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私の中のモーニング娘。

1 :誉ヲタ ◆buK1GCRkrc :2007/06/30(土) 21:13 ID:1/HtvWqQ
新人です。遅筆ですが頑張ります。
目標とする人はピスタチオの作者さんです。

58 :第三章:2007/07/09(月) 00:08 ID:G991NqNA

今日もロケは滞りなく進む。
れいなは頼りなくも台本の通りに喋るべきことを喋る。
あたしらも同じように動くべき通りに動く。
そして何事もなくロケは終わりスタッフは撤収の準備にかかる。
いつの間にか雨は上がり空は晴れ渡っていた。

こういうことが「仕事」っていうんだろうか。
働く人達は皆、今のあたしが抱えているような思いを抱えているのだろうか。
そうかもしれない。
でもあたしたちはそれを受け入れちゃいけないような気がする。
だってあたしたちは―――あたしたちは―――
ああ。



こんな時

あの人ならどうするだろう

あの頃の

あたしの中のモーニング娘。なら――――

59 :第三章:2007/07/09(月) 00:08 ID:G991NqNA

☆ ☆ ☆

60 :第三章:2007/07/09(月) 00:09 ID:G991NqNA

☆ ☆

61 :第三章:2007/07/09(月) 00:09 ID:G991NqNA



62 :第三章:2007/07/09(月) 00:09 ID:G991NqNA

ステージに幕が下り華やかな舞台はその灯火を消す。
まだざわついている客席の声は舞台裏まで微かに届く。
いつもと違う雰囲気。
それは新垣にもわかっていた。
初めて上がったステージだったけど
それがいつもとは違う雰囲気だってことはわかっていた。

汗を拭い、普段のような素の表情に戻る先輩達をよそに
新垣の顔にはまだ固く笑顔が張り付いていた。
取れない。
いや。取っちゃいけない。
笑うんだ。あたし。笑うんだ。
そんな呪文を心の中で唱えながら新垣はタオルで顔を覆う。

63 :第三章:2007/07/09(月) 00:10 ID:G991NqNA

「新垣」

「は、はい」

「大丈夫?」

「え、あ、はい。大丈夫です」

「疲れたっしょ。全部初めてのことだし」

「いえ。全然。大丈夫です」

「これで新垣も今日からモーニング娘。だね」

「本当に?」

「うん」

「本当にそれでいいんですか?」

「あははははは。いいもなにも。上の人が決めたことじゃん」

「そういう意味ですか・・・・・・」

「なーに期待してんの。そういう意味に決まってるじゃん!」

「でも・・・・・」

「でももなにもないっしょ!決められたんだからやるしなかいって!」

64 :第三章:2007/07/09(月) 00:11 ID:G991NqNA

そう言いながら安倍は能天気な顔で笑う。
安倍の笑顔は新垣がよく知っている安倍なつみの顔そのままだった。
安倍は新垣の両頬をつまんで左右に引っ張る。
どうしていいのかわからない新垣はされるがままになる。

そんな安倍を見た他のメンバーは
あー、なっちが新垣いじめてるー、などとはやし立てる。
新垣の心に不意に温かな思いが満ちるが
そんなセンチメンタルな感情は新垣の鼻の穴に突っ込まれた
安倍の人差し指によって遮断される。

痛い
安倍さん痛いっす

65 :第三章:2007/07/09(月) 00:12 ID:G991NqNA

「あはははは」

「安倍さん。あの」

「泣きたければ泣けばいいじゃん」

「でも」

「無理に笑うことないよ」

「あたし安倍さんの笑顔が好きなんです」

「あははははは」

「だからあたしも」

「あんた真面目な顔で何言ってんの。ほれほれほれ」


そう言いながら安倍はさらに奥深く人差し指を突き立てる。
新垣は大粒の涙を流しながらも安倍に挑みかかるように笑う。

66 :第三章:2007/07/09(月) 00:12 ID:G991NqNA



67 :第三章:2007/07/09(月) 00:13 ID:G991NqNA

☆ ☆

68 :第三章:2007/07/09(月) 00:13 ID:G991NqNA

☆ ☆ ☆

69 :第三章:2007/07/09(月) 00:15 ID:G991NqNA

「れいな!れいな!」

「なーに、ガキさん」

「あんたじゃないよ」

「別にええやん。一緒に帰ろ」

「れいな!れいなどこ?」

「あれ?そういえばどこにおるんやろね?」

「何言ってるんだお前ら。田中ならさっき挨拶して帰っただろ」

「えー!本当ですか」

「ちょっとは気付けよ。お前らはいっつもそんなんだな」



機材の横にはれいなの置き忘れた傘。
空はいつものれいなの笑顔のように爽やかに透き通っていた。

70 :第三章:2007/07/09(月) 00:15 ID:G991NqNA
第三章 終わり

71 :名無し娘。:2007/07/09(月) 01:30 ID:SexaZBjk
どうなるのこれから

72 :名無し娘。:2007/07/09(月) 21:27 ID:AyaPr8kY
なちまめ好きや〜

73 :名無し娘。:2007/07/14(土) 19:30 ID:CbVwhg7Y



74 :第四章:2007/07/14(土) 19:31 ID:CbVwhg7Y

ハロモニ@のロケには準備らしい準備もない。
ただいつもの衣装に着替えて用意するだけだ。
台本らしい台本もないから打ち合わせみたいなものもかなり短い。
今日もまた耳としっぽをつけて撮影までの暇な時間を持て余していると
不意に携帯が震えて一通のメールが入ったことを知らせる。

仕事用に高めたテンションが少し下がる。
ああ。
そういえばハロモニ王国の動物達も携帯持ってたなあ。
あれで国王に呼び出しされているっていう設定だったっけ。うん。
そんなことをぼんやりと思いながらあたしは携帯を開く。

メールの主は光井ちゃんだった。
あれ?
あたしの新しいメールアドレスは教えてないはずなのに。
誰が光井ちゃんに教えたんだろ。

75 :第四章:2007/07/14(土) 19:31 ID:CbVwhg7Y

今日もロケの始まりは5人だった。
最近では小春と光井ちゃんが遅れてくるのが定番になっている。
なんだかこの5人だけでいいような気がする。
だって世間的には5人も7人も大して変わりないじゃん。
だったら気持ちよく仕事できるメンバーだけでいたいよ。

あれ?
あたしは7人より5人の方が気持ちいいのか?
この4人と一緒が気持ち良い?
あたしは右から亀井道重高橋田中と顔をながめる。
選ばれた4人というよりは残り物の4人。
あたしだって間違いなくそうだ。
残り物クイーン新垣だ。

小春と光井ちゃんは選ばれるのだろうか
それとも残り物になるのだろうか

76 :第四章:2007/07/14(土) 19:31 ID:CbVwhg7Y

ロケも中盤に差し掛かり、小春と光井ちゃんが合流する。
相変わらずテンションの高い二人だけれど、
きっと二人だけのときの方がもっともっとテンション高いんだろな。


「新垣さん」

「はい」

「さっきの店、行ったことあるって本当なんですか?」

「え?なんで?」

「なんか言ってることが違ってたような・・・・・」

「ああ。だってうそだもん」

「え〜」

「雑誌で見たことあるだけ」

「大丈夫なんですか?テレビでそんなこと言って」

「え?ああ。まあ、死にはしない」

77 :第四章:2007/07/14(土) 19:31 ID:CbVwhg7Y

あたしはからみついてくる光井を軽くあしらいながら考える。
光井ちゃんにアドレス教えたのは誰だろう。
高橋愛?亀井絵里?道重さゆみ?田中れいな?
うーん。
それとも藤本美貴?吉澤ひとみ?それとも。それとも他の。
どれもしっくりこない。

あたしはメールアドレスを変えるたびに
お知らせメールを出す相手を頭の中でリストアップする。
そのリストには小春とか光井ちゃんは入っていなかった。
自分が冷たい先輩だとは思わない。

「新しいメールアドレス教えてください」

その一言があればすぐにでも教えてあげるつもりだった。
リストに加えるつもりだった。
だけど小春と光井ちゃんからそういう言葉をかけてもらったことはなかった。
ただの一度も。

78 :第四章:2007/07/14(土) 19:31 ID:CbVwhg7Y

あたしの心の中ですでに分類を終えた小春はともかく。
光井ちゃんがあたしのことをどう思っているかはよくわからない。
あたしが光井ちゃんのことをどう思っているかもよくわからない。

小春と仲良くしてるけどそれはきっと歳が近いからだと思う。
二人は同期メンバーみたいなものだし。
本当に仲の良いメンバーを作るのはこれからかもしれない。
でも一回小春と仲良くなっちゃうと難しいだろうな。
あたしだって気がつけばずっと高橋と一緒にいるし。

でもカメと仲良くなったように
何かのきっかけで光井ちゃんとも仲良く?なれるかもしれない。
仲良く?なんか違和感あるねー。
やっぱりあたしは光井ちゃんにとって先輩でしかないんだろうか。

あたしは小春が少し離れた時を狙って光井ちゃんに訊ねる。

79 :第四章:2007/07/14(土) 19:31 ID:CbVwhg7Y

「ねー、光井ちゃーん」

「なんですか新垣さん」

「さっきのメールのことなんだけどー」

「メール?」

「誰にあたしのアドレス聞いたの?」

「あのー、新垣さん」

「はい」

「今はまだ収録中ですけど」


まあ。
憎たらしい。

80 :第四章:2007/07/14(土) 19:32 ID:CbVwhg7Y

あたしは収録が終わってから聞こうかと思ったけどやめた。
もうそんなんどうでもいいや。
メールしたければすればいいさ。
返事がほしいならいくらでも返してやるさ。先輩としてさ。新垣里沙としてさ。

収録は続く。
さっきのあたしとの言葉など全く意に介さないかのように
同じようにカメラの前であたしに甘えてくる光井。
年齢の割にはしっかりしているこの性格。
可愛くないと言ったら嘘になる。
この子は意外とあたしのことが好きなのかもしれない。

でも
でも
でも
あたしはどうしていいのかわからない
先輩としてこの子に何をしてあげればいいのか



こんな時

あの人ならどうするだろう

あの頃の

あたしの中のモーニング娘。なら――――

81 :第四章:2007/07/14(土) 19:32 ID:CbVwhg7Y

☆ ☆ ☆

82 :第四章:2007/07/14(土) 19:32 ID:CbVwhg7Y



83 :第四章:2007/07/14(土) 19:32 ID:CbVwhg7Y

「加護さん何してるんですか?」

「なんでもない」

「加護さん今何隠したんですか?」

「あいぼんでいいよ」

「加護さんは加護さんですよ」

「同じ歳じゃん」

「加護さんが一個上です」

「同じ年生まれじゃん」

「加護さんが一歳上です」

「あいぼんでいいよ」

「加護さんは先輩ですから」

「でもあいぼんでいいよ」

「ありがとうございます、加護さん」

「わざと言ってる!!」

84 :第四章:2007/07/14(土) 19:32 ID:CbVwhg7Y

勿論わざと言ってるわけではなかったが
加護の笑顔を見ているともっともっと加護さん加護さんと新垣は言いたくなる。

その時部屋に辻が入ってくる。
辻は新垣のように遠慮することなく加護が後ろ手に持っていたものを奪い取る。
丁寧にラッピングされた何かを挟みながら二人は賑やかに騒ぎあう。

うわあああ
まさにあいぼんとのんちゃんだああああ
なんかいちゃついてるうううううう
本物だあああああ

二人を止めることなく見とれている新垣の後ろから後藤が部屋に入ってくる。

85 :第四章:2007/07/14(土) 19:32 ID:CbVwhg7Y

「なにしてんの?」

「あー、ごっちん!これ!」

「なにこれ」

「辻からの誕生日プレゼント」

「マジ?超嬉しい」

「ちょっと!それあたしのじゃん!」

「はあ?」

「これはあたしからの誕生日プレゼント!」

「違うもんねー、辻からのだもんねー」

「なになに?これあいぼんからなの?」

「そうだよ!」

「違うもんねー、辻からのだもんねー」

「どういうことよ?」

86 :第四章:2007/07/14(土) 19:33 ID:CbVwhg7Y

後藤は説明を求めるように新垣の方を向く。
新垣は正直にその場で起こったことを説明する。
加護は勝ち誇ったような表情で辻に後ろから抱きつく。
だが辻も悪びれることなく後藤に笑顔を向ける。



「ありがと。あいぼん」

「えへへへへ」

「で、つーじーのプレゼントは?」

「それ」

「だからこれはあいぼんのでしょ」

「だってー」

「あー、ふつー忘れるかなー、ごとーの誕生日を」

「新垣だって忘れてるじゃん」

「す、すいません」

「いいよいいよ。新垣は入ったばっかだもんね。辻と違って」

「ごっちんひでー、ごっちんがいじめるー」

87 :第四章:2007/07/14(土) 19:33 ID:CbVwhg7Y

ごっちんがいじめるー、と言いながら辻は新垣のお下げ髪を引っ張る。
のんがいじめてるー、と言いながら加護は新垣のもう一方の髪を引っ張る。

新垣は右の加護を見たり左の辻を見たりしながら
その場でどうしたらいいかわからずにまごつく。
後藤は目線を送るだけで加護と辻を操り、二人から新垣を解放する。
加護は後藤に抱きつきながら辻と新垣に向かって
「しっしっ、あっち行け!」とニンマリと笑いながら手を振る。
辻は辻で「ごっちんの誕生日忘れた軍団だ」とか言いながら新垣に抱きつく。

部屋の隅に置いてある新垣の鞄の中には、
行きがかり上、持ってきたとは言えなかった
後藤真希16歳の誕生日のプレゼントが静かに眠っていた。

88 :第四章:2007/07/14(土) 19:33 ID:CbVwhg7Y



89 :第四章:2007/07/14(土) 19:33 ID:CbVwhg7Y

☆ ☆ ☆

90 :第四章:2007/07/14(土) 19:33 ID:CbVwhg7Y

あたしは光井ちゃんの髪を握ってぐいっと引っ張る。
光井ちゃんはあたしが予想していた通りのリアクションを見せる。
でもそんな光井ちゃんとあたしを見ているメンバーは誰もいなかった。

あたしは昔のあたしと同じように
何をしていいのかわからず
ただ困っている光井ちゃんを目の前にして戸惑っているだけだった。

91 :第四章:2007/07/14(土) 19:33 ID:CbVwhg7Y
第四章 終わり

92 :名無し娘。:2007/07/15(日) 00:36 ID:6Z0a/pOg
せつないね

93 :名無し娘。:2007/07/18(水) 20:42 ID:ncaH8K5k



94 :第五章:2007/07/18(水) 20:43 ID:ncaH8K5k

あたしは眠っている
あたしは夢を見ている
夢の中で、これは夢なんだと気付いている
もうすぐこの夢が覚めることも知っている


目が覚めた
準備をして仕事に出かける
いつものメンバーといつものスタッフに挨拶する
仕事が始まる
そこで目が覚める
あたしの体は温かい布団の中


ああ、これも夢だったんだ・・・・・・

95 :第五章:2007/07/18(水) 20:43 ID:ncaH8K5k

あたしは細い腰に巻きつけたベルトをきゅっと締める。
これは夢ではなく現実でのお話。
高橋がいてカメがいてさゆがいてれいながいて。
そして小春と光井ちゃんがいて。
いつものようなあたしの日常。
そしていつものように楽しげな雰囲気を振り撒いてロケが始まる。

今日はなぜかカメはれいなと一緒にいるときが多い。
なぜだ。よくわからん。仲が良いのか。まさかね。
さゆは割り込むようにあたしと高橋の間に入り込んでくる。
ぷにぷにした肉厚のさゆの背中。つつきたい。
なんだかさゆの周りだけ2℃ほど温度が高いように感じる。
本人に向かってそう言ったら、さゆは怒るだろうか。

はしゃぐさゆの肘が、がしがしあたしの頬に当たってくる。
痛いってば。あんたが思ってるより痛いから。
ごめーんと明るい表情でさゆは謝る。
上から目線で。
なんかむかつく。
この子は今もまだ背が高くなっているような気がするよ。

96 :第五章:2007/07/18(水) 20:43 ID:ncaH8K5k

「ガキさーん。そんな顔しないでくださいよ」

「さゆ、近いよ。近いってば。も少し離れてよ」

「なに?やだー、ガキさん照れてるの?」

「そんなわけないじゃん」

「怒ったガキさんも可愛いですね。さゆのこと好きなくせに。」

「道重さんは可愛くないね。全然ダメ」

「目が腐ってんじゃないですか?」

「なにそれ」

「今、流行ってるんですよ。巷で」

「噂の?」

「そうです。巷で流行ってるんですこれ」

「腐ってるとかやめてよ」

「まあ、テレビじゃ使えないですね」

97 :第五章:2007/07/18(水) 20:43 ID:ncaH8K5k

さゆは高橋と違って思っていることが素直に表情に出る。
腐ってるとか言いながらもその表情は明るい。
あたしはこの子に好かれている自信がある。
ていうかこの子はきっとメンバー全員のことが好きなんだろうな。
あたしなんかよりもよっぽどモーニング娘。のことが好きに違いない。

あたしはあたしで娘。に対する思いがあるんだけど、
当然さゆにはさゆなりの思いがあるのだろう。
恵まれた環境にあるとは言えない今のモーニング娘。だったけど、
さゆはそんな中でも目一杯今の娘。を楽しんでいるように見えた。
この子は見た目以上にタフ。いつも感心させられる。
さゆだったらどんな過酷な環境でも生きていけるような気がする。

この子には悩みとかないんだろうか。
少なくともあたしには見えない。
本当にあたしの目は腐っているんだろうか。

98 :第五章:2007/07/18(水) 20:43 ID:ncaH8K5k

「ガキさん元気ないね」

「うそぉ。あたしは超元気だよ」

「もっとテンション上げていきましょうよ」

「あんたみたいには無理だよ」

「無理じゃないよ」

「れいなとかに言ってあげなよ」

「あたしはガキさんに言ってるの」

「だからあたしは元気だから!」

「あー、そうじゃないそうじゃない」

「なにが?」

「だってガキさん、全然楽しそうじゃないよ」

99 :第五章:2007/07/18(水) 20:43 ID:ncaH8K5k

楽しめないっつーの

という言葉をあたしは飲み込む。
楽しくないのに楽しい振りをするのは得意中の得意だったはずなのに。
ガキさんが楽しくないならさゆも楽しくないなー
などといけしゃあしゃあと言うさゆの顔を、あたしは見つめる。
すっごい楽しそうな顔してるじゃん。あんたすぐに顔に出るね。

あたしは一つ深くため息をつく。
誰かに何かを求める前に、あたしがちゃんとしなければならない。
後輩に頑張れと言う前に、あたしが頑張らなくちゃいけない。
何かをしてもらう前に、何かをしなければならない。
それはわかってる。でもあたしにはそれができない。
後輩のために何かをしてあげるなんてできそうもない。
もう遅い。もう遅いんだよきっと。

でも
でも
でも


こんな時

あの人ならどうするだろう

あの頃の

あたしの中のモーニング娘。なら――――

100 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k



101 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

広い舞台の上で一人の少女が歌っている。
自信なさげに歌うその声は、どことなくぎこちない。
メロディに乗ることなく外れていくその歌声は徐々に小さくなり、
やがて申し訳なさそうにその場から消えていく。

全ての機材が止められ、また最初からやり直される。
舞台に上がることはない多くの人間の目が、
舞台の上にいる少女の振る舞いを見つめている。
少女はそれに気付いているのかいないのか、再び歌いだす。

律儀にもさっきと全く同じような歌を少女は歌い―――
やがてまた全ての機材が動きを止める。
これでいったい何回目になるんだろう。
舞台上の少女を見つめる新垣は暗鬱な気持ちになっている。

102 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

「つーじー、おめー何度間違うんだよ!」

「えー、だってあんな長いの覚えらんないよ」

「先生めちゃくちゃ怒ってたぞ」

「無理。辻には無理」

「無理じゃねーよ。さっさと覚えちまいなよ」

「めんどくせー」

「お前マジで一回殴るぞ」


新垣は台本を抱えながら辻と吉澤のやりとりを見つめる。
言葉ほど過激な雰囲気ではなかったが、
それでも吉澤が半ば本気で辻を叱っていることはわかる。
その場にいた他のメンバーも吉澤の言葉に口を挟もうとはしない。
辻はそんな雰囲気を不愉快だと感じているようだった。

103 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

新垣はその場の空気から逃れるようにして部屋から出る。
階段の踊り場に腰掛けて自分の台本を開く。
新垣が担当する歌や台詞は辻よりもずっと少ないものではあったが、
それでも新垣は既にそれらを完全に暗記していた。

きっと紺野や小川や高橋といった―――
同期の子らも完璧に覚えてきているだろう。完璧じゃないはずがない。
新垣らにとってそれから逃れることは恐怖だった。
どこにも逃げることは許されなかった。
逃げたとしたらその後どうなるか―――
そんなことは怖すぎてとても想像することはできなかった。

辻さんはいいな。
きっとどこへ逃げても許されるんだろうな。
きっと誰かが追いかけてきてくれて、連れ戻してくれるんだろな。

嫉妬にも似た感情が新垣の心に湧き上るが、それはあまり不快ではなかった。
なぜなら他の誰かが辻のことを追いかけなかったら、
きっと自分が真っ先に辻のことを追いかけて行っただろうから。
新垣にはそのことがよくわかっていた。

104 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

「まめちゃーん」

「あ、辻さん」

「はぁ。疲れたよ。みんなギャアギャアうるさいし」

「頑張ってください。みんな期待してるんですよ」

「まめちゃんはもう覚えたの?」

「はあ。なんとか」

「いいよなー、新人は台詞少なくて。ミスってもみんな優しくて」

「あたしは辻さんが羨ましいです。辻さんみたいになりたいです」

「じゃあ替わろうっか?あたしが嫌な仕事の時だけ」

「辻さーん・・・・・」

「なーんちゃって。冗談だよ、冗談」

「辻さん、目がマジですよ」

105 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

話しているうちに辻の表情はどんどん明るくなる。
まるで叱られたことなどすっかり忘れてしまったかのように。
実際、完全に忘れてしまったのかもしれない。
いつの間にか励ます役は新垣から辻へと替わる。
舞台なんて始まっちゃえばこっちのもんだよー
などと辻はベテラン女優かのような言葉を吐くまでになる。

辻さん元気だなー、ポジティブだなーなどと思いながらも、
新垣は時間の方が気になってくる。
もうあまり時間は残されていない。
辻さん、練習しなくて大丈夫なんだろうか?

明日に迫った本番を前にしても辻にはプレッシャーなどないのだろうか?

106 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

舞台初日の幕が下りる。
案の定、辻は何箇所か細かいミスをしていた。
それでも破綻なく乗り切ったのはさすがと言うべきなのだろうか。


「辻さん、なんとか無事に終わりましたね!」

「あー、だから言ったでしょ?なんとかなるもんだってさ」

「あたしもとちっちゃいました。練習では完璧だったのに」

「まだまだ練習が足りないってことよ」

「あー、辻さんに言われたくないなー」

「のんは影で努力してたもん。みんなの見てないところで」

「本当ですか?」

「もちろん!マジよ!大マジよ!!」


いたずらっ子のような表情でそう言う辻を後ろから吉澤が蹴っ飛ばす。
辻の額から流れていた大粒の汗が飛び散り新垣の顔を濡らす。
辻が反撃するよりもはるかに早く石川の蹴りが辻のお尻に飛ぶ。
その次に伸びてきた足は保田のものか安倍のものか―――
よくわからないまま新垣は辻もろともメンバーにもみくちゃにされる。

107 :第五章:2007/07/18(水) 20:45 ID:ncaH8K5k



108 :第五章:2007/07/18(水) 20:45 ID:ncaH8K5k

「ねえ、さゆ。一つ聞いていい?」

「なんですか?」

「もしあたしがここから逃げ出したら―――追いかけてくれる?」

「ええ!!なんですかそれ」

「仕事とか全部ほったらかして逃げ出したとしたら」

「そんなにこの仕事が楽しくないですか?」

「いやまあ楽しいけどさ」

「大丈夫。ちゃんと追いかけますよー。地獄の果てまでも」

「そこまでは逃げないけどさ」

「ガキさんは追いかけてくれます?」

「え?」

「さゆが逃げたら。追いかけてくれますか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「地獄の果てまでも」

「もちろん追いかけるよ。地獄の果てまでもね」


たとえ辻さんとは違った理由でも。
追いかけなきゃいけないんだ。
あたしはあたし自身に言い聞かせるようにして、心の中でつぶやく。

109 :第五章:2007/07/18(水) 20:46 ID:ncaH8K5k
第五章 終わり

110 :名無し娘。:2007/07/19(木) 12:55 ID:EKpl/Tjk
いいねえ

111 :名無し娘。:2007/07/23(月) 19:53 ID:uL8/7sEQ



112 :第六章:2007/07/23(月) 19:54 ID:uL8/7sEQ

「ふう。終わっちゃったね」

「え?何が?」

「今日のロケが」


ほんのちょびっと女の子らしさを忍ばせた仕草でカメがつぶやく。
その言葉の意味はよくわからない。
でもこの子は時々こういうことを言う。

そして空ろな眼差し。開いた口。
だからといってこの子が落ち込んでいるとは限らない。
だってこの子はいつもこういう表情を見せているから。
この表情が何を意味しているのかはいまだによくわからない。

でもきっと何らかの意味があると思うんだ。
たとえ彼女自身が―――意識していないとしても。

113 :第六章:2007/07/23(月) 19:54 ID:uL8/7sEQ

スタッフさんたちはバタバタと片づけをしているが、
あたしらは衣装さえ着替えてしまえば何もすることはない。
あとはただ家に帰るだけ。今日はもう仕事ないし。


「あー、今日はもうちょっと歩きたかったなー」

「もう行く場所なんてないでしょ。何言ってんの」

「店なんて突撃取材でいいじゃん!」

「これ一応テレビなんですけど」

「いいじゃん!いいじゃん!もう一軒行こう!」


何の前触れもなくテンションが上がったカメの
相手をするメンバーはあたしを除いて誰もいない。
あたしの右腕にぶらさがってくる重い身体。
これってこの後プライベートでどっか行こうっていうお誘いなのかな。
それならそうと素直にそう言えばいいのに。

114 :第六章:2007/07/23(月) 19:54 ID:uL8/7sEQ

「カメさ、昨日も一緒にご飯食べたじゃん」

「え?なにが?」

「一緒にいたじゃん。みんなとも」

「そうじゃなくてー、ロケがしたいの」

「あんたそんなに仕事熱心だったっけ?」

「仕事とかそんなんじゃなくてー、ロケがしたいの」

「ロケは仕事じゃん」

「ガキさん冷たい」

「カメさん意味わかんない」

「なんかもったいないんですよ。時間が」

「時間が?」

「みんなといない時間が。もったいなくない?」

「あんたそんなにみんなのこと好きだったっけ?」

「あー、ひどーい。好きだもん。超好きだから」

「あんた時々急にそういうこと言うよね」

115 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

カメは他のメンバーに比べて、
自己中心的なところがないから一緒にいてもあまり疲れない。
でも時々こうやって他人に甘えてくるところがある。
そういう所が可愛いと思う反面、これはこれで疲れる。
あ。つまりあたしは誰といても疲れるということか。


「ガキさん、絵里だっていつかは卒業するんですよ?」

「おっと。いきなり大きく出たね」

「そしてらガキさんはもう絵里とは仕事できないんですよ?」

「まー、そうなるよね」

「もったいなくないですか?」

「おほほほほ。言うねー」

「その時になって泣いたって遅いんだから」


カメはカメなりに色々考えているんだろうか。
でもカメより先にあたしが卒業するという可能性は全く考えてないんだね。
その辺りの詰めの甘さがカメらしいといえばカメらしい。

あたしはカメの目を真っ直ぐに見る。
カメは照れたように視線を逸らす。
まあそうだよね。逸らすよね。あまり直視するようなものじゃないもんね。

116 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

もういいですと言ってカメはまた空ろな表情をする。開いた口。
もしかしたらこの状況は―――
あたしが思っているよりもずっとシリアスな状況なのかもしれない。
でもあたしはカメの言ったことを熟考する勇気はない。

あたしだってカメだっていつかは卒業する。
それはわかってる。わかってるけど―――
カメの目を見るように、その事実を直視することはあたしにはできない。
そう。あたしには無理だ。あたしにはできない。


でも
でも
でも

こんな時

あたしの中のモーニング娘。なら――――

117 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ



118 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

「新垣じゃん。なにしてんの」

「あ・・・飯田さん。あの。その」

「なんで部屋に入らないの?」

「だって・・・・・今はちょっと」


そう言いながらもずっと部屋の中を見続けている新垣の背後から
飯田は部屋の中を覗きこむ。
飯田は新垣の頭の上に顎を乗せる。
新垣の低い背中が飯田の胸に当たる。
とくんとくんという飯田の鼓動が新垣には聞こえるような気がした。
飯田の心拍数は部屋の中の光景を見て一気に跳ね上がる。
後ろから抱きかかえられた新垣は一歩も動けない。
ただ黙って飯田の言葉を待っている。

どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
こういう時に「まるで一時間くらに感じられた」などと言うことがあるが、
新垣は実際に一時間くらい飯田と二人でそこにいたような気がしていた。

119 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

部屋の中には安倍と後藤がいた。
二人で何かを話しているようだが、声までは聞こえてこない。
だが飯田はそんな二人をじっと見ている。
瞬きもせずにじっと。
比喩表現ではない。飯田は本当に瞬きをしていなかった。
極限まで目を見開いていた。
人間の当然の生理反応として、飯田の瞼からは大粒の涙がこぼれる。

新垣はそれを雰囲気で察していた。
飯田が泣いているのは、目が痛いからという理由だけではないだろう。
きっと違う。新垣は確信していた。理屈ではなく心で。
だがその理由がなんであるかは新垣にはわからなかった。

新垣はずっとこのままでいたいような気持ちになってくる。
ずっと安倍と後藤を見ていたいのか。
それとも飯田にずっと抱きしめられていたいのか。
新垣にはどっちでもよかった。
ただ漠然とこのまま時間が止まればいいなと思っていた。

120 :第六章:2007/07/23(月) 19:56 ID:uL8/7sEQ

だがそのまま時間が止まるなんてことはあるけもなく、
やがて飯田と新垣は部屋の前から離れる。
新垣と飯田の考えていることは全然違っていたが、
部屋に入るべきではないという考えだけは一致していた。


「飯田さん・・・・・あれ。やっぱり。その」

「まあ、さっき言われたばっかりだもんね。ごっちんも」

「後藤さんの・・・・・・」

「だろうね。卒業のことだろうね」

「飯田さんにはわかりますか?」

「なにが?」

「安倍さんと後藤さんが何を話しているのか」

「さあ。わかんないよ全然」

「飯田さんは行かなくてよかったんですか?」

「邪魔しちゃ悪いじゃん」

「でも・・・・・・」

「いいの。いいの」

121 :第六章:2007/07/23(月) 19:56 ID:uL8/7sEQ

赤い目をこすりながら素っ気無い口調で話す飯田を
新垣は少し不思議な気持ちで見つめていた。
新垣には、安倍よりも飯田の方が
後藤と話したいことがたくさんあるのではないかと思えた。

確かに後でも話すことはできるけれど、
なぜか今、後藤と話すべきなのは飯田の方ではないかと思えた。
新垣は後藤も安倍も飯田も好きだった。
安倍と話す後藤も好きだったし、飯田と話す後藤も好きだった。

後藤が卒業してしまえばそんな当たり前の光景も見られなくなる。
だがまだそんな実感は湧いてこなかった。
新垣は後藤の卒業について思うことを全て飯田に話す。
飯田の視線は空ろに宙を舞っていたけれど、
新垣には自分の言葉が飯田の胸にちゃんと届いているという確信があった。

122 :第六章:2007/07/23(月) 19:56 ID:uL8/7sEQ

「ふふふふふ」

「飯田さん?」

「ああ、ゴメン。つい」

「おかしいですか?」

「いや、ゴメン。新垣もちゃんと考えてるんだなあって」

「飯田さんほどじゃないと思いますけど」

「いや、あたしね。全然考えてなかったよ」

「え?」

「ごっちんが卒業するなんてね。今のメンバーが卒業するなんてね」

「・・・・・・・・・・・・」

「全然考えてなかった。バカだなあ。ずっと一緒だ思ってたよ」

「あたしもそう思っ」

「なっちがごっちんと話してたじゃん」

「はい」

「あたし。何もないな。ごっちんに何て言っていいかわかんないよ」

「そんなことないと思います!」

「ゴメン。ホントに何にも浮かばないんだ」

123 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ

「新垣はモーニング娘。が好きだよね?」

「はい」

「ごっちんがいなくなっても?」

「・・・・・・はい」

「あたしがいなくなっても?」

「すみません・・・・・・飯田さんがいなくなっても・・・・好きだと思います」

「なっちや圭ちゃんや辻や加護がいなくなっても?」

「・・・・・・・・・・・・・多分」

「矢口や吉澤や石川や・・・・・みーんないなくなっても?」

「それは・・・・・・」

「モーニング娘。って何なんだろうね?」

「・・・・・・・・・・・・」

「卒業してほしくないよ。おめでとうなんて言えないよ」

124 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ

「あたしもいつかは卒業するのかな?しないよね?あり得ないよね?」

「・・・・・・・・・わかりません」

「もしもその時が来たら―――新垣はおめでとうって言ってくれる?」

「言います。飯田さんが喜んでくれるのなら」

「喜ばないよ」

「じゃあ言いません」

「絶対に?」

「絶対に言いません」

「誓う?」

「誓います」

「本当に?」

「本当に」

「世界中のみんなが『おめでとう』って言っても?」

「新垣は言いません」

「ごっちんとなっちがさあ」

「?」

「今こんなことを話してるとしたら面白いよね」

125 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ



126 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ

「カメ。ほら、しゃんとしなよ。元気出して」

「もう疲れました。ハロモニのロケ嫌い」

「さっきと言ってることが全然違うから」

「もー、やめやめ。」

「さっきの話だけどさ。もしもカメの卒業が決まったらさー」

「決まったら?」

「あたしは『卒業おめでとう!』とは言ってあげないから」

「えー!なにそれ!ひどーい!!」

「言ってほしいの?」

「当たり前じゃないですか!」


たった一つの言葉でガラリと表情を変えるカメを見ながらあたしは考える。
あたし自身はどうなのか。言ってほしいのか、言ってほしくないのか。
その瞬間がやってきたときに―――
飯田さんやカメのように迷わず答えることができるのだろうか。

127 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ
第六章 終わり

128 :名無し娘。:2007/07/24(火) 11:48 ID:25Atb1nE
いいらさーん(泣

129 :名無し娘。:2007/08/07(火) 19:48 ID:5S8T.Xvk



130 :第七章:2007/08/07(火) 19:48 ID:5S8T.Xvk

起きようかもう一眠りしようか迷っているうちに
あたしはさっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。
ほんの数秒前のことなのに。
他のことなら数秒前のことなんて忘れるわけがないのに、
なぜか夢の内容というものは
覚えておこうと強く意識していないとすぐに忘れてしまう。

忘れ去ったものはなかったことになるのだろうか。
最初からなかったのと同じことになるのだろうか。
でも夢なんて遅かれ早かれいずれは忘れる。
死ぬまで覚えている夢なんて一つもありはしない。

でも人はなぜか覚えていようとする。
思い出そうとする。
それがなぜなのかはあたしにはわからない。

131 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

あやふやな夢の記憶を振り払い、あたしは仕事場に向かう。
そここそがあたしの生きる場所。
あたしにとってのリアルがある場所。

衣装に着替えてマイクをつけて、あたしたちは今日もまた街に繰り出す。
スタジオでの収録がちょっと懐かしいときもあるけれど、今は今。
このロケだっていつまで続くかわからない。
何年かたって懐かしく思い出すか、
忘れ去ってしまって、あたしの中で最初からなかったことになるのか。

あたしは意味もなく歯をぐっと噛む。

先頭を切って歩くあたしの目には他のメンバーは映らない。
先頭を切って歩くあたしは他のメンバーの目に映っているのだろうか?
そんなことをうっすらと考えるあたしの耳に「ガキさーん」という声が届く。
オーケー、オーケー。新垣はここにいるよ。どこにも行かないよ。
あたしはメンバーと言葉を交わしながらロケを一つ一つ進めていく。

132 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

あたしは仕事の度に感じる物足りなさについて考える。
いつからなのかははっきりしないが、
あたしは今の状況に対して強い不満を感じるようになった。
多分、みんなも多かれ少なかれ何らかの不満を感じているはず。
でもそれがいつからなのか。
何に対してなのか。
メンバーそれぞれによって違うように思う。

いや、きっと「何に対してか」っていうのは共通するものがあると思う。
でも。
いつからなのか。いつから不満を感じるようになったのか。
いつから充実感よりも閉塞感を感じるようになったのか。
いつから幸せな未来を描くことができなくなったのか。
いつから。いつから。いつから。

その点に関しては、あたしが感じていることと大きく違うような気がする。
いやひょっとしたら今でもまだ、
不満よりも満足感の方が大きいメンバーもいるかもしれない。
小春とか。光井ちゃんとか。

「うけけけけけ」
変な笑い声をあげながらあたしの目の前でじゃれつく小春と光井ちゃん。
なんだよその変な笑い声は。

133 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

そんな二人を気にするようなそぶりは全く見せず、
高橋はベビーカーを押し、れいなはそれを後ろから見ている。
さゆと亀はつないだ手をぶらぶらさせながら地面を見ている。
あたしはこういう現状に不満を感じているのだろうか。
バラバラになっているメンバー達に苛立っているのだろうか。
仕事に真摯に取り組もうとしないことに?

違う。
そんなことじゃない。
わかっている。あたしはあたしの苛立ちの理由をわかっている。
答はあたしの心の中にある。
わかっているけどそれを認めるのが怖い。
ずっと見て見ぬ振りをしてやり過ごしたい。
だって今までもそうしてきたじゃん。
これからもそうしていけばいいじゃん。
誰も困らないじゃん。

でも
でも
でも

こんな時―――

134 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk



135 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

「お前らホントにやる気あんのか?なあ?」

矢口の口調は言葉とは逆に優しげなものだったが
だからこそその言葉は新垣達の胸にじわじわと深く突き刺さった。


「もっとそっちからからんで来いよ。台本読んでるだけじゃん」

トークのある番組に出たあとにはいつも言われることだった。
5期メンバーの4人はその言葉に対して反論することもできない。
いや、反論したいことはあった。
台本以外のことを山ほど喋っても、
それらの言葉はいつもオンエアではカットされていたのだから。


「お前らどうせ喋ってもカットされるじゃんとか思ってるんだろ」

そのとき4人の胸にあった思いそのままだった。


「だったらカットされないような面白いことを話せよなー」

無理です。4人はその言葉を飲み込む。

136 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

「大体お前らは5期で固まりすぎなんだよ。なあ新垣」

「え?そうですか?」

「そうですかじゃないよ。ちょっとは自覚しろよ」

本当は自覚していた。
だが新垣はまだ先輩との距離感をつかめずにいた。
TVの中と外の違いもまだわからずにいた。
TVの中で仲良くしていても、外ではそうでない、
なんていう例はデビューしてから山ほど見てきた。


「もっとプライベートから一緒にいろよ」

「プライベートから?」

「そうだよ。普段一緒にいれば話のネタにもなるだろ?」

「先輩と一緒に?いる?」

「そうだよ。お前らの方からももっと先輩にからんでこいよ」

「はあ」

「辻とかみたいにできない?」

無理です。4人はまた同じ言葉を飲み込む。

137 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

新垣は一緒に説教されている高橋と紺野と小川を見る。
高橋はびっくりするくらい真面目な表情で矢口の話を聞いていた。
まさか急に変われるはずもないのに。
新垣は明日から急に先輩にもフレンドリーになる高橋を想像する。
なぜか想像の中の高橋は矢口を食事に誘い、見事に断られていた。

新垣がさらに、急にフレンドリーになる紺野と小川を想像しようとしたら―――
高橋がいきなり矢口に向かって話しかけた。
新垣の想像の中の高橋そのままのやり方で。


「矢口さん」

「なによ?」

「そんじゃ今日は一緒にご飯食べに行きませんか?」

「えー、いきなりかよ。面倒くせー。お前ら4人で行ってこいよ」

半笑いで答える矢口の背中を保田が後ろから蹴る。

138 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

なんだよ圭ちゃんいたのかよと言う矢口を
あきれるような表情で見つめながら保田は新垣たちを諭す。


「矢口の言いたいことはわかるよね。みんな」

「はい」

「まあ、無理にプライベートで仲良くなることもないけど」

「・・・・・・・・・・」

「うちらだってみんながみんなと仲良いわけじゃないよ?」

「あー、圭ちゃん、あんたそんなこと言っていいの?」

「矢口だってそうじゃん」

「あたしはみんなと仲良いから」

「TVの中ではね」

「そこが全てじゃん!」

「はいは。ご立派ご立派。芸能人の見本だよあんたは」

139 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

新垣は矢口の言ったことと保田の言ったことを考える。
TVの中で生きていくという意味を考える。
芸能人としてやっていくということの意味を考える。


「でも矢口さんと保田さんって仲が良いですよね」

「バカかおめー。新垣、お前そんなこと聞くなよ」

「だって矢口さん、本当に仲が良いじゃないですか」

「実は仲が悪かったとしたら、答えにくいだろ」

「矢口さんはみんなと仲が良いんでしょ?」

「TVの中ではね。ってこんなん関係ないじゃん!」

「えー、関係ないって?」

「お前らが全然トークできないっていうことと」

140 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

矢口はまだまだ説教したそうだったが
保田にやんわりとたしなめられて部屋を出て行く。
部屋の中にはほっとした安堵の空気が流れる。
新垣は、矢口が間違っていることを言ったとは思わなかった。
むしろ正論だった。
正論だったからこそ新垣達は深いダメージを受けた。


「矢口の言うことは聞くことないよ」

「保田さん、でも・・・・・」

「矢口の言ったことは正しいと思う」

「じゃあやっぱりちゃんと聞かないと・・・・・・」

「矢口は矢口、新垣は新垣だよ」

「でもそれじゃダメなんです。自分でもわかってるんです」

「ふーん。それで?」

「それでって・・・・・・・・・」

141 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

「あたしに答を期待しても無理だよ」

そして矢口にもね。そう言って保田はその会話を打ち切った。
新垣はもっと仕事の話をしたいと思っていた。
もっと先輩達の意見を聞きたいと思っていた。
だが新垣は、保田の言葉を聞いて
自分がしたかったことは意味のないことだったと気づく。

他人に答を求めてもダメなのだ。

トークだけじゃない。歌も。踊りも。その他も全部。
だが新垣は自分の全てが否定されたようには感じなかった。
むしろ肯定されたように感じた。
答は自分の中にあるのだ。
自分が気づくかどうかなのだ。

142 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

バーンと勢い良く開け放たれたドアの音で新垣の思考は寸断される。
小さな体に大きな袋を抱えた矢口がそこに立っていた。
体は小さいがやることなすこといちいち派手だ。


「買ってきたぜ」

「なんですかそれ」

「バーカ。弁当だよ。弁当と飲み物」

「え?ここで食べるんですか?」

「一緒に食べようって言ったのはお前だろ!」


それを言ったのはあたしじゃなくて高橋ですけどと言う間もなく
新垣はどんと弁当の入った袋を押し付けられる。
割り勘だぜ圭ちゃん、領収書見せなよ矢口などと言い合う二人を見ながら、
新垣はすっかり冷え切った弁当を口にしていた。

143 :第七章:2007/08/07(火) 19:51 ID:5S8T.Xvk



144 :第七章:2007/08/07(火) 19:51 ID:5S8T.Xvk

いつの間にかロケは終わっていた。
今日も仕事に対して真面目に取り組んだという実感があった。
他のメンバーはどうなのだろう。
だがあたしはそんなことをメンバーに聞いたり、求めたりはしない。

あたしの心の中の苛立ち。
あたしの心の中にある答。
きっと全てはあたしの中にある。
あたしは自分の心をそうやって誤魔化して、
今日も感じた虚しい気持ちを、最初からなかったかのように忘れる。

145 :第七章:2007/08/07(火) 19:51 ID:5S8T.Xvk
第七章 終わり

146 :名無し娘。:2007/08/07(火) 23:14 ID:fIQx6AYc
この話を思い出しながら
ハロモニ@をじっとみる

147 :名無し娘。:2007/08/10(金) 21:06 ID:QSrfD7OQ



148 :第八章:2007/08/10(金) 21:06 ID:QSrfD7OQ

今日もあたしは夢を見る。
そう。これは夢。決して現実ではない。

夢の中にも現実があって、現実の中にも夢がある。

夢の中の現実にはリアリティがなく、
現実の中の夢にもリアリティはない。

あたしが夢見るモーニング娘。
あたしが現実にいるモーニング娘。

夢の中のモーニング娘。にはあたしにとってのリアリティがあり、
現実のモーニング娘。にもあたしになりのリアリティがある。

でも
あたしの中のモーニング娘。は、
あたしの中のモーニング娘。でしかない。

それが真実だなんて、あたし以外の誰にそんなことがわかるだろうか。

149 :第八章:2007/08/10(金) 21:06 ID:QSrfD7OQ

そして今日もまたハロモニ@のロケが始まる。
すっかり減ってしまったあたしたちの仕事の中で、
今でも残っている数少ない仕事のひとつ。

まあ現状に文句を言いたいことは山ほどあって
でも文句を言っても何も変わらないことはわかっていて
それでもあたしの日常も非日常もここにあるわけで
人気があるとか視聴率がどうだとかそんなこととは関係なくロケは進む。

中国人の子が二人加わる。
この子らが新しいモーニング娘。っていうわけね。
はいはいどうもいらっしゃーい。

ああ。
いったい何回くらいこういうことが繰り返されてきたんだろう。
何か不思議な既視感があたしに襲い掛かる。
実際に繰り返された回数以上の何かをあたしは感じる。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
何かが延々と回り続けているような感覚。
理屈じゃなくて本能で感じる。

そんなあたしの眩暈をよそにまたいつものようなロケが始まる。

150 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

飯田安倍保田矢口後藤石川吉澤辻加護高橋紺野小川新垣
ぐるぐる回るあたしの中のモーニング娘。
高橋新垣亀井道重田中久住光井ジュンジュンリンリン
ぐるぐる回るあたしの中のモーニング娘。

これって夢?
それとも現実?
夢というにはあまりにもリアリティがありすぎる。
現実というにはあまりにもリアリティがない。

あたしはまだ夢を見ているのだろうか。
あたしはもう少ししたら目が覚めるのだろうか。
そうしたらあたしは布団の中で―――
冷房もつけずに汗ぐっしょりで―――
録画したおはスタのきらりちゃんを見て―――
そんでもって仕事の準備をして家を出て―――

でも
でも
でも―――

151 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ



152 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ


――――――

――――

―――


「お豆ちゃん、はい起きて」

「・・・・・・・・・・・え?」

「そろそろ仕事始まるみたいよ」

「あ、石川さん・・・・・・すみません」

「そんな姿勢で寝てたら顔に跡が残っちゃうよ」

「は、あい」


机に突っ伏して寝ていた新垣は石川に起こされる。
さっきまで見ていた夢がまだぼんやりと頭の中に残っている。
夢の残滓を振り切って新垣は頭を切り替える。
自分はもうアマチュアではないのだ。プロなのだ。
そんな強い思いが新垣の意識を徐々に鮮明なものにしていく。

新垣はこの前の仕事の後に反省したことを思い出す。
同じ失敗は繰り返したくない。
少しずつでもいいから進歩したい。

だがそんな新垣の強い思いは数分後には粉微塵に砕かれる。

153 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

長い収録が終わりスタジオの空気は一気にクールダウンされる。
照明は変わらずスタジオを煌々と照らしているが、
人々から緊張感が消えたその場は、とても収録時と同じ場所だとは思えない。

モーニング娘。の13人はぞろぞろと並んでスタジオから出る。
バラバラなように見えて、その実リズミカルな歩調で
進んでいくその一塊は、どこかカルガモの親子の一団を思わせる。

新垣はその集団の一番後ろをとぼとぼと歩く。
TVの収録というものは実際にオンエアを見てみないと
どういうことになっているのか全然わからない、ということはわかっていた。
だが今日の収録で自分のところが使われることはないだろう。確実に。
そのことも短い経験の中から新垣はわかっていた。

こうすれば上手くいくという方法は知らなかったが、
これをやればダメになるということなら山ほど知っていた。
今日の失敗をオンエアで再確認しなければならないという事実が
新垣の気持ちをさらに深く暗く押し沈める。

154 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

「どうしたの?暗いよー。元気だしなよ」

「でも・・・・・・・」

「何?さっきの収録のこと?」

「はい・・・・・・あたし・・・・・今日も全然ダメで・・・・・」

「なんで?面白かったじゃん」


それはきっと石川さんだけですと新垣は心の中でつぶやく。
本番中も。収録が終わった後も。石川はひたすら明るい。
なぜこの人はいつもこんなに楽しそうにしているんだろう。
TVで見ていた石川さんはもっと内気な人じゃなかったっけ。
そんな疑問がふつふつと新垣の中に湧き上がる。

今日の収録でもお世辞にも面白かったとは言えない―――
というかはっきり言ってだだ滑りだった石川だったが、
全く落ち込んでいるようには見えなかった。

155 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

「石川さんって本当にポジティブですね」

「えへへへへ」

「あたし向いてないのかな」

「なにが?」

「こういう仕事に。アイドルみたいな仕事に」

「そーんなことないよ!向いてる向いてる!」

「でも石川さんみたいになれないです」

「あー、確かに仕事は楽じゃないけどさ。でも好きなんでしょ?」

「好きになれないかもしれないです」

「え?モーニング娘。のことが?」

「いや、それは好きですけど」

「じゃあ頑張れるじゃん!」

「あたし・・・・本当にモーニング娘。になれるんでしょうか」

「なれるなれる!石川が保障しちゃうから」

156 :第八章:2007/08/10(金) 21:08 ID:QSrfD7OQ

石川に保障されても新垣の心は全く晴れなかった。
前を歩く9人と自分達5期メンバー4人の間には
はっきりと目に見える線が引かれているように感じた。

きっとその線を超えない限り、モーニング娘。のメンバーとは言えない。
自分は本当にモーニング娘。のメンバーになる資格があるのだろうか。
ここに居続ける資格があるのだろうか。
ちゃんとやっていくことができるのだろうか。
新垣は何度も何度も繰り返し自問したが結論は出なかった。

新垣はモーニング娘。に加入してから今までの短い間に
先輩達からかけてもらったいくつかの言葉を思い出す。
線の向こう側から聞こえる言葉は、あるものは重すぎて受け止められず、
あるものは軽すぎて新垣の心には響かなかった。
新垣の心の中にある思いは一つだった。

後藤真希や4期メンバーはその線をどうやって踏み越えていったのだろう?

157 :第八章:2007/08/10(金) 21:08 ID:QSrfD7OQ

「ねえ石川さん」

「なあに」

「石川さんはいつからそういう風になれたんですか?」

「え?そういう風にって?」

「すっごいポジティブに」

「あはは。いつからだろね。なんかもう無理矢理」

「無理矢理?」

「そうそう。なんかね。もうね。そうやらないと殺されそうな感じがあって」

「本当ですか?」

「あははははは。まあね。怖い人はいっぱいいるよ」

「はあ。あたしもこのままだと殺されちゃうんですかね?」

「殺されるよ」

「え?」

158 :第八章:2007/08/10(金) 21:08 ID:QSrfD7OQ


――――――

――――

―――


「お豆ちゃん、はい起きて」

「・・・・・・・・・・・え?」

「そろそろ仕事始まるみたいよ」

「あ、石川さん・・・・・・すみません」

「そんな姿勢で寝てたら顔に跡が残っちゃうよ」

「は、あい」


机に突っ伏して寝ていた新垣は石川に起こされる。
さっきまで見ていた夢がまだぼんやりと頭の中に残っている。
石川との会話。無理矢理ポジティブになったいう石川。
そうしなければ殺されると思っていた石川。
そんな夢の中での石川との会話を新垣はゆっくりと反芻する。
あれは夢だったのか・・・・・・・・

新垣は石川と一緒に部屋を出て仕事場に向かう。

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0ch BBS 2006-02-27