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お前はまた騙されて狩狩板に飛ばされたわけだが

1 :名無し娘。:2006/12/24(日) 13:24
どこから来たの?

96 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:45

   ウフフ……

あっ、また会ったね

   寝る寸前を狙ったんだよ

意地悪な人だね相変わらず……
人が寝入ろうとするときに声掛けてくるなんて

   いつも空を思い浮かべながら寝てるの?

そうだよ? 今頃夏の三角が天の川を挟んでるのが見えるんだ

   雨降ってるのに?

雨が降ってても天には星が煌めいてるって言ったの、あなたでしょ?

   そうだよ?

だから良いじゃない……

   でも、寝落ちる直前の顔をみてるとつい、ね

本当に意地悪ね
でも声を掛けられるの期待してる自分がいるけどさ

   ウフフ……

エヘへ……

 .

97 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:45

   てか、私が寝るまえにそうしてる理由って知ってる?

ううん、知らない

   教えてあげよっか?

うん、教えて?

   ……やっぱやーめた

なんでよ?

   私をみないで! そういうときでも空を想像するのよ

そっか……、
で……、何で?

   それはね……

な……に…………

 .

98 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46



     いつもここでまどろみに堕ちていく

     そんな夢を何度見たか判らない……


 .

99 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46





                      *




 .

100 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46

私はリンツの子ども病院へ転院することはあえて伝えなかった

別に黙って出ていく気は無かったんだけど
彼女たちは私が転院することは何となく判っていたみたいだったし


大学病院で過ごす最後の夜、私はえりとれいなに手紙を書くことにした
キャビネから便せんとペンを出すと転院する事を書いた
そして3ヶ月間だけだったけど本当にありがとうとも書いた
またいつか出会えることがあれば……
 .

101 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46

『りしゃ、りしゃ……』

ハッとした

「どーしたの? れいなちゃん」

カーテンが微かに開くとれいなは顔だけを出した

『まだ寝てなかったとぉ?』

「うん、寝られなくてね……
 れいなちゃんも寝られないの?」

『うん、寝られんっちゃ……』

れいなは視線を下に落とし語尾を濁した
何が言いたいかは判ったが、彼女は奥歯を噛みしめてその言葉を殺した

「少し話そ? 寝られなくてさ、わたしも……」

私は書きかけの便せんをキャビネに仕舞うと机を足下へ動かした
れいなはベッドの片隅に腰をかける




しばらく沈黙が流れた……

 .

102 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:47

『りしゃ……、転院すると?』

「……うん……」

れいなが切り出した一言に狼狽したけど、一言で答えた

『……そっか……、寂しくなるとぉ』

「ごめん」

『ううん、良いんよ
 ウチももうじき退院なんよ』

「れいなちゃん、良くなってきてるもんね」

『ホントウなら……、一緒に……ね』

大きな瞳から一粒、また一粒と大きな滴が落ちた
言いたい事は判ってる、判ってるから私も涙が止まらなくなった
だから私は黙って小刻みに震えるれいなの頭をなでることしか出来なかった

私は明日この病室から出ていく
たった3ヶ月間だったけど、本当にありがとう
いつも優しくしてくれたけど、何も言わずにごめんね
そういう気持ちで一杯だった

103 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:47

れいなはしばらくして自分のベッドへ戻っていった
私はキャビネから便せんとペンを出すと再び手紙を書き始めた

転院先の病院の住所を書いて最後に一言書き残した



   See You Agein!



あとになって綴りが違っていることに気付いた
そのおかげか、手紙のやりとりは続いたが……

2人と会うことは無かった

104 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:47




                      *



 .

105 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:48

翌朝、私は隣に茉麻を乗せて病院に向かっていた
娘の転院と言うことで有休を取った
上長は
『あとは俺に任せろ』
と言ってくれたけど、いい加減な上長だから後々大変だろうなと思いつつ……

アウトバーンを飛ばし、ウィーン市街が見えたときだった
聞こえてくるラジオと共に聞き慣れない吐息に気付く
助手席に目をやると脂汗をかいた茉麻が居た

「どうしたんだ?」
『べ、別に大丈夫だから……』
「どうした? 汗かいてるじゃないか!」
『じ、実は……陣痛が……』
「えっ!?」
『だ、大丈夫だから』
「大丈夫なわけないだろ!!」
『大丈夫……、まだ破水してないし……』
「そういう問題かよ!
 とりあえず病院まで飛ばすから、頑張れよ!」

『判った……、そのかわりお願い……』

106 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:48

「なんだい?」

『私の手、握ってて……』

差し出された左手をハンドル握りしめてた右手に添えた

「汗ばんでてごめんな
 良かったよ、クルマがオートマ車で」
『そうね……、でも大丈夫……、
 雅も、梨沙子も……、舞も産むときに握ってた手だから……』
「ば、ばか!
 もうすぐ病院だからな!」
『うん……』

予定日よりまだ早いのに……
今日は梨沙子の転院の日なのに……
どちらを優先するべきか迷っていた……

107 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:49

僕はクルマを緊急外来の前に横付けすると

「今から先生呼んでくるから、もうしばらくの辛抱だぞ!」

と茉麻をいったん抱きしめるとクルマから飛び出した
扉を押し開け、守衛室に事情を説明した

『どうかしました?』

優しそうな顔の守衛が応対してくれた

「つ、妻が、生まれそうなんです!!」

思わず日本語が飛び出した
守衛は不思議そうな顔をしたが、
『妻が生まれそうなんです』というドイツ語をひねり出そうとしていたときに

『ワカリマシタ、すぐにセンセイ呼びますネ』

と日本語で対応してくれた
電話を取り、色々と説明するとすぐに医師と看護師がストレッチャーを押して走って来てくれた
僕はクルマの助手席を開けると、医師らは手慣れた手つきで
茉麻をストレッチャーに乗せそのまま奥へ消えていった

『ダイジョウブです、オトウサン』
「ありがとうございます……、というより日本語上手ですね?」
『チョトダケ……、ワタシ、大戦のトキ、ニッポン語ノ通訳デシタ』
「どおりで
 本当に感謝します……」
『モウシワケナイ、救急車クルカモシレナイ
 くるまを駐車場ヘオネガイです』

僕は一礼すると開け放たれた扉からクルマへ駆け寄り、駐車場へ止めた

108 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:49

『ママたち遅いね』

あさ美が腕時計を見て言った
その腕時計は非常に重そうで不便だと思った
母親の事よりその腕時計の方が気になった

『どうしたの? りしゃこちゃん』
「う、ううん……」
『約束の時間過ぎてるなぁ
 ちょっと悪いけど、もう少し我慢しててね』
「ゆー……」

ストレッチャーに横になった状態で食い入るように時計を見つめてた
この時計は秒針がコッチコッチ動くのじゃなく、ココココと動くのが面白かった

『やぁお待たせ!』

『あっ! 圭織先生!!』
「カオリ先生だー」

水色のシャツに青色のネクタイを締めた圭織がやってきた

『やぁりしゃこちゃんオヒサ! そんなにあさ美先生の腕時計が気になるかい?』
「う……、ううん」

『あさ美君、りしゃこちゃんのご両親は?』
『それがまだ……』
『君、ちゃんと時間は教えたのかい?』
『はぁ……』

私はまだ、不思議な動きをするあさ美の腕時計の秒針を見つめていた

109 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:49

『家に電話を入れたかい?』
『はい、2時間ほど前に出られたと……』
『おかしいなぁ、もう着いててもおかしく……』

そのとき、ドタドタと走る看護師が見えた
時々点滴の交換をしてくれた麻琴という看護師だった

『せんせー!! あさ美センセー!!!』
『どうした……』
『実は!!』

あさ美に耳打ちをする麻琴だったがその慌てぶりで耳打ちの意味が無かった

『茉麻さんが、救急病棟で出産体制です』
『えっ……』
『ホントかよ……』

しばらくの沈黙を保った後、圭織は

『今すぐ私の病院のみちよ先生に連絡!
 アナムネを取ってもらって、今すぐに!!』
『はいッ!!』

そういうとまた、ドタドタと足音を立てて病室を去っていった……
が、すぐに足音が大きくなり

『で、どこの病院でしたっけ?』

二人で苦笑いするしかなかった

110 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:49

『圭織先生どうしましょう?』

『まさか分娩を待ってからじゃあっちゃらさんにも迷惑を掛けてしまうし
 感動のご対面の後、旦那さんを取り上げるのも可哀想な気もするし……
 仕方ない、私たちだけで行こう
 りしゃこちゃん、大丈夫?』

「ゆー……」

あまり事情が判ってなかった
私はそういうときでもあさ美の時計の秒針ばかり見つめていた

『じゃ、行こう』

あさ美に促されて看護師2人はストレッチャーを押して病室を出た
そのときれいなは院内学級に行っていたしえりは検査で居なかった

送り出されるのは気が重かったのでベッドの上に手紙を置いてもらった
薄情でごめんね、結局えりには何も言わないで出て行って……

111 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:50

その後、搬送車に乗せられると睡魔に襲われた
ずっとあさ美の秒針を見つめていたからかもしれないし
夕べ遅くまで手紙を書いていたからかもしれない



  りーちゃん、りーちゃん……

その声は……、おひさしぶりだね元気だった?

  ボクはいつも元気さ、キミこそ元気そうでよかったよ

また夢の中なのかな?
でもこの前と違って色がちょっと付いてる……のかな?

  どうだい? もう少し冷静になって見回してごらん??

んー……、あれ? あさ美先生が見える……のかな?

  よく判らないかな?

ゆー……

  耳をすませると何か聞こえる?

んー……、なんとなく

  そっか、それは良かった

良かったの?

  そうさ

これって夢なの?

  うーん、なんて説明したらいいかなぁ
  夢と現実の境目と言った方がいいかもね

夢と現実?

  ほら、キミの足下を見てごらん?

112 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:50

足下? ……あれ? なんで私が寝てるの?

  だからそれが、夢と現実の境目なんだよ

でもさ、サトダのおばあちゃんがこの前ね……
サトダのおばあちゃん判る?

  知ってるさ、キミの知ってることはすべて知ってるからね

へーすごいね、そのサトダのおばあちゃん、心臓が止まっちゃって
そのとき自分の姿が見えたって言ってたけど……、それと一緒?

  そうだねぇ、ちょっと正解でちょっと違う

どう違うの?

  サトダのおばあちゃんの場合は、現実と死の境目に居たからだよ

ふーん、難しいんだね

  キミも次の病院に行ったらきっと判るよ

そうなの?

  うん、ボクはキミに嘘をついたことがあるかい?

無いと思うけど……、というよりあなたは誰?

  ボクかい?

この前聞こうと思ってたから一杯質問考えてたんだよ?

  ははは、じゃヒントをあげよう
  常にキミと一緒にいるんだ

死神?

  コラコラ、酷いなぁりしゃこは……

113 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:50

「そういえばあさ美君」
『どうしたんですか?』

搬送車の中でカルテを読み続けるあさ美に聞いてみた

「梨沙子ちゃんはこんなに幸せそうな寝顔なのかい?」

梨沙子の寝顔をまじまじと見て

『えーっと……、なんか本当に幸せそうな寝顔ですね』
「子どもの寝顔ってこうでないといけないなぁー」
『あれ? 圭織先生ってロリコンでしたっけ??』
「ばっ、バカ!! そんなんじゃないよ!」

思わずあさ美の頭をポカリと叩いた

『痛いなぁー、冗談ですよ』
「僕も小児科医の端くれとしてだなぁー!!」
『小児科で思い出したんですが、あの先生元気なんですか?』
「あの先生って?」
『ほーら、圭織先生が一番怖がってた先生ですよ』

あさ美がニヤリと笑った

「あぁ元気だ、というより今度の病院では梨沙子ちゃんの担当医だ」

僕もニヤリと笑って答えた

『えー! それ聞いてないですよ!!
 聞いてたら絶対一緒に行かないですし!』
「やっぱり……、怖いのかい?」
『そりゃそーですよ!! 私の研修医ン時のオーベンだったんですから!』

僕はあさ美の肩を大げさに揺すり

「じゃ、そのこわーい大先生にアナムネがんばってねー!」

とニヤニヤしながら言った

114 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:51





                      *




 .

115 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:51

『……とまぁー、ここまでが治療経過です……』
『ふぅん』

カルテを見ながら裕子は鼻を鳴らした
あさ美はびくびくしながらも説明を終えた

『あい判った、あとはコチラの方針でやらしてもらいますわ
 梨沙子ちゃんの嫌いなモンとかアレルギーとかは?』
『……えっとぉーそれは……』
『ちょい待ちぃ? アンタまかりなりにも主治医やろ?
 そんなんも把握せんでよぉ今まで治療しとったゆーたなぁ?』
『すッ! スミマセン!!』

何とも言えない空気だった
裕子が啜るコーヒーの音だけが響いた

『ふ、ふふふ……、ふははははっ!
 あさ美君もまだまだやなぁー!! もう少し病気よりも患者に目ぇ向けんと!!』

張り詰めた糸を裕子が笑って切った
相変わらずこの人はこういういたずらをする

『まぁえーわ、あとは任せとき!
 あさ美君に圭織君、お疲れ!!』


アナムネは終了した
部屋を出たときに思わず二人してため息をついてしまった

『あぁそーや、あさ美君圭織君、今夜どーだ一杯?』

扉からひょっこり顔を出した裕子に再びビックリさせられるのだった

116 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:51

搬送車から降ろされると車いすに乗せられ、看護師が屈んで挨拶をしてくれた

『ようこそ梨沙子ちゃん』
「ゆー……」
『私ね、今日から梨沙子ちゃんを担当する千奈美だよ』
「よろしく……」
『病室行くまでに病院の説明するから覚えておいて?
 もし忘れたり判らなかったりしたらいつでも聞いてくれると良いよ』
「うん……」


   ここがトイレで、ここがシャワー室で午後9時まで使えるよ
   向こう側に食堂があってこれがまたけっこう美味しいんだよ
   そこにあるのは談話室でおしゃべりしたり本を読んだりできるんだよ


「あのぉ……、千奈美さん」
『ううんチナミーで良いよ』
「この病院に図書館ってあるんですか?」
『あるよ、院内学校の隣が図書館になってるからね』
「ふぅーん」
『本好き?』
「……うん」

私は元々人見知りをするし、特に目上には壁を作ってしまうけど
千奈美は話しかけるときは必ず私と同じ目線同じ位置を保とうとしていた、まるで圭織のように
この人とはなんとなく仲良くやって行けそうな気がした

『はい、ここが梨沙子ちゃんの病室ね』

117 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:51

案内された病室は2人部屋だった
入口側が私を受け入れる様、綺麗にベッドメイクされていた

『じゃベッドに移すね?』

そういうと私の腰に手を回すとベッドに移した
そのときナースキャップに四つ葉のクローバーをあしらったピンが留まっていた

『あぁそうだ、同じ部屋の子を紹介するね
 開けるけど大丈夫?』
『うん、いいよ』


『この子が転院してきた梨沙子ちゃんね』
『よろしくね!』

カーテンを勢いよく開け、女の子が元気よく飛び出してきた
そして私のベッドに腰掛けると、握手を求めた


『じゃあとは桃子ちゃんに色々と教えてもらってね』

そう言うと千奈美は病室を出て行った

118 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:52

『ねぇあなたどこから来たの?』
『ねぇねぇどこが悪いの?』
『ねぇねぇねぇ今何年生?』

質問攻めだった
ちょっと眠かったので相手にしたくなかった
出来ればちょっとだけでも良いから眠りたかった

『ねぇ梨沙子ちゃん聞いてる?』

桃子はポンとベッドの上に座り私を見下ろした
私はある種の恐怖感を抱いてしまった

「……りてください」
『ん? どうしたの梨沙子ちゃん』
「ベッドから降りてください!」

思わず叫んでいた
布団を頭から被る瞬間、ぱっと見開いた目の桃子と目が合ってしまった
ベッドから降りると自分のベッドへと戻っていきカーテンが閉まる音と共に聞こえた

『ごめん……』



 .

119 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:52




                      *



 .

120 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:52

『梨沙子ちゃん、梨沙子ちゃん』

いつの間にか眠っていたようだ
ふと目を覚ますと先ほどまで明るかった病室が
蛍光灯のぼーっとした色だけになっていた

『やっぱり疲れが出ちゃった?』

そういうと胸元から抜き取った体温計を千奈美が記録していた

「……うん」
『ちょっとお熱が出てるわね、水枕用意してあげる』
「ありがとう」
『ちゃんと桃子ちゃんと仲良くしてる?』
「…………」

あの時の桃子の目を思い出してしまった
ふと布団をずらして桃子のベッドを見ると空っぽだった

『桃子ちゃんなら夕飯に行ってるよ
 梨沙子ちゃんも食べに行く?』

私は首を横に振った

『食欲無い? すっごく美味しいけど要らない?』
「うん、ごめん……」
『わかったわ、もし夜中にお腹が空いたら言って?』
「チナミーさんありがとう」
『ううん、チナミーでいいよ』

千奈美は立ち上がるとウィンクをして病室を出て行った

121 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:53

私は日記を書いていた
書くことが一杯あってノートに3ページにわたって今日の記録を付けた
あさ美先生の腕時計の秒針の動き方が面白かったこと
圭織先生は相変わらずだなぁと思ったこと
搬送車の中で自分の姿が見えたこと
チナミーという看護師さんがものすごく優しそうな事
クローバーのピンの事も

……そういえばパパやママどうしたんだろう……

ふとペンが止まった


『梨沙子ちゃん、入って良いかな?』

カーテンがちょこっと開くと見たこと無い人がこちらを覗き込んでいた
思わず目が合ってしまい、のけぞってしまった

「……どうぞ」

カーテンが開くと(年の割には)化粧濃い女性が入ってきた

『遅れてゴメン、私があなたの担当の裕子って言いますわ』

独特の訛のある裕子は一通りの自己紹介をし、色々と質問をした
その先生も私と同じ目線で話をしていた
時々にこっと笑うけどちょっと目尻や口元を……あまり見ない方が良いよね

122 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:53

『なんか質問とかある?』
「あぁ……、そういえば私のパパはママはご存じですか?」
『えっ? あさ美先生から何も聞いてないん?』
「はい……」
『んたっくあのアホンダラは何やっとんねんって』

裕子は眉間に皺を寄せてぼそっと吐き捨てた
かなり怖かった

『もうじきパパさんは来ると思うわ、
 ちょっと前に大学病院を出られたって連絡が入ってるからしね
 あと梨沙子ちゃんおめでと』
「何がですか?」
『ママさん、生まれたんだって女の子』
「えっ!? もう生まれたの??」
『予定日よりちょっと早かったけど元気な女の子だってさ』
「へぇー、私の妹……」
『1週間ほどママさんとは会えんけど、大丈夫?』
「大丈夫ですよ」
『そっかそっか、寂しくてもここで友達が出来れば大丈夫やろ!
 同じ病室の桃子はちょっと鬱陶しいけど悪い子やないし』
「…………」
『なやそんな浮かん顔して、さてはあの鬱陶しさにショック受けたクチ?』
「…………」

答えられなかった

『まぁーあれでも桃子は寂しがり屋なんやからあんまし邪険にせんでな
 あと毎週金曜日は圭織先生が遊びに来てくれるから楽しみにしてなー』

カオリ先生って単語を聞いてちょっと嬉しくなった

『相変わらず大人気やなぁ圭織先生は、ほなね』

ふふふっと笑って裕子は出て行った

123 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:53

裕子が出て行ってから私は再びノートに集中した
今日だけでも書きたいことは山ほどある
しかもさっき随分と寝てしまったので眠気を一切感じなかった
ノートの上をスラスラと鉛筆が走る
なんだろうこの気分、この高揚感……
行はどんどんと埋まり、次の行次の行へと進む
小指の付け根は既に真っ黒になっていた

『梨沙子ちゃん、そろそろ消灯時間だけど……』

千奈美がカーテンから顔を出した

「もう寝る時間?」
『うん、もう9時だからね』
「もうちょっとだけ書きたいんだけど……」
『じゃスタンドの電気付けて気が済むまで書いてていいよ』
「あと、パパはまだ?」
『そういえばもうそろそろ着いても良い頃なのにねぇ』

そのとき、ぐぅーという音が鳴った

『お腹空いた?』
「……う、うん」
『夕飯残しておいたから行こ? 温め直してあげるから』

そういうと千奈美は車いすに私を乗せるとナースステーションまで押してくれた

124 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:53

明かりが完全に落ち、ぽーっと見える非常灯のみの院内
静かでシーンという音が耳の奥から響いていた

「みんな寝てるの?」
『寝てる子も居れば梨沙子ちゃんのように起きてる子も居るわ
 だから消灯になったら絶対に騒いだりしちゃだめだからね』
「うん、判ってる」


ナースステーションに着くと千奈美は電子レンジでご飯を温めてくれた
パンをスープに浸すとゆっくりと口に運んだ
お腹が空いていたせいかものすごく美味しく感じた

『あまり慌てずにゆっくり食べて良いからね』
「ありがと」


半分ほど食べたときに、ナースステーションに1人やってきた

『あのぉ、今日この病院に転院してきた梨沙子は……』
「あっ、パパ」
『りしゃこー! 遅くなってごめん!!』

なんだか久々に見た父の姿だった

125 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:54

『もう面会時間過ぎてますけど……、今日だけ特別ですよ』

そう言うと千奈美はナースステーションの奥の部屋へ私たちを通すと出て行った


『遅くなってごめんな、色々あって……』
「パパ、妹が生まれたんだって?」
『そうそう、ハハハ、まさか今日みたいな日に限ってびっくりだよって……、
 なんで知ってるんだ?』
「お医者さんから聞いたの、パパおめでと」
『ありがと、りしゃこもまた1つお姉ちゃんになったんだね』
「あまりそんな実感ないけどね」
『ママも1週間ほどで退院できるから、そのときには連れてくるよ』
「ありがと」

「そういえばパパ夕飯食べた?」
『いや、まだなんだ』
「食べさしでよかったらどうぞ」
『いいよいいよ、りしゃこは一杯たべて元気に大きくならないと!』
「パパぐらいになったらお嫁さんに行けなくなるよー」
『大丈夫、きっといい旦那さんがりしゃこを見つけてくれるさ
 その左手の小指に赤い糸があって、きっと誰かに繋がってるんだから、さ』

そういうと友理奈は左手の小指をぼんやりと眺めた

「パパの赤い糸はママと繋がってた?」
『もちろんさ、僕はママを初めて見たときに小指がうずうずしたんだ』
「へぇー、てかなんで左手なの?」
『きっと心臓に近いからだと思うよ、ほら、好きな人と目が合うと胸が痛くなるだろ?』
「うーん、よく判らない」
『いつか判るさ、きっと遠くないいつか、な』

しばらく父と話してから、帰宅した

126 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:54

その後病室に戻ってから再び日記を書き始めた

『好きな人と目が合うと胸が痛くなる、運命の赤い糸について』

このことを考え、書いているとどんどんとペンが進んだ
そして気がついたら空が白み始め、病室に柔らかい陽ざしが注ぎ込む


『あぁ……、朝になっちゃった』


ノートを閉じてキャビネに仕舞うと布団を頭から被った
そして自然と眠りについた

127 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:54




                      *



 .

128 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:54

   ゴーンゴーン……



微かに聞こえる鐘の音で目が覚めた
病室は陽光に包まれていた
何時だろうとキャビネの時計を見ると正午

「もうお昼かぁ……」

布団を足下に畳むとカーテンを開ける
ちょうどそのとき、桃子と目があった

「あっ」
『あっ、おはよ……』

思わず目を反らしてしまった
なんだか気まずい気分だったが

『昨日はごめん……』

桃子はそう言った

「ううん、謝るのは私の方なのに……、ごめん」
『もうそろそろお昼ご飯だけど食べに行く?』
「うん、それよりも顔を洗う……」
『場所わかる?』
「……自信ない」
『案内してあげる、タオル持って行こ?』
「うん」

やっとで桃子と目を合わせることが出来た

129 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:55

キャビネからタオルを出し、酸素ボンベをセットするとゆっくり歩いてトイレに向かう
桃子もまた、同じように酸素ボンベを携行していた

「同じだね」
『ホントだ、名前ついてる?』
「うん、明日香って……、変?」
『全然、私はピーチッチって付けてるから……、変だよね』
「同じ変なボンベ同士だね」
『だね!』

『遅くなったけど桃子ってゆーの、よろしくね』
「梨沙子です、よろしく」

桃子は右手を差し出したので私も右手を差し出した

『友達だね!』
「ともだち……」

130 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:55

トイレ横にある洗面所で顔を洗った
ものすごく冷たい水だったから頭がスッキリした
顔を拭うと桃子は小瓶を差し出した

『これ化粧水、顔に塗ると気持ちいいよ』
「お化粧って……、そんな大人じゃないよ」
『何言ってるの、大人になっても後悔しないようにいまのうちからケアしないと』
「ふぅーん」
『裕子先生みたいになっちゃうよ?』
「…………」

よく判らなかったが手に適量取ると顔に思いっきり塗り込んだ

『りしゃ、もう少し優しく、ポンポンと肌に押しつける感じで良いから』
「りしゃ?」
『梨沙子って長いでしょ? だからりしゃ、ダメ?』
「ううん良いよ、家でも向こうの病院でも“りしゃ”とか“りしゃこ”って呼ばれてたから」
『じゃ今度からりしゃって呼ぶね』
「うん……」
『そろそろ行こっかお昼ご飯、朝から検査漬けでお腹空いちゃったよ』
「そうだね、うん、私もお腹が空いたし」

131 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:56

よくよく考えたら桃子は私にとって生まれて初めて友達になった人だと思う

小さい頃から人とリズムを合わせることが出来ない性格だし
人と話したりするよりも自分の世界で夢想をするほうが好きだったから

友達と呼べる人なんて回りには誰も居なかった
学校でも変な子と思われていたがあまり気にもしてなかった
毎日学校へ行っていた時は、授業だけが楽しみだった
授業中に先生がなにげなく言う一言だけで夢想が出来たから
でも休み時間は嫌いだった
回りがうるさくて夢想に集中できないから

夢想できる日が時々あって、その日はよく学校をサボったり遅刻したりした
学校へ行く振りをして近所の公園へ出かけ、いつものベンチに座り、
そこから見える風景で夢想を続けた

こんな私だから友達になんて一生縁はないだろうと思っていたし
もとより私と友達になろうだなんて思う人はいないとも思っていた


ただ目の前でスープを啜る桃子だけが違っていたのかな……


『りしゃ、りしゃ……』

132 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:56

「……ん? 呼んだ?」
『呼んだも何も、どーしたのさぁ!』
「へ?」

桃子は右手にスプーンを握りしめたまま

『人の顔じーっと見つめたまま固まっちゃってるし、正直食べにくいよ!』

と苦笑した
その笑顔をみて思わず私もわらってしまった

「ごめん、ちょっと考え事しててね……」
『考え事しすぎて脳みその充電無くなった?』
「ううん、まだ考え事は続いてるんだけど」
『何考えてたの?』
「んー……」

言えないよ、いま頭の中で考えてたことなんて……

「ひみつです……」
『人の顔を見つめて秘密なんて……、さてはエロい事考えてた?』
「ちょっ! ちょっと違うって!!」
『フフフ、りしゃ、さては私に惚れた?』
「なっ、なんでー!!」

思わず立ち上がってしまった
回りがこちらを一斉に向く

『そう興奮せずに早く食べたら? スープ冷めちゃうよ』
「そーする!!」

桃子はなんて意地悪なヤツなんだ……、と思った
でも嫌な気は全然しなかった

133 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:56





                      *




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134 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:56

昼ご飯が終わってからベッドの上でぼんやりしてた
このとき初めて左肘に見馴れない絆創膏が貼られていたのだった

「なんなんだろこれ……」

剥がそうと思っていたらとても小柄な看護師が入ってきた

『こんにちは梨沙子ちゃん、昼から検査入ってるけど一緒に行こうっか』
「けんさ?」
『夕べ千奈美から聞いてない?』
「うん、何も……」

その瞬間、眉間にくっと皺が入った

『あらそぉ……、じゃ検査だから一緒に行こ?』
「うん……」

ベッドから降りようとすると止められた

『検査する病室までちょっと距離があるから車いすで移動するよ』

そう言うと車いすを近くまで引き寄せ、私に抱きつくと車いすに移動させてくれた
そのとき思ったのは小柄と思った看護師が小柄どころかかなり小さい事に気付いた

『じゃ行こっか』

車いすを押して病室を出ようとしたときに桃子が現れた

135 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:57

『あら? キャプテン、りしゃを拉致るの?』
『やだ、人聞き悪いこと言わないでよ検査よ検査』
『りしゃ、キャプテン怒らせると怖いから気をつけた方がいいよー』

桃子はニヤリと笑いながら看護師を指さして言った

「そんなに怖いの?」

後ろにいる看護師を観ようと振り向くと
あからさまに引きつった笑顔の看護師が居た
確かにちょっと怖かった

『もー ももちーはこんな白衣の天使とっ捕まえておいてそんな酷い事言う?』
『フフフ、白衣のコロボックルじゃないの?』
『ひっどーい! これでも ももちーよりちょっとだけ背はでかいよ!』
『若干でしょ? それにりしゃより小さいんじゃない?』
『いい加減にしないと怒るよ!』
『もー怒ってるじゃんー』

そう言うと桃子はベッドへダイブした

『ももちーそんなことしてるとまた点滴漏れるよ!
 じゃ、行こうか……』
「うん、その前にももちー……」
『何ぃー? りしゃ!』
「いまのなんだけどコロボックルじゃなくて“コロポックル”だと思うの」

何とも言えない空気が流れた……

136 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:57

車いすに乗って隣の病棟へ向かった

「ねぇ看護師さん」
『なぁに?』
「あの子っていつもあんな感じ?」
『あの子って……、ももちー?』
「そうそう」
『そうね、人一倍大人ぶってるところはあるけど子どものまんまね』
「ふぅーん、で、なんでももちーなの?」
『あまり桃子って呼ばれたくないからそう呼んでって言ってたわ』
「ふぅーん」

それよりも私は肘の絆創膏が気になった
たまらなくかゆいのだ
それにいつからここにあるのかも知らない

「これ、いつから付いてたっけ?」
『えっ知らない?』
「うん、昼ご飯食べてから気付いた」
『これねぇ、朝起きがけに裕子先生が動脈血を取った跡よ』
「あの痛い注射?」
『あれ? 朝に私と取りに来たけど覚えてない?』
「ゆー……」

7時頃に採血されたらしいが、きっと私は寝ていたと思う
夕べ、というか明け方近くまで起きてたから覚えてない

『てかほとんど寝てたわね、夜更かしはダメよ
 体に障るからちゃんと早寝早起きしなさいね』
「はぁい」

137 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:57

一通りの検査が終わったのが夕方過ぎだった

『はいお疲れ様、今日はこれで帰って良いよ
 夕飯食べて早く寝なさいね』

再び佐紀という看護師が車いすを押して病室まで戻った
検査の待ち時間中ずっと佐紀と話をしていた
桃子のこと、同僚の千奈美のこと、自身や両親の事などを

「佐紀さんはどうしてキャプテンって呼ばれてるの?」
『今は梨沙子ちゃんたちがいる課での看護主任だからかな、
 よく判らないけどいつの間にかそういう名前で浸透してるわね』
「偉いの?」
『まさか、看護師長さんが別にいらっしゃるから偉くはないわ』
「千奈美さんと比べると?」
『チナミーは私の後輩だから……、偉いのかなぁ?』
「ふぅん」

そう話しているときに病室に着いた

『はい到着、もうしばらくしたら夕飯だからね』
「はぁい、あれ ももちーは?」
『この時間帯ならきっと談話室に居ると思うわ
 なんだったらあとで行ってみたら?』
「うん……」
『そのかわり、自分で歩くときは酸素ボンベだけは忘れちゃダメよ』
「これっていつ外れますか?」
『肺機能がもうすこし快復するまでだと思うわ』
「ゆー……」

そう言うと空になった車いすを押して佐紀は病室を出て行った
ちょっと疲れたのでチョコを一つつまむとボンベをセットして談話室へ向かった

138 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:57

談話室に向かうと何人か居たが桃子は居なかった
看護師さんに聞いたらさっきまで居たと言っていた
仕方ないのでしばらく談話室を眺めてから図書館に行ってみることにした


書棚がまるで公立図書館のようにズラリと並んでいるし
院内図書館とはいえ、充分な蔵書量だった
まるで水を打ったかのような静けさとはこの場を言うんだろうな
このような空間は大好きだ
私は目的もなく書棚の回りを歩いた

その時、哲学の書棚に寄りかかるように読みふける少女を見かけた
誰も居ないと思いこんでいたので驚いた
その少女も私の存在に気付いたらしく、私を一瞥すると軽く頭を下げた
私も頭を下げる

『見かけない顔だけど、最近ここに来た?』
「……あっ、はい、昨日ここに来ました」

まさか声を掛けられるとは思わなかったのでまた驚いた

『ふぅん、本好き?』
「はい……」

少女は眼鏡を外すとニコッと笑って

『この本を読むと良いわ、面白いわよ』

本棚から一冊の本を私に渡すと図書館から出ていった
その時に気付いた、彼女には右足が無かった

私は手渡された本を持って図書館を出た

139 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:58

『で、渡された本がコレ?』
「ゆー……」

病室に戻ると桃子が居たので検査後の話をした

『あの子も変な本渡すわねぇ、市井総統の我が闘争なんて
 お隣の国じゃ発禁図書よ』
「詳しいのね」
『昔読んだこと有るから
 “私は負けない。「約束」を果たすまで。”って名言だと思わない?』
「ゆー??」

よく判らなかったが、覚えておいた方が良いなと思った

「で、あの人は誰だったの?」
『あぁー、梅さんよ
 いつも哲学の本を読んでる変わった子』
「ふぅん」
『最近てっきり見かけないなと思ってたのにね』


その後、夕飯を食べてからまたしばらく桃子と話してからその日は早めに寝る事にした

140 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:58




     その夜、ちょっとした冒険をする



 .

141 :名無し娘。:2007/10/27(土) 20:25
今回もじっくりと堪能させて頂きました!

142 :名無し娘。:2007/10/28(日) 20:59
相変わらずすごいな・・・

143 :名無し娘。:2007/12/22(土) 20:58
そろそろ・・

144 :名無し娘。:2008/01/08(火) 22:02
保全

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