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てんむす。

1 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49
                                 、
                              ζ  ,
                               _ ノ
                             ( (   (. )
                            . -‐ ) ‐- .
                          .´,.::::;;:... . . _  `.
                          i ヾ<:;_   _,.ン |
                          l      ̄...:;:彡|
                               }  . . ...::::;:;;;;;彡{
                          i   . . ...:::;;;;;彡|
           ,: ' " `丶.            }   . .....:::;::;:;;;;彡{
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      ,.、,、 '  .    ; .丶 _,,.. ,,,.../i  ト ,  . ..,:;:;:=:彳:::::::::::::::::::::::::::..
    ;'`;'::'、;;'; .    '    ' "y;;;''':,';;´-‐i  ヽ、.. ....::::;;;ジ.::::::::::::::::::::::
    '、;:::;;,';:'  . 簍J鶸鑼  ; '`i‐'゙  ̄  ̄      ̄ ̄
   ,, -''`"i'.  .  駲刪櫑躪  . ' ';゛`'丶.、.......
 .'´    ! .  . 膚順棚斷. ' , ;::::::::::::...`.::::::::....
 i       ヽ、..._,.__魎鬱蹠撫.,,__,.,..ノ.:::::::::   !::::::::::::...
 'ヽ、                      ,: '.:::::::::
    `=ー--、....,,,,,______,,,,,... --‐=''´..::::::
      ``" '' 'ー───‐―‐' ''' "´

101 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:23

次回予告

保田と市井の絶体絶命の危機についに矢口が立ち上がった!
キュウリを振り回し、折れてはかじり、また別のキュウリを装備しては、またかじる!
怒りに奮える矢口は果たして二人の仇を討つことができるのか!
そしていったい何本のキュウリをかじるのか!次回、キュウリは生でかじれ!乞う、ご期待!

102 :名無し娘。:2006/07/22(土) 15:37
>>85
ラジオから流れる切なすぎるバラードが友達のラインを壊したのまで読んだ

103 :名無し娘。:2006/07/22(土) 19:44
ここの矢口は可愛いな

104 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:35

             / ̄ ̄ ̄ ̄ヽ、    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            /  / ̄\   ヾ  < >>102-103 翔んでる!平賀源内でも見てれば?
            /   /      ヽ、、"ヽ  \____________________
       ノノノ  |  /   \    / | |
     ノノノ⌒ヾ)|   |  ⌒ヽ  /⌒ | | /〃ハヽ
     イチ ^∀^イ |  |    ___   | | (^◇^ i|l∩ <カンケーネエ…
     (.つ  つノノイ\ ・\_/  人 (つ   丿
      ) ,) ) '^~  ̄  ヽ ̄ ̄ ̄ノ  ヽ(  ヽ,,ノ
     (,,_,,_,,)              (,,゙__,,)
      /   レ                /   |

105 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:35

 Lv.5

 雨が降っていた。
 無人の運転席と助手席の前をワイパーが高速に動いている。
 ボンネットの上にはなにもない。そのわきに保田の姿があった。だが市井の姿はない。
 そして雨音とクイックイッというワイパーの機械音以外に音はない。すでにバトルシーンのBGM
は消えていた。
 矢口真里は手にキュウリを持ったまま、ただ茫然と前を見ていた。
 保田の口元に血がついているのが見えた。だが次の瞬間、保田は力尽きたのか、腹をおさえな
がらその場にうづくまり、矢口の視界から消えた。
 矢口の顔が青ざめ、手からキュウリがぬけ落ちた。
「け、圭ちゃん?い、市井ちゃん?」
 その声はふるえていた。
「圭ちゃん?市井ちゃん?」
 もう一度、今度ははっきりと言った。
 しかし、それは車外にむけて言った言葉ではない。ドアも窓も閉まっている。だとすれば、その言
葉の意味はおのづから定まる。それは自分自身に対する言葉。
 矢口はもう一度フロントガラスごしに前を見た。
 敵の姿は見えない。だが、それは戦闘が終了したということにはならない。
 保田と市井の姿も見えない。そればかりか保田は口から血をはき、その場にくずれ落ちた。その
瞬間を矢口ははっきりと見た。矢口の頭の中には一つの言葉しかなかった。それは全滅。

106 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:35

「おいら……おいらが……」
 矢口は自分自身にそう言い聞かせ、こくりとうなづくと、横に置いていたよだれかけを手にとり、
それを首にうながけた。そして足もとに落ちたキュウリを手草(たぐさ)にとる。
「わかってる……わかってるよ……おいらしか残ってないんだって」
 矢口はもう一度うなづいた。
「二人のかたきはおいらがとる。この市井ちゃんからもらった装備で、おいらがとる!」
 矢口は力強くそう言うと、後部座席の左側のドアを開けて、雨の降るアスファルトへと降りた。
 そしてドアを閉める。その決意を示すかのようにそれは大きな音を立てた。
 雨が矢口の髪をぬらす。その目は車の前方左側にうづくまる市井の姿をとらえていた。
 それは死んだわけではなかった。
 うづくまってはいるが、かたひざをついて腹をおさえ、なんとか耐えている様子で、なにか苦しさが
こみあげてでもいるかのように肩を小きざみにゆらしていた。あきらかに戦闘不能、矢口はそう判
断した。
 逆側の保田の様子はわからなかったが、さきほどの姿を見れば市井と同じような様子だというこ
とは考えるまでもない。矢口はふーっと一つ大きな息をはき、そして大声でさけんだ。
「さあこい、モンスターども!まだバトルは終わってないぞ!二人のかたきはおいらがとる!」

107 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:35

 が、その瞬間、雨のなかをクククククッという笑い声が響き、それはすぐに二重になった。
 敵!
 そう思ったのだろう、矢口が右手に持ったキュウリを大上段に構える。
 だが、その構えで笑い声はさらに大きくなり、そしてそれは矢口の目の前の動きと一致していた。
「い、市井ちゃん?」
 その問いかけにうづくまっていた市井が大きく後ろにのけぞり、さらに前かがみになって地面を
こぶしで何度も叩いた。
「も、もうだめ。くくくくくくっ。も、もう勘弁してよ。ぷぷぷぷぎゃははははははっ」
「へっ?い、市井ちゃん?」
「あはははははぷぷぷぷぷぷぎゃはははははひひひひ」
「な、なに笑ってんの?だ、大丈夫なの?」
「てか、くくくっ、話しかけないで。ぷぷぷぷ。マジうける。うけまくり。ぷはっきゃははははっ」
 なにがどうなっているのかわからない矢口は市井のそばへと近づいた。
 そこからは保田の姿も見えた。だが保田も市井と同じように笑いころげていた。
「ど、どうなってんの?」
「どうなってんのとか、手にキュウリ持ってどうなってんのとか、ぷぷぷぷぷっ」
 その市井の言葉に保田が矢口を指さした。
「よだれかけ。くぷぷぷぷっ。よだれかけ、してるし。ぷしゅしゅしゅっ」
「いや、あの、二人とも、なに?やられたんじゃないの?倒れてたんじゃ?」
「ぷぷぷ、ばかねえ。ぷぷぷぷ、やられてなんかぷぷないわよ。ひひひひひいひい」
「で、でも倒れて……それに圭ちゃん口から血が……」
「だって紗耶香が、ぷぷぷぷぷぷ、キュウリとか。しかも真顔でわたして。ひいひい」
「てかちゃんと装備してるし。ぷくくくくくくっ。しかもよだれかけ。ぷぷぷぷ」

108 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:36

 十分後、車内には一年分は笑った二人と一年分は笑われた矢口の姿があった。保田と市井の
服にはところどころに泥がついていた。
「てかそこまで笑うことないだろ!」
「だって、紗耶香がキュウリとかわたすから。しかも真顔で」
「私もさあ、もう戦闘どころじゃなくて。笑いこらえるのに必死って感じで」
「敵はどうなったんだよ、敵は!」
「敵はスタンガンでイチコロだったわよ。車の前にのびてたの見たでしょ?」
「でも、並みの敵じゃなかったって前回……」
「並み以下ってことだったんぢゃない?」
「なんだよそれ!まただましかよ!」
「実際並みの敵じゃなかったのかもよ。でもスタンガンも並みの武器じゃなかったってこと」
 ライデインではないにしろ、スタンガンにはベギラマほどの威力があった。
「じゃ、じゃあ百歩ゆずってそうだとして、なんで口から血はいてたのさ」
「笑いすぎて舌かんじゃったのよ。あやうく笑い死にするとこだったわ」
「じゃ、じゃあおなかおさえてうづくまったのは?」
「笑いをこらえるためにきまってるでしょ。もう腹筋がいたくていたくて」
「なんだよそれ。二人しておいらのこと笑って。おいらがどんだけ二人のこと心配してたか……」
「よだれかけつけたまま心配とかされても」
 市井がそう言ってまた二人が肩をゆらした。

109 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:36

「笑うな!」
 矢口がキュウリを振りまわし、それは市井の横顔にあたって真っ二つに折れた。
「なにすんのよ!」
 怒った市井が後ろをむき、矢口につかみかかる。どうやらパーティーアタックがはじまったらしい。
 矢口は後部座席にあった袋から別のキュウリを取りだして市井に投げつけた。
「やったわね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。あんたたち!」
 保田が止めに入ったが、その保田にさらなるキュウリがあたる。
「いた、ちょ、ちょっと矢口!なにすんのよ!」
 保田がキュウリを拾ってそれを矢口の口につっこむ。
 矢口はそれを払いのけ、またキュウリを投げつける。
 今度は市井がキュウリを矢口の口につっこみ、矢口はそれをかじり折って前にはきとばす。
 それはトマト祭りならぬ壮絶なるキュウリ祭りであった。

110 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:36

 さらに十分後、車内にはキュウリの独特のにおいが充満し、いたるところにキュウリの断片がちら
ばっていた。ちなみになぜ市井が大量のキュウリを買いこんでいたかは不明である。
「と、とにかく、食べ物を粗末にした罰として、矢口にはこのキュウリ全部食べてもらうから」
 保田が年長として冷静にそう言った。
「全部かよ。そんなの無理じゃんか」
「無理じゃないでしょ」
「じゃあその圭ちゃんの鼻の中のキュウリもおいらに食えってか?」
 保田の鼻の穴に二本のキュウリがささっていた。さしたのはもちろん矢口だ。
「そうよ。自分がさしたんだから責任持って食べなさい!」
「きったねー」
「なにがきたないのよ!塩味がついてておいしいでしょが!」
「塩味って、うげえええ。洗っても絶対無理だし。もったいないなら圭ちゃんが食えばいいじゃん」
「なによ!あのねえあたしの鼻の中につっこんだキュウリはファンにとっては百万円出しても食べた
いっていうくらいの珍味なのよそれを洗っても無理ってどういうことよ!」
「それはぜぇぇぇぇぇぇぇぇったいありえねーし」
「なにがありえないのよ!なんだったらフェティッシュ総合研究所に依頼してもいいわよ!鼻の穴
じゃなくてお尻の穴につっこんだキュウリでも食べたいって人は絶対いるはずなんだから!」
 そういったキュウリを食べたいというほどの変態であれば、人気なのはきっと後者だろう。
「まあまあ、とりあえず、その鼻のキュウリは無理としても、それ以外のキュウリは洗えば食べれる
んだから、やぐっちゃんが食べるってことで」
 市井がそう言って、保田と矢口の二人はともに渋々といった表情でその提案を受けいれた。

111 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:36

 後始末の方法が確定し、キュウリ祭りはこうして終わりをつげた。
 保田圭の腹筋力がアップした。
 市井紗耶香の腹筋力がアップした。
 矢口真里の武器熟練度(野菜)がアップした。

112 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:36

 雨がやみ、車は再び走りだした。
「これからどうすんのさ」
 キュウリをなまでかじりながら矢口が保田に尋ねた。
「さあ」
「さあってなんだよ。なにも決めてないのかよ」
「うるさいわねえ。ちゃんと決めてるわよ。決めてるけど作者が先に進ませないのよ」
「また作者かよ。もしかしてその作者ってのが最後のボスなんじゃねえの?」
 十秒ほどの沈黙。無視されたと思った矢口が気まずそうな表情を浮かべた。
「ま、まあそれはないか」
 そう言って矢口が発言を撤回した。だが。
「そ、それよ!」
「へっ?」
「そ、そっか!」
「いや、な、なんで二人とも目を輝かせてる?」
「真里!あんたもたまには役に立つじゃないの!そういうことだったのよ!」
「やぐっちゃんやるぢゃん!私もそこには気がつかなかったよ!」
「って……そういうこと、なの?」
 矢口がおそるおそる尋ねた。

113 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:36

「この遅すぎる展開を納得するにはそれ以外にありえないわ!」
「そなの?」
「そうよ。てっきり大局的なストーリーをまったく考えてなくてただ適当にゆきあたりばったりで書き
すすめてるようだとばかり思ってたけど、あたしたちを先にすすませないようにわざとそうしている
と考えればすべてが納得できるわ!」
「私もそうだと思う。次回予告にストーリーにまったく関係ないキュウリが出てくるとか、普通じゃあ
りえないし。適当にゆきあたりばったりのように見せかけて、実は私たちが先に進むのを邪魔し
てたんだ。完全な遅延行為、その理由は作者がボスだとすればつじつまがあうよ!」
 残念ながら、適当にゆきあたりばったりで書きすすめているように見えるのは、実際にそうだか
らである(キートン山田)。
「でもさあ、普通じゃありえないとしても、そもそももとから普通じゃなかったとしたら?」
 矢口にしてはいいところに気づいた。
「なに言ってんのよ。普通じゃないなんてことがあるわけないでしょが」
「そうだよ。普通じゃありえないって言ってんのにさ、なんでそんなこと言うかな?」
 保田と市井が間、髪を入れずに否定する。だがその否定には特に理由はないらしい。
「いや、だ、だって作者がボスだってのも普通じゃありえないじゃんか」
「なんでそうやって作者をかばうのよ!もしかしてやぐっちゃん、作者のまわし者とか?」
 市井がそう言って矢口にスパイの嫌疑をかけた。
 しかし矢口はまわし者の意味がわからずに相撲取りを想起して首をひねっていた。
「いや、おいら別に太ってないし……」

114 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

 その純粋なとぼけに市井がぶちぎれた。
「わけわかんないこと言ってごまかすんぢゃねーよ!キュウリでもかじってろ!このチビマン!」
 ひさしぶりにチビマンなる言葉がとびだしたが、その意味はいまだ不明である。
 その乱暴な言葉にさすがの保田もびびったらしい、すぐに仲裁に入る。
「ま、まあまあ。とりあえず二人とも落ちつきなさいってば」
 矢口の口にキュウリを押しこんでいた市井の手を止めながら保田が言った。
「だってやぐっちゃんが全然聞きわけがないから」
 聞きわけがないのは別に矢口だけではない。むしろ矢口はまともな部類である。
「とにかく、二人ともいろいろ勘ちがいしてることがあるわよ。まず、ありえるありえないとか、そう
いう問題じゃないってこと。作者がボスだとすれば遅い展開も納得できるってだけなんだから。別
に作者を擁護するわけじゃないけどね」
「まあそうだけどさあ」
 市井も心底から作者ボス説に傾倒したわけではなかったらしい。
「それともう一つ、これは矢口だけど、まわし者ってのは関取のことじゃなくてスパイのことよ」
「ば、馬鹿にすんなよ!そんくらい知ってるよ!」
 あわててポケット辞書をひきながら矢口がそう答えた。その顔は恥ずかしさからなのか、それと
も怒りからなのか、真っ赤にそまっていた。
「辞書ひきながらなに言ってんだよ。知らないなら知らないって素直に言えばいいぢゃん」
 その自分は知っています的な市井の言葉に矢口の髪の毛がさかだつ。
「だから知ってるっつってんだろ!だ、大体、相撲取りのスパイなんているわけないだろ!あんな
にデブっててミッションインポッシブルとか絶対不可能じゃんか!」
 だからこそインポッシブルなのだが、そもそもそういう問題ではない。

115 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

「誰も相撲取りがスパイだなんて言ってないし。やっぱりわかってないんぢゃんか!」
「わ、わかってるよ!わかってるに決まってるだろ!た、ただわかってない人もいるかもしれない
からわかるように言っただけじゃんか!そんなん、相撲取りがスパイだなんて常識的に考えてあ
りえないとか、いくらおいらが頭が悪いからってそんなんわかってるに決まってるだろ!そんなん
考えるまでもないじゃんか!もし仮に相撲取りがスパイとかだったらあんだけごついんだから正
体なんかイチコロでばれるし、通風孔に隠れるとかそういう映画みたいなことは絶対に無理だし、
敏捷な動きなんかもできないし。いや、もちろん機敏な動きをするお相撲さんだっているけど、で
もせまい土俵の上ならいざ知らず走りまわったりはできないし。たとえばだよ、もし仮に垣添がス
パイだったとして任務が与えられるとするじゃんか。でもしきり線にしっかりと両手をついて任務
開始の合図とともに敵めがけて頭からぶちあたるとして、猪突猛進とばかりに押して押して押し
まくるわけだけど、そりゃ普通の人間が相手なら押し勝つにきまってるけど、でも相手は訓練さ
れたスパイとか悪の組織の一員とかそういうやつらだし、立ち合いで変化されたりとか、変化し
なくても下がりながらはたきこまれたりとか、あるいは軽くいなされたりなんかしたら、やっぱ垣添
レベルでは対処できないっつーか、みづから土俵下にダイブするのがオチじゃんか。もちろん、
怒涛の押しがきまる場合もあるけど、でもいきおいあまって自滅するってのが垣添のいつものパ
ターンだし、それに最近の垣添は押し勝てないとわかると引いたりはたきこみ狙いにいったりする
からちょっと垣添らしさが薄れつつあるっていうか、ものたりない感じがするんだけど、でもどっち
にしろ垣添がスパイとかってのは考えるまでもなく絶対にありえないって断言できるし」

116 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

 と、そんな矢口の話を聞きながら、運転席の保田と助手席の市井はそれぞれ白いボードにな
にやら文字を書きこんでいた。が、その話のあまりの意味不明さに、二人ともどのボードを見せ
ればいいのかわからず、結局その数枚のボードは使われることはなかった。
「暑いわね……」
「うん、蒸し暑いよね……」
 保田の気転をきかせた棒読みのセリフに市井も棒読みで返した。
 そのあからさまな話のきりかえに、矢口は遠足の班ぎめでどこの班からもさけられている子の
気持ちをなんとなく理解できたような気がした。
「ふんだ。いいもん、どうせおいらなんて……」
 矢口はいじけた言葉で同情をひこうとした。そんな矢口の悲痛な様子に見かねたのか、市井が
使われなかった二人分のボードをそっと後部座席に投げいれた。
「い、市井ちゃん?」
「あー、暑い暑い。こんだけ蒸し暑いのにめそめそされたんじゃ余計蒸し暑くってかなわないんだ
よね。ほんっと、やだやだ」
 仕方なくくれてやったという言いかただったが、その市井にとっての精一杯の言葉に矢口は目
をうるうるさせながらボードを拾いあつめた。
「市井ちゃん……ありがと……」
 聞こえるか聞こえないかといった小声で矢口がそう言い、そして一枚ずつボードをめくる。

117 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

 一枚目。
《 わ、わかってるよ、まで読んだ 》
 定番中の定番、その基本の長文とばしに矢口の頬に涙がこぼれた。
「う、うん。そうだよね。そこまではみんな読むんだもんね」

118 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

 二枚目。
《 で、垣添って誰? 》
 その文字を見て矢口が泣きながら笑顔を見せた。多分期待していたつっこみだったのだろう。
「う、うん。そうだよね。そりゃ誰だってそう言いたくなるよね」

119 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

 三枚目。
《 あー、わかるわかる。私もそう思う思う。ところで、垣添って誰? 》
 二人とも同じことを考えたのだろう。矢口はくすっと笑いをこぼした。
「う、うん」

120 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:37

 四枚目。
《 垣添ってのは武蔵川部屋の関取よ。大分県宇佐市出身。顔のパーツが中心に寄せ集まって
いてどことなくマンガ的な顔立ちというところと、とことん押し相撲にこだわるところが一部のマニ
アックなファンを集めてるわ 》
 まるで三枚目の質問に答えているかのようなその文章に矢口は思わず首をかしげた。
「いや、確かにそうだけど、なんで?なんで答えてんの?」

121 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:38

 五枚目。
《 へえ。私相撲とか興味ないからさあ、全然知らないんだよね。あ、知らないっていってももちろ
ん横綱は知ってるよ。モンゴルのさ、なんだっけ、アサショーリューだ。アサショーリュー。あれは
さ、ほら播磨灘あるじゃん。マンガの。なんかあの播磨灘にクリソツなんだよね。まあ私はマンガ
読んだことなくて小さいころにアニメ見たの覚えてただけなんだけどさ。だからそのアサショーリュ
ーは強いっての知ってるんだけど、そのカキウルシってのは知らないんだよね。そのカキウルシ
って人は強いの? 》
 さらなる会話形式の文章に矢口の頭の上にハテナマークがおどる。が、そこにはなんと言って
いいのかわからず、とりあえず矢口はわかるところにつっこんだ。
「いや、カキウルシじゃなくてカキゾエなんだけど。漆を知っててなんで添えが読めない?」

122 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:38

 六枚目。
《 カキウルシじゃなくてカキゾエよ。漆を知っててなんで添えが読めないのよ 》
 めくった瞬間に矢口の目が点になる。その文章をじーっと見つめ、そして目をパチクリさせる。
「なんで?なんで?」

123 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:38

 七枚目。
《 あ、カキゾエなんだ。へえ。で、そのカキゾエってのは強いの? 》
 すでに矢口の興味は次のボードにうつっていた。いそいで次をめくる。

124 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:38

 八枚目。
《 そうねえ。特に弱いってこともないけど強いってこともないかしら。一度小結になったことはある
けど今は平幕の上位を行ったり来たりってとこね。押し相撲にこだわるから相撲の取り口が単純
で相手にとって動きがわかりやすいのかもね。立ちあいでしきり線に両手をしっかりついてそこか
らいきおいよくつっこむんだけど、はたきこまれてそのまま顔面からおっこちるなんてこともあるし、
相手を土俵際まで追いこんでおきながらいきおいあまって土俵下にみづからダイブするなんてこ
ともあるし、とにかく単純というか猪突猛進型なのよね。まあそこがいいって人も結構いるみたい
だけど。でも地力はあるから一応もっと上位には行けるはずなのよ。なんせ小学生時代はわんぱ
く横綱になってるし、中学時代は中学横綱になってるし、大学時代はなんと学生横綱にもなってる
のよ。まあでもしょせん垣添は垣添だし、その垣添をよりにもよってスパイにたとえるとか、一体な
に考えてんのよって話よね。相撲取りのスパイとか言いだした時点ですでにおかしいんだけど、な
んであえて垣添を選ぶかなって。趣味が悪いというよりこれはもう頭がおかしいとしか言い様がな
いわよね。しかも相撲取りのスパイとか自分で言いだしておいてありえないとか説明しつつ、最後
には垣添がスパイじゃないとか断言してるし。誰も垣添がスパイとか言ってないのになに言ってん
のよって感じよね。意味不明だし脈絡はないし。しかもただでさえ長文ネタ使うと読者にとばし読み
されるってのに、垣添ネタとかどれだけ読者のがすのよって感じだし。こっちもどこにどうつっこん
でいいのかわからなくてこんなにボード消費しちゃったし、ほんといい迷惑よね 》
 話が自分への批判におよぶにあたり、矢口が顔をしわくちゃにゆがめた。すでに一枚目のとき
の嬉しさからの涙はなく、悔しさからの涙があふれようとしていた。
「だって、だって……。おいら、おいら……」
 そこまで言ってその言葉は止まった。矢口にとって相撲取りのスパイや垣添の話はしたくてした
話ではなかったのだろう。ただ長文を読みとばしてもらいたいがため、そのために矢口はあえて
おもしろくもない話を無理にしたのだ。だが二人はそんな矢口の期待を完全に裏切るどころか、
その先を読んで会話形式のボードまでもを用意していた。
 矢口はぐっと涙をこらえながら次のボードを手に取った。どうやら次が最後らしい。

125 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:38

 九枚目。
《 ぷぷぷ。全部読むとかマジうける。ぷげらっ 》

126 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:38

 しばしの沈黙のあと、車内は再びキュウリ祭りと化した。
「おめーさんら、絶対許さないからな!」
「なによ!チビマンのくせに!」
 が、その騒ぎの裏でセーラー服の女子高生軍団が車をじわじわと囲んでいることに三人はまだ
気づいていない。

127 :名無し娘。:2006/08/01(火) 21:39

次回予告

女子高生軍団に取り囲まれてパニックになる三人。自分の人気のせいだと主張する保田!
それを即否定する矢口と市井!そして三人の口論になぜか巻きこまれる南野陽子!
果たしてその結論は!そしてその女子高生軍団との壮絶なバトルの結果は!
次回、『無題の大冒険(仮)』という仮タイトル論争も勃発!ついに正式タイトル発表か?

128 :名無し娘。:2006/08/10(木) 01:38
やっべー矢口の鼻と口と耳の中にキュウリ突っ込みてー

129 :名無し娘。:2006/09/26(火) 16:15
そろそろ更新してうよ

130 :名無し娘。:2006/11/19(日) 02:37
期待してるぜ

131 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:36

※文体を少し変更。

132 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:37

 Lv.6

 車内は緊迫していた。
 市井は手にキュウリを握ったまま今にも殴りかからんといった形相で矢口を睨み、矢口はすね
た子供のように口先を尖らせてそれに対峙している。
 そんな光景を保田はタバコをくゆらせながらニヤニヤと見ている。白い煙が密閉された空間に
散らばることなく滞留し、灰皿には小料理屋の店先の盛り塩のように吸殻が積まれている。
「あんたたち、いつまでそんなことしてんのよ」
 ポケットからキャスターマイルドを取り出した保田がこれが最後か、と呟いてから声をかける。
「いつって、このデキコンが謝るまでに決まってんじゃん!」
「なによ、チビが謝んのが先でしょうが!」
 浄化作用が弱くなって煙の粒子がそのまま漂っている車内の空気を手で追い払いながら、矢
口が答え、すぐに市井が反論する。睨み合いの中、保田が窓を開ける様子はない。
「周り、見てみなさいよ」
 保田がやれやれといった感じで肩をすくめ、ジッポでタバコに火をつける。ジッポのオイルが切
れかかっているらしく、二三度空振りした後、火はようやくつき、それと入れ替わるように市井と矢
口の表情から炎が消える。二人は一気に青白い顔になる。
「ど、どどどうなってんのよ!」
「か、囲まれてんじゃんか!」
 二人はどもりながら互いの顔を見つめ、それから保田の顔を見て、さらに周りを見て声を出す。
 車の周りをセーラー服姿(夏服)の女子高生軍団が取り囲んでいる。
「そうよ。今頃気づいたわけ」
「今頃って、い、いつからよ!」

133 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:37

「いつって、決まってるでしょ。半年前よ」
 最後のタバコを大事そうに吸いながら保田が答える。
「は、はははは半年???」
「そうよ。あんたたちが睨み合ってばっかいるから前回から半年も経っちゃったじゃないの」
 正式には四ヵ月だが、諸事情あって半年としておく。
「いや、ちょ、ちょっと待ってよ。だ、だってそんなの……」
「そ、そうだよ。前回とか半年とか、そんなの……」
「ありえないって言いたいわけ?」
 二人がコクリと頷く。すでにキュウリ戦争は自然消滅している。
「でも残念ながら、あんたたちが喧嘩してる間に確かに半年が経ったのよ。そんでもってこの女子
高生たちは半年も待たされ続けてたってわけ。おかげで見てみなさい。半年前はただのコギャル
だったのに、今じゃ干からびてミイラになってるわ。ほんっと、そろそろ梅雨入りかなって話だった
じゃないの。それがいつのまにか秋どころかすっかり冬じゃない。季節の移り変わりというか時間
の流れってのはほんと早いわね。めくるめく青春っていうかマラソンマンっていうか」
 半年のブランクのおかげで長文に持って行くコツを忘れたらしく、保田が途中で切り上げるよう
に話をまとめる。そんな保田と同じく、矢口と市井も長文対策用のプラカードを準備することを忘
れてしまっている。
「見てみなさい。ほんとにミイラになってるでしょ」
 矢口と市井が窓の外を確認する。セーラー服を着ていることから女子高生とはわかるが、その
肌はすっかり水分を失って皮一枚となっている。眼球はなくなり、歯は抜け落ち、髪だけがかろう
じて頭部の皮膚に絡みついてはいるが、どう見ても完全にミイラ化している。

134 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:37

「グ、グロテスクッ!」
 そう叫んだ市井の顔には、キュウリの緑色があちこちに残っていて、矢口の鼻の中には途中で
折れたキュウリが刺さったまま残っている。
「あんたたちの顔も十分にグロテスクよ。ほら、顔拭きなさい」
 保田が差し出したタオルで顔を拭きながらも、二人の顔から驚愕と嫌悪の表情はいささかも消
えない。
「ど、どういうことよ!こいつら、なんなのよ!」
「黄泉(よみ)の醜女(しこめ)よ。わかりやすく言えば地獄の鬼女ね」
「地獄の……」
「鬼女……」
「元々はあたしに気づいてサインを貰うために取り囲んだみたいね。それがあんたたちが醜い喧
嘩なんかしてるから、いつのまにか衰弱して醜女になっちゃったのよ」
 保田が得意げに言う。市井と矢口は非現実的な光景に興奮していて、保田の言葉にツッコむこ
とを忘れている。
 そのとき、風が吹いて一体のミイラが後部座席の窓に向かって倒れかかった。
 ガサッと重さのない音がして、あまりの恐ろしさに矢口が発狂する。
 市井も驚いたが、その声でハッと現実に気づく。
「いや、あの、それはないんぢゃ……」
「なにがないのよ!」
「だって、圭ちゃんにサインとかありえないし。それも女子高生がとか」
「それじゃ、あたしのことを南野陽子と勘違いしたのよ。それで取り囲んだのよ」
「それもありえねえって!」
 恐怖が興奮に結びついたのか、矢口がようやくツッコミを入れ、その勢いで片鼻を抑えて息圧に
よって詰まっていたキュウリを飛ばす。
 市井がそんな矢口を見て、目で同意のサインを送りながら頸突(うなづ)く。

135 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:37

「それじゃ乙葉か内山理名と間違えたのよ。そういうこと、たまにあるから」
「それもねえって。間違えるにしても田畑智子が精一杯じゃんか」
「私が現役だった頃、よく間違えられてたよね。荒ぶしの香り、仕上げ鰹の汁とかって」
「違うわよ!あたしをあんな豚娘と一緒にしないでよね!それにあんたたちは見てなかったんだ
から想像でしょうが!あれは絶対あたしのことを南野陽子と間違えたの!それ以外に考えられ
ないわ!」
 保田が興奮の声をあげる。
 市井はそれにはびくともしなかったが、田畑智子のファンに失礼じゃないのかなあと思いながら、
頭の中で謝罪の言葉を考える。矢口はミイラの顔から離れるように座席を移動している。
「絶対に南野陽子よ!そうに決まってるわ!作者だって以前、ホクロの位置を重視すればあたし
は南野陽子にクリソツだって、そう言ってたわ!」
 ちなみに作者は今年の春頃から、CMなどでやたら保田を見かけるようになり、奇麗になったな
あと思っていたところ、後になってそれが蛯原友里だったと気づいたらしいが、そんなことはどうで
もよい。ちなみに“エビちゃん”の名付け親(最初の使用者)は角淳一であるらしいが、それは更に
どうでもよい。
 どうでもよい話にうんざりしながら、市井が妥協する。
「ぢゃあコンタクトを入れ忘れたど近眼の女子高生が、圭ちゃんをエビちゃんと間違えたってことで
いいよ」
「あ、そう?納得してくれた?」
 市井が黙って頸突き、矢口もそれに続く。
 保田は二人の承諾ににんまりと笑い、よだれを垂らす。
 それを二人はグロテスクだと思うが、口には出さない。

136 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:37

「で、どうすんの?このミイラ、敵なんだよね?」
「敵だけど、もう衰弱して動けないみたいだし、ほっとけばいいわ」
「そりゃ半年も待たされたら誰だって動けねえって」
 半年間、車の中で喧嘩をし続け、それでも生きている矢口が言う。
 キュウリの本数はかなり減っているが、それによって生き延びたという証拠はない。
「とりあえずさ、私も今がどういう状況で、自分たちが何をしようとしてたのか、すっかり忘れてるん
だけど」
「あ、それおいらも」
 読者も作者もそれは同じである。
「前回の予告によると、タイトル論争が勃発するらしいわ。とりあえず『無題の大冒険(仮)』だなん
て名前でwikiに載ってるのは心外よね。せっかくだから、ちゃんと正式なタイトルを発表するわ」
「正式なタイトルって?」
「スレタイにあるでしょうが。あれがこの物語の構想期からの正式なタイトルよ!」
「『てんむす。』……ってこと?」
「そうよ!」
 保田がそう言いつつ、天に向かって人差し指を高く伸ばし、天井にぶつける。それでも保田は痛
さを我慢してまで、なぜか天を指差し続ける。かなり気に入っているタイトルであるらしい。
「あんま変わんないような気がするんですけど……」
「だいぶ違うわよ。あたしたちは天津神(あまつかみ)に全てを委ねられた天津娘。(あまつむすめ)
なのよ。略して、天娘。(てんむす)!これはこの世界ではロト並みの伝説の称号よ!」
「ロト並み!!!」
 その名前にゲーヲタ(レトロ専門)の市井が目を輝かせる。
 市井はデビュー前に当時のX68000を使ってドラクエの続編を自作したことがあり、そのデータは
今もネットで流布されている。ただし、本人はドラクエ派ではなくFF派であり、それもFFUのファンと
いうことらしい。なお、矢口はドラクエ派である。

137 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:37

「そう言えば圭ちゃん、おいらを誘いに来たときに言ってたっけ。おいらたちが昔、モーニング娘。
として戦って、世界の異常を元に戻したって……」
「そうよ。そのあたしたちのことを、人々は天津娘。と呼んでいたの。今は誰も覚えてはいないけ
ど、現実に異常が生じ始めた今、またその名前が人々の口から出てきてもおかしくはないわ」
「でもさあ、半年も経ってこんだけしか進んでないし、誰も思い出してないんぢゃないの?」
「それはあんたたちがキュウリ戦争なんかやってるからでしょ。あんたたちのせいで、現役の子た
ちは半年もの間、世界から消滅し続けたままなのよ。作者は卒メンヲタだからどうでもいいみたい
だけど、ちょっとは反省しなさいよ」
「でも私はさあ、別に現役の子とか関係ないし。正直、もうどうでもいいっていうか」
 市井は作者と同類らしい。
「冒険を進めれば吟遊詩人にだってなれるわよ。訳せばシンガーソングライターよ」
 市井の無関心に保田が適当なことを言う。
 しかし市井はその適当なことに目を輝かせ始める。
「シンガー……ソング……ライター……!」
 その瞬間、市井の中でなにかが弾けた。
 市井は吟遊詩人にジョブチェンジした。
「うおおおおお、頭の中にメロディとコードと詞とその他もろもろが浮かんでくる!!!」
 市井がそう叫びながら、後部座席に積み込んであったギターを持って車を降り、囲んでいたミイ
ラと化した女子高生軍団、黄泉国の醜女に向かう。
 矢口が口をあんぐりと開けてそれを見守る。
 そして市井の路上ライブが始まるところで、久しぶりの更新が終わる。

138 :名無し娘。:2006/12/10(日) 02:38

次回予告。特になし。よいお年を。

139 :名無し娘。:2006/12/10(日) 16:32
文体変わってないような気がする

140 :名無し娘。:2006/12/30(土) 00:57
ちょwwwwTDQとかwwwwwwww

141 :名無し娘。:2007/01/22(月) 00:15
保守

142 :名無し娘。:2007/01/25(木) 08:27
続き期待してまっせ

143 :名無し娘。:2007/02/24(土) 09:55
まっせ

144 :名無し娘。:2007/03/21(水) 00:09
まだー

145 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:14

 Lv.7

 前回からさらに数ヶ月がたったせいか、運転席にいた保田は座席をうしろに倒し、ぐっすりと眠り
こんでいた。すでに冒険も世界の異変もどうでもいいらしく、グースピーという寝息が車内に不快な
リズムをあたえている。ちなみに、ぐっすりという言葉が江戸時代からある日本語だということは以
前に説明したが、ストーリーをわすれている人もいると思うので、そういう人はついでとして最初か
ら読みかえすことをおすすめする。
「あ、ねえ、圭ちゃん? 圭ちゃん?」
 後部座席の矢口が窮屈そうに手を曲げのばして保田の肩をゆする。保田が座席を目一杯うしろ
にスライドさせ、さらに目一杯うしろに倒していたため、矢口は挟まれて身うごきがとれなくなってい
た。
「ねえねえってば! 圭ちゃん起きてよ! 起きてよ! 更新はじまったんだけど!」 
 矢口はすっかり作中の人物であることを自覚したらしい。そのことをツッコんでもらいたかったの
かもしれないが、残念ながら保田はよだれを垂らしたまま、目を覚ます気配はない。
 ちなみにそのよだれはヤスヲタにとっては喉から手がでるほどの逸品であるが、現実には喉か
ら手をだすのは不可能である。
「うーん、こまったなあ。なんか外で市井ちゃんがピンチみたいなのに、挟まれてでられないし」
 ら抜き言葉をつかわずに、矢口がマジメな口調で言った。
 車の外では市井がギターをかかえたまま、ミイラ化の状態からいつのまにか蘇生していた女子高
生軍団と必死の形相で戦っている。そしてその脇の歩道では喉からなんとか手をだそうと必死にも
がいている男の姿があったが、そんな変態は無視するにかぎる。

146 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:14

「圭ちゃんヤバイってば! 市井ちゃんほら、なんか頭の中にメロディとコードと詞とその他もろも
ろが浮かんでくるとか豪語して外にでたのはいいんだけど、《 それでは聴いてください、市井紗耶
香で、粉雪 》 とかってちょっとクール気取って曲紹介したと思ったら、突然吹雪になっちゃって。そ
したら倒れてたミイラがうごきだして、なんかすっごいヤバイんだけど。あ、別に読者に状況説明し
ようとかそういうつもりじゃなくて、なんというか、とにかく起きてほしいんだけど……」
 矢口の説明むなしく、保田は口を大きく開けたまま、さらにおどろくことに目を見開いたまま寝て
いた。もしそれが寝ているという状態であるならば、ミイラよりも不気味である。
「うーん、どうしよ……。叩いても起きないし、呼びかけても反応ないし、このままじゃおいらが車の
中で独り言をつぶやいてる危ない人みたいな感じになっちゃうじゃんか。ていうか、なんでこの車の
座席はこんなにうしろまで倒れるんだって話だよ。それも倒していいですかーとか一言も訊かずに
いきなり倒すからうぎゃって感じでそのまま挟まれちゃったし。いくらおいらと気が置けない仲だか
らって、そんなのナシじゃんか。あ、ちなみに気が置けない仲ってのは警戒が必要って意味じゃな
くて、気心の知れた仲っていう意味だから、そこはほら、辞書とかで確認してくれるとわかると思う
んだけど、とにかくさ、えーと、なんだろ、なんか長文のコツわすれちゃったじゃんか」

147 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:15

 矢口が長文をそこであきらめた転瞬、運転席の保田がガバッとはね起きた。
「け、圭ちゃん?」
 矢口の問いかけには答えず、保田は座席を元にもどすと、すばやく足元にあったホワイトボード
を拾い、そこに超高速で文章を書くやいなや、アズスーンアズとつぶやきつつブーメランのようにそ
れを後部座席へと放り投げた。ホワイトボードはせまい車内で見事な円をえがき、回転しながら矢
口へとむかう。
 ズガッ。うぎゃっ。クリティカルヒット。
 矢口の顔面にボードの角が命中し、見る見るうちに鼻血が顔の下半分を鮮血で染めていく。
 しかし保田はバックミラーでそれを確認しながらも、なにごともなかったかのようにふたたび座席
をうしろに倒してまたもや眠りにはいった。もちろん目は見開いたままである。
「ちょ、け、圭ちゃん! 圭ちゃんってばあ!」
 ドクドクと鼻血がこぼれていくが、矢口はふたたび座席に挟まれて身うごきがとれず、しかも前よ
りも窮屈な、レスキュー要請が必要なほどの体勢となっていて手で鼻をおさえることさえできない。
「血、血がこんなにっ……ああ……や、やだよっ、おいら鼻血で死ぬなんて、そんなのやだよっ!」
 矢口ならずとも、だれだって鼻血で死にたかない。

148 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:15

 三十分ほどして保田が目覚めた時、矢口は出血多量により死の淵にいた。
「ま、真里? ど、どうしたのよ! ち、血だらけじゃないの!」
 世の中には知らないでいる方がしあわせなこともある、というのはまさにこういうことをいう。保田
が後部座席を振りかえりつつ(しかし座席はもどさず)、おそるおそる矢口の様子をたしかめる。
「し、死んでるっ!」
 保田はそれだけ言うと、その口のかたちのまま、茫然とうごきをとめた。
 いくつかゆっくりと呼吸をして心をおちつかせてから、ふたたび口をうごかす。
「い、一体だれが! だれがなんのために真里を! フー・ホワイ・マリ!」
 どうやら完全に寝ぼけていて、自分が矢口にホワイトボードを手裏剣よろしく投げつけたことを覚
えていないらしい。ある意味では設定もストーリーもキャラもすっかりわすれてしまっていた作者と
通じる部分があるかもしれないが、“通じる”といっても、別に作者と保田とができているという意味
では当然ない。
 そしてまた、“手裏剣よろしく”といっても、別に手裏剣が「よろしく!」と挨拶をしたのでもない。もし
手裏剣が「よろしく!」と挨拶するようにできていたら、忍者はすぐに見つかって死ぬ。

149 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:15

 保田はあわてふためきながら、矢口の足元にころがっているホワイトボードに気づいた。
 あくまでも座席はうしろに倒したまま、うしろをむき、手をのばして窮屈そうにそのホワイトボード
をとる。ホワイトボードは鼻血ですっかりレッドボードにかわっていた。ドラクエであればそれは死
亡を意味するが、ドラクエでなくても白いボードをまっ赤に染めるほど出血すれば死んでも不思議
ではない。
「これはまさか、ダイイング・メッセージ!」
 保田は自分の言葉に(勝手に)納得し、コクリとうなづくとそのボードの字に目をむけた。そして
その矢口がうすれゆく意識の中で雀の涙ほどの力を振りしぼって書きのこした最期の言葉(と勝
手に思っている言葉)をゆっくりと声に出して読む。ちなみに雀の涙といっても、実際にその量が
科学的に計測されたことは一度もなく、どれくらいの量なのかは不明である。
「私も気が置けない仲が気心の知れた仲だということは昔から知っていましたBY佐藤藍子……」
 その文章をしばらく見つめ、前をむいて外を見て、またその文章に目を見やる。
「まさかそんな、佐藤藍子が矢口を襲うなんて……しかしどうして佐藤藍子が真里を……」
 保田はすっかり佐藤藍子が犯人だと思いこんでしまったらしいが、現場は完全なる密室であり、
しかもその中には被害者のほかに一人しかいない。さらに第一発見者をうたがえという警察の捜
査の基本にもそれはあてはまっている。どう見てもその一人が犯人です。ありがとうございました。
「ちがうわ! 犯人は佐藤藍子じゃないわ! これはきっと、真犯人をつたえるための暗号かなに
かよ! でも、だとすると、真里はあたしになにをつたえようと……」
 親友をうしなった(と勝手に思っている)悲しみから、保田は(これも勝手に)復讐心に燃えていた。
 しかし出発点(矢口の生死)からしてまちがっていることにはまったく気づいていない。
 唯一ただしかったのは、佐藤藍子が犯人ではないということだけである。

150 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:15

「謎の暗号か。こういう場合、IQサプリでは文字を変換するのが基本だったわね」
 IQサプリを毎週欠かさず見ているため、暗号といえばIQサプリしか思いつかない保田であった。
 出発点からしてまちがっている上に、価値基準もかなりモヤッとしている。
「うーん、むづかしいわ。これは名探偵カレンちゃんの難問以上に難問よ!」
 名探偵カレンの問題は特に難問というわけではなく、むしろ簡単なことが多いが、保田にとって
はそれが難問の基準であるらしい。
 ちなみに作者の基準では、美山加恋ちゃんが好きな二十代後半はロリコンではなく心が純粋な
だけなのだそうだ。ただし、本来はそうしたものをこそロリータ・コンプレックスと呼ぶ。
「こまったわ……文字を変換するにも、これじゃ文章が長すぎるわ」
 保田が両手で頭をかかえこんだが、なやんだ時に本当に両手で頭をかかえこむ人間がほとんど
いないことは以前に述べた。
「うーん、わからないわ……。この文章をすべてアルファベットに変換し、そして真里は男問題で本
体をクビになったからそこに 《 男でクビ 》 という言葉をくわえる。そして意味不明なアルファベット
を除外すると、のこった言葉は……ハッ、こ、これはまさか!」
 キラン。保田の目がかがやく。
「男でクビ! つまり真里は男に首を絞められて死んだのよ! まちがいないわ!」

151 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:15

         ナ ゝ   ナ ゝ /    十_"    ー;=‐         |! |!   
          cト    cト /^、_ノ  | 、.__ つ  (.__    ̄ ̄ ̄ ̄   ・ ・   
                                             
            ,. -─- 、._               ,. -─v─- 、._     _
            ,. ‐'´      `‐、        __, ‐'´           ヽ, ‐''´~   `´ ̄`‐、
       /           ヽ、_/)ノ   ≦         ヽ‐'´            `‐、
      /     / ̄~`'''‐- 、.._   ノ   ≦         ≦               ヽ
      i.    /          ̄l 7    1  イ/l/|ヘ ヽヘ ≦   , ,ヘ 、           i
      ,!ヘ. / ‐- 、._   u    |/      l |/ ! ! | ヾ ヾ ヽ_、l イ/l/|/ヽlヘト、      │
.      |〃、!ミ:   -─ゝ、    __ .l         レ二ヽ、 、__∠´_ |/ | ! |  | ヾ ヾヘト、    l
      !_ヒ;    L(.:)_ `ー'"〈:)_,` /       riヽ_(:)_i  '_(:)_/ ! ‐;-、   、__,._-─‐ヽ. ,.-'、
      /`゙i u       ´    ヽ  !        !{   ,!   `   ( } ' (:)〉  ´(.:)`i    |//ニ !
    _/:::::::!             ,,..ゝ!       ゙!   ヽ '      .゙!  7     ̄    | トy'/
_,,. -‐ヘ::::::::::::::ヽ、    r'´~`''‐、  /        !、  ‐=ニ⊃    /!  `ヽ"    u    ;-‐i´
 !    \::::::::::::::ヽ   `ー─ ' /             ヽ  ‐-   / ヽ  ` ̄二)      /ヽト、
 i、     \:::::::::::::::..、  ~" /             ヽ.___,./  //ヽ、 ー        

152 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:15

「ちょ、ちょっと待ってよ……か、完全にまちがってるし……ゼエゼエ……」
 あまりの迷推理ぶりに、矢口が朦朧とする意識の中で声をあげた。
「ま、真里っ! い、生きてたっ!」
「いや、生きてたっじゃなくて……あ、あのさ、座席、ざ、座席もどしてよ……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 人の推理をまちがってるとか言ったんだから、まずはその説明を
するのが先決でしょうが!」
 だれが見ても鼻血をとめるのが先決であり、そのためには座席をもどすべきである。
 大体、矢口が生きていた時点で保田の推理が完全にまちがっていることは明白であり、疑問の
余地は百パーセントない。
「つーか……血が、鼻血が……早くとめないと……」
「ハッ! た、たしかにそうだわ! 真里の言うとおりよ! 男に首を絞められて殺されたのなら、
鼻血がでたりしないわ!」
「だ、だからほら、はやく座席を……血が……うわっ、まだでてるし……し、死ぬ! 死ぬよぉ!」
 矢口が大げさに(ただし状況的にその大げさは認めてあげるべきであろう)叫んだ。
 しかし保田は殺害方法(と勝手に思っている)の矛盾にすっかり気をとられ、そんな矢口の悲鳴な
ど聞いちゃいなかった。
「だとすると……これはダミーにちがいないわ! 男は真里の首を絞めて殺害後、死因を特定させ
ないためか、あるいは警察の捜査を混乱させるためにわざと血をまいたのよ! この状況を見れ
ばだれだって出血多量が死因だと思うし、絞殺による窒息死だなんて思わない。犯人のねらいは
まさにそこにあると見ていいわ。でも、だとするとこの血は……」
 そこまで推理を独白しつつ、保田は矢口の血まみれの顔を見た。

153 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

「鼻からでてるわね。ということは……犯人はきっと、鼻の穴に十円玉がいくつはいるかためすよう
なだれもが子供のころに一度はやったことがあるような好奇心からの遊び的なことをしてその結果
として鼻血がでてしまったかあるいは真里が死ぬことによって真里の鼻毛にプレミアがつくと勝手
に予想して鼻毛抜きだかピンセットだかで真里の鼻毛を抜こうとしてまちがって鼻の内壁を挟んで
しまうという自分だったら三日間は立ちなおれないくらい情けない痛烈な事故を起こしてしまいそれ
によって血がでてしまったと考えれば辻褄があわないこともないわ!」
 保田が自分の推理に興奮しながら言い、目をキランとかがやかせた。そしてふっと、なにかに気
をそらされたかのように唐突にフロントガラスごしに前方を見て、遠い目を浮かべた。ちなみに前
方では市井がギターをかかえてまさに女子高生と戦っている最中であったが、保田の目にはそれ
は単なる景色としてしか映っていなかった。
「悲惨な事件だったわ……。私もまさか自分がこんな事件に巻きこまれるだなんて思ってもいなか
った。でも、すべて解決したわ。犯人は男で、真里のクビを絞めて殺害した。そして警察の捜査を
混乱させるために鼻から血をださせるなどの工作をした。いや、死後の出血はそこまでひどくなら
ないから、きっと真里はその時はまだ生きていたのかもしれない。でも、十円玉を鼻の穴につめこ
まれたり、鼻毛抜きで鼻の肉壁を挟まれたりして、その恥ずかしさに耐えられなかったのね。真里
は生きていく希望をうしない、そして死んだ……。そう、その最後の最後で私にダイイング・メッセー
ジを残して……。でも、真里のその思いは私にちゃんとつたわったわ。私は、真里の死を絶対に無
駄にはしない……。だって真里は、真里は死んでも私の親友なんだから!」
 保田が叫び、そして車内が静まりかえる。窓の外では街路樹の葉が風にゆれていた。

154 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

「って、だからちがうって言ってんだろおおおがあああああああああああ!!!!!」
 矢口の絶叫がひびき、その瞬間、後部座席から青白い炎が立ちのぼった。
「ま、真里? 真里なの?」
「真里なのじゃねえだろ! どこが辻褄があってんだよ! 十円玉だとか鼻毛抜きだとかのどこが
辻褄があうっつうんだよ! さらになに勝手に事件が解決したあとの素人探偵みたいなセリフを口
にしてんだよ! しかもなにが街路樹の葉が風にゆれていただよ! そんな完全素人みたいなイ
ンチキ描写いらねえんだよ! 最初から生きてるって言ってんじゃねえか! 勝手に人を殺してん
じゃねえよ!」
 矢口が後部座席の上に完全に立ちあがり、前方の保田をにらみつけた。
 だが、その保田は巨人だった。そして、巨人はその矢口を見てほそい目をまん丸にしておどろい
ていた。
「ま、真里……あんた、躰が……!」
「なんだよ! なにおどろいてんだよ! おいらが生きてちゃいけないのかよ!」
「だから、そうじゃなくて……」
 保田のおどろきに、怒りにつつまれた矢口もなにかがおかしいことに気づいたのか、前を見てう
しろを見て、自分を見て、右を見て左を見て、そしてまた自分の全身を見た。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」
 矢口が松田優作ばりに叫んだ。
「真里っ! あんた、ついにやったのね! 思いだしたのね! スクナビコナの霊威を!」
「って、すっげー昔に言ってた伏線をだれもがわすれたころになって消化してるうううううう!!!」
 いつのまにか小人になっていた矢口が絶叫し、そのこだまはしばらくは消えなかった。

155 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

 それから五分後、小さくなった矢口は後部座席の上でちょこんと体操座りをしていた。ちなみに
体操座りに関しては以前に説明したのでここでは省く。
「おいら……まさか小人になるなんて思わなかったよ……」
「落ちこむことじゃないでしょうが。あんたは死の淵で神の霊威を呼び覚ましたのよ。そして呪文を
唱えた。あんただって呪文がつかえるようになってうれしいでしょうが」
 矢口は一瞬、その言葉に共感しかかったが、すぐに目をふせた。
「自分で自分にミニマムかけてどうすんだよ……こんな躰じゃ、外にでたらすぐに踏みつぶされちゃ
うじゃんか。おいらやだよ、小人だなんて……」
 男子諸君にとっては小人になるというのはスカートの中身が覗けるだの更衣室に忍びこんで着替
えが覗けるだの女性の部屋に忍びこんでそのプライベートの一部始終(運がよければお楽しみも)
が覗けるだのというようにまさに夢の夢の話(※男子の夢=エロ願望)であるが、女子にとっては小
人になったところでメリットはほとんどない。

156 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

「そんなことないわよ。これから先、どんな困難が待ちうけているかわからないのよ。そんな時、真
里のそのちっちゃな躰が役にたつはずよ。たとえば敵にやられて牢屋に閉じこめられた時に脱出
するとか龍の腹の中に入って胃袋に爪楊枝を突き刺しまくって退治するとか南君の恋人として名乗
りをあげるとか、いろいろあるでしょうが。真里はそういう特殊な役割を手にいれたのよ。何の特徴
もないまま最後まで出つづけるより、なにか特徴があって一瞬でもかがやく方がインパクトはつよい
のよ。小人になったことによって真里はあたしたちにはないキャラクターを手にいれた。これからは
準主役級として大活躍するにちがいないわ!」
「そ、そうかな? おいら、そんなすごいものを手にいれたのかな?」
 最初から単純馬鹿キャラが確立している矢口が子供のように目をかがやかせながら言った。
 ただし、現在の主役は保田・市井・矢口の三人であるから、準主役級だと降格処分になる。
「そうよ! なにごとも前むきに考えるのよ! ボーイング・マイ・ウェイよ!」
「それを言うならゴーイング・マイ・ウェイだろ! ボーイングって、どこの飛行機だよ!」
 矢口が楽しそうにツッコんだ。
「ボーイング社よ!」
 保田が楽しそうに答えた。
 二人は見つめあい、そして笑いあった。
「真里、なかなか冴えてるわね! 小人になってツッコミのするどさが増したみたいよ!」
「圭ちゃんだって! ギャグのセンスが格段によくなったみたいだよ!」
 二人はおたがいを誉めあった。
 しかし、それはするどいツッコミでもなければセンスのあるギャグというわけでもなかった。

157 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

「それはそうと、紗耶香は?」
「あ、市井ちゃんなら……ハッ、そうだよ大変なんだよ! 市井ちゃん、いま敵と戦ってるんだよ!」
「敵と?!」
「そうだよ、市井ちゃんほら、なんか頭の中にメロディとコードと詞とその他もろもろが浮かんでくる
とか豪語して外にでたのはいいんだけど、《 それでは聴いてください、市井紗耶香で、粉雪 》 とか
ってちょっとクール気取って曲紹介したと思ったら、突然吹雪になっちゃって。そしたら倒れてたミイ
ラがうごきだして、なんかすっごいヤバイんだよ!」
 矢口が最初の最初に独り言として言っていたセリフをいまごろになってコピペした。
 つまり、これまでの文章は全部無駄(断定)。
「まさか……粉雪を、粉雪を歌ってしまったの?」
「そうだよ。だから吹雪になって、ミイラが黄泉(よみ)がえったんだよ!」
 矢口はかなりあせっていたが、いまさらあせったところで意味はない。
「それはちがうわ、真里」
 保田が冷静に答えた。
「なにが違うんだよ。だって市井ちゃん……」
「歌ったのは粉雪。それはまちがいないわね?」
「うん。だって自分で曲紹介したもん。粉雪って。だから吹雪になって……」
「それがちがうのよ」
 保田が念を押すように言って、ボタンを押して運転席の窓を開けた。

158 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

 風に乗って、メチャクチャなコードとともに市井の歌声が聞こえてくる。

《 息をはくたび〜♪ 白くにごった〜♪ 12月のショーウィンドウ〜♪ 》

「粉雪……歌ってしまったのね……」
「圭ちゃん? それ、どういうこと?」
「粉雪は諸刃の剣……。そう、最後の手段と言ってもいいわ……」
 言いながら保田は身震いした。ただし、身震いしたと言っても別に突然リモコンバイブのスイッチ
がはいって身悶えするというような企画物AVに出演しているわけではない。
「どういうことなの? その曲に、一体なにがあるの?」
「粉雪は……紗耶香が作詞して、そして紗耶香の旦那、吉澤直樹が作曲した曲なのよ!!!」
「な、なんだってーーー!」
「つまり、粉雪は夫婦合作というとってもとってもお寒い曲であり、そこにはとってもとっても恥ずか
しい過去がつまっているのよ! そしてその曲を聴いてしまうと、あまりの恥ずかしさから様々な現
象が引きおこされてしまうの! ある者は自分の恥ずかしい過去を思いださされて悶絶し、ある者
はあまりの恥ずかしさから穴を掘ってその穴の中に入ろうとする。混乱状態におちいる者もいれば、
そのまま絶命してしまう者もいる。つまり、粉雪は邪気眼(じゃきがん)なのよ! それくらいに危険
な曲なの、粉雪は!!!」
 実際はそんなに危険な曲ではなく、ただの駄作曲である。
 しかし、そのように指摘されるとたしかに恥ずかしい曲に感じられるかもしれない(作者談)。

159 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:16

「な、なんかとってもお寒い感じがしてきたよ! ううう……寒い……寒いよお……」
 保田の身震いが伝染したかのように矢口が身震いした。
「ま、読者への説明はそれくらいでいいわ。紗耶香、苦戦してるみたいだし、そろそろあたしたちが
でて行かないと大変なことになるわ。真里、いい?」
「圭ちゃん、わかった、おいらも戦うよ! あの曲、すんげえ寒くてこっちも死にそうだし」
「よし、それじゃ行くわよ! あたしはスタンガンで戦うから、あんたは紗耶香のところへ行って、あ
の曲をとめるようにつたえなさい! いいわね!」
「合点承知之介(がってんしょうちのすけ)!」
 矢口が昭和のセリフをかましながら、右側のドアを開けて道路に降りたった。
 それを見て保田もスタンガンを装備し、運転席のドアを開けて道路に降りたつ。
 その瞬間、ぶちっといやな音がして、保田は足元を見た。
 保田の靴の下で矢口がぺちゃんこになってつぶれていた。
「あ、わすれてた……真里、ちっちゃくなってたんだっけ……。あは、あはははははは……」
 保田は顔をひきつらせながら笑った。
 そして、また顔をひきつらせながら笑った。
 矢口真里、保田圭に踏まれて絶命。人生最期の言葉は「合点承知之介」であった。

160 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:17

 それから一時間後、女子高生軍団(元ミイラ)は全滅し、矢口も蘇生していた。
「ふう……おいら、本当に死ぬかと思ったよ……しかも圭ちゃんに踏まれて死ぬなんてさあ」
「思ったじゃなくて本当に死んでたのよ。紗耶香がいなかったら、そう、まだ死んでたわね」
「ひでえなあ。人を殺しといて、よくそんな平気でいられるよ」
「まあいいぢゃんか。私の歌でこうして黄泉がえったんだからさ」
 敵を全滅させたあと、市井は矢口の死骸にむけて何度となく粉雪を演奏していた。粉雪はドラク
エでたとえればパルプンテに相当し、死者を黄泉がえらせる効果を発揮することもある。矢口はそ
の粉雪によって、“死し”ながらもあまりの恥ずかしさに耐えられず、息を吹きかえしていた。
「まあそうだけどさ。おかげで小人からも元にもどれたし」
「これで万々歳ね。まあ真里が小人になって踏みつぶされるっていうのはちょっと安易なオチだった
かもしれないけど」
「あはははっ、それは言えてる」
 保田の言葉に市井が笑って賛同した。
 四ヶ月だの五ヶ月だの更新を休みながらこの程度のオチをかますようであれば、もう一生更新し
なくてもいいような気もするがどうなのであろうか。ちなみに前回、このネタのタイトルが『無題の大
冒険(仮)』ではなく『てんむす。』であると通知したのにもかかわらず、だれもwikiを修正していない
ところを見ると、案の定かなり読者は少ないらしいが、それでもちゃんと保守されているから不思議
である。

161 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:17

「まあ読者とかそんなんどうだっていいからさ、とりあえず出発しようよ」
 出番の少なかった市井が今回はどうでもいいとばかりに言った。
「そうね。読者とか関係なく、あたしたちはあたしたちの意志で戦うんだから! ボーイング・マイ・
ウェイよ!」
「どこの飛行機だよ!」
 保田の言葉にすかさず矢口がツッコんだ。
「ボーイング社よ!」
 保田が笑顔で答え、そしてアクセルを踏みこむ。
 日はすっかり暮れていて、保田たちの車はテールランプの中にしずかに消えていった。
 なお、市井が矢口を蘇生させるために粉雪を連発したため、まわりにいた人たちは発狂したり死
んだり穴を掘って埋まったりいまだに喉から手をだそうともがいていたりしたが、そんなことはどうで
もいいことらしい。ドン・ドン・ドン! オチでーす! ド・ドン・ガ・ドン! へっくしゅん!

162 :名無し娘。:2007/04/08(日) 03:17

次回予告。矢口がログを削除し、更新が遅れる。あるいは遂に更新が絶える。
多分矢口のせいです。どうもありがとうございました。

163 :名無し娘。:2007/04/08(日) 13:08
矢口氏ね

164 :名無し娘。:2007/05/06(日) 12:43
うむ

165 :名無し娘。:2007/06/09(土) 07:36
矢口のせい?

166 :名無し娘。:2007/06/13(水) 22:02
矢口のせいならガマンできるよ。

167 :名無し娘。:2007/06/14(木) 13:31
ちゃむ・・・

168 :名無し娘。:2007/07/29(日) 15:19


169 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:10
続きを書いたのですが、あまりにも出来が悪すぎたため、
誠に勝手ながら、再開予定のないまま休載とします。。。

170 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:10
。。。
以下は「てんむす。」以前に書いていたネタ(導入部のみ)です。
当初はこちらを連載するつもりでしたが、
文章が冗長すぎるのと、なかなか娘。要素が出てこないのと、
そもそもミニモニ。に興味がないという理由とでボツにしました。
元々連載するつもりのなかった「てんむす。」をうpしてしまったのは、
こちらに較べて最初に勢いがあった、というだけのことです。

171 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:10

『コロポックルの音楽隊』

172 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:11

 信号が青にかわったことに気づきながら、僕の足はアクセルを踏むことができずにいた。
 ワンブロック先に見える赤いテールランプの一群――次の信号で停まっている車たち――が、
まるで暗い森の中から僕を遠巻きに囲んでいるように思え、僕をどうしようもない陰鬱とした気分
にさせる。
 僕の車の横を次々と車が追い抜いていく。後ろの車は僕の滅入った気分になどおかまいなしに
傲慢にクラクションを鳴らし、進むことを忘れた僕を森の奥へ奥へと追い立てようとする。
 僕はスイッチに手をのばしてカーラジオを切るよりも先に、そのライオンたちの恫喝に屈した。
 景色が動きだす。
 そこはコンクリートや鉄やガラスやそういった無機質で複合的な塊を両側に押しのけた狭く暗い
隙間で、人々はそれを道路と呼んでいた。その道路を僕の車は進んだ。丸みをおびた頼りなさそ
うな乗用車や頭に鶏の冠(とさか)のような表示燈を飾っているタクシーや直方体の鉄の檻が囚
人を護送しているかのように見えるバスが僕の車の横や後ろを同じように進み、でも少し進むと
また三つ眼の門番がいて、結局僕はその森の中から自由になることはできずに、その窮屈な道
路に囚われたままその音楽を聴かされ続ける。
 カーラジオからは誰がリクエストしたのか、大昔のふざけたコミックソングが流れていた。

173 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:11

 僕にはその曲を止めることもできた。スイッチを押せばラジオ自体を止めることもできたし、別の
チャンネルにかえて――たとえばNHKの周波数に合わせれば僕を日常のままでいさせてくれるよ
うな僕自身とは無縁の荘厳なクラシック音楽が流れたかもしれないし、音楽ではなしにニュースや
ら落語やら交通情報やら明日の天気やらで気を紛らわせることだってできた。
 でも僕はそれをしなかった。そのふざけた曲を聴きたくはなかったけれど、僕はどのみち暗い人
工的な森の中にいて、そこから脱出するには三つ眼の監視をまだ十や二十は通過しなくてはいけ
ないのだから。僕にとってはそれはどちらも陰鬱なことだった。まるで東京ドーム千個分の深い深
い樹林の中をさまよいながら、首をくくる前に底なし沼に足を踏み入れてしまい、誰にも助けを求
められずにいる気の毒な青年のような気分だった。
 僕はしかたなしにその曲を聴いた。そして当時のことを思いだそうとするまでもなく頭の中にはす
でにそれが浮かんでいた。僕の部屋には“ミニモニ。”がいて、その曲を騒音のように歌っていた。

174 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:11

1.

「やあ。今日のテストはどうだい?」
 僕は教室に入るなり、僕の唯一ともいえる親友のムラサキに声をかけた。進級してから彼は順
調すぎるほどに英語の成績をのばしていて、今日は苦手なリーダーのテストがあるのにそんなこ
とは関係ないとばかりに堂々とした笑顔を浮かべていた。余裕さえ感じられる。こっそり塾にでも
通いはじめたのかと疑いたくなるが、彼がそんなことを僕に隠したところで彼に利益はないし、な
にか秘策でもあるのだろうとは思うものの、僕にはそれがなんなのかがまったくわからなかった。
「今日は楽勝だよ。英語なんてアメリカ人は毎日のように話してる。考えることじゃないんだ。要は
慣れだよ、慣れ」と、彼は陽気に言った。
「そりゃ僕たちだって日本語を話してるから、日本語はそれなりにできるよ。もちろん国語のテスト
は日本語のテストというよりはなにか別の種類のものだとは思うけどね。でも君は日本人だし、英
語に慣れるなんて外人の家庭教師でもいないかぎり無理じゃないか。違うかい?」まさか勉強の
嫌いな彼が家庭教師を雇うはずがないし、彼の家庭も家庭教師を雇うほど学業に熱心というわけ
ではなかったけれど、考えられる可能性を一つ減らそうと思って僕は訊いた。

175 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:11

「俺は家庭教師が来たって勉強なんてしないさ。ただ、美人でグラマーなアメリケンな家庭教師なら
俺だって英語が好きになる可能性はあるだろうね」
 彼の冗談に僕は笑った。でも笑いながら、彼のアメリケンという発音がいささか気になってもいた。
 遅刻ぎりぎりに登校したため、すぐにチャイムが鳴り、僕たちは自分たちの席に座った。テスト期
間中のためホームルームは出席を取るだけで簡単に終わり、一時間目の英語のテストを待つ。そ
の間も彼は特別になにか勉強するという様子は見せなかった。周りのクラスメイトに話しかけたり、
自分の席から教室の一番後ろ――右から二番目の僕の席に向って意味不明のサインを送ったり
していた。
 緊張感はまったくなく、僕にはその自信がどこから来ているのかさっぱりわからなかった。

176 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:11

-----

 ムラサキが僕にそれを告げたのは、英語の答案用紙が返ってきた日のことだった。僕たちは屋
上に通じる階段の踊り場に三人でいた。ムラサキと、もう一人はクロタというクラス一の優等生で、
クロタはいささかまじめすぎる性分でクラスの中では浮いていたけれど、なぜかムラサキとだけは
仲が良く、当時はそうして三人でいることが多かった。ただ、僕とクロタが親友かというとそんなこ
とはなく、僕はムラサキの友達としてクロタと接していた。
「なあ、どう考えてもおかしいだろ。君がリーダーで七十点もとるなんて」彼の他のテストはいつもと
かわらず散々だったけれど、その英語の点数だけは僕にはやはり納得できなかった。「なにか隠
してるんじゃないか?」
 ムラサキはふふっと笑い、実は……と話しだした。そろそろ僕たちにだけは打ち明けてもいいか
もしれないと向うも思っていたのだと思う。秘密は誰かに話してはじめてその存在を認められるの
だから。それにムラサキは秘密を保持できるような性格では決してなかった。階段の下から女子
のパンツが見えた時などは僕にその色や柄を教えてくれるくらいなのだ。
 僕は彼の話を聞いて呆気にとられた。そんな冗談を信じる馬鹿はいないと思った。いささか腹が
立ったが、それは僕が英語で彼に負けた――それも完敗したせいでもあった。
 そんな僕の表情を察したのか、クロタが僕より先に口を開いた。「信じられない話だけど、おもし
ろい話かもしれないな。それが本当なら、僕もそれを見てみたいよ」
「信じるのか?」と、僕の口から咄嗟に言葉が出た。僕はそれを信じていなかった。

177 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:11

「信じるもなにも、ムラサキ君がそう言ってるんだ。それに現にムラサキ君はリーダーで七十点も
とった。今回のテストはやや難しかったし以前のムラサキ君なら考えられないことだよ。あと十五
点で僕に迫ろうっていうんだから。猛勉強して頭に詰め込んだんじゃないとすれば、躰で英語を覚
えたってことだよ。リーダーはグラマーと違ってそういう雰囲気的なところがあるから」
「でも、そんなマンガみたいなこと、あるわけないじゃないか」と、ムラサキに二十点差をつけられた
僕が怒りながら――というよりは突き放すように言った。
 ムラサキは僕たちのやりとりにいささか困惑した様子だった。それは冗談を本気だと受け取られ
た時のような表情にも見えたし、その逆にも見えた。
「なあムラサキ。それが本当なら、それを僕たちに見せる義務があると思うんだ」僕はあえて難しい
義務という言葉を使った。
「むしろ権利じゃないかな。ムラサキ君は僕たちに打ち明けなくてもよかったのに、それを打ち明け
たんだから。義務からではなく、権利を行使したんだよ。世の中はそんなもんだよ。富める者は貧
しい者にほどこしをする義務があるわけではなく、ただ権利を有しているだけなんだ」
「権利でも義務でもそんなんどっちでもいい。嘘か本当かがわかればいいんだから」と、僕はクロタ
の言葉をさえぎるように言った。ムラサキはやはり困った顔をしていた。

178 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:12

-----

 その次の日曜日、僕たち三人は自転車に乗って片道一時間半のサイクリングをした。毎日三十
分の自転車登校をして体力もそこそこついていたけれど、その山道はきつかった。傾斜はそれほ
どでもないのに、ゆるやかにどこまでも続いていて、気合を入れてペダルを一回一回しっかりと踏
み込まないと自転車はなかなか進んでくれなかった。体育馬鹿のムラサキも汗まみれで、唯一三
段変速ギアのついた自転車に乗っていたクロタも、そのひょろ長い躰をピストンのように上下させ
ながら、立ちこぎで僕たちの後ろについてくるのが精一杯だった。
 街の景色はすっかり消えていて、周りは森が支配していた。それでもそこは隣の郡部ではなく、ま
だ僕たちの住んでいる市の域内で、それが僕にはちょっとした驚きだった。森を過ぎると森と森とを
へだてるように畑が広がり、畑を過ぎると道はまた森の中へ入っていく。道はちゃんと舗装されてい
て、片側のガードレールがまるで白蛇のように森の中をくねくねと曲線的に伸びていた。
 僕はそれを不気味に感じた。もちろん普段にない自然の中にいるということがその一番の原因で
はあったけれど、それが本当に自然なのかどうかがわからないような気がしたのだ。むしろその道
を進んでいると、建物に囲まれたいつもの通学路にいるような錯覚さえ覚え、キイキイという姿なき
鳥の鳴き声もバイクの甲高い騒音のように聞こえてくるのだった。

179 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:12

「なあ、おい、ムラサキ君。この道はまだ続くのかい?」と、立ちこぎで僕たちの横に並んだクロタが
声をかけた。
「もうすぐしたら下りだよ。そしたらしばらく下って、最後に山はあるけど、そこはどうせ押しながらじゃ
ないと無理だから、上りはここだけかな」
「その山の上に言ってた神社があるってこと?」と今度は僕が訊いた。
「うん。ガチャガチャがまだあるかどうかはわからないけどね」
 僕たちの目当てはその神社にあるという不思議なガチャガチャだった。神社にガチャガチャが置
いてあるというのも不思議だけど、もっと不思議なのはその中身だった。僕とクロタはそのガチャガ
チャの殻しか見ていないけれど、ムラサキの部屋でなにか得体の知れない生物の気配を感じたの
は事実だった。そこには人見知りする小人がいて、どこからか僕たちを観察していた。彼がそう言
わなかったとしても、僕はそれを感じていたことだろう。

180 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:12

 下り道はなかなか現れなかった。一本道だったけれど、その暗い森や白いガードレールやオレン
ジ色のポールの先についているミラーや銃猟禁止区域という看板や道路脇を流れるコンクリートに
護岸された川と呼べないほどの小さな水路やそうした目に映るなにもかもが僕が今どこにいてどこ
に向っているのかをわからなくさせ、僕を再び不安にさせた。市街地にくらべれば圧倒的な自然の
中にいるということはわかるのだけれど、僕にはそれがいささか人工的すぎるように思えたのだ。
自然と人工との境はなんなのだろうかと考えたりもした。
「道を間違えたんじゃないのか?」と僕は訊いた。
 ムラサキはすぐに答えを返した。「もうすぐだよ。ほら、次のカーブが見えただろ。あれを越えたら
下りだよ」
 僕はまるで無人の廃墟の中を突き進んでいるような錯覚を覚えながら、その言葉に従った。
 森のトンネルが終わり、そこを抜けると目の前に明るい世界が飛び込んできた。彼のもうすぐと
いう言葉は、彼が最初にそれを口にしてから十分後を意味していたが、下り道は夏とともにたしか
に僕たちを待っていた。

181 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:12

 遠くに水色の空、ふわふわした白い雲が浮かんでいた。山が見え、その山との間には盆地と呼
んでいいのか、土の乾いた茶色と植物の黄緑色とが混じったような畑地が広がっていた。
 僕たちはその盆地に向って一気に坂道を下った。自然にうおおおう! と声が出た。ムラサキも
声を出した。クロタさえも普段の優等生ぶりを忘れて叫んでいた。
 爽快だった。重力に感謝し、車輪の原理に感謝し、風にも感謝した。多分、二人も廃墟から脱出
できたことを喜んでいるのだろうと僕は思った。帰りにまたその森の中を通らなければならないとい
うことは考えなかった。その時はその森が下り道になり、この明るい坂が上り道になっているのだ
から、別に考えてもよかったのだけれど、僕はすっかり解放感でいっぱいでそんなことには気づき
もしなかった。
 僕たちは畑地の道を進み、一気に神社のある山のふもとまでたどり着いた。盆地の中にぽっか
りと浮かんだ島のように緑が際立っていて、山は奇麗な三角形をしていた。超古代文明のピラミッ
ドだと説明されたら信じてしまいそうなほどバランスがとれていて美しかった。そこに神社があって、
その神社で不思議なガチャガチャを売っているという話も、その外観を見れば納得できるかもしれ
ないと僕は思った。

182 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:12

 僕たちはふもとの石製の鳥居の前に自転車を置いて、歩いて登ることにした。遠くから見た時は
それほどでもなかったのだけれど、ふもとから見上げると丘ではなくやはり山と呼んでいいだけの
圧倒感があって、鳥居の横には山に登らなくてもいいようにか小さな祠が静かに鎮座していた。祠
には名前はわからないけれど野の花が活けてあって、僕はそれをかわいらしいと思った。
「よおし、登るぞ」とクロタが真っ先に気勢をあげた。「ムラサキ君、アオイ君、いいね?」
 ムラサキがおうと答え、僕もうんと答えた。
 クロタは色白で背が高く、運動が苦手に見えるけれど、中学時代は野球部でリリーフピッチャー
をしていたと聞いたことがあった。久しぶりに汗を流したことで躰が運動というものに目覚めたのか
もしれない。もしクロタが電車通学ではなくて自転車通学をしていたならば、きっと僕やムラサキを
引き離していただろうと僕は思った。そう思うとその肌の色も不健康からの白さではなく、生まれつ
きの色素のように見えた。

183 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:12

 山の斜面、舗装されていない剥きだしの土の上を、僕たちは土の感触を一つ一つたしかめなが
ら登っていった。遠くから見た印象とは違って傾斜はかなりきつく、僕はスキー場のゲレンデを思
い起こしていた。ゆるやかに見えていても実際にその場所に行くとかなり急な坂に思えることがあ
り、三十度の角度を滑った時などは崖を落ちていくような感覚で恐怖さえ覚えたものだ。
 それと同じくらいの坂が右に左にとジグザグに折れ曲りながら続いていた。これがもしまっすぐ
に頂上に続いていたら登山用のブーツやピッケルがないと無理だなと僕は勝手に思った。「結構
きついな。道はジグザグだし、まるで登山みたいだ。君は自転車でここを登ったのか?」
 僕の頭の中には水谷豊の『カリフォルニア・コネクション』が流れていて、その水谷豊はジグザグ
を気取っていた。僕の家では有線放送やらレコードやらでよく古い曲がかかっていて、僕は懐メロ
に詳しかった。
「まさか。押して登ったよ。うちの兄貴はマウンテンバイクだかロードレーサーだかの練習でよく登
ってたみたいだけど」
「ムラサキ君とこのお兄さん、たしか岡高だったっけ? もしかしてトライアスロン部かい?」とクロ
タが汗をスヌーピーのタオルで拭きながら訊いた。
「ああ。うちの兄貴、プロの選手になるんだと。大学も推薦で行くんだって言ってた。高校生でトラ
イアスロンの大会に出場してる奴なんて岡高くらいにしかいないから、意外と目立つんだよな」

184 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:13

「お父さん、マラソン選手だったんだよね?」と僕が続いた。クロタとは春からの付き合いだけど、
僕とムラサキとは去年からのクラスメイトだった。
「有名ではなかったよ。でも実業団の選手になって、一度だけ入賞したことがあったって。その時
に優勝した人があとでオリンピックに出たっていうのが唯一の自慢なんだと」
「じゃあムラサキ君ももしかしてマラソン選手を目指してるのかい?」と今度はクロタが訊いた。
 僕たちは徐々に口数が多くなっていたけれど、それはさきほどの森のように言い様のない違和
感や矛盾や孤独やそうしたものをそこに感じたからではなかった。その森はそこまで鬱蒼とはして
おらず、木立ちの合間からは暖かな日の光も射し込んでいた。むしろ登るにつれて明るい希望の
ようなものを僕たちは感じていた。
「俺はそんな疲れるようなことはしないよ。でも、一度くらいは挑戦してみてもいいかな。ハーフマラ
ソンだったら結構上位に入れると思うんだ。市民マラソンなんか岡高のトライアスロン部が結構上
位に入ってるくらいだし、俺たちでもいけると思うんだ」
 僕はマラソンには興味はなかったけれど、三人で走るのならそれはいい記念になるなあと思った。
「あれは三月だったよね。じゃあ次の三月か、その次の三月か」
「三年生だと受験やら卒業やらで忙しいだろうね。でも、卒業記念も悪くないかもしれないな」とクロ
タが前向きに言った。顔つきはすっかりたくましい野球部員に戻っていた。

185 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:13

「クロタはもちろん大学行くんだろ? アオイも行くよな?」
「まだわからないけど、大学は行くことになるだろうね。一応進学コースなんだし」と僕は答えた。
 僕の家は小さな喫茶店を経営していたけれど、僕には姉と兄がいるから、僕が家を継ぐというこ
とにはまずならないだろうなあとなんとなく考えていた。それに父は僕や兄に対して大学で喫茶店
の勉強をしてこいとよく口にしていた。変な注文だけど、それは多分経営を勉強しろということなの
だろうと僕は認識していた。もしかしたら父は大学で勉強さえすればうちの店を拡大できると単純
に考えているのかもしれなかった。実際に兄は無名ながら大学に進学し、経営学科に在籍してい
た。もちろん兄が大学を卒業したところでうちの店がどうなるというものでもないのだけれど。
 僕はそんなことを考えながら、ムラサキに質問を返した。「ムラサキは行かないのか?」
「俺はどうだろうなあ。体育しかとりえがないし、体育大学でも行って教師の資格でも取るかな」
「でも英語の成績さえよければ絶対に大学には入れるよ。英語は受験の基本科目だからね」とク
ロタが優等生らしい分析を述べた。「このまま英語の成績をのばせば有名な大学にだって入れる
かもしれないよ」
「まさか。でも最近ミカのおかげで英語が好きになってきたから、実は興味あるんだ。英語にさ」
 ミカという名前が出てきて僕は思わずムラサキの顔を見た。ムラサキもそのことに気づいたのか、
いささか恥ずかしそうに顔をそむけた。僕はそんな照れたムラサキの表情を見たことがなかったか
ら、なんだか楽しい気分になってきて、ごく自然に笑っていた。その照れのはじまりはこの先にあっ
て、もしかしたら僕もその照れを体験することになるかもしれないのだ。

186 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:13

 山に登りはじめて五分か十分か、よくわからなかったけれど、僕たちは意外に呆気なく神社に
たどり着いていた。神社は山の頂上ではなくその少し手前くらいにあった。なだらかな斜面を平ら
に整地してそこに山を背に建物を建てたらしく、拝殿というのか本殿というのか、その建物は小さ
いながらも立派な銅葺きの社で、ちゃんと神社らしい格好をしていた。
「立派な神社じゃんか」と僕が言った。
「本当だね。もっと小さな祠のようなものを想像してたけど」とクロタが言った。「これなら本当に神
様がいるかもしれない」
 僕はクロタの神様という言葉を子供っぽいなあと思ったけれど、すぐに考え直した。僕たちはそ
の神様かあるいは神様の遣いか、とにかく現実にはありえないと考えられている奇妙な存在を求
めてわざわざやって来たのだから。
 ふもとと同じようにそこにも石製の鳥居があり、僕たちは気分を新たにしてその鳥居をくぐった。
正面に山を崇めるように拝殿があり、鳥居をくぐってすぐ右手には社務所なのか物置小屋なのか
プレハブの建物があり、左手には手水場(ちょうずば)があった。
 僕たちはそのまままっすぐ拝殿に向おうとしたけれど、三人ともすぐに立ち止まって顔を見合わ
せた。なんだかんだいって神社にはそれなりの気配があって、やっぱり神様にはそれなりの礼を
尽くさないといけないと思ったのだ。

187 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:13

 手水場は石の舟のような形をしていて、僕は日本史の資料集にあった古墳時代の石棺の写真
を思い浮かべた。山の中腹にあるためか、滾滾(こんこん)と水が涌きだしているというようなこと
はなかったけれど、水道の蛇口をひねると冷たい水が申しわけなさそうにちょろちょろと出て、そ
れは竹を半分に割った樋を通って石舟に流れた。石舟に溜まっていた水はいつから溜まっている
のかわからなかったから、僕たちは置いてあった柄杓をその竹の樋の先端にあてて、その水で手
を清めた。
「いろいろとしきたりとかあるんだっけ」とムラサキが言った。「この前来た時は手も洗わなかったけ
ど。罰でもあたるかなあ」
「神様だってムラサキ君に悪意がないことくらいわかってるはずだよ」クロタは笑って答え、まず左
手を洗い、次に右手を洗い、それから左手に水を汲んで口をゆすぎ、最後にまた左手を洗った。
 ムラサキもそれを真似した。僕も毎年の初詣でで左手、右手の順に洗うことは知っていたけれど、
口をゆすいだのは初めてだった。水はまるで氷菓子のように乾いた口の中いっぱいにひんやりと
響いた。

188 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:13

 持って来ていたタオルで手を拭いて、僕たちはいよいよそのかわいらしい拝殿へと向った。鈴を
鳴らすとコロンコロンという少しにぶい音がした。それは山全体に伝わっていくような透き通った音
ではなく、鈴がどてっと地面に落ちて石や木や土を跳ねながらふもとまで転がっていくような音だっ
た。僕にはそれがなんだかとっても人間臭い音のように聞こえ、そしてその人間臭さこそが逆に本
当に神様がいるという証拠のように思えた。
 クロタに教えられて二礼二拍手一礼のお参りをして、それから忘れてたとばかりに財布の中から
小銭を取りだして賽銭箱に入れた。ちょっとした失敗だったけれど、神様だっていちいちそんなこと
で怒ったりはしないだろうと僕は勝手に想像した。
「それじゃ、お参りもすんだし、あとはガチャガチャだね」と僕が言った。
「おう」とムラサキがうなづいた。
「あ、ちょっと待って」クロタは拝殿の前に立っていた木製の表示板を眺めていた。「ムラサキ君の
話、本当に本当かもしれないよ。ここの神様は小人の神様なんだって」
 その表示板にはその神社に祀られている神様の名前や説明なんかが書いてあった。
「小人?」と繰り返してから、僕もその説明を読んでみた。漢字の右にひらがなが振ってあったけ
れど、それはにじんでいてはっきりとは読み取れなかった。「祭神……すくなくてびっくらこいた?」
「あはは。違うよ。少彦名尊(すくなびこなのみこと)だよ。国土経営や医薬、お酒、温泉の神様って
書いてあるよ。一般に小人の神様として知られているって」
「お酒や温泉の神様なんているのか」ムラサキは別のところに感心していた。

189 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:13

 僕はその小人の神様というところがとても気に入った。それはまるで一寸法師みたいで、神様と
いうよりは愛らしいキャラクターのように思えたのだ。そして、それはたしかにムラサキが話してい
た小人とも一致していた。やはりそれは神様か神様の遣いなのだろうと僕は思った。
 僕たちはその拝殿の裏へと回った。神社は南向きに立っていたから、そこは拝殿の蔭になって
いて薄暗かった。いささか緊張してはいたけど、それと同じくらいに僕の心はゴム毬のように軽や
かに弾んでいて、それが目に飛び込んできた瞬間、僕は違和感よりも先に目的の物を見つけたと
いう達成感に包まれていた。
 拝殿裏側の軒下、目の前に白いガチャガチャの機械があった。機械はそこまで古びてはおらず、
なんだか興醒めするくらいに普通のガチャガチャで、横側の透明なプラスチックからは中に丸いガ
チャガチャのカプセルが入っているのが見えた。
「これかあ」僕はどう表現していいかわからず、とりあえず声を出した。
「な、ガチャガチャだろ? 俺も見つけた時はびっくりしたけど」
「本当に普通のガチャガチャだね。もっと特殊な――たとえば木でできていたりもっと神社らしい感
じを想像してたけど」と、クロタが僕と同じような感想を述べた。
 ガチャガチャははっきりと周りの景色から浮いていた。そこだけが人工的で――もちろん神社の
建物なんかも人工のものではあるのだけれど――まるで田んぼの畦道にぽつんと自動販売機が
置いてあるような感じだった。

190 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:14

「これにその小人が入ってるのか?」と、僕は横側から中を覗きながら言った。
「ううん。このでっかい丸いやつにCDとガラス玉みたいなのが入ってるんだ。そのCDをかけたらガ
ラス玉が膨らんで小人になったんだ。CDっていっても普通サイズじゃなくて昔の小さいやつだよ」
「神様にしては近代的だね」とクロタは一度前置きし、それから自分で納得するかのように言葉を
続けた。「でもありえないことではないか。神様だっていつまでも昔のまんまでいるわけじゃないだ
ろうし、磁気にデータを記録するなんて昔の人から見ればそれこそ魔法――ううん、神業みたいな
ものだし。そうだよね? 昔の人にとっては雷だって神様だったんだ。神鳴りっていうくらいだし」
 クロタは表情こそ冷静だったけれど、その内面ではとても興奮しているらしかった。僕にはクロタ
がマウンドに立っているように見えた。
「そういえば説明に書いてあったね。この山は悪い雷を退治するために一晩で造ったとかって」
「うん。僕もCDって聞いてそれを思いだしたんだ。雷は電気だし、電気は磁気と無関係ではないか
らね」
 説明書きには次のような土地の伝説が書いてあった。――大国主神(おおくにぬしのかみ)と協
力して国土を造った少彦名尊は、出雲国(今の島根県)に帰る途中でこの土地に立ち寄り、人々
から乱暴な雷がいることを聞いた。少彦名尊は小さな体で土を積み上げて一晩でこの小山を造り、
その頂上に登ってその雷を退治した。しかし雷がいないと雨も降らず稲も実らなくなったため、少
彦名尊はその雷を赦(ゆる)してやり、こことはまた別の土地に大国主神が大山を造り、その山の
上に祀ることにした。これが親子山の由来であり、現在、小山には少彦名尊を祀る小山社が、大
山には大国主神と大山主神(おおやまぬしのかみ)とを祀る大山社がある。大山主神がその雷の
御名(みな)である。

191 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:14

「小人の神様はこの山に雷の力の一部を封じ込めたんだと思う。それがきっと、ガチャガチャにも
影響を与えたんだよ」とムラサキが目を輝かせながら推理を述べた。「なんだか僕は興奮してきた
よ。世の中にはまだまだ不思議なことがいっぱいあるんだ。ここにそんな伝説があるなんてことも
知らなかったし、その伝説が生きているっていうことも――ううん、それはまだはっきりと確認した
わけではないけど、でも僕たちは今まさにその伝説を現代で体験しようとしてるんだ。ムラサキ君
はすでにそれを体験しているし、僕たちもこれからそれを体験するんだ。これは凄い貴重なことだ
よ! だって小人の神様がいて、それがCDによって蘇るんだ! こんなの、僕たち以外には誰も
経験したことがないことだよ! ムーにだってこんな凄い投稿談は載ってないよ!」
 いささか興奮しすぎのような気もしたけど、僕もその話を聞いて興奮していたし、ムラサキもなん
だか自分が凄い体験をしているということを改めて認識したような顔でその話に聞き入っていた。
 僕たちはしばらく顔を見合わせ、それからその秘密を共有することを目で確認し合った。
「それじゃ、先にアオイ君からにしよう。いいかい?」と、クロタが言った。
 僕はうんと答えて財布から小銭を取りだした。いささか緊張してはいたけれど、その機械を見れ
ば見るほど緊張する対象ではないように思えてきて――なぜならちゃんと「200」という値段表示ま
でついていたくらいなのだ――僕の緊張は居心地悪そうに僕の感情の中をめぐっていた。

192 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:14

「まさかバンダイとか書いてないよね」僕は百円玉を二枚入れながら冗談を言い、それから銀色
のレバーを回した。ガチャ・ガチャ・ガチャ・ガチャと回すと、意外と呆気なく――いや、その呆気
なさはその機械の存在とも矛盾しないのだけれど――その球体は落下口からコロン・ポロン・ク
ルンと転がり出てきた。
「出てきた」と、僕はそのままのことを言ってそのカプセルを手に拾い上げた。「本当に大きいん
だなあ」
 球体はやはりプラスチックでできていたけど、透明ではなかったので中身までは見えなかった。
「その中にCDが入ってるんだよ」と、僕の呆気ない反応を見たムラサキがもう少し驚いてくれても
よかったのにと言いたそうに説明した。
「八センチのコンパクト・ディスクだね。それに、ガラス玉だっけ?」とクロタが訊いた。
「細長いけどビーズ玉みたいに穴が開いてるんだ」ムラサキが僕の球体をじろじろと確認するよう
に見ながら言った。「宝石なのかな。緑色の艶がある石ころみたいな感じだったと思うよ」
「それはもしかしたら翡翠(ひすい)じゃないかい?」とクロタが言った。「それに、細長くて穴が開い
てるなら、それはガラス玉じゃなくて管玉のようなものかもしれないよ」
「クダタマ?」僕は再び日本史の資料集を想起した。「弥生時代とかの、あれかい?」
「うん。もちろん確認すればすぐにわかるけど、でもここで開くのはちょっとまずいかもしれないな」
 僕もそれには賛成だった。ここでそのガチャガチャを開けてしまったら、浦島太郎ではないけれ
ど煙がもくもくと噴きだして中に入っている小人が逃げてしまいそうに思えたのだ。

193 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:14

「そうだね。これはやっぱり、家に戻ってから開けてみるよ。どのみちここにはラジカセもないし」
 僕の言葉にクロタはうなづいて、今度はクロタが百円玉を二枚入れてレバーを回した。
 ガチャ・ガチャ・ガチャ・ガチャ・コロン・ポロン・クルン。
 クロタはその球体を手に取り感慨深げに眺めていたけれど、それがあまりにも呆気なさすぎたせ
いで、やはり僕と同じようにどことなく興奮の行き場を失ったような表情を浮かべていた。
「でもよく考えると、やっぱり不思議だよ。ううん、不思議というのは小人とかCDとかそういうことで
はなくて、だってムラサキ君の部屋にいる小人は、外人さんなんだろ?」
 クロタの質問に僕は今頃になってそのおかしさに気づいた。そう言われればそれはたしかに変
な話だった。せっかくの神社や伝説やそうした神秘的な背景がすべて間違いで、僕たちの勝手な
こじつけだったということにもなりえるのだ。
「外人というか、まあ外人なんだけど、でも日本語だって話すしギターなんかも弾くし。とにかく、小
人なんだ。そんでもって生きてる。俺は生きてるってことが不思議だったから、外人だなんてことに
はまったく疑問を持たなかったよ。でも、言われてみれば変な話か」

194 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:14

 僕たちはそれが一体なんなのか、その場で結論を出そうとしていた。それは多分、僕とクロタが
そのカプセルの中身に対して少なからず不安や警戒心を抱いていて、納得のある答えを出すこと
によってしか、そうしたものを打ち消すことができなかったからなのだと思う。
 でも、僕たちはその結論を先送りにした。つまりぶっつけ本番だ。もしかすると煙がもくもくと出て
きておじいさんになってしまうかもしれないし、ムラサキの場合のようにかわいらしい小人が出てく
るかもしれない。それはわからないけれど、僕たちにはそうするしか方法がなかった。
「それじゃ帰ろうか。どうなるかは家に帰ってからたしかめる。そして、明日学校で報告し合えばい
いんだ。それでいいよね?」と、クロタが学級会の進行役のように言った。
「うん。僕はそれでいいよ。ムラサキの話が本当だったのか嘘だったのか、それでわかるしね」と、
僕はすでにガチャガチャの存在を見てその話を信じていたのにあえてそんなことを言った。
「きっとびっくりするぜ?」と、ムラサキが格好をつけて言った。「驚いてぎっくり腰になったりしない
でくれよな」
 僕とクロタは笑って、ムラサキも笑った。そして僕たちは山を下り、また自転車に乗って畑地を
抜け、坂道を登り、森の中のアスファルトの道路をあっというまに下って普段の空間へと戻った。
 行きと帰りとでは景色はまったく違っていた。そして僕の気分もまったく違っていた。

195 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:15

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 家に帰ると僕はただいまも言わずに階段をダダダッと上がって自分の部屋に入り、ドアをバタン
と閉めた。そしてゆっくりと歩いてベッドに腰をかけ、背負っていた鞄をその上に下ろした。僕は興
奮なのか緊張なのかそれとも秘密を手に入れたことに対する罪悪感のようなものなのか、種類は
わからなかったけれど、とにかくたまらなく高揚していた。僕の心臓は破裂するかと思えるほどにド
キドキと大きくゆっくりと鳴っていた。
 僕はガチャガチャのカプセルを取りだして机の上にゆっくりと置いた。机は学習デスクみたいな
勉強机ではなく、白と黒のゴマ模様の板がスチール製のパイプの上に乗っかっているだけの簡素
な机で、机板の上には首の形を自在にかえられるアーム式の蛍光灯と鉛筆削りだけがある。
 僕はベッドの枕元に置いていたCDラジカセを机の上に移動させてから、そのカプセルに手をの
ばした。やはり普通のプラスチック製のカプセルで、それは異様なほど軽かった。ゆすってみると
かすかになにかが転がる音がして、でも壊れそうな感じがしてそれ以上はゆすれなかった。鞄を
背負ってあれだけ自転車をこいだことなどはすっかり忘れていて、僕は目の前にあるカプセルだ
けに注意を向けていた。

196 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:15

 ゆっくりと息を吐いて気分を落ち着かせてから――もちろんそのあとで息は吸ったし、吸ったあ
とは吐いたし、とにかくゆっくりと呼吸をして、僕はそのカプセルを両手で持ち、ひねるようにして開
けた。
 カパッという音とともにカプセルは案の定あっさりと開いた。上のカプセルと下のカプセルとのちょ
うど中間――つまり地球儀で言えば赤道部分だ――に、ムラサキが言っていたとおりCDが挟まっ
ていた。八センチサイズで、カプセルが普通より大きかったのはそのサイズに合わせて作ってある
からなのだろうと思った。でも、誰がなんの目的でそんなカプセルを作ったんだろうかというようなこ
とは考えなかった。それは考えても考えなくても結局は同じことだと思ったのだ。
 僕は指を穴に入れるようにしてCDをそっと摘まみ取った。CDがなくなると、その下から今度は緑
色の石ころみたいなのが出てきた。それはムラサキが言っていたように細長くて穴が開いていてガ
ラス玉のようではあったけれど、僕はそれをクロタが言っていた翡翠の管玉だと思った。
 ただ、僕がそこでおやっと思ったのは、その管玉が一つではなく二つも入っていたからだった。そ
んな話は聞いていなかったから、どういうことなのだろうかと僕はCDを指にはめたまま考えた。そし
て当たりなのかもしれないなと思ったけれど、やはりそれも考えても考えなくても同じことだった。

197 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:15

 僕はCDラジカセの開閉ボタンを押して、そのCDをセットした。そして特にそれが世紀の一瞬にな
るのだと意識することなく、まるで普通に音楽をかけるかのように指でちょんと再生ボタンを押した。
 ウイッウイッとラジカセの作動音がして、透明な部分から中のCDが回り始めたのが見えた。でも、
デジタル表示は一曲目を表す「1」ではなく、なぜか「0」で、再生時間の表示もやはり「00:00」のまま
だった。僕はあれれっと声を出し、首をかしげた。
 その瞬間だった。
 スピーカーから飛びだしたのは音ではなくて音符だった。嘘みたいな話だけど本当に本当なのだ。
スピーカーの黒い編目のようなところから音符が次々と飛びだしてきては、踊ったり跳ねたりし、そ
れは列になって風に舞うかのように部屋中を駆けめぐった。
 僕は目が点になった。本当に点になったのではなくこれは比喩表現だけれど、音符は本当に音
符の形をしていた。それが実体なのか投影のようなものなのかまではわからなかったけれど、そ
れは“♪♪♪♪♪”という音符の連なりとなって、まるで新体操のリボンのように奇麗にゆらめいた。
そして部屋の中を縦横無尽に舞い終えると、机の上にあるカプセルのあたりをくるくると回るように
して包み込み、そしてまばゆい光を発しながら一気になだれ込んだ。中にあった翡翠は音符に囲
まれてプクーッと膨らみ、そしてポンッと飛び上がるようにして二体の小人が姿を表した。

198 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:15

 僕は驚きすぎてどうしていいのかわからなかった。まるで浦島太郎が煙が出てくるのを茫然と見
守ったままふたを閉じることをしなかったように、僕はその玉手箱をただ眺め、そしてその不思議
な生物をただただ眺めた。
 小人は意外に大きかった。カプセルや八センチCDと同じくらいの大きさを予想していたけれど、
手のひらと同じくらいの背丈をしていた。そしてものすごく精巧だった。最初に聞いた時にムラサキ
が人形のようだと言っていたので、僕はついついぬいぐるみのようなものを想像していた。だけど
その小人にはちゃんと生物の質感があり、服は着ていたけれどその服もやはり精巧にできていて、
決してぬいぐるみではありえなかった。人間をそのままの比率で縮めたような感じではなく、ちょっ
とアニメチックな三頭身的な体型をしていたけれど、リカちゃん人形やアニメのフィギアや世界中に
存在するどんな人形よりも圧倒的にリアルにできていた。
 僕は上半身をのけぞるような格好で、できるだけ遠くからそれを眺めた。もしかしたらそこにだけ
非現実の空間みたいなものがあって、そこに触れると不思議の国のアリスのように異世界に迷い
込んだり、僕が小人になってしまったり、谷村新司や堀内孝雄みたいに口髭がのびてしまったりす
るかもしれないと思ったのだ。

199 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:15

 僕はその小人になんと声をかけようかと思案していた。そして頭の中で、「こんにちは」だとか「や
あ」だとか「はじめまして」だとか「き、君たちは何者だい?」だとか「こ、小人だ!」だとか「て、天狗
の仕業じゃあ!」だとか「びっくりくりくりくりっくりっ!」だとか、いろいろな言葉を考えたのだけれど、
僕が実際に発したのは「あっ、大丈夫?」という言葉だった。
 それというのも、僕が声をかけるより早くその小人が痛声(つうせい)を発したからだった。小人
は大きくなったのはいいけれど、その管玉が入っていたのがカプセルの下半分の殻だったせいで、
バランスを崩してスッテンコロリンとこけてしまったのだ。多分、左側にいた小人と右側にいた少し
ふくよかな体型の小人とで、体重のバランスが合わなかったのだと思う。
「いててててっ」
 小人の口から声が出て、僕はそれが生きているのだと改めて認識したけれど、その認識はまだ
夢の出来事のような実体のない認識でしかなかった。
「ちょい、そこのにいちゃん、なにぼーっと見とんのや、はよ助けんかいな」ふくよかな方の小人が
なぜだか関西弁で僕に話しかけた。
「は、はい」と僕は答えて、両手をのばしてその重なり合った二人の小人を助け起こした。それは
しっかりと実体があって、軽いながらもちゃんと重さもあった。

200 :名無し娘。:2007/12/12(水) 20:15

「おう、サンキュ、助かったでほんま」と小人が僕の顔を見ながら礼を言った。
 僕はそれに対して曖昧な反応を示しただけだったけれど、無言のままでいると話がそれ以上進
まないような気がして、思いきって声をかけることにした。「君たちは?」
「うちはアイボンや」と、やはりそのふくよかな方が答えた。「そんでもってそっちがノノ。ノノタンって
呼んでやってや」
「ああ、名前ね。アイボンと、ノノタン?」
「ノノれす。ほんとうはノゾミれすけろ、ノノれいいれす」その子はテヘテヘとはにかみながら言った。
「こらノノ! おのれはなにを舌足らず演じとるんや。今時語尾が“れす”とかネタでもありえへんで。
ほんまどうしょうもないやっちゃな。いい歳こいて幼なぶってからに」
「えへへ。ちょっとしたサービスなのれすよ。この方が喜ばれるのれす」
「まあええわ。どのみちノノの思考回路は幼いさかいな」
 僕はその漫才のような会話を聞きながら、ムラサキの話とだいぶん違うなと思った。彼は外人の
小人で英語がペラペラだと言っていたのに、僕の目の前に現れた小人は、一人は関西弁をしゃべ
り、もう一人は舌足らずなしゃべり方をする子なのだ。見た感じ日本人の小人なのだろうが、それ
を日本人と呼んでいいのかどうかはもちろん僕にはわからなかった。

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0ch BBS 2006-02-27