはいるが、やはり紺野の足元はまだ覚束ない。
先に降りた圭織が、紺野の手を引いてあげている。
紺野が降りたのを確認すると、2〜3段上から小川が飛び降りた。
暗い階段で足元も良く見えないのにって思った瞬間、案の定小川はバランスを崩して
紺野の横に無様に転がってしまった。
「えへへへ」
「もう、びっくりするじゃない」
紺野が大きな瞳をさらにでっかくしながら手を差し伸べると、小川はそれにつかまって立ち上がった。
3人は手をつないだまま一列に並んで店へと入ってきた。
- 179 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:20
-
「いつまで仲良く手つないでるの?」
「えっ?」
手を離すと交互に顔を見詰め合って、ニヤニヤしている。
「ばっかみたい」
腹が立つ、むかつく。
大事な話があるっていってるのに、なにニヤニヤしてるんだろう。
- 180 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21
-
「さてと…先ず何から話そっかな」
全員が席に着くと、石黒さんが口を開いた。
カウンターに右からあたし、小川、紺野、圭織と座り、石黒さんがあたしらと対面するように
カウンターの奥側に陣取っていた。
「まあ、とりあえずあんたらもなんか飲む?」
「ホットミルクを…」「あたしもおんなじ物で」
「圭織は?」
「ウォッカ」
「圭織飲み過ぎないでよ」
そういうと、後ろの棚からウォッカのビンを取り出してコップに注いだ。
- 181 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21
-
「はい、圭織。まこっちゃんたちのは、りんねに今暖めてもらってるから、もうちょっと待っててね」
「はい」
しばらくすると、りんねさんが厨房からホットミルクを二つ持ってきた。
彼女はいつも怒っている感じがする。圭織も口数が少ないけど、りんねさんは更に少ない。
でも、圭織と異なり、クールというか冷たい感じじゃなくって、何か熱いものを内に秘めている感じがする。
「ありがとうございます」
小川たちの言葉にも何も返さずに、そのまま奥の席にすわると、たばこに火をつけた。
その炎に顔が仄かに照らされている。
- 182 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:21
-
「さてと、じゃあまずまこっちゃんからだよね」
「あたしですか?」
「そうよ。この話を聞くことがまこっちゃんの人生を左右するかもしれないんだからね。
…どうする?」
小川は直ぐには決めかねるのか、ミルクの入ったカップをじっと見つめている。
「どんな話ですか?」
「まこっちゃんは、無理やりっていうか…ここに連れてこられたでしょ?」
「う〜ん、そんな無理やりじゃないっすよ。それにあたし、安倍さんたちのこと好きですから」
「あんた馬鹿じゃないの?あたしらは小川のこと拉致したんだよ?」
言われた瞬間、顔が赤くなるのが自分でも解った。
「でも…好きなんだもん」
「馬鹿みたい…」
恥ずかしかった。別にあたしのことを好きだといってるわけじゃないことは解ってる。
小川は安倍さんたちと言ったんで、それは圭織や紺野のことで、本当はそこにあたしは含まれないのかもしれない。
でも、真直ぐあたしを見る小川に、それ以上厭味を言うことができなかった。
だから、あたしは俯いて馬鹿みたいと呟くしかなかった。
- 183 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:22
-
「まあまあ、それは兎も角、まこっちゃんって西に行きたい?」
「えっ…考えたことないです…」
「ん〜やっぱり…。ねえ、まこっちゃんってさぁ西の人だったんだよね」
「はい」
「ん〜、こっち来た時に再教育受けたんだよね」
「…ん…」
小川の表情が急に暗くなった。口をぎゅっと閉じ、俯いた瞳が激しく動いている。
やっぱり、と思った。小川は思い出したくないんだ。
再教育がどんなふうにやられているかというのは、噂で少しは聞いていた。
- 184 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:22
-
「まこっちゃん…」
石黒さんが小川の顔を覗き込むと、小川はその視線を避けるように顔を背けた。
「親王様!」
突然、石黒さんが声を張り上げると、小川は条件反射的に姿勢を正そうとした。
「…を裏切るようなことになるかもしれないんだけど…話聞く?」
「ちょっと待ってよ。そんな話なの?そんな危険な話聞きたくない」
「あんたたちには選択の余地はないの」
「なんでよ」
「西に行くんでしょ?」「いくわよ」
「じゃあ聞きなさい」
命令口調が気に入らないあたしは、口を尖らせながら小さな声で文句を言っていた。
- 185 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:23
-
「っで、まこっちゃんどうする?突然で悪いんだけどさ」
「ねえ、小川は別にあたしらに付き合って危ない橋を渡る必要なんてないし」
「西行くなら100万円用意しないといけないんだよ。小川には無理っしょ?」
「なっちは黙ってって」
「なによ〜。本当のことじゃない」
「まあ、いいから」
なんであたしが圭織と石黒さんの二人から窘められなくっちゃならないのか、全然解らない。
大体なんでそんな重要な話を、あたしに先にしてくれていないんだろう。
- 186 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:23
-
「小川は今夜席をはずしててくれないかな?もしあたしたちとさ、行動を共にしたいと思ったら
そのとき、話すから」
「あたし話し聞きます」
「いいの?親王様に逆らうことになるかもしれないのよ?」
「それは…」
「西に行きたい?」
「…わかりません。でも、みんなのお手伝いをしたいから、飯田さんや安倍さんやあさ美ちゃん
の役に立つなら…」
小川は本気でそんなこと思っているんだろうか?
自分が生きていくので精一杯という時代に、何を甘いことを言っているんだろうか?
そんなことじゃ生きてなんかいけないんだから。
「本当にいいの?」
圭織が尋ねると、小川は小さくうなづいた。
「じゃあ決まりね。…いい?」
「うん」
石黒さんが圭織に確認をすると、後ろのテーブルでタバコを吸っていたりんねさんを見た。
あたしは当然りんねさんは出て行くんだと思ったんだけど、りんねさんは自分のテーブルのろうそくを消すと、
カウンターの隅へと席を移した。
- 187 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:24
-
「まず、どっから話せばいいのかな?」
「お金のとこから」
「そうだね」
「お金って、西に行くためのお金?」
「そう、そのお金のこと。そのお金をね、全部あたしにくれないかなってね」
「冗談じゃないべさ!なんで石黒さんなんかにあげないといけないのよ。あれはあたしが西に行くためのお金なんだよ。
それをなんであげないといけないんだべさ。あたしがどんなに苦労して稼いだのかわかってる?」
「ほとんどが圭織のお金でしょ?」「それはそうだけど…」
「ただ貰うんじゃなくって、そのお金をくれるんだったら、あたしたちが西に連れて行ってあげるってこと」
「えっ?なんで?なんで石黒さんが?」
「今全部でいくらあるか知ってる?」
驚いているあたしらとは違い、全部石黒さんと話し合って決めた圭織は、いつもと同じように静かな物言いで
あたしに尋ねてきた。ムカツク。
- 188 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:24
-
「210万円ぐらい?」
圭織の200万円と、あたしが稼いだのが10万ぐらいあるはずだ。
「185万ちょいぐらい」「なんで?だって…」「紺野の治療費が結構かかったのよ」
「紺野!?」
あたしが悲鳴にも近い声で紺野を呼ぶと、紺野が圭織の影に隠れた。
10万あたしが稼いでいる間に、一体紺野にいくら使ったんだろう。一体あたしは何のために働いていたのよ。
大体、圭織は初めから石黒さんに頼むつもりだったに違いないんだ。あたしが苦労しながら働く姿を見て
笑ってたに違いないんだ。ムカツクムカツク!
「今あるお金では、2人が西に行くのでギリギリなの。だから、彩に頼もうと思うの」
「でね、いろいろと考えると、ちょっと足らないかな〜と思うの、お金が…
でね、ちょっと手伝ってもらいたいのよ」
「手伝いって?」
「うん、たいしたことないよ。ちょっとどけ…」
ちょっとだけ…なんてわけないんだろうなって、そのとき、すでに気付いていた。
でも、あたしにはどうにもできないってこともわかってた。
だから、あたしは石黒さんに手を貸すことに決めたんだ。
- 189 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:26
- すみません、お待たせしました。更新です。
- 190 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:36
- すみませんochi機能ないんですね…あげてしまってスミマセン…
- 191 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:37
- supersageでちょこっと下がるんですね
- 192 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:52
- さがれ〜
- 193 :名無し娘。:2003/12/14(日) 17:54
- 読んでいただいている方ありがとうございます。
また、更新遅くてすんません。
- 194 :名無し娘。:2003/12/15(月) 21:53
- 読んでるよー。おもしろいよー。
- 195 :名無し娘。:2003/12/15(月) 21:54
- >>194
ありがとうございま〜す
- 196 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:32
-
親王様が仙台駅から姿を現すと、駅前の広場が歓声に包まれた。
歓声というより、爆音に全身が共振したと言った方がいいかもしれない。
兎に角、今まで生きていた中で一番おっきな音がしていた。
あたしの位置からは親王様の顔まではっきり見えないけど、そんなに大きくない女の子が、
10人以上の男の人たちに囲まれて、ゆっくりと階段を移動していた。
あちこちから「親王様万歳」の声があがっている。
ここに来ている男の人も女の人も子供も大人も金持ちも貧乏な人も、みんながただ一点を凝視している姿は、
ちょっと異常な感じがする。
横に居る紺野や小川も必死で親王様の姿を眼で追っていた。
この日まで待とうといったのはあたしだったけど、親王様の姿を見たいと言ったのはあたしだったけど、
駅から出てきた姿を見た瞬間から、あたしは興味を無くしてしまった。
あたしが見ているのは、囚われて囲われたひとりのかわいそうな女性、そしてターゲット…
- 197 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:32
-
「いくよ」
石黒さんが、あたしの耳元で囁いた。
あたしは前を見たまま人々のゆっくりと下がり、紺野の手を引いて人々の垣根から離れていった。
誰一人あたしたちが離れていくことなんか気に留めていない。
警官たちが監視をしているけど、それは列から飛び出してくるものや銃で狙っているものが居ないかを見てるんで
人ごみからただ離れていくものに注意を注ぐわけがなかった。
本当は今頃仙台を離れているはずだったんだけど、どうしても親王様をこの眼で一度見ておきたかった。
石黒さんが言うには、そのときになれば、いやというほど見られるらしいんだけど、あたしはこの時期だからこそ
見ておく必要があると思った。
- 198 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:33
-
「紺野どう思った?親王様」
「ん〜なんかすごいなぁ〜って思いました」
「すごいって?」
「ん〜分からないんですけど、なんかこう…なんか…」
「そう…小川は?」
「かわいいですよね。もう、すっごーいオーラが出てますよね」
これだけの人を熱狂させるんだから、それなりのオーラはあるんだ。
でも、彼女じゃ駄目なんだって、石黒さんは言っていた。
あたしには分からないけど、そういうものなんだと圭織も言っていた。
国を変えるには、彼女ではダメなんだって。
- 199 :名無し娘。:2003/12/24(水) 23:33
-
国を変えるなんて、あたしは考えたことはなかったし、そんなことができるとは思っていなかった。
第一、そんなの考えるだけで国賊として捕まるし…
でも、石黒さんはできると断言した。
今やらなきゃいけないんだって。
「手伝います、西に連れてってくれるなら」
そうは言ったものの、親王様に逆らうなんてあたしにできるわけ無いよ。
ただ少しだけ手伝うだけなんだ。脅されて無理やりやっているだけだから、きっと捕まっても許してくれるよ。
きっと…だから、もうちょっとだけ我慢しようと決めたんだ。
成田に向かう、そこで手配人に会って西に渡してもらう。
西にはあたしの幸せが待っている。自由な生活が待っているんだ。
空を見上げると、低く立ち込めた雲から白い雪が降ってきた。
あたしはコートの襟を立てて、足早に圭織の後を追っていった。
これが今年最後の雪だ。
この国で見る最後の雪が、あたしの掌へと舞い降りてきた。
- 200 :名無し娘。:2003/12/25(木) 02:25
- 更新乙です。誰なんでしょうね。気になりますね。
- 201 :名無し娘。:2003/12/26(金) 02:44
- ふむふむ。続きが気になる…
- 202 :名無し娘。:2004/01/07(水) 10:19
- 一気読みしました。おもしろい!
作者さん頑張ってください!
- 203 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:10
- 雪はまだ降っている。
でも、この気温じゃ積もることは無い。雪は道に触れた瞬間、白い雪が透明に変わり、
そのまま解けていく。
路肩に少しだけ積もる雪も、雪というよりシャーベット状の塊に過ぎなかった。
- 204 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:13
- 仙台を出てしばらくすると、舗装道路は穴だらけに変わった。
陥没だらけの道路は何年も直された気配もなく、その数をどんどん増やすいっぽうで、
あたしたちを乗せたトラックは、その穴を避けながら走るため、道を右へ左へと蛇行し、
斜めに大きく傾き、時には上下に激しく揺れた。
初めは体が跳ね上がるたびにキャーキャー騒いでいたんだけど、それも直ぐに静まり、
荷台にしがみついてひたすら下を見て耐えるしかなかった。
トラックどころか、車になんか乗る機会のほとんどなかったあたしとか紺野のは、
1時間もしないうちに完全に乗り物酔いをしてしまい、何度ももどしていた。
小川があたしの背中を擦ってくれるんだけど、そんなことで良くなるわけが無くって、
それを逆に煩わしく思ったあたしは、つい小川の手を振り払ってしまった。
「あたしはいいいから、紺野を見てあげて」
手を振り払われた瞬間、小川は一瞬ビクッ体を硬直させたけど、それでもまだ心配げに
あたしを見ている小川に、さすがにあたしもバツが悪くなった。
りんねさんが膝の間から顔を持ち上げ、あたしを一瞥した。
- 205 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:15
- この道路は、まるでこの国のようだ。
出来た当時は立派で快適だったのに、此処に穴がひとつ開き、あそこに穴がひとつ開き…
修復が出来るうちは、まだ良かったんだけど、修理が出来なくなると後は荒れるに任せるだけ。
修理できなくなった理由は色々あるけど、一番の理由はソ連が崩壊したこと。
でも、前兆はその前からあった。
そのきっかけが今の親王様の即位だと、石黒さんが言っていた。
「血がね…」
戦後GHQの占領の後、分割されたあたしの国はソ連の配下に置かれ、ソ連の一地方になるのを待つだけだった。
それを阻止し、独立へと導いたのが直樹親王様だった。
直樹親王様は将門様の血を今に受け継ぐといわれている。それは独立を進めているときも独立後も何度も議論となったけど、
1965年に成田大学の教授を中心とするグループによって、真実と確認された。
本当はそんなことはどうでもよかったのかもしれない。
あの時代、直樹親王様は見事なまでに国民をまとめあげ、導いてくれた。
それは将門様の血だけではなく、実力があったからだ。
- 206 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:20
-
「でも、ひとみ親王様も将門様と血が繋がっているって言ってたっしょ」
「学校の先生がね」
「違うの?」
「違わないかもしれない」
「どっちよー」
「彼女が選ばれたのは、将門との繋がりなんかじゃなくって、ロシア皇室の血が流れているということが重要なんだよ」
「知ってる。ニコライ2世の子孫だって」
「ニコライの娘タチアナが、ヘッセン大公が娘エリザベートが死んだときに棺に入れたという白いモーニング・ジュエリーと
同じものをヘッセン大公から貰い、それを彼女が受け継いでいるって話でしょ?」
「うん」
「まあ、そんな話も眉唾もんなんだけど、ソビエト崩壊直後のあの時期に作り話にしろ、将門とロマノフ家の血を受け継ぐ
ものを日本の親王として戴冠させたロシア人もしたたかなもんさ」
「どうして?だって直樹親王様には子供がいなかったんだから、少しでも血の繋がりのあるものが継ぐのが当たり前じゃない」
「だからさ…」
「だから?」
「探しているのよ」
「なにを?」
「隠し子をね」
「隠し子!?」
「そう隠し子よ。西にいるといわれている隠し子を探すのを手伝ってくれるんなら、西につれてってあげる」
西で、前の親王様の隠し子を探すこと。
それが、あたしを西に連れて行く条件だった。
顔も名前もわからないどころか、本当に居るのかどうかもわからない人を探すなんてできるのだろうか?
でも、別にあたしが探し出さなくてもいいんだ。ただ手伝えばいいだけなんだもん。
- 207 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:22
- 前の親王様が崩御されたとき、既にソビエトは崩壊していた。
バルト三国がロシアと袂を分かち、ロシアの内外とも混沌としているとき、親王様は崩御なされた。
ロシアが日本に影響力を与えたいと考えるのは、すごく当たり前だったんだろうし、
ついでにそのころソビエト国内で台頭してきたロマノフ王朝時代への懐古主義者たちの目を逸らし、
しかも将門様とも血の繋がった女の子…
そう考えると、余りにもできすぎた話なのかもしれない。
「でも、その隠し子を探し出したからって、日本がよくなるの?」
「それはわからない。でも、一人一人がどうすれば国が良くなるかを考えればきっと良くなると思うんだ。
あたしたちは、そのきっかけとしての強烈なシンボルがほしいの。国民をひとつにするぐらい強烈な
シンボルとしての指導者がほしいの」
「だったら、石黒さんがなればいいじゃないですか」
「あたしに将門の血が流れていれば、迷わずそうしたわよ。でも、あたしにはその血は流れていない。
この国の人はね、将門が好きなのよ。朝廷に反抗して東国を打ち立てた将門がね。
そして、ソ連の手に落ちるのを阻止して、西より先に日本国として独立を宣言した直樹親王が好きなのよ、
未だにね。だから、直樹親王の血を持つ親王が必要なのよ。ロシアのクォーターじゃなくってね」
こんな国がどうなろうとも、あたしにとってはどうでもいい。どっちにしたって、ここにはあたしの幸せは
ないんだし、この国が変わるのを待っていたら、あたしおばあちゃんになっちゃう。
トラックは揺れ続け、あたしはもう胃液すら吐くことができないまま嘔吐を続けている。
いつの間にかトラックの帆に雨粒が打ちつけられ、重い音を立てていた。
雪は雨に変わっていた。
- 208 :名無し娘。:2004/01/08(木) 21:26
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