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【小説】三流ジョッキーの奇跡(続)

1 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:07
http://sakuraotome.or.tv/bbs/kako/1047/1047743019.html
のつづきです

2 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:10
「それで、加護ちゃん」
急に安倍さんに向き直られ、私はドキッとした。
その目は先ほどまでとはうって変わって、真剣なものに変わっていた。
「私に何か話があって来てくれたんだよね」
急に空気が張り詰めた。平家さんはじっと外を見つめているが、こちらに
耳をそばだてていることは間違いない。
私に助け舟を出してくれる気はないらしい。安倍さんの視線が直で突き刺さる。

「あの・・・・・」
なんと言ったらよいのだろう。昨日の夜あれだけシミュレーションしたのに、
考えついた言葉は全て頭の中から消し飛んでしまった。
沈黙が病室を支配する。
手元のウサギが、私を哀れむように見つめている。
「言葉にしてくれないとなっちわかんないよ。私あんまり頭良くないから」
安倍さんの視線からは見えないところで平家さんがうんうんとうなずく。
滑稽なシチュエーションだが、私にそれを楽しむ余裕はない。
何かを言わなければ。言葉にしなきゃ。

3 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:11
「わたし・・・・・・モーニングコーヒーに乗りたいんです!!」
結局私の口から出た言葉は、何の工夫もない、それだけの言葉だった。
でもそれが、私の言いたかった全てでもあるような気がした。

再びの沈黙

罵声を浴びせられるのだろうか。私になど任せられないと罵られるのだろうか。
さまざまな憶測が駆け巡るあまり、私は少し気分が悪くなった。
嗚咽が出そうになるのを、必死でこらえる。

「そっか・・・・・がんばってね!!」
「はえ?」
あまりの拍子抜けに、今までに口に出したことのないような返事をしてしまった。
「私でええんですか?」
「うん。なんで?」
「なんでって・・・・・だって前走見たら・・・・」
「ああ、うん。あれはしょうがないよ。あの子は元々気性の荒い子だし、
初めてのGT、しかもあれだけのお客さんを前にしたら、ああなっちゃう
のは無理もないよ」
「でも、安倍さんやったらもっとうまく乗ってたんじゃないですか?」
「そんなのわかんないよ。私だってあれだけ興奮したあの子をうまく
コントロールする自信なんてないし。もしかしたら加護ちゃんよりも
もっとひどい結果になってたかもしれないしね。」
「いや、そんなことないです。きっと安倍さんやったら・・・・」

4 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:12
「そんなに自分に自信がもてない?」
私の言葉をさえぎるように、平家さんが口を挟んだ。
「だったら騎手なんか辞めちゃいなよ。私みたいに」
「みっちゃん!」
安倍さんが平家さんの言葉をたしなめようとしたが、平家さんは
かまわず言葉を続けた。
「でもね、結局自分に自信のない人間は何やったって一緒なんだよ。
結局自分にも他人にも言い訳ばかりで、前になんか進めやしないんだ」
平家さんのほほが少し紅潮していた。
その言葉は私に向けられているはずなのに、なぜかそれは平家さんが
自分自身に言い聞かせているようだった。

「でも、平家さんが騎手を辞めたのは私のせいじゃ・・・・」
「・・・・・・本気でそう思ってる?」
「はい」
「そう・・・・・私も舐められたもんだね」
「え?」

「確かにあの時、私はあなたの馬にに寄られた。それによって、私の馬が驚いて
結果的に後藤さんの馬と衝突したのも事実。でもね」
でも・・・・・なんだというのだ
「私は自分の馬が気性的に弱いのを知っていて、あえてあなたに併せて行ったの。
ある程度馬がびくつく事は覚悟の上でね」
「・・・・・・」
「あんなことになるとは思わなかった。でもね、私は自分の判断であなたに
並びかけていくことを選んだの。勝つためにね」

5 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:13
「勝つために?」
「そう。そしてこれは、後藤さんにも同じことが言えるわ」
「どういう・・・・ことですか?」
「あの時後藤さんは、あなたの馬が少し外側によれている事に気が付いていた。
その証拠に、あなたに大声で注意してたよね」
「はい」
「後藤さんは危険を察知していた。あの時点なら、それを踏まえて馬を
内側に入れて追い出すことも可能だった。でもそうはせず、あえて危険な
外を選んだ。あの日の内馬場は荒れていて、内からではあなたの馬をかわ
せるか微妙な状態だったからね」
「じゃあ」
「後藤さんも自らの判断で危険な道を選んだのよ。勝つためにね」
「なんでそこまでして・・・・?」
「勝ちにこだわるのかって?」
「安倍さん・・・」
「簡単だよ。だって馬はね、レースで私たちジョッキーだけを乗せて走って
いるわけじゃないよ。オーナーはもちろん、生産者の方や調教師の先生。普段お世話をしてる
調教助手の方、そして多くのファンの人たち。たくさんの人たちの思いを乗せて走ってるんだよ。
その人たちの思いに応えるために出来る限りの最善を尽くす。勝利にこだわる。
それは私たち騎手にとって義務じゃない。宿命だよ」
「結果的には残念なことになってしまった。でもね、私は後悔なんかして
ないよ。結果的には騎手を辞めざるをえなくなってしまったけど、今でも
私の判断は間違っていなかったと自信を持って言える」
「後藤さんがあんなふうになってしまっても?」
「後藤さんもきっと同じだよ」

6 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:14
「同じって」
「後悔していないと思う」
「何でそんなことが・・・・」
「後藤真希って言う騎手はそういう騎手だった」
「・・・・・・・・」
「あなたがあの事故のことをすべて自分のせいだと思っているなら、
それは奢り以外の何物でもないよ」
「・・・・・・・・」

三度沈黙が病室を包む

「加護ちゃんは・・・・ダービーに出るべきだと思うよ」
安倍さんが沈黙を破る
「後藤真希が女性ジョッキーとして初めて制したダービーに」
「私が・・・」
「そして決着をつけなきゃ。後藤さんに」
まるで心を見透かされているようだ。そう、私は誰のためではなく、
自分のためにダービーに乗ることを伝えにきたのだ。

「私の代わりではなく、加護亜依という一人のジョッキーにお願いするわ」

『モーニングコーヒーに乗ってください。私の想いも一緒に乗せて』

7 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/21(日) 23:15
更新終了

8 :名無し娘。:2004/03/22(月) 01:09
( ´D`)<期待

9 :コケなっち ◆dHOKNAccIE :2004/03/22(月) 01:53
おおぉー、帰ってきたかー。オメ。
更新がんがれー。

10 :名無し娘。:2004/03/22(月) 03:16
正直続きが読めるとは思ってなかった・・・めちゃ感激

11 :名無し娘。:2004/03/23(火) 16:54
ふかーつしたのかー。作者さんがんがれー

12 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/24(水) 23:27
私は今、北海道の大地を踏みしめている。
初夏と呼ぶにはまだ早い涼しげな風がほほをかすめる。
まっすぐに伸び行く道。どこまでも続く草原。
地平線の向こうまで見渡せる景色は、雄大と言う
ほかに適する言葉が見つからない。

はるか遠くで、まだ厳しい競馬の世界を知らない無邪気な幼駒達が
青緑のじゅうたんの上を駆け回っている。

私は大きく深呼吸し、深緑の吐き出す新鮮な酸素を吸い込んだ。
そしてつぶやく。

「つかれた・・・・・・」

「こらぁ加護ちゃん何やってんの!!とっとと歩かないと夕方までに
着けないよ!!」
石川さんの罵声が飛んだが、そんなものは耳に入らない。
疲れたものは疲れたのだ。

「少し休憩しましょうよ。もう足がつりそう」
「何情けないこと言ってんの。1時間前に休憩したばっかりじゃない」
「そんな事言ったって、もう3時間も歩いてるんですよ。まだ着かないん
ですかあ?」

13 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/24(水) 23:47
「あと1時間も歩けば着くんじゃない」
「1時間・・・・・・」
一瞬私の目の前がホワイトアウトしかけた。あと1時間歩ける体力が
あるなら私はもうとっくに1流ジョッキーになっている。

「だいたい、歩いていこうって言い出したのは加護ちゃんじゃない」
そうなのだ。3時間前の私よ、なんて無謀な提案をしてしまったのだ。
そして石川さん。この距離を知ってて承諾するなよ。

今から3時間前。私達は平原を縦断する1本道の、とあるバス停に降り立った。
本来であればそこでバスを乗り換え、目的地に向かう予定だった。
が、次のバスが来るまで2時間以上と聞かされたうえ、この雄大な平原の
1本道を歩いてみたいという衝動に負け、私は無謀な提案をした。

「どうせ2時間も待つんでしたら歩いていきましょうよ。いい運動にもなり
そうだし、何よりこんな何もないところで2時間なんて耐えられないし」

そして悲劇は始まった。
最初はそれでも良かったのだ。都会のよどみを忘れさせる澄んだ空気、日ごろの
喧騒を忘れさせる壮観。その中を歩くのは、大変気持ちの良いものだった。

しかし、1時間もたつと事情は変わった。

行けども行けども同じ景色。舗装されていない道は、必要以上に体力
を奪う。6月の北海道の日差しとはいえ、じわじわとした照りつけは
私のイライラ感を一層掻き立てた。

14 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/24(水) 23:59
「体力の限界、気力の限界を感じたのでリタイアします」
「ここでリタイアしても誰も助けてくれないよ。ほら立ちなさい」
「いや」
「はーやーくー」
「無理」
「置いてくよ」
「あぁ、私は保護責任者遺棄致死で死ぬんだぁ。さよおならおかあさん。
ごめんなさいおとうさん。裁判では必ず勝ってね」
「あ、そう。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ」
「なんや、やるっていうんですか?」
必要以上に殺気立つ私。
「やってやろうじゃないの。ここに座り続けるんだったら、私のちょっと
おもしろい話を延々と聞かせてあげる。歩き出すまで」
「ごめんなさい。参りました。歩きます」

そんな生き地獄にさらされるくらいなら、このまま歩いて力尽きたほうが
ましである。

私はまたしぶしぶ歩き始めた。

15 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/25(木) 00:17
その時である。
プップーという気の抜けたクラクションと共に1台の軽トラックが
私達に近づいてきた。

『ああ、神様は私を見捨てなかった!』
そのとき私は本気でそう思った。この際田舎者のナンパでもなんでもいいから、
そのトラックに乗せてくださいと切に願った。

そのトラックは、都会でキザな男が乗っているBMWの何倍もかっこよく
見えた。何の誇張も無く本当にそう思えた。

だが、私の期待(?)とはうらはらに、その軽トラックに乗っていたのは
女性だった。

「何こんなところ歩いてんの?バスの運転手さんと喧嘩してほっぽり出された?」

窓から顔を出したのは、年の頃は・・・私と同じくらいだろうか。
やや童顔の、小柄な女性だ。なんとなく人なつっこさを感じさせるのは、
その風貌だけでなく、この雄大な台地で育った人間だけがかもし出す
特別な雰囲気であるように思えた。

「あさみちゃん、久しぶりの第一声がその台詞?」
「だって普通こんなところ歩かないでしょ」
「まあ、これにはいろいろ深い事情があるのよ」
「ふーん」
どこにどういう深い事情があるのか知らないが、どうやら石川さんの
知り合いであることは間違いないようだ

16 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/25(木) 00:34
「ま、その深い事情とやらは知らないけど、乗ってく?」
「うーん、どうしようかなあ・・・・・って加護ちゃん、なに
既に助手席に乗り込んでるわけ!?」
「戸田牧場までお願いします。割増料金は覚悟の上です」
「ってお連れさんは言ってるけど、梨華ちゃんどうする?」
「なんか納得できないけど・・・・・・乗る」
私と石川さんの間になんだかよくわからないわだかまりを残したまま、
ようやく今回の旅の目的地に着く目処がついた。
よく見るとあさみさんの作業服には『戸田牧場』と言う刺繍が縫い付けて
ある。どうやら割増料金を取られる心配は無いらしい。

隣で石川さんがなんだかぶーたれているようだが、あえて無視した。

そもそもなぜ私と石川さんが戸田牧場を目指すことになったのか。
それは、1週間前にさかのぼる。

17 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/25(木) 00:35
更新終了。いまさらのこのこ帰ってきてすいません。

18 :名無し娘。:2004/03/25(木) 21:00
ノコノコ乙。

19 :名無し娘。:2004/03/30(火) 21:42
「さーて、どうしようか」
「どうしようってねえ・・・・・・どうしよう?」
「いや、私にどうしようって言われても・・・・どうしましょう」
厩舎の一室。
飯田先生と石川さんと私。四角い机にちょうど三角形を描くように
座りながら、私たちは堂々巡りを繰り返していた。

ピューというけたたましい音が水が沸点に達したことを知らせる。
私はのそっと立ち上がる。さびたパイプ椅子がキイと不快な音を立てた。
ガス栓をひねると、やがてヤカンは息絶えたように静かになった。

「ごめんねえ。話せばわかってくれると思ってたんだけど」
「いや、飯田先生が悪いわけじゃないですから。私のせいです」
薄っぺらな紙コップに入ったインスタントコーヒー3人分。
立ち上る湯気がやけに人工的なコーヒーの香りを漂わせる。
「そもそも、何の根拠もなしに馬主さんを説得するなんて大見栄きる
からいけないんですよ」
「なによ。石川だって最初、昔一緒に働いてた私が話せば絶対大丈夫だ。間違いない!!
って豪語してたくせに」
「だって、まいちゃんがまさかあの剣幕で怒るなんて夢にも思わなかった
から・・・」
「それはそうだけどさ・・・・・・で、どうしよう」
また元に戻った。さっきから私たちは何度「どうしよう」と言っただろうか。
答えの見えない禅問答のように、ひたすら悩む私たち。
3人同時にコーヒーをずずっとすする。

私が乗る気になったからと言って、全てが解決したわけではない。
いや、むしろ問題はこれからだ。
逆に私が乗らないほうが、ずっとスムーズに事は運んだだろう。
まず私たちがぶつかったのは、馬主さんの問題だった。

20 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/30(火) 21:59
飯田先生はあの時、確かに「馬主さんの方は私が説得するから」と言ってた。
自信満々に。
だが、世の中そんなには甘くない。むしろ辛い。

電話で馬主さんの説得を図ったようだが、見事に玉砕してしまったらしい。
話では、馬主さんは相当怒っていたようだ。
どうしても私を乗せるなら飯田厩舎からモーニングコーヒーを転厩させるとまで
言っていたらしい。

そこで、以前モーニングコーヒーの生産牧場である戸田牧場で働いていた
石川さんがなんとか仲裁に入ろうとしたようだが、そもそもこの人に仲裁など
期待するほうが間違いだった。
話は余計こじれ、、結局平行線のまま今に至っている。

まあ、私を乗せないと言うのはまともな判断だ。むしろ我々の方が異常だ。
馬主さんからすれば何を寝ぼけたことをと言う気持ちだろう。
怒るのも無理はない。

私は所々黒ずんだ天井を見上げる。
正直お手上げ状態だが、ここで白旗を揚げるわけには行かない。
私は約束したのだ。安倍さんに。平家さんに。

『モーニングコーヒーに関わる全ての人の想いを乗せて走る』と。

21 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/30(火) 22:19
「あの・・・・」
私は意を決した。
「どうしたの?亜依ちゃん」
「ともかく、電話じゃなくて会って話さなければ何も始まらんと思うんです」
「・・・・・・うん」
「私、直接行って話してみます。馬主さんと。たとえだめでも、やれるだけの事は
やらんと私の気が収まらへんから」
「直接って・・・・・もしかして行くの!?北海道まで」
石川さんが頓狂な声を上げて立ち上がる。
「もちろんです。こちらから行くのが筋ですから」
「そっか。そうだよね。確かにそれが一番かもね」
「先生、まさか・・・・」
「行ってらっしゃい。そして、やれるだけの事をやってきて。
それでだめなら、私もあきらめる」
「でも先生、行くったって簡単に行ける様な所じゃ・・・・・遠いし、道は
わかりにくいし」
「大丈夫よ。亜依ちゃんにはしっかりした旅先案内人が付いてくんだから」
石川さんの顔が引きつる。
「へー、そうなんですかあー、それはよかったですねー。じゃ、私はこれで」
石川さんの態度が急によそよそしくなる。
そそくさと退散したいようだが、そうは問屋が卸さない。

「待ちなさい、旅先案内人さん」
石川さんの体がぴくっとなってこわばる。引きつった笑顔をこちらに向ける

「よろしくおねがいしま〜す」
私は満面の笑みをうかべながら石川さんに挨拶をした。

22 :三流ジョッキーの奇跡:2004/03/30(火) 22:20
更新終了

23 :名無し娘。:2004/04/01(木) 00:41
こーしんお疲れ様。続きがハラハラ

24 :名無し娘。:2004/04/01(木) 05:39
なるほど 超重要な問題だな>馬主

25 :名無し娘。:2004/04/26(月) 11:34
マターリ保

26 :名無し娘。:2004/05/13(木) 02:29
期待保全

27 :名無し娘。:2004/05/13(木) 02:29
期待保全

28 :名無し娘。:2004/06/06(日) 07:00
期待保

29 :名無し娘。:2004/07/14(水) 20:19
(;^▽^) 

30 :名無し娘。:2004/07/27(火) 13:43
頼むからガンガッテ

31 :三流ジョッキーの奇跡:2004/08/03(火) 01:09
「わざわざ来てもらって悪いけど、だめなものはだめよ」
「そんな頭ごなしに・・・」
「梨華ちゃんはだまってて」
「は、はい」
言葉は石川さんに向けられていても、その目はじっと私を見据えたままだった。
へびに睨まれた蛙の気持ちがなんとなくわかる。
私は今反応できない。

ひのきの心地よい香りが立ち込めるログハウスの一室。冬には大活躍するであろう
使い込まれた暖炉も、今はしばしの休養を満喫している。
年季が入っているもののよく手入れされたテーブルと椅子。
それを使うものの愛情がにじみ出ている。
その落ち着いたインテリアにはそぐわぬ空気が、この部屋に充満している。
戸田牧場現代表の里田さん。その鋭い目は、まるで獲物を狙う狩人のように
研ぎ澄まされている。


「これは私たちにとって最後のチャンスなの。それをみすみす棒に振るわけには
いかないわ」
「棒に振るって言うのは、いくらなんでもひどいんじゃない?!」
私の代わりに石川さんが反論する。私はまだ反応できない。
二人の言葉はまるで私をすり抜けて飛び交っているようだ。
「私は・・・私はどうしてもりんねさんとの最後の約束を果たしたいの。
だからそのために最善を尽くす・・・・・誰が何と言おうとね」
「まいちゃん・・・」
「この牧場からダービー馬を出すりんねさんの夢・・・・私が引き継ぐって
約束したんだから。そして今目の前にそのチャンスが来てるの。最後のチャン
スがね。」

32 :三流ジョッキーの奇跡:2004/08/03(火) 01:29
「里田さん、さっきから最後最後って言ってますけど、なんでですか?
確かにモーニングコーヒーはいい馬ですけど、これからもっといい馬を
生産できる可能性だってあるじゃないですか?何で最後なんて言うんです?」
やっと反応できた割に、私の質問はなんてとんちんかんなんだろう。

これではまるで、また次があるから今回は大目に見て乗せてくれと言って
いるようなものではないか。

「・・・・・・・・・・・・・」
今度は里田さんが反応しない
「最後なのよ」
反応は思わぬほうから帰ってきた。石川さんからだ。
「戸田牧場は、もう競走馬の生産を止めているのよ」
「え・・・?」
石川さんが顔を伏せながらぽつりとこぼした。
「無念・・・・だけどね」
里田さんがそれを引き継ぐ。
「りんねさんが命を懸けて守ってきたこの牧場を、競走馬生産のために
潰す訳にはいかないのよ」
「・・・・・」
その言葉だけで十分わかった。

この世界ではよくあることだ。経営が立ち行かず倒産。そういう牧場は
珍しくはない。莫大なカネが動くこの世界では、成り上がるのも早ければ
落ちぶれるのもまた早い。

戸田牧場の経営も、相当苦しいのだろう。その中で見えた最後の希望の光。
それがモーニングコーヒーなのだ。
この牧場の前経営者、りんねさんが亡くなる前に残した最後の仔。
里田さんの頑なな態度。なみなみならぬ決意は、もはや揺らぐことはないだろう。

33 :三流ジョッキーの奇跡:2004/08/03(火) 02:09
沈黙が凍りついた空気を一層冷やす。
窓の外ではあさみさんがそ知らぬ顔で薪割をしている。
斧を振り上げる横顔から、太陽に反射した光の粒が舞い上がる。

カコーン、カコーン、カコーンと、乾いた音が空気を振るわせている。

「加護さん」
沈黙は破られた。
「はい」
先ほどにも増して鋭い目。だが、私はもう逃げない。
その覚悟があったからこそここに来たのだ。
「あなた、私たちの覚悟や夢、想いを背負って走ることが出来る?」

夢半ばで亡くなったりんねさんの想い。それを引き継いだ里田さんと
あさみさんの十字架。戸田牧場の命運。

それを背負う覚悟が私にはあるのか。

「・・・・わかりません」
「そう・・・じゃあ」
「でも!!」
ここで引き下がるわけにはいかない。
「里田さんがりんねさんの思いを引き継いだように、私にもある人々から
引き継いだ想いがあります。断ち切らなければならない想いもあります。
私はそれを果たすためにただモーニングコーヒーに乗りたい。
正直、里田さんたちの思いの全てを受け止める自信は私にはありません。
ましてや勝利を約束するなんて・・・・・でも勝たなきゃ私は・・・・
自分のために乗りたいのは本音です。そう、自分のためやけど・・・
でも、少しだけやったら・・・・私を信じてくれるんでしたら・・・」

げほっげほっ

興奮しすぎて思わず私は咳き込んだ

自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
涙が出そうだ。

「・・・・・今夜は泊まっていくんでしょ?」
「うん・・・まいちゃんさえよければね。そのつもり」
石川さんが答える
「少し・・・・考えさせてくれないかな」
そういって里田さんは席を立ち、ドアの向こうへと消えていった。
最後の声はやけに静かだった。

私は目の前の麦茶をごくごくと飲み干した。
溶けかけの氷が、カランと心地よい音を奏でた

34 :三流ジョッキーの奇跡:2004/08/03(火) 02:10
やべ、あげちまった。久々なんで、ごめんなさい

35 :名無し娘。:2004/08/03(火) 14:05
更新キター

36 :名無し娘。:2004/08/03(火) 19:28
何かぞくぞくしてきた

37 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

38 :三流ジョッキーの奇跡:2004/08/12(木) 11:38
天窓から覗く満天の星空からは、本当に星が降ってきそうだ。
ベッドの上から見上げると、その空にすい込まれるような気持ちになる。
隣では石川さんが気持ちよさそうに寝息を立てている。
艶っぽい綺麗な黒髪が月明かりに照らされ映える。
女の私でも思わずドキッとしてしまうような寝顔だ。

既に丑三つ時を回っているのに、私はまだ眠りにつけずにいた。

結局、あの後里田さんは食事にも姿を見せなかった。
自分の部屋に閉じこもったきり、出てくることも無かった。
私と石川さん、そしてあさみさんの3人は食事の後しばらく談笑していた
が、あさみさんの口からは私が乗る乗らないの話は一切出てこなかった。

里田さんに全て一任しているという事だろう。

眠りにつく前、石川さんは一言だけ、
「後はまいちゃんに任せるしかないね」
とだけ言い、その後その事に関しては一切触れなかった。

石川さんから「大丈夫だよ」の励ましの一言もなかったという事は、
かなり微妙な情勢なのだろう。
確率は五分にも満たないという事だろうか。

そんな事をめぐらせているうちに、時間はいたずらに過ぎ去っていった。

39 :三流ジョッキーの奇跡:2004/08/12(木) 11:48
つづく

40 :名無し娘。:2004/08/15(日) 11:09
更新乙

楽しみにしておるです

41 :名無し娘。:2004/09/18(土) 22:40
ほぜむ

狩狩は保全必要なのか?

42 :名無し娘。:2004/10/07(木) 14:30
確か1ヶ月に1回だったかな&ほぜん

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0ch BBS 2006-02-27