■掲示板に戻る■ 全部 1- 101- 201- 301- 401- 501- 601- 701- 最新50
【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】

1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。

608 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:58

「俺はさ、そっちの世界のことなんて知らないけどな……“らしく”ないって位は解るよ。
 シンドイだろうって位は解る……」
「……ん」
「あんなコト望んでたんじゃないんだろ?」
「……うん」
「でも…ああするしかなかったんだ」
「…うん」

なにのことを、どれを指しているのかは解っているんだろう。
両手で覆った向こうから漏れてくる小さな肯定。
苦々しい思いをすり替えるようにビールを口に運んで立ち上がった。

「ならいいさ」
「…っ……な、なにが…い、いいんだよぉ」

後ろに回って見る背中は儚いほどに弱々しい。
そっと肩に手を置いて、このキモチが少しでも伝わればいいと、少しでもコイツが楽になればいいと、耳元に口を近づけた。

「やれるだけのことをすりゃあいいよ……ずっと応援してるから」

堪えるように鼻を鳴らして、無理にでも何か言おうとしているらしい、その小さな身体を抱きしめた。

「頑張れ…頑張れ」
「………」
「ずっと側にいるから…我慢ばっかしなくたっていいんだから」
「…ふっ、ぐ……ぅ……」

返事も出来ずに、ただ嗚咽を堪えている耳元で。
なにも出来ずにいる自分の想いを届ける為にささやき続けた。

「頑張れ……」

609 :公式発表@やぐち:2006/12/23(土) 20:58

end.

610 :名無し娘。:2006/12/23(土) 21:00

表記通り、例の件での公式発表直後に書いた。
自分の書いたものとの整合性を何とかするためと言い訳をして、まだ大丈夫って言い聞かせた。

今でも応援はしてるけど、もう書けないかなぁ。

611 :名無し娘。:2007/01/10(水) 00:41

全二回か三回予定で紺野さん。
設定も書いたのも卒業前。
多分、さくら組(安倍さん卒業後)くらいの時期だった。
非狩狩の作者さんと共作したものを、氏の許可も得て、ちょいと手を入れて掲載。

612 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:41

「気持ちいい?」

作業を中断して、上目遣いで彼女が問う。

「うん、すごく……」

彼女を見下ろし、僕が答える。
僕の答えに、彼女は嬉しそうに微笑んで、作業を再開させた。
愛らしい、ぷっくりした薄桃色の唇に、僕の硬直した肉棒が、飲み込まれていく。
ベッドに腰を下ろした僕と、その目の前に座り込む彼女。
彼女は今、僕の股の間に頭を割り込ませている。
僕は彼女からフェラチオされていた。
彼女のほっぺたの内側が、僕の肉茎に張り付く。
彼女の熱くなった体温が、僕の体温と溶け合う。
彼女の唾液が絡む音が、僕の昂奮を加速させる。
彼女の頭の前後運動が、激しくなる。
いっそ淫猥とさえ思える水音が大きくなり、彼女は羞恥からか、その表情を歪めたようだった。
限界が近い。

「……イきそう……」

613 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:42

離れるように、という意味で言ったつもりだったが、彼女はさらに舌を激しくうごめかした。

「口に、出ちゃうよ……」

言った瞬間、彼女が舌先で、鈴口をチロチロと刺激する。
苦痛に耐えるように、僕の顔は歪む。
肉茎の根元を握る彼女の細くて、そのくせ柔らかい指が、唇の動きと連携して、激しく擦り上げる。
その刺激のあまりの強さに、僕は思わずのけぞってしまった。それまで堪えてきた発射欲を、解放した。
いや、させられた。

「イ、イクよっ」

彼女の口の中に、精液を放つ。そんなことをしたのは初めてのことだった。
口でされたことすらも、今日が初めてなのだ。
彼女は眉をひそめながらも、僕の精液を口内に受け止めている。
やがて射精の噴出が収まると、彼女は肉棒を口の中から解放した。
彼女の唾液でてらてらと光る自分の肉棒を見ると、若干の昂奮と同時に、どこか後ろめたい気分になる。
「ん〜ん〜」と喉を鳴らすような声に我に返ると、彼女が口元に手をやりおろおろしている。
口の中の精液をどうにかしようとしているんだと察して、ティッシュを数枚取って渡してやる。
涙目で僕を見上げて、何故か少し躊躇した後、ティッシュを受け取り、口の中の精液を吐き出した。

614 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:42

「大丈夫だった? ごめんね、口に出しちゃって」

彼女が離れなかったのだ、ということは判っているけれど、それでも僕は謝る。
さきほどの後ろめたさから来るもの…だったろうと思う。
彼女はぷるぷると首を横に振って言う。

「いいの、わたしがしてあげたかったんだから。それより…」

上目遣いで僕をうかがい、少し言い淀む。

「ごめんね、その、の、飲めなくて……」

まるで、飲めなかったということが悪いことのような言い様に、僕は、うっと、言葉に詰まる。
僕がイった後おろおろしていたのも、ティッシュをすぐに受け取らなかったのもそのためか……

「そんなこと──」

しなくてもいいのに、そう言おうとした。
だが、それに先んじて彼女が言葉を重ねた。

「今度は、ちゃんと飲むから……」

……何を言っても、無駄なんだなって、そう思う瞬間。
僕はただ、その言葉に頷くだけだった。

615 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:43

不意に、彼女の携帯が鳴った。
慌てた様子で、彼女が部屋の隅に置いてあった鞄を探る。

「マネージャーから……」

携帯を取り出した彼女が、僕の顔色をうかがうようにその相手を告げる。
軽く頷いてみせると彼女は「ごめんね」と口にしてから部屋を出て行った。
廊下からかすかに、話し声が聞こえる。

一人になってようやく、自分の肉棒の先から精液が垂れているのに気付いて、慌ててティッシュを取って処理した。
カーペットには落ちていないようだ。
脇に畳んでおいた、下着とハーフパンツを履いてしばらく待っていると、戻ってきた彼女の表情が暗いものに変わっていた。

「明日の予定がちょっと変更になったって」

休みになった、という雰囲気ではないようだ。
となれば……あぁ。

「早くなったの?」
「……うん」

彼女は申し訳なさそうに、俯く。

「それで、その……今日は……」

ここまで…ってことだ。
そんなに恐縮することじゃないのに。

616 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:44

「僕だけ気持ち良くしてもらっちゃったね」
「き、気持ち良かった?」

丸いほっぺた――“頬”と言うより、彼女には似合っている気がする――を、真っ赤に染めながら、彼女に尋ねられる。
褒められた、と思ったのか、少し嬉しそうだ。
彼女の態度に対して、僕はわざと軽そうな笑顔で、ともすれば無神経に受け取れる言葉を選ぶ。

「初めてとは思えないくらい、上手かったよ」

自分の声が、どことなくざらついているように感じる。
鼓膜を紙やすりで、擦られたような不快感。
しかし彼女はそれを感じ取ることはなかったらしい。
俯いたまま、ちらちらとこちらに目を向けて恥ずかしそうに口を開いた。

「ビ、ビデオ、とか見て……その、バ、バナナで……」

彼女は日頃の言動そのままの生真面目さで正直に答える。

「練習したんだ?」

そんな“行為”を練習していたという事実。
それをハッキリと言葉で指摘され、真っ赤になった顔を隠すように頷いた。

「お、男の人って、こういうの好きだって、聞いて、それで……よろ、喜んで、ほしくって」

そんなこと説明しなくても良いだろうに、とも思うのだが。

617 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:45

「ありがとう」

というもの、ちょっとずれた発言かもしれない。
けれど他に、この気持ちを伝える適切な言葉が思いつかなかった。

「あ、あの…」

何か言いたげに口を開いた彼女だったが、それに続く言葉はなんとなく想像が出来た。
だから僕は、あえてそれを遮る為だけの言葉を口にする。

「シャワー、浴びてきたら。もう寝ないと」
「あ。うん……」

弱々しい声で頷いた彼女は、ほんの少しの間、僕を見つめて部屋を出る…寸前、足を止め思いきったように振り向いた。

「ねえ、私のこと…」

躊躇いがちの小さな、でも精一杯の言葉。

「好き?」
「……好きだよ」

618 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:45

予想できた言葉だった。
その彼女の精一杯の言葉に、僕は笑顔を作って……作った笑顔で、当然のように答える。

「当たり前じゃない」

あさ美は安堵した笑顔を返して、バスルームへ向かった。
閉じられた扉の向こうで遠ざかっていく彼女の足音を意識した。
やがてそれが聞こえなくなると、僕は体をベッドに投げ出した。

深く、大きな溜息をつく。

あれはいつだったろう……
付き合い始めてしばらく経ったデートの日、彼女は僕の喜ぶ顔を見るのが好きだと言ってくれた。
そんな彼女の気持ちが、僕は心底嬉かったんだ。

嬉しかったはずなんだ……

それなのに……なんだろう、この胸に絡みつくものは。
靴の中に転がり込んだ小石のような感覚は。

 何か違う

何かが、いつからか彼女から、紺野あさ美から向けられる感情は、あの時と違ってきている。
どこかそんな気がしてならなかった。

619 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:45

僕が起きた時にはすでに、あさ美は朝ご飯の支度を終えていた。
綺麗に整えられた髪と服装で、いつ出かけても大丈夫そうな姿で。
あさ美はウェーブのかかった自分の髪が嫌いらしく、綺麗なストレートになるまで、相当な時間がかかっても必ず手入れをする。
そのお陰で、ただでさえ時間が必要なんだから、ここまでしなくてもいいのにと思う。

「何時に起きたの? 別にこんなにしてくれなくてもいいのに……」

少し眠そうにも見えるあさ美にそう言った。
すると彼女は、笑顔で……さも何でもないことのように言う。

「私がしてあげたかったんだから、大丈夫。……食べたく、なかった?」

小さくなっていく言葉尻は肯定を求めるような色を感じさせた。
僕はそれに、形ばかりの笑顔を作り「そんなことないよ」と返してあげる。
最近、作り笑いがすっかり得意になってしまった自分に気がつきだしていた。

食事中は食べることに集中してしまうあさ美に付き合って、黙々とテーブルの上の料理を片付けていく。
ときおり箸を運ぶ手を休めてあさ美を見つめる。
食事をしている時の彼女の、幸せそうな、ふわりとした表情が好きだった。
あさ美のペースに合わせて食事をすると、三十分近く――時にはそれ以上――かかってしまうが、その間、会話はほとんどない。
だけど、嫌な沈黙ではないのは彼女のまとうその幸せそうな空気故だろうか。

620 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:46

食事の後片付けは僕がやる。
あさ美はこれもやりたがったのだが、これだけは譲らなかった。
準備の手際がいいのだが、片付けるとなると、なぜか手際が悪いと言うか、要領が悪いと言うか。
一度片付けを終えた後をのぞいいてみたが、食器棚の中が無理矢理押し込めたみたいになっていた。
神経質、とまではいかないと思うが、どちらかと言えば整理整頓にこだわる方なので、こればっかりはどうしても任せられなかった。

慌ただしい朝の時間。
仕事の時間が早まったってのに、ギリギリまでねばるように一緒にいたがったあさ美が、名残惜しげに出かけていった。
一方、講義までも時間があり、バイトも入っていない僕は、ベッドに腰を下ろし、このざらついた不快感の根を探し求めて記憶を辿った。

621 :『きみのえがお』:2007/01/10(水) 00:46

 …………

622 :名無し娘。:2007/01/10(水) 00:47

ひとまずここまで。
つづきは近日中にでも。

623 :名無し娘。:2007/01/29(月) 20:25
更新まだーー

624 :名無し娘。:2007/02/26(月) 09:15
待ってる

625 :名無し娘。:2007/02/26(月) 20:49

>>622 で大嘘ぶっこきましてごめんなさい。
今度こそ、今週中くらいにはなんとかm(_ _)m

626 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:11

出会ったのはほんの小さな偶然だったっけ。
前々から“貸し”があったサークルの友人から「借りを返す」と誘われて、出向いていったコンサート。
なんでも相当にレアなチケットだとかで「本当なら返しすぎでお釣りが欲しいくらいだ」とかボヤいていたのを覚えている。
それがモーニング娘。だってことは会場に着いてから知ったんだった。

 ましてや最前列だったなんて……

そう、僕等の席は、きっとファンならば垂涎ものだろう、メンバーが至近に見える最前列だった。
まるで興味がないワケじゃあなかったけれど、歌まではよく知らなくて、周囲の熱気に置いてけぼりをくらいながら始まったコンサート。

「あれ? こんなモンだっけ? 人数」

記憶に残っていた大所帯ぶりとはかけ離れている人数に、隣でノリノリになってる友人に問い掛けた。

「あぁ、だって今日は、さくらコンだからね──」

 サクラコン……

それ以降、なにやら説明を続ける友人の話を聞き流して記憶を探った。
確かスポーツ紙かなにかで見た覚えがあった。
二つに分かれて別々になんとかかんとか……って。
まぁ、その時は気にしなかったことだし、今でも大した違いではなかっただろう。
なかなかついてはいけないノリではあったけれど、それなりに楽しめばいいことだったんだから。

627 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:13

ほんの二メートルあるかないかという距離、手を伸ばせば届くようなステージの上で、笑顔を振りまき歌い踊る彼女達は確かに輝いて見えた。
幾分かは少人数になっているとはいえ、個々のダンスにステップを踏みながらのフォーメーション。
なかなかブラウン管を通して観るのとは違う、小さな感動に目を瞠らされていた。
が、そんな最中、視界の隅に捉えた小さなアクシデント。
多分、なにかの間違いで接触でもしたんだろう、メンバーの娘が一人、尻もちをつくように転んでしまっていた。
幸い怪我なんかはなかったようで、すぐに立ち上がって曲に戻ったけれど、動揺しているのか、その動きがぎこちなく見えた。
そして……気のせいかもしれないけど、立ち上がった瞬間のその娘と目があったような気がしたんだ。
ファンなら大喜びで自慢して廻るんだろうか……まぁ、気のせいだと思うことにした。
曲が終わり、衣装替えでもするんだろう一度舞台袖に消えていく彼女達。
しばらく待つと、新しい衣装に身を包んで現れたメンバー。
煌びやかな照明を浴びて何事もなかったかのようにステージは進み出した。
僕もいつの間にかそんなことは忘れて舞台の上の彼女達に集中していった。

その最中、時折妙な感覚に囚われる……なんとはなしに見られているような感覚。
何気なく周囲を見廻してみても当然のように、誰に注視されているわけでもないようだった。
気にはなったけれど、こんな場所でそんなことを気にしても仕方がないと思いなおしてステージに目を向けた。

その後は何事もなく全てのステージが終わり、食事をして友人と別れて家に帰った。
それなりに良かったとは思ったけれど、多分もう見に行くこともないだろうと思った。
せいぜいTVの画面上や雑誌などで見かける程度でしかないだろうと、そう思っていた。
数日後、奇妙な電話を受けるまでは。

628 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:14

その日、バイトへ向かう為に家を出る、その少し前のことだった。
珍しく携帯の方ではなく固定電話が着信を告げた。
離れて暮らす息子に、やたらと世話を焼きたがる母さんからかなと思いながら取りあげた受話器。

「もしもし?」
『あ……』
「……?」

 あ?

「もしもし? どちら様?」
『あ、あの…紺野です。紺野あさ美です』
「……誰?」
『えっと、あの…この前コンサートに来てくれましたよね?』
「……はい?」
『モーニング娘。の紺野あさ美です』
「……イタズラなら切りますよ」
『ま、待って待って…あの、わたし、違いますっ』

 ……なんなんだ

完全にイタズラ電話だと思い込んでいたんだ。
次の一言を聞くまでは。

629 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:15

「切るよ」
『あぁ、先輩、待っ──』

耳から離しかけた受話器から微かに届いた単語。

 先輩?

「先輩? キミ、誰だって?」
『あ、あの…中学の時に一緒だったんです……』

 中学?

「僕の後輩? 北海道の?」
『はいっ、そうなんです』
「で、誰だっけ? 紺野…さん?」
『はい』

そういえば一時期、学校で話題になっていた記憶がある。
確か二個下の学年でアイドルになった娘がいたって。
そうと知った時には、その娘は東京に出てしまったらしくて、そう長く続いた話題ではなかったと思うけど。

 それがこの娘だって……?

630 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:16

「ええっと…」
『あの、この前コンサートに…最前列で──』
「ああっ! もしかして転んだ娘?」
『あっ、あぁ、やっぱり見られてた……恥ずかしいなぁ…あ、えっと、そうです』
「その時、僕と目があった?」
『は、はいっ、気がついてくれてたんですね』
「気のせいかなと思ったんだけど……」
『あの時…一番前にいるのに、なんか静かに見てる人がいるなって…』
「あっ、うん…」
『そう思って見たら……あれ? って……先輩? って気がついて』
「へぇ…」
『それで、ちらちら見てたら…他の娘とぶつかっちゃって』
「そっか。それで転んだんだ……」
『はい…』
「それは解ったけど……なんで? よくこの番号解ったね」
『あ、あの……こっちで知ってる人に会うことなんて無かったんで…友達に聞いて……』
「中学で、僕のこと知ってたの?」
『はいっ。それで……あの、もし良かったらなんですけど』
「うん」
『す、少しお話でも出来たらなって……』

この電話から数日後、僕達は初めて――というのもヘンな話だけど――会ったんだ。

631 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:17

どこにでもあるようなチェーンの珈琲ショップで待ち合わせ、人混みに紛れるようにして向かい合って座った。
腰を下ろしてから二十分は経って、一杯目の珈琲も空こうというのに、まだ彼女は「おはようございます」と「はい」しか話していない。
仕方なしに呼び出された側の僕から話を振っていった。

「あのさ…」
「はいっ」

 反応はいいんだよな……

俯き加減だった顔を上げて、ほんの少し掠れた声で返事をされた。

「中学の時…だったよね。っと…野球部、マネージャー、じゃあないよね?」
「…ちがいます」
「僕は君のこと知ってた? あ、ごめん…」
「い、いえ…全然。覚えてなくて当たり前ですから」
「あ、じゃあ会ったことはあるんだ? ……ホント、ごめん」
「あ、あっ、謝らないでください」

全く覚えていないことを詫びると、彼女はブンブンと手を振って大袈裟にそれを押し止めた。
そして、また少し俯いてゆっくりと、言葉を選ぶようにぽつぽつと話し出した。

632 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:18

「わたし陸上部で…あの、中学の時…でも、全然大したことはなかったんですけど……」

「一年の時、ロードワークで校外を走ってたら転んじゃって…あの、よく転んだりするんです、わたし」

「あ、あの…それで、転んじゃって…どう転んだか覚えてないんですけど」

「なんでか、こう…けっこう血が出ちゃって、痛くて…『どうしよう』みたいになっちゃて」

「座り込んだままで、膝のところ…血が出てるあたりを押さえてて、少し泣きそうになってて……」

「その時に、後ろから話しかけてきてくれた人がいて……」

そこで彼女は上目遣いでちらっと僕を見た。
あぁと思って自分を指差すと、彼女は嬉しそうに、そのふにっとした頬を少しだけ赤らめて頷いた。

「僕…なにしたっけ?」
「あの…『どうしたの? 大丈夫?』って声をかけてくれて…」

「わたしの膝に気がついてくれて…『うちの学校の子だよね?』って」

「そ、それで……わたしのこと、その…おぶってくれて、保健室まで、連れていってくれて」

「けっこう、離れてたんですけど……全然なんでもないみたいに、学校までおぶってくれて……」

「その時、先輩は野球部の格好だったから……お礼しなきゃって思ってたんですけど…」

「グラウンドで何度も見かけてたんですけど、なんか…あの、恥ずかしくって……」

彼女はそこまで慌てるように言うと、一層深めに、顔を隠すみたいに俯いてモジモジしていた。
全く覚えていない僕もどうかとは思うけど、ともかく、やっと話が繋がった。

633 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:19

「そっか」
「はい…あ、えっと……あの時はありがとうございました」
「うん? あぁ、いいよ、そんな」
「ずっとお礼がしたくて…でも、わたし、こうなっちゃったから……」
「お礼って言われてもなぁ」

“こう”っていうのは、『モーニング娘。』のことを指しているんだろう。
よくは解らないけど、彼女の人柄の一端に触れた気はした。
それは、間違いなく好感を持たずにはいられないものでもあった。
そして困ったように僕の言葉を待っている表情を可愛らしいとも思った。
別にお礼をしてもらいたかったわけじゃなく、恩に着せてどうしようなんてことじゃあなかったんだけれど。
このままで別れたくなかった。
そう思った僕は一つの簡単な提案をしたんだ。

「じゃあ、今日のところはココでオゴってもらうってのでどう?」
「……え?」
「良かったらまた会いたいな」
「あ、あの……」
「やっぱケータイとか、むやみに教えちゃダメなの?」
「………」
「紺野さん?」
「……あ、はい。…はいっ! あ、大丈夫ですっ」

しばらく硬直したように、なにか考えたい他彼女は、僕が何を言いたいのか、やっと思い至ったみたいな返事を返してくれた。
それから彼女は慌てたように自分の鞄から携帯を取り出し、そっと自分の番号とメールアドレスを教えてくれて。
僕もお返しに自分の携帯番号とアドレスを教えたんだ。

634 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:20

そうして何度か会って、当時の話をしたり、段々と打ち解けて色々な話をした。
そうしてごく自然に互いに好きなんだって思うようになって。
ごく普通の女の子に言うように、僕の方からこう言ったんだ……

「キミのことが好きなんだ……ちゃんと…付き合ってもらえないかな」

その時の彼女の、照れながらも嬉しげな表情。
それに微かに聞き取れた「はい」って小さな声は忘れられないものだった。

635 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:22

そして……
そうだ、それから…あの日。
何度目かのデートで、彼女は二度目の遅刻をし、何度もすまなそうに謝っていたっけ。
走ってきた彼女は息を乱して、少し紅潮した顔で「ごめんなさい」って謝ってきた。
「仕事なんだから」って気にしないように言う僕を、今にも泣き出してしまいそうな目で見ていたっけ。
何度も何度もそんなやりとりを繰り返して、やっと何処に行こうかってところまで話が進んだ時。
少し恥ずかしそうに言った彼女の一言をよく覚えている。

「あの、じゃあとりあえず…オナカすきませんか?」

僕は笑いを噛み殺しながらも、その彼女の無邪気さ、純朴さを愛おしく思った。

「うん? そうだね。どこかいいところ知ってるって顔してる」
「はいっ。きっと美味しいって思ってもらえるんじゃないかと…思います」

少し活き活きとしすぎた自分に気がついて、語尾が小さくなっていった。
せっかく元に戻ったと思った頬は、また別の赤みがさしていて、僕の反応をうかがうように目線を向けていた。

「なら、せっかくだから連れていってもらうよ。行こっか」
「は、はいっ」

そして彼女…紺野あさ美に連れられて、乗せられたタクシーの止まった場所。
なかなか、普通の高校生の入るような構えの店でないことは、一目で解った。

「ここです」

そう笑顔で先に店へ入っていく彼女の後ろ姿に、小さく首を振りつつも後に続いた。

636 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:23

店員に案内されて着いた席で、彼女が数分の間、メニューを見つめて悩んだ末に数品の料理選んでくれた。
しばらくして運ばれてきた料理は、どれも文句つけようがない味わいだった。

「っ……ウマいね、これ」
「良かったぁ……」

思わず顔をほころばせ、口をついて出たありきたりな僕の感想。
それに彼女は胸に手を当てて安堵したように大袈裟なリアクションを見せた。
そういえば、今までにも時々……こんな風にほっとしたような表情を見せることがあった気がする。

「そんな大袈裟な」
「だって…やっと笑ってくれたから…」

意外な言葉を聞いた気がした。
それまでの時間も、ごく普通に笑っていたつもりでいたのに。

637 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:25

「そう? 笑ってなかった?」
「いえ、その……」
「なに? 教えてよ」
「やぁ、あの…笑ってくれてましたけど……」
「けど?」
「ちょっと違うっていうか……」
「違う? そうかなぁ」
「だから、えっと……。わたし、お礼がしたかったんですよぉ」

不意に話題が変わったようだけど、そうじゃあないらしい。
少しずつ慣れてきて解ったことだけど、彼女は時々話を前後に跳ばすことがある。
この場合もそうと判断して言葉の続きを待った。

「……」
「ずっと、ずっと、そう…思ってて。偶然先輩に会えて……」

もう一つ要領を得ないけれど、なんとなく解ったこともある。
もしかして、と思い、それをそのまま口にしてみたんだ。

「ん、嬉しいな。僕の為にあんなに真剣に選んでくれたんだものね」

それを聞いた彼女は、まるで、ぱぁっと花が開くような笑顔を見せてくれて。
そしてとても弾んだ声でこう言ってくれたんだ。

「わたし、先輩が喜んでくれて嬉しいです。そうやって笑いかけてくれるのが好きで……あっ」

つい口にしてしまった自分の言葉に照れて、また俯いて表情が見えなくなる。
僕はといえば、あまりに真っ直ぐな感情を向けられて嬉しいと思いながらも戸惑って。
戸惑いながらも…こうしてずっとこの娘の隣にいたいと思ったんだ。

638 :『きみのえがお』:2007/03/02(金) 21:26

 …………

639 :名無し娘。:2007/03/02(金) 21:30

ひとまずここまで。

待っててくれた人、まだ見てたらありがとーです。

ここで、半分……にはちょっといかないか。
また残りはそのうち。

640 :名無し娘。:2007/03/08(木) 00:10

続きです。

641 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:11

そう……あの時、間違いなくそう思ったんだ。
それなのに、何故……今、こんなざらついた気持ちが浮かんでくるんだろう。
僕は彼女が好きで、彼女も僕のことを好いてくれている。
僕の気持ち、想いに間違いはない、そう言い切れるだけの自信がある。
彼女が僕のことを想ってくれてるのも、とてもハッキリと感じられるんだ。

 それなのになんで……

答えのでないままのループを繰り返しそうな思考を無理矢理に断った。
そして再び記憶の中の何処かにあるだろう“それ”への糸を辿る作業を始める。

642 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:12

………………

643 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:13

「先輩の部屋に、遊びに行ってもいいですか?」

そう言われたのは一昨日のことだった。
その時は特に、不思議には思わなかった。
付き合っている男の部屋くらい見てみたいものだろう、と。
けれど、待ち合わせ場所に、五分前に着いた僕を待っていた紺野の、肩から下げた大きなトートバッグを見て、背筋にかすかな緊張が走った。
僕を見つけた紺野が、頬を赤くして、ぎこちなく笑った。

夕飯を作ってくれるという彼女と、近所のスーパーで一緒に、材料を買って家に帰った。

「あんまり、自信ないですけど」

という紺野の手料理だったが、慣れた手つきを見れば、それが謙遜だったことが解る。
素直に美味しい、と伝えると、ほっぺたを赤くしながら、嬉しそうにあの微笑みを浮かべてくれた。
食事を終えて、さすがに緊張のほぐれた紺野と、時が過ぎるのを忘れ、他愛もない話で盛り上がる。
彼女の仕事の事とか、僕の大学の事とか、中学時代の事とか。
喋りすぎて口の中が乾くなんてことを、僕は初めて経験した。
一息ついてコーヒーを飲んだ時、ふっと時計を見る。
外で会う時ならば、もう別れている時間だ。

644 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:14

「時間、大丈夫?」

うすうす感づいていながら、そんなことを聞いてしまう。
一拍、間を置いて、

「あ。はい?」

紺野の表情に、ほぐされたはずの緊張が戻ってくるのが解る。

「いや、こんな時間だけど……」
「は、え? あ、そうですね……」

時計の針を見て、呟き、俯く。
時間を忘れるほど楽しくて、気がつけばこんな時間に、という反応ではなかった。
となると、やっぱり、そういうことだろうか。
紺野は、“そういう覚悟”で来たのだろうか。

「あ、あの、先輩っ」

緊張に上ずった声で、俯いたままの紺野が僕を呼んだ。

「ん?」
「え、ぃや、あの……きょ、今日は……その」

緊張のせいで、肩が震えている。
流れる髪の隙間から見える耳が、真っ赤になっている。
震える声で、ごにょごにょと何か呟いているが、はっきり聞こえなくても、意味をなすことを喋れていない、と解る。

645 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:15

「紺野」
「へっ? は、あ、はい?」

突然、名前を呼ばれて、驚いて顔を上げる紺野。
つぶらな瞳が、見開かれている。
まるで自分のものじゃあないみたいに心臓が騒がしく鳴っている。
どうやら自分で思っている以上に、緊張しているみたいだ。

「……今日、泊まってかないか?」

紺野は時間が止まったように、僕の顔を呆然と見詰める。
そのまま十数秒。
冗談みたいな間を置いて、ぼおっと火が噴き出るように赤くなった。

「いや、かな?」

僕が聞くと、完熟トマトみたいに赤くなった顔を俯かせて、首を振った。

「あ、あの、今日は……えっと、その、つもり、でした……」

紺野のようにおとなしい子が、ここまでの決意をするのに、一体どれだけの勇気が必要だったか。
それを思うと、僕は胸が熱くなった。
そう想ってくれる気持ちを大切にしなければいけないんだと、そんなことを思った。

646 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:15

シャワーを終えて寝室に入る。豆球だけが点いていて、薄暗い橙色の光が、いつもとは違う陰影を浮かび上がらせていた。
ベッドの上で布団から顔半分だけ出した紺野が、こちらを見ている。
僕はベッドに近づくと、出来るだけ音を立てないように、静かに布団の中に入る。
一人分の体温で温められた布団の中に、ほんの少しの違和感……けして悪いものではない違和感を感じた。
隣にいる紺野の体が緊張からだろう、かちかちに強張っているのが判る。
怯えるように震えているのが、狭いベッドのおかげで、触れ合う肩から伝わってくる。
長袖のTシャツと、下はスウェットだろう。
家で使っているものだろうか、それとも新しく買ってきたものだろうか。
そんな、今この場ではどうでもいいことが気になった。

「紺野」
「は、はいっ」

僕の顔を見ず、天井に目を向けたままで、半ば布団に隠れた口がくぐもった返事をする。

「はじめちゃったら、止まらないと思うから。だから、止めるなら、今のうちだよ」

掴んでいた布団の端を握る手に、きゅうっと、力が込められた。

647 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:16

「先輩っ」
「ん?」
「あの……あの、私のこと、好き、ですか?」
「好きだよ」

僕は間を置かずに、紺野の言葉に答える。
決意してきた、とはいえ、やはり未知の体験に不安を感じているんだろう。

「だい、大丈夫、です。ちゃんと、その……ちゃんと、先輩の彼女に、なりたいんです」
「……解った」

こんなことしなくても、もう“ちゃんとした彼女”なんだけどな。
でも、紺野がそう思うのなら、その気持ちに応えるのが、“ちゃんとした彼”のやるべきことだろう。
僕が覆い被さると、ごくり、と紺野が喉を鳴らすのが解った。
緊張に見開かれた目が、真っ直ぐに僕をとらえている。
さらさらの前髪を撫でてやると、シャンプーの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
あ、と、紺野の唇から声が漏れる。
顔を近づけると、ぱちっと瞼を下ろした。
そうするのが当然、というような、機械的な動き。
緊張で震える紺野の唇に、出来るだけ優しく、くちづける。
触れた時以上にゆっくりと離れる。
閉じていた瞼を開けて、目の前に僕の顔を見つけると、何処を見て良いのか判らない様子で、視線を泳がせた。

648 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:17

今にも泣き出しそうな瞳が、落ち着きなく動いている。
緊張するな、と言う方が無理だけど……なんとか少しでも、落ち着かせてあげることは出来ないだろうか。
僕はいつものように彼女を呼ぼうとして、それを飲み込んだ。
そして、それが彼女を落ちつかせてあげられる呪文であればいい、そんな想いを込めて言葉を紡いだ。

「あさ美」
「……、……え?」

いきなり名前で呼ばれて、表情を無くす。

「せ、先輩、今、名前……」

ようやく理解できたのか、ぼんやりと僕を見つめて、声を漏らした。
僕はそれには答えず、彼女の涙目を見つめて、ありったけの優しさでささやいた。

「あさ美、僕のこと…怖い?」

一瞬、間を置いて、あさ美は首を横に振る。

「僕はあさ美が嫌がることはしないよ」

少し水分の残る髪を、優しく撫でてやる。
緊張で強張っていた表情が、見る見るうちに和らいでいく。
目の端から涙を一筋、溢れさせながらも、嬉しそうに、微笑んだ。

649 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:18

「ありがとうございます。あの、ご心配おかけしました、もう、大丈夫です」

その必要以上に丁寧な言い回しが、なんだか“らしくて”笑えてくる。

「あの、もう大丈夫ですから、その、──」

あさ美が言葉を続けようとするのを、僕はくちづけで遮った。
ん、と息を漏らすあさ美。
何度も何度も、唇をついばむようにキスを繰り返す。その度にあさ美は素直に反応して、ん、ん、と切なげな息を漏らした。
唇から伝わる感触に、硬さがなくなってきたところで、中断する。
ぽーっと、どこか焦点が定まらない瞳が、僕の顔を茫洋となぞっていく。

「キス……いっぱい……」

伝えようと出たものではなく、ぼんやりしたあさ美の意識から、言葉がこぼれた。

「言ったろ? はじめちゃったら、止まらないって」
「あ……はい」

僕はくちづけを再開する。
瞼を下ろして、それを受け止めるあさ美。
そろりと舌を伸ばして、あさ美の唇を舐めた。
僕の意図を察してくれたのか、合わさっていた唇を、おずおずと開いてくれた。
唇の隙間から、唾液に濡れた舌が、あさ美の口中へ滑り込む。

650 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:19

「んッ」

受け入れてくれたとはいえ、戸惑いがちに息を漏らす。
口の中を這い回る僕の舌を、あさ美はどう感じているだろうか。
少し不安に思いながらも、あさ美の口中を味わう。
それはとても柔らかくて、熱くて、甘い……気がする。

「ん、んんッ、んぅ」

あさ美の唾液が僕の舌に絡み付いて、淫らに音を立てる。
あさ美の漏らす吐息が、僕の口の中に入り、昂奮させる。
唇は繋がったまま、片手をあさ美の胸に向かわせた。
服の上から、手を乗せた。
余計なことはせず、ただ、乗せただけ。

「んんッ!」

ただそれだけだったけれど、あさ美は驚くほど敏感に反応した。
唇が、きゅっとすぼまり、口の中に入っていた僕の舌を締め付ける。
痛くはなかったけれど、反射的に唇から抜き取る。

「あ、ごめ、ごめんなさいっ」
「いや、大丈夫だけど……痛かった?」
「あ、ちがっ、じゃなくて、その……驚いちゃって……」
「じゃあ、いい?」
「あ……」

こくり、と真っ赤な顔で頷いた。

651 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:20

乗せただけの掌からでも、充分に伝わってくる感触。布一枚、隔てた感触。
ブラ、つけてない。
出来るだけ優しく、指ではなくて、掌で包むように愛撫する。

「あっ、はぅ……ん、ふぅッ」

自分の声に驚いたあさ美が、慌てた様子で、片手で口元を押える。
両手を使って、それぞれの乳房を刺激していると、その頂点で布を押し上げる突起の感触が、掌に伝わる。
僕はそれを確かめたくなって、Tシャツの裾に手をかける。

「あ、ちょ、待って」
「待てない」
「あの、自分で……」
「脱がせてあげたいんだよ」

そう言うと、有無を言わせず捲り上げる。
うう、と恥かしそうにうめいたけれど、それでも僕に従って両手をあげてくれた。
脱がせたTシャツをベッドの外に、落とす。
橙の弱々しい照明、その上、布団が影を作ってはっきりとは見えないけれど、服の上から見るよりも、ずっと大きく見える。
着やせするタイプみたいだ。
胸の大きさとは反して、引き締まったウエスト。
僕は堪えきれず、その下までも見たくなってしまう。

652 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:29

「下も、いいかな?」

あさ美の顔が、泣きそうに歪むのが見える。
けれど、それでも、小さく頷いてくれた。
ごくり、と自分の喉が鳴る音が、やけに大きく聞こえた。
スウェットに手をかけると、恥かしいだろうに、少し腰を浮かせるあさ美。
躊躇う間を与えないように、するりと一気に脱がせてしまい、Tシャツ同様、ベッドの下に落とした。
下も、何もつけていなかった。
薄暗くて、ほとんど見えないということは解っているはずだけど、それでも羞恥から目を固く閉じてしまうあさ美。
服の上から感じられた小さな突起を、今度は直接、摘んでやる。

「ふあぅっ!」

手で押えていたはずの口から、強い刺激を堪えられず、声を漏らした。
片方の乳首は摘んだり、指の腹で転がしたりしながら、もう片方の乳首に顔を近づける。
固く尖ったそこを、咥える。

「んあぁっ! や、あ、やあぁっ!」

口に含んだ乳首を、ねぶり、はじき、転がす。
声を押えることも出来なくなったあさ美が、もだえている隙に、空いた手を太腿の間へ移動させた。

653 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:30

ひゅ、とあさ美の息を飲む声。
脚を閉じようとしたようだけど、それを必死に堪えてくれているように小刻みな震え。
柔らかい恥毛の下は、何者をも受け入れたことのない、閉じ合わさった秘裂。
割れ目に沿って、指を動かす。

「ぃあッ! は、うあんッ、やああぁっ、ん!」

熱く湿った感覚はあるが、それは体温や汗によるところが大きい。
これではまだ、男性器どころか、指だって入らないだろう。
しゃぶりついていた乳首から離れて、乳房を包んでいた手も放し、布団の中に潜り込む。

「え? え?」

異変に気付いたあさ美が、戸惑いの声を漏らす。
脚の間に体を置いたけど、暗くて何も見えないのが残念だった。
手探りで、あさ美の秘裂を見つけて、今度は指だけではなく、舌を這わせた。

「やあぁっ、そ、そんなとこ、なめちゃ、ダメぇっ!」

悲鳴じみた声を上げて、秘所から引き剥がそうと、僕の頭を両手で押さえつける。
それにかまわず、舌先で秘裂を愛撫する。

654 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:31

「ひあぁっ! あうぅんッ、あ、はああッ! はあうッ!」

湧き上がる未知の刺激に、もだえるあさ美。
無意識のうちにだろうけど、放そうとしていたはずの手は、秘所へとより強く押し付けるようになっていた。
皮膚の奥に隠された粘膜や、その頂点で起き上がった秘核を舐めているうち、自分の唾液とは違う液体で、あさ美の秘所が濡れてくる。

「あ、あんッ! はぁぅ、ふぅッ、うんッ! ん、はあんッ!」

こんなにも素直に反応してくれるあさ美を見ていると、僕の我慢も限界だった。
唾液と愛液で潤った秘裂から口を離して優しくささやいた。

「ちょっと、待ってて」

乱れた呼吸で肩を揺らすあさ美が、少し不安げに、頷いた。
布団から出て、着ているものを手早く脱いでしまう。
僕の昂ぶりを示す肉棒が、力いっぱい持ち上がっていた。
裸になったところでベッドに戻ろうとして、思い出した。

655 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:32

雑貨が放り込んである棚の中を、慌てて探る。
奥の方に隠してあった小さな箱を取り出し、中身を、コンドームを引っ張り出した。
装着する僕の背中に、あさ美の視線を感じる。
着け終わると、なんとなく照れくさくなって、急いで布団の中に入った。
待っていてくれたあさ美の上に覆い被さると、再び緊張した目が、僕を見つめてくる。
それを紛らわせる為に、鼻の頭にくちづけると、あさ美は少し引きつりながらも、微笑みを返してくれた。
体を寄り添わせたまま、昂ぶった肉棒を、あさ美の秘裂に押し当てる。
薄いゴムを通して、熱く濡れた粘膜を感じる。
あさ美の唇が、きゅっと固く結ばれた。
一線を越える恐怖からか、かすかに震える唇を開け、おずおずと言葉を探すように話し出した。

「あ、あの、あの、わたし、あの、初めてで……」

まさか、気付いてないとでも思ったのか。
一瞬、そう思ったが、そんな雰囲気ではないようだ。

「あの、だから……わたしが痛がっても、その、最後まで、して、ください」

656 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:32

泣き出しそうな瞳に見つめられ、真剣な決意を受け止める。
その瞳も、言葉も……何に代えることも出来ないほどに愛らしいと思った。

「解った。じゃあ、ちょっと我慢して」

あさ美がこくり、と頷くのを見て、僕は腰を少しだけ、進めた。
肉棒によって広げられた秘壁が、侵入者を押し返そうと圧力を加えてくる。

「あ、くぅっ!」

まだ先端が沈んだだけだというのに、あさ美の表情が苦痛に歪んだ。
あさ美の襞壁は、僕の分身を押し返そうと抵抗する。
それでも僕は、奥へ奥へと進んでいく。
その度に彼女の痛みに耐える声が鼓膜を震わすけれど、それでも僕は止まらなかった。
止まりたくないのも正直な気持ちだったけれど、それ以上に、あさ美の気持ちに応えてあげたい、そう思ったから。
彼女の柔壁に侵入するうち、行き止まりかと思える壁に行き当たった。

「ぁうっ」

あさ美が、小さく、痛みにうめく。
異物の侵入を阻んでいた壁を突き破る為、僕は体重をかけて彼女の中へと押し込む。

657 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:35

「ひぅ、ぅうああああッ!!」

強固な防壁を突き破って、僕はあさ美の一番深いところに沈み込んだ。
薄いゴムを隔てて、あさ美に包み込まれる。
熱く、柔らかく、そして痛いくらいに締め付けてくる。

「あさ美……」

思わず彼女の名を呼ぶと、額に汗を浮かばせて、喘ぎながらこう言ってくれた。

「……ありがとう、ございます」
「あさ美のセリフじゃないよ……」

なんで、そんな辛そうにしながら、“ありがとう”なんだよ。
憤りにも近い戸惑いが、顔に出たのだろうか。
あさ美はいまだ辛そうな表情のまま、それでも喜びを包み込んだ笑顔を浮かべる。

「だって、ちゃんと、してくれました……」

僕はその言葉に、胸を締め付けられた……それこそ涙が出そうなほどに。
腰は出来るだけ動かさないようにしながら、抱きついて、くちづける。
重ねるだけの、愛情をたっぷり込めたくちづけ。
唇を離すと、汗で濡れたあさ美の表情が、少し固くなっているのが解った。
涙で濡れた目が、僕に訴えかけてくる。

 最後まで――

僕はあさ美の背に腕を回して、体を密着させた。

658 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:36

「ひゃっ」

突然のことに、あさ美は気の抜けた声を漏らした。
あさ美の二つのふくらみが、僕の胸で潰される。

「動くよ?」
「あ……あ、はい」

あさ美の手が僕の背に回り密着感が増す。
僕はあさ美をいたわるように、ゆっくりと腰を前後に動かす。

「うっ、くうぅぅ」

体の中を往復するたび、あさ美は苦しげに息を吐く。

「大丈夫?」
「……大丈夫、です……」

僕のために必死で我慢してくれているあさ美を、とても愛しく思う。
ゆっくりと、ゆっくりとあさ美の中を往復する。
気持ち良すぎて、声が出そうなくらい感じてしまう。

「く、ぅう、ふぅっ……は、あぅっ……ぅぅうっ」

痛みに耐えるあさ美の声。
その声を聞きながらも、肉棒を包み込む熱い感覚に、あっという間に限界に引き上げられる。

「もう少し、だから、我慢して」
「だい、大丈夫っ……へいき、だからっ」

あさ美は背中に回した腕で、力いっぱい僕にしがみつく。
辛そうな呼吸で、言葉を吐き出す。
いつの間にか早くなっていた腰の動きで、肉棒の先端が、あさ美の奥を突いた。

そして、限界を超えた。

659 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:37

快感の結晶が、肉棒の中を迸る。
放出がなかなか納まらず、冗談みたいな量の精液が吐き出される。
ゴム一枚隔てているとはいえ、あさ美の中で果てた。
それだけのことに、ひどく昂奮している自分がいる。
最後の一滴まで搾り出すように、肉棒が大きく一度、痙攣すると、ようやく理性が帰ってきた。
耳元であさ美の荒い呼吸が聞こえる。
背中に回していた手の力を緩め、あさ美の顔を覗き込む。
涙と汗に濡れた顔が、僕と目が合った途端、ふにゃり、と笑った。
少し引きつってはいたけれど。

「ごめんね、痛い思いさせて」
「そんなこと、ないです……」
「でも……」
「……あの、痛かったです……けど」

こくり、と喉を鳴らして……

「けど、ちゃんと、彼女になれたって思うと、その、嬉しいんです」

あさ美が浮かべた笑顔には、何一つ余分なものなんか混ざっていなかった。
心の底から、嬉しい、と純粋に笑ってくれている。

660 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:37

僕はたまらず彼女を抱きしめ、自分の全てを伝えたいとささやいた。

「好きだよ」
「嬉しい……」

彼女の声が、鼓膜をくすぐった。
汗で乱れたウェーブのかかった前髪を整え、可愛らしいおでこにキスを落とした。
くすぐったそうに首をすくめる彼女にもう一度「好きだよ」とささやく。
込み上げてくる幸福感を閉じこめておきたいと、寄り添い抱きあって眠った。

661 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:43

 …………

662 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:44

あれはとても……とても幸せな時間だったんだ。
どんどんと彼女のことを知っていって、彼女への想いを深めていって。
僕といる時の彼女は、いつも嬉しそうな表情を見せてくれていたんだ。

それなのに……
あれはいつだったろう。
もしかしたら、何かが違ってきたのはあれからだったかもしれない。
僕にとっては些細な出来事で、時が経てば泡のように消えてしまうに違いない。
その程度のことだったとしても、もしかしたら彼女にとっては……
あの生真面目で、不器用だけど一所懸命で、それでももう一つ自分に自信を持てない彼女なら……

663 :『きみのえがお』:2007/03/08(木) 00:45

 …………

664 :名無し娘。:2007/03/08(木) 00:47

眠気MAX!
今日はこのあたりでおやすみなさい(+.+)(-.-)(_ _)…

665 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:16

新曲のリリースと幾つかの特番への出演。
そんなものが重なると、僕等の逢える機会は少なくなる。
それは仕方のないことで、ちゃんと心得てはいたし納得していた。
それでもどこかで我慢…というかで焦れてもいたのかもしれない。
連絡こそ取っていたけれど、久しぶりに逢えた彼女は、いつもにも増して輝いて見えた。

「少しは時間とれるようになった?」
「あ〜、うん。幾つか収録するのも残ってるけど」
「そっか。元気だった?」
「うん……なんか、何ヶ月も会えなかったみたいだよ」
「ん、それくらいに感じたよ……」
「え、あ、えっと…」
「だから、今日会えたの、すごい嬉しい」
「あ、え、あの……うん、ありがと」

いつまで経ってもこういった言葉に対する耐性をもてないでいる彼女は、頬を染め言葉に詰まりながら俯く。
そんな彼女を愛おしく想い、そっと指先を近づける。

「またこんなにしちゃって……」
「ひぁ! あっ、ちょ、ちょっと……」

朱に染まった頬…ほっぺたを突いた指先から逃れようと、身を捩りながら、小さく抗議の声。
僕はククっと喉をならして笑いながら「ごめん」って謝った。

666 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:17

「んん、もう…すぐそうやってからかうっ」
「ホント、ごめん」
「もういいっ」

そうやって許してはくれるけれど、ほんの少しだけ拗ねているのが窺える。
それがまたなんとも言えないんだけど……そうしつこくして怒らせたくも――泣かせたく、かな――ない。

「明日はゆっくりで平気なんだよね?」
「うん。お昼からだから…あの、泊まっても……いい?」
「イヤなわけないだろ?」
「よかったぁ」

食事は済ませたと申し訳なさそうに言う彼女に、僕はお腹が減ってないからと嘘をつく。
いや、正しくは嘘でもないのだけど……実際、一人で食事を摂るよりも、ただ彼女との時間が欲しかっただけで。

そうやって同じ時間を過ごしていると、もたげてくるのは“もっと”という想い。
隣り合って座っていれば肩を抱きたいと思い、肩抱いていればキスをしたいと思う。
どこかで足りないと感じていた時間を取り戻そうとするように、膨らんでいくジリジリとした感覚。
一度膨らみだした想いは、抑えることが出来ないほどに僕の中を埋めていく。

667 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:18

「えっ? うそうそ、そん、や……」

想いに任せて縮めた互いの距離と、腰に廻した手の強さに、あさ美は慌てたように身を逸らそうとした。
けれど、それはただバランスを崩すだけの意味しかなかった。
小さく悲鳴を上げて後ろへ倒れ込んだあさ美に、体重を掛けないように気をかけて身体を重ねた。

「いい?」
「あ、あの…だって、急に……ビックリしちゃ──、んんっ」

これだけ近い距離で見る柔らかな唇に、返事を待つだけの時間すら惜しくなって唇を重ねた。
触れ合った唇が言葉を紡ごうとする動きにあわせるように舌を絡ませた。

「んむぅ、っ…」

一度堰を切ってしまった欲望に突き動かされるように、腰に廻した手で服の上からブラのホックを外す。
空いている手は裾から服の中へとすべり込ませている。

「あ、やだっ──、あんっ……」

おなかの上で滑らせた手を緩んだブラの隙間へもぐり込ませ、彼女のイメージそのままのようなふっくらした胸に手を伸ばした。
唇、耳朶、首筋とキスを落としながらゆっくりと服をせり上げていく。
羞恥からだろうか、弱々しく拒むような身動ぎが、少しずつ、少しずつ消えていく。

668 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:19

 〜♪

いよいよ行為に没頭していくその時に、場違いなリズムが部屋に響いた。
彼女は閉じていた目をうっすらと開き、眠りから覚めるように現実へと戻っていく。

「あっ……」

慌てたように――それでも拒絶と取られないようそっと――僕の胸に手をあてて、目線で行動を懇願される。

「…ごめんなさい」

そう言われてしまって、どうにもやるせない気持ちになり、身体を起こした。

「はぁ……」
「あの…」
「いいよ。出なよ」

申し訳なさそうになにか言いかけた彼女を促した。
「ごめんね」と一言呟いて乱れた服を直してから、急いで自分の鞄から携帯を取り出して部屋を出た。

しばらくして戻ってきた彼女は、とても沈んだ表情をしていて。
両手で携帯を握り、切り出す言葉を探しているように見えた。

「どうかした?」
「あの……」
「なに? 誰からだった?」

少し言葉が強くなってしまっていたのかもしれない。
彼女はどこか怖がるように、少し身を竦ませながらポツポツと口を開いた。

669 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:20

「あの…マネージャーからで……」
「もしかして?」
「あ、うん…明日、少し早くなったからって」
「…何時?」
「九時には来てくれって……」

知らず知らずに溜息がもれていた。
少しじゃないだろ、とは思いながらも言葉には出せずに、口をついて出たのは別のことだった。

「なら仕方ないよ」
「あの、ほんとにごめんなさ──」
「シャワー浴びた方がいいよ。早めに寝ないと」

意識して彼女の言葉を遮った。
情けなくもあり、大人げないとも思ったけれど……
彼女は少し寂しげに「うん」と一言だけ残してバスルームへ消えていった。

することもなくベッドへ横になり、眼を閉じていた。
しばらくするとドアの音と一緒に小さな声が聞こえる。

「寝ちゃった?」
「……ん、起きてるよ」

目を開けて首だけ動かしてみると、淡いピンクのスウェット姿の彼女が入ってきたところだった。
ベッドの上で身体をずらすように動かして一人分の場所を空ける。
彼女は静かに近づいてくると、そっとベッドに腰を下ろした。

670 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:21

「あの、ね……」
「大丈夫だよ。気にしてないから。寝ないと明日持たないだろ」

もう少し、場所を空けるフリをして視線を逸らせた。

「……うん」

呟くような声がして、部屋の電気が消される。
寂しそうなあさ美の声に、ちくり、と胸が痛む。
背中越しに彼女が横たわるのが、ベッドの沈み込む感覚で解った。
眠れもしないクセに、意地になったようにしばらく眼を閉じていると、シャツがクイっと引かれる。

「なに?」
「ね…こうしててもいい?」

僅かに向き直って問い返すと、ささやくような言葉と同時にそっと腕を絡ませてきた。

「ダメ?」

よほど機嫌を損ねたと感じているみたいだって思った。
そうさせるような態度を見せた自分に自己嫌悪気味になって、一つため息をついた。

「いいよ」

なるべく優しく聞こえるように注意してそう言ってあげた。
すると彼女は静かに眼を閉じて、まるで仔猫みたいに鼻先を僕の腕にすりよせてきた。
僕は彼女の髪をそっと撫でながら、いつの間にか眠りに落ちていったんだ……

671 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:22

 ………

672 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:23

「……ん?」

微かな気配にふと現実に立ち返らされて、目を凝らして部屋を見遣った。
いつの間にか眠ってしまってたんだろうか、部屋の中は暗く、窓から差し込む間接的な明かりだけが部屋を照らしていた。

 夢…を、見ていたのかな

夢だったのかもしれないけれど、あれは確かに現実にあったことでもあった。
そう思いながら、上体を起こそうとしてやっと気がついた。
僕を現実に呼び戻した気配の正体に。

「………」

身体をベッドに預ける姿勢で床に座り込んで、そのまま寝てしまったんだろうか。
彼女は自分の腕を枕に、ベッドに突っ伏してすうすうと寝息をたてていた。
うっすらと笑顔を浮かべているように見えるその寝顔は、奇妙に思えるくらいに僕を落ちつかせてくれた。

「あさ美……」

不思議なほどに満ち足りた気持ちの僕は、夢でしていたようにそっと彼女の髪を撫でる。
幾度かそうしていると、綺麗に整えられた彼女の眉がピクリと動いて、睫毛が微かに揺れた。
慌てて手を浮かせると、かわいらしい唇が小さな吐息を柔らかく漏らして、ゆっくりと目を開いていく。

673 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:24

「ごめん。起こしちゃったね」
「………」
「おかえり」
「…ただいま」

半ば無意識に返事をしたんだろう。
ぼんやりとした意識を覚醒させるみたいに眼を閉じ、眉根を寄せて、そしてゆっくりと開く。

「あ…あれ?」
「おはよ」
「あっ、ごめんなさい」

幸せな空色だった気分が雨雲に侵食されていく。
そんな切なく淋しい感覚だった。

「なんで謝るの?」
「え? あ、あの……」
「謝られるようなこと、されてないよ?」
「あっ……」
「あのさ──」

 〜♪

それが最悪のタイミングだったのか、それとも最悪の事態を救ってくれるタイミングだったのか。
ハッキリと決められないような時に鳴りだしたあさ美の携帯。

「っ……出なよ。マネージャーからかもよ?」
「あっ──、…うん」

何か言いかけたようだったあさ美が、躊躇うように身動ぎをして、それでも、仕方ないというように部屋を出て行った。

「はぁっ…また、なんで……」

足音が遠ざかるのを確認して、深く、重い息をはいた。
掴み損なった温かな時間を惜しむように、掌を見つめて……強く握り、ひらく。

674 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:24

僕は最近よく考えている。
いつかこの関係に限界がやってくるんじゃないだろうかと。
僕か、それとも彼女か……
どちらになのかは解らないし、その限界というものがどんな形でやってくるのかも解らない。

 ──けれど…

そう遠くない先に“それ”は待っているような、そんな気がしてならなかった。
そんな先の見えない思い囚われた心を引き戻すように、強く握っていた手に温かな感覚が重なる。
いつの間にか戻ってきたあさ美が、僕の手にその小さな手を重ねて話し出した。

「あの、ね……キライになった?」
「……え?」
「こんなこと言うの、おかしいのかもしれないけど……
 嫌われたくないの……わたしのこと、好き?」

泣きそうなあさ美の表情。
すがるような、救いを求めるような、そんな表情。

「…好きだよ」

記憶の世界と現実の狭間にいた僕は、あさ美の言葉に無意識の言葉を返す。
そこでやっと問われた言葉の内容に気がついて、俯いていた顔を上げる。

675 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:26

「……嬉しい」

見慣れたはずの彼女の顔が、忘れかけていた表情を浮かべていた。
僕は息をするのも忘れて、その表情を見つめていた。

 出会った頃より、ずっと大好きだよ――

そう言いたかったはずなのに、その言葉は出てきてくれなかった。
あの頃より大きくなった“好き”という気持ちと一緒に、僕の心の中に膨らんだものが、その言葉を、押し留めてしまった。

「あの、ねっ……」
「……え? なに?」
「ハ、ハズかしいの…そ、そんなにジッと見られると」
「あっ、ごめん」
「もぉ……」

柔らかなほっぺたを朱に染めて、困ったように俯きながら文句にもならない言葉を呟いている。
そんな彼女がさっき浮かべた表情は……
間違えるはずもない「僕の喜ぶ顔を見るのが好き」だって、そう言ってくれた、あの表情だった。

なぜまたあの表情を見せてくれたのか、僕には解らない。
きっと彼女自身もそんなこと意識してのことではないだろう。
それに、その笑顔を取り戻すよりも“終わり”が来る方が早いのかもしれない。

 でも……

それでも。
僕はもう一度、あの表情を見たいと心から思うんだ。

もう一度……

……もう一度……

676 :『きみのえがお』:2007/03/09(金) 22:26


end.

677 :名無し娘。:2007/03/09(金) 22:37

途中いろいろあって時間がかかったけれど、まずこんな感じです。
容量は…まだなんか書けますね。
さてどうしようかな。

678 :名無し娘。:2007/03/16(金) 20:22

もう時期外れもいいとこですが来年まで寝かすのもなんなんで。
お正月に書いた話。

679 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:24

 初詣




それはとても健やかな眠りであるように彼の目には映っていました。
彼は約束通りに彼女の家を訪ね、家人により通されたこの部屋で、その寝顔を見ていました。
履行されない約束など気にもしていないような、それは満ち足りた笑顔で。
意図してのものではなく、ついクスッと洩れてしまった笑みに視線の先で閉じられていた目蓋が反応しました。
細く長い睫毛が揺れて、二度三度と繰り返されるまばたきの間にブラウンの瞳がのぞきます。
やがてゆっくりと覚醒していく意識と共に、しっかりと見開かれた瞳が彼を掴まえました。

「たかちゃん……?」

寝起き故でしょう、少し掠れた声に、呼ばれた彼――孝之――は「うん?」と曖昧な声を返します。
どちらも幸せそうな笑顔を浮かべ、僅かな時間を見つめ合い、季節に不似合いの暖かな時間が過ぎていきました。
そんな満たされた時間から先に抜け出したのは、今し方まで寝ていたはずの少女――梨沙子――の方でした。

680 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:24

「たかちゃん!? なんでいるの!」
「え? りさちゃんのお母さんに――」
「っていうか、今何時!?」
「あ、三時くらい、かな?」
「……もう、バカぁ! 出てって! すぐ着替えるから」

慌ただしく――それでも寝間着姿を隠すために布団をかぶったままで――梨沙子に言われた孝之は、苦笑しながら腰を上げ部屋を出るのでした。
他人から見ればさも複雑に見えそうな、楽しそうな苦笑いを浮かべた孝之がドアの向かいに背もたれて数分。
そっと開かれたドアから顔を出した梨沙子は、そこにあるべき姿を確認すると、照れ隠しからだと誰にでも解るような口調で「待ってて」とすげない言葉を残し階下へと降りていきました。
そんな言葉と一緒に残された孝之も、全て弁えたように寝癖のついた髪を見送ってクスクスと笑い、言われたとおりにその場で待つのでした。

681 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:25

タンタンと軽い足取りで戻ってきた梨沙子はすっかり整えられた髪と、ほんの少しだけ、うっすらと化粧をした姿で。
それは雪のように白い肌を損なうことなく引き立たせ、同じように白を基調とした服装にとてもよく映えているものでした。
階段を上がりきった梨沙子が立ち止まり、なにか言いたげに――言って欲しげに――後ろ手を組んで少し上にある孝之の顔を見上げます。
孝之はそうされることが解っていたように、グッと親指を立てて芝居めかした調子で「格好いいじゃん」と声を掛けました。
言われた梨沙子は嬉しそうにニッと笑うと、「じゃあ行こっ」と跳ねるように孝之の腕を取るのでした。

682 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:26

並んで歩く二人はかなりに対照的で、かぶってるニット帽まで白で揃えられ、いまだ小学生である梨沙子と、マフラーから靴まで黒で染められた高校生の孝之。
二人をよく知る者からみればともかく、言葉にできる状況ではとても“合わない”二人でしたが。
けれど、そうして歩く姿は、とても小学生には見えない梨沙子のおかげもあって、互いに――少なくとも梨沙子にとって――納得できる印象を他者に与えられる二人なのでした。
そうして暗い道を並んで歩き、普段であれば動いていないはずの電車を数本乗り継いだ二人は想像以上の人並みに馴染んで、ごく当たり前のカップルのように見えたことでしょう。
皆が皆、同じ方向を目指して歩く人混みの中で、少し窮屈ではあったものの手を繋いで歩ける梨沙子は幸せそうな笑顔で。
多少の気恥ずかしさを残しながらも、離れてはいけないと理由づけられる孝之も、それを否とは思わずにされるがままで歩くのでした。

683 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:27

「やっぱすっごい混んでるね」
「だね。大丈夫? 今日疲れちゃったら大変なんじゃない?」
「だいじょーぶですぅ。もうすぐ中学生だし、コドモじゃないもん」

予定が詰まっていることを気遣う孝之に、冗談めかしながらも本心を織り込んだ言葉を返す梨沙子。
相応の時間と誤解や曲解、葛藤を経て、二人は互いのことを理解しだしていました。
それは“形”を成すよりも前から、紡がれてきた想いからのことで、そしてそれ故にすれ違うこともある二人で。
そんな二人……梨沙子にとって、こうして過ごせる時間そのものが大切でもあったのでした。

「はぐれちゃったら一人で帰れる?」
「え? ……帰っ、ちゃうの?」
「だってこんな状況ではぐれちゃったら……さ」
「か、帰れるよっ! 帰れるに決まってるじゃん」
「だよね? 子供じゃないんだもんね?」
「当たり前だよっ」

そうなると解っていて、それでもそんな梨沙子を見るためにからかう孝之と、からかわれていることは知っていながらも言わずにはいられない梨沙子。

684 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:28

この部分は以前と変わらず、些細なことで意地になる梨沙子に笑いかけながら、孝之は今でも変わらず、一つの気持ちをしっかりと抱えているのでした。
それは幼い頃の希望であり誓いでもあり、そして変化に気がつきだした二人の約束でもある気持ちでした。
孝之が心の奥に抱えているそれを改めて確認していると、そんな感慨ごと押し流すような人の流れに巻き込まれていました。

「わっ――」

危うく引き剥がされていきそうになった梨沙子を掴まえて、混み合う人の中でなんとか二人の距離を縮めると、予想以上に近い距離で梨沙子の顔が綻んでいました。
少し息を乱して赤みがさした頬で、恥ずかしげだけれどそれでも嬉しそうに笑う梨沙子。
あまりに至近なその瞳から、気恥ずかしさが孝之の身体を動かすのでした。
僅かな隙間から人混みに割り込み、ともすれば離れてしまいそうな梨沙子の手をしっかりと握り、頑なに前を向いたままで歩いていきます。
自分を振り返りもせずに歩いていく孝之へ、不平一つ洩らさずにただ幸せそうに握られた手を見ながら付いて歩く梨沙子でした。

685 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:30

そうして時間をかけてようやっと賽銭箱の前まで辿り着いた二人は、どちらからともなく一度視線を交わして、クスリと笑い合って今年一年の願をかけるのでした。
どちらもその願いを口に出すことはありません。
けれどその願いのうちの、少なくとも一つだけは、間違いなく叶うであろうことは疑いもしない二人でした。

けして長くない時間、並んで眼を閉じ手を合わせていた二人は、周囲の空気に急かされるようにその場を後にして歩き出します。
境内を奥へと進んでいき、なんの為のものなのかも理解していないままで買った破魔矢を手に、おみくじの内容に一喜一憂し、飲み慣れない甘酒を買ってみたりもする。

「どう?」
「…………」
「あははっ、聞かなくても解った」
「びみょー」

への字にした口元を開いてそう洩らした声色に孝之は声を上げて笑い、笑われた梨沙子はますます渋い表情を作ってみせるのでした。

686 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:31

笑いを収めた孝之が、「ミルクティでも買おうか」と、カップを受け取ろうとすると、手を引いた梨沙子が変わらぬ表情のままで言いました。

「いい。全部飲むから」
「ホントに? 僕が飲むよ?」
「いいのっ。もう大人なんだから」
「ふうん。そっか。ならいいけど」
「うん」

そして約束――主に梨沙子が希望した――通り、初日の出を見るのに適した場所へ移動するために、上ってきた長い石段へ差し掛かったとき、小さな混乱が起こったのです。
少し前方、石段の降り口辺りで人の流れが滞り、一度乱れた流れはちょっとした奔流めいていて、繋いでいたはずの手さえいつしか離れ、二人の距離が遠のいていきました。
人の流れに押され、孝之が落ちつけたのは石段の半ば、少しだけ広がった手すりを掴んだときでした。
すっかり離されてしまった梨沙子を探そうと、目一杯背伸びをしてみたり、手すりに手をかけて跳ねてみたりしても、流れていく人混みの中に梨沙子の姿は見つけられませんでした。
見失ってしまった梨沙子を心配し、下方に見つからないのならと人の流れに逆らって、幅の広い石段を横切るように上がっていきます。

687 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:32

きょろきょろと辺りへ目を配り、梨沙子の姿が見つからなければ更に石段を上がっていく。
そんなことを繰り返し、再び石段を上がりきり、人混みを抜けて奥の広場へと出て、見える限りに探して歩いても梨沙子は見つかりませんでした。
それならばと踵を返し、来た道を戻り少しでも見晴らしのいい場所を選んで石段の下へ目を凝らします。
雑多な人の中から白い人影を見つけては「違う」と呟き、下へ、下へと視線を流していきました。
その目がはるか遠く、石段の登り口まで差し掛かったとき、もしかしたらと思える真っ白な姿を見つけたのです。

慌てて走り出した孝之の脚は、すぐに人の壁に遮られ、心中と裏腹に遅々としたものに変わります。
けれどそんな中で、なんとか隙間を見つけては前へと急いで、うっすらと汗すらかきながらも階段を下りきったとき、そこにいたはずの真っ白い姿は消え失せていました。
息を乱した孝之が肩を落とし両手を膝にあてて深い息をついたとき、背中に当たる感覚に気がつきました。

688 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:33

振り向いたその先、遠慮がちに触れた手の持ち主は不安そうな表情で孝之を確認すると、大きく安堵の息を漏らして笑顔に変わります。

「り、りさちゃん! よかったぁ……」
「えへへ」
「っ、もう……はぁ」
「あのね」
「え?」
「ぐーって押されちゃってここまで来ちゃってね」
「うん」
「最初どーしようってすっごい怖かったんだけどね。でも絶対解ってたから」
「って……?」
「たかちゃんがね、絶対捜してくれるって、解ってたから。なるべく動かないで待ってたの」
「…………」
「やっぱりちゃんと見つけてくれた♪」

小さなバッグから出したハンカチで孝之の汗を拭い、そう笑う梨沙子は自分の言葉を何一つ疑うことなく信じていて。
言われた孝之はもう一度、深く長く息をついて、空いている梨沙子の手を取り笑いかけるのでした。

「うん。行こっか。もう日が出ちゃう」
「そーだね。行こっ」

689 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:34

二人が手を繋ぎ向かった場所は、梨沙子が仕入れてきた情報――人が少ない穴場だとの――通り、割合静かで、それでいて遠く東の方向に海が見える。
まさに初日の出を見るための穴場だと言えるような、そんな場所でした。
二人並んで手を繋いだままで、遠い海を見つめてなにも話さない時間を過ごします。
やがて暗い海の向こうに僅かな朱が差して、日常と変わらない、けれどどこか神々しい太陽が顔をのぞかせてきます。

「りさちゃんはさ、なにをお願いしたの?」

繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込めて、梨沙子の横顔を見つめる孝之が聞きました。

「んー? えっとね、色々。いっぱいお願いしたよ」

昇りゆく太陽を見つめながら梨沙子がそう返します。

「そっか。全部叶うといいね」

孝之は同じように朝日へ目をやり、欲張りな梨沙子を微笑ましく思いながらも心からそう言いました。

690 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:36

「でもね」

梨沙子が強く手を握りかえし、そう呟いたことでもう一度顔を廻らしたそのとき。

「もう一個は叶っちゃったから♥ きっと全部叶うもん」

すっと離れていく香りに気づき、そしてくちびるに触れたやわらかさに気づき、呆然としたままの孝之に梨沙子が言葉を継ぎました。

「今年からコドモじゃなくなるって言ったでしょ」

僅かに強がりの色が滲む気がしたその声。
それが気のせいではないということを、梨沙子の真っ赤な耳元が孝之に教えてくれていました。

形になった想いは梨沙子を成長させていました。
それがいつか孝之に追いつき、二人の想いが重なるまで、孝之はこうして驚かされるのだろうなと思うのでした。

形を変えていく二人の恋。
いつまでも続いていく物語。

小さな恋の……

691 :『小さな恋の……』:2007/03/16(金) 20:37



end.

692 :名無し娘。:2007/03/16(金) 20:38

…あと40KBちょいか

693 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:50

今年も夏を迎えようとしている。
あたし達が、お互いを意識するようになったあの夏。
あの夏から一年がすぎて、あたし達はどうなるんだろう。
変わろうとしない関係に変化が生じるなにかはあるんだろうか。
それとも今年も夏がきて、そして何事もなかったように過ぎていくんだろうか。

そもそも変わることを望んでいる人間がいるのかどうかも解らない。
この関係がどうなっていくことを望んでいるんだろう……
あたしは……

694 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:51

 また、夏がくる

695 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:52

「なぁにしてんだろ、あたし……」

夏を待ちきれないような暑さと、梅雨の名残のような居心地の悪さの中で、ジャングルジムの上に腰を落ち着けて沈みつつある大陽を見ていた。

ぱっとしない気候に比して、今この場所は、あたし、吉澤ひとみにとって結構心地よかったりする。
湿度は高い感じだけれど、吹き抜けていく風は夏の匂いがするし、なにより高い場所から何かを見下ろすのは悪くない。
だけど、あたし的に気分はおかしなくらいブルーだったりする。
その原因もよくよく考えてみれば、そうおかしなことじゃないんだけれど、でもそうじゃないような気もする。

「なんであんなトコ見ちゃうかな〜……」

なんてボヤいてみても、見てしまったものは仕方がないし、今ここにいるほどに動揺してしまったのも仕方がない。
動揺、してるって気がつかなかったくらいには動揺していたんだ。
そもそも、そんな動揺するようなシーンを見てしまったきっかけも自分にあって、他の誰になにを言うことでもなかった。

696 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:52

ただ時々しているように、ベランダ越しに幼なじみであるヒロの部屋に……中村博之の部屋に顔を出そうとしただけだった。
そのこと自体は、階段を下り家を出て、アイツの家へ入り階段を上る、などという手間を大幅に省いただけの行為。
アイツだって文句を言いながらも、それを気にするようなこともなかった、ハズだし。
実際、その時も驚かれはしたけれど苦笑いされただけだった……と思う。

二人とも。

そう、アイツと……もう一人、大切な幼なじみの石川梨華、梨華ちゃん。
いつものように、ひょいとベランダを渡ってヒロの部屋をのぞき込んだあたしを、二人ともがそういう表情で見ていた……んじゃないかな。
どこか気まずげに感じたのはきっと自分のせいだと、多少落ち着いた今なら解っていた。
なのにそのときのあたしは、ひどく動揺して大慌てで部屋に駆け戻った。
それどころか、いてもたってもいられなくなって、あげくにこんなところまできてボーっと空なんて眺めてる。

697 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:53

冷静になって考えてみれば、あれは梨華ちゃんらしい“世話焼き”の一つだったんだ。
ヒロに膝枕をしてやって、ニコニコしながら耳掃除なんかしてやってただけだ。

 ――うんそうだよ。ただそれだけじゃんか

ただヒロのヤツがくすぐったそうにニヤけた顔で、すっげー嬉しそうにしてただけで……
そんであたしは……なんであんなにショックだったんだろう。
アイツが梨華ちゃんのことを好きだってことなんて、戻ってきて直ぐに解ってたことじゃん。

アイツが久しぶりに戻ってきたとき、梨華ちゃんを見つめて呆けたような顔をしてたの、覚えてる。
戻ってきたアイツと、初めて三人で出かけたときに、少し前を歩いていた梨華ちゃんを見て言った「完璧に“女の子”になったなぁ」ってセリフだって。
あたしは当たり障りのない返事を返したけど、すっげぇドキっとしたんだ。
そういう風に改めて見る梨華ちゃんは、確かにこれ以上ないってくらい“女の子”だったんだから。

698 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:54

細くてやわらかい髪は綺麗に揺れていたし、細い身体は壊れちゃいそうに華奢だ。
そのくせ出るべきトコロは柔らかなカーブでその魅力を主張してる。
性格だって大人しくて控えめでも――もちろんそれ以外の面だってあるけど――いられるし、基本的にはやさしくって可愛らしく見える。
誰かといるときはいつも笑顔で、滅多なことじゃ声を荒げたりも――あたしには別だけど――しない。
ちょっと意地っ張りで色黒だけど、それだって男の目からみればアクセントみたいなもんだろうって思う。

つまりあたしとは正反対。
それがアイツの好みなんだ……

そんなこと解ってた。
なんで自分じゃないんだろうなんて考えること、それ自体が滑稽なくらいに違う。
そして梨華ちゃんだって……アイツのことを好きなんだし。

699 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:54

アイツが離れていってしまったときの彼女の鬱ぎ込みようはヒドかった。
まるで笑顔を忘れてしまったんじゃないかって、本気で思ってしまいそうなくらいだったんだから。
時が経つにつれて、いつからか笑顔を見せるようになったけれど、それだってアイツが戻ってきたときのモノとは比べようがない程度のモノだった。
そう、アイツが戻ってきて、梨華ちゃんはホントにいい笑顔を見せるようになった。
アイツがまたあの家に帰ってきて、幸せそうに笑うようになったんだ。

 ――敵わないよ……

そう思った。
そう思ったのに……去年の夏。
思い出すだけで顔が熱くなる。

700 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 22:55

 ――なんであんなことしちゃったかなぁ

祭りの熱に浮かされてたのかもしれない。
そう思おうとすると心が痛くなる。
それは自分の心に嘘をつこうとしてるからだって、気がついたのはいつだったろう。
あの日、最後までいっちゃってたら、うちらはどう変わっていたんだろう。

きっと梨華ちゃんを泣かせちゃって、アイツとだってウマクいく訳なんて無くって、最悪なことになってたかもしれない。
色々考えれば考えるほど、そういう“先”しか思い浮かばなかった。
三人が三人とも、幸せになるなんてことは……
そうなる未来なんて見えなかった。

701 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:04

「よっちゃん♪」

どうにも寂しい想像に花を咲かせそうになっていたあたしに、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
っていうか、あたしのことをそう呼ぶのはこの街に彼女しかいないわけだけれど。

「梨華ちゃん……」

目線を下に流していくと、いつも通りに柔らかな笑顔を浮かべた梨華ちゃんがあたしを見上げていた。
なんだかその笑顔は、近所の子供だとか妹の面倒をみる“お姉ちゃん”のように見えた。

「そんなトコでなにしてるのぉ?」

その声だって迷子になりかけている子供にかける声みたいだ。
よくあることだってのに、今はそれが妙に癪に障った。

「……なんだってイイじゃん」

解っていながらも目をそらし、ふてくされた声を投げ返す。
だからあたしは子供なんだろう。
そこまでは解ってる。直らないけど。

「別にいいんだけどさ……よいしょっ」

 ――よいしょ??

702 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:05

慌てて視線を戻すと、梨華ちゃんがゆっくりとよじ登ってこようとしている所だった。
運動苦手じゃないはずだけど、いかにも慣れてなさそうなぎこちなさで、ゆっくりと慎重に。
でも、なんだかやたらと嬉しそうに登ってくる。

「ち、ちょっと梨華ちゃん!?」
「――しょっと。……え?」
「え? じゃなくてさっ。なんで登ってくるの」

あたしの質問に笑顔だけを返して、梨華ちゃんはあたしの隣まで登ってきた。
その笑顔は、あたしが知り尽くしているはずの“幼なじみの梨華ちゃん”なのに、初めて見るような不思議な笑顔だった。

「ふぅ。……いいね、ココ」
「……」

なんだか混乱したままのあたしをよそに、梨華ちゃんは一人でしゃべり続けた。

「ここ…さ、私たちの家からだと少し遠いよね」
「……そーだね」

よく解らないけれど、……なんか遠回しに追いつめられてる気がする。
そのせいもあって、ぶっきらぼうになるあたしの言葉に、梨華ちゃんは少しイヤな微笑みをみせた。

703 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:05

「よっちゃんってば、時々ココきてるもんね」
「……そーだね」

そんな気がしたよ。
やっぱ知ってたのか……イヤな幼なじみだなぁ。

「“なにか”あると、ココにくるんでしょ?」
「……さあね」
「うふふっ」
「なんだよ」
「べっつにぃ〜」

ゆとりのある態度。
なんかムカつく。

「なにしにきたのさっ」
「ヒロちゃんがくるよりはいいんじゃないかなって思ったから」
「っ……」
「よっちゃんが逃げたから、ヒロちゃんってば追いかけていこうとしたんだよ?」
「ふんっ、別に逃げたんじゃないや」
「そう? どっちでもいいんだけど」
「……な、なんだよっ」

何か言いたげにあたしの顔をのぞき込むような仕草に、投げやりな言葉をぶつけてしまう。
それに対する返事みたいに、フフッて笑顔を浮かべた梨華ちゃんはゆっくりと口を開いた。

704 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:06

「ヒロちゃんがきたほうがよかった?」
「なっ――」
「よっちゃん、ヒロちゃんのこと好きだもんね」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「別に隠すことないのに。正直に言っちゃいなよ」
「そ、そっちこそどうなんだよっ。梨華ちゃんの方こそ、ヒロのこと好きなんでしょ!?」
「……うん。好きだよ」

 ――え…?

あまりにあっさりと聞かされた答え。
口にされないだろうと思っていた予想通りの答えは、予想以上にあたしの心に激しく響いていた。

「ひとみちゃん」
「え?」

同じように、あっさりと浮かび上がった呼び名。
確か小学校に上がった頃だったか、そう呼ばれることが照れくさくて、無理矢理に代えてもらった呼び名。

705 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:06

「わたし“も”ヒロちゃんのことは好き」
「……」
「ひとみちゃんもそうでしょ?」
「……」

ムスッと押し黙る。
それが答えだって解っている梨華ちゃんは、喉を鳴らすように笑うと話を続けた。

「もし……ううん。わたしがヒロちゃん好きで、だとするとひとみちゃんはどうする?」
「……どうって?」
「きっと、変に遠慮したり距離を置こうとかって考えるでしょ」
「っ……、なんでそう思うのさ」

そうかもしれない。
いや、きっとそうするだろう。
今までのように三人で、なんて無理に決まってるから。
だったら……

「ひとみちゃんならそうするよ」
「もしそうだとしたら……、だったらなに?」

梨華ちゃんがなにを言いたいのかよく解らない。
要点をついているようで要領をえない。

706 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:07

「それはいいの」
「はぁ?」
「でもね。ヒロちゃんが好きなのはひとみちゃんだから……」

急に一人で納得されて、その上でさらっととんでもない言葉を口にされた。
なにを言ってるのか耳には入ってきても理解できないくらいに。

「……え?」
「それくらい、一緒にいれば解るよ」
「ち、違うに決まってんじゃん! アイツは梨華ちゃんのことが――」
「ううん」
「っ……」
「わたしじゃないよ。わたしは……、そうだなぁ……“お隣のお姉さん”かな」
「……なんだよ、それ」

それはとても寂しそうな笑顔だった。
全然理解できない……なんなんだよ。

「だからね、わたしは今まで通りでいさせてほしいの。ただのお姉さん」
「……」
「ひとみちゃんと、ヒロちゃんの……お姉さん」
「……」
「いつか、ヒロちゃんがそのことに気がついて、二人が“恋人”になるまで」
「も、もしだよ。もし、そうだったら……その時梨華ちゃんはどうするのさ」
「……」

あたしの質問に答えは返ってこなかった。
胸が痛くなるほど儚げに笑った梨華ちゃんは、とても自然に目をそらしてなにも言わない。

707 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:08

「ふ、ふざけんなよっ!」
「ちょ、危ないよっ」

握った拳をぷるぷる震わせながら、ジャングルジムのてっぺんで立ち上がったあたしを抱き寄せるみたいに支える梨華ちゃん。
どうにも我慢できなくなった。
そんな結論はイヤだ。
あたしはそんなの望まない。

「三人でいりゃあいいじゃんかよっ」
「だって――」
「だってもなにもないっ! 梨華ちゃんはヒロも好きだけどあたしのことも好きだろっ!?」
「え? ……そりゃ――」
「あたしだって梨華ちゃんも、ヒロも……まぁ、好きだよ」
「ありがとう……」
「ヒロは……まぁ、この際アイツはどうでもいいや」
「よくないと思うんだけど……」

困ったように眉を寄せる梨華ちゃんに、あたしは不敵に――見えるように――笑い返した。

「あたしがヒロを好きだとして、梨華ちゃんがヒロを好きでもいいんだよ!」
「そんな……」
「イイのっ! 梨華ちゃんがヒロを好きでも、きっとあたしもヒロを好きかもしれない」
「……」
「あのバカがどっちかを選んだら、その時は……仕方ない」
「なんかおかしくない……?」
「イイんだって。あたし達は三人でいてイイの」

強引な、理屈にもならないような言い様で梨華ちゃんを言いくるめてやった。

708 :『また、夏だね』:2007/04/07(土) 23:09

「……お〜い」

あたしがなんとなく満足したとき、呆れたような、困ったような声音が割り込んできた。

「ヒロちゃん……」

驚いたように梨華ちゃんが呟いた。

「……やっと見つけた。んなとこでなんしてんだよ」

公園の入り口から、どう話し出したらいいのか迷ってるみたいなヒロの声。
あたしは降りていく動作の間に、梨華ちゃんの耳元に口を寄せてささやく。
ビックリした風な梨華ちゃんに、目で念をおして先に立ってジャングルジムを降りた。

「なにしにきたんだよ」
「なにって……あれだ、どうしてっかなってさ」
「どうもしないっつーの。女同士のナイショ話だよ」
「……そっか」

どうも“らしくない”ヒロに、どうしたもんかと考えていると、梨華ちゃんがやっと降りてきたところだった。
振り向いて、梨華ちゃんに唇の動きでもう一度念を押した。
梨華ちゃんは困っているようだったけれど、きっと大丈夫。
そう思ってあたしは動き出した。

「なにが“そっか”、だよ」
「あ〜……あぁ」

言葉を探すようにモゴモゴと動く口に自分の唇を押し当ててやった。

500KB
続きを読む

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail(省略可)

0ch BBS 2006-02-27