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俺と娘。の夢物語~in 狩狩~3
- 680 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 22:59
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「うーん」
いつもの楽屋。
大きな鏡を前に、前を向いたり横を向いたり。
いつも以上に、自分の身なりが気になっていた。
とある番組の収録。その都合で、スーツを着ることになった。
仕事でまともにスーツを着るのなんて、初めてかもしれない。
最初は、番組の方で用意してくれることになっていたけど。
丁度よい機会だと思って、自分で新調することにした。
仲の良いスタイリストさんに、いろいろアドバイスをもらって。
そうして完成した一着を今、身につけている。
注文したときには、それなりに納得したつもりだった。
しかし、ひとりでこうして着てみると、どうにも違和感がある。
普段、滅多に着ないこともあるんだろうと思う。でも。
「…着られてる、かな」
自嘲と諦めの混じった言葉を吐いて、鏡から離れた。
- 681 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 23:00
-
コンコン
みんなの楽屋への入り口。来訪を告げる。
「遊びに来ませんか?」
高橋さんからの誘いの電話。
今の自分の格好のことをすっかり忘れて、
いつもの調子で応じてしまったことを少し後悔していた。
「笑われちゃうかな」
さっき鏡の前で抱いた感情をそのままに、ぼやく。
と、目の前の扉が開いて高橋さんが現れた。
「せんぱい?」
「高橋さん」
「あ…」
「…来たよ」
「………」
「…高橋さん?」
「………」
言葉を発しない高橋さん。その視線が上下に動く。
- 682 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 23:01
-
「…変?」
「えっ?」
「いや、服」
「あ、やっ」
「高橋さん黙っちゃったから」
「………」
「やっぱり、おかしかったかなって」
「いや、あの。ほやなくてっ」
「ん?」
「ちょっと、びっ、びっくりしてしもうて」
「…そっか」
「はい…ごめんなさい」
「そんな。謝らないでよ」
「はい…ごめんなさい」
「いや、だから」
「あ…はい」
「うん」
「あ。とりあえず、どうぞ?」
「…うん。お邪魔します」
…びっくりした、か。
それはそれで、ちょっとショック…かも。
- 683 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 23:01
-
高橋さんに続いて、楽屋の中に入る。
「せんぱいのスーツ姿って、初めてかも」
「だよね」
「はい。なんか、新鮮ですね」
高橋さんが改めて、僕の方を眺めてくる。
「せんぱい?」
「なに?」
「クールビズ、ですか?」
「え?」
「だって」
高橋さんはそう言って、手を何かつまむような形に変える。
それを自分の首にあて、次いで胸元の方へと動かしていった。
「ああ、ネクタイ?」
「はい」
「まだ時間あるから、後でしようと思って」
「あ、そっか」
「うん」
「………」
少し考える風の高橋さん。次の言葉を待った。
- 684 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 23:02
-
「…せんぱい?」
「なに?」
「その、よかったら」
「うん」
「わたしが…締めて、あげましょか?」
「え?」
「ネクタイ」
「………」
控えめな、そしてためらいがちな提案。
即答できずに黙っている僕に、高橋さんが続ける。
「…イヤ、ですか?」
「あ、いや」
「………」
「嫌ってことは、ないんだけど」
「したら」
「…じゃあ、お願いできる?」
「はい!」
「持って来るから、ちょっと待ってて」
「はい、待ってます」
…まあ、いっか。
結局押し切られた形になってしまったけど。
嬉しそうな高橋さんを見て、そう思った。
- 685 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 23:02
-
「よろしくね」
「はい、せんぱい」
高橋さんは、僕が差し出したネクタイを受け取ると、
僕のすぐ目の前まで寄ってきて、シャツの襟に手を添えてきた。
とても慎重な、高橋さんの手つき。
慣れていないというのも、もちろんあるんだろうけど。
とても大切に扱われているように感じられて、すごく心地よかった。
それと。
…ドキドキする。
なんだろう、これ。よく分からない。困った。
と、とにかく。気づかれたら、すごく気まずい。きっと。
そう思って、動揺を表に出すまいとした。その矢先。
僕の首に手を回したまま、高橋さんの動きが止まる。
「せんぱい」
「な、なに?」
「わたし、さっき嘘つきました」
「さっき、って?」
「ドア開けたとき。せんぱい見て、びっくりしたって」
「ああ、あれ」
「はい。でも、びっくりしたんやなくて」
「うん」
「見惚れちゃってた。わたし」
「…え?」
「かっこいいです。せんぱい」
- 686 :統計(仮称) ◆StatPfTBPc :2007/07/20(金) 23:02
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「………」
上目遣いの高橋さんから投げられる視線と、
ストレートど真ん中な褒め言葉。
さすがに照れくさくて、否定してしまいたくなる。
「また…冗談ばっかり」
「んなことないです。それとも」
「…え?」
「せんぱいは、わたしが嘘つきだって。そう思うてるんですか?」
「いや、そんなこと」
「はい。ホントですから」
「………」
「せんぱい?」
「…うん。ありがとう」
笑みを浮かべる高橋さん。再び手が動き始める。
そして。
「この前と、逆になりましたね」
「この前って?」
「ほら、レッスン場」
「…あっ」
「ね」
「…そうだね」
「はい。お返しです、せんぱい」
高橋さんの笑顔。
さっきのより何等級も、明るく輝いていた。
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