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お前はまた騙されて狩狩板に飛ばされたわけだが
- 1 :名無し娘。:2006/12/24(日) 13:24
- どこから来たの?
- 2 :名無し娘。:2006/12/24(日) 20:00
- 直接開いちゃった
- 3 :名無し娘。:2006/12/24(日) 20:28
- だまされて直接開きました
- 4 :名無し娘。:2006/12/25(月) 16:56
- 貝柱板から来ました
- 5 :名無し娘。:2006/12/25(月) 22:59
- クールビズ板から来ました
- 6 :名無し娘。:2006/12/25(月) 23:24
- 板さんと恋に落ちました
- 7 :名無し娘。:2007/01/19(金) 13:37
- 旧鯖から飛ばされてきませんでした
- 8 :名無し娘。:2007/02/17(土) 13:30
- きませんでした
きませんでした
- 9 :名無し娘。:2007/03/11(日) 01:15
- このスレ貰っても良いですか?
- 10 :名無し娘。:2007/03/11(日) 01:16
- いいよ
- 11 :名無し娘。:2007/03/11(日) 13:53
- 是非使ってくれ
- 12 :9:2007/03/18(日) 20:44
- では頂きます
もうすこしお待ち下さい
- 13 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:37
-
.
- 14 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:38
-
教会へ忍び込んだ
月に照らされ、誰もいない教会は神秘さを一層引き出す
……初めてここに来た日と何も変わらない
私は祭壇に歩み、膝を突いて手を組んで祈った
そして祭壇に上がり、私は腰を下ろした
.
- 15 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:38
-
寂しくなるな……
自然と口から出た
中空をさまよってた視線がふと月明かりに照らされたステンドグラスに止まる
円や四角のステンドグラスから月光が床に模様を示していた
キレイだね相変わらず
まるで吸い込まれる様だよ
知らないの? 月光のステンドグラスは
人の魂を吸い込むんだよ……
また嘘ついて、んなわけないでしょ?
あの橙は、あなたの肌の色
あの茶は、あの子の瞳なんだよ
そしてあの朱は……
きっと私の血の色なんだ
非常に判りやすい嘘だね
バレた?
うん、あんたは嘘をつくと鼻の穴が広がるし
マジ?
嘘だよ
ちょっとひどい!
ただでさえダンゴ鼻なんだからさ!
そんなこと無いよ
綺麗な鼻だと思うな
綺麗な鼻? 鼻水鼻くそが出るよ
汚なーい!!
フ フ フ ・・・・
エヘへ
- 16 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:38
-
私とアンタが月光に照らされたカラフルな影と戯れていた
あの時と同じように、あの時と変わらずに……
.
- 17 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:39
-
じゃあもう帰るよ
もう帰るの?
そろそろ見回りの時間だし、また神父さんに叱られちゃうよ
そっかぁ……、あの神父さんおっかないもんね
私たちのことを考えて叱ってくれたんだよあの時は
そぉかなぁ……
帰るね
うん、バレないでね……
じゃあね、mein Ehemann...
さよなら、meine Frau...
- 18 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:39
-
Muss I denn,
.
- 19 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:39
-
私は空想するのが好きな子だった
ベンチに腰掛けて世の中を見渡すと、木々や鳥たちの話が聞こえる様だった
ねぇアンタ、寝グセ直さないの? またアホ毛が出てるよ?
良いんだ、別に誰かに叱られるわけじゃないんだし
そんなに気になるなら引っこ抜いてよ……
今日は学校どうするの?
別に良いよ、あの場所に座ってるだけで退屈なんだし……
またお姉ちゃんに叱られるんじゃないの
良いよどうせ、アイツは機嫌が悪かったら叩くだけなんだもん……
.
- 20 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:39
-
昼間の公園、老夫婦が私に会釈してくれた
どうしたんだい? 世界が破滅した顔をしちゃって
もう破滅しちゃってるよ、隣の国は有り得ない速度で東西統一したでしょ
でも私たちの兄弟はもうケンカすること無いんだよ
平和になったんだから破滅じゃないわよ
私の中では破滅なんです
聞いてくれます?
どうしたんだいお嬢ちゃん
今日の朝ご飯、クリームシチューだったんです
お嬢ちゃんはクリームシチューが嫌いなのかい?
えぇ、私の母親はマカロニを入れるんです
じゃマカロニを食べなきゃ良いじゃないか
そうすると姉が怒るんです、残すなって
怖いお姉ちゃんだねぇ
おじいちゃんたちにあげるよ、私の姉を……
じゃ本当に貰おうかな
気付いたときには老夫婦は公園の端まで歩みを進めていた
会釈しただけなのに、私の、私の中の世界で老夫婦話をしていた
私はそんな事をいつも夢想しているから
学校の友達は“変な子”と位置づけていた
良いんだ変な子で
- 21 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:40
-
公園から帰ると母と妹が居間でテレビを見ていた
『あら梨沙子、学校は?』
「何の話だっけ……?」
『梨沙子! また学校サボッたねっ!!』
「ううん……、今日は学校行かなくて良い日なんだ」
『嘘おつき! あなたは嘘を付くとすぐに鼻を動かすんだから』
あわてて鼻に手をやった
『ほら嘘ついて! なんで学校に行かないのっ!』
「だから、学校に行かなくても良い日なんだってばぁ!!」
私は居間から出て階段を駆け上がり、
自分の部屋に飛び込んで鍵をかけてベッドに飛び込んだ
母はドアの外から怒鳴り散らしているのが聞こえた
聞こえないふりをした
- 22 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:40
-
ベッドに潜り込んで何時間経ったか判らない
『おーい梨沙子、起きろー』
扉の外から父の声が聞こえた、いつの間にか寝ていたみたい
『夕ご飯だぞー、お前の大好きな唐揚げだぞー』
私は慌ててベッドから飛び出ると、扉を開けた
『今日はパパ特製の唐揚げだ、一緒に食べよう』
私はうなずくと、上目遣いで父を見た
背の高い父は私の瞳を覗き込むように見つめると
『どうした? お腹が痛むのかい?』
と聞いた、私はありったけの速さで首を振った
『ならどうしたんだい?』
「パパ、おんぶしてくれる?」
父はニコリと微笑むと私をゆっくり抱き上げて背中に乗せ、階段を下りていった
私はこの父の背中が、汗くさいけど温かいこの背中が大好きだった
- 23 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:40
-
ダイニングに入ると、母・姉・妹が既に座っていた
『梨沙子、ここに座りなさい!』
姉が鬼のような形相で空いている席、姉の横、を指さしていた
私は父の背中にしがみつき離れようとしなかった
『座りなさいっ!!』
姉は立ち上がると私の腕を掴み、父の背中から引き離した
『んたっくっ! アンタはどうして私の言うことが聞けないの!』
私は席につくなり姉から頭を叩かれた
『こらぁみやび、やめなさい』
父はやれやれという表情で席に着く
『だってパパ聞いて? コイツったらまた学校サボッたんだよ!?』
「だからぁ〜、今日は学校行かなくて良い日なんだってば!」
『へぇ〜、私は普通に学校行ったけどさぁ〜、みんなもクラスに居たと思うよ?』
「行かなくても良い日なの!!」
父親はフォークとスプーンで器用にサラダをつまみながら聞いた
- 24 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:41
-
『梨沙子、どうして学校に行かなくても良い日なんだい?』
「パパなら判ると思うけどね、今日は公園の落葉が綺麗だったんだ」
『だからなんなのよ!!』
姉は執拗に食い付いた
『みやび、今は梨沙子と話をしてるんだよ。静かに聞きなさい』
『はぁい』
姉はふて腐れた顔で乱暴に唐揚げに食い付いた
『落葉かぁ、もうじき冬だもんな……、なにか発見したのかい?』
「うん!! 鳥さんがね、寝グセ直しなさいって」
『ハハハ、確かに梨沙子の髪の毛、ちょっとハネてるなぁ』
『アンタバカじゃない? 鳥が喋るわけねーだろ?』
姉はお箸を持った手で叩いた
「痛いッ!! しゃべるのっ! お姉ちゃんは心が狭いから聞こえないだけなの!」
それを聞いて姉はまた私の頭を叩いた
『こらぁ、雅やめなさい!! たった3人の姉妹なんだからケンカしないのっ!
梨沙子は感受性の強い子だから判るんだよな……
マイマイも判るかい?』
フォークでニンジンを刺し、口に運びながら言った
『うん、りしゃこねーちゃんの言うことわかる
鳥さんいっぱいしゃべるよねー』
『アンタらみたいな馬鹿な妹を持った私がもっとバカみたいじゃない……』
姉は頭を抱えていた
- 25 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:41
-
『でもパパ聞いてよ!
落ち葉が綺麗って言っても、鳥が喋るとしても、学校サボっていい理由なの?』
『そうよあなた、梨沙子はここ4日連続で休んでるのよ?』
雅の声に同調して母も顔をしかめていった
でも父はそれを笑い飛ばすように言った
『別に良いじゃないか、梨沙子は頭の良い子なんだから行きたいときに行けば』
『ねぇパパー、マイマイもはやく学校に行きたいでしゅー!』
『マイマイはもうすこしキンダーガルテンでお勉強したら学校だよ』
「なら私の代わりに学校へ行く?」
『行く行くーッ!!』
『これ梨沙子!!』
妹・舞が椅子から降りて『学校♪学校♪』とはしゃぎ回り、夕飯どころでは無くなった
『梨沙子、ちょっとおいで』
食後、父に呼ばれて居間へと向かった
- 26 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:41
-
『梨沙子、おいで』
ソファーに座り、長い足をオットマンに投げ出した父が呼んだ
「パパなにー?」
『抱っこしてあげるからおいで』
「うん♪」
私は父親に飛びついた
『この前話してた猫の話の続きを聞かせてくれるかい?』
「いーよー」
私は公園で見かけた猫の話を始めた
モモと名付けた猫の話だ
もちろん、空想の話だけど父はそれを黙って聞いてくれた
オーディオセットから流れるクラシックを聴き、
スコッチを飲みながら父は黙って聞いてくれた
.
- 27 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:41
-
「で、今日はここまで!」
『続き気になるなぁ、モモとサキの話』
「お話しはちょうど良いところで終わって、次をワクワクしながら聞く
それがちょうどよく楽しめるって言ったのパパでしょ?」
『そうだな……、そう言ったっけ僕』
「言った言った! モモの話を始めた日だから……、10月28日だよ」
『そこまで覚えてるのか、梨沙子は頭の良い子だなぁ
じゃパパは明日早いから今日はもう寝るね
ちゃんと歯みがいて寝なさいね』
「わかった、おやすみパパ」
『良い夢を……』
私は自分の部屋に戻った
ベッドに潜り込むと、三階にいる姉はもうイビキをかいて寝ていた
このイビキが案外うるさく歯ぎしりもするので
はしごで登ると気持ちよさそうに寝ている姉の鼻をギュッとつまんだ
10秒ほどしてブハッというのを聞くと、一階の自分のベッドに潜り込んだ
枕元のランプを付けて小さい頃に読んだ絵本を読む
何度読んだかわからない、本の端がすり切れた絵本を読んで眠気が来たらランプを消す
枕元においてあるマントを羽織ったリスのぬいぐるみ、マイハマンと今度はおしゃべりを始める
そして気が付いたら朝を迎える
- 28 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:42
-
*
.
- 29 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:42
-
『りしゃこ! 朝だってばぁ!!』
まどろみの中、目に飛び込んできたのはマイハマンと妹の顔だった
『もー、超おこしたんでしゅよー?』
目覚ましを見ると、午前7時半
今日も一日が始まるのかとベッドから這い出ようとした
でも体が言うことを利かない
起きあがろうとすると脳がその命令をキャンセルしたかのようだった
『りしゃこー! 起きなさーい!!』
舞は容赦なく布団をはぎ取った
季節は秋の終わり、あまりの寒さに布団を奪い返すと頭まで被った
『みやびねーちゃーん、りしゃこねーちゃん起きないー!』
舞がそう叫ぶと、ドタドタと足音をたてて私のベッドの前までやってきた
『梨沙子! いい加減起きろ!!』
布団をもぎ取り、ベッドから下ろしてしまった
「おねえちゃんやめて……寒い」
『寒くても起きる!』
引きずり下ろされるかのようにベッドから下ろされた
- 30 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:42
-
『りしゃこおねーちゃんだいじょうぶ?』
「うん、大丈夫……」
私は元々血圧が低く、朝は非常に弱い
ゆっくり時間をかけないと体が言うことを利かないのは知っていたけど
今日はちょっと勝手が違った
『さむい?』
舞は着ていた半纏を脱ぐとわたしにかけてくれた
「ありがとう」
『朝ご飯だぞ! さっさと降りるよっ!』
姉と妹に引きずられるかっこうで一階へ下りた
- 31 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:42
-
テーブルの上には目玉焼きやサラダ、パンに牛乳、スープが置かれていた
いつもより豪華な朝ご飯
今日はパパ、街の支社へ行くんだ
『どうした梨沙子、唇が真っ青だなぁ』
白のYシャツに紺のネクタイをした父が言った
『風邪引いたの? また夜更かししたんでしょ』
「ううん、すぐに寝たの」
『梨沙子また嘘ついて。夜遅くまでランプ付いてたから寝られなかったよ』
そっちこそ嘘つけ、寝るまでイビキが聞こえたよ
反論しようと思ったけど、辞めた
また叩かれるし
『梨沙子大丈夫? 今日学校行ける?』
母は心配そうに体温計を出してきてくれた
『37度8分ね、微熱っぽいけど大丈夫よね?』
『それぐらい熱ってほどじゃないよ!』
「大丈夫……」
姉の強烈な押しに負けた形で今日は大人しく学校へ行くことにした
- 32 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:43
-
『梨沙子、本当に大丈夫か?』
「うん、パパは?」
『パパはいつも元気だよ、こんなかわいい子たちのために
今日もビシバシと戦ってくるよ!!』
『あらあなた、私は?』
『ハハハ、もちろんママのためにも働いてくるさ!
そしてお腹の子にもね!
今日はちょっと遅くなるから先に寝てていいよ』
『パパママあつーい!!』
舞が大げさに顔を扇ぎおどけて言った
『よし朝ご飯だ、今日も元気よく食べよう!!』
- 33 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:43
-
食欲は無かった、食べようとしてもなんだか体が受け付けない感じだった
『どうした? 美味しくないのか?』
父に言われ慌ててフォークを口に運んだ
「ううん、すごく美味しいけど……」
『梨沙子、本当に大丈夫なの?』
「大丈夫……」
大丈夫じゃなかった、先ほどねじ込んだ目玉焼きが
元の場所へ戻ってきそうな感触が口の中に広がった
『りしゃこおねーちゃんだいじょうぶじゃないと思う』
「大丈夫だよマイマ……」
そう言おうと思った瞬間、思わず出てきそうだった
すんでの所で止まったけど、もう少しで吐きだすところだった
『梨沙子、無理に食べなくて良いけどスープだけ飲みなさい、体が温まるからね
ママ、病院に連れて行ってやりなさい』
『えぇ判ったわ、それよりあなた早く出ないと』
『もうこんな時間か、きょうもみんな元気でガンバレよ』
父は私たちの頬にキスをして出て行った
耳元に残った父の言葉
『梨沙子、がんばれ』
- 34 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:43
-
姉と妹を送り出してから母が運転するクルマで病院へ向かった
『梨沙子寒くない?』
これでもかと言うほど厚着をし、暖房を効かせても寒かった
足ががくがく震える程の寒気が襲う
「ママ、寒い……」
『すぐ病院だからね、もうすぐだからね』
.
- 35 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:43
-
*
.
- 36 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:44
-
「茉麻さーん、熊井マーサさーん」
看護師さんに呼ばれて診察室へと入った
『どうしました?』
『あの、娘があまりにも寒がりまして……』
『どれどれ、あーんしてみて?』
促されるように口を開けるとのどをライトで照らした
それを見た医者はカルテに記載をする
『のどはあまり腫れてませんね
りしゃこちゃん、のど痛い?』
私は小さめに首を振った、大きく振ると激痛が走るからだ
『そっかぁ、熱はあまり無いけどレントゲン撮ってみよう
大丈夫だよ心配そうな顔しなくても、まだ注射はしないから』
そう優しく微笑んだ医師は看護師に指示をしてレントゲン室へと連れて行かれた
レントゲンを撮り終えしばらく待合室で待たされたが母だけ呼ばれた
母は診察へと吸い込まれていった
私は部屋の隅っこに丸くなって、父の言葉を思い出していた
『梨沙子、がんばれ』
小さい私でもこれは最高のエールだった
そう、私を理解してくれる父のこの言葉が……
.
- 37 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:44
-
『うーん、微熱なんですがちょっとここを見て下さい』
シャーカステンに写真を差し込む
『ちょっと気管支と肺の上部に陰がありますね
きっと初期の肺炎だと思います』
ペンで指していたが、よく判らなかった
『3、4日ほど入院しましょう
手続きを取りますので宜しいでしょうか』
「はい…… 娘は、梨沙子は大丈夫なんでしょうか」
『大丈夫ですよ、ちょっと熱発すると思いますがご安心下さい』
私は不安でならなかった
娘が入院……、初めてのことでどうしていいか判らなかった
でも年配の看護師さんに必要なものを教えてもらい、家へと戻った
- 38 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:44
-
『梨沙子ちゃん、大丈夫?』
先ほどレントゲン室へ連れて行ってくれた看護師さんが声をかけてくれた
「はい、元気です……」
『うん、元気そうね、ベッドがあるからそこでお休みしよっか』
「はい……」
背の高い看護師さんの手を握って病室へ行った
『ここでお休みしてて? ママはすぐに戻ってくるから大丈夫よ』
「うん、大人しくしてる」
『辛くなったら、ほら、窓の外に教会が見えるからお願いすると良いよ
アタシはもうお祈りしてあるからすぐに良くなると思うけどね
でもどーしても辛かったらすぐに教えてね?』
「わかったゆー」
『はいえらいえらい』
温かい手で頭をなでられた
ほんのちょこっとだけ気が楽になった
- 39 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:44
-
窓から見える大聖堂にお祈りをして布団に潜ると、自然と眠気が襲った
それに委ねるように私は深い眠りについたみたいだった
『梨沙子、起きた?』
母が小さな椅子に腰掛けていた
「うん、あの教会にお祈りしたから少し良くなった」
『あのね梨沙子……』
「ん?」
『しばらくね、この病院に入院することになったの』
意味がよく判らなかった
ニューイン? なんだろう……
『ママはなるべくここにいるから、ゆっくりしてていいのよ』
「学校は?」
『お休みしていいの』
その言葉が嬉しかった
『いまはゆっくり寝てていいからね
なんか要るの、ある?』
「うん……、えほん」
『持ってきてあるわよ、それにマイハマンもでしょ』
「ありがとぉ……」
これがないとダメなんだ私……
- 40 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:45
-
マイハマンを見ると落ち着く
これは父が私の誕生日に買ってくれたプレゼントだった
いつも私の話を黙って聞いてくれる
私がピンチの時を助けてくれると信じてる相棒だ
私はマイハマンを弄びながら話しかけた
ちょっと辛いの
大丈夫、すぐに良くなるよ
本当に?
いつも見守ってたろ? 今もボクは見守ってるさ
絶対だね?
ボクが約束を破ったことはあるかい
じゃ、大丈夫だね
またいつでも声をかけてね
.
- 41 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:45
-
『そっか、キミはマイハマンと言うのかぁ……』
私は我に返った
目の前に飛び込んだのは、診察をしてくれた医師だった
『やぁ私は圭織って言うんだ、ヨロシクねマイハマン』
私の胸の上にいたマイハマンと握手をした
『おっと私もうっかりさんだな、りしゃこちゃん
君を担当する圭織だよ、ヨロシクね』
差し出された右手に右手を伸ばした
グッと掴むとあまりの強さに顔をゆがめた
『おっとっとごめんごめん、強すぎたな
ごめんのついでにママさんから話は聞いた?』
私はコクンと頷いた
『そっかそっか、じゃ私と一緒に戦おう
それに君をサポートしてくれる天使が、彼女だ』
『りしゃこちゃんよろしくね』
このベッドに招いてくれた看護師だった
彼女の名は難しくて覚えてないのでリンリンと呼ぶことにした
- 42 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:45
-
『ちょっとね、色々調べたいからチクッさせて?
採血の準備はいいかい?
そうかOK、ほらほら、これ何だと思う?』
見せられたのは、茶色のものだった
「輪ゴムのおばけ……」
『面白いねりしゃこちゃん、そうだよ、輪ゴムのオバケちゃん
名前は……、何が良いかなぁ?』
「つけて良いの?」
『うん、何にしよう??』
「これ何するもの?」
『これか? りしゃこちゃんの腕をギュッとして
腕の血のめぐりを止める道具だよ?』
「じゃ、めーぐる」
『よし、決まった! これはめーぐるだ
ちょっとめーぐるを腕に巻いて良いかい?』
「いいよ、優しくね」
『判ってるって』
めーぐると名付けられた駆血帯を私の腕を縛った
『ほらほら、もうそろそろ教会から鐘の音がするよ?』
ふと大聖堂に目をやったとたんにゴーンゴーンと5時を知らせる時報だった
それに気をそらされた瞬間に採血をされた
- 43 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:46
-
『はいおしまい、もうひとつついでにチクッとやっていい?』
「えっ? いま何やったの?」
『ん? りしゃこちゃんの大切な血を貰ったの
ほらほら、こんな色してるんだよ』
採血管に映るどす黒いものを見せてくれた
「カオリせんせー吸血鬼?」
圭織はふと陰をを落とし
『ふふふ、いま気付いたかりしゃこちゃん!
我こそはヴラドの末裔、カオリン公ドラキュラなんだー!! ガーッ』
私はポカーンとしてしまったが
「先生嘘でしょ、鼻がぴくぴくしてるし」
ハッと先生は鼻に手をやった
「ほーら嘘だー」
『もっと怖がってよー、一生懸命やったんだからー』
「先生おもしろーい!!
で、次のチクッはやるの?」
『やるよ? 遠慮無くブスッとやっちゃうよ?』
『もうすこし遠慮してやりなさい……』
『はぁーい……』
その様子をずっとみてた院長先生に睨まれて小さくなる圭織が居た
- 44 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:46
-
『じゃ、オーベンに呼ばれたのでこれにて失敬!
また来るぞ! よろしくねりしゃこちゃん、マイハマン!』
腕が振り切れるほど手を振って圭織は病室を出て行った
「ばいばーい」
『りしゃこちゃん』
点滴の瓶を吊るしてクレンメを調整し、チャンバーより落ちる液速を見ていた
看護師・リンリンが訊いた
『注射痛くなかった?』
「大丈夫、全然痛くなかったよ」
『面白い先生でしょ』
「うん! なんかお医者さんってこわーいイメージあったけど」
『でしょうね、あの先生は幼稚園の先生になりたかったんだけどね
家族みんなお医者さんだから、仕方なくお医者さんになったんだよ』
「へー、なんだかかわいそうだね」
『それでも1人でも小さな命を助けたい、って使命感持って
小児科医になったって聞いたよ』
「しめーかん? それなぁに?」
難しい言葉を聞くと私はその意味を聞くのが好きだった
その質問にリンリンはちょっと難しそうな顔をして……
『そぉねぇ、神様からお願いされて頑張ってる気持ち……、でダメ?』
「うん、すごく判りやすいと思う! カオリ先生はすごいんだねぇ!」
でも私は神様って存在を信じていなかった
もとより私は“目に見えないものは信じられない”と小さい頃から思っていた
『これで良し、何かあったらすぐに呼んでね』
そう言うとリンリンは病室を出て行った
- 45 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:46
-
入院の手続きを終えてから私は公衆電話を探した
そして夫の勤め先へ電話をかけた
無機質な呼び出し音が頭の中に響いた
ワンコール・ツーコール……、この感覚が永遠に感じた
『はい、ベリーズ工業です』
「あの、熊井の妻でございますが……」
『えっ……、ゆっくり話してくださいますか?』
Sprechen Sie langsum、耳に残った
「あの、熊井の妻でございます」
と日本語で話した、受付の人もやっとで判ったらしく
たどたどしい日本語で対応してくれた
『あぁー、フラゥ・マーサ、イツモオセワニナッテマスネ』
「あの私の夫、友理奈に連絡を取って頂けますでしょうか」
『あぁー、ユリナはシシャへ行っテマス』
「はいそれは判ります」
私は一息深呼吸をして慣れないドイツ語で話した
『友理奈に連絡を欲しいと伝えてください、連絡先は……』
受付の人の日本語よりもっとたどたどしいドイツ語で説明をした
ンァーハーという声と共に電話を切られた
- 46 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:46
-
そして私は家に電話をした
間もなく末娘の舞が出た
『はい、熊井の家でありましゅがどちらしゃまでしゅか?』
「ママよ、マイマイちゃんお姉ちゃん居る?」
『あーママ、りしゃこおねーちゃん居ないよ?』
「うん今病院なの、みやびちゃんいる?」
『いらないれしゅ』
「その……うーん、そう言う意味じゃなくて……」
気が動転していた私だったが、舞の一言のおかげで笑った気がした
「みやびお姉ちゃんはね、2人の妹のためを思ってあぁやってるの
要らないって言っちゃダメなんよ…… で、みやびちゃん居る?」
『ちょっと待ってて……
みやびねーちゃーん!!』
大声で呼ぶ声が受話器ごしに聞こえた
ドタドタと近づく足音と共に受話器を掴む音が聞こえた
- 47 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:47
-
『なにママ、夕ご飯どうしたのっ!』
「ごめんね……、梨沙子が入院しちゃって」
『あぁ、アイツそんなに悪かったの?』
「軽い肺炎だからすぐに治るって言ってたけど……、大丈夫よ」
『なぁ〜んだ』
「なんだじゃないわよ、あなたの妹なのよ?」
『そ〜だけどさぁ、せっかく入院するなら肺ガンとかもっと重い病気じゃないと
なんだか格好悪くない?』
「バカッ! あなた言って良いことと悪いことがあるわよ!!」
『何よそんなにムキになって……』
そうだ、何ムキになってるんだろう
私はすぐにごめんと謝った
「すぐにね、隣のサトダのおばあちゃんが夕ご飯持って来てくれるように
お願いしてあるからしばらくお家で大人しくしててくれる?」
『わかった、マイマイと一緒に留守番してるから梨沙子の事お願い』
「大丈夫よ、じゃ切るね」
受話器を置くとため息が出た
するとナースステーションからリンリンと言った看護師が声をかけてきた
『マーサさん、ユリナさんからお電話ですよ』
- 48 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:47
-
『あぁボクだが、どうかしたんだい』
「あぁあなた……、大変なことがあって」
『まさかお腹の子に……?』
私はちょうど妊娠26週、妊娠後期にさしかかっていた
夫は常々心配していたのだ
「ううん違うの、梨沙子が肺炎で……」
『梨沙子が? 大丈夫なのか?』
「えぇ、症状は軽いみたいなの」
『そうか……、軽くても僕の娘だ
仕事が終わったらすぐにそちらへ向かう』
「大丈夫なの?」
『当たり前だ! お前と娘たちの為に働いてるんだからな』
「ありがとう……、梨沙子も喜ぶわ」
『じゃ速攻で終わらすから、お前は少し休め
お腹の子の為にならんぞ』
「わかったわ……」
夫の優しさに安堵した
そして私は梨沙子が待つ病室へと戻った
- 49 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:47
-
病室に戻ると梨沙子は心配そうに私の顔を覗き込んだ
『ママ、大丈夫?』
「えぇ梨沙子、あなたこそ大丈夫なの?」
『ちょっと寒い……』
「じゃママが毛布貰ってくるね」
『大丈夫だよ、自分で行くの』
「大丈夫だからあなたはゆっくり寝てて」
『うん……』
私はすぐにナースステーションで毛布を借りに行った
『そういうときはナースコールでお呼び下さい、すぐに駆けつけますから』
「あぁありがとう、ついでに体温計もお借り出来ますか?」
『じゃ点滴の様子を見に伺いましょう』
看護師が毛布を3つ持つと駆けつけてくれた
『これで大丈夫、じきに温かくなるからね
それと計ってみて?』
看護婦は毛布を交換すると体温計を差し出した
『ゆー』
「寒くない?」
『まだちょっと寒い……』
「もう少し我慢してね」
看護師が温度計を取ると、ちょっと眉を動かした
『すぐに先生呼んできますね』
- 50 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:47
-
『やぁりしゃこちゃんにマイハマン、寒いのかい?』
圭織が走ってきたのだろう、軽く息が切れていた
「寒いの……」
『先ほど看護師から聞いたよ、
40度7分か……上がりすぎているな
ちょっと脈も見せてくれよ?』
先生は脈を掴むとそっと目を閉じた、時計も見ずに
『168か、血圧も上がってる様だな……』
『先生、解熱剤をお願い出来ますか』
『それは出来ません』
先生は母の顔をじっと見ると
『今の熱発は梨沙子ちゃんの正常反応なんですよ
体が自然と肺の中の菌を殺そうとして熱が上がるんですね
ですから今、解熱剤を入れると悪化させる恐れがあるんですよ』
「そうですか……」
『ちょっと検査のために動脈血を取りたいのですが』
「はぁ……」
私にはその意味がよく判らなかった
.
- 51 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:48
-
『りしゃこちゃん、ちょっと良い?』
「うん、また注射?」
『はい、マイハマンをしっかり胸に抱いててね』
圭織はマイハマンを左手に握らせると胸に押し当ててくれた
そして脈打つところを丁寧に探し、消毒をすると注射器を押し込んだ
んッ!!
あまりの痛さに声にならなかった
が、痛みは一瞬だけじゃなかった
グッ!!
圭織は注射器を細かく動かしながら動脈を探っていた
あまりの痛さにマイハマンを握る左手に力が入った
すると採血管にスルスルと血液が吸い込まれていった
『はーいお終い、痛かった?』
優しく微笑んだ顔で私の顔を覗き込んだ
「痛かったぁ……、まるで手首から魂が抜けるみたいに!」
『そっかそれはゴメンね』
採血管を両掌を使ってきりもみさせながら先生は謝ってくれた
『でも面白いなぁ! 手首から魂が抜けるみたいって例え!!』
「そぉ?」
『今までに誰も発想したこと無い感想だと思うよ!』
圭織は興奮しながら言った
『じゃ、この貴重な血を検査に回すね』
そう言うと颯爽と病室から出て行った
- 52 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:48
-
『圭織先生、結果なんですが……』
臨床検査医がレポートを持って飛び込んできた
「悪いね、遅い時間に無理言っちゃって」
そう言うと圭織はコーヒーを注ぎながら
テーブルに置かれたテーブルに目を落とした
「……なんかの間違いだろこれ」
『いえ……、こちらも手違いと思って再度やってみたんですが』
血液ガスの検査結果
動脈血の酸素濃度が68%……、あまりの異常値だ
通常だと90%を下回る事が無いのに
「とりあえず今すぐ酸素吸入の準備をしよう
明日は精密検査しないとね……」
- 53 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:48
-
僕は焦っていた、梨沙子が入院……
今朝の辛そうな梨沙子の顔を思い浮かべるたびに
クルマのアクセルは思わず踏み込んでいた
何台のクルマを追い抜いたか判らない
病院へ着く途中に警察に止められた
スピード違反だろうなと諦めたものの事情を話すと
『私に付いてきなさい』
とパトカーの先導で病院まで有り得ない速さで到着した
病室へ飛び込むとあまりにも痛々しい姿の娘が居た
鼻からチューブを通され、点滴の瓶が下がっている状態
まるで僕の曾祖母の最期の時みたいだった
『あぁあなたお疲れ様……』
「マーサもお疲れ様、辛かったろ?」
『ううん、もっと辛いのは梨沙子なはずなんだし』
「でも気持ちよさそうに寝てるのを見てホッとしたよ」
呼吸器を通された梨沙子はスースーと寝息を立てていた
『明日は朝から精密検査をするそうですよ』
「そうかぁ……、とりあえず僕はここに残るからマーサ、
君は早く家に帰りなさい」
『でもあなたのほうがお疲れでしょ』
「そうでもないさ、僕が付き添ってるから大丈夫だよ」
『わかったわ』
「さぁさぁ、早くお帰り」
- 54 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:49
-
*
.
- 55 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:49
-
目が覚めたとき、普段と違う環境にとまどった
いつもと違うベッド、いつもと違う部屋、そして横には父がウトウトしてた
「パパ……」
その声に目を覚ました
『やぁおはよう梨沙子、元気かい?』
「うーん、のどが乾いた」
『そっか、冷たいお茶が良いかい?』
「うん……」
父は魔法瓶からお茶を注ぐと手渡してくれた
ゆっくりと起きあがり、一服飲む
「ホント冷たい……、もう一杯」
『たくさん飲んでいいよ』
「パパ飲まない?」
『僕は大丈夫だ』
「そう言えばお仕事は?」
『何を言ってるんだ、今日は土曜日だよ』
「あっそっかぁ……」
「いま何時?」
『うーん、何時だろう』
父は腕時計を覗き込んで時間を教えてくれた
『そろそろ朝ご飯だ、食べられる?』
「ちょっと食べる」
- 56 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:49
-
車いすに乗せられて私は検査という検査を受けた
初めて乗る車いすにはしゃいでしまった
父はそれを温かく見守ってくれたし
ずっと検査を受けている間も待っていてくれた
検査も中盤頃に母と雅が駆けつけてくれた
『なんだよアンタ、肺炎のくせに車いすって大げさな……
その鼻に突っ込まれてるのって何?』
酸素吸入器を引っこ抜こうとしたときはさすがに父に叱られていた
ちょっといい気味だと思った
検査結果を聞きに父と母、そして雅は診察室へ行き私は1人病室で寝ていた
その頃からあまりよく覚えてない
- 57 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:50
-
りーちゃん、りーちゃん……
そんな声で気が付いた
あなたは?
ボクかい? 君の友達だよ
どこにいるの?
キミのすぐそこにいるんだけど見える?
見えない、なんか真っ暗な部屋の中に居るみたいだよ
怖くないよね?
うん、大丈夫だよ、パパやママがいるもん
そうだよね! ボクも一緒だから大丈夫だよりーちゃん
ありがとう、やさしいのね
ボクはキミからいつも優しくしてくれてるからね
ところでどうしたの?
ううん、1人で寂しいかなぁって思って声をかけたんだよ
大丈夫だよ……
パパやママがいるもん……ね
そしてあなたもね
ありがと、もう少しゆっくりと寝てなさい
起こしてくれる?
もちろんさ、ボクが起こすまでゆっくりしていると良いよ……
- 58 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:50
-
梨沙子! 梨沙子!!
そのような声が聞こえた気がする
でもこの暗い部屋から出られなかった
まだ寝ないのかい?
ううん、私を呼ぶ声が聞こえた気がして……
気のせいだよ
気のせい?
そうだよ、今はボクの声しか聞こえないはずだし
ここはどこなの?
ここかぁ……、夢って説明じゃダメかな?
じゃ、いまあなたと話しているのも夢?
そう、夢の世界
夢ってもう少しカラフルで煌びやかな世界だと思ってたよ
それも夢だよ
でも今も夢なんだよね
そぉ
もう少しあなたと話していたいけど大丈夫?
構わないさ、眠くなったら先に寝ても良いよ
あなたは寂しくない?
大丈夫だよ、ボクはキミとずっと一緒なんだから
そうだよね、そう言ってたよね
- 59 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:50
-
「梨沙子! 梨沙子!!」
『りーちゃん起きて!!』
『梨沙子! 起きないとぶつわよ!!』
僕はストレッチャーに運ばれる梨沙子の横に張り付いて叫び続けた
僕だけじゃない、マーサも雅も叫び続けてた
医師と看護師は必死でストレッチャーを押し、走りながら搬出口に向かっていた
「お医者さん、大丈夫なんですよね」
『えぇ、大丈夫ですよ!!』
圭織とかいった医師は懸命に走り続けた
あともう少しで救急車だ……
検査結果は軽い肺炎ではなかった
それは僕もマーサも雅も医者から言われて知った
『これを見てください』
シャーカステンに差し込まれたレントゲン写真を見たとき、僕でも唖然とした
『いままでいろんな肺炎患者を診ましたが、こんな症状は初めてですよ』
肺が、それと繋がる気管支が一面白く濁って映し出された写真だった
昨日のレントゲンと比較しても何かが起こってることだけは判った
圭織は眉間に皺を寄せてなんと言って良いのか判らない表情だったし
院長先生ですら難しい顔をなさっていた
その中で比較的若い先生、あさ美と言ったか、はこう言った
『わたしの大学病院へ転院させましょう
ウィーンにございますがここよりは設備が揃っていますから』
僕は医者というものにあまりお世話になったことがなかった
それでも大学病院といえば大きくて設備が揃っているしたくさんの医師がいるだろう
『ご家族の皆様が宜しければ……、ですけどね』
- 60 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:51
-
僕はマーサの顔を見た
マーサは僕の瞳をじっとみつめ、コクリと頷いた
雅の顔を見た
話に付いていけなかったのだろうが
何かを悟ったようで涙目になりながらも、頷いた
「お願い、できますか……」
『判りました、すぐに転院手続きをこちらで取りますよ』
そのとき、突然診察室の扉が開き、リンリンとか言った看護師が飛び込んできた
『大変です、梨沙子ちゃんの意識が無くなりました!』
紺野は慌てて電話を掴むとボタンをプッシュした
そして捲し立てるかのように事情を説明していた
圭織からは
『いますぐ病室へ向かいましょう』
と促され、走った
その中で圭織を追い越して走ったのは、雅だった
- 61 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:51
-
「梨沙子! 梨沙子!!」
私は叫んだ、でも梨沙子は反応を示さなかった
「起きなさいよ梨沙子! ねぇってばぁ!!」
お願い神様、私のことはどうなっても良いから妹を助けて欲しい!
そう祈りながら私は叫んだ
パパもきっと同じ事を考えてるんだろう、必死に呼びかけていた
母は力無くヘナヘナと泣き崩れていた
「起きなさいよ! 起きないとぶつわよ!!」
「ねぇ梨沙子! 起きてよ!!」
「お願い、お願いだから……」
私は体力が尽きたせいか声が出なくなった
でもかすれる声で叫び続けた
「お願い、起きて……」
そこへストレッチャーを引いたあさ美が飛び込んできた
『すぐに救急車が来ます!』
梨沙子をストレッチャーに移すとそのままガラガラと廊下を走り出した……
- 62 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:51
-
『血圧は!!』
『66の40です!!』
『唇がチアノーゼを起こしてる……』
「起きなさい! 梨沙子!!」
ストレッチャーを引いて走るそばで僕は叫び続けた
そして搬出口に到着すると、救急車へと運ばれた
救急隊から「付き添いの方もどうぞ!!」と叫ばれ
僕はマーサに乗るように促した
「僕はその後ろをクルマで追いかけるから、君は一緒に行きなさい!!」
マーサが救急車に乗るとハッチは閉められ、走り出した
そして僕は雅と一緒にクルマに乗るとその後ろを追いかけた
- 63 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:51
-
『りさこ……、梨沙子……』
雅は涙を流しながらぶつぶつと名前を呼んでいた
僕はアクセルを踏み込んで救急車の後を追いかけた
『パパぁ……、梨沙子大丈夫だよね……』
「当たり前だ、雅の妹なんだろ? 君が信じないでどうする」
『でも……、いつも梨沙子には冷たくしてて……』
「関係ないさ、梨沙子のことは大好きなんだろ?」
『………』
雅は黙って頷いた
僕はそれを見てホッとした
「大丈夫だ、きっと大丈夫だ……」
僕は病院を飛び出すときに思わず掴んだリスのぬいぐるみを雅に渡した
「彼女がきっと助けてくれるさ」
『マイハマンだっけ?』
「あぁそうだ、梨沙子の大親友だったよな」
『あいつ、いっつも寝る前にこのぬいぐるみと喋ってるんだよね』
「みたいだな、圭織とかいった医者も言ってたよ」
『大学病院でも一緒にいられるかなぁ……』
「一緒に居なかったら寂しがるだろ?」
『うん……』
ウィーンの街並が見えてきた
- 64 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:52
-
ねぇあなた……
なんだい?
一つ聞いて良いかな?
判ることだったらね……
天国って知ってる?
知ってるさ、興味有る?
もし私が死んだら、天国へ行ける?
気になる?
うん……、どうせ私死ぬんでしょ?
いつかは死ぬさそりゃ
きっと私は天国へ行けないと思うんだ……
それはどうして?
だってさ、学校にも行かないしお姉ちゃんやママの言うことも聞かないし
で?
お姉ちゃんなんて私を「変な子、馬鹿な子」って言うの
で?
だから私に何があっても心配しないと思うの
で?
だから地獄へ行くと思うの
ふーん……
.
- 65 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:52
-
キミに聞きたいけど……
何?
キミは見えるものしか信じないんじゃなかったっけ?
そうだけど……
じゃ、キミの回りに地獄を見た人って居る?
……居ない
じゃ、天国は
居ないと思う
じゃ、無いんだよ
無いの?
だれも見たことがない世界を信じるのかい?
…………
そんな世界、人間が悪行を犯さないようにするための戒めみたいなもんだよ
戒め?
そう、悪いことをしたら叱られるみたいなもんだよ
そうなん、だ……
.
- 66 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:52
-
眠くなってきたかい
うん……
じゃゆっくり寝な
最後に……
なんだい?
あなたの名前は……
ボクかい?
・
・
・
・
・
・
・
.
- 67 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:52
-
梨沙子! 梨沙子!!
そう呼びかける声で私は目が覚めた
おぼろげな視界の中、私は呟いた
「あなたは……、誰?」
『梨沙子! 目を覚ましたの!!』
『梨沙子、大丈夫!!』
おぼろげな物体が姉と母という像を結ぶ
『おはよう、梨沙子……』
父の姿も象ってた
いつものように笑顔だった
『梨沙子! もう10年分心配したんだからね!!』
姉は涙を流して喜んでた
『ママよ、あなたのママよ……』
母も私の手を握って泣いていた
父も私の瞳を見つめてた
- 68 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:53
-
私はかれこれ4日間も寝てたらしい
母から聞かされた
ずっとずっと目覚めることなく寝てたらしい
その間に検査をした結果、このまま起きなかったら
一生起きることなく、動くことも食べることも出来ずに
寝たままの生活を過ごさなきゃならないと教えてくれた
私は寝ていた時のことを話した
でも誰も信じてくれなかった
あさ美とか言う先生は
「よく聞く話だけど面白い話だね」
とだけ言っただけだし、母は
「悪い夢を見ただけよ」
とだけだった
この話を信じてくれたのは、後にも先にも1人だけだった
- 69 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:53
-
私は環境ががらりと変わったところにいた
見たこともない風景、人、時……
来る人来る人、マスクと割烹着みたいなのを着ていた
そして私の鼻には常に空気が送り込まれていたし
体の至る所にケーブルやチューブが通されていた
窓は閉め切られ、窓際に置かれたラジオからはニュース概況などが垂れ流されていた
それよりも、マイハマンは私の手元に無かったし絵本も無かった
無機質なこの部屋はあまりにも私の世界を黒く塗りつぶした
そう、あの時見た“夢”のような世界だった
母は毎日来てくれた
マイハマンが欲しいとお願いしたけど、ダメなんだ、規則なんだと断られた
でも部屋の外ならと言うことで、出入り口の窓に悲しそうなマイハマンが張り付いていた
セロファンテープで窓に押しつけられたマイハマンは遠目から判るぐらい痛々しかった
遠くから見えるマイハマン……
手を伸ばせば届きそうな距離……
助けたいのに助けられない……
つまんない日々だった
まるで味のないそうめんをすすり続けるような毎日だった
本もだめ、テレビもだめ、マンガも新聞もだめ
ダメダメずくしの毎日だった
その中で唯一許された楽しみは紙とペンだけ
この中だけが、この世界だけが私に許されたユートピアだった
- 70 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:53
-
トイレに行きたくても、すべてベッドの上だった
外に出るどころか歩くことすら許されなかった
何かあればすぐそばに居た看護師さんに世話をされた
話しかけても返ってくる答えは決まっていた
「大丈夫だよ、気にしない」
気にしない……、気が付いたら私の口癖になった
こんな世界から早く出たかった
誰からも束縛されない、静かな場所が欲しかった
この無機質な世界から出られたのは、2週間後だった
- 71 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:53
-
*
.
- 72 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:54
-
無機質な世界から出て一般病棟に入ったとき
最初にしたことは久しぶりに1人でトイレに入った事だった
誰からも邪魔されず、誰からも監視されない場所
その代わり、私には相棒を持ち歩かないといけなかった
それは酸素ボンベ
カートに積まれたボンベを通して鼻から空気を送られていた
このボンベに私は名前を付けた
『明日香』
とした
由来は……、これが取れるのはアスカ(明日か)と掛けて、だ
ここでの生活は、集中治療室とはちょっと違った
同じ部屋にはれいなとえりとさゆみって子が居た
私よりちょっと年上だったけど何かと世話をしてくれた
りんごをむいてくれたり、バナナをくれたり、夜うなさてれるとそばに来てくれたり
彼女たちは私を妹のように扱っていた
でも私の母が持ってきてくれた差し入れのおかずは無言でねだられた
特に肉じゃがは彼女たちのハートを射止めたらしい
タッパーに入った肉じゃがを食べるとき、あまりの視線に耐えきれずに
「どうぞ……」
と言わざるを得なかった
ここウィーンでもジャガイモはメジャーな食べ物だったけど
肉じゃがという食べ物は見たことも聞いたこともなかったらしく
醤油とみりんの香りがしたした肉じゃがは彼女たちを虜にした
- 73 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:54
-
『ねぇ、りしゃこ』
れいなが訊いた
『このニキジャガの……、知っとーと?』
独特の訛(西部なまり?)で聞き取れなかったが、
この味をしめたれいなのだろう、作り方を聞いてるのだろうと思った
以前母から聞いたであろう作り方を説明したが
『ショユ? ミリ?』
日本独特の調味料について聞かれたときは詰まった
でもなんとなく作り方を捉えたらしいが
『日本のズッペ?』
ズッペ(Suppe)、シチューに近い料理だけどそれとは違う
だから私は紙に作り方を書き、昔イギリス海軍が作った料理をヒントで作られ
今では日本でのムッターの味と教えた
そして次に教えたのは
「ムッターハムでホームラン」
随分と小さい頃に見たテレビでやってたコマーシャルだ
まぁ日本でも通じる人なんて一部なんだろうが……
- 74 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:54
-
『マーサさんもう大丈夫ですよ、……もうじきですね赤ちゃん』
「あ、はい……」
10ヶ月目の検診だった
『もう準備は済みましたか?』
「はい、もう4人目ですからね」
『性別は……、聞いてましたっけ?』
「いえ、生まれてくるまで楽しみにしようって夫が言ってまして」
『そうですね、そちらの方が名前を考えるってパパの悩みも増えるでしょうから』
「今度こそ男だって夫は考えてましたよ」
『そういえば、マイマイちゃんはいくつでしたっけ?』
「5歳ですよ……、もう生意気盛りで姉たちも参ってるぐらいでして……」
『きっと取り上げた先生のせいでしょうね』
ニコニコ笑いながら産科のみちよ先生は言ってくれた
この先生は舞の時もお世話になった
『そういえばりしゃこちゃんのお加減は……』
「あぁ、一般病棟に入りましたってこの前の検診で……」
『あぁそうだっけそうだっけ! いやぁ最近物忘れが激しくて!!』
「仕事よりも恋に夢中だから……、ですか?」
『厭ですよマーサさん、そーいう訳じゃ!!』
笑いながら否定しながらも、顔は肯定をしていた
まったく正直な先生なんだから
- 75 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:54
-
『まぁ〜、何だったら圭織先生のトコにも顔を出してあげてください
たまに私と話していても心配しておりましたからね』
「えぇ判りました」
『では、陣痛が来たらすぐに救急車でいらしてくださいね』
「はい……」
診察室を出ようとしたときにちょうど圭織とぶつかりそうになった
『あぁごめんなさ……、あら、熊井マーサさんではありませんか!』
「あら、ちょうどみちよ先生とあなたのことを話していたところなんですよ」
『だからかぁ! さっきからクシャミが止まらないなぁって』
圭織は笑いながら鼻頭をコリコリと掻いた
「先生お加減はいかがでしょう?」
『私ですか? 相変わらずこの通り、ですよ
奥様も随分と顔色がよろしくなりましたね』
「えぇ、梨沙子も一般病棟に移りずいぶんと元気になりましたから」
『そうですかぁ、あぁそうだ』
圭織は手に持っていた資料をごそごそと漁りだし
『ちょっと喫茶室でお茶でもいかがでしょうか?』
「はぁ……」
すぐそばの喫茶室へと向かった
- 76 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:55
-
『これ……、なんですが』
テーブルの上に広げたのは何かのパンフレットだった
書いてある文字はなんとなく読めるのだが写真のほうに目が行った
『ここからウィーンとは逆方向なんですが子ども専用の病院があるんですよ』
「はぁ……」
『ここより大学病院へ通うより近いですし何より空気がきれいですからね
リハビリには時間が掛かると思いますから、奥様が通われるにはいいかなと……』
「そうですねぇ、毎日ウィーンまで通うのにも疲れますしそれに……」
『それに?』
「あのあさ美先生ですか? どうも梨沙子が怖がってるんです」
『ふむ……』
梨沙子はあさみ先生を怖がっているのは事実だった
足音だけで布団を頭から被り、こっちに来ないで欲しいと願っているとも聞いたことがあった
『まぁアイツは私の後輩なんですが……』
「それは……、ごめんなさい……」
『この前一緒に飲んだときも同じ事を言ってましたよ、梨沙子君に嫌われてるなって』
「そうですか……、命の恩人なのに本当に……」
『まぁもうじき呼吸器も外れてリハビリに入ると思いますから
どうぞご主人様とごゆっくりお考えの上でと……』
そのとき、ポケベルが鳴った
『おっと急患のようですね』
「では失礼させて頂きますね」
そう言うと勘定帳を手に取ろうとしたとき圭織がそれを先に手にした
『私がお誘いしたのですから私が払いますよ、ではお大事に』
これ私に付けておいてとウェイトレスに投げ渡すと走って喫茶室を出て行った
- 77 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:55
-
『ただいまぁ〜』
夜遅くに友理奈は帰ってきた
ネクタイをゆるめてダイニングに入ると席に座った
『はぁ〜、今日も頑張ったぞー! 夕飯何かな何かな?』
「あらお帰りなさい、今日はあなたの大好きなハンバーグですよ」
『いーねぇ、これで明日もエンジョイできるなぁ!
そういえば今日検診だったんだろ?』
「えぇ順調ですって」
『どっちかなぁ……、男だったら光男って付けるのになぁ!』
「あら、この前までは熊井・ハタケ・俊昭が良いとか言ってなかったっけ?
ミドルネームまで勝手に考えちゃって」
『あ゙ぁ゙〜、悩むなぁ!!』
「生まれてから決めれば良いのよ、あなた」
『まぁそーいっちゃそーなんだけどさ〜』
焼き上がったハンバーグを皿に盛るとテーブルにおいた
「ねぇあなた、食べながら聞いて欲しいんだけど……」
『ん゙? な゙ん゙だい゙?』
「あらやだ口に入れながら喋らないでよ、舞が見たらすぐマネするんだから」
『あ゙ぁ゙、ごべんごべん……』
検診のあとに圭織先生と会って喫茶室で転院の話をした
それに大学病院のあさ美先生を怖がってる話もした
友理奈は黙ってみそ汁を一口すすりおわると
『そっかぁ、僕の会社からはちょっと遠くなるけど
リハビリなど考えるとそっちのほうが“医院”じゃないの? ナンチテ』
「あらやだあなた……、そんな事いってると雅から“おじん”って言われるわよ? エヘヘ」
『じゃ君はさしずめオバタリ……、いやゴメン』
「あらやだ、私まだまだイケてると思わない?」
『当たり前だよ……、僕の愛する茉麻……』
きっと誰かが聞いていたらあまりの空気の凍り具合に身震いしてたかもしれない
- 78 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:55
-
『あぁさぶさぶ……、お茶飲もうと降りてきたら
夫婦のラブラブトークからサブサブトークになってたわ……
そしてラストはアツアツトークかよ……ケッ
よかったダイニングの外で聞いてて
てか今夜超冷えるなぁ〜、色んな意味で』
雅はお茶を飲むのを諦めて自分の部屋へ戻っていった
.
- 79 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:55
-
翌日、私は梨沙子のお見舞いへ行ったときに梨沙子は大泣きしてた
えりもれいなもだった
3人は床に車座になって大泣きしていた
「あらどうしたの梨沙子!」
『さゆが、さゆちゃんがぁ……』
「あら、あの大きな子がどうしたの?」
『今さっき……』
えりのいうその言葉の意味は、分かった
私は絶句した、あの物静かで元気な子が……
『夕べものすごぉ苦しんどったっとぉ、すぐに先生駆けつけたっちゃが……』
「そぉ……」
私は言葉が続かなかった
この部屋の様子に気付いた看護師さんが色々と判りやすく説明してくれ
とにかく体に障るからベッドで寝て、天国へ召されたんだからお祈りしなさいと言ってた
『さゆのお別れを言いたい! 言いたい!!』
れいなは泣きながら必死に声を絞り出した
えりも同じく、送らせて欲しいと言った
『わかった、あさ美先生に内緒に出来るなら良いよ』
しばらくしてさゆみの両親がいらして無言で身辺を片づけていた
父親は私の存在に気付き、色々ありがとうございましたと礼を述べた
こちらこそ生前は良くして頂きましてありがとうございましたと言った
『あの子は脳腫瘍で余命3ヶ月と言われましたが
そこまで持ちませんでした、残念でなりません
ですがきっと彼女は……、幸せだったと思います……
いい友達と出会えて、そして送られて』
「……そうですねきっと……」
- 80 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:56
-
看護師はヘルパーさんにお願いして3人を車いすに乗せると
病室を出てエレベーターで1階へ下りた
裏口へ向かう廊下にさしかかったとき、ちょうど霊安室から
家族と葬儀屋の方が黒色の棺を押して出入口へ向かっていた
それを止めてもらい、3人は最後の別れをした
『さゆ……、いつかえりも行くから待っててね……』
『さゆ、いつもいじわるばっかしてごめん……、ウチもじきに行くけん……』
棺にすがるように泣き、キスをする2人
梨沙子は黙ってさすっているだけだった
両親が一礼をすると棺は出口へ進んだ
そのとき
『♪ムジデン ムジデン ツム シュテッテレ ヒナウぅス〜』
『♪ウント ドゥ マイン シャッツ ブライブスト ヒーア』
えりが歌い出した、それに続いてれいなも
とても寂しそうなそして悲しい歌だった
『♪ヴェン イコム ヴェン イコム ヴェン イヴィーダウム コム』
『♪ヴィーダウムコム ケーァ イアイン マイン シャッツ バイ ディア〜』
扉が開き、棺が寝台車に入るとハッチが閉まった
そして扉が再び閉められ、寝台車が走り出すと2人は泣き崩れた
しばらくして私たちは病室へ戻った
- 81 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:56
-
『ママぁー……』
「なぁに、梨沙子」
『ここもうイヤ……』
梨沙子のベッドの横には、次の患者を待つ白いシーツが既に張られていた
いつもは温かいのにあまりにも静かで冷たい空間になっていた
「そう言えば梨沙子、さっきは何の歌だったの」
『ううん……、知らない』
「悲しそうな曲だったね」
『うん……』
れいなとえりのベッドにはカーテンが引かれ、中からすすり泣く声が漏れ聞こえた
冷たい空気はなお一層の冷たさを感じた
「梨沙子、別の病院へ行きたい?」
『うん……』
「ママ、今からあさ美先生に聞いてみるよ」
『お願い……』
- 82 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:56
-
『そうですか、転院ですか……』
「はい……」
『確かにそちらの方がケアやリハビリに適してるかも知れませんね
こちらより近いでしょうし圭織先生のお姉さんもその病院にいらっしゃいますし』
「そうなんですか……」
『えぇ、その人は研修医時代のオーベン、私の師匠ですしね
圭織先生同様面白い先生ですよ
なんでしたらすぐに手続きを取りましょうか?』
「宜しければ……」
その後沈黙が続いた
あさ美が書類を書くカツカツという音だけが響いた
『でも残念でした、さゆみちゃんは……』
「えぇ、でも……」
『どうしました?』
「さゆみちゃんを送り出したときにみんなが歌い出したのですよ」
そのときに聞いた歌を鼻歌でうたった
『あぁ〜、“Muss i denn,”ですねそれ』
「ムジデン……、ですか?」
『えぇ〜、“Uボート”って映画をご存じですか?』
「あぁごめんなさい、知らないです」
『そこで出航の際に流れる曲、ですよ
今もドイツ海軍が出航の際に歌われますよ』
「そうなんですか」
『はい、友達同士で別れを惜しむ歌、ですよ
はい出来ました、今すぐ向こうの受け入れ要請をしますんで……』
ペンを置くとあさ美は受話器に手を伸ばしてプッシュした
- 83 :◆TS6hADG9sE :2007/04/03(火) 22:56
-
程なくして3日後に転院可能と言われ
その3日後、リンツ郊外にある子ども病院へと転院となった
.
- 84 :名無し娘。:2007/04/05(木) 10:26
- うぅむ・・・すごいな・・・
- 85 :名無し娘。:2007/04/05(木) 19:41
- なんか独特
- 86 :名無し娘。:2007/04/05(木) 23:16
- 濃いな・・・
- 87 :名無し娘。:2007/04/23(月) 19:29
- いつの間に再利用されてたんだ
- 88 :名無し娘。:2007/05/20(日) 08:35
- すげえ
- 89 :◆TS6hADG9sE :2007/06/01(金) 23:19
- 続編はもう少しお待ち下さい
ごめんなさい
- 90 :名無し娘。:2007/07/02(月) 05:52
- 待つよ
- 91 :名無し娘。:2007/07/24(火) 23:57
- もう少し待ってみるよ
- 92 :名無し娘。:2007/08/31(金) 00:04
- 待ってるよ
- 93 :名無し娘。:2007/10/19(金) 18:16
- 保
- 94 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:44
-
.
- 95 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:45
-
ベッドに寝転がり、天井を見る
視点はいつも定めないようにしてる
そうすると、天井から突き抜けて満天の星空が見えそうだから
星たちは何事も無かったかのように煌めき続けている
何年、何十年、何百年、何千年と変わらず今夜も煌めき続けるだろう
そう想像しながら横になっていると自然と眠気が襲ってくるのだ
その瞬間が好き
まるで天と、ちりばめた星空と一体になれる気がするから
体が自然と宙を舞い、すぅとからだが軽くなる
今でも寝るときはそういう風にしてる
ほんの一瞬の出来事なのかも知れないけど
私はそのようにして眠りにつく
数時間後に目覚めることを知っているからね……
- 96 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:45
-
ウフフ……
あっ、また会ったね
寝る寸前を狙ったんだよ
意地悪な人だね相変わらず……
人が寝入ろうとするときに声掛けてくるなんて
いつも空を思い浮かべながら寝てるの?
そうだよ? 今頃夏の三角が天の川を挟んでるのが見えるんだ
雨降ってるのに?
雨が降ってても天には星が煌めいてるって言ったの、あなたでしょ?
そうだよ?
だから良いじゃない……
でも、寝落ちる直前の顔をみてるとつい、ね
本当に意地悪ね
でも声を掛けられるの期待してる自分がいるけどさ
ウフフ……
エヘへ……
.
- 97 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:45
-
てか、私が寝るまえにそうしてる理由って知ってる?
ううん、知らない
教えてあげよっか?
うん、教えて?
……やっぱやーめた
なんでよ?
私をみないで! そういうときでも空を想像するのよ
そっか……、
で……、何で?
それはね……
な……に…………
.
- 98 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46
-
いつもここでまどろみに堕ちていく
そんな夢を何度見たか判らない……
.
- 99 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46
-
*
.
- 100 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46
-
私はリンツの子ども病院へ転院することはあえて伝えなかった
別に黙って出ていく気は無かったんだけど
彼女たちは私が転院することは何となく判っていたみたいだったし
大学病院で過ごす最後の夜、私はえりとれいなに手紙を書くことにした
キャビネから便せんとペンを出すと転院する事を書いた
そして3ヶ月間だけだったけど本当にありがとうとも書いた
またいつか出会えることがあれば……
.
- 101 :◆TS6hADG9sE :2007/10/25(木) 20:46
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『りしゃ、りしゃ……』
ハッとした
「どーしたの? れいなちゃん」
カーテンが微かに開くとれいなは顔だけを出した
『まだ寝てなかったとぉ?』
「うん、寝られなくてね……
れいなちゃんも寝られないの?」
『うん、寝られんっちゃ……』
れいなは視線を下に落とし語尾を濁した
何が言いたいかは判ったが、彼女は奥歯を噛みしめてその言葉を殺した
「少し話そ? 寝られなくてさ、わたしも……」
私は書きかけの便せんをキャビネに仕舞うと机を足下へ動かした
れいなはベッドの片隅に腰をかける
しばらく沈黙が流れた……
.
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