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俺と娘。の夢物語〜in 狩狩〜3
- 418 :『優しい嘘』:2007/05/05(土) 23:50
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「なんだこれ……」
- 419 :『優しい嘘』:2007/05/05(土) 23:50
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それはダンスレッスンでのこと。
先生が席を外し、各々でフォーメーションをお復習いしている中で起こった。
相応に進んでいたレッスンは、どこか慣れた空気を作り出していたのかもしれない。
年少組数人が戯れていることすらも、苦笑の対象でしかないことだった。
歌い慣れた歌を口ずさみながら、流すような動きで立ち位置を変える最中、些細な過ちで事故は起きた。
ふと交わした視線で相互の距離の近さを知り、危ういところで激突を回避したのは道重さんと愛佳ちゃんだった。
けれどその行動には余波が生じ、影響を受けた田中さんはバランスを崩し、僕の方へ寄りかかってきた。
支えようとして、支えきれるかと思った。
けれどフォーメーションの動きそのままの速度でぶつかった勢いを殺しきれず、二人一緒に倒れ込むことになった。
なんとか身体を捻り、田中さんの上に倒れ込むことだけは避けられたのは上出来だった、ハズだった。
「先輩!?」
「っつ〜……」
「ご、ごめんなさいっ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫……っ!?」
- 420 :『優しい嘘』:2007/05/05(土) 23:51
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笑顔で返そうとした言葉が止まり、作りかけた笑顔が崩れた。
「なんだこれ……」
身体を起こそうと着いた手に激痛が走り、痛みであげた腕は歪んだように曲がっていた。
数分後、心配そうに周囲を囲むメンバーの輪から、脂汗を滲ませながら病院へ運ばれ診察を受けることになった。
治療を受けた後、報告のために事務所へ向かったマネージャーさんに言い渡されて、僕は一人病院へ残ることになった。
押し込められた個室で感覚のない腕を固定され、ベッドに寝かされた僕はため息をつく。
「気にしてなきゃいいけどなあ」
そう呟いて、すっかり日の落ちた窓の外へ視線をやった。
気がつかないうちに雨が降り出していたらしい。
音もなくガラスを濡らす雨に誘われるように、重い腰を上げて窓辺へ歩み寄った。
空に月は見えず病院の敷地はどことなく薄暗い印象を与える。
点在する常夜灯すら寂しげに見えるくらいだった。
- 421 :『優しい嘘』:2007/05/05(土) 23:51
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「……?」
薄暗い駐車場に人影が見える。
雨だというのに傘もささず、この病棟を見上げているような……
目を凝らした僕は不自由な右手を庇いながら廊下へ走り出た。
いやに足音が響く廊下を走り、途中咎められた看護師さんへ詫び、速歩で駐車場へ出る通用口へ向かう。
誰もいない通用口の鍵を開け、外へ出てすぐに角を曲がる。
そこにはさっきまでと同じように、病棟を……僕がいた病室を見上げている人が立ちつくしていた。
「田中さん……?」
そう声をかけると僕に気がついたその人影は弾かれたように逃げ出した。
追いかける僕はぎこちない走りっぷりだったろうけれど、それでも田中さんよりは速かった。
なんとか病院を出る前に掴むことができた腕は、いつもにもまして細く感じられた。
立ち止まってくれたけれど田中さんは振り向かない。
掴んだ腕が震えているのは雨のせいじゃないと思った。
「田中さん……」
振り向かないままで、田中さんはただ「ごめんなさい」と繰り返していた。
- 422 :『優しい嘘』:2007/05/05(土) 23:52
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ただ謝り続ける田中さんを、とりあえず病室まで連れて行き、一晩分の着替えと一緒に用意されていたタオルで濡れた髪を拭う。
それから自分も髪を拭いなんとか落ちつけたけれど、田中さんは一度も目を合わそうとしない。
「お見舞いに来てくれたの?」
少し表情が引きつったように見えた。
まだなにも言おうとはしない。
「大袈裟にされちゃったよね」
そう笑いかけてみせた。
目線だけが僕の……動かない腕を見た。
「もしかして気にしてるの?」
ふう。
心の中でため息をつく。
気にするなと言っても無理かもしれないけれど、気にされるのは僕の方がツライ。
「支えられなかった僕が悪い。気にすんな」
わざと変えた口調にようやく反応が返ってきた。
「せんぱいが悪いんじゃないっ。れなが一人で倒れてればよかった」
「怪我したのが自分ならよかった?」
田中さんは心底そう思ってるように、食いしばった口元で頷いた。
- 423 :『優しい嘘』:2007/05/05(土) 23:53
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「せんぱいにかばってもらって、ケガまでさせて……」
うめくように吐き出された想い。
激しい自責に堪えきれなくなった瞳から涙がこぼれ落ちた。
「ケガさせた……れなが、せんぱいに会うの怖くって」
「それであんなところで?」
頷いた拍子に、膝の上で強く握られた手に雫がはねた。
まったく、見かけによらずヘンなところで生真面目なのは変わらないんだ。
「もう今度こそ愛想尽かされるって……」
「バカ」
自由のきく左手で、ぎこちなくれいなの頭を引き寄せた。
まだ乾ききらない髪をくしゃくしゃにしながら、からかうように「愛想で付き合ってるんじゃないぞ」と笑う。
「れなんこと……キライにならんと?」
見上げてくる目の真剣さが、掠れそうな声の弱さが、どれほどの気持ちでいたのかを知らしめていた。
「んなワケないっしょ。今までも、これからも、キライになんかなんないよ」
ポンと頭をたたいてそう口にしながら考えていた。
僕はいつか……そう遠くないうちに、自分の気持ちと向き合わなければならない時がくるのかもしれないと。
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