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てんむす。

1 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49
                                 、
                              ζ  ,
                               _ ノ
                             ( (   (. )
                            . -‐ ) ‐- .
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2 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49

無題の大冒険(仮)

3 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49

 Lv1. 保田圭

「どうやら時が来たようね」
 テレビを見ながら保田圭がそう呟いた。
 画面の上部にニュース速報の白い文字が映っては消える。

《モーニング娘。のコンサート中に事故が発生した模様》
《警察と消防が出動し被害状況を確認中》
《現場は混乱中。数人の行方不明者がいるとの情報も》

 コンサートの事故。ニュース速報として流れるくらいだから普通程度の事故ではない。
 臨時ニュースに切り替わったりはしないものの、なにか異常な事態だということはそのテロップ
の不可解さからも感じ取れる。コンサート会場で事故が起きたとは伝えずに、コンサート中に起
きたという伝え方。消防より先に警察の文字が見えること。そして行方不明者がいるということは、
それが救出を必要とする事態であるということを表している。
 考えられるとすれば、それは天井の崩落事故。ヲタの体臭によって毒ガステロが発生したとい
う可能性はとりあえず除外できそうだが、それでも普通の事故ではないことだけは確かだった。
 ニュース速報の文字が消え、画面は元の静かな再放送のドラマに戻った。
 しかし、保田だけはなにが起きたのかを瞬時に把握していた。そして再び呟く。
「これは事故なんかじゃないわ。そして事件でもない」
 保田はチャンネルを他局に合わせることもなく、リモコンでテレビを消し、立ち上がって自分の
寝室へと向かった。鏡の前に立ち、その顔を見る。そこにはいつもと変わらない自分がいた。
 だが、保田はその記憶には従わなかった。すでにそれは蘇り始めていた。

4 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49

 机の上の携帯電話を持ち、早速行動を開始する。コール音が五回鳴って相手が出た。
「もしもし、真里?」
《あ、圭ちゃん。もしかしてさっきの?》
「速報見たのね?」
《うん、なんか事故って》
「違うわ。事故なんかじゃない。モーニング娘。が消滅したのよ」
《え?なに?なんて?》
「消えたのよ。ステージ上から、あの子たち全員が消えたの」
《えっと、それ解散ってこと?》
「そういう意味じゃなくて、この世界から消えちゃったの、ううん、消されちゃったのよ」
《いや、なんか全然わかんないんだけど。もしかしてイリュージョンってやつ?》
「そうじゃなくて。うーん、なんて言ったらいいんだろ。とにかくこれは現実じゃないのよ」
《現実じゃないって、だって速報出てたじゃん。事故が起きたって》
 保田はそこでふーっとため息を吐いた。電話でいくら話したところで伝わりはしない。
 そう思ったのだろう、保田の説明の仕方が変わった。
「消えたってのは、そうね、ニフラムよ!あの子たち、ニフラムをかけられたのよ!」
《あははは、圭ちゃんなに言ってんの。もしかしてゲーム脳ってやつ?》
「あんたにわかるように説明してんでしょが。ニフラムとかテレポとか、そういう類なのよ」
《いやいや、だってそんなんゲームの話じゃん。ありえねーってば》
「わかったわかった。とりあえず会って説明するから。今どこいるの?」
《どこって家だけど。でもこれから仕事だよ?》
「仕事なんてどうせ中止になるわよ。とりあえず家にいなさい。今から行くから」
《いや、でも仕事が》
 矢口がそこまで言ったところで保田は電話を切った。そしてそのまま矢口のマンションへと向か
う。どうやら豪華なオープニングには予算が足りなかったらしい。

5 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49

 Lv2. 矢口真里

「あ、圭ちゃん、早かったね。そろそろ出ようかなあ、なんて」
「悪いけど仕事はキャンセルよ。事務所に電話してみればわかるから」
「うーん、よくわかんないんだけど、なんか事故が起きたんだよね?」
 保田が靴を脱いで勝手に玄関に上がりこんだ。そして矢口に答えながら勝手に奥へと進む。
「ついにその時が来たのよ。どうせあんたは覚えてないだろうけど」
「ん?なになに?どういうこと?」
 矢口が保田の後を小股で追いかけながら尋ねた。すでにどちらが家主なのかわからない。
 保田がリビングのソファに座り、テーブルの上にあったリモコンでテレビをつけた。どれも普段
通りの番組だったが、ワイドショーがちょうどその事故を伝えようとしたところだった。
 依然として詳細は不明のままだったが、新たに判明したこともあった。
 それは行方不明者がモーニング娘。のメンバーたちであるということ。
 そして、今もなお行方がわからないということ。
「あ……」
 そのテレビから流れてくる話を耳にして矢口がそう声を漏らした。
「あたしの言った通りでしょ?」
「う、うん……。でもこれって、どういうこと?突然消えたとかって、だってありえないじゃん」
「だからニフラムよ。消滅したわけじゃないからバシルーラに近いかもしれないけど」
「じゃあルイーダの酒場に飛ばされちゃった?」
 矢口が笑いながらそう言った。まだ本気で納得はしていないらしい。

6 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:49

 その冗談を流して保田が話を切り換える。
「ねえ真里、灰皿いいかな?」
「灰皿?あれ、圭ちゃんまたタバコ始めたん?」
「いいから灰皿貸してくれる?」
「あ、うん」
 矢口が灰皿を取ってきてソファの前のテーブルの上に置いた。素直なところはさすが保田の
妹分第一号だ。
 保田がポケットからソフトパックのタバコを取り出す。
 サムタイム・ライト。8mgのメンソールタバコで、かつてはメンソール系の代名詞でもあった。
「あ、ごめん、ライターもいるよね」
 矢口がソファを立とうとしたのを保田が制止する。
「ライターはいらないわ。見ればわかるから」
 そう言いながらタバコを指に挟むと、保田はなにやら小言を言い始めた。
「アメツチニイマシシアガホムスヒノカミヨ。アニホノチヲクダシタマヘ」
「け、圭ちゃん?や、やっぱどっか悪いんじゃない?もしかしてストレスとか?」
 それには答えず、保田は小言を続けて目の前に人差し指を立てた。そして唱える。
「カガビコ!」
 その瞬間、その人差し指の先に突然炎が浮かび、それはゆらゆらと揺れた。
「どう?驚いたでしょ?」
「け、圭ちゃん!あ、熱くないの?火傷とかしない?」
 ズコーッ。予想外の返しに保田が前のめりにズッコケた。
「火傷って、違うでしょ!なんでとかどうしてとかどうなってんのとか、そう言うのが普通でしょ!」
「いや、だって熱いじゃんか」
「そうだけど、そういう場合じゃないでしょが!」
 そこまで言って保田はタバコを口に咥えて指先の炎で火をつけた。

7 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:50

「ほら、本物の火よ」
 指を矢口の前に差し出して示し、そして息で火を消す。
「へえ。なんかよくわかんないけど、圭ちゃんが実はETだったってこと?」
「ズコーッと、こ、け、た、い、と、こ、ろ、だ、が!」
 前のめりになりかけた保田がそれをなんとか耐え、ザーマス並の忍耐力を見せた。
「いや、なにそれ?なにそれ?今のなに?」
「今のは気にしないで。どうせ誰もわからないだろうし」
「だよねえ。今時珍遊記はないよねえ」
「って、あんた知ってんじゃん!」
 結局保田は前のめりにズッコケてテーブルに激しく額を打ちつけることになった。
「で、圭ちゃんのその火が、そのニュースとなんか関係があるってことだよね?」
「やっとわかってくれたようね」
 そう言ってから保田が顔を上げた。額からは一筋の血が流れていた。
 矢口が怯えた目でそれを見る。

8 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:50

「とりあえず、異常な事態が起きてるってことはわかるわね?現実だけど現実じゃないみたいな」
「うん」
「それであの子たちがいなくなった。なぜかって言うと、それはモーニング娘。だから」
 ちょうどテレビからは会場にいたファンのインタビューが流れたところだった。
《なんか突然消えちゃって。ほんと瞬間で。えりりんとかも消えちゃって》
「ぶははははっ。えりりんだってよ。公共の電波でえりりんとかすっげえ笑えるんだけど」
「あのねえ、そんなのはいいから。やっぱり突然消えたって言ってるでしょ?」
《はあはあステージの上ではあはあミキティたちがはあはあ踊っててはあはあ》
「ぷひひひひっ。こいつすっげえ。普通に話すだけで息切らしてんの。さすがデブヲタ」
「いや、だからそんなのはどうでもいいから」
 保田がリモコンでテレビを消す。矢口はおもちゃを取られた子供のような顔をしていた。
「まあどうでもいいっつーか、存在自体どうでもいいみたいな。うけけけけっ」
「あんたってほんとキモヲタ大好きよねえ。キモヲタだけで御飯三杯はいけんじゃない?」
「うげーっ。圭ちゃんひっでー。キモくてしばらく御飯食べらんねーじゃんか」
 わからないでもない。

9 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:50

「とにかく、今回のことはあたしたちにとって始まりなの。昔みたいな冒険の、ね」
「冒険?」
「そう。誰も覚えてないけど、昔にもこんなことがあったの。こんなことってのは同じことって意味
じゃなくて、異常な事態ってことだけど」
「いつ?そんなことあったっけ?」
「だから誰も覚えてないって言ってるでしょ」
「ふーん。でも圭ちゃんは覚えてるってことだよね?」
「あたしも忘れてたわよ。でも思い出したの。その前から夢とかになんとなく出てきたりってことは
あったんだけど。さっきニュース見た瞬間にね。まだはっきりとではないけど」
「よくわかんないけど、圭ちゃんが実は魔法使いだったってことでいい?」
「魔法とは違うけど、まあ似たようなものね。メラとかファイアとかの類」
「じゃあさっきの火はさ、やっぱ○○の××とか□□の△△みたいなもんってこと?」
 五秒ほどの沈黙。どうやらその語句を理解するのに時間がかかったらしい。保田が答える。
「知らないゲームの魔法で確認されても困るわよ。メラとファイアで十分でしょうが」
「まあそれでもいいけどさ。とりあえず圭ちゃんが魔法使いだったってことで」
「そうね。でも現実には違うでしょ?どう?これまであたしが魔法使いだったことある?」
「あるわけないよねえ。あったらプリンセステンコーより儲かってるはずだもんねえ」
 再び五秒ほどの沈黙。ただし、どうやら今度はそのまま流すつもりらしい。
「でしょ?だったらどういうことか、わかるよね?」
「つまり圭ちゃんがジョブチェンジしたと。あるいはダーマの神殿で転職を……」
「ある意味正解よ」
「えっ?正解なの?ズコーッてなんない?なんないの?」

10 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:50

「あたしは昔そういう能力を持ってた。でも、そのことを忘れてしまってたの。あんただって昔は同
じような力を持ってたはずよ。すっかり忘れてるだけで」
「マジでマジで?」
「なんでそんなに目をキラキラさせてんのよ。あんたってほんとゲームマニアよね」
「じゃあさ、おいらはどんな呪文使ってたわけ?もしかして今も使えるとか?」
「どうだったかな。あんたは確かスクナミの霊威だから、例えるならミニマムとか?」
 スクナミとは古事記や日本書紀などの文献に見えるスクナビコナノ神のことで、様々な神徳や
霊験を有する神であるが、特に小人の神として知られる。
「ミニマムかあ。へえ。じゃあ小人にできたりするんだ」
「小人にできるって言うか、自分が小人になるオンリーかも」
「うげげっ。なんだよそれ。全然使えねーじゃんか」
「まあそのうちいっぱい思い出すわよ。あたしだって今はまだこれだけしか思い出せないしね」
 そう言って保田が人差し指を矢口に向けた。咄嗟に矢口が身をかがめる。
「でもさあ、そんなことがあったとしてもだよ、現実的にはやっぱありえなくない?」
「そりゃそうよ。現実にはありえないわ。でも現実が現実に戻る前にありえたとしたら?」

11 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:50

「戻る前?」
「うーんと、だからどう説明すればいいのかな。あたしもまだはっきりとは思い出せないんだけど、
昔、モーニング娘。がそういう異常な事態に巻き込まれたの。そしてあたしたちは戦ったわ。さっき
の火とか、そういう呪文みたいなものも使ったし、敵とも戦ったわ。そしてあたしたちは世界を元に
戻したの。つまり、今の現実があるのは実はあたしたちのおかげってこと。でも残念ながら、現実
に戻ってしまえばそれは現実ではなくなるわけ。だから誰も覚えてないし、あたしたち自身だってそ
れを覚えてないの。だけど、あの子たちが消えて、その瞬間からまた現実が現実ではなくなってし
まったのよ。なぜそうなうなったのかはわからないけど、多分昔のことが関係してるんだと思う。あ
たしたちが世界を元に戻した。だからこそモーニング娘。が狙われたのよ。それが復讐なのか、そ
れともなにか別の理由があるのかはわからない。でも、モーニング娘。が狙われた以上、あたした
ちがそれを解決しないといけないの。だってモーニング娘。は元々あたしたちだったんだし。だから
あたしたちがまた以前のように冒険しないといけないの。そうしないと世界は現実に戻らないし、あ
の子たちだって戻ってこない。だから世界はあたしたちの手にかかってるのよ」
 と、矢口が机の上にあったメモ帳になにやら文字を書き込んで保田に見せた。

12 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:51

《うーんと、まで読んだ》
 ズコーッとズッコケた勢いを利用して、保田が矢口の顔面に二発のパンチを食らわせた。
 バシッ。ドカッ。2HIT。矢口の白い服が一気に緑色に染まる。
「いってててててて」
「ったく、ふざけてばっかいると本気でヨミの国に送るわよ」
「勘弁してよお、あいたたた」
「とりあえず、なんとなくはわかったでしょ?」
「うーんどうだろ。なんかいまいちわかりづらいと言うか、全然わかんないと言うか」
 みたび五秒ほどの沈黙。そして保田が首を傾けながら自信なさげに口を開いた。
「FFのワンって言っても、うーん、伝わんないよね?」
「すげえ!じゃあ時空の輪を断ち切ったせいで誰も覚えてないってことか!」
 ズコーッと保田がズッコケてテーブルに額を打ちつけた。さらに流血が増える。
「なんでそれでわかっちゃうのよ。あたしの長文を返してよ」
「いやいや、もうね、なんかすっかり理解したから。だから大丈夫」
「じゃあもうダラダラ説明したりはしないわよ。プレイを始めてから四十分以上もバトルがないRPG
みたいな感じになってきてるし」
「え、それはなに?四十分以上もバトルがないの?それなんてドラクエ7?」
 保田の額の流血が更に増える。
 その頬に流れた血をペロリと舌で舐めとると、保田は決心したように不敵な笑みを浮かべた。
「ったく。とりあえずそろそろ出発するから。いいわね?」
「出発ってどこ行くの?」
 どうやら決定権は全て保田にあるらしい。つまり保田が今のところ勇者なのだろう。
「決まってるでしょ。もう一人の仲間に会いに行くのよ」
「もう一人って?」
「紗耶香よ!」
 お気軽なサマルトリアの王子をようやく仲間に加え、ローレシアの王子がそう言った。
 冒険はそろそろ始まってもいい頃かもしれない。

13 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:51

 Lv3. 市井紗耶香

 千葉県船橋市。二人は保田の車でその住宅街の二階建ての家の前に乗りつけた。
 インターホンを鳴らし、ムーンブルクの王女の出迎えを受ける。
「わー、圭ちゃん!それにやぐっちゃんも!」
「久しぶりね、どう、元気してた?」
「うーんどうだろ。一応元気なんだろうけど、とりあえず上がってよ。ね?ね?」
 二人は家に上がりこみ、その生活感漂う散らかったリビング兼ダイニングに通された。
 そして食卓の椅子に座る。目の前には醤油やソースの容器がそのまま置かれていた。
「あ、片付けた方がいいよね。お客さんなんて滅多に来ないからさあ」
 そう言って疎遠であることへの不満を暗に口にする。
 ややぼかしたところは市井も丸くなったということなのだろう。
「それで今日はなに?二人揃って。さっきのニュースとか関係ある?」
「紗耶香も薄々感じたのね?」
「うーん、圭ちゃんもか。なんかね、これは私がなんとかしないとって思えてきちゃって。いや、別に
普段の生活が退屈で子育てもめんどくさくて旦那が未だに頼りないままで本気で働いてくれないと
か現実に飽きてゲームの世界に入り浸ってるせいで現実と仮想の違いがわからなくなったとかそ
ういうことじゃなくて実際になんかそういう時がやって来たような気がするというか私の力が必要と
される時がやっと来たというかむしろこれまで私の功績が評価されなかったのは誠に遺憾でありま
すとかそういう感じでぶっちゃけようやく時代が追いついたという感慨が半分で残りの半分は今頃
かよというやや不満な気持ちがないでもなくてとにかく薄々感じてたわけ」

14 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:51

 と、矢口が机の上にあったチラシの裏にボールペンで字を書いて市井に見せた。
《圭ちゃんもか、まで読んだ》
 しかし市井は矢口を完全に無視して話を進めた。矢口の心の中を冷たい風が通り過ぎる。
「まあそんなわけで、圭ちゃんが来てくれるって信じてたから」
「当たり前でしょ。あんたとあたしとは戦友なんだし。矢口は違うけど」
「ちょ、ひっでえなあ。おいらのギャグスルーしただけでも重罪なのにさあ」
 部屋の隅で体育座りをしていた矢口のその言葉に市井が反応する。
 ちなみに体育座りは体操座りとも言うが、三角座りとなると出身地的にこの三人には通じない。
「あ、やぐっちゃんいたんだ。なんかちっちゃくて見えなかったから」
「どうせおいらはちっちゃいですーだ」
 そのアッカンベーを無視して市井がクッキーの四角い缶々をテーブルに差し出した。皿に取り分
けようという気は皿だけに更々ないらしく、紅茶なんかを出そうという気も全くないらしい。
 保田がなんの了解も得ずに手を伸ばしてそのクッキーを取って口に咥える。時間は経っても気
が置けない仲であるというのは変わらないのだろう。ちなみに気が置けないという言葉に違和感を
覚えた人は辞書で確認した方がいい。
「あ、これ美味しいわね」
「でしょ?これね、こないだ裕ちゃんが持って来てくれたやつ」
 辞書を引きながら市井がそう答えた。
「へえ、裕ちゃんとは会ってんだ」
 部屋の隅から戻って来た矢口が同じように手を伸ばしてそう言った。
「うん。誰かさんたちとは違って裕ちゃんはね、ちゃんと遊びに来てくれるから。半年に一度くらい
だけど。でも全く連絡もしてくれない人たちとは大違いだよねえ。さすが裕ちゃんは大人だよねえ」
「なに言ってんのよ。あたしは元からそういうタイプでしょ?」
「ん?なになに?どういうタイプ?」
 矢口は保田の反論に期待しているらしい、次を促すようにそう口にした。
「そうねえ、例えば毎日遊んでたのにクラス替えした途端に疎遠になっちゃうってタイプ」
「あー、いるいるそういう子!」

15 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:51

「あたしの場合はさ、別に友達に飽きるとかそういうことじゃなくて、ただなんとなく迷惑かなあとか
思っちゃうのよね。だって新しいクラスで向こうだって新しい友達とかできるのに、いつまでもそれ
を独占しちゃうのも問題かなあみたいに考えちゃって。そんでまあたまに思い出した時くらいに遊
べばいいやって感じなんだけどそのまま忘れちゃうみたいな。それでさ、例えば小学校四年生の
時に毎日遊んでた子がいたとして、それから何年も疎遠のままで中学三年生になって久しぶりに
同じクラスになったとして、でもそういう場合ってお互いになんか理由のわからない気まずさがあ
るっていうか、いきなり親友面するってわけにもいかないし、それで結局あまり付き合うこともなく
そのまま卒業みたいな感じになっちゃうんだけど、それからしばらくして大人になってから小学校
の同窓会とかやるようになって、あたしは参加できなかったんだけど、ちょうど小学校四年生の同
窓会でなんかタイムカプセルを掘り出したとかって話があって、あ、タイムカプセルって言っても校
庭に埋めたんじゃなくて担任の先生の自宅の庭に埋めてあったやつなんだけどね。それである日
同窓会しましたって手紙とともに一通の手紙が来て、それはその子が小学校四年生の時に書い
た手紙らしいんだけど、そこに『一生親友だよ!』とか書いてあってさ、なんか無性に泣けてくると
いうか、自分がその友情に応えなかったんだなあとか思うと申し訳ない気持ちになるというか、今
どうしてるんだろうとか思えてきちゃって、やっぱ返事書いた方がいいだろうなあとか思うんだけど、
でもどう書いていいかわからなくてさ。それで書こうとすればするほど昔の懐かしい思い出が沸々
と蘇ってきちゃって。当たり前だけど、あの頃はそれが思い出になるだなんて少しも思ったことな
くてさ、でもいざそれが思い出になってしまったんだと気づいた時の虚しさっていうのかな、もうあ
の頃には戻れないんだよなあっていうやるせなさというか、今さら涙なんて流してどうすんのさって
いう自分の愚かさばかりが頭に浮かんじゃって、それが無性に悲しかったり悔しかったりして。で
もその手紙を何度も読み返してるとさ、なんだか今もずっと親友でいてくれてるような気がして、実
際のところはわかんないけど、でも当時のその子が当時のあたしだけじゃなくて、今のあたしとも
親友でいてくれたんだって思うとそれが嬉しくて、今はもう接点はなくなっちゃったけど、でもその
友情はきっと一生消えることはないんだなって思えてきたというか、会うこともないけど今も友達
のままでい続けてるのかもしれないって。だからね、あたしは今もその子とは親友なんだって、そ
う言いたいし、当時のその子のためにもそう言わなきゃいけないんだって、そう思えるようになった
の。まだ返事は出してないけど、きっと向こうも同じようなことを思ってるんじゃないかなって。だか
らね、ちょっと横道にそれちゃったけど、とりあえずあたしはそういうタイプなのよ」

16 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:51

 そう言い終えると、保田はチラシの裏になにやら文字を書いていた矢口の顔面をためらうことな
く、また内容を確認することもなくいきなりおもむろに強打した。クリティカルヒット。
「かか勘弁してよお」
 鮮血がほとばしるとともに矢口は座っていた椅子もろとも後ろに倒れた。ドゴッ。
 矢口の悲痛な言葉が消え、その隙に市井がチラシの裏になにやら書き込んで保田に見せた。
《 ( ;∀;)イイハナシダナー 》
 それに対して保田もペンを取ってチラシの裏に文字を書く。
《 ( ;∀;)ブキヨウデゴメンネ 》
 そのやり取りに三人は三人とも涙目になっていた。ただし矢口の涙目だけは意味合いが違う。
「まあそういうことだから、別に紗耶香のこと忘れてたわけじゃないのよ?ただ迷惑かなって」
「そっか。確かに圭ちゃんって結構そういうタイプかもね。受け身的なとこがあるっていうか」
 二人は立ち上がると机を挟んでがっちりと友情の握手を交わした。
 ただし矢口はそれには参加しない。矢口は仰向けに倒れたまま目を見開いて泡を噴いていた。
「やっと同じクラスになれたわね」
 保田のその言葉に市井が笑顔で大きく答えた。
「うん!」
 厚い友情。それは多分、これから一生変わることはないだろう。矢口を除いて。

17 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:52

「さーて、それじゃそろそろ出発しようかしら。紗耶香もいいわね?」
「いいけど、ちょっと待ってて。うちのママに子供預けないと。連れてくわけにいかないし」
 そう言って市井が隣の部屋から子供をかかえて連れてきた。
「わあ。こんなにおっきくなったんだ!前はこんなちっちゃかったのに」
 生まれてすぐに一度見たきりなので当然と言えば当然だ。
「子供の成長ってすっごい早いんだよね。なんか一日一日がもったいないくらいで」
「へえ。紗耶香もすっかり成長したのね。なんだか置いてかれちゃった感じ」
「こっちはもう進むしかないから。人生はもう始まってるんだし」
 そう言うと市井は部屋にあったコンポのボタンを押し、BGMを流した。保田が目をつむってその
曲を耳から脳へと流し込み、その歌に市井の前向きな心境を重ね合わせる。
 だが、それは『人生がもう始まっている』ではなく『失恋LOVEソング』だった。
 保田の額から一筋の汗が流れ落ちた。
「ちょっと待っててね。ママ上にいるから」
「ママってあんたもママじゃないの。心配してたんだけど、ちゃんとママになってるよ」
「ありがと。でもうちのママね、おばあちゃんっての嫌いなんだって。だからママはママ」
 そう言って市井がその散らかった部屋から出て行った。矢口はまだ泡を噴いていた。

18 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:52

「預けてきたよ。事情はよくわかんないみたいだったけど乱れた世界を元に戻すために頑張って
大魔王を倒して来なさいって」
「完璧にわかってるじゃないの!その短時間でどんな説明したのよ!」
「FFのワンみたいな感じって言っただけだよ」
 ズコーッと保田がズッコケて、そのはずみで矢口の上にエルボークラッシュを喰らわせる。
 が、それが功を奏したのか矢口がガバッと起き上がった。叩いて治すはバトルの基本らしい。
「あーあーあー。あー。生きてる生きてる!おいら生きてるよ!」
 矢口がそう叫んだ。失神している間にヨモツヒラサカに辿り着いていたのだろう。
「矢口やっと起きたんだ。そろそろ出発するわよ。ほら、よだれなんか垂らしてないで」
「あ、よだれかけ貸してあげよっか?出発前の装備は大切だもんね」
 よだれではなく危機に対する生物的な反応によるものだったが、矢口は言い返せず、市井が差
し出したよだれかけを受け取って、それをぼんやりと眺めた。まだ意識が朦朧としているらしい。
 じれた市井が子供の面倒を見るようにそのよだれかけを矢口にかける。
「うん、結構似合うじゃん。ちょっとだけ小さいかな?」
「なんかあれね。ウイスキーの瓶に前かけつけてるみたいな感じね」
 まさに適当な例えだったが、ウイスキーの瓶の前かけなど若い女性は普通は知らない。

19 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:52

 家を出て保田の車に乗り込む。
「これで三人揃ったわね。つまり、今はあたしたち三人こそがモーニング娘。ってことよ」
「うん。わかってる。決して子供の教育費を稼ぐための再結成なんかじゃないもんね」
「そうよ。再結成なんかじゃない。あたしたちこそが唯一本物のモーニング娘。よ!」
 モーニング娘。の現役メンバーが消え、ここに真のモーニング娘。が人知れず蘇った。
「あ、ねえ、でもさあ……」
 ようやく回復したのか、矢口が口を挟んだ。
「おいらたちって二期メンだし、真のモーニング娘。とかってナレーション入れるのはさ、ちょっとま
ずいんじゃね?だっておいらがオリメンとかって言うとネットで叩かれたりすっじゃん。まあ実際オ
リメンじゃないけどさ、でもおいらたち二期メンって主役にはなれないっていうか、いつまで経って
もゲスト扱いというか、なんかそんな感じなんだよな。だからそれはまずいんじゃないかなって」
「なに言ってんのよ。いい?現役のあの子たちが消されて、今はもうモーニング娘。はどこにもい
ないの。だったら、あたしたちがモーニング娘。として立ち上がらなきゃいけないじゃないの」
 保田のなにも答えになっていない答えに矢口が反論する。
「でもさあ、裕ちゃんとかがいるじゃんか。向こうはオリメンだし、モーニング娘。っつーんだったら
やっぱそっちじゃね?てか裕ちゃんとかカオリンとかは仲間になんないわけ?今時おいらたち三
人が主人公ってのもさあ、おいらとしてはどうかと思うわけよ」
 しかし保田は全く気にしていない様子でそれに答えた。
「それはそれでなんとかなってるはずよ。うん、きっと向こうももう動いてるはずだから」

20 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:52

「よくわかんないけど、もしかして後で合流するタイプとか?それとも実は最後の敵はオリメンでし
たとかってオチ?まさかそれはないよなあ。あはははは」
 と、そこまで言った矢口に前の座席から保田と市井がコンビネーションアタックを喰らわした。
「それ以上言うなー!このネタバレ野郎!半年ロムってろ!」
 ゴホッゴホッと矢口が咳き込み、しかしなんとか耐えたらしい。
 パーティーアタックによりHPだけは上がっていたのだろうが、回避率レベルが上がっていないと
ころは後々苦労することになるかもしれない。
「裕ちゃんたちは仮にもロックヴォーカリストを目指してたんだから、プライドがあるのよ。だからあ
たしたちとは違って五人全員がそれぞれ自由意志を持って行動するはずよ」
「そうそう。裕ちゃんたちはモーニング娘。になりたかったわけじゃないもんね。だけど私たちはさ、
モーニング娘。のオーディションに応募したわけじゃん。だからそういう意味では私たちがなるべく
してなった最初のモーニング娘。だってこと。わかった?」
「ま、まあなんとなくは……」
「まあそういうのは追々わかってくるだろうし、とりあえず出発だね」
 市井が出発を促し、運転席の保田がシートベルトを締めた。
「それじゃ行くわよ!エンジン始動!ブレーキ踏み込み完了!サイドブレーキ解除!クラッチ踏み
込み開始!ニュートラル解除!ローギア設定!アクセル充填開始!右よし左よし!ブレーキング
解除!アクセル始動!エンゲージ!」
 保田のその大げさな運転実況とともに車は動き始めた。
 冒険がようやく始まろうとしていた。そして矢口は装備を解除しようとして一人もがいていた。
「あれ、これ全然ほどけないんだけど、もしかして堅結びしてねーか?」
「そうねえ、呪われてるんじゃない?」
 どうやら市井は呪いを操る能力を有しているらしい。

21 :名無し娘。:2006/06/06(火) 20:52

次回予告

世界を救うためにモーニング娘。として立ち上がった三人の前に早速敵が立ちはだかる!
保田のパンチが冴え、市井のキックが炸裂し、そして矢口が口から泡を噴く!
三人は無事に敵を倒すことができるのか!そして三人の目指す先にあるものは!
ちなみに気が向いたら続けるけど気が向くかどうかはレス次第という噂あり。乞うご期待!

22 :名無し娘。:2006/06/06(火) 21:05
市井が出てきてマジびびった

23 :名無し娘。:2006/06/06(火) 21:55
おいおいいきなりラスボスばらしていいのかよ

24 :名無し娘。:2006/06/07(水) 00:12
こんなに長文読んだの久々だ

25 :名無し娘。:2006/06/08(木) 13:42
「どうやら時が来たようね」

まで読んだ。

26 :名無し娘。:2006/06/10(土) 02:46
PT自体が既に呪われている罠

27 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:48

             / ̄ ̄ ̄ ̄ヽ、    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            /  / ̄\   ヾ  < >>22-26 レスに感謝するわ!(読んでないけど)
            /   /      ヽ、、"ヽ  \____________________
           |  /   \    / | |
     ノノノ⌒ヾ)|   |  ⌒ヽ  /⌒ | | /〃ハヽ
     イチ ^∀^イ |  |    ___   | | (^◇^ ∩
     (.つ  つノノイ\ ・\_/  人 (つ   丿
      ) ,) ) '^~  ̄  ヽ ̄ ̄ ̄ノ  ヽ(  ヽ,,ノ
     (,,_,,_,,)              (,,゙__,,)
      /   レ                /   |

28 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:48

 Lv4. タマネギ

 保田の車は市井の家からさほど離れていないとある卸売りスーパーの駐車場にあった。
 店内から二人が出てくる。
「やっぱ買出しは卸売りに限るよね。ここ便利だからよく来るんだよ」
「確かにそんな感じね。なんかコンビニとかで買うのが馬鹿らしくなるっていうか」
「でしょ?やっぱ主婦になるとさ、そういうとこが重要になるんだよね」
 そう言った保田と市井は手ぶらだった。そして車の前で立ち止まって振り返る。
 ちょうど矢口が両手に山ほどの袋を抱えて店から出てきたところだった。
「ちょっとなにやってんのよ。早くしなさいったら」
「いや、あのさ、なんでおいらが荷物持ちなわけ?なんで?」
「なんでって決まってるでしょ。あたしは車を運転するんだし、紗耶香はここのお店を教えてくれた
のよ。だったらなにもしてない人が持つのは当たり前じゃないの」
「いや、でもさ……」
「それにやぐっちゃん、よだれかけ装備してるから汚れてもいいって感じだし」
「誰が装備させたんだよ」
「口答えはいいから早く積み込みなさい。旅に出るには色々と準備が必要なのよ」
「準備って、なんか全然冒険って感じじゃないんだけど。スナック菓子とかジュースとか缶詰とか」
「当たり前でしょが。ゲームなんてしょせん仮想の世界なんだから。原野を歩き続けても体力は減
らないし、空腹にもなんないし、トイレにだって行かない。そんなの現実じゃおかしいでしょ」
「まあそうだけどさ……」
 矢口はそう答えながら、頭の中にファミコン時代のあるゲームを想起していた。空腹にもなるし
尿意ももよおす。ある意味ではリアル系RPGと呼んでもいいかもしれない。
「チャイルズクエストかよ……」
 敵に向かってよいしょする自分の姿を想像しながら矢口がぼそっと呟いた。
「なに?なんか言った?」
「いや、なんでもないです」
 矢口が山のような袋とともに大人しく後部座席に乗り込み、車は発進した。

29 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:48

「それで、あのお、これからどこに行くんですか?」
 なぜか敬語で矢口がそう尋ねた。窓の外には普段と変わらない景色が広がっていた。
「とりあえずその辺の神社にでも行って様子を見るわ。悪霊が沸いてるかもしれないから」
「悪霊?」
「そうよ。異常が起きたってことは、神霊の霊威が低下したってことだから」
 ちょうど道路標識に神社の案内表示が見え、やや前方右側の道路脇に鳥居が見えた。
「あ、あった。そこ右折して停めるわね」
「悪霊ねえ、なーんか全然現実感がないんだけど」
 矢口の言葉を無視して車は右折し、神社の手前の道に入ってから、その脇に停まった。
 そして三人が車を降りる。
「見た感じは普通ね」
「そりゃそうだって。だって悪霊なんて絶対いないし」
 そんな会話を交わしながら道路沿いの鳥居に回り、そして足を踏み入れる。
 木々が神社の境内を薄暗く覆っているが、目の前の道路の喧騒はさほど変わらない。
 が、その敷石の正面にそれはいた。突然の存在に矢口が大声をあげる。
「うわあああ!スライム!スライムだよ!マジモンのスライムだよ!」
 目の前には確かにスライムに似たなにかがいた。ダルマくらいの小ささで、頭のてっぺんがやや
尖っている。色はオレンジに近い薄茶色で、矢口風に言えばスライムベスが正しいかもしれない。
「なに言ってんのよ。あれはスライムじゃないわ。タマネギよ!」
「タマネギ?」
 保田の言葉に矢口が目を細めてそれを見た。確かにスライムというよりはタマネギに近い。
 矢口があんぐりと口を開けた。

30 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:49

「タマネギって……でもなんでタマネギ?せっかくの最初のモンスターがタマネギとか……」
 が、そう言った矢口に向かってタマネギがおもむろに突進する。
 矢口は体当たりを喰らって1mほど吹っ飛んだ。しかしまだ泡は噴かない。
「うぐぉっ」
「油断してるからよ!タマネギって言っても葱(ねぎ)じゃなくて禰宜(ねぎ)よ!」
 保田が目をパチクリさせている矢口にそう言って、タマネギに向かって身構えた。
 市井もすでに戦闘状態に入っており、保田をサポートするように横に回りこむ。
「行くわよ!」
 保田が正面から突撃し、蹴りを喰らわせる。だがタマネギはそれを跳ねて避け、ダメージを最小
限に食い止めた。
「素早いわね」
 保田が再びタマネギに襲いかかり、掴みかかって下段突きを喰らわせた。
 それを見て市井も素早く間合いに入り込み、ストレス発散とばかりにパンチを喰らわせる。
 タマネギは逃げようとしたが、二人の集中的なリンチに遭い、ついに動かなくなった。
「初勝利ね!」
 タマネギをやっつけた。
 保田と市井は感覚を少しだけ取り戻した。矢口は特になにもなかった。

31 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:49

「ふう、結構めんどくさいわね」
「えーと、えーと、あの、よくわかんないんですけど、今みたいな感じで進むわけ?」
 矢口はシステムに納得がいかないらしい。
「そうよ。ドラクエじゃスライムが基本だけど、現実にはタマネギが敵としては基本よ」
「でもタマネギって、なんか意味不明というか、確かにスライムに似てるけど」
「タマネギって言っても野菜じゃないわ。禰宜(ねぎ)というのは神職の階級の一つよ」
「神職?」
「神主(かんぬし)とかあるでしょ?その一つが禰宜(ねぎ)よ。そしてタマっていうのは魂のタマよ。
今じゃ丸い物とか猫の名前とかだけど、元々は呪力を宿す物とか美しい物って意味だったの。だ
からタマネギってのは霊を扱う者とかって意味よ」
 知的な説明だが、とりあえず猫の名前は関係ない。そしてまた、タマという名前の猫は現実では
滅多にいない。犬のポチもそうだが、ある意味山田太郎に近い名前だろう。
「でもさあ、なんかかっこ悪いというか違和感ありまくりっていうか」
 その矢口に同じくゲームマニアの市井が説明する。
「なに言ってんの。ゲームの敵キャラなんかほとんど英語風じゃんか。あれちょっとかっこよく思え
るけどさ、ポイズントードなんかまんま毒のヒキガエルだし、それをかっこいい名前とか思っちゃう
ってのはさ、単なる西洋かぶれというか、表面だけで本質を見ていない人間の典型だよね」
 市井の話を分析すると、その典型の一人として市井も含まれることになるが、本人はそれには
気づいていない。そして言われた矢口も気づいていない。

32 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:49

「まあそう言われりゃネイティブにとってはそうかもしんないけど」
「英語に訳せばソウルプリースト(Soul Priest)とかディバイナー(Diviner)とかかな?ちょっとかっ
こよすぎる気もするけど、それが日本語のままだとタマネギってわけ。日本語というか古語ね」
 英語の得意な保田がそう説明した。
 保田も例の典型の一人らしいが、この翻訳ならわからないでもない。
「まあさ、古語とかなんとなく知的な感じはするけど、でも結局はダジャレだよね?」
 話がようやくネーミングセンスの話題へと移った。
「なに言ってんの。言葉には言霊(ことだま)つって霊力が宿ってんの。日本人なら常識っしょ」
 市井が馬鹿にしたように矢口に答えたが、なんの答えにもなっていない。
「そういう思想は日本だけってわけじゃないけどね。仏教にも真言(しんごん)ってのがあるし」
 実家の宗派なのだろうか、それとも趣味で心理学を勉強しているうちに宗教学の本にまで辿り
着いたのだろうか、保田がそう口にした。
「真言?」
「ほら、ギャーテーギャーテーハーラーギャーテーハラソーギャーテーボージーソワカーってあるで
しょ?」
 神社の境内に般若心経が響き渡る。それはかなり違和感のある光景だったが、神仏習合が盛
んだった時代には神社でお経を唱えるということも普通に行われていた。ちなみに、真言というと
オンコロコロなんたらかんたらというような言葉が挙げられるが、般若心経のその部分も真言だ。
 ただし、彼女たちがこれから入り込もうとしている世界においては、仏教思想はよそものに過ぎ
ない。インドの風土において仏教にも取り込まれたヒンドゥーの神々がいるように、日本には八百
万(やおろず)の神々がいるのであり、その神々の霊威によって国土は守られている。つまり、話
を戻せばそこに異変が起きているということになる。
「け、圭ちゃん?な、なにそれ?だ、大丈夫?」
 般若心経の最後の部分を繰り返し(しかも大声で)唱え続ける保田に矢口が不安そうな表情で
尋ねた。

33 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:49

「とにかく、紗耶香が言ったように言霊(ことだま)は大切よ。古代人は言葉が生きていると信じてい
たし、ダジャレというのも元々はそこから始まったと考えられているわ」
 後半部分はソースが不明でどこから仕入れた知識かは定かではない。ただ、古代人がダジャレ
が好きだったということは、古事記や日本書紀や風土記などの地名説話を読めばあながち間違い
とも言い切れない。
「うーん、まだあれなんだけど、ようはさ、日本的なRPGってことでいいんだよね?」
「めんどくさいからそれでいいわ。ったく、敵見てもまだなにも思い出さないなんて」
 保田が呆れた口調で答え、それに市井が続く。
「成長が遅いのは背を見ればわかるもんね。あっちの方は成長が早いみたいだけど」
 暗にスキャンダルのことを言ったのだろうが、この時点ですでに矢口は破局を迎えていた。
 その苛立ちもあったのか、矢口ができ婚経験者の市井に噛みついた。
「おめーにだけは言われたかねーよ!」
「こらこら、紗耶香に対しておめーはひどいでしょうが。せめておめーさんとか言いなさいよ」
 保田が矢口の言葉遣いを正した。意図はわからないでもないが、意味はわからない。
「じゃあ言い直すけど、おめーさんにだけは言われたかねーよ!」
 矢口は意外と素直な奴かもしれない。ただ、賢さが足りないという線も捨てきれない。

34 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:49

「まあまあ、二人とも落ち着いて落ち着いて」
 組み合って一触即発の危機となった二人を保田が仲裁する。
 ちなみに一触即発のつもりで一発触発という言葉を使っている人が稀にいるが、これは合成語
として意味が通じる場合もあるが、危機に直面した状態を表す場合には完全に誤用である。心当
たりがある人はとりあえず辞書を引いてみるべきだろう。
 保田が取っ組み合いをほどき、両手を広げて二人をさえぎった。
「おめーさん!絶対に許さないからな!」
「なによ!チビマンのくせに!」
 保田を間に挟んで二人が怒鳴り合う。二人とも怒鳴りながら手では辞書をめくっていた。
 ちなみに市井が口にしたチビマンなる言葉がどういう意味かは明らかではない。
「もう、二人とも落ち着きなさいってば!」
 二人はなんとか落ち着きを取り戻したものの、それでもまだ二人の目線の中間あたりからは火
花が飛び散っていた。
 とりあえずタマネギを一匹倒しただけでこれだけ横道にそれるというのは、今後の展開の遅さを
占うものかもしれない。それに気づいたのか、保田がなにもない方角に向かって説明を始めた。
多分読者に対して説明するつもりなのだろう。
「とにかく、タマネギが実際に現れたってことは、やっぱり悪霊の影響が及んでると考えてよさそう
ね。普段なら害はないし、普通の人間には見えないけど、神霊の霊威が低下したせいで、それが
悪霊の霊威に影響されるようになったってわけ。わかったかな?」

35 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:50

 と、市井と睨み合いを続けていた矢口が奥の木の陰にいたなにかを見つけた。
「あ!あれ!あれ!ほら!あれタマネギじゃないの?あそこに三匹くらい!」
「もっといるわ。全部で五匹、どうやらあんたたちのコントが終わるのを待ってたみたいね」
 五匹のタマネギが深くうなずき、そして木の陰から姿を現した。
「かかってくるわ!」
 その言葉通り、五匹のタマネギが三人に向かってポヨンポヨンと飛び跳ねながら襲いかかってき
た。先頭にいた保田がその上からの攻撃をしゃがんで交わす。市井も同様に交わす。だが矢口だ
けは背が低いせいで交わす必要はなかった。
「おいらは池乃めだかかよ!」
 その言葉に周りが凍りついた。だが矢口が氷の霊威を身につけているわけではない。
 体を暖めようと市井がフォローする。
「そういう時は保安官のロバートですとかって言わなきゃ!凍死するじゃないの!」
 千葉に住んでいるくせに市井は新喜劇マニアらしい。ただ春の千葉で凍死はしない。
 そうこうするうちに保田は一匹のタマネギを掴まえてボコスカとストレスを発散していた。市井も
近くにいたタマネギを追いかけ、それを蹴る。と、蹴られたタマネギは見事に矢口の顔面に命中し、
矢口改め石崎君はそのまま後ろに倒れ込んだ。
「ガッツあるじゃん!ちょっと見直した!」
 市井が珍しく矢口をほめた。だが矢口は敷石で頭を打ったらしく、口から泡を噴いていた。

36 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:50

 残りのタマネギが保田と市井の周りをちょこまかと飛び跳ねる。
「どれかに絞らないと翻弄されるわね」
「圭ちゃん祝詞(のりと)とか使えない?」
 市井がそう言いながら前のタマネギにパンチを喰らわせる。が、後ろからの体当たりを喰らい、
前のめりに吹っ飛んで倒れていた矢口の腹部を踵から踏んづけた。クリティカルヒット。
「うげっ」
 その衝撃で失神していた矢口が目を覚まして飛び起きる。すでに失神した場合の連携プレーは
完璧だった(結果的に)。
 と、保田が最初の一匹を仕留め終えて市井の質問に答える。市井が蹴り倒した(正確には矢口
の顔面ディフェンスによる)一匹を含めると、残りは三匹。
「まだカガビコしか思い出せてないわ。それじゃよくて一匹ってとこね。打撃と変わらないわ」
 保田は今のところ火之霊威(ほのち)を宿すことができ、カガビコはその初歩の呪文だ。
 火の呪文はカガビコ、カグツチ、ヤギハヤヲと進化し、そして最後にはホムスヒの霊威を全身に
宿すことができるようになる。ただし、今後の設定如何ではどうにでも変更になるので覚えておく必
要はない。
「圭ちゃんもか。あたしもなんか思い出せそうで思い出せなくて」
 ただし、それは市井の属性がまだ決まっていないということでは決してない。とりあえず本人が思
い出すのを待つべきだろう。

37 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:50

「とりあえず一匹ずつ掴まえて素手でやっつけるしかないわね」
「まあしょうがないか。ストレス発散にもなるし」
 そう言って市井が微笑み、保田も微笑みを返した。矢口はちょうど起き上がったところだったが、
そこに三匹のタマネギが集中攻撃を喰らわせていた。
「ぐほっがはっむぐっ」
 矢口の声が境内に響く中、保田と市井は作戦を練り始めた。
「でもやっぱ装備とか最初に整えとくべきだったよね?」
「そうね、日本刀は無理としても竹刀(しない)とか木刀とか。紗耶香剣道やってたんだっけ?」
「だほっぶでっぶぐっ」
「今は全然だよ。中学ん時だけだから。それにあんま本気じゃなかったし」
「でも経験者とそうじゃないのとじゃ全然違うわよ。そういうのは基本が大事なんだし」
「だげっわぎっむがっ」
「気づいてたら竹刀持ってきたんだけどね。さっきは急いでたし」
「じゃあ取りに戻る?それともその辺の木切れじゃ頼りないよね?」
「ぐげっぢどっぼぎっ」
「ほうきとか柄がしっかりしてたら使えると思うけど、どうだろ」
「竹ぼうきとかありそうだけど、ちょっと見当たらないわね」
「げほっどはっどべっ」
「でも竹刀とかじゃそんなにダメージないよね?金属バットとかゴルフのアイアンとかじゃないと」
「そういうのでも同じように使える?だったらトランクに練習用のクラブ入ってるけど」
「もがっもぼっ……あ、あのざあ、ずっごいやられでるんでずげど……」
 矢口が死にかけてようやく助けを求めた。どうやら口を挟むタイミングを逸していたらしい。

38 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:50

「や、矢口!い、いつのまにそんなに!」
「ち、血だらけじゃん!」
 二人が驚きの言葉を発し、うつ伏せに倒れていた矢口の体にまとわりついていたタマネギを追
い払った。
「こんなに酷いことするなんて!タマネギだからって甘く見てたけど、もう本気出すわよ!」
「私も!愛嬌があるからってちょっと手を抜いてたけど、もう本気でいくわ!」
 どうやら二人は手を抜いていたらしい。そしてそのせいで矢口は死にかけたらしい。
「でいうが、あの、な、なんで気゛づいでぐれながっだ?」
 矢口はすでに普通に声を出せないくらいに体力を消耗していた。
「なんでって、なんかうめき声がするのは聞こえてたのよ。でも作戦会議中だったし、それに途中
で竹脇無我とかって口走ってたから、ああなんかバトルを楽しんでるんだなって」
「ああ、そう言えば言ってた言ってた。竹脇無我って言ってたねえ」
 そんなこと言ってねーよと言いたげに矢口が二人を見た。だがすでに言い返す気力もないのだ
ろう、矢口は口を開けたままなにも言わなかった。
「それに作戦練るのはバトルの基本だから。ほら、真里だってわかるでしょ?ガンガンいこうぜと
か魔法節約とか、そういうの決めとかないと効率が悪くなっちゃうのよね」
「そうそう。一匹だったら素手でもいいけど、こういっぱい出てきたんじゃね」

39 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:50

「とりあえずこれが終わったら一度紗耶香の家に戻って竹刀持ってきた方がいいわね」
 保田がそう言って市井と向き合い、市井がそれに続く。
「うん。あと果物ナイフなんかもあっていいんじゃないかな?」
「ちょっと怖いけど、ナイフくらいはいるかもね。包丁になるとかなり危険だけど」
「包丁はやばいよ。持ち運びも不便だし。それに銃刀法違反とかで捕まっちゃうし」
「じゃあとりあえずは竹刀だけってことでいいかな?」
「ムチとかはどう?ほら、ドラクエだと一グループ全員に攻撃できるじゃん」
「もしかしてあんたムチ持ってるの?まさかそういうプレイとかしてないでしょうね?」
「違うよ違うって。ただほら、そういうの便利じゃん。後ブーメランとか」
 市井の目がやや左右に動いていた。経験がないこともないといったところか。
「でも実際はムチもブーメランも一匹が精々よね。ブーメランなんか特にそう」
「だよねえ。大体ブーメランなんか絶対命中しないし。あんなのまるでゲームだよ」
「やっぱり確実なのは竹刀とかそういうのになるかな?」
「あ、それならスタンガンとかはどう?結構ハイテク兵器って感じでいいんじゃない?」
「そうねえ。もしかすると結構効果的かもね。ギラとかライデインみたいで」
「それとか催涙スプレーとか」
「それはでもほら、一度使ったらこっちも困るわよ。よくニュースでそういう事件やってるじゃない」
「あ、そっか。じゃあロケット花火とか?爆竹とか鼠花火とかも使えない?」
「それはいいかもしれないわね。戦闘中に使う一回きりのアイテムとしては十分ありえるわ」
「後はなにかあるかな。竹刀にスタンガンにロケット花火でしょ、それから……」
「夜店の吹き矢なんかも習得すればいけるかもね。遠くの敵にはそれくらいしかないでしょ」
「吹き矢かあ。なんか楽しそうだね」
「でも吹き矢ってどこで売ってんのかな?ああいうのって夏祭り限定じゃない?」
「だよねえ。あ、でもさ、浅草とかの問屋とか行ったらいっぱいあるんじゃない?」
「浅草かあ。じゃあ一度東京に戻らないとね。花火とかも売ってるだろうし」
「スタンガンとかも買わないと」
「うん。じゃあそういうことでいいかな。矢口もそれでいい?」

40 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:50

 保田が矢口に同意を求めた。しかし二人がそんな話をしている間に三匹のタマネギが再び矢口
に絡みつき、矢口は口から泡を噴いて白目を剥いていた。
「や、矢口!ど、どうしたの!」
「うわっ、死んでるよ!これ死んでるよ!やぐっちゃん死んでるよ!」
 二人が驚きの言葉を発した。はしゃいでいるようにも見えるが、多分驚きのあまり、なのだろう。
「タマネギの仕業ね!もう我慢ならないわ!何度も何度も真里をいたぶって!」
 保田はそう言ってタマネギに駆け寄ると、いきなり回転/蹴りを喰らわせた。
 どうやらダンスパフォーマンスの要領を戦闘に応用したらしいが、大きく回転した後で一度立ち
止まってから蹴るという点で、廻し蹴りではなく回転/蹴りと呼ぶべきだろう。ちなみに威力は通常
の蹴りと一切変わらない。
 市井もそれに続き、手でタマネギを掴むとその上に馬乗り状態になり、そのマウントの体勢から
両手でボコスカとパンチを喰らわせる。こちらはただのストレス発散に見えなくもない。
 二人はそれぞれタマネギをやっつけると、残っていた最後のタマネギに前後からパンチを喰らわ
せた。
「やったわ!真里、仇は討ったわよ!」
「やぐっちゃん……これで、これで成仏できるよ……」
 二人はそう言って涙を流した。それは美しい友情だった。ただし矢口はまだ死んではいない。

41 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:51

 それから十分後、バケツで水をかけられた矢口はようやく目を覚ました。
 ちなみに気絶した場合に水をかければいいという考え方は完全な誤りで、下手をすれば死ぬ。
「よ、よかったあ。死んだんじゃないかって心配してたんだから!」
 市井がそう言った。そして保田が当たり前のことを言う。
「でも無事でよかったわ。ゲームと違って現実では死んだら終わりだからね」
「そうそう。死んだら死んだで色々とめんどくさいしね」
 矢口が口に入った水をピュッと噴き出し、顔をゆっくり動かして二人を見た。だが境内の片隅に
粗末な作りかけの棺桶があることにはまだ気づいていない。
「ま、とりあえず生きてたんだし、敵もやっつけたし、結果オーライってやつよね?」
 保田がほっとした表情でそう言った。
「ちょっと苦労したけど、でもまだ最初だもんね。これからどんどんレベル上げてかなくちゃね」
 市井がそう続く。
 矢口は二人の言葉を聞いて、優しい笑みを浮かべた。そして震える声を出す。
「おいら……足手まといだったかな……」
「えっ?」
「おいら……二人と違ってまだなにも思い出せないし……二人と違ってやられてばっかりだし、そ
れにおいら……ほんとは不安なんだ……。圭ちゃんが来て、紗耶香とも逢えて、嬉しかった。冒
険って聞いて楽しそうだって思った。でもおいらね、ほんとは不安だったんだ。だって、現役のみ
んなが消えて、それが現実だってわかって、それでおいらたちが助けに行くだなんて、おいらには
荷が重いというか、おいらを巻き込まないでくれって、そう思った。でも、こうして三人でいると、そ
れが楽しくて、だから自分のほんとの気持ちに嘘ついて、ゲームみたいだってはしゃいで。だから
ね、おいらは、おいらは、圭ちゃんや紗耶香とは違うんだ……。おいらは……」

42 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:51

 と、そこまで言った矢口の目の前に市井がどこで用意したのかプラカードを見せた。
《足手まとい、まで読んだ》
「えーーー!」
 矢口が残っていた全ての体力を注ぎ込んで叫んだ。そんな矢口に保田もプラカードを見せる。
《二人と違って、まで読んだ》
「えーーー……」
 それで全ての体力を消耗したのだろう、その声は消えてなくなり、矢口は顔をガクリと左に倒し
込んで静かに眠りについた。
 保田と市井が顔を見合わせる。
「ちょっと、やりすぎちゃったかな?」
「ほんとに死んじゃったとかって、ないよね?」
「それは大丈夫よ。疲れて眠っただけみたい。ほら、寝息が聞こえる」
「ほんとだ。よかったあ」
「真里ってほんとは弱い子なのよね。あたしもそうだし、紗耶香もそうだし、みんなそんな素振りを
見せないようにって強がってはいるけど。でも、一番無理してたのは真里だったんだよね」
「うん。わかる。やぐっちゃん、キャラがあんなだからいっつも無理してたもん」
「しばらく起きそうもないから、車に運んで寝かせてあげよっかね?」
「うん。私がおんぶするよ」
「でもほんと生きててよかったわ。死んだら警察呼んで事情説明したり死亡確認してもらったりしな
きゃいけなかったし、家族への説明もあるし連絡も廻さなきゃいけないしね」
「うん。それに棺桶もまた作らなきゃいけないもんね」
 結局はそういうことらしい。ただ、照れ隠しという線も考えられなくもない。

43 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:51

 すでに日は暮れかけ、保田の車は市井の家へと進んでいた。
 後部座席からは矢口の寝息が聞こえてくる。
「昔、どうだったんだろね」
「昔?」
「真里よ。昔あたしたちが世界を救った時、真里はどんな感じだったかなって」
「どうだろ。でも、多分こんな感じじゃない?」
 その言葉に保田が微笑みを浮かべた。
「紗耶香もやっぱりそう思う?」
「圭ちゃんもか。だよねえ……」
 会話が聞こえたのか、矢口がなにやら寝言を呟いた。きっと昔の夢を見ているのだろう。
 ただ、その夢の先になにが待っているのかはわからない。冒険はまだ始まったばかりだった。

44 :名無し娘。:2006/06/10(土) 21:51

次回予告

装備を整える途中で喫茶店に立ち寄った三人。そこで保田は唐突にあることを思い出す。
それは二年前のちょうど今頃の出来事。そして思い出せば出すほど保田を苦悩が襲う。
その出来事とはいったいなにか!そして保田はその苦悩を払拭することができるのか!
それは呪いか、それとも別のなにかか!二年前に隠された秘密とは!乞うご期待!

45 :名無し娘。:2006/06/11(日) 01:55
独特の言い回しだな

46 :名無し娘。:2006/06/11(日) 16:15
矢口イキロ

47 :名無し娘。:2006/06/11(日) 23:30
悪い
もう途中で読むの疲れた

48 :名無し娘。:2006/06/15(木) 15:09
俺は完結までついていくぜ

49 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:44

             / ̄ ̄ ̄ ̄ヽ、    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            /  / ̄\   ヾ  < >>45-48 こんなレス初めて!(読んでないけど)
            /   /      ヽ、、"ヽ  \____________________
       ノノノ  |  /   \    / | |
     ノノノ⌒ヾ)|   |  ⌒ヽ  /⌒ | | /〃ハヽ
     イチ ^∀^イ |  |    ___   | | (^◇^ ∩
     (.つ  つノノイ\ ・\_/  人 (つ   丿
      ) ,) ) '^~  ̄  ヽ ̄ ̄ ̄ノ  ヽ(  ヽ,,ノ
     (,,_,,_,,)              (,,゙__,,)
      /   レ                /   |

50 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:44

 Lv5. アクツコイヌ

 自宅へ帰り着いた保田は真っ先に冷蔵庫の中から缶ビールを取り出した。そして缶を開ける。
 プシュッと音がして泡が少し噴き出し、ビール独特の麦の香りが鼻腔に届く。
「ふーっ。今日は色々あって疲れたわ」
 そう独り言を呟き、留守電の再生ボタンを押す。
 合計六匹の敵を倒した後、翌日に改めて出発するということにして三人はそれぞれの自宅へと
戻り、パーティーはいったん解散となっていた。だから部屋には保田一人しかいない。
《はち・けん・です》
 留守電特有の合成音がそう告げて一件ずつ録音を再生する。携帯の留守電はすでに確認した
が、運転中などの繋がらなかった分が全て自宅の電話にかかってきたらしい。
 留守電を全て聞き終え、保田は総革張りのソファに沈み込んだ。そしてリモコンでテレビをつけ
る。ソファは大卒の初任給を遥かに超えるほどの本格的なもので、テレビも高級な最新型だった。
 それだけを見れば市井とはすでに別の世界に住んでいるということになるが、それはあくまでも
その時点における違いにすぎない。翌日からはまた冒険が始まる。そしてその冒険は決して日常
の世界ではない。
《モーニング娘。の失踪事件に関して、まもなく事務所の会見が開かれる模様です》
 ニュースの時間帯はすでに終わっていたが、どうやらその特殊性からニュースの時間を延長して
いるらしい。チャンネルを切り替える。通常の番組を流している局もあったが、二つの民放が臨時
のニュース番組を流していた。ただし、もちろんテレビ東京はそこには含まれない。世界の存亡の
危機であるとはまだ認識されていないのだろう。

51 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:44

「事故が事件になったわね。でも、それじゃまだ不正解よ」
 テレビに向かって保田がそう呟いた。そしてビールをごくごくと飲みながら、その画面を眺める。
 コンサート会場からの中継があり、目撃者の証言が流れ、夕方の時点での事務所のコメントが
流れる。そしてまた、そこには全く別の話題もあった。
 つまり、臨時ニュースはモーニング娘。のせいだけではない、複合的な理由によるものだった。
《このような奇怪な生物を見たという目撃情報は都内各所から三百件以上報告されており……》
 キャスターが原稿を読み上げる。
 タマネギ型をした生物というのを初めとして、様々な生物の情報が寄せられていた。どうやら東京
を中心にじわじわと異変が生じ始めているらしいが、その内容が内容だけに、どことなく怪獣映画
のワンシーンのように思えなくもない。
「やっぱり影響が出てきたみたいね」
 保田がビールを飲み干した。そして立ち上がって脱衣所へ向かう。

52 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:44

 着ていた服を脱ぎ、紫色のブラを外してそのひそかに豊満な胸をあらわにする。そしてズボンを
脱ぎ、同じく紫色の下着を脱いで全裸になると、鏡に向かってポーズを決めた。
「少し絞った方がよさそうね」
 そう呟き、保田はバスルームへと入った。
 ちなみに保田はまず最初に足の裏から洗うというかなりマニアックな体の洗い方をするが、読者
への罰ゲームはこの辺でやめておく。
「ちょ、ちょっとちょっと!なんで罰ゲームなのよ!サービスシーンって言いなさいよ!」
 世の中には物好きな人間もいるということが言いたいのだろうか、保田が誰もいないバスルーム
で唐突に口走った。疲れているのかもしれない。
「物好きってなによ!あたし脱いだら凄いんだからね!見たらみんなおっきするはずよ!絶対絶
対おっきするんだから!だからおっきしていいのよ?ほら、ほらほら、みんなおっきしていいのよ?
このシーンでおっきしちゃっていいのよ?さあほら、恥ずかしがらないで?頭の中に想像してごらん
なさい?ほら、どう?凄いでしょ?これが二十五歳の一番ピークの時期の女性の体よ?どう?おっ
きしたでしょ?ほらほら、素直になっていいのよ?ほーらおっきしたじゃないの!どう?やっぱり凄
かったでしょ?たまらないでしょ?欲しくなるでしょ?うふふふふ、でもそれはダ・メ・ヨ ♥ 」

53 :あは〜ん:2006/06/22(木) 18:45
あは〜ん










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                 ここまで読み飛ばした
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54 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:45

 翌朝、保田は大量の荷物をカバンに詰め込み、車で出発した。
 そして待ち合わせの場所で市井と矢口の二人を拾って浅草の問屋街へと向かう。
「どう?昨夜は二人とも眠れた?」
「私はぐっすりだよ。旦那も朝まで帰って来なかったし。まさにグッドスリーピングって感じ」
「あんたんとこの家庭、大丈夫なの?旦那ちょっとやばいんじゃない?」
 保田が呆れ顔で市井に告げた。
 ちなみにぐっすりという言葉はグッドスリープ(Good Sleep)が語源だという説があり、ネット上でも
多く流布しているが、江戸時代の文献にすでにぐっすりという言葉が見えるので完全に誤りである。
自慢げに話す人がいたら指摘してあげよう。
「矢口はどう?」
 保田が矢口に尋ねた。矢口は一晩休んで体力をすっかり回復したらしい。
「うん。おいらもぐっすり。でもぐっすりはグッドスリーピングが語源じゃないらしいよ。なんか江戸時
代の文献にぐっすりって言葉があるんだって」
 矢口がそう答え、市井の誤りを指摘する。
 だが市井はなんのリアクションも取らなかった。矢口は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「とりあえず、今日は浅草で花火と吹き矢を買い込むわね。それからどっか防犯グッズのお店でも
見つけて、スタンガンとか警棒とか。あと防犯ブザーとかトランシーバーとかもいるかもね」
「あ、特殊警棒か。だったらもちろん伸縮式の二段警棒だよね。硬くて結構威力あるのにカーボン
製ですっごい軽いんだよ。女性にも扱いやすいんだって」
「へえ。紗耶香詳しいのねえ」
「ちょっとね。昔婦警さんに憧れてたことがあったから」
「あら、そうだったっけ?なんか初耳なんだけど」

55 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:45

 保田がそう言って、市井が決意したように思い出話を始めた。
「昔ね、まだ入ったばかりで馴染めなかった頃にさ、婦警さんに助けられたことがあって」
「へえ。加入した頃?」
「うん。ほら、あの頃って裕ちゃんたち一言も口きいてくれなかったじゃん。それで、でもまだ圭ちゃ
んたちとも打ち解けてなくて、結構一人で悩んでたんだよね。それである時、仕事が嫌になって逃
げ出しちゃったことがあって。どこだったかは覚えてないけど、コンサートだったかな。それとも仕事
で地方に行ったんだったかな。とにかく逃げ出して、そんで街をぶらぶらしてたのね。そしたら魔が
差したっていうのかな、なんかもうどうでもよくなって、自分も世の中も全てがもうどうでもよくなって、
それで気づいたらコンビニでボールペン万引きしてたの。たったの百円だよ。百円。だけどね、初
めてだったから、たった百円なのにものすごいドキドキして、それにものすごい罪悪感で、店出たら
手足がブルブル震えちゃって、もうなにもかもが怖くなっちゃって、そんですぐ近くにあった公園に
駆け込んで思いっきり泣いたの。そしたらそこに女の人が来てね、その人は私が万引きしたところ
見てたんだけど、そういうのは言わなくて、ただどうしたのって。それでベンチに座って色々話を聞
いてくれてね、なんだかとっても優しくて、私の悩みとかも理解してくれて。それでその人はね、その
年頃はみんな悩んでるんだって。自分もいっぱいいっぱい悩んだんだって。それで自分も昔そうい
うことしちゃったことがあるって。だけど今はそれをとっても後悔してるんだって。それで、自分が一
緒に行ってあげるから返しに行こうって。それから警察官だって名乗った時は驚いたけど、でも私
のことすごく心配してくれてたから、だからこの人が言うのならそうしようって。それで一緒に返しに
行って、謝って、そしたら店の人も許してくれて。そしたらなんか涙が溢れてきちゃって。ごめんなさ
いごめんなさいって。そしたら店の人もね、同い年くらいの娘がいるらしくて、そういう不安な気持ち
はわかるって言って逆にアイスおごってくれたりして。それでその後は婦警さんが車で送ってくれて。
でももう二度としないでねとかって言わないの。そうじゃなくて頑張ってねって。応援してるからねっ
て。だからね、私その時に思ったんだ。いつか、いつか私もそうなりたいなって。だから、その頃か
らの憧れかな。いつかコンビニの店長になりたいってのが」

56 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:45

 その市井のオチにプラカードを用意していた保田がおもいっきりズッコけ、そのはずみで車は反
対車線に飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!なんでコンビニの店長なのよ!」
 幸いにも反対車線に対向車はなく、車はすぐに元の車線に戻った。
「いやあ、だってコンビニの経営とか結構おもしろそうじゃん」
「なによそれ。せっかく 《 ( ;∀;)イイハナシダナア 》 ってプラカード用意してたのに!」
「ごめんごめん。途中でちょっとプラカードが見えちゃったからさ。だって万引きって結局は犯罪だ
し、それでいい話って言われるのもちょっと困るんだよね。今でもボールペンに触れた時のことと
か思い出すし、今でも後悔してるってことなのかな。だから婦警さんと店長さんはいい人だったけ
ど、私自身は全然そうじゃなかったってこと。たまたまいい人たちと出逢えたから今の私がいるん
だってことかな」
「そうだったの。でもね、あたしはそれでも十分立派だと思うわよ。だってボールペンはお店に返し
て謝ったんだし、それに、そういうことをあたしに話してくれたってことも含めてね」
「ありがと。そう言われると助かるけど、でもやっぱり今も後ろめたい気持ちがあるかな」
「その気持ちを忘れないでいるってことだけで十分だと思うわ。あたしはね」
 保田が優しく微笑み、市井も目尻を緩めた。その目には涙が少し浮かんでいた。
 ちなみに矢口は二人の会話に加わることができず、用意していた 《 昔ね、まで読んだ 》 のプラ
カードを出し損ねていた。

57 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:46

 目的地に着き、三人は車から降りた。目当ての店を求めて聞き込みをする。
「あのー、この辺に夏祭りの出店用の問屋とかありませんか?」
「ここは浅草の問屋街です」
「えーと、夏祭りの出店とかで売ってるような物を探してるんですけど」
「ここは浅草の問屋街です」
 その答えに三人が顔を見合わせる。試しに市井が質問をしたが返ってきた言葉は同じだった。
「ここは浅草の問屋街です」
 どうやらそこは本当に浅草の問屋街で、それ以外の街ではないらしいが、そういう問題ではない。
「これってもしかして……」
「うん。あたしもそう思うわ」
「ここにも影響が出始めてるってことか。そうとしか考えられないよね」
「RPGの法則よ。街の人はフラグが立たない限り同じ言葉を繰り返す。つまり会話は無理ね」
「うわ、マジかよ。それじゃまるっきりゲームじゃんか」
 ようやく矢口が言葉を発した。その言葉に保田が答える。
「RPGの法則よ。街の人はフラグが立たない限り同じ言葉を繰り返す。つまり会話は無理ね」
 矢口がキョトンとした表情で保田を見た。
「ね、ねえ圭ちゃん?」
「RPGの法則よ。街の人はフラグが立たない限り同じ言葉を繰り返す。つまり会話は無理ね」
「ど、どうなってんの?ね、ねえ?」
 矢口が市井に問いかけた。しかし市井の言葉も同じだった。
「ここにも影響が出始めてるってことか。そうとしか考えられないよね」
「う、嘘だよね?な、なんで?ふ、二人ともどうなってんの?」
 それに二人が答える。
「ここにも影響が出始めてるってことか。そうとしか考えられないよね」
「RPGの法則よ。街の人はフラグが立たない限り同じ言葉を繰り返す。つまり会話は無理ね」

58 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:46

「け、圭ちゃん、紗耶香……。なんで、なんで?なんでそうなっちゃったの?ま、まさか二人とも街
の人になっちゃったの?もうここから(ランダムに数歩くらいしか)動かないの?おいら一人きりに
なっちゃったの?」
「ここにも影響が出始めてるってことか。そうとしか考えられないよね」
「RPGの法則よ。街の人はフラグが立たない限り同じ言葉を繰り返す。つまり会話は無理ね」
 と、そこで矢口は大声で泣き出した。意外にもガラスの心の持ち主らしい。
「ぞんなのやだよー!おいら、おいら一゛人ぼっぢなんでやだよー!三゛人で、三゛人で冒険゛ずる
んでじょ?三゛人で冒険゛ずるっで言っだじゃんが!なのに、なのにおいらを置いでなんで浅゛草゛
の人゛になんがなっぢゃうのざ!おいらぞんなのやだよー!絶対゛やだよー!」
 矢口がぼろぼろと大粒の涙をこぼし、二人の体をボコスカとグーで叩いた。
「あいたっ、いたっ、いたいってば!」
「えっ?い、市井ちゃん?」
「ほんっと痛いわねえ。グーで叩かなくてもいいじゃないの」
「け、圭ちゃん?も、もしかして奇跡?奇跡が起きた?おいらの願いが神様に通じた?」
「なに言ってんのよ。ちょっとからかっただけでしょ」
「ほんとほんと。それなのにそんなに泣いちゃってさあ。全然気づかなかったわけ?」
 市井がからかい口調でそう言った。だが、矢口は本気で心配していたのだろう、その言葉に怒
ることなく再び大粒の涙を流し始めた。
「だっで、だっで、本゛当゛に心゛配゛じだんだもん。本゛当゛に浅゛草゛区゛民になっぢゃっだんだっで、
ぞう思っだんだもん。なのに、なのに、二゛人どもびどいよ……」
 泣き続ける矢口の肩を保田がそっと抱き寄せた。
「ごめんね。まさかそこまで不安がるなんて思わなかったから。でも悪いけど浅草区民じゃなくて
台東区民よ。23区くらい覚えとかないと馬鹿にされるわよ」
 その言葉に矢口が笑顔を浮かべる。涙で顔はぐちょぐちょだが、その笑顔は輝いていた。
「うん。うん。覚える。覚えるよ。おいら覚えるよ」
 矢口は結構素直でいい奴らしい。ただ、単純なだけという線も捨てきれない。

59 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:46

 三人は片っ端から町の人に話し掛け、その固定化された言葉から目当ての店に辿り着いた。
 そして吹き矢をはじめとして銀玉鉄砲やヨーヨー、プラスチックのバットなど、使えそうなものを大
量に買い込んだ。元々単価が安い上に問屋であるため、矢口の懐具合は少しも痛まない。
「って、なんでおいらが払う係?そう言えば昨日もなぜかそうだったけど」
「なに言ってんのよ。紗耶香は家庭もあるしこれから子供の教育費なんかもかかるのよ?」
「いや、それはわかるけど、でも圭ちゃんとか……」
「あたしが仕事なくて給料安いってあんたも知ってるでしょ。それに比べてあんたはいっぱいテレビ
とかドラマ出て稼いでるじゃないの。それに以前さんまのまんまであんたなに言ったか覚えてる?」
「さんまのまんま?昔出たけど、なんか言ったっけ?」
「結構質素で普段はイチキュッパのTシャツ買い込んだりしてるって言ったでしょ?」
「そんなん言ったっけ?覚えてないんだけど」
「でもね、世の中にはあんたのイチキュッパより一桁少ないイチキュッパのTシャツで耐えてる人た
ちだって大勢いるのよ。別にここの作者がそうだとは言わないけど、そういう人たちにとってはね、
千九百八十円のTシャツはたった一枚でも十分に一張羅なの。それなのにそれを大量に買い込ん
どいて質素だとかって言ったでしょ!」
 どうやら格差社会のことを言っているらしいが、それは払う係の理由とは全く関係ない。そしてま
た、昔のこととはいえ年収六千万円(納税額からの推定)を経験したことのある保田も十分に立派
な勝ち組である。そして保田自身、千九百八十円ごとき安物のTシャツは最近では一つも買ったこ
とはなく、その日の服装も上から下まで合わせて総額八万円(靴とアクセサリーを含む)だった。

60 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:46

「とにかく、利益のある者はそれを還元する義務があるのよ。だから素直に施せばいいの」
「はあ、まあこれくらいなら別にいいけどさ」
「これくらいってなによ!あんたには低賃金の労働者諸君の苦労がまだわからないの!」
 保田も絶対わかっていない。
「わかったよ。わかったからさあ、もういいじゃん。さっさと進まないと前回の次回予告に間に合わ
なくなるし」
 矢口がそう言って保田もようやくうなずいた。
「それはそうね。それじゃそろそろ喫茶店でも見つけた方がいいわね」
「あ、あそこに喫茶店があるよ。ほら、あそこに行けばフラグが立つんじゃない?」
 そう言って市井が少し先を指差した。展開に気をきかせたのだろう。
 三人は迷うことなくその喫茶店に入った。入口に比べて店内はかなり広く、奥にはピアノがあり、
一人の男性がピアノ曲を静かに演奏していた。
「わあ。生演奏だ。意外にリッチなお店じゃんか」
「そうねえ。問屋街で表通りからは離れてるのに、なかなかこじゃれた感じじゃないの」
 市井の言葉に保田がそう続いた。
 ちなみに「こじゃれた」という言葉はちょっとオシャレなという意味で用いられることがあるが、これ
は間違いである。本義的には「じゃれる」に接頭語の「こ」がついた言葉であり、少しふざけたという
意味でしかない。心当たりのある人は辞書で確認した方がいいだろう。
「ふざけてはいないけど、少しオシャレな感じだよね」
 矢口がそう言ったが保田は聞いていなかった。矢口は寂しそうにポケット辞書を懐にしまった。

61 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:46

 席に座り、早速店員が注文を聞きに来る。
 矢口はまた自分が払わされることになると思い、安いレモンスカッシュを頼んだ。それに対して
保田と市井はコーヒーとケーキとサンドイッチとパフェを頼んだ。矢口の顔に縦線が入る。
 そんな矢口の絶望を見かねたのか、保田が救いの言葉を発した。
「いつも真里に払ってもらうってのも悪いよね?」
 矢口が仏様を見るような目で保田を見た。
「だからここはワリカンにするわね。紗耶香もそれでいいでしょ?」
「うん。私もいいよ。やぐっちゃんよかったねえ。優しい友達に恵まれて」
 その言葉に矢口はう、うんとうなずいた。だが素直には喜べなかった。そしてなぜか自分が全額
払うこと以上に納得がいかない思いにとらわれていた。
「なら最初に言ってよ……」
「ん?なんか言った?」
「あ、いや、別になにも。優しい友達に恵まれて幸せだなって。えへへへへ」
「やあねえ、面と向かってそんなこと言われると恥ずかしいじゃないの」
 そう言って保田が照れた。それが本気の表情だとわかって矢口は軽く目を伏せた。

62 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:47

 と、それでフラグが立ったのか、生演奏が一度終わり、次の曲が流れ出した。
 それは最初は優しく、しかし空虚な音色で、一瞬羽ばたきを忘れてしまいそうな曲調だった。
「あ……この曲……」
 保田がそう言って口を開けた。だがその次の言葉が出てこない。
「知ってる曲?ショパンかなにか?」
「……」
 市井の問いかけに保田は答えない。それどころか曲が流れるにつれて保田の表情には苦悩の
色が表れ始め、ついに保田は両手で頭を抱え込んだ。ちなみに悩んだ時に両手で頭を抱える人
間を実際に見たことのある人は滅多にいない。
「け、圭ちゃん?」
「う、ううう……な、なんでなの……なんで、なんでこの曲が……」
 保田が苦しそうに唸った。
「ちょ、ちょっと圭ちゃん?ど、どうしたの?」
「く、苦しい……あ、頭が割れる……」
「も、もしかしてこの曲のせい?」
 矢口がオロオロしながら市井にそう言った。
「まさか……呪い?」
「の、呪い?で、でもおいらは無事だよ?市井ちゃんだって」
「つまり、圭ちゃんだけに作用したのよ。カーズとかコンフュとかの類が」
「で、でもなんで?」
「そんなのわかんないわよ!でもこの曲がその呪いの根源よ、きっと!」
 市井はそう言って立ち上がると、即座にピアノの方へと向かった。
 中途半端に正装した男性が柔らかな手つきでピアノを奏でていた。

63 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:47

「あんた、何者!」
 市井がそう言って男の手を止めようとした。だが手に触れようとした瞬間、市井は電撃を感じて
後方へと吹っ飛んでいた。
「うぐぁっ」
「い、市井ちゃん!」
 男は邪魔が入ったことに気づいてすらいないといった様子で演奏を続ける。そして曲調が一気
に激しさを増す。ある意味、それはバトルシーンの音楽なのかもしれない。
「やっぱり。この男が呪いを奏でてるのよ。つまり、敵よ!」
 それを聞いて矢口が男に突進した。後ろから体当たりを喰らわせる。だが吹っ飛んだのはこれ
も矢口の方だった。
「むぐぅ」
「どうやら普通の敵じゃないみたいね。まさか浅草で小ボスに出くわすだなんて」
「しょ、小ボス……」
 市井が近くにあったテーブルの上のグラスを掴み、男に投げつけた。だがグラスは男にあたる
寸前で見えない壁に跳ね返され、床に落ちて砕け散った。
 それを見た市井はさらに店の奥まで行き、コーラーの空き瓶を手に取ると、それを持って戻り、
おもむろに男の頭を叩いた。だが、その瓶もまた、男にあたることなく寸前で砕け散った。

64 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:47

「ど、どうなってんの?」
 市井の行動をハラハラ見守りながら矢口が尋ねた。グラスを投げつけたり瓶で叩いたりしたの
だからハラハラするのも当然だろう。ただし、店の人はそれ以上に青ざめていた。
「直接攻撃は効かないってことね。圭ちゃんに呪いをかけたように、なにか特殊な効果がかかって
るのよ」
 と、その言葉に唸っていた保田が声をふりしぼった。
「そ、その通りよ……これは、二年前の呪いよ……」
「二年前?」
「そう……に、二年前の今頃、あたしは呪いをかけられたの……」
「二年前に?呪いを?」
 二年前ということは、昔の世界を救うための戦いとは関係ないということになる。
「あたしだけじゃない……多くの人たちが犠牲になったわ……皆、とても悩んだわ。怒ったり呆れ
たり、それを通り越して笑ってる人もいた。でも、みんな忘れたの。単なる時間の無駄だったって
結論でね……。そう、あたしもそうだった。でも、この曲を聴いて、急にそれが蘇ったのよ。だから、
この呪いを解くには普通の方法じゃ無理よ……。この呪いを解くには、全ての真相を明らかにす
るしかないわ!」

65 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:47

 と、矢口が保田に向かってプラカードを見せた。
《あたしだけじゃない、まで読んだ》
 保田がズコーッとズッコけた勢いでテーブルの上にあった矢口のレモンスカッシュのグラスを手に
しっかりと掴むとズッコけた勢いでそれを振りかぶってズッコけた勢いでそれを矢口の顔面に向け
てズッコけた勢いで思いきり投げつけた。どう見ても故意です。ありがとうございました。
「ぐわっ」
 それは顔面に直撃し、涙目になるより早く鼻血が噴き出した。
「ひでえ、ひでえよ……全然ズッコけた勢いじゃないじゃんか……」
 そんな矢口に市井がプラカードを見せる。
《最近の新参は長文も読めないから困る。ゆとり教育の弊害だよね》
「おめえさんもゆとり教育世代だろ……」
 そう言った矢口の顔面は血まみれで地獄絵図だった。
 そして店の人は電話の前で110番と119番のどちらをチョイスするかで迷っていた。

66 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:47

 市井が話を戻そうと保田に尋ねる。
「圭ちゃん、どういうことなの?二年前になにがあったの?それに真相って?」
「この曲は……グロリアよ!」
「グロリア?」
「そう、グロリア、希望の光……。その曲名とは裏腹にドラマ自体には希望も光もなかったわ」
「ドラマって、それもしかして?」
「仔犬のワルツよ!」
 その言葉に矢口がズコーッとズッコけた。だがなぜズッコけたのかはわからない。
 仔犬のワルツ。日本テレビ開局五十周年記念ドラマと銘打ちながら、あまりのひどさに途中から
それを外すという結論(正論)に至ったほどの糞ドラマである。主演の盲目の少女を演じたのは安
倍なつみ。だが公式プロフィールからはすでにその出演の事実は消されている。
「噂に聞いたことがあるわ。ミステリー仕立てで毎週のように殺人が起きるのに、最後になっても
犯人も動機もさっぱりわからないままで、複数の犯人がいるらしいのに最後まで一つとして確定さ
れたものがなかったというドラマね。中には意識が芽生えたスーパーコンピューターが殺意を抱き、
なんの動的機能もついていないはずのパソコンのコードがなぜかクネクネと動いて人間の首を絞
めたり、トンネルの中に幽霊が出てきたりなんてことが(ごくごく普通に)あったらしいって」
「そんなの序の口よ。とにかく、なんのシナリオもストーリー性もメッセージ性もなく、リアリティどころ
かアンリアリティすら感じられないというとにかく逆の意味で歴史に残るほどのドラマよ」
「じゃあ圭ちゃんはその糞ドラマを見たせいで、呪いに?」
「うう……気になって仕方がないわ、犯人は誰なの!動機はなんなの!忘れていたはずだったの
に、今頃になって思い出してしまうなんて……」
 保田が再び頭を抱え込んだ。ちなみに悩んだ時に両手で頭を抱える人間はさきほども説明した
ように滅多にいない。

67 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:47

「でも、真相を明らかにするって、そんなの無理なんでしょ?」
 市井がそう言った。確かにあれだけ狼で推理し、議論し、それを元に大掛かりなまとめサイトが
作られたにも関わらず、その真相は今なお明らかになっていない。
「そう……それは多分無理よ……。今ならわかるわ。あのドラマはきっと、今日のために伏線、時
間差の呪いだったのよ……」
「じゃ、じゃあ、すでに私たちのことに気づいて、敵がそのドラマを作ったってこと?」
「そうとしか考えられないわ。つまり、ワルツは仔犬の名前なんかじゃなく、仔犬を形容する言葉だ
ったのよ」
「悪い仔犬……。そっか。ツをアマツカミみたいな古語の助詞だと考えれば、悪津仔犬だ」
「そうよ。助詞のツに続くからワルじゃなくてアクと読むべきだけど。ワルは古語だと形容詞ワロシ
になるから」
「アクツコイヌ……小ボスとしては申し分のない名前ね」
 そんな二人の意味不明(かつ不必要)なやり取りに矢口がようやく口を挟んだ。
「いや、あのさ、なんかすっごい知的な会話のようにも見えるんですけど、それ以前に今さら仔犬
のワルツネタかよっていう気がしないでもないんですけど……」
「確かにそうね。ダジャレとしてもちょっと強引だし、必然性も全くないわ。だけど、二年前のあのド
ラマが今日のために仕組まれていたとすれば、あの糞な内容に理由を付加することができるわ。
もちろん納得することは一生できないでしょうけど」
 矢口は納得いかない表情だったが、それ以上にそのドラマを見なかったこと(≒安倍が嫌い)に
内心ほっとしていた。

68 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:48

「じゃあどうすればいいんだよ。その真相とかなんとかかんとか」
 あまりの展開の遅さに矢口が苛立ち始めた。その気持ちもわからないでもない。
「でも……もしかすると、一つだけ方法があるかもしれないわ」
 その言葉に市井と矢口が保田の顔を見た。それはなにかを確信した目だった。
「方法?」
「ケンジを蘇らせるのよ……。それ以外に方法はないわ!」
「ケ、ケンジ?」
 二人の顔に不安が広がる。
「そう、水無月鍵二。十八年前に事故で死亡した天才ピアニストよ!」
「十八年前?」
「あ、二年前のドラマの時点でだから、今だと二十年前になるわね」
「いや、そういうこと訊いたんじゃなくて……」
「あ、そうなの。ごめんごめん、早とちりしちゃった」
 保田がそう言ってかわいく謝った。ただし、それをかわいいと思うかどうかは人による。
「それより、それってまさかとは思うけど、ドラマの中の話だよね?」
 市井が半ばわかっていながら恐る恐る尋ねた。
「そうよ。そのドラマでは毎週のように壮絶な勝負が行われるんだけど、それは鍵二を蘇らせるた
めだったの。まあ本当は事故死したのは譜三彦の方で鍵二は生きてたんだけどね」
「生きてた?どういうこと?」
 市井がそう尋ねた。
 矢口はすでに諦めて店員に新しいレモンスカッシュを注文していた。

69 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:48

「とにかく、よくわからないドラマだったのよ。本当はもう思い出したくもないくらいで……」
「えっと、じゃあさ、ケンジを蘇らせるってことは、もしかしてピアノの勝負をするってこと?」
「そうよ。あそこでピアノを弾いてるアクツコイヌと勝負して勝てばきっと蘇るわ。でも、問題はその
課題曲が普通の曲じゃないってことね」
「課題曲?」
「あたしの予想だけど、それはきっとグロリア(Appassionata ver.)よ」
「え、なに?アッパッシオナッタ?」
 市井がなぜか頬を赤らめながら尋ねた。
「多分そんな感じよ。だけど、それは超絶技巧を駆使した超難易度の高い曲なの。まあウィキペ
ディアによるとそれでも中の上レベルらしいけど」
 と、そこでレモンスカッシュを飲みながら話を聞いていた矢口が口を挟んだ。
「あのさあ、なんか当然のようにピアノで勝負するみたいな感じになってんだけどさあ、前回のタマ
ネギとかと全然違くねえ?」
「なに言ってんのよ。バトルのシステムが毎回同じだなんてつまんないでしょが。ゲームにだってミ
ニゲームってもんがあるでしょ。さんまの名探偵だって横山のやっさんとボートで勝負したりするで
しょ?」
「いや、そこはドラクエにもカジノがあるじゃん、みたいな例えの方がいいかと」
「とにかく、今回はピアノ勝負なの。それ以外に方法はないのよ」

70 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:48

「てかさ、勝負って誰が弾くわけ?」
「私ピアノは弾けないよ。ギターとかならちょっと齧ったことあるけど」
 市井がそう言った。多分ブランクの時期のことなのだろう、それに気づいた二人が目を伏せた。
「おいらは駄目だよ。だってファンサイトによると小三の時に一ヶ月習っただけらしいから」
 自分で思い出せこら。
「わかってるわよ。もちろん弾くのはあたしよ!」
「圭ちゃんが?」
「そうよ。ファンサイトによるとピアノ教室に通ってたらしいし。それに実家はカラオケ教室でしょ?
それに中学・高校と吹奏楽部で県大会にも出場したらしいわよ」
 おまえも自分で思い出せこら。
「へえ。凄いじゃん。サックスやってたとかは知ってたけど、県大会とか出たんだ」
「まあね」
 保田がさりげなくポーズを決めた。しかしたかが県大会で、しかも単なる出場であれば威張るほ
どでもない。
「で、でもさ、じゃあ圭ちゃんはそのアッパッシオナッタっての弾けるわけ?」
 矢口もなぜか頬を赤らめながら尋ねた。
 その質問に保田が堂々と、そして自信満々に答える。

71 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:48

「もちろん無理よ!」
「えーーーーー!」
 矢口と市井が同時にズッコけた。
「だってピアノは習ってたってだけだし。それなのに超絶技巧とかどう考えても無理でしょ?」
「あ、あのさあ、じゃあなんで自分が弾くとか言っちゃったのさ」
「だってあたしが一番まともじゃない。この中じゃ」
「それはそうだけどさ、でもなんかいい勝負できるみたいな感じだったじゃんか」
「勝負はやってみるまでわからないわよ。ただ、練習期間は欲しいわね」
「どれくらい?」
「そうねえ。ブランクもあるし、一ヶ月かな?あ、でも超絶技巧だから二ヶ月はいるか。それにいい
勝負しようと思ったら半年はかかるわね。確実に勝とうと思ったら一年はいるかも」
 その言葉に矢口が食べかけのサンドイッチを皿に戻した。あまりの展開の遅さに食欲を失って
しまったらしい。
「じゃあどうすんのさ」
 矢口が不機嫌にそう言った。どうやらブチギレ寸前らしい。
「どうって、だからピアノ練習して、それで勝てばいいのよ」
「練習って、一ヶ月とか半年とか一年とか!そんなに待てるわけないじゃんか!常識的に考えて
みろよな!仔犬のワルツだとかケンジを蘇らせるとかアッパッシオナッタとか!なんなんだよ!
もうほんとになんなんだよ!悪いけどおいらもうそんな茶番には付き合えないから!」
 そう言って矢口は立ち上がると、そのまま驚いた表情の二人を置いて店を出て行った。

72 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:48

「あ、やぐっちゃん……行っちゃった……」
「なんで怒るのよ……別に怒るようなとこじゃないのに……」
 心配そうな表情の市井とは違い、保田は矢口が怒ったことに怒ったらしい。
「あ、ねえ、圭ちゃん、追わないと。じゃないともう本当にどっか行っちゃうかもよ?」
「なんであたしが追わなきゃいけないのよ。勝手に逃げたんだからほっとけばいいのよ」
「で、でも……」
「でももなにも、あんなに自分勝手なパーティーなんかいない方がましよ!」
 保田がそう言った次の瞬間、店内に乾いた音が響いた。パシン。
「えっ……?」
 頬をぶたれた保田が茫然と市井を見た。市井の目には涙が浮かんでいた。
「バカ!圭ちゃんのバカ!せっかく三人が昔のように集まったのに、いない方がいいだなんて、な
んでそんなこと、そんなこと……」
 後ろめたい気持ちがあったのか、保田が下を向いた。
「圭ちゃんはわかってるって思ってた。私たち三人が揃って初めて意味があるんだって。なのに、
圭ちゃん全然わかってなかったんだね……。私、すっごい悲しい……」
 その寂しそうな市井の言葉に、保田が小さな声で呟いた。
「ごめん……」
 だが市井はそれには答えない。それを見て保田が続けた。

73 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:48

「あたしが間違ってた。自分でも言い過ぎたと思う。ほんとごめん、あたしどうかしてた」
 それは淡々とした言葉だった。
 反省の弁のためか、どことなく 《むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった。今は反省している》 と
いうリズムに似ていなくもないが、保田の言葉は口先だけではなく本心からの言葉なのだろう。
 その言葉に市井がようやく笑顔を浮かべた。
「じゃあ、行こっか。やぐっちゃん、多分行くあてもなくて、店の外でうろちょろしてるはずだから」
「うん」
 保田が素直に返事をして、二人は席を立った。
 そして店の外に出ると、市井の言葉通り、そこには矢口の姿があった。
「あ、やぐっちゃんやっぱり」
 矢口はスネオ君のように口を尖らせていた。
「別に待ってたわけじゃないから。おいら一人でだって冒険できるもん」
「そんなこと言って、ほんとは待ってたんでしょ?」
 矢口が口先をすぼめて、今度は頬を膨らませた。多分二人を待っていたのだろう。
「だけど矢口、なんで急にブチギレたりするかな。そういうのってナシじゃない?」
 保田が体面を保つためか、そう矢口に言った。
「だって圭ちゃんが一年とかうざったいこと言うからじゃんか」
「そうだけど、突然ブチギレなくてもいいじゃないの。びっくりしたんだからね?」
「それはそっちの勝手じゃんか。おいら別にびっくりしてくれとか頼んでないし」
 再びのバトル勃発の予感に市井が間に割って入った。
「二人とも落ち着いて落ち着いて。とにかく、よーーーく考えてみてよ」

74 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:49

「考えるってなにをさ?」
「なによ紗耶香、なにが言いたいのよ」
 二人はまだ気づいていないらしい。市井がニヤニヤと笑い出した。
「なに笑ってんだよ」
「いや、だってさ、今どこにいるかわかってる?」
「どこって浅草だろ?台東区の浅草だろ?」
 矢口がそう答えた。すでに東京23区のうち台東区は完璧に覚えたらしい。
「そうじゃなくて。今立ってるここ」
「ここ?」
「台東区の浅草の問屋街だろ?」
「そうだけど、まあそれでいっか」
「なによもったいぶって」
「ううん、いいのいいの。とりあえずそろそろ次のお店とか行かないとね。ほら、特殊警棒とかスタ
ンガンとか買うって言ってたじゃん」
「あ、そう言えばまだ買ってなかったわね」
「とりあえず浅草にはないだろうし、どっかありそうなとことか行かないと」
 その市井の提案に二人は同意し、三人はまた元通りの三人組に戻った。

75 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:49

 車に乗り込み、次の目的地へと発進する。
「防犯グッズのお店か。紗耶香どっか知ってる?」
「あ、うん。昨日ネットで調べといたから。それは任してよ」
「へえ。結構気がきくじゃない」
「まあね。二人に任せとくとろくな事になりそうにないからね」
「なによそれ」
「だって二人ともまだ気づいてないし。結構鈍感だよねえ」
「気づくって、さっき言ってたこと?」
「ああ、もう忘れちゃっていいってば。別にどうってことないし」
「じゃあ忘れるけど」
「忘れるんかい!」
 矢口が絶妙なツッコミを入れる。が、あまりに絶妙すぎたせいか、会話が止まり、車内に嫌な
空気が流れた。矢口の額に汗がにじむ。
「ま、まあ圭ちゃんが忘れるって言うんならおいら文句は言わないけど」
 なぜか矢口が言い訳をし、助手席に座っていた市井がクスッと笑いをこぼした。
 どうやら三人はなにがあっても結局この三人でしかないのだろう。市井の笑いからそのことに気
づき、保田も笑みを浮かべた。そして矢口もそれに続く。三人はようやく本当の意味でパーティー
になったのかもしれない。
 車窓から見える空はどこまでも高かった。ただし、二人はまだ気づいていない。
 喫茶店では今もなおグロリアの演奏が虚しく続けられているということに。チャンチャン。

76 :名無し娘。:2006/06/22(木) 18:49

次回予告

チャンチャンという擬音語でオチをごまかすという展開に呆れる読者一同。
だが問題は三人の予想を遥かに超えていた。それはそもそも読者はいるのかという疑問。
読者なんていらねーよ、と暴言を吐く矢口!読者に向かってなんて口をきくの、と諭す保田!
長文の読めないような読者は認めない、と別視点の市井!次回、ゆとり教育を三人が問う?

77 :名無し娘。:2006/06/22(木) 19:29
無駄な描写力が素敵だわ

78 :名無し娘。:2006/06/22(木) 20:22
なぜか事件が解決しないような気がしてきました

79 :名無し娘。:2006/06/23(金) 03:05
ヤッスーの長台詞に磨きがかかって超素敵(読んでないけど)

80 :名無し娘。:2006/06/23(金) 09:01
保田やりたい放題だな

81 :名無し娘。:2006/06/24(土) 02:32
矢愚痴のキャラがいいね

82 :名無し娘。:2006/06/25(日) 04:39
ゲームもやらないし糞ドラマも見てないけどおもろい

83 :名無し娘。:2006/06/25(日) 09:39
ここのやぐは無駄にかわいいな

84 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:19

             / ̄ ̄ ̄ ̄ヽ、    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            /  / ̄\   ヾ  < >>77-83 あら、あぼ〜んって何かしら?
            /   /      ヽ、、"ヽ  \____________________
       ノノノ  |  /   \    / | |
     ノノノ⌒ヾ)|   |  ⌒ヽ  /⌒ | | /〃ハヽ
     イチ ^∀^イ |  |    ___   | | (^◇^ i|l∩
     (.つ  つノノイ\ ・\_/  人 (つ   丿
      ) ,) ) '^~  ̄  ヽ ̄ ̄ ̄ノ  ヽ(  ヽ,,ノ
     (,,_,,_,,)              (,,゙__,,)
      /   レ                /   |

85 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:19

 Lv.4 (←今回からレベル数を連載回数に合わせました)

 車内はあいかわらずのんびりしていた。
 運転席の保田はラジオから流れてくるミュージックにふんふんと鼻歌を合わせ、助手席の市井
はさきほど買い込んだ防犯グッズを子供のようにいじっている。特に特殊警棒が気に入ったらし
く、何度も伸ばしたり縮めたりしてその武器の感触を確かめていた。
「やっぱ特殊警棒はいいねえ。軽くて扱いやすいのに結構堅くて威力もあるんだよ」
「嬉しそうねえ。警棒でそんなに喜ぶ女性って、かなり珍しいわよ」
「そうだけどさ、実はね、私みんなには言ってなかったことがあって」
「あら、なにかしら?」
「うん。私ね、昔婦警さんに憧れてたことがあったんだ」
「へえ。それは初耳ね」
 保田がそう言って、市井が決意したように思い出話を始めた。
「昔ね、まだ入ったばかりで馴染めなかった頃にさ、婦警さんに助けられたことがあって」
「へえ。加入した頃?」
「うん。ほら、あの頃って裕ちゃんたち一言も口きいてくれなかったじゃん。それで……」

86 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:20

 と、そこまで言った時、後部座席の矢口が大声で話を遮った。
「ちょ、ちょっとストップストップ!ストォォォォォォォォォォップ!」
「あら、なによ。せっかく紗耶香の秘蔵こぼれ話が始まろうってときに」
「いや、秘蔵こぼれ話っていうか、それ前回聞いたんですけど。まんまおんなじ話」
「あら、そうだったっけ?そう言われればそんな気もするけど、紗耶香どうだったっけ?」
「あれ?話したっけ?うーん、誰にも話したことなかったと思うんだけどなあ」
「いや、ちゃんと聞いたし。コンビニの店長になりたいとかってオチだよね?」
「ちょっと矢口!まだ話の途中なのになんでオチ言っちゃうのよ!」
「うーわ。せっかくいい話だったのにネタバレとかサイテー。もう話す気なくなっちゃった」
「ほら!紗耶香が機嫌損ねちゃったじゃないの!どうしてくれるのよ!」
「あ、いや、なんでそんなに怒られるのかわからないんですけど……」
「あーあ、やだやだ。せっかくの話が台無しだよほんと。困るよね、ネタバレとかする人って」
「いや、ネタバレとかいう以前に前回ほんとにマジで実際に確かに聞いたし……」
「もういいよ。やぐっちゃんには期待しないから」
 矢口の話を聞かずに市井が冷たく言い放った。
 さらに保田もそれに続く。
「あたしは最初から期待してなかったけど、でもこの分じゃこれから先が気がかりね」
「なんでおいらがそこまで……」
 矢口は悲嘆に暮れた。
 だが無情の仕打ちに慣れてきたのか、矢口はそれでもへこたれなかった。
「えへへ、なにがあってもへっちゃらさ!キュピーーーン!」

87 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:20

 と、その言葉に保田と市井がヒソヒソ声で囁き合う。
「ねえ、今のどう思う?ヒソヒソ」
「バカだよね、絶対。特にキュピーンとか口で言っちゃうとことか。ヒソヒソ」
「だよねえ。キュピーンとか普通言わないもんねえ。ヒソヒソ」
 矢口に気を使っているのか、それとも陰口だと自覚しているからか、その会話は小声だった。
 だが狭い車内では小声であろうとなかろうと、全てが筒抜けである(キートン山田)。
「なんでい!二人だってヒソヒソとか言ってんじゃん。ヒソヒソとか普通言わないもんねーだ」
 その言葉に市井がやれやれといった感じで両手を広げて軽く持ち上げるジェスチャーをした。
「あーやだやだ。負け惜しみとかマジみっともない。恥の上塗りって言葉を知らないんかな」
 市井の攻撃こそ最大の攻撃(つまり攻撃のみ)というような一言が矢口にグサッと突き刺さる。
 さすがはシンガーソングライターになりたいとほざいて当時国民的アイドルグループと称され絶
大なる人気を誇っていたモーニング娘。を電撃的に脱退しておきながら結果的に大幅ランクダウ
ンとなるたいせープロデュース(←ここ笑うところ)のユニットで夢を果たした市井だけあって、その
言葉は別の意味で鋭く刺さる。
 とりあえず矢口は市井に「負け惜しみ」「みっともない」「恥の上塗り」という言葉の意味を教えて
あげるべきだが、残念ながら、すでに言い返すだけの気力を喪失していた。
「ふんだ、いいもん……どうせおいらはみっともないもん……」
 矢口はあっさりと落ちた。

88 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:20

 そんな矢口の心のせいか、ポツッポツッとフロントガラスに雨粒が落ちてきた。
 それはすぐに本降りとなり、保田はワイパーのスイッチを入れた。
「雨が降ってきたわね。そろそろ梅雨入りかしら」
「そんな感じだね。まあこれがうpされる頃にはすでに梅雨の真っ只中なんだろうけどさ」
「あ、そういうことになるのね。連載モノの宿命よね、そういう時間差って」
「そうそう。ドカベンなんかさ、一試合終わるのに何ヶ月かかってんだよって感じで。これももしかす
るとすでに梅雨明けしてたりして。まあまさかそれはないと思うけどさ。あはははは」
 笑い事ではない、多分。
 と、そんな意味不明な会話に矢口が口を挟んだ。異議を申し立てられるのは自分しかいないと
思ったのだろう。その決意や正しい。
「あの、えーと、ちょっとよくわかんないんですけど……」
「あら、なにかしら?」
「なにっていうか、ちょっとおかしな会話だと思うんですけど。これがうpされるとか連載とかって」
「どこもおかしくないぢゃん」
 そう言い放ったのはもちろん市井だ。
「いや、でも絶対おかしいし。だってまるでマンガのキャラが作者に文句言ったり読者に話しかけ
たりするような感じだし。現実じゃありえないっていうか」
「へえ。ゲームの次はマンガか。やぐっちゃんってさ、結構現実逃避しちゃうタイプだよね」
 現実逃避しちゃうタイプの市井が矢口にそう言った。現実逃避しちゃうタイプの市井が認定した
のだから矢口が現実逃避しちゃうタイプなのはまず間違いないだろう。

89 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:20

「いや、別に現実逃避しちゃうタイプとかじゃないけど、そういうの絶対におかしいし」
「なにがおかしいのよ。ちゃんと説明しないとわからないでしょ?あたしはほら、現実逃避しちゃう
タイプじゃないから現実逃避しちゃうタイプの価値観に基づいた話とかよくわかんないのよ」
 保田がそう言った。多分現実逃避しちゃうタイプと言いたかっただけなのだろう。
「いや、別に現実逃避しちゃうタイプの価値観に基づいた話とかじゃないし。それにそう何度も何
度も現実逃避しちゃうタイプとか連呼されても困るし。すんごい無駄っていうか」
 オマエモナー。
「あ、そっか。確かに無駄かもしれないわね。スレッドの容量だって限りがあるんだし」
「いや、だからそういうスレッドとかさ、そういうのがおかしいって言ってんの!」
 矢口が唐突に沸騰し、保田の表情が固まった。
「ちょっとちょっと、そんなに興奮しなくてもいいでしょうが。冷静に話してみなさいよ」
「だからさ、これがうpされるとか連載とか、絶対おかしいじゃんか!ありえないセリフじゃんか!」
 少し前に自身「前回」なる言葉を口にしたことはありえるセリフらしい。
「なにがありえないのよ」
「だってまるでヲタがインターネットの悪口サイトでやってるネタとか小説とかみたいじゃん」
 その言葉に保田と市井が顔を見合わせ、不思議そうな表情で矢口を見た。
「まるでって、今さらなに言ってんの?」
 市井がそう言った。呆れ顔がこれほど似合う女性も珍しい。

90 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:20

「えっ?」
「わかってんじゃんか。ぶっちゃけこれネタだし。ネタにマジレスとかマジ笑えるんだけど」
 市井の不敵な笑みに矢口が茫然とした表情を浮かべた。
「う、うそだろ?そんな、だっていきなりネタでしたとかって、そんなのってありかよ……」
「ありよ」
 保田があっさりと断定した。
「マジで?」
「ありよ。ただ、ちょっと誤解してる部分があるわね」
「誤解?」
「いい?今あたしたちがやろうとしてること、そしてあたしたちがいるこの世界、これは現実よ。もち
ろん時空が乱れてるから通常の世界ってわけじゃないけど。一応は現実よ」
「でもさっきネタだって」
「そこね。つまり、このあたしたちの珍道中を誰かがインターネットに書き込んでるのよ。どうしてそ
んなことができるのかはわからないけど、神の目線であたしたちの一部始終を見てるのは間違い
ないわ」
「誰だよそれ……ありえないし、ありえたとしてもストーカーじゃんか……」
「ある意味正しいわ。あたしなんか昨日お風呂に入るとこを覗かれちゃったし」
「うわっ、それマジ?作者って結構物好きとか?」
 遠慮という言葉を知らない市井がそう言った。
「ちょっと紗耶香、それはないでしょ。あたしだって脱いだら結構凄いのよ?」
 そう言って保田がブラウスのボタンを外そうとした。
 それを市井と矢口が慌てて止める。たまには気が合うこともあるらしい。

91 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:21

「ま、まあ圭ちゃんが脱いだら凄いってのはおいらもよーく知ってるから。ね?ね?」
「う、うん。私も知ってるから。もう脱がなくても十分凄いって感じだし」
 呉越同舟の二人がおべんちゃらで保田の暴挙を食い止める。
「あら、そう?やっぱわかる人はわかるのよね。こういうのをストイックな魅力って言うのかしら?」
 ストイックは禁欲的、自律的という意味で用いられる言葉であり、ストイックな美しさ、というように
使われることもある。しかしストア派の哲学者ゼノンも、まさか自分たちを指す語がはるか彼方の
東洋の島国で、それも保田圭という一癖も二癖もある異色アイドルの魅力を形容する語にされると
は夢にも思わなかったことだろう。
「ま、まあそれはいいとして、えっとさ、話戻しちゃっていいかな?」
 矢口が恐る恐る尋ねた。
「あ、うん。私はいいと思うよ。戻しちゃって戻しちゃって」
 市井が即座に同意し、矢口は頭の中を戻して質問をぶつけた。
「じゃあさ、その、おいらたちのことが悪口サイトに書き込まれてるのがありだとして、その作者って
のがおいらたちを観察してるわけ?」
 それにストイックな魅力の保田が答える。かなり上機嫌だ。
「そうよ。今も多分どっかからあたしたちを見てるはずよ。そしてその一部始終はきっとネットにうp
されるはずね」

92 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:21

 その言葉に矢口が窓越しに左右の街並みを見回し、さらに後部座席に馬乗りになって後方を確
認した。
「どこ見たっていないわよ。さっき神の目線って言ったでしょ?」
「じゃあその作者ってのは神様なの?」
 その質問には市井が答えた。
「稀にあるんだよね。キャラクターを自在に動かす作者が神みたいに見なされることとか」
「そうなんだ」
「でもちょっと疑わしい点もあるのよ。例えば神様にしては文章は下手糞だし、描写は問題外だし。
それに根本的な問題として、作者が神なんじゃなくて読者こそが神だっていう意見もあるわ」
「へえ。じゃあさ、これもどっかにうpされて読者が読んでたりするってこと?」
「理解してきたようね」
「まあ読者なんていないんだけどね」
 そう言ったのは市井だ。ただし、読者に興味がないのかヲタが嫌いなのかはわからない。
 そろそろ市井を許してやろうかと狼で言われ続けて未だに許されていないことを踏まえると後者
が妥当かもしれない。市井とファンとの溝は今もなお深い。

93 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:21

「そんなことないわよ。レスだってついてるみたいだし、読者はいるわよ」
「てか長文が読めないような読者は読者じゃないし。根深いよねえ、ゆとり教育の弊害って」
「おめーさんもゆとり教育世代だろよ……」
 その矢口の一言に再びバトルが勃発した。
「なによ!やぐっちゃんだってゆとり教育世代のくせに!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさいって。ゆとり教育世代同士で罵り合うなんて情けないわよ」
 自分だけはそうではないと言いたげに保田がそう言った。
 ちなみに、ゆとり教育世代の定義は幾つかあるが、通常は円周率=3と習った世代のこととさ
れるから、「総合的な学習の時間」も「生活科」も経験したことのない三人はむしろ詰め込み教育
世代ということになる。ただし、詰め込み教育としては三人は三人とも失敗例であって、根深いの
は詰め込み教育の弊害のほうかもしれない。

94 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:21

「てかゆとり教育とかいう以前に読者とか別にどうでもいいし。勝手に読んでんじゃねーって感じ」
「ちょっと矢口!読者に向かってそんな口のきき方はないでしょが!」
「なんで怒るんだよ。だって読者とかおいらたちには関係ないじゃんか。作者が勝手にうpしてそれ
を勝手に読んでるだけだろ?ある意味気持ち悪いヲタクたちじゃんか!」
「矢口!それは言いすぎよ!」
 保田が人道上の見地から矢口を制止した。
「そうだよ。あたしもさ、長文読めないような読者は読者と認めないけどさ、でも周りに女っけが全
然なくて普段女性と会話を交わすこともなく唯一の方法としてアイドルに夢中になるしかないような
かわいそうな人たちに対して気持ち悪いヲタクたちなんて言いすぎだよ!」
 市井は意外とファン想いだったらしい。
「いや、おいらそこまで言ってないし……」
「とにかく、読者を軽蔑しちゃ駄目よ。確かになにもしてないのに汗かいてハアハア言ってるような
肥満体型とか逆にガリガリ色白のメガネ君とかロンゲの意味を勘違いしてるとしか思えない人とか
自分たちをハンサムとか言っちゃうお寒い集団とかが話題になるけど気持ち悪いヲタクたちだなん
て失礼よ!謝りなさい!ほら早く!ヲタクたちは気持ち悪くないですって謝んなさい!」
 その保田の熱意に打たれたのだろう、矢口が神妙な面持ちで口を開いた。
「ごめんなさい……ヲタクたちは気持ち悪くないです……」
 心にもないことを言うことに慣れているはずの矢口だったが、その目は泳いでいた。
「うん、それでいいわ。きっとヲタクたちも許してくれるはずよ」
 多分矢口は許されると思う。矢口は。

95 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:22

 雨足が強くなり、保田はワイパーの動きを高速にした。視界はかなり悪くなっていた。
「やっかいな天気になっちゃったわね。この分じゃ今日も解散した方がいいかもね」
「今日もかよ。せっかく仕事無断で休んでんのに全然冒険してねーじゃんか」
「じゃあ仕事行けば?」
 市井が冷たく言い放った。車内に再び緊張が走る。
「そりゃ行けるもんなら行くけどさ、でもおいらたちが戦わなきゃ、あいつら戻って来ないんだし」
 すでに忘れている人もいるだろうが、あいつらというのは現役のモーニング娘。のことである。
「別にいいよ、やぐっちゃん一人くらいいなくたって。どうせ役に立たないんだし」
「なんだよそれ、まるで自分は役に立つみたいな言い方じゃんか!」
「なによ、私はね、子供を預けてまで冒険に参加してんの。やぐっちゃんとは意気込みが違うし」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさいって。紗耶香にとって子供が大切なように、真里にとっては仕
事が大事なのよ。いいじゃないの、それで」
 人はなにを守るために生きているのか……。そしてなんのために旅立つのか……。
 それは人によって様々である。
 しかし、同じ一つの星を目指して進んだ時点で、どんな背景があろうと、どんな思いを胸にしてい
ようと、その人たちはすでに一つである。保田圭、矢口真里、市井紗耶香の三人もまた、どんなに
喧嘩しようと、どんなに仲違いしようと、冒険に参加した時点で一つであった。
「そうだよね。うん、おいらもそう思う。色々あるけど、おいらたち三人揃ってはじめておいらたちな
んだって」

96 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:22

 その矢口の言葉に市井も同意する。
「うん、私もそう思う。私もね、やぐっちゃんの気持ち、ほんとはわかってるから」
「ほんと?ほんとに?」
 矢口が身を乗り出した。
「うん。だって男に振られて仕事しか残されてないのに、その仕事を捨ててまで参加したわけだし。
だからやぐっちゃんが真剣なんだってのは最初から知ってたよ」
 一瞬の沈黙の後、予想通り矢口が吠えた。
「って、なんだよそれ!なんだよそれ!まるでおいらが男に振られたせいで仕事に打ち込んでるみ
たいじゃんか!」
「あれ、違ってた?」
「違うに決まってんだろ!」
「まあまあ、落ち着きなさいって。そんなに怒ってたらまるで図星みたいじゃないの」
「そうそう。それにさあ、元はと言えばやぐっちゃんが説明文にうなづいたりしたのがいけないんだ
し。笑えるよね。同じ星を目指して云々とか言われてその気になってやんの。さっきまでありえない
とか言ってたくせに、すっかりネタの中の登場人物って感じぢゃん」
 言われて自分でも気づいたのか、矢口は頬を最大限に膨らませたままなにも言い返さなかった。
「まあ、せっかく三人揃ったわけだし、真里が説明文に反応したのもわからないでもないわよ」
 保田がそう言って矢口をフォローした。

97 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:22

 と、その次の瞬間、三人の目の前に黒い影が走った。
「えっ?」
「なにっ?」
「うあっ!あ、あぶない!」
 矢口がそう叫んだ。それは車のほんの前に飛び込んでいた。
「け、圭ちゃん!」
ガンッ。
 ボンネットになにかがぶつかる音がした。衝撃で車が軽く揺れる。
「ひ、ひいいいい!」
 矢口がうづくまるように体を縮めて悲鳴をあげた。
 そして沈黙。ワイパーの音だけが車内に虚しく響く。
 三人ともすでになにが起きたのかは理解していた。
 矢口が恐る恐る首を伸ばし、後部座席から前方を見る。
 ボンネットの上、フロントガラスのすぐ前にそれはあった。
「ひ、ひいちゃったの?し、死んじゃったの?きゅ、救急車呼んだほうがいい?」
 動揺のあまり矢口の言葉は単調で、声は震えていた。

98 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:22

 が、その言葉に保田と市井は顔を見合わせ、そして笑いをこらえていた。
「ぷ、ぷぷぷ……」
「な、なんだよ!な、なに笑ってんだよ!だ、だって人が、人が……!」
「いや、まあ確かにめんどくさいことになっちゃったかもしんないけど」
「めんどくさいって、なに言ってんだよ!人をひいたんだよ!人を!早く助けないと!」
「確かにやっかいなことになっちゃったわね。まあ仕方ないけど」
「圭ちゃんまで!」
「てかさあ、やぐっちゃんまだわかんない?」
「なにがだよ!なにがわかんないんだよ!」
「圭ちゃんどうする?まだわかってないんだって」
「真里って意外と素直なのよね。素直というか騙されやすいというか」
「なんだよ!なんの話だよ!」
「あのさあ、ちょっと頭の中整理してみてよ。なにが起きてどうなったのか」
「なにがって事故だよ!そんでボンネットの上に人が!こんな話してる場合じゃないだろ!」
 その言葉に市井がため息をつきながら頭を左右に振った。
「まあさ、そりゃ普通はそう思うよねえ。でもさ、ほんとに事故だって断言できる?」
「なに言ってんだよ!今さらごまかしたってしょうがないだろ!実際に事故ってんだし!」
「紗耶香、もうさっさと教えてあげたほうがいいわよ」
 保田がそう言い、市井がうなづいた。

99 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:22

「なんだよ!どういうことだよ!」
「ぶっちゃけさ、この車、ずっと停車してたんだけど」
「へっ?」
「この車、最初から今までずっと停車してんの。つまり、走ってないの」
「走って……ない?」
「そ」
「だ、だって目の前に黒い影がって。車の前に飛び込んできたって」
「そそ。停まってる車にね」
「で、でもボンネットの上に……」
「そそ。ダイブしたわけ。自分からね」
「あーあ、へこんでなきゃいいけど」
 保田がボンネットの上の塊をいまいましそうに睨んだ。
「いや、じゃあさっきなんで二人とも叫んだわけ?」
「そりゃいきなり道路脇から人が飛び出てきてダイブしてきたら誰だって驚くぢゃんか」
「じゃ、じゃあめんどくさいとかやっかいとか言ってたのは?事故だからじゃないの?」
 それには保田が答えた。
「なに言ってんのよ。停まってる車にいきなりダイブするような人間なんかいないでしょが」
「そうそう。冒険してんだからすぐ敵だってわかんなきゃ」
「敵?て、てててて敵なの?」
「そうよ。もうすでにバトルシーンのBGMが流れてるわよ」
「で、でもでも、三人ともなにが起きたか理解していたとかって説明文に……」
「あたしと紗耶香はちゃんと理解してたわよ。ただあんただけは間違った理解してたみたいだけど」
「なんだよそれ、まるでおいらを騙すための説明みたいじゃんか!」
「わかってんぢゃん」
 その市井の言葉に矢口が歯ぎしりして、左右をキョロキョロと見た。
 多分自分をはめた神を探しているのだろうが、あいにく神はそんなところにはいない。

100 :名無し娘。:2006/07/21(金) 23:22

「さーて、それじゃ今日初めてのバトルね。紗耶香、スタンガン貸してくれる?」
「うん。じゃあ私は警棒っと。えっとやぐっちゃんはなにがいい?」
「別にいいよ。おいらはどうせ役に立たないんだしいいいいい」
 すっかり気分を害したらしい矢口がそう答えた。
「そんなことないよ。そりゃやぐっちゃん戦闘力は低いけど、でも二人で戦うより三人で戦ったほう
がなにかと有利だし」
「そうよ。それに戦闘に加わらないと経験値ももらえないわよ。ほら、そんなに膨れてないで、武器
くらい素直に受け取ったほうがいいわよ」
「ま、まあ圭ちゃんがそう言うならそうするけどさ……」
「じゃあはい、やぐっちゃんはキュウリね」
「へっ?キュ、キュウリ?」
「そそ。それ装備して。あとよだれかけもあげるから。はい」
 矢口はキュウリとよだれかけを受け取った。その目にはなぜだか涙がこみあげていた。
「さーて、じゃあさっそく始めるわよ」
 そう言って保田が車を降り、同時に市井も車を降りた。そしてボンネットの敵を左右から挟む。
 だが、その敵は並みの敵ではなかった。
 キュウリに向かって愚痴をこぼしていた矢口が目を前に戻したときには、保田は口から血をは
き、そして市井は地面にうづくまって視界から姿を消していた。
「ま、まじかよ!」

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