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【小説】チープなドラマ感覚で【みたいな】

1 :名無し娘。:2006/09/17(日) 19:57
ハロプロ全般、上から下まで。
予定は未定で確定ではないけれど、書いていこうと思います。
『ヒロインx男』の形が多くなると思うので、好まない方はスルーでお願いします。
下の方でコソコソいきます。
レスしてもらえるなら喜んで受けます。
類似したものを書いてくださる方はどんどん書いてください。

355 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:39
続きまってます♪♪

356 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:42

久しぶりにレスがついてちょっとドキドキ。
>>354
見えませんか。……見えませんね(^^;)
急になにか思いつかない限り、27までです。
余計なトコ端折っちゃえば半分くらいになるかもですけど、それも面倒だったので。

さ、いきましょう。

>>355
↑って書いてリロードしたら(^^;)
どもです。続き、いきまーす。

357 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:43

 19

初めてTV局へ迎えにきたあの日以来、梨沙子の両親が忙しいせいもあってか、孝之は幾度か代わりを務めさせられていました。
そして今日も、梨沙子を迎えに行くために、いつまでたっても慣れずにいるタクシーに一人揺られていました。
孝之本人にしてみれば土曜でもあり、学校も部活動だけだったため、その役を引き受けることも厭うものではありません。
それでも初めて行く場所となると、なんとなく少しばかり緊張したように落ち着けずにいるのも事実だったのです。
指定した場所についてタクシーを降りると、そこは自分の人生にはまず関わりのないであろうはずだった場所。

孝之は自動ドアをくぐり、受付らしい場所で名前と用件を告げると「そちらの階段から三階の突き当たりになります」と聞かされました。
思っていたよりもすんなりと通され、拍子抜けしながらも、階段を使い三階まであがっていきます。
すぐに廊下に出ると両側に一つずつの部屋、そして突き当たりに少し大きな磨りガラスのドアがありました。
様子を窺いながらも孝之が近づいていくと、違うと思っていたはずの世界で聞き慣れた音を感じたのです。
そのドアの前までくると、磨りガラス越しでも何をしているのかに気がつきました。
まさか来る場所が違うのではと疑ってしまいながらも、孝之は軽くノックをしてドアを開き、そっと顔を出してみます。

358 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:43

覗いた室内は、まるでミニバスの練習場のように、不慣れなドリブルやパスの音が響く空間でした。
そのとき、孝之の存在にいち早く気づいた梨沙子が、ぎこちないドリブルをやめて駆け足で近寄ってきました。

「たかちゃんっ」
「早くきすぎた……?」
「そうだけど、ちょうどよかったの」

要領をえない梨沙子の話を聞いて、頭に疑問符を浮かべる孝之に細身の女性が近づいてきました。

「あなたが孝之君?」
「はい。えっと……?」
「ダンスのせんせぇ」

わけが解らないながらも、とりあえず頭を下げた孝之。
その孝之の上に、ダンスの先生だという女性の「待ってたのよ」という声が降りてきました。

359 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:44

「え?」

不思議そうに顔を上げた孝之に、先生が最初から話し始めたのです。
梨沙子たちBerryz工房、その新曲のダンスレッスンをしていたこと。
大雑把な振り付けの方向性はプロデューサーから申し渡されていること。
それに沿ってこれまでの時間で、一通りの流れは教え終えたこと。
ただ一部分だけ、どうも見た感じのぎこちなさが消えない部分があること。

「でも、だからって……」
「いいのよ。別にプロみたいな動きが見たいって言うわけじゃないんだから」
「たかちゃんうまいんです」
「りさちゃんっ」
「お兄さんなんでしょ? 手伝ってちょうだいよ」

とても乗り気にはなれないながらも、やらずにはいられない状況になっていることを理解した孝之は、諦めたように渋々了承したのです。
なによりも、一列に並んだメンバーに混ざって、嬉しそうな表情を浮かべている梨沙子のためにも。

360 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:44

ダンスの先生から「バスケットの先生です」と、メンバーに紹介された孝之はますます困惑の度合いを深くしました。
何度か迎えに来ていることから数名のメンバーには顔も覚えられているというのにと。

「とりあえず、一通りの動きを、この子たちに見せてあげてもらえる?」

言われると同時に受け取ったボール。
一つ、二つと弾ませてみると、床は似たような作りになっているのか、体育館でドリブルをしているような軽快な音が響きました。
ごく当たり前にドリブルをしながら、思い出したように孝之は言いました。

「あ、誰か受けてくれませんか? パス……」
「はい、はぁい」

すぐに出てきたのは梨沙子で、それを見た孝之は嬉しいような困ったような、微妙な表情を浮かべながらも軽い手つきでパスを出しました。
梨沙子は「うぁ」っと慌ててボールを受け取ると、孝之を真似るようにしてパスを返します。

361 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45

そうして数度、パスを繰り返した後、孝之が梨沙子に話しかけました。

「ちょっと腕を前に伸ばしてみて」
「……? こぉ?」
「そう。それで両方の指先をつけて」
「うん」
「そう。で、横向いてみてくれる?」
「はぁい」

素直に従った梨沙子が、腕で輪を作るようにして横を向くと、軽くドリブルをしながら数歩下がった孝之がふわりとボールを放ったのです。
柔らかな曲線を描いたボールは、どこに触れることもなく梨沙子の腕をくぐり抜けていきました。
同時に周囲から小さなざわめきのような感嘆の声が上がりました。
素人目に上手いと思わせれば、その後は難なく進んでいきます。
いくつかの小さな問題を除いて。

362 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45

「せんせぇ、せんせぇ。こうでいいんですかぁ?」
「あ〜っと……嗣永さんはもう少し手首を使った方が」
「ええ〜? こぉですかぁ?」
「そうじゃなくて……こう」

飲み込みは悪くなさそうなのに、と感じていた嗣永桃子が案外そうではなく、妙に手を煩わせる部分があるということ。

363 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:45

「あの……」
「はい? 須藤さん、解らないところ、ありますか?」
「あっ、いえ……」
「……何か解らなかったら言ってくださいね」

近くをうろうろしていて、ふいに話しかけてきたと思えば特に何を言うでもない、困った状態の須藤茉麻であったり。

364 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:46

「せんせっ、りさことはどんな関係なんですか?」
「夏焼さん、集中してもらえませんか」
「キスとかしちゃったりして」
「集中してないとケガしますから」

おそらく一番会った回数が多く、孝之から見ればもっとも大人びていると思っていた夏焼雅が、子供のような好奇心を見せていたり。

365 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:46

そしてなによりも……

「出来てる?」
「…………」
「……りさちゃん」
「…………」

中では一番教えやすいだろうと思っていた梨沙子が、なにを思ってか一番扱いづらくなっていることでした。
話しかけてみれば、ちらりと目を合わせ、怒ったようにそっぽを向かれてしまったりする有様で。
こうした方がと手を伸ばせば、ついと離れてしまったり。
理由のわからない孝之にしてみれば、困惑する以外にどうしようもない。そんな状況でした。
そうして一時間と少しが過ぎた頃、なんとか形になったと判断したらしいダンスの先生から休憩が告げられたのでした。

366 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:47

 20

迎えに来ただけだというにもかかわらず、とんでもない仕事を押しつけられ、あげくに更に待たされている。
そんな状況を、仕方がないと思いつつも、小さくため息をついてしまえば、現実としての疲労感のようなものに満たされる。
自分のさせれたこと、梨沙子の仕事、改めて湧き上がる複雑な思いを抱えたままで腰を下ろしていました。
一階の隅にあるごく小さな喫茶店で、ストレートのアイスティを口にしながら、そんな気分で梨沙子が降りてくるのを待っている孝之でした。

アイスティの氷が音も立てなくなるほど小さくなる、それくらいの時間が過ぎた頃でした。
近づく足音に気がついた孝之が、腰を上げて振り向くと、そこには待ち人ではない、幾分ふっくらとしたぎこちない笑顔の須藤茉麻が立っていました。

「あっ、えっと……須藤さん」

勘違いをした気まずさから先に口を開いた孝之に、それほど変わらない身体をペコリと折り曲げて会釈をする茉麻。

367 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:47

なにも言わず、かといって立ち去るでもない様子の茉麻に、また孝之の方から声をかけました。

「レッスン、終わったの?」
「はい。みんなもう帰りました」
「え?」
「あっ、りさこはまだ上にいますけど」

勘違いをした孝之に、言葉が足りなかったと慌てて付け足した茉麻。
そんな茉麻の言葉に安心した孝之は、へたり込むように腰を下ろして力のないため息を漏らしました。

「そっか。ハァ……」
「あの……」
「……え? あ、なに?」
「前から聞いてみようと思ってたんですけど……」
「な、なにを? あ、座れば?」
「あ、はい。ええと……前に会ってますよね?」

孝之の向かいの席に座り、改めて言葉を選ぶようにして茉麻が口を開きました。

368 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:48

「っと……少し前に、あの……事務所に迎えに行ったとき?」
「あ、そおゆうんじゃなくて」
「え?」
「あれ、違ったのかな? ぶつかったの……」

眉間にシワを寄せて、難しい顔で呟いた茉麻の言葉に、孝之は記憶の中にあるその“シーン”を探しました。
一生懸命に記憶を探っていると、合間に「ごめんなさない、勘違いかも」などと呟く茉麻の声に「ちょっと待って」と短く答える孝之。
その最中にも、関わりのありそうな記憶を探す中で、不意に一つの光景が浮かんできました。

「あっ! 初めてTV局にに迎えに行ったときに……?」
「あ〜っ、やっぱりそーだった」
「ぶつかった……うん」
「間違いじゃなかったですね」
「そうか……須藤さんだった」
「あははっ、ホントはまだあるんです」
「まだ? 他に?」
「わたしもそのときぶつかってから思い出したんですけど、その前に……」
「ごめん、解らないや」

369 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:48

返答に困って謝る孝之をおかしそうに笑いながら、茉麻が思い出すように話し出しました。

「三年くらい前になるかなあ……映画に出ることあって。あのミニモニ。のですけど」
「……三年前」
「わたし、ちょっとトイレ行って、戻ってきたときに、同じように……」
「……ぶつかった」
「そうだったでしょ」
「あのとき……そっか。三年もあれば背も伸びて……」
「そのときはもっとちっちゃかったです」

自分の体型を言われてるかのように、拗ねた表情で言う茉麻に、孝之が「あ、違うよ」と弁明しようとしたときでした。
茉麻が現れたのと同じように、孝之の後ろから、ほっそりとした少年のような服装にキャップを被った女の子。
「あっ、りさこ」と、茉麻が手を振ったことで気がついた孝之が振り返りました。

370 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:49

「りさちゃん。遅かったね」
「……帰ろ、たかちゃん」

キャップの陰で、心なしか不機嫌そうなままの梨沙子が短く言いました。

「あぁ、うん」
「あっ、じゃあまた」

立ち上がった孝之に、何気なく言葉をかけた茉麻が、同じように立ち上がり会釈をしました。

「じゃあ」
「またね、まあ」

“また”があるかも解らない孝之はそれだけを、梨沙子も手短に別れを告げると、孝之の腕をとり引っ張るように歩き出しました。

茉麻と別れ、建物の外に出て、ちょうど通りがかった空車のタクシーに孝之が空いた手をあげます。
腕を絡ませたままの無理な姿勢でタクシーに乗る梨沙子と、それに引きずられるようになる孝之。
おかしいと思いながら孝之が行き先を告げると、タクシーは滑るように走り出しました。

371 :『小さな恋の……』:2006/10/29(日) 23:49

微かに外の喧騒が入ってくる車内で、低く小さな声で、梨沙子がささやくように話し出しました。

「まあとなに話してたの?」
「いや。別に大したこと話してないけど」
「そお」
「どうかしたの? 今日、なんかヘンみたいだけど」
「なんでもないっ」
「なにかした? ボク」
「いいっ」
「いいって……怒ってるでしょ」
「怒ってないもん」
「…………」

どうにも手のつけようがない梨沙子の態度に、困ってしまい言葉をなくしている孝之。
梨沙子は窓の方へ顔を向けたままで、それを見つめている孝之には気がつきませんでした。
同じように、梨沙子の表情も、心の内も見えない孝之は、梨沙子の気持ちが理解できませんでした。
二人はまだ気がつかなかったのです。
相手の変化にも。
自分の変化にも。

372 :名無し娘。:2006/10/29(日) 23:50

こんなとこで。
なんとなく、見えてきたっぽいでしょうか。
気のせいかもしれませんw

ではまた。

373 :名無し娘。:2006/11/03(金) 15:06
まだまだ、波乱が起きそうですね…

374 :名無し娘。:2006/11/05(日) 00:54

>>373
一山ないとって部分もありますしねー。

さて、少しいきますー。

375 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:55

 21

二人が再会して数ヶ月。
長いようで短かった休みも終わり、夏という季節も終わろうとしているある日のことでした。
孝之の家へ遊びにきた梨沙子は、孝之の母に迎え入れられて一人で階段を上がっていきます。
後ろ手に小さな袋を揺らして、ニコニコと笑顔を浮かべながら階段を上がりきった梨沙子は、小さく一つ息を継いで扉を叩きました。

「はい?」
「りさこだよ」

いつものように受け答えをし、ノブに手をかけたとき、室内から慌てたような声が返ってきました。

「ち、ちょっと待って――」

376 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:55

初めてといっていい反応に梨沙子は小さく首をかしげながらも、言われたとおり、ノブを握った手を浮かせ室内の様子に耳を澄ませていました。
なにかバタバタと物音がした後、数秒の間をおいて「どうぞ」と孝之の声。

「お邪魔しまぁす」
「いらっしゃい。どうしたの?」

なにごともなかったように。
しかも、さも『なにか用があるのか』と言われたように感じた梨沙子は僅かに口をとがらせます。
それはしばらく前から引きずっている、心のどこかに刺さった小さな棘と結びつくことを解っている梨沙子でした。
ですが“棘”が痛む理由がハッキリしないでいる梨沙子にとって、その痛みを消すことも、おかしな苛立ちを孝之にぶつけることもできずにいました。

377 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:56

「んーん。ちょっと」

どこか歪さを内包したままで、梨沙子は笑顔を作って曖昧な言葉を返します。
孝之はほんの少し眉をひそめてそれを見ていましたが、梨沙子の視線は別のところへ注がれていました。

「なにしてた?」
「……テレビ見てたけど」

梨沙子の視線から質問の意図を察した孝之は短く答えます。
視線の先にテレビがあり、お互いに探るような会話をしていると解っている。
それは今、現在の二人の空気を端的に表す一幕でした。

378 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:56

「ふうん……」
「なに?」

問い返す言葉に梨沙子はなにも言わず、逆になにかを問いかけるように孝之を見つめていました。
居心地悪く身じろぎをした孝之が、もう一度「なに?」と口を開くと、梨沙子はひょいとあごを反らせて視線を外して言いました。

「なぁんでもなぁい」
「りさちゃん……なんか怒ってる?」
「別に……怒ってないよ?」
「そう? なんか、さ」
「たかちゃん、りさこになんかしたの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「なら、なんにもないよっ」

そう笑いながら言った梨沙子が立ち上がり、ベッドに腰掛けている孝之に近寄ると、飛び乗るように隣に座り込みました。

379 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 00:57

ギシリときしんで大きく揺れたベッドの上で、孝之が幾分赤らめた顔で慌てて抗議の声を上げました。

「ち、ちょっと。りさちゃん!?」
「えいっ!」

抗議の声も無視して、身体を寄せるように押し当てる梨沙子は無邪気な子供のままで、グイグイと孝之をベッドから押し出していきます。
先ほどまでの態度との差異に困惑したままの孝之は、逃げるようにベッドから降りるとカーペットに座り込んで梨沙子へ向き直りました。

「りさちゃ――」

口を開いた孝之は驚いたように言葉を止め、その視線の先では、梨沙子が勝ち誇ったような笑顔でマットレスの隙間に手を差し込んでいました。

「なにしてんのっ」
「みやとももが言ってた。男の子はこーゆーとこに大事なもの隠してるんだって」
「まっ――」

孝之の制止を遮って動いた手に、確かに触れた硬質な感覚に、梨沙子はビックリした顔になって「あっ」と、小さな声を上げました。

380 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00

「ホントにあった……」

それをそっと引き出していく梨沙子を止めることも出来ず、孝之は顔を赤くしたままで困ったように見ていました。
やがて完全に引き出されたそれを手にしたままで、梨沙子は眉を寄せて「これ、買ったの?」と、問いかけました。

「あ……うん」

梨沙子の手にあるそれは『Wスタンバイ!ダブルユー&ベリーズ工房!』と書かれたDVDのパッケージ。
お互いに微妙な気まずさを抱えながら言葉を探していました。
そんな静けさを先に崩したのは梨沙子の方でした。
DVDを放りだしてベッドから降り、四つんばいでごそごそと動き、部屋の隅に置いておいた袋を取って、同じ姿勢のままで孝之の側へ戻ってきて。
手にした袋を差し出して「これ」と一言だけ、照れくさそうに言いました。
その袋を受け取った孝之は「ボクに?」と自分を指さして聞きます。
梨沙子はなにも言わず、コクンと頷くだけでした。
孝之が袋を開いて中身を取り出した時、二人の間に流れる空気は、消えかけた先ほどの気まずさが戻ってきたかのようなものでした。

381 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00

「……あげる」

俯いたままでぼそっと呟いた梨沙子の声に、孝之はカシカシと頭をかきながら「ありがとう」と、短く洩らしたのです。
喉を鳴らすように「んー」と梨沙子がカーペットに付いた両手を軸に、ずいっと二人の距離を縮めます。

「あのね……それあげるし、また持ってくるから……買ったりしなくていいよ?」
「あ〜……うん、ありがとう」
「えへへ……」
「ん……」

梨沙子ははにかむように笑いながら、昔よくしていたように、孝之の肩に背中を預け力を抜いて脚を投げ出しました。
孝之は肩に掛かる多さを感じながら、昔を懐かしむように、それでいて今を、先を見つめるような目で梨沙子を見つめていました。

「たかちゃん?」
「うん?」
「エッチな本とか出てくるのかと思った」
「…………」
「えへへ♪」

半ば自棄になったような行動がいい目を出したせいか、やけに嬉しそうに笑う梨沙子。
その身体から伝わる振動に、何ともいえない気持ちでいる孝之。
その孝之の手には、先ほどと同じDVD、そしてそれとは違うDVD、二つのDVDのパッケージがのせられていました。

382 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:00

 22

季節は流れ、暖かさの名残を残す秋を過ぎ、冬の寒さが街を包みだす頃。
曖昧で微妙な距離でいた梨沙子と孝之の二人にも、着実に変化を促す事柄が起こっていました。
それは二人と、その周囲の人間にとって一つの事件といってもよいものだったかもしれません。
その出来事から十日以上も経っていながら、いまだに状況が変わらないでいるということからも。
事件は日常の中で起きました。

何度か繰り返されたことだとはいえ、なかなか慣れない空気の中で孝之の感情は困惑から憤慨へ変わりはじめていました。
孝之にとって三度目となるTV局の控え室は、慣れているはずのメンバー数名にとっても、そうはない張りつめた空気に変わってきていたのです。

383 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:01

「りさちゃんっ」

その場にいる誰も――梨沙子ですらも――が聞いたことのない種類の孝之の声が響きました。
名を呼ばれた当人は、一瞬ビクリと身体を震わせたものの、それまでの言動を取り下げる気はないというように顔をそらしました。

「りさちゃん……夏焼さんと須藤さんに謝るべきだと思うよ」
「なんでっ? わたし悪くないもん!」

子供の真っ直ぐさで孝之を睨みながら頑なな答えを返す梨沙子は苛立ちを隠そうともしません。

「いや、別に私たちは……ねえ?」
「うん。それより、梨沙子……」

雅と茉麻は自身に向けられた梨沙子の苛立ちには、それほど動揺することもなく、よくあることのように感じていました。
しかし梨沙子に対して孝之の表情が変わったことに気がつき、どう言葉を挟んでいいのかを図りかねるように言葉を濁していました。

384 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:01

「まあはそうなるとイヤなんでしょ?」
「え? わたしは……」
「なんでなんにもいわないの?」

不意に向けられた苛立ちに動揺した茉麻は言葉に詰まり、それが余計に梨沙子を苛立たせるのでした。
一歩詰め寄る梨沙子と、驚いて後ずさる茉麻。雅が梨沙子を止めようとした、そのときでした。
後ろから梨沙子の腕を掴む少し大きな手。

「りさちゃん!」
「離してっ」

振り払おうと暴れる梨沙子の腕をしっかりと掴んだままで、孝之が口を開こうとしたときでした。
雅の後ろにいた茉麻が進み出てきて、話し出しました。

「あの……梨沙子の気にしすぎだから、その……」
「……たかちゃんのこと庇うんだ」

どう話したらいいのか、迷いながら言葉を選ぶ茉麻に、驚いたように梨沙子が言葉を返しました。

385 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:02

掠れた声で、自分の想像が確かなものになったという驚きの声。
それが結びついてしまったとき、梨沙子の中でなにかが弾けました。

「なんでっ!」

激昂したように茉麻に詰め寄る梨沙子は、その声音とは裏腹に泣き出してしまいそうな表情でした。
横にいた雅は、その梨沙子の顔をみてどうしたらいいのか解らずにいて、止めに入ることすらできずにいます。
今にも押し倒してしまいそうな梨沙子を止めたのは、一度離れたはずの力強い手でした。

「やめなよっ」
「離してっ」
「いい加減にしろっ!」

386 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:02

その場に響いた大きな声。
ですがそれよりも、それに隠れた打擲の残響……実際には残るはずもないそれを、その場にいる誰もが感じていました。
その場の空気を壊したのは、残響を頬に残す梨沙子本人でした。
打たれた頬を押さえ、俯き、歯を食いしばって、小さく、ささやくように洩れだした言葉。

「たかちゃん……」

もっとも自分の味方であるはずの孝之に、裏切られたと感じた梨沙子の声は、哀しいほどに弱く空気を揺らしました。
その場にいる誰もが、なにかを言わなければと口を開くよりも早く。
再び開いた梨沙子の口から、絞り出されるようにこぼれ落ちた言葉は、一番近くにいた孝之にしか聞こえないほど微かなものでした。

387 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:03

「もう…いいもん」

388 :『小さな恋の……』:2006/11/05(日) 01:04

それはあの時に聞いた言葉と同じように孝之の耳を揺らし、あの時の言葉以上に胸に響きました。
部屋を飛び出す梨沙子の背中を呆けたように見つめる孝之の耳に飛び込んでくる声。

「梨沙子っ」

それが誰の声だったのか孝之には解りませんでした。
強く唇を噛み締め、胸の疼きを自覚しながら、梨沙子の頬を打った手を見つめます。
そうしながらも熱い痺れのような感覚が残った手を力一杯握りしめました。
微かに痛む手と、強く痛む心を意識しながら、フラフラと歩き出すのでした。

389 :名無し娘。:2006/11/05(日) 01:05

今日はこの辺で。
いやいや、油断すると数日なんてあっという間ですねぇ。

また近いうちに。

390 :373:2006/11/05(日) 18:55
な、なにが原因なんだ…!?

391 :名無し娘。:2006/11/12(日) 18:50

>>390
いや大したことでは。
レスありがとーございます。

気がついてみれば一週間(汗)
さ、さっくりいこう。

392 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:51

 23

「もしもし、孝之くん?」

その電話が繋がったのは、完全に日は落ち、あてもなく歩くことに孝之が疲れを覚え始めた頃のことでした。
受話器に向かって梨沙子の母は、困惑したような、今までにかけたことのない声で孝之の名を呼んでいました。

『…はい』
「今どこにいるの? 今さっきりーちゃん帰ってきたんだけど……」
『ごめんなさい。ボクのせいです』
「……また梨沙子がわがまま言ったのかしら」
『そうじゃ、ないんですけど』
「う〜ん……」

要領を得ない孝之の言葉に、どう話をしたらいいのか迷いながら言葉を選ぶ声。
そのときぼそりと孝之が呟くように話し出したのです。

393 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:51

『叩いちゃったんです……ボクが、りさちゃんを』
「……あら。まあ……そう」
『ごめんなさい』
「ん。理由、聞いてもいいのかしら? 孝之くんは訳もなく叩いたりはしないものね」
『…………』
「話せない?」
『そうじゃないです。そうじゃなくて……ボクにもよく解らないから。ただきっとボクが悪いんだと思うから』
「そう。んー……解ったわ。ありがとう。ともかくりーちゃんは戻ってるから。気にしないで帰ってね」
『……はい』
「気をつけて」

そう締めくくって切った電話から、ついと浮かせた手をあごにやり、少し考える素振りで二階へ向かいました。

394 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:52

一人で戻ってくるなり二階の自室に閉じこもった梨沙子の部屋の前で、困ったように「ふ〜ん」とうなり声を一つあげ、閉ざされた扉をノックしました。
返事が返ってこないままで開かれた扉の向こうに、掛け布団の盛り上がったベッドが一つ。

「りーちゃん?」

母親が声をかけると、微かに身じろぎしたようで、布団の盛り上がりが小さく揺れました。
近づいたベッドの端に腰掛けた母親が、顔も出さない梨沙子をそっと布団の上から撫でながら、ごく当たり前の声でゆっくりと話し出します。

「ご飯食べない?」

返事はなく、身じろぎすらもありませんでした。
母は小さなため息を洩らすと、仕方なくあまりに真っ直ぐな言葉を口にすることを選びました。

「孝之くん、帰ってくるわよ」

小さな反応が手のひらから伝わり、やっぱりと、確信するのでした。
ふいをつくように力を込めて引きはがした布団。
その中で、小さく丸まっていた梨沙子は赤い目をしていました。

395 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:52

「ケンカでもしたの?」

少しの間をおいて、枕に埋められた梨沙子の頭が小さく横に振られました。

「ん〜、じゃあ孝之くんがなにかしたの?」

すると先程よりも長く、しばらく考えていたような間をおいて、同じように否定の動き。

「なら悪いのはりーちゃんなの?」

その言葉を聞いた梨沙子は、弾けるように起きあがって大きな声を上げました。

「わたしが悪いんじゃないもんっ!」
「……ならどうしちゃったの。せっかく迎えに行ってくれた孝之くんに悪いでしょ」
「っ……一人で帰ってくるからいい」
「そういうことじゃないでしょ。なんでそうなったの?」
「たかちゃんが……」
「孝之くんが?」
「まあと、嬉しそうな顔して話してるんだもん」

梨沙子はそれが、さもあってはならないことだというように話しました。
薄いブラウンの瞳を潤ませながら、置き去られた子犬のように見上げて訴えるのです。

396 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:53

「まあって、茉麻ちゃん? ふうん、りーちゃんはそれが嫌だったのね」
「……なんかヤダ」

座り込んだ膝の上で、強く握った小さな手の甲に透明な滴が一つ落ちました。
噛み締めた口元から、堪えきれなくなった嗚咽が洩れてきます。
そっと抱きしめた母の胸で、梨沙子は堰を壊したように涙を流すのでした。
静かな部屋の中で、泣きじゃくる梨沙子の背を撫でながら、母はゆっくりと優しく呟きます。

「初めて孝之くんと会ったのは、六歳? 七歳だったかしらね。二人とも腫れ物に触るみたいだって思ったものだったわ。
 それがいつの間にか、すっかり仲良しになっちゃって。孝之くんはりーちゃんを護る騎士さんみたいに見えてたのね。
 でも……」

ゆっくりと、あやすように口に出していたのはそこまででした。
「あなたにとって、いつからかそうじゃなかったのね。それとも始めからだったのかな」
そう心の中で続けた母が、少し嗚咽が治まりかけた梨沙子の身体を解放し、頬を濡らす涙を指先で拭いました。

「そんなに泣いちゃうほど、なにが悲しいのかな?」

唇をとがらせて、ぶんぶんと首を振る梨沙子。

397 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:54

そんな梨沙子の手に、自分の手を重ねて、一言一言を、しっかりと理解させようとするように話し続けました。

「茉麻ちゃんが、孝之くんと、仲良く話すのは嫌なのよね」

梨沙子は言葉の意味を噛み締めるように考えるだけの時間をおいて、それから小さくこくりと頷きました。

「じゃあ孝之くんと、仲良く話してる茉麻ちゃんは、嫌いなの?」
「…………」
「ん?」
「……そんなことない。でもっ」
「でも?」
「……なんか、前から知ってるみたい」
「あら、そうなの? いつからなのかしらねえ」
「……知らない」

それは知らないのではなく“知りたくない”ということなのよと、母はそう心の中で呟きました。
けれど口にしたのは別のこと。子供の成長を嬉しくも面映ゆくも感じながら、諭すような口調で。

「りーちゃん。孝之くんが茉麻ちゃんと話すのはいけないことなのかしら」
「だって……」
「孝之くんはりーちゃんの“もの”じゃないのよ」
「…………」

398 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:54

「一つだけ、教えてあげる」
「…………」
「誰かに何かをして欲しいって思うのは悪いことではないわ。でもね、そう思うだけなのは駄目なのよ?
 そうして欲しいんだったら自分から行動しないと……自分でどう思ってるのか、ちゃんと伝えないとね」

それが今の梨沙子にとって、まだ難しいことだとは解っていました。
ですが、聞かされた言葉を噛みくだくように、自分の中で昇華させようとする梨沙子の様子に、ふっと微笑んで母は立ち上がりました。
最後にまだ考え込んでいる梨沙子の頭にぽんと手を乗せて、表情そのままの優しい声で言いました。

「よ〜く考えてね。りーちゃんにとって、とても大事なことだから」

そう言い残して部屋を出た母にも気がつかないほど、深く、自分の中へ沈み込むように、梨沙子は考えていました。
自分にとって大事なことというものがなんなのか。

須藤茉麻のことを。
Berryz工房であるということを。

孝之のことを。
孝之のしてくれたことを。

深く、深く……孝之のことを。

399 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:55

 24

それは新曲のレコーディングをするスタジオでのことでした。
あの一件以来、雅と茉麻――特に茉麻――との仲がぎごちなくなり、メンバーといる時間を極力避けるようにしていた梨沙子。
今日、このスタジオでもそうでした。
収録しているメンバー以外が集まっている控え室から離れ、数台の自販機が並ぶ空間でポツンと一人でベンチに腰を下ろしていました。

「……りーさこっ」

不意にかけられた声に俯いていた顔を上げると、そこには笑顔を見せる夏焼雅の姿がありました。
突然かけられた声に動揺して、返事もせずに顔を背けてしまった梨沙子に、怒りも呆れもせず雅は並んで座り込みます。
身体ごと座り位置をずらして距離を取ろうとした梨沙子に、はしゃいだ声で「逃げるなー」と、雅が手を伸ばしました。

「んんーっ」
「あっ、こらぁ」

駄々っ子のようにその手から逃れようともがく梨沙子を、しっかりと抱きしめ捕まえた雅が、その耳元へ顔を寄せて言いました。

「梨沙子っ」

400 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:55

その声にピクリと反応し動きを止めた梨沙子に、雅はトーンを落とし、それでも明るく、しっかりと自分の感情を伝えられるだけの声で話します。

「みんな心配してるぞ。別にまぁは怒ってなんかないんだよ? 私もね」
「だってっ……、だって……」
「ごめん、って謝っちゃえばいいんだよ。そしたらみんな笑って「またか」ってなるからさぁ」
「…………」
「ヤダ?」

沈黙をそういうことだと感じたのか、雅が困ったように問いかけると、梨沙子はぶんぶんと強く首を振りました。

「そうじゃないもんっ。ただ……」
「ただ?」
「…………」
「なあに? 教えてくれたらなんかできるかもしれないじゃん」
「………ゃんが……」
「ん?」
「たかちゃん……」
「あー……そっか。やっぱそういうことなんだ」

一言だけ洩らした梨沙子に、雅は納得したらしく一人頷くのでした。
そんな雅を、泣き出しそうな顔を上げた梨沙子が訝しげに見つめています。

401 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:56

見つめられていることに気がついた雅が、笑顔を浮かべてこう言いました。

「好きなんでしょ。たかちゃん? ってあの人の事」
「……よくワカンナイ」
「それでまぁにあんななったんだ」
「…………」
「取られちゃう、って?」
「…………」
「あのさ、まぁのアレはさぁ……梨沙子とは違うと思うよ?」
「……なにが?」

潤ませた目で、口をとがらせた梨沙子。
そんな梨沙子を宥めるように、くしゃりと頭を撫でて雅は続けました。

「なんてゆーんだろ、好きとかって、そういうんじゃなくってさ。
 んー……あっ、久しぶりに会った親戚のお兄さんみたいな?」
「だって……親戚じゃないよ」
「そうだけど。でも、そんな感じなんだってば」
「…………」
「絶対。間違いないって。雅さんのゆーことを信じなさいっ。ね?」
「…………」
「だからさぁ、今すぐになんて言わないけど、ちゃんとすっきりさせちゃお?」
「…………」

ハッキリとした答えこそ口にしなかった梨沙子でしたが、雅はその表情の中に変化を読み取ったらしく、笑顔で「うん」と頷きました。

402 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:57

それから「んー」と、おもむろに立ち上がって一つノビをして。

「もうすぐ梨沙子の番だからね。レコーディング」

そう言ってポンポンと梨沙子の肩を叩きました。
梨沙子が「わかった」と返すと、控え室に向かって歩き出し、思いだしたように振り向いて「約束だぞぉ」と笑って歩いていきました。
梨沙子はそれを見送って、考え込むような、迷うような複雑な表情をしていました。

「……はぁ」

どうにもならない気持ちをため息に一つ零して、梨沙子は立ち上がって歩き出しました。
幾度か叱られながらレコーディングを終え、結局気持ちの整理がつかないままで、その日の仕事を終えた梨沙子は帰路につきました。

403 :『小さな恋の……』:2006/11/12(日) 18:57

家の近くで用意されたタクシーを降り、精神的に疲労してきている身体で家の玄関前までたどり着いた、その時でした。

「あっ……」
「っ……」

それは偶然の悪戯でした。
あれ以来、どちらともなく避けるようになってしまっていた二人が、両家の門前ではち合わせるように会ってしまったのです。
外出するときも、帰宅するときも、様子を窺うように気をつけていた梨沙子。
それとなく気にはしていたけれど、あえて訪ねることもできずにいた孝之。

先に気がついたのは梨沙子の方でした。
けれど、ハッとして逃げる間もなく孝之に気づかれ、そのぎこちない表情に梨沙子は身体をすくませました。
玄関のノブに手をかけたまま、動きを止めた梨沙子の目に映った、久しぶりに見る孝之の姿。
孝之の方でも、互いに認識したと感じこそしたものの、かける言葉が見つからず、迷いから視線を流しました。
その小さな仕草が梨沙子にとって、初めてされた“拒絶”のように感じられたのでした。

孝之が流した視線を戻したとき、その視線が合うことから逃げるように……いえ、まさに梨沙子は“逃げた”のでした。
背中に孝之の存在を感じながらも、それから隠れるために扉をくぐる梨沙子。
そんな梨沙子を見つめていた孝之は、どこか哀しげな色を滲ませながらも、救われたというかのような表情で立ちつくしていました。

404 :名無し娘。:2006/11/12(日) 18:59

今日はここまで。
もう一、二回の更新で終わりまーす。
ではでは。

405 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:13

 25

「はい、もしもし」

「え? はい……」

「でも――、……はい。……わかりました」

それはごく短い、けれどそれぞれに――少なくとも幾人かにとって――分岐となる瞬間でした。
何年かが過ぎて、それぞれが大人となって、ふとなにかの拍子に思い起こす。
そんな出来事の発端でした。

406 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14

収録を終えたTV局の一角。
人気のない休憩所で、踵まで椅子にのせ、膝を抱えて身体を揺らしている梨沙子。
あの門前での邂逅から数日を経て、それでも何一つ変わらず、進めずにいる自分にため息を洩らす梨沙子でした。
考えて、考えて、自分なりに答え……とまではいかずとも、“気持ち”の向きは解ってきた。
そうであっても、いざそれを行動に移すとなると、なかなかそれもできずにいる。
自分の中で、自分の考え方から行き詰まってしまう。そんな現状を、膝を抱えて小さくなるその姿が現していました。

「やっぱりこんなトコにいた」

カーペットの敷かれた床しか映っていなかった視界に、小さなスニーカーが入ってきました。
変わらぬ姿勢でチラリと目だけを動かしてみれば、華奢な身体の頼もしい姿。

「…………」

言葉を選べずに、プイと逃げるように顔をそらした梨沙子。
そんな梨沙子の膝を抱え込んだ白い腕に、日に焼けた健康的な腕が絡みます。

407 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14

「わわっ!?」
「わわじゃない。なに人のこと無視してんの。おいでっ」
「なんでよぉ」
「はあっ? なんでもなにもないっ。いいからくるのっ!」

短いやりとりの間に、椅子から引き剥がされるように立ち上がらされた梨沙子。
そしてその梨沙子よりも頭一つほども小さい少年のような少女。

「なにすんのぉ、しみちゃん」
「うるさい。もう……うじうじうっとおしいよ、梨沙子」
「むーっ」
「子供じゃないんだから、ちゃんとしなさいっ」
「子供だもん」
「――、ならおねえさんズの言うこと聞けー」
「しみちゃんしかいないじゃん」
「……ふっふっふ。いいから行くのっ!」

年長者として余裕の笑み――少なくとも本人はそのつもりの――を浮かべ、佐紀は梨沙子の腕を取り歩き出しました。
振り解こうと思えばできなくもない状況でしたが、“負い目”がある梨沙子は進んで歩きはしないまでも、逆らうこともできません。
知らない人から見れば、はしゃぐ妹に渋々手を引かれる姉といった光景。

408 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:14

さして長くもない道のりを歩き終えた二人は、『Berryz工房様』と記された控え室の扉を開けました。

「連れてきたよー」
「おかえりー」

二人を迎えた元気な声は、これ以上ないほど明るい笑顔の千奈美から発せられたものでした。

「ちぃ…くまいちゃん……」
「ほら、まぁさん」
「あっ、あー……っと」

友理奈に引き寄せられるように梨沙子の視界に入った茉麻は、どうしたらいいのか困っているらしく少し引きつった笑顔を浮かべていました。
微妙な距離をたもったままで、どちらも踏み出せずにいる二人に、佐紀がフォローするように「ほらっ」と梨沙子を押し出しました。

409 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:16

「あんっ」

不意に背中を押された梨沙子は、一歩、二歩とバランスを立て直し、気がついて顔を上げてみれば、至近に茉麻のへらっとした笑顔があります。
周囲から無言の声を感じて俯きながら、梨沙子は赤ん坊が初めて話すときのように、「うー」、「あー」と、一生懸命に言葉を口にしようとしていました。
佐紀たち三人も、そして茉麻も、そのことを理解して、急かすこともなく、慌てることもなく、じっと梨沙子の言葉を待っているのでした。
しばらくしてクッと顔を上げた梨沙子が眉根を寄せて、妙に力が入りすぎて頬を僅かに赤らめながら口を開きかけたそのときでした。
スッと持ち上げられた柔らかな手が、ぽんぽんと軽く二度、梨沙子の頭を撫でるように叩いたのです。
視線を合わせ「へへへっ」と笑う茉麻に、釣られたように力が抜けた梨沙子は、それまでが嘘のようにその言葉を口にしたのでした。

「ご、ごめんなさい、まぁ」

へにゃりと情けなく下げられた眉尻で、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして謝った梨沙子。
それを見ていた茉麻は、「もおー」と一言嘆息して、力一杯梨沙子を抱きしめました。

「むぐぅ」
「あーもう、全然怒ってないってばっ」

ちょっと生意気な、けれどどうしようもなく可愛らしい妹のような梨沙子を。
少しがっちりした、けれど温かく柔らかな腕の中で、小さくうめく梨沙子を抱きしめる茉麻。
そんな二人の周りで佐紀も、千奈美も、友理奈も、茉麻と同じように笑っていました。

410 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:17

 26

「さっ、じゃあ行かなきゃ」

以前のように戻った騒がしい時間が過ぎ、一息ついた頃、佐紀がそう言いだしました。
久しぶりに和やかな空気に包まれたままで、訳が分からずにいる梨沙子に茉麻が声をかけます。

「じゃあ私行くね。りさこ、行こっか」
「行くって、どこ行くの?」
「んふふふっ。くれば解るよ」

隣に座っていた茉麻が先に立ち上がり、追うように腰を上げた梨沙子が、そこで気がつきました。

「あれ? しみちゃんたちは?」
「あたしたちはイーの。まあさと一緒にいってらっしゃーい」
「なにー? なんでなんで?」
「いいから。いくでしょ、りさこ。仲直りしたんだもんね?」
「え? あ、うん」

411 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:17

どこか引っかかるままで、それでもまだ強くは出られない梨沙子は、訝しく思ったままで茉麻の後について控え室を出ました。
前を歩く茉麻に手を引かれながら、カーペット敷きの長い廊下をてくてく歩いていく梨沙子。

「まぁ? どこいくの?」
「んー。どーこだ?」
「わかんないからきーてるんだもん」
「えーとね……いーとこ」

はぐらかし続ける茉麻に、どうやっても教えてくれる気なんかないようだと気がついた梨沙子は、仕方がなく黙って後をついて歩くことにしました。
エレベーターホールを通り過ぎ、静かな階段を一フロア降りて、全く同じ造りの廊下を同じように歩いていく二人。

「ねえ、まぁ?」
「なにー?」

振り向くこともなく返ってくる、少し間延びした返事。

412 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:18

「この階なの? なんにもないんじゃないの?」
「もう着いたよ」
「ええ?」

立ち止まった茉麻、そして梨沙子の前には、自分たちが出てきたのと同じ扉がありました。
ただ一つ、違うことは、誰と書いてあるはずのネーム部分が空白になっていることだけ。
訳が解らないながらも、少し緊張したように黙っている梨沙子をよそに、まったく変わらない様子の茉麻が扉を二つノックしました。

「はーい」
「きたよー」

中から聞こえてきた声は、梨沙子にも聞き覚えのある、耳に馴染んだ独特の声でした。
静かに開いた扉からひょっこり覗いた顔は、梨沙子の予想通り、悪戯な表情を浮かべた嗣永桃子の笑顔。

413 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:18

「遅いよー。なにしてたのさ」

その桃子の後ろから、これも同じように親しい顔、夏焼雅が不平を訴えながら顔を出しました。
茉麻は気にした風もなく笑いながら「まあまあ」とだけ口にして、後ろの梨沙子をちらりと一度流し見て、すぐ二人に向き直って話し出します。

「平気?」
「うん」

茉麻と雅、二人の短いやりとりの後、部屋から出てきた桃子が、梨沙子の腰に手を伸ばし、抱くように引き寄せます。
梨沙子は桃子に引かれながら、すれ違った雅がニッコリと笑顔で「しっかり」とささやいたのを耳にしました。
なにがだろうと、そう思いながら、梨沙子は桃子の小さな手に背中を押され、部屋の中へと足を踏み入れるのでした。

414 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:19

それを見送った茉麻が、扉の向かいの壁に背中をあずけ、ほうと小さなため息を一つ。
すると隣に、同じようにして背中をあずけてきた雅が、真っ直ぐに扉を見つめたままで、静かに口を開きました。

「もしかしてさ、ホントは……ちょっとくらい好きだった?」
「えー? ……そうじゃないけど」
「けど、なぁに?」

茉麻を挟むように、やはり同じように壁にもたれた桃子が問いかけます。
両隣の二人は、少し考える茉麻の言葉を黙って待っていました。

「なんだろ? んー……あ、あれだ。ちょっとイイなって。うん、それくらいは思ったかな」

それは二人にとって、いかにも茉麻らしい口調、茉麻らしい言い様でした。
少し身体を起こして茉麻越しに視線を交わした二人は、ほぼ同時くしゃりと笑いを浮かべ、全く同時に茉麻に腕を絡めます。

「彼の友達とか紹介したげよっか?」
「……いらない。なんかヤダ。ももの彼の友達とか」

からかうみたいな桃子の言葉に、からかわれていると解ってからかい返す茉麻の言葉。
デコボコな三つの影は、同じ色の笑い声で歩き出すのでした。

415 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:19

 27

背中を押されよろめきながら部屋へ入った梨沙子は、後ろで閉ざされた扉の音で反射的に振り返りました。
そこにはすでに三人の姿はなく、一瞬、イタズラでもされて閉じこめられた、などとつまらない考えが梨沙子の頭をよぎりました。
扉を睨むように見つめてから、そのノブに手を伸ばそうとした梨沙子の動きがピタリと止まります。
なにかを感じたのか、静かに、恐る恐る身体の向きを変えていく梨沙子の視界に映る光景。
薄暗い部屋の中、窓から差し込む夕日が逆光になり、黒い影として視界に映った人物。
それは梨沙子にとって、どこか見慣れていて、それでいてしばらく目にしてなかったシルエットでした。

「……たか、ちゃん?」

416 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:20

視界を埋め尽くす朱に向かって洩らした言葉は、そのまま夕日に吸い込まれ、消えてしまいそうに小さな音でしかありませんでした。
梨沙子の口から、まさに“洩れて”しまっただけの名前は、窓辺に背もたれた人影までは届くはずもないほど小さな、声にもならない声でした。

「りさちゃん」

が、朱を背負って窓辺に背もたれたその人影は、聞こえないわけがないとでもいうように、当たり前に声を返してきたのです。
梨沙子の視界を染めていた朱が、不意に弱く、一瞬電気が消えたように焦点を失いました。
窓辺に立つ人影は梨沙子の様子に気づいたらしく、カーテンを引いて静かに向き直りました。
段々と慣れてきた梨沙子の目に、ただの影から色を持つようになった人物が認識されます。

「たかちゃん……」

417 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:20

それは間違えようもない見慣れた面差し。
間違うはずなんてない大切な存在だったのです。
ですがそれでも、思ってもいなかった状況に、梨沙子は解らなくなっていました。
相手の心も、自分の心も。

「な、なんで……いるの?」
「夏焼さんが電話してきた。りさちゃんのお母さんに聞いたんだって」
「みやが? ……なん、て」
「ここへきてくださいって。りさちゃんが……」

418 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:21

続きがある、けれどそこで止まった言葉。
大人になりかけている梨沙子がそれに気がつき、子供のままでいようとする梨沙子が口を開くのでした。

「わたしが……?」
「りさちゃんが……りさちゃんのことを大事に思うんだったら、きてくれないですか? って」

そのことに気がつき始めている孝之は、言い淀んだ言葉を声にしました。
梨沙子は解りませんでした。それがどういうことなのか。
梨沙子は解っていたのです。ずっと大事にされていたことを。

419 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:22

「たかちゃんはぁ……あ、ううん。あの……ごめんなさい」
「え? ……あっ……うん」

梨沙子にとって、やり直す術はそこからでした。
以前と変わらない孝之と、以前と変わらない自分。

「ボクは……ずっとりさちゃんのことを守ってあげたかったんだ。ずっと昔、そう決めたんだ」
「え……?」

ふいに方向を変えた孝之の話は、梨沙子にとって唐突すぎて、けれどそれはずっと感じていた思いで、ずっと積み重ねてきた記憶でした。
そんな梨沙子を見つめたまま、孝之は方向を変えた話を続けます。

420 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:22

「いつだって、ずっとそう思ってたし、そうありたいってやってきたつもりだったんだよ?」
「……うん」
「だけど……当たり前だけど、ボクも、りさちゃんも、少しずつ大人になっていく……」
「えっ?」
「ボクじゃ、ここにいるりさちゃんを守ってあげることなんてできないんだよね」
「そんなの――」
「だからっ。……違う。だけどボクは、引っ越していった先で……りさちゃんが頑張ってるって知るたびに苦しかった」

梨沙子は驚いて言葉を失していました。
初めて見る孝之に。初めて見る哀しげな表情に。

「ボクじゃダメだって……そう思って、仕方がないって、そう思ったのに」
「そんなことないもん……」

孝之の言葉尻に重なるように、梨沙子がポツリと呟きました。
今にも溢れてしまいそうなほど瞳を潤ませて、ぐっと歯を食いしばって。

421 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:24

「りさちゃん……?」
「たかちゃんはそんなことない」

食いしばった口元から、絞り出すように、涙を零してしまわないように。
梨沙子は自身の精一杯で孝之の言葉を否定しました。

422 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:25

「りーのこと守ってくれるの、たかちゃんだもん」

孝之はただジッと見つめていました。
真っ白な頬を紅潮させて話し続ける梨沙子を、その仕草の一つまで見落とすまいと。

「りーはたかちゃんがいいんだもんっ」

孝之はジッと見ていました。
言い終えると同時に口元へ伝いあごの先から落ちたキラキラ光る雫を。

423 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:26

「ボクは……ずっと、りさちゃんを……りさちゃんが傷つかないようにしたかった」
「……うん」
「無理なのかもしれないけど、りさちゃんを守りたいんだ」
「うん」
「ボクで、いいの?」

孝之はそう問いかけながら、掌を上に向け、梨沙子へと差し出しました。
その差し伸べられた手を、そしてその表情を見た梨沙子は、固まっていた身体からフッと力を抜いて動きました。

「たかちゃんじゃなきゃヤなの」

差し伸べられた手さえすり抜けて、孝之の胸の中へ。
カーテン越しに差し込む夕日の中で、一つの影を、少し大きなもう一つの影がそっと包み込みました。

424 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:27

 ……

425 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:28

きっといつか、何年かが過ぎて、それぞれが大人になって、ふとなにかの拍子に思い起こす。
そしてクスリと微笑んで、隣にいる大切な手に自分の手を重ねる。
そんな大切で、温かな記憶になる時間。
二人が紡いできた時間は、ずっと色褪せずに残る、二人だけの小さな恋の……

426 :『小さな恋の……』:2006/11/19(日) 19:28

end.

427 :名無し娘。:2006/11/19(日) 19:32

気がついてみれば一ヶ月以上すぎてましたね。
もっとさくさく載せるつもりだったのに。
最後まで読んでくれた方、いましたらお疲れさまでした。

また夢物語の方にも書きながら、そのうちになにか載せます。
残り少ないストックの中から(笑)

428 :名無し娘。:2006/11/22(水) 12:47
飼育的だな

429 :名無し娘。:2006/11/23(木) 23:42

>>428
ですか。そういう意識はないですが、やはりそうなのか。
飼育だとどこで載せるにも微妙な感じだったので(^^;)


あ、次に載せるのはエロっぽい予定で。

430 :名無し娘。:2006/11/24(金) 01:59
どんどんうpしてよ

431 :名無し娘。:2006/11/24(金) 23:47

>>430
どんどん言われても(^^;)

じゃあとりあえず古い話を。
2003年頃に書いたヤツを、ほぼそのまま丸投げで。
今読み返してみたら、激しくリアルとは噛み合わないけど、その辺はご勘弁をw

432 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:48

おいらの赤い糸は誰に繋がってるんだろう。
今までコレがそうなのかなって思ったことはあったけれどきっと違うンだよね。
その人の事を……おいらは本当に信じられるんだろうか?
今はもうよく解らなくなってきてるんだ……。

433 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49

 …………

434 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49

 ─1─

二月の寒さなどからは縁遠く、逆に人数が多いせいで暑いくらいの楽屋の中で、おいらはみんなから少し離れたところに陣取ってまったりとした時間を過ごしていた。
楽屋の中は相変わらず年少組の騒いでいる声が響いていて少しうるさいくらいだった。

そんな喧騒に包まれた室内でなにするでもなくメンバーを眺めながら思っていた。
みんなはそっち方面はどうしてるんだろうって。

カオリは、よく知らないけどいるらしい。
なっちは、色々あったみたいだけどね、今は幸せみたいで羨ましいような気もするよ。
圭ちゃん……いないでしょ。
梨華ちゃんは携帯で写真見せてもらったけど綺麗な顔してたなぁ…順調にやってるらしいね。
よっすぃ〜……どうなんだろう、そう言う話しないよなぁ。
辻ちゃんに加護ちゃんか……まぁいないだろうし、あんま気になんないな。
五期メンの娘達とはそんな話全然しないしなぁ。
ごっつぁんはなんか内緒にしてるし、裕ちゃんは相変わらず程良い距離感でやってるみたいだしなぁ。

435 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:49

などと考えていたそんな時、乱暴なノックの音が響……く程に静かではなかったから、誰も気がつかないみたい。
まったりと何もしていなかったおいらだから気がついたのかな?
でもノックした側もそんな事は承知らしくって、誰からも返事がないままに扉を開けて室内へ入ってきた。

「お疲れさん〜」

ココまでハッキリとは届かなかったけれど、聞こえなくてもなんて言ったか解る……裕ちゃん。
一番扉に近い位置に座っていた梨華ちゃんが、気がついて走り寄っていった。

 サッ!
 スカッ!

キャハハハ!
梨華ちゃん抱きつこうとしたけど、さすがに裕ちゃんも慣れたもんだね。
よけるの上手いわ……あっ、梨華ちゃんなんか文句言ってる。
よく聞こえないけど何となく解るな。
どうせ「なんでよけるんですかぁ〜」とか「中澤さんヒドイですぅ〜」とか言ってるんだろーね。

436 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:50

あっ! あ〜……危ないよ裕ちゃん。

 ドスッ!
 ドンッ!

痛そ〜、辻ちゃん加護ちゃんの体当たりはね〜、よっすぃーくらいしか受け止めきれないからなぁ。
裕ちゃん華奢だからね、壁まで押し込まれちゃったよ。

こうなると……あ〜、笑いながら怒ってる……お説教タイムの始まりだね。

おっ? 二人とも素直に謝って……る訳ないよね。
やっぱりか、怒ってる怒ってる。
頭は下げても「三十路〜」とか「おばちゃん〜」とか余計な事付け足したんだろうね。

あっ! 二人して逃げた!

437 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:50

なんかブツブツ言いながらこっちくるよ。
しまった……目ぇあっちゃった。

「ヤグチぃ〜〜♪」

うわっ! 来たっ!!

 ギュッ!!

「なにすんだよ〜! 離せってば、このバカ裕子!!」
「ええやん、久しぶりなんやし。チューもしたろか?」

あ〜っ! その口ぃ、ホントにしようとしてる!

「あ〜、もうっ! うっとおしい!」

 ガシッ!

「むぅぅ、やぐふぃ、はにふんへん」

へへへ、両手で頬挟んでるからまともに喋れないんだ。
よく解んないけど「ヤグチ、なにすんねん」かな?

「諦めた?」

そう聞いたらコクンコクンって頷いてる裕ちゃん。
なんかちょっと可愛いし……離してやるか。

438 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:51

「はぁ〜、ヤグチ酷いことすなや〜。せっかく裕ちゃんが誕生日祝ったろう思うたのに」
「え? ナニナニ? ナニしてくれるの? でも……プレゼントはもう貰ったじゃん」

そう聞いたら、なんだか何かを企んでるみたいに怪しげにニヤって笑いながら裕ちゃんが言った。

「大人のお店行こか。静かな良いトコ知ってんねん。今日まだ仕事残ってるん?」
「後、取材が一本残ってるけど…一時間くらいかなぁ…変なトコじゃないの?」
「心外やなぁ、ホンマにいいトコなんよ」
「ん〜……じゃあ行く」
「そか。したら一時間半位したらまた来るわ。支度しといてな」

そう言って出口へ向かって歩いていく裕ちゃん。
あっ、高橋にも絡んでる……ほんっと中年オヤジみたいだよねぇ。
そうこうして裕ちゃんが出ていったのを見届けて、そろそろかなと支度を始めた。

439 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:51

順調に取材も終わり、再び楽屋に戻ってきた時には、既に他のメンバーの大半は帰ってしまっていたらしい。
荷物を片づけながら時間を確認していたら、キッチリ一時間と三十分後に迎えに来た裕ちゃん。
そうして携帯やらを詰め込んだバッグを持って、裕ちゃんと一緒にタクシーに乗って目的のお店へ向かった。

夜の街を走るタクシーに揺られながら裕ちゃんとの会話を楽しんでいた。
しばらく走ってから、裕ちゃんが運転手さんに何か話し掛けて、そこから数分で車が止まった。

「ココ」
「ココって……どこ?」

タクシーを降りはしたものの、周りを見回してもそれっぽい店なんて見あたらない。

「おいで」

そんな空気を察したのか、一言だけ話してサッサと歩いていく裕ちゃん。
遅れないように後を着いていこうと歩き出したけど、遅れるもなにもなかった。
すぐそこの路地を入ったら、地下へと下りる階段があって、下りた先はもうお店だった。

「ここぉ?」
「そぉ。なんで? 不満なん?」
「そうじゃないけどさ、いい店なの? ホントにぃ?」
「そう言ってるやん、グダグダ言わんと入りぃ」

 カチャ

裕ちゃんはそう言って、大きく開いた扉へおいらのことを押し込んだ。

440 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:52

「いらっしゃいませ」

カウンターの向こうにいるキチッとしたバーテンダーの格好の男の人が声を掛けてきた。
一瞬どうすればいいのか迷ってる間に、後ろから裕ちゃんが顔を出して話し出した。

「こんばんわ〜、くお〜ん、平気?」
「あぁ、いらっしゃいませ。二名様で宜しいですか?」

従業員さんはカウンターから出てきながらそう言った。
裕ちゃん常連さんなのか……一人で飲んだくれたりしてるのかな。

「うん、そう」
「どうしましょう? テーブルの方が宜しいですか?」
「え〜っと、どっちがええ、ヤグチ?」
「え? そんなこと聞かれてもさ……任せるよ」
「したらカウンターで」
「はい、ではこちらへどうぞ」

通されたカウンター席は、六人が座れる程度。
今はカウンターには誰もいないし、三卓ある四人掛けのテーブル席も二卓に女の人が二人と男の人が二人座っているだけだった。

441 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:53

座り心地を確かめるように身じろぎをして、従業員の人が離れるのを待ってから、少し気になったことを裕ちゃんに聞いてみた。

「ねぇねぇ、さっきのくお〜んってナニさ?」
「ん? さっきのおにーちゃん、くおん言うコ」
「名前……? そんなにきてるの? それに"コ"って……確かに若そうだけどさ」
「それほどちょくちょくきてるわけやないよ。ちょっとあってな。
 歳……そういえば知らへんわ。なんとなくパッと見で呼んでた。
 後で聞いてみよか……それよりココ、いい雰囲気やろ?」
「あ、うん、そりゃいい感じだけどさ」

くおんって従業員さんの事は後で追求するとして……。
そう、お店の雰囲気は間違いなくいい感じだった。
表はなんの飾りっ気もなくシンプルな感じだったけれど、内装は品がいい感じで。
……なんて言うんだろう、瀟洒な感じで選び込まれているようなイメージだし、照明も明るすぎず暗すぎずでちょうどいい感じ。
静かにBGMとして流れているジャズが、雰囲気を一層心地よいモノにしている感じだった。

「そうやろ? ならそれでええやん」
「高いんじゃないの?」
「ん〜……普通とちゃうかなぁ」

そんな話をしていたとき、さっきのくおんって従業員さんが近寄ってきた。

442 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:54

「オーダーの方はどういたしましょう?」

裕ちゃんはこっちを見て少し笑いながら言った。

「この娘に似合うカクテル作ったって」
「!?」
「この娘二十歳になったばっかりやねん。だから今日はお祝いなんよ」
「そうですか……だったらあまりアルコールの強くないモノが良いですね。
 では、中澤さんは今日は何をお持ちしましょうか?」
「アタシはビール。あ、後アタシに似合うカクテルもお願いしとこ。
 料理はいつも通り、お任せで軽めの幾つか持ってきてくれればええわ」
「はい、承りました」

そう言ってさっきと同じように廻ってカウンターの中へ戻っていった。
二人になってからやっと堪えていた言葉を笑いと共に解放した。

「裕ちゃんってば、なに対抗してんのさ」
「ええやん、TVで言うてたから…圭ちゃんに先越されてちょっと悔しかってん」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「うっさいっ」
「もう……嬉しいけどさ」
「なんや〜、そうならそうと早く言うてや」
「はいはい、ありがとうございます〜」

そんな子供じみた会話をしている間に、飲み物が運ばれてきた。

443 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:54

「失礼いたします」

おいらの前に置かれたのは、下から上へと柔らかい曲線の細長いグラスに入れられたオレンジ色のカクテル。
裕ちゃんの前に置かれたのは、注文通りのキンキンに冷えて表面に薄く氷の幕が張られているグラスビールと、同じようなサイズで、やや上が広がったグラスに入れられたビールみたいに見えるカクテル。

「うぅ〜、ちょっと怖いなぁ」
「平気やって、あのコこういうん上手やから。さ、乾杯」
「うん、乾杯」

 チンッ

二人で軽くグラスを合わせて、おいらは舐めるように味をみて、裕ちゃんはグラスビールを喉を鳴らして一気に飲み干していた。

「はぁ〜、メッチャ美味いわぁ。で? どう?」
「うん、美味しい♪ なんかね、オレンジジュースみたいなんだけど。
 それだけじゃなくて、少し……なんだろうココナッツみたいな味する。
 そんなにお酒お酒してないみたいだし、全然平気みたい」
「ほ〜、ヤグチいけるクチやなぁ」
「それは?」

裕ちゃんの、もう一つのグラスを指しながらそう聞いてみた。

444 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:55

「コレ? ちょっと待ってな」

そう断ってから裕ちゃんは、さっきのビールとは違って、さすがに味をみるように少しだけ口に含んでいた。

って……クィーってなんでそんなに飲んでるの?

「裕ちゃん? 大丈夫なの?」
「ん……あんまりビールと変わらんみたいやけど……ちょっと甘みやらあるみたいやけど」

そう言いながら置いたグラスは、半ばまで減っていた。

「失礼いたします」

いつの間にか従業員さんが両手にお皿を持ってうちらの前に立っていた。
カウンターに置かれた二枚のお皿の片方はパスタが、もう片方はごく普通の乾き物って言うのかな、ポテチとあまり見たことのないナッツが盛られていた。

「くおん、ヤグチに出したコレはなんていうん? 美味かったて」

裕ちゃんがそう聞くと、従業員の…くおんさん? は柔和そうな笑顔を浮かべて聞き返してきた。

445 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56

「お気に召していただけましたか」
「うん、美味しかったです」
「ありがとうございます、お客様にお出ししたのは『マリブ・ビーチ』といいます。
 ココナッツのリキュールをフレッシュオレンジジュースで割ったものですね」
「ふ〜ん、ひょっとしたら名前とカケたん?」
「ええ、せっかくですから…そんなチョイスにしてみました」
「な〜んだ、ヤグチの事知ってたんだ」
「そら知ってるやろ」
「はい、まぁ……多少は」
「ふ〜ん」
「トコロでこっちのはなに? ビールとはちゃうん?」
「中澤さんにお出しした方は『シャンディー・ガフ』といいます。
 ビールにジンジャエールをあわせたものですね」
「なんでやねんな〜、もぉ、えらい差別してへん?」
「すいません。うちではビールしかお飲みではなかったので」
「ま、美味いからええねんけどな……あっ、アタシ次は他のん持ってきてくれる?」
「はい、では」

そう言って振り向いたくおんさんを、裕ちゃんが引き留めた。

「あっ、くお〜ん」
「はい?」
「アンタ幾つやった?」
「幾つ? 歳ですか?」
「他になにがあるん?」
「今年で二十五になりますけど」
「そっか、ありがと」
「はい、では」

446 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56

少し不思議そうに微苦笑しながらカウンターの中へ戻っていく背中を見て、さっき疑問に思ったことを思い出した。
思い出した疑問を口に出そうとした時、裕ちゃんがニヤニヤしながら一言。

「だって」
「別にヤグチは聞いてくれなんて言ってないじゃん」
「はいはい」
「なんだよっ」
「なんでもあらへんよ〜」

裕ちゃんは惚けた調子でそんなことを言いながら、そっぽ向いてグラスに口をつけている。
ちょっとムカついたし、タイミングが悪いけど、思い出した疑問を口に出してみた。

「ねぇ、裕ちゃん。くおんって変わってるけど……名前なの?」
「ん? 名字。久しく遠いって書いて久遠やて。
 名前は真実の真て字で久遠真(シン)や言うてたかな。なに、やっぱ気になるんか?」
「え〜? べ、別に全然そんなんじゃないよ」
「ふ〜ん、なんや、まだ引っかかってるん?」
「……そうじゃないけど」
「ふ〜ん」
「……なんだよぉ」
「ふ〜ん……」
「なんでもないって言ってんじゃんかよっ」
「まぁ、ええやん。飲も〜や。で、食べよ〜や」
「あ〜、もうジャンジャン飲んじゃうよ」

447 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:56

そうして店に入ってから一時間位。
裕ちゃんは少し酔っぱらってきてるみたいで、話し方がスローになってきていた。
ペース早いんじゃないかな……おいらが一杯空けるまでに『カンパリビアー』だの『ビアヨーグルト』だっけかな、色々飲んでるんだもん。
そんな裕ちゃんの話に適当に相槌をうちながら、なにするでもなく店内を眺めていたら、久遠って従業員が二人の女の人に捕まっているトコロが目についた。
ナニを話してるのかまでは聞こえなかったけれど、女の人は腕絡めたりして……なんか誘ってるみたいな感じがしてて、久遠って人は仕事だからなのか解らないけど笑顔でその人を上手くあしらいながら話しているみたいだった。

そんなシーンを見つめていた時、テーブルに座っていた男の人が、こっちに近づいてきた。

「ねぇねぇ、中澤と矢口でしょ? TVで見てるよ」

うわっ、いかにもって感じ。
裕ちゃんより少し下ぐらいに見える、ちょっとしつこそうな……誤魔化そうとしても駄目なんだろうなって思ってたら、裕ちゃんが目だけでおいらに「黙ってろ」って合図してから口を開いた。

「そうですけど」
「あぁ、やっぱり!? ファンなんだよー」
「そうですかぁ、ありがとうございます〜」
「今日は仕事だったの?」
「えぇ、仕事が終わってリラックスしてた所なんですよ」

暗にプライベートだからあっち行けよって言ってるんだよね。
でも、解ってないんだろうな……っていうか、無視してるのか。

「よかったら一緒させて貰ってもいいかなぁ」
「あ〜、ちょっと大事な話してるんで……」
「うっそ? なになに大事な話って」
「いえ、ですからちょっと……」

あ、裕ちゃん、顔がちょっと怒ってるよ……。
このままじゃマズイかなって思い始めたときだった。
女の人達の席で捕まっていたはずの久遠さんが、いつ現れたのか男達の後ろに立っていた。

448 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:57

「お客様、お席にお戻りいただけませんか?」
「あっ? まぁ良いじゃん、こっちの話だよ」

うっわ、タチ悪ぅ。
なんか言ってやった方がいいかなとか思ったんだけど……でも、こういう場合は任せちゃった方がいいのかな。
裕ちゃんも黙って見てるみたいだしなぁ。

「すいません、他のお客様の迷惑になりますので」
「あっ? いつ迷惑になったんだよ。ほっとけよ」

いいところ(?)を邪魔されたとでも思ったんだろう、ちょっとキレ気味の男共。
久遠さんは、よく見ていなければ気がつかないほど微かにため息を吐いて、さっきまでよりも更に丁寧な口調で言葉を続けた。

「……申し訳ありませんがお帰り願えますか」
「おいおい、ふざけんなよっ……」
「……失礼します」

あっ、実力行使なの?
手掴んで引き寄せた……お〜っ? 外見からはそうは見えないけど、結構力強いのかな。
あっという間に二人表に引っ張り出しちゃった……。
三人が出ていって何分か経つけど……大丈夫なのかな。

「ねぇねぇ裕ちゃん、戻ってこないけど平気なのかな?」

裕ちゃんは平気な顔して飲み続けている。

449 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:57

「なんや、気にしてるんか?」
「そりゃ、だってヤグチ達のせいじゃん? 気にもなるよ」
「平気に決まってるやん。あれでも伊達にくおん一人でこんな店やってるんとちゃうで」
「ええっ? ココってあの人一人でやってんの?」
「せやで。オーナーは別にいるらしいけどな、出てきてるん見たこと無いしな」
「ふ〜ん……」
「ほれ、戻ってきたやん」

裕ちゃんが店の入り口を指差したのを目で追うと、久遠さんが一人で戻って来たところだった。
全然平気な顔して入ってきて、こっちに近づいてきた。

「ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした」
「あ、こっちこそ……なんかすいません」
「気にせんといて、あんなんドコにでもおるしね」

二人でそう言うと、久遠さんは深く頭を下げてカウンターへ戻っていった。
しばらく二人で今さっきの事を話していると、久遠さんがグラスを二つ持ってこちらへやってきた。

「先程はすいませんでした」

そういってグラスをそれぞれの前に置いて頭を下げていた。

450 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:58

「くお〜ん、そんなん気にする仲ちゃうやん」

どんな仲なんだよっ、とか心の中で突っ込んだけれど……。
そんな裕ちゃんのセリフに柔らかく微笑みながら久遠さんは言葉を続けた。

「ありがとうございます。けれど、もう作ってしまったので…よろしかったら飲んでやってください」
「ありがと、遠慮無くいただくわ」
「裕ちゃんっ!」
「ええんやって、こういうんは飲んでやった方がな。なぁ?」
「そうですね。お嫌でなければ飲んでいただいた方が嬉しいですよ」
「そうなんだ……じゃあ」

せっかく貰ったんだからと思って、グラスに口を付けながら頷いた。

「コレはさっきまでのと違うんですね。似た味だけど大分酸っぱいし……」
「はい、ベースは同じモノですが、オレンジを酸味の強いモノに換えて、グレナデンを沈めてみました。
 お好みでマドラーで混ぜてお飲みください」

久遠さんの言うとおり、グラスにはかき混ぜるための細長い金属製の棒が付いていて、グラスの底には少し黒みがかった赤が揺らめいていた。
言われたように少し混ぜてみて一口。

「あっ……さっきのより美味しいかも」
「それはよかった…ありがとうございます」
「くお〜ん?」
「はい」
「なんでアタシのはビールに戻ってるん?」
「お好みだと思いましたから。同じビールでも、より濃厚なモノにしてみました」
「まぁ、美味いからいいんやけどね」
「ありがとうございます。ではごゆっくりどうぞ」

少し苦笑しながらそう言ってカウンターの中に戻っていった。

451 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:59

「ええなぁ、ヤグチは色々して貰って…」

いい歳してそんな事で情けない顔するなよ……って言ってやろうと思ったけど、きっと"歳"って部分で逆鱗に触れると思ったので言い方を換えることにした。
それに本心からの言葉じゃないことも解っていたから。

「ヤグチの為に連れてきたんでしょ? いいじゃんかよぉ」
「喜んでる?」
「うん、すっごく」

素直にそう返事をしたら、裕ちゃんはとても嬉しそうな顔をしてくれた。

「そっか。……飲みや」
「うん」

そうして傾けていったグラス。
裕ちゃんと交わした様々な話。
柔らかく耳に響くメロディ。
いつしか裕ちゃんの声が遠く聞こえるようになって……ヤグチには、その声すらも心地良いBGMであるかのようにしか届かなくなっていて……何かに吸い込まれるように、少しずつ意識が薄れていった……。

452 :『The Legend of red thread?』:2006/11/24(金) 23:59

 …………

453 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:00

「ヤグチ〜? お〜いちっこいの、寝ちゃアカンよぉ? 起きぃや?」

グラスを拭いていた俺の耳に、そんな少しとろんとした声が聞こえてきた。
声のした方へ視線を向けると、中澤さんが右隣に座ってカウンターに突っ伏している娘を揺すりながら声を掛けているところだった。

確かあの二人が入ってきたのは……十一時を廻っていたはず。
三時間弱か……。

「中澤さん? 大丈夫ですか?」
「ん〜、アカンみたいやなぁ。起きひんわ」
「起きませんか……」

仰るとおり、中澤さんは結構な量を飲んでいながらも、それなりの酔い加減で止まっているようだったが、隣に座っている彼女はスースーと寝息すらたてて健やかな眠りについている。

「じき閉める時間になりますけど……」
「あ〜……せやね。うん、タクシー呼んでなんとか連れて帰るしかないやろ。
 連れてきたのはアタシやし、飲ませてたのもアタシやからね」
「それは勿論、タクシーも呼べますけど……」
「ん?」
「もう少し待っていただければお送りできますよ?」
「あ〜、そういえば……アタシも二度目の時やったっけ? 送ってもらったんやったもんね」

中澤さんは酔ってあやふやになりがちな記憶を辿りながら苦笑いを浮かべていた。
そう、初めてきたときは連れが送っていったけれど、二度目には一人できて……今寝ている彼女のような状態だったのを、苦労して送っていったんだった。
そのお陰で妙に気に入られたみたいだったけれど……。

454 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01

「ええ、散々ハタかれましたから、よく覚えてますよ」
「悪かった思うてるからこうやってきてるやんか……」

軽く笑いながらそう言った俺に、バツの悪そうな表情で切り返してきた。

「はい、ありがとうございます。で、どうしましょうか?」
「う〜ん……じゃあお世話になってまおかなぁ」
「全然構いませんよ。じゃあ、少しだけ待っててください」

最後に残ったお客──まぁ、この二人だけだけど──のグラスや食器を下げて、洗浄機に放り込んで洗っている間に火の元の確認する。
洗い終えた食器やグラスの水滴を振るい、乾いたタオルで研いて終了っと。

「さてと……じゃあ車、外までもってきますんで」
「ん、すまんね……しかし起きひんなぁ、この娘は」
「あはは、良いですよ。寝かせておいてあげましょうよ」

そう言い残して車をとりに店を出た。

455 :『The Legend of red thread?』:2006/11/25(土) 00:01

 …………

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