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私の中のモーニング娘。

1 :誉ヲタ ◆buK1GCRkrc :2007/06/30(土) 21:13 ID:1/HtvWqQ
新人です。遅筆ですが頑張ります。
目標とする人はピスタチオの作者さんです。

103 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

新垣はその場の空気から逃れるようにして部屋から出る。
階段の踊り場に腰掛けて自分の台本を開く。
新垣が担当する歌や台詞は辻よりもずっと少ないものではあったが、
それでも新垣は既にそれらを完全に暗記していた。

きっと紺野や小川や高橋といった―――
同期の子らも完璧に覚えてきているだろう。完璧じゃないはずがない。
新垣らにとってそれから逃れることは恐怖だった。
どこにも逃げることは許されなかった。
逃げたとしたらその後どうなるか―――
そんなことは怖すぎてとても想像することはできなかった。

辻さんはいいな。
きっとどこへ逃げても許されるんだろうな。
きっと誰かが追いかけてきてくれて、連れ戻してくれるんだろな。

嫉妬にも似た感情が新垣の心に湧き上るが、それはあまり不快ではなかった。
なぜなら他の誰かが辻のことを追いかけなかったら、
きっと自分が真っ先に辻のことを追いかけて行っただろうから。
新垣にはそのことがよくわかっていた。

104 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

「まめちゃーん」

「あ、辻さん」

「はぁ。疲れたよ。みんなギャアギャアうるさいし」

「頑張ってください。みんな期待してるんですよ」

「まめちゃんはもう覚えたの?」

「はあ。なんとか」

「いいよなー、新人は台詞少なくて。ミスってもみんな優しくて」

「あたしは辻さんが羨ましいです。辻さんみたいになりたいです」

「じゃあ替わろうっか?あたしが嫌な仕事の時だけ」

「辻さーん・・・・・」

「なーんちゃって。冗談だよ、冗談」

「辻さん、目がマジですよ」

105 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

話しているうちに辻の表情はどんどん明るくなる。
まるで叱られたことなどすっかり忘れてしまったかのように。
実際、完全に忘れてしまったのかもしれない。
いつの間にか励ます役は新垣から辻へと替わる。
舞台なんて始まっちゃえばこっちのもんだよー
などと辻はベテラン女優かのような言葉を吐くまでになる。

辻さん元気だなー、ポジティブだなーなどと思いながらも、
新垣は時間の方が気になってくる。
もうあまり時間は残されていない。
辻さん、練習しなくて大丈夫なんだろうか?

明日に迫った本番を前にしても辻にはプレッシャーなどないのだろうか?

106 :第五章:2007/07/18(水) 20:44 ID:ncaH8K5k

舞台初日の幕が下りる。
案の定、辻は何箇所か細かいミスをしていた。
それでも破綻なく乗り切ったのはさすがと言うべきなのだろうか。


「辻さん、なんとか無事に終わりましたね!」

「あー、だから言ったでしょ?なんとかなるもんだってさ」

「あたしもとちっちゃいました。練習では完璧だったのに」

「まだまだ練習が足りないってことよ」

「あー、辻さんに言われたくないなー」

「のんは影で努力してたもん。みんなの見てないところで」

「本当ですか?」

「もちろん!マジよ!大マジよ!!」


いたずらっ子のような表情でそう言う辻を後ろから吉澤が蹴っ飛ばす。
辻の額から流れていた大粒の汗が飛び散り新垣の顔を濡らす。
辻が反撃するよりもはるかに早く石川の蹴りが辻のお尻に飛ぶ。
その次に伸びてきた足は保田のものか安倍のものか―――
よくわからないまま新垣は辻もろともメンバーにもみくちゃにされる。

107 :第五章:2007/07/18(水) 20:45 ID:ncaH8K5k



108 :第五章:2007/07/18(水) 20:45 ID:ncaH8K5k

「ねえ、さゆ。一つ聞いていい?」

「なんですか?」

「もしあたしがここから逃げ出したら―――追いかけてくれる?」

「ええ!!なんですかそれ」

「仕事とか全部ほったらかして逃げ出したとしたら」

「そんなにこの仕事が楽しくないですか?」

「いやまあ楽しいけどさ」

「大丈夫。ちゃんと追いかけますよー。地獄の果てまでも」

「そこまでは逃げないけどさ」

「ガキさんは追いかけてくれます?」

「え?」

「さゆが逃げたら。追いかけてくれますか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「地獄の果てまでも」

「もちろん追いかけるよ。地獄の果てまでもね」


たとえ辻さんとは違った理由でも。
追いかけなきゃいけないんだ。
あたしはあたし自身に言い聞かせるようにして、心の中でつぶやく。

109 :第五章:2007/07/18(水) 20:46 ID:ncaH8K5k
第五章 終わり

110 :名無し娘。:2007/07/19(木) 12:55 ID:EKpl/Tjk
いいねえ

111 :名無し娘。:2007/07/23(月) 19:53 ID:uL8/7sEQ



112 :第六章:2007/07/23(月) 19:54 ID:uL8/7sEQ

「ふう。終わっちゃったね」

「え?何が?」

「今日のロケが」


ほんのちょびっと女の子らしさを忍ばせた仕草でカメがつぶやく。
その言葉の意味はよくわからない。
でもこの子は時々こういうことを言う。

そして空ろな眼差し。開いた口。
だからといってこの子が落ち込んでいるとは限らない。
だってこの子はいつもこういう表情を見せているから。
この表情が何を意味しているのかはいまだによくわからない。

でもきっと何らかの意味があると思うんだ。
たとえ彼女自身が―――意識していないとしても。

113 :第六章:2007/07/23(月) 19:54 ID:uL8/7sEQ

スタッフさんたちはバタバタと片づけをしているが、
あたしらは衣装さえ着替えてしまえば何もすることはない。
あとはただ家に帰るだけ。今日はもう仕事ないし。


「あー、今日はもうちょっと歩きたかったなー」

「もう行く場所なんてないでしょ。何言ってんの」

「店なんて突撃取材でいいじゃん!」

「これ一応テレビなんですけど」

「いいじゃん!いいじゃん!もう一軒行こう!」


何の前触れもなくテンションが上がったカメの
相手をするメンバーはあたしを除いて誰もいない。
あたしの右腕にぶらさがってくる重い身体。
これってこの後プライベートでどっか行こうっていうお誘いなのかな。
それならそうと素直にそう言えばいいのに。

114 :第六章:2007/07/23(月) 19:54 ID:uL8/7sEQ

「カメさ、昨日も一緒にご飯食べたじゃん」

「え?なにが?」

「一緒にいたじゃん。みんなとも」

「そうじゃなくてー、ロケがしたいの」

「あんたそんなに仕事熱心だったっけ?」

「仕事とかそんなんじゃなくてー、ロケがしたいの」

「ロケは仕事じゃん」

「ガキさん冷たい」

「カメさん意味わかんない」

「なんかもったいないんですよ。時間が」

「時間が?」

「みんなといない時間が。もったいなくない?」

「あんたそんなにみんなのこと好きだったっけ?」

「あー、ひどーい。好きだもん。超好きだから」

「あんた時々急にそういうこと言うよね」

115 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

カメは他のメンバーに比べて、
自己中心的なところがないから一緒にいてもあまり疲れない。
でも時々こうやって他人に甘えてくるところがある。
そういう所が可愛いと思う反面、これはこれで疲れる。
あ。つまりあたしは誰といても疲れるということか。


「ガキさん、絵里だっていつかは卒業するんですよ?」

「おっと。いきなり大きく出たね」

「そしてらガキさんはもう絵里とは仕事できないんですよ?」

「まー、そうなるよね」

「もったいなくないですか?」

「おほほほほ。言うねー」

「その時になって泣いたって遅いんだから」


カメはカメなりに色々考えているんだろうか。
でもカメより先にあたしが卒業するという可能性は全く考えてないんだね。
その辺りの詰めの甘さがカメらしいといえばカメらしい。

あたしはカメの目を真っ直ぐに見る。
カメは照れたように視線を逸らす。
まあそうだよね。逸らすよね。あまり直視するようなものじゃないもんね。

116 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

もういいですと言ってカメはまた空ろな表情をする。開いた口。
もしかしたらこの状況は―――
あたしが思っているよりもずっとシリアスな状況なのかもしれない。
でもあたしはカメの言ったことを熟考する勇気はない。

あたしだってカメだっていつかは卒業する。
それはわかってる。わかってるけど―――
カメの目を見るように、その事実を直視することはあたしにはできない。
そう。あたしには無理だ。あたしにはできない。


でも
でも
でも

こんな時

あたしの中のモーニング娘。なら――――

117 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ



118 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

「新垣じゃん。なにしてんの」

「あ・・・飯田さん。あの。その」

「なんで部屋に入らないの?」

「だって・・・・・今はちょっと」


そう言いながらもずっと部屋の中を見続けている新垣の背後から
飯田は部屋の中を覗きこむ。
飯田は新垣の頭の上に顎を乗せる。
新垣の低い背中が飯田の胸に当たる。
とくんとくんという飯田の鼓動が新垣には聞こえるような気がした。
飯田の心拍数は部屋の中の光景を見て一気に跳ね上がる。
後ろから抱きかかえられた新垣は一歩も動けない。
ただ黙って飯田の言葉を待っている。

どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
こういう時に「まるで一時間くらに感じられた」などと言うことがあるが、
新垣は実際に一時間くらい飯田と二人でそこにいたような気がしていた。

119 :第六章:2007/07/23(月) 19:55 ID:uL8/7sEQ

部屋の中には安倍と後藤がいた。
二人で何かを話しているようだが、声までは聞こえてこない。
だが飯田はそんな二人をじっと見ている。
瞬きもせずにじっと。
比喩表現ではない。飯田は本当に瞬きをしていなかった。
極限まで目を見開いていた。
人間の当然の生理反応として、飯田の瞼からは大粒の涙がこぼれる。

新垣はそれを雰囲気で察していた。
飯田が泣いているのは、目が痛いからという理由だけではないだろう。
きっと違う。新垣は確信していた。理屈ではなく心で。
だがその理由がなんであるかは新垣にはわからなかった。

新垣はずっとこのままでいたいような気持ちになってくる。
ずっと安倍と後藤を見ていたいのか。
それとも飯田にずっと抱きしめられていたいのか。
新垣にはどっちでもよかった。
ただ漠然とこのまま時間が止まればいいなと思っていた。

120 :第六章:2007/07/23(月) 19:56 ID:uL8/7sEQ

だがそのまま時間が止まるなんてことはあるけもなく、
やがて飯田と新垣は部屋の前から離れる。
新垣と飯田の考えていることは全然違っていたが、
部屋に入るべきではないという考えだけは一致していた。


「飯田さん・・・・・あれ。やっぱり。その」

「まあ、さっき言われたばっかりだもんね。ごっちんも」

「後藤さんの・・・・・・」

「だろうね。卒業のことだろうね」

「飯田さんにはわかりますか?」

「なにが?」

「安倍さんと後藤さんが何を話しているのか」

「さあ。わかんないよ全然」

「飯田さんは行かなくてよかったんですか?」

「邪魔しちゃ悪いじゃん」

「でも・・・・・・」

「いいの。いいの」

121 :第六章:2007/07/23(月) 19:56 ID:uL8/7sEQ

赤い目をこすりながら素っ気無い口調で話す飯田を
新垣は少し不思議な気持ちで見つめていた。
新垣には、安倍よりも飯田の方が
後藤と話したいことがたくさんあるのではないかと思えた。

確かに後でも話すことはできるけれど、
なぜか今、後藤と話すべきなのは飯田の方ではないかと思えた。
新垣は後藤も安倍も飯田も好きだった。
安倍と話す後藤も好きだったし、飯田と話す後藤も好きだった。

後藤が卒業してしまえばそんな当たり前の光景も見られなくなる。
だがまだそんな実感は湧いてこなかった。
新垣は後藤の卒業について思うことを全て飯田に話す。
飯田の視線は空ろに宙を舞っていたけれど、
新垣には自分の言葉が飯田の胸にちゃんと届いているという確信があった。

122 :第六章:2007/07/23(月) 19:56 ID:uL8/7sEQ

「ふふふふふ」

「飯田さん?」

「ああ、ゴメン。つい」

「おかしいですか?」

「いや、ゴメン。新垣もちゃんと考えてるんだなあって」

「飯田さんほどじゃないと思いますけど」

「いや、あたしね。全然考えてなかったよ」

「え?」

「ごっちんが卒業するなんてね。今のメンバーが卒業するなんてね」

「・・・・・・・・・・・・」

「全然考えてなかった。バカだなあ。ずっと一緒だ思ってたよ」

「あたしもそう思っ」

「なっちがごっちんと話してたじゃん」

「はい」

「あたし。何もないな。ごっちんに何て言っていいかわかんないよ」

「そんなことないと思います!」

「ゴメン。ホントに何にも浮かばないんだ」

123 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ

「新垣はモーニング娘。が好きだよね?」

「はい」

「ごっちんがいなくなっても?」

「・・・・・・はい」

「あたしがいなくなっても?」

「すみません・・・・・・飯田さんがいなくなっても・・・・好きだと思います」

「なっちや圭ちゃんや辻や加護がいなくなっても?」

「・・・・・・・・・・・・・多分」

「矢口や吉澤や石川や・・・・・みーんないなくなっても?」

「それは・・・・・・」

「モーニング娘。って何なんだろうね?」

「・・・・・・・・・・・・」

「卒業してほしくないよ。おめでとうなんて言えないよ」

124 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ

「あたしもいつかは卒業するのかな?しないよね?あり得ないよね?」

「・・・・・・・・・わかりません」

「もしもその時が来たら―――新垣はおめでとうって言ってくれる?」

「言います。飯田さんが喜んでくれるのなら」

「喜ばないよ」

「じゃあ言いません」

「絶対に?」

「絶対に言いません」

「誓う?」

「誓います」

「本当に?」

「本当に」

「世界中のみんなが『おめでとう』って言っても?」

「新垣は言いません」

「ごっちんとなっちがさあ」

「?」

「今こんなことを話してるとしたら面白いよね」

125 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ



126 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ

「カメ。ほら、しゃんとしなよ。元気出して」

「もう疲れました。ハロモニのロケ嫌い」

「さっきと言ってることが全然違うから」

「もー、やめやめ。」

「さっきの話だけどさ。もしもカメの卒業が決まったらさー」

「決まったら?」

「あたしは『卒業おめでとう!』とは言ってあげないから」

「えー!なにそれ!ひどーい!!」

「言ってほしいの?」

「当たり前じゃないですか!」


たった一つの言葉でガラリと表情を変えるカメを見ながらあたしは考える。
あたし自身はどうなのか。言ってほしいのか、言ってほしくないのか。
その瞬間がやってきたときに―――
飯田さんやカメのように迷わず答えることができるのだろうか。

127 :第六章:2007/07/23(月) 19:57 ID:uL8/7sEQ
第六章 終わり

128 :名無し娘。:2007/07/24(火) 11:48 ID:25Atb1nE
いいらさーん(泣

129 :名無し娘。:2007/08/07(火) 19:48 ID:5S8T.Xvk



130 :第七章:2007/08/07(火) 19:48 ID:5S8T.Xvk

起きようかもう一眠りしようか迷っているうちに
あたしはさっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。
ほんの数秒前のことなのに。
他のことなら数秒前のことなんて忘れるわけがないのに、
なぜか夢の内容というものは
覚えておこうと強く意識していないとすぐに忘れてしまう。

忘れ去ったものはなかったことになるのだろうか。
最初からなかったのと同じことになるのだろうか。
でも夢なんて遅かれ早かれいずれは忘れる。
死ぬまで覚えている夢なんて一つもありはしない。

でも人はなぜか覚えていようとする。
思い出そうとする。
それがなぜなのかはあたしにはわからない。

131 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

あやふやな夢の記憶を振り払い、あたしは仕事場に向かう。
そここそがあたしの生きる場所。
あたしにとってのリアルがある場所。

衣装に着替えてマイクをつけて、あたしたちは今日もまた街に繰り出す。
スタジオでの収録がちょっと懐かしいときもあるけれど、今は今。
このロケだっていつまで続くかわからない。
何年かたって懐かしく思い出すか、
忘れ去ってしまって、あたしの中で最初からなかったことになるのか。

あたしは意味もなく歯をぐっと噛む。

先頭を切って歩くあたしの目には他のメンバーは映らない。
先頭を切って歩くあたしは他のメンバーの目に映っているのだろうか?
そんなことをうっすらと考えるあたしの耳に「ガキさーん」という声が届く。
オーケー、オーケー。新垣はここにいるよ。どこにも行かないよ。
あたしはメンバーと言葉を交わしながらロケを一つ一つ進めていく。

132 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

あたしは仕事の度に感じる物足りなさについて考える。
いつからなのかははっきりしないが、
あたしは今の状況に対して強い不満を感じるようになった。
多分、みんなも多かれ少なかれ何らかの不満を感じているはず。
でもそれがいつからなのか。
何に対してなのか。
メンバーそれぞれによって違うように思う。

いや、きっと「何に対してか」っていうのは共通するものがあると思う。
でも。
いつからなのか。いつから不満を感じるようになったのか。
いつから充実感よりも閉塞感を感じるようになったのか。
いつから幸せな未来を描くことができなくなったのか。
いつから。いつから。いつから。

その点に関しては、あたしが感じていることと大きく違うような気がする。
いやひょっとしたら今でもまだ、
不満よりも満足感の方が大きいメンバーもいるかもしれない。
小春とか。光井ちゃんとか。

「うけけけけけ」
変な笑い声をあげながらあたしの目の前でじゃれつく小春と光井ちゃん。
なんだよその変な笑い声は。

133 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

そんな二人を気にするようなそぶりは全く見せず、
高橋はベビーカーを押し、れいなはそれを後ろから見ている。
さゆと亀はつないだ手をぶらぶらさせながら地面を見ている。
あたしはこういう現状に不満を感じているのだろうか。
バラバラになっているメンバー達に苛立っているのだろうか。
仕事に真摯に取り組もうとしないことに?

違う。
そんなことじゃない。
わかっている。あたしはあたしの苛立ちの理由をわかっている。
答はあたしの心の中にある。
わかっているけどそれを認めるのが怖い。
ずっと見て見ぬ振りをしてやり過ごしたい。
だって今までもそうしてきたじゃん。
これからもそうしていけばいいじゃん。
誰も困らないじゃん。

でも
でも
でも

こんな時―――

134 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk



135 :第七章:2007/08/07(火) 19:49 ID:5S8T.Xvk

「お前らホントにやる気あんのか?なあ?」

矢口の口調は言葉とは逆に優しげなものだったが
だからこそその言葉は新垣達の胸にじわじわと深く突き刺さった。


「もっとそっちからからんで来いよ。台本読んでるだけじゃん」

トークのある番組に出たあとにはいつも言われることだった。
5期メンバーの4人はその言葉に対して反論することもできない。
いや、反論したいことはあった。
台本以外のことを山ほど喋っても、
それらの言葉はいつもオンエアではカットされていたのだから。


「お前らどうせ喋ってもカットされるじゃんとか思ってるんだろ」

そのとき4人の胸にあった思いそのままだった。


「だったらカットされないような面白いことを話せよなー」

無理です。4人はその言葉を飲み込む。

136 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

「大体お前らは5期で固まりすぎなんだよ。なあ新垣」

「え?そうですか?」

「そうですかじゃないよ。ちょっとは自覚しろよ」

本当は自覚していた。
だが新垣はまだ先輩との距離感をつかめずにいた。
TVの中と外の違いもまだわからずにいた。
TVの中で仲良くしていても、外ではそうでない、
なんていう例はデビューしてから山ほど見てきた。


「もっとプライベートから一緒にいろよ」

「プライベートから?」

「そうだよ。普段一緒にいれば話のネタにもなるだろ?」

「先輩と一緒に?いる?」

「そうだよ。お前らの方からももっと先輩にからんでこいよ」

「はあ」

「辻とかみたいにできない?」

無理です。4人はまた同じ言葉を飲み込む。

137 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

新垣は一緒に説教されている高橋と紺野と小川を見る。
高橋はびっくりするくらい真面目な表情で矢口の話を聞いていた。
まさか急に変われるはずもないのに。
新垣は明日から急に先輩にもフレンドリーになる高橋を想像する。
なぜか想像の中の高橋は矢口を食事に誘い、見事に断られていた。

新垣がさらに、急にフレンドリーになる紺野と小川を想像しようとしたら―――
高橋がいきなり矢口に向かって話しかけた。
新垣の想像の中の高橋そのままのやり方で。


「矢口さん」

「なによ?」

「そんじゃ今日は一緒にご飯食べに行きませんか?」

「えー、いきなりかよ。面倒くせー。お前ら4人で行ってこいよ」

半笑いで答える矢口の背中を保田が後ろから蹴る。

138 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

なんだよ圭ちゃんいたのかよと言う矢口を
あきれるような表情で見つめながら保田は新垣たちを諭す。


「矢口の言いたいことはわかるよね。みんな」

「はい」

「まあ、無理にプライベートで仲良くなることもないけど」

「・・・・・・・・・・」

「うちらだってみんながみんなと仲良いわけじゃないよ?」

「あー、圭ちゃん、あんたそんなこと言っていいの?」

「矢口だってそうじゃん」

「あたしはみんなと仲良いから」

「TVの中ではね」

「そこが全てじゃん!」

「はいは。ご立派ご立派。芸能人の見本だよあんたは」

139 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

新垣は矢口の言ったことと保田の言ったことを考える。
TVの中で生きていくという意味を考える。
芸能人としてやっていくということの意味を考える。


「でも矢口さんと保田さんって仲が良いですよね」

「バカかおめー。新垣、お前そんなこと聞くなよ」

「だって矢口さん、本当に仲が良いじゃないですか」

「実は仲が悪かったとしたら、答えにくいだろ」

「矢口さんはみんなと仲が良いんでしょ?」

「TVの中ではね。ってこんなん関係ないじゃん!」

「えー、関係ないって?」

「お前らが全然トークできないっていうことと」

140 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

矢口はまだまだ説教したそうだったが
保田にやんわりとたしなめられて部屋を出て行く。
部屋の中にはほっとした安堵の空気が流れる。
新垣は、矢口が間違っていることを言ったとは思わなかった。
むしろ正論だった。
正論だったからこそ新垣達は深いダメージを受けた。


「矢口の言うことは聞くことないよ」

「保田さん、でも・・・・・」

「矢口の言ったことは正しいと思う」

「じゃあやっぱりちゃんと聞かないと・・・・・・」

「矢口は矢口、新垣は新垣だよ」

「でもそれじゃダメなんです。自分でもわかってるんです」

「ふーん。それで?」

「それでって・・・・・・・・・」

141 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

「あたしに答を期待しても無理だよ」

そして矢口にもね。そう言って保田はその会話を打ち切った。
新垣はもっと仕事の話をしたいと思っていた。
もっと先輩達の意見を聞きたいと思っていた。
だが新垣は、保田の言葉を聞いて
自分がしたかったことは意味のないことだったと気づく。

他人に答を求めてもダメなのだ。

トークだけじゃない。歌も。踊りも。その他も全部。
だが新垣は自分の全てが否定されたようには感じなかった。
むしろ肯定されたように感じた。
答は自分の中にあるのだ。
自分が気づくかどうかなのだ。

142 :第七章:2007/08/07(火) 19:50 ID:5S8T.Xvk

バーンと勢い良く開け放たれたドアの音で新垣の思考は寸断される。
小さな体に大きな袋を抱えた矢口がそこに立っていた。
体は小さいがやることなすこといちいち派手だ。


「買ってきたぜ」

「なんですかそれ」

「バーカ。弁当だよ。弁当と飲み物」

「え?ここで食べるんですか?」

「一緒に食べようって言ったのはお前だろ!」


それを言ったのはあたしじゃなくて高橋ですけどと言う間もなく
新垣はどんと弁当の入った袋を押し付けられる。
割り勘だぜ圭ちゃん、領収書見せなよ矢口などと言い合う二人を見ながら、
新垣はすっかり冷え切った弁当を口にしていた。

143 :第七章:2007/08/07(火) 19:51 ID:5S8T.Xvk



144 :第七章:2007/08/07(火) 19:51 ID:5S8T.Xvk

いつの間にかロケは終わっていた。
今日も仕事に対して真面目に取り組んだという実感があった。
他のメンバーはどうなのだろう。
だがあたしはそんなことをメンバーに聞いたり、求めたりはしない。

あたしの心の中の苛立ち。
あたしの心の中にある答。
きっと全てはあたしの中にある。
あたしは自分の心をそうやって誤魔化して、
今日も感じた虚しい気持ちを、最初からなかったかのように忘れる。

145 :第七章:2007/08/07(火) 19:51 ID:5S8T.Xvk
第七章 終わり

146 :名無し娘。:2007/08/07(火) 23:14 ID:fIQx6AYc
この話を思い出しながら
ハロモニ@をじっとみる

147 :名無し娘。:2007/08/10(金) 21:06 ID:QSrfD7OQ



148 :第八章:2007/08/10(金) 21:06 ID:QSrfD7OQ

今日もあたしは夢を見る。
そう。これは夢。決して現実ではない。

夢の中にも現実があって、現実の中にも夢がある。

夢の中の現実にはリアリティがなく、
現実の中の夢にもリアリティはない。

あたしが夢見るモーニング娘。
あたしが現実にいるモーニング娘。

夢の中のモーニング娘。にはあたしにとってのリアリティがあり、
現実のモーニング娘。にもあたしになりのリアリティがある。

でも
あたしの中のモーニング娘。は、
あたしの中のモーニング娘。でしかない。

それが真実だなんて、あたし以外の誰にそんなことがわかるだろうか。

149 :第八章:2007/08/10(金) 21:06 ID:QSrfD7OQ

そして今日もまたハロモニ@のロケが始まる。
すっかり減ってしまったあたしたちの仕事の中で、
今でも残っている数少ない仕事のひとつ。

まあ現状に文句を言いたいことは山ほどあって
でも文句を言っても何も変わらないことはわかっていて
それでもあたしの日常も非日常もここにあるわけで
人気があるとか視聴率がどうだとかそんなこととは関係なくロケは進む。

中国人の子が二人加わる。
この子らが新しいモーニング娘。っていうわけね。
はいはいどうもいらっしゃーい。

ああ。
いったい何回くらいこういうことが繰り返されてきたんだろう。
何か不思議な既視感があたしに襲い掛かる。
実際に繰り返された回数以上の何かをあたしは感じる。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
何かが延々と回り続けているような感覚。
理屈じゃなくて本能で感じる。

そんなあたしの眩暈をよそにまたいつものようなロケが始まる。

150 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

飯田安倍保田矢口後藤石川吉澤辻加護高橋紺野小川新垣
ぐるぐる回るあたしの中のモーニング娘。
高橋新垣亀井道重田中久住光井ジュンジュンリンリン
ぐるぐる回るあたしの中のモーニング娘。

これって夢?
それとも現実?
夢というにはあまりにもリアリティがありすぎる。
現実というにはあまりにもリアリティがない。

あたしはまだ夢を見ているのだろうか。
あたしはもう少ししたら目が覚めるのだろうか。
そうしたらあたしは布団の中で―――
冷房もつけずに汗ぐっしょりで―――
録画したおはスタのきらりちゃんを見て―――
そんでもって仕事の準備をして家を出て―――

でも
でも
でも―――

151 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ



152 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ


――――――

――――

―――


「お豆ちゃん、はい起きて」

「・・・・・・・・・・・え?」

「そろそろ仕事始まるみたいよ」

「あ、石川さん・・・・・・すみません」

「そんな姿勢で寝てたら顔に跡が残っちゃうよ」

「は、あい」


机に突っ伏して寝ていた新垣は石川に起こされる。
さっきまで見ていた夢がまだぼんやりと頭の中に残っている。
夢の残滓を振り切って新垣は頭を切り替える。
自分はもうアマチュアではないのだ。プロなのだ。
そんな強い思いが新垣の意識を徐々に鮮明なものにしていく。

新垣はこの前の仕事の後に反省したことを思い出す。
同じ失敗は繰り返したくない。
少しずつでもいいから進歩したい。

だがそんな新垣の強い思いは数分後には粉微塵に砕かれる。

153 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

長い収録が終わりスタジオの空気は一気にクールダウンされる。
照明は変わらずスタジオを煌々と照らしているが、
人々から緊張感が消えたその場は、とても収録時と同じ場所だとは思えない。

モーニング娘。の13人はぞろぞろと並んでスタジオから出る。
バラバラなように見えて、その実リズミカルな歩調で
進んでいくその一塊は、どこかカルガモの親子の一団を思わせる。

新垣はその集団の一番後ろをとぼとぼと歩く。
TVの収録というものは実際にオンエアを見てみないと
どういうことになっているのか全然わからない、ということはわかっていた。
だが今日の収録で自分のところが使われることはないだろう。確実に。
そのことも短い経験の中から新垣はわかっていた。

こうすれば上手くいくという方法は知らなかったが、
これをやればダメになるということなら山ほど知っていた。
今日の失敗をオンエアで再確認しなければならないという事実が
新垣の気持ちをさらに深く暗く押し沈める。

154 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

「どうしたの?暗いよー。元気だしなよ」

「でも・・・・・・・」

「何?さっきの収録のこと?」

「はい・・・・・・あたし・・・・・今日も全然ダメで・・・・・」

「なんで?面白かったじゃん」


それはきっと石川さんだけですと新垣は心の中でつぶやく。
本番中も。収録が終わった後も。石川はひたすら明るい。
なぜこの人はいつもこんなに楽しそうにしているんだろう。
TVで見ていた石川さんはもっと内気な人じゃなかったっけ。
そんな疑問がふつふつと新垣の中に湧き上がる。

今日の収録でもお世辞にも面白かったとは言えない―――
というかはっきり言ってだだ滑りだった石川だったが、
全く落ち込んでいるようには見えなかった。

155 :第八章:2007/08/10(金) 21:07 ID:QSrfD7OQ

「石川さんって本当にポジティブですね」

「えへへへへ」

「あたし向いてないのかな」

「なにが?」

「こういう仕事に。アイドルみたいな仕事に」

「そーんなことないよ!向いてる向いてる!」

「でも石川さんみたいになれないです」

「あー、確かに仕事は楽じゃないけどさ。でも好きなんでしょ?」

「好きになれないかもしれないです」

「え?モーニング娘。のことが?」

「いや、それは好きですけど」

「じゃあ頑張れるじゃん!」

「あたし・・・・本当にモーニング娘。になれるんでしょうか」

「なれるなれる!石川が保障しちゃうから」

156 :第八章:2007/08/10(金) 21:08 ID:QSrfD7OQ

石川に保障されても新垣の心は全く晴れなかった。
前を歩く9人と自分達5期メンバー4人の間には
はっきりと目に見える線が引かれているように感じた。

きっとその線を超えない限り、モーニング娘。のメンバーとは言えない。
自分は本当にモーニング娘。のメンバーになる資格があるのだろうか。
ここに居続ける資格があるのだろうか。
ちゃんとやっていくことができるのだろうか。
新垣は何度も何度も繰り返し自問したが結論は出なかった。

新垣はモーニング娘。に加入してから今までの短い間に
先輩達からかけてもらったいくつかの言葉を思い出す。
線の向こう側から聞こえる言葉は、あるものは重すぎて受け止められず、
あるものは軽すぎて新垣の心には響かなかった。
新垣の心の中にある思いは一つだった。

後藤真希や4期メンバーはその線をどうやって踏み越えていったのだろう?

157 :第八章:2007/08/10(金) 21:08 ID:QSrfD7OQ

「ねえ石川さん」

「なあに」

「石川さんはいつからそういう風になれたんですか?」

「え?そういう風にって?」

「すっごいポジティブに」

「あはは。いつからだろね。なんかもう無理矢理」

「無理矢理?」

「そうそう。なんかね。もうね。そうやらないと殺されそうな感じがあって」

「本当ですか?」

「あははははは。まあね。怖い人はいっぱいいるよ」

「はあ。あたしもこのままだと殺されちゃうんですかね?」

「殺されるよ」

「え?」

158 :第八章:2007/08/10(金) 21:08 ID:QSrfD7OQ


――――――

――――

―――


「お豆ちゃん、はい起きて」

「・・・・・・・・・・・え?」

「そろそろ仕事始まるみたいよ」

「あ、石川さん・・・・・・すみません」

「そんな姿勢で寝てたら顔に跡が残っちゃうよ」

「は、あい」


机に突っ伏して寝ていた新垣は石川に起こされる。
さっきまで見ていた夢がまだぼんやりと頭の中に残っている。
石川との会話。無理矢理ポジティブになったいう石川。
そうしなければ殺されると思っていた石川。
そんな夢の中での石川との会話を新垣はゆっくりと反芻する。
あれは夢だったのか・・・・・・・・

新垣は石川と一緒に部屋を出て仕事場に向かう。

159 :第八章:2007/08/10(金) 21:09 ID:QSrfD7OQ

「あんた、すっごい汗かいてるじゃん」

「え?」

「なんか怖い夢でも見てたの?」

「怖い・・・・・・ええ」

「これからの収録はもっと怖いかもよー」

「石川さんがついているから大丈夫です」

「やだ、もー。何言ってんのよもー」


夢と現実。怖いのはどっちなのか。
新垣はもう一度夢の中の石川の言ったことを思い出す。
もしかしたらそれは新垣自身が望んでいた言葉なのかもしれない。
心の奥底にいるもう一人の新垣が石川に喋らせた言葉なのかもしれない。

やさしい先輩。やさしい言葉。
今、新垣が求めているのはそんなものではなかった。
やさしくされればされるほど自分が邪魔者扱いされているように感じた。
自分が輪の外側の人間として扱われているように感じた。

160 :第八章:2007/08/10(金) 21:09 ID:QSrfD7OQ

モーニング娘。に入りたいという気持ちは全く変わっていなかった。
どんなに厳しい状況にあってもその気持ちが消えたことはなかった。
これからも絶対に変わらないという自信が新垣にはあった。
たとえ殺されそうになったとしても。

スタジオに入り、メンバーは用意された椅子に順次腰掛けていく。
12345678910111213人。
夢の中の収録と全く同じメンバー。

新垣は13番目に腰掛ける。
夢の中で腰掛けたのと同じ椅子。

キーンと音がしそうな緊張感がスタジオに走り収録が始まる。

161 :第八章:2007/08/10(金) 21:09 ID:QSrfD7OQ



162 :第八章:2007/08/10(金) 21:09 ID:QSrfD7OQ

すーっとあたしは我に返る。
最近、仕事のときに度々よぎる白昼夢。
気がつくともうロケは終わろうとしていた。

あたしは一体何をやっているのだろう―――――。

163 :第八章:2007/08/10(金) 21:10 ID:QSrfD7OQ
第八章終わり

164 :名無し娘。:2007/08/11(土) 11:25 ID:36VRZpSs
卒業メンバーが無性に懐かしいよ

165 :名無し娘。:2007/08/14(火) 22:36 ID:ZTdYisbg




166 :第九章:2007/08/14(火) 22:37 ID:ZTdYisbg

あたしは今がいつでここがどこで自分が誰かを一瞬見失う。
今は昼。少なくとも夜ではない。
ここは外。少なくとも家ではない。
これは現実。少なくとも夢ではない。
あたしはモーニング娘。少なくとも―――
少なくとも―――

あたしは両の掌で頬を挟むようにしてパーンと打つ。
もちろんそんなことで憂鬱な現実が変わったりしないが、
少なくとも夢見心地な気分は覚める。

あたしは愛しい白昼夢さんへの名残惜しい気持ちを捨てて
また始まる新たな仕事へと意識を集中させる。
少しずつ形を変えながらも続くハロモニのロケ。
終わりそうで終わらないあたしの番組。
あたしの芸能人生とそっくりそのまま重なる番組。
他の仕事よりも気合を入れて臨んだってバチは当たらないでしょう。

167 :第九章:2007/08/14(火) 22:37 ID:ZTdYisbg

誰それが妊娠したとか引退するとかそんなことは関係なくロケは続く。
まるで世の中の流れと―――しかもハロプロの中とも―――
全く関係ないかのように進むハロモニのロケ。
この中だけ時間が止まっているというか―――
この中では時間の進み方が違うというか―――

でもこれってハロプロ以外の何物でもないんだ。
お伽の世界の中にある、もう一つのハロープロジェクト・ワンダーランド。
きゃいきゃいと小学生のように騒ぎながら歩くあたしたちだって、
この中で生まれて育ってきたわけで。

あたしがこのロケの最中に白昼夢を見るのは必然のような気がする。
だってそうじゃん。
あたしの中のモーニング娘。はいつだってそこにいたんだもん。
あたしだってモーニング娘。だもん。
いつもここにいたんだもん。
ほら今だってそこに
振り向けばそこに

あの頃の―――あたしの中のモーニング娘。が―――

168 :第九章:2007/08/14(火) 22:37 ID:ZTdYisbg



169 :第九章:2007/08/14(火) 22:38 ID:ZTdYisbg

新垣は暗い廊下を一人で歩いている。
まるで世界中の時計が止まってしまったかのような静寂の中、
自分の立てる足跡におびえながらも新垣は進む。
廊下には不自然なくらいに人の気配がしない。
いつも歩いている場所と、とても同じ場所だとは思えなかった。

それでも新垣は前へ前へと歩みを進める。
新垣の前に広がる世界は後ろへ後ろへとスクロールしていく。
過ぎ去っていく世界は過ぎ去る前と同じように静かだ。

永遠の終わらない長さのように思えた廊下もやがて終わる。
角を曲がる。
廊下の両側の部屋のいくつかからは人の気配がする。

さっきまでのあの静寂はなんだったんだろう。
世界は再び新垣の知っている世界へと戻り、落ち着きを取り戻す。
誰もいないと思っていた目的の部屋には吉澤と後藤がいた。

170 :第九章:2007/08/14(火) 22:38 ID:ZTdYisbg

「あら。新垣じゃん」

「なにやってんのよあんた」

「いえ、ちょっとあの。忘れ物を」

「こんな遅い時間にー?」

「明日取りに来ればいいじゃん」

「はあ。でもあの。思い出したもので」

「電車なくなっちゃうんじゃない?」

「明日は学校ないの?」

「他の子は帰ったの?」

「マネージャーはなにしてんの?」

「忘れ物ってなによ?」

「あたしに電話してくれればよかったのに」

「そんでどうやって帰るのさ」

「まだ電車間に合うんじゃない?」

「もう無理っしょ」

171 :第九章:2007/08/14(火) 22:38 ID:ZTdYisbg

新垣が答える前に吉澤が喋り、
新垣が考えている間に後藤が喋る。
会話は途中から新垣を置き去りにして後藤と吉澤だけでさくさくと進む。

新垣は後藤と吉澤の二人が
自分に興味を持っていることに対して若干の違和感を感じる。
興味というならそれは常に新垣から二人に対してのものであって、
後藤だろうが吉澤だろうがそれが先輩であるならば、
自分に対して興味を持ってくれるなんてことはほとんどないことだった。

嬉しいと感じるよりも先に
それが珍しいことであるという事実が新垣の心を重くする。
後藤と吉澤がじーーーーーーーーっと新垣の顔を見つめる。
どうやら二人は新垣の言葉を待っているようだった。

新垣が意を決して言葉を発しようとするその時

172 :第九章:2007/08/14(火) 22:38 ID:ZTdYisbg

「新垣ってさあ、あたしの番号知ってたっけ?」

「えー、あんた教えてないの?」

「教えたけどさ。一回もかかってきてないような気がして」

「そういえばあたしもかかってきたことないなー」

「ふーん。ごっちんも?高橋とか紺野とかからは?」

「全然」

「そんなもんなのかな」

「いや、あの番号は知ってるんですけど」

「だよねー。教えたもん。聞かれたから」

「わざわざ電話するのもなんか悪いかなって」

173 :第九章:2007/08/14(火) 22:38 ID:ZTdYisbg

新垣は「こそこそ」という副詞がぴったりくるような動作で部屋の中を移動し、
高く積まれた機材の隙間から探していた冊子を拾い上げる。
本当はそんなものはどうでもよかった。
なくなったとしても大して困るものではなかった。

ただ理由が欲しかった。
おそらくは人がいないであろうこの時間帯に一人で歩く理由が欲しかった。
別に一人で歩くのに理由なんていらないはずだったが、
なんとなく「何してるの?」という問いかけに対して、
もっともらしい答を用意しておくべきじゃないかと思っていた。

その準備は予想していなかったその状況において功を奏した。
後藤と吉澤に「何してるの?」と聞かれたときに
まさか「一人っきりになりたかったんです」とは答えられないだろう。
冊子を発見した新垣は、その場にいる合理的な理由を失う。
この場から立ち去るべきなのだろうか。
何の言葉も交わさないまま。
いや。

174 :第九章:2007/08/14(火) 22:38 ID:ZTdYisbg

「あのー、後藤さんと吉澤さんは何をしてるんですか?」

「えー?」

「こっちは徹夜だよ徹夜。多分ね」

「えーっ!徹夜なの!?冗談きついー」

「だって終わんないじゃん」

「あーあー、あともうちょい。あともうちょいで終わるから」

「レコーディングは明日の朝からだよ?」

「それまでには終わるから大丈夫」

「それを徹夜って言うんだよ」


机の上には数枚の楽譜が広げられていた。
あ、あの曲だ。
新垣はその楽譜が意味するものを瞬時に理解する。
新垣が入ってから初めてとなるシングル曲の楽譜だった。
見間違うわけはない。新垣もその楽譜は何度も何度も見ていた。
きっと吉澤とは違う理由で、だけれども。

175 :第九章:2007/08/14(火) 22:39 ID:ZTdYisbg

「吉澤さん、今度の曲はメインなんですよね」

「あー、もー、言わないで。プレッシャーかかるから」

「何言ってんの。梨華ちゃんだってできたことじゃん」

「そういう言い方が一番プレッシャーかかるっつーの」

「プレッシャーなんですか?」

「だってこの曲が失敗したらあたしの責任じゃーん」

「うんうん。確かによっすぃーの責任だね」

「ちょっと」

「んでもって新しく入った5期の責任かもね」


ニコニコと笑いながら後藤は新垣に向かって語りかける。
軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、
「責任」という言葉は新垣の胸に深く突き刺さる。
責任。そんなことを意識したことはなかった。
後藤は、そして吉澤はいつもそんなことを意識していたのだろうか。
新垣の目にはとてもそんな風には見えなかった。

176 :第九章:2007/08/14(火) 22:39 ID:ZTdYisbg

「あたしは責任なんて感じたことありませんでした」

「やだ。冗談よ、じょーだん」

「でも後藤さんとかは責任もってやってるんですよね?」

「まさか。ごっちんの辞書に『責任』なんてあるわけないじゃん」

「あるよ」

「ないだろ」

「あるって」

「ないって」

「なんでよ」

「今回初めてメインもらってわかったんだけどさ」

「なにが?」

「やっぱりごっちんとか安倍さんには『責任』とかないよ」

「ひどーい。こっちだって苦労してんだっつーの」

「楽してるとは言わない。みんなよりしんどいとも思う。でも」

「でも?」

「うーん。上手く言えない。でも新垣はわかるよね?」

「・・・・・・・・・・・・・」

177 :第九章:2007/08/14(火) 22:39 ID:ZTdYisbg

新垣は直感で吉澤の言わんとしていることを理解した。
だが吉澤が上手く言葉で表現できなかったように、
新垣にもその思いを上手く表現することはできなかった。

必死で言葉を探す新垣をよそに、
不満そうな表情を隠さない後藤をよそに、
吉澤は楽譜の上に目を落とし、自分の世界に入る。


「まさか新垣も一緒に徹夜するとか言わないよね?」

「一緒にここにいちゃダメですか?」

「もう遅いし家の人が心配するよ」

「電話します。後藤さんと吉澤さんと一緒にいますって」

「でもやることないじゃん」

「後藤さんは何をしてるんですか?」

「よっすぃーがレコーディングの準備をサボらないかどうか見張る係」

「じゃあ、あたしは・・・・・・・」

「?」

「後藤さんが吉澤さんの見張りをサボらないか見張る係で」

178 :第九章:2007/08/14(火) 22:39 ID:ZTdYisbg

後藤と新垣が見ている前で吉澤は
照れることもなく一人で中途半端な長さの歌を歌う。
途切れ途切れの歌はやがて一つの長さにまとまっていく。

そんな吉澤を見ながら新垣は思う。
後藤や安倍には責任がないと言った吉澤の言葉を思う。
きっと彼女ら二人は持って生まれたものが大きいんだろう。
もし彼女らが失敗したとしても、それはきっと彼女らの責任ではない。
きっと彼女以外のメンバーの責任なんだろう。

そして新垣もまた「彼女」ではなく「彼女以外」のメンバーだった。
きっとそれは新垣がモーニング娘。である限りついてまわるだろう。
でも新垣はその事実に相対してもがっかりしたりはしなかった。
不満をこぼしたり、嘆いたり、諦めたりはしなかった。

やるべきことは他にたくさんある。
なによりも、きちんとしたお手本が今、目の前にある。
吉澤オリジナルのへんてこりんな振り付けをしながら
フルコーラスで歌いきる吉澤を見ながら、新垣はそんなことを考えていた。

179 :第九章:2007/08/14(火) 22:39 ID:ZTdYisbg



180 :第九章:2007/08/14(火) 22:40 ID:ZTdYisbg

あたしはあたしの白昼夢に別れを告げて職場に戻る。
相変わらず小学生のようにはしゃいでいる『彼女以外』オールスターズ達。
あたしの中のモーニング娘。とは全然違う現実のモーニング娘。

でもまあそれはそれ。これはこれ。
このメンバーたちがサボらないか見ている係りとして
あたしは再びロケの喧騒の中に身を投じる。

181 :第九章:2007/08/14(火) 22:40 ID:ZTdYisbg
第九章終わり

182 :名無し娘。:2007/08/14(火) 23:32 ID:JqsCn5Yo
イイヨイイヨー      

183 :名無し募集中。。。:2007/08/16(木) 01:57 ID:0WEgdPOk
今最も更新が心待ちである小説

184 :第十章:2007/08/21(火) 21:43 ID:/lTkxNKk



185 :第十章:2007/08/21(火) 21:44 ID:/lTkxNKk

あたしは夢の中の世界から自分を取り戻す。

今は昼。
決して夜ではない。

ここは外。
決して家ではない。

これは現実。
決して夢ではない。

あたしはモーニング娘。
決して―――
決して―――

186 :第十章:2007/08/21(火) 21:44 ID:/lTkxNKk



187 :第十章:2007/08/21(火) 21:44 ID:/lTkxNKk

―――――――――――――――

188 :第十章:2007/08/21(火) 21:44 ID:/lTkxNKk

――――――――――――

189 :第十章:2007/08/21(火) 21:44 ID:/lTkxNKk

―――――――――

190 :第十章:2007/08/21(火) 21:45 ID:/lTkxNKk

――――――

191 :第十章:2007/08/21(火) 21:45 ID:/lTkxNKk

―――

192 :第十章:2007/08/21(火) 21:45 ID:/lTkxNKk

.

193 :第十章:2007/08/21(火) 21:45 ID:/lTkxNKk



194 :第十章:2007/08/21(火) 21:47 ID:/lTkxNKk

あたしは丁寧に折りたたんで
あたしの中のモーニング娘。を心の奥底にしまう。

思い出は思い出であってそれ以上のものではない。
あたしはモーニング娘。
決して、決して思い出の、あたしの中のモーニング娘。ではない。
少なくとも―――
少なくとも、今はね。

不満も苛立ちも物足りなさも全て今を生きる証。
やるべきことはたくさんある。

そしてあたしはあたしを見つめる人たちのために―――
その人たちの中のモーニング娘。となるべく
今日もまたいつものメンバーと一緒にロケへと繰り出す。

そう
あなたの―――
あたしを見つめる、あなたの中のモーニング娘。となるためにね。

195 :第十章:2007/08/21(火) 21:47 ID:/lTkxNKk



196 :第十章:2007/08/21(火) 21:48 ID:/lTkxNKk
第十章終わり

197 :名無し娘。:2007/08/21(火) 21:48 ID:/lTkxNKk



198 :名無し娘。:2007/08/21(火) 21:48 ID:/lTkxNKk

私の中のモーニング娘。






       完

199 :名無し娘。:2007/08/21(火) 21:48 ID:/lTkxNKk

ご愛読ありがとうございました。

200 :誉ヲタ ◆buK1GCRkrc :2007/08/21(火) 21:49 ID:/lTkxNKk
この物語はこれにて完結です。
お付き合いいただいた読者の皆さんありがとうございました。
感想や疑問などがあればこのスレに直接書いてやってください。

201 :名無し娘。:2007/08/22(水) 02:47 ID:NTmKr/Rs
…終わってしまいましたか。
メンバーひと通り登場したのでもしかして、とは思っていたんですけど。

最後の一節が、とても印象的でした。
表題の「私」は、もちろんガキさんのことだけれども、
作者さんのことでもあり、我々読者のことでもある、と。
そんな風に、自分には感じられました。

いいお話を、ありがとう。おつかれさまでした。

202 :名無し娘。:2007/08/22(水) 21:31 ID:cxqzRD12
乙です。更新楽しみでした。
第6章の飯田さんが特によかったです。

新章も読みたいな。

203 :名無し娘。:2007/08/23(木) 00:23 ID:uhSEb3B.
面白かったー
現メン話では高橋と亀井、卒メン話では後藤と辻加護のプレゼントの回が好きです

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0ch BBS 2006-02-27