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【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】

1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。

401 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:56

見つめられていることに気がついた雅が、笑顔を浮かべてこう言いました。

「好きなんでしょ。たかちゃん? ってあの人の事」
「……よくワカンナイ」
「それでまぁにあんななったんだ」
「…………」
「取られちゃう、って?」
「…………」
「あのさ、まぁのアレはさぁ……梨沙子とは違うと思うよ?」
「……なにが?」

潤ませた目で、口をとがらせた梨沙子。
そんな梨沙子を宥めるように、くしゃりと頭を撫でて雅は続けました。

「なんてゆーんだろ、好きとかって、そういうんじゃなくってさ。
 んー……あっ、久しぶりに会った親戚のお兄さんみたいな?」
「だって……親戚じゃないよ」
「そうだけど。でも、そんな感じなんだってば」
「…………」
「絶対。間違いないって。雅さんのゆーことを信じなさいっ。ね?」
「…………」
「だからさぁ、今すぐになんて言わないけど、ちゃんとすっきりさせちゃお?」
「…………」

ハッキリとした答えこそ口にしなかった梨沙子でしたが、雅はその表情の中に変化を読み取ったらしく、笑顔で「うん」と頷きました。

402 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:57

それから「んー」と、おもむろに立ち上がって一つノビをして。

「もうすぐ梨沙子の番だからね。レコーディング」

そう言ってポンポンと梨沙子の肩を叩きました。
梨沙子が「わかった」と返すと、控え室に向かって歩き出し、思いだしたように振り向いて「約束だぞぉ」と笑って歩いていきました。
梨沙子はそれを見送って、考え込むような、迷うような複雑な表情をしていました。

「……はぁ」

どうにもならない気持ちをため息に一つ零して、梨沙子は立ち上がって歩き出しました。
幾度か叱られながらレコーディングを終え、結局気持ちの整理がつかないままで、その日の仕事を終えた梨沙子は帰路につきました。

403 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:57

家の近くで用意されたタクシーを降り、精神的に疲労してきている身体で家の玄関前までたどり着いた、その時でした。

「あっ……」
「っ……」

それは偶然の悪戯でした。
あれ以来、どちらともなく避けるようになってしまっていた二人が、両家の門前ではち合わせるように会ってしまったのです。
外出するときも、帰宅するときも、様子を窺うように気をつけていた梨沙子。
それとなく気にはしていたけれど、あえて訪ねることもできずにいた孝之。

先に気がついたのは梨沙子の方でした。
けれど、ハッとして逃げる間もなく孝之に気づかれ、そのぎこちない表情に梨沙子は身体をすくませました。
玄関のノブに手をかけたまま、動きを止めた梨沙子の目に映った、久しぶりに見る孝之の姿。
孝之の方でも、互いに認識したと感じこそしたものの、かける言葉が見つからず、迷いから視線を流しました。
その小さな仕草が梨沙子にとって、初めてされた“拒絶”のように感じられたのでした。

孝之が流した視線を戻したとき、その視線が合うことから逃げるように……いえ、まさに梨沙子は“逃げた”のでした。
背中に孝之の存在を感じながらも、それから隠れるために扉をくぐる梨沙子。
そんな梨沙子を見つめていた孝之は、どこか哀しげな色を滲ませながらも、救われたというかのような表情で立ちつくしていました。

404 :名無し娘。:2006/11/12(日) 18:59

今日はここまで。
もう一、二回の更新で終わりまーす。
ではでは。

405 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:13

 25

「はい、もしもし」

「え? はい……」

「でも――、……はい。……わかりました」

それはごく短い、けれどそれぞれに――少なくとも幾人かにとって――分岐となる瞬間でした。
何年かが過ぎて、それぞれが大人となって、ふとなにかの拍子に思い起こす。
そんな出来事の発端でした。

406 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14

収録を終えたTV局の一角。
人気のない休憩所で、踵まで椅子にのせ、膝を抱えて身体を揺らしている梨沙子。
あの門前での邂逅から数日を経て、それでも何一つ変わらず、進めずにいる自分にため息を洩らす梨沙子でした。
考えて、考えて、自分なりに答え……とまではいかずとも、“気持ち”の向きは解ってきた。
そうであっても、いざそれを行動に移すとなると、なかなかそれもできずにいる。
自分の中で、自分の考え方から行き詰まってしまう。そんな現状を、膝を抱えて小さくなるその姿が現していました。

「やっぱりこんなトコにいた」

カーペットの敷かれた床しか映っていなかった視界に、小さなスニーカーが入ってきました。
変わらぬ姿勢でチラリと目だけを動かしてみれば、華奢な身体の頼もしい姿。

「…………」

言葉を選べずに、プイと逃げるように顔をそらした梨沙子。
そんな梨沙子の膝を抱え込んだ白い腕に、日に焼けた健康的な腕が絡みます。

407 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14

「わわっ!?」
「わわじゃない。なに人のこと無視してんの。おいでっ」
「なんでよぉ」
「はあっ? なんでもなにもないっ。いいからくるのっ!」

短いやりとりの間に、椅子から引き剥がされるように立ち上がらされた梨沙子。
そしてその梨沙子よりも頭一つほども小さい少年のような少女。

「なにすんのぉ、しみちゃん」
「うるさい。もう……うじうじうっとおしいよ、梨沙子」
「むーっ」
「子供じゃないんだから、ちゃんとしなさいっ」
「子供だもん」
「――、ならおねえさんズの言うこと聞けー」
「しみちゃんしかいないじゃん」
「……ふっふっふ。いいから行くのっ!」

年長者として余裕の笑み――少なくとも本人はそのつもりの――を浮かべ、佐紀は梨沙子の腕を取り歩き出しました。
振り解こうと思えばできなくもない状況でしたが、“負い目”がある梨沙子は進んで歩きはしないまでも、逆らうこともできません。
知らない人から見れば、はしゃぐ妹に渋々手を引かれる姉といった光景。

408 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14

さして長くもない道のりを歩き終えた二人は、『Berryz工房様』と記された控え室の扉を開けました。

「連れてきたよー」
「おかえりー」

二人を迎えた元気な声は、これ以上ないほど明るい笑顔の千奈美から発せられたものでした。

「ちぃ…くまいちゃん……」
「ほら、まぁさん」
「あっ、あー……っと」

友理奈に引き寄せられるように梨沙子の視界に入った茉麻は、どうしたらいいのか困っているらしく少し引きつった笑顔を浮かべていました。
微妙な距離をたもったままで、どちらも踏み出せずにいる二人に、佐紀がフォローするように「ほらっ」と梨沙子を押し出しました。

409 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:16

「あんっ」

不意に背中を押された梨沙子は、一歩、二歩とバランスを立て直し、気がついて顔を上げてみれば、至近に茉麻のへらっとした笑顔があります。
周囲から無言の声を感じて俯きながら、梨沙子は赤ん坊が初めて話すときのように、「うー」、「あー」と、一生懸命に言葉を口にしようとしていました。
佐紀たち三人も、そして茉麻も、そのことを理解して、急かすこともなく、慌てることもなく、じっと梨沙子の言葉を待っているのでした。
しばらくしてクッと顔を上げた梨沙子が眉根を寄せて、妙に力が入りすぎて頬を僅かに赤らめながら口を開きかけたそのときでした。
スッと持ち上げられた柔らかな手が、ぽんぽんと軽く二度、梨沙子の頭を撫でるように叩いたのです。
視線を合わせ「へへへっ」と笑う茉麻に、釣られたように力が抜けた梨沙子は、それまでが嘘のようにその言葉を口にしたのでした。

「ご、ごめんなさい、まぁ」

へにゃりと情けなく下げられた眉尻で、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして謝った梨沙子。
それを見ていた茉麻は、「もおー」と一言嘆息して、力一杯梨沙子を抱きしめました。

「むぐぅ」
「あーもう、全然怒ってないってばっ」

ちょっと生意気な、けれどどうしようもなく可愛らしい妹のような梨沙子を。
少しがっちりした、けれど温かく柔らかな腕の中で、小さくうめく梨沙子を抱きしめる茉麻。
そんな二人の周りで佐紀も、千奈美も、友理奈も、茉麻と同じように笑っていました。

410 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:17

 26

「さっ、じゃあ行かなきゃ」

以前のように戻った騒がしい時間が過ぎ、一息ついた頃、佐紀がそう言いだしました。
久しぶりに和やかな空気に包まれたままで、訳が分からずにいる梨沙子に茉麻が声をかけます。

「じゃあ私行くね。りさこ、行こっか」
「行くって、どこ行くの?」
「んふふふっ。くれば解るよ」

隣に座っていた茉麻が先に立ち上がり、追うように腰を上げた梨沙子が、そこで気がつきました。

「あれ? しみちゃんたちは?」
「あたしたちはイーの。まあさと一緒にいってらっしゃーい」
「なにー? なんでなんで?」
「いいから。いくでしょ、りさこ。仲直りしたんだもんね?」
「え? あ、うん」

411 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:17

どこか引っかかるままで、それでもまだ強くは出られない梨沙子は、訝しく思ったままで茉麻の後について控え室を出ました。
前を歩く茉麻に手を引かれながら、カーペット敷きの長い廊下をてくてく歩いていく梨沙子。

「まぁ? どこいくの?」
「んー。どーこだ?」
「わかんないからきーてるんだもん」
「えーとね……いーとこ」

はぐらかし続ける茉麻に、どうやっても教えてくれる気なんかないようだと気がついた梨沙子は、仕方がなく黙って後をついて歩くことにしました。
エレベーターホールを通り過ぎ、静かな階段を一フロア降りて、全く同じ造りの廊下を同じように歩いていく二人。

「ねえ、まぁ?」
「なにー?」

振り向くこともなく返ってくる、少し間延びした返事。

412 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:18

「この階なの? なんにもないんじゃないの?」
「もう着いたよ」
「ええ?」

立ち止まった茉麻、そして梨沙子の前には、自分たちが出てきたのと同じ扉がありました。
ただ一つ、違うことは、誰と書いてあるはずのネーム部分が空白になっていることだけ。
訳が解らないながらも、少し緊張したように黙っている梨沙子をよそに、まったく変わらない様子の茉麻が扉を二つノックしました。

「はーい」
「きたよー」

中から聞こえてきた声は、梨沙子にも聞き覚えのある、耳に馴染んだ独特の声でした。
静かに開いた扉からひょっこり覗いた顔は、梨沙子の予想通り、悪戯な表情を浮かべた嗣永桃子の笑顔。

413 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:18

「遅いよー。なにしてたのさ」

その桃子の後ろから、これも同じように親しい顔、夏焼雅が不平を訴えながら顔を出しました。
茉麻は気にした風もなく笑いながら「まあまあ」とだけ口にして、後ろの梨沙子をちらりと一度流し見て、すぐ二人に向き直って話し出します。

「平気?」
「うん」

茉麻と雅、二人の短いやりとりの後、部屋から出てきた桃子が、梨沙子の腰に手を伸ばし、抱くように引き寄せます。
梨沙子は桃子に引かれながら、すれ違った雅がニッコリと笑顔で「しっかり」とささやいたのを耳にしました。
なにがだろうと、そう思いながら、梨沙子は桃子の小さな手に背中を押され、部屋の中へと足を踏み入れるのでした。

414 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:19

それを見送った茉麻が、扉の向かいの壁に背中をあずけ、ほうと小さなため息を一つ。
すると隣に、同じようにして背中をあずけてきた雅が、真っ直ぐに扉を見つめたままで、静かに口を開きました。

「もしかしてさ、ホントは……ちょっとくらい好きだった?」
「えー? ……そうじゃないけど」
「けど、なぁに?」

茉麻を挟むように、やはり同じように壁にもたれた桃子が問いかけます。
両隣の二人は、少し考える茉麻の言葉を黙って待っていました。

「なんだろ? んー……あ、あれだ。ちょっとイイなって。うん、それくらいは思ったかな」

それは二人にとって、いかにも茉麻らしい口調、茉麻らしい言い様でした。
少し身体を起こして茉麻越しに視線を交わした二人は、ほぼ同時くしゃりと笑いを浮かべ、全く同時に茉麻に腕を絡めます。

「彼の友達とか紹介したげよっか?」
「……いらない。なんかヤダ。ももの彼の友達とか」

からかうみたいな桃子の言葉に、からかわれていると解ってからかい返す茉麻の言葉。
デコボコな三つの影は、同じ色の笑い声で歩き出すのでした。

415 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:19

 27

背中を押されよろめきながら部屋へ入った梨沙子は、後ろで閉ざされた扉の音で反射的に振り返りました。
そこにはすでに三人の姿はなく、一瞬、イタズラでもされて閉じこめられた、などとつまらない考えが梨沙子の頭をよぎりました。
扉を睨むように見つめてから、そのノブに手を伸ばそうとした梨沙子の動きがピタリと止まります。
なにかを感じたのか、静かに、恐る恐る身体の向きを変えていく梨沙子の視界に映る光景。
薄暗い部屋の中、窓から差し込む夕日が逆光になり、黒い影として視界に映った人物。
それは梨沙子にとって、どこか見慣れていて、それでいてしばらく目にしてなかったシルエットでした。

「……たか、ちゃん?」

416 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:20

視界を埋め尽くす朱に向かって洩らした言葉は、そのまま夕日に吸い込まれ、消えてしまいそうに小さな音でしかありませんでした。
梨沙子の口から、まさに“洩れて”しまっただけの名前は、窓辺に背もたれた人影までは届くはずもないほど小さな、声にもならない声でした。

「りさちゃん」

が、朱を背負って窓辺に背もたれたその人影は、聞こえないわけがないとでもいうように、当たり前に声を返してきたのです。
梨沙子の視界を染めていた朱が、不意に弱く、一瞬電気が消えたように焦点を失いました。
窓辺に立つ人影は梨沙子の様子に気づいたらしく、カーテンを引いて静かに向き直りました。
段々と慣れてきた梨沙子の目に、ただの影から色を持つようになった人物が認識されます。

「たかちゃん……」

417 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:20

それは間違えようもない見慣れた面差し。
間違うはずなんてない大切な存在だったのです。
ですがそれでも、思ってもいなかった状況に、梨沙子は解らなくなっていました。
相手の心も、自分の心も。

「な、なんで……いるの?」
「夏焼さんが電話してきた。りさちゃんのお母さんに聞いたんだって」
「みやが? ……なん、て」
「ここへきてくださいって。りさちゃんが……」

418 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:21

続きがある、けれどそこで止まった言葉。
大人になりかけている梨沙子がそれに気がつき、子供のままでいようとする梨沙子が口を開くのでした。

「わたしが……?」
「りさちゃんが……りさちゃんのことを大事に思うんだったら、きてくれないですか? って」

そのことに気がつき始めている孝之は、言い淀んだ言葉を声にしました。
梨沙子は解りませんでした。それがどういうことなのか。
梨沙子は解っていたのです。ずっと大事にされていたことを。

419 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:22

「たかちゃんはぁ……あ、ううん。あの……ごめんなさい」
「え? ……あっ……うん」

梨沙子にとって、やり直す術はそこからでした。
以前と変わらない孝之と、以前と変わらない自分。

「ボクは……ずっとりさちゃんのことを守ってあげたかったんだ。ずっと昔、そう決めたんだ」
「え……?」

ふいに方向を変えた孝之の話は、梨沙子にとって唐突すぎて、けれどそれはずっと感じていた思いで、ずっと積み重ねてきた記憶でした。
そんな梨沙子を見つめたまま、孝之は方向を変えた話を続けます。

420 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:22

「いつだって、ずっとそう思ってたし、そうありたいってやってきたつもりだったんだよ?」
「……うん」
「だけど……当たり前だけど、ボクも、りさちゃんも、少しずつ大人になっていく……」
「えっ?」
「ボクじゃ、ここにいるりさちゃんを守ってあげることなんてできないんだよね」
「そんなの――」
「だからっ。……違う。だけどボクは、引っ越していった先で……りさちゃんが頑張ってるって知るたびに苦しかった」

梨沙子は驚いて言葉を失していました。
初めて見る孝之に。初めて見る哀しげな表情に。

「ボクじゃダメだって……そう思って、仕方がないって、そう思ったのに」
「そんなことないもん……」

孝之の言葉尻に重なるように、梨沙子がポツリと呟きました。
今にも溢れてしまいそうなほど瞳を潤ませて、ぐっと歯を食いしばって。

421 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:24

「りさちゃん……?」
「たかちゃんはそんなことない」

食いしばった口元から、絞り出すように、涙を零してしまわないように。
梨沙子は自身の精一杯で孝之の言葉を否定しました。

422 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:25

「りーのこと守ってくれるの、たかちゃんだもん」

孝之はただジッと見つめていました。
真っ白な頬を紅潮させて話し続ける梨沙子を、その仕草の一つまで見落とすまいと。

「りーはたかちゃんがいいんだもんっ」

孝之はジッと見ていました。
言い終えると同時に口元へ伝いあごの先から落ちたキラキラ光る雫を。

423 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:26

「ボクは……ずっと、りさちゃんを……りさちゃんが傷つかないようにしたかった」
「……うん」
「無理なのかもしれないけど、りさちゃんを守りたいんだ」
「うん」
「ボクで、いいの?」

孝之はそう問いかけながら、掌を上に向け、梨沙子へと差し出しました。
その差し伸べられた手を、そしてその表情を見た梨沙子は、固まっていた身体からフッと力を抜いて動きました。

「たかちゃんじゃなきゃヤなの」

差し伸べられた手さえすり抜けて、孝之の胸の中へ。
カーテン越しに差し込む夕日の中で、一つの影を、少し大きなもう一つの影がそっと包み込みました。

424 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:27

 ……

425 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:28

きっといつか、何年かが過ぎて、それぞれが大人になって、ふとなにかの拍子に思い起こす。
そしてクスリと微笑んで、隣にいる大切な手に自分の手を重ねる。
そんな大切で、温かな記憶になる時間。
二人が紡いできた時間は、ずっと色褪せずに残る、二人だけの小さな恋の……

426 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:28

end.

427 :名無し娘。:2006/11/19(日) 19:32

気がついてみれば一ヶ月以上すぎてましたね。
もっとさくさく載せるつもりだったのに。
最後まで読んでくれた方、いましたらお疲れさまでした。

また夢物語の方にも書きながら、そのうちになにか載せます。
残り少ないストックの中から(笑)

428 :名無し娘。:2006/11/22(水) 12:47
飼育的だな

429 :名無し娘。:2006/11/23(木) 23:42

>>428
ですか。そういう意識はないですが、やはりそうなのか。
飼育だとどこで載せるにも微妙な感じだったので(^^;)


あ、次に載せるのはエロっぽい予定で。

430 :名無し娘。:2006/11/24(金) 01:59
どんどんうpしてよ

431 :名無し娘。:2006/11/24(金) 23:47

>>430
どんどん言われても(^^;)

じゃあとりあえず古い話を。
2003年頃に書いたヤツを、ほぼそのまま丸投げで。
今読み返してみたら、激しくリアルとは噛み合わないけど、その辺はご勘弁をw

432 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:48

おいらの赤い糸は誰に繋がってるんだろう。
今までコレがそうなのかなって思ったことはあったけれどきっと違うンだよね。
その人の事を……おいらは本当に信じられるんだろうか?
今はもうよく解らなくなってきてるんだ……。

433 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49

 …………

434 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49

 ─1─

二月の寒さなどからは縁遠く、逆に人数が多いせいで暑いくらいの楽屋の中で、おいらはみんなから少し離れたところに陣取ってまったりとした時間を過ごしていた。
楽屋の中は相変わらず年少組の騒いでいる声が響いていて少しうるさいくらいだった。

そんな喧騒に包まれた室内でなにするでもなくメンバーを眺めながら思っていた。
みんなはそっち方面はどうしてるんだろうって。

カオリは、よく知らないけどいるらしい。
なっちは、色々あったみたいだけどね、今は幸せみたいで羨ましいような気もするよ。
圭ちゃん……いないでしょ。
梨華ちゃんは携帯で写真見せてもらったけど綺麗な顔してたなぁ…順調にやってるらしいね。
よっすぃ〜……どうなんだろう、そう言う話しないよなぁ。
辻ちゃんに加護ちゃんか……まぁいないだろうし、あんま気になんないな。
五期メンの娘達とはそんな話全然しないしなぁ。
ごっつぁんはなんか内緒にしてるし、裕ちゃんは相変わらず程良い距離感でやってるみたいだしなぁ。

435 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49

などと考えていたそんな時、乱暴なノックの音が響……く程に静かではなかったから、誰も気がつかないみたい。
まったりと何もしていなかったおいらだから気がついたのかな?
でもノックした側もそんな事は承知らしくって、誰からも返事がないままに扉を開けて室内へ入ってきた。

「お疲れさん〜」

ココまでハッキリとは届かなかったけれど、聞こえなくてもなんて言ったか解る……裕ちゃん。
一番扉に近い位置に座っていた梨華ちゃんが、気がついて走り寄っていった。

 サッ!
 スカッ!

キャハハハ!
梨華ちゃん抱きつこうとしたけど、さすがに裕ちゃんも慣れたもんだね。
よけるの上手いわ……あっ、梨華ちゃんなんか文句言ってる。
よく聞こえないけど何となく解るな。
どうせ「なんでよけるんですかぁ〜」とか「中澤さんヒドイですぅ〜」とか言ってるんだろーね。

436 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:50

あっ! あ〜……危ないよ裕ちゃん。

 ドスッ!
 ドンッ!

痛そ〜、辻ちゃん加護ちゃんの体当たりはね〜、よっすぃーくらいしか受け止めきれないからなぁ。
裕ちゃん華奢だからね、壁まで押し込まれちゃったよ。

こうなると……あ〜、笑いながら怒ってる……お説教タイムの始まりだね。

おっ? 二人とも素直に謝って……る訳ないよね。
やっぱりか、怒ってる怒ってる。
頭は下げても「三十路〜」とか「おばちゃん〜」とか余計な事付け足したんだろうね。

あっ! 二人して逃げた!

437 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:50

なんかブツブツ言いながらこっちくるよ。
しまった……目ぇあっちゃった。

「ヤグチぃ〜〜♪」

うわっ! 来たっ!!

 ギュッ!!

「なにすんだよ〜! 離せってば、このバカ裕子!!」
「ええやん、久しぶりなんやし。チューもしたろか?」

あ〜っ! その口ぃ、ホントにしようとしてる!

「あ〜、もうっ! うっとおしい!」

 ガシッ!

「むぅぅ、やぐふぃ、はにふんへん」

へへへ、両手で頬挟んでるからまともに喋れないんだ。
よく解んないけど「ヤグチ、なにすんねん」かな?

「諦めた?」

そう聞いたらコクンコクンって頷いてる裕ちゃん。
なんかちょっと可愛いし……離してやるか。

438 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:51

「はぁ〜、ヤグチ酷いことすなや〜。せっかく裕ちゃんが誕生日祝ったろう思うたのに」
「え? ナニナニ? ナニしてくれるの? でも……プレゼントはもう貰ったじゃん」

そう聞いたら、なんだか何かを企んでるみたいに怪しげにニヤって笑いながら裕ちゃんが言った。

「大人のお店行こか。静かな良いトコ知ってんねん。今日まだ仕事残ってるん?」
「後、取材が一本残ってるけど…一時間くらいかなぁ…変なトコじゃないの?」
「心外やなぁ、ホンマにいいトコなんよ」
「ん〜……じゃあ行く」
「そか。したら一時間半位したらまた来るわ。支度しといてな」

そう言って出口へ向かって歩いていく裕ちゃん。
あっ、高橋にも絡んでる……ほんっと中年オヤジみたいだよねぇ。
そうこうして裕ちゃんが出ていったのを見届けて、そろそろかなと支度を始めた。

439 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:51

順調に取材も終わり、再び楽屋に戻ってきた時には、既に他のメンバーの大半は帰ってしまっていたらしい。
荷物を片づけながら時間を確認していたら、キッチリ一時間と三十分後に迎えに来た裕ちゃん。
そうして携帯やらを詰め込んだバッグを持って、裕ちゃんと一緒にタクシーに乗って目的のお店へ向かった。

夜の街を走るタクシーに揺られながら裕ちゃんとの会話を楽しんでいた。
しばらく走ってから、裕ちゃんが運転手さんに何か話し掛けて、そこから数分で車が止まった。

「ココ」
「ココって……どこ?」

タクシーを降りはしたものの、周りを見回してもそれっぽい店なんて見あたらない。

「おいで」

そんな空気を察したのか、一言だけ話してサッサと歩いていく裕ちゃん。
遅れないように後を着いていこうと歩き出したけど、遅れるもなにもなかった。
すぐそこの路地を入ったら、地下へと下りる階段があって、下りた先はもうお店だった。

「ここぉ?」
「そぉ。なんで? 不満なん?」
「そうじゃないけどさ、いい店なの? ホントにぃ?」
「そう言ってるやん、グダグダ言わんと入りぃ」

 カチャ

裕ちゃんはそう言って、大きく開いた扉へおいらのことを押し込んだ。

440 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:52

「いらっしゃいませ」

カウンターの向こうにいるキチッとしたバーテンダーの格好の男の人が声を掛けてきた。
一瞬どうすればいいのか迷ってる間に、後ろから裕ちゃんが顔を出して話し出した。

「こんばんわ〜、くお〜ん、平気?」
「あぁ、いらっしゃいませ。二名様で宜しいですか?」

従業員さんはカウンターから出てきながらそう言った。
裕ちゃん常連さんなのか……一人で飲んだくれたりしてるのかな。

「うん、そう」
「どうしましょう? テーブルの方が宜しいですか?」
「え〜っと、どっちがええ、ヤグチ?」
「え? そんなこと聞かれてもさ……任せるよ」
「したらカウンターで」
「はい、ではこちらへどうぞ」

通されたカウンター席は、六人が座れる程度。
今はカウンターには誰もいないし、三卓ある四人掛けのテーブル席も二卓に女の人が二人と男の人が二人座っているだけだった。

441 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:53

座り心地を確かめるように身じろぎをして、従業員の人が離れるのを待ってから、少し気になったことを裕ちゃんに聞いてみた。

「ねぇねぇ、さっきのくお〜んってナニさ?」
「ん? さっきのおにーちゃん、くおん言うコ」
「名前……? そんなにきてるの? それに"コ"って……確かに若そうだけどさ」
「それほどちょくちょくきてるわけやないよ。ちょっとあってな。
 歳……そういえば知らへんわ。なんとなくパッと見で呼んでた。
 後で聞いてみよか……それよりココ、いい雰囲気やろ?」
「あ、うん、そりゃいい感じだけどさ」

くおんって従業員さんの事は後で追求するとして……。
そう、お店の雰囲気は間違いなくいい感じだった。
表はなんの飾りっ気もなくシンプルな感じだったけれど、内装は品がいい感じで。
……なんて言うんだろう、瀟洒な感じで選び込まれているようなイメージだし、照明も明るすぎず暗すぎずでちょうどいい感じ。
静かにBGMとして流れているジャズが、雰囲気を一層心地よいモノにしている感じだった。

「そうやろ? ならそれでええやん」
「高いんじゃないの?」
「ん〜……普通とちゃうかなぁ」

そんな話をしていたとき、さっきのくおんって従業員さんが近寄ってきた。

442 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:54

「オーダーの方はどういたしましょう?」

裕ちゃんはこっちを見て少し笑いながら言った。

「この娘に似合うカクテル作ったって」
「!?」
「この娘二十歳になったばっかりやねん。だから今日はお祝いなんよ」
「そうですか……だったらあまりアルコールの強くないモノが良いですね。
 では、中澤さんは今日は何をお持ちしましょうか?」
「アタシはビール。あ、後アタシに似合うカクテルもお願いしとこ。
 料理はいつも通り、お任せで軽めの幾つか持ってきてくれればええわ」
「はい、承りました」

そう言ってさっきと同じように廻ってカウンターの中へ戻っていった。
二人になってからやっと堪えていた言葉を笑いと共に解放した。

「裕ちゃんってば、なに対抗してんのさ」
「ええやん、TVで言うてたから…圭ちゃんに先越されてちょっと悔しかってん」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「うっさいっ」
「もう……嬉しいけどさ」
「なんや〜、そうならそうと早く言うてや」
「はいはい、ありがとうございます〜」

そんな子供じみた会話をしている間に、飲み物が運ばれてきた。

443 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:54

「失礼いたします」

おいらの前に置かれたのは、下から上へと柔らかい曲線の細長いグラスに入れられたオレンジ色のカクテル。
裕ちゃんの前に置かれたのは、注文通りのキンキンに冷えて表面に薄く氷の幕が張られているグラスビールと、同じようなサイズで、やや上が広がったグラスに入れられたビールみたいに見えるカクテル。

「うぅ〜、ちょっと怖いなぁ」
「平気やって、あのコこういうん上手やから。さ、乾杯」
「うん、乾杯」

 チンッ

二人で軽くグラスを合わせて、おいらは舐めるように味をみて、裕ちゃんはグラスビールを喉を鳴らして一気に飲み干していた。

「はぁ〜、メッチャ美味いわぁ。で? どう?」
「うん、美味しい♪ なんかね、オレンジジュースみたいなんだけど。
 それだけじゃなくて、少し……なんだろうココナッツみたいな味する。
 そんなにお酒お酒してないみたいだし、全然平気みたい」
「ほ〜、ヤグチいけるクチやなぁ」
「それは?」

裕ちゃんの、もう一つのグラスを指しながらそう聞いてみた。

444 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:55

「コレ? ちょっと待ってな」

そう断ってから裕ちゃんは、さっきのビールとは違って、さすがに味をみるように少しだけ口に含んでいた。

って……クィーってなんでそんなに飲んでるの?

「裕ちゃん? 大丈夫なの?」
「ん……あんまりビールと変わらんみたいやけど……ちょっと甘みやらあるみたいやけど」

そう言いながら置いたグラスは、半ばまで減っていた。

「失礼いたします」

いつの間にか従業員さんが両手にお皿を持ってうちらの前に立っていた。
カウンターに置かれた二枚のお皿の片方はパスタが、もう片方はごく普通の乾き物って言うのかな、ポテチとあまり見たことのないナッツが盛られていた。

「くおん、ヤグチに出したコレはなんていうん? 美味かったて」

裕ちゃんがそう聞くと、従業員の…くおんさん? は柔和そうな笑顔を浮かべて聞き返してきた。

445 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56

「お気に召していただけましたか」
「うん、美味しかったです」
「ありがとうございます、お客様にお出ししたのは『マリブ・ビーチ』といいます。
 ココナッツのリキュールをフレッシュオレンジジュースで割ったものですね」
「ふ〜ん、ひょっとしたら名前とカケたん?」
「ええ、せっかくですから…そんなチョイスにしてみました」
「な〜んだ、ヤグチの事知ってたんだ」
「そら知ってるやろ」
「はい、まぁ……多少は」
「ふ〜ん」
「トコロでこっちのはなに? ビールとはちゃうん?」
「中澤さんにお出しした方は『シャンディー・ガフ』といいます。
 ビールにジンジャエールをあわせたものですね」
「なんでやねんな〜、もぉ、えらい差別してへん?」
「すいません。うちではビールしかお飲みではなかったので」
「ま、美味いからええねんけどな……あっ、アタシ次は他のん持ってきてくれる?」
「はい、では」

そう言って振り向いたくおんさんを、裕ちゃんが引き留めた。

「あっ、くお〜ん」
「はい?」
「アンタ幾つやった?」
「幾つ? 歳ですか?」
「他になにがあるん?」
「今年で二十五になりますけど」
「そっか、ありがと」
「はい、では」

446 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56

少し不思議そうに微苦笑しながらカウンターの中へ戻っていく背中を見て、さっき疑問に思ったことを思い出した。
思い出した疑問を口に出そうとした時、裕ちゃんがニヤニヤしながら一言。

「だって」
「別にヤグチは聞いてくれなんて言ってないじゃん」
「はいはい」
「なんだよっ」
「なんでもあらへんよ〜」

裕ちゃんは惚けた調子でそんなことを言いながら、そっぽ向いてグラスに口をつけている。
ちょっとムカついたし、タイミングが悪いけど、思い出した疑問を口に出してみた。

「ねぇ、裕ちゃん。くおんって変わってるけど……名前なの?」
「ん? 名字。久しく遠いって書いて久遠やて。
 名前は真実の真て字で久遠真(シン)や言うてたかな。なに、やっぱ気になるんか?」
「え〜? べ、別に全然そんなんじゃないよ」
「ふ〜ん、なんや、まだ引っかかってるん?」
「……そうじゃないけど」
「ふ〜ん」
「……なんだよぉ」
「ふ〜ん……」
「なんでもないって言ってんじゃんかよっ」
「まぁ、ええやん。飲も〜や。で、食べよ〜や」
「あ〜、もうジャンジャン飲んじゃうよ」

447 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56

そうして店に入ってから一時間位。
裕ちゃんは少し酔っぱらってきてるみたいで、話し方がスローになってきていた。
ペース早いんじゃないかな……おいらが一杯空けるまでに『カンパリビアー』だの『ビアヨーグルト』だっけかな、色々飲んでるんだもん。
そんな裕ちゃんの話に適当に相槌をうちながら、なにするでもなく店内を眺めていたら、久遠って従業員が二人の女の人に捕まっているトコロが目についた。
ナニを話してるのかまでは聞こえなかったけれど、女の人は腕絡めたりして……なんか誘ってるみたいな感じがしてて、久遠って人は仕事だからなのか解らないけど笑顔でその人を上手くあしらいながら話しているみたいだった。

そんなシーンを見つめていた時、テーブルに座っていた男の人が、こっちに近づいてきた。

「ねぇねぇ、中澤と矢口でしょ? TVで見てるよ」

うわっ、いかにもって感じ。
裕ちゃんより少し下ぐらいに見える、ちょっとしつこそうな……誤魔化そうとしても駄目なんだろうなって思ってたら、裕ちゃんが目だけでおいらに「黙ってろ」って合図してから口を開いた。

「そうですけど」
「あぁ、やっぱり!? ファンなんだよー」
「そうですかぁ、ありがとうございます〜」
「今日は仕事だったの?」
「えぇ、仕事が終わってリラックスしてた所なんですよ」

暗にプライベートだからあっち行けよって言ってるんだよね。
でも、解ってないんだろうな……っていうか、無視してるのか。

「よかったら一緒させて貰ってもいいかなぁ」
「あ〜、ちょっと大事な話してるんで……」
「うっそ? なになに大事な話って」
「いえ、ですからちょっと……」

あ、裕ちゃん、顔がちょっと怒ってるよ……。
このままじゃマズイかなって思い始めたときだった。
女の人達の席で捕まっていたはずの久遠さんが、いつ現れたのか男達の後ろに立っていた。

448 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:57

「お客様、お席にお戻りいただけませんか?」
「あっ? まぁ良いじゃん、こっちの話だよ」

うっわ、タチ悪ぅ。
なんか言ってやった方がいいかなとか思ったんだけど……でも、こういう場合は任せちゃった方がいいのかな。
裕ちゃんも黙って見てるみたいだしなぁ。

「すいません、他のお客様の迷惑になりますので」
「あっ? いつ迷惑になったんだよ。ほっとけよ」

いいところ(?)を邪魔されたとでも思ったんだろう、ちょっとキレ気味の男共。
久遠さんは、よく見ていなければ気がつかないほど微かにため息を吐いて、さっきまでよりも更に丁寧な口調で言葉を続けた。

「……申し訳ありませんがお帰り願えますか」
「おいおい、ふざけんなよっ……」
「……失礼します」

あっ、実力行使なの?
手掴んで引き寄せた……お〜っ? 外見からはそうは見えないけど、結構力強いのかな。
あっという間に二人表に引っ張り出しちゃった……。
三人が出ていって何分か経つけど……大丈夫なのかな。

「ねぇねぇ裕ちゃん、戻ってこないけど平気なのかな?」

裕ちゃんは平気な顔して飲み続けている。

449 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:57

「なんや、気にしてるんか?」
「そりゃ、だってヤグチ達のせいじゃん? 気にもなるよ」
「平気に決まってるやん。あれでも伊達にくおん一人でこんな店やってるんとちゃうで」
「ええっ? ココってあの人一人でやってんの?」
「せやで。オーナーは別にいるらしいけどな、出てきてるん見たこと無いしな」
「ふ〜ん……」
「ほれ、戻ってきたやん」

裕ちゃんが店の入り口を指差したのを目で追うと、久遠さんが一人で戻って来たところだった。
全然平気な顔して入ってきて、こっちに近づいてきた。

「ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした」
「あ、こっちこそ……なんかすいません」
「気にせんといて、あんなんドコにでもおるしね」

二人でそう言うと、久遠さんは深く頭を下げてカウンターへ戻っていった。
しばらく二人で今さっきの事を話していると、久遠さんがグラスを二つ持ってこちらへやってきた。

「先程はすいませんでした」

そういってグラスをそれぞれの前に置いて頭を下げていた。

450 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:58

「くお〜ん、そんなん気にする仲ちゃうやん」

どんな仲なんだよっ、とか心の中で突っ込んだけれど……。
そんな裕ちゃんのセリフに柔らかく微笑みながら久遠さんは言葉を続けた。

「ありがとうございます。けれど、もう作ってしまったので…よろしかったら飲んでやってください」
「ありがと、遠慮無くいただくわ」
「裕ちゃんっ!」
「ええんやって、こういうんは飲んでやった方がな。なぁ?」
「そうですね。お嫌でなければ飲んでいただいた方が嬉しいですよ」
「そうなんだ……じゃあ」

せっかく貰ったんだからと思って、グラスに口を付けながら頷いた。

「コレはさっきまでのと違うんですね。似た味だけど大分酸っぱいし……」
「はい、ベースは同じモノですが、オレンジを酸味の強いモノに換えて、グレナデンを沈めてみました。
 お好みでマドラーで混ぜてお飲みください」

久遠さんの言うとおり、グラスにはかき混ぜるための細長い金属製の棒が付いていて、グラスの底には少し黒みがかった赤が揺らめいていた。
言われたように少し混ぜてみて一口。

「あっ……さっきのより美味しいかも」
「それはよかった…ありがとうございます」
「くお〜ん?」
「はい」
「なんでアタシのはビールに戻ってるん?」
「お好みだと思いましたから。同じビールでも、より濃厚なモノにしてみました」
「まぁ、美味いからいいんやけどね」
「ありがとうございます。ではごゆっくりどうぞ」

少し苦笑しながらそう言ってカウンターの中に戻っていった。

451 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:59

「ええなぁ、ヤグチは色々して貰って…」

いい歳してそんな事で情けない顔するなよ……って言ってやろうと思ったけど、きっと"歳"って部分で逆鱗に触れると思ったので言い方を換えることにした。
それに本心からの言葉じゃないことも解っていたから。

「ヤグチの為に連れてきたんでしょ? いいじゃんかよぉ」
「喜んでる?」
「うん、すっごく」

素直にそう返事をしたら、裕ちゃんはとても嬉しそうな顔をしてくれた。

「そっか。……飲みや」
「うん」

そうして傾けていったグラス。
裕ちゃんと交わした様々な話。
柔らかく耳に響くメロディ。
いつしか裕ちゃんの声が遠く聞こえるようになって……ヤグチには、その声すらも心地良いBGMであるかのようにしか届かなくなっていて……何かに吸い込まれるように、少しずつ意識が薄れていった……。

452 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:59

 …………

453 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:00

「ヤグチ〜? お〜いちっこいの、寝ちゃアカンよぉ? 起きぃや?」

グラスを拭いていた俺の耳に、そんな少しとろんとした声が聞こえてきた。
声のした方へ視線を向けると、中澤さんが右隣に座ってカウンターに突っ伏している娘を揺すりながら声を掛けているところだった。

確かあの二人が入ってきたのは……十一時を廻っていたはず。
三時間弱か……。

「中澤さん? 大丈夫ですか?」
「ん〜、アカンみたいやなぁ。起きひんわ」
「起きませんか……」

仰るとおり、中澤さんは結構な量を飲んでいながらも、それなりの酔い加減で止まっているようだったが、隣に座っている彼女はスースーと寝息すらたてて健やかな眠りについている。

「じき閉める時間になりますけど……」
「あ〜……せやね。うん、タクシー呼んでなんとか連れて帰るしかないやろ。
 連れてきたのはアタシやし、飲ませてたのもアタシやからね」
「それは勿論、タクシーも呼べますけど……」
「ん?」
「もう少し待っていただければお送りできますよ?」
「あ〜、そういえば……アタシも二度目の時やったっけ? 送ってもらったんやったもんね」

中澤さんは酔ってあやふやになりがちな記憶を辿りながら苦笑いを浮かべていた。
そう、初めてきたときは連れが送っていったけれど、二度目には一人できて……今寝ている彼女のような状態だったのを、苦労して送っていったんだった。
そのお陰で妙に気に入られたみたいだったけれど……。

454 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01

「ええ、散々ハタかれましたから、よく覚えてますよ」
「悪かった思うてるからこうやってきてるやんか……」

軽く笑いながらそう言った俺に、バツの悪そうな表情で切り返してきた。

「はい、ありがとうございます。で、どうしましょうか?」
「う〜ん……じゃあお世話になってまおかなぁ」
「全然構いませんよ。じゃあ、少しだけ待っててください」

最後に残ったお客──まぁ、この二人だけだけど──のグラスや食器を下げて、洗浄機に放り込んで洗っている間に火の元の確認する。
洗い終えた食器やグラスの水滴を振るい、乾いたタオルで研いて終了っと。

「さてと……じゃあ車、外までもってきますんで」
「ん、すまんね……しかし起きひんなぁ、この娘は」
「あはは、良いですよ。寝かせておいてあげましょうよ」

そう言い残して車をとりに店を出た。

455 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01

 …………

456 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01

「しっかし寝顔も可愛いなぁ。まったくこんな寝顔見せられたら男はたまらんやろね。
 女のアタシでもウズウズしてくるっちゅーねん」

くおんが車を取りに行っている間、黙々とヤグチの寝顔を見ていた。
あんまり可愛いんでイタズラしたくなってくるわ……ちょっとだけな。

 ツンツン

頬を軽く指先でつついてみる……ノーリアクション。
相変わらずスヤスヤと寝息をたてるのみやね。

 プニュ

頬を指で押す……。

「うぅん……」

おっ? 微かなリアクション、うっとおしそうに顔をフルフルと振るったわ。
そんなんも可愛いわぁ……んー……チューしたろ。

唇を少し突き出して、そっとヤグチの口に近づいていく。

 ……カチャ

「……なにしてるんですか?」

扉を開けたくおんが、呆れたような顔をして聞いてきた。

457 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:02

「ちっ! いいところやったのに……」
「なにがいいところだったのにですか……行きますよ?」
「はいはい」
「っと……荷物はコレだけですよね?」
「そうやけど」
「じゃあ、ソレ持って貰えますか? あ、後カギお願いします」

くおんはそう言ってヤグチの荷物を指差した後、この店の入り口のモノらしいカギを手渡してきた。

「ヤグチ起こさんでいいん?」
「いいですよ、運びますから」

手慣れた様子でカウンターに突っ伏しているヤグチを抱え上げるくおん。
お〜、これは『お姫様抱っこ』ちゅうヤツやね、ヤグチ起きてたらどんな顔するか……想像すると笑ってまいそうやわ。

「重くないん?」
「いえ、全然。この娘…矢口さんメチャメチャ軽いですよ」
「ほほぅ……まるでアタシは重かったような口振りやんか」

くおんがサァッと顔色を変えた。

「あ…いえいえ、とんでもありませんよ。ただ中澤さんは背中に背負ってたもので」
「感覚がちゃうと?」
「はい」
「なんでアタシん時はおんぶやったん?」
「……それは中澤さんが自分で」

アカン、全然覚えてへんし、酔っててそんなに頭まわらへんわ。
そうやったんか……自分のマンションまで車で送ってもらったんしか覚えてへんわ。

458 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:02

「……許したる」
「……ありがとうございます」

笑いを堪えながらそう言ったくおん。
くっそー、なんか癪に障るわぁ……でもしゃあないわ。

「さぁ、行きましょう」
「せやね」

くおんに先だって扉を開け、表から扉を押さえて待つ。

「どうも。じゃあカギ閉めておいてください」
「オッケー」

ドアを開け放してあった車の後部座席にヤグチを横たわらせて、くおんは運転席に乗り込んだ。
アタシもヤグチが転がってシートから落ちひんようにと、ヤグチの頭を膝に乗せるようにして後ろに乗り込む。

「ふぅ……さて、どうします? 矢口さんの家までですか?
 っても知らないですけどね。それとも中澤さんのマンションにしますか?」
「んー……アタシんトコでええやろ」
「ですか」
「アタシんトコは覚えてるん?」
「ええ、大体は。取りあえず車出しますから、違ってたら教えてください」

そう言って走り出す車。

459 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:03

「しかしアレやね。くおん、店出るとだいぶ口調が変わるんやね」
「あ、それは間違ってますね。店に入ると口調を変えるし、態度も変えるんですよ」

そう、くおんは店にいる時はいかにもな話しぶりなんやけど、店から出ると結構軽い口調になる。
まぁ、軽いいうてもウチのお子ちゃま組みたいにオバちゃん扱いはせえへんけど。

「そっか、ある意味プロなんやね」
「ある意味ってどういう意味ですか」
「まぁ、いいやんか。それより素のくおんから見てヤグチはどう?」
「はぁっ!? なにがどうなんです?」
「この娘可愛いやろ?」
「まぁ、そりゃあ……」
「そうやろ? ヤグチ可愛いやろ、ええ娘やしな。アタシはこの娘んことメッチャ好きなんよ」
「はぁ」
「でもな、この娘アカンねん」
「なにがです?」
「男が」
「はぁ?」
「そないに深い仲やなかったらしいねんけどな、裏切られるみたいなことがあってなぁ。
 それ以来、口には出さへんけど付き合うような仲になるのは避けてるんよ」
「そんな事、なんで俺に? 酔った勢いだったら怒りますよ?」
「酔ってなきゃなかなか出来んわ、こんな話。でも勢いちゃうんよ。
 くおんはアレが認めてるしなぁ、アタシもアンタやったらって大丈夫なんちゃうかなって思えるんよ」
「アレって高樹さんですか? そりゃあの人には公私ともに世話になってますけど。
 ふむ……中澤さんから見て、俺は信用出来る男なんですかね?」

バックミラー越しにこっちを見ながら、アタシの真意を探るように聞いてきた。

460 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:03

「出来る……と思う。せやからこんな話してるんやん」
「理由、教えてもらえます?」
「んー、臭いかなぁ」
「どういう?」
「アイツと同じような臭いがするわ」
「……似てるとは思わないですけどね」
「勿論、似てへんよ。でも……なんとなくなぁ」
「まぁ、それはいいですけど。でも俺にどうしろって言うんです?」
「別にどうしろなんて言わへんけどなぁ……ただ一度デートしてみん?」
「はい? ……矢口さん、は知るわけないですよね」
「当たり前やんか」
「のせられるのはいい気分じゃないですけど……」
「けど?」
「こんな可愛い娘とデートできるのは魅力的ですね」
「せやろ? 段取りはアタシがするから、明日携帯に電話入れるわ」
「ホントに大事なんですね、この娘の事。そんなに心配するなんて」
「アンタは…そうやって人の表情読む……まぁ、ええわ。
 せやね、すっごい大事やよ。アタシが男やったら一生離さへんくらいに」
「なるほど、肝に銘じておきます」

そんな話をしているうちにマンションまで着いたようやった。
くおんに部屋の前までヤグチを運んでもらって、携帯の番号を聞き別れた。

461 :名無し娘。:2006/11/25(土) 00:05

ひとまずここまでです。
視点変更されてる部分が見苦しいとか、そういった苦情は却下させていただくのです(^^;)
古い話なのでw

ちなみにこのペースで全三回。
エロっぽいのは最後だけw

ではまた。

462 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:25

 ─2─

中澤さん達二人が店にきた翌日、夕方になって店へ寄って「臨時休業」と張り紙をして、中で所用を済ませていた。

「ったく、今日になって急にそんな事言われてもなぁ……」

仕込みをするはずだった食材を冷凍庫へ放り込みながらブツブツ言っていた。
そう、昼過ぎになって急にオーナーから呼び出しを受けたんだった。
なんでも「今日は店はいいからきなさい」だそうだ。

全然よくないでしょうが……と思いながらもサクサク片づけていく。

「一見すると好々爺然としているんだけど、迫力あって怖いんだよなぁ……顔も広いしなぁ」

ブツブツ言い続けながら片付けを終わらせて時間を確認する。

「まだ時間あるな、どっか寄って時間潰していくか」

そう呟いて表へ出るドアを開けた時だった。

 カチャ

「キャッ!?」

「は?」っと思った時点で体に何かがぶつかってきた。
胸の辺りに倒れ込んできた何かを反射的に支えてから気がついた。

463 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:25

「な、何してるの?」
「あ……こんばんわ」

俺の胸に首筋から背中までもたれるように倒れかかっている彼女がそう言った。
いやいや、こんばんわじゃなく……心の中でそんなツッコミを入れながらも、口では違う言葉を出しながら体を起こしてあげた。

「大丈夫?」
「あっ、はい、ごめんなさいっ! ……ありがとうございます」

飛び退くように離れた彼女、矢口さん。

「どうしたの、こんなトコロで。もしかして飲みに……きた訳じゃあないよね?」
「あの、きたら張り紙がしてあって…『臨時休業』って。「あ〜お休みなのか」って。
 せっかくきたのにお休みなんじゃ、どうしようって思って……扉に寄りかかって考えてたら」
「寄り掛かっていたドアが開いちゃったんだ?」
「はい」

笑いながら後を続けた俺に、少し顔を赤くしながら頷いた矢口さん。

「で…今日はなんでまた?」
「あの、今日裕ちゃんから聞いて……ヤグチ昨日は面倒掛けちゃったって」
「あぁ、その事でわざわざ? 全然大したことじゃないから気にしなくてもいいのに。
 気持ちよさそうに寝てたから、起こすの可哀想だったし……全然軽かったしね」
「え? 軽かったって?」
「はい?」
「久遠さんが運んでくれたんですか?」
「え? 一応そうだけど?」
「………」

464 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:26

無言になって何かを考え込んでいる、矢口さん。
その姿を見て、そしてさっきの会話を思い返して閃いた。

「中澤さんになんか吹き込まれたね?」
「そ、そうみたいです」

おそらく話を聞かされた時の中澤さんの表情でも思い出しているんだろう。
矢口さんは少し悔しげで、少し怒っているような表情でそう言った。

「取りあえず中入ります? 立ち話もなんだし」
「えっと…いいんですか?」
「構わないよ、別に」
「あ〜、じゃあ少しだけ」
「はい、どうぞ」

彼女を中に通して適当なトコロに座るように言って、自分は飲み物の用意をするためにカウンターの中へ入った。

「寒かったでしょ? コーヒー、紅茶、日本茶、ココア……もしくはアルコール? さて何がいい?」
「あ、アルコールは……別にすぐ帰りますからいいですよぉ、お構いなく〜」
「……紅茶で良いかな」

変に遠慮なんかさせない為に、こっちから決めうった。
矢口さんはこっちの意図を汲み取ってくれたらしく、あっさりと答えた。

「え〜、じゃあ取りあえずそれで」
「はいよ、スグできるから」

数分後、温かな香気をたち上らせるカップ二つをテーブルに置いて、彼女と向かい合う席に腰掛けた。

465 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:26

「どうぞ、暖まるよ」
「すいません、ありがとうございます」

矢口さんは小さく頭を下げてそう言いながら、紅茶に口をつけた。
それを確認してから自分のカップに手を伸ばす。

「んっ〜!? なんかすっごい美味しいんですけど」
「そう? ありがとう。値段は安いんだけどね、割といいでしょ?」
「へぇ〜……」

なにか変な納得の仕方をしている矢口さん。
紅茶の事じゃなく……なんだろうって感じだったから、そのままに問い質してみた。

「ん? どうしたの?」
「あの…今頃アレですけど、喋り方が」
「あぁ、気になる? 仕事じゃない時はこんなだけど」
「違います、違います! 全然、気になるとかそういうんじゃなくて。
 ただなんとなく、昨日のイメージしかないから、少しビックリしただけで」
「ん〜、矢口さんはさ、普段からそう? 口調。それとも中澤さんと話してる時の方が普通かな?」
「それは裕ちゃんと話してる方がいつもの自分ですけど」
「じゃあそうやって話してくれた方が楽でいいんだけど」
「あー…そう、ですか? じゃあそうします、ヤグチも楽だし」
「そうして。 で、中澤さんにナニ吹き込まれたの?」
「あ、そうだ! あの……酔って久遠さんにすっごい絡んだって。
 なんかバシバシ叩いたり……キ、キスしようとしたって」
「………」

少し恥ずかしそうに話す矢口さんの言葉を黙って聞きながら考えた。

466 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:26

「事実じゃないの?」
「それは事実だけど……」
「あ〜んっ! やっぱり? ごめんなさぁ〜い!」

早とちりして謝ってくる矢口さん。
いや、事実は事実なんだけど……。

「ちょっと待ってって。 事実だけどね、違うんだってば」
「え?」
「それ、中澤さんの事実ね」
「はぁ!? なにそれ?」
「今言ったの、全部中澤さんがやった事だよ」

その俺の言葉を聞いて、矢口さんは俯いて小刻みに震えながらナニかを呟いた。

「え?」
「あんの、アホ裕子めぇ〜!」
「あ、あはは……仲いいんだ」
「う〜ん……まぁ仲はいいんだけどさ」
「ちょっと羨ましいね」
「え〜っ!? なんで?」
「いやさ、そんな仕事仲間でもある仲のいい友達がいるってさ」
「そっかぁ……あれ? そういえば今日はどうして休みなの?」
「ん? 今日は……って、アレ? 今……あっ!? ヤバイ!」

いけねっ……ゆっくりしすぎた。
もう約束してた時間まで間がなくなっていた。

467 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:27

「えっ? えっ? どうしたの?」
「オーナーに呼ばれてたの忘れてた!」
「そうなの? ごめんなさい、ヤグチのせいで」
「いやいや、そんな事ないって。楽しかったから」

空いたカップを片づけて、矢口さんと出口へ歩きながらの会話。

「でも、ホントごめんなさい、ただ謝りにきただけだったのに」
「だからそんな事ないって。送っていく時間無いからアレだけど、またきてよ」
「あ、うん。また寄らせてもらいます」
「お待ちしてます」

最後に、仕事モードの表情と口調でそう言って別れた。
約束の場所に向かってハンドルを握りながら、自分でも意外なくらい楽しい時間だったと感じていた。
昨日の中澤さんの言葉を思い出しながら、あの娘なら全然のせられるのもいいな、などと考える自分に苦笑した。

468 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:27

 …………

469 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:28

裕ちゃんと飲みにきてから約一週間、今おいらは日も沈む前だっていうのに、また久遠さんのお店にきていた。
あまり人に見られたくないって事もあって、階段を下りたところでしゃがんで携帯を睨んでいた。

「裕ちゃんまだかなぁ……早めに来るって言ってたのになにやってんだよ、もぉ」

裕ちゃんに無理矢理約束させられてココにきたっていうのに、肝心の裕ちゃん自身がなかなか現れない。
裕ちゃんとの待ち合わせの時間は、既に二十分も前だった。
そして後十分で久遠さんとの待ち合わせの時間になる。
早めにきて何するのか教えてくれるって言ったのに……。

「まったくアホ裕子め」

思わず口に出して呟いたとき、階段の上から笑い声が聞こえてきて、つられるように上を見上げた。

「どうしたの? またそんなこと言って」

逆光の中でハッキリ見えなかったけど、階段を下りてきたのは久遠さんだった。

「あ、なんでもない……なんでもなくないや」
「ハハハ、なにそれ? 一人?」
「そう、裕ちゃんまだこないんだも〜ん」
「だってあの人言い出しっぺじゃないの?」
「そう」
「電話してみれば?」
「うん、そうする」

470 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:28

 Pi、Pi


手に持っていた携帯で裕ちゃんにコールする。
ワンコール鳴り終わるよりも早く繋がった。

「裕ちゃん? なにしてんのさ? もう久遠さんもきてるんだよ?」
『あ〜、ヤグチ? 悪いんやけど裕ちゃん今日行けなくなってもうてん』
「……はぁっ!?」

ナニを言われているのか解らなくて、ちょっと考えてから自分でも思ってもみないほど大きな声を出してしまった。
横目で久遠さんを見てみると、少し驚いたけどこっちの内容を気にしているような表情をしていた。

「なんでだよっ!? ってか、なに言ってんのさ! どうすんだよぉ!」
『急に仕事入ってな、今移動中なんよ。だから今日は二人で時間潰してや』
「んなこと言われたって……」
『せっかくのオフなんやし、くおんにエスコートして貰えばええやん、な?』
「そんな簡単に……」
『だってほら、くおんも呼び出してしもてんから……アタシが行けなくなった言うてバイバイなんていく?』
「そりゃあ……」
『いかへんやろ? だから悪いんやけど…そーゆー事で、頼むわ』
「…解ったよ、もう……」
『じゃあ楽しんできてや』

そう言って電話を切られてしまった。
チラッと横を見ると、久遠さんが「どうだった?」って顔してこっちを見ていた。

471 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:29

「あの…裕ちゃんこられなくなったって」
「あ〜っと…仕事とかかな?」
「そうだって」
「そっかぁ。じゃあどうしようか?」
「どうって?」
「矢口さんはなんて言われてココにきたの?」

そう聞いてきた久遠さんは、なんか楽しそうな表情をしているように見える。

「さぁ? こっちにきてからのお楽しみだって言われたけど。久遠さんは?」
「酒屋に行きたいから教えてくれって」
「はぁ?」
「普通のトコじゃ買えないようなビールとか見たいんだって言われた」
「ふーん」
「相手がワタクシメでは御不満でしょうが、せっかくですからお出掛けいたしましょうか、御嬢様?」

戯けて芝居がかったお辞儀をして手を差し出しながら久遠さんが言う。
裕ちゃんにもああ言われたし、おいらもせっかくのオフなんだから遊びに行きたい。

「じゃあ、お相手してくださいます?」

畏まった口調で言いながら、差し出されていた久遠さんの手に自分の手を重ねた。

「喜んで」

真剣な表情でそう言って、軽くおいらの手を握り立ち上がった久遠さん。

472 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:29

「でもドコへ行くの?」
「ドコがいいかな……海行こっか?」
「マジっすかぁ!? 二月だよ?」
「冬の海、いいよ? 空気乾いてるからあんまりベタベタしないし」
「そう? ……じゃあ行ってみようかな」
「よしっ! じゃあ行こう」

そう言って久遠さんは、軽く握っていた手にホンの少しだけ力を込めておいらを導くように歩き出した。

車を走らせながら久遠さんは沢山話をしてくれた。
車の中っていう小さな空間に入った途端、口が重くなってきたおいらの分まで。
裕ちゃんがお店にくるときの話とか、普段はどんなお客がくるとか。
こんなお客はイヤだったって話は、話し方が面白かったせいもあって声を上げて笑ったり。
女性客の話をしていた時には、何故か少しムカっとした……。
時折こっちの仕事の話なんかもしたけれど、興味深げに頷いてくれたり、とても楽しそうに聞いてくれたのが嫌みに感じさせないで嬉しかった。

そんな話をしている間に、車はいつの間にか横浜を抜けて江ノ島へと近づいてきていた。

473 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:29

 …………

474 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:30

手近な駐車場に車を止めて、海までの僅かな距離を二人で歩いていた。
少し道が混んでいたせいと、途中で食事をしていた為にかなり日が傾いてきていた。

「ん〜っ! なっつかし〜! 昔はよくきたんだ」

矢口さんは俺の前を歩きながら軽く伸びをして話し出した。

「へぇ〜、この辺りに住んでたの?」
「うん、こっから電車でちょっとのトコ」
「じゃあほとんど地元なんだ?」
「そーだね、モーニングになるまではこの辺もきてたから」
「そっか……じゃあどうなんだろう? きてよかったのかな? それとも他のトコの方がよかった?」

そう言いながら、少し足を速めて彼女の隣に出て、その横顔を見ながら並んで歩く。

「あぁ、全然いいよ。久しぶりだし、嬉しい」
「ならよかった」
「おぉ〜、砂浜ぁ……相変わらずキレイじゃないけどいいよね、砂の感触がさ」
「自分で誘っておいてアレだけど……見事に人がいないね」
「アハハッ、そうだね。でもその方がありがたいから……」

夕日に照らされてそう話す彼女の表情は、今まで見たどの矢口真里とも違って……多分、これが本当の彼女なんだと思わせる何かを感じさせてくれた。

「ま、矢口さんはさぁ……」
「……いいよ、別に。呼びたいように呼んでくれて」

くっ……少し苦笑しながらそう言う矢口さんは凄くチャーミングで……。
「真里」って呼ぼうとしたけれど、一瞬躊躇して呼びなおしたのがバレたみたいだった。

475 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:32

「ん〜…じゃあ俺の事も中澤さんみたいに「くお〜ん」でいいから」
「キャハハハ、似てる似てる、裕ちゃんそんなんだったよ」
「真里はさぁ……」
「うん」
「あ〜……っと」
「な〜にさっ?」
「いや、ごめん、いいや」

面と向かうとなかなか聞けないもんだな。
特に情報源が中澤さんなだけに、まず間違いなく真実なんだろうから。
昔の男の事なんかなぁ……。

「なんだよぉ、気になるじゃんか」
「うん、ホントに、なんでもないわ」
「なんだかなぁ〜、もう……」
「悪い、頼むから気にしないで」
「ふ〜ん、まぁいっか……」

そう言った真里は、俺の顔を見て子供のような笑顔を作り「追い掛けっこねっ」と言うなり不意に波打ち際をなぞるように走りだした。

「はっ?」

理解しかねた俺の返事に、一瞬振り返って真里は言った。

「あそこの岩場までに追いつかなかったら、なんかオゴってね〜」
「え? あっ、待てっ!」

別に奢りたくなかった訳じゃなく、ただ逃げていく真里をこの手に掴まえたかった。
その為だけに十数メートルの差を全力で詰めに掛かった。

476 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:33

数十秒。
振り返った真里は表情を変え、走るスピードを上げたようだった。
でも、もう手を伸ばせば届くほどに詰まっていた距離は開くことはなかった。

目的とした岩場まであと僅かだったけれど、彼女の腕に伸びた俺の手が、この三流ドラマのワンシーンめいた一幕の終わりを告げる合図になった。

「はぁ、はぁ……もぉ〜! なんだよっ! 普通本気で走るかなぁ」
「ふぅ……悪いね、勝ち負け関係なく掴まえたかったんだ」

そう言って真里の腕を掴んでいた手に力入れて引き寄せた。

「っ!?」

突然抱きしめられた真里は、俺の腕の中で小さな驚きの声を漏らした。
一瞬の空白の後、真里は腕の中で身動ぎしながら抗議の声を上げた。

「なんで…なにすんだよぉ」

抵抗する力にではなく、真里の口から発せられた声の弱さに驚いて、少し身体を離して窺ったその表情に、言うつもりはなかった言葉が口からこぼれた。

「あっ…ごめん」
「……なんで」
「なんでって……好きじゃなきゃこんな事しないだろ」
「………」
「俺じゃあ駄目かな?」
「駄目とか…そんなんじゃないけど」
「けど?」

真里が何か言おうとして口を開きかけたその時、俺のポケットの中で携帯が着信を告げた。

477 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:34

「……出れば?」

促されるままにポケットから携帯を取り出して液晶に表示されている発信者を確認した。

 ──最悪だ……。

そこに表示されている名前は店の常連であり、俺の事を妙に……というかやたらと気に入ってくれている少し年上の女のものだった。

「………」
「どうしたの? 出ないの?」

俺の躊躇いを見透かしたように更に促してくる。

「いや、別に出なくても構わないような相手だから……」
「………」
「出られない理由があるんだ?」
「違うって、そうじゃないけど……」
「けど? あっ…」

 ──切れた。

「見せて」

真里は手の平を上に向けてこっちへ差し出しながら、冷え切った声でそういった。

478 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:34

「出られない理由がないんだったら、見せてくれてもいいじゃんか」

真里の表情に本気を感じた俺は、少し躊躇した後、己の携帯をそっと真里の手の上に置いた。

手の平に置かれた携帯を開き、一つボタンを押して液晶を見る真里。
そのなんの感情も窺えない表情に、俺は焦って口を開いた。

「違うんだよ。ちょっと聞いて……」

 パンッ!

俺は最後まで言い終えることすら許されなかった。

「最悪……」

真里は感情を押し殺した表情のままで、小さく吐き捨てるように呟いて、俺に携帯を放り投げ、踵を返して道路の方へ歩き出した。
叩かれた頬に触れることもせずに、しばらく呆然と立ち尽くしていた俺は、不意に我に返って真里が歩いた方へと走り出した。

砂浜を抜け道路に出て、真里の後ろ姿を……見つけた。
その後ろ姿を追い掛けるべく走り出そうとしたとき……。

真里にとっては最高の──俺にとっては最悪の──タイミングでタクシーが通りかかった。

走り寄ろうとする俺に気がついた真里。
しかし一瞥をくれただけでタクシーへ乗り込んでしまった。

「待てって! 真里っ!!」

ほんの少しの間、走り出したタクシーを追い掛けてはみたが、走り出したタクシーに追いつくはずもない。
そして当然のように、走り出したタクシーが止まるはずもなかった。
走り去るタクシーを見送りながら、全てのタイミングの悪さを呪った。

「ハァ、ハァ…くそっ……ほんっと、最悪だよ」

479 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:34

 …………

480 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:35

丁度いいタイミングで通りかかったタクシーはを止め、開いたドアに滑り込んで行き先を告げた。
おいらの乗せてドアを閉めたタクシーは、走り出して間もなく運転手さんがバックミラー越しに聞いてきた。

「お客さん、止めますか?」

運転手さんは気を利かせたつもりなのか、そう言ってくれる。
でも……。

「いえ、構いませんから」

微かに久遠の声が聞こえた。
でも……。

次第に海から離れていく車。
その分ドンドン久遠からも遠ざかっていく。

そんな車の中で、おいらは誰に対してのモノなのか分からない悪態を吐いていた。

「一瞬でもあんな気持ちになったヤグチがバカだったんだよ…。
 そんな簡単に信用なんて出来るわけないんだよ……もぉいいんだから」

それでも最後まで追い掛けてきた久遠の姿は、不思議と脳裏から離れずに残っていた。

481 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:35

 …………

482 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:36

急な仕事が入ったとヤグチに嘘をついて、結局何することもなく出掛け時間を潰して帰ってきた。
お風呂から上がってソファーでくつろぎながら、ビールを開けたその時だった。

 トゥルルルル♪

「なんやねんもぉ……」

良いところを邪魔されたインターフォンの音に悪態を吐いた。
手に持っているプルトップを開いた缶ビールをチラッと見ながら「チッ!」っと舌打ちを一つ。

 トゥルルルル♪

「あ〜、もう! うっさいっちゅーねん! 今行くわ!」

一つボタンを押して、エントランスとの回線を繋いだ。

「はい、どちら様?」
「裕ちゃん? 今いい?」
「ん〜? ……ヤグチかぁ? どないしたん……今開けるから、上がっといで」

ヤグチ……どないしたんやろ、上手くいかんかったんかなぁ。

 ピンポーン♪

そんな事を考えている間に玄関のチャイムが鳴った。
覗き窓からヤグチの姿を確認してドアを開いた。

「いらっしゃい、一人か?」
「うん、裕ちゃん仕事は終わったの?」
「あっ、うん。もう終わってな……一杯やろうと思ってたんよ」
「そっか……」

うっわ……なんかメッチャ暗いやん……なんか怒ってるみたいやし。
まさか嘘ついたんバレたりしてるんかな。

483 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:36

「まぁ、座りや」
「うん」

ヤグチをソファーに座らせて、ヤグチでも飲めそうな来客用にと冷蔵庫に入れてあったカクテルをグラスに注いで持ってくる。

「飲むやろ?」
「あ、うん。ありがと」

グラスを手に取り、一口飲むのを見てから自分でもビールで口を湿らせてから言葉を継いだ。

「で、どないしたん? ってか今日はどしてたん? 楽しかってん?」

まわりくどいこと無しに真っ直ぐ切り込んでみた……のはええんやけど。
あいたたたぁ〜……やっぱりなんかあったみたいやん……おもいっきり表情固くなってるわ。

「江ノ島行った…割と楽しかったよ……途中までは」
「冬の海かい、いいやんかいいやんか……で、途中までってどーゆー事?」
「抱きしめられた……好きだって」

おいおい、くおんのヤツそこまで進んだんかい。
なかなかやるなぁ……でもなんでこうなってるん?

484 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:37

「ほぉ〜、それはそれは。で、なんでそんなに怒ってるん?」
「怒ってなんかないじゃん!」
「思いっきり怒ってるんやんか」
「うっ……」
「抱きしめられた事に怒ってるんとちゃうんやろ? したらなに?」
「………」
「喋り〜や、裕ちゃんの責任みたいなトコもあるんやし」
「抱きしめられて好きだって言われたけど……急にそんな事言われても信じられないよっ。
 なんかそのすぐ後に女から電話掛かってきたし……」
「くおんの彼女やってん?」
「知らない。アイツ電話出なかったもん」
「出なかったんじゃ彼女かどうかも解らへんやんか」
「だって焦って誤魔化そうとしたし」
「なんなんやろね〜……」
「ホントだよ」

やっと納得してくれたとでも思ったのか、微妙に噛み合わない相槌を打ってくるヤグチ。

「ちゃうわ。アンタがなんなんやろねやっちゅーねん」
「はあっ!? なんでヤグチなんだよっ」
「なんでって……ホントに解ってへんの?」
「だからなにがさっ!」
「アンタの態度」
「ヤグチの態度がなんなんだよっ」
「恋人の浮気に怒ってるようにしか見えへんよ?」
「なっ……」

お〜お〜……顔赤くなって……素直な娘やね。
やっぱくおん次第って事なんかなぁ。

485 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:38

「まぁ、それはええわ。で、その後どうなったん?」
「……ひっぱたいちゃった」
「ほぉほぉ?」
「で、丁度通りかかったタクシーひろって帰ってきた」
「くおんは?」
「途中まで走って追っかけてきたけど……」
「まぁ、追いつくわけないわなぁ。で?」
「携帯に何度も電話入ったけど……」
「出なかったんやろなぁ」
「……うん」

丁度話の区切りになった時、アタシの携帯が着信を知らせていた。

「はいはい〜」

発信者は……くおん。
タイミングいいやっちゃなぁ〜。


 Pi


「もしもし」
『あ、中澤さん。久遠です』
「ほい、お疲れさ〜ん」
『すいませんけど……お願いがあるんです』
「なんやろ? まぁ、大体解るけどな」

大体誰と話しているか分かったみたいで、ヤグチが自分を指差して手をブンブン振っている。

『……ひょっとして、もう聞いてます?』
「あぁ、聞いた。今おるし」

あっ、すまん、言ってもうたわ。
声出さずに怒っても全然堪えへんで……まぁ、声出しても同じやけどね。

486 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 23:38

『替わって……は、もらえないんでしょうね』
「すまんなぁ、イヤやって」
『でしょうね。彼女の次のオフとか解りませんか?』
「ん……ちょっと待ってな」

電話口を押さえてヤグチに向かって問いかける。

「ヤグチ〜、アンタ次のオフいつやったっけ?」
「なんで言うかなぁ……再来週の水曜だったかな。それがどうしたの?」
「解った」

再び電話に向かって話す。

「再来週の水曜らしいわ」
『じゃあ、その日。今日と同じ場所で、朝から待ってるって伝えてください。
 きてくれるまでずっと、意地でも待ってるって……絶対に裏切らないって信じさせてみせるって』
「ほぉ〜、それは大したもんやね。解った。伝えておくわ」


 Pi


「くおんから伝言」
「なんだよぉ」
「次のオフん時、今日と同じ場所で朝からずっと待ってるんやて。
 なんでも信用できるって証明するらしいで? ……どーするヤグチ〜?」
「……し、知らないよっ!」
「そっか……まぁ、ええわ。裕ちゃんもう寝るけど、ヤグチは泊まってくか?」
「……帰る。急にきてごめんね」
「そっか。一人でしっかり考えや」
「……バイバイ」

神妙な顔をして帰っていくヤグチを見送りながら思った。
自分の勘は間違ってなかったみたいやって。

487 :名無し娘。:2006/11/25(土) 23:40

世界バレー見終わってからとか思ってたらウトウトしてた。
第四セット途中までしか覚えてないやorz

明日の夜、時間があったら終わらせよっと。

488 :名無し娘。:2006/11/26(日) 16:05
大量更新キタコレ
読み切れねーよ

489 :名無し娘。:2006/11/26(日) 18:10

>>488
誰かがどんどん言うからw

さて。
予定外に早く帰ってきたので世界バレー前に終わらせよー。

490 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:11

 ─3─

けたたましい目覚ましの音で眠りを妨げられた。
ベッドの上から手だけを伸ばして目覚まし時計のボタンを叩き、デジタル時計に表示されている時間を確認してから溜息を一つ。

「はぁ……休みだったんだっけ」

呟いて上体を起こし、ベッドの脇に畳んであったシャツを羽織った。
ハッキリと覚醒してきて……不意に思い出す一つの言葉、押しつけられた約束。

『ずっと待ってる』

「誰も行くなんて言ってないじゃんかよ」

言葉に出して、そして少し考えた。
行かないよ…せっかくの休みなんだもん……買い物でもしに行こっと。

仕事の時間に合わせてあった時計のせいで、朝早く起きてしまった。
まだ出掛けるには少しばかり早い時間だった。
歯ブラシを銜えながら、今日、コレからのことを考える。
うん、まずはゆっくりと熱めのシャワーを浴びて身体を目覚めさせよう。

シャワーを終えてドライヤーで髪を乾かしてからシリアルとフルーツで軽く朝食を摂った。

『ずっと待ってる』

出掛けるために着替えをしながらも頭の中でしつこく響いて離れないアイツの言葉。
人づて――裕ちゃんに聞かされた――だけで、言葉を聞いたわけでもないのに、しっかりと久遠の声で響く言葉。

「フンッ! さっ、買い物行こう……」

吹っ切るように着替えをし、簡単なメイクを済ませて、サングラスをかけ、帽子を深くかぶって部屋を出る。

491 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:11

「うわっ……寒っ」

二月の寒風に吹きつけられて思わず顔をしかめながら、自分を納得させるように呟いて歩き出した。
一瞬脳裏に浮かんだ、海岸に立って待っているアイツの姿を振り払うように。

「…待ってるわけないよ、こんな寒いのに朝から待ってるだなんて」

表通りでタクシーをひろって、何度か足を運んだ事のある渋谷のめぼしいショップを廻る。
春物の洋服、アクセサリー、バッグや化粧品等、様々な店を行ききしてしばらく時間を潰していた。

昼過ぎになって、少し遅めの昼食がてらお茶でもしようと手近なお店に飛び込んだ。
窓際の席に陣取って、温かいミルクティーに口をつけながら、見るともなく窓の外の風景を見ていた。

相変わらず強い風が吹く中を、雑多な人達が歩いている。
サラリーマンらしき人がコートの前をしっかりとあわせながら歩いているのが何かと重なる。

「ホント、寒いよね今日……」

そう口に出してから風を避ける何ものもないような場所だったら尚のことだろうと思った。
そうやってボーっとしていると、また頭に浮かんできてしまう海岸の風景と約束の言葉。

『ずっと待ってる』

「気分が乗らないなぁ、もういいや……帰ろ」

お会計を済ませて、家へ帰るためにタクシーをひろった。

道が混んでいるようで、なかなか車が進まない事もあって無性にイライラとした気分だった。
段々と陽が傾き始める頃になってやっとマンションの前まで着いた。

運転手さんに料金を払って、開いたドアをくぐって表に出ようとした時……。

492 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:12

「あぁ〜、もうっ! 気になって仕方ないじゃんか!」

ドアを閉めたそうな顔をして、こっちの様子を窺っていた運転手さん。
もう一度シートに座り直しながら運転手さんに早口で告げた。

「すいません、江ノ島までお願いします」

怪訝そうな表情をしていた運転手さんに「なるべく急いでお願いします」とだけ言葉を重ねた。
そう言ったっきり黙り込んで、眼を閉じて頭の中で呪文のように。

 ──居るわけない、待っているわけない、どうせ……。

自分に信じ込ませようとするかのように繰り返す。
心の何処かで自分の思いを疑いながらも……。

車が海へと近づくにつれて、段々と強まってくる潮の香りと一つの思い。

「あ、ココでいいです」

運転手さんにそう告げて、この前タクシーをひろったのと同じところで車を降りた。
海から吹きつけてくる風は、タクシーに乗る前の風よりも遥かに冷たかった。
少し歩くとあの日の岩場が見えてくる。

「こんなに寒いんだもん、いるわけないよね」

海岸沿いの道路から見える範囲には人影すらなかった。
せっかく此処まできたんだから、ちゃんと待ってなどいないことを確認して、気分を楽にしてから帰ろうと砂浜に足を踏み入れた。

日の沈みかけてきた砂浜を、岩場を廻るようにゆっくり歩いていく。
少しずつ岩場の海側全てが見渡せる位置に近づくにつれ、鼓動が早くなってくるのを感じる。
後、僅かで……

「……ホラ、やっぱいないじゃんか。そんな事だと思ってたんだ」

心に溢れてきた安堵とも怒りとも――それとも別の何かなのか――判別のつかない気持ちを声に込めて吐き出した。

493 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:13

「いらっしゃいませ」

踵を返して帰ろうと思ったとき、どこからかそんな声が聞こえた。
初めて聞いた時と同じ声、同じ口調……久遠の声。
岩場を見まわすけれど、何処にもそれらしい人影は見えなかった。

「よっ!」

そんな掛け声と、一瞬遅れて砂を踏みつける音がおいらのすぐ後ろで聞こえた。
慌てて振り返ると……そこには久遠が立っていた。

「なっ……どっ……」
「どうしたの?」

突然現れた久遠の姿。
上手く声が出なかったおいらに向かって、あまりにも普通に話す久遠の顔を見ていたら、何故か少し落ち着いた気持ちになってきた。

「何時から待ってたの?」
「中澤さんに聞かなかった? 朝からだけど?」
「なにしてんだよっ。ヤグチくるなんて言ってないじゃん」
「でもきたじゃない」
「………」
「まぁ、取りあえずありがとう。で、俺は考えました。あの時の事。自分の事。
 勿論真里の事を中心に。どうすれば信用してもらえるのかって事」
「………」
「まずコレ見てもらえる?」

そう言って久遠が取り出したのは自分の携帯。
幾つかの操作をして、その液晶に表示されているものをおいらに見せてくれた。

494 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:13

「なに? 着信履歴? あっ……」
「日付、覚えてるでしょ?」

その着信は、あの日の…あの時掛かってきた着信の履歴だった。

「で……次はコレね」

着信拒否設定の画面……さっきのアドレスが登録されている。

「こ、これがどうしたのさ……」
「あの日からそのままなんだ。まだあるからさ、もうちょっと付き合ってよ」

今度は……メールの送信履歴?

「読んで」


  色々とありがとうございました。
  好きな人が出来ましたので……。

  久遠


「好きな人……って?」

小さく問いかけたおいらに、久遠はこっちを指差しながら呟いた。

「言ったじゃない。他に誰がいるの?」
「………」

目を合わせていられなくて俯いてしまった。
ヤバイよぉ、なんかちょっと泣きそう……。

495 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:14

そんなおいらに久遠は更に言葉を重ねてくる。

「でね……俺信用ないでしょ? だからさ、仕事替えてもいいと思ってるんだ」

その久遠の言葉に驚いて顔を上げた。
そんな事お構いなしに、飄々とした表情のままで話を続ける久遠。

「今の仕事って……まぁ、さっきみたいなこともあるわけだしさ」
「だって好きでやってるんじゃないの?」
「そりゃ好きだけど?」
「ならなんでそんな簡単に辞めてもいいなんて言えるんだよっ」

責めるように叩きつけたおいらの言葉に、さも当然のような表情で久遠が答えた。

「どっちかしか手に入らないなら……仕方がないかなってさ」
「………」
「だからさ、もうコレも要らないかなってね」

 ヒュッ!

「えっ!?」

空を切るような音と同時に、綺麗に放物線を描いて海へ飛んでいったモノ。

 ポチャン

496 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:15

波の音に紛れるように小さく聞こえた何かが水面を叩いた音。
今、久遠が投げて海にしずんでいったモノ……さっき久遠が手にしていたモノ。
そして今は久遠の手から消えてしまったモノ……さっき何度も見せられた携帯。
あの時ヤグチを無性に苛立たせた携帯。
久遠の仕事関係や友人のアドレスもメモリーされているであろう携帯。

「バイバーイ」

携帯の沈んでいった水面に、笑顔で手を振ってみせる久遠。

「バイバーイって……バカ! 自分でなにやったか解ってんの!?」
「これで多少は信じてくれるかな?」
「っ……」

自分の中でなにかが切れるのが解った。
そしてそれが…何がどうとか考える前に身体が動いていた。

497 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:15

 ジャブ…ジャバ

携帯が沈んだ辺りめがけて海へ足を踏み入れた。
久遠じゃない……久遠じゃなかった……バカなのはおいらだったんだ。

「あっ、おいっ……」
「バカッ! うっさいっ!!」

久遠の制止の声も振り切ってザブザブと海へ入っていく。
腰の辺りまで海に入った時だった……足が地を離れて、気が付いたら後ろから腰を抱かれて持ち上げられていた。

「なにしてんだよっ! このクソ寒いのに!!」
「離せよぉ、拾いに行くんだからぁ……」
「よせって! あんなんどうとでもなるよっ!」
「ダメだよぉ…ダメ……拾わなきゃ……」

おいらは無我夢中でもがいたけれど、抱き上げる久遠の力に逆らえるハズもなくって。
久遠に腰を抱かれた状態のままで浜へ引き戻されてしまった。
二人して砂の上に座り込んで……久遠は何かを囁きながら、しゃくりあげるおいらの頬を撫でてくれていた。

498 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:15

 …………

499 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:16

泣きながら「ごめんね」とばかり繰り返す真里を、少しでも寒さから守ろうとするように、膝の上に乗せた姿勢のまま抱きしめながら、俺は「真里のせいじゃない、大丈夫だから」と呟きながら涙に濡れる頬を拭うように撫でていた。

しばらくそうしていたけれど、陽の落ちてきた海岸の──ましてや二人とも身体の半ばまで濡れていたこともあって──その寒さは耐え難くなってきていて。
自分はまだしも真里に風邪でもひかせてしまってはと、彼女の肩を抱くように立ち上がらせ、車へ向かって歩き出した。

暖房を全開にして車を走らせながら、黙って俯いたまま助手席に座る真里に話しかけた。

「どっか手近な休めるトコ入るよ? イヤかもしれないけど我慢してな」

横目で真里の反応を窺っていると、返事こそ聞こえなかったけれど小さく頷いた事だけは確認できた。

走り出して数分で、道沿いに見えたラブホテル。
選択の余地はなく滑り込み、一瞬考えて、余計な飾り立ての為されていない、少しでも落ち着ける雰囲気の部屋を選んだ。

500 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:16

鍵を開けて部屋に入り、暖房と風呂のチェックをしてから、ドアの前で呆然と立ちつくしている真里に促した。

「先に風呂入っちゃいな? 服、乾かしておくから」
「っ……。うん、解った」

真里は何かを言いかけたみたいだったけれど、小さく頷いて素直に浴室に入っていった。
その間に自分でも濡れた服を脱いでバスローブを羽織り、暖房の風が直接当たるソファーに洋服を広げておいた。

「ふぅ……」

そうしているうちにバスルームから微かに水音が聞こえてきた。
俺はバスルームのドアを少しだけ開けて中を覗き、その奥のドア一枚隔てた空間でシャワーを浴びているであろう真里に声を掛けた。

「濡れた服…乾かしておくからさ。出たら取りあえずバスローブ着てな」

真里の服……腰まで海に浸かったのだから当たり前だけれど、パンツやパンティーはおろかシャツやジャケット、ブラまでも濡れていた。

「そっか、俺が腰まで濡れたんだものなぁ」

俺の胸くらいまでしかない真里は更に濡れていて当然だった。
さっきしたのと同じようにソファーに濡れた服を並べていく。
そんな作業を終えた頃、バスルームから真里の呼び声が漏れ聞こえてきた。

「……?」

501 :『The Legend of red thread?』:2006/11/26(日) 18:17

バスルームのドアを少し開け、中を見ないように顔を出しながら真里に問いかけようとしたその時だった。

「ねぇ……」

さっきとは声の聞こえ方が違っていた。
余計な遮蔽物の無い、生々しい声。

そっと視線を上げていくと、浴室のドアが開いていて……そのドアの陰に隠れるように真里が立っていた。

「あのさ……入ってきなよ。久遠も…さ」
「あ〜っと、でもなぁ」
「ヤグチなら大丈夫だからさ。もしコレで久遠だけ風邪でもひいちゃったら、その方がヤグチはイヤだよ」

あまり余計な感情を悟られたくないかのように、少し早口で、でもハッキリと一息に喋る真里。

「……そっか、解った」

信用してもらえた……そう思っていいのかな。
でも調子乗って余計なコトして、またひっぱたかれて終わりにはしたくないからなぁ。
そんな事を考えながら、羽織っていたバスローブを脱いでそっと浴室のドアを開けた。

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0ch BBS 2006-02-27